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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B41J
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 B41J
審判 査定不服 特17 条の2 、4 項補正目的 特許、登録しない。 B41J
管理番号 1154222
審判番号 不服2004-8433  
総通号数 89 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2007-05-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2004-04-23 
確定日 2007-03-15 
事件の表示 平成10年特許願第217036号「インクジェット式記録ヘッド」拒絶査定不服審判事件〔平成12年 2月15日出願公開、特開2000- 43261〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成10年7月31日の出願であって、平成16年3月15日付けで拒絶の査定がされたため、これを不服として同年4月23日付けで本件審判請求がされるとともに、同年5月21日付けで明細書についての手続補正(以下「本件補正」という。)がされたものである。

第2 補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成16年5月21日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1.補正内容
本件補正は特許請求の範囲を補正するものであり、補正後の請求項1に対応する補正前の請求項は請求項1であって、それぞれの記載は次のとおりである。

(補正前請求項1)ノズル開口、圧力発生室、リザーバ及びインク供給口とを備え、前記圧力発生室に対向するアイランド部、及びダイヤフラム部を備えた弾性板により封止された流路ユニットと、
前記アイランド部に当接してインク滴を吐出させる圧電振動子と、前記流路ユニットと圧電振動子とを支持するとともに前記リザーバにインクを供給するインク供給路を備えたヘッドフレームとからなるインクジェット式記録ヘッドにおいて、
前記弾性板が、弾性変形可能なフィルムと前記フィルムよりも大きな剛性を備えたアイランド部となる凸部が形成されたシートを、複数枚、前記凸部の位置が重なるように一方の前記シートのフィルムが、他方の前記シートの凸部に接するように積層して構成されているインクジェット式記録ヘッド。

(補正後請求項1)ノズル開口、圧力発生室、リザーバ及びインク供給口とを備え、前記圧力発生室に対向するアイランド部、及びダイヤフラム部を備えた弾性板により封止された流路ユニットと、
前記アイランド部に当接してインク滴を吐出させる圧電振動子と、前記流路ユニットと圧電振動子とを支持するとともに前記リザーバにインクを供給するインク供給路を備えたヘッドフレームとからなるインクジェット式記録ヘッドにおいて、
前記弾性板が、弾性変形可能なフィルムよりも大きな剛性を備えたアイランド部となる凸部が形成されたシートを、複数枚、前記凸部の位置が重なるよう前記シートを前記凸部に接するように積層して構成され、
前記圧電振動子側に位置する前記凸部の厚みが前記圧力発生室側に位置する前記凸部の厚みよりも大きく、前記圧力発生室側に位置する前記凸部が前記圧力発生室の長手方向を縦断するように形成されているインクジェット式記録ヘッド。

2.補正目的
当該補正は、以下の事項を含む(以下、「本件補正事項」という。)。
(1)補正前請求項1で「前記弾性板が、弾性変形可能なフィルムと前記フィルムよりも大きな剛性を備えたアイランド部となる凸部が形成されたシートを、複数枚、前記凸部の位置が重なるように一方の前記シートのフィルムが、他方の前記シートの凸部に接するように積層して構成されている」と記載されていたものを、補正後請求項1で「前記弾性板が、弾性変形可能なフィルムよりも大きな剛性を備えたアイランド部となる凸部が形成されたシートを、複数枚、前記凸部の位置が重なるよう前記シートを前記凸部に接するように積層して構成され」と補正した点。
(2)補正後請求項1に「前記圧電振動子側に位置する前記凸部の厚みが前記圧力発生室側に位置する前記凸部の厚みよりも大きく、前記圧力発生室側に位置する前記凸部が前記圧力発生室の長手方向を縦断するように形成されている」との記載を追加し補正した点。

