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この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
無効200480272 審決 特許
無効200480273 審決 特許
無効200580231 審決 特許
無効200480147 審決 特許
無効200580100 審決 特許

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審決分類 審判 審判種別コード:11 2項進歩性  B01D
審判 審判種別コード:11 (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降)  B01D
管理番号 1165223
審判番号 無効2002-35248  
総通号数 95 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2007-11-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2002-06-14 
確定日 2007-10-04 
事件の表示 上記当事者間の特許第1851891号「中空糸膜濾過装置」の特許無効審判事件についてされた平成15年 6月17日付けの審決に対し,東京高等裁判所において審決取消の判決(平成15年(行ケ)第331号 平成16年 7月21日判決言渡)があり,さらに審理してされた平成17年 9月 5日付けの審決に対し,知的財産高等裁判所において審決取消の判決(平成17年(行ケ)第10707号 平成18年 3月27日判決言渡)があったので,さらに審理のうえ,次のとおり審決する。 
結論 特許第1851891号の特許請求の範囲第1項に記載された発明についての特許を無効とする。 審判費用は,被請求人の負担とする。 
理由 I 手続の経緯

出願 昭和59年3月31日(特願昭59-62180号)
出願公告 平成5年9月10日
特許登録 平成6年6月21日(特許第1851891号)
第1次訂正審判 平成13年7月11日(訂正2001-39110号) 第1次訂正審決 平成13年8月30日(訂正認容)
審決確定登録 平成13年10月3日
無効審判 平成14年6月14日(無効2002-35248号) 無効審判請求書副本送付
平成14年7月8日(発送日)
答弁書 平成14年7月30日
第1次審決 平成15年6月17日

第1次審決取消訴訟 平成15年7月24日
第1次判決(審決取消)平成16年7月21日

審尋(請求人) 平成16年9月16日(発送日)
回答書 平成16年11月15日
審尋(被請求人)平成17年2月18日(発送日)
回答書 平成17年3月22日
第2次審決 平成17年9月5日

この間,第1次審決取消訴訟の提起後に第2次訂正審判が提起されており,その件の手続の経緯は次の通りである。

第2次訂正審判 平成15年12月2日(訂正2003-39256号) 第2次訂正審決 平成16年3月23日(訂正認容:発明の数は「2」) 審決確定登録 平成16年4月7日

第2次審決取消訴訟 平成17年9月27日
第2次判決(審決取消)平成18年3月27日

II 本件発明

本件特許請求の範囲第1項の発明(以下,「本件発明」という。)は,訂正2003-39256号により訂正された明細書の記載からみて,その特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものである。

「容器本体と,前記容器本体内に配設した仕切板と,前記容器本体の前記仕切板より下方位置の流入口に設けた液体供給管と,前記容器の上端部の流出口に設けた処理液排出管と,前記容器本体の下端部の流出口に設けた濃縮液排出管と,前記仕切板に固定された中空糸膜モジュールとから構成され,かつ濾過操作が中止されて逆洗操作が行われ濃縮液が排出されるようにした中空糸膜濾過装置において,前記中空糸膜モジュールは取水管と,前記取水管の周囲に配設された,液体中の分散固形物を捕捉する多数本の中空糸膜フィルタと,前記取水管と前記中空糸膜フィルタの両端を解放状態で接着固定した端部材とから構成され,前記液体中の分散固形物が分離されて前記中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の一部が上記中空糸膜フィルタの中空部の下端から取水管に流れるようにしたことを特徴とする中空糸膜濾過装置。」

III 当事者の主張及び証拠方法

1.請求人の主張の概要

請求人は,審判請求時に下記の甲第1ないし4号証を提出し,その後,参考資料1ないし7を提出し,その後,下記の甲第5ないし10号証を提出し,以下の理由により本件発明の特許は無効とされるべき旨主張している。
【無効理由1】
本件発明は,甲第2及び3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるので,本件発明の特許は,特許法第123条第1項第2号の規定により,無効とされるべきものである。
【無効理由2】
本件の平成13年10月3日に確定登録された訂正(以下,「本件訂正」という。)は,本件明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなされておらず,加えて特許請求の範囲の減縮,誤記の訂正又は明りようでない記載の釈明を目的とするものではないから,平成6年改正前の特許法第126条第1項ただし書の規定に違反してなされたものであり,本件特許は,同法第123条第1項第7号の規定により無効とされるべきものである。

甲第1号証:訂正2001-39110号特許審決公報(特許訂正明細書 を含む)
甲第2号証:特公昭53-35869号公報
甲第3号証:特開昭58-183916号公報
甲第4号証:特公平5-63207号公報(本件特許の公告公報)
甲第5号証:訂正2003- 39256号特許審決公報(特許訂正明細書 を含む)
甲第6号証:特開昭53-108882号公報
甲第7号証:本件特許の審査における平成4年7月31日付意見書
甲第8号証:本件特許の審査における平成4年7月31日付手続補正書
甲第9号証:「超精密ろ過の各種工業への応用」 日刊工業新聞社,化学 工場 特別増大号 膜分離利用技術ハンドブック,1983年4月1日発 行
甲第10号証:「最新の膜処理技術とその応用」株式会社フジ・テクノシ ステム,昭和59年8月1日発行,3?5頁

参考資料1:特開昭57-102202号公報
参考資料2:大矢晴彦編著「逆浸透法・限外ろ過法II応用 膜利用技術 ハンドブック」序論及び46?65頁
参考資料3:「化学工学便覧 改訂四版」928?939頁
参考資料4:「造水技術-水処理のすべて-」73?77頁
参考資料5:「逆浸透膜における取水管(両端開放)効果の計算検討例」 と題する書証
参考資料6:「医科器械学雑誌」44[12](1974),日本医科器 械学会,625?629頁
参考資料7:大矢晴彦監修「医薬品用純水製造技術の最近の進歩」,第2 ,18,166-167頁,エムアールシー・テクノ株式会社,平成4年 3月発行

2.被請求人の主張の概要

被請求人は,下記の乙第1,2号証を提出し,その後,乙第3ないし8号証を提出し,その後,乙第9,10号証を提出し,その後,乙第11号証を提出し,以下の理由により本件発明の特許は無効とされるべきものではない旨主張している。
【無効理由1】
本件発明は,甲第2及び3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものではなく,本件発明の特許は,特許法第123条第1項第2号の規定により無効とされるべきものではない。
【無効理由2】
本件訂正は,本件明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなされており,加えて,誤記の訂正を目的とするものであるから,平成6年改正前の特許法第126条第1項ただし書の規定に違反してなされたものでなく,本件特許は,同法第123条第1項第7号の規定により無効とされるべきものではない。

