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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C10M
管理番号 1170618
審判番号 不服2006-12656  
総通号数 98 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-02-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2006-06-19 
確定日 2008-01-07 
事件の表示 平成 5年特許願第313718号「高モノ不飽和植物油用および高モノ不飽和植物油/腐敗還元性ベース用の流動点降下剤と流体との混合物」拒絶査定不服審判事件〔平成 6年 8月 9日出願公開、特開平 6-220482〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯・本願発明
本願は、平成5年12月14日の出願(パリ条約による優先権主張1992年12月18日、米国)であって、平成18年3月27日付けで拒絶査定がされ、同年6月19日に拒絶査定に対する審判請求がされたものであり、その請求項1?31に係る発明は、平成12年11月27日付け、平成15年8月19日付け及び平成18年6月19日付け手続補正書により補正された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?31に記載されたとおりのものであるところ、請求項1に係る発明は、次のとおりのものである。(以下、「本願発明」という。)

「【請求項1】 以下の(A)、(B)および(C)を含有する潤滑剤組成物:
(A)次式の少なくとも1種の植物性トリグリセリド油:
【化1】




ここで、R^(1)、R^(2)およびR^(3)は、少なくとも60パーセントのモノ不飽和特性を有し約6個?約24個の炭素原子を含有する脂肪族ヒドロカルビル基である;
(B)少なくとも1種の流動点降下剤;
(C)以下の(a)および(b)を包含する窒素含有有機組成物:
(a)少なくとも10個の脂肪族炭素原子の置換基を有するアシル化窒素含有化合物:
ここで該化合物は、カルボン酸アシル化剤と、少なくとも1個の-NH基を含有する少なくとも1種のアミノ化合物とを反応させることにより製造され、該アシル化剤は、イミド結合、アミド結合、アミジン結合またはアシルオキシアンモニウム結合を介して、該アミノ化合物と結合し、該アシル化剤は、少なくとも約30個の炭素原子を有する脂肪族ヒドロカルビル置換基を含有するモノカルボン酸またはポリカルボン酸、またはそれらの反応成分等価物であり、ここで、該置換基が、C_(2-10)の1-モノオレフィンのホモポリマーまたはインターポリマーあるいはそれらの混合物から製造され、ここで、該アミノ化合物は、少なくとも2個?約8個のアミノ基を有するエチレンポリアミン、プロピレンポリアミンまたはトリメチレンポリアミン、あるいはこのようなポリアミンの混合物である;
(b)以下の一般式の少なくとも1種のアミノフェノール:
【化14】




ここで、R^(30)は、750個の炭素原子までの少なくとも10個の脂肪族炭素原子を有する実質的に飽和な炭化水素ベースの置換基であり;a、bおよびcは、それぞれ独立して、1から、Ar中に存在する芳香核の数の3倍までの整数であるが、但し、a、bおよびcの合計は、Arの満たされていない原子価を越えない;そしてArは、低級アルキル、低級アルコキシル、ニトロおよびハロからなる群から選択される0個?3個の任意の置換基または該置換基の2種またはそれ以上の組合せを有する芳香族部分である。」

2.原査定の理由
原査定の拒絶の理由は、本願請求項1?31に係る発明は、本願出願前に頒布された下記の刊行物1?8に記載された発明であるから特許法第29条第1項第3号に該当し、また、これらの刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない、というものである。

刊行物1:特公昭50-33520号公報
刊行物2:特公昭51-28289号公報
刊行物3:特表昭62-500939号公報
刊行物4:特開平4-114097号公報
刊行物5:特開平2-41395号公報
刊行物6:特開平2-41396号公報
刊行物7:国際公開第91/2784号パンフレット
刊行物8:英国特許出願公開第2134923号明細書

3.刊行物に記載された事項
上記の刊行物2(以下、「刊行物a」という。)、また、周知例として示す、刊行物b(特開昭52-93405号公報)、刊行物c(特開昭58-167692号公報)、刊行物d(化学大辞典7)及び刊行物e(化学大辞典9)には、次の事項が記載されている。

