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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由)(定型) A61B
管理番号 1168052
審判番号 不服2004-19966  
総通号数 97 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-01-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2004-09-27 
確定日 2007-11-14 
事件の表示 特願2000-575421「赤外ATRグルコース測定システム」拒絶査定不服審判事件〔平成12年 4月20日国際公開、WO00/21437、平成14年 8月27日国内公表、特表2002-527136〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 本願は、平成11年10月12日の出願であって、その請求項1?18に係る発明は、平成16年10月27日付け手続補正書で補正された特許請求の範囲の請求項1?18に記載された事項により特定されるとおりのものであると認める。
これに対して、平成19年2月2日付けで拒絶理由を通知し、期間を指定して意見書を提出する機会を与えたが、請求人からは何らの応答もない。
平成19年2月2日付けの拒絶理由の内容は、次のとおりである。
『 本件出願の請求項1-18に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物1に記載された発明および従来周知技術に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

1.本願発明について
本願請求項1-18に係る発明は、平成16年10月27日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1-18に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】人体の皮膚表面との接触により体内の分析物レベルを測定するための分析物レベル測定デバイスであって、
中IR領域光を含むIRビームをヒトの皮膚表面と接触するための測定面を有するATRプレートに放射するための赤外線光源、ここで該IRビームは、少なくとも参照波長および測定波長の領域に成分を有する;
該皮膚表面に接触するための、且つ該皮膚表面に対して該IRビームを方向付けするための測定表面を有する該ATRプレート;
少なくとも該参照波長および該測定波長の吸光度を同時に測定するための少なくとも2つのIRセンサ;ならびに
少なくとも1つの格納された校正値を利用して前記皮膚表面から分析物レベルを決定するための計算手段;
を含んで成る分析物レベル測定デバイス。
【請求項2】前記ATRプレートが、前記吸光度の測定の前に、前記測定表面に対する複数の内部反射を可能にするように構成される、請求項1に記載の分析物測定デバイス。
【請求項3】前記ATRプレートが、前記測定表面に対する3?15回の内部反射のために構成される、請求項2に記載の分析物測定デバイス。
【請求項4】前記測定デバイスが、前記ATRプレート表面に対する前記ヒトの皮膚表面の適切な圧力を維持するための圧力維持部材をさらに備える、請求項1に記載の分析物測定デバイス。
【請求項5】前記圧力維持部材が、前記ATRプレート表面に対する前記ヒトの皮膚の表面の圧力を一定の選択された最小圧力よりも大きく維持するように構成される、請求項4に記載の分析物測定デバイス。
【請求項6】前記測定デバイスが、前記ATRプレート表面に対する前記ヒトの皮膚表面の圧力を測定するために適した圧力測定部材をさらに備える、請求項1に記載の分析物測定デバイス。
【請求項7】分析物がグルコースであり、そして前記参照波長が、約8.25マイクロメートルと約8.75マイクロメートルとの間にある、請求項1に記載の分析物測定
デバイス。
【請求項8】分析物がグルコースであり、そして前記測定波長が、約9.50マイクロメートルと約10.00マイクロメートルとの間にある、請求項1に記載の分析物測定デバイス。
【請求項9】2つのビームを形成するために、前記ATRプレートと前記少なくとも2つのIRセンサとの間に置かれたビームスプリッタをさらに含み、導入のための該2つのビームの各々が、該少なくとも2つのIRセンサの1つに向かう、請求項1に記載の分析物測定デバイス。
【請求項10】請求項1に記載の分析物測定デバイスであって、ここで:
a)前記少なくとも2つのIRセンサのうちの第一のセンサが、前記測定波長を測定し、そして該測定波長の吸光度に関する測定信号を提供し、そして
b)該少なくとも2つのIRセンサのうちの第二のセンサが、前記参照波長を測定し、そして該参照波長の吸光度に関する参照信号を提供する、測定デバイス。
【請求項11】請求項9に記載の分析物測定デバイスであって、ここで:
a)前記少なくとも2つのIRセンサのうちの第一のセンサが、前記測定波長を測定し、そして該測定波長の吸光度に関する測定信号を提供し、そして
b)該少なくとも2つのIRセンサのうちの第二のセンサが、前記参照波長を測定し、そして該参照波長の吸光度に関する参照信号を提供する、測定デバイス。
【請求項12】分析物はグルコースであり、そしてさらに、前記参照信号に対して前記測定信号を比較するためのコンパレータを備え、そして血中グルコース濃度を示す信号を提供する、請求項10に記載の分析物測定デバイス。
【請求項13】分析物はグルコースであり、そしてさらに、前記参照信号に対して前記測定信号を比較するためのコンピュータ構成要素を備え、そして血中グルコース濃度を示すデジタル信号を提供する、請求項10に記載の分析物測定デバイス。
【請求項14】前記血中グルコース濃度を表示するためのディスプレーをさらに備える、請求項12に記載の分析物測定デバイス。
【請求項15】前記血中グルコース濃度を表示するためのディスプレーをさらに備える、請求項13に記載の分析物測定デバイス。
【請求項16】前記赤外線光源が、広帯域光源である、請求項1に記載の分析物測定デバイス。
【請求項17】前記赤外線光源が、非レーザー光源である、請求項1に記載の分析物測定デバイス。
【請求項18】前記赤外線光源が、2つの選択された波長のレーザーを備える、請求項1に記載の分析物測定デバイス。」

