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審判番号(事件番号) データベース 権利
無効200680038 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  C09J
管理番号 1167902
審判番号 無効2005-80065  
総通号数 97 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-01-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2005-03-01 
確定日 2007-11-16 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第3522729号「水性接着剤」の特許無効審判事件についてされた平成18年3月7日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消の決定(平成18年(行ケ)第10145号 平成18年7月6日決定言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 特許第3522729号の請求項1?5に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第3522729号に係る発明についての出願は、平成14年2月4日(優先権主張平成13年2月16日)の出願であって、平成16年2月20日にその発明について特許権の設定登録がなされたものである。
これに対して請求人より本件無効審判の請求がなされた。以後の手続の経緯は以下のとおりである。

特許無効審判請求 平成17年 3月 1日
上申書(請求人) 平成17年 4月 1日
答弁書 平成17年 5月21日
弁駁書 平成17年 7月 8日
上申書(被請求人) 平成17年10月13日
口頭審理陳述要領書(請求人) 平成18年 1月30日
口頭審理陳述要領書(被請求人) 平成18年 1月30日
口頭審理 平成18年 1月30日
審決 平成18年 3月 7日
審決取消訴訟の提起(平成18年(行ケ)第10145号)
平成18年 4月 5日
訂正審判請求(2006-39071) 平成18年 5月 8日
知財高裁、差し戻し決定 平成18年 7月 6日
被請求人、訂正請求書を提出 平成18年 7月21日

第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
被請求人が求めている訂正の内容は、本件特許明細書を、平成18年7月21日付けで提出された訂正請求書に添付された訂正明細書(訂正2006-39071の訂正審判請求書に添付した訂正明細書を援用している。)のとおりに訂正すること、すなわち、以下の訂正事項a?hを骨子とするものである。

訂正事項a
a-1:特許請求の範囲の請求項1の「シード重合により」を「重合開始剤として過酸化水素を用いシード重合により」と訂正する。
a-2:特許明細書の段落番号0008の「シード重合により」を「重合開始剤として過酸化水素を用いシード重合により」と訂正する。
a-3:特許明細書の段落番号0022の「重合開始剤(触媒)としては、特に限定されず、慣用の開始剤、例えば、過酸化水素、ベンゾイルパーオキシド等の有機過酸化物、過硫酸アンモニウム、過硫酸カリウム、過硫酸ナトリウム、アゾビスイソブチロニトリルなどを使用できる。それらの中でも過酸化水素が特に好ましい。また、これらの開始剤は、」を「重合開始剤(触媒)としては、過酸化水素を使用する。また、この開始剤は、」と訂正する。
a-4:特許明細書の段落番号0046の「重合開始剤(触媒)の種類、添加量」及び「重合開始剤の種類、添加量」のそれぞれを「重合開始剤である過酸化水素の添加量」と訂正する。

訂正事項b
b-1:特許請求の範囲の請求項1の2カ所の「測定面が金属製の円錐-円盤型のレオメーター」をそれぞれ「測定面がチタン製円錐-ステンレス製円盤型のレオメーター」と訂正する。
b-2:特許明細書の段落番号0008の2カ所の「測定面が金属製の円錐-円盤型のレオメーター」をそれぞれ「チタン製円錐-ステンレス製円盤型のレオメーター」と訂正する。
b-3:特許明細書の段落番号0044の2カ所の「測定面が金属製の円錐-円盤型のレオメーター」をそれぞれ「チタン製円錐-ステンレス製円盤型のレオメーター」と訂正する。

訂正事項c
c-1:特許請求の範囲の請求項1の「貯蔵弾性率G’の値が120?1500Paであり」を「貯蔵弾性率G’の値が230?280Paであり」と、「ずり応力τの値が100?2000Paである」を「ずり応力τの値が1200?1450Paである」と訂正する。
c-2:特許明細書の段落番号0008の「貯蔵弾性率G’の値が120?1500Paであり」を「貯蔵弾性率G’の値が230?280Paであり」と、「ずり応力τの値が100?2000Paである」を「ずり応力τの値が1200?1450Paである」と訂正する。
c-3:特許明細書の段落番号0044の「G’aは、好ましくは130?1000Pa、さらに好ましくは150?800Paであり、τaは、好ましくは500?1800Pa、さらに好ましくは1000?1500Paである。」を「G’aは、好ましくは130?1000Pa、さらに好ましくは150?800Paであり、τaは、好ましくは500?1800Pa、さらに好ましくは1000?1500Paである。ただし、本発明では、後記実施例に記載した貯蔵弾性率G’a及びずり応力τaの範囲を、請求項1に記載した。」と訂正する。

訂正事項d
特許明細書の段落番号0005に、見出しとして「[本発明の本質的課題]」を挿入する。

訂正事項e
特許明細書の段落番号0006に、見出しとして「[請求項 2?5 に係る各発明の付加的課題]」を挿入する。

訂正事項 f
特許明細書の段落番号0007、0009、0010、0011、0012、0013、0015(2カ所)、0018、0025、0043、0048(2カ所)、0050 及び 0053(3カ所)に、その記載内容に即した見出しを挿入する。

訂正事項g
特許明細書の段落番号0046の「前記添加剤の種類や添加量、重合温度、重合時間などの重合条件」を「重合温度、重合時間などの重合条件」と訂正する。

訂正事項h
特許明細書の段落番号0047の「本発明の水性接着剤の好ましい態様では、」を「本発明の水性接着剤は、」と訂正する。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否
訂正事項a-1について
訂正事項a-1は、訂正前の請求項1に、「重合開始剤として過酸化水素を用い」を加えるものであるが、この訂正は、訂正前の水性接着剤の成分である「シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョン」を重合開始剤として過酸化水素を用いシード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンに限定したものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、シード重合の重合開始剤として過酸化水素を用いることは、訂正前の特許明細書の実施例1?3に記載されているから、この訂正は、特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上、特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。

訂正事項a-2?a-4について
訂正事項a-2?a-4は、訂正事項a-1に伴い、特許明細書の段落番号0008、0022 及び0046において、シード重合に用いる重合開始剤を過酸化水素のみに限定するものであるが、この訂正は特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るためのものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。
そして、この訂正も、訂正事項a-1と同様に、特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上、特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。

訂正事項b-1について
訂正事項b-1は、訂正前の請求項1の水性接着剤の物性値を測定する装置であるレオメーターの測定面の材質を「チタン製円錐-ステンレス製円盤」とするものであるが、この訂正は、訂正前に「金属製円錐-円盤」とあったところ、金属の種類を具体的に「チタン製円錐-ステンレス製円盤」としたものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、この訂正は、訂正前の特許明細書の実施例1に記載されている材質にするものであるから、特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上、特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。

訂正事項b-2?b-3について
訂正事項b-2?b-3は、訂正事項b-1に伴い、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るためのものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。
そして、この訂正は、訂正事項b-1と同様に、特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上、特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。

訂正事項c-1について
訂正事項c-1は、訂正前の請求項1の水性接着剤の物性値である貯蔵弾性率G’の値を「120?1500Pa」から「230?280Pa」と、また、ずり応力τの値を「100?2000Pa」から「1200?1450Pa」と、いずれもその範囲の中で限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、この訂正は、訂正前の特許明細書の実施例1?3に具体的に記載されている測定値を上限値及び下限値とするものであるから、特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上、特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。

訂正事項c-2?c-3について
訂正事項c-2?c-3は、訂正事項c-1に伴い、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るためのものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。
そして、この訂正は、訂正事項c-1と同様に、特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上、特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。

訂正事項d?fについて
訂正事項d?fは、特許明細書のそれぞれの段落に、見出しを挿入するものであり、この訂正は、発明の詳細な説明の記載を理解しやすくするためのものであるから、明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。
そして、この訂正は、各段落に記載される内容を表しているものであるから、特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上、特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。

訂正事項gについて
訂正事項gは、訂正前の特許明細書の段落番号0046から、「前記添加剤の種類や添加量」を削除するものであり、この「前記添加剤」は段落番号0043に記載される「必要に応じて・・・添加してもよい」とされている添加剤を指しているものと考えられる。しかし、必要に応じて添加する任意成分、すなわち必ずしも添加しない成分によって貯蔵弾性率あるいはずり応力という発明特定事項を調製するということでは、記載される事項に齟齬があって明瞭でないところ、「前記添加剤の種類や添加量」を削除することにより上記の齟齬は解消するから、この訂正は明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。
そして、この訂正は、記載されている事項を削除するものであり、この削除によって本件特許明細書に記載される発明が変わるものでないから、特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上、特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。

訂正事項hについて
訂正事項hは、訂正前の特許明細書の段落番号0047から、「の好ましい態様で」を削除するもので、この削除により、可塑剤を実質的に含まない水性接着剤は、「本発明の水性接着剤の好ましい態様」から「本発明の水性接着剤」になり、段落番号0047の記載は特許請求の範囲の記載に整合するようになったから、この訂正は明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。
そして、この訂正は、記載されている事項を削除するものであり、この削除によって本件特許明細書に記載される発明が変わるものでないから、特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり、実質上、特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない。

3 むすび
したがって、上記訂正は、特許法第134条の2第1項及び同条第5項において準用する特許法第126条第3項及び第4項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

第3 本件発明
本件特許第3522729号の請求項1?5に係る発明は、訂正された特許明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?5に記載された次の事項により特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】重合開始剤として過酸化水素を用いシード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなり且つ可塑剤を実質的に含まない水性接着剤であって、測定面がチタン製円錐-ステンレス製円盤型のレオメーターを用い、温度23℃、周波数0.1Hzの条件でずり応力を走査して貯蔵弾性率G’を測定したとき、その値がほぼ一定となる線形領域における該貯蔵弾性率G’の値が230?280Paであり、且つ測定面がチタン製円錐-ステンレス製円盤型のレオメーターを用い、温度7℃の条件でずり速度を0から200(1/s)まで60秒間かけて一定の割合で上昇させてずり応力τを測定したとき、ずり速度200(1/s)におけるずり応力τの値が1200?1450Paである水性接着剤。
【請求項2】酢酸ビニル樹脂系エマルジョンが、エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョン中で酢酸ビニルをシード重合して得られるエマルジョンである請求項1記載の水性接着剤。
【請求項3】酢酸ビニル樹脂系エマルジョンが、酢酸ビニルを系内に添加しつつシード重合を行う工程と、前記酢酸ビニルの添加とは独立して、前記工程中又は前記工程の前若しくは後になされる酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体を系内に添加する工程とにより得られるエマルジョンである請求項2記載の水性接着剤。
【請求項4】酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体として、アクリル酸エステル類、メタクリル酸エステル類、ビニルエステル類及びビニルエーテル類から選択された少なくとも1種の単量体を用いる請求項3記載の水性接着剤。
【請求項5】 請求項1?4の何れかの項に記載の水性接着剤をノズル付き容器内に充填したノズル付き容器入り水性接着剤。」
(以下、それぞれ「本件発明1」?「本件発明5」といい、まとめて「本件発明」ともいう。)

第4 請求人の主張
1 請求の概要
審判請求人は、本件特許第3522729号の請求項1?5に係る発明の特許を無効とする、審判費用は、被請求人の負担とする旨の審決を求める無効審判を請求し、証拠方法として甲第1号証?甲第35号証を提出するとともに証人3名の尋問を申請し、本件請求項1の補正は、特許法第17条の2第3項の規定に違反し(無効理由1)、本件発明1?4は、特許法第29条第1項第1号?第3号に該当し(無効理由2)、本件発明1?5は、特許法第29条第2項の規定に該当し(無効理由3?5)、本件出願は、特許法第36条第6項及び第4項の規定に違反し(無効理由6?11)、本件発明1、2、5は、特許法第29条第1項柱書の規定に違反するから(無効理由12)、本件特許は、特許法第123条第1項第1号、第2号及び第4号に該当するので無効とされるべきであると主張している。

証拠方法
書証
(各甲号証及び立証事項は以下のとおりである。)
甲第1号証
〔平成15年11月14日に被請求人が提出した手続補正書〕
被請求人が「測定面が金属製の」という事項を追加する補正を行ったことを立証する。
甲第2号証
〔本件特許の出願時に願書に添付された明細書〕
出願時には明細書に「測定面が金属製の」との事項が記載されていなかったことを立証する。
甲第3号証
〔材質証明書 英弘精機株式会社捺印 杉本清二署名〕
レオメータ用コーンプレート及びベースプレートの材質は、ポリアセタールやポリカーボネート等の非金属のものがあることを立証する。また、金属においても、チタンやステンレス以外にアルミがあることを立証する。
甲第4号証
〔被請求人が平成15年11月14日に提出した手続補足書に添付した材質証明書 英弘精機株式会社捺印〕
上記材質証明書にコーンプレート及びベースプレートの材質としてチタンとステンレスが記載されていることを立証する。
甲第5号証
〔特開昭61-252280号公報〕
本件特許発明の構成をすべて備えた水性接着剤が、本件特許の優先日前に日本国内において頒布された刊行物に記載されていたことを立証する。
甲第6号証
〔特開2000-302809号公報〕
本件特許発明の構成をすべて備えた水性接着剤が、本件特許の優先日前に日本国内において頒布された刊行物に記載されていたことを立証する。
甲第7号証
〔実験成績証明書 アイカ工業株式会社 実験者櫛田貢 作成日平成17年2月25日〕
A-370、甲第5号証又は甲第6号証のトレース品が、本件特許発明の構成を備えていることを立証する。
また、実施例2記載の方法において酢酸ビニルモノマー以外のモノマーを添加しないようにすると、貯蔵弾性率G’及びずり応力τが本件発明で規定する範囲外となり、JISにおいて通年用の接着剤の最低造膜温度として定める2℃以下の基準を満たしておらず、低温接着強さ、保持率が大きく劣るため、「通年で使用できる」という課題を解決できないことを立証する。
添付書類として、以下の(1)?(5)を添付している。
・(1)平成17年1月19日付け実験証明書(長井勝利 土生剛志作成)
甲第5号証及び甲第6号証に記載された発明のトレース品の製造方法を記載する。
上記トレース品が、甲第5号証又は甲第6号証に従って作成され、本件特許発明の構成を全て備えていることを立証する。
・(2)平成16年11月25日付け試験成績書(杉本清二作成)
アイカA-370についての貯蔵弾性率とずり応力の測定における生データを記載した試験証明書である。
上記測定が真実であり、正確であることを立証する。
・(3)平成17年2月8日付け試験証明書(大坪泰文作成)
甲第5号証及び甲第6号証に記載された発明のトレース品についての貯蔵弾性率とずり応力の測定における生データを記載した試験証明書である。
上記測定が真実であり、正確であることを立証する。
・(4)平成16年12月3日付け試験証明書(杉本清二作成)
A-370から可塑剤を除いた製品について貯蔵弾性率とずり応力とを測定した結果を記載した試験証明書である。
上記測定が真実であり、その値が正確であることを立証する。
・(5)平成17年2月24日付け試験証明書(杉本清二作成)
本件特許公報の実施例2のトレース品である1-1、1-2、2-1、2-2について、貯蔵弾性率とずり応力とを測定した結果を記載した試験証明書である。
上記測定が真実であり、その値が正確であることを立証する。
甲第8号証
〔株式会社クラレが作成した(ホームページより)、PVAのスペックを示す資料〕
トレース品の製造に用いたPVAの重合度及びケン化度が甲第5号証に記載された範囲内であることを立証する。
甲第9号証
〔電気化学工業株式会社が作成した、デンカEVAテックス#59に関する報告書〕
トレース品の製造に用いたEVAテックス#59のエチレン含有量が、甲第5号証に記載された範囲内であることを立証する。また、甲第9号証により、EVAテックス#59が、本件特許の優先日より前に製造開始されたことを立証する。
甲第10号証
〔ハーケ社製レオメーターRS600のカタログ〕
トレース品及びA-370の測定に用いたレオメーターRS600が、本件明細書に記載されたレオメーターRS75と同一の製造元で製造されたことを立証する。
甲第11号証
〔英弘精機株式会社のテクニカルセンターセンター長である杉本清二が作成した、レオメーターRS600とRS75との機能・性能比較資料〕
トレース品及びA-370の測定に用いたレオメーターRS600が、本件明細書に記載されたレオメーターRS75と同一の測定値を与えることを立証する。
甲第12号証
〔平成10年(行ケ)第370号 判決〕
引用例記載の実施例が開示する技術内容は、引用例の他の部分の記載を参酌して解釈されるべきであることを立証する。
甲第13号証
〔特開2001-910号公報〕
本件発明におけるノズルが、本件特許の優先日前に公知であったことを立証する。
甲第14号証
〔アイカ工業株式会社の製品を記載した、D-38-Bとの整理番号が付された接着剤のチラシ〕
A-370が本件特許の優先日前に公知であったことを立証する。
甲第15号証
〔アイカ工業株式会社の製品を記載した、D-33-Jとの整理番号が付された接着剤のカタログ〕
A-370が本件特許の優先日前に公知であったことを立証する。
甲第16号証
〔アイカ工業株式会社の製品を記載した、D-33-Mとの整理番号が付された接着剤のカタログ〕
A-370が本件特許の優先日前に公知であったことを立証する。
甲第17号証
〔アイカ工業株式会社の製品を記載した、D-33-Dとの整理番号が付された接着剤のカタログ〕
A-370が本件特許の優先日前に公知であったことを立証する。
甲第18号証
〔平成7年12月26日に作成及び送付された、甲第14号証のチラシの制作見積書〕
A-370が本件特許の優先日前に公知であったことを立証する。
甲第19号証
〔平成9年1月30日に作成及び送付された、甲第15号証のカタログの制作見積書〕
A-370が本件特許の優先日前に公知であったことを立証する。
甲第20号証
〔平成10年10月16日に作成及び送付された、甲第16号証のカタログの制作見積書〕
A-370が本件特許の優先日前に公知であったことを立証する。
甲第21号証
〔2001年1月29日に、商品名がA-370である接着剤を出荷したことを示す伝票〕
A-370が本件特許の優先日前に公知であったことを立証する。
甲第22号証
〔商品名A-370の接着剤の原料名及び製造方法が記載された製品標準書〕
A-370が本件発明の構成を備えることを立証する。
甲第23号証
〔商品名A-370の接着剤の原材料を示す製造記録〕
A-370が本件発明の構成を備えることを立証する。
甲第24号証
〔商品名A-400BAの原料名及び製造方法が記載された製品標準書〕
A-370が本件発明の構成を備えることを立証する。
甲第25号証
〔平成9年7月17日・18日に大阪科学技術センターで開催された第30回塗料入門講座で配布されたテキスト〕
レオロジーの測定値を用いて押し出し性や垂れ性を評価することが周知技術に過ぎないことを立証する。
甲第26号証
〔フジテクノシステムが2001年1月12日に発行した書籍である「レオロジー工学とその応用技術」〕
レオロジーの測定値を用いて押し出し性や垂れ性を評価することが周知技術に過ぎないことを立証する。
甲第27号証
〔千葉大学工学部教授大坪泰文が作成したコメント〕
本件明細書に記載不備があることを立証する。
甲第28号証
〔被請求人が平成15年11月14日に提出した意見書に添付した実験証明書〕
本件明細書の段落0055に記載された方法では、「温度7℃の条件で」という条件は実現することはできないことを立証する。
甲第29号証
〔「酢酸ビニル樹脂エマルジョン木材接着剤 K-6804-1994」と標記されたJIS規格書〕
通年用の接着剤における最低造膜温度のJIS規格が2℃以下であることを立証する。
甲第30号証
〔平成15年11月14日に被請求人が提出した意見書〕
被請求人が、貯蔵弾性率G’およびずり応力τの値が本件発明の特徴部であると認めたことを立証する。
甲第31号証
〔平成14年(行ケ)第3号 判決〕
「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項」とは何かが判示されていることを立証する。
甲第32号証
〔特許法概説(第11版)吉藤幸朔 有斐閣〕
「販売をもって代表される「譲渡」の場合は、販売者と購入者の間にその発明につき黙秘の義務を有する等の特段の事情がない限り、その発明は公然実施をされたものと解すべきである。」ことを立証する。
甲第33号証
〔平成17年(ワ)第2649号事件において、専門委員である西敏夫教授がレオロジーに関する事項を説明する期日の速記録(請求人が作成)〕
本件明細書の段落【0046】の記載を参照しても、貯蔵弾性率G’及びずり応力τを調製することは当業者にとって容易でないことを立証する。
甲第34号証
〔平成17年(行ケ)第10295号 判決〕
本件明細書は特許法第36条第4項第1号に規定する実施可能要件を充足しないことを立証する。
甲第35号証
〔平成17年(ワ)第2649号事件において、裁判所が当事者に専門委員の指定について意見を求める書面〕
専門委員である西敏夫教授がレオロジーの分野における権威であることを立証する。