(1)刊行物a:特公昭51-28289号公報
(a-1)「大割合の潤滑油または燃料中に、還元比粘度約0.05ないし約2を有するカルボキシ含有相互重合体の窒素-含有混合エステルであって、このエステルが滴定可能な酸性度を実質的にもたず、しかも該重合体構造中に、
(A)エステル基中に少くとも8個の脂肪族炭素原子を有する比較的高分子量のカルボン酸エステル基、
(B)エステル基中に7個以下の脂肪族炭素原子を有する比較的低分子量のカルボン酸エステル基、
(C)1級または2級アミノ基を一つ有するポリアミノ化合物から誘導されるカルボニル-ポリアミノ基
なる三つの側鎖極性基のそれぞれを少くとも1個含有し、かつ(A):(B):(C)のモル比が(60?90):(10?30):(2?15)の範囲で存在する窒素-含有混合エステルの少割合を含むことを特徴とする潤滑剤または燃料組成物。」(特許請求の範囲)
(a-2)「本発明はカルボキシ含有相互重合体の窒素含有混合エステルを含む潤滑剤および燃料組成物に関する。」(1頁1欄23?25行)
(a-3)「本発明に使用する、・・・カルボキシ含有相互重合体の窒素含有混合エステルは潤滑組成物ならびに燃料中の添加剤として有用である。この相互重合体は好ましい粘度特性ならびに抗スラッジ(anti-sludge)特性を潤滑油に与えるのに特に有用である。」(1頁1欄26?34行)
(a-4)「以下の参考例は本発明で用いる窒素含有混合エステルの製造を例解する。」(5頁9欄11?12行)
(a-5)「参考例 16
スチレンと無水マレイン酸との相互重合体(スチレンと無水マレイン酸との等モル混合物からつくられ、還元比粘度0.67ないし0.68を有する)(0.86カルボキシル当量)を鉱油と混合してスラリーをつくり、次にカルボキシル基の約70%がエステル基に変換されるまで、触媒量の硫酸の存在で、市販アルコール混合物(0.77モル;炭素原子8ないし18個を有する1級アルコールからなる)にて150ないし160℃でエステル化する。部分的にエステル化された相互重合体が次に、これのカルボキシル基の95%が混合エステル基に変換されるまでn-ブチルアルコール(0.31モル)でさらにエステル化される。次に、エステル化された相互重合体を、得られる生成物が実質的に中性(フエノールフタレイン指示薬に対する酸価1)であるまで、アミノプロピルモノフオリン(相互重合体の遊離カルボキシル基を中和するための化学量論的な量に対して僅に過剰)で処理する。重合体生成物34%を含有する油溶液をつくるために、得られた生成物が鉱油と混合される。」(6頁12欄21?42行)
(a-6)「上記窒素含有混合エステルは天然のまたは合成的な潤滑油またはこれらの適当な混合物のごとき潤滑粘度の各種の油を基油とする潤滑組成物中で有効に用いられる。企図される潤滑組成物には、・・・二工程エンジン潤滑剤、・・・が主として含まれる。しかし、自動伝導流体、・・・が本添加剤の含入により利益をうける。」(7頁14欄5?17行)
(a-7)「天然油には動物油および植物油(例、ひまし油、ラード油)同じくまた溶剤精製ないしは酸精製された、パラフィン、ナフテンまた混合パラフィン-ナフテン型の鉱物性潤滑油が含まれる。」(7頁14欄18?21行)
(a-8)「前記の窒素含有エステルはスラッジ生成防止特性と所望の粘度特性とを潤滑剤に与えることができる。・・・後の点については、添加剤は潤滑剤の粘度指数を増加し、従って高温のならびに低温の両使用温度において潤滑剤の適応性ならびに潤滑性特性を増強する。」(8頁16欄5?13行)
(a-9)「 第2表
低温粘度
ブルックフィールド
(Brookfield)粘度
(センチポイズ)、於-40°F
(A)基油A >100000
(B)基油B >100000
(C)基油C >100000
(D)基油Aに、例16のエステル 28000
(・・・)1.15重量%を加
えたもの」(9頁17欄27?末行)
(a-10)「本発明の窒素-含有混合エステルを含有する滑滑剤(「潤滑剤」の誤記と認める。)はしばしば、これに補助的な清浄剤、腐食防止剤、酸化防止剤、発泡防止剤、摩擦向上剤(・・・)、発銹防止剤、およびその他のごとき他の添加剤を包含させることによりさらに改良されうる。」(10頁19欄1?6行)

