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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C23C
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 C23C
管理番号 1166575
審判番号 不服2005-9682  
総通号数 96 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2007-12-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2005-05-23 
確定日 2007-10-24 
事件の表示 特願2001-172095「シリンダバレル表面を形成する表面層、シリンダバレル表面に適した溶射粉末、及びシリンダバレル表面層を形成する方法」拒絶査定不服審判事件〔平成14年2月15日出願公開、特開2002-47550〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 I.手続の経緯
本願は、平成13年6月7日(パリ条約による優先権主張2000年6月14日、スイス)に出願されたものであって、平成17年2月16日付で拒絶査定がなされ、これに対し、平成17年5月23日に拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに、平成17年6月21日付で手続補正がなされたものである。

II.平成17年6月21日付の手続補正についての補正却下の決定

[補正却下の決定の結論]
平成17年6月21日付の手続補正を却下する。

[理由]
1.補正後の本願発明
本件補正は、補正前の請求項1?20を、請求項1?5にする補正を含むものであって、補正後の請求項1、3は、次のとおりのものである。
「【請求項1】 燃焼エンジンシリンダブロックのシリンダバレル表面を形成するのに適し、残留表面物質の単一相、及び複数相からそれぞれ分離された成分の分離相を含む表面層であって、形成すべき前記表面層の総ての成分を含有する溶射粉末を含有する鉄をプラズマ溶射することにより前記表面層が形成され、
前記表面層は、クロム:0.1重量%-3.0重量%、マンガン:0.3重量%-1.5重量%、硫黄:0.05重量%-0.3重量%、炭素:0.8重量%-1.2重量%、及び、鉄:残部、なる組成を有し、
燃焼エンジンシリンダブロックのシリンダバレル表面形成に適した表面層。
【請求項3】 前記表面層は、エンジンブロックのシリンダボア中に挿入されるべき又は既に挿入されているシリンダスリーブ手段に塗布されることを特徴とする、請求項1に記載の燃焼エンジンシリンダブロックのシリンダバレル表面形成に適した表面層。」

ここで、補正後の請求項3の引用形式を独立形式に書き直すと、次のとおりとなる。
「【請求項3】 燃焼エンジンシリンダブロックのシリンダバレル表面を形成するのに適し、残留表面物質の単一相、及び複数相からそれぞれ分離された成分の分離相を含む表面層であって、形成すべき前記表面層の総ての成分を含有する溶射粉末を含有する鉄をプラズマ溶射することにより前記表面層が形成され、
前記表面層は、クロム:0.1重量%-3.0重量%、マンガン:0.3重量%-1.5重量%、硫黄:0.05重量%-0.3重量%、炭素:0.8重量%-1.2重量%、及び、鉄:残部、なる組成を有し、
かつ、前記表面層は、エンジンブロックのシリンダボア中に挿入されるべき又は既に挿入されているシリンダスリーブ手段に塗布されることを特徴とする、燃焼エンジンシリンダブロックのシリンダバレル表面形成に適した表面層。」(以下、「本願補正発明3」という。)

そして、補正後の請求項3は、補正前の請求項1を引用する請求項4に対応するものであるが、補正後の請求項1が補正前の請求項2に特定する事項により限定されたことに伴い、結果として補正後の請求項3は限定されたものとなった。即ち、補正前の請求項1を引用する請求項4において、「表面層は、クロム:0.1重量%-18.0重量%、マンガン:0.1重量%-6.0重量%、硫黄:0.01重量%-0.5重量%、炭素:0.1重量%-1.2重量%、及び、鉄:残部、なる組成を有し」を、「表面層は、クロム:0.1重量%-3.0重量%、マンガン:0.3重量%-1.5重量%、硫黄:0.05重量%-0.3重量%、炭素:0.8重量%-1.2重量%、及び、鉄:残部、なる組成を有し」と補正するものであって、表面層の組成をさらに限定するものであるから、特許法第17条の2第4項第2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的としたものに該当する。

