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審決分類 審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない。 H01L
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 H01L
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H01L
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01L
審判 査定不服 特17条の2、3項新規事項追加の補正 特許、登録しない。 H01L
管理番号 1173574
審判番号 不服2005-9416  
総通号数 100 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-04-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2005-05-19 
確定日 2008-02-21 
事件の表示 特願2001-257373「スピンデバイス及びその製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成15年 2月28日出願公開、特開2003- 60211〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成13年8月28日の出願であって、平成17年4月12日付けで拒絶査定がなされ、これに対して同年5月19日に拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに、同年6月16日付けで手続補正がなされ、当審において、平成18年8月1日付けで審尋がなされ、その後同年10月10日に回答書が提出されたものである。

2.平成17年6月16日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)について
[補正却下の決定の結論]
平成17年6月16日付けの手続補正を却下する。
[理由]
(1)本件補正の内容
本件補正は、特許請求の範囲を補正すると共に、明細書の0005段落ないし0007段落を補正するものであって、補正後の請求項1、8及び9に係る発明は以下のとおりである。
「【請求項1】 半導体基板と、この半導体基板上に形成された、強磁性遷移金属からなり、一軸の磁気異方性を有する強磁性細線とを具え、前記強磁性細線の幅が0.2?3μmであり、前記強磁性細線の長さが1?4000μmであり、前記強磁性細線の高さが10?100nmであることを特徴とする、スピンデバイス。」
「【請求項8】 半導体基板と、この半導体基板上に形成された、強磁性遷移金属からなり、一軸の磁気異方性を有する強磁性細線とを具えるスピンデバイスの製造方法であって、
前記半導体基板上に所定のマスクパターンを形成した後、このマスクパターンを介して強磁性薄膜を形成し、前記マスクパターンをリフトオフすることによって、前記強磁性薄膜から前記強磁性細線を形成し、このとき、前記強磁性細線の幅を0.2?3μmにし、前記強磁性細線の長さを1?4000μmにし、前記強磁性細線の高さを10?100nmにすることを特徴とする、スピンデバイスの製造方法。
【請求項9】 半導体基板と、この半導体基板上に形成された、強磁性遷移金属からなり、一軸の磁気異方性を有する強磁性細線とを具えるスピンデバイスの製造方法であって、
前記半導体基板上に強磁性薄膜を一様に形成した後、この強磁性薄膜上に所定のマスクパターンを形成し、このマスクパターンを介して前記強磁性薄膜をミリング処理することによって、前記強磁性薄膜から前記強磁性細線を形成し、このとき、前記強磁性細線の幅を0.2?3μmにし、前記強磁性細線の長さを1?4000μmにし、前記強磁性細線の高さを10?100nmにすることを特徴とする、スピンデバイスの製造方法。」
(2)補正事項の整理
補正事項の主なものは以下のとおりである。
補正事項1
補正事項1は、補正前の請求項1の「強磁性細線とを具える」を補正後の請求項1の「強磁性細線とを具え、前記強磁性細線の幅が0.2?3μmであり、前記強磁性細線の長さが1?4000μmであり、前記強磁性細線の高さが10?100nmである」と補正するものである。
補正事項2
補正事項2は、補正前の請求項11の「強磁性細線を形成する」を補正後の請求項8の「強磁性細線を形成し、このとき、前記強磁性細線の幅を0.2?3μmにし、前記強磁性細線の長さを1?4000μmにし、前記強磁性細線の高さを10?100nmにする」と補正するものである。