人証
(i)氏名:櫛田貢
(ii)氏名:横井明義
(iii)氏名:大坪泰文

2 無効理由の概要、及び甲号証の概要
(1)無効理由1(甲第1号証?甲第4号証、甲第31号証)
本件出願の特許請求の範囲の変遷に関する証拠(甲第1号証?甲第2号証)及びレオメーターの測定面の材質に関する証明書(甲第3号証?甲第4号証)からすれば、「測定面が金属製」を請求項1に追加した点で、本件発明の特許は特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされた。

(2)無効理由2?5(甲第5号証?甲第26号証、甲第32号証)
シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤に関する証拠(甲第5号証?甲第6号証、甲第14号証?甲第24号証)、及び、該接着剤の貯蔵弾性率とずり応力を測定した実験成績証明書(甲第7号証)からすれば、本件発明は甲第5、6号証に記載された発明であるか、あるいは、甲第5、6、13?26号証に記載された発明から容易想到であり、本件発明の特許は特許法第29条第1項及び第2項の規定に違反してされた。

(3)無効理由6?8、10(甲第27号証?甲第28号証、甲第30号証 )
特許請求の範囲及び発明の詳細な説明に記載の「7℃の条件で」は不明確であり、また、貯蔵弾性率やずり応力と、押し出し性や耐垂れ性との関係が不明であるから(甲第27号証?甲第28号証 )、それらを特定する意義が不明であり、本件発明が不明確であり、本件発明の特許は特許法第36条第6項及び第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされた。

(4)無効理由9、11(甲第7号証、甲第29号証)(請求人提出の平成18年1月30日付け口頭陳述要領書に添付されている甲第33?35号証)
本件特許明細書に記載される実施例に準拠して作成したトレース品(トレース品2-1,2-2)の実験成績証明書(甲第7号証)からすると、本件発明の水性接着剤は、本件特許明細書の記載に基づいて当業者が容易に実施することができないから、本件発明の特許は特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされた。

(5)無効理由12(甲第29号証)
酢酸ビニル樹脂エマルジョン木材接着剤に関するJIS規格書(甲第29号証)からすると、本件発明の接着剤は、本件特許明細書に基づいて製造することができず、また、本件発明の効果を奏することができないので、本件発明の特許は特許法第29条第1項柱書の規定に違反してされた。

3 甲各号証の記載事項 (無効理由1、9、11に関する証拠のみ摘示する。)

甲第1号証
記載事項甲1-1:【特許請求の範囲】
「【請求項1】シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなり且つ可塑剤を実質的に含まない水性接着剤であって、測定面が金属製の円錐-円盤型のレオメーターを用い、温度23℃、周波数0.1Hzの条件でずり応力を走査して貯蔵弾性率G’を測定したとき、その値がほぼ一定となる線形領域における該貯蔵弾性率G’の値が120?1500Paであり、且つ測定面が金属製の円錐-円盤型のレオメーターを用い、温度7℃の条件でずり速度を0から200(1/s)まで60秒間かけて一定の割合で上昇させてずり応力τを測定したとき、ずり速度200(1/s)におけるずり応力τの値が100?2000Paである水性接着剤。
【請求項2】酢酸ビニル樹脂系エマルジョンが、エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョン中で酢酸ビニルをシード重合して得られるエマルジョンである請求項1記載の水性接着剤。
【請求項3】酢酸ビニル樹脂系エマルジョンが、酢酸ビニルを系内に添加しつつシード重合を行う工程と、前記酢酸ビニルの添加とは独立して、前記工程中又は前記工程の前若しくは後になされる酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体を系内に添加する工程とにより得られるエマルジョンである請求項2記載の水性接着剤。
【請求項4】酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体として、アクリル酸エステル類、メタクリル酸エステル類、ビニルエステル類及びビニルエーテル類から選択された少なくとも1種の単量体を用いる請求項3記載の水性接着剤。
【請求項5】 請求項1?4の何れかの項に記載の水性接着剤をノズル付き容器内に充填したノズル付き容器入り水性接着剤。」

記載事項甲1-2:段落【0044】
「・・・貯蔵弾性率G’及びずり応力τは粘弾性測定装置(例えば、ハーケ社製、レオメーターRS-75)により測定できる。一方のプレート[例えば、円錐-円盤型のレオメーターにおける円錐型プレート(材質:チタン)(この場合、円盤型プレート(材質:ステンレス)は固定平板とすることができる)]を回転させる・・・」

記載事項甲1-3:段落【0055】
「実施例1・・・この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G’(23℃)及びずり応力τ(7℃)を粘弾性測定装置(ハーケ社製、レオメーターRS-75;円錐-円盤型のレオメーター)により測定した結果、・・・なお、ずり応力τに対する貯蔵弾性率G’の測定では、円盤型プレート(固定平板)(材質:ステンレス)と・・・円錐プレート(コーンプレート;回転側プレート)(材質:チタン)を用いた。一方、ずり速度・・・に対するずり応力τの測定では、円盤型プレート(固定平板)(材質:ステンレス)と・・・円錐プレート(回転側プレート)(材質:チタン)を用いた。」

甲第2号証
記載事項甲2-1:【特許請求の範囲】
「【請求項1】 シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤であって、貯蔵弾性率G’(23℃)が120Pa以上であり且つずり応力τ(7℃)が2000Pa以下である水性接着剤。
【請求項2】 酢酸ビニル樹脂系エマルジョンが、エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョン中で酢酸ビニルをシード重合して得られるエマルジョンである請求項1記載の水性接着剤。
【請求項3】 酢酸ビニル樹脂系エマルジョンが、酢酸ビニルを系内に添加しつつシード重合を行う工程と、前記酢酸ビニルの添加とは独立して、前記工程中又は前記工程の前若しくは後になされる酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体を系内に添加する工程とにより得られるエマルジョンである請求項2記載の水性接着剤。
【請求項4】 酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体として、アクリル酸 ステル類、メタクリル酸エステル類、ビニルエステル類及びビニルエーテル類から選択された少なくとも1種の単量体を用いる請求項3記載の水性接着剤。
【請求項5】 可塑剤を実質的に含まない請求項1?4の何れかの項に記載の水性接着剤。
【請求項6】 ノズル押出し用又は刷毛塗り用に用いられる請求項1?5 何れかの項に記載の水性接着剤。
【請求項7】 請求項1?5の何れかの項に記載の水性接着剤をノズル付 容器内に充填したノズル付き容器入り水性接着剤。」

記載事項甲2-2:段落【0044】
「貯蔵弾性率G’及びずり応力τは粘弾性測定装置(例えば、ハーケ社製、レオメーターRS-75)により測定できる。一方のプレート[例えば、円錐-円盤型のレオメーターにおける円錐型プレート(この場合、円盤型プレートは固定平板とすることができる)]を回転させる」

記載事項甲2-3: 段落【0055】
「実施例1・・・この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G’(23℃)及びずり応力τ(7℃)を粘弾性測定装置(ハーケ社製、レオメーターRS-75;円錐-円盤型のレオメーター)により測定した」

記載事項甲2-4:段落【0056】
「実施例2・・・この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G’(23℃)及びずり応力τ(7℃)を粘弾性測定装置(ハーケ社製、レオメーターRS-75)により実施例1と同様にして測定した」

記載事項甲2-5:段落【0057】
「実施例3・・・この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G’(23℃)及びずり応力τ(7℃)を粘弾性測定装置(ハーケ社製、レオメーターRS-75)により実施例1と同様にして測定した」

記載事項甲2-6:段落【0058】
「比較例1・・・この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G’(23℃)及びずり応力τ(7℃)を粘弾性測定装置(ハーケ社製、レオメーターRS-75)により実施例1と同様にして測定した」

記載事項甲2-7:段落【0059】
「比較例2・・・この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G’(23℃)及びずり応力τ(7℃)を粘弾性測定装置(ハーケ社製、レオメーターRS-75)により実施例1と同様にして測定した」

記載事項甲2-8:段落【0060】
「比較例3・・・この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G’(23℃)及びずり応力τ(7℃)を粘弾性測定装置(ハーケ社製、レオメーターRS-75)により実施例1と同様にして測定した」

記載事項甲2-9:段落【0061】
「参考例1・・・この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G’(23℃)及びずり応力τ(7℃)を粘弾性測定装置(ハーケ社製、レオメーターRS-75)により実施例1と同様にして測定した」

甲第3号証
記載事項甲3-1:1頁



甲第4号証
記載事項甲4-1:1頁




記載事項甲4-2:2頁



甲第7号証
記載事項甲7-1:2頁8行?21行
「2.実験目的・・・(3)特許第3522729号公報記載の実施例2において、酢酸ビニルモノマー以外のモノマーを添加しないようにすると、貯蔵弾性率G’及びずり応力τが本件発明で規定する範囲外となり、JISにおいて通年用の接着剤の最低造膜温度として定める2℃以下の基準を満たしておらず、低温接着強さ、保持率が大きく劣ることを確認する。」

記載事項甲7-2:2頁末行?3頁末2行
「5.実験方法 (1)・・・下記の方法で、「貯蔵弾性率」及び「ずり応力」の測定を行った。尚、測定は英弘精機株式会社テクニカルセンターラボルームにて行った。
・測定装置
Thermo Haake社製レオメーターRS600型:円錐・円盤型 のレオメーター
・測定温度
貯蔵弾性率:23℃
ずり応力:7℃
・測定方法
貯蔵弾性率G’:ずり応力τに対する貯蔵弾性率G’の測定では、円盤型プレート(固定平板、プレート名:MP35、材質:ステンレス)と角度(円錐プレートの円錐面と円盤型プレートの平面との間の角度)が4°であり且つ直径35mm(底面の直径)の円錐プレート(コーンプレート、回転側プレート、プレート名:C35/4、材質:チタン)を用いた。測定温度23℃、測定周波数0.1Hzにて測定した。貯蔵弾性率G’は、ずり応力τに対する貯蔵弾性率G’のグラフより、貯蔵弾性率G’がほぼ一定となる線形領域における貯蔵弾性率G’の測定値の平均値(算術平均値)としている。
ずり応力τ:ずり速度(dγ/dt)に対するずり応力τの測定では、円盤型プレート(固定平板、プレート名:MP20、材質:ステンレス)との角度1℃であり、且つ直径20mmの円錐プレート(回転側プレート、プレート名:C20/1、材質:チタン)を用いた。測定温度7℃にて測定した。ずり応力τの測定は、ずり速度を0?200(1/s)まで60秒間で一定の割合で連続的に上昇させ、それに対するずり応力τを測定する。今回所望のずり応力τは、ずり速度200(1/s)の際のずり応力τ(Pa)としている。」

記載事項甲7-3:4頁末9行?7頁表4の終わりまで
「(3)特許第3522729号公報記載の実施例2に準じて、下記・・・No.2の製造方法(特許第3522729号公報記載の実施例2と全く同じ製造条件)・・・で、シード重合型酢酸ビニル樹脂系エマルジョン(トレース品)を製造した。
・・・
No.2 (酢酸ビニルモノマー以外のモノマーを添加しない製造条件)
マックスブレンド撹拌翼付き撹拌機、還流冷却器、滴下槽及び温度計付きのガラス製反応容器に 水505重量部をとり、ポリビニルアルコール(PVA)(電気化学工業株式会社製、商品名B-17)50重量部と酒石酸0.5重量部を加え、80℃、撹拌速度200rpmにて加熱溶解した。PVAが完全に溶解した後、EVAエマルジョン(住友化学工業株式会社製、商品名スミカフレックス401)130重量部を添加した。液温が80℃まで上がったところで、触媒(35重量%過酸化水素水)0.5重量部を添加した後、水22重量部に35重量%過酸化水素水0.5重量部を溶解させた溶液と、酢酸ビニルモノマー285重量部を、別々の滴下槽から2時間かけて連続滴下した。酢酸ビニルモノマーの滴下終了後、更に1.5時間撹拌し、重合を完結させ、酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを得た。
・・・
トレース品の組成の一覧・・・を、表3に示す。尚、表3における・・・2-1,2-2は上記「No.2」の方法で製造したものである。



得られた水性接着剤の「貯蔵弾性率」及び「ずり応力」の測定は5の(1)と同方法で英弘精機株式会社テクニカルセンターラボルームにて行った。
測定結果を表4に示す。




記載事項甲7-4:7頁末18行?末13行
「(3)特許第3522729号公報記載の実施例2に準じて製造したシード重合型酢酸ビニル樹脂系エマルジョン(トレース品)では、n-ブチルアクリレートを使用しない場合において、低温接着強さが大きく低下し、特許第3522729号請求項の『貯蔵弾性率』及び『ずり応力』の範囲を満たさない結果となった。n-ブチルアクリレートを使用しない場合は、JISにおいて通年用の接着剤の最低造膜温度として定める2℃以下の基準を満たしておらず、低温接着強さ、保持率が大きく劣っていた。」

甲第29号証
記載事項甲29-1:1頁 表1
「酢酸ビニル樹脂エマルジョン木材接着剤」と表題の付いた、「K6804-1994」のJIS規格書の「表1 接着剤の種類」には、「種類」の項に「1種」とされる接着剤は、「区分」の項に「通年用」と記載されている。

