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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B41J
管理番号 1164907
審判番号 不服2004-11019  
総通号数 95 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2007-11-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2004-05-27 
確定日 2007-09-27 
事件の表示 特願2001-264453「インクジェット記録ヘッド、及びインクジェット記録装置」拒絶査定不服審判事件〔平成15年 2月13日出願公開、特開2003- 39673〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成13年8月31日(優先権主張 平成13年5月24日)の出願であって、平成16年4月20日付けで拒絶の査定がなされたため、これを不服として同年5月27日付けで本件審判請求がされるとともに、同年6月16日付けで明細書についての手続補正がされたものである。
当審においてこれを審理した結果、平成18年10月31日付けで平成16年6月16日付け手続補正を補正却下するとともに、同日付で拒絶の理由を通知したところ、審判請求人は同年12月27日付けで意見書及び明細書についての手続補正書を提出し、同年12月28日付けで意見書での主張に関わる参考資料を手続補足書として提出した。
当審においてさらに審理し、平成19年3月22日付で拒絶の理由を通知したところ、審判請求人は同年5月25日付けで意見書を提出した。

第2 本願発明の認定
本願の請求項1乃至23に係る発明は、平成18年12月27日付け手続補正により補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1乃至23に記載された事項によって特定されるものと認めることができ、そのうちの請求項1に係る発明は、同請求項1に記載された事項によって特定される以下のとおりのものである。

【請求項1】「ノズルと、該ノズルに連通する圧力室と、該圧力室の壁面の一部を形成する振動板と、前記圧力室に対応するように前記振動板と接合された撓み変形する圧電アクチュエータとを備え、前記振動板と前記圧電アクチュエータとから成る振動要素が変形して前記圧力室内に充填されたインク内に圧力波を発生させることにより、前記ノズルからインク滴が吐出するインクジェット記録ヘッドであって、
前記ノズルは、前記振動要素の上方に位置し、
前記振動要素の音響容量が、2.0×10-20m5/N以上、かつ、5.5×10-19m5/N以下に設定され、前記圧力室及び圧電アクチュエータの各平面形状におけるアスペクト比が夫々略1に設定され、
前記振動要素に印加される駆動電圧波形の制御に応答して、前記ノズルから吐出するインク滴の滴体積が多段階に変化し、
前記ノズルから吐出されるインク滴の最大滴体積が15pl以上であると共に、前記ノズルから吐出されるインク滴の最小滴体積が4pl以下であり、
前記15pl以上のインク滴の吐出時に印加される前記駆動電圧波形は、前記圧力室の体積を収縮させる方向に電圧を印加してインク滴を吐出させる第1電圧変化プロセスと、前記圧力室の体積を膨張させる方向に電圧を印加する第2電圧変化プロセスと、を含み、 前記4pl以下のインク滴の吐出時に印加される前記駆動電圧波形は、前記圧力室の体積を膨張させる方向に電圧を印加する第1電圧変化プロセスと、前記圧力室の体積を圧縮する方向に電圧を印加し前記ノズル内に該ノズルの開口径よりも小さな径の液柱を形成し該液柱の先端からインク滴を分離させて微小なインク滴の吐出を行うための第2電圧変化プロセスと、を含む
ことを特徴とするインクジェット記録ヘッド。」(以下、「本願発明」という。)

第3 当審で通知した拒絶理由の内容
本願発明に対し、平成19年3月22日付けで通知した当審の拒絶理由の内容は以下の通りである。

「 <<< 最後 >>>
本願の請求項1?23に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

引用例1:特開平10-166579号公報(特に段落【0025】?【0026】、図1参照)
引用例2:特開平3-224745号公報(特に特許請求の範囲第1?3項、第1、2図参照)
引用例3:特開2001-113734号公報(特に段落【0096】、【0108】参照)
引用例4:特開2001-105591号公報(特に段落【0043】参照)
引用例5:特開平9-327908号公報(特に段落【0058】、【0061】?【0065】参照)
引用例6:特開昭58-5272号公報(特許請求の範囲、第3図参照)
引用例7:特開昭57-91275号公報(特許請求の範囲、第3図参照)
引用例8:特開平9-314835号公報(段落【0053】参照)
引用例9:特開2000-158652号公報(段落【0037】

引用例1及び引用例2には、引き打ち方式により小さなインク滴体積のインク滴を吐出し、押し打ち方式により大きなインク滴体積のインク滴を吐出すること、及び、ノズルを振動要素の上方に位置させることが記載されているものと認められる。
引用例3?5には、同じインクジェット記録ヘッドから多段階に変化した液体積のインク滴を吐出することが記載され、特に引用例3及び4には、4pl以下のインク滴と15pl以上のインク滴を吐出することが記載されているものと認められる。
引用例6及び引用例7には、インクジェット記録ヘッドにおいて、圧力室及び圧電アクチュエータの各平面形状におけるアスペクト比を各々略1と設定すること、及び、振動系の音響容量を特定することが記載されているものと認められる。
引用例8には、「振動板10及び駆動部4aの幅(図面の左右方向)は260μm、長さ(図面の奥行き方向)は3mmとし、振動板10の厚みt1は20μm、・・・圧電素子プレート4の厚みt3は30μmとした」(【0053】)と記載され、また、引用例9には「本実施例のインクジェットヘッド100は、・・・、圧力室112を長さ1700μm、幅100μm、深さ130μmとして設定している」(【0037】)、「振動板104の厚さは例えば2ミクロン程度である。」(【0050】)と記載されており、通常のインクジェット記録ヘッドの圧力室の平面寸法、振動板及び圧電アクチュエータの厚みについて把握することができる。

<請求項1について>
引用例1?7には、上述したとおりの事項が記載されているものと認められるから、これら本願出願時の技術水準に照らせば、本願請求項1に係る発明において特徴となる構成は、「振動要素の音響容量」の数値範囲を具体的に特定した点のみである。
ところが、インクジェット記録ヘッドにおいて、振動要素の音響容量に着眼することは、引用例6及び7にみられる如く周知であるし、該振動要素の音響容量を決める構造パラメータと考えられる振動要素の平面寸法や、振動板と圧電アクチュエータの材質、厚さ(本願明細書の段落【0115】、【0042】参照)も、引用例8及び9にみられる如く常識的なものであるから、本願請求項1において特定された振動要素の音響容量は、引用例1?7に記載の従来の構成を寄せ集めた結果においても、当業者が通常定め得る程度のものと解される。

<請求項2?4について>
請求項2に記載の数値範囲は、引用例8及び9の記載からみて、当業者にとって常識的なものにすぎず、また、請求項3及び4に記載された振動要素の平面形状も従来周知にすぎない。

<請求項5?6について>
圧力室と圧電アクチュエータの位置ずれが生じうることは従来周知であり、それを考慮して各々のサイズを規定することは当業者が適宜為し得ることにすぎない。

<請求項7?8について>
メニスカスの異常振動を抑制することは周知の課題であって、そのために適宜シミュレーション又は実験等を行って、本願請求項7及び8記載の条件を見出すことに格別の困難性はない。

<請求項9?23について>
いずれも、インクジェット記録ヘッドにおいて通常採り得る程度の設計上の事項にすぎないものである。


最後の拒絶理由通知とする理由

最初の拒絶理由通知に対する応答時の補正によって通知することが必要になった拒絶の理由のみを通知する拒絶理由通知である。 」

第4 本件審判請求についての当審の判断
A.引用例
当審の拒絶の理由に引用された特開昭57-91275号公報(以下、「引用例」という。)には、以下の記載が図示とともにある。

