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審決分類 |
審判 全部無効 2項進歩性 無効とする。(申立て全部成立) C22C |
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管理番号 | 1151310 |
審判番号 | 無効2003-35148 |
総通号数 | 87 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 1990-11-22 |
種別 | 無効の審決 |
審判請求日 | 2003-04-14 |
確定日 | 2007-02-19 |
事件の表示 | 上記当事者間の特許第2909089号「マルエージング鋼およびその製造方法」の特許無効審判事件についてされた平成16年 4月27日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消の判決(平成16年(行ケ)第264号平成17年3月10日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 |
結論 | 特許第2909089号の請求項1,2に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 |
理由 |
1.手続の経緯 本件特許第2909089号は、平成1年4月26日に出願され、平成11年4月2日にその発明について特許権の設定登録がされ、平成15年4月14日に大同特殊鋼株式会社より無効審判が請求され、無効2003-35148号として審理され、平成16年4月27日に「本件審判の請求は成り立たない」旨の審決がなされた。 この審決に対する訴えが東京高等裁判所に提起され、平成16年(行ケ)第264号として審理され、平成17年3月10日に「審決を取り消す」旨の判決が言い渡された。 この判決に対し上告及び上告受理の申立て(平成17年(行ツ)第188号、平成17年(行ヒ)第201号)がなされたが、平成17年7月19日に「上告を棄却する」、「上告審として受理しない」旨の決定がなされ、当該判決は確定したので、本件審判事件についてさらに審理する。 2.本件発明 本件特許の請求項1及び2に係る発明は、特許明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された次のとおりのものと認める。 「【請求項1】重量%で、C0.03%以下、Si0.1%以下、Mn0.1%以下、P0.01%以下、S0.01%以下、Ni16?20%、Co7?14%、Mo3.0?5.5%、Al0.2%以下、Ti0.3?2.0%、N0.01%以下、B0.0003?0.01%を含有し、残部が実質的にFeからなり、かつ結晶粒度がASTM No.で10以上の細粒であることを特徴とする、超微細結晶粒を有するマルエージング鋼。 【請求項2】請求項1に記載の組成からなるマルエージング鋼を、熱間加工後800?950℃の温度で固溶化処理を行ない、その後加工率で10%以上の冷間加工を行なった後、さらに再結晶温度以上の温度で固溶化処理を行なうことを特徴とする超微細結晶粒を有するマルエージング鋼の製造方法。」 3.請求人の主張及び証拠方法 3-1.請求人の主張 請求人は、本件の請求項1及び2に係る発明(以下、本件の請求項1及び2に係る発明を、それぞれ、「本件発明1」、「本件発明2」という。)についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、甲第1?5、7号証、参考資料1?6を提出し、次の無効理由を主張している。 無効理由: 本件発明1は、甲第4号証を主要な証拠として甲第2及び4号証に記載された発明と参考資料1?6に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、また、本件発明2は、甲第2?4号証に記載された発明と参考資料4及び5に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1及び2に係る特許は、特許法第29条2項の規定に違反してなされたものであり、特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきである(第1回口頭審理調書及び上申書参照)。 3-2.証拠方法 甲第1号証:特開昭61-210156号公報 甲第2号証:特開昭53-70023号公報 甲第3号証:特開昭53-70024号公報 甲第4号証:“Aerospace Structural Metals Handbook”1999 Edition,Code1225,p.1 甲第5号証:A.M.Hall&C.J.Slunder,“The Metallurgy,Behavior,And Application of the 18-Percent Nickel Maraging Steels”,1968,NASA SP-5051 p43-48 甲第6号証:欠番 甲第7号証:「金属材料技術研究所研究報告集 昭和56年版 p.138?157」 参考資料1:“Arch.Eisenhuttenwes.(「u」はuウンムラウト)” 47,(1976)Nr.11 November p.697-702 参考資料2:“Transactions of the ASM ”vol.55(1962)p.58-76 参考資料3:“Journal of Metals”March(1963)p.200-204 参考資料4:特開昭50-79417号公報 参考資料5:特開昭51-87118号公報 参考資料6:特開昭61-15917号公報 4.被請求人の反論と証拠方法 4-1.被請求人の反論 被請求人は、本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求め、本件発明1及び2に係る特許には、請求人が主張するような無効理由は存在しない旨主張している。 