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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C21D |
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管理番号 | 1156250 |
審判番号 | 不服2004-8552 |
総通号数 | 90 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2007-06-29 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2004-04-26 |
確定日 | 2007-04-19 |
事件の表示 | 平成10年特許願第140410号「溶接割れ感受性に優れた低降伏比高張力鋼の製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成11年6月29日出願公開、特開平11-172331〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
1.手続の経緯・本願発明 本願は、平成10年5月8日(優先権主張:平成9年9月30日)の出願であって、平成15年12月17日付けで手続補正がされたが、平成16年3月22日付けで拒絶査定がされ、同年4月26日付けで拒絶査定不服審判の請求がされたものであって、その発明は、上記手続補正により補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1、2に記載されたとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明は、以下のとおりである。 「重量%で、C:0.06?0.11%、Si:0.01?0.4%、Mn:0.5?1.6%、Al:0.01?0.06%、Mo:0.1?1.0%、V:0.01?0.1%を含有し、かつ、Pcm:0.22以下を満たし、残部が鉄および不可避不純物よりなる鋼を、1000?1250℃に加熱し、950℃以下で20%以上の累積圧下を加え、かつ、圧延仕上温度が850℃以上で熱間圧延し、圧延終了後Ar3変態点以上から直接焼入れし、ついでAc1点以上Ac3点以下の2相域温度に再加熱後焼入れし、さらにAc1点以下500℃以上にて焼戻し処理を行うことを特徴とする、溶接割れ感受性に優れた低降伏比高張力鋼の製造方法。」(以下「本願発明1」という。) 2.原査定の理由 原査定の拒絶の理由の一つの概要は、本願の発明は、その出願前頒布された下記刊行物1?5に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものである。 記 1.特開平4-32513号公報(以下、「引用例1」という。) 2.特開平1-156421号公報 3.特開平3-162518号公報 4.特開平9-165622号公報 5.特開平7-242941号公報 3.引用例1の記載事項 引用例1には、以下の事項が記載されている。 (a)「C:0.03wt%以上、0.12wt%以下、 Si:0.60wt%以下、 Mn:2.0wt%以下、 Al:0.001wt%以上、0.1wt%以下、及び N:0.006wt%以下、 を含み、さらに、 Cr:1.0wt%以下、 Ni:1.0wt%以下、 Mo:1.0wt%以下、 V:0.1wt%以下、 Ti:0.1wt%以下、 Nb:0.1wt%以下、 B:0.005wt%以下、 Cu:1.0wt%以下、及び REM:0.1wt%以下、 のうちから選んだ1種又は2種以上を含有し、かつ、 PCM(wt%)=C(wt%)+1/30Si(wt%)+1/20Mn(wt%)+1/20Cr(wt%)+1/60Ni(wt%)+1/15Mo(wt%)+1/10V(wt%)+5B(wt%)+1/20Cu(wt%)で計算されるPCM(wt%)が0.22wt%以下の鋼スラブを素材として、熱間圧延を行い、Ar3点+100℃超えの温度で熱間圧延を終了し、ひきつづてAr3点以上の温度より空冷以上の冷却速度で冷却するか、又はAC3点以上の温度に再加熱後、空冷の冷却速度以上の速度で冷却し、さらにAC3点からAC1点の2相域温度範囲に加熱保持した後、空冷の冷却速度以上の速度で冷却し、その後AC1点以下の温度域で焼戻し処理を行うことを特徴とする溶接の施工性及び判別性に優れる低降伏比高張力調質鋼板の製造方法。」