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審判番号(事件番号) データベース 権利
無効200680084 審決 特許
無効200680042 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  A01N
審判 全部無効 特174条1項  A01N
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  A01N
管理番号 1172274
審判番号 無効2007-800026  
総通号数 99 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-03-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2007-02-13 
確定日 2008-02-06 
事件の表示 上記当事者間の特許第3884786号発明「ハエ及びカの防除方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第3884786号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯・本件発明

本件特許第3884786号発明の出願は、平成7年12月27日に特許出願され、平成8年1月18日付け及び平成16年6月30日付けで手続補正書が提出されたものの、平成16年7月12日付けで拒絶査定され、平成16年8月12日に審判請求がされる(不服2004-16891号)とともに平成16年9月13日付けで手続補正書が提出され、平成18年5月29日付けで平成16年9月13日付けの手続補正が却下されるとともに拒絶理由が通知され、平成18年7月31日付けで手続補正書が提出され、平成18年10月30日付けで、「原査定を取り消す。本願の発明は、特許すべきものとする。」との審決がされ、平成18年11月24日にその特許権の設定の登録がされたものである。
これに対して、平成19年2月13日に請求人大日本除蟲菊株式会社より無効審判請求がされると同時に上申書が提出され、平成19年5月14日付けで答弁書が提出され、平成19年8月9日付けで請求人より口頭審理陳述要領書が提出され、平成19年9月4日付けで被請求人より口頭審理陳述要領書が提出され、平成19年9月4日に特許庁第1審判廷において第1回口頭審理がされ、その後、平成19年9月18日付けで請求人及び被請求人より、それぞれ上申書が提出されたものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本件発明」という。)は、願書に添付した明細書又は図面(以下、「特許明細書」という。また、願書に最初に添付した明細書又は図面を、以下、「当初明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。

「少なくとも油性溶媒と、原液全量の0.01?1.0(w/v)%の有効成分とを含む原液に対し、液化石油ガス及びジメチルエーテルから選ばれる噴射剤を容積比で2?7倍配合してなる内容物を、スプレーにより、5?15g/5秒の噴射量で一回当り1?5秒間、屋内にてハエまたはカに向けて噴射することを特徴とするハエ及びカの防除方法。」

第2 請求人の主張の概要

請求人は、本件発明に係る特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、証拠方法として審判請求書に添付して下記の甲第1号証の1?甲第5号証の2を提出し、大略、以下の無効理由1?無効理由3を主張している。また、口頭審理陳述要領書に添付して参考資料1?参考資料2を提出している。

無効理由1:
本件発明は、当初明細書においては、請求項1に、「エアゾール」につき、「噴射後の害虫防除成分の気中濃度が噴射空間において少なくとも5分間減少しない」という要件(以下、「本件減少否定要件」という。)を不可欠としていたのに対して、甲第1号証の2の最終段階の手続補正に基づく特許明細書においては、該本件減少否定要件が構成要件から削除されている。
これは、当初明細書である甲第1号証の1の記載から逸脱しているものであるから、平成18年改正前の特許法第17条の2第3項に規定する要件を充足していない。

無効理由2:
特許明細書の段落0012、0009の記載によれば、液滴の大きさは上記本件減少否定要件に影響するが、液滴の大きさは、単に有効成分の原液における濃度のみによって一律に規定される訳ではなく、また、噴射口の角度方向等についても説明されていないから、発明の詳細な説明には本件減少否定要件を実現するための具体的手法を明らかにしていない。
また、甲第3号証によれば、特許明細書の実施例1に準じて実験を行ったところ、測定開始後5分を経た段階において、有効成分の気中濃度が低下しており、本件減少否定要件を充足していない。
したがって、甲第1号証の1?甲第3号証に示されるように、発明の詳細な説明には、当業者が実施できる程度に明確かつ十分な記載が行われていないため、本件出願は、特許法第36条第4項に規定する要件を充足していない。
(審決注:無効審判請求書等においては、「特許法第36条第4項第1号」と記載されているが、「特許法第36条第4項」と読み替えた。)

無効理由3:
本件発明は、甲第5号証の1?甲第5号証の2に記載された事項を考慮すれば、甲第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項に規定する要件を充足していない。

したがって、本件発明に係る特許は、特許法第123条第1項第1号、第2号及び第4号に該当するから、無効とされるべきものである。

(証拠方法)
甲第1号証の1:特開平9-175905号公報(特願平7-341121号の公開公報)(写し)
甲第1号証の2:不服審判2004-16891号(特願平7-341121号)における平成18年7月31日受付の手続補正書(写し)
甲第2号証の1:不服審判2004-16891号(特願平7-341121号)に対する平成18年5月29日付け拒絶理由通知(写し)
甲第2号証の2:不服審判2004-16891号(特願平7-341121号)における平成18年7月31日受付の意見書(写し)
甲第3号証:平成19年2月6日付け、大日本除蟲菊株式会社中央研究所 第一化学研究室 鹿島誠一 作成の「試験結果報告書(1)」
甲第4号証: " Effect of the Diameter of Spray Droplets on the Insecticidal Efficacy of Oil-based Aerosols ", JOURNAL OF PESTICIDE SCIENCE, Volume 12, 1987, pp483-489 (「油性エーロゾル殺虫製剤の噴霧粒子径の殺虫効力に及ぼす効果」)
甲第4号証の翻訳文
甲第5号証の1: " Solvents and Insecticidal Efficacy of the Aerosol Containing Tetramethrin and d-Phenothrin", JOURNAL OF PESTICIDE SCIENCE, Volume 10, 1985, pp621-628 (「テトラメスリンとd-フェノスリンを含むエアゾール製剤の溶剤と殺虫効力」)
甲第5号証の1の翻訳文
甲第5号証の2:「エアゾール用PB(LPG)の圧力、組成および比重(at 20℃) 大洋液化ガス株式会社」と標記された資料

参考資料1:「エアゾール型殺虫剤の研究 第1報 数種の試験法による効力評価」、殺虫剤効力試験法論文集、1968年、第53?56頁
参考資料2:「ピレスロイド系殺虫剤の特性と安全使用について」、日本殺虫剤工業会、april、1979年、第7,8,11,17,19頁

第3 被請求人の答弁の概要

これに対し被請求人は、答弁書(乙第1号証を添付)、口頭審理陳述要領書及び口頭審理後に上申書(参考資料(以下、「参考資料3」という。)を添付)を提出し、大略、次の答弁をしている。

乙第1号証:「報告書 製品圧力調査報告の件」、平成19年4月26日、東洋エアゾール工業(株) 研究開発部 第二開発室 報告者:佐藤克彦
参考資料3:日本エアゾール協会技術委員会外1名著「エアゾール包装技術<その基礎から応用まで>」、株式会社エアゾール産業新聞社、1998年10月20日第1版発行、第169?171頁

無効理由1に対して
平成18年7月31日付けの手続補正は、(i)?(iii)の事項を要点としている。
(i)請求項1に係る発明を「害虫防除用エアゾール」から「ハエ及びカの防除方法」としたこと。
(ii)「原液の有効成分の濃度(0.01?1.0(w/v)%)」、「原液に対する噴射剤の容積比(2?7倍)」、「所定時間当たりの噴射量(5?15g/5秒)」、及び「一回当たりの噴射時間(1?5秒間)」の各要件を構成要件としたこと。
(iii)前記害虫防除用エアゾールとしての特徴である「噴射後の害虫防除成分の気中濃度が噴射空間において少なくとも5分間減少しないような噴射物を与えるものである」との要件が構成要件でなくなったこと。
そして、(i)については当初明細書の段落0029に、(ii)については、「原液の有効成分の濃度(0.01?1.0(w/v)%)」、「原液に対する噴射剤の容積比(2?7倍)」、及び「所定時間当たりの噴射量(5?15g/5秒)」の各数値範囲は、それぞれ当初明細書の段落0020、0014、0025等に記載されており、「一回当たりの噴射時間(1?5秒間)」については、実施例の段落0037、0040、0042、0044等の記載に基づいたものであり、これらの数値を組み合わせたものは実施例に記載されている。
したがって、各数値範囲を本件特許発明の構成要件とする補正は新規事項の追加に該当するものではない。