4-2.証拠方法 乙第1号証:“Metals Handbook Ninth Edition”p447 乙第2号証:「日本金属学会会報」第14巻第10号(1975)p.767、770、771 乙第3号証:日本金属学会編「講座・現代の金属学 材料編第4巻 鉄鋼材料」(昭和63年12月10日)日本金属学会、p.113、114 5.甲号証及び参考資料の主な記載事項 甲第1?5,7号証及び参考資料2,3,5,6には、それぞれ、次の事項が記載されている。 甲第1号証:特開昭61-210156号公報 ・摘示1-A:「C0.05%(重量%、以下同じ)以下、Si0.2%以下、Mn0.1%以下、P0.05%以下、S0.05%以下、Ni16%以上21%以下、Co9.5%を越え15%未満、Mo4%以上6.5%以下、Ti0.2%以上1.6%以下、Al0.15%以下、B0.0005%以上0.0020%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなることを特徴とする、強度および靭性に優れたマルエージング鋼。」(特許請求の範囲第1項) ・摘示1-B:「・・・18%Ni系マルエージング鋼については、強度を抑えることなく、靭性を向上させる試みが種々なされており、それらの方法は次の(1)?(4)に大別される。(1)溶体化処理後冷却してマルテンサイト組織とした状態で冷間加工を加え、それに続いてオーステナイト域へ再加熱する方法。・・・(4)再結晶温度以上のオーステナイト域へ加熱し、続いて再結晶温度以下のオーステナイト域へ再加熱する方法、すなわち再結晶溶体化処理後、未再結晶溶体化処理を行なう方法。上記の(1)?(3)の方法は、いずれもオ-ステナイト粒の微細化を通じて延性の向上を図るものである。しかしながら近年構造物の設計に取り入れられるようになった破壊靭性に対しては、オーステナイト粒の微細化の寄与は小さいことが認められており、したがって(1)?(3)の方法では充分な破壊靭性値の向上は期待できない。また(1)および(2)の方法における加工工程は、薄板に対しては適用可能であるが、厚板もしくは特殊形状の鋼材に対しては現実には適用困難である。一方(4)の方法は、実験室的にはその効果が認められているものの、従来一般のマルエージング鋼では工業的規模での実施は困難であった。」(第2頁左下欄第12行?第3頁左上欄第1行) ・摘示1-C:「・・・前記(4)の方法は、再結晶温度以上のオーステナイト域でいわゆる再結晶溶体化を行なった後、オーステナイト温度域のうちでも特に再結晶温度よりも低い温度域に加熱して、未再結晶溶体化処理を行なうものであるが、従来の通常のマルエージング鋼では未再結晶溶体化のための温度域、すなわちマルテンサイトからオーステナイトへの逆変態温度以上、再結晶温度未満の温度域の幅が20?30℃程度と著しく狭く、そのため実際の部材に使用される程度の大きさの鋼材を量産的に製造するにあたっては、その鋼材を均一かつ安定して未再結晶溶体化温度域内で加熱保持することが困難であった。」(第3頁左上欄第9行?右上欄第1行) ・摘示1-D:「この発明は以上の事情を背景としてなされたもので、前述のように強度の増加が強く望まれている引張強さ245kgf/mm2クラスの18%マルエージング鋼に対する未再結晶溶体化処理を工業的に容易に実施可能とすべく、その鋼の成分組成に再検討を加えて未再結晶溶体化温度域を拡大した成分系とし、これによって実際に商用材として使用される鋼材においても未再結晶溶体化処理の適用により強度および靭性の大幅な向上を図り得るようにすることを目的とするものである。」(第3頁右上欄第2?11行) ・摘示1-E:「本発明者らは、上述の目的を達成するべく、引張強さ245kgf/mm2クラスの18%Ni系マルエージング鋼に対する合金元素について種々実験・検討を重ねた結果、未再結晶溶体化温度域を拡大し得る元素、すなわちマルテンサイトからオーステナイトへの逆変態温度には影響を及ぼさずに再結晶温度のみを上昇させる元素として、硼素(B)が有効であることを見出した。すなわち、硼素を0.0005%以上添加することにより未再結晶溶体化温度域の幅が50℃?70℃以上の幅となり、工業的に未再結晶溶体化温度内での加熱が可能となることを見出したものである。」(第3頁右上欄第13行?左下欄第4行) ・摘示1-F:「1次再結晶溶体化処理後は、・・・780℃?850℃の温度域に加熱して空冷する未再結晶溶体化処理(2次溶体化処理)を行なう。この溶体化処理は、再結晶開始温度よりも低い温度でなされるため再結晶が生じず、その前の1次溶体化処理の空冷過程で生じたマルテンサイト相がオーステナイト相に逆変態するだけであるから、そのオーステナイト組織は、1次溶体化処理の際に生成される再結晶オーステナイト組織と比較して高転位密度を有する組織であり、その結果空冷過程で生成されるマルテンサイト相の下部組織極めて微細となり、靭性および強度の向上に大きく寄与する・・・」(第5頁左下欄第18行?右下欄第10行) 甲第2号証:特開昭53-70023号公報 ・摘示2-A:「本発明はストリップフォームによるマルエージング鋼帯または鋼板の製造法に関するものである。マルエージング鋼(マルエージ鋼とも言われる)は、極低炭素の高NiマルテンサイトにCo,Mo,Ti等の時効硬化元素を添加してマルテンサイト地での時効硬化(マルエージング)を行なわせ、Cを含まないで高強度かつ高靭性を示す優れた超強力鋼であり」(第1頁右下欄第3?10行) ・摘示2-B:「試験1 18%Niマルエージング鋼(300グレード)」(第2頁左下欄第3?4行) ・摘示2-C:「試験2 ・・・、18%Niマルエージング鋼(300グレード)の溶体化処理温度と熱処理時間が、前オーステナイト結晶粒度に及ぼす関係を調べ、第2図を得た。第2図において、曲線a,b,c,d,e,f,gはそれぞれ前オーステナイト結晶粒が11.0,10.5,10.0,9.5,9.0,8.5,8.0となる溶体化処理条件を示している。」