(2)刊行物b:特開昭52-93405号公報
(b-1)「(1)(A)式




式I
(上式において、Rは少なくとも10個の脂肪族炭素原子を有する実質的に飽和の炭化水素系基、a、bおよびcはそれぞれ独立に1ないしAr中に存在する芳香核の数の3倍までの数であってa、bおよびcの合計はArの有効原子価数を越えない、Arは低級アルキル基、低級アルコキシ基、ニトロ基、ハロ基およびこれらの2種以上の組合せよりなる群の中から選ばれた置換基を0ないし3個有する芳香族部位)で示される少なくとも1種のアミノフェノールおよび
(B)(I)・・・、
(II)・・・、
(III)カルボン酸アシル化剤を少なくとも1つの>NH基を含有するアミノ化合物の少なくとも1種と反応させて得た少なくとも10個の脂肪族炭素原子を有する置換基を有するアシル化窒素含有化合物の少なくとも1種であつて、上記アシル化剤はイミド結合、アミド結合、アミジン結合またはアシロキシアンモニウム結合によつて上記アミノ化合物に結合しているもの、および
(IV)・・・、からなる群の中から選ばれた少なくとも1種の清浄・分散剤からなる2サイクルエンジン油用添加剤組成物。」(特許請求の範囲第1項)
(b-2)「(B)(III)アシル化窒素含有化合物
少なくとも10個の・・・等にさらに記されている。」(15頁右上欄12行?17頁左上欄4行)
(b-3)「この発明添加剤組成物を用いて有用な潤滑油は合成、動物性、植物性または鉱物性(例えば石油)のものである。」(19頁右下欄12?14行)
(b-4)「この発明はこの発明添加剤組成物に他の添加剤を用いることも意図している。他の添加剤としては、・・・、流動点降下剤、・・・当業者に一般に知られている添加剤等通常の添加剤が挙げられる。」(20頁左上欄9?15行)

(3)刊行物c:特開昭58-167692号公報
(c-1)「(1)(A)一般式




(ここで、Rは少なくとも8個の脂肪族炭素原子を有する実質的に飽和の炭化水素系置換基、a、bおよびcはそれぞれ1ないしAr中に存在する芳香核の数の3倍までの数であってa、bおよびcの合計はArの有効原子価数を越えない、およびArは低級アルキル基、低級アルコキシル基、ニトロ基、ハロ基およびこれら2以上の組合せからなる任意置換基を0?3個有する芳香族部位)で示される少なくとも一種のアミノフェノールと、
(B)Mn値が1200ないし約5000でありかつMw/Mn値が約1.5ないし約6であるポリアルケンから誘導された置換基とコハク酸系基とからなり、かつ置換基1当量重量当り少なくとも1.3個のコハク酸系基を有することを特徴とする少なくとも1種の置換コハク酸系アシル化剤を(a)少なくとも1つのH-N<基を有するアミン、(b)・・・、(c)・・・および(d)これら(a)ないし(c)の2以上の組合せよりなる群の中から選ばれた反応体と反応させて得た少なくとも1種のカルボン酸誘導体との組合せを包含してなる窒素含有有機組成物。」(特許請求の範囲第1項)
(c-2)「この発明は窒素含有組成物に関する。この組成物は潤滑剤用および燃料用添加剤として有用である。・・・。さらにこの発明は内燃機関をその操作中に前記潤滑組成物で潤滑することによる内燃機関の操作方法にも関する。」(6頁左下欄2?8行)
(c-3)「この発明の他の目的は潤滑剤および燃料に清浄性、分散性、耐酸化性、耐腐食性、耐摩耗性、摩擦減少性および流動性改変性のうちの一つ以上の性質を付与する新規な窒素含有組成物を提供することにある。」(6頁左下欄11?15行)
(c-4)「(B)カルボン酸誘導体および後処理カルボン酸誘導体
置換コハク酸系アシル化剤
・・・
アミン(a)
・・・、この発明のアシル化剤1当量を用いることができる。」(14頁左上欄10行?26頁右下欄9行)
(c-5)「既述のように、この発明の組成物は潤滑剤用添加剤として有用であり、抗酸化剤、腐食防止剤、清浄剤、分散剤、流動性改変剤として作用し、特に・・・に付与する。」(47頁左上欄5?9行)
(c-6)「これら潤滑剤には、・・・2サイクルエンジン、・・・が含まれる。」(47頁左上欄14?19行)
(c-7)「天然油には動物性油および植物性油(例えば、ひまし油、ラード油)さらには・・・がある。」(47頁右上欄6?10行)
(c-8)「この発明はこの発明の窒素含有組成物とともに他の添加剤を用いることも意図している。このような添加剤としては、例えば、・・・、流動点降下剤、・・・がある。」(48頁右下欄1?6行)