記載事項甲29-2:2頁 表2
「表2 接着剤の品質」には、「1種」とされる接着剤は、「最低造膜温度℃」の項に「2以下」と記載されている。

甲第30号証
記載事項甲30-1:5頁33行?40行
「本願発明の水性接着剤と従来のシード重合による酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤との物性(G’a及びτa)の違いは、エマルジョンの製造方法の違いに起因します。本願明細書の段落0046に記載されているように、貯蔵弾性率G’a及びずり応力τaを前記所定の範囲にするためには、重合開始剤の種類、添加量、添加時期及び添加方法等を適宜選択することにより調製できますが、特に、重合開始剤を重合初期に多量に(例えば全使用量の60重量%以上)使用することにより、G’a及びずり応力τaが前記所定の範囲に入る水性接着剤を調製することができます(段落0024、実施例1?3)。」

記載事項甲30-2:5頁47行?6頁2行
「触媒(重合開始剤)を重合初期に比較的多量に添加すると、ラジカルが多く発生し、このラジカルが保護コロイド(ポリビニルアルコール等)分子鎖同士の架橋や保護コロイド-エマルジョン粒子間の結合を適度に生成させます。そして、エマルジョン粒子と保護コロイド(高分子溶液)間の相互作用が向上した結果、本願発明のような所定のG’a値及びτa値を有する押し出しやすく垂れにくい水性接着剤が得られるものと推測されます」

甲第31号証
記載事項甲31-1:14頁10行?20行
「「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項」とは、願書に最初に添付した明細書又は図面に現実に記載されているか、記載されていなくとも、現実に記載されているものから自明であるかいずれかの事項に限られるというべきである。そして、そこで現実に記載されたものから自明な事項であるというためには、現実には記載がなくとも、現実に記載されたものに接した当業者であれば、だれもが、その事項がそこに記載されているのと同然であると理解するような事項であるといえなければならず、その事項について説明を受ければ簡単にわか分かる、という程度のものでは、自明ということはできないというべきである」

4 無効の理由 1、9、11の詳細
無効理由1、9、11について請求人は下記のように主張している。

(1)無効理由1について
平成15年11月14日提出の手続補正書(甲第1号証)にて、請求項1に「測定面が金属製の」との事項が追加されたが、出願当初の明細書(甲第2号証)には全く記載されていない事項である。
また、平成12年12月28日以降に審査が行われるものに適用される審査基準では、当初明細書等に記載した事項には、「当初明細書の記載から自明な事項」も含むとされている。
しかし、レオメータの材質証明書(甲第3号証)から、「測定面」は金属製だけでなく、他の材質のものも存在したことが証明されるので、「測定面が金属製の」という事項は「当初明細書の記載から自明な事項」ではない。 また、被請求人が提出した材質証明書(甲第4号証)には、コーンプレート及びベースプレートの材質としてチタンとステンレスのみしか記載されていないので、この記載から上位概念である「金属」を導き出すことも「当初明細書の記載から自明な事項」ではない。(審判請求書9頁6行?10頁13行 (4)の項)

(2)無効理由9について
本件特許明細書の段落【0046】には、貯蔵弾性率及びずり応力を調整する要件に関しての記載はあるが、上記記載中の多数あげられた要件を具体的にどのようにすれば、貯蔵弾性率及びずり応力の値を本件請求項の数値範囲内に調整できるかについては何ら記載がなく、このように多数の要件の組合せについて、貯蔵弾性率及びずり応力のそれぞれを所定の範囲内とする条件を見い出すには、膨大な実験が必要となり、当業者が行い得るものではない。
また、わずか3つの実施例しか記載されておらず、その実施例の貯蔵弾性率及びずり応力の値は請求項記載の数値範囲のうちのごく一部でしかなく、本件請求項記載の数値範囲のうちの大部分について、具体的にどのようにすればその数値を実現できるかの記載が一切ない。
特に、本件特許明細書に記載された実施例は、すべて、酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体を配合したものであるので、酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体を配合しない水性接着剤については、実施例が一つもなく、一層、当業者による実施が不可能である。(審判請求書46頁末7行?47頁末2行 (12)の項)

(3)無効理由11について
本件特許明細書の実施例2の記載を基本としつつ、酢酸ビニル以外のモノマー(n-ブチルアクリレート)を加えないようにした点のみ相違するトレース品2-1、2-2を製造し、本件請求項に規定されている方法で測定すると、貯蔵弾性率がそれぞれ17.4Pa、11.6Paであるから(甲第7号証)、トレース品は本件発明の範囲外であった。また、5℃においての製膜では明らかに白濁し(甲第7号証)、JISにおいて通年用の接着剤の最低造膜温度として定める2℃以下(甲第29号証)は到底達成し得ない。つまり、本発明は、段落【0053】に記載されているように「優れた低温製膜性及び接着強度を備える。さらに低温養生時においても高い接着強さ(低温接着強さ)を示す」ことを効果としているのに、トレース品は本件発明の効果を奏することができないのであるから、本件発明の範囲外である。
また、段落【0004】に、従来の接着剤の問題点として、「通年で使用できるものはなかった」と記載されていることから、本件発明が「通年で使用できる」ことを課題としていることも明らかであるのに、トレース品はJISにおいて通年用の接着剤の最低造膜温度として定める2℃以下(甲第29号証)の基準を満たしておらず、「通年で使用できる」という課題も解決できていない。
つまり、本件特許明細書の実施例は、酢酸ビニル以外のモノマーを含まない場合の本件発明に係る接着剤を実施する上で何ら手掛かりとならないものであり、本件発明のうち、酢酸ビニル以外のモノマーを含まない接着剤については、本件特許明細書に実施例がないことになる。
なお、請求人は、本件特許明細書の実施例1、3についてもトレース実験をすることを検討しているが、そこで使用されているEVAである電気化学工業(株)製、デンカスーパーテックスNS100が市販されていないため、現時点ではトレース実験を実施できていない。仮に、被請求人から上記材料の提供があれば、実施例1、3のトレース実験を検討する用意がある。(審判請求書50頁4行?52頁8行 (14)の項)

第5 被請求人の答弁
被請求人は、証拠として乙第1号証?乙第8号証を提出するとともに証人4名の尋問を申請し、無効理由1、9、11に対して大略以下(a)?(d)、(あ)?(く)のように主張している。 その他の無効理由に対する主張の記載は省略。

1 証拠方法
乙第1号証:陳述書(1)平成17年5月16日 折口俊樹署名捺印
乙第2号証:陳述書(2)平成17年5月16日 折口俊樹署名捺印
乙第3号証:実験成績証明書(実験者 折口俊樹及び内田真由美
作成日 平成17年5月12日)
証人:矢崎利昭
証人:山脇武彦
証人:折口俊樹
証人:内田真由美
乙第4号証:大坪泰文,「サスペンジョンレオロジーの現状と将来展望」, 日本レオロジー学会誌,Vol.31,No.1,2003, 平成15年1月号,日本レオロジー学会発行 15?22頁
乙第5号証:平田文彦 中尾忠弘 杉浦一俊,「建築内装用艶消し水性塗料 の粘性制御技術に関する研究と「アレス水性ネクスト」への応 用」,塗料の研究,142号,Sept.2004,平成16 年9月,関西ペイント株式会社発行 21?26頁
乙第6号証:実験成績証明書2(実験者 折口俊樹及び内田真由美
作成日 平成18年1月11日)
乙第7号証:新明解国語辞典 695頁 「たれる」の項 三省堂発行
乙第8号証:折口俊樹 内田真由美 清水祐介,「ノンVOC型酢酸ビニル 樹脂エマルジョン」,日本接着学会誌,第41巻,第11号, 平成17年11月1日,日本接着学会発行 430?435頁乙第9号証:平成17年(ワ)第2649号 判決
乙第10号証:平成17年(行ケ)第10295号 判決

なお、乙第3号証は、無効理由2に対して提出された証拠で、甲第5号証の公報に記載される実施例1?3、及び、甲第6号証の公報に記載される実施例2?8に忠実に作成した接着剤組成物の「貯蔵弾性率」及び「ずり応力」の測定をしたものである。また、乙第4号証?乙第5号証、及び、乙第7号証?乙第8号証は、無効理由10に対して提出された証拠で、レオロジーに関する論文である。また、乙第9号証は、本件特許権が侵害されているとし、本件無効審判の請求人を被告として、本件特許権者が訴えた訴訟の判決である。判決は、本件無効審判と同趣旨の無効の抗弁を被告がしたのに対して、本件特許明細書は当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているということはできないとして、原告の請求を棄却している。乙第10号証は、実施可能要件違反を取消事由とする判決である。

2 乙各号証の記載事項 (無効理由1、9、11に関する証拠のみ摘示する。)

乙第1号証
記載事項乙1-1:1頁


乙第2号証
記載事項乙2-1:1頁


乙第4号証
記載事項乙4-1:20頁 図9



乙第6号証
記載事項乙6-1:2頁15行?19行
「2.実験目的・・・特許第3522729号公報に記載されている酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる接着剤組成物について、n-ブチルアクリレートを添加しない以外は、実施例に基づいて忠実に作製し、その「貯蔵弾性率」および「ずり応力」を特許第3522729号公報記載の「貯蔵弾性率」および「ずり応力」の測定方法に基づいて測定した。」

記載事項乙6-2:7頁1行?末行



記載事項乙6-3:8頁1行?6行
「6.結論
表1からわかるように、特許第3522729号に記載されている実施例において、n-ブチルアクリレートを添加しない場合には、実施例2については特許第3522729号において規定されている「貯蔵弾性率120?1500Paかつ、ずり応力100?2000Pa」の範囲を満たしていなかったものの、実施例1および実施例3に関しては範囲を満たす結果となった。」

乙第8号証
記載事項乙8-1:2頁4行?4頁右欄図5の下15行
「ノンVOC型酢酸ビニル樹脂エマルション
・・・
1.序論
酢酸ビニル樹脂エマルションは、木工用、紙工用接着剤として今なお幅広く使われている・・・
2.EVAシード酢酸ビニル樹脂エマルションの成膜機構
・・・酢酸ビニル樹脂単独ではガラス転移温度が30℃付近であり,粒子が硬いために,特に冬場(5℃付近)において十分に融着,変形できず,白化現象をおこしてしまう。そこで,通常は酢酸ビニルポリマー粒子を軟らかくし,粒子の融着,変形が十分に行われるように,高沸点溶剤を添加する。・・・今回,ノンVOC化手法としてEVAシード酢酸ビニル樹脂エマルションの検討を行った。EVAの種類,量,シードの添加方法等,種々の検討を行ったが,ほとんどの場合に低温で成膜するものは得られなかった。ある特定の条件下で乳化重合を行うことで,高沸点溶剤を添加せずとも良好な成膜性を示すエマルションを得ることができた1)。
表1はEVAの添加率による成膜性の違いを示している。表からわかるように,良好な成膜性を示す最適EVA量があり,成膜性はソフト成分であるEVAの量に比例していない。このことから,今回のEVAシード酢酸ビニル樹脂エマルションの成膜機構には,従来の成膜機構とは違った何らかの特徴があるのではないかと考えた。・・・
図4に今回開発したシード重合型酢酸ビニル樹脂エマルションの予想される成膜機構を示す。通常,ガラス転移温度の高い酢酸ビニルホモポリマーは融着しないはずだが,粒径が非常に細かいことで,ほとんど変形を伴わずに連続皮膜を形成することができる。
このような粒子組成を形成することができた理由は,図5に示すように,EVA粒子近傍のポリビニルアルコール(PVA)の濃度が高い領域において,酢酸ビニル粒子の乳化重合が進行し,十分に細かい酢酸ビニルポリマー粒子を形成するためと考えている。
このように,EVAシード重合において,エマルションの粒子径の大きさ,分布をコントロールすることにより,低温においても成膜するような粒子組成を形成し,高沸点溶剤を使用せずとも成膜するエマルションを得ることができた。」

記載事項乙8-2:3頁右欄 表1



記載事項乙8-3:4頁 図4


記載事項乙8-4:4頁 図5


記載事項乙8-5:4頁右欄図5の下16行?7頁右欄末行
「3.レオロジー考察による作業性の検討
前述したように,酢酸ビニル樹脂エマルション形接着剤に対する重要な要求性能の一つとして,塗付作業性があげられる。・・・
エマルションのレオロジー評価によって観察されるG'(弾性成分)やτ(粘性成分)は,エマルション粒子間の相互作用によるものと考えられるが,筆者らは,その相互作用のうち,比較的弱い力がG'として,比較的強い力がτとして観察されるものと考えている。・・・
すなわち,通常,相矛盾する性質である,垂れにくさと押し出しやすさとを,それぞれ比較的弱い結合,および比較的強い結合の寄与と考え,別々に設計することにより,両者を両立させることができる。
そこで,これらの弱い,および強いエマルション粒子間結合力を勘案し,新たにエマルション粒子の設計を行った。具体的には,シードエマルションの種類や添加量,シード重合に用いる酢酸ビニルの添加量,前期(合議体注:「前記」の誤記と考えられる。)酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体の種類,添加量,添加時期及び添加方法,添加剤の種類や添加量,重合温度,重合時間などの重合条件を適宜選択し検討した。
その結果,垂れにくさと押し出しやすさを兼ね備えたEVA シード酢酸ビニル樹脂エマルションを得ることができた。・・・
引 用 文 献
1) コニシ株式会社,電気化学工業株式会社,特許公報第3420920号
コニシ株式会社,特許公報第3522729号 」

3 無効の理由1、9、11に対する被請求人の答弁
無効理由1に対して
(a)本件の当初明細書の、段落【0044】には「貯蔵弾性率G’及びずり応力τは粘弾性測定装置(例えば、ハーケ社製、レオメーターRS-75)により測定できる。」と、また、段落【0055】には「実施例1・・・この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G’(23℃)及びずり応力τ(7℃)を粘弾性測定装置(ハーケ社製、レオメーターRS-75;円錐-円盤型のレオメーター)により測定した」と記載されており、当初明細書には、貯蔵弾性率G’及びずり応力τを測定するには、ハーケ社製のレオメーターで円錐-円盤型のレオメーターを用いることが記載されていた(甲第2号証)。(答弁書7頁2行?7頁末7行)
(b)そして、ハーケ社製の円錐-円盤型のレオメーターの円錐プレート(コーンプレート)及び円盤プレートは、チタン製又はステンレス製等の金属製のものである(甲第3号証、甲第4号証)。
なお、甲第3号証と甲第4号証では、コーンプレートの金属の種類につき齟齬があるが、この齟齬は、以下の理由によるものである。すなわち、甲第3号証は、本件特許出願当時ではなく、過去に使用した実績があるものや特注品(アルミ製は特注品であると考えられる。)を含めて、コーンプレートの金属の種類が証明されているのに対して、甲第4号証は、本件特許出願当時に扱っていたものだけを証明したからである。本件被請求人が、甲第3号証及び甲第4号証を発行した英弘精機株式会社に確認をとったところ、少なくとも本件特許出願優先日よりも前にはステンレス製のコーンプレートがあったが、当該優先日当時にはチタン製に変わっていたとのことであった(乙第1号証及び乙第2号証)。また、アルミ製のものについては、特別なもので、それを取り扱ったことがあるかどうかは分からないということであった(乙第1号証及び乙第2号証)。(答弁書8頁5行?8頁18行)
(c)ハーケ社製のレオメーターは測定機器であり、チタン製であろうとステンレス製であろうと、また仮にアルミ製であろうと、同一の測定値となるように校正して使用するものである(乙第1号証及び乙第2号証)。すなわち、「測定面が金属製の」という文言は、測定試料に悪影響を与えない測定面であることを示したものであり、測定機器の常識的事項に言及したもので、当業者の自明事項であって、当初明細書の記載の範囲内であり、本件請求人の無効理由1は、理由のないものである。(答弁書9頁16行?末7行)
(d)本件請求人が判例として提示した甲第31号証は、単なる着想段階にすぎないビジネスモデル特許に関するもので、平成5年法律第26号による改正前の特許法第53条第1項の適用に関するものである。
したがって、本件発明とは事案も全く違うし、適用される法条も全く異なるものであり、何の参考にもならない。(陳述要領書10頁16行?20行)

無効理由9に対して
(あ)本件発明は、発明の詳細な説明の実施例1?3を追試することにより、当業者は容易に行うことができる。そして、本件特許明細書の段落番号0046に、貯蔵弾性率G’及びずり応力τを調整するための技術的手段が列挙されており、これを参考にすることにより、G’及びτを適宜調整することが可能となる。(答弁書30頁5行?10行)

(い)本件請求人が無効理由2の証拠であるとして提出した、甲第5号証及び甲第6号証の追試と称して得たC-6Y、C-22Y、K-14Y、K-16Y及びK-19Yは、甲第5号証及び甲第6号証の追試に該当するものではない。つまり、C-6Y、C-22Y、K-14Y、K-16Y及びK-19Yは、エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョンをシードエマルジョンとして、酢酸ビニルモノマーを重合するという基本技術に基づき、種々の変更を施したものである。そして、この変更は、先行技術を参考にしたというよりも、むしろ本件特許明細書段落番号0046の記載を参考にしたものと解される。なぜなら、変更を施した点は、保護コロイドの種類及び量を変更し、また、重合開始剤(触媒)の量を変更したものであり、これらは本件特許明細書の段落番号0046に記載されていることだからである。すなわち、C-6Y、C-22Y、K-14Y、K-16Y及びK-19Yは、本件特許明細書段落番号0046の記載を参考にして甲第5、6号証に変更を施し、本件発明を実現しえたものといえるから、本件特許明細書の段落番号0046に列挙された、貯蔵弾性率G’及びずり応力τを調整するための技術的手段を参考にすることにより、G’及びτを適宜調整することは可能である。(答弁書30頁13行?末行)