補正事項3
補正事項3は、補正前の請求項12の「強磁性細線を形成する」を補正後の請求項9の「強磁性細線を形成し、このとき、前記強磁性細線の幅を0.2?3μmにし、前記強磁性細線の長さを1?4000μmにし、前記強磁性細線の高さを10?100nmにする」と補正するものである。
(3)補正の目的について
補正事項1について
補正事項1についての補正は、補正前の請求項1の「強磁性細線」について、「前記強磁性細線の幅を0.2?3μmにし、前記強磁性細線の長さを1?4000μmにし、前記強磁性細線の高さを10?100nmにする」と限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
補正事項2及び3について
補正事項2及び3についての補正は、それぞれ、補正前の請求項11及び12の「強磁性細線」について、「前記強磁性細線の幅を0.2?3μmにし、前記強磁性細線の長さを1?4000μmにし、前記強磁性細線の高さを10?100nmにする」と限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
(4)新規事項の追加の有無について
補正事項1について
本願明細書には、「III-V族化合物半導体は大きなスピン軌道相互作用を有するために、スピン偏極した電子を注入した際において、前記電子のスピン偏極状態を良好に制御し、維持することができる。」(0015段落)、「半導体基板1を上述したIII-V族化合物半導体から構成し、強磁性細線2を上述した強磁性遷移金属から構成する場合においては、強磁性細線2の幅Wを0.2?3μm、好ましくは0.5?2μmに形成する。これによって、強磁性2細線中に一軸の磁気異方性を簡易に生じさせることができる。 また、強磁性細線2の幅Wを上述のように設定した場合において、強磁性細線の長さLは1?4000μmであることが好ましく、さらには2?20μmであることが好ましい。これによって、強磁性細線2中に一軸の磁気異方性をより簡易に形成することができる。 同様の理由から、強磁性細線2の高さhは10?100nmであることが好ましく、さらには30?50μmであることが好ましい。」(0018段落ないし0020段落)、「本実施例においては、図1に示すように、半導体基板1上に複数の強磁性細線2が形成されたスピンデバイスを作製した。半導体基板1として(100)InAs基板を用い、この基板上にFe薄膜を、MBE法を用いて温度23℃でエピタキシャル成長させることにより、厚さ30nmに形成した。・・・ 次いで、前記Fe薄膜上に、フォトリソグラフィの技術を用いて所定のマスクパターンを形成し、このマスクパターンを介して前記Fe薄膜の露出部分をアルゴンイオンを用いたミリング処理によってエッチング除去することにより、幅Wが2μmのFe強磁性細線2をピッチPが4μmとなるように複数形成した。」(0030段落及び0031段落)と記載されているが、本願明細書のその他の段落には、強磁性細線の「幅」、「長さ」及び「高さ」について何ら記載されていないから、少なくとも、「幅Wを0.2?3μm」とし、「長さL」が「1?4000μmである」強磁性細線2中に「一軸の磁気異方性」を生じさせて、「スピンデバイス」を構成するためには、「半導体基板1」を「III-V族化合物半導体から構成」し、「強磁性細線2」を「強磁性遷移金属から構成する」ことが必要である。
しかしながら、補正後の請求項1に係る発明は、「半導体基板と、この半導体基板上に形成された、強磁性遷移金属からなり、一軸の磁気異方性を有する強磁性細線とを具」える「スピンデバイス」についてのものであり、「強磁性細線」が「強磁性遷移金属から構成」されることは記載されているものの、「半導体基板」が「III-V族化合物半導体から構成」されることについては何らの限定もなく、「半導体基板」は任意の材料でよいものと解しえる。
したがって、「半導体基板」が「III-V族化合物半導体から構成」されない場合については、「前記強磁性細線の幅を0.2?3μmにし、前記強磁性細線の長さを1?4000μmにし、前記強磁性細線の高さを10?100nmにする」ことにより、「強磁性細線」中に「一軸の磁気異方性」を生じさせて、「スピンデバイス」を構成し得ることは、願書に最初に添付した明細書又は図面に実質的に記載されていない。
よって、補正事項1についての補正は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものではない。