無効理由2に対して
請求項1においては、本件減少否定要件は最終段階の補正により本件特許発明の構成要件ではなくなっているので、本件減少否定要件がその構成要件とされていないことは明白であり、したがって、本件減少否定要件の実施可能性をもって本件特許発明が実施可能要件違反であるとする請求人の主張は認められるべきではないこと、
本件特許明細書においては、エアゾールの具体的な器具に関する開示(例えば、バルブやノズルの構造等)はないが、本件特許発明に係る方法に対して特別の器具しか使用できないとする合理的理由はなく、通常のエアゾールに使用可能なものを適用し得るものであるので、特にこの点についての説明がないからと言って本件特許明細書等の記載に不備があるとすることはできないこと、
甲第3号証実験において本件特許明細書の実施例1と異なる結果となった点については、(i)サンプリング方法、(ii)噴射量、(iii)噴射口、等を調整することにより、本件特許明細書の実施例1と同様の結果が得られることは十分考え得ること、
からすると、請求人の主張は当を得ていない。

無効理由3に対して
請求人は甲第4号証のサンプルII-13(表2)の構成に基づいて当業者が容易に想到できると主張しているが、甲第4号証の記載から当業者がサンプルII-13を最も良好であると判断することはできず、サンプルII-13には、噴霧時間に関しては何ら記載がなく、また、甲第4号証には、本件特許発明の目的である大量噴射タイプにおける「優れた害虫防除効果」と「処理面の濡れ性・火炎長の増大の抑制」の両立との観点は、全く記載されていないのであるから、本件特許発明は、これから当業者が容易になし得たものではない。

第4 甲各号証及び乙号証に記載された事項

1.甲各号証
甲第1号証の1:
本件出願の公開公報であって、当初明細書と平成8年1月18日付けの手続補正書が含まれるところ、当初明細書には「害虫防除用エアゾール」の発明が、該手続補正書には段落0017についての補正が記載されている。
当初明細書の具体的記載事項は、以下の「第5 1.(1)」に詳しく記す。

甲第1号証の2:
本件における平成18年7月31日付け手続補正書であって、「ハエ及びカの防除方法」と発明の名称が変更されたことが記載され、それにともなって、特許請求の範囲と明細書の補正されたことが記載されている。

甲第2号証の1:
本件における平成18年5月29日付け拒絶理由通知であって、平成16年9月13日付けの手続補正は却下されることとなったこと、本件出願の発明は、特許法第29条第1項第3号に該当すること、本件出願は特許法第36条第4項及び第6項第1号に規定する要件を満たしていないこと、が記載されている。

甲第2号証の2:
平成18年7月31日付け意見書であって、該意見書と同日付けで手続補正書を提出したこと、補正後の本件出願は、上記の拒絶理由を有していないこと、が記載されている。

甲第3号証:
(甲3-1)「一.目的
1.特許第3884786号に係る明細書(本件特許明細書)の発明の詳細な説明には、「噴射後の有効成分の気中濃度が噴射空間において少なくとも5分間減少しない」という要件(本件要件)が記載されているが、現状の本件特許発明に記載されている数値要件を充足した場合、本件要件を充足し得るか否かを明らかにすること。
2.本件特許明細書の実施例の記載に準じて有効成分の気中濃度を測定するという実験を通じて、実施例の記載が、本件要件を実現するために十分であるか否かを明らかにすること。」(1頁下から11?3行)
(甲3-2)「五.試験結果
実施例1に記載されている気中濃度に関する一般式、即ち
気中濃度(μg/m^(3))=1000×分析値(μg)/「サンプリング流量(l/分)×3(分)」/m^(3)の式を使用することによって、各エアゾール噴射時間に対応したサンプルにつき経過時間毎に得られたフタルスリンの気中濃度(mg/m^(3))は、以下の表のとおりである。
(1)実施例1に準じてNo.3のエアゾールにつき噴射時間を5秒とした場合


(2)実施例3に準じてNo.2、3の各エアゾールにつき噴射時間を1.5秒とした場合


」(4頁下から8行?5頁上から2番目の表まで)
(甲3-3)「六.考察
1.前記試験結果からも明らかなように、何れの測定においても、フタルスリンの気中濃度は、5分経過した段階では噴射直後の数値に比し明らかに減少しており、本件要件は充足されていない。」(5頁下から18?15行)

甲第4号証:(記載事項は翻訳文で示す。)
(甲4-1)「油性エアゾール殺虫製剤の噴霧粒子径の殺虫効力に及ぼす効果
・・・
要約
イエバエに対する殺虫効力とエアゾール製剤噴霧粒子径との関連性を、テトラメスリンとd-フェノスリンを含む油性エアゾール製剤を用いて調べた。噴霧粒子径は、エアゾールバルブ孔径、原液/噴射剤比率および噴射剤圧力を変化させることによって調節した。ノックダウン効果、致死効力とも粒子径に依存し、最適粒子径は Rosin-Rammler 分布式における平均粒径として30μm付近にあることがわかった。粒子径が30μmより大きくても小さくても殺虫効力は弱くなった。この結果は、飛翔昆虫によるエアゾール粒子捕集効率が、粒子径により影響を受けることを示唆していた。この理由は、噴霧粒子の挙動が、粒子径に依存した粒子の慣性力と、沈降落下速度という二つの要因の相互作用に依存しているためであると推定された。」(483頁1行?下から26行。翻訳文1頁1?12行)
(甲4-2)「エアゾールと油剤は、イエバエや蚊のような飛翔害虫の駆除用として現在一般的に使用されている製剤である。それらは、噴霧粒子径が10?100μmの範囲で空中に噴霧される。殺虫剤の微細粒子は噴霧されると直ちに飛翔昆虫に付着するので、噴霧粒子の挙動は殺虫効力に大きな影響を及ぼす。また、製剤中の溶剤の種類が、殺虫剤の効力に影響することも報告されているが、これは、害虫のクチクラ層における溶剤の透過性が殺虫効力に関与しているためと考えられる。従って、殺虫製剤の効力を決定する二つの重要な要因として、(1)噴霧粒子が如何に効率的に対象害虫に衝突するか、(2)有効成分が如何に効率的に対象害虫の、例えば神経系のような作用部位に到達するか、があげられる。」(483頁左欄INTRODUCTION?右欄1行。翻訳文1頁14?22行)
(甲4-3)「本研究は、油性エアゾールのいくつかの製剤要因が、噴霧粒子サイズやイエバエに対する最適粒子径にどのような影響を及ぼすかを調べる目的でなされたものである。」(483頁右欄下から1行?484頁左欄4行。翻訳文1頁下から2?1行)
(甲4-4)「2.エアゾール製剤の調製
エアゾール製剤の異なった粒子径を得るため、○1(「○1」は「○付き数字の1」を表す。以下、同様。)バルブ孔径、○2原液/噴射剤比率、○3噴射剤圧力 を変化させて3シリーズのエアゾール製剤を調製した。エアゾール製剤の基本処方は以下のとおり。


