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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C08J
審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない。 C08J
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 C08J
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C08J
管理番号 1156943
審判番号 不服2004-24452  
総通号数 90 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2007-06-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2004-11-30 
確定日 2007-05-07 
事件の表示 平成9年特許願第131628号「スチレン系樹脂成形体及びその製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成10年11月17日出願公開、特開平10-306164〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本件は、平成9年5月7日になされた特許出願であって、平成16年8月3日付けで拒絶理由が通知され、平成16年10月5日に意見書とともに手続補正書が提出され、平成16年10月29日付けで拒絶査定がなされたところ、平成16年11月30日に拒絶査定不服審判の請求がなされ、平成16年12月27日に手続補正書が提出され、平成17年2月10日に審判請求書の手続補正書(方式)が提出され、平成17年3月4日付けで前置報告がなされ、平成18年11月8日付けで審尋がなされたものの、その指定期間内に何らの回答もなかったものである。

第2 平成16年12月27日付け手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成16年12月27日付けの手続補正を却下する。
[理由]
1.補正の内容
平成16年12月27日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)は、本件出願の願書に添付された明細書の段落【0021】および【0026】の記載に基づいて、特許請求の範囲において、補正前の請求項1の冒頭に、「スチレン系単量体、又は該単量体と共重合可能なメチルメタクリレート、エチルメタクリレート、ブチルメタクリレート、ブチルアクリレート、エチルアクリレート、シクロヘキシルアクリレート、酢酸ビニルから選ばれる1種以上の単量体との混合物、重合触媒、重合開始剤からなる原料溶液に、ゴム状重合体を溶解せしめ、重合してなるゴム変性スチレン系樹脂組成物であって、」なる文言を加入する事項(以下、「補正事項a」という。)を含むものである。

2.当審の判断
請求人は、平成17年2月10日付け手続補正書により補正された審判請求書において、上記補正事項aは特許請求の範囲の減縮を目的とするものである旨主張しているが、本件補正は、拒絶査定不服審判の請求時になされたものであるから、当該補正は、新規事項の追加に該当してはならないことに加え、その目的が、特許法第17条の2第4項各号に掲げる事項のいずれかに該当するものでなければならない。
しかしながら、当該補正事項aは、補正前の請求項1における「ゴム変性スチレン系樹脂組成物」という発明を特定するための事項(以下、「発明特定事項」という。)について、出発原料の一部であるスチレン系単量体およびこれと共重合可能な単量体(以下、「特定単量体」という。)の種類および当該「ゴム変性スチレン系樹脂組成物」の製造方法により限定するものであり、当該特定単量体および当該製造方法は、補正前のいずれの請求項にも記載されていないことから、当該補正事項aは、補正前の請求項における発明特定事項を限定する補正とは解し得ないものである。
よって、上記補正事項aは、特許法第17条の2第4項第2号に規定する「特許請求の範囲の減縮」には該当せず、また、上記補正事項aが、請求項の削除(特許法第17条の2第4項第1号)、誤記の訂正(同第3号)、明りょうでない記載の釈明(同第4号)のいずれにも該当しないことは明らかである。

3.小括
したがって、本件手続補正は、特許法第17条の2第4項の規定に違反するので、特許法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本件発明
平成16年12月27日に提出された手続補正書による手続補正は上記のとおり却下されたので、本件明細書の特許請求の範囲の請求項1に係る発明は、平成16年10月5日に提出された手続補正書により補正された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された以下の事項により特定されるものである。
「【請求項1】 ゴム状重合体を3?20重量%含み、スチレン系樹脂からなる連続相と、ゴム状重合体を含み平均粒径が0.2μm?3μmである分散粒子よりなるゴム変性スチレン系樹脂組成物より成形されたシートまたはフィルムであって、シートまたはフィルムの表面に突出したゴム状重合体を含む分散粒子が凹状の形態であることを特徴とするシートまたはフィルム。」(以下、同項記載の発明を「本件発明」という。)