(4)刊行物d:化学大辞典編集委員会編「化学大辞典7」、共立出版株式会社、1989年8月15日縮刷版第32刷発行、513頁、「ひましゆ 蓖麻子油」の項
(d-1)「成分 飽和酸として少量のステアリン酸およびジオキシステアリン酸、不飽和酸としてはリシノール酸を主成分とし、このほか少量のオレイン酸、リノール酸を含む。脂肪酸組成一例:リシノール酸 87.0,オレイン酸 7.4,リノール酸 3.1,ジオキシステアリン酸 0.6,その他飽和酸 2.4%。・・・凝固点 -10?-18°」

(5)刊行物e:化学大辞典編集委員会編「化学大辞典9」、共立出版株式会社、1989年8月15日縮刷版第32刷発行、597頁、「リシノールさん -酸」の項
(e-1)「C_(18)H_(34)O_(3)=298.12位の炭素原子1個を水酸基で置換したオレイン酸をいう。」

4.対比・判断
(1)刊行物aに記載された発明
刊行物aには、「潤滑油と特定の『カルボキシ含有相互重合体の窒素-含有混合エステル』を含む潤滑剤組成物」が記載され(記載事項a-1、a-2)、「潤滑油」には「天然油」が含まれ(記載事項a-6)、「天然油」の例として「植物油(例、ひまし油、」(記載事項a-7)が挙げられており、また、刊行物aに記載の潤滑剤組成物は、他に種々の添加剤を含んでよい(記載事項a-10)ものであるから、刊行物aには、
「植物油であるひまし油と、『カルボキシ含有相互重合体の窒素-含有混合エステル』を含み、添加剤を含んでよい、潤滑剤組成物」
の発明(以下、「刊行物a発明」という。)、が記載されている。