(う)本件特許明細書の段落【0009】、【0024】、【0053】には、「シードの存在下に酢酸ビニルのみを重合したエマルジョン」が記載されている。さらに、段落【0005】に「本発明の目的は、シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤であっても、・・・容易に押し出すことができるとともに、・・・垂れにくい水性接着剤・・・を提供することにある。」と記載されていることから、基本的に酢酸ビニルのみを重合したことによって得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを念頭においたものであり、酢酸ビニルのみの重合によって、本件発明の課題を解決しうるものである。(陳述要領書3頁21行?22行、4頁12行?13行、4頁末1行?5頁1行、5頁9行?18行)

(え)さらに、他の重合性不飽和単量体の添加が不要であることは、上記本件特許明細書の記載からも十分理解できるが、乙第4号証の第20頁の図9に示されているように、サスペンジョンレオロジーの観点から見れば、構成する粒子の種類は、基本的には関係がないから、酢酸ビニルモノマーと他の重合性不飽和単量体とで構成された粒子であっても貯蔵弾性率やずり応力に大差はない。この大差がないことは、本件特許に関して特許権侵害差止等請求事件が裁判所に係属しているが、当該裁判所において、平成17年12月26日に専門委員の意見聴取の場が設けられた際、重合する際のモノマーの種類によって貯蔵弾性率G’やずり応力τはどのようになるか、との質問に対して答えた専門委員の発言にもあった。
したがって、酢酸ビニルモノマーのみを重合して、本件発明の範囲内の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを得ることは、本件特許明細書の実施例を基本とし、本件特許明細書の段落番号0046の記載を参考にすれば、当業者が容易に実施しうることである。(陳述要領書6頁18行?20行、末4行?末行、7頁6行?20行、7頁末2行?8頁2行)
そして、数回乃至は数十回の試行錯誤によって、容易に貯蔵弾性率とずり応力とを調製しうるのである。(陳述要領書12頁末2行?末行)

(お)酢酸ビニルモノマーのみを重合して、本件発明の範囲内の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンが、現に容易に得られている。
C-6Y及びC-22Yは、甲第5号証の追試として本件請求人が提出したもので、甲第5号証に記載された製造条件と、C-6Y及びC-22Yの製造条件とは、7点もの相違がありながら、本件特許明細書の実施例及び段落番号0046の記載を参考にして、処方を変更し、酢酸ビニルモノマーのみを重合して、本件発明の範囲内の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを容易に得ることができている。(陳述要領書8頁3行?18行)

(か)本件被請求人は、実施例1?3の処方から、n-ブチルアクリレートを抜き、酢酸ビニルモノマーのみ(n-ブチルアクリレートを抜いた分と同量、酢酸ビニルモノマーは増量してある。)を重合してなる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを得た。
乙第6号証として提示した実験成績証明書に記載されているとおり、実施例1及び3の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンは、所定の貯蔵弾性率G’及びずり応力τの値を持っており、訂正前の本件発明の範囲内のものである。(陳述要領書8頁末5行?9頁5行)

(き)本件特許明細書の比較例1?3では、いずれも、少量のn-ブチルアクリレートを添加した後、酢酸ビニルモノマーを重合してなる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを得ているが、本件発明の範囲内に入らないものが得られている。したがって、この点からも、酢酸ビニルモノマー以外の他の重合性不飽和単量体を使用しなければ、本件発明が実施できないということはない。(陳述要領書9頁10行?9頁15行)

無効理由11に対して
(く)なお、実施例1?3の処方から、n-ブチルアクリレートを抜き、酢酸ビニルモノマーのみ( n-ブチルアクリレートを抜いた分と同量、酢酸ビニルモノマーは増量してある。)を重合してなる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンのうち、実施例2の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンは、使用原料とn-ブチルアクリレートとが相互作用をしていたものと考えられ、本件発明の範囲内に入らなかった。しかし、エマルジョンの場合には、使用原料間の相性によって、予測し得ない結果となることもあるから、これは特別な例であると考えられる。(陳述要領書9頁5行?9頁9行)
(以下、それぞれ「被請求人の答弁(a)」?「被請求人の答弁(d)」、「被請求人の答弁(あ)」?「被請求人の答弁(く)」という。)

第6 当審の判断
1 無効理由1について
(a)本件は、平成15年11月14日提出の手続補正書(甲第1号証)により、下記イ?ハ等の補正をし、訂正請求により下記ニの訂正をしている。
・イ.【請求項1】に、「測定面が金属製の円錐-円盤型の」との事項を追加[記載事項甲1-1]
・ロ.発明の詳細な説明の段落【0044】の、貯蔵弾性率及びずり応力を測定するための「粘弾性測定装置(例えば、ハーケ社製、レオメーターRS-75)」の説明文中の、「円錐型プレート」と「円盤型プレート」について、「円錐型プレート(材質:チタン)」、「円盤型プレート(材質:ステンレス)」と各プレートの材質を追加[記載事項甲1-2]
・ハ.発明の詳細な説明の段落【0055】の実施例1の、「粘弾性測定装置(ハーケ社製、レオメーターRS-75 円錐-円盤型のレオメーター)」に関する説明文中の、「円錐型プレート」と「円盤型プレート」について、「円錐型プレート(コーンプレート;回転側プレート)(材質:チタン)」、「円盤型プレート(固定平板)(材質:ステンレス)」と各プレートの材質を追加[記載事項甲1-3]
・ニ.【請求項1】の「測定面が金属製の円錐-円盤型の」を「測定面がチタン製円錐-ステンレス製円盤型の」に減縮[第3 本件発明 【請求項1】]

上記「イ.」は「ニ.」に訂正されたので、本件特許明細書の請求項1、及び、詳細な説明の段落【0044】、【0055】とも、円錐-円盤型のレオメーターの測定面は「チタン製円錐型プレート」と「ステンレス製円盤型プレート」になった。

(b)これに対し、本件の願書に最初に添付した明細書(以下、「当初明細書」という。)の【請求項1】には粘弾性測定装置に関する記載はなく[記載事項甲2-1]、また、発明の詳細な説明中にある粘弾性測定装置に関する記載である「粘弾性測定装置(例えば、ハーケ社製、レオメーターRS-75)」[記載事項甲2-2]、及び、実施例1?3、比較例1?3、及び参考例1中の記載「粘弾性測定装置(ハーケ社製、レオメーターRS-75)」[記載事項甲2-3?記載事項甲2-9]も測定面の材質に関するものではない。

(c)上記「ニ.」の訂正が認められることは、上記第2 3で判断したとおりであり、上記「イ.」の補正内容は、すべて「ニ.」の訂正内容に置き換えられているから、無効理由1を判断するにあたり、「ロ.」「ハ.」「ニ.」の補正がなされたものとして判断すれば十分である。
そこで検討するに、甲第4号証[記載事項甲4-2]には、レオメーターRS-75(ハーケ社製)はコーンプレートはチタン製と記載され、ベースプレートはステンレス製と記載されている。
したがって、上記補正事項のうち、「ロ.」「ハ.」に当たる補正、すなわち当初明細書の実施例及び段落【0044】の「レオメーターRS-75;円錐-円盤型のレオメーター」という記載に、「円盤型プレート(固定平板)(材質:ステンレス)」や「円錐型プレート(コーンプレート;回転側プレート)(材質:チタン)」のように材質を追加する補正及び請求項1のレオメーターの測定面について「チタン製円錐-ステンレス製円盤」とする補正は、「レオメーターRS-75」から自明である事項を追加するもので、当初明細書に文言をもって記載はされていないが、当初明細書の記載から自明な事項を文言をもって記載したものであるから、当初明細書に記載された事項の範囲内においてされたものと認められる。

(d)そうしてみると、レオメーターの測定面についての補正は、当初明細書の記載から自明な事項を文言をもって記載したものであり、当初明細書に記載された事項の範囲内においてされたものと認められ、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たすこととなったから、無効理由1は解消された。

2 無効理由9について
(1)本件発明1?5の水性接着剤を構成する「酢酸ビニル樹脂系エマルジョン」がどのような物質から製造されているか整理する。

まず、請求項2は「エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョン中で酢酸ビニルをシード重合して得られるエマルジョンである」ことを発明特定事項としているので、「エマルジョン状態のエチレン-酢酸ビニル共重合樹脂をシード」とし、「シード重合するモノマーを酢酸ビニル」として製造されるエマルジョンである。
ついで、請求項3は、「酢酸ビニル」と並んで「酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体」を発明特定事項としているので、「シード重合するモノマーを酢酸ビニルと酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体」として製造されるエマルジョンであり、請求項4のエマルジョンは、「酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体」が「アクリル酸エステル類、メタクリル酸エステル類、ビニルエステル類、ビニルエーテル類から選択された少なくとも1種の単量体」とされているので、請求項3のエマルジョンよりさらに限定されたエマルジョンであるが、請求項3、4は共に「シード重合するモノマーを酢酸ビニルと酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体」として製造されるエマルジョンである。そして、請求項3が請求項2を引用して記載されていることから、請求項2と同様に、請求項3、4は、「エマルジョン状態のエチレン-酢酸ビニル共重合樹脂をシード」としているものである。
請求項2は請求項3に引用されているから、請求項3の発明も包含する上位概念の発明であると解される。そうすると、請求項2のエマルジョンは、「エマルジョン状態のエチレン-酢酸ビニル共重合樹脂をシード」とし、「シード重合するモノマーを酢酸ビニル」として製造されるエマルジョンの外に、請求項3のエマルジョン、すなわち、「エマルジョン状態のエチレン-酢酸ビニル共重合樹脂をシード」とし「シード重合するモノマーを酢酸ビニルと酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体」として製造されるエマルジョンも包含する。
また、請求項1のエマルジョンは、「シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョン」を発明特定事項とし、請求項2に引用されていることから、シードの材質はエチレン-酢酸ビニル共重合樹脂を包含するものの不特定であり、「シード重合するモノマー」には、「酢酸ビニル」を用いて製造されるエマルジョンの他に、「酢酸ビニルと酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体」を用いて製造されるエマルジョンも包含する。
そして、請求項5のエマルジョンは、請求項1?4のすべてのエマルジョンを包含する。

以上から、請求項1?5のエマルジョンを「シード重合するモノマー」の観点で整理すると、請求項3、4のエマルジョンは「シード重合するモノマーを酢酸ビニルと共に酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体」として製造されるエマルジョンのみであるが、請求項1、2、5のエマルジョンは、「シード重合するモノマーを酢酸ビニルのみ」とするエマルジョンと、「シード重合するモノマーを酢酸ビニルと酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体」として製造されるエマルジョンとを包含する。
(以下、請求項3、4のエマルジョンに相当し、請求項1、2、5にも包含される「シード重合するモノマーを酢酸ビニルと共に酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体として製造されるエマルジョン(以下、「酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体」を「他のモノマー」という。)」を「エマルジョン〈シード/酢ビ・他のモノマー〉」という。また、請求項1、2、5のエマルジョンが更に包含する「シード重合するモノマーを酢酸ビニルのみとして製造されるエマルジョン」を「エマルジョン〈シード/酢ビ〉」という。また、両者を峻別する必要のない場合には、「エマルジョン〈シード/モノマー〉」という。)

(2)無効理由9に関する双方の主張
本件の「エマルジョン〈シード/モノマー〉からなる水性接着剤」について、請求人は、段落【0046】には貯蔵弾性率及びずり応力を調整する要件が多数あげられているのみで、この要件を具体的にどのように調整すれば貯蔵弾性率及びずり応力を実現することができるのか何ら記載がないから、多数の要件の組合せの中から貯蔵弾性率及びずり応力のそれぞれを所定の範囲内とする条件を見い出すには膨大な実験が必要となり、当業者が行いえるものではなく、また、「エマルジョン〈シード/酢ビ〉からなる水性接着剤」について、実施例が一つもなく、貯蔵弾性率及びずり応力を実現することが一層難しく、当業者による実施が不可能である旨主張している(第4 4(2))。

これに対し、被請求人は、発明の詳細な説明の実施例1?3を追試することにより、当業者は容易に行うことができる旨、そして、本件特許明細書の段落番号0046に、貯蔵弾性率G’及びずり応力τを調整するための技術的手段が列挙されており、これを参考にすることにより、G’及びτを適宜調整することが可能となる旨、答弁している(第5 3(あ))。
さらに、被請求人は、請求人が甲第5号証及び甲第6号証の追試と称して製造したC-6Y、C-22Y、K-14Y、K-16Y及びK-19Yは、本件発明の貯蔵弾性率G’及びずり応力τを満足するものであるものの、C-6Y、C-22Y、K-14Y、K-16Y及びK-19Yは、甲第5号証及び甲第6号証の実施例をそっくり追試したものではなく、エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョンをシードエマルジョンとして、酢酸ビニルモノマーを重合するという基本技術に基づき、種々の変更を施したものであると主張し、この変更は、保護コロイドの種類及び量、また、重合開始剤(触媒)の量を変更したものであるから、本件特許明細書の段落番号0046の記載を参考にしたものであるとし、本件特許明細書には本件特許発明を実現しえるように記載がされている旨を答弁している(第5 3(い))。

(3)検討
そこで、まず、(I)本件特許明細書の段落【0046】には本件発明が実施可能なように記載されているのかを検討し、さらに、(II)被請求人は、平成15年11月14日に提出した意見書で、「重合開始剤を重合初期に多量に(例えば全使用量の60重量%以上)使用することにより、G’a及びずり応力τaが前記所定の範囲に入る水性接着剤を調製することができます(段落0024、実施例1?3)。」[記載事項甲30-1]と述べているので、その根拠とされた【0024】及び実施例に【0046】を加えて総合して勘案すると当業者が容易に実施できるように記載されているといえるのかを検討し、最後に、(III)本件発明の実施例を追試すれば、当業者が本件発明を実施することが容易であるといえるかを検討する。
(I)段落【0046】の記載について
本件特許明細書の段落【0046】に、「貯蔵弾性率及びずり応力の調製方法」は具体的に記載されているか検討する。

〈ア〉本件特許明細書中で、貯蔵弾性率G’及びずり応力τの調整について記載がされているのは、段落【0046】のみである。この段落【0046】には、
「【0046】貯蔵弾性率G’及びずり応力τは、シードエマルジョンの種類や添加量、シード重合に用いる酢酸ビニルの添加量、前記酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体の種類、添加量、添加時期及び添加方法、保護コロイドや界面活性剤の種類及び添加量、重合開始剤である過酸化水素の添加量、添加時期及び添加方法、重合温度、重合時間などの重合条件を適宜選択することにより調整できる。特に、G’a及びτaを前記所定の範囲にするためには、重合開始剤である過酸化水素の添加量、添加時期及び添加方法、保護コロイドや界面活性剤の種類及び添加量などが重要であるが、これらに限らず、上記の種々条件を適宜選択することにより、G’a及びτaを前記所定の範囲内に調整することが可能である。」と記載されている。
この記載中には、貯蔵弾性率G’a及びずり応力τaを調整するための要件が、材料の種類の選択、添加量の決定、反応条件の決定等の多岐にわたって約20項目記載されている。
しかし、この約20項目の要件をどのように選択、変動させれば貯蔵弾性率及びずり応力の値をどのように調整できるのか、そして、本件請求項の数値範囲内に調整するために、どの要件をどのように調整すればよいのかについての具体的な教示は全くされていない。そして、貯蔵弾性率とずり応力の調整方法は、本件出願時に技術常識として自明であったものとも認められない。
そうすると、本件発明を実施するに当たって、貯蔵弾性率及びずり応力を特定数値範囲内とするために、約20項目記載されている要件のそれぞれをどのように設定すると良いのか決めるには、試行錯誤的な膨大な実験が必要となり、当業者が容易に行い得るものではない。
なお、この記載中には、約20項目羅列されている要件の中でも、「重合開始剤である過酸化水素の添加量、添加時期及び添加方法、保護コロイドや界面活性剤の種類及び添加量など」が特に重要であることも記載されているので、これにより約20項目ある要件の中での重要度の高い要件が絞られているとはいえ、これだけでも、材料の選択に関しては、保護コロイド及び界面活性剤のそれぞれについて無数の材料を検討しなければならず、また、添加量の決定に関しても、過酸化水素、保護コロイド、界面活性剤の選択された材料毎の添加量を検討しなければならず、さらに、過酸化水素の添加時期及び添加方法に関しても、保護コロイド、界面活性剤の選択された材料毎に検討をしなければならないから、これらを最適化するだけで膨大な試行が必要となり、さらに、他の要件も貯蔵弾性率及びずり応力を変更させる要因である点に変わりはなく、各々の要件が貯蔵弾性率及びずり応力にどのように影響をし、各々の要件が相互にどのような影響を及ぼしているのか不明である以上、本件発明を実施するに当たって、貯蔵弾性率及びずり応力を特定数値範囲内とするために、要件のそれぞれをどのように設定すると良いのか決めることは依然として当業者が容易に行い得るものではない。