本件補正事項(2)は、弾性板の複数枚のシートにおける凸部の厚みを相対的に規定し、かつ、圧力発生室側に位置するシートの凸部が、圧力発生室の長手方向を縦断するように形成されている点でその構造を特定するものであり、これらは、特許法第17条の2第4項第2号に規定された、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するものと認める。
しかしながら、本件補正事項(1)は、補正前には、弾性板を構成する「シート」が、「弾性変形可能なフィルムと前記フィルムよりも大きな剛性を備えたアイランド部となる凸部が形成された」ものとして記載していたのを「弾性変形可能なフィルムと」との記載を削除し、「弾性変形可能なフィルムよりも大きな剛性を備えたアイランド部となる凸部」のみが形成されたものとしており、形式的にみれば本件補正事項(1)は、特許請求の範囲を拡張するものである。
仮に、補正後請求項1においても、「シート」が「フィルム」と「凸部」よりなる点で変わりがないものであると解したとしても、その場合、本件補正事項(1)は、実質的に請求項1に記載された発明特定事項を変更していないこととなるので、特許請求の範囲の減縮を目的としたものとはいえない。
また、本件補正事項(1)が、請求項の削除、誤記の訂正、明りょうでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る。)のいずれを目的とするものでもないことは明らかである。
したがって、本件補正は、特許法第17条の2第4項の規定に違反するものであり、同法第159条第1項において読み替えて準用する特許法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。
以上のとおりではあるが、本件補正事項(1)及び(2)は、ともに「弾性板」についての補正であり、仮に、本件補正事項(1)が実質的な変更がない補正だとした場合、全体としてみれば、補正前請求項1に記載された発明の発明特定事項である「弾性板」を限定しているものとも解し得るので、本件補正を、全体として、特許法第17条の2第4項第2号に規定された、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するものと一応認め、補正後請求項1に記載された発明が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものか(特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定を満たすか)について以下に検討する。

3.補正後請求項1に記載された発明(以下、「本願補正発明」という。)の独立特許要件の判断

A.引用例
原査定の拒絶の理由に引用され、平成6年3月15日に頒布された特開平6-71877号公報(以下、「引用例1」という。)には、以下の記載が図示とともにある。

(ア)「インク室の一面を覆う加圧板の背面に、少なくとも上記インク室の有効巾より上記加圧板の撓み量を減じた巾の狭い突部を設けるとともに、該突部の頂面に、圧電素子と当接しかつ上記インク室の配列ピッチに相当する巾を限度とする巾の広い圧力伝達部材を接合させたことを特徴とするインクジェットヘッド。」(【請求項1】)

(イ)「上記突部を上記加圧板とともに電鋳加工により一体的に形成したことを特徴とする請求項1記載のインクジェットヘッド。」(【請求項2】)

(ウ)「上記圧力伝達部材を該部材を支持する支持膜とともに、電鋳加工により一体的に形成したことを特徴とする請求項1記載のインクジェットヘッド。」(【請求項3】)

(エ)「図6をもとにインクジェットヘッドの全体構成について説明すると、符号1は、複数のノズル2を有するノズルプレートで、このノズルプレート1の背面には、各ノズル2に対応するインク室3と共通のリザーバ部7を有するキャビティ形成板4が積層され、またこのキャビティ形成板4の背面には、印字信号に応じて各インク室3内のインクに圧力を加えるべく変形する加圧板6が積層されていて、その背面には、図示しない凸部と接合する圧力伝達部材16を介して圧電素子8が一体的に接合されている。」(段落【0008】)

(オ)「一方、上記した圧電素子8はその長手方向下半部を固定板9に固定され、またこの固定板9は、ヘッドフレーム60内を貫通する取付け孔61に、圧電素子8を面方向前後左右に位置決めすべく支持されている。」(段落【0009】)

(カ)「このヘッドフレーム60には、図示しないインク溜めに延びるインク供給管62が接続されており、またこのインク供給管62に連なるインク通路63は、ヘッドフレーム60内を上方に延び上って、中間部材10及び加圧板6に穿設した各連通孔10a、6aを介してキャビティ形成板4に設けたリザーバ部7にインクを供給するように構成されている。」(段落【0010】)

(キ)「図1によって本発明の一実施例をなす圧力伝達機構について説明すると、インク室3に圧力を加える加圧板6は、ニッケル材を用いた電鋳加工によってインク室3内のインクが滲み出すことがない程度に、かつ圧電素子8の縦方向伸縮動を可能な限り効率よくインク室3内に伝えることができるように、肉厚が例えば1乃至20μm程度の薄い板材として形成され、さらにその背面には、インク室3の巾よりも狭く、かつその長さよりも短い形状の突部12が電鋳加工により一体的に突出形成されていて、区画壁5の内面と突部12との間に形成されたギャップGにより、加圧板6に過度の応力を作用させることなくこれをインク室3に向けて水平に撓ませることができるように形成されている。」(段落【0012】)