乙第1号証:和田洋六 著「水のリサイクル(応用編)」
乙第2号証:広辞苑 第4版 (第2236頁)
乙第3号証:大矢晴彦著「逆浸透法・限外ろ過法I理論」
乙第4号証:清水博 西村正人編集「最新の膜処理技術とその応用」
乙第5号証:用水廃水便覧編集委員会編「用水廃水便覧」改訂二版
乙第6号証:大矢晴彦編著「逆浸透法・限外ろ過法II応用 膜利用技術 ハンドブック」
乙第7号証:「化学工学便覧 改訂四版」
乙第8号証:特開昭57-102202号公報
乙第9号証:「JIS K3802「膜用語」-1995
乙第10号証:「Membrane separation proc edure」
乙第11号証:「ケミカルエンジニアリング 臨時増刊1」

IV 対比・判断

1. 【無効理由2】についての検討

【無効理由2】についての請求人の主張は無効審判請求書に記載されたとおりのものであるところ,請求人は,無効審判請求書第11頁11行?第12頁18行において,上記訂正の審決は,本件訂正事項のうち「両端に」を「両端を」とする部分については判断しているが,「接着固定された部分」を「接着固定した部分」とする部分については検討しておらず,本件訂正後の「端部材」は,「両端を解放状態で接着固定した端部材」と訂正されたため,「両端を接着固定するもの」,すなわち「両端を束ねて接着固定する接着剤や樹脂等の接着媒体」となり,「端部材」の技術的概念を「端部材21等の予め成形されている剛性部材」から,新たな別個の「接着媒体」に変更するものであって,誤記の訂正を目的とするものではない旨主張している。(なお,上記訂正箇所については,第2次訂正審判による訂正はなされていない。)
しかしながら,上記訂正審決においても述べられているように,「解放状態で接着固定」されるのは,取水管と中空糸膜フィルタでなければならないと云う技術常識に従えば,「両端に」を「両端を」と訂正する結果,「両端」と「端部材」との関係において、「接着固定された」は当然に「接着固定した」と訂正されるべきであることは明らかであり,これらは一体不可分の訂正と云うべきであって,しかも,訂正後の発明において,取水管と中空糸膜フィルタの両端を接着するものが,請求人主張の如く接着固化する時点において接着剤や樹脂等の接着媒体であったとしても,本件特許発明である「中空糸膜濾過装置」の構成としては,あくまで取水管と中空糸膜フィルタの両端が接着される部材としての「端部材」であり,本件訂正により「端部材」の技術的概念が変更されたとは云えない。

よって,この点についての請求人の主張は理由がないものである。

2. 【無効理由1】についての検討

(1) 本件発明と甲第3号証(以下,「引用例1(甲第3号証)」という。)記載の発明との対比

(あ)引用例1(甲第3号証)の記載事項

本件無効審判事件で請求人が提出した引用例1(甲第3号証)である特開昭58-183916号公報には以下の事項が記載されている。
(ア)「本発明は中空糸の上端部はシール固定され,下端部は各々の中空糸開口部が接着剤で封止され,・・・液体中の懸濁物をろ過する多孔質高分子膜からなる中空糸ろ過膜集束体を収納して保護し特に中空糸ろ過膜に付着した懸濁物を気体逆洗によって除去,洗浄するに際し有効な中空糸ろ過膜集束体の保護外筒に関する。」(第1頁左下欄16行?右下欄4行)
(イ)「膜の逆洗のための空気を通すことによってろ過膜収束体は,動揺して広がり,隣りのろ過膜収束体にからみつき,膜が破損する恐れがあるため,外筒内に収納して保護する方法がとられているものもあるが,いまだろ過膜収束体の保護外筒として好適なものは得られていない。」(第1頁右下欄18行?第2頁左上欄4行)
(ウ)「本発明に適用されるろ過装置は第1図に示すように,ろ過容器1にはろ過液帯部Aと原液帯部Bとに分ける仕切板2が設けられている。この仕切板には中空糸ろ過膜集束体4を収納した保護外筒3が取付けられている。懸濁物を含む原液は原液供給ライン5から原液帯部Bに導入される。その液は保護外筒3の内部に入り,懸濁物は,中空糸ろ過膜集束体4の膜によって阻止され,ろ過液は中空糸内を通り,ろ過液帯部Aに導かれろ過液ライン6からろ過容器1外に取り出される。」(第2頁右上欄19行?左下欄9行)(エ)「ろ過処理時間とともに膜の表面には多量の懸濁物が付着し,ろ過能力が低下する。そこで逆洗気体供給ライン7から中空糸ろ過膜集束体4の中空糸内に逆洗気体を圧入する。この逆洗用気体によって中空糸ろ過膜集束体4の膜表面から無数の気体が発生し付着した懸濁物を剥離し洗浄する。この逆洗用気体は逆洗気体出口ライン8からろ過容器1外に導出される。」(第2頁左下欄9?16行)

(い)引用発明1

記載(エ)及び第1図の記載からみて,逆洗気体供給ライン7から供給される逆洗気体は,中空糸ろ過膜集束体のすべての中空糸内に圧入されるものと認められるから,逆洗操作時においてはろ過操作は行われず中断されていることは明らかである。
したがって,記載(ア)ないし記載(エ),及び第1図の記載を総合すると,引用例1(甲第3号証)には,次のような発明(以下,「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。

「ろ過容器1と,ろ過容器1内に配設された仕切板2と,ろ過容器1の仕切板2より下方位置の原液帯部Bの流入口に設けた原液供給ライン5と,ろ過容器1のろ過液帯部Aの流出口に設けたろ過液ライン6と,ろ過容器1の下端部の流出口に設けたラインと,仕切板2に取付けられた保護外筒3に収納された中空糸ろ過膜集束体4とから構成され,
かつろ過操作が中止されて逆洗操作が行われ濃縮液が排出されるようにしたろ過装置において,
中空糸ろ過膜集束体4は,
液体中の懸濁物をろ過する多数本の中空糸状の多孔質高分子膜と,
中空糸の上端を解放状態で結束固定した接着剤と
から構成されたろ過装置。」

(う)本件発明と引用発明1との一致点

引用例1(甲第3号証)には,逆洗操作時に膜表面から剥離された懸濁物の排出手段について具体的な記載はないが,第1図のろ過容器1の下端部に図示されているラインの矢印が排出方向を示しており,該ラインに示される弁の開閉により,剥離した懸濁物を含む液をろ過容器から排出することができることは明らかである。
そして,引用例1(甲第3号証)における「ろ過容器1」,「仕切板2」,「原液供給ライン5」,「ろ過液ライン6」,「第1図に示されるろ過容器1の下端部のライン」,「中空糸ろ過膜集束体4」,「結束固定した接着剤」,「液体中の懸濁物を濾過する多数本の中空糸状の多孔質高分子膜」が,その機能に照らし本件発明における「容器本体」,「仕切板」,「流入口に設けた液体供給管」,「流出口に設けた処理液排出管」,「流出口に設けた濃縮液排出管」,「中空糸膜モジュール」,「接着固定した端部材」,「液体中の固形分散物を捕捉する多数本の中空糸膜フィルタ」にそれぞれ相当する。
したがって,本件発明と引用発明1とを対比すると,両者は,