〈イ〉なお、被請求人は、本件請求人が無効理由2の証拠であるとして提出した、甲第5号証及び甲第6号証の追試と称して得たC-6Y、C-22Y、K-14Y、K-16Y及びK-19Yは、本件特許明細書段落番号0046の記載を参考にして甲第5、6号証に変更を施し、本件発明を実現しえたものといえるから、本件特許明細書の段落番号0046に列挙される、貯蔵弾性率G’及びずり応力τを調整するための技術的手段を参考にすることにより、G’及びτを調整することは可能である旨の主張をしている。(第5 3(い))

しかし、上記のC-6Y、C-22Y、K-14Y、K-16Y及びK-19Yには、甲第5号証あるいは甲第6号証の実施例に何らの改変も加えないそのままの実施例〔被請求人が作成し、請求人が提出した甲第28号証の「No.7」のサンプル、被請求人が提出した乙第3号証の「No.1?10」のサンプル〕と比べると、下記するような多数の改変点がある。

C-6Y、C-22Yの、甲第5号証の実施例と比べた改変点
1.ポリビニルアルコールの銘柄が異なる
2.ポリビニルアルコールの配合量が異なる
3.エチレン-酢酸ビニル共重合体の銘柄が異なる
4.C-22Yは、酢酸ビニルに対する過酸化水素の配合量が多い
〈なお、C-6Y、C-22Y、及び、改変前の甲第5号証の実施例1?3のいずれもが、酢酸ビニルモノマーの滴下前に、過酸化水素の全量を一挙に投入している。〉

K-14Y、K-16Y、K-19Yの、甲第6号証の実施例と比べた改変点
1.ポリビニルアルコールの銘柄が異なる
2.ポリビニルアルコールの配合量が異なる
3.エチレン-酢酸ビニル共重合体の銘柄が異なる
4.エチレン-酢酸ビニル共重合体の配合量が異なる
5.K-16Y、K-19Y は、酢酸ビニルに対する過酸化水素の配 合量が多い
〈なお、K-14Y、K-16Y、K-19Y 及び、改変前の甲第6号証の実施例1?6のいずれもが、酢酸ビニルモノマーの滴下前に、過酸化水素の全量を一挙に投入している。〉

上記のように改変点が多数あることから、G’及びτを調整するために、たとえ本件の段落【0046】の記載を参考にし、仮に本件請求項1の範囲のものを得ることができたとしても、これらの改変点を過度の試行錯誤なしに当業者が導き出すことができたとすることはできない。
また、そもそも、本件特許明細書の発明の詳細な説明が、本件発明を当業者が容易に実施できる程度に記載されているか否かを判断するに当たって、上記トレース品を容易に製造できたか否かは考慮する必要のないことであるから、被請求人の主張は採用することができないものでもある。

〈ウ〉そうしてみると、被請求人の第5 3(い)での主張、すなわち、甲第5、6号証の実施例を改変したC-6Y、C-22Y、K-14Y、K-16Y、K-19Yが本件発明のG’及びτに調整することができたことをもって、本件特許明細書の段落【0046】には、本件発明が実施可能なように記載されているというものは、妥当な主張とは考えられない。

(II)段落【0024】及び実施例の記載について
被請求人は、平成15年11月14日に提出した意見書で、「重合開始剤を重合初期に多量に(例えば全使用量の60重量%以上)使用することにより、G’a及びずり応力τaが前記所定の範囲に入る水性接着剤を調整することができます(段落0024、実施例1?3)。」[記載事項甲30-1]と述べているので、その根拠とされた【0024】、実施例に、【0046】の記載を加え、これらを総合して勘案すると当業者が容易に実施できるように記載されているといえるのかを検討する。

〈エ〉本件特許明細書の段落【0024】には、重合開始剤の添加方法が記載されているが、G’及びずり応力τを調整するための添加方法であるとは記載されていない。
そして、この段落【0024】は、段落【0005】?【0006】の【発明が解決しようとする課題】に記載された「容易に押し出すことができる」、「垂れにくい」、「可塑剤を全く含まなくても、優れた低温成膜性及び接着強度を備え」および「低温養生時においても高い接着強さ(低温接着強さ)を示す」等の多数の課題を解決するための手段の一部として記載されているもので、特定の貯蔵弾性率やずり応力を調整するための手段であるとは必ずしも解せず、段落【0024】に「重合開始剤は、重合の初期(例えば、使用する酢酸ビニルモノマーの半量を系内に添加するまでの期間)に、全使用量の60重量%以上、特に65重量%以上を系内に添加するのが好ましい」と記載されていても、どのような観点から好ましいのかわからない。

〈オ〉本件の実施例1?3はいずれも、n-ブチルアクリレートを全量添加した後、触媒の全使用量の半量(実施例1、2)あるいは0.3/1.1量(実施例3)を添加し、その後に酢酸ビニルと残量の触媒を添加するものであるのに対し、比較例1?3は、実施例と同様にn-ブチルアクリレートをまず全量添加するが、その後の触媒の添加は酢酸ビニルの滴下と並行して少しずつ滴下添加するものである。その違いに着目すると、触媒の添加方法が大きな差のように一見みえ、これは段落【0024】や【0046】の記載とも一見符合するが、この触媒の添加方法の相違が実際に貯蔵弾性率やずり応力にどの程度の差異をもたらすのかについて、上記の実施例及び比較例から明らかにはならない。つまり、本件の比較例1は、実施例1?3と触媒の添加方法が異なるだけでなく、触媒の種類も異なり、酒石酸を添加せずに、炭酸水素ナトリウムを添加している点でも異なり、さらに、使用しているポリビニルアルコールの銘柄(製造者、品番)も異なっている。また、比較例2及び3も、実施例1?3と触媒の添加方法が異なるだけでなく、酒石酸(酒石酸は還元剤として、過酸化水素とレドックス系開始剤を構成することが段落【0022】に記載されているが、酒石酸すなわち還元剤が多いと開始剤の働きは大きく変化し、また、酒石酸は酸であるため酒石酸の添加量の多寡によるpH変化によっても過酸化水素の分解速度は変わってくる。)の添加量が相違し、比較例3はポリビニルアルコールの銘柄も異なっている。
そうすると、触媒(重合開始剤)の添加方法が、貯蔵弾性率やずり応力にもたらす影響がどのようなものであるか実施例と比較例の対比から把握することはできない。
一方、比較例2と3とは、使用しているポリビニルアルコールの銘柄のみが異なるが、その差により貯蔵弾性率には100Paの差が生じ、ずり応力には500Paの差が生じている。
さらに、本件の実施例1と2では、使用しているエチレン-酢酸ビニルエマルジョンの銘柄のみが異なるが、その差により貯蔵弾性率には40Paの差が生じ、ずり応力には200Paの差が生じている。これに対し、実施例1と3では、重合開始剤の使用量とその添加方法にのみ差異を有するが、その差異により貯蔵弾性率には10Paの差が生じ、ずり応力には50Paの差が生じたに過ぎない。
以上の実施例及び比較例の測定結果をつぶさにみれば、重合開始剤の添加の方法が貯蔵弾性率やずり応力に大きな影響を及ぼすと理解することはできず、本件の段落【0024】、【0046】の記載及び実施例、比較例を総合して勘案しても、「エマルジョン〈シード/モノマー〉」の貯蔵弾性率及びずり応力の調整には、ポリビニルアルコールの銘柄やエチレン-酢酸ビニルエマルジョンの銘柄をはじめ各種の要件が影響していることが明らかになってくるだけで、それらをどのように調整すれば貯蔵弾性率及びずり応力を所定の範囲に調整することができるのかは依然として明らかになってこない。
そうしてみると、「本件発明の範囲内の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを得ることは、本件特許明細書の実施例を基本とし、本件特許明細書の段落番号0046の記載を参考にすれば、当業者が容易に実施しうることである」という被請求人の答弁(あ)[第5 3(あ)]に根拠はなく、これを採用することはできない。

〈カ〉また、本件の段落【0024】に、「重合開始剤は、重合の初期(例えば、使用する酢酸ビニルモノマーの半量を系内に添加するまでの期間)に、全使用量の60重量%以上、特に65重量%以上を系内に添加するのが好ましい」と記載されているが、重合の初期に重合開始剤を大量投入しても、訂正前の本件発明のG’及びτの範囲のものすら調整できないことは、上記〈イ〉の項に記載したように、甲第5号証の実施例1?3、及び、甲第6号証の実施例1?8に忠実な追試サンプル(甲第28号証のNo.7及び乙第3号証のNo.1?No.10のサンプル)が重合の初期に重合開始剤を全量投入したものであるにもかかわらず訂正前の本件発明のG’及びτの範囲にすらなっていないことからもうかがえる。

〈キ〉さらに、乙第8号証の論文は本件の出願後に発行されたものであるが、該論文の「引用文献」欄に記載されている特許公報第3522729号[記載事項乙8-5]が本件特許の番号であることと、該特許公報が引用されている乙第8号証本文の記載事項[記載事項乙8-1][記載事項乙8-5]とからみると、乙第8号証の論文には本件特許発明が論じられていると解されるところ、該論文にも、エマルジョン〈シード/モノマー〉であって、所定のG’値やτ値を具備したものを得る手段に関して、「具体的には,シードエマルションの種類や添加量,シード重合に用いる酢酸ビニルの添加量,・・酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体の種類,添加量,添加時期及び添加方法,添加剤の種類や添加量,重合温度,重合時間などの重合条件を適宜選択し検討した・・結果,垂れにくさと押し出しやすさを兼ね備えたEVAシード酢酸ビニル樹脂エマルションを得ることができた。」[記載事項乙8-5]という記載がされているのみで、重合開始剤の添加方法に関する記載は全くない。したがって、本件特許発明を論じている論文からみても、本件段落【0024】の重合開始剤の添加方法は、G’及びτの調整に関する記載であるとは解しにくい。
なお、乙第8号証の論文は、接着剤として幅広く使われている、可塑剤を含まないにもかかわらず、低温で成膜し、押し出し性及び耐垂れ性の良好な、エチレン-酢酸ビニル共重合体をシードとする酢酸ビニル樹脂エマルジョンを論じているものであるが[記載事項乙8-1]、[記載事項乙8-5]、この論文には、「良好な成膜性を示す最適EVA量があること」[記載事項乙8-1][記載事項乙8-2]、及び、「通常、ガラス転移温度の高い酢酸ビニルホモポリマーは融着しないはずだが、粒径が非常に細かいことで、ほとんど変形を伴わずに連続皮膜を形成することができる。このような粒子組成を形成することができた理由は、図5に示すように、EVA粒子近傍のポリビニルアルコール(PVA)の濃度が高い領域において酢酸ビニル粒子の乳化重合が進行し、十分に細かい酢酸ビニルポリマー粒子を形成するためと考えている」[記載事項乙8-1][記載事項乙8-3][記載事項乙8-4]との記載がされているから、この論文にはシードであるEVAの配合量及び保護コロイドであるPVAの濃度が接着剤としての成膜性に重要であることが教示されている。
そうしてみると、請求人が、平成15年11月14日付けの意見書[記載事項甲第30-1]に記している、「重合開始剤を重合初期に多量に・・・使用することにより、G’a及び・・・τaが・・・所定の範囲に入る水性接着剤を調製することができます(段落0024、実施例1?3)。」を根拠として、本件の発明の詳細な説明の記載は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとすることはできない。

〈ク〉上記のとおりであるから、本件特許明細書の段落【0024】、段落【0046】の記載、及び、実施例、比較例を総合して勘案しても、本件の詳細な説明は、当業者が過度の試行錯誤なしに本件発明を実施することができるように記載されているとはいえない。

(III)実施例の追試について
本件発明の実施例を追試すれば、当業者が本件発明を実施することが容易であるといえるか検討する。

〈ケ〉本件特許明細書には、3つの実施例があるが、いずれもn-ブチルアクリレートを酢酸ビニルに併用するもの(以下、「エマルジョン〈シード/酢ビ・BA〉」という。)で、他のモノマーを併用しない水性接着剤の実施例はなく、また、n-ブチルアクリレート以外の重合性不飽和単量体(以下、「BA以外のモノマー」という。)を酢酸ビニルに併用する実施例もない。
上記のような実施例1?3が、本願発明1?5の水性接着剤を実施しようとする場合に手掛かりになるか否かは当業者に明らかではない。
そこで、エマルジョン〈シード/酢ビ〉の製造を実施するに当たって、実施例が手掛かりになるのか否かをまず検討し、次いでエマルジョン〈シード/酢ビ・他のモノマー〉のうち、「他のモノマーとして、BA以外のモノマーを使用して重合させたエマルジョン」(以下、「エマルジョン〈シード/酢ビ・BA以外のモノマー〉」という。)の製造を実施するに当たって、実施例が手掛かりになるのか否かを検討する。

〈コ〉エマルジョン〈シード/酢ビ〉の製造を実施するに当たって、実施例が手掛かりになるか。

本件特許明細書に記載される実施例はいずれも、n-ブチルアクリレートを酢酸ビニルに併用しているものであるが、このn-ブチルアクリレートを添加しない外は、実施例に即したサンプルエマルジョンが、貯蔵弾性率、ずり応力をはじめ、本件発明で課題及び効果としている低温成膜性や接着強度の点で実施例と同等の性能のものとなるか否か検討し、同等の性能であれば、n-ブチルアクリレートを併用した実施例であっても、当業者の手掛かりになると考えることに無理はないと考えられる。そこで、n-ブチルアクリレートを添加しない外は、要件変更をしていないサンプルエマルジョンの貯蔵弾性率、ずり応力、低温成膜性及び接着強度はどのような値を示すのかについて、請求人が提出した甲第7号証及び被請求人が提出した乙第6号証により検討する。

請求人が提出した、「実験成績証明書 アイカ工業株式会社 実験者 櫛田貢 作成日平成17年2月25日」と標記された甲第7号証には、本件特許明細書の実施例2を基本としつつ、酢酸ビニル以外のモノマー(n-ブチルアクリレート)を加えないようにした点のみ相違するトレース品2-1、2-2を製造したこと[記載事項甲7-3]、それを本件請求項に規定されている方法で測定したこと[記載事項甲7-2]、そうすると貯蔵弾性率が17.4Paと11.6Paと測定されたこと[記載事項甲7-3]、及び、5℃においての成膜では明らかに白濁していたこと[記載事項甲7-3]が記載されている。上記の測定結果をみると、貯蔵弾性率、ずり応力の測定値からみてトレース品は本件発明の範囲外である。また、5℃においての成膜では明らかに白濁していることから、JISにおいて通年用の接着剤の最低造膜温度として定める2℃以下[記載事項甲29-1、記載事項甲29-2]は達成し得ておらず、このトレース品は、貯蔵弾性率及びずり応力以外にも、低温成膜性及び低温接着強度という本件発明が課題とし効果としている性能も備わっていない。
そうすると、本件特許明細書の実施例2は、酢酸ビニル以外のモノマーを含まない場合、すなわちエマルジョン〈シード/酢ビ〉の本件発明に係る接着剤を製造する上で何ら手掛かりとならないものである。

これに対し、被請求人は、請求人がデンカスーパーテックスNS100が市販されていないためにトレース実験をすることができないと主張した、本件特許明細書の実施例1、3を含め、実施例1?3を基本としn-ブチルアクリレートを添加しない実施例1?3についてのトレース実験をしている[記載事項乙6-1]。
その結果は、本件請求項1の訂正により、実施例1、3のトレースサンプルも本件発明の範囲外のものとなり[記載事項乙6-2、記載事項乙6-3]、また、実施例2のトレースサンプルは本件発明の範囲にもともと入らないものである[記載事項乙6-2、記載事項乙6-3]ため、実施例1?3のいずれのトレースサンプルも本件発明の範囲外のものとなった。
したがって、実施例1?3のいずれも、エマルジョン〈シード/酢ビ〉の製造の手掛かりになるものではない。

本件特許明細書の実施例2が本件発明の範囲外になった理由について、被請求人は、「実施例2の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンは、使用原料とn-ブチルアクリレートとが相互作用をしていたものと考えられ、本件発明の範囲内に入らなかった」、「エマルジョンの場合には、使用原料間の相性によって、予測し得ない結果となることもある」、及び、「これは特別な例であると考えられる」と主張している[第5 3(く)]。
しかし、本件の範囲内になった実施例のトレース品と範囲外となったトレース品とどちらを特別な例とみるべきかは明らかではなく、被請求人が主張するように「エマルジョンの場合には、使用原料間の相性によって、予測し得ない結果となることもある」のであれば、実施例1?3のエマルジョン〈シード/酢ビ・BA〉の処方は、エマルジョン〈シード/酢ビ〉の処方の手掛かりにはならないと考えるべきである。
また、「本件特許明細書の実施例1、3についてもトレース実験をすることを検討しているが、そこで使用されているEVAである電気化学工業(株)製、デンカスーパーテックスNS100が市販されていないため、現時点ではトレース実験を実施できていない。」〔第4 4(3)〕と、請求人が主張するように、実施例に使用する材料が商品名のみでしか記載されていない場合には、該商品名の材料が入手できないと、当業者がトレース実験をすることはできない。
本件特許明細書では、実施例で使用しているEVAエマルジョンについて「不揮発分55重量%」と記載されているのみで、エチレンと酢酸ビニルの共重合比や分子量やEVAエマルジョン中の他の配合剤の有無等について一切記載がないので、デンカスーパーテックスNS100の代替材料に何を使用すべきか当業者が決めることは容易ではなく、トレース実験できない。このことは、本件実施例のEVAエマルジョン以外の材料についても同様である。
このように、実施例で使っている材料についても当業者が実施できるように記載されていないのであるから、本件の実施例は、「エマルジョン〈シード/酢ビ〉」を処方するにあたって手掛かりになるものではない。