(ク)「一方図中符号16は、圧電素子8の変位を突部12に伝えるべく両者の間に介在させた圧力伝達部材で、この圧力伝達部材16は、可能な限りインク室3の配列ピッチPに近い巾Wを持つように形成されていて、突部12と圧電素子8との間に成形上の誤差や組付け上の位置ズレがあっても両者間で正しく圧力伝達が行えるように構成されている。」(段落【0013】)

(ケ)「これらの各圧力伝達部材16‥‥は、フィルム状の支持膜18とともに、インク室3の配列ピッチPに対応するよう配列された状態で電鋳加工により一体的に形成されていて、上記した各突部12‥‥の上に正しく接合される一方、その背面には支持膜18を介して各圧電素子8の先端が接着される。」(段落【0014】)

上記(ア)?(ケ)の記載等を勘案すると、引用例1には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「複数のノズルを有するノズルプレートの背面に各ノズルに対応するインク室と共通のリザーバ部を有するキャビティ形成板を積層し、キャビティ形成板の背面に、印字信号に応じて各インク室内のインクに圧力を加えるべく変形する加圧板を積層し、加圧板の背面に少なくとも上記インク室の有効巾より上記加圧板の撓み量を減じた巾の狭い突部を上記加圧板とともに電鋳加工により一体的に形成するとともに、該突部の頂面に、支持膜を介して圧電素子と当接しかつ上記インク室の配列ピッチに相当する巾を限度とする巾の広い圧力伝達部材を接合し、上記した圧電素子はその長手方向下半分を固定板に固定され、またこの固定板は、ヘッドフレーム内を貫通する取付け孔に支持され、このヘッドフレームにはインク通路が設けられ、リザーバ部にインクを供給するように構成され、各圧力伝達部材は、支持膜とともに、電鋳加工により一体に形成されているインクジェットヘッド。」

同じく、原査定の拒絶の理由に引用され、本願の出願前である平成8年6月11日に頒布された特開平8-150716号公報(以下、「引用例2」という。)には、以下の事項が記載されている。

(コ)「圧力発生室、インク供給路、及びリザーバを区画する流路形成部材と、前記流路形成部材の一方の面を封止するとともに前記圧力発生室に連通するノズル開口を備えたノズルプレートと、前記流路形成部材の他方の面を封止して前記圧力発生室の容積を変化させる可撓壁部材と、該可撓壁部材に当接してこれを弾性的に変形させる縦振動モードを備えた電気機械変換素子とからなるインクジェット式記録ヘッドにおいて、
可撓壁部材が低弾性領域と、一端が少なくとも前記インク供給路まで延びて前記電気機械変換素子の伸縮を前記圧力発生室に伝達する高弾性領域とで形成されていているインクジェット式記録ヘッド。」(【請求項1】)

(サ)「【作用】記録ヘッドの圧力発生室に形成すべき低弾性領域によるコンプライアンスをインク供給口やリザーバに分散させることにより、圧力発生室内での圧力損失が小さくなり、これにともなって電気機械変換素子の微小な変位でインク滴の吐出が可能となるから圧力発生室の容積変化を少なくしてインク滴の少量化が可能となる。またコンプライアンスの減少によりインク滴吐出周期を短縮できて1画素を複数のインク滴により面積階調でもって印刷できる。」(段落【0009】)

(シ)「可撓壁部材10は、圧力発生室4の一側の外端と、他側に配置されているリザーバ6の外端とでフレーム部材8に支持されている。高弾性領域12は、圧電振動子7の変位を圧力発生室4に確実に伝達できる程度の剛性を備え、ノズル開口1の側となる端部12aが流路形成部材3と対向する位置まで延長され、また他端12bは少なくともインク供給口5に到達する箇所まで延長されている。」(段落【0011】)