補正事項2及び3について
前記「補正事項1について」において検討したと同様な理由により、補正事項2及び3についての補正は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものではない。

したがって、補正事項1ないし3についての補正を含む本件補正は、特許法第17条の2第4項第2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するとしても、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものではなく、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。

(5)独立特許要件の有無の検討
以下においては、仮に、補正事項1ないし3についての補正が、特許法第17条の2第4項第2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当し、且つ、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものとして、補正後の請求項1、8及び9に係る発明が、特許出願の際独立して特許を受けられるか否かについて検討する。

(5-1)特許請求の範囲の記載について(特許法第36条第6項)
補正後の請求項1について
補正後の請求項1に係る発明は、前記「2.(1)」に記載したとおりである。
前記「(4)新規事項の追加の有無について」の「補正事項1について」において検討したとおり、本願明細書には、少なくとも、「幅Wを0.2?3μm」とし、「長さL」が「1?4000μmである」「強磁性細線2」中に「一軸の磁気異方性」を生じさせて、「スピンデバイス」を構成するためには、「半導体基板1」を「III-V族化合物半導体から構成」し、「強磁性細線2」を「強磁性遷移金属から構成する」ことが必要であることが記載されている。
しかしながら、補正後の請求項1に係る発明は、「半導体基板と、この半導体基板上に形成された、強磁性遷移金属からなり、一軸の磁気異方性を有する強磁性細線とを具」える「スピンデバイス」についてのものであり、「強磁性細線」が「強磁性遷移金属から構成」されることは記載されているものの、「半導体基板」が「III-V族化合物半導体から構成」されることについては何らの限定もなく、「半導体基板」は任意の材料でよいものと解しえる。
したがって、「半導体基板」が「III-V族化合物半導体から構成」されない場合については、「前記強磁性細線の幅を0.2?3μmにし、前記強磁性細線の長さを1?4000μmにし、前記強磁性細線の高さを10?100nmにする」ことにより、「強磁性細線」中に「一軸の磁気異方性」を生じさせて、「スピンデバイス」を構成することは、本願の明細書又は図面に実質的に記載されていないから、補正後の請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

さらに、願書に最初に添付した明細書の特許請求の範囲の、請求項1を引用する請求項6を引用する請求項7を引用する請求項8を更に引用する請求項9が、補正後の請求項1であるとしても、前記「(4)新規事項の追加の有無について」の「補正事項1について」において検討したとおり、「半導体基板」が「III-V族化合物半導体から構成」されない場合については、「前記強磁性細線の幅を0.2?3μmにし、前記強磁性細線の長さを1?4000μmにし、前記強磁性細線の高さを10?100nmにする」ことにより、強磁性細線中に「一軸の磁気異方性」を生じさせて、「スピンデバイス」を構成することは、願書に最初に添付した明細書又は図面に実質的に記載されていないから、補正後の請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

よって、補正後の請求項1に係る発明は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

補正後の請求項8及び9について
補正後の請求項8及び9に係る発明は、前記「2.(1)」に記載したとおりである。
前記「補正後の請求項1について」において検討したと同様の理由により、補正後の請求項8及び9に係る発明は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