「容器本体と,前記容器本体内に配設した仕切板と,前記容器本体の前記仕切板より下方位置の流入口に設けた液体供給管と,前記容器の上端部の流出口に設けた処理液排出管と,前記容器本体の下端部の流出口に設けた濃縮液排出管と,前記仕切板に固定された中空糸膜モジュールとから構成され,かつ濾過操作が中止されて逆洗操作が行われ濃縮液が排出されるようにした中空糸膜濾過装置において,
前記中空糸膜モジュールは,液体中の分散固形物を捕捉する多数本の中空糸膜フイルタと,前記中空糸膜フイルタの上端を解放状態で接着固定した端部材とから構成されたことを特徴とする中空糸膜濾過装置」

の点で一致する。

(え)本件発明と引用発明1との相違点

本件発明と引用発明1とを対比すると,両者は,以下の2点において相違する。

相違点1:本件発明においては,中空糸膜モジュールは取水管と,前記取水管の周囲に配設された,液体中の分散固形物を捕捉する多数本の中空糸膜フイルタと,前記取水管と前記液体中の分散固形物を捕捉する多数本の中空糸膜フイルタの両端を解放状態で接着固定した端部材とから構成され,前記中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の一部が上記中空糸膜フィルタの中空部の下端から取水管に流れるようにしているのに対して,引用発明1では,中空糸膜モジュールは取水管を有しておらず,その結果,取水管の周囲に液体中の分散固形物を捕捉する多数本の中空糸膜フイルタが配設されているという構成を開示しておらず,そして,液体中の分散固形物を捕捉する多数本の中空糸膜フイルタの上端のみを解放状態で接着固定した端部材とから構成され,また,液体中の分散固形物を捕捉する多数本の中空糸膜フイルタ内に浸透した処理液の全部が多数本の中空糸膜フイルタの中空部の上端に流れるようにしている点

相違点2:本件発明においては中空糸膜モジュールが仕切板に固定されているのに対して,引用発明1では中空糸膜モジュールが保護外筒に収納されて仕切板に固定されている点

(2)相違点についての検討

(2-1)本件発明及び引用発明1,2の濾過方法について

(あ)本件発明の濾過方法

(ア)特許法第29条第1項及び第2項所定の特許要件,すなわち,特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては,この発明を同条第1項各号所定の発明と対比する前提として,特許出願に係る発明の要旨が認定されなければならないところ,この要旨認定は,特段の事情のない限り,特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであり,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限つて,発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎないと解すべきである(最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁参照)。
これを本件についてみると,本件発明に係る特許請求の範囲の第1項の記載(平成16年3月23日付け訂正審決後のもの)は,

「容器本体と,前記容器本体内に配設した仕切板と,前記容器本体の前記仕切板より下方位置の流入口に設けた液体供給管と,前記容器の上端部の流出口に設けた処理液排出管と,前記容器本体の下端部の流出口に設けた濃縮液排出管と,前記仕切板に固定された中空糸膜モジュールとから構成され,かつ濾過操作が中止されて逆洗操作が行われ濃縮液が排出されるようにした中空糸膜濾過装置において,前記中空糸膜モジュールは取水管と,前記取水管の周囲に配設された,液体中の分散固形物を捕捉する多数本の中空糸膜フィルタと,前記取水管と前記中空糸膜フィルタの両端を解放状態で接着固定した端部材とから構成され,前記液体中の分散固形物が分離されて前記中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の一部が上記中空糸膜フィルタの中空部の下端から取水管に流れるようにしたことを特徴とする中空糸膜濾過装置。」

(訂正明細書の【特許請求の範囲】)というものであり,濾過方法を何ら特定する記載はない。
そうすると,本件特許の特許請求の範囲の記載に基づいては,本件発明の濾過方法を精密濾過法に限定することはできないから,進んで,上記最高裁判決のいう特段の事情の有無について検討する。