(ア)「(1) 加圧室と、該加圧室に連通する液滴射出路と、前記加圧室の壁面の少なくとも一部を構成する振動板と、該振動板と協働して前記加圧室の容積を変える圧電素子とを有するインクジェットヘッドにおいて、前記圧電素子と振動板とからなる振動系の音響容量(acoustic capacitance)が、1×10-18m5/Nから9×10-17m5/Nの範囲から選ばれた値であることを特徴とするインクジェットヘッド。
(2) 厚さが0.2mm以下で面積が1.5×10-5m2以下の圧電素子からなることを特徴とする特許請求の範囲第1項記載のインクジェットヘッド。
(3) 圧電素子が円板状のPZTであることを特徴とする特許請求の範囲第2項記載のインクジェットヘッド。
(4) 圧電素子が略正方形板状のPZTであることを特徴とする特許請求の範囲第2項記載のインクジェットヘッド。
(5) 0.1mm≦tp≦0.15mm(tp:圧電素子の厚さ)でかつa≦1.5mm(a:圧電素子の半径)であることを特徴とする特許請求の範囲第3項記載のインクジェットヘッド。
(6) 同一の振動板上に多数の圧電素子を配置したことを特徴とする特許請求の範囲第5項記載のインクジェットヘッド。」(特許請求の範囲)

(イ)「本発明の目的は、駆動電圧を上げることなしに印字ヘッドを小型化することにある。
本発明の他の目的は流路抵抗の増加がなく、効率の良いマルチノズルヘッドを得ることにある。
本発明のさらに他の目的は印字ヘッドの価格を下げることにある。」(第2頁右上欄第14?19行)

(ウ)「インクオンデマンド型印字ヘッドの理論的解析はかなり難しいが、本発明者等は印字ヘッドの等価電気回路モデルによつて解析を行なつた結果、駆動電圧上昇等の悪影響なしに圧電素子を小型化できることを発見した。
第1図(a)に印字ヘッドの等価電気回路を示す。mはイナータンス、Cは音響容量、rは音響抵抗である。第1図(b)は印字ヘッドの概略を示し、10は圧電素子11と振動板12からなる振動系を表わし、1は加圧室、2は供給部、3はノズル部を示すものとする。なお第1図(a)の添字は第1図(b)に示す各部分を表わす。ただしC2はインクタンク4の音響容量、C3はノズル3の表面張力を音響容量とみなしたものである。また添字0は振動系10を表わすものとする。単位として圧力:ψ〔N/m2〕,体積速度:u〔m2/S〕,イナータンス:m〔kg/m4〕,音響容量:C〔m5/N〕,音響抵抗:r〔NS/m5〕を用いる。実際に各定数を計算すると、m0,r0,C2,C3等は無視でき第2図のような簡略な等価回路となる。」(第2頁右上欄第20行?左下欄第19行)

(エ)「ここでm2=Km3,r2=Kr2とみなし、圧力ψをステップ関数として解くと、
減衰係数:D=r3/2m3・・・・・・(1)
振動周期:E=√{(1+1/K)/m3C-D2}・・・(2)
として
u3=(ψC0/m3CE)exp(-Dt)sinEt・・・・・・・・・(3)
ただし
C=C0+C1・・・・・・・・・(4)
で表わされる減衰振動となる。
式(3)から必要圧力ψは
ψ=umAm3CE/{C0exp(-πD/2E)}・・・・・・・・・(5)
ただしum:必要速度、A:ノズル断面積と表わせる。
またインク滴体積9は
9=ψ・C0/(1+1/K)〔1+{(E2+D2)/E2}exp(-Dtm)〕・・・・・・(6)
ただし
tu=(1/E){3π/2-arctan(E/D)}・・・・・・(7)
と表わせる。」(第2頁左下欄第19行?第3頁左上欄第2行)

(オ)「結局式(8)においてC0を固定すれば流路系に関する定数等が一定であれば、他の各定数がほぼ一定の値となり、Vも変化しないことがわかる。
以上述べたことは、a2/tpの値がある範囲にあれば、電圧を上げることなしに圧電素子を小さくできることを示している。
またインク滴体積9も、式(6)よりC0の値が一定ならばほぼ一定になることがわかる。」(第4頁左上欄第1?9行)

(カ)「次に通常の流路でよく使われるが、m3がm3=1×108Kg/m4から3×108Kg/m4の間で、r3を1×1012Ns/m5から12×1012Ns/m5まで変えた時に、第6図と同様の条件で式(8)のVを最低にするC0の値を第7図に示す。つまり流路系が決まった時に第7図に示すC0となるように振動系を選べば駆動電圧を最低にできる。」(第4頁左上欄第10?16行)

(キ)「またこの時の粒径Diを第8図に示す。一般にインク径Diは50μmから150μm程度が望ましく、特に24ノズル等の高密度印字の場合は粒径が余り大きいと印字品質上好ましくない。従つて、例えば第8図でDi≦150μmという条件をつければ、m3=2×108Kg/m4の場合にはr≦2×1012Ns/m5となり、m3=3×108Kg/m4の場合にはr≦3×1012Ns/m5となる。つまり第7図の実線で示した範囲が望ましいことになる。
したがつて、第7図に示した流路系の範囲では最低電圧を与えるC0の値は、グラフより
1×10-18m5/N≦C0≦9×10-17m5/N・・・(14)
の範囲にある。」(第4頁左上欄第17行?右上欄第9行)

(ク)「tvとtpの間にも最適な関係があり、実験によると
tv≒3√(K1Ep/K2Ev)・tp・・・・・・・・・(15)
とすれば良い結果が得られる。
式(15)を式(10)に代入すると、
a=(2C0K1Eptp3/π)1/6 ・・・・・・(16)
が得られる。
式(16)を式(14)に代入し、K1=4.4,Ep=5.9×1010N/m2 とすれば、
0.074√tp≦a≦0.16√tp・・・(17)
が得られる。
tp=0.2mmとすると1mm≦a≦2.2mm
tp=0.15mmとすると0.9mm≦a≦2.0mm
tp=0.1mmとすると0.7mm≦a≦1.6mmとなる。
この結果から、流路系が決まつている時、それに対して最も適したC0を選べば電圧を最低にでき、C0はa5/t3p、したがってa2/tpの値によって決まることが判る。第7図に示した一般的な流路系に対しては、式(17)を満たす範囲に最適なaの値が存在する。
また圧電素子の半径aを小さくするには、厚さtpを小さくすれば良いことが判る。
一方圧電素子の厚さtpの下限は、例えばPZTの場合加工上は約0.1mm、組立取扱い上の強度からは約0.15mmといわれている。」(第4頁右上欄第10行?左下欄第16行)

(ケ)「次に圧電素子の厚さtpの下限に対する別の検討を行なう。前述した下限は圧電素子の強度的な面での下限であるが、耐電圧による下限を考える必要がある。第9図に第6図と同じ条件下で電界の強さV/tpを計算した結果を示す。一般的にPZTの絶縁破壊強度は約3KV/mmないし4KV/mmといわれており第9図からtp=25μmやtp=50μmでも使えることになる。したがつて製造技術などの進歩により25μm,50μmの圧電素子が使えればさらに半径aを小さくすることが可能である。また蒸着、スパツタなどによるPZTなどの薄膜でも半径aの小さい印字ヘッドを得ることは可能である。」(第5頁左上欄第4?16行)