」(484頁左欄14行?下から14行。翻訳文2頁7行?下から17行)
(甲4-5)「(2-2)実験2
種々のバルブシステムを用い、配合1及び配合2に従って、表2に示す各種エアゾール製剤を調製した。」(484頁左欄下から7?4行。翻訳文2頁下から13?11行)
(甲4-6)「4.殺虫効力試験
エアゾール製剤の殺虫効力は、CSMA Aerosol Test Method for Flying Insects に従って評価した。薬量は、ピートグラディチャンバー(5.8m^(3))あたり、650±100mgの噴霧量とした。」(485頁左欄19?24行。翻訳文3頁17?20行)
(甲4-7)「5.供試昆虫
イエバエ・・・、羽化後3?5日の雄雌成虫。・・・で飼育されたものである。」(485頁左欄25行?右欄6行。翻訳文3頁21?24行)
(甲4-8)「


」(486頁の「Table 2」。翻訳文4頁の表2)
(甲4-9)「(1-2)原液/噴射剤比率の効果
表2と表3に、2種類の原液/噴射剤比率に基づき調製したエアゾール製剤の物理特性を示す。粒子径は原液/噴射剤比率に大きく依存し、比率が小さくなる程粒子は細かくなった。」(486頁左欄下から8?3行。翻訳文4頁1?4行)
(甲4-10)「2.殺虫効力
図2、図3及び図4は、粒子径の異なるエアゾール製剤のイエバエに対する殺虫効力を示す。KT50値(供試昆虫の50%をノックダウンさせるに要する時間)を粒子径に対してプロットすると、最適粒子径はPE値で30μm付近であった。結果は、粒子径を違うファクターで調節したどの試験においても殆ど同じであった。致死効力に対する最適粒子径は20?30μmであった。また、蚊に対する最適粒子径についても、イエバエより若干小さい傾向を示したものの同様であった。この違いは、両種の昆虫の飛翔能力の差によるものと考えられる。」(487頁左欄1行?右欄4行。翻訳文4頁下から5行?5頁3行)
(甲4-11)


」 (487頁の「Fig.3」。翻訳文5頁の図3)
(甲4-12)「従って、試験結果は以下の知見を示唆した。
1)粒子径が大きすぎても小さすぎても、噴霧初期のノックダウン効力は不十分。
2)粒子径が小さくなるほど、後期の効力がアップしノックダウン効果がより完全となる。」(488頁右欄下から20?6行。翻訳文6頁下から5?1行)

甲第5号証の1:(記載事項は翻訳文で示す。)
(甲5の1-1)「表1 溶剤の物理特性
溶剤名 一般名 沸点(℃) 密度(15-20℃)
オンディナ17 ケロシン 350(50%) 0.868
(シェル)
ネオチオゾール 〃 224-268 0.769
(中央化成) 」
(622頁「Table 1 Physical properties of solvents.」の一部。翻訳文2頁の表1)

甲第5号証の2:
(甲5の2-1)「
エアゾール用PB(LPG)の圧力、組成および比重(at 20℃)
大洋液化ガス株式会社
圧力 C_(2)H_(6) C_(3)H_(8) i-C_(4)H_(10) n-C_(4)H_(10) C_(5)H_(12) 比重
(kg/cm^(2)G) (wt%) (g/ml)
・・・・・・
4.8 0.4 48.6 11.5 39.5 - 0.538」
(「エアゾール用PB(LPG)の圧力、組成および比重(at 20℃) 大洋液化ガス株式会社」と題された表の一部)

2.乙号証
乙第1号証:
「製品圧力調査報告の件」と題された報告書であって、
「1.目的
2.サンプル作製条件○1
3.製品圧力測定結果結果○1(at25℃)
4.サンプル作製条件○2(at20℃)
5.製品圧力測定結果○2(at25℃)
6.サンプル作製条件
7.製品圧力測定条件」
なる項目について、記載されている。

第5 当審の判断

1.無効理由1(特許法第17条の2第3項違反)について
(1)当初明細書に記載された事項
甲第1号証の1である、当初明細書の記載を検討する。
(あ)「【請求項1】 少なくとも害虫防除成分を含む原液と噴射剤とを含み、害虫に向かって噴射させ害虫を防除するエアゾールにおいて、噴射後の害虫防除成分の気中濃度が噴射空間において少なくとも5分間減少しないような噴射物を与えるものであることを特徴とする害虫防除用エアゾール。」(特許請求の範囲の請求項1)
(い)「【請求項3】 少なくとも害虫防除成分を含む原液に対して噴射剤を容積比で2倍以上配合してなり、かつスプレーによる噴射量が5秒間当たり5グラム以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の害虫防除用エアゾール。
【請求項4】 少なくとも害虫防除成分を含む原液に対して噴射剤を容積比で2?7倍配合してなる請求項1?3のいずれか1項に記載の害虫防除用エアゾール。」(特許請求の範囲の請求項3、4)
(う)「【発明の属する技術分野】本発明は、害虫防除用エアゾールに関し、特に害虫防除効果に優れ、大量噴射でありながら処理面の濡れが少なく、更に火炎長の増大を抑制した害虫防除用エアゾールに関する。」(段落0001)
(え)「【課題を解決するための手段】本発明者らは鋭意検討した結果、噴射後の時間と、その噴射空間において害虫防除成分の気中濃度が、害虫防除効果、更に処理面での濡れ及び火炎長の抑制においても重要な役割を果たすことを見出し、上記の課題を解決し、本発明に到達した。」(段落0006)
(お)「本発明により、害虫防除用エアゾールの噴射後において、噴射空間の害虫防除成分の気中濃度が、少なくとも5分間は減少しないような噴射物を与えるエアゾールを用いることにより、害虫防除成分の気中濃度が従来のエアゾールによる気中濃度よりも高いレベルで長時間維持され、それにより優れた害虫防除効果が得られるようになった。」(段落0008)
(か)「即ち、本発明においては、エアゾールから噴射されたものと定義される噴射物において、害虫防除成分の気中濃度がエアゾールから噴射後5分間は減少しないという新しい概念に基づくエアゾールにより、上記本発明の目的を達成するものである。」(段落0010)
(き)「本発明において、上記噴射後の気中濃度が5分間は減少しないような噴射物を与えるエアゾールを用いることにより、見事に処理面の濡れ性、火炎長の増大を抑制することができた。」(段落0011)
(く)「本発明のエアゾールの害虫防除成分の噴射後の気中濃度を、少なくとも5分後まで減少させないための手段としては、これを達成できれば限定されるものではないが、好ましくはエアゾールの噴射量を5秒間当たり5g以上に設定するとともに、エアゾール組成物中の原液/噴射剤の容積比を2以上に設定する。これにより、前記気中濃度を設定でき、更に処理面の濡れ及び火炎長の増大が抑えられ、且つ害虫防除効果が優れるようになる。」(段落0013)
(け)「本発明において使用される害虫防除成分の、エアゾール中の添加量としては、溶剤に対して0.01?1.0(w/v)%が好ましい。」(段落0020)
(こ)「【実施例】以下本発明を実施例によりさらに詳しく説明するが、本発明がこれらに限定されるものではない。
実施例1
上記表-1に示す処方No3のエアゾール、及び下記表-4に示す従来品aを噴射したときの有効成分(フタルスリン)の気中濃度を測定するため次の試験を行った。・・・各エアゾールは、噴射窓(高さ約1.6m)から5秒間噴射し、噴射直後より一定の間隔で空気サンプリング管より各3分間毎、約18リットル/分のスピードで空気をサンプリングし、空気中の粒子をトラップした。・・・その結果を図1に示す。図1に示すとおり、本発明品のフタルスリンの気中濃度は従来品aのそれに比べて、噴射直後は低いものの、噴射後7分まで上昇し、それ以後従来品に比べて高くなった。これは、噴射空間において、気中濃度が高い状態で長時間維持されていることを示し、殺虫効果を著しく向上させる。・・・この結果から、害虫防除成分の有効気中濃度が、広範囲にわたって存在していることがわかり、殺虫効果を著しく向上することを示す。」(段落0031?0035)
(さ)「実施例2
本発明の害虫防除用エアゾールに対して下記の効力試験を実施した。なお、本発明品の噴射量は約6g/5gで、比較例として従来品aのエアゾールを用いた。・・・上記エアゾールを約1秒間噴射し・・・。この結果を下記表-2に示す。・・・表-2から明らかなとおり、本発明品は従来品aと比べて速攻性及び致死において優れた効果を示している。」(段落0036?0039)
(し)「実施例3
上記従来品a、従来品aの噴射量のみを増やしたもの(6.0g/5秒)である比較品、及び表-3記載の本発明品(表-1記載の処方No1?4)を用いて、処理面への濡れの程度を比較するため、平面に白紙を置き、そこに向けて20cmの距離から各エアゾールを2秒間噴射し、そのときの白紙の濡れの程度を面積(縦cm×横cm)によって比較した。また、火炎長を測定した。この結果を表-3に示す。・・表-3に示すように、本発明品をみると、噴射量が増えても、壁面の濡れは、噴射量の少ない従来品aと殆ど同程度で、火炎長の増大も抑制されていた。また、本発明において火炎長の火源からのもどりの長さも抑制されていた。・・・本発明品は、壁面の濡れ性、火炎長と殺虫効果のいずれにおいても良好な結果が得られた。」(段落0040?0043)
(す)「実施例4
次に、本発明のエアゾールにおいて、実際の使用状態における害虫防除効果を試験した。1.8m^(3) のチャンバーに雄、雌(1:1)のイエバエ(伝研系)約100匹を放し、暫く放置後、下記表-4に記載の各エアゾールをチャンバー内で、散在しているハエに向かって1.7秒間噴射した。噴射開始時より経過時間ごとにノックダウンしたハエの数及び24時間後の死亡率(%)を測定した。その結果を下記表-4に示す。・・・実際の使用状態においても、従来品a?cに比べて、本発明品は速攻性及び致死において優れた効果を示し、且つ優れた害虫防除効果を示した。これは、本発明のエアゾールの作用、効果が実際の使用状態においても十分に発揮されることがわかる。」(段落0044?0046)
(せ)「【発明の効果】以上説明したように、本発明の害虫防除用エアゾールは優れた害虫防除効果を得ることができ、かつ大量噴射タイプでありながら処理面の濡れが少なく、更に火炎長の増大を抑制できる害虫防除用エアゾールである。また従来のエアゾールと比べて、噴射された粒子特性が適正であり、有効成分の拡散体積が大きく、有効成分の到達距離も延び、気中濃度が長時間安定に維持され、優れた害虫防除効果を得ることができる。その上、本発明の害虫防除用エアゾールは通常では噴射量が増大することで生じる処理面の濡れ、更に火炎長の増大を著しく改善することができる。」(段落0047)