第4 本件明細書に記載された事項
平成16年10月5日付けの手続補正書により補正された明細書には、以下の事項が記載されている。
(イ)「【請求項5】 ゴム状重合体が、スチレン-ブタジエン共重合体であって、該共重合体に含まれるスチレン成分量が10?45重量%であり、且つ、該ゴム状重合体を含む分散粒子の平均粒子径が0.2?2μmmであることを特徴とするゴム変性スチレン系樹脂組成物から成形された請求項4記載のシートまたはフィルム。」(特許請求の範囲請求項5)
(ロ)「本発明においては、押し出し成形によってシートまたはフィルムを得る際に、、シートまたはフィルムの分散粒子の突出部分を凹状にするには、該ゴム変性スチレン系樹脂組成物のVicat軟化点Tv(℃)、ダイ温度Td(℃)、ダイから吐出された樹脂が最初に接触するロールまたはベルトまたは液浴の表面温度Tc(℃)、ダイから吐出された樹脂が該ロールまたはベルトまたは液浴に接触するまでの空走距離L(m)、ダイから吐出された樹脂が該ロールまたはベルトまたは液浴に接触するまでの空走距離L(m)、吐出された樹脂が最初に接触するロールまたはベルトの速度、または液浴に接触する時の樹脂の線速Vc(m/分)が、下記(1)式及び(2)式を満足することが好ましい。
Tc≦Tv-10 ・・・・(1)
(Td-Tv)/(L/Vc)≧500・・・・(2)
Tc(℃) :ロールまたはベルトまたは液浴の表面温度
Tv(℃) :ゴム変性スチレン系樹脂組成物のVicat軟化点
Td(℃) :ダイ温度
L (m) :ダイから吐出された樹脂がロールまたはベルトまた
は液浴に接触するまでの空走距離
Vc(m/分):吐出された樹脂が最初に接触するロールまたはベル
トの速度、または液浴に接触するときの樹脂の線速
シートまたはフィルムが、溶融状態から冷却され固化していく過程で、相対的に高いガラス転移点を有する連続相をなすスチレン系樹脂は、急激にガラス転移点以下に冷却される。一般に、高分子は、ガラス転移点以上では体積変化について大きな温度依存性を有し、一方、ガラス転移点以下では、その温度依存性は小さくなる。従って、ガラス転移点以下まで急激に冷却された連続相をなすスチレン系樹脂は、冷却過程での収縮が小さく、これに対し、分散粒子に含まれるゴム状重合体は、一般に、室温以下にガラス転移点を有する為、連続相のスチレン系樹脂が固化した後も、ガラス転移点より高い温度にさらされて比較的ゆっくりと冷却が進むため、比較的大きな体積収縮が発生し、分散粒子自体の形状が変化すると思われる。特に、シートやフィルムの表面は、冷却速度も早く、また、突出した分散粒子の突出部分の動きを規制する固化した樹脂が存在しないので、分散粒子の突出部分が粒子内部に収縮し、凹状になると思われる。」(段落【0015】?【0017】)
(ハ)「本発明で用いられるゴム状重合体であるスチレンーブタジエン共重合体は、特に製造方法を限定されるものではなく、公知の製造方法を用いれば良い。通常、有機リチウム系触媒を用いて、炭化水素系溶媒中において重合を行う。分岐構造を持たせる場合は、続いて2官能以上のカップリング剤にてカップリングすることによって製造される。
さらに得られたスチレン-ブタジエン共重合体を、公知の方法を用いて部分水素添加することも可能である。」(段落【0020】)
(ニ)「本発明において、用いるゴム変性スチレン系樹脂組成物の連続相をなすスチレン系樹脂に用いられるスチレン系単量体としては、スチレン、αーメチルスチレンp-メチルスチレン、p-t-ブチルスチレン等が用いられる。これらは単独で用いても良く、また、これらを混合して用いても良い。また、連続相をなすスチレン系樹脂は、その屈折率や耐熱性などを調節する為に、上記スチレン系単量体と、これと共重合可能な1種以上の単量体を共重合させた重合体を用いることもできる。得られるスチレン系樹脂の成形性や、表面特性(耐傷性)、工業的な入手のしやすさ等を考慮すると、メチルメタクリレート、エチルメタクリレート、ブチルメタクリレート、ブチルアクリレート、エチルアクリレート、シクロヘキシルアクリレート、酢酸ビニル等が挙げられる。
連続相をスチレン系単量体を含む共重合体とする場合は、連続相を形成するスチレン系樹脂に含まれるスチレン系単量体の量は20?99重量%の範囲である。20重量%未満の場合は、吸湿水分が多くなり、樹脂の物性を変化させる他、成形時に乾燥工程が必要となるなど生産性の点からも好ましくない。」(段落【0021】?【0022】)
(ホ)「本発明において、シートまたはフィルムに透明性を必要とする場合は、連続相をなすスチレン系樹脂の屈折率と、変性前の該ゴム状重合体の屈折率との差が0?0.01であることが必要である。
この場合、用いられるゴム状重合体は、スチレン-ブタジエン共重合体であって、これに含まれるスチレン成分量が10?45重量%であり、且つ、該ゴム状重合体を含む分散粒子の平均粒子径が、0.2?2μmである。
ゴム状重合体に含まれるスチレン成分量が10重量%未満の場合は、連続相の屈折率をこのゴム状重合体に近づけることが困難になり、また、45重量%を越える場合は、ゴム状重合体としての補強効果が低下する。」(段落【0024】?【0025】)
(ヘ)「 〔ゴム変性スチレン系樹脂A?D〕
撹拌機を備えた反応器に、原料モノマーとして、スチレン、メタクリル酸メチル、アクリル酸ブチル、溶媒として、エチルベンゼン、ゴム状重合体として旭化成工業(株)製のアサプレン680A(スチレン含有量30重量%のスチレン-ブタジエンブロック共重合体 屈折率1.539)を、表1に示した割合で仕込み、これを原料溶液とする。これに、日本油脂(株)製の有機過酸化物パーヘキサ3Mを0.02重量部投入し、120℃で2時間、135℃で2時間、145℃で2時間重合した。得られたゴム変性樹脂組成物のMFRが2.5?3.5g/10分のは、原料溶液に適当量のα-メチルスチレンダイマーを添加して調節した。重合終了後、速やかに重合溶液を230℃の減圧下に導いて未反応単量体、溶媒等の揮発分を除去し、押出機にてペレット化した。分散粒子の粒子径は撹拌機の撹拌数によって制御した。得られたゴム変性スチレン系樹脂組成物の性状を表1に示す。」(段落【0033】)
(ト)「