次に、本願補正発明3が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否か、すなわち特許法第17条の2第5項で準用する同法第126条第5項の規定に適合するか否かについて、以下検討する。

2.引用刊行物とその記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された本願の優先権主張日前頒布された刊行物である特開平7-243528号公報(以下、「引用例1」という。)には、次の事項が記載されている。
(1)引用例1:特開平7-243528号公報
(1a)「【請求項1】 互いに摺動する第1部材と第2部材からなる摺動部材の組合せであって、第1部材が窒化クロム皮膜または窒化チタン皮膜を摺動面に有し、前記第2部材が溶射皮膜を摺動面に有し、前記溶射皮膜が重量%でC0.25?2.2%、Cr,Mo,W,Vの一種または二種以上を0.6?13.0%含む鋼からなり、硬度がHV330?750であることを特徴とする摺動部材の組合せ。
【請求項8】 前記第1部材がピストンリングであり、第2部材がシリンダライナであることを特徴とする請求項1・・・に記載の摺動部材の組合せ。」(特許請求の範囲の請求項1、8)
(1b)「【産業上の利用分野】本発明は、摺動部材の組合せに関し、例えば内燃機関のピストンリングとシリンダライナの組合せに適用して有効である。」(【0001】)
(1c)「【実施例】以下、本発明の効果を確認した往復動摩耗試験について説明する。表1と表2は第2部材の溶射材料(鋼)の組成を示し、・・・」(【0019】)と記載され、表1には、第2部材の溶射材料の組成(重量%)として、実施例1?14がC:0.25?2.2、Cr,Mo,W,Vの一種または二種以上を0.6?13.0%含む鋼の組成が示されており、実施例2、3には、C:1.0、Si:0.20、Mn:0.30、Cr:1.5、Fe:残の組成のものを用いたこと(【0020】)、
表2には、第2部材の溶射材料の組成(重量%)として、比較例1?13が示され、比較例10?13にはC:0.55?1.0、Cr,Mo,W,Vの一種または二種以上を9.0?13.0%含む鋼の組成が示されている。
(1d)「シリンダライナ1は母材が炭素鋼やアルミニウム合金等で、例えば炭素鋼からなり、内周面には例えば上記摩耗試験で示した実施例1?14のいずれかに記載の鋼からなる溶射皮膜6が形成されている。・・・」(【0044】)
(1e)「なお、溶射皮膜はHVOF溶射によって形成するに限らず、プラズマ溶射やアーク溶射等によって形成してもよい。」(【0048】)と記載されている。

3.当審の判断
3-1.引用例1に記載の発明
引用例1には、摘記事項(1a)によれば、重量でCを0.25?2.2%、Crを0.6?13%含む鋼からなる溶射皮膜を摺動面に有するシリンダライナが記載され、また、摘記事項(1e)によれば、溶射皮膜は、プラズマ溶射により形成してもよいことが記載されている。
また、摘記事項(1b)によれば、内燃機関のピストンリングとシリンダライナの組合せに適用して有効であることが記載されているから、該シリンダライナは、燃焼エンジンシリンダブロックのシリンダライナに外ならない。
さらに、摘記事項(1c)によれば、実施例2、3で用いられた溶射皮膜を形成するための溶射材料の組成は、C:1.0重量%、Mn:0.30重量%、Cr:1.5重量%含む鋼であることが記載されている。
また、摘記事項(1d)によれば、シリンダライナ1は母材が炭素鋼からなり、内周面には例えば上記摩耗試験で示した実施例1?14のいずれかに記載の鋼からなる溶射皮膜6が形成されているとしており、通常、形成すべき溶射皮膜の総ての成分を含有する溶射粉末を含有する溶射材料を溶射することが周知の事項であることを勘案すると、実施例2、3で形成される溶射皮膜は、C:1.0重量%、Mn:0.30重量%、Cr:1.5重量%含む鋼からなり、シリンダライナの表面層が塗布されることが理解できる。