(5-2)発明の進歩性について(特許法第29条第2項)
(5-2-1)補正後の請求項1に係る発明
補正後の請求項1に係る発明は、前記「2.(1)」に記載した以下のとおりのものである。
「【請求項1】 半導体基板と、この半導体基板上に形成された、強磁性遷移金属からなり、一軸の磁気異方性を有する強磁性細線とを具え、前記強磁性細線の幅が0.2?3μmであり、前記強磁性細線の長さが1?4000μmであり、前記強磁性細線の高さが10?100nmであることを特徴とする、スピンデバイス。」(以下、「補正発明」という。)
(5-2-2)刊行物記載発明について
特開平10-150232号公報
原査定の拒絶の理由に引用され、本願の出願日前に日本国内において頒布された特開平10-150232号公報(以下、「刊行物1」という。)には、図1ないし図5とともに以下の事項が記載されている。
「【0013】この磁気抵抗効果素子の動作原理を図2?図4に示すエネルギーバンド図を参照して説明する。図2は無バイアス状態のエネルギーバンド図を示す。この図は、npnバイポーラトランジスタのエネルギーバンド図と同様である。
【0014】図3はベース強磁性層1とベース層2との間にバイアス電圧を印加してベース層2へスピン偏極した小数キャリヤー(この素子の場合には電子)を注入した状態のエネルギーバンド図を示す。この場合、ベース層2へ注入されたスピン偏極電子は、スピン緩和時間程度の時間内はスピン偏極の情報を保ったまま、拡散またはドリフトによってベース層2中を伝搬する。・・・
【0015】図4(A)および4(B)は、ベース層2へスピン偏極電子を注入した図3の状態で、さらにnpnトランジスタのベース接地回路に対応したバイアス電圧を印加した状態のエネルギーバンド図を示す。図4(A)はエミッタ強磁性層5とベース強磁性層1の磁化がいずれもダウンスピンで平行である場合を示す。この場合、エミッタ強磁性層5を通してエミッタ層3からベース層2へ注入された電子は、より高いポテンシャル障壁を越える必要があるため、コレクタ層4へ流れる電流量は少なくなる。一方、図4(B)はエミッタ強磁性層5とベース強磁性層1の磁化が反平行である場合を示す。この場合、エミッタ強磁性層5を通してエミッタ層3からベース層2へ注入された電子は、低いポテンシャル障壁を越えるだけでよいため、コレクタ層4へ大きな電流が流れる。このようにエミッタ強磁性層5とベース強磁性層1の磁化の相対角度によってコレクタ電流が大きな変化を示すので、磁気抵抗効果素子として利用できる。
【0016】本発明の磁気抵抗効果素子は、ベース強磁性層からベース層へ注入されるスピン偏極したキャリヤーの非平衡状態(スピン分裂)を利用し、トランジスタの回路動作により電流を直接増幅できるので、大きな信号出力と増幅率を得ることができる。・・・
【0017】本発明において、強磁性層としては、例えばFe、Co、Ni、またはこれらの合金を用いることができる。・・・
【0018】本発明では、強磁性層から半導体層へのスピン偏極したキャリヤーの注入効率を高めるために、両者がオーミック接合していることが好ましい。また、2つの強磁性層は互いに、キャリヤーがスピン偏極の情報を保っている範囲内に配置されている必要がある。したがって、2つの強磁性層の間の距離は1μm以下であることが好ましい。
【0019】本発明において、半導体層の材料としては、p型もしくはn型のドーパントを添加したSi、Ge、化合物半導体(GaAs、ZnSeなど)を用いることができる。」(0013段落ないし0019段落)
「実施例1
以下のようにして、図1に示す磁気抵抗効果素子を作製した。絶縁基板(図示せず)上に、保磁力1kOeのCoPtからなる厚さ50nmのベース強磁性層1を形成した。このベース強磁性層1上に、p型GaAsからなる厚さ20nmのp型ベース層2を形成した。このp型ベース層2上に、n型GaAsからなるそれぞれ厚さ20nmのn型エミッタ層3およびn型コレクタ層4を形成した。また、n型エミッタ層3上に、保磁力10OeのCoFeからなる厚さ10nmのエミッタ強磁性層5を形成した。さらに、p型ベース層2を接地し、第1の強磁性層5を通してn型エミッタ層3とp型ベース層2との間に順方向バイアス電圧を印加する電源6、n型コレクタ層4とp型ベース層2に逆方向バイアス電圧を印加する電源7、および第2の強磁性層1を通してp型ベース層2へ小数キャリヤーを注入するためのバイアス電圧を印加する電源8を設けた。ベース強磁性層1の磁化の方向は一方向に固定されている。一方、エミッタ強磁性層5の磁化の方向は自由であり、外部磁場の方向に応じて磁化を回転させるようになっている。
【0024】この磁気抵抗効果素子の動作を調べたところ以下のような結果が得られた。すなわち、ベース強磁性層1の磁化方向と平行な1kOe以下の外部磁界を印加すると、ベース強磁性層1とエミッタ強磁性層5の磁化方向は平行になり、コレクタ電流が減少した。一方、ベース強磁性層1の磁化方向と反平行な1kOe以下の外部磁界を印加すると、ベース強磁性層1とエミッタ強磁性層5の磁化方向は反平行になり、コレクタ電流が増加した。
【0025】実施例2
以下のようにして、図5に示す磁気抵抗効果素子を作製した。低抵抗のp^(+) 型シリコン基板11上にp型シリコン層12をエピタキシャル成長させた。次に、p型シリコン層12内にエミッタ、コレクタとなるnウェル13を形成した後、n^(+) 型エミッタ14、n^(+) 型コレクタ16、およびp^(+) 型ベース15を形成した。次いで、n^(+) 型エミッタ14上にHc=10OeのCoFeからなるエミッタ強磁性層17を形成し、p^(+) 型ベース層15上にHc=1kOeのCoFeからなるベース強磁性層18を形成した。その後、図の右方向に2kOeの磁場を印加し、CoFeからなるベース強磁性層18の磁化の向きを右方向へ向けた。」(0023段落ないし0025段落)