2.刊行物
刊行物1:七里元亮(外2名),“赤外反射光による血糖計測”,日本臨床 糖尿病(2),株式会社日本臨牀社,1997年11月30日,55巻 1997年増刊号,p.895-899

そして、従来周知技術に係る刊行物2-10は次のものである。
刊行物2:福島英生(外5名),“血糖値の非侵襲的計測法-光学的ブドウ糖センサの開発-”,BME,日本,日本ME学会機関誌,1991年8月10日,Vol.5 No.8,p.16-21
刊行物3:特開平8-240527号公報
刊行物4:特開平10-179557号公報
刊行物5:特開平9-182739号公報
刊行物6:特開平6-273324号公報
刊行物7:国際公開第97/28438号パンフレット(1997年)
刊行物8:特開平5-87766号公報
刊行物9:米国特許第5028787号明細書(1991年)
刊行物10:特表平7-506987号公報

刊行物1には、
ア)「1978年?82年,ドイツのKaiserは分光分析装置に減衰全反射装置(内部多重全反射プリズム,attenuated total reflection (ATR) prism )を導入することにより,レーザ光の組織照射後の散乱反射光の分析を可能とした。すなわち,被検者の口唇粘膜をATRプリズムに密着させ,波長9?11μmのレーザ光を導入,プリズムで多重的に反射させた後,その散乱反射光を分析することにより,リアルタイムにかつ非侵襲的に血糖値(500mg/100ml)を計測し得ることを示唆したが,その後の報告をみない。」(p.895左欄16-26行)、
イ)「b.中赤外光の応用 1)フーリエ変換赤外分光分析法 著者らは,光路中にATRプリズムを応用した高感度,高分解能のフーリエ変換赤外分光分析装置を用い,ブドウ糖水溶液,生体試料(血漿・全血)におけるブドウ糖と濃度計測の基礎的検討を進め、さらに生体皮膚,粘膜組織よりの非侵襲的血糖計測の可能性を追求している。」(p.896左欄19-26行)、
ウ)「この装置で得られる吸光スペクトルでは,分子の振動あるいは回転エネルギーに対応する分子構造固有の吸光スペクトルを認めることができる。試料室内には内部反射エレメントとしてセレン化亜鉛プリズムを導入,光源には高温赤外発熱体を用いた。」(p.896左欄27-32行)、
エ)「まず,ブドウ糖水溶液の吸光スペクトルの分析を行った。その結果,1,000?1,100cm-1にピラン環の振動エネルギーに由来すると考えられる大きなクラスターを持ち,この中に波数1,033, 1,080cm-1の2つのピークがあることが判明した。」(p.896左欄33-38行)、
オ)「そこで、非侵襲的血糖計測の可能性追求を目的に,ATRプリズムに直接健常人の皮膚(指尖掌側)および粘膜組織(下口唇粘膜)を圧着し,その吸光スペクトルを解析したところ,ブドウ糖固有のピークに一致したピークが認められた。」(p.896右欄18-22行)、
カ)「しかし,この吸光スペクトルは生体組織面と,ATRプリズムの接着圧(密着度)により変動し,圧補正が必要なことが認められた。そこで,波数2,920cm-1にあるCH2基吸光ピークの二次微分値を用いて接着圧の補正を試みた。」(p.896右欄23-27行)、