」(段落【0034】)
(チ)「【実施例1?4】ゴム変性スチレン系樹脂として、表1のAまたはBまたはCまたはDを用い、表2に示す成形条件にて、シートを作成した。得られたシートの性状を表2に示す。・・・・・・
【実施例5】ゴム変性スチレン系樹脂として表1のAを用い、これにスチレン-ブタジエンブロック共重合体として、旭化成工業(株)製のタフプレン125(スチレン含有量40重量%)を5重量%となるようにブレンドした後、この樹脂組成物を用いて、表2に示す条件にて、シートを作成した。得られたシートの性状を表2に示す。・・・・・・
【実施例6】スチレン-ブタジエンブロック共重合体のブレンド量を15重量%とした以外は、実施例5と同様にしてシートを得た。・・・・・・
【比較例1?3】ゴム変性スチレン系樹脂として、表1のAまたはDを用いて、表2に示す成形条件にて、シートを作成した。得られたシートの性状を表2に示す。・・・・・・」(段落【0035】?【0037】)
(リ)「

」(段落【0040】)

第5 原査定の理由
原査定の拒絶の理由のうち、理由III 8)の概要は、次のとおりである。
「理由III.この出願は、明細書の記載が下記の点で、特許法第36条第4項又は第6項に規定する要件を満たしていない。

請求項1-8,発明の詳細な説明欄
8) 実施例が示されているのは特定のモノマー組成を有する樹脂及びゴムを用いた場合に限られているから、特に、請求項1に規定されているような汎用のスチレン系樹脂及びゴム状重合体全般に対して、所望の形態を実現できる製造条件を当業者が過度の試行錯誤を経ることなく把握可能であるのか明らかでない。よって、本願の請求項1-7に係る発明は当業者が実施をすることのできない構成を包含しており、また、本願の発明の詳細な説明欄は当業者が発明を実施することができる程度に明確且つ十分に記載されていない。」

第6 意見書および審判請求書における請求人の主張
原審における平成16年10月5日付け意見書および平成17年2月10日付け手続補正書により補正された審判請求書には、以下の事項が記載されている。
(イ)「(5) 本願発明における分散粒子は、連続相の形成(重合)と同時に形成された粒子であって、連続相と同種の高分子がグラフト重合しており、このため連続相と強い相互作用を有する。この相互作用は、冷却過程において表面に突出した部分を除く分散粒子の変形を拘束する力であり、凹状を形成する要因の一つと考えられる。」(意見書第5頁第6?9行)
(ロ)「8)について
本願発明の技術的要旨は、主に本願明細書の【0012】?【0017】に記載されており、特に【0017】において、シートまたはフィルム表面の分散粒子が凹状の形態をとる現象の原因が、連続相をなすスチレン系樹脂とゴム状重合体を含む分散粒子のガラス転移点の差異に起因する冷却過程における体積収縮の違いによるものであることを説明している。
これらの箇所の記載より、本願発明の要点である分散粒子の凹状形態の達成に必要な要件は、分散粒子としてゴム状重合体を含むスチレン系樹脂の範疇である限りは、その化学組成よりも、連続相をなすスチレン系樹脂とゴム状重合体を含む分散粒子のガラス転移点の差異、及び連続相をなすスチレン系樹脂のガラス転移点以上の温度における冷却条件であることが容易に理解できる。