当初明細書には、記載事項(あ)、(う)、(え)によれば、「害虫防除効果に優れ、大量噴射でありながら処理面の濡れが少なく、更に火炎長の増大を抑制した害虫防除用エアゾール」に関する発明が記載され、このような、害虫防除効果、少ない濡れ性、火炎長増大抑制効果を有するエアゾールは、記載事項(あ)、(お)?(き)によれば、「噴射後の気中濃度が5分間は減少しないような噴射物を与えるエアゾールを用いること」によって達成されるものであり、さらに具体的には、記載事項(い)、(く)にあるように「噴射量」と「原液/噴射剤の容積比」を特定の範囲に設定すればよいことが、記載されている。
そして、記載事項(こ)にあるように、本件発明の実施例1は処方No.3のエアゾールを用いて気中濃度は噴射後7分まで上昇することを確認し、同実施例2、3では、記載事項(さ)、(し)にあるように、実施例1と同様の処方No.3のエアゾールを用いて、防除効果、濡れ性、火炎長増大抑制効果に優れることを確認している。さらに、記載事項(せ)は効果についてのものであるが、この段落における「本発明の害虫防除用エアゾール」とは、当然に記載事項(あ)、(い)にあるように請求項に係る発明のことである。

これらのことからすると、当初明細書には、
「噴射量、原液/噴射剤の容積比を特定の範囲に設定すること等により、噴射後の気中濃度が5分間は減少しないような噴射物を与えるエアゾールとすることができ、このような、噴射後の気中濃度が5分間は減少しないような噴射物を与えるエアゾールとすることによって、害虫防除効果に優れ、大量噴射でありながら処理面の濡れが少なく、更に火炎長の増大を抑制した害虫防除用エアゾールとすることができる」
という事項が記載されているといえる。

(2)平成18年7月31日付けの手続補正について
「第1」に記したように、本件においては、平成8年1月18日付け手続補正書(以下、「補正1」という。)、平成16年6月30日付け手続補正書(以下、「補正2」という。)、平成16年9月13日付け手続補正書(以下、「補正3」という。)及び平成18年7月31日付け手続補正書(以下、「補正4」という。)の、4回に渡り手続補正書が提出されているが、補正3は平成18年5月29日付けで却下され、また、補正1及び補正2でされた補正箇所は、すべて補正4で再度補正されており、しかも、この補正4に基づいて本件の特許権の設定の登録がされたものであることからすると、本件において検討すべき手続補正は、補正4のみで十分である。
したがって、無効理由1である特許法第17条の2第3項を検討するとは、補正4が、当初明細書に記載した事項の範囲内でされたものであるか否かを検討することである。

特許明細書には以下の事項が記載されている。
(ア)「少なくとも油性溶媒と、原液全量の0.01?1.0(w/v)%の有効成分とを含む原液に対し、液化石油ガス及びジメチルエーテルから選ばれる噴射剤を容積比で2?7倍配合してなる内容物を、スプレーにより、5?15g/5秒の噴射量で一回当り1?5秒間、屋内にてハエまたはカに向けて噴射することを特徴とするハエ及びカの防除方法。」(特許請求の範囲の請求項1)
(イ)「本発明は、ハエやカの防除効果に優れ、大量噴射でありながら処理面の濡れが少なく、更に火炎長の増大を抑制する方法に関する。」(段落0001)
(ウ)「本発明者らは鋭意検討した結果、噴射後の時間と、その噴射空間において害虫防除成分の気中濃度が、害虫防除効果、更に処理面での濡れ及び火炎長の抑制においても重要な役割を果たすことを見出し、上記の課題を解決し、本発明に到達した。」(段落0006)
(エ)「本発明の方法によれば、噴射後において、噴射空間の有効成分の気中濃度が、従来のエアゾールによる気中濃度よりも高いレベルで長時間維持され、それによりハエ(イエバエ、クロバエ、ニクバエ等)やカ(イエカ、ヤブカ、シマカ等)に対する優れた防除効果が得られるようになった。」(段落0008)
(オ)「本発明においては、エアゾールから噴射されたものと定義される噴射物において、有効成分の気中濃度を噴射後長く保つという新しい概念に基づくエアゾールにより、上記本発明の目的を達成するものである。
・・・
エアゾールの噴射後において、噴射空間の有効成分の気中濃度が、少なくとも5分間、好ましくは7分間は減少しないことが好ましい。」(段落0010?0011)
(カ)「本発明では、エアゾールの噴射量を5秒間当たり5?15gに設定するとともに、エアゾール組成物中の原液/噴射剤の容積比を2?7倍に設定する。これにより、前記気中濃度を設定でき、更に処理面の濡れ及び火炎長の増大が抑えられ、且つ害虫防除効果が優れるようになる。」(段落0013)
(キ)「【発明の効果】以上説明したように、本発明によればハエやカに対して優れた防除効果を得ることができ、かつ大量噴射タイプでありながら処理面の濡れが少なく、更に火炎長の増大を抑制できる。また従来のエアゾールと比べて、噴射された粒子特性が適正であり、有効成分の拡散体積が大きく、有効成分の到達距離も延び、気中濃度が長時間安定に維持され、優れた前記効果を得ることができる。その上、本発明によれば通常では噴射量が増大することで生じる処理面の濡れ、更に火炎長の増大を著しく改善することができる。」(段落0047)