キ)「そこで,ATRプリズムを組み込んだカルコゲナイド光ファイバーをフーリエ変換赤外分光分析装置に開発,導入し,口唇粘膜との接着圧を一定とし,より高精度の非侵襲的血糖計測法の開発を試みた。……」(p.898左欄5-9行)、
ク)「まず,in vitro において,ブドウ糖水溶液(20?1,000mg/dl)の吸光スペクトルを分析し,in vitro におけるブドウ糖濃度とその吸光強度(波数1,180cm-1を基準点とした波数1,080cm-1の頂点強度法)の相関について検討した。」(p.898左欄10-14行)、
ケ)「その結果,波数1,080cm-1の頂点吸光強度(y)とブドウ糖濃度(x)の間には
y=(4.0x+14.0)10-6, r=0.999
と高い相関を認めた。」(p.898左欄15-18行)、
コ)「つぎに、in vivo における検討を試みた。接着圧を一定とし、健常者に対する静脈内ブドウ糖パルス状負荷時の口唇粘膜吸光強度について検討し、糖尿病患者5人において血糖値と口唇粘膜吸光強度の関係について検討した。その結果,静脈内ブドウ糖パルス状負荷時の血糖上昇に伴い、口唇粘膜吸光強度の増加を確認した(図3)。さらに,波数1,080cm-1における口唇粘膜吸光強度の増加(y)と空腹時値よりの血糖値の上昇(x)の間には
y=(3.9x+6.8)10-6, r=0.924
と高い相関が得られ,本システムによる非侵襲的な血糖計測の可能性が示唆された(図4)。」(p.898左欄下から4行-右欄9行)、
サ)「以上,ATRプリズムを組み込んだカルコゲナイド光ファイバーをフーリエ変換赤外分光分析装置に導入することにより,ATRプリズムと口唇粘膜との接着圧を一定とすることができた。」(p.898右欄10-14行)、
が記載されている。

刊行物2には、
シ)「すなわち、被検者の口唇粘膜をATRプリズムに密着させ、波長9?11μmのレーザ光を導入し、プリズムで多重的に反射させた後、その吸収光,散乱反射光を分析することにより、リアルタイムにかつ非侵襲的に血糖値(500mg/100ml)や血中エタノール濃度(0.45%)を計測しうることを示唆した。」(p.16右欄12-18行)、
ス)「丸数字の1 ブドウ糖水溶液の吸光スペクトルは……波数1,033, 1,080cm-1の二つのピークがあること,」(p.18左欄20-24行)、
セ)p.18に「図4 内部多重全反射(ATR)プリズムを応用した赤外分光分析」が示され、図4は、波数を横軸にし吸光度を縦軸にとって、血清,血漿,全血試料およびブドウ糖溶液(2,000mg/100ml)における吸光スペクトルを示すものであり、該ブドウ糖溶液のスペクトルを視察すると、波数1,033cm-1(波長9.68μm:注 波長は波数の逆数として与えられるものである)付近、及び1,080cm-1(波長9.26μm)付近において吸光度はピーク値であり、波数1,180cm-1(波長8.47μm)付近において吸光度はゼロあることが明らかである。