B.対比
本願補正発明と引用発明を対比する前に、本願補正発明の発明を特定する事項の記載について検討する。
本願補正発明では「前記圧力発生室に対向するアイランド部、及びダイヤフラム部を備えた弾性板」と記載され、「前記弾性板が、弾性変形可能なフィルムよりも大きな剛性を備えたアイランド部となる凸部が形成されたシートを、複数枚、前記凸部の位置が重なるよう前記シートを前記凸部に接するように積層して構成され、」と記載されていることから、「アイランド部」と「凸部」とは、弾性板を構成するシートの同じ部分を示していると解される。
また、「ダイヤフラム部」は、その記載だけでは不明であるが、本願明細書段落【0012】、【0013】、【0028】の記載や図1、2、5、6等を参酌すると、弾性板における「弾性変形可能なフィルム」または「シート」において凸部が設けられていない部分であって、かつ、圧力発生室に対向した部分を示していると解し得る。
したがって、簡便のため、以下では、あえて記載する場合を除いて、「アイランド部」は「凸部」と同じものとして記載を省略し、「ダイヤフラム部」は、「弾性変形可能なフィルム」または「シート」のアイランド部ではない一部分として、記載を省略することとする。
そこで、本願補正発明と引用発明とを対比すると、
引用発明の「ノズル」、「インク室」及び「リザーバ部」が、本願補正発明の「ノズル開口」、「圧力発生室」及び「リザーバ」に相当し、引用発明のノズルプレート、キャビティ形成板及び加圧板の積層されたものが、本願補正発明の「流路ユニット」に相当することは明らかである。
また、引用発明において「加圧板」はインク室を有するキャビティ形成板の背面に積層するものであって、印字信号に応じて各インク室内のインクに圧力を加えるべく変形するものであり、「突部」は加圧板の背面に一体的に突出形成するものであることから、引用発明の「突部」が、本願補正発明の「凸部」に相当し、引用発明の「突部」と「加圧板」とからなる一体物が、本願補正発明の「弾性板」を構成する複数枚の「シート」のうちの圧力発生室側の「シート」に相当する。
さらに、引用発明において、「圧力伝達部材」は、「突部」の頂面と接合し、「圧力伝達部材」の背面側に位置する「支持膜」が圧電素子の先端と接着され、各「圧力伝達部材」と「支持膜」とは一体的に形成されるものであることから、引用発明の「圧力伝達部材」が、本願補正発明の「凸部」に相当し、引用発明の「圧力伝達部材」と「支持膜」とからなる一体物が、本願補正発明の「弾性板」を構成する複数枚の「シート」のうちの圧電振動子側の「シート」に相当する。
そして、引用発明の「加圧板」と「突部」とからなる一体物と、「圧力伝達部材」と「支持膜」とからなる一体物の積層構造が、本願補正発明の複数枚の「シート」が積層して構成された「弾性板」に相当する。

したがって、本願補正発明と引用発明とは、以下の一致点及び相違点を有する。

<一致点>「ノズル開口、圧力発生室、リザーバとを備え、前記圧力発生室に対向するアイランド部、及びダイヤフラム部を備えた弾性板により封止された流路ユニットと、
前記アイランド部に当接してインク滴を吐出させる圧電振動子と、前記流路ユニットと圧電振動子とを支持するとともに、前記リザーバにインクを供給するインク供給路を備えたヘッドフレームとからなるインクジェット式記録ヘッドであって、
前記弾性板が、アイランド部となる凸部が形成されたシートを、複数枚、前記凸部の位置が重なるように積層して構成されているインクジェット式記録ヘッド。」

<相違点1>本願補正発明では、「インク供給口」を備えているのに対して、引用発明では、そのように特定されていない点。

<相違点2>本願補正発明の「凸部」は、「弾性変形可能なフィルムよりも大きな剛性」を備えているものであるのに対して、引用発明では、そのように特定されていない点。

<相違点3>本願補正発明では、弾性板が「前記シートを前記凸部に接するように積層して構成され」ているのに対して、引用発明では、そのように特定されていない点。

<相違点4>本願補正発明の弾性板は、「前記圧電振動子側に位置する前記凸部の厚みが前記圧力発生室側に位置する前記凸部の厚みよりも大きく」形成されているのに対して、引用発明では、そのように特定されていない点。