記載事項(イ)、(ウ)、(カ)、(キ)によれば、特許明細書には、「噴射量、原液/噴射剤の容積比を特定の範囲に設定すること等により害虫防除効果に優れ、大量噴射でありながら処理面の濡れが少なく、更に火炎長の増大を抑制した害虫防除用エアゾールとすることができる」発明が記載されており、記載事項(エ)によれば、それは、「噴射空間の有効成分の気中濃度が、従来のエアゾールによる気中濃度よりも高いレベルで長時間維持され」るものであって、さらに記載事項(オ)によれば、、「エアゾールの噴射後において、噴射空間の有効成分の気中濃度が、少なくとも5分間、好ましくは7分間は減少しないことが好ましい」ものである。
これからすると、特許明細書には、「噴射後において、噴射空間の有効成分の気中濃度が、従来のエアゾールによる気中濃度よりも高いレベルで長時間維持され」ているという事項は記載されているが、その「長時間」の具体的内容をみるに、「噴射後の気中濃度が5分間は減少しないような噴射物を与えるもの」は記載事項(オ)にあるように当然に包含されるが、これは「好ましい」場合であるから、「それほど好ましくはない」場合、すなわち、「噴射空間の有効成分の気中濃度が、従来のエアゾールによる気中濃度よりも高いレベルで長時間維持されるものの、噴射後の気中濃度が5分間の間に減少してしまうもの」をも包含することになる。
しかしながら、「噴射空間の有効成分の気中濃度が、従来のエアゾールによる気中濃度よりも高いレベルで長時間維持されるものの、噴射後の気中濃度が5分間の間に減少してしまうもの」は、当初明細書には記載されていたとはいえないから、特許明細書には、当初明細書には記載されていなかった事項が記載されているとせざるを得ない。
そうしてみると、平成18年7月31日付けでした手続補正は、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてなされたものとはいえない。

(3)まとめ
以上のとおり、本件特許は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものであるから、無効理由1は理由がある。

2.無効理由2(特許法第36条第4項違反)について
(1)特許明細書の記載からみて
記載事項(ア)?(キ)は上記「1.(2)」に記載したとおりであり、さらに、特許明細書には以下の記載がある。
(ク)「その液滴の大きさがある範囲にあると液滴が噴射空間に存在する時間が十分長くなり、液滴からのその成分の放出が十分になり、噴射空間での気中濃度は増大していき、ある時間後に低下に転ずる。このように気中濃度は上昇していく時間が長いと、噴射空間での有効成分の気中濃度が有効濃度に長く保たれ、ハエやカに有効に作用できる。本発明は、このような噴射物の状態が形成されることを目的としている。
但し、その気中濃度は、液滴からの有効成分の放出速度、揮発速度などの他、噴射空間からの拡散速度などによっても影響されるので、一概に上記のような液滴の大きさのみによっても決まるものではない。」(段落0009)
(ケ)「上記の噴射空間における有効成分の気中濃度が少なくとも5分間は減少しないとは、噴射直後から該気中濃度が増加して最大に達したのち、その最大濃度が実質的に維持される場合、及び噴射直後から該気中濃度が少なくとも5分間増加する場合を含む。・・・噴射空間とは、エアゾールを噴射し、噴射された有効成分を含む粒子が描く軌道で囲まれた空間を表す。」(段落0012)
(コ)「実施例1
・・・
1.8m^(3) のチャンバーにて、床面より1mの高さにてチャンバーのほぼ中央に当たる位置にサンプリング管(φ15mm×100mm、シリカゲル約6.0g)を取り付けた。各エアゾールは、噴射窓(高さ約1.6m)から5秒間噴射し、噴射直後より一定の間隔で空気サンプリング管より各3分間毎、約18リットル/分のスピードで空気をサンプリングし、空気中の粒子をトラップした。サンプリング管は、本発明でいう噴射空間内に設置した。
サンプリングは、噴射直後より1時間まで行い、サンプリング管にトラップした有効成分はガスクロマトグラフィーにより分析した。フタルスリンの気中濃度(μg/m^(3) )は式:気中濃度(μg/m^(3) )=1000×分析値(μg)/[サンプリング流量(リットル/分)×3(分)])/m^(3) )により求めた。
その結果を図1に示す。」(段落0032?0034)
(なお、平成19年9月18日付け上申書によれば、上記「1.8m^(3)」は「1.8^(3)m^(3)」の誤記であり、気中濃度の計算式において、末尾の「/m^(3)」は不要(誤記)である。)

これらの記載によると、「本発明は、ハエやカの防除効果に優れ、大量噴射でありながら処理面の濡れが少なく、更に火炎長の増大を抑制する方法に関する」ものであり(記載事項(イ))、より具体的には、「噴射後の時間と、その噴射空間において害虫防除成分の気中濃度が、害虫防除効果、更に処理面での濡れ及び火炎長の抑制においても重要な役割を果たすことを見出し、上記の課題を解決し」たものであり(記載事項(ウ))、すなわち、「本発明においては、エアゾールから噴射されたものと定義される噴射物において、有効成分の気中濃度を噴射後長く保つという新しい概念に基づくエアゾールにより、上記本発明の目的を達成するもの」であって、「噴射空間の有効成分の気中濃度が、少なくとも5分間、好ましくは7分間は減少しないことが好ましい」ものであり(記載事項(オ))、このような発明の課題を解決するものとして、請求項1に具体的に発明を特定する事項が記載されている(記載事項(ア))のである。
そうしてみると、「噴射空間」と「有効成分の気中濃度」が、本件発明の課題を解決するために重要な技術的意味を有するといえるので、それぞれの定義をみると、「噴射空間」とは、記載事項(ケ)によれば、「エアゾールを噴射し、噴射された有効成分を含む粒子が描く軌道で囲まれた空間を表す。」ものと定義されているが、「気中濃度」は、特許明細書にその定義は記載されておらず、記載事項(ク)によれば、液滴の大きさ、液滴からの有効成分の放出速度、揮発速度、噴射空間からの拡散速度などによっても影響されるものであるとしつつ、具体的に記載された実施例1においては、液滴の大きさも液滴からの有効成分の放出速度、揮発速度、噴射空間からの拡散速度も特定されていないものに対して試験をし、特定容積のチャンバーの特定高さの位置に取り付けた噴射窓より、特定量のエアゾールを特定時間噴射し、チャンバー内の特定部位より空気サンプリング管により特定のスピードで空気をサンプリングし、トラップした有効成分を分析し、その分析値とサンプリング流量とから、気中濃度を求め、図1を描き(記載事項(コ))、従来のエアゾールと比べて、気中濃度が長時間安定に維持される(記載事項(キ))、としている。
これらを総合すると、本件発明の課題を解決するために重要な技術的意味を有する「有効成分の気中濃度」について、(α)定義が示されず、(β)気中濃度は、液滴の大きさ、液滴からの有効成分の放出速度、揮発速度、噴射空間からの拡散速度によって影響されるとしながら、それらと気中濃度との関係について何ら記載されていないのであるから、当業者といえどもこれを明確に理解することはできず、しかも、(γ)実施例1で示されるのは極めて限られた空間の1点におけるデータにすぎないのであるから、このわずか1点におけるデータをもって、この1点以外の噴射空間すべてにおいても、有効成分の気中濃度が長時間安定して維持されるという明細書に記載される効果を奏するものとすることはできない。
したがって、発明の詳細な説明には、本件発明の課題を解決するために、当業者が実施をしうる程度に明確かつ十分に記載されているとすることはできない。