ここで、(a)図1及び0023段落には、絶縁基板上にベース強磁性層が形成され、ベース強磁性層上にp型からなるGaAs半導体ベース層が形成された素子、及びベース強磁性層の磁化の方向は一方向に固定されていることが記載されていることは明らかである。
(b)図5及び0025段落には、半導体であるシリコン基板に形成したp^(+)型ベース層15上にベース強磁性層18を形成した素子が記載されており、また、図1及び0023段落には、絶縁基板上にベース強磁性層を形成し、ベース強磁性層上にp型からなるGaAs半導体ベース層を形成した素子が記載されていることを勘案すると、刊行物1には、半導体層とベース強磁性層のいずれを上に形成する場合をも記載されていることは明らかである。
(c)0017段落には、強磁性層としては、Fe、Co、Niを用いることが記載されている。

したがって、刊行物1には、以下の発明が記載されている。
「半導体基板と、半導体基板上に形成された、Fe、Co又はNiからなる、磁化の方向が一方向に固定された、厚さ50nmの強磁性層を備えた、素子。」

特開2001-84756号公報
原査定の拒絶の理由に引用され、本願の出願日前に日本国内において頒布された特開2001-84756号公報(以下、「刊行物2」という。)には、図6とともに以下の事項が記載されている。
「【0079】図6に示すように、この第3の実施形態による磁化スイッチ素子においては、磁歪が大きく、歪みによって磁気異方性が顕著に変化する歪み敏感磁性薄膜11を被制御磁性層として用い、この歪み敏感磁性薄膜11とこれに歪みを与える圧電体からなる歪み付与層12とが積層されている。これらの歪み敏感磁性薄膜11および歪み付与層12はいずれも長方形の形状を有する。一方向に長く、それと垂直方向に狭い細長い形状は、形状異方性によって長手方向を磁化容易軸とするための手段である。」

(5-2-3)対比
補正発明と刊行物1に記載された発明(以下、「刊行物発明」という。)とを対比・検討する。
(a)本願明細書の0017段落には、「強磁性細線2は種々の強磁性体材料から構成することができるが、好ましくは、Fe、Co、Niなどの強磁性遷移金属から構成することが好ましい。」と記載されており、Fe、Co、Niが強磁性遷移金属であることは明らかであるから、刊行物発明の「Fe、Co又はNiからなる」は、補正発明の「強磁性遷移金属からな」るに相当する。
(b)刊行物発明の「磁化の方向が一方向に固定され」ることは、補正発明の「一軸の磁気異方性を有する」ことに相当する。
(c)刊行物発明の「強磁性層」は、「強磁性」からなる要素である点において、補正発明の「強磁性細線」に対応する。
(d)刊行物発明の「強磁性層」の厚さは50nmであり、「厚さ」は、補正発明の「高さ」に相当すると共に、50nmは10?100nmの範囲に含まれることは明らかである。
(e)刊行物発明の「素子」は、補正発明の「デバイス」に相当する。

したがって、補正発明と刊行物発明とは、
「半導体基板と、この半導体基板上に形成された、強磁性遷移金属からなり、一軸の磁気異方性を有する強磁性から成る要素とを具え、前記強磁性から成る要素の高さが10?100nmであることを特徴とする、デバイス。」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点1
補正発明は、「一軸の磁気異方性を有する強磁性細線とを具える」のに対して、
刊行物発明は、「磁化の方向が一方向に固定された強磁性層」を備える点。
相違点2
補正発明は、「前記強磁性細線の幅が0.2?3μmであり、前記強磁性細線の長さが1?4000μmであ」るとの構成を備えているのに対して、
刊行物発明は、「強磁性層」を備えているが、その幅及び長さが明らかでない点。
相違点3
補正発明は、「スピンデバイス」であるのに対して、
刊行物発明は、「素子」である点。