(イ)まず,精密濾過法,限外濾過法及び逆浸透法の用語についてみると,乙第1号証の「6.精密濾過」の項の62頁には,「通常の砂濾過装置では除去できない微細な懸濁物を除くには,精密濾過(MF:Micro Filtration)法が用いられ,0.1μから数十μの範囲の粒子を捕捉し,除去する。各種の濾過法と粒子径の関係を図6.1に示す。・・・MF法は,濾過エレメントに直接原水を通して濾過するスクリーン方式濾過であり(図6.2),砂濾過における吸着,沈殿濾過とは機構が異なる」との記載とともに,【図6.1】に精密濾過法,限外濾過法及び逆浸透法を含む各種の濾過法と粒子径の関係(同図によれば,対象とする粒子径は,精密濾過法(MF)が1000Å(0.1μm)?数十μm,限外濾過法(UF)が数十Å?数μm,逆浸透法(RO)が数Å?数百Åであることが読み取れ,各濾過法の対象とする粒子の径は重複する部分があるものの,その最大値及び最小値が上記記載の順に小さいものとなることが分かる。)が,【図6.2】に精密濾過法の濾過機構が,それぞれ図示されている。また,「8.RO膜分離(審決注:「逆浸透法」をいう。)」の項の82頁には,「水は透過させるが,水に溶解した溶質(イオンや分子)をほとんど透過させない性質を持つ半透膜をへだてて・・・塩水と淡水が接すると,淡水は塩水側へ移動して希釈しようとする・・・。これは自然現象であって,浸透作用(Osmosis)と呼ばれている。この希釈は,浸透圧と液面差の圧力が釣り合うまで続く。・・・逆浸透(Reverse Osmosis)とは,この関係とは逆に,塩水側に浸透圧以上の圧力を加えると・・・,塩水側から淡水側へ水だけが透過することをいう」と,同83頁には,「RO膜の不純物除去機構については,いろいろな説が発表されている。・・・水分子は水素結合によって膜の活性層にまず吸着し,水素結合の形成された部分を圧力勾配によって次々と拡散移動し,ついには膜の反対側に通り抜けることができる。それに対し,水素結合を生じない無機イオンや低分子有機物は膜面に吸着しないので,水の分子濾過作用にあづかることができないという説が一般的な考え方である」と,同84頁ないし85頁には,「RO膜の除去対象を考えるには,水素結合が重要な因子となる。水と同様に水素結合をするアルコール類,酢酸類,水素結合を破壊する尿素などは膜を通過する比率が高くなるから,必然的に除去率は低くなってくる」と記載されている。
上記記載によれば,1)精密濾過法は,精密濾過膜の有する孔より大きい粒子は孔を通過できず,精密濾過膜の孔より小さい粒子は孔を通過できることを利用して,濾過膜の孔より大きい粒子を除去する技術であって,その分離の対象は「濾過膜の有する孔より大きい分散固形物」と「濾過膜の有する孔より小さい分散固形物または水に溶解する溶質を含む水」であって,分離ができるかどうかが膜にあいている孔の大きさによって規定される「スクリーン方式濾過」であること,2)限外濾過法は,精密濾過法よりも濾過膜の孔が小さく,したがって,その分離の対象は,その限外濾過膜の有する孔の大きさに応じて,「濾過膜の有する孔より大きい分散固形物」と「濾過膜の有する孔より小さい水に溶解する溶質を含む水」であること,3)逆浸透法は,溶質と溶媒のうち溶媒たる水分子のみが膜に吸着され,膜の構成分子と水分子の相互作用のもとに圧力勾配により膜中を拡散していくことで溶質(イオンや分子)を分離する技術である,と認めることができる。
したがって,精密濾過法及び限外濾過法においては,膜の孔を分離の対象とする粒子が通過できるか否かにより分離を行うのに対し,逆浸透法においては,分子が膜に吸着され膜中を拡散することにより透過され,それができるか否かにより分離を行うものである点において,両者は粒子を分離するのに用いられる原理が相違するものと認められる。
他方,上記3種の濾過法が分離の対象とする粒子の径は,精密濾過法が1000Å(0.1μm)?数十μm,限外濾過法が数十Å?数μm,逆浸透法が数Å?数百Åであり,その最大値及び最小値が順に小さいものとなることは上記のとおりであるから,逆浸透法の膜においても,精密濾過法及び限外濾過法の対象とする粒子を事実上分離できることは明らかである。また,特開昭56-129084号公報には,「スラリ7はマイクロポーラス乃至逆浸透膜より選ばれた透過膜を装着した膜装置Cへ加圧下に送給される。・・・ここで懸濁物,高分子および低分子のCOD,BOD,色度塩分などが膜側に濃縮されて膜側濃縮液8として排出される」(5頁右上欄下2行目?左下欄4行目)と記載され,逆浸透膜によって「懸濁物」すなわち分散固形物を分離することが開示されている。
そうすると,精密濾過法及び限外濾過法と逆浸透法とは,粒子を分離するのに用いられる原理において相違するものの,逆浸透法の膜によっても分散固形物を分離することができるのであるから,本件発明を精密濾過法に関するものに限定することはできないというべきである。

(ウ)被請求人は,この点について,本件発明は「逆洗操作」を行う装置に関するものであり,他方,逆浸透法の装置(RO)は,通常は精密濾過法の装置(MF)や限外濾過法の装置(UF)のようには「逆洗」を行わないものであることを理由に,逆洗操作を行う装置に係る本件発明は,逆浸透法の装置に係るものではないと主張している。
確かに,本件発明は,特許請求の範囲第1項の「濾過操作が中止されて逆洗操作が行われ濃縮液が排出されるようにした中空糸膜濾過装置」との記載から,「逆洗操作」を行う中空糸膜濾過装置に関するものであると認められる。しかし,発明の要旨の認定は上記(2)(2-1)(あ)(ア)のとおり,特段の事情のない限り願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであるところ,本件発明は,「中空糸膜モジュール」以外のフィルタの存在を除外しておらず,また本件発明の「逆洗操作」が「中空糸膜モジュールの逆洗」であることを特定する記載はないから,逆浸透法の装置においては逆洗操作を行わないとしても,このことにより本件発明の特許請求の範囲の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるとまでいうことはできない。本件発明の濾過方法を特定するのであれば,端的にその旨を特許請求の範囲に記載すべきであり,濾過方法を何ら特定しない本件発明において,「濾過操作が中止されて逆洗操作が行われ濃縮液が排出されるようにした中空糸膜濾過装置」との記載を根拠にその濾過方法が逆浸透法を除外することになるとまでいうことはできず,被請求人の上記主張は採用することができない。
また,被請求人は,当業者は,分散固形物(懸濁物)の分離除去をするための「中空糸膜フィルタ」に逆浸透膜は含まれないと理解するとも主張する。しかし,特開昭56-129084号公報に逆浸透膜によって分散固形物(懸濁物)を分離することが開示されていることは上記のとおりであり,被請求人の上記主張も採用することができない。

(エ)以上検討したところによれば,本件発明において,特許請求の範囲の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは,一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情があると認めることはできず,したがって,本件発明が精密濾過法に関するものに限定されるとすることはできない。

(い)引用発明1の濾過方法

(ア)引用例1(甲第3号証)から引用発明1が認定できる。

(イ)そこで,被請求人が主張するように引用発明1が精密濾過法に限定されるものであるか否かについて検討する。
引用例1(甲第3号証)には,次の記載がある。
(i)「本発明は,・・・液体中の懸濁物を濾過する多孔質高分子膜からなる中空糸濾過膜集束体を収納して保護し特に中空糸濾過膜に付着した懸濁物を気体逆洗によって除去,洗浄するに際し有効な中空糸濾過膜集束体の保護外筒に関する。中空糸状の多孔質高分子膜は・・・限外濾過や逆浸透用の膜として工業的にも採用されている。」(1頁左下欄16行目?右下欄8行目)
(ii)「本発明に使用される濾過膜は,限外濾過などに使用されるもので・・・あって,その一端を封じ多数本束ねて濾過膜集束体としたものである。」(2頁右上欄3行目?8行目)
(iii)「本発明に適用される濾過装置は第1図に示すように,濾過容器1には濾過液帯部Aと原液帯部Bとに分ける仕切板2が設けられている。この仕切板には中空糸濾過膜集束体4を収納した保護外筒3が取付けられている。懸濁物を含む原液は原液供給ライン5から原液帯部Bに導入される。その液は保護外筒3の内部に入り,懸濁物は,中空糸濾過膜集束体4の膜によって阻止され,濾過液は中空糸内を通り,濾過液帯部Aに導かれ濾過液ライン6から濾過容器1外に取り出される。」(2頁右上欄19行目?左下欄9行目)
(iv)「濾過処理時間とともに膜の表面には多量の懸濁物が付着し,濾過能力が低下する。そこで逆洗気体供給ライン7から中空糸濾過膜集束体4の中空糸内に逆洗気体を圧入する。この逆洗用気体によって中空糸濾過膜集束体4の膜表面から無数の気泡が発生し付着した懸濁物を剥離し洗浄する。この逆洗用気体は逆洗気体出口ライン8から濾過容器1外に導出される。」(2頁左下欄9行目?16行目)
(v)「中空糸濾過膜集束体4の多数の中空糸の上端は接着剤で結束固定し・・・」(2頁左下欄17行目?19行目)