刊行物3には、
「【0009】【課題を解決するための手段】……本発明は、製塩工程における、イオン交換膜電気透析装置で濃縮されたかん水または晶析缶に収容された缶内液中の成分濃度を測定する製塩工程における成分濃度測定システムであって、赤外線における水の吸収波数、その倍音の波数、硫酸イオンの吸収波数を測定波数として、また、成分濃度によりほとんど影響を受けない波数を参照波数としてそれぞれ選定し、予め調整したカルシウム、マグネシウム、カリウム、ナトリウム、塩化物、硫酸イオンを含む水溶液についての上記測定波数と参照波数の吸光度差を測定し、カルシウム、マグネシウム、カリウム、ナトリウム、塩化物イオン濃度については水の吸収波数およびその倍音の波数の上記測定波数と参照波数についての1?6組の吸光度差で表した関係式を、また硫酸イオン濃度については硫酸イオンの吸収波数の測定波数と参照波数についての1組の吸光度差で表した関係式を予め定めておき、前記かん水または缶内液のサンプリング溶液について前記硫酸イオンの吸収波数を含む2?7組の前記測定波数と参照波数についての吸光度差を測定し、該測定した水の吸収波数およびその倍音の波数に関係する1?6組の吸光度差から前記関係式に基づいて前記かん水または缶内液のカルシウム、マグネシウム、カリウム、ナトリウム、塩化物イオン濃度を求めるとともに、硫酸イオンの吸収波数に関係する1組の吸光度差から前記関係式に基づいて前記かん水または缶内液の硫酸イオン濃度を求めるようにしたことを特徴とする。」、
「【0017】また、本発明の実施態様として好ましいものは、測定波数として硫酸イオンの伸縮振動波数1104cm-1参照波数として1150cm-1の1組の波数を選択して硫酸イオン濃度を求めるようにしたことを特徴とする製塩工程における成分濃度測定システムである。」、
が記載されている。

刊行物4には、
「【0017】……。なお、これらを測定するための光の領域としては、その波長がグルコースに対して9.62?9.71μm、尿酸に対して2.94?3.13μm、コレステロールエステルに対して5.74?5.76μm、脂肪酸に対して3.33?3.57μmが妥当である。これらのスペクトルは近赤外領域のものに比べて複雑でなく解析が行ないやすい。また、ピーク付近の吸光度と生体内成分の濃度はそれぞれ相関関係にある。」、
が記載されている。

刊行物5には、
「【0009】この場合、被測定部位に巻き付けられるとともに被測定部位と対面する部分がカットされて光射出面となっている断面半円形状の光ファイバを用いて光源からの光が該光ファイバを通じて被測定部位を照射するようにするとよい。また本発明は、目的とする体液成分の濃度変化に対応する波長の光を被測定部位に照射してその吸光度から目的成分濃度を検量することで生体中の体液成分濃度を非侵襲的に計測する体液成分濃度測定装置において、吸光度から目的体液成分濃度を検量する演算処理手段は、被測定部位の特性で分類されたクラスター毎に予め作成した検量線を比較値として備えており、測定中の被測定部位の特性に応じて対応するクラスターの検量線を比較値として用いて体液成分濃度を決定するものであることに特徴を有している。被測定部位の肥満状態や加齢による色素沈着や組織弾性の変化(皮膚のしわ、動脈硬化、筋肉量の減少)といった特性を考慮することで、被測定部位の状態変化にともなう吸収波長および吸光度に与える影響を少なくすることができる。」、
が記載されている。

刊行物6には、
「【要約】
【目的】吸着剤に吸着した有色物質を高感度にかつ精度よく測定でき、さらに試料採取現場での分析評価に使用できる小型、ポターブル、安価な吸光光度計とこれを用いた分析方法を提供する。
【構成】単色光を発する半導体レーザーを測定光源1に、白色光を発するタングステンランプを補正光源2に用い、各光源からの光を交互に試料に照射し、測定光での吸光度と補正光での吸光度を測定し2つの光源での吸光度差を測定値とし、予め既知濃度の試料により作成した検量線を基に未知試料の濃度を求める。測定光源は波長当たりの出力が大きな半導体レーザーであり、補正光源は単色化していない白色光であるので、吸着剤自体の散乱による光源の大きな吸着剤に吸着した被測定物質の透過光を十分な光量で検出でき、測定精度の改善、感度の改善も図れる。」、
が記載されている。