〈サ〉エマルジョン〈シード/酢ビ・BA以外のモノマー〉の製造を実施するに当たって、実施例が手掛かりになるか。

本件特許明細書には、酢酸ビニルとシード重合させることのできる「他のモノマー」の具体的なものとして、段落【0027】?【0032】に非常に多数の不飽和単量体が記載されている。にもかかわらず、実施例で使用されている他のモノマーはn-ブチルアクリレートだけである。
段落【0027】?【0032】に記載される非常に多数の不飽和単量体の中には、n-ブチルアクリレートと物性が大きく異なるものも多く含まれる。例えば、芳香族ビニル化合物(ポリスチレンのガラス転移点は100℃である。)は、n-ブチルアクリレート(ポリn-ブチルアクリレートのガラス転移点は-45.5℃である。)に比べてガラス転移点が高く、また、結晶性も大きく異なることから、他のモノマーとしてn-ブチルアクリレートを使用するものと、スチレンを使用したものとでは接着剤に関係する物性は大きく異なるものと考えられる。
ところで、本件特許明細書段落【0005】及び【0006】には、本件特許の接着剤が具備している性能として「可塑剤を含まずに、低温接着性に優れ、押し出し性や耐垂れにも優れた」と記載されている。しかし、上記の性能の中にはガラス転移点が大きく関係するものがあることから、n-ブチルアクリレートとガラス転移点の大きく異なるスチレンを使用して、n-ブチルアクリレートを使用した接着剤と同様に上記の性能を有する接着剤を製造することが可能であるとは考えにくい。が、仮に可能だとしても、諸々の他の重合条件等の要件を設定するのに、そのような性質の異なるn-ブチルアクリレートの実施例が手掛かりになることは考えられない。
したがって、本件の実施例は、エマルジョン〈シード/酢ビ・BA以外のモノマー〉の製造を実施するに当たって、手掛かりになるものではない。

(4)小括
以上のとおりであるから、エマルジョン〈シード/酢ビ〉及びエマルジョン〈シード/酢ビ・他のモノマー〉のいずれのエマルジョンからなる接着剤についても、本件の請求項1に特定される数値範囲内の貯蔵弾性率及びずり応力を有するものを得るに当たって、どのような要件をどのように調整すればよいのか、発明の詳細な説明に具体的な記載もなく、実施例も手掛かりになるものではない。
したがって、エマルジョン〈シード/モノマー〉であって、請求項1に特定される貯蔵弾性率の数値範囲とずり応力の数値範囲内のものを製造するための実施要件が、本件の発明の詳細な説明には、当業者が容易に実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているものではない。

最後に、被請求人の答弁(あ)?(く)[第5 3(あ)?(く)]について検討すると、(あ)は、第6 2(2)(I)〈ア〉、及び、第6 2(2)(II)〈オ〉の項に述べたとおりである。
(い)は、第6 2(2)(I)〈イ〉の項に述べたとおりである。
(う)は、当審の判断と一致するものであるが、そのことによって実施可能要件を満足していることにはならないのは、これまで説示したとおりである。
(え)は、第6 2(2)(III)〈コ〉に記載したように、根拠のない主張である。
(お)は、第6 2(2)(I)〈イ〉の項に述べたとおりである。
(か)は、第6 2(2)(III)〈コ〉の項に述べたとおりである。
(き)について、比較例において本件発明の範囲内に入らないものが得られていることと、本件発明の範囲内にあるものを製造することの実施可能性とは直接関係するものではなく、比較例が貯蔵弾性率、ずり応力を特定の範囲にするための参考になるものとは認められない。
(く)は、第6 2(2)(III)〈コ〉の項に述べたとおりである。

したがって、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

3 無効理由11について
第6 2(2)(III)〈コ〉に記載したとおり、「エマルジョン〈シード/酢ビ〉からなる水性接着剤」については、実施例もなく、他のモノマーを併用した実施例も手掛かりにならないものであるから、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