(第2頁右下欄第12?20行) ・摘示2-D:「試験3 18%Niマルエージング鋼(300グレード)」(第3頁左上欄下から第2?1行) ・摘示2-E:「試験4 18%Ni(300グレード)の代りに18%Ni(350グレード)のマルエージング鋼の5mm厚熱延鋼帯を使用」(第4頁左下欄第12?15行) ・摘示2-F:1.0mm厚の18%Niマルエージング薄板を製造することが示されており、18%Niマルエージング鋼(300グレード)の4.5mm厚熱延板を820℃×60分の熱処理を施し、最終冷延率78%の一方向冷間圧延を行い1.0mmの冷延板とし、820℃×60分の熱処理を施すことにより前オーステナイト結晶粒度番号が10.3の鋼板が得られている。(第7頁左下欄下から第3行?左下欄第8行、第8頁表7及び表8の比較例27) ・摘示2-G:比較例27の薄鋼板の0.2%耐力、抗張力及び伸びの異方性ΔM値が大きくなり、面内異方性が大きくなっている。(第8頁表8の比較例27) ・摘示2-H:「表8の結果から、本発明条件によっても、マルエージング鋼の標準溶体化処理条件「820℃×1時間保持」を採用した比較例25?28と、前オーステナイト結晶粒度は同程度のものが得られており、・・・」(第9頁左上欄第1?4行) 甲第3号証 :特開昭53-70024号公報 ・摘示3-A:「・・・最終熱処理は、前オーステナイト結晶粒が粗大化しないような条件であればよく、マルエージング鋼の溶体化処理として推奨されている820℃×1時間の熱処理をベル型炉等において実施できる。」(第2頁右上欄第1?5行) ・摘示3-B:wt%で、C0.0021%,Si0.05%以下,Mn0.05%,P0.005%以下,S0.005%以下,Ni18.48%,Co8.85%,Mo5.50%,Ti0.84%,Al0.096%,Zr0.01%以下,Ca0.0010%,N0.0014%,O0.0017%,の化学成分を有する300グレードの18%Niマルエージング鋼の4.5mm厚の熱延鋼板を820℃×1時間の溶体化処理を施し、最終冷延率78%の一方向冷間圧延を行い厚さ1.0mmの冷延板とし、820℃×1時間の熱処理を施し、490℃×3時間の時効処理を施すことにより結晶粒度番号が9.6の薄鋼板が得られている。(第2頁左下欄第1?4行、第2頁表1、第3頁表2の比較例6及び第4頁表8の比較材6) ・摘示3-C:「表3の結果から、・・・薄鋼板の耐力、抗張力、伸び、NTS/TS(切欠き強度比)の平均値Mについてはほとんど差がないが、異方性ΔMについてみると、一方向性圧延の場合には最終圧延率の高い例(No.5およびNo.6)ではΔM値が大きくなり、面内異方性が大きくなっているのがわかる。」(第4頁左下欄第1?7行) ・摘示3-D:「表4は表2の各製造工程によって得られた薄鋼板の結晶粒度と硬さを調べた結果を示すが、いづれの工程によっても大きな差は現らわれていない」(第4頁左下欄下から第4?1行) ・摘示3-E:「本発明材」1,2及び3の結晶粒度番号は、それぞれ、9.0,9.0,9.2であり、「比較剤」4?7の結晶粒度番号は、それぞれ、9.2,9.5,9.6,9.0である。(第4頁表4) ・摘示3-F:wt%で、C0.0182%,Mn0.002%,P0.005%,S0.005%,Ni17.61%,Co12.57%,Mo4.37%,Ti1.42%,Al0.130%,B0.0005%,Ca0.0003%,Mg0.001%,TotalRE0.0014%,N0.0014%,O0.0010%,の化学成分を有する350グレードの18%Niマルエージング鋼の5、0mm厚の熱延鋼板を820℃×1時間の溶体化処理を施し、最終冷延率80%の一方向冷間圧延又はクロス圧延を行い厚さ1.0mmの冷延板とし、820℃×1時間の最終熱処理を施し、490℃×3時間の時効処理を施すことにより厚さ1.0mmの薄鋼板を製造する。(第4頁右下欄第2?5行、第5頁表5及び表6の比較例12、13) ・摘示3-G:「表7の結果から、・・・18%Niマルエージング鋼も最終熱処理前の冷間圧延工程での冷間圧延率が低いほど機械的性質の面内異方性が小さくなり、そのレベルもクロス圧延の例(No.13)と同程度であることがわかる。以上の実施例から明らかなように、最終熱処理前の冷間圧延での冷間圧延率を50%以内に抑えるならば、一方向性圧延によっても機械的性質の面内異方性の少ないマルエージング鋼薄板が得られる。」(第6頁右上欄第1?10行) ・摘示3-H:最終熱処理前の一方向冷間圧延での圧延率が80%の比較例12は耐力、抗張力及び伸びの機械的性質の面内異方性が大きな値となっている。(第6頁表7) 甲第4号証:“Aerospace Structural Metals Handbook”1999 Edition,Code1225,p.1 ・摘示4-A:「厚手の断面における靭性および衝撃強度は、常用の中炭素-低合金-超高強度鋼であって、熱処理により250ksiを超える強度レベルにしたもののそれらと比較して、すぐれている」(第1頁左欄第27?31行) ・摘示4-B:18Niマルエージング鋼(300グレード)の取鍋分析した合金組成(%)が次のとおり記載されている。(コード1225、p.1、表1.0411) 「 最低 最高 炭素 - 0.03 マンガン - 0.10 リン - 0.010 イオウ - 0.010 ケイ素 - 0.10 ニッケル 18.0 19.0 コバルト 8.0 9.5 モリブデン 4.6 5.2 チタン 0.55 0.80 アルミニウム 0.05 0.15 ホウ素* 0.003 ジルコニウム* 0.02 カルシウム* 0.05 鉄 残部 (*任意添加成分)」 甲第5号証:A.M.Hall&C.J.Slunder,“The Metallurgy,Behavior,And Application of the 18-Percent Nickel Maraging Steels”,1968,NASA SP-5051 p43-48 ・摘示5-A:「高強度のマルエージング鋼、たとえば18Ni300および18Ni350グレードは、ほとんど常に、消耗電極を用いた真空アーク再溶解により製造されている。」