3.刊行物1記載の発明
刊行物1のア)に、ATRプリズムは、「被検者の口唇粘膜をATRプリズムに密着させ,波長9?11μmのレーザ光を導入、プリズムで多重的に反射させた後,その散乱反射光を分析することにより,リアルタイムにかつ非侵襲的に血糖値(500mg/100ml)を計測」するために用いるものであることが記載され、
イ)に、「b.中赤外光の応用」と題して、光路中にATRプリズムを応用したフーリエ変換赤外分光分析装置を用い生体試料におけるブドウ糖と濃度計測について記載され、
オ)に、ATRプリズムに直接健常人の皮膚(指尖掌側)や粘膜組織(下唇粘膜)を圧着し、その吸光スペクトルを解析することについて記載があり、
キ)に非侵襲的血糖計測法の開発であることが記載され、該血糖計測のためにデバイスが用いられていることは明らかであり、
ク)の記載について検討すると、「in vitro」というのは、試験管内、乃至は生体外において、という意味であり、「ブドウ糖水溶液(20?1,000mg/dl)の吸光スペクトルを分析するに際して、ブドウ糖濃度とその吸光強度(波数1,180cm-1を基準点とした波数1,080cm-1の頂点強度法)の相関について検討した。」というのは、
基準点の波数1,180cm-1(波長8.47μm)においては、吸光強度値は、ブドウ糖の濃度に拘わらず本来ゼロの筈であり[刊行物2のセ)で説明した図4で、波数1,180cm-1で、吸光強度値はゼロである点を参照]、
波数1,080cm-1(波長9.26μm)は吸光度のピークであり、刊行物4の明細書段落【0017】に「ピーク付近の吸光度と生体内成分の濃度はそれぞれ相関関係にある。」と記載されているから、
もし波数1,180cm-1において、吸光強度値が「a」であったとした場合、「a」は、ブドウ糖以外の外乱要因によって生じたバックグランド値ということができ、該バックグランド値「a」は波数1,180cm-1(波長8.47μm)の際にも波数1,080cm-1(波長9.26μm)の際にも、共通に存在するものとみなして、波数1,080cm-1において吸光度値「b」を実測した場合は、ブドウ糖濃度に起因する真の吸光度値として、バックグランド値「a」を差し引いた値である「b-a」を採用することとして、ブドウ糖濃度と、ブドウ糖濃度に起因する真の吸光光度「b-a」の相関について検討した、という意味と解釈でき[下記、(注1)を参照]、
フーリエ変換赤外分光分析装置が、所要の赤外波長領域の吸光スペクトルを一挙に得ることができるものであることは周知事項であり[下記、(注2)を参照]、刊行物1は、フーリエ変換赤外分光分析装置を用いているから、波数1,180cm-1(波長8.474μm)の中IR光(「IR」は「赤外」のことである)も、波数1,080cm-1(波長9.259μm)の中IR光は、干渉装置により干渉させられて、干渉光となってATRプリズムに入射されるものであることは、当然のことであり、
イ)に記載の「高温赤外発熱体」が、それら中IR光を含むIRビームを人の皮膚表面と接触するための測定面を有するATRプリズムに放射するための光源であることも明らかであるから、
刊行物1には、
人体の皮膚表面(例えば、指尖掌側)との接触により体内のブドウ糖濃度を測定するための測定デバイスであって、中IR領域光を含むIRビームをヒトの皮膚表面と接触するための測定面を有するATRプリズムに放射するための高温赤外発熱体、ここで該IRビームは、波数1,180cm-1(波長8.474μm)の中IR光の成分および、波数1,080cm-1(波長9.259μm)の中IR光の成分を有する;
該皮膚表面に接触するための、且つ該皮膚表面に対して該IRビームを方向付けするための測定表面を有する該ATRプリズム;
少なくとも該参照波長および該測定波長の吸光度を同時に測定するためのフーリエ変換赤外分光分析装置;
を含んでなる、ブドウ糖濃度を測定するための測定デバイス、
の発明が記載されている。