(ウ)引用例1(甲第3号証)の上記記載によれば,引用発明1は,液体中の懸濁物を濾過する多数本の中空糸状の多孔質高分子膜が液体中の分散固形物を分離するものである。しかし,濾過膜が液体中の分散固形物を分離するものであることを根拠として精密濾過法に関するものに限定されるということができないことは,上記(2)(2-1)(あ)に説示したとおりであるところ,引用例1(甲第3号証)には,濾過方法を精密濾過法に特定する記載はなく,かえって,「中空糸状の多孔質高分子膜は・・・限外濾過や逆浸透用の膜として工業的にも採用されている」(上記(i))が記載されているのであるから,当業者は,引用例1(甲第3号証)の上記記載から,その濾過方法は,精密濾過法に限定されるものではなく,限外濾過及び逆浸透法を含むものであると理解するものと認められる。
したがって,引用発明1の濾過方法は,本件発明と同様,濾過方法を特定するものではなく,精密濾過法のみならず,限外濾過法,逆浸透法を含むものであると認められ,被請求人が主張するように精密濾過法に関するものに限定されるということはできない。

(う)引用発明2の濾過方法

(ア)甲第2号証(以下,「引用例2(甲第2号証)」という。)である特公昭53-35869号公報には,下記の記載がある。

(i)「本発明は,有機性若しくは無機性物質を含有する流体の処理に利用される浸透膜を装備した浸透膜装置,特に浸透膜として半透性のフィラメントを利用したモジュールに関するものである。最近,逆浸透圧法による液体ろ過,例えば脱塩技術が各方面で注目されてきたが,それは従来のような蒸発法,冷凍法に比して低エネルギーで濃縮も脱塩もでき,しかもこの方法は相変化を伴なうこともなく脱塩,濃縮できるからである。」(1欄21行目?29行目)
(ii)「半透性中空フィラメント1を経糸または緯糸とし,これに交叉させて緯糸または経糸に非半透性の例えばポリエチレン製のフィラメント2を使用して形成させた織布の間にコルゲイト式のスペーサ3を挟んで,被処理液導入管4に連通された多数の分散孔5を有する分散管6を中心軸として,のり巻き状に巻き,さらにその表面をポリプロピレン等の織布7によって被覆し,こののり巻き状に巻いた織布中の半透性フィラメント1の両端をエポキシ樹脂等のチューブシート8によって集束し,それぞれ集水室9に連通させてある。また集水室9には流出管10が接続され,集水室9外壁には流路11が形成されている。」(3欄34行目?4欄3行目)
(iii)「被処理液は,加圧されつつ導入管4から分散管6内に送液され,多数の分散孔5からスペーサ3によって形成された間隙内に分散され渦巻状に流過して外端から噴出し,流路11を経て系外あるいはソケット12によって集水室9に連なる流出管10を接続して直列に連結された次のモジュールの導入管4を経て次のモジュールに送液される。この間,半透性フィラメント1の表面から圧力によって膜透過した透過液は,両端の集水室9内に集水され,連通管13を経て流出管10から系外へ取り出される。また隣接したモジュールの膜透過液もソケット12を経て同一流出管10を経て取り出される。」(4欄4行目?16行目)
(iv)「本発明における半透性(審決注:「半透明」は誤記と認める。)フィラメントとしては,中空糸,中空管の如き半透性フィラメントの他に棒状,線などの糸状,非中空フィラメントも使用することができ,・・・」(5欄13目?16行目)

(イ)上記(i)ないし(iv)の記載及び引用例2(甲第2号証)の第1図ないし第3図の図示によれば,引用例2(甲第2号証)には,「逆浸透中空糸膜モジュールは,半透性の多数本の中空糸フィラメント1と,中空糸フィラメント1の外側近傍(周囲)に配置された連通管13と,連通管13と半透性の中空糸フィラメント1の両端を解放状態で集束したチューブシート8とから構成され,前記中空糸フィラメント1内に浸透した処理液の一部が上記中空糸フィラメント1の中空部の一端から連通管13に流れること」(以下「引用発明2」という。)が記載されているものと認められる。
そうすると,引用発明2は,「逆浸透中空糸膜モジュール」に係るものであるから,逆浸透法に関するものであると認められる。

(2-2)本件発明と引用発明1との相違点1の容易想到性について

(あ)相違点1と引用発明2との構成の対比

(ア)引用発明2の内容は上記(2)(2-1)(う)のとおりであるところ,引用発明2の「連通管13」,「半透性中空フィラメント1」,「チューブシート8」,「浸透膜モジュール」は,本件発明の「取水管」,「中空糸膜フィルタ」,「端部材」,「中空糸膜モジュール」にそれぞれ相当すると認められるから,引用発明2には,相違点1に係る本件発明の構成のうち,「中空糸膜モジュール(=浸透膜モジュール)は取水管(=連通管13)と,前記取水管の周囲に配設された中空糸膜フイルタ(=半透性中空フィラメント1)と,前記取水管と前記中空糸膜フイルタの両端を解放状態で接着固定した端部材(=チューブシート8)とから構成され」ることが開示されている。また,引用発明2には,「前記中空糸フィラメント1内に浸透した処理液の一部が上記中空糸フィラメント1の中空部の一端から連通管13に流れること」が開示されているのであるから,相違点1のうち,「前記中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の一部」が,本件発明では「中空糸膜フィルタの中空部の下端から取水管に流れるようにしている」のに対して,引用発明2では「中空糸膜フィルタ(=半透性中空フィラメント1)の中空部の一端から取水管に流れるようにしている」点においてのみ,なお相違するものと認められる。