(第45頁左欄第2?6行) 甲第7号証 :「金属材料技術研究所研究報告集 昭和56年版」p.138?157 ・摘示7-A:「平滑引張試験における低応力破壊は、前γ粒径が大きい場合に生じやすい。絞りで表される延性と前γ粒径との関係は、模式的には図5のように示されることが報告されている。」(第14頁右欄第3?6行) ・摘示7-B:絞りは、結晶粒が微細になれば向上する。(第143頁図5参照) 参考資料2:“Transactions of the ASM ”vol.55(1962)p.58-76 ・摘示9-A:「ホウ素含有量は通常約0.003%であり、ジルコニウム含有量は0.01%であった。これらの元素は意図的に添加された。というのは、チタン添加により硬化された合金に関する先行研究が、これら元素が粒界析出を遅らせ、それによって靱性および環境腐食耐性を改善する、ということを明らかにしていたからである」(第67頁左欄第3?9行) 参考資料3:“Journal of Metals”March(1963)p.200-204 ・摘示10-A:「ホウ素およびジルコニウムを、それぞれ0.003%および0.02%添加することが推奨される。チタン添加により硬化された20%および25%Niマルエージング鋼に関する先行研究が、これらの添加が粒界析出を遅らせ、それにより靱性および耐応力腐食割れ性を改善する、ということを示している。これらの理由で、上記元素は18%Niマルエージング鋼に含有させるのである」(第202頁左欄下から第11?3行) 参考資料5:特開昭51-87118号公報 ・摘示12-A:「Ni:7?25%,Co:11.5?21%,Mo:3?16%,Ti:0.1?2.0%,Al:0.2%以下,C:0.03%以下,S:0.01%以下,P:0.01%以下,Si:0.1%以下,Mn:0.1%以下,B:1%以下,Zr:1%以下,Ca:1%以下,V:1%以下,Nb:1%以下,Cr:1%以下,残部Feよりなるマルエージング鋼を、800℃?1250℃間の温度で溶体化処理を施し急冷後、マルテンサイト状態にて10%以上の冷間加工を加え、つづいてオーステナイト化終了温度から1250℃間の温度で加熱処理した後室温まで冷却する加工熱処理を1回以上くりかえして行ない、その後時効硬化処理を施こし延性、靭性を改善することを特徴とするマルエージング鋼の加工熱処理方法。」(特許請求の範囲) ・摘示12-B:「引張強さ220kg/mm2?360kg/mm2のマルエージング鋼の延性、靭性を改善するには、延性、靭性に対して有害な析出物の析出を防ぐとともに微細で均一な旧オーステナイト結晶粒を有する低炭素マルテンサイト状態にすることが必要である」(第2頁左上欄下から第6?1行) ・摘示12-C:第5表には、マルエージング鋼を950℃で固溶化処理を施し、60%又は90%の冷間加工を加え、再結晶温度以上の温度で固溶化処理することにより、オーステナイト結晶粒度がNo.10以上のマルエージング鋼を製造した具体例が記載されている。 参考資料6:特開昭61-15917号公報 ・摘示13-A:「0.0005重量%以上の硼素を含有する18%Ni系マルエージング鋼を、熱間加工後に溶体化処理し、さらに時効処理して製造するにあたり・・・を特徴とする硼素添加型の18%Ni系マルエージング鋼の製造方法。」(特許請求の範囲) ・摘示13-B:「この発明は硼素(B)を添加した18%Ni系マルエージング鋼の製造方法に関し、特に靭性が優れた硼素添加型18%Ni系マルエージング鋼を製造する方法に関するものである」(第1頁左下欄下から第2行?右下欄第2行) ・摘示13-C:「18%Ni系マルエージング鋼においては従来から時効処理後の強度向上および靱性改善を目的として、0.0005?0.01%程度の硼素を添加することが行われている」(第2頁左下欄第12?15行) 6.当審の判断 6-1.本件発明1について (1)甲第4号証記載の発明 甲第4号証には、18%Niマルエージング鋼の取鍋レベルの合金組成(%)が記載されているところ、鋼の組成は通常取鍋分析値で表されることは技術常識であり、また、甲第4号証に記載の18%Niマルエージング鋼の組成は、そのNi含有量からみて重量%で表されたものであることは明らかであるから、甲第4号証には、「重量%で、C0.03%以下、Mn0.10%以下、P0.010%以下、S0.010%以下、Si0.10%以下、Ni18.0?19.0%、Co8?9.5%、Mo4.6?5.2%、Ti0.55?0.80%、Al0.05?0.15%を含有し、B0.003%、Zr0.02%、Ca0.05%を任意添加成分として含有することができる残部Feからなる18%Niマルエージング鋼」の発明(以下、「甲第4号証発明」という。)が記載されていると云える。 (2)対比・判断 本件発明1と甲第4号証発明とを対比すると、両者は、 「C,Si,Mn,P,S,Ni,Co,Mo,Al及びTiを含有し、C,Si,Mn,P,S,Ni,Co,Mo,Al及びTiの含有量が重複するマルエージング鋼」である点で一致するが、次の点で相違する。 相違点(1): 本件発明1は、B0.0003?0.01%を含有するのに対して、甲第4号証発明は、任意添加成分としてB0.003%,Zr0.02%及びCa0.05%を含有することができる点。 相違点(2): 本件発明1は、結晶粒度がASTM No.で10以上の細粒である超微細結晶粒を有するのに対して、甲第4号証発明は、結晶粒の結晶粒度が明らかでない点。 相違点(3): 本件発明1は、マルエージング鋼のNを0.01%以下に規制するのに対して、甲第4号証発明は、マルエージング鋼のN含有量を規制していない点。 (相違点についての検討) (i) 相違点(1)について ア 甲第4号証には、18%Niマルエージング鋼の取鍋レベルの合金組成(重量%)として、表1.0411に、 「 最低 最高 炭素 - 0.03 マンガン - 0.10 リン - 0.010 イオウ - 0.010 ケイ素 - 0.10 ニッケル 18.0 19.0 コバルト 8.0 9.5 モリブデン 4.6 5.2 チタン 0.55 0.80 アルミニウム 0.05 0.15 ホウ素* 0.003 ジルコニウム* 0.02 カルシウム* 0.05 鉄 残部 (*任意添加成分)」(摘示4-B)と記載されている。 イ ここで、甲第4号証発明における任意添加成分であるBの含有量0.003%は、本件発明1が規定する含有量の範囲「0.0003?0.01%」内であるから、本件発明1の上記数値限定自体は、甲第4号証発明との相違点とはなり得ないものである。そして、他の任意添加成分であるZrとCaについては、文字どおり任意添加成分であるから、含有してもしなくてもよいものであることは明らかである。そうすると、任意添加成分は、ホウ素(B),ジルコニウム(Zr)及びカルシウム(Ca)の三つであり、それらが含まれるか否か二者択一の場合の数は、2×2×2の8通りにすぎないから、当業者が、それらのうちの1成分であるBのみを含有する18%Niマルエージング鋼に想到することは、容易なことと認められる。 そして、1962年(昭和37年)発行の参考資料2の「ホウ素含有量は通常約0.003%であり、ジルコニウム含有量は0.01%であった。これらの元素は意図的に添加された。というのは、チタン添加により硬化された合金に関する先行研究が、これら元素が粒界析出を遅らせ、それによって靱性および環境腐食耐性を改善する、ということを明らかにしていたからである」(摘示9-A)との記載、 1963年(昭和38年)発行の参考資料3の「ホウ素およびジルコニウムを、それぞれ0.003%および0.02%添加することが推奨される。チタン添加により硬化された20%および25%Niマルエージング鋼に関する先行研究が、これらの添加が粒界析出を遅らせ、それにより靱性および耐応力腐食割れ性を改善する、ということを示している。これらの理由で、上記元素は18%Niマルエージング鋼に含有させるのである」(摘示10-A)との記載、 昭和61年1月24日公開の参考資料6の「18%Ni系マルエージング鋼においては従来から時効処理後の強度向上および靱性改善を目的として、0.0005?0.01%程度の硼素を添加することが行われている」(摘示13-C)との記載によれば、 マルエージング鋼において靱性向上のためBを添加することは、本件特許出願前から当業者に周知の技術であったことが認められる上、上記任意添加成分を添加する組合せは8通りにすぎないから、甲第4号証にBを添加する目的が記載されていなくても、Bのみを含有するNiマルエージング鋼に想到することは容易であるというべきである。また、本件発明1の構成は、上記2.の【請求項1】に記載のとおりであり、固溶化処理と冷間加工との組合せは、本件発明1の要旨ではないから、上記組合せによる結晶粒の超微細化が甲第4号証に示唆されていないからといって、これを容易想到性を否定する理由とすることはできない。 ウ したがって、相違点(1)についての本件発明1の構成要件は、参考資料2,3,6に示された周知技術に基づき当業者が容易に想到し得たものと云うべきである。 (ii) 相違点(2)について ア 本件明細書には、結晶粒(超)微細化に関して、以下の記載がある。 (ア) 「〔産業上の利用分野〕本発明は・・・特に靭性の優れたマルエージング鋼の結晶粒微細化法に関するものである。」(本件特許公報第2欄第1段落) (イ) 「引張強さが200kgf/mm2以上の高強度を有するマルエージング鋼においては、強度の上昇につれて延性、靭性が劣化するという問題があり、特に肉厚の小さい部品では、結晶粒が粗いと延性、靭性などの特性のバラツキも大きくなるので結晶粒を微細化することは一層重要になる。これを解決する一つの手段としてオーステナイト結晶粒を微細化するという方法が用いられ、例えば板、棒、パイプ等の冷間加工が可能な形状および比較的サイズの小さいものを対象として、冷間加工を加え、さらに固溶化処理を行なうという方法がとられてきた。これに対して、靭性の改善に有効な合金元素を添加する方法も試みられており、例えば、特公昭59-34226号にはB,Zr,Ca,Mgの1種または2種以上を含有させたマルエージング鋼、また特開昭61-210156号(注、甲第1号証)にはBを含有するマルエージング鋼およびその製造方法、特開昭52-23520号には、B,Zr,Ca,Vを同時に添加したマルエージング鋼に加工熱処理を組み合わせた製造方法などの記載がある。」(同第2欄最終段落?第3欄第2段落) (ウ) 「〔発明が解決しようとする課題〕前述の固溶化処理前に冷間加工を施す方法は、結晶粒度番号10以上の微細な結晶粒を得るには、固溶化処理温度を実質的に固溶化が不十分な程度に低く抑える必要がある。ところが、固溶化処理温度が低くなりすぎると、結晶粒は微細化するものの、逆にMoを比較的多く含むマルエージング鋼ではFe,Mo等からなる未固溶の粗大な金属間化合物が残存し、延性、靱性を低下させるという問題があった。また、前述のB,Zr,Ca,Mgの1種または2種以上含有したマルエージング鋼の特公昭59-34226号においてはBは0.0025%以下で添加すると、Zr,Caと同様に脱酸強化による清浄度向上の他、脱窒および結晶粒界へのMo,Crなどの析出を防止し延性、靭性を付与すると記載されており、特開昭61-210156号(注、甲第1号証)においてはBを0.0005?0.0020%添加すると未再結晶溶体化処理温度域が広がり、工業的に未再結晶溶体化処理を容易に行なうことができるようになり、その結果として引張強度および破壊靭性とともに優れた鋼を製造することができることが示されている。」(同第3欄第3段落?