(特許請求の範囲) (b)「この溶接を行なう場合、60kgf/mm2以上の高張力鋼では、通常合金元素を含めて硬化成分を高目に含有していることから、溶接部の割れ欠陥防止のために、鋼板の予熱の実施とこのための管理が必要となり施行上大きな負荷となっている。また、溶接後において、溶接継手部の欠陥の有無を判別する超音波探傷を実施しているが、この際、鋼板内部に結晶方位が一方向に揃った集合組織があると、超音波が減衰または曲げられるなどにより音響異方性が生じるため、超音波が探傷すべき溶接継手対象部に届かず、欠陥の有無を正しく判別できなくなる。 したがって、建材用の高張力鋼板は、耐震設計に適合し得る低降伏比を有し、溶接の施工にあたっては、予熱が不要あるいは予熱温度を低減することができるということによる溶接の施工性に優れるものとし、溶接施工後における超音波探傷による溶接継手部の欠陥発見のしやすさを、溶接の判別性ということにして、この溶接の判別性に優れるものとすることが要望されている。」(第2頁左上欄第14行?右上欄第13行) (c)「この発明は、前記した建材に用いる鋼板に要求される特性、すなわち、高張力で、調質鋼であるにもかかわらず低降伏比を有し、予熱不要あるいは予熱温度低減を可能とすることにより溶接の施工性が優れるものとし、超音波探傷に支障のない程度に音響異方性が少ないことにより溶接の判別性が優れる、などの性質を有する鋼板の製造方法であって、たとえ板厚が厚くとも製造容易な製造方法を提供しようとするものである。」(第2頁左下欄第10?18行) (d)「不純物として含有するP、Sは、母材、溶接部の靭性に悪影響をおよぼすものであることから、Pは0.030wt%以下、Sは0.010wt%以下、また、溶接割れに大きく影響するHは0.0002wt%以下とすることか好ましい。」(第3頁左上欄第6?10行) (e)「PCMは溶接割れ感受性指数と呼ぶもので、溶接割れにおよぼす化学成分の影響を評価するために用いる値である。」(第3頁左上欄第11?13行) (f)「Ar3+100℃超えの温度で熱間圧延を終了するということは、熱間圧延における仕上げ温度をAr3+100℃超えの温度とすることの意味で、この仕上げ温度により音響異方性を生ずる集合組織の生成を抑制する。」(第3頁左上欄第14?18行) (g)「その後、AC3点以上の温度からの冷却は、熱間圧延に連続して行ってもよく、また、-度冷却した後再加熱して行ってもよく、これを行なうことにより組織の均一化、微細化を計るものである。 次にAc3点からAc1点の2相域温度範囲に加熱保持し、冷却することは、フェライトとマルテンサイト又はベイナイトの混合組織とするためのものであり、その後のAc1点以下の焼戻しは、上記組織を焼戻しすることにより靭性が向上し、かくすることにより目的とする性質の鋼板が得られるものである。」(第3頁左上欄第19行?右上欄第7行) (h)「すなわちPCM(wt%)=C(wt%)+1/30Si(wt%)+1/20Mn(wt%)+1/20Cr(wt%)+1/60Ni(wt%)+1/15Mo(wt%)+1/10V(wt%)+5B(wt%)+1/20Cu(wt%)で表わされる溶接割れ感受性指数は、溶接割れ阻止温度(予熱温度)と良い相関がある。・・・溶接割れ阻止温度を50°C以下とするためにはPCMは0.22wt%以下であることが必要である。」(第4頁左下欄第17行?右上欄下から9行目) (i)「これは、Ar3+100℃超えにて圧延を終了することによって、未再結晶域での圧下を極力防止して集合組織の生成を抑制し、音響異方性の発生を回避することにある。・・・圧延仕上げ温度が高くなるに従い音速比は1.00に近ずき音響異方性は少なくなる。そして、音速比1.02以下を満足させるためには、圧延仕上げ温度はAC3+100℃超えとすることが必要になる。・・・また、音速比を1.02以下とした理由は、この値を超える場合は、超音波探傷による溶接継手部の評価が正しくできなくなるためである。」(第4頁右上欄下から3行目?左下欄第15行) (j)実施例の欄の表1には、適合例である鋼記号Jとして、化学組成(wt%)が「C:0.08、Si:0.40、Mn:1.40、Al:0.025、N:0.0024、Mo:0.350、V:0.042」、PCM(wt%)が「0.19」、Ar3(℃)が「781」であるものが記載されている。 (k)実施例の欄の表2には、適合例である製造条件番号「1」として、圧延仕上温度(℃)として「890」、圧延後の冷却方法として「水冷」、最終焼入れ処理の冷却方法として「水冷」、焼戻し温度(℃)として「600」とするものが記載されている。 4.当審の判断 (1)引用発明 引用例1には、 「C:0.03wt%以上、0.12wt%以下、 Si:0.60wt%以下、 Mn:2.0wt%以下、 Al:0.001wt%以上、0.1wt%以下、及び N:0.006wt%以下、 を含み、さらに、 Cr:1.0wt%以下、 Ni:1.0wt%以下、 Mo:1.0wt%以下、 V:0.1wt%以下、 Ti:0.1wt%以下、 Nb:0.1wt%以下、 B:0.005wt%以下、 Cu:1.0wt%以下、及び REM:0.1wt%以下、 のうちから選んだ1種又は2種以上を含有し、かつ、 PCM(wt%)=C(wt%)+1/30Si(wt%)+1/20Mn(wt%)+1/20Cr(wt%)+1/60Ni(wt%)+1/15Mo(wt%)+1/10V(wt%)+5B(wt%)+1/20Cu(wt%)で計算されるPCM(wt%)が0.22wt%以下の鋼スラブを素材として、熱間圧延を行い、Ar3点+100℃超えの温度で熱間圧延を終了し、ひきつづてAr3点以上の温度より空冷以上の冷却速度で冷却するか、又はAC3点以上の温度に再加熱後、空冷の冷却速度以上の速度で冷却し、さらにAC3点からAC1点の2相域温度範囲に加熱保持した後、空冷の冷却速度以上の速度で冷却し、その後AC1点以下の温度域で焼戻し処理を行うことを特徴とする溶接の施工性及び判別性に優れる低降伏比高張力調質鋼板の製造方法。」(摘示(a))が記載されている。(なお、上記「ひきつづて」は、「ひきつづいて」の誤記と認められる。) ここで、上記鋼スラブは、C、Si、Mn、Al、Nの他に、Cr、Ni、Mo、V、Ti、Nb、B、Cu、REMのうちから選んだ2種のみ含有するものでもよく、また、引用例1の表1には、適合例である鋼記号Jとして、C、Si、Mn、Al、Nの他に、Mo、Vのみ含有する例が明記されているから(摘示(j))、引用例1には、C、Si、Mn、Al、Nを含み、さらに、Mo、Vのみ含有する鋼スラブが記載されているといえる。 また、上記鋼スラブは残部成分を特定しないものであるが、引用例1には、上記以外の成分について、「不純物として含有するP、Sは、・・・Pは0.030wt%以下、Sは0.010wt%以下、また、溶接割れに大きく影響するHは0.0002wt%以下とすることか好ましい。」(摘示(d))と記載されるのみであるから、上記鋼スラブは、鋼のベースとなる元素であるFeの他、不純物としてのP、Sと、技術常識からみて不純物と認められるH以外の成分は実質的に含有しないものと認められる。よって、鋼スラブの残部成分は「Fe及び不可避不純物」であるといえる。 また、上記製造方法では、PCM(wt%)を計算するにあたり、「PCM(wt%)=C(wt%)+1/30Si(wt%)+1/20Mn(wt%)+1/20Cr(wt%)+1/60Ni(wt%)+1/15Mo(wt%)+1/10V(wt%)+5B(wt%)+1/20Cu(wt%)」という式を用いているが、C、Si、Mn、Al、N、Mo、Vのみ含有する鋼においては、式中のC、Si、Mn、Mo、Vの項以外の項は無視できるから、「PCM(wt%)=C(wt%)+1/30Si(wt%)+1/20Mn(wt%)+1/15Mo(wt%)+1/10V(wt%)」と表すことができる。 また、上記製造方法は、熱間圧延の終了後、「ひきつづいてAr3点以上の温度より空冷以上の冷却速度で冷却するか、又はAC3点以上の温度に再加熱後、空冷の冷却速度以上の速度で冷却」するというものであるが、引用例1には、「冷却は、熱間圧延に連続して行ってもよく、また、-度冷却した後再加熱して行ってもよく」(摘示(g))と記載されているから、引用例1には、熱間圧延の終了後、ひきつづいてAr3点以上の温度より空冷以上の冷却速度で冷却することが記載されているといえる。 