第7 むすび
以上のとおりであって、本件請求項1?5に係る発明についての特許は特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、その他の無効理由について判断するまでもなく、同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
水性接着剤
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】重合開始剤として過酸化水素を用いシード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなり且つ可塑剤を実質的に含まない水性接着剤であって、測定面がチタン製円錐-ステンレス製円盤型のレオメーターを用い、温度23℃、周波数0.1Hzの条件でずり応力を走査して貯蔵弾性率G′を測定したとき、その値がほぼ一定となる線形領域における該貯蔵弾性率G′の値が230?280Paであり、且つ測定面がチタン製円錐-ステンレス製円盤型のレオメーターを用い、温度7℃の条件でずり速度を0から200(1/s)まで60秒間かけて一定の割合で上昇させてずり応力τを測定したとき、ずり速度200(1/s)におけるずり応力τの値が1200?1450Paである水性接着剤。
【請求項2】酢酸ビニル樹脂系エマルジョンが、エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョン中で酢酸ビニルをシード重合して得られるエマルジョンである請求項1記載の水性接着剤。
【請求項3】酢酸ビニル樹脂系エマルジョンが、酢酸ビニルを系内に添加しつつシード重合を行う工程と、前記酢酸ビニルの添加とは独立して、前記工程中又は前記工程の前若しくは後になされる酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体を系内に添加する工程とにより得られるエマルジョンである請求項2記載の水性接着剤。
【請求項4】酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体として、アクリル酸エステル類、メタクリル酸エステル類、ビニルエステル類及びビニルエーテル類から選択された少なくとも1種の単量体を用いる請求項3記載の水性接着剤。
【請求項5】請求項1?4の何れかの項に記載の水性接着剤をノズル付き容器内に充填したノズル付き容器入り水性接着剤。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、手作業による塗布性等に優れた酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤と、該水性接着剤をノズル付き容器内に充填したノズル付き容器入り水性接着剤に関する。
【0002】
【従来の技術】
従来、酢酸ビニル樹脂系エマルジョンは、木工用、紙加工用、繊維加工用等の接着剤や塗料などに幅広く使用されている。しかし、そのままでは最低造膜温度が高いため、多くの場合、揮発性を有する可塑剤、有機溶剤などの成膜助剤を添加する必要がある。前記可塑剤としてフタル酸エステル類などが使用されるが、昨今の環境問題の高まりから、フタル酸エステル類が環境に対して好ましくないとの指摘もあり、安全性の高い可塑剤などへの代替が検討されている。しかし、可塑剤は本質的にVOC成分(Volatile Organic Compounds;揮発性有機化合物)であり、特に、住宅関連に使用される接着剤では、VOC成分が新築病(シックハウス症候群)の原因物質ではないかとの見方もある。このように、環境負荷の少ない水性接着剤であっても、可塑剤に起因するVOC問題が指摘されるようになっている。そこで、可塑剤を含まない酢酸ビニル樹脂系エマルジョン系接着剤が検討されているが、木工用に使用できるほどの高接着強度を発現し、しかも冬季など低温下で成膜できる技術は近年まで全く見当たらなかった。
【0003】
特開平11-92734号公報には、エチレン含有量が15?35重量%であるエチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョンに酢酸ビニルをシード重合してなる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを含む木工用接着剤が開示されている。この技術によれば、高接着強度が発現し、可塑剤を添加しなくても、冬季などの低温下でも成膜できるという性能が得られる。また、特開2000-239307号公報には、エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョン中で酢酸ビニルをシード重合して酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを製造する方法において、酢酸ビニルを系内に添加しつつシード重合を行う工程と、前記工程中に酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体を前記酢酸ビニルとは独立して系内に添加する工程とを含む酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの製造方法が開示されている。さらに、WO00/49054には、エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョン中で酢酸ビニルをシード重合して酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを製造する方法において、酢酸ビニルを系内に添加しつつシード重合を行う工程と、前記工程の前工程又は後工程として、酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体を系内に添加する工程を含む酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの製造方法が開示されている。これらの技術によれば、可塑剤を含まなくても、優れた低温成膜性及び接着強度が得られるだけでなく、低温養生時においても高い接着強さが得られるというこれまでにない優れた性能が得られる。
【0004】
一方、シード重合ではなく通常の保護コロイドを用いた乳化重合により得られる酢酸ビニル系エマルジョンからなる可塑剤含有水性接着剤のうち、ノズル押出し用又は刷毛塗り用に用いられるものは、一般にずり応力τが低いため容器のノズルから容易に押し出して使用できるとともに、貯蔵弾性率G′が高いため垂直面や天井に塗布しても垂れにくいという特徴を有している。これに対して、シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤は、一般に貯蔵弾性率G′が低く、ずり応力τが高いという粘弾性上の特徴を有している。そのため、ロールコーターを用いて塗布する場合のロール塗工性には優れるものの、(i)ノズル付きの容器に充填し、手で容器を押して接着剤を出し、所望の箇所に適用しようとした場合、内容物が出にくいという問題、(ii)垂直面や天井に適用すると垂れやすいという問題がある。前者の問題は特に冬場などの低温下において顕著であり、後者の問題は夏場などの比較的高温下で起こりやすい。前者の問題(押出し性)を解消するためには粘度を低くすることが考えられるが、粘度を低くすると後者の問題(垂れ性)が一層顕著になる。また、逆に粘度を高くして垂れ性を改善すると、今度は押出し性が著しく低下する。すなわち、冬場の使用適性を上げると夏場に使いにくくなり、夏場の使用適性を上げると冬場に使いにくくなるというジレンマがある。このように、シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤では、押し出し易さと垂れにくさを両立することは一般に困難であり、通年で使用できるものは無かった。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
[本発明の本質的課題]
従って、本発明の目的は、シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤であっても、容器のノズル先から容易に押し出すことができるとともに、保形性に優れ、比較的高温下において垂直面に適用しても垂れにくい水性接着剤、及び該水性接着剤をノズル付き容器内に充填したノズル付き容器入り水性接着剤を提供することにある。
【0006】
[請求項2?5に係る各発明の付加的課題]
本発明の他の目的は、上記の特性に加え、可塑剤を全く含まなくても、優れた低温成膜性及び接着強度を備え、しかも低温養生時においても高い接着強さ(低温接着強さ)を示す水性接着剤、及び該水性接着剤をノズル付き容器内に充填したノズル付き容器入り水性接着剤を提供することにある。
【0007】
【課題を解決するための手段】
[本発明の構成の説明]
本発明者らは、上記課題を解決するため、酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの粘弾性特性について鋭意研究を重ねた結果、シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤であっても、貯蔵弾性率G′とずり応力τを特定の範囲に調整すると、ノズル付き容器に充填した場合、冬場であっても手で容易に押し出すことができるだけでなく、比較的高温下で垂直面に適用した場合でも垂れにくいことを見出した。本発明はこれらの知見に基づいて完成されたものである。
【0008】
すなわち、本発明は、重合開始剤として過酸化水素を用いシード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなり且つ可塑剤を実質的に含まない水性接着剤であって、チタン製円錐-ステンレス製円盤型のレオメーターを用い、温度23℃、周波数0.1Hzの条件でずり応力を走査して貯蔵弾性率G′を測定したとき、その値がほぼ一定となる線形領域における該貯蔵弾性率G′の値が230?280Paであり、且つチタン製円錐-ステンレス製円盤型のレオメーターを用い、温度7℃の条件でずり速度を0から200(1/s)まで60秒間かけて一定の割合で上昇させてずり応力τを測定したとき、ずり速度200(1/s)におけるずり応力τの値が1200?1450Paである水性接着剤を提供する。
【0009】
[請求項2に係る発明の限定的構成の説明]
上記の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンは、エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョン中で酢酸ビニルをシード重合して得られるエマルジョンであってもよい。このような酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤は、高接着強度が発現し、可塑剤を添加しなくても、冬季などの低温下で成膜できるという利点を有する。
【0010】
[請求項3及び4に係る各発明の限定的構成の説明]
また、上記の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンは、酢酸ビニルを系内に添加しつつシード重合を行う工程と、前記酢酸ビニルの添加とは独立して、前記工程中又は前記工程の前若しくは後になされる酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体を系内に添加する工程とにより得られるエマルジョンであってもよい。前記重合性不飽和単量体として、例えば、アクリル酸エステル類、メタクリル酸エステル類、ビニルエステル類及びビニルエーテル類から選択された少なくとも1種の単量体を使用できる。このような酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤は、可塑剤を全く含まなくても、低温養生時において高い接着強さ(低温接着強さ)を示す。
【0011】
[請求項5に係る発明の限定的構成の説明]
本発明は、また、上記の水性接着剤をノズル付き容器内に充填したノズル付き容器入り水性接着剤を提供する。
【0012】
[用語の定義]
なお、本明細書では、「シード重合」を樹脂エマルジョン中でモノマーを重合させる広い意味に用いる。また、「アクリル」と「メタクリル」とを「(メタ)アクリル」と総称する場合がある。
【0013】
【発明の実施の形態】
[請求項5に係る発明の限定的構成の説明]
以下、本発明の実施の形態を必要に応じて図面を参照しつつ説明する。図1は本発明のノズル付き容器入り水性接着剤の一例を示す概略図である。このノズル付き容器入り水性接着剤1においては、ノズル2と円筒状の容器本体3とからなるノズル付き容器内に酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる本発明の水性接着剤6が充填されている。4はキャップであり、5は必要に応じて使用される代替用のノズル(ヘラノズル)である。前記ノズル5は、ノズル2を覆うようにして装着して使用され、接着剤の出口がスリット状に形成されている。
【0014】
図2は本発明のノズル付き容器入り水性接着剤の他の例を示す概略図である。このノズル付き容器入り水性接着剤11においては、ノズル12と扁平状の容器本体13とからなるノズル付き容器内に酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる本発明の水性接着剤16が充填されている。14はキャップである。
【0015】
[本発明の構成の説明]
本発明の水性接着剤を構成する酢酸ビニル樹脂系エマルジョンとしてはシード重合により得られるものであれば特に制限はないが、
[請求項2に係る発明の限定的構成の説明]
接着強度が高い点、及び可塑剤を添加しなくても低温成膜性に優れる点などから、エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョン中で酢酸ビニルをシード重合して得られるエマルジョンが特に好ましい。
【0016】
前記エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂としては、特に限定されないが、通常、エチレン含有量が5?40重量%程度の共重合樹脂が用いられる。なかでも、エチレン含有量が15?35重量%の範囲にある共重合樹脂は、特に低い成膜温度を与えると共に、接着強さも優れるため好ましい。エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョンは広く市販されており、市中で容易に求めることができる。エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョンは、必要に応じて水により希釈して用いられる。
【0017】
エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂の量は、得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの全樹脂(全固形分)中の含有量として、例えば3?40重量%、好ましくは5?30重量%、さらに好ましくは10?25重量%程度である。
【0018】
[本発明の構成の説明]
シード重合は、例えば、前記エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョンと、好ましくは保護コロイドとしてのポリビニルアルコール(PVA)を含む水系エマルジョン中、重合開始剤の存在下で行われる。重合系内にポリビニルアルコールを存在させると、該ポリビニルアルコールがシード重合における乳化剤として有効な機能を持つとともに、接着剤として用いたときの塗布作業性及び接着強さが向上する。
【0019】
ポリビニルアルコールとしては、特に限定されず、一般に酢酸ビニル樹脂系エマルジョンやエチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョンを製造する際に用いられるポリビニルアルコールを使用でき、アセトアセチル化ポリビニルアルコールなどの変性ポリビニルアルコールなどであってもよい。ポリビニルアルコールは、部分鹸化品、完全鹸化品の何れであってもよく、また、分子量や鹸化度等の異なる2種以上のポリビニルアルコールを併用することもできる。
【0020】
ポリビニルアルコールの量は、シード重合の際の重合性や接着剤としたときの接着性などを損なわない範囲で適宜選択できるが、一般には、得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの全樹脂(全固形分)中の含有量として、例えば2?40重量%、好ましくは5?30重量%、さらに好ましくは8?25重量%程度である。
【0021】
系内には、重合性や接着剤としての性能を損なわない範囲で、ポリビニルアルコール以外の保護コロイド類や界面活性剤(非イオン系界面活性剤、アニオン系界面活性剤、カチオン系界面活性剤等)などを添加してもよい。
【0022】
重合開始剤(触媒)としては、過酸化水素を使用する。また、この開始剤は、酒石酸、ロンガリット、重亜硫酸ナトリウム、アスコルビン酸などの還元剤と組み合わせて、レドックス系開始剤として用いることもできる。例えば、過酸化水素と酒石酸等の還元剤からなるレドックス系開始剤などが挙げられる。
【0023】
重合開始剤の使用量は、単量体の総量(酢酸ビニル及び酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体)100重量部に対して、例えば0.05?2重量部、好ましくは0.08?1.5重量部程度である。また、レドックス系開始剤を用いる際の還元剤の使用量は、適宜設定できる。例えば、併用する酒石酸等の使用量は、過酸化水素1重量部に対して、0.3?10重量部、好ましくは0.5?6重量部程度である。なお、連鎖移動剤として、イソプロパノール、ドデシルメルカプタンなどの少量の有機溶剤を系内に添加してもよい。重合開始剤や連鎖移動剤は、系内に一括添加してもよく、間欠的又は連続的に添加してもよい。
【0024】
重合開始剤は、重合の初期(例えば、使用する酢酸ビニルモノマーの半量を系内に添加するまでの期間)に、全使用量の60重量%以上、特に65重量%以上を系内に添加するのが好ましい。例えば、使用する全酢酸ビニルモノマーの半量を系内に添加するまでの期間に、使用する酢酸ビニルモノマーの総量100重量部に対して、0.05重量部以上(例えば0.05?2重量部)、好ましくは0.07重量部以上(例えば0.07?1.5重量部)の過酸化水素を系内に添加するのが好ましい。
【0025】
[請求項3及び4に係る各発明の限定的構成の説明]
本発明における酢酸ビニル樹脂系エマルジョンは、酢酸ビニルを系内に添加しつつシード重合を行う工程(以下、単に「工程A」と称する場合がある)と、前記酢酸ビニルの添加とは独立して、前記工程中又は前記工程の前若しくは後になされる酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体(以下、単に「他のモノマー」と称する場合がある)を系内に添加する工程(以下、単に「工程B」と称する場合がある)とにより得られるエマルジョンであるのが好ましい。
【0026】
前記工程Aにおける酢酸ビニルの添加方法としては、一括添加、連続添加、間欠添加の何れであってもよいが、反応の制御の容易性などの点から、連続添加又は間欠添加の方法が好ましい。酢酸ビニルは、ポリビニルアルコールなどの保護コロイド水溶液と混合、乳化して系内に添加してもよい。なお、酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体を前記酢酸ビニルとは独立して系内に添加する工程を設けると共に、反応性や得られるエマルジョンの接着性能等を損なわない範囲で、前記酢酸ビニルに酢酸ビニル以外の他の重合性不飽和単量体を混合して系内に添加してもよい。シード重合に用いる酢酸ビニルの使用量は、得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの全樹脂(全固形分)に対して、例えば10?90重量%、好ましくは15?80重量%、さらに好ましくは40?75重量%程度である。工程Aにおける重合温度は、例えば60?90℃、好ましくは70?85℃程度である。
【0027】
前記工程Bにおいて使用する酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体としては、特に限定されないが、例えば、アクリル酸エステル類、メタクリル酸エステル類、ビニルエステル類、ビニルエーテル類、芳香族ビニル化合物、不飽和カルボン酸アミド類、オレフィン類、ジエン類、不飽和ニトリル類などが挙げられる。これらの重合性不飽和単量体は単独で又は2以上を組み合わせて使用できる。
【0028】
アクリル酸エステル類及びメタクリル酸エステル類としては、従来公知の(メタ)アクリル酸エステルの何れをも使用することができる。この代表例として、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸プロピル、(メタ)アクリル酸ブチル、(メタ)アクリル酸ヘキシル、(メタ)アクリル酸2-エチルヘキシル、(メタ)アクリル酸オクチル、(メタ)アクリル酸イソオクチル、(メタ)アクリル酸ラウリル、(メタ)アクリル酸ステアリルなどの(メタ)アクリル酸アルキルエステル;(メタ)アクリル酸ヒドロキシエチル、(メタ)アクリル酸ヒドロキシプロピルなどの(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル、(メタ)アクリル酸メトキシメチル、(メタ)アクリル酸エトキシメチルなどの(メタ)アクリル酸アルコキシアルキル、(メタ)アクリル酸グリシジル、(メタ)アクリル酸とポリオキシエチレングリコール、ポリオキシプロピレングリコールなどのポリオキシアルキレングリコールとのエステル(ポリオキシアルキレン構造を有するアクリロイル化合物又はメタクロイル化合物)などの反応性官能基含有(メタ)アクリル酸エステルなどが例示できる。
【0029】
ビニルエステル類としては、酢酸ビニル以外の従来公知のビニルエステルの何れも使用することができる。この代表例として、例えば、ギ酸ビニル;プロピオン酸ビニル、酪酸ビニル、カプロン酸ビニル、カプリル酸ビニル、カプリン酸ビニル、ラウリン酸ビニル、ステアリン酸ビニル、オクチル酸ビニル、ベオバ10(商品名:シェルジャパン社製)などのC3-18脂肪族カルボン酸のビニルエステル;安息香酸ビニルなどの芳香族カルボン酸ビニル等が挙げられる。
【0030】
ビニルエーテル類としては、従来公知のビニルエーテル類を何れも使用することができる。この代表例として、例えば、メチルビニルエーテル、エチルビニルエーテル、n-プロピルビニルエーテル、iso-プロピルビニルエーテル、n-ブチルビニルエーテル、sec-ブチルビニルエーテル、tert-ブチルビニルエーテル、tert-アミルビニルエーテルなどのアルキルビニルエーテルなどが挙げられる。
【0031】
前記芳香族ビニル化合物としては、スチレン、ビニルトルエン、α-メチルスチレン、N-ビニルピロリドン、ビニルピリジンなどが挙げられる。不飽和カルボン酸アミド類には、(メタ)アクリルアミド、N-メチロールアクリルアミド、N-メトキシメチルアクリルアミド、N-メトキシブチルアクリルアミドなどの(メタ)アクリルアミド類などが含まれる。オレフィン類としては、エチレン、プロピレン、ブチレン、イソブチレン、ペンテンなどが挙げられる。ジエン類としては、ブタジエン、イソプレン、クロロプレンなどが例示できる。また、不飽和ニトリル類としては、(メタ)アクリロニトリルなどが挙げられる。
【0032】
これらの重合性不飽和単量体のうち、アクリル酸エステル類、メタクリル酸エステル類、ビニルエステル類及びビニルエーテル類から選択された少なくとも1種を使用するのが好ましい。中でも、(メタ)アクリル酸アルキルエステル[例えば、(メタ)アクリル酸C1-18アルキルエステル、特に(メタ)アクリル酸C1-14アルキルエステル]、C3-14脂肪族カルボン酸のビニルエステルが、低温養生時の低温接着強さの低下が最も少ないので好ましい。また、その低温接着強さに加えて、優れた低温造膜性能の保持及び形成皮膜の透明性の見地から、さらに好ましくは、アクリル酸C3-12アルキルエステル及びメタクリル酸C2-8アルキルエステルなどである。
【0033】
前記他のモノマーの使用量は、エマルジョンの接着性等の性能を損なわない範囲で適宜選択できるが、一般には、酢酸ビニル100重量部に対して、0.05?15重量部程度の範囲である。前記使用量が0.05重量部未満では低温養生時の接着強さ(低温接着強さ)が低下しやすく、15重量部を超える場合には常態接着強さが低下しやすい。前記の範囲の中でも、接着強さに優れ且つ低温養生時の低温接着強さの低下が最も少ない範囲は、酢酸ビニル100重量部に対して、0.1?12重量部、特に好ましくは0.5?10重量部の範囲である。
【0034】
工程A中に工程Bを行うとは、酢酸ビニルを系内に添加してシード重合を行っている途中において、前記他のモノマーを酢酸ビニルと混合してではなく、酢酸ビニルとは別個に系内に添加することを意味する。工程Bを工程Aの前工程として行うとは、酢酸ビニルを添加してシード重合する前に他のモノマーを系内に添加することを意味する。この場合、他のモノマーの添加は、重合開始剤の存在下又は非存在下の何れで行ってもよい。すなわち、他のモノマーの重合は、酢酸ビニルの重合開始前に開始されてもよく、酢酸ビニルの重合開始と同時に開始されてもよい。また、前記他のモノマーの重合が終了した後に[該他のモノマーのホモポリマー(前記他のモノマーを2種以上使用する場合にはそれらの共重合体)が形成された後に]、工程Aに移行する二段階重合を行ってもよい。
【0035】
一方、工程Bを工程Aの後工程として行うとは、酢酸ビニルの添加終了後に他のモノマーを系内に添加して該他のモノマーを重合に付すことを意味する。この場合、他のモノマーの添加は酢酸ビニルの重合が終了した後に行ってもよい。
【0036】
工程Bを工程A中に実施する場合、工程Bを工程Aの前工程として実施する場合及び工程Bを工程Aの後工程として実施する場合の何れの場合も、通常の共重合の形態である酢酸ビニルと他のモノマーとの混合液を系内に添加しつつシード重合を行う場合と比較して、系内における前記他のモノマーの全単量体に占める割合が大きい状態で該他のモノマーの重合が進行すると考えられる。
【0037】
工程Bにおける前記他のモノマーの添加方法としては、一括添加、連続添加、間欠添加の何れの方法であってもよいが、反応の制御が可能な範囲で、一括添加法のようにできるだけ短時間で添加するのが好ましい。また、前記他のモノマーは、ポリビニルアルコールなどの保護コロイド水溶液と混合、乳化して系内に添加してもよい。工程Bにおける温度は、前記工程Aにおける温度と同様である。なお、工程Bを工程Aの前工程として設け、且つ前記他のモノマーの重合を工程Aの時点で開始する場合には、前記他のモノマーの添加時の温度は特に限定されない。
【0038】
酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体を系内に添加する工程Bを、酢酸ビニルを系内に添加しつつシード重合を行う工程Aの前工程として行う場合に、特に低温接着強さの低下が少ない。
【0039】
重合装置としては、特に限定されず、業界で日常使用されている常圧乳化重合装置を用いることができる。
【0040】
上記の方法により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンは、可塑剤を全く含まない状態であっても、優れた低温成膜性(例えば、最低成膜温度が0℃未満)と高い接着強度を示すだけでなく、低温養生時における接着強さの大幅な低下を阻止し、高い低温接着強さを示すという特徴を有する。例えば、下記式
保持率(%)=[低温(5℃)接着強さ(MPa)/常態接着強さ(MPa)]×100
で表される保持率の値が、60%以上、好ましくは80%以上である水性エマルジョンが得られ、条件によっては、前記保持率の値が90%以上にも達する水性エマルジョンが得られる。前記保持率が80%以上である水性エマルジョンは、例えば、酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体を系内に添加する工程を、酢酸ビニルを系内に添加しつつシード重合を行う工程の前に設けることにより得ることができる。
【0041】
なお、常態接着強さとは、エマルジョンを木工用接着剤として用いたときの接着強さを示し、JISK6852に準拠して測定した圧縮せん断接着強さの値である。また、低温(5℃)接着強さとは、同じくエマルジョンを木工用接着剤として用いたときの接着強さであって、エマルジョン及び試験片を5℃雰囲気下で1日間保持し、その後同温度下で接着、養生し、且つ同温度下で測定する点以外は、JISK6852に準拠して測定した圧縮せん断接着強さの値である。
【0042】
また、上記の方法により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンは、被着体に塗布した場合、透明な皮膜が形成されるという特徴をも有する。
【0043】
[本発明の構成の説明]
上記の方法で得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンは、そのままで水性接着剤として利用できるが、必要に応じて、セルロース誘導体等の水溶性高分子などを増粘剤として配合したり、充填剤、溶剤、顔料、染料、防腐剤、消泡剤などを添加してもよい。
【0044】
本発明の水性接着剤の重要な特徴は、チタン製円錐-ステンレス製円盤型のレオメーターを用い、温度23℃、周波数0.1Hzの条件でずり応力を走査して貯蔵弾性率G′を測定したとき、その値がほぼ一定となる線形領域における該貯蔵弾性率G′の値(以下、G′aと称する)が120?1500Paであり、且つチタン製円錐-ステンレス製円盤型のレオメーターを用い、温度7℃の条件でずり速度を0から200(1/s)まで60秒間かけて一定の割合で上昇させてずり応力τを測定したとき、ずり速度200(1/s)におけるずり応力τの値(以下、τaと称する)が100?2000Paである点にある。G′aは、好ましくは130?1000Pa、さらに好ましくは150?800Paであり、τaは、好ましくは500?1800Pa、さらに好ましくは1000?1500Paである。ただし、本発明では、後記実施例に記載した貯蔵弾性率G′a及びずり応力τaの範囲を、請求項1に記載した。より具体的には、貯蔵弾性率G′及びずり応力τは粘弾性測定装置(例えば、ハーケ社製、レオメーターRS-75)により測定できる。一方のプレート[例えば、円錐-円盤型のレオメーターにおける円錐型プレート(材質:チタン)(この場合、円盤型プレート(材質:ステンレス)は固定平板とすることができる)]を回転させる際の周波数(角速度)が一定である条件下で、ずり応力τを走査して、貯蔵弾性率G′を測定する方法であるstress sweep法により測定されたずり応力τに対する貯蔵弾性率G′のグラフ(両軸とも対数表示である)では、ずり応力τに対する貯蔵弾性率G′がほぼ一定値となる線形領域が観測され、この線形領域における貯蔵弾性率G′の測定値の平均値をG′aとして採用する。貯蔵弾性率G′の測定周波数は0.1Hzである。また、τaとしては、ずり速度(dγ/dt)に対するずり応力τのグラフで得られる流動曲線(フローカーブ)におけるずり速度(dγ/dt)が200(1/s)の時の値を採用する。なお、容器の胴部を押さえてノズルから水性接着剤を出す際のノズルを通る時の水性接着剤にかかるずり速度(dγ/dt)は、通常、102?103(1/s)程度であり、前記ずり応力τを測定する際のずり速度200(1/s)は、この容器のノズルを水性接着剤が通る際のずり速度に相当している。ずり速度(dγ/dt)が200(1/s)を越えると(例えば、500(1/s)であると)、ずり応力τaの再現性が低下する。また、ずり速度(dγ/dt)を0(1/s)から200(1/s)まで一定の割合で連続的に上昇させる際に要する時間は60秒である。ずり速度を200(1/s)まで一定の割合で連続的に上げるのに要する時間が60秒よりも短すぎると、ずり応力τaの再現性が低下する。
【0045】
G′aが120Pa未満であると、特に夏場において、垂直面や天井などに接着剤を塗布した場合に垂れやすく、接着剤を必要としない箇所が汚染される。また、τaが2000Paを超える場合には、特に寒冷地や冬場において、ノズル付き容器を手で押して接着剤を押し出そうとしても接着剤が出にくく、作業性に劣る。
【0046】
貯蔵弾性率G′及びずり応力τは、シードエマルジョンの種類や添加量、シード重合に用いる酢酸ビニルの添加量、前記酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体の種類、添加量、添加時期及び添加方法、保護コロイドや界面活性剤の種類及び添加量、重合開始剤である過酸化水素の添加量、添加時期及び添加方法、重合温度、重合時間などの重合条件を適宜選択することにより調整できる。特に、G′a及びτaを前記所定の範囲にするためには、重合開始剤である過酸化水素の添加量、添加時期及び添加方法、保護コロイドや界面活性剤の種類及び添加量などが重要であるが、これらに限らず、上記の種々条件を適宜選択することにより、G′a及びτaを前記所定の範囲内に調整することが可能である。
【0047】
本発明の水性接着剤は、可塑剤(揮発性可塑剤)を実質的に含まない。可塑剤を実質的に含まないとは、例えば添加する顔料ペーストなどに可塑剤が含まれており、そのために前記接着剤中に可塑剤が混入すること等を妨げるものではないことを意味する。
【0048】
[請求項3及び4に係る各発明の限定的構成の説明]
本発明の水性接着剤は、低温下でも高い接着強さを有するので、木工用や紙工用等、特に木工用の水性接着剤として好適である。
[本発明の構成の説明]
なお、水性接着剤中に含まれる樹脂の総量は、固形分として、例えば25?70重量%程度、好ましくは30?60重量%程度である。
【0049】
また、本発明の水性接着剤は、酢酸ビニル樹脂系エマルジョン中に含まれる残存モノマーを従来公知の技術で完全に除去すれば、いわゆる「ノンVOCタイプの水性接着剤」となり、産業界のみならず、学童用、医療用として極めて安心できる接着剤となる。
【0050】
本発明の水性接着剤は、これまでのシード重合により得られる一般的な酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤と異なり、貯蔵弾性率G′が高く、ずり応力τが低いという粘弾性上の特徴を有している。そのため、ノズル付きの容器に充填した場合、容器のノズル先から手で容易に押し出すことができるとともに、比較的高温下において垂直面に適用しても垂れにくい。従って、ノズル押出し用又は刷毛塗り用の水性接着剤として好適に使用できる。
[請求項5に係る発明の限定的構成の説明]
なお、水性接着剤をノズル付き容器に充填する場合、それ以前には如何なる容器(円筒状容器、角柱状容器、袋状容器(有底袋状容器など)等)に保存されていてもよい。また、水性接着剤を刷毛塗り用に使用する場合、刷毛としては、特に限定されず、取っ手が刷毛の中央部に位置する通常の刷毛のほか、歯ブラシ形状のものなども用いることができる。
【0051】
本発明におけるノズル付き容器としては、充填した接着剤6,16を手で押し出して被着体に適用できるようなノズル付き容器であれば特に限定されない。なお、ノズルとは容器本体から延びる接着剤排出用の流路部を意味する。ノズル2,5,12の長さや内径は塗布性を損なわない範囲で適宜選択できる。例えば、ノズル2,5,12の長さは2?200mm程度であり、ノズル2,5,12の内径(接着剤の流路の径(最も狭い部分))は、例えば0.2?30mm、好ましくは0.5?20mm程度である。ノズル2,5,12の材質は、金属、プラスチック等の通常用いられるものを採用できる。ノズルは容器本体と一体化していてもよく、容器本体と着脱可能なものであってもよい。ノズルの先端(開口部)の断面形状は塗布性等を考慮して適宜選択でき、例えば、円状、星状、スリット状等の何れであってもよい。
【0052】
ノズル付き容器の容器本体3,13の材質は、手で押した場合に変形可能な柔軟性を有するもの、例えば、ポリオレフィン系樹脂などのプラスチックが好ましい。容器本体3,13の形状も、特に限定されず、円筒状(円柱状)、扁平円筒状、楕円柱状、扁平楕円柱状、三角柱状、四角柱状等の角柱状、球状、扁平球状、楕球状、扁平楕球状、円錐状、角錐状等の何れであってもよい。また、容器本体は、プラスチックフィルム(例えば、ポリエチレン/ポリアミドからなる多層フィルム等)で構成された袋状のものであってもよい。容器本体3,13の容量は取扱性、作業性等を損なわない範囲で適宜選択でき、例えば、5ml?1000ml程度である。
【0053】
【発明の効果】
[本発明による特有の効果]
本発明の水性接着剤は、シード重合により得られた水性接着剤であっても、ノズル先から容易に押し出すことができ、しかも比較的高温下において垂直面に適用しても垂れにくいという効果を奏する。従って、ノズル押出し用や刷毛塗り用として好適に使用できる。
[請求項2に係る発明による付加的効果]
また、接着剤がシード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなるため、可塑剤を全く含まなくても、優れた低温成膜性及び接着強度を備える。
[請求項3及び4に係る各発明による付加的効果]
さらに、モノマーを特定の方法で添加して得られるエマルジョンを用いたものは、低温養生時においても高い接着強さ(低温接着強さ)を示す。
【0054】
【実施例】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0055】
実施例1
攪拌機、還流冷却器、滴下槽及び温度計付きの反応容器に水505重量部を入れ、これに、ポリビニルアルコール(PVA)(電気化学工業(株)製、デンカポバールB-17)50重量部、酒石酸0.5重量部を加えて溶解させ、80℃に保った。PVAが完全に溶解した後、エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂エマルジョン(EVAエマルジョン)(電気化学工業(株)製、デンカスーパーテックスNS100、不揮発分55重量%)を130重量部添加した。液温が80℃まで上がったところで、n-ブチルアクリレート(BA)を7重量部添加し、5分間攪拌した。さらにこの混合液に、触媒(35重量%過酸化水素水)0.5重量部を添加した後、触媒(35重量%過酸化水素水0.5重量部を水22重量部に溶解させた水溶液)と、酢酸ビニルモノマー285重量部とを、別々の滴下槽から2時間かけて連続的に滴下した。滴下終了後、さらに1.5時間攪拌し、重合を完結させて、酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを得た。この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G′(23℃)及びずり応力τ(7℃)を粘弾性測定装置(ハーケ社製、レオメーターRS-75;円錐-円盤型のレオメーター)により測定した結果、G′a及びτaは、それぞれ、270Pa及び1250Paであった。なお、ずり応力τに対する貯蔵弾性率G′の測定では、円盤型プレート(固定平板)(材質:ステンレス)との角度(円錐プレートの円錐面と円盤型プレートの平面との間の角度)が4°であり且つ直径35mm(底面の直径)の円錐プレート(コーンプレート;回転側プレート)(材質:チタン)を用いた。一方、ずり速度(dγ/dt)に対するずり応力τの測定では、円盤型プレート(固定平板)(材質:ステンレス)との角度が1°であり且つ直径が20mmの円錐プレート(回転側プレート)(材質:チタン)を用いた。なお、この粘弾性測定により得られたずり応力τに対する貯蔵弾性率G′のグラフ(両軸とも対数表示である;測定温度23℃;測定周波数0.1Hz)を図4に、ずり速度(dγ/dt)に対するずり応力τのグラフ(測定温度7℃)を図5に示す。図4では、縦軸が貯蔵弾性率G′(Pa)であり、横軸がずり応力τ(Pa)である。図5では、縦軸がずり応力τ(Pa)であり、横軸がずり速度(dγ/dt)[γドット;(1/s)、ずり速度を0から200(1/s)まで一定の割合で連続的に上昇させる際に要する時間:60秒]である。図4に係るずり応力τに対する貯蔵弾性率G′のグラフより、ずり応力τが0.5(Pa)?10.5(Pa)の範囲は、貯蔵弾性率G′がほぼ一定となる線形領域となっており、前記線形領域における貯蔵弾性率G′の測定値の平均値(算術平均値)がG′aの値として採用されている。また、図5に係るずり速度(dγ/dt)に対するずり応力τのグラフを観察すると、ずり応力(τ)は、ずり速度(dγ/dt)の増加とともに増加しており、ずり速度(dγ/dt)が200(1/s)の時の測定値がτaの値として採用されている。なお、ずり応力(τ)の測定に際しては試料を4℃で24時間養生しており、また、測定器の設定温度を4℃とすることにより、測定時の摩擦熱により、測定時における試料の実際の温度を7℃とすることができる。この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを、図1に示されるようなノズル付きチューブ状容器[ノズルの長さ:35mm(その内ノズル先端部の長さ:15mm)、ノズル先端部の内径:6mm、容器本体の長さ:240mm、容器本体の直径:68mm]に充填してノズル付き容器入り水性接着剤(内容量750g)を得た。
【0056】
実施例2
EVAエマルジョンとして、NS100の代わりにスミカフレックスS-401(住友化学工業(株)製、不揮発分55重量%)を130重量部用いた以外は実施例1と同様の方法により酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを得た。この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G′(23℃)及びずり応力τ(7℃)を粘弾性測定装置(ハーケ社製、レオメーターRS-75)により実施例1と同様にして測定した結果、G′a及びτaは、それぞれ、230Pa及び1450Paであった。この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを、実施例1と同様のチューブ状容器に充填してノズル付き容器入り水性接着剤を得た。
【0057】
実施例3
攪拌機、還流冷却器、滴下槽及び温度計付きの反応容器に水505重量部を入れ、これに、ポリビニルアルコール(PVA)(電気化学工業(株)製、デンカポバールB-17)50重量部、酒石酸0.5重量部を加えて溶解させ、80℃に保った。PVAが完全に溶解した後、エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂エマルジョン(EVAエマルジョン)(電気化学工業(株)製、デンカスーパーテックスNS100、不揮発分55重量%)を130重量部添加した。液温が80℃まで上がったところで、n-ブチルアクリレート(BA)を7重量部添加し、5分間攪拌した。さらにこの混合液に、触媒(35重量%過酸化水素水)0.3重量部を添加した後、触媒(35重量%過酸化水素水0.5重量部を水22重量部に溶解させた水溶液)と、酢酸ビニルモノマー285重量部とを、別々の滴下槽から2時間かけて連続的に滴下した。なお、酢酸ビニルモノマー滴下開始後30分の時点で、触媒(35重量%過酸化水素水)0.3重量部を系内に添加した。前記触媒と酢酸ビニルモノマーの滴下終了後、さらに1.5時間攪拌し、重合を完結させて、酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを得た。この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G′(23℃)及びずり応力τ(7℃)を粘弾性測定装置(ハーケ社製、レオメーターRS-75)により実施例1と同様にして測定した結果、G′a及びτaは、それぞれ、280Pa及び1200Paであった。この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを、実施例1と同様のチューブ状容器に充填してノズル付き容器入り水性接着剤を得た。
【0058】
比較例1
攪拌機、還流冷却器、滴下槽及び温度計付きの反応容器に水505重量部を入れ、これに、ポリビニルアルコール(PVA)(電気化学工業(株)製、デンカポバールB-24T)50重量部、炭酸水素ナトリウム1重量部を加えて溶解させ、80℃に保った。PVAが完全に溶解した後、エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂エマルジョン(EVAエマルジョン)(電気化学工業(株)製、デンカスーパーテックスNS100、不揮発分55重量%)を130重量部添加した。液温が80℃まで上がったところで、n-ブチルアクリレート(BA)を7重量部添加し、5分間攪拌した。この混合液に、触媒(ペルオキソ2硫酸アンモニウム1重量部を水22重量部に溶解させた水溶液)と、酢酸ビニルモノマー285重量部とを、別々の滴下槽から2時間かけて連続的に滴下した。滴下終了後、さらに1.5時間攪拌し、重合を完結させて、酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを得た。この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G′(23℃)及びずり応力τ(7℃)を粘弾性測定装置(ハーケ社製,レオメーターRS-75)により実施例1と同様にして測定した結果、G′a及びτaは、それぞれ、100Pa及び2400Paであった。この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを、実施例1と同様のチューブ状容器に充填してノズル付き容器入り水性接着剤を得た。
【0059】
比較例2
攪拌機、還流冷却器、滴下槽及び温度計付きの反応容器に水505重量部を入れ、これに、ポリビニルアルコール(PVA)(電気化学工業(株)製、デンカポバールB-17)50重量部、酒石酸1重量部を加えて溶解させ、80℃に保った。PVAが完全に溶解した後、エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂エマルジョン(EVAエマルジョン)(電気化学工業(株)製、デンカスーパーテックスNS100、不揮発分55重量%)を130重量部添加した。液温が80℃まで上がったところで、n-ブチルアクリレート(BA)を7重量部添加し、5分間攪拌した。この混合液に、触媒(35重量%過酸化水素水1重量部を水22重量部に溶解させた水溶液)と、酢酸ビニルモノマー285重量部とを、別々の滴下槽から2時間かけて連続的に滴下した。滴下終了後、さらに1.5時間攪拌し、重合を完結させて、酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを得た。この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G′(23℃)及びずり応力τ(7℃)を粘弾性測定装置(ハーケ社製、レオメーターRS-75)により実施例1と同様にして測定した結果、G′a及びτaは、それぞれ、180Pa及び2100Paであった。この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを、実施例1と同様のチューブ状容器に充填してノズル付き容器入り水性接着剤を得た。
【0060】
比較例3
攪拌機、還流冷却器、滴下槽及び温度計付きの反応容器に水505重量部を入れ、これに、ポリビニルアルコール(PVA)(電気化学工業(株)製、デンカポバールB-05)25重量部、ポリビニルアルコール(PVA)(電気化学工業(株)製、デンカポバールB-17)25重量部、酒石酸1重量部を加えて溶解させ、80℃に保った。PVAが完全に溶解した後、エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂エマルジョン(EVAエマルジョン)(電気化学工業(株)製、デンカスーパーテックスNS100、不揮発分55重量%)を130重量部添加した。液温が80℃まで上がったところで、n-ブチルアクリレート(BA)を7重量部添加し、5分間攪拌した。この混合液に、触媒(35重量%過酸化水素水1重量部を水22重量部に溶解させた水溶液)と、酢酸ビニルモノマー285重量部とを、別々の滴下槽から2時間かけて連続的に滴下した。滴下終了後、さらに1.5時間攪拌し、重合を完結させて、酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを得た。この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G′(23℃)及びずり応力τ(7℃)を粘弾性測定装置(ハーケ社製、レオメーターRS-75)により実施例1と同様にして測定した結果、G′a及びτaは、それぞれ、80Pa及び1600Paであった。この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを、実施例1と同様のチューブ状容器に充填してノズル付き容器入り水性接着剤を得た。
【0061】
参考例1
フタル酸ジブチル(可塑剤)を全樹脂に対して10重量%含む市販の酢酸ビニル樹脂系エマルジョン(コニシ(株)製、ホモ酢酸ビニル樹脂系エマルジョン)を参考例1とした。この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G′(23℃)及びずり応力τ(7℃)を粘弾性測定装置(ハーケ社製、レオメーターRS-75)により実施例1と同様にして測定した結果、G′a及びτaは、それぞれ、200Pa及び1500Paであった。この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを、実施例1と同様のチューブ状容器に充填してノズル付き容器入り水性接着剤を得た。
【0062】
評価試験
実施例、比較例及び参考例で得られた酢酸ビニル樹脂系エマルジョン及びノズル付き容器入り水性接着剤の評価試験を以下の方法により行った。結果を表1に示す。なお、表中、保持率とは前記の計算式により求めた値である。
【0063】
(最低成膜温度)
成膜試験器を用い、JISK6804(7.6最低造膜温度の項)に準拠して測定した。
【0064】
(粘度)
BH型粘度計を用い、23℃、10rpmの条件で測定した。
【0065】
(常態接着強さ)
得られたエマルジョンを木工用接着剤として用いたときの圧縮せん断接着強さを測定した。試験はJlSK6852に基づいて行い、使用試験片として、カバ材・カバ材の組み合わせを用いた。また、被着材における破壊の状態を調べ、破壊した面積のせん断面積に対する割合を材破率(%)とした。
【0066】
(低温接着強さ)
5℃雰囲気下でエマルジョン及び試験片を1日間保持して冷却し、その後5℃の雰囲気下で接着、養生し、且つ5℃の雰囲気下で測定した点以外は、上記常態接着強さと同様にして測定した。また、被着材における破壊の状態を調べ、破壊した面積のせん断面積に対する割合を材破率(%)とした。
【0067】
(押出し抵抗強さ及び押出し性)
温度4℃の条件下、図3に示すように、各実施例、比較例及び参考例で得られたノズル付き容器入り水性接着剤1を、圧縮用オートグラフ(AG-5000A、(株)島津製作所製)30にセットし、直径35mm、長さ95mmの金属製円柱40の側面にて容器本体の中央部を押し、水性接着剤6が押し出されるときの力(押出し抵抗強さ)を測定した(押出し速度:30mm/min、移動距離:50mm)。なお、測定ごとに吐出量及び押出し時間を測定し、ほぼ一定量の吐出量であることを確認した。また、押出し性を下記の基準で評価した。
○:押出し抵抗強さが400N以下である
×:押出し抵抗強さが400Nを超える
【0068】
(耐垂れ性)
温度40℃の条件下、ノズル付き容器入り水性接着剤の容器本体を手で押して中身の接着剤を押し出し、垂直の壁に塗布した。その際の接着剤の耐垂れ性について下記の基準で評価した。
○:接着剤が塗布箇所から垂れることがなかった。
△:接着剤が塗布箇所から僅かに垂れるのが見られた。
×:接着剤の塗布箇所からの垂れが顕著に見られた。
【0069】
【表1】