(2)対比・判断
本願発明と刊行物a発明とを対比する。
本願発明も刊行物a発明も潤滑剤組成物であって、どちらも、植物性油をその成分として含有するものであるところ、本願発明の(B)成分である「流動点降下剤」についてみるに、本願明細書の段落0025によれば、「本発明で有用な流動点降下剤」には、「カルボキシ含有インターポリマー、アクリル酸エステル重合体、窒素含有アクリル酸エステル重合体、およびメチレンが結合した芳香族化合物」があり、該「カルボキシ含有インターポリマー」としては、本願明細書の段落0026によれば、「カルボキシ含有インターポリマーのエステルであり、該インターポリマーは、約0.05?約2の還元比粘度を有し、該エステルは、滴定可能な酸性度を実質的に有さず(すなわち、少なくとも90%がエステル化されており)、そしてその重合体構造内に、以下の(A)、(B)および(C)のペンダント極性基が存在することにより特徴づけられる:(A)エステル基内に、少なくとも8個(好ましくは8個?24個)の脂肪族炭素原子を有する、比較的高分子量のカルボン酸エステル基、(B)エステル基内に、7個以下(好ましくは3個?5個)の脂肪族炭素原子を有する、比較的低分子量のカルボン酸エステル基、および必要に応じて、(C)1個の第一級アミノ基または第二級アミノ基を有するアミノ化合物(好ましくは第一級アミノアルキル置換第三級アミン)から誘導したカルボニル-アミノ基であって、ここで、(A):(B)のモル比は、(1?20):1、好ましくは、(1?10):1であり、ここで、(A):(B):(C)のモル比は、(50?100):(5?50):(0.1?15)である。」であって、これは、刊行物a発明における「カルボキシ含有相互重合体の窒素-含有混合エステル」(記載事項a-1)と重複するものである。
そして、油脂とはトリグリセリドであるから、両者は、
「植物性トリグリセリド油、『カルボキシ含有インターポリマー』、添加剤、を含有する潤滑剤組成物」
である点で一致し、次の(i)?(iii)の点で相違する。
(i)植物性トリグリセリド油が、本願発明においては、「油脂のカルボン酸部分の炭化水素基に相当するR^(1)、R^(2)およびR^(3)が、少なくとも60パーセントのモノ不飽和特性を有し約6個?約24個の炭素原子を含有する脂肪族ヒドロカルビル基」であるのに対し、刊行物a発明においては、「ひまし油」である点、
(ii)「カルボキシ含有インターポリマー」が、本願発明においては、「流動点降下剤」であるのに対し、刊行物a発明においては、「流動点降下剤」であるとはしていない点、
(iii)添加剤として、本願発明においては、「(C)以下の(a)および(b)を包含する窒素含有有機組成物」が含有されるのに対し、刊行物a発明においては、該有機組成物が含有されていない点。

これらの相違点について検討する。
相違点(i)について
本願発明おける「脂肪族ヒドロカルビル基」とは、本願明細書の段落0015によれば、「分子の残部に直接結合した炭素原子を有する基を示す。これらの脂肪族ヒドロカルビル基には、以下が挙げられる。」とされ、段落0017によれば、「(2)置換された脂肪族炭化水素基;すなわち、本発明の文脈内では、基の炭化水素的な性質を主として変えない非炭化水素置換基を含有する基。適当な置換基は当業者に公知である;例えば、ヒドロキシ、カルボアルコキシ(特に、低級カルボアルコキシ)およびアルコキシ(特に、低級アルコキシ)があり、「低級の」との用語は、7個以下の炭素原子を含有する基を示す。」とされているから、ヒドロキシで置換された炭化水素基をも意味している。
ところで、「ひまし油」を構成する脂肪酸は、その87%がリシノール酸であって(記載事項d-1)、リシノール酸は「炭素数が18であって、12位の炭素原子1個を水酸基で置換したオレイン酸」である(記載事項e-1)から、「ひまし油のカルボン酸部分の炭化水素基」が、「少なくとも60パーセントのモノ不飽和特性を有し約6個?約24個の炭素原子を含有する脂肪族ヒドロカルビル基」であることは明らかである。
そうしてみると、本願発明における植物性トリグリセリド油はひまし油を包含するから、本願発明も刊行物a発明も、植物性トリグリセリド油は重複しており、相違点(i)は、実質的な相違ではない。

相違点(ii)について
そもそも、同じ物質を用いているのであるから、「流動点降下剤」と呼称してもしなくても、実質的に差異のあるものではないところ、「カルボキシ含有インターポリマー」、すなわち刊行物a発明における「カルボキシ含有相互重合体の窒素-含有混合エステル」は、好ましい粘度特性を潤滑油に与え(記載事項a-3)、これを用いることによって、高温ならびに低温の両使用温度において潤滑剤の適応性ならびに潤滑性特性を増強する(記載事項a-8)のであるから、刊行物a発明においても、流動点は当然に降下しているものとするのが自然であって、この点からしても、相違点(ii)は、実質的な相違ではない。