(2)甲第3号証との関係からみて
甲第3号証においては、特許明細書の実施例1、実施例3に準じた噴射実験が記載され、(記載事項(甲3-1))、実験結果が示され(記載事項(甲3-2))、「フタルスリンの気中濃度は、5分経過した段階では噴射直後の数値に比し明らかに減少して」いる、と考察されている(記載事項(甲3-3))。
これに対して被請求人は、答弁書において、「甲第3号証実験において本件特許明細書の実施例1と異なる結果となった点については、補足して説明する。」(11頁14?15行)と述べ、「(i)サンプリング方法、(ii)噴射量、(iii)噴射口、が適切でなかったことが考えられる」(11頁19行?12頁19行)と述べているが、(i)サンプリング方法及び(iii)噴射口については、本件発明においても何ら特定されていないのであるから、甲第3号証の実験がこの点で不適切であったとすることはできず、また、(ii)噴射量は、甲第3号証の実験においても本件発明で特定された範囲のものを用いているのであるから、甲第3号証においてなされた噴射実験も本件発明の実施といえるものである。
そうしてみると、特許明細書の実施例1、実施例3に準じた噴射実験を行っても、特許明細書に記載された実施例1、実施例3とは異なる結果となるのであるから、特許明細書の発明の詳細な説明には、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとすることはできない。

(3)まとめ
以上のとおり、(1)特許明細書の記載からみても、(2)甲第3号証との関係からみても、本件特許は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、無効理由2は理由がある。

3.無効理由3(特許法第29条第2項)について
(1)甲第4号証に記載された発明
(1-1)甲第4号証の記載内容概要
甲第4号証は、「油性エアゾール殺虫製剤の噴霧粒子径の殺虫効力に及ぼす効果」(記載事項(甲4-1))と題する論文であり、ここでの研究は、エアゾールはイエバエや蚊のような飛翔害虫の駆除に一般的に使用されるところ、噴霧粒子の挙動は殺虫効力に影響を与えるものであるから、油性エアゾールのいくつかの製剤要因が、噴霧粒子サイズやイエバエに対する最適粒子径にどのような影響を及ぼすかを調べる目的でなされたものであって(記載事項(甲4-2)、(甲4-3))、イエバエに対する殺虫効力とエアゾール製剤噴霧粒子径との関連性を、テトラメスリンとd-フェノスリンを含む油性エアゾール製剤を用いて調べたものであり、その際に、噴霧粒子径は、エアゾールバルブ孔径、原液/噴射剤比率および噴射圧力を変化させることによって調節したもの(記載事項(甲4-1))である。
このような目的から種々のエアゾール製剤を調製し、「実験2」として配合1及び配合2に従い、表2に示す各種エアゾール製剤とし、ピートグラディチャンバー(5.8m^(3))あたり、650±100mgの噴霧量となるように噴霧して殺虫効力試験をすると、図3に示す結果が得られたものである(記載事項(甲4-4)?(甲4-11))。

(1-2)「配合2のエアゾール製剤」の組成
そこで、配合2で示されるエアゾール製剤(記載事項(甲4-4))の組成がどのようなものであるのか、そして、該組成が、本件発明における「少なくとも油性溶媒と、原液全量の0.01?1.0(w/v)%の有効成分とを含む原液に対し、液化石油ガス及びジメチルエーテルから選ばれる噴射剤を容積比で2?7倍配合してなる内容物」と同じといえるのか否かについて検討する。
配合2の「テトラメスリン」及び「d-フェノスリン」は、有効成分であるから、本件発明の「有効成分」に対応し、同「ネオチオゾール」は、表下脚注a)に説明されているように、無臭ケロシン、すなわち灯油であるから、本件発明における「油性溶媒」に対応し、同「プロパン/ブタン」は、液化石油ガスであるから、本件発明における「噴射剤」に対応する。
ところで、本件発明においては、原液と有効成分との関係は「(w/v)%」、すなわち容積に対する重量の%で表され、また、油性溶媒及び原液と噴射剤との関係は「容積比」で表されているから、配合2の組成と本件発明の内容物の組成を比べるには、配合2で用いられている「(%w/w)」、すなわち重量に対する重量の単位を、容積に対する重量の単位、あるいは、容積比に換算する必要がある。
そこで、配合2の「ネオチオゾール」をみるに、記載事項(甲5の1-1)に示されるように、15?20℃における密度は0.769(g/cm^(3))であるから、配合2における40.0gの容積は、
40.0/0.769≒52.0、すなわち、約52.0mlとなる。
同様に、配合2の「プロパン/ブタン」は、表下脚注b)に説明されているように、圧力;4.8kg/cm^(2)(ゲージ)、20℃のものであって、この場合の比重は記載事項(甲5の2-1)によると、0.538(g/ml)であるから、配合2における60.0gの容積は、
60.0/0.538≒112、すなわち、約112mlとなる。
すると、配合2における有効成分の原液に対する濃度は、
(0.4+0.1)/52.0×100≒0.96(w/v)%、
であり、液化石油ガス噴射剤と原液との容積比は、
112/52.0≒2.15、
である。
そうすると、配合2におけるエアゾール製剤の組成は、
「ネオチオゾールである油性溶媒と、原液全量の約0.96(w/v)%の有効成分とを含む原液に対し、液化石油ガス噴射剤を容積比で約2.15倍配合してなるもの」
といえ、これは、本件発明における、
「少なくとも油性溶媒と、原液全量の0.01?1.0(w/v)%の有効成分とを含む原液に対し、液化石油ガス及びジメチルエーテルから選ばれる噴射剤を容積比で2?7倍配合してなる内容物」
と重複するものであるといえる。

(1-3)甲第5号証の2について
ところで、上記のエアゾール製剤において、噴射剤である「プロパン/ブタン」の容積を計算するに際し、甲第5号証の2を用いたのであるが、甲第5号証の2は、特定の会社の製品であるLPGの規格に係るものであって、他社の製品もこれと同じであるとは直ちにはいえないので、これによって市場にあるエアゾール用PB(LPG)に係る比重が甲第5号証の2に記載された値であることが真実であると認めることは技術的にできない、ともいえる。
しかしながら、比重は組成と圧力とで決まるものであり、「エアゾール用PB(LPG)」と用途が限られていれば、そのLPG組成はいずれの会社のものでも大きくは変わらないと考えられ、さらに、甲第5号証の2の「圧力;4.8kg/cm^(2)(ゲージ)」の欄に示したものは、その組成はほぼ「プロパン/ブタン」からなっているもの(プロパンとブタンに相当する、「C_(3)H_(8)、i-C_(4)H_(10)、n-C_(4)H_(10)」の合計は、48.6+11.5+39.5=99.6wt%、である。)であって、甲第4号証で用いているものとほぼ同等なのであるから、甲第4号証で用いた噴射剤である「プロパン/ブタン」の、圧力;4.8kg/cm^(2)(ゲージ)、20℃のときの比重は、厳密には0.538といいきれないとしても、「0.538前後」ということはできる。
仮に、参考までに、比重に5%の差がある場合を想定すると、その場合、比重は0.511あるいは0.565であるから、この数値を用いて計算してみると、
比重=0.511のとき、
「プロパン/ブタン」、すなわち噴射剤の容積は、
60.0/0.511≒117ml、であるから、
原液に対する噴射剤の容積比は、
117/52.0≒2.25、であり、
比重=0.565のとき、
「プロパン/ブタン」、すなわち噴射剤の容積は、
60.0/0.565≒106ml、であるから、
原液に対する噴射剤の容積比は、
106/52.0≒2.04、である。
すなわち、比重が5%も異なっていても、原液に対する噴射剤の容積比はこの程度の違いしかなく、いずれにしても、本件発明における容積比を満足するものである。
そうしてみると、配合2において用いられた噴射剤の比重が、記載事項(甲5の2-1)の数値と若干異なるものであったとしても、上記(1-2)に示したように、配合2におけるエアゾール製剤の組成は、本件発明と、
「少なくとも油性溶媒と、原液全量の約0.96(w/v)%の有効成分とを含む原液に対し、液化石油ガス及びジメチルエーテルから選ばれる噴射剤を容積比で2.15倍前後配合してなる内容物」
と重複するものであるといえる。