表1から明らかなように、実施例の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンは、可塑剤を含んでいないのにもかかわらず、市販の可塑剤含有酢酸ビニル樹脂系エマルジョン(参考例1)と比較して、最低造膜温度が低い上、接着強さの点でも遜色のない性能を示した。また、実施例のノズル付き容器入り水性接着剤は、押出し性及び耐垂れ性の何れも優れていた。一方、比較例1のノズル付き容器入り水性接着剤は、押出し性及び耐垂れ性の何れも不十分であった。また、比較例2のノズル付き容器入り水性接着剤は押出し性が不十分であり、この押出し性を改善するため粘度を低下させた比較例3では、耐垂れ性が不十分であった。
【図面の簡単な説明】
【図1】
本発明のノズル付き容器入り水性接着剤の一例を示す概略図である。
【図2】
本発明のノズル付き容器入り水性接着剤の他の例を示す概略図である。
【図3】
押出し抵抗強さの測定法を示す説明図である。
【図4】
実施例1に係る酢酸ビニル樹脂系エマルジョンのずり応力τに対する貯蔵弾性率G′(両軸とも対数表示である;測定温度23℃;測定周波数0.1Hz)を示すグラフである。
【図5】
実施例1に係る酢酸ビニル樹脂系エマルジョンのずり速度(dγ/dt)に対するずり応力τ(測定温度7℃)を示すグラフである。
【符号の説明】
1,11 ノズル付き容器入り水性接着剤
2,12 ノズル
3,13 容器本体
4,14 キャップ
5 代替用ノズル
6,16 水性接着剤
30 圧縮用オートグラフ
40 金属製円柱(押圧棒)
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2006-02-22 
結審通知日 2006-02-24 
審決日 2006-09-25 
出願番号 特願2002-26394(P2002-26394)
審決分類 P 1 113・ 536- ZA (C09J)
最終処分 成立  
特許庁審判長 脇村 善一
特許庁審判官 井上 彌一
天野 宏樹
西川 和子
鈴木 紀子
登録日 2004-02-20 
登録番号 特許第3522729号(P3522729)
発明の名称 水性接着剤  
代理人 奥村 茂樹  
代理人 奥村 茂樹  
代理人 足立 勉  

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