<相違点5>本願補正発明の弾性板は、「前記圧力発生室側に位置する前記凸部が前記圧力発生室の長手方向を縦断するように形成されている」のに対して、引用発明では、そのように特定されていない点。

C.判断
<相違点1>について
引用発明のインクジェットヘッドは、インク室と共通のリザーバ部を有しており、引用例1には、インク溜めから、インク供給管、ヘッドフレーム内のインク通路を介してインクがリザーバ部に供給されることが記載されており(上記(カ)参照)、リザーバ部まで供給されたインクをさらに各インク室に供給するために、リザーバ部とインク室とを連通するインク供給口を設けることはインクジェットヘッドの構造上においては当然のことであり、当業者にとって容易に想到し得ることである。
よって、相違点1に係る本願補正発明の発明特定事項は、引用例1に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到し得たことである。

<相違点2>について
「第2[理由]2.補正目的」でも記載したように、本願補正発明には、「シート」について、「弾性変形可能なフィルムよりも大きな剛性を備えたアイランド部となる凸部が形成されたシート」と記載されており、「弾性変形可能なフィルム」が、「シート」を構成する部材なのか、単に、「凸部」の剛性を表現する上での、比較対象として記載されているのかが不明であるので、以下では、2つの場合に分けて検討する。
(1)「弾性変形可能なフィルム」がシートを構成する部材であると解した場合
相違点2に係る本願補正発明の発明特定事項は、シートを構成するフィルムと凸部の剛性を対比すると、相対的に凸部の剛性が大きいことを示していることになる。
まず、引用発明において、「フィルム」に相当する「加圧板」と「凸部」に相当する「突部」との相対的な剛性の比較であるが、引用例1には、「インク室3に圧力を加える加圧板6は、ニッケル材を用いた電鋳加工によってインク室3内のインクが滲み出すことがない程度に、かつ圧電素子8の縦方向伸縮動を可能な限り効率よくインク室3内に伝えることができるように、肉厚が例えば1乃至20μm程度の薄い板材として形成され、さらにその背面には、インク室3の巾よりも狭く、かつその長さよりも短い形状の突部12が電鋳加工により一体的に突出形成されていて、区画壁5の内面と突部12との間に形成されたギャップGにより、加圧板6に過度の応力を作用させることなくこれをインク室3に向けて水平に撓ませることができるように形成されている。」(上記(キ)参照)と記載されており、加圧板と突部とは同じ材質で、加圧板に対して突部の方が相対的に厚く形成されていることから、突部の方が相対的に剛性が大きいと解せる。
次に、引用発明の「フィルム」に相当する「支持膜」と「凸部」に相当する「圧力伝達部材」との相対的な剛性の比較であるが、引用例1には、「各圧力伝達部材16‥‥は、フィルム状の支持膜18とともに、インク室3の配列ピッチPに対応するよう配列された状態で電鋳加工により一体的に形成されていて」(上記(ケ)参照)と記載されており、材質が同じかどうかは不明であるが、支持膜は「フィルム状」の薄い部材であり、また、圧力伝達部材は「圧電素子8の変位を突部12に伝える」(上記(ク)参照)ものである以上は、ある程度の剛性が必要であり、それらを考慮すれば、圧力伝達部材の剛性は、支持膜よりも相対的に大きいと解せる。また、引用例1の段落【0022】には、他の実施例として、「円錐台状の圧力伝達部材56を薄い支持膜58とともに射出形成加工により一体的に形成」する点が記載されており、この場合、同一部材で厚く形成された圧力伝達部材の方が薄い支持膜よりも相対的な剛性が大きいことは明らかであるので、これらの記載からして、引用発明の「支持膜」と「圧力伝達部材」との剛性を対比して、圧力伝達部材の方が剛性が大きくなるようにすることは容易想到であるといえる。
したがって、(1)のように解した場合、相違点2に係る本願補正発明の発明特定事項は、引用例1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に想到し得たことである。
(2)「弾性変形可能なフィルム」が、単に、剛性を表現する上での、比較対象であると解した場合
この場合、「第2[理由]2.補正目的」で記載したように、本件補正が不適法であることになるものの、あえて検討すると、相違点2に係る本願補正発明の発明特定事項は、凸部が、「弾性変形可能なフィルム」よりも大きな剛性を備えていることを示していることになる。
一般的に「弾性変形可能なフィルム」といっても、その剛性は、フィルムの材質や厚さにより様々に異なる。本願補正発明において、比較対象となる「弾性変形可能なフィルム」がどのようなものか具体的に特定されておらず、その「弾性変形可能なフィルム」よりも大きな剛性を備える「凸部」の剛性を特定できない。ただ、インクジェット式記録ヘッドにおいて、圧電振動子の変位により、圧力発生室中のインクを加圧して、インク滴を吐出させるためには、圧電振動子と圧力発生室との間に位置し、圧電振動子の変位を圧力発生室まで伝達する「凸部」には、ある程度の剛性が必要なのは明らかであることから、(2)の場合を、「凸部」が、圧電振動子の変位を圧力発生室に伝達し得る程度の大きさの剛性を備えたものであると解して以下に検討する。
引用発明の「突部」及び「圧力伝達部材」も、本願補正発明の「凸部」と同様に圧電素子の変位をインク室のインクに伝えるために積層された部材であることから、簡単に弾性変形してしまって変位を伝えられないものでは用をなさず、所望の剛性を必要とするものである。それゆえ、「突部」と「圧力伝達部材」が、圧電素子の変位をインク室に伝達し得る程度の大きさの剛性を備えるように、それらの材料や厚さなど各種条件を設定することは、当業者が当然に行うことであり、(2)のように解した場合においても、相違点2に係る本願補正発明の発明特定事項は、引用例1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に想到し得たことであるといえる。
よって、相違点2に係る本願補正発明の発明特定事項は、その意味することを何れに解釈しても、引用例1に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到し得たことである。