(注1)キ)についての前記解釈が妥当なことは、刊行物3の明細書段落【0009】には、簡単化していうと、赤外線における硫酸イオンの吸収波数を測定波数とするとともに、成分濃度によりほとんど影響を受けない波数を参照波数として選定するという段階や、予め調整した硫酸イオンを含む水溶液についての、測定波数と参照波数の吸光度差を測定し、硫酸イオン濃度については硫酸イオンの吸収波数の測定波数と参照波数についての1組の吸光度差で表した関係式を予め定めておくという段階を予め行っておき、次いで、缶内液中の未知の成分濃度を求めるのに、前記関係式を用いて、硫酸濃度を求めることが記載されていることからも明らかであり、刊行物1記載の「基準点の波数」というのは「参照波数」の意味であることも明らかである。

(注2)田隅三生著「FT-IRの基礎と実際」、1988年7月5日第1版第3刷、株式会社東京化学同人発行の第30頁第4-8行に「光は干渉計により波数νに比例する周波数に変調されるので,フーリエ分光法では分光のためにインターフェログラムをフーリエ変換してスペクトルを得る。フーリエ分光法の名はこのことに由来している。フーリエ分光法の大きな特徴の一つは全波数域の入射波を同時に測定できる点であり、これがフーリエ分光法が明るいといわれる理由の一つとなっている。」と記載がある。

4. 対比・検討
4.1 本願請求項1について
本願請求項1に係る発明と、刊行物1記載の発明を対比すると、
刊行物1記載の発明における「ブドウ糖」、「ブドウ糖濃度」、「ATRプリズム」、「高温赤外発熱体」、「基準点の波数1,180cm-1に係る波長8.474μm」、「吸光度のピークの波数1,080cm-1に係る波長9.26μm」が、それぞれ、本願請求項1に係る発明における「分析物」、「分析物レベル」、「ATRプレート」、「赤外線光源」、「参照波長」、「測定波長」に相当し、
本願請求項1に係る発明の「2つのIRセンサ」も、刊行物1記載の発明における「フーリエ変換赤外分光分析装置」も、参照波長および該測定波長の吸光度を同時に測定するための手段である点で共通するから、
両者は、
人体の皮膚表面との接触により体内の分析物レベルを測定するための分析物レベル測定デバイスであって、
中IR領域光を含むIRビームをヒトの皮膚表面と接触するための測定面を有するATRプレートに放射するための赤外線光源、ここで該IRビームは、少なくとも参照波長および測定波長の領域に成分を有する;
該皮膚表面に接触するための、且つ該皮膚表面に対して該IRビームを方向付けするための測定表面を有する該ATRプレート;
該参照波長および該測定波長の吸光度を同時に測定するための手段;
を含んで成る分析物レベル測定デバイス、
である点で一致し、次の点で相違する。

(相違点1)
本願請求項1に係る発明は、参照波長および測定波長の吸光度を同時に測定するために、2つのIRセンサを採用したのに対し、
刊行物1記載の発明は、参照波長および測定波長の吸光度を同時に測定するために、フーリエ変換赤外分光分析装置を採用した点。

(相違点2)
本願請求項1に係る発明は、分析物レベル測定装置が、少なくとも1つの格納された校正値を利用して前記皮膚表面から分析物レベルを決定するための計算手段を含むのに対し、
刊行物1記載の発明は、ブドウ糖濃度を測定するための測定デバイスが、前記のような計算手段を含むことについて記載がない点。