(5-2-4)相違点の検討
相違点1について
(a)刊行物2の0079段落には、「図6に示すように、この第3の実施形態による磁化スイッチ素子においては、磁歪が大きく、歪みによって磁気異方性が顕著に変化する歪み敏感磁性薄膜11を被制御磁性層として用い、この歪み敏感磁性薄膜11とこれに歪みを与える圧電体からなる歪み付与層12とが積層されている。これらの歪み敏感磁性薄膜11および歪み付与層12はいずれも長方形の形状を有する。一方向に長く、それと垂直方向に狭い細長い形状は、形状異方性によって長手方向を磁化容易軸とするための手段である。」と記載されている。
(b)磁化の向きを単一方向に固定する方法として、強磁性層と反強磁性層を積層すること、または上記(a)の刊行物2に記載されるように、一方向に長く、それと垂直方向に狭い細長い形状による形状異方性を利用することは、従来周知である。
(c)補正発明において、仮に、「前記強磁性細線の幅が0.2?3μmであり、前記強磁性細線の長さが1?4000μm」であることに意義があるとしても、強磁性細線は、例えば幅を2μm、長さを2μmとなる正方形のものも含んでいるから、補正発明の強磁性細線における「細線」とは、高々一辺が他方の辺より長い、長方形の形状とする程度の意味と解釈せざるを得ない。
(d)したがって、刊行物発明の強磁性層の磁化の方向を一方向に固定するために、長方形の形状であって、一方向に長く、それと垂直方向に狭い細長い形状、言い換えると、長方形又は細長い線形の形状による形状異方性を利用することにより、刊行物発明の「強磁性層」を、補正発明の如く、「強磁性細線」とすることは、上記従来周知の技術を用いることにより、当業者が何ら困難性なくなし得たものである。

相違点2について
本願明細書において、「前記強磁性細線の幅が0.2?3μmであり、前記強磁性細線の長さが1?4000μmであ」るとの強磁性細線の幅、長さについての数値の範囲は、前記「2.(4)新規事項の追加の有無について」において検討したとおり、半導体基板がIII-V族化合物半導体で、且つ強磁性細線が強磁性遷移金属である場合との前提においては、0018段落ないし0020段落に記載はあるが、強磁性細線の幅、長さについての数値の範囲の根拠となる何らの実験結果も本願明細書に記載がなく、その数値範囲の臨界的意義も不明であり、また、仮に、「前記強磁性細線の幅が0.2?3μmであり、前記強磁性細線の長さが1?4000μm」であることに意義があるとしても、強磁性細線は、例えば幅を2μm、長さを2μmとなる正方形も含んでいるから、デバイスの求める特性に応じて、刊行物発明の強磁性層の幅及び長さを適宜設定することにより、補正発明の如く、幅を「0.2?3μm」で、長さを「1?4000μm」とすることは、当業者が何らの困難性もなくなし得たものである。

相違点3について
刊行物1には、「図3はベース強磁性層1とベース層2との間にバイアス電圧を印加してベース層2へスピン偏極した小数キャリヤー(この素子の場合には電子)を注入した状態のエネルギーバンド図を示す。」(0014段落)と記載されているから、刊行物1に記載される素子は、ベース強磁性層から半導体からなるベース層にスピン偏極した電子を注入するものであり、一方、「スピンデバイス」の具体的構造が本願明細書には記載されていないから、「スピンデバイス」がどのような構成を具えるか必ずしも明確ではないが、本願明細書には、「【発明の属する技術分野】本発明は、スピンデバイス及びその製造方法に関し、詳しくはスピンメモリデバイス、スピントランジスタ、磁気センサ、及び光アイソレータなどに好適に用いることのできるスピンデバイス及びその製造方法に関する。 【従来の技術】スピントランジスタやスピンメモリデバイスなどの新規なスピンデバイスが提案されている。このスピンデバイスは、基本的には半導体基板上に強磁性薄膜が形成された構造を呈しており、前記強磁性体薄膜から前記半導体基板へスピン偏極した電子を注入し、そのスピン状態を利用して記憶あるいは増幅を行うものである。」(0001段落及び0002段落)、「本発明者らは、実用に供することのできる新規なスピンデバイスを得るべく鋭意検討を行った。その結果、半導体基板上に、従来のような強磁性薄膜ではなく、上述した本発明の第1の製造方法あるいは第2の製造方法に従って、強磁性細線を所定の大きさに形成することにより、前記強磁性細線が一軸の磁気異方性を有するようになることを見出した。 したがって、前記強磁性細線から前記半導体基板へのスピン偏極した電子の注入を実際に行うことができるようになり、その結果、実用に供することのできるスピンデバイスの提供を可能としたものである。」(0008段落及び0009段落)と記載されているから、「スピンデバイス」が「前記強磁性体薄膜から前記半導体基板へスピン偏極した電子を注入」するものであることは明らかである。
したがって、刊行物発明の「素子」と補正発明の「スピンデバイス」とは、半導体基板に強磁性体薄膜層(強磁性体層)からスピン偏極した電子を注入するものである点で一致しているから、刊行物発明の「素子」は、補正発明の「スピンデバイス」に相当しており、相違点3は、実質的なものではない。