(コ)「以上述べたことをまとめると、
1. 流路系が決まると駆動電圧を最低にするC0が存在する。
2. C0はa2/tpにより決まる。したがつてaを小さくするにはtpを小さくすれば良い。
3. tpの下限は耐電圧の点からはtp=25μmでも良い。しかし湿度の影響などを考えるとtp≧0.1mmが望しい。
4. 加工上、取扱上の下限はtp=0.1mmないしtp=0.15mmである。さらに安全側にみれば、tp=0.2mmである。
5. tp=0.2mmに対し、1mm≦a≦2.2mm、tp=0.15mmに対し0.9≦a≦2.0mm、tp=0.1mmに対し0.7mm≦a≦1.6mmに最適なaが存在する。
6. 少しの電圧上昇を許容すれば上記5で述べた範囲より小さなaを選ぶことが可能である。」(第5頁右上欄第4?20行)

(サ)「以上述べた説明では圧電素子、加圧室を円板状であるとしているが、ダ円、多角形等についても同様な考え方ができる。もちろん形状に合わせて式(10)等を変形させることは必要である。なお、細長い長方形の圧電素子とすると、剛性があがりC0が小さくなるため、円板ないしは正方形の圧電素子にくらべ厚さを薄くするか、逆に面積を増加させねばならず大きさの面では不利となる。したがって長方形の場合でも巾と長さは1:2をこえないことが望ましい。」(第5頁左下欄第1?10行)

(シ)「以上の実施例でわかるように本発明によれば、厚さtpの小さい圧電素子を選ぶことで駆動電圧を上げることなく圧電素子の面積を小さくできる。
なお以上の説明では現状で最も望ましい圧電材料としてPZTで説明しているが、他の圧電材料においても本発明と同様の考え方によつて印字ヘッドを小型化することが考えられる。
また本発明では1枚の圧電素子と1枚の振動板によって振動系を構成しているが、バイモルフのような複数の圧電素子により振動系を構成したり加圧室の両面に振動系を設けたりすることで印字ヘッドをさらに小型にすることも考えられる。
なお以上の実施例では印字信号により加圧室の容積を減少させて印字を行なう例で説明した。その他に印字信号により加圧室の容積を増加させ、振動系や流体の動的な運動を利用しつつ加圧室の容積の復元により印字を行なう方法も提案されている。この方法によれば前記の容積減少により直接的にインク射出を行なう方法よりも駆動電圧の下がる可能性があり、この場合に応用すればさらに電圧が下がるため、半径aを最適値よりもさらに小さくすることが可能となる。」(第5頁右下欄第6行?第6頁左上欄第7行)

(ス)第1図(b)から、加圧室1がノズル部3に連通していること、及び、圧電素子11が加圧室1に対応するように振動板12が設けられていることが看取できる。
(審決注:上記摘記における( )付き数字は、公報では丸囲み数字であるが、表記の都合上書き改めてある。)

第1図(b)に示された圧電素子11や、上記(シ)の「本発明では1枚の圧電素子と1枚の振動板によって振動系を構成している」との記載からして、圧電素子11は、撓み変形する圧電素子であるといえる。
上記(ス)から、上記(ア)における「液滴射出路」と「ノズル部」はインクジェットヘッドにおける同じ部分を示していると解される。
上記(サ)で「圧電素子、加圧室を円板状であるとしている」のは第3図から平面形状が円板状であることを示していると解される。
したがって、上記(ア)?(ス)の記載を含む引用例には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「加圧室と、該加圧室に連通するノズル部と、前記加圧室の壁面の少なくとも一部を構成する振動板と、加圧室に対応するように設けられ該振動板と協働して前記加圧室の容積を変えてインク滴射出を行なう圧電素子とを有するインクジェットヘッドにおいて、前記圧電素子は撓み変形する圧電素子であり、前記圧電素子と加圧室の平面形状は円板状であり、前記圧電素子と振動板とからなる振動系の音響容量(acoustic capacitance)が、1×10-18m5/Nから9×10-17m5/Nの範囲から選ばれた値であるインクジェットヘッド。」

B.対比
引用発明の「加圧室」、「振動板」、「撓み変形する圧電素子」及び「インクジェットヘッド」が、本願発明の「圧力室」、「振動板」、「撓み変形する圧電アクチュエータ」及び「インクジェット記録ヘッド」にそれぞれ相当する。
引用発明の「ノズル部」が「ノズル」を含むことは明らかであり、引用発明は本願発明の「ノズル」を備えている。
引用発明の「前記圧電素子と振動板とからなる振動系」が、本願発明の「前記振動板と前記圧電アクチュエータとから成る振動要素」に相当し、引用発明と本願発明とは、「ノズルと、該ノズルに連通する圧力室と、該圧力室の壁面の一部を形成する振動板と、前記圧力室に対応するように前記振動板と接合された撓み変形する圧電アクチュエータとを備え、前記振動板と前記圧電アクチュエータとから成る振動要素が変形して前記圧力室内に充填されたインク内に圧力波を発生させることにより、前記ノズルからインク滴が吐出するインクジェット記録ヘッド」である点で一致している。
また、本願明細書段落【0082】に「ここで、「アスペクト比」とは、アスペクト比の定義を説明する図8(a)?(d)に示すように、圧力室の平面形状における最も長い幅(A)と最も短い幅(B)との比(B/A)を示す値を意味する」と記載されている。
ここで、引用発明の「圧電素子と加圧室の平面形状は円板状」であることから、圧電素子と加圧室の各平面形状におけるアスペクト比は1であるといえるので、引用発明と本願発明とは「前記圧力室及び圧電アクチュエータの各平面形状におけるアスペクト比が夫々略1に設定され」ている点で一致している。
さらに、引用発明の「振動系の音響容量(acoustic capacitance)」は、本願発明の「振動要素の音響容量」に相当し、引用発明と本願発明とは、「振動要素の音響容量」を特定の範囲に設定した限度において共通している。

したがって、本願発明と引用発明とは、以下の一致点及び相違点を有する。

<一致点>「ノズルと、該ノズルに連通する圧力室と、該圧力室の壁面の一部を形成する振動板と、前記圧力室に対応するように前記振動板と接合された撓み変形する圧電アクチュエータとを備え、前記振動板と前記圧電アクチュエータとから成る振動要素が変形して前記圧力室内に充填されたインク内に圧力波を発生させることにより、前記ノズルからインク滴が吐出するインクジェット記録ヘッドであって、
前記振動要素の音響容量が、特定の範囲に設定され、前記圧力室及び圧電アクチュエータの各平面形状におけるアスペクト比が夫々略1に設定されているインクジェット記録ヘッド。」

<相違点1>本願発明のノズルは、振動要素の上方に位置しているのに対し、引用発明ではそのように特定されていない点。

<相違点2>振動要素の音響容量につき、本願発明では「2.0×10-20m5/N以上、かつ、5.5×10-19m5/N以下」の範囲に設定されているのに対して、引用発明ではそのような範囲ではない点。