そこで、引用例1の摘記事項(1a)?(1e)の記載を総合すれば、引用例1には、「燃焼エンジンシリンダブロックのシリンダライナ表面を形成するのに適した表面層であって、形成すべき前記表面層の総ての成分を含有する溶射粉末を含有する鋼をプラズマ溶射することにより前記表面層が形成され、前記表面層は、クロム:1.5重量%、マンガン:0.30重量%、炭素:1.0重量%含む鋼からなり、かつ、前記表面層は、エンジンブロックのシリンダライナに塗布される、燃焼エンジンシリンダブロックのシリンダライナ表面形成に適した表面層。」(以下、「引用例1発明」という。)が記載されているといえる。

3-2.対比・判断
本願補正発明3と引用例1発明とを対比すると、引用例1発明の「シリンダライナ」は、本願補正発明3の「シリンダスリーブ」に相当し、引用例1発明の「燃焼エンジンシリンダブロックのシリンダライナ表面」は、本願補正発明3の「燃焼エンジンシリンダブロックのシリンダバレル表面」であるともいえ、又引用例1発明の「シリンダライナ表面形成に適した表面層」は、本願補正発明3の「シリンダバレル表面形成に適した表面層」に相当しているといえる。
そして、引用例1発明の「表面層」は、燃焼エンジンシリンダブロックのシリンダライナ表面形成に適した表面層であるから、通常、エンジンブロックのシリンダボア中に挿入されるべき又は既に挿入されているシリンダスリーブ手段のいずれかであることも明らかであり、更に、表面層の組成においても両者は重複している。
そうすると、両者は、
「燃焼エンジンシリンダブロックのシリンダバレル表面を形成するのに適した表面層であって、形成すべき前記表面層の総ての成分を含有する溶射粉末を含有する鉄をプラズマ溶射することにより前記表面層が形成され、前記表面層は、クロム:1.5重量%、マンガン:0.3重量%、炭素:1.0重量%、及び、鉄:残部、なる組成を有し、かつ、前記表面層は、エンジンブロックのシリンダボア中に挿入されるべき又は既に挿入されているシリンダスリーブ手段に塗布される、燃焼エンジンシリンダブロックのシリンダバレル表面形成に適した表面層。」で一致し、次の点で相違する。

相違点:
(イ)表面層について、本願補正発明3は、「残留表面物質の単一相、及び複数相からそれぞれ分離された成分の分離相を含」み、組成に「硫黄:0.05重量%-0.3重量%」を含むのに対し、引用例1発明は、この点が記載されていない点。

次に、上記相違点(イ)について検討する。
引用例1には、第2部材の溶射皮膜あるいは溶射材料に硫黄を含有することは記載されていないのであるが、鋼には硫黄が不可避不純物として含まれており、この不純物である硫黄は、マンガンによりMnSとして固定されることが周知であることは、例えば、次のとおりである。

周知例1:特開平8-141609号公報
【0014】には、「Mnは、脱酸作用とともに不純物であるSをMnSとして固定するために必要な元素である。」と記載されている。

周知例2:特開2000-63996号公報
【0010】には、「Mn:5重量%以下 ・・・鋼中の有害なSをMnSとして固定する作用を呈する。」と記載されている。

周知例3:特開平11-222663号公報
【0030】には、「他方、本発明で使用する硬質皮膜としての高炭素鋼ないし・・・のより好ましい化学成分組成(重量%)の限定理由は次のごとくである。」、【0034】には、「S:・・・SはMnと結合してMnSを形成し、被削性を向上させるのに有用な元素であり、・・・」と記載されている。

そうすると、引用例1発明において、表面層、及び溶射粉末を含有する鉄(溶射材料)は、硫黄を不可避不純物量含有し、表面層には、当該不純物であるSがMnによりMnSとして固定されていることが理解できる。
さらに、溶射により形成されたシリンダバレルの表面層に、仕上げのための切削加工等の機械加工を施すことは当業者が当然なすべき常套手段といえるところ、MnSは鋼の被削性を向上させる成分であって、被削性向上のための好ましい硫黄の含有量は0.03?0.5重量%であることは、例えば、次のとおり周知である。