以上の記載及び認定事項を整理すると、引用例1には、 「C:0.03wt%以上、0.12wt%以下、 Si:0.60wt%以下、 Mn:2.0wt%以下、 Al:0.001wt%以上、0.1wt%以下、及び N:0.006wt%以下、 を含み、さらに、 Mo:1.0%以下、 V:0.1%以下、 を含有し、かつ、 PCM(wt%)=C(wt%)+1/30Si(wt%)+1/20Mn(wt%)+1/15Mo(wt%)+1/10V(wt%)で計算されるPCM(wt%)が0.22wt%以下、残部がFe及び不可避不純物の鋼スラブを素材として、熱間圧延を行い、Ar3点+100℃超えの温度で熱間圧延を終了し、ひきつづいてAr3点以上の温度より空冷以上の冷却速度で冷却し、さらにAC3点からAC1点の2相域温度範囲に加熱保持した後、空冷の冷却速度以上の速度で冷却し、その後AC1点以下の温度域で焼戻し処理を行う溶接の施工性及び判別性に優れる低降伏比高張力調質鋼板の製造方法。」 の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。 (2)本願発明1と引用発明との対比 本願発明1と引用発明とを対比すると、引用発明における「wt%」、「・・・の鋼スラブ」は、それぞれ、本願発明1における「重量%」、「・・・よりなる鋼」に相当する。 また、引用発明では、鋼の形状を「板」と特定しているところ、本願発明1では、鋼の形状を特定していないが、本願明細書の【0033】、【0035】、【0052】、【0055】、実施例の欄には、鋼板を製造することが記載されているから、本願発明1における「鋼」は、その形状が板である場合を包含するものである。また、引用発明における「調質鋼」とは、焼入れ後焼戻しを施された鋼と認められるが(例えば「JIS用語辞典 工業材料編」(財)日本規格協会、1992年12月5日、p.184参照)、本願発明1における「鋼」も焼入れ後焼戻しが施されているといえる。よって、引用発明における「低降伏比高張力調質鋼板」は、本願発明1における「低降伏比高張力鋼」に相当するといえる。 また、引用発明は、熱間圧延を終了する温度を特定するものであるが、引用例1には、「・・・の温度で熱間圧延を終了するということは、熱間圧延における仕上げ温度を・・・の温度とすることの意味」(摘示(f))と記載されているから、引用発明における熱間圧延を終了する温度は、本願発明1における熱間圧延の圧延仕上温度に相当する。 また、引用発明における「熱間圧延を終了し、ひきつづいてAr3点以上の温度より空冷以上の冷却速度で冷却し」について、摘示(k)によれば、圧延後の冷却は水冷により行っているが、Ar3点以上の温度より水冷する、すなわち急冷することは焼入れすることといえるから(例えば「JIS用語辞典 工業材料編」(財)日本規格協会、1992年12月5日、p.277参照)、引用発明における「熱間圧延を終了し、ひきつづいてAr3点以上の温度より空冷以上の冷却速度で冷却し」は、本願発明1における「熱間圧延し、圧延終了後Ar3変態点以上から直接焼入れし」に相当するといえる。 また、引用発明における「さらにAC3点からAC1点の2相域温度範囲に加熱保持した後、空冷の冷却速度以上の速度で冷却し」は、摘示(k)によれば、AC3点からAC1点の2相域温度範囲に再加熱保持した後、空冷の冷却速度以上の速度で冷却することを「最終焼入れ処理」と称しているものと認められるから、本願発明1における「ついでAc1点以上Ac3点以下の2相域温度に再加熱後焼入れし」に相当するといえる。 そうすると、本願発明1と引用発明とは、 「重量%で、C:0.06?0.11%、Si:0.01?0.4%、Mn:0.5?1.6%、Al:0.01?0.06%、Mo:0.1?1.0%、V:0.01?0.1%を含有し、残部が鉄および不可避不純物よりなる鋼を、圧延仕上温度が所定の温度以上で熱間圧延し、圧延終了後Ar3変態点以上から直接焼入れし、ついでAc1点以上Ac3点以下の2相域温度に再加熱後焼入れし、さらにAc1点以下にて焼戻し処理を行う低降伏比高張力鋼の製造方法。」 の点で一致し、以下の点で一応相違するものと認められる。 相違点(イ) 本願発明1における鋼は、Nを含むか否か不明であるのに対して、引用発明における鋼は、N:0.006wt%以下含む点 相違点(ロ) 本願発明1は、Pcm:0.22以下であるのに対して、引用発明は、PCM(wt%)=C(wt%)+1/30Si(wt%)+1/20Mn(wt%)+1/15Mo(wt%)+1/10V(wt%)で計算されるPCM(wt%)が0.22wt%以下である点 相違点(ハ) 本願発明1では、熱間圧延前に鋼を「1000?1250℃に加熱」するのに対して、引用発明では熱間圧延前に鋼を加熱するか否か不明である点 相違点(ニ) 熱間圧延条件について、本願発明1では、「950℃以下で20%以上の累積圧下を加え」るのに対して、引用発明では、熱間圧延温度及び累積圧下率が不明である点 