前記相違点について検討すると、
相違点1について
刊行物7[国際公開第97/28438号パンフレット(1997年)[英文である。日本語訳文については、パテントファミリーである特表平11-506207号公報の記載を参照]]の第35-40頁に請求項1-21が記載され、その請求項1に、サンプル中の分析物濃度を近赤外線を用いての吸光分析法で決定するための装置において、分析物濃度と実質的に相関性のない波長の放射光を選択的に通過する第1フィルター手段からの光を検出する第1検出手段(つまり、参照光検出センサ)および、波長が分析物濃度に特異的に相関するフィルター手段を通過した光を検出する第2検出手段(つまり、測定光検出手段)を用いることが記載され、請求項21に、分析物が血中のグルコースであることも記載されており、グルコース濃度は、刊行物8[特開平5-87766号公報]の段落【0003】に、「グルコース(ぶどう糖)の濃度を測定する」と記載があるように、ぶどう糖濃度と同等に取り扱われているものである[注:ぶどう糖は、厳密には、D-グルコースである]から、
刊行物1記載の発明において、フーリエ変換赤外線分光分析装置を採用することに代えて、参照波長および測定波長の吸光度を同時に測定するための少なくとも2つの中IRを測定するIRセンサを採用することは、当業者が容易に想到できたものである。

相違点2について
刊行物5の明細書段落【0009】に「目的とする体液成分の濃度変化に対応する波長の光を被測定部位に照射してその吸光度から目的成分濃度を検量することで生体中の体液成分濃度を非侵襲的に計測する体液成分濃度測定装置において、吸光度から目的体液成分濃度を検量する演算処理手段は、被測定部位の特性で分類されたクラスター毎に予め作成した検量線を比較値として備えており、測定中の被測定部位の特性に応じて対応するクラスターの検量線を比較値として用いて体液成分濃度を決定する」ことが記載され、
刊行物6の【要約】欄の【構成】に、「測定光での吸光度と補正光での吸光度を測定し2つの光源での吸光度差を測定値とし、予め既知濃度の試料により作成した検量線を基に未知試料の濃度を求める。」が記載されているから、
刊行物1記載の発明において、ブドウ糖濃度を測定するための測定デバイスに、少なくとも1つの格納された校正値を利用して前記皮膚表面から分析物レベルを決定するための計算手段を含むようにすることは、当業者が容易に想到できたものである。

そして前記相違点1,2を総合的に判断しても、請求項1に係る発明は刊行物1記載の発明および従来周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものである。

4.2 本願請求項2-18について
本願請求項2-18に係る発明は、いずれも実質上請求項1を引用するもので、請求項1に係る発明に、単に従来周知技術を付加したに過ぎないから、本願請求項2-18に係る発明も、刊行物1記載の発明および従来周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものである。

以下で、そのうちの本願請求項4-6に係る発明が容易に発明できたものであることについて、詳述記載する。

4.2-1 本願請求項4に係る発明について
請求項1を引用する請求項4に係る発明と、刊行物1記載の発明を対比すると、両者は前記相違点1,2で相違する他に、次の相違点3でも相違する。

(相違点3)
本願請求項4に係る発明は、測定デバイスが、ATRプレート表面に対するヒトの皮膚表面の適当な圧力を維持するための圧力維持部材をさらに備えるのに対し、
刊行物1記載の発明は、ブドウ糖濃度測定デバイスが、ATRプリズム表面に対するヒトの皮膚の接触に関して、圧力を維持するため圧力維持部材を備えることについて記載がない点。