周知例2:特開2000-63996号公報
「C・・・Si・・・Mn:5重量%以下、S:0.3重量%以下、Cr・・・Ni・・・Cu・・・を含み、残部が実質的にFeの組成をもち・・・被削性及び抗菌性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼。」(特許請求の範囲の請求項1)
「S:0.3重量%以下 被削性の改善に有効なMnSを形成する元素であるが、S含有量が0.3重量%を越えると熱間加工性及び延性が著しく低下する。」(【0011】)と記載されている。

周知例4:特開平7-113143号公報
「【請求項2】重量比率にて、C・・・Si・・・Mn:0.09?5.0%、P・・・S:0.03?0.50%、Cr・・・Ni及びN・・・を含み、残部不可避不純物とFeからなることを特徴とするオーステナイト系耐熱鋳鋼。」(【請求項2】)
「被削性には、MnとSとが結合して鋳鉄中に存在するMnS化合物が関与する。すなわち、鋳鉄中にMnS化合物が存在すると被削性が向上し、また鋳鉄中に存在するMnS化合物の量が多いほど、被削性が向上する。・・・Sの添加量を0.03%未満にするとMnと結合してMnSとして析出することがほとんどないため被削性向上の効果が充分でなく、一方0.5%超過にすると、加熱、冷却の繰り返しによる熱劣化が発生しやすくなり、更に靱性も低下する。したがって、Sの添加量は0.03?0.5%とした。」(【0016】)と記載されている。

そうすると、引用例1発明においても、溶射により形成されたシリンダバレルの表面層に、仕上げのための切削加工等の機械加工を施すことは当業者が当然なすべき常套手段であるから、切削等の機械加工性をより向上させるために、溶射粉末を含有する鉄(溶射材料)に硫黄を0.05?0.3重量%含有させることにより、表面層が硫黄を0.05?0.3重量%含有するようにして、表面層に被削性の向上に寄与するMnSを好ましい量で生成させることは、当業者が容易に想到し得ることである。

そして、本願明細書の【0009】には「前記表面層は、前記残留表面物質の単一相、及び複数相からそれぞれ分離された成分の分離相を含む。前記表面層は、形成されるべき前記表面層の総ての成分を含有する溶射粉末を含有する鉄をプラズマ溶射することにより形成される。」とし、「【0011】組成の大部分を占める鉄に加えて、前記塗布粉末の好ましいさらなる成分は、クロム、マンガン、硫黄、及び炭素である。・・・【0012】前記の添加物は、プラズマ溶射を施した前記表面層を冷却すると、前記分離相を形成する。」という記載によれば、本願補正発明3においては、「形成すべき表面層の総ての成分を含有する溶射粉末を含有する鉄」、すなわち、「クロム:0.1重量%-3.0重量%、マンガン:0.3重量%-1.5重量%、硫黄:0.05重量%-0.3重量%、炭素:0.8重量%-1.2重量%、及び、鉄:残部、なる組成」の溶射粉末を含有する鉄をプラズマ溶射することにより、相違点(イ)の分離相を含む表面層が得られることが理解できる。
そうであれば、前示のように、引用例1発明において、溶射粉末を含有する鉄(溶射材料)、及び表面層の組成を、硫黄を0.05?0.3重量%含有するものとして、「クロム:1.5重量%、マンガン:0.3重量%、硫黄:0.05重量%-0.3重量%、炭素:1.0重量%、及び、鉄:残部、なる組成」とする場合には、表面層は、本願補正発明3の相違点(イ)の分離相を含むことは明らかである。
してみると、引用例1発明において、本願補正発明3の相違点(イ)に係る特定事項を備えたものとすることは、上記周知の事項から当業者が適宜なし得ることである。

そして、本願補正発明3の奏する効果も、引用例1の記載、及び上記周知の事項から予測することができる程度のものであって、格別顕著であるとは認められない。

したがって、本願補正発明3は、引用例1に記載された発明、及び上記周知の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