(1-4)甲第4号証に記載された発明
配合2を用いたエアゾール製剤は、記載事項(甲4-8)の表2中、サンプルNo.II-7?II-13として示され、特定のバルブ孔径を用いて、特定の内圧で、特定の噴霧量で噴霧し、各粒子径を得たものである。
そこで、これらのサンプルの中から、サンプルII-13について検討する。
これは、記載事項(甲4-11)の図3には、表2における13種類のサンプルについて、それぞれプロットされているとみられ、KT50、Mortality(致死効力)ともに、小さい方から4番目の粒径を有するサンプルが最も優れているところ、小さい方から4番目の粒径を有するサンプルとは、表2によれば「II-13」であるため、ひとまず、このサンプルを選択したのである。
噴霧量は、記載事項(甲4-6)に示したとおり650±100mgと考えられ、この量を「10.0g/5秒」という噴射量で噴霧しているのであるから、この割合で550?750mg噴霧するためには、噴霧時間は0.275?0.375秒、と計算される。そして、甲第4号証には、具体的にII-13のサンプルを噴霧してイエバエに優れた殺虫効力を有したことが記載されているのであるから、甲第4号証には、
「油性溶媒であるネオチオゾールと、原液全量の約0.96(w/v)%の有効成分とを含む原液に対し、液化石油ガスであるプロパン/ブタン噴射剤を容積比で2.15倍前後配合してなる内容物を、特定のバルブ孔径を有するバルブを用いて、スプレーにより、10g/5秒の噴霧量で一回当り0.275?0.375秒間、屋内にて噴霧してハエを防除し、そのときのエアゾールの粒子径は21.1μmであった」
という発明(以下、「甲4発明」という。)が記載されている。

(2)対比・判断
(2-1)相違点
本件発明と甲4発明とを対比すると、エアゾールにおける有効成分の放出として、本件発明においては「噴射」、甲4発明においては「噴霧」と、その表現が一応異なるが、両者ともエアゾールによる放出であって、液化石油ガス噴射剤を同条件で充填したものであり、特許明細書においても「スプレー(噴霧)」という用語が使われている(段落0030)から、本件発明における「噴射」も甲4発明における「噴霧」も、技術的には同義と認められる。
すると、両者は、
「油性溶媒と、原液全量の約0.96(w/v)%の有効成分とを含む原液に対し、液化石油ガス噴射剤を容積比で2.15倍前後配合してなる内容物を、スプレーにより、10g/5秒の噴射量で一回当り一定噴射時間で、屋内にて噴射することを特徴とするハエの防除方法。」
である点で一致し、
(i)エアゾール容器のバルブ孔径が、甲4発明においては、特定のものであるのに対し、本件発明においては、特定されていない点、
(ii)噴射された粒子の粒子径が、甲4発明においては、25.1μmという特定のものであるのに対し、本件発明においては、特定されていない点、
(iii)噴射の際に、本件発明においては、「ハエに向けて」を発明特定事項としているのに対し、甲4発明においては、「ハエに向けて」とはされていない点、
(iv)一回当りの噴射時間が、本件発明においては、「1?5秒間」であるのに対し、甲4発明においては、「0.275?0.375秒間」である点、
で相違する。

(2-2)相違点の検討
相違点(i)について
特許明細書の段落0030には、「本発明においてエアゾール組成物をスプレー(噴霧)するための手段として、該組成物を充填するエアゾール容器とバルブ、ボタン等は、上記本発明の特性を満足すれば、何ら制限を受けるものではない。」と記載され、両発明における、原液中の有効成分量、原液に対する噴射剤量、スプレーによる噴射量が互いに重複することは上記(2-1)で示したとおりであるから、甲4発明における特定のバルブ孔径を有するエアゾール容器は、本件発明におけるそれと重複するものといえる。
したがって、この点は実質的に相違しない。

相違点(ii)について
本件発明において、噴射された粒子の粒子径、すなわち、液滴について、特許明細書の段落0009には、「液滴が極めて微小であると、液滴が噴射直後に拡散してしまって目標のハエやカに到達しなかったり、あるいはエアゾール噴射物から有効成分が速やかに気化するが、噴射後直ちにその気中濃度が最大に達し、その拡散によりその気中濃度はその後逐次低下していく。逆に液滴の大きさが大きすぎると、噴射された液滴は、液滴からその成分が十分に放出される前に噴射空間から落下していき、噴射空間でのその気中濃度はあまり上昇せずに低下してしまう。従って、その液滴の大きさがある範囲にあると液滴が噴射空間に存在する時間が十分長くなり、液滴からのその成分の放出が十分になり、噴射空間での気中濃度は増大していき、ある時間後に低下に転ずる。」と、適度な大きさであることがよい旨、記載され、具体的には特許明細書の段落0035に「噴射された粒子の特性を測定したところ、噴射された粒子のうち、11μm以下の粒径の粒子が、32.3±5.8(%)含まれていた。」と記載されており、ここで、「11μm以下の粒径の粒子が、32.3±5.8(%)含まれていた。」とは、すなわち、平均粒径が11μmを超えるものであることを意味する。
ところで、甲4発明における「粒子径」とは記載事項(甲4-1)から「平均粒径」の意味と解されるから、そうしてみると、甲4発明における「平均粒径が25.1μmである」ということと、本件発明における「平均粒径が11μmを超える」ということとは、これをもって両者が異なるというよりは、両者が異ならない、というべきである。
したがって、この点も実質的に相違しない。

相違点(iii)について
エアゾール製剤を用いるとき、対象とする害虫に向けて噴射するのは、最も普通の使用形態であり、甲第4号証においても、記載事項(甲4-2)に、「殺虫剤の微細粒子は噴霧されると直ちに飛翔昆虫に付着するので」と記載されていることからすると、「ハエに向けないで」と解するよりも、「ハエに向けて」と解した方が自然である。
そうすると、この点も実質的に相違しないか、あるいは、普通の噴射形態を記載したにすぎず、格別の創意を要したものとすることはできない。

相違点(iv)について
甲第4号証においては、イエバエに対する殺虫効力とエアゾール製剤噴霧粒子径との関連性を調べるために、「5.8m^(3)という一定容積のピートグラディチャンバーあたり、650±100mgの噴霧量になるようにしたもの」であり(記載事項(甲4-1)、(甲4-6))、バルブ孔径を変化させた結果、おのずと、単位秒あたりの噴射量に差が生じるから、噴射量を一定にするために、噴射時間にも差が生じたものである。すなわち、サンプルII-13においては、「0.275?0.375秒間」の噴射時間以外では、殺虫効果が生じない、というものではなく、他のサンプルとの比較検討のために、この噴射時間を採用したものである。
翻って、エアゾール製剤を用いた、ハエやカの通常の防除方法を考察するに、何も考えずに噴射をすれば、その噴射時間は概ね1秒間は越えているだろうと思われ、その程度の噴射で害虫が防除されなければ、さらに追加の噴射を行うことも、しばしば行うところである。あるいは、噴射をしつつハエ等の動きが鈍らなければ、さらに噴射時間を長くすることも、日常、状況に合わせて行うところである。
そうしてみると、一回当りの噴射時間を、「1?5秒」とすることは、日常的に極めて普通の噴射時間の範囲を用いたものであり、必要に応じて適宜行う範囲のことといえ、この点に、格別の創意を要したものとすることはできない。