その理由は以下のとおりである。

(イ)引用発明2の「速通管13」と本件発明の「取水管」

引用例2(甲第2号証)の上記(2)(2-1)(う)(ア)の(i)ないし(iv)の記載及び第1図ないし第3図の図示によれば,引用発明2の「連通管13」は,「半透性フィラメント1の表面から圧力によって膜透過した透過液は,両端の集水室9内に集水され,連通管13を経て流出管10から系外へ取り出される」というもの,すなわち,「前記中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の一部」を流れるようにしたものであり,本件発明の「取水管」と同様の機能を果たすものである。そして,引用発明2の「連通管13」は,中空糸フィラメント1の外側近傍に配置されており,連通管13の全周囲のうち第2図中で上側の周囲と織布7との間に半透性中空フィラメント1が配置されているか否かは不明であるものの,第2図中で下側の周囲に半透性中空フィラメント1が配置されていることは明らかであるから,中空糸フィラメント1は,連通管13の周囲に配設されているものと認められる。したがって,引用発明2の「連通管13」は,本件発明の「取水管」に相当するものである。
本件発明において,中空糸膜フィルタは「取水管の周囲に配設された」とされているが,「取水管の全周囲に配設された」(下線付加)と限定しているわけではない。「周囲」とは,「ある物の外周。ぐるり。めぐり。まわり」(広辞苑第5版)を意味し,必ずしも「全周囲」を意味するものではない。本件発明は,中空糸膜フィルタの両端を解放状態で端部材に接着固定することにより,「従来のI型モジュールと比較して約2倍の透水量を得ることができる。また,中空糸膜モジュールを複数個直列接続しても中空糸膜フィルタの圧損の影響を受けることがないので,中空糸膜濾過装置を縦長構造にすることができる」(訂正明細書の[発明の効果]の項)との効果を奏するようにしたものであるところ,この効果を奏するためには,中空糸膜フィルタを取水管の近傍に配置すればよく,取水管の全周に配置する必要はないことにかんがみれば,引用発明2の「半透性中空フィラメント1」も「連通管13」の「周囲」に配設されているものと認められる。

(ウ)引用発明2の「半透性中空フィラメント1」と本件発明の「中空糸膜フィルタ」

引用発明2の「半透性中空フィラメント1」と本件発明の「中空糸膜フィルタ」とは,いずれも中空糸膜フィルタである点で共通するものであるから,上位概念である「中空糸膜フィルタ」である限りにおいて,引用発明2の「半透性中空フィラメント1」は,本件発明の「中空糸膜フィルタ」に相当するものである。

なお,引用発明2が逆浸透法に関するものであることは上記(2)(2-1)(う)のとおりであり,引用発明2の構成を逆浸透法以外の濾過に適用できるか否かの点については後述する。

(エ)引用発明2の「チューブシート8」と本件発明の「端部材」

引用発明2の「チューブシート8」は,「連通管13(=取水管)と半透性の中空糸フィラメント1(=中空糸膜フィルタ)の両端を解放状態で集束したもの」であり,他方,本件発明の「端部材」は,「前記取水管と前記中空糸膜フィルタの両端を解放状態で接着固定したもの」であるから,引用発明2の「チューブシート8」は,本件発明の「端部材」に相当するものである。

(オ)引用発明2の「浸透膜モジュール」と本件発明の「中空糸膜モジュール」

引用発明2の「浸透膜モジュール」は,「半透性の多数本の中空糸フィラメント1(=中空糸膜フィルタ)と,中空糸フィラメント1の外側近傍(=周囲)に配置された連通管13(=取水管)と,連通管13と半透性の中空糸フィラメント1の両端を解放状態で集束したチューブシート8(=端部材)とから構成され」るものであり,他方,本件発明の「中空糸膜モジュール」は,「取水管と,前記取水管の周囲に配設された,液体中の分散固形物を捕捉する多数本の中空糸膜フィルタと,前記取水管と前記中空糸膜フィルタの両端を解放状態で接着固定した端部材とから構成され」るものであるから,引用発明2の「浸透膜モジュール」は,本件発明の「中空糸膜モジュール」に相当するものである。

(い)以上検討したところによれば,本件発明と引用発明1との相違点1について,引用発明2を適用すれば,相違点1のうち「前記中空糸膜フィルタ内に浸透した処理液の一部」が,本件発明では「中空糸膜フィルタの中空部の下端から取水管に流れるようにしている」のに対して,引用発明2では「中空糸膜フィルタ(=半透性中空フィラメント1)の中空部の一端から取水管に流れるようにしている」点においてのみ相違するにすぎない。
そして,引用発明2の中空糸膜モジュールは,引用例2(甲第2号証)の第1図ないし第3図によれば横置きされているものであるところ,引用例1(甲第3号証)の第1図及び第2図に縦置きにされた中空糸膜モジュールが図示されていることからすれば,本件特許出願がなされた昭和59年3月31日当時,中空糸モジュールを縦置きするか横置きするかは,必要に応じ当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が適宜選択できる設計事項というべきであり,引用発明2を引用発明1の中空糸濾過膜集束体に適用して、その上端を仕切板に固定すれば,上記においてなお相違点とされる構成,すなわち,「中空糸膜フィルタの中空部の下端から取水管に流れるようにしている」との構成となるから,本件発明と引用発明1との相違点1は,引用発明2を引用発明1と組み合わせることによって当業者が容易に想到し得たものというべきである。

(2-3)被請求人は,本件発明及び引用発明1は,精密濾過法に係る発明であり,逆浸透法の装置に係る発明ではなく,他方,引用例2(甲第2号証)は,逆浸透圧法の技術分野に分類されるものであって,本件発明の技術的課題及び作用効果の開示,示唆がないから,これらに基づいて本件発明に想到することが容易であるとはいえないなどと主張する。
しかし,本件発明及び引用発明1が精密濾過法に関するものに限定されるとすることができないことは前述したとおりである。
そして,引用発明2は,逆浸透法に関するものであり,逆浸透法においては,半透膜を挟んで浸透圧(Δπ)が存在するため,浸透圧(Δπ)を超える操作圧力(Δp)を加えて,操作圧力と浸透圧の差(Δp-Δπ)を駆動力として分離が行われるものであるから,中空糸型の逆浸透法の濾過装置では,操作圧力と浸透圧の差(Δp-Δπ)から中空糸内の圧損を引いた圧力差を駆動力としていることは明らかである。そうすると,逆浸透法においては,透水量は,操作圧力と浸透圧との差(Δp-Δπ)にほぼ比例しているのであるから,圧力を推進力として溶液を分離する点において,精密濾過法と共通するものであるというべきである。
また,参考資料2の「半透膜を中空糸にすることにより次の特徴が生じる。(1) 逆浸透モジュールが非常にコンパクトにできる。・・・(2) しかし透過水側の圧力損失が大きい。半透膜を通り抜けた水は細い中空部を通って流れるため,透過水側の圧損は市販装置では数kg/cm2 の値になっていると推定される」(48頁13行目?19行目)との記載,及び下記ハーゲン・ポアズイユの式(ここで,ΔP:圧損,μ:粘性,u:流速,L:長さ,D:直径であるから,圧損は,長さ(L)に比例し,直径(D)の二乗に反比例する。)によれば,透過液が中空糸膜フィルタ内を流通することにより生じる圧損の問題は,本件特許出願がなされた昭和59年3月31日当時,当業者において普遍的ないし周知の課題であったと認められる。