審判請求人は、審判請求書の平成17年7月8日付の手続補正書において、「表面層の組成成分を上述したような組成及び範囲、特に硫黄(S)を・・・比較的多量に含有させることにより、・・・前記表面層は前記MnSの高潤滑性に基づいて、本願発明の目的である高い耐摩耗性性と低摩擦係数とを有するようになります。」(3頁2?6行)、「(d)また、上記表面層の硫黄以外のその他の成分組成については、耐摩耗特性改善のためのMnS分離相形成のための硫黄含有量を決定した後、前記表面層が基本的にはステンレス鋼として機能することを前提に、上述した分離相が形成されるようにして決定したものであります。・・・換言すれば、本願発明の表面層における組成成分の技術的意義は、その硫黄の含有量に集約されるものであり、その他の成分の技術的意義は、汎用のステンレス鋼から前記硫黄含有量を設定するために必然的に採用(決定)されたものであるということができます。」(3頁下から4?下から16行)とし、表面層の摩耗状態を調べた結果を表1に示している。
しかし、表面層のMnSによる作用効果ないし表1については、本願明細書に何ら記載されていないことであり、また、表面層における組成成分の技術的意義は、その硫黄の含有量に集約されるものであり、その他の成分の技術的意義は、汎用のステンレス鋼から前記硫黄含有量を設定するために必然的に採用(決定)されたものであるとしているとおり、引用例1発明においても、硫黄を限定することで、他の組成は必然的に採用されたものに過ぎないものと考えられる。そして、表面層における組成成分の技術的意義は、その硫黄の含有量にあるとしても、上記のとおり、表面層における成分において硫黄の含有量を限定し、その表面層における成分組成を特定することが、当業者ならば容易に想到し得たものであるから、上記判断を覆す必要性はないものである。

4.むすび
以上のとおりであるから、本願補正発明3は、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
したがって、本件補正は、特許法第17条の2第5項で準用する同法第126条第5項の規定に違反するものであるから、特許法第159条第1項の規定によって読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

III.本願発明について
1.本願発明
平成17年6月21日付の手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?20に係る発明は、平成17年1月6日付手続補正書により補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1?20に記載された事項により特定されるものと認められるところ、そのうち本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)、請求項4に係る発明(以下、「本願発明4」という。)は、次のとおりである。
「【請求項1】 燃焼エンジンシリンダブロックのシリンダバレル表面を形成するのに適し、残留表面物質の単一相、及び複数相からそれぞれ分離された成分の分離相を含む表面層であって、形成すべき前記表面層の総ての成分を含有する溶射粉末を含有する鉄をプラズマ溶射することにより前記表面層が形成され、
前記表面層は、クロム:0.1重量%-18.0重量%、マンガン:0.1重量%-6.0重量%、硫黄:0.01重量%-0.5重量%、炭素:0.1重量%-1.2重量%、及び、鉄:残部、なる組成を有し、燃焼エンジンシリンダブロックのシリンダバレル表面形成に適した表面層。
【請求項4】 前記表面層は、エンジンブロックのシリンダボア中に挿入されるべき又は既に挿入されているシリンダスリーブ手段に塗布されることを特徴とする、請求項1に記載の燃焼エンジンシリンダブロックのシリンダバレル表面形成に適した表面層。」

2.引用刊行物とその記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された引用例1とその主な記載事項は、前記「II.2.」に記載したとおりである。
さらに、原査定の拒絶の理由に引用された本願の優先権主張日前頒布された刊行物である特公昭40-14731号(以下、「引用例2」という。)には、次の事項が記載されている。