実施例1?4においては、上記の本願発明の要点に係わる連続相のスチレン系樹脂のガラス転移点に関連するVicat軟化点が異なる4種のゴム変性スチレン系樹脂を用いた事例を挙げ、主に包装材料用のシートやフィルムとして実用性のある範囲にわたって本願発明が達成できることを示している。さらに実施例5、6においては、分散粒子とは異なる物質である補強用エラストマーとしてのスチレンーブタジエンブロック共重合体の共存下においても本願発明が達成できることを示している。
また、比較例においては、実施例と同じゴム変性スチレン系樹脂を用いても、取り扱い方法によっては本願発明が達成できないことを示しており、このことからも、本願発明の技術的要件が、分散粒子としてゴム状重合体を含むスチレン系樹脂の範疇である限りは、樹脂組成物の化学組成では無く、汎用のスチレン系樹脂及びゴム状重合体全般に対してであることが容易に理解できる。
実施例においては、ゴム状重合体の含有量、分散粒子径や屈折率差の異なる事例を具体的に挙げているほか、請求項1から請求項5において記載されている、種々の組成範囲、分散粒子の平均径範囲を規定している技術的意義は、各々以下の箇所に明記されています。(該当箇所の摘示部分は省略)
加えて、実施例においては、【0031】においてシートの作成条件例や容器状シート熱成形体の作成条件例を、【0032】においては熱収縮フィルム作成条件例を挙げている。
以上のように、本願明細書には、本願発明の実施に必要な要件が記載されており、当業者であるならば、過度の試行錯誤を経ることなく本願発明を容易に実施できるものと考えられる。」(意見書第7頁第13?50行)
(ハ)「式の意味:(2)式が冷却速度を表す式であることは容易にご理解頂けると思われる。この式の目的とするところは、一定の数値以上の冷却速度下で冷却固化すること(=急冷するほうが好ましい)を簡潔に表現することである。原理的にはこれらのパラメータ(特に、空走距離Lと線速Vc)は、様々な数値をとることが可能であって、有限な範囲を限定することはできない。(例えば、Lは限りなく「0」に近い値に設定することも可能であり、従って、L/Vcは0とすることも可能です。)しかし、温度に関するパラメータTd、Tvは必ず有限の値をとりますので、(2)式にある様に、(Td-Tv)/(L/Vc)≧500と、下限500(℃/分)のみが特定されることになる。
実施例においては、広い範囲での事例を網羅することは出来ないが、実施例4と、比較例3の直接比較から、(2)式の「500」の臨界性が読み取れるし、また、逆に、実施例1、実施例6、実施例3によって、(Td-Tv)/(L/Vc)の適切な範囲が非常に高い値にまでおよぶことが読み取れると思われる。さらに、実施例1、2、3、4で使用した樹脂組成物A、B、C、Dは、広い範囲の共重合比、分散粒子径をカバーしており、本願発明が広い種類のゴム変性スチレン系樹脂組成物に適用できることを読み取れるものと考えている。」(意見書第8頁第46行?第9頁第10行)
(ニ)「そして、表2の実施例1?6及び比較例1?3の個々のTv、Td、Tc、L及びVcの個々の値をみると、Tv、Td、Tc、Lについては略同等のあたいであり、Vcの値のみ実施例と比較例とでは大幅に相違している。」(審判請求書(平成17年2月10日提出の手続補正書)第3頁第25?27行)