第4段落) (エ) 「〔課題を解決するための手段〕発明者はマルエージング鋼の結晶粒微細化に有効な合金元素について、種々検討した結果、一定量のBを添加したマルエージング鋼に特定の固溶化処理と冷間加工条件を組み合せた場合にのみ超微細な結晶粒が得られることを知見したものである。」(同第4欄第2段落) (オ) 「〔作用〕・・・Bは、結晶粒を微細化するのに必要な、かつ有効な元素であるが、その含有量が0.0003%未満の場合十分な効果が得られず、また0.01%を越えて含有させると靭性が劣化することから、その含有量を0.0003%?0.01%とした。」(同第5欄第2段落?第6欄第5段落) (カ) 「結晶粒度番号は大きい方が強度、靭性が高くなるが、10より小さいとその効果が不十分であり、本発明の方法によれば10以上が達成できるので10以上とした。」(同第6欄第6段落) イ 他方、甲第4号証には、18%Niマルエージング鋼の靭性に関して、「厚手の断面における靭性および衝撃強度は、常用の中炭素-低合金-超高強度鋼であって、熱処理により250ksiを超える強度レベルにしたもののそれらと比較して、すぐれている」(摘示4-A)との記載が、 甲第3号証には、化学組成において本件発明1と一致する組成のマルエージング鋼の延性、靭性を改善することを特徴とするマルエージング鋼の加工熱処理方法について、「表4は表2の各製造工程によって得られた薄鋼板の結晶粒度と硬さを調べた結果を示すが、いづれの工程によっても大きな差は現らわれていない」(摘示3-D)との記載と共に、その表4には、「本発明材」1,2及び3の結晶粒度番号として、9.0,9.0,9.2の数値が、「比較剤」4?7の結晶粒度番号として、9.2,9.5,9.6,9.0の数値の記載が(摘示3-E参照)、 参考資料5には、「Ni:7?25%,Co:11.5?21%,Mo:3?16%,Ti:0.1?2.0%,Al:0.2%以下,C:0.03%以下,S:0.01%以下,P:0.01%以下,Si:0.1%以下,Mn:0.1%以下,B:1%以下,Zr:1%以下,Ca:1%以下,V:1%以下,Nb:1%以下,Cr:1%以下,残部Feよりなるマルエージング鋼を、800℃?1250℃間の温度で溶体化処理を施し急冷後、マルテンサイト状態にて10%以上の冷間加工を加え、つづいてオーステナイト化終了温度から1250℃間の温度で加熱処理した後室温まで冷却する加工熱処理を1回以上くりかえして行ない、その後時効硬化処理を施こし延性、靭性を改善することを特徴とするマルエージング鋼の加工熱処理方法」(摘示12-A)、 「引張強さ220kg/mm2?360kg/mm2のマルエージング鋼の延性、靭性を改善するには、延性、靭性に対して有害な析出物の析出を防ぐとともに微細で均一な旧オーステナイト結晶粒を有する低炭素マルテンサイト状態にすることが必要である」(摘示12-B)との記載が、 参考資料6には、「0.0005重量%以上の硼素を含有する18%Ni系マルエージング鋼を、熱間加工後に溶体化処理し、さらに時効処理して製造するにあたり・・・を特徴とする硼素添加型の18%Ni系マルエージング鋼の製造方法」(摘示13-A)、 「この発明は硼素(B)を添加した18%Ni系マルエージング鋼の製造方法に関し、特に靭性が優れた硼素添加型18%Ni系マルエージング鋼を製造する方法に関するものである」(摘示13-B)との記載がある。 ウ また、昭和53年6月22日公開の甲第2号証には、「試験2 ・・・、18%Niマルエージング鋼(300グレード)の溶体化処理温度と熱処理時間が、前オーステナイト結晶粒度に及ぼす関係を調べ、第2図を得た。第2図において、曲線a,b,c,d,e,f,gはそれぞれ前オーステナイト結晶粒が11.0,10.5,10.0,9.5,9.0,8.5,8.0となる溶体化処理条件を示している」(摘示2-C)との記載があり、 昭和51年7月30日公開の参考資料5の第5表には、マルエージング鋼を950℃で固溶化処理を施し、60%又は90%の冷間加工を加え、再結晶温度以上の温度で固溶化処理することにより、オーステナイト結晶粒度がNo.10以上のマルエージング鋼を製造した具体例が記載されている(摘示12-C)。 これらの記載及び本件明細書の上記ア(ウ)の記載によれば、結晶粒度10以上のマルエージング鋼は、本件特許出願前から公知であったと認められるところ、本件発明1は、 「固溶化処理前に冷間加工を施す方法は、結晶粒度番号10以上の微細な結晶粒を得るには、固溶化処理温度を実質的に固溶化が不十分な程度に低く抑える必要がある。ところが、固溶化処理温度が低くなりすぎると、結晶粒は微細化するものの、逆にMoを比較的多く含むマルエージング鋼ではFe,Mo等からなる未固溶の粗大な金属間化合物が残存し、延性、靱性を低下させるという問題」(本件特許公報第3欄第3段落)を解決するため、 「一定量のBを添加したマルエージング鋼に特定の固溶化処理と冷間加工条件を組み合せた場合にのみ超微細な結晶粒が得られる」(同第4欄第2段落)との知見に基づきされたものと認めることができる。 しかしながら、本件発明1に係る本件明細書の特許請求の範囲【請求項1】は、上記2.のとおり、マルエージング鋼の組成と結晶粒度を規定するのみで、固溶化処理及び冷間加工条件については、何ら規定するところがない。そして、「結晶粒度がASTM No.で10以上」との規定について、本件明細書には、「結晶粒度番号は大きい方が強度、靭性が高くなるが、10より小さいとその効果が不十分であり、本発明の方法によれば10以上が達成できるので10以上とした」(同第6欄第6段落)と記載されるものの、固溶化処理及び冷間加工条件を規定せず、結晶粒度を規定するのみで、強度、靱性を高くするとの上記効果が得られることについて、本件明細書に記載はない。したがって、本件発明1において、相違点(2)に係る「結晶粒度番号がASTM No.で10以上」と限定したことに、「本発明の方法によれば10以上が達成できるので、10以上とした」(上記アの(カ))こと以外にその技術的意義を見いだすことはできない。 