よって、補正発明は、刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。

(5-3)小むすび
したがって、仮に、補正前の請求項1、11及び12についての補正が、特許法第17条の2第4項第2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当し、且つ、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものであるとしても、補正前の請求項1、11及び12に対応する補正後の請求項1、8及び9に係る発明は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないから、特許出願の際独立して特許を受けることができず、また、補正後の請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。

(6)むすび
よって、補正事項1ないし3についての補正を含む本件補正は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものではないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしておらず、また仮に、本件補正が、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしているとしても、補正前の請求項1、11及び12についての補正を含む本件補正は、特許法第17条の2第5項で準用する同法第126条第5項の規定に適合しないものであって、適法でない補正を含む本件補正は、特許法第159条第1項で読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

3.本願発明
平成17年6月16日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1ないし19に係る発明は、平成17年2月21日付けの手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし19に記載された事項により特定されるものであり、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、その請求項1に記載されている事項により特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】 半導体基板と、この半導体基板上に形成された、強磁性遷移金属からなり、一軸の磁気異方性を有する強磁性細線とを具えることを特徴とする、スピンデバイス。」

4.刊行物に記載された発明
刊行物1の特開平10-150232号公報に記載された事項は、前記「2.(5-2-2)刊行物記載発明について」の特開平10-150232号公報に記載されるとおりであり、また、刊行物2の特開2001-84756号公報に記載された事項は、前記「2.(5-2-2)刊行物記載発明について」の特開2001-84756号公報に記載されるとおりである。
また、刊行物1記載される発明(以下、「刊行物発明2」という。)は、以下のとおりである。
「半導体基板と、半導体基板上に形成された、Fe、Co又はNiからなる、磁化の方向が一方向に固定された強磁性層を備えた、素子。」

5.対比
本願発明と刊行物発明2とを対比・検討する。
(a)本願明細書の0017段落には、「強磁性細線2は種々の強磁性体材料から構成することができるが、好ましくは、Fe、Co、Niなどの強磁性遷移金属から構成することが好ましい。」と記載されており、Fe、Co、Niが強磁性遷移金属であることは明らかであるから、刊行物発明2の「Fe、Co又はNiからなる」は、本願発明の「強磁性遷移金属からな」るに相当する。
(b)刊行物発明2の「磁化の方向が一方向に固定され」ることは、本願発明の「一軸の磁気異方性を有する」ことに相当する。
(c)刊行物発明2の「強磁性層」は、「強磁性」からなる要素である点において、本願発明の「強磁性細線」に対応する。
(d)刊行物発明2の「素子」は、本願発明の「デバイス」に相当する。

したがって、本願発明と刊行物発明2とは、
「半導体基板と、この半導体基板上に形成された、強磁性遷移金属からなり、一軸の磁気異方性を有する強磁性から成る要素とを具えることを特徴とする、デバイス。」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点1
本願発明は、「一軸の磁気異方性を有する強磁性細線とを具える」のに対して、
刊行物発明は、「磁化の方向が一方向に固定された強磁性層」を備える点。
相違点2
本願発明は、「スピンデバイス」であるのに対して、
刊行物発明は、「素子」である点。