第7 当審の判断
本件明細書の発明の詳細な説明の欄に、本件発明に係るゴム変性スチレン系樹脂組成物よりなるシートまたはフィルムを製造する方法が、当業者が容易に実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているか否かについて、以下に検討する。

請求人は、原審において提出した意見書において、本願発明の要点である分散粒子の凹状形態の達成に必要な要件は、分散粒子としてゴム状重合体を含むスチレン系樹脂の範疇である限りは、その化学組成よりも、連続相をなすスチレン系樹脂とゴム状重合体を含む分散粒子のガラス転移点の差異、及び連続相をなすスチレン系樹脂のガラス転移点以上の温度における冷却条件であることが容易に理解できる旨、また、実施例1?4において、広い範囲の共重合比、分散粒子径をカバーした4種のゴム変性スチレン系樹脂を用いた事例を挙げるとともに、比較例においては、実施例と同じゴム変性スチレン系樹脂を用いても、取り扱い方法によっては本願発明が達成できないことを示していることから、本願発明の技術的要件が、分散粒子としてゴム状重合体を含むスチレン系樹脂の範疇である限りは、樹脂組成物の化学組成では無く、汎用のスチレン系樹脂及びゴム状重合体全般に対してであることが容易に理解できる旨の説示を行い、本件明細書の記載によれば、当業者であれば、過度の試行錯誤を経ることなく本願発明を容易に実施できる旨主張している〔意見書摘示事項(ロ)参照〕。