相違点(ホ) 熱間圧延における圧延仕上温度について、本願発明1では、「850℃以上」であるのに対して、引用発明では、「Ar3点+100℃超えの温度」である点 相違点(ヘ) Ac1点以下にて行う焼戻し処理の温度の下限について、本願発明1では、「500℃以上」であるのに対して、引用発明では特定されていない点 相違点(ト) 本願発明1における鋼は、「溶接割れ感受性に優れた」ものであるのに対して、引用発明における鋼は、「溶接の施工性・・・に優れる」ものである点 (3)相違点についての判断 (3-1)相違点(イ)について 本願明細書の【0047】の記載によれば、本願発明1においてもNを不純物として0.008%以下含有することを許容しており、また、本願明細書の図5によれば、「発明鋼」とされるものは、いずれも引用発明の「N:0.006wt%以下」の条件を満たしているから、相違点(イ)は実質的な相違点とはいえない。 (3-2)相違点(ロ)について 本願明細書の【0004】、【0050】の記載によれば、本願発明1におけるPcmは、溶接割れ感受性を表すパラメータであって、Pcm=C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/30+Cr/20+Mo/15+V/10+5Bと定義されている。 ところで、本願発明1における鋼は、C、Si、Mn、Al、Mo、Vのみ含有する鋼であるから、Pcmを計算するにあたり、式中のC、Si、Mn、Mo、Vの項以外の項は無視できるから、Pcm=C+Si/30+Mn/20+Mo/15+V/10と表すことができる。 一方、引用発明におけるPCM(%)も、摘示(e)、(h)に示されるように、溶接割れ感受性指数であって、PCM(wt%)=C(wt%)+1/30Si(wt%)+1/20Mn(wt%)+1/15Mo(wt%)+1/10V(wt%)と表されるものである。 そうすると、本願発明1も引用発明も、同一の式で表される溶接割れ感受性を表すパラメータについて、同じく0.22以下と限定していることになるから、相違点(ロ)は実質的な相違点とはいえない。 (3-3)相違点(ハ)について 低降伏比高張力鋼の製造方法において、熱間圧延前に鋼スラブを1000?1250℃程度の温度に加熱することは、例えば、特開平4-202619号公報、特開平2-197522号公報にも記載されるように当業者において周知の技術であって、通常行われていることにすぎず、引用発明においても、熱間圧延前に鋼スラブを1000?1250℃程度の温度に加熱しているものと解されるから、相違点(ハ)は実質的な相違点とはいえない。 また、たとえそうでないとしても、引用発明において、上記周知の技術を適用して、鋼を1000?1250℃程度の温度に加熱することは、当業者が容易に想到することであり、それによる効果も格別顕著なものとはいえない。 (3-4)相違点(ニ)について 低降伏比高張力鋼の製造方法において、950℃以下で20%以上の累積圧下を加える熱間圧延を行うことは、例えば、特開昭63-118012号公報、特開平6-279852号公報にも記載されるように当業者において周知の技術であるから、引用発明において、上記周知技術を適用して、950℃以下で20%以上の累積圧下を加える熱間圧延を行うことは、当業者が容易に想到することである。また、それによる効果も格別顕著なものとはいえない。 (3-5)相違点(ホ)について 本願発明1における圧延仕上温度について、本願明細書の【0034】、【0035】、【0060】の記載からみて、圧延仕上温度が低下しすぎると音響異方性が大きくなるため、圧延仕上温度は再結晶域で完了するのが望ましいとの認識のもと、超音波探傷において問題を生じさせない音響異方性(音速比)1.02以下を満たすために、圧延仕上温度を「850℃以上」に限定しているものと認められる。 一方、引用発明における熱間圧延の仕上げ温度について、引用例1に「・・・Ar3+100℃超えにて圧延を終了することによって、未再結晶域での圧下を極力防止して・・・音響異方性の発生を回避することにある。・・・圧延仕上げ温度が高くなるに従い音速比は1.00に近ずき音響異方性は少なくなる。そして、音速比1.02以下を満足させるためには、圧延仕上げ温度はAC3+100℃超えとすることが必要になる。・・・また、音速比を1.02以下とした理由は、この値を超える場合は、超音波探傷による溶接継手部の評価が正しくできなくなるためである。」