<相違点3>本願発明が、振動要素に印加される駆動電圧波形の制御に応答して、ノズルから吐出するインク滴の滴体積が多段階に変化し、ノズルから吐出されるインク滴の最大滴体積が15pl以上であると共に、前記ノズルから吐出されるインク滴の最小滴体積が4pl以下であるのに対し、引用発明ではそのような特定がない点。

<相違点4>本願発明は、15pl以上のインク滴の吐出時に印加される駆動電圧波形は、圧力室の体積を収縮させる方向に電圧を印加してインク滴を吐出させる第1電圧変化プロセスと、前記圧力室の体積を膨張させる方向に電圧を印加する第2電圧変化プロセスとを含み、4pl以下のインク滴の吐出時に印加される駆動電圧波形は、圧力室の体積を膨張させる方向に電圧を印加する第1電圧変化プロセスと、前記圧力室の体積を圧縮する方向に電圧を印加しノズル内に該ノズルの開口径よりも小さな径の液柱を形成し該液柱の先端からインク滴を分離させて微小なインク滴の吐出を行うための第2電圧変化プロセスとを含むのに対し、引用発明ではそのような特定がない点。

C.判断
1.<相違点1>についての判断
本願発明はインクジェット記録ヘッドに係る発明であって、記録ヘッドは、装置への取り付け方でその上下関係が変化することが予想されるので、相違点1に係る本願発明の発明特定事項のように、ノズルが振動要素(振動板と圧電アクチュエータ)の上方に位置するとは、インクジェット記録ヘッドにおけるどのような構造を規定しているのか、その意味するところが必ずしも明確でない。
そこで、本願明細書を参酌してみると、明細書中にはノズルが振動要素の上方に位置することを直接的に記載した箇所はなく、図18にノズルと振動要素の位置関係が図示されている程度である。
しかも、図42及び段落【0204】?【0205】には、「本発明に係るインクジェット記録装置の一実施形態例(第5実施形態例)」が示されているが、この実施形態例では、インクジェット記録ヘッドを搭載するキャリッジ421が記録用紙424上で主走査される構成のものであるから、図18のようなインクジェット記録ヘッドのノズルは、鉛直方向において、振動要素の下方に位置することになると解され、相違点1に係る限定事項とは異なる位置関係となっている。
以上のことを考慮すると、相違点1に係る本願発明の発明特定事項は、ノズルと振動要素の上下関係を規定したものではなく、ノズルが振動要素に対向するように設けられていることを記載したものと解釈するのが妥当である。
そこで検討するに、本願出願時、インクジェット記録ヘッドとして、ノズルと振動要素の配置をそのようにすることは周知・慣用された技術(例えば、当審の拒絶理由通知で提示した特開平10-166579号公報を参照)であり、設計事項の範疇に含まれる事項である。
よって、相違点1に係る本願発明の発明特定事項は、引用発明及び周知・慣用技術に基づいて当業者が想到容易である。