エ そして、Bを任意添加成分とはするものの、その含有量をも含めて、他の化学組成においてすべて一致する18%Niマルエージング鋼が開示された甲第4号証には、当該マルエージング鋼が「厚手の断面の靭性」に優れていることが開示され、また、 甲第3号証には、化学組成において本件発明1と一致する組成のマルエージング鋼の延性、靭性を改善することを特徴とするマルエージング鋼の加工熱処理方法によって得られた結晶粒度として、9.0?9.2の数値が記載され、さらに、 参考資料5には、「引張強さ220kg/mm2?360kg/mm2のマルエージング鋼の延性、靭性を改善するには、延性、靭性に対して有害な析出物の析出を防ぐとともに微細で均一な旧オーステナイト結晶粒を有する低炭素マルテンサイト状態にすることが必要である」(摘示12-B)ことが開示されているのである。 そうすると、これらの記載によれば、18%Niマルエージング鋼あるいはその前後のNi含有量のマルエージング鋼においては、定性的には、結晶粒径が小さいほど、すなわち、結晶粒度番号が大きいほど、延性、靭性が高くなることは、本件特許出願前に当業者に周知であり、かつ、実際に、結晶粒度番号9.0?9.2程度のものが得られていたことが認められる。このようなNi含有マルエージング鋼において、Bを所定量含有させたところ、結晶粒度番号が10.0?12.0のものが得られたことから、「結晶粒度番号がASTM No.で10以上」と限定することは、当業者の通常の創作能力の発揮であって、何ら困難ということはできず、また、そのことのみによる顕著な作用効果を見いだすこともできない。 オ 被請求人は、Bを含むマルエージング鋼の組成の記載と結晶粒の微細なマルエージング鋼の記載があるとしても、両記載を結び付ける動機付け、すなわち、Bの結晶粒微細化作用に関する記載は、甲第4号証及び参考資料1のいずれにもないと主張する。しかしながら、マルエージング鋼において靱性向上のためBを添加することが、本件特許出願前から当業者に周知の技術であったことは、上記6-1.(2)(i)イのとおりであるところ、18%Niマルエージング鋼あるいはその前後のNi含有量のマルエージング鋼においては、定性的には、結晶粒径が小さいほど、すなわち、結晶粒度番号が大きいほど、延性、靭性が高くなることが、本件特許出願前に当業者に周知であることも、上記エのとおりであるから、Bの結晶粒微細化作用に関する記載が甲第4号証及び参考資料1になくても、Bを含むマルエージング鋼の組成の記載に結晶粒の微細なマルエージング鋼の記載を組み合せることに困難があるとは認められず、被請求人の上記主張は、採用することができない。 カ したがって、相違点(2)についての本件発明1の構成要件は、甲第2,3号証に記載された発明及び参考資料1,5,6に示された周知事項に基づき当業者が容易に想到し得たものと云うべきである。 (iii) 相違点(3)について 甲第5号証の上記摘示5-Aには、「高強度のマルエージング鋼、たとえば18Ni300および18Ni350グレードは、ほとんど常に、消耗電極を用いた真空アーク再溶解により製造されている。」と記載されている。そして、真空条件下での溶解により鋼を製造すれば、そのN含有量が0.01%以下となることは技術常識であるから、甲第4号証発明の18Niマルエージング鋼(300グレード)は、真空条件下での溶解により製造され、そのN含有量は0.01%以下であるとするのが相当である。してみれば、この相違点(3)は、実質的な相違ではないと云うべきである。 仮に、甲第4号証発明における18Niマルエージング鋼のN含有量が0.01%以下でないとしても、マルエージング鋼において、N量を0.01%以下の値とすることは、甲第3号証の上記摘示3-B,3-Fの記載にみられるように周知の事項であるから、甲第4号証発明において、18Niマルエージング鋼のN含有量を0.01%以下の値とすることは、前示の周知事項に基づき当業者が容易に想到し得たものと云うべきである。 (iv) 本件発明1は、上記相違点(1)?(3)の検討のとおりであるから、甲第2?4号証に記載された発明及び周知事項に基づき当業者が容易に発明をすることができたものである。 6-2.本件発明2について (1)甲第2号証記載の発明 甲第2号証の摘示2-Fによれば、甲第2号証には、18%Niマルエージング鋼の熱延板を820℃×60分の熱処理を施し、最終冷延率78%の一方向冷間圧延を行い、820℃×60分の熱処理を施すことにより結晶粒度番号が10.3の鋼板を得ることが記載されており、摘示2-Hによると、甲第2号証刊行物に記載の「820℃×60分の熱処理」は「溶体化処理」、すなわち、「固溶化処理」と言い換えることができ、また、甲第2号証に記載の「最終冷延率78%の一方向冷間圧延」は「加工率78%の冷間加工」と言い換えることができる。また、甲第2号証に記載の「熱延板」は「熱間圧延」、すなわち、「熱間加工」により製造されたものと云えるから、 甲第2号証には、 「18%Niマルエージング鋼を熱間加工後820℃で固溶化処理を行ない、その後加工率78%の冷間加工を行った後、さらに820℃で固溶化処理を行なうことにより結晶粒度番号が10.3の微細結晶粒を有するマルエージング鋼の製造方法」の発明(以下、「甲第2号証発明」という。)が記載されていると云える。 (2)対比・判断 本件発明2と甲第2号証発明とを対比する。 甲第2号証発明では、本件発明2と同程度の結晶粒度番号が10.3の微細結晶粒を有するマルエージング鋼が得られているから、 両者は、「マルエージング鋼を、熱間加工後820℃の温度で固溶化処理を行ない、その後加工率で78%の冷間加工を行った後、さらに固溶化処理を行なう超微細結晶粒を有するマルエージング鋼の製造方法」である点で一致するが、次の点で相違する。 