<相違点3>について
相違点3に係る本願補正発明の発明特定事項の記載では、その積層の仕方は明確には特定できないが、本願補正発明におけるシートの数「複数枚」を、最小の2枚に特定(本願明細書中には、2枚の例のみ記載されている)した上で、凸部を形成したシート2枚を、凸部の位置が互いに重なるように積層した場合、積層の仕方としては、
(1)凸部同士が接するように積層
(2)シート(あるいはフィルム)同士が接するように積層
(3)凸部とシート(あるいはフィルム)が接するように積層(同方向に積層)
の3つの場合が想定でき、(3)については、圧電振動子と圧力発生室との間で凸部が直接接するのが、圧電振動子である場合と圧力発生室である場合が想定できるので、計4つの場合を想定できる。
本願補正発明において、弾性板の凸部は、「いわゆるアイランド部を形成し、このアイランド部を介して圧電振動子の変位を圧力発生室を封止している弾性板の広い領域に伝達するように構成されている」(本願明細書段落【0003】参照)ものであるので、凸部が形成されたシートを複数枚積層する際に、各凸部の位置が重なり、圧電振動子と圧力発生室の間に位置していることが、圧電振動子の変位を伝達する上では重要であるものの、凸部がシート(あるいはフィルム)を介して重なる場合も、凸部同士、または、シート(あるいはフィルム)同士が直接接している場合も、複数枚のシートが積層され一体となって変位することに変わりはなく、圧電振動子の変位を圧力発生室内に伝達する機能において何ら違いはない。
そして、上記4つの積層の仕方のうちのどれを採用するかは、凸部同士の位置合わせを容易にするか、圧電振動子や圧力発生室との位置合わせを容易にするかなど、4つそれぞれの積層の仕方の特徴と、接着剤の種類や、各部材の形状、大きさ等をそれぞれ考慮して、その用途要請により当業者が適宜に決定し得る設計事項にすぎない。
よって、相違点3に係る本願補正発明の発明特定事項は、引用例1に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到し得たことである。
なお、審判請求人は、審判請求書(手続補正書)において、
「すなわち、引用文献1の発明は、凸部同士(凸部52と圧力伝達部材56)が接するように配置されているため、圧電振動子と対向する側が支持膜58が露出していて、圧電振動子が平面に接することになる。
これに対して本願発明は、凸部が形成されたシートを同一方向に積層するように構成されているため、凸部がフィルムを介して重なることになり、したがって凸部が圧電振動子の変位を直接受けることになる。
これにより、引用文献1のように凸部同士(凸部52と圧力伝達部材56)を突き合わせて接合する場合には、若干の位置ズレで伝達力が大きく変化するが、本願発明ではシートを介して凸部が接するため、若干の位置ズレぐらいでは、シートが緩衝材として機能するので、位置ズレの影響を緩和できるという効果がある。
さらには、本願発明においては圧電振動子に凸部が直接接するから、段落0029に記載されているように、圧電振動子の先端と凸部とを固定する接着剤を凸部の側面で受け止め、弾性板の特性が変化するのを防止することができる。
これに対して引用文献1の発明では支持膜58の表面方向に広がるため、振動板全体としての特性が変化するという恐れがある。」
と、相違点3に係る本願補正発明の発明特定事項について、新たな作用効果を主張しているが、本願補正発明において、「凸部が形成されたシートを同一方向に積層するように構成されている」との記載はなく、上記主張は、本願補正発明に基づかない主張であるといえる。
仮に、本願補正発明の「前記シートを前記凸部に接するように積層して構成され」との記載が「凸部が形成されたシートを同一方向に積層するように構成されている」ことを意味していると解した場合、弾性板が、「シート」と「凸部」の積層により構成されることになるので、「第2[理由]2.補正目的」で記載したように、本件補正が不適法であることになるし、このような記載だけでは、シート上の凸部が圧電振動子側に向いているのか、圧力発生室側に向いているのかは不明であるため、凸部と圧電振動子とが直接接しているとは特定できない。
また、上記「若干の位置ズレ」がどの程度の位置ズレを想定しているのか不明であるが、積層の仕方が4つの場合のいずれであっても、圧電振動子の変位を伝達するのは、互いに重なった複数の「凸部」なのだから、凸部同士が力を伝達できる程度重なっていれば、シートの積層位置に関わりなく圧電振動子の変位を伝達することは可能であって、位置ズレの影響に対して主張のような違いがあるとは認められない。
さらに、本願補正発明では、弾性板の具体的な材質について何ら特定されておらず、圧電振動子と弾性板とを接着剤で接着することも特定されていないため、上記接着剤に関する主張は、本願補正発明に基づかない主張である。たとえ、接着剤で接着することが自明であるとしても、接着剤の種類、粘性などの性質、接着剤の塗布量、接着方法によって、接着の際の接着剤の広がり方は変わるので、本願補正発明において、その点を何ら特定していない以上、主張する作用効果を認めることはできず、上記主張を採用することはできない。
また、本願明細書及び図面には、引用発明と同様に凸部同士が直接対向する積層の仕方が実施例として記載されており、本願明細書段落【0015】に「なお、上述の実施例においては、アイランド部7aが他方のフィルム12を介してそれぞれの弾性板構成シート8、9のアイランド部8a、9aを積層しているが、図3(イ)に示したように、2枚の弾性板構成シート8、9の凸部8a,9aが直接対向するように接着剤層を介して積層しても同様の作用を奏する。」と記載されており、当該実施例や記載からしても審判請求人の主張する相違点は、格別なものとは認められない。