相違点(iii)について
本願発明における「(C)以下の(a)および(b)を包含する窒素含有有機組成物」とは、より具体的には、本願明細書の段落0258?段落0332に「(C-5)窒素含有有機組成物」として説明されているものであるところ(以下、「(C)以下の(a)および(b)を包含する窒素含有有機組成物」を「C5成分」という。)、まず、本願発明におけるC5成分の技術的意味を検討する。
本願発明は、本願明細書の段落0001に、「本発明は、少なくとも60パーセントのモノ不飽和含量を有し、そして少なくとも1種の流動点降下剤を含有する植物油に関する。流動点降下剤に加えて、この植物油はまた、油圧作動液、2サイクル(2ストローク)内燃機関、ギアオイルおよび乗用車のモーターオイルで用いられるとき、植物油の性能を高めることを意図した性能添加剤を含有し得る。」と記載されていることから、「流動点降下剤を含有する特定の植物油」を特定の用途で用いるとき、該植物油の性能を高めることを意図して「(C)性能添加剤」をさらに含有させるものであって、(C)性能添加剤により高められる性能は、「耐摩耗性、酸化防止性、錆/腐食防止性、金属不動態化、極圧性、摩擦調整性、粘度改良性、消泡性、乳化性、抗乳化性、潤滑性、分散性および清浄性などの領域」(本願明細書の段落0095)であることがわかる。
そして、この(C)性能添加剤の具体的範囲として、「(1)アルキルフェノール、(2)金属不活性化剤、(3)金属オーバーベース化組成物、(4)カルボン酸分散剤、(5)窒素含有有機組成物、(6)亜鉛塩、(7)硫化組成物、(8)粘度指数改良剤、(9)芳香族アミン」からなる群から選択されることが示され(本願明細書の段落0096)、段落0097?0431に上記(1)アルキルフェノール?(9)芳香族アミンが示され、上記したように、段落0258?0332に本願発明のC5成分が具体的に説明されている。
ここで、C5成分の記載されている段落0258?0332には、C5成分が特別の作用効果を奏する旨の記載はされていないのであるから、本願発明においてC5成分により高められる植物油の性能は、段落0095に記載されるところの、「耐摩耗性、酸化防止性、錆/腐食防止性、金属不動態化、極圧性、摩擦調整性、粘度改良性、消泡性、乳化性、抗乳化性、潤滑性、分散性および清浄性などの領域」といえる。
ところで、C5成分が潤滑剤組成物の添加成分であることは当業者に周知といえ(必要なら記載事項b-1、b-2、c-1、c-4等参照)、該成分が清浄・分散剤として効果を発揮すること、内燃機関に用いられること、用いる潤滑油として植物油もよいこと、流動点降下剤等の他の添加剤とも併用できること等も、すべて、当業者に周知の事項である(さらに必要なら、記載事項b-1?b-4、c-1?c-8等参照)。
一方、刊行物a発明は、内燃機関に用いられるものであり(記載事項a-6)、潤滑油として植物油が用いられてよく(記載事項a-7)、実質的に流動点降下剤を含んでおり(記載事項a-3、a-8、a-9)、かつ、清浄剤等を包含させることによりさらに改良されうる(記載事項a-10)ものなのであるから、刊行物a発明の性能をさらに高めるために、周知の清浄剤であるC5成分を用いてみることは、これらの記載事項及び周知事項から、当業者が必要に応じて適宜なしうる程度のものである。
以上のとおりであるから、刊行物a発明において、相違点(iii)に係る本願発明の構成とすることは、当業者が容易に導けるところといえる。

本願発明の効果について
本願発明の効果は、本願発明の組成とすることにより、本願明細書の段落0002に「多くの工業用途には、-25℃より低い流動点、および-25℃で7500?110,000センチポアズ(cP)のブロックフィールド粘度を必要とする。」と記載され、段落0460に【表4】として示されるとおりの、流動点、凝固点の低い、適度なブルックフィールド粘度を有する組成物となったことにあるものと認める。
ところで、刊行物aには、第2表に低温粘度が記載されており(記載事項a-9)、(D)の例では、本願発明の(B)成分のカルボキシ含有インターポリマーに相当する「例16のエステル」(記載事項a-4、a-5)を基油に添加したところ、-40°F(-40℃に相当)において100000センチポイズより大きかったブルックフィールド粘度値が28000センチポイズに下がったというものであって、この例では、ブルックフィールド粘度を-40℃で測定し、28000センチポイズという測定値を得ているのであるから、基油に例16のエステルを加えたものにおいて、その流動点、凝固点ともに-40℃より低温であることは明らかである。そして、基油に例16のエステルを加えたものにさらに周知の清浄・分散剤を添加したからといって、基油に例16のエステルを加えたものの流動点、凝固点の値が大幅に上がることは想定できないから、結局、本願発明の奏する効果は、刊行物aに記載された効果に比べて、格別に優れたものとすることはできない。
したがって、本願発明の効果は、刊行物aに記載されたものから当業者が予測しうる範囲内のものである。