加えて,1977年(昭和52年)に発表された「Optimal Design of Hollow Fiber Modules(中空ファイバモジュールの最適設計)」(AlChE Journal, vol. 23, No.5, 1977,p765-768。)に,中空糸状の逆浸透膜の中空部を流れる透過水の圧力損失は,ハーゲン・ポアズイユの修正流体法則(式(2),(3) )




によって説明することができ(765頁右欄16行目?18行目),膜透過係数A,溶媒粘性μ,ファイバ有効作用長さl又はシール長さlsが増加すると大きくなり,逆浸透膜モジュールの効率を抑制する要因として知られていたこと(766頁右欄25行目?29行目),逆浸透膜モジュールの効率を向上させるために圧損を少なくしなければならないこと(766頁右欄35行目?38行目)が記載されていることからすれば,本件特許出願がなされた昭和59年3月31日当時,中空糸状の逆浸透膜においても,中空部を流れる透過水の圧損を低減して透水量を増やすという技術課題は普遍的ないし周知のものであったと認められる。
精密濾過法及び限外濾過法と逆浸透法とは,粒子を分離するのに用いられる原理において相違することは,上記(2)(2-1)(あ)(イ)のとおりであるが,いずれの濾過方法も,圧力を推進力として溶液を分離する点において共通するものであり,かつ,圧損の問題は,本件特許出願当時,当業者において普遍的ないし周知の課題であったのであるから,この課題を解決するため,引用発明1の「中空糸膜モジュール」に,引用発明2に開示された「前記中空糸フィラメント1内に浸透した処理液の一部が上記中空糸フィラメント1の中空部の一端から連通管13に流れること」との技術的思想を適用する動機付けは存在するというべきである。

(2-4)被請求人は,引用例2(甲第2号証)のような逆浸透法の装置では,半透性フィラメントの両端を開口しても,透水量が増加するという作用効果が得られないのであるから,このような作用効果が示唆されているなどということはあり得ない,引用発明2の装置は,透水量が増加するという本件発明の作用効果を奏さないから,引用発明2の装置から,本件発明の効果を予測することは不可能である,などと主張する。
しかし,逆浸透法においても,透水量は,操作圧力と浸透圧との差(Δp-Δπ)にほぼ比例し,圧力を推進力として溶液を分離する点において精密濾過法や限外濾過法と共通するものであることは上記(2)(2-3)のとおりである。
また,本件発明において,廃液は,一定圧力で廃液供給管4から容器本体14内に流入し,中空糸膜フィルタ19の外側から内側に向けて浸透した水の一部は中空糸膜フィルタ19の中空部を下降して中空糸膜フィルタの中空部の下端に位置する空間部から取水管18を通って容器本体14の上部に流れ,他の一部は中空糸膜フィルタ19の中空部を上昇して容器本体14の上部に流れ,処理液排出管5から排出されるものである。他方,引用例2(甲第2号証)の上記(2)(2-1)(う)(ア)の(i)ないし(iv)の記載及び第1図ないし第3図の図示によれば,引用発明2において,被処理液は,加圧されつつ導入管4から分散管6内に送液され,分散管6の分散孔5からのり巻き状に巻いた半透性中空フィラメント1の内側から外側に向けて流れ,その外周から噴出するとともに,のり巻き状に巻いた半透性中空フィラメント1内において,各半透性中空フィラメント1の表面から圧力によって膜透過した透過液が両端の集水室9内に集水され,第2図中で左側の集水室9に集水された透過液は,第3図に矢印で図示されているように,当該集水室9に接続された流出管10から系外へ取り出され,第2図中で右側の集水室9に集水された透過液は,連通管13を経て前記流出管10から系外へ取り出されるものである。そうすると,本件発明と引用発明2とは,中空糸膜フィルタの外側又は内側から浸透した水が中空糸膜フィルタの中空部を2方向に分かれて流れ,一方の水は取水管を通り,他方の水は取水管を通らずに同じ部位に集水されて排出される点で,流体の流れ方に係る構成は同じであるから,当業者は,引用発明1に引用発明2を適用することにより本件発明と同様の効果が得られることを把握できるものと認められる。
被請求人は,引用例2(甲第2号証)のような逆浸透法の装置では,半透性フィラメントの両端を開口しても、透水量が増加するという作用効果が得られないのであるから,このような作用効果が示唆されているなどということはあり得ない,引用発明2の装置は,透水量が増加するという本件発明の作用効果を奏さないから,引用発明2の装置から,本件発明の効果を予測することは不可能であるなどと主張する。しかし,引用発明2が逆浸透法に関するものであっても,流体の流れ方に係る構成は本件発明と同じであり,当業者は引用発明2を適用することにより本件発明と同様の効果が得られることを把握できることは上記のとおりであり,被請求人の上記主張は採用することができない。

(2-5)引用発明1に引用発明2を適用することの非容易性の主張について

被請求人は,(あ)引用例2(甲第2号証)においては「半透性フィラメントと非半透性フィラメントを交互に交叉させて層状とする構成」が必須の構成であり,また,膜モジュールの中心に配置された分散管から被処理液を供給して中空フィラメントの間隙を通過させることを必須とするものであるから,当業者が引用例2からこれらの構成を除外した発明を認識することは容易ではない,(い)引用発明2の構成は,引用例2に記載された数多くの実施例のうちの1つの実施例のみに採用されているものにすぎず,あえてこの構成を抽出して,引用発明1に適用することは容易ではない,と主張する。
確かに引用例2(甲第2号証)には,特許請求の範囲として,「半透性フィラメントと非半透性フィラメントを交互に交叉させて層状とする構成」(1欄「特許請求の範囲」1)が記載され,実施例として,膜モジュールの中心に配置された分散管から被処理液を供給して中空フィラメントの間隙を通過させること(3欄33行目?4欄16行目,第2図,第10図)が記載されている。しかし,刊行物の記載中のいずれの部分を抽出して引用発明を認定するかは,審決において自由にすることができ,特許請求の範囲の記載や実施例の記載に限定されるわけではない。そして,引用例2(甲第2号証)の上記(2)(2-1)(う)(ア)の(i)ないし(iv)の記載及び第1図ないし第3図の図示から引用発明2を認定することができることは,上記(2)(2-1)(う)(イ)のとおりであり,被請求人の上記主張は採用することができない。