6.当審の判断
以下のおいて、各相違点について検討する。
相違点1について
(1)刊行物2の0079段落には、「図6に示すように、この第3の実施形態による磁化スイッチ素子においては、磁歪が大きく、歪みによって磁気異方性が顕著に変化する歪み敏感磁性薄膜11を被制御磁性層として用い、この歪み敏感磁性薄膜11とこれに歪みを与える圧電体からなる歪み付与層12とが積層されている。これらの歪み敏感磁性薄膜11および歪み付与層12はいずれも長方形の形状を有する。一方向に長く、それと垂直方向に狭い細長い形状は、形状異方性によって長手方向を磁化容易軸とするための手段である。」と記載されている。
(b)磁化の向きを単一方向に固定する方法として、強磁性層と反強磁性層を積層すること、または上記(a)の刊行物2に記載されるように、一方向に長く、それと垂直方向に狭い細長い形状による形状異方性を利用することは、従来周知である。
(c)本願発明において、仮に、「前記強磁性細線の幅が0.2?3μmであり、前記強磁性細線の長さが1?4000μm」であることに意義があるとしても、強磁性細線は、例えば幅を2μm、長さを2μmとなる正方形も含んでいるから、本願発明の強磁性細線における「細線」とは、高々一辺が他方の辺より長い、長方形の形状とする程度の意味と解釈せざるを得ない。
(d)したがって、刊行物発明2の強磁性層の磁化の方向を一方向に固定するために、長方形の形状であって、一方向に長く、それと垂直方向に狭い細長い形状、言い換えると、長方形又は細長い線形の形状による形状異方性を利用することにより、刊行物発明2の「強磁性層」を、本願発明の如く、「強磁性細線」とすることは、上記従来周知の技術を用いることにより、当業者が何ら困難性なくなし得たものである。

相違点2について
刊行物1には、「図3はベース強磁性層1とベース層2との間にバイアス電圧を印加してベース層2へスピン偏極した小数キャリヤー(この素子の場合には電子)を注入した状態のエネルギーバンド図を示す。」(0014段落)と記載されているから、刊行物1に記載される素子は、ベース強磁性層から半導体からなるベース層にスピン偏極した電子を注入するものであり、一方、「スピンデバイス」の具体的構造が本願明細書には記載されていないから、「スピンデバイス」がどのような構成を具えるか必ずしも明確ではないが、本願明細書には、「【発明の属する技術分野】本発明は、スピンデバイス及びその製造方法に関し、詳しくはスピンメモリデバイス、スピントランジスタ、磁気センサ、及び光アイソレータなどに好適に用いることのできるスピンデバイス及びその製造方法に関する。 【従来の技術】スピントランジスタやスピンメモリデバイスなどの新規なスピンデバイスが提案されている。このスピンデバイスは、基本的には半導体基板上に強磁性薄膜が形成された構造を呈しており、前記強磁性体薄膜から前記半導体基板へスピン偏極した電子を注入し、そのスピン状態を利用して記憶あるいは増幅を行うものである。」(0001段落及び0002段落)、「本発明者らは、実用に供することのできる新規なスピンデバイスを得るべく鋭意検討を行った。その結果、半導体基板上に、従来のような強磁性薄膜ではなく、上述した本発明の第1の製造方法あるいは第2の製造方法に従って、強磁性細線を所定の大きさに形成することにより、前記強磁性細線が一軸の磁気異方性を有するようになることを見出した。 したがって、前記強磁性細線から前記半導体基板へのスピン偏極した電子の注入を実際に行うことができるようになり、その結果、実用に供することのできるスピンデバイスの提供を可能としたものである。」(0008段落及び0009段落)と記載されているから、「スピンデバイス」が「前記強磁性体薄膜から前記半導体基板へスピン偏極した電子を注入」するものであることは明らかである。
したがって、刊行物発明2の「素子」と本願発明の「スピンデバイス」とは、半導体基板に強磁性体薄膜層(強磁性体層)からスピン偏極した電子を注入するものである点で一致しているから、刊行物発明2の「素子」は、本願発明の「スピンデバイス」に相当しており、相違点2は、実質的なものではない。

よって、本願発明は、刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

7.むすび
以上のとおりであるから、本願は、請求項2ないし19係る発明について検討するまでもなく、特許法第29条第2項の規定により拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2007-12-12 
結審通知日 2007-12-18 
審決日 2008-01-09 
出願番号 特願2001-257373(P2001-257373)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (H01L)
P 1 8・ 572- Z (H01L)
P 1 8・ 121- Z (H01L)
P 1 8・ 537- Z (H01L)
P 1 8・ 561- Z (H01L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 井原 純川村 裕二  
特許庁審判長 河合 章
特許庁審判官 齋藤 恭一
棚田 一也
発明の名称 スピンデバイス及びその製造方法  
代理人 鷲田 公一  

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