(2-3)本件発明の効果
本件発明の効果は、特許明細書の段落0047に記載されるように(記載事項(キ))、
「ハエやカに対して優れた防除効果を得ることができ、かつ大量噴射タイプでありながら処理面の濡れが少なく、更に火炎長の増大を抑制できる。また従来のエアゾールと比べて、噴射された粒子特性が適正であり、有効成分の拡散体積が大きく、有効成分の到達距離も延び、気中濃度が長時間安定に維持され、優れた前記効果を得ることができる。その上、本発明によれば通常では噴射量が増大することで生じる処理面の濡れ、更に火炎長の増大を著しく改善することができる。」というものである。
ここで「従来のエアゾール」とは、特許明細書に記載された実施例中で用いられている「従来品a」、「従来品b」、「従来品c」、「比較品」(まとめて、「従来品」という。)と考えられ、これらはいずれも、「噴射剤/原液」比が1.5であって本件発明よりも小さいものである。
ところで、甲第4号証には、粒子径は原液/噴射剤比率に大きく依存し、比率が小さくなる程粒子は細かくなること(記載事項(甲4-9))、粒子径が大きすぎても小さすぎても、噴射初期のノックダウン効力は不十分であるが、粒子径が小さくなるほど、後期の効力がアップしノックダウン効果がより完全となること(記載事項(甲4-12))が記載されているのであるから、原液/噴射剤比率を小さくし、すなわち、噴射剤の比率を大きくすれば、粒子は細かくなり、空中に浮遊する時間が長くなり、噴射後期まで効力が働くことは、上記の甲第4号証の記載から技術常識といえる。
すると、噴射剤/原液の比率が従来品より大きければ、従来品より粒子が細かくなり、特に噴射後期の防除効力が高まることは十分予測されることである。
さらに、噴射剤/原液の比率が大きいということは、一回の噴射当たりの油性溶媒量が相対的に少ない、ということであり、処理面の濡れや火炎長を助長するのは主として油性溶媒と考えられるから、油性溶媒が相対的に少なければ、従来品に比べて処理面の濡れや火炎長の増大が改善されることは当然のことである。
かつ、「噴霧粒子の挙動が、粒子径に依存した粒子の慣性力と、沈降落下速度という二つの要因の相互作用に依存している」(記載事項(甲4-1))のであるから、甲4発明に比べて、噴射時間が長ければ、その分、当然に拡散体積は大きく、有効成分の到達距離も延びるものと考えられる。
そうすると、本件発明の効果は、いずれも、甲4発明と同程度のものか、あるいは、甲第4号証に記載された事項から当業者が予測しうる範囲のものといえる。

(3)まとめ
以上のとおり、本件発明は、本件の出願前に頒布された刊行物である甲第4号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであって、本件特許は特許法第29条の規定に違反してされたものであるから、無効理由3は理由がある。

4.平成19年9月18日付け上申書における被請求人の主張について
(1)気中濃度について
被請求人は上記上申書において、「「気中濃度」とは、結局、部屋全体における有効成分の濃度ではなく、噴射空間における有効成分の濃度を示すものであります。」(2頁下から2?1行)、「サンプリング管にトラップされた有効成分の重量(μg)を、サンプリング管を通過した空気の総量(m^(3))・・・で除することによって、気中濃度を求めています。」(3頁下から3行?4頁1行)、「気中濃度は、・・・噴射空間全体の平均的な気中濃度ではなく、高さ1mの位置周辺の気中濃度を測定していることになります。」(4頁8?11行)と述べているが、このような極めて限られた空間の1点におけるデータをもって、本件発明が明細書に記載される効果を奏するものとすることができないことは、先に「2.(1)」で判断したとおりである。

(2)甲第4号証に記載されたものからサンプルII-13を選択することについて
被請求人は上記上申書において、「甲第4号証の種々のサンプルの中からサンプルII-13に着目してこれを選択することは当業者といえども困難である」(10頁13?14行)と主張する。
しかしながら、サンプルII-13を検討した理由は、先に「3.(1)(1-4)」に示したとおりであり、しかも該サンプルが、甲第4号証において不適切な例として示されているわけではないのであるから、これを選択することが不自然であるとすることはできない。

(3)甲第5号証の2の内容について
被請求人は上記上申書において、「甲第5号証の2は、特定の会社の製品であるLPGの規格に係るものであり、他社の製品もこれと同じではないので、これによって市場にあるエアゾール溶PB(LPG)に係る比重が前記の値であることが真実であると認めることは技術的にできない」(14頁下から4?1行)と主張する。
しかしながら、先に「3.(1)(1-3)」に示したように、甲第5号証の2に示された比重を用いて容積を計算することを不自然であるとすることはできず、被請求人が平成19年5月14日付けで提出した審判事件答弁書において「サンプルII-13の各数値については、有効成分の濃度(0.96(w/v)%)及び容積比(2.15倍)は、請求人による計算結果(請求の理由第14頁?第15頁)のとおりであり」(14頁下から11?9行)と述べており、ここで、「請求人による計算結果(請求の理由第14頁?第15頁)」とは、甲第5号証の2に基づいて計算されたものであるから、被請求人も、甲第5号証の2のデータが真実ではない、とはいうものの、これもひとつの使用可能なデータとは認めているということができ、さらに、被請求人は、これにかわる数値として何ら提示していないのであるから、甲第5号証の2の数値を用いることが、サンプルII-13を解するに当たって不適切である、とはいえない。

(4)実験室における薬剤量と実際の部屋等における薬剤量について
被請求人は上記上申書において、「請求人は、甲第4号証は、あくまでも5.8m^(3)という特殊な実験に必要な部屋を採用したもので、実験室における薬剤量と、実際の部屋及び事務所において、必要な薬剤量とを空間の体積に比例して算定することは可能である、と主張していますが、本件発明についてはこのような比例計算をすることができないものであります。」(11頁下から8?4行)、「仮に、甲第4号証から比例計算をすることが正しいという論理によるとするならば、本件発明における実施例でも甲第4号証と同じ大きさの狭い実験室で試験しているので、その使用量も部屋の広さに比例して計算すべきであることになります。そうであるのに、甲第4号証の方だけ比例計算して、本件発明の方は比例計算しないで比較するのは、技術的に整合性がないことになります。」(12頁下から6?2行)、と主張している。
この点については被請求人の主張のとおりであるとしても、一回当りの噴射時間を1?5秒と設定することが容易であることは、上記「3.(2)(2-2)」に示したとおりである。

したがって、被請求人の(1)?(4)の主張は、当審の判断を左右するものではない。

第6 むすび

以上のとおり、請求人の主張する無効理由1?3は、いずれも理由があるものであって、本件特許は、特許法第123条第1項第1号、第2号及び第4号に該当するから、無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2007-11-30 
結審通知日 2007-12-05 
審決日 2007-12-18 
出願番号 特願平7-341121
審決分類 P 1 113・ 536- Z (A01N)
P 1 113・ 121- Z (A01N)
P 1 113・ 55- Z (A01N)
最終処分 成立  
前審関与審査官 吉住 和之  
特許庁審判長 西川 和子
特許庁審判官 石井 淑久
岩瀬 眞紀子
登録日 2006-11-24 
登録番号 特許第3884786号(P3884786)
発明の名称 ハエ及びカの防除方法  
代理人 添田 全一  
代理人 高松 猛  
代理人 小栗 昌平  
代理人 赤尾 直人  
代理人 山本 倫子  
代理人 本多 弘徳  
代理人 市川 利光  

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