<相違点4>について
アイランド部となる凸部は、圧電振動子の変位を圧力発生室に伝達するために所望の「剛性」を持たせる必要があり、その所望の「剛性」を持たせるために、凸部の材質やその他の寸法、構造等との関係により必要な「厚み」が決まるものと考えられる。
本願補正発明のように、複数の凸部を積層する場合も全体の「厚み」は重要であるものの、個々の凸部の相対的な厚みの差はそれらを位置が重なるように一体的に積層することから、重要な、考慮すべき事項であるとは考えられず、相対的な厚みの差をどのようにするかは、その材質や全体の「厚み」等を考慮して、当業者が適宜なし得る設計事項にすぎない。
よって、相違点4に係る本願補正発明の発明特定事項は、引用例1に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到し得たことである。
なお、審判請求人は、審判請求書(手続補正書)において、上記相違点4に係る本願補正発明の発明特定事項には、「ダイヤフラム部側の輪郭精度を向上(段落0025)できるという効果を有する。」旨主張しているが、本願明細書段落【0025】に「これにより、弾性板構成シート8の極めて薄い金属薄板が高い精度でエッチングを受けてダイヤフラム部に当接する側の凸部が形成される。これにより、ダイヤフラム部7bの輪郭精度を向上させることができ、各圧力発生室4のコンプライアンスを均一化して各ノズル開口から安定にインク滴を吐出させることができる。」と記載されているように、主張する効果は、凸部を金属薄板のエッチングにより形成した場合にはじめて奏される効果である。
しかしながら、本願補正発明では、凸部の材質も形成方法も特定されていない。しかも、本願明細書には、凸部をニッケルの電鋳で形成してもよいし(段落【0030】)、シリコン単結晶基板の異方性エッチングで形成してもよい(段落【0031】)ことが記載されており、このような場合、金属薄膜のエッチングにより形成する場合のような問題は発生しない。
さらに、相違点4のように相対的な厚みの差を規定しただけでは、実際の凸部の厚みは特定できないので、圧力発生室側の凸部がエッチングにより高精度に形成できる厚さであるかは分からず、エッチング加工すれば必ず奏する効果とも認められない。
よって、上記主張を採用することはできない。