2.<相違点3、4>についての判断
まず、相違点3について検討する。
圧電アクチュエータを用いたインクジェット記録ヘッドにおいて、印加する駆動電圧波形を制御して、ノズルから吐出するインク滴の滴体積を多段階に変化させることは、例をあげるまでもなく、周知・慣用技術である。
そして、当審拒絶理由通知で提示した、特開2001-113734号公報(特に段落【0096】、【0108】参照)には大インク滴として約20pl、小インク滴として約3plのインク滴を吐出することが記載され、特開2001-105591号公報(特に段落【0043】参照)には大インク滴として約20pl、小インク滴として約3.3plのインク滴を吐出することが記載され、特開平9-327908号公報(特に段落【0058】、【0061】?【0065】参照)には、インク粒量が最大56plで最小5plのインク滴を吐出することが記載されている。
つまり、同一のインクジェット記録ヘッドにおいて印加する駆動電圧波形等を変化させることにより吐出するインク滴の滴体積を変化させる際に、最大滴体積を15pl以上とし最小滴体積を4pl以下とすることは、従来のインクジェット記録ヘッドでも達成し得るインク滴体積の範囲と格別に相違せず、少なくとも、相違点3に係る数値範囲は、従来技術を含むものである(なお、「15pl以上」は限りなく大きなインク滴体積を含み、「4pl以下」は限りなく0に近い小さなインク滴体積を含む限定であって、そのような範囲まで従来技術とはいえないとしても、限定された範囲の一部について、従来技術の範疇にあることは上記した周知技術文献から明らかである。また、上記従来技術とはいえない範囲に関して、本願発明がどのように実施可能となし得たかは、本願明細書の記載からは明らかとはいえない。)。
ところで、本願明細書段落【0023】には「本発明は、同一ノズルから所要サイズの「大滴」及び「小滴」の双方を選択的に吐出させ、高速記録と高画質記録の両立を可能とするインクジェット記録ヘッドを提供することを目的とする。」と記載され、本願発明の目的が、高速記録と高画質記録の両立であることが記載されている。
そして、段落【0006】?【0009】には、高速記録を実現するための条件について記載され、1つの条件として「記録解像度の低下」があげられており、段落【0008】には「しかし、記録解像度を低く設定すると画像品質が低下するので、記録解像度の低減には下限がある。人間の視覚特性から考えると、画像品質(文字や線画の品質)を損なわずに高速記録を実現するには、記録解像度を300?600dpi(但し、1ドット/インチ=39.37ドット/メートル)程度の範囲内に設定することが最適である。」と記載され、さらに「ただし、記録解像度を低く設定するためには、それに応じた大きなインク滴の吐出を実現する必要がある。」と記載されている。
また、本願明細書段落【0009】には「記録解像度と所要滴体積との関係は、使用するインクや記録紙種類によって多少変化するが、従来のインクジェット記録装置で用いられる一般的なインク及び記録用紙の場合には、300?600dpiの記録解像度で十分な記録濃度を得るためには、15?30pl(ピコリットル)のインク滴体積が必要となる(但し、1ピコリットル=10-15m3)。」と記載されている。
これらの記載から、本願発明の目的である高速記録を実現するために必要な記録解像度が、300?600dpiであって、その記録解像度で記録をする際に十分な記録濃度を得るために必要なインク滴体積が15?30plであると解される。
つまり、相違点3に係る本願発明の発明特定事項のうち「ノズルから吐出されるインク滴の最大滴体積が15pl以上」であることは、画像品質(文字や線画の品質)を損なわずに高速記録を行うための条件である記録解像度300?600dpiでの記録を実現する上で必要なインク滴体積を示していると解される。
また、本願明細書段落【0014】には、高画質記録の条件について、「インクジェット記録装置で「高画像記録」を実現するためには、吐出するインク滴の径をできるだけ小さく設定することが望ましい。特に、写真画像を出力する場合には、ハイライト部(低濃度部)の粒状感が画質を大きく左右するため、極めて小さなインク滴でハイライト部を記録することが望ましい。人間の眼の分解能から、ドット径が40μm以下になると画像の粒状感が大幅に低下し、更に30μm以下になると個々のドットを目視認識することが困難になるため、画像品質が飛躍的に向上する。従って、画像のハイライト部では径30μm以下の小さなドットを実現することが望ましく、そのためには2?4pl程度の微小滴の吐出を実現させなければならない。」と記載されている。
上記記載から、本願発明の目的である高画質記録を実現するために必要なドット径は30μm以下であって、そのために必要なインク滴体積が2?4plであると解される。
つまり、相違点3に係る本願発明の発明特定事項のうち「ノズルから吐出されるインク滴の最小滴体積を4pl以下」とすることは高画質記録を行うための条件である30μm以下のドット径を実現する上で必要なインク滴体積を示していると解される。
以上、本願明細書の記載を参酌すると、相違点3における「最大滴体積」及び「最小滴体積」の数値範囲の規定は、それぞれ高速記録と高画質記録の要請に応じて決定されたものであると解される。
しかしながら、本願出願時、記録解像度300?600dpiは、インクジェット記録においては普通の記録解像度であって、そのような解像度で記録する時に、十分な記録濃度を得るために必要なインク滴体積を吐出できるようにすることは、当業者にとって、当然考慮すべき技術事項であり、上記のように、インク滴体積を15pl以上とすることが従来においても実現されていた周知技術であることをも考え合わせれば、最大滴体積を15pl以上とすることは設計事項であるということができる。
また、高画質記録を実現するために、インク滴体積を小さくすることは、当業者にとって、ごく当たり前の課題解決手法にすぎず、人間の目の分解能や目視認識が困難なドット径がどの程度であって、そのドット径を実現するために必要なインク滴体積がどの程度かについては、本願出願時においても当業者にとっては技術常識であると考えられ、上記のように、インク滴体積を4pl以下とすることが従来においても実現されていた周知技術であることをも考え合わせれば、最小滴体積を4pl以下とすることは設計事項であるということができる。。
したがって、相違点3に係る本願発明の発明特定事項のうち、最大滴体積を15pl以上とし、最小滴体積を4pl以下とすることは、まさに用途要請に応じた設計事項であって、周知技術に基づいて当業者が容易になし得る程度のことである。
次に、相違点4について検討する。
本願発明は、相違点4に係る発明特定事項として、振動要素(圧電アクチュエータ)に印加される駆動電圧波形、つまり、振動要素(圧電アクチュエータ)の駆動方法を特定しており、具体的には、「圧力室の体積を収縮させる方向に電圧を印加してインク滴を吐出させる第1電圧変化プロセスと、前記圧力室の体積を膨張させる方向に電圧を印加する第2電圧変化プロセスとを含」む駆動方法(以下、「押し打ち」という。)と、「圧力室の体積を膨張させる方向に電圧を印加する第1電圧変化プロセスと、前記圧力室の体積を圧縮する方向に電圧を印加しノズル内に該ノズルの開口径よりも小さな径の液柱を形成し該液柱の先端からインク滴を分離させて微小なインク滴の吐出を行うための第2電圧変化プロセスとを含む」駆動方法(以下、「引き打ち」という。)を共に採用し、相対的に大きな滴体積(相違点3における「最大滴体積」)のインク滴を吐出する時には「押し打ち」を行い、相対的に小さな滴体積(相違点3における「最小滴体積」)のインク滴を吐出する時には「引き打ち」を行っている。
しかし、これら「押し打ち」及び「引き打ち」は、従来から普通に用いられている吐出駆動方法であって(「引き打ち」に関しては、本願明細書段落【0026】?【0029】に「メニスカス制御方式」と称して従来技術として記載されている。)、「引き打ち」の方が比較的小さな滴体積のインク滴を吐出させやすいことも、当業者にとって技術常識である。
そして、相対的に大きな滴体積のインク滴を吐出する時には押し打ちを採用し、相対的に小さな滴体積のインク滴を吐出する時には引き打ちを採用することで、同じヘッドで滴体積の異なるインク滴を吐出できるようにする技術は、当審拒絶理由通知で提示した、特開平10-166579号公報、特開平3-224745号公報に例示があるように、本願出願時において周知の技術事項である。
次に、相違点3と相違点4を合わせて検討する。
上記したように、「押し打ち」と「引き打ち」を比べると、「押し打ち」の方が相対的に滴体積の大きなインク滴を吐出させやすく、逆に、「引き打ち」は相対的に滴体積の小さなインク滴を吐出させやすいといえるものの、この2つの駆動方法を特定しただけでインク滴の滴体積が特定できるものではない。
同じ「押し打ち」あるいは「引き打ち」であっても、駆動電圧波形を変化させることによって、さまざまな大きさのインク滴を吐出できることは当業者にとって技術常識である(例えば、上記した、特開2001-113734号公報、特開2001-105591号公報、特開平9-327908号公報には、引き打ちで、大滴も小滴も吐出することが記載されている)。
つまり、相違点3の最大滴体積及び最小滴体積と、相違点4の駆動方法とは、相対的な滴体積の大小とそれを相対的に吐出させやすい駆動方法という観点で言えば、関連はしているものの、インク滴体積の数値範囲を達成するために前記駆動方法のみが必須の事項であるとはいえず、逆にいえば、前記駆動方法を採用したところで、最大滴体積及び最小滴体積を必ずしも達成できるとはいえず、駆動電圧波形等を、目的とする滴体積となるように調整することによって初めてその数値を達成できる程度のことにすぎない。
結局のところ、相違点3及び相違点4に係る本願発明の発明特定事項は、それらを組み合わせたとしても、従来技術を寄せ集めた程度のことにすぎない。
最後に、上記した周知技術等の引用発明への適用容易性について検討する。
引用発明には射出するインク滴体積を積極的に変化させる記載はないものの、本願出願時、インクジェット記録技術の分野において、吐出させるインク滴の滴体積を多段階に変化させて階調表現をしたり、記録する情報の種類によって滴体積を変化させて記録速度の向上を図るようなことは普通に行われており、特に、圧電素子を用いたインクジェット記録ヘッドにおいて、圧電素子に印加させる駆動電圧波形を変化させて吐出するインク滴の滴体積を変化させることは技術常識の範疇に含まれる。
また、引用例の上記(シ)には「なお以上の実施例では印字信号により加圧室の容積を減少させて印字を行なう例で説明した。その他に印字信号により加圧室の容積を増加させ、振動系や流体の動的な運動を利用しつつ加圧室の容積の復元により印字を行なう方法も提案されている。」と記載され、「押し打ち」及び「引き打ち」を示唆する記載がある。
以上のことを考慮すると、相違点3及び4に係る本願発明の発明特定事項について説示した上記周知技術を引用発明に適用することに阻害要因となる事項が存在するとは認められない。
よって、相違点3及び4に係る本願発明の発明特定事項は、引用発明に「押し打ち」と「引き打ち」を併用し、インク滴体積に応じて使い分ける駆動方法に係る周知技術を採用することにより当業者が想到容易な技術事項であり、その際の数値範囲の限定は、必要とされる記録解像度や記録する画像の種類に応じた数値範囲を示したにすぎず、しかもその数値範囲は、従来技術において達成し得る程度のものであるので、これら発明特定事項は当業者が用途要請に応じて適宜に設定し得る設計事項であるといえる。