相違点(1): 本件発明2は、請求項1に記載の組成からなるマルエージング鋼を素材とするのに対して、甲第2号証発明は、18%Niマルエージング鋼を素材とするというだけのものであり、素材の18%Niマルエージング鋼の具体的な組成が明らかでない点。 相違点(2): 本件発明2は、冷間加工を行った後固溶化処理を再結晶温度以上の温度で行なうのに対して、甲第2号証発明は、冷間加工を行った後固溶化処理を820℃で行なう点。 (相違点についての検討) (i)相違点(1)について (1) 甲第2号証には、マルエージング鋼の組成に関して、「本発明はストリップフォームによるマルエージング鋼帯または鋼板の製造法に関するものである。マルエージング鋼(マルエージ鋼とも言われる)は、極低炭素の高NiマルテンサイトにCo,Mo,Ti等の時効硬化元素を添加してマルテンサイト地での時効硬化(マルエージング)を行なわせ、Cを含まないで高強度かつ高靭性を示す優れた超強力鋼であり」(摘示2-A)、「試験1 18%Niマルエージング鋼(300グレード)」(摘示2-B)、「試験2・・・18%Niマルエージング鋼(300グレード)」(摘示2-C)、「試験3 18%Niマルエージング鋼(300グレード)」(摘示2-D)、「試験4 18%Ni(300グレード)の代りに18%Ni(350グレード)のマルエージング鋼の5mm厚熱延鋼帯を使用」(摘示2-E)との記載がある。これらの記載によれば、甲第2号証において採用しているマルエージング鋼は、具体的には、本件発明2とNi含有量において同等の18%Niマルエージング鋼であることが明記され、試験1?4において使用したマルエージング鋼は、グレード300と350の18%Ni含有マルエージング鋼である。 一方、甲第4号証には、Niを18?19%含有するいわゆる18%Niマルエージング鋼の具体的組成として、Bを0.003%任意成分として含有してもよく、他の成分組成において、本件発明1とすべて重複する組成範囲のマルエージング鋼が記載されていることは、上記6-1.(2)(i)のとおりである。そうすると、甲第2号証に記載された具体的成分組成の明らかでない18%Niマルエージング鋼の組成成分として、同じ18%Niマルエージング鋼である甲第4号証開示の組成範囲を採用することは、当業者が何らの困難もなく採用することができることは明らかである。 (2) 被請求人は、添加元素が微量であっても、その性質は添加前後で大きく異なる場合があるから、当業者は、組成を決定する際には、詳細な実験を行い、添加すべき元素とその元素の影響を検討し、有効なものであるならば、どの程度の範囲までであればよいのかを検討し、添加するとどのような性質となるか不明な元素は、可能な限り排除するのが常であるところ、Bの結晶粒微細化作用は、被請求人が、鋭意検討の結果、初めて得た知見であると主張する。しかしながら、本件特許出願前、マルエージング鋼において靱性向上のためBを添加することは、本件特許出願前から当業者に周知の技術であり、また、18%Niマルエージング鋼あるいはその前後のNi含有量のマルエージング鋼においては、定性的には、結晶粒径が小さいほど、すなわち、結晶粒度番号が大きいほど、延性、靭性が高くなることも、当業者に周知であって、Bを含むマルエージング鋼の組成の記載に結晶粒の微細なマルエージング鋼の記載を組み合せることに困難があるとは認められないことは、上記6-1.(2)(ii)エのとおりであるから、被請求人の上記主張は、採用することができない。 (3) したがって、相違点(1)についての本件発明2の構成要件は、甲第4号証記載の発明及び周知事項に基づき当業者が容易に想到し得たものと云うべきである。 (ii)相違点(2)について 本件発明2における冷間加工を行った後の固溶化処理(2回目の固溶化処理)は、本件明細書の「1回目の固溶化処理後に行なう冷間加工は、材料に加工歪を付加して、その後実施する2回目の固溶化処理によって再結晶させるために行なうものである。」(本件特許公報第4欄最終段落)という記載からみて、その処理温度を再結晶温度以上にすることにより、結晶を微細化するためのものであると認められる。これに対し、甲第2号証発明の冷間加工を行った後の固溶化処理における820℃という処理温度は、本件発明2の実施例における数値と格別に差異が存在しないし、また、甲第2号証発明においても、冷間加工を行った後の固溶化処理後において、結晶粒度が10.3と微細な結晶となっているのであるから、その処理温度の820℃は、再結晶温度以上の温度であると認められる。 したがって、相違点(2)は、実質的な相違とは云えない。 (iii)本件発明2は、上記相違点(1)、(2)の検討のとおりであるから、甲第2?4号証に記載された発明及び周知事項に基づき当業者が容易に発明をすることができたものである。 7.むすび したがって、本件発明1及び本件発明2に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第123条第1項第2号に該当するから、無効とすべきものである。 審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担するものとする。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2004-04-12 |
結審通知日 | 2004-04-14 |
審決日 | 2004-04-27 |
出願番号 | 特願平1-106512 |
審決分類 |
P
1
112・
121-
Z
(C22C)
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最終処分 | 成立 |
特許庁審判長 |
沼沢 幸雄 |
特許庁審判官 |
平塚 義三 綿谷 晶廣 |
登録日 | 1999-04-02 |
登録番号 | 特許第2909089号(P2909089) |
発明の名称 | マルエージング鋼およびその製造方法 |
代理人 | 須賀 総夫 |
代理人 | 田邊 義博 |