(2-6)被請求人主張の阻害事由について

(あ)阻害事由(i)について

被請求人は,引用発明2は,逆浸透法を利用するものであるため,引用発明2の浸透膜モジュールを引用例1記載の濾過装置に適用した場合には,半透性中空フィラメントの表面の原液側にイオン,分子が残され,局部的に高濃度に濃縮された濃度分極層と呼ばれる層が形成され,膜透過水流量が低下し,さらに,これが高じて駆動圧まで上昇する濾過ができなくなると主張する。
しかし,逆浸透法を利用するものを含む本件発明においても,濾過操作に伴って中空糸膜フィルタの表面に分散固形物が付着し,濾過差圧が上昇し,透水量は減少する点では同じであるが,この問題を解決するための格別の構成が採用されているわけではない。また,被請求人の上記主張は,引用発明1が全量濾過(デッドエンドフロー濾過)であることを前提としているものと解されるが,引用発明1が全量濾過のものに限定されるものではなく,平行流濾過(クロスフロー濾過)においては,被処理液が流れているため,「局部的に高濃度に濃縮された濃度分極層」が形成されないから,被請求人が指摘する問題は生じない。したがって,阻害事由(i)を認めることはできない。

(い)阻害事由(ii)について

被請求人は,引用発明2の半透性フィラメントと非半透性フィラメントを相互に交叉させて層状とする構成を採用することで,膜表面が減少して透水量が減少してしまうと主張する。しかし,引用発明2が「半透性フィラメントと非半透性フィラメントを交互に交叉させて層状とする構成」を必須とするものとは認められないことは,上記(2-5)のとおりであり,被請求人の阻害事由(ii)の主張は,その前提が誤りであって,採用することができない。

(う)阻害事由(iii)について

被請求人は,精密濾過法の装置では,膜の面上に捕捉した濾過堆積物が濾過効果を奏し,より清澄な濾液が得られるようになるため,膜表面の流れとして,膜表面を剪断する流速を小さくして,膜表面を撹拌しないような流れが要求されるが,引用発明2が前提とする堆積物を撹拌するような乱流あるいは堆積物を吹き飛ばすような高速流は,清澄な濾液を得られる効果を減じ,引用発明1のような全量濾過の精密濾過法の装置においては,不利益を生じさせるものであると主張する。
しかし,「超精密濾過の各種工業への応用」(「化学工場1983年4月号」74頁ないし81頁,志田憲一外著。甲第9号証)によれば,精密濾過法の装置は,全量濾過に限定されるものではなく,平行流濾過も適用可能であると認められるところ,平行流濾過においては,被請求人主張の不利益が生じると認めることはできない。したがって,阻害事由(iii)の主張は採用することはできない。

(え)阻害事由(iv)について

被請求人は,引用例2(甲第2号証)記載の膜モジュールは,集水室9がチューブシート8と一体となっていることから,引用例1(甲第3号証)に記載されているような圧力容器内に処理液室を仕切るための仕切板を必要としないものであり,仕切板による膜モジュールの支持固定は,処理液の流路断面の増加やデッドスペースの発生の原因となり不利益を生じさせると主張する。
しかし,「仕切板」は,本件発明と引用発明1との相違点1の構成ではないから,引用例2(甲第2号証)に「仕切板」が必要か否かは,相違点1の容易想到性の判断とは関係がない。したがって,被請求人の阻害事由(iv)の主張は,その前提が誤りであって,採用することができない。

(お)阻害事由(v),(vi)について

被請求人は,半透性フィラメントと非半透性フィラメントを相互に交叉させて層状とする構成を,引用発明1のような精密濾過法の装置に適用すると,緯糸である非半透性フィラメントが,経糸である半透性フィラメントを拘束するために動きにくくなり,半透性フィラメントの気体逆洗効率が落ちるという不利益が生じる(阻害事由(v)),逆洗によって膜表面から剥離された懸濁物が半透性フィラメントと非半透性フィラメントを相互に交叉した部分に堆積して排出されずに,逆洗効果が低下するなどのデメリットが生じる(阻害事由(vi)),と主張する。
しかし,引用発明2が「半透性フィラメントと非半透性フィラメントを交互に交叉させて層状とする構成」を必須とするものとは認められないことは,上記(2)(2-5)のとおりであり,被請求人の阻害事由(v),(vi)の主張は,その前提が誤りであって,採用することができない。

(か)以上のとおり,被請求人主張の阻害事由(i)ないし(vi)は,いずれも理由がない。

(2-7)本件発明と引用発明1との相違点2の容易想到性について

引用例1(甲第3号証)の記載(ア),(イ)に記載されているように,引用発明1における保護外筒は,逆洗時における中空糸膜の保護の必要性に応じて中空糸膜の外側に中空糸膜の保護のために設けられるものであるから,保護外筒を中空糸濾過膜集束体に設けない構成が採用されることは自明であり,本件特許出願がなされた昭和59年3月31日当時,保護外筒を中空糸濾過膜集束体に設けるかどうかは,逆洗時における中空糸膜の保護の必要性に応じて決定される設計的事項というべきであり,したがって,逆洗時における中空糸膜の保護の必要性を重視しない場合には,保護外筒を中空糸濾過膜集束体に設けないようにして,中空糸膜モジュールが仕切板に固定されるようにすることは,必要に応じ当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が適宜選択できる設計事項というべきであるから,本件発明と引用発明1との相違点2は,当業者が容易に想到し得たものというべきである。

(3)以上検討したところによれば,引用発明2には,本件発明と引用発明1との相違点1の構成中,処理液の一部が取水管に流れる中空糸膜フィルタの中空部の一端が「下端」であることを除きすべて開示され,「下端」であることは当業者が適宜選択できる設計事項にすぎず,また,引用発明1の「中空糸膜モジュール」に引用発明2に開示された技術的思想を適用する動機付けが存在し,かつ,引用発明1と引用発明2とを組み合わせることに阻害事由は認められないのであるから,本件発明と引用発明1との相違点1は容易に想到し得たものであり,また,引用発明1において保護外筒を中空糸濾過膜集束体に設けるようにすることは当業者が適宜選択できる設計事項にすぎないのであるから,本件発明と引用発明1との相違点2も容易に想到し得たものである。

V むすび

以上のとおりであるから,本件発明は,引用発明1及び引用発明2に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから,特許法第29条第2項に違反するものであり,本件発明に係る特許は同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきものである。
審判に関する費用については,特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により,被請求人が負担すべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2003-05-30 
結審通知日 2005-08-11 
審決日 2007-08-23 
出願番号 特願昭59-62180
審決分類 P 1 11・ 841- Z (B01D)
P 1 11・ 121- Z (B01D)
最終処分 成立  
前審関与審査官 野田 直人  
特許庁審判長 板橋 一隆
特許庁審判官 廣野 知子
斉藤 信人
増田 亮子
大黒 浩之
登録日 1994-06-21 
登録番号 特許第1851891号(P1851891)
発明の名称 中空糸膜濾過装置  
代理人 宮嶋 学  
代理人 吉武 賢次  
代理人 永井 浩之  
代理人 永島 孝明  
代理人 佐藤 政光  
代理人 伊藤 高英  

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