前記相違点3について検討すると、
刊行物1のカ)には、生体組織面と,ATRプリズムの接着圧(密着度)が変動するから、圧補正が必要である旨記載されており、接着圧が一定なものにできれば好ましいことは自明であり、
刊行物9[米国特許第5028787号明細書(1991年)]は、血中グルコースの非侵襲的測定と題する発明であるが、「好ましい実施例として示されたFIG.2A,2Bには、近赤外線エネルギーが試験対象を通過されるようにされ、光検出器で検出される」(明細書第6欄第6欄第44-47行の日本語訳)、「上方フランジ110が下方フランジ120に対して、シャフト111に枢支されており、スプリング112がそれらフランジを接近状態にするのを維持するように作用する。光検知器128は近赤外線源116と反対側にある下方フランジ120に設けられている。該検知器は、光窓129の後に設けられている。」(明細書第欄第62-67行の日本語訳)が記載され、FIG.2A,2Bをみると、指(F)は、上方、下方フランジ間で挟着されるものであって、指接触圧が生じることも明らかである。
したがって、刊行物1記載の発明において、ヒトの指の皮膚表面と、ATRプリズム間に適正な接触圧を与えるべく、指を上方フランジと下方フランジでスプリング力により挟圧し、下方フランジにATRプリズムを配置するようにすることは、当業者が容易に想到できたものである。
そして、相違点1,2,3を総合的に判断しても、本願請求項4に係る発明は、刊行物1記載の発明および従来周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものである。

4.2-2 本願請求項5に係る発明について
請求項4を引用する請求項5に係る発明は、請求項4に係る発明に「圧力維持部材が、前記ATRプレート表面に対する前記ヒトの皮膚の表面の圧力を一定の選択された最小圧力よりも大きく維持するように構成される」との限定を付加するものであるが、この限定は単なる設計的事項に過ぎない。
したがって、本願請求項5に係る発明は、本願請求項4に係る発明と同様に、刊行物1記載の発明および従来周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものである。

4.2-3 本願請求項6に係る発明について
本願請求項1を引用する本願請求項6に係る発明と、刊行物1記載の発明は、前記相違点1,2で相違する他に次の相違点4でも相違する。

(相違点4)
本願請求項6に係る発明は、測定デバイスが、ATRプレート表面に対する前記ヒトの皮膚表面の圧力を測定するために適した圧力測定部材をさらに備えるのに対し、
刊行物1記載の発明は、ブドウ糖濃度測定デバイスにおいて、ATRプリズムは皮膚表面と接触するのであるが、圧力測定部材について記載がない点。

相違点4について検討すると
刊行物1のカ)には、生体組織面と,ATRプリズムの接着圧(密着度)が変動するから、圧補正が必要である旨記載されており、接着圧が一定なものにできれば好ましいことは自明であり、
刊行物10[特表平7-506987号公報]は、赤外誘導緩和放出にほる非侵襲的血液化学測定と題する発明であるが、第8頁右上欄第2-3行に「光学平板64に接触している人差し指の領域においては血液は接触圧によって毛細管床42から押し出されるため、血液量はこの圧力の関数になる。」、第8頁右下欄第17-第21行に「測定準備ライト712が点滅し、血中ブドウ糖濃度検出器が待機状態になったことを示す。その後患者は自分の指を平板に押して付ける。平板64に加わる圧力が予め定められた圧力範囲にあることを圧力センサ617によって検出すると、測定準備ライト712は点滅モードから安定モードに変わり、実際の血中ブドウ糖測定が開始される。」と記載されているから、
刊行物1記載の発明において、ATRプリズム表面に対する前記ヒトの皮膚表面の圧力を測定するために適した圧力センサを用いることは、当業者が容易に想到できたものである。

そして、相違点1,2,4を総合的に判断しても、本願請求項6に係る発明は、刊行物1記載の発明および従来周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものである。 』
そして、上記の拒絶理由は妥当なものと認められるので、本願は、この拒絶理由によって拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2007-06-12 
結審通知日 2007-06-19 
審決日 2007-07-02 
出願番号 特願2000-575421(P2000-575421)
審決分類 P 1 8・ 121- WZF (A61B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 上田 正樹  
特許庁審判長 高橋 泰史
特許庁審判官 黒田 浩一
秋田 将行
発明の名称 赤外ATRグルコース測定システム  
代理人 渡辺 陽一  
代理人 西山 雅也  
代理人 古賀 哲次  
代理人 青木 篤  
代理人 石田 敬  

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