<相違点5>について
圧力発生室に位置する凸部が圧力発生室の長手方向を縦断するように形成されている点は、引用例2に記載されている(上記(コ)?(シ)を参照)。そして、このような圧力発生室の長手方向に縦断する構造は、圧力発生室に直接作用する可撓壁部材(本願補正発明の凸部を形成したシートに相当)に採用するものであり、引用発明に適用する場合、インク室の背面に位置する加圧板の突部に採用されるものと解し得る。
よって、相違点5に係る本願補正発明の発明特定事項は、引用例1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到し得たことである。

したがって、本願補正発明は、引用例1及び2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

[補正の却下の決定のむすび]
以上のとおり、本件補正は、特許法第17条の2第4項の規定に違反するものであり、仮にそうでないとしても、特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するものであるので、いずれにしても、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

第3 本件審判請求についての判断

1.本願発明の認定
本件補正が却下されたから、本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、平成15年11月4日付け手続補正により補正された明細書の特許請求の範囲請求項1に記載された事項によって特定されるものと認めることができ、当該請求項1の記載は上記「第2[理由]1.補正内容」で(補正前請求項1)として記載したとおりである。

2.引用例
原査定の拒絶の理由に引用された引用例1及び2、並びにそれらの記載事項は、上記「第2[理由]3.A.引用例」に記載したとおりである。

3.対比、判断
本願発明は、上記「第2[理由]2.補正目的」で検討した本願補正発明の本件補正事項(2)による限定を省いたものである。なお、本件補正事項(1)は、補正前請求項1に記載された発明の発明特定事項を限定するものではないことは、上記「第2[理由]2.補正目的」で記載したとおりである。
そうすると、本願発明の発明特定事項をすべて含み、さらに他の限定事項を付加した、本願補正発明が、上記「第2[理由]3.C.判断」に記載したとおり、引用例1及び2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も同様の理由により、引用例1及び2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
なお、本願発明では「シート」が「弾性変形可能なフィルム」と「凸部」とからなることが明確であり、本願補正発明では本件補正事項(1)によって、「フィルム」が「シート」の一構成要素であるか否かが不明確となっているが、「フィルム」を「シート」の一構成要素に含む場合についても、「第2[理由]3.C.判断」において検討済みである。

4.むすび
以上のとおり、本件補正は補正却下されなければならず、本願発明は上記引用例1及び2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、本願その余の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶を免れない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2007-01-11 
結審通知日 2007-01-17 
審決日 2007-01-30 
出願番号 特願平10-217036
審決分類 P 1 8・ 575- Z (B41J)
P 1 8・ 57- Z (B41J)
P 1 8・ 121- Z (B41J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 後藤 時男  
特許庁審判長 酒井 進
特許庁審判官 藤井 勲
尾崎 俊彦
発明の名称 インクジェット式記録ヘッド  
代理人 木村 勝彦  

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