(2)引用例2: 特公昭40-14731号
(2a)「1 アルミニウムシリンダーを鋳造する金型に使用する中子の外表面に(「外表面の」は、「外表面に」の誤記と認める。)金属溶射によつて耐熱性、耐摩耗性を有する金属または合金の被膜を形成し、このような中子を装置した金型中にアルミニウム溶湯を鋳込み中子と接触するシリンダーの内表面に前記耐熱性、耐摩耗性金属被膜を転写してアルミニウムと同一体に融合合体化させ滑り面その他のシリンダーの内表面の硬度を増し耐熱耐摩耗性とすることを特徴とするアルミニウムシリンダーの内表面処理法。」(特許請求の範囲第1項)
(2b)「本発明は内燃機関特に自動車用のアルミニウムシリンダーの内表面の耐熱性、耐摩耗性、耐食性を増すための硬化処理法に関するものである。」(1頁左欄1?3行)
(2c)「本発明はライニング材料をけい砂素のシエルモールド用合成樹脂鋳物砂で製作した中子の外表面に・・・薄肉に被着することによつてライニング材料を鋳造アルミニウムシリンダーの内面に鋳ぐるみ一体とすることによつてシリンダー内面に耐熱耐摩耗性材料の薄膜を被着し・・・たものである。表面硬化に用いる耐熱性耐摩耗性金属材料として使用できる金属または合金の一例をあげると次のようである。」(1頁右欄27?36行)
(2d)表面硬化に用いる耐熱性耐摩耗性金属材料を示した表には、試料No.1のクロム鋼の化学成分(%)は、C:0.32、Mn:0.50、S:<0.02、Cr:13.5、Fe:85.14であることが記載されている。(1頁)

3.当審の判断
3-1.引用例1を主引例として
本願発明4を特定するために必要な事項を全て含み、さらに具体的に限定したものに相当する本願補正発明3は、前記「II.3.」に記載したとおり、引用例1に記載された発明、及び上記周知の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明4も同様な理由で、引用例1に記載された発明、及び上記周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

3-2.引用例2を主引例として
(イ)引用例2に記載の発明
引用例2には、摘記事項(2a)によれば、アルミニウムシリンダーを鋳造する金型に使用する中子の外表面に金属溶射によつて金属被膜を形成し、このような中子を装置した金型中にアルミニウム溶湯を鋳込み、中子と接触するシリンダーの内表面に前記金属被膜を転写してアルミニウムと同一体に融合合体化させたアルミニウムシリンダーの内表面処理法が記載されているから、引用例2には、アルミニウムシリンダーの内表面に転写により合体化された、溶射による金属被膜も記載されているといえる。そして、この溶射による金属被膜は、アルミニウムシリンダーの内表面を形成する表面層であることが理解できる。
また、摘記事項(2b)によれば、内燃機関特に自動車用のアルミニウムシリンダーの内表面の硬化処理法に関すると記載されているから、燃焼エンジンシリンダブロックのシリンダバレル表面処理法であるといえる。
また、摘記事項(2c)、(2d)によれば、溶射による金属被膜(表面層)の材料として、C:0.32重量%、Mn:0.50重量%、S:<0.02重量%、Cr:13.5重量%を含む鋼のものが用いられることが記載され、形成すべき溶射による金属被膜の総べての成分を含有する溶射粉末を含有する材料を溶射することが周知の事項であることを勘案すると、上記組成は、溶射による金属被膜(表面層)と、溶射粉末を含有する材料(溶射材料)に共通であることも理解できる。
そこで、引用例2の摘記事項(2a)?(2d)の記載を総合すれば、引用例2には、「燃焼エンジンシリンダブロックのアルミニウムシリンダー内表面を形成するのに適した表面層であって、形成すべき前記表面層の総ての成分を含有する溶射粉末を含有する鉄を溶射することにより前記表面層が形成され、前記表面層は、クロム:13.5重量%、マンガン:0.50重量%、硫黄:<0.02重量%、炭素:0.32重量%を含む鋼なる組成を有する、燃焼エンジンシリンダブロックのアルミニウムシリンダー内表面処理法。」(以下、「引用例2発明」という。)が記載されているといえる。

