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審判番号(事件番号) データベース 権利
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不服20058936 審決 特許

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審決分類 審判 査定不服 特36 条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C07K
管理番号 1173912
審判番号 不服2007-10107  
総通号数 100 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-04-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-04-09 
確定日 2008-03-05 
事件の表示 特願2005-326630「増殖分化因子-8」拒絶査定不服審判事件〔平成18年 5月11日出願公開,特開2006-117682〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1 出願の経緯
本願は,平成6年3月18日(優先権主張,1993年3月19日,米国)に出願された特願平06-521293号の一部を,平成16年1月6日に分割出願した特願2004-001012号の一部を,平成17年11月10日に分割出願したものであって,平成18年12月25日付けで拒絶査定がなされ,これに対し,平成19年4月9日に拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに,同年5月9日付けで手続補正がなされたものである。

第2 平成19年5月9日付けの手続補正について
1.結論
平成19年5月9日付けの手続補正(以下,「本件補正」という。)を却下する。

2.理由
本件補正は,特許請求の範囲を以下のように補正するものである。

「【請求項1】筋肉細胞において特異的に発現し,筋肉において増殖因子活性を有する,配列番号12又は配列番号14に記載されるアミノ酸配列を有する実質的に純粋な増殖分化因子-8(GDF-8)ポリペプチド。
【請求項2】配列番号12又は配列番号14に記載されるアミノ酸配列を有する増殖分化因子-8(GDF-8)ポリペプチド又はそのエプトープに特異的に反応性のある抗体。