なお、審判請求人は平成18年12月27日付け意見書において「審判官殿は、「前記ノズルから吐出されるインク滴の最大滴体積が15pl以上であると共に、前記ノズルから吐出されるインク滴の最小滴体積が4pl以下である」は、市場の要請により当業者が適宜設定し得る程度のことにすぎない、とご指摘されているが、ピエゾ方式において、15pl以上の大滴と4pl以下の小滴との両方をノズルから吐出することは、本発明によって初めて実現されるものである。つまり、インク滴の大きさを大滴(15pl以上)から小滴(4pl以下)にまで可変して、記録紙等に着弾後の記録ドット径を大径から小径まで可変することができるのは本発明のみであり、このようなことは本発明以外では実現できていない。つまり、市場の要請により当業者が適宜設定し得るものではない。」(第2頁第14?22行)と主張している。
さらに、インク滴の最大滴体積及び最小滴体積に関し、平成19年3月22日付け拒絶理由通知で上記の従来技術文献(特開2001-113734号公報、特開2001-105591号公報、特開平9-327908号公報)を提示したところ、平成19年5月25日付け意見書においては「本願のような撓み変形するユニモルフ型のアクチュエータは、構成が簡単であるが、引用例3及び引用例4のような積層型のアクチュエータよりも発生圧力が小さいので、4pl以下且つ15pl以上とすることは従来実現されていなかった。そこで、駆動波形・音響要素・アスペクト比を本願の請求項1の構成とすることで、本願のような撓み変形するユニモルフ型のアクチュエータを構成要素(振動要素)とするインクジェット記録ヘッドにおいて、初めて4pl以下且つ15pl以上の両立が可能とされた。つまり、撓み変形するユニモルフ型のアクチュエータを構成要素とするインクジェット記録ヘッドにおいては、インク滴の大きさを大滴(15pl以上)から小滴(4pl以下)にまで可変することができるのは本発明を適用したインクジェット記録ヘッドのみであり、本発明が適用されていない(撓み変形するユニモルフ型のアクチュエータを構成要素とする)インクジェット記録ヘッドでは実現されていない。」(第2頁第38?48行)と主張してきた。
そこで、以下に検討する。
上記で大滴と小滴のインク滴体積に関する周知例として提示した特開2001-113734号公報及び特開2001-105591号公報には、圧電体と電極層とを交互に積層した一枚の圧電振動子板を櫛歯状に構成し、対向する電極間に電位差を与えることにより、積層方向と直交する素子長手方向に伸縮する圧電振動子が実施の形態として記載されているが、一方で、圧力室に圧力変動を生じさせる圧力発生素子は、圧電振動子に限定されず、磁歪素子や発熱素子でも良いことが記載されている(特開2001-113734号公報の段落【0176】及び特開2001-105591号公報の段落【0133】?【0134】を参照)。
つまり、これら文献には、大小のインク滴体積を実現する上で、圧力発生素子の形式が必須の事項ではなく、圧力発生素子の形式が変わっても、駆動電圧波形の形状やタイミング等の各種条件を設定することにより所望のインク滴体積を実現し得ることが示唆されていると解される。
また、同様の周知例として提示した特開平9-327908号公報には、d31モードの圧電素子(図2)、または、d33モードの圧電素子(図11)を使用することが実施の形態として記載されているが、一方で、「インクジェットヘッドを、図2及び図11のもので説明したが、他の形態のものにも適用できる」(段落【0160】)ことが記載されている。
つまり、上記文献には、大小のインク滴体積を実現する上で、圧電素子がどのような形式(モード)であるかは重要ではなく、圧電素子の形式が変わっても、駆動電圧波形の形状やタイミング等の各種条件を設定することにより所望のインク滴体積を実現し得ることが示唆されていると解される。
以上のことから、相違点3、4に係る本願発明の発明特定事項に係る、一つのノズルから大小のインク滴体積を吐出するための条件には、駆動電圧波形や駆動方法などさまざまなものが含まれているのであって、各文献の記載事項は、大小のインク滴体積を実現する上で、圧力発生素子が「撓み変形する圧電アクチュエータ」である場合にも当然に敷衍し得るものである。
また、請求人は、平成19年5月25日付け意見書で、上記したように「本願のような撓み変形するユニモルフ型のアクチュエータを構成要素(振動要素)とするインクジェット記録ヘッドにおいて、初めて4pl以下且つ15pl以上の両立が可能とされた。」と主張しているが、本願発明の発明特定事項としては「撓み変形する圧電アクチュエータ」と記載されているだけであって、上記のような「撓み変形するユニモルフ型のアクチュエータ」との記載はされていない。
上記「ユニモルフ型」について、本願明細書には何ら説明する記載はない。そこで、他の文献を参酌してみるに、例えば、特開2000-141647号公報には「2つの圧電素子が圧電アクチュエータの厚み方向(圧電素子の厚み方向)に積層された所謂バイモルフ型の圧電アクチュエータが知られており、・・・このバイモルフ型の圧電アクチュエータに対し、圧電素子が1つのものはユニモルフ型といわれている。」(段落【0003】参照)と記載されており、上記「ユニモルフ型」と称するものは、圧電体層が一層である圧電アクチュエータを意味するものと解される。
請求人の主張する「ユニモルフ型」が上記の意味だとすると、本願発明の「撓み変形する圧電アクチュエータ」との記載が「ユニモルフ型」(つまり、圧電体層が一層であること)を意味しているかが問題になるが、例えば、本願出願前に公知の特開平6-8424号公報には、撓み変形を利用したインクジェットヘッドとして、積層型圧電素子を用いたものが記載されており、本願発明の「撓み変形する圧電アクチュエータ」との用語が、「ユニモルフ型」であることを意味しているとはいえない。
請求人の上記主張は、「ユニモルフ型」と「積層型」の圧電アクチュエータを対比して、「ユニモルフ型」は、圧電体層が一層のため、発生圧力が相対的に小さいと主張するものであるが、上記のように、本願発明は「ユニモルフ型」であるとも「積層型」でないとも特定されておらず、当該請求人の主張は、本願発明の発明特定事項に基づかないものである。
以上のように、請求人の上記主張は、本願発明に基づかない主張であるが、当該主張は上記意見書において初めて主張されたものであり、これに応えるべく敢えて掲げるとすれば、本願出願前公知の特開2001-18423号公報及び特開2000-71453号公報を例示することができる。
特開2001-18423号公報には、たわみ振動モードの圧電振動子を取り付けた記録ヘッドであり(段落【0056】参照)、圧電振動子は平板状であって、前面に下部電極、背面に上部電極が形成されており(段落【0063】参照)、印加する駆動電圧波形を変化させて、インク体積約20plの大インク滴と約4plの小インク滴を吐出する(段落【0074】参照)ものが記載されている。
また、特開2000-71453号公報には、たわみ振動型の圧電素子を用いたインクジェットヘッドであり(段落【0035】参照)、圧電素子は超薄型の圧電素子であり(段落【0039】参照)、印加する駆動電圧波形を変化させて、インク体積約15plのインク滴と約5plのインク滴を吐出する(段落【0043】参照)ものが記載されている。
当該各文献に記載された「たわみ振動モードの圧電振動子」あるいは「たわみ振動型の圧電素子」が、請求人の主張する「撓み変形するユニモルフ型の圧電アクチュエータ」に相当し、「積層型のアクチュエータ」相当しないものであることは明らかである。
つまり、本願出願前において、撓み変形するユニモルフ型の圧電アクチュエータを用いたインクジェット記録ヘッドとして、インク滴体積として15pl程度の大滴及び4pl程度の小滴を両方吐出できるものは従来周知であるといえる。
したがって、相違点3に係る本願発明の発明特定事項のように、インク滴の滴体積を多段階に変化させ、インク滴の最大滴体積が15pl以上であると共に、最小滴体積が4pl以下であるようにすることは、従来においても達成し得えた程度の事項を含むものにすぎず、これらの数値範囲を初めて実現できたかのような請求人の主張は、根拠がなく、採用することができない。