(3)まとめ
以上のとおりであるから、本願発明は、本願出願前に頒布された刊行物である刊行物aに記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるといえる。

5.請求人の主張
請求人は、平成18年6月19日付け審判請求書において、
(i)本願発明は、補正後の記載からも明らかなように、その特定の組成により、流動点および凝固点の両方を顕著に改善した、という予想外に顕著な効果を奏し、この効果は、実際0349段落の表1においても実証されていること(審判請求書5頁下から1行?6頁2行)、
(ii)0002段落において記載されているように、環境に害のない、すなわち、腐敗還元性のベース流体として、植物油を工業用途に首尾よく使用することは、植物油の低温粘度特性を改良することに依存し、この課題が、補正後の本願発明のような組成物を提供することによって劇的に改良されたこと(同6頁3?6行)、
(iii)実施例9および10に記載されているように、本願発明は、-30/-32.9および-36/-38.5という流動点/凝固点の減少を達成したものであること(同6頁7?10行)、
を挙げ、本願発明は、刊行物1?8に記載されたものから容易になし得たものではない旨、主張する。
これを検討するに、(i)については、カルボキシ含有インターポリマーを基油に添加することにより、流動点及び凝固点が改善することは刊行物aに記載されるところであるから顕著な効果とはいえず、また、請求人が指摘する段落0349の表1は、「(C-7)硫化組成物」に関するものであって、流動点及び凝固点の改善を示すものではない。
(ii)については、ひまし油のような植物油を用いることは刊行物aに記載され、刊行物a発明も、ひまし油をも対象として低温での性状の改善を示しているのであるから、刊行物aに記載された範囲内のことである。
(iii)については、本願明細書の【表4】において、植物油(A)、流動点降下剤(B)、及びオイル(D)を含み、C5成分(C)を含まない例である実施例6、7と、C5成分(C)を含む例である実施例8、9とを比べると、流動点、凝固点ともに、ほとんど差はない。実施例10はこれら実施例6?9に比べて、流動点、凝固点ともに低くなっているが、実施例6、7と実施例8、9における流動点、凝固点が同等であることからすると、実施例10において流動点、凝固点ともに低いのは、実施例10において、(C)成分として本願発明の発明特定事項でない「ノニル化ジフェニルアミン」、「実施例(C-4)-1」なる成分をさらに加えた効果であって、C5成分の効果ではない、と考えるのが自然である。
なお、このことは、本願発明が、そもそも、流動点降下剤によって流動点、凝固点を下げ、C5成分等の性能添加剤を加えることによって、耐摩耗性、酸化防止性、錆/腐食防止性、金属不動態化、極圧性、摩擦調整性、粘度改良性、消泡性、乳化性、抗乳化性、潤滑性、分散性および清浄性等の性能を高める、という、上記「4.(2)相違点(iii)について」において検討した、C5成分の本願発明における技術的意味とも整合するところである。
以上のとおり、請求人の主張(i)、(ii)、(iii)は、いずれも採用できない。

6.むすび
以上のとおりであって、本願発明は、本願の出願前に頒布された刊行物aに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、その余の請求項に係る発明については検討するまでもなく、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2007-08-15 
結審通知日 2007-08-16 
審決日 2007-08-28 
出願番号 特願平5-313718
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C10M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 山本 昌広  
特許庁審判長 西川 和子
特許庁審判官 井上 彌一
鈴木 紀子
発明の名称 高モノ不飽和植物油用および高モノ不飽和植物油/腐敗還元性ベース用の流動点降下剤と流体との混合物  
代理人 安村 高明  
代理人 森下 夏樹  
代理人 山本 秀策  

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