そこで、本件明細書の記載をみると、その発明の詳細な説明には、「ゴム状重合体」として、特定のスチレン含有量のスチレン-ブタジエンブロック共重合体(旭化成工業(株)製「アサプレン680A」)を、また、連続相をなす「スチレン系樹脂」として、スチレンの単独重合体(樹脂組成物D)またはスチレン、メタクリル酸メチル、アクリル酸ブチル三元共重合体(但し、連続相に占めるスチレン由来成分の割合は、50.6重量%〔=44.6÷(44.6+33.8+9.7)×100(樹脂組成物A)〕,52.3重量%〔=48.0÷(48.0+31.0+12.7)×100(樹脂組成物B)〕および83.1重量%〔=73.0÷(73.0+8.2+6.6)×100(樹脂組成物C)〕のものに限られる)を採用して「ゴム変性スチレン系樹脂A?D」を得て〔明細書摘示事項(ヘ),(ト)参照〕、これをそのまま原料とするか、あるいは、これにさらに任意配合成分としての熱可塑性エラストマー(旭化成工業(株)製タフプレン125(スチレン含有量40重量%のスチレン-ブタジエンブロック共重合体))をブレンドしてなる樹脂組成物を原料として、成形条件については、ダイ温度(Td)、ロール温度(Tc)、空走距離(L)は略同等のあたいとし、接触時線速(Vc)のみを大幅に変動させた押出成形により〔請求書摘示事項(ニ),明細書摘示事項(チ),(リ)参照〕、実施例あるいは比較例に相当するシートを製造したものが具体的に示されている。
よって、かかる実施例に相当するシートまたはフィルム、および、当該実施例とごく近似した化学組成を有する原料から製造されるシートまたはフィルム(以下、「特定の一部の実施形態」という。)についてみれば、当業者が容易に追試できる程度の記載がなされていると一応解される。

そこで、本件明細書の発明の詳細な説明に、本件発明のうち、上記の特定の一部の実施形態以外の部分について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分な記載がなされているかどうか続いて検討する。

まず、本件発明(請求項1に係る発明)で使用される「ゴム変性スチレン系樹脂組成物」は、「ゴム状重合体」を含む分散粒子と、連続相をなす「スチレン系樹脂」とよりなるものであるところ、発明の詳細な説明には、当該「ゴム状重合体」の種類については、概念的に下位のものに相当するものとして、その共重合組成について何ら制約のないスチレン-ブタジエン共重合体が記載されているにすぎない〔明細書摘示事項(ハ)参照〕。
同じく「スチレン系樹脂」については、スチレン、α-メチルスチレン、p-メチルスチレン、p-t-ブチルスチレン等のスチレン系単量体を単独重合または共重合して得られる重合体、もしくは、当該スチレン系単量体と、メチルメタクリレート、エチルメタクリレート、ブチルメタクリレート、ブチルアクリレート、エチルアクリレート、シクロヘキシルアクリレート、酢酸ビニル等との共重合体が例示的に列挙され、スチレン系樹脂がスチレン系単量体以外の単量体を含む場合には、連続相をなす「スチレン系樹脂」に含まれるスチレン系単量体の量を20?99重量%の範囲とする旨の記載がなされている〔明細書摘示事項(ニ)参照〕。
また、シートまたはフィルムを得る際の成形条件については、押出成形による場合として、特許請求の範囲の請求項8と略同一の記載が繰り返されているのみである〔明細書摘示事項(ロ)参照〕。

次に、本件発明は、シートまたはフィルムの表面に突出したゴム状重合体を含む分散粒子の形態を凹状とすることを主要な発明特定事項とするものであるが、請求人は、意見書において、当該発明特定事項を達成するための要因の一つは、ゴム状重合体に連続相と同種の高分子をグラフト重合させることにより発現する強い相互作用である旨説示している〔意見書摘示事項(イ)参照〕。

一般に、「ゴム状重合体」へのグラフト化反応効率は、「ゴム状重合体」に含まれる不飽和結合の割合に大きく影響されるものであり、例えば、本件明細書の段落【0020】に記載されている「スチレン-ブタジエン共重合体」〔明細書摘示事項(ハ)参照〕に限ってみても、その共重合体中の不飽和結合の割合は、スチレンおよびブタジエンの含有量比、さらには、部分水素添加の有無や部分水素添加処理を行った場合の水素添加量に依存することは明らかである。
本件明細書の実施例では、「ゴム状重合体」の唯一の使用例として、スチレン含有量30重量%(すなわち、ブタジエン含有量70重量%)のスチレン-ブタジエンブロック共重合体が示されているのみであるところ〔明細書摘示事項(ヘ)参照〕、例えば、これと比較してスチレン含有量が相当程度大きい(したがって、ブタジエン含有量が小さい)「ゴム状重合体」、または、これに部分水素添加処理を施してさらに重合体分子内の不飽和結合割合を減少させたような「ゴム状重合体」についてまで、実施例に示されているのと同程度のグラフト化が達成され、その結果としてシートまたはフィルム表面近傍で上記の「強い相互作用」を当然に奏し得るものとは解し難い。

また、発明の詳細な説明では、連続相をなす「スチレン系樹脂」に関し、スチレン系単量体以外の共単量体を含んだ共重合体とする場合の当該スチレン系単量体以外の共単量体については単に例示があるのみであるから、その種類には特段の制限はないと解されるが、このような共重合体とする場合には、そのスチレン系単量体の割合の下限値は、得られる樹脂の吸湿性の観点等から20重量%とする旨の記載がなされ〔明細書摘示事項(ニ)参照〕、かかるスチレン系単量体以外の共単量体を使用する場合に関連して、請求人は、意見書で、実施例で使用した樹脂組成物A?Dは広い範囲の共重合比をカバーしている旨主張している〔意見書摘示事項(ハ)参照〕。
しかしながら、当該「スチレン系樹脂」として本件明細書の実施例で使用されているのは、当該樹脂中に占めるスチレンの組成割合が50.6重量%,52.3重量%,83.1重量%および100重量%という、いずれもスチレン単位が主成分となるような4例のみに限られている〔明細書摘示事項(ト)参照〕。ここで、特に、段落【0021】に例示されている以外の、例えば、分子中に親水性置換基を有するような単量体が多量成分となるように連続相を構成した場合、当該連続相についてまで、本件明細書の実施例に示されている「スチレン系樹脂」と同程度の成形性の発揮を期待することはできないというべきである。

そうしてみると、本件発明に係るシートまたはフィルムの原料である「ゴム変性スチレン系樹脂」を構成する「ゴム状重合体」および「スチレン系樹脂」の化学組成が、本件発明に係る所期の効果の達成の可否に影響を及ぼすと解するのが相当である。それゆえ、分散粒子としてゴム状重合体を含むスチレン系樹脂の範疇である限りは、汎用のスチレン系樹脂及びゴム状重合体全般を採用することができ、その化学組成は本件発明の技術的要件とはならない旨の請求人の前記主張は採用することができない。

そして、本件明細書には、本件発明に係るシートまたはフィルムの製造原料、すなわち、「ゴム変性スチレン系樹脂」を構成する具体的な「ゴム状重合体」と「スチレン系樹脂」について、その化学組成を、実施例記載のものからスチレン系樹脂全般及びゴム状重合全般にまで拡げた場合に、その化学組成の差異に応じてシートの製造条件をどのように調整すればよいか、その手掛かりは一切記載されておらず、当業者に過度の試行錯誤を強いるものにほかならないから、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではない。

第8 むすび
以上のとおり、本件出願は、特許法等の一部を改正する法律(平成14年法律第24号)附則第2条第1項の規定によりなお従前の例によるものとされた同法による改正前の特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないから、特許を受けることができないものである。
 
審理終結日 2007-02-28 
結審通知日 2007-03-06 
審決日 2007-03-19 
出願番号 特願平9-131628
審決分類 P 1 8・ 536- Z (C08J)
P 1 8・ 121- Z (C08J)
P 1 8・ 537- Z (C08J)
P 1 8・ 572- Z (C08J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 天野 宏樹  
特許庁審判長 宮坂 初男
特許庁審判官 石井 あき子
高原 慎太郎
発明の名称 スチレン系樹脂成形体及びその製造方法  
代理人 清水 猛  
代理人 武井 英夫  
代理人 伊藤 穣  
代理人 鳴井 義夫  

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