(摘示(i))と記載されるように、超音波探傷による溶接継手部の評価を正しく行える音響異方性(音速比)1.02以下を満たすために、熱間圧延における仕上げ温度を「Ar3点+100℃超えの温度」に限定しているものと認められる。 以上によれば、圧延仕上温度の下限値について、その表現は異なるものの、本願発明1も引用発明もいずれも、音響異方性の点から圧延仕上温度は再結晶域が望ましいとの認識のもと、音響異方性(音速比)1.02以下を満たすために圧延仕上温度の下限値を限定しようとする点で共通するものといえる。 そして、引用例1の実施例の欄の表2には、適合例である製造条件番号「1」として、圧延仕上温度(℃)として「890」とするものが記載されており(摘示(k))、本願発明1における「850℃以上」の条件を満たすものである。 そうすると、両者の圧延仕上温度は、具体的な値において一致するものであるから、相違点(ホ)は実質的な相違点とはいえない。 また、たとえそうでないとしても、所望の音響異方性が得られるように、圧延仕上温度を850℃以上に限定することは、当業者が容易に想到することである。また、それによる効果も格別顕著なものとはいえない。 (3-6)相違点(ヘ)について 引用発明におけるAc1点以下の焼戻し処理について、引用例1の実施例の欄の表2には、適合例である製造条件番号「1」として、焼戻し温度(℃)として「600」とするものが記載されており(摘示(k))、「500℃以上」の条件を満たすものである。 そうすると、引用発明においても「500℃以上」の焼戻し温度としたものと認められるから、相違点(ヘ)は実質的な相違点とはいえない。 また、たとえそうでないとしても、引用例1には、「・・・その後のAc1点以下の焼戻しは、上記組織を焼戻しすることにより靭性が向上し、かくすることにより目的とする性質の鋼板が得られるものである。」(摘示(g))と記載されているが、高温での焼戻し処理により靭性が向上することは当業者において周知の事項であるから(例えば「改訂5版 金属便覧」社団法人日本金属学会、平成5年10月10日、p.548参照)、所望の靭性が得られるように、Ac1点以下にて行う焼戻し処理の温度の下限を500℃以上に限定することは、当業者が容易に想到することである。また、それによる効果も格別顕著なものとはいえない。 (3-7)相違点(ト)について 引用例1には、「溶接の施工にあたっては、予熱が不要あるいは予熱温度を低減することができるということによる溶接の施工性に優れるものとし」(摘示(b))、「予熱不要あるいは予熱温度低減を可能とすることにより溶接の施工性が優れるものとし」(摘示(c))と記載されているから、引用発明における「溶接の施工性」とは、溶接の施工にあたって、予熱が不要であるか又は予熱温度を低減できることを意味するものと解される。 一方、「溶接割れ感受性に優れる」が意味するところも、溶接施工時に予熱が不要であるか又は予熱温度を低減できることであるから(例えば特開平8-225884号公報参照)、引用発明における「溶接の施工性・・・に優れる」とは、溶接割れ感受性に優れることであるといえる。 また、引用発明における鋼は、摘示(e)、(h)に示されるように溶接割れ感受性指数PCM(wt%)が0.22wt%以下と低いのであるから、溶接割れ感受性に優れるものであることは当業者にとって自明であるともいえる。 よって、相違点(ト)は実質的な相違点とはいえない。 (4)小括 したがって、本願発明1は、引用発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 5.むすび 以上のとおりであるから、その余の発明を検討するまでもなく、本願は、拒絶をすべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2007-02-16 |
結審通知日 | 2007-02-20 |
審決日 | 2007-03-05 |
出願番号 | 特願平10-140410 |
審決分類 |
P
1
8・
121-
Z
(C21D)
|
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 小川 武 |
特許庁審判長 |
長者 義久 |
特許庁審判官 |
井上 猛 平塚 義三 |
発明の名称 | 溶接割れ感受性に優れた低降伏比高張力鋼の製造方法 |
代理人 | 川和 高穂 |