3.<相違点2>についての判断
まず、本願発明における「振動要素の音響容量」の数値範囲の限定がもつ技術上の意義について、本願明細書の記載を参酌して検討する。
本願明細書には「振動要素の音響容量」に関し「本発明者らは、従来はヘッド構造に関わる多数のパラメータを試行錯誤的に組み合わせて滴体積及び固有周期Tcの調整を行っていたのに対し、種々の実験結果から、撓み変形する圧電アクチュエータを用いたインクジェット記録ヘッドでは、滴体積及び固有周期Tcを支配する実質的なパラメータは振動要素の音響容量のみであることを見出し、振動要素の音響容量の適正な範囲を規定することにより、所要サイズの「大滴吐出」及び「小滴吐出」の両立と「ノズル密度増加」とを実現する本発明を発明するに至った。」(段落【0031】)と記載されている。
より具体的には、インクジェット記録ヘッドを音響系パラメータを用いた等価回路で置き換え、回路シミュレータを用いた構造解析をした上で、「滴体積qを支配しているパラメータは実質的にC0のみであると言える。」(段落【0076】)と結論付け、「撓み変形する圧電アクチュエータを用いたインクジェット記録ヘッドでは、滴体積q及び固有周期Tcは、振動要素の音響容量C0によって支配され、その他のパラメータの上限/下限値を考慮すると、C0に最適範囲が存在する。すなわち、音響容量C0を次式の条件を満足するように設定することにより、「大滴吐出」と「小滴吐出」とを両立させることができる。」(段落【0110】)として、本願発明の「振動要素の音響容量」の数値範囲規定を導き出している。
さらに、「例えば、圧電アクチュエータの厚さtp、振動板の厚さtv、及び圧力室幅Wを種々変更した例について夫々に特性評価を実施した。その結果、音響容量C0≧2.0×10-20[m5/N]の条件下では、15pl以上の「大滴」を吐出することができたが、音響容量C0<2.0×10-20[m5/N]の条件下では、15pl以上の「大滴」を吐出することができず、十分な画像濃度を得ることができなかった。」(段落【0034】)との記載もあり、数値範囲規定に臨界的な作用効果があるとする記載がされている。
また、「大滴」を吐出するために「押し打ち」を採用しなければならない理由は、本願明細書中には特に記載されていないものの、「小滴」を吐出する際に、「メニスカス制御方式(つまり「引き打ち」)」を採用することの記載はあり、「メニスカス制御方式によって微小滴を吐出するためには、固有周期Tcは一定以下に抑える必要がある。具体的には、Tcを15μs以下に設定する必要がある。」(段落【0104】)、「式(3)から、15μs以下の固有周期Tcを得るためには、音響容量C0を5.5×10-19m5/N以下に設定する必要がある。つまり、固有周期Tcについても、滴体積qの場合と同様、いくつかの決定因子(パラメータ)が存在しているが、Tcを小さく設定しようとした場合には、実質的にC0のみが支配パラメータとなる。そして、小滴吐出に適した15μs以下の固有周期Tcを得るためには、音響容量C0を5.5×10-19m5/N以下に設定することが必要条件となる。」(段落【0109】)と記載されている。
上記本願明細書の記載によれば、本願発明の「振動要素の音響容量」の数値範囲規定は、振動要素の駆動方法を特定した上で(少なくとも、「小滴吐出」時の駆動方法を特定した上で)「大滴吐出」と「小滴吐出」とを両立させるための必要条件であり、この範囲外では大滴吐出と小滴吐出とを両立できない(数値範囲規定に臨界的な作用効果がある)ものと解される。
上記の点を踏まえ、相違点2について検討する。
前記「2.<相違点3、4>についての判断」で説示したように、1つのインクジェット記録ヘッドを使って、15pl以上の「大滴」と、4pl以下の「小滴」を吐出できるようにすることは、従来技術でも実現されていた程度の技術事項であって、吐出駆動方法も含め、当該「振動要素の音響容量」の数値範囲規定を特段考慮することなく実施可能なインクジェット記録ヘッドの「性能」にすぎない。
また、上記した段落【0031】等の記載から、相違点2に係る本願発明の発明特定事項が、インクジェット記録ヘッドの上記「性能」を実現できるための必要条件であるとしても、上記した段落【0110】に「その他のパラメータの上限/下限値を考慮すると」とあるように、本願発明の「振動要素の音響容量」の数値範囲を規定する際に、本願明細書では、様々な他のパラメータの条件付けを必要としているのである。
例えば、「実際のインクジェット記録ヘッドを作製する上で最も適切、且つ一般的な条件として、振動板を金属材料(ステンレス、ニッケル等)で構成し、圧電定数を約3×10-10m/Vとすると・・・」(段落【0074】)、「つまり、振動板材質や圧電定数を固定すると、振動板厚、圧電アクチュエータ厚、アスペクト比などの値を変えても、C0とφ・C0との関係は、ほぼ一本の曲線上にプロットされることが明らかになった。」(段落【0075】)、「印加電圧Vも駆動回路や電源コストを考えると、40V程度が上限となる。」(段落【0076】)、「流体シミュレーション及び実際の吐出実験の結果から、正常なインク滴吐出を行うためには、TB<Tc/10とすることが望ましいことが明らかになった。」(段落【0101】)、「実際のノズル形状、つまり、開口径30μm以下、長さ20μm以上、テーパー角15°以下としたノズル形状から考えると、m3は2×107kg/m4以上の値となる。従って、m2・m3/(m2+m3)は約1×107kg/m4が下限値となる。」(段落【0108】)など、インクジェット記録ヘッドを構成する部材のその他の構造パラメータを限定した上で「振動要素の音響容量C0」の数値範囲規定を導き出している。
また、段落【0104】、段落【0109】の記載について上記したように、本願明細書では、小滴吐出に適した圧力波の固有周期Tcを「15μs以下」としているが、段落【0029】に「得られる最小のインク滴体積は、ノズル径やインク粘度などにも依存するが、ノズル径が20?30μmで、使用するインクの粘度が2?5cpsである一般的なインクジェット記録ヘッドでは、高画質記録に適した2?4plの微小滴を吐出可能とするためには、固有周期Tcを15μs以下、更に望ましくは12μs以下に設定する必要がある。」と記載されているように、「振動要素の音響容量C0」の数値範囲規定は、インクジェット記録ヘッドについての構造パラメータだけではなく、インクの粘度のような他のパラメータを限定した上で成立しているものである。
つまり、段落【0031】で「撓み変形する圧電アクチュエータを用いたインクジェット記録ヘッドでは、滴体積及び固有周期Tcを支配する実質的なパラメータは振動要素の音響容量のみであることを見出し」たとしているものの、それは、他のパラメータを限定した上ではじめて成立することであると解される。
しかしながら、本願発明では、圧力室と圧電アクチュエータの平面形状におけるアスペクト比を略1にした以外に、前提となるインクジェット記録ヘッドの構造パラメータや、インクの粘度等の他のパラメータに関する限定は何らなされていない。
このような本願発明の記載から、相違点2に係る「振動要素の音響容量」の数値範囲規定を技術的に意味のあるものとしてとらえることは困難である。
ところで、本願明細書中には「一般的なインクジェット記録ヘッド」(段落【0029】、段落【0076】、段落【0107】)、「一般的な条件」(段落【0074】)など、再三「一般的」との記載がされ、インクジェット記録ヘッドの「一般的」な形状や構造、インクなどの条件が存在するとする記載がなされている。
実際には、インクジェット記録ヘッドは、様々な形状、構造のものが存在しており、当業者にとって、「一般的なインクジェット記録ヘッド」との記載のみから特定形状、特定構造、特定条件を想起することはできないが、本願明細書を参酌して、本願における「一般的なインクジェット記録ヘッド」がどのような形状、構造、寸法をしているかを把握した上で、従来技術との比較をしてみる。