(ロ)対比・判断
本願発明1と引用例2発明とを対比すると、引用例2発明の「燃焼エンジンシリンダブロックのアルミニウムシリンダー内表面を形成するのに適した表面層」は、本願発明1の「燃焼エンジンシリンダブロックのシリンダバレル表面形成に適した表面層」であるともいえるから、
両者は、「燃焼エンジンシリンダブロックのシリンダバレル表面を形成するのに適した表面層であって、形成すべき前記表面層の総ての成分を含有する溶射粉末を含有する鉄を溶射することにより前記表面層が形成され、前記表面層は、クロム:13.5重量%、マンガン:0.5重量%、硫黄:0.01重量%-0.02重量%未満、炭素:0.32重量%、及び、鉄:残部、なる組成を有し、燃焼エンジンシリンダブロックのシリンダバレル表面形成に適した表面層。」で一致し、次の点で相違する。

相違点:
(a)表面層について、本願発明1は、「残留表面物質の単一相、及び複数相からそれぞれ分離された成分の分離相を含む」のに対し、引用例2発明は、この点が記載されていない点。
(b)表面層の形成について、本願発明1は、プラズマ溶射することとしているのに対し、引用例2発明は、溶射するものの、プラズマ溶射とは記載されていない点。

上記相違点(a)、(b)について、まず相違点(b)から検討する。
相違点(b)について
プラズマ溶射は、引用例1の摘記事項(1e)にも記載されるように溶射手段として周知であるから、引用例2発明の溶射をプラズマ溶射とすることに、格別な創意工夫を要するとはいえない。

相違点(a)について
本願明細書の【0009】には「前記表面層は、前記残留表面物質の単一相、及び複数相からそれぞれ分離された成分の分離相を含む。前記表面層は、形成されるべき前記表面層の総ての成分を含有する溶射粉末を含有する鉄をプラズマ溶射することにより形成される。」とし、【0011】及び【0012】の記載によれば(上記「II.3.3-2.」参照)「前記の添加物は、プラズマ溶射を施した前記表面層を冷却すると、前記分離相を形成する」のであるから、本願発明1においては、「クロム:0.1重量%-18.0重量%、マンガン:0.1重量%-6.0重量%、硫黄:0.01重量%-0.5重量%、炭素:0.1重量%-1.2重量%、及び、鉄:残部、なる組成」の溶射粉末を含有する鉄をプラズマ溶射することにより、相違点(a)の分離相を含む表面層が得られることが理解できる。
そうであれば、上記「相違点(b)について」で述べたとおり、引用例2発明の溶射をプラズマ溶射とする点は当業者が容易に想到し得るものであるから、溶射粉末を有する鉄として、「クロム:13.5重量%、マンガン:0.5重量%、硫黄:0.01重量%-0.02重量%未満、炭素:0.32重量%、及び、鉄:残部、なる組成」のものをプラズマ溶射すれば引用例2発明においても、表面層は、本願発明1の相違点(a)の分離相を含むことは明らかである。
してみると、上記相違点(a)は当業者が容易に想到し得るものである。

そして、本願発明1の奏する効果も、引用例1、2の記載、及び上記周知の事項から予測することができる程度のものであって、格別顕著であるとは認められない。

したがって、本願発明1は、引用例1、2に記載された発明、及び上記周知の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

4.むすび
以上のとおり、本願発明4は、引用例1に記載された発明、及び上記周知の事項に基いて、又本願発明1は、引用例1、2に記載された発明、及び上記周知の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の記載により特許を受けることができないから、その余の発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2007-05-22 
結審通知日 2007-05-29 
審決日 2007-06-12 
出願番号 特願2001-172095(P2001-172095)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C23C)
P 1 8・ 575- Z (C23C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 木村 孔一松本 要  
特許庁審判長 城所 宏
特許庁審判官 小川 武
前田 仁志
発明の名称 シリンダバレル表面を形成する表面層、シリンダバレル表面に適した溶射粉末、及びシリンダバレル表面層を形成する方法  
代理人 徳永 博  
代理人 冨田 和幸  
代理人 高見 和明  
代理人 藤谷 史朗  
代理人 来間 清志  
代理人 杉村 興作  
代理人 岩佐 義幸  

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