本願図18に記載されたようなインクジェット記録ヘッドの断面構造は、撓み変形をする圧電アクチュエータを備えた従来のインクジェット記録ヘッドとして普通に見られるものであり、形状や構造について特別なものとは認められない。
インクジェット記録ヘッドの寸法について、本願明細書段落【0042】には、「ここで、圧力室の平面寸法(平面積)を0.09?0.5mm2に設定し、振動板及び圧電アクチュエータの厚みを夫々、5?20μm及び15?40μmに設定することが好ましい。これにより、アスペクト比が略1の圧力室を有するインクジェット記録ヘッドにおいて、振動要素の音響容量C0を2.0×10-20 m5/N以上、且つ5.5×10-20 m5/N以下に設定することができ、「大滴吐出」と「小滴吐出」を両立できるという効果が得られる。」と記載されている。
また、材質等に関して、段落【0115】には「圧力室14の平面形状は正方形である。振動要素の平面形状も、圧力室14の平面形状と同一であり、その平面積は0.108mm2と、従来の構造よりも大幅に面積が小さくされている。振動要素の平面寸法が決まると、音響容量を決める構造パラメータは、その構成部材である振動板41と圧電アクチュエータ16の材質と厚さのみである。ここでは、振動板41の材質をステンレス鋼(SUS304)、圧電アクチュエータ16の材質をチタン酸ジルコン酸鉛系セラミクスに決めた。従って、残る構造パラメータは、これら二つの部材の厚さである。」と記載されている。
上記の「チタン酸ジルコン酸鉛系セラミクス」は、いわゆる「PZT」であって、圧電材料として通常用いられるものであり、引用例にも、圧電素子(圧電アクチュエータ)の材料としてPZTが記載されている。
また、当審拒絶理由通知で提示した、特開平9-314835号公報には振動板の厚みが30μm以下で、かつ圧電素子の厚みが50μm以下であること(【請求項2】)、圧電素子がチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)を主成分とする圧電材料であり(段落【0032】、【0046】)、振動板がステンレス製であり(段落【0045】)、より具体的寸法として、インク室に対する振動板及び駆動部の幅が206μmで長さ3mm(つまり、平面積約0.78mm2)、振動板の厚み20μm、圧電素子の厚み30μm(段落【0053】)であるものが記載されている。
同じく当審拒絶理由通知で提示した、特開2000-158652号公報には、圧力室の長さを1700μmに幅を100μm(つまり、平面積0.17mm2)に設定すること(段落【0037】)が記載されている。
以上の比較検討から、本願発明のインクジェット記録ヘッドとして想定されている振動板及び圧電アクチュエータの材質、厚さや平面積などの寸法は、本願出願時において、通常のものであり、従来技術であって、本願発明が前提としている「一般的なインクジェット記録ヘッド」の形状、構造、寸法について検討しても格別に新規な事項を見出せない。
してみると、相違点2に係る本願発明の発明特定事項として把握される「振動要素の音響容量」は、通常の形状、構造、寸法及び材質を備えたインクジェット記録ヘッドが取り得る数値を、単に記載した程度のことと解さざるを得ない。
以上のことを考慮して、引用発明を検討する。
引用発明は駆動電圧を上げることなく圧電素子等を小さくすることを目的として、「振動要素の音響容量C0」の数値範囲を引用発明のように規定している(上記(イ)、(オ)、(カ)など)。
しかしながら、引用例では、引用発明の「振動要素の音響容量C0」を算出する際に、本願発明と同様の等価回路を用いた解析を行っている(上記(ウ)、(エ))とともに、「インク滴体積9も、式(6)よりC0の値が一定ならばほぼ一定になることがわかる。」(上記(オ))とも記載されているように、インク滴体積が「振動要素の音響容量C0」に関連し依存していることが記載されているといえる。
また、本願発明に関して検討した上記構造パラメータについては、引用例では、「厚さが0.2mm(200μm)以下で、面積が1.5×10-5m2 (15mm2)以下の圧電素子からなる」(上記(ア))と記載されており、上記した本願発明における構造パラメータとはその大きさにおいて異なっている(大きい値を含んでいる)ものの、一方で、引用例には「振動要素の音響容量C0」は、「a2/tpにより決まる。」(上記(コ)、aは圧電素子の半径、tpは圧電素子の厚さを示す)との記載があるとともに、「製造技術などの進歩により25μm,50μmの圧電素子が使えればさらに半径aを小さくすることが可能である。」(上記(ケ))と記載されており、より小さな寸法の構造パラメータとすることが示唆されているといえる。
これらの記載を考慮すると、アスペクト比1なる特定を有する引用発明を出発点として、引用発明における寸法よりは小さいものの、本願出願時においては通常程度の寸法のインクジェット記録ヘッドとし、相違点4の「押し打ち」及び「引き打ち」を併用する周知の駆動方法を採用した上で、相違点3の目的とするインク滴体積を吐出できるような「振動要素の音響容量」とすることは、引用発明に基づいて、当業者が容易想到な事項であるといえ、その際、その「振動要素の音響容量」をどのような値のものとするかは、インクジェット記録ヘッドの構造パラメータやインクの粘度などの、種々の条件を考慮して当業者が適宜に設定し得る程度の設計事項にすぎず、インクジェット記録ヘッドの製造に当たり、当業者がその最適化のために行う通常の実験等の行為を通じ、容易に導き出せる程度のものと言わざるを得ない。
したがって、相違点2に係る本願発明の発明特定事項は、引用発明及び周知技術に基づいて、当業者が想到容易な事項であると認められる。

4.本願発明の進歩性の判断
上記のように、相違点1乃至相違点4に係る本願発明の発明特定事項は設計事項であるか、引用発明及び周知・慣用技術に基づいて当業者が想到容易な事項であって、それぞれのもつ作用効果も、引用発明及び周知・慣用技術に基づいて、当業者が予測し得る程度のことであって、かつ、各発明特定事項が組み合わせられることによって当業者が予測し得ないような格別の作用効果を奏するとも認められない。

したがって、本願発明は、引用発明及び周知・慣用技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、当審で通知した上記拒絶の理由の通り、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第4 むすび
以上のとおり、本願発明は、当審で通知した上記拒絶の理由によって拒絶すべきものである。
したがって、本願出願のその余の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶を免れない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2007-07-25 
結審通知日 2007-07-31 
審決日 2007-08-14 
出願番号 特願2001-264453(P2001-264453)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (B41J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 後藤 時男  
特許庁審判長 酒井 進
特許庁審判官 尾崎 俊彦
名取 乾治
発明の名称 インクジェット記録ヘッド、及びインクジェット記録装置  
代理人 福田 浩志  
代理人 西元 勝一  
代理人 中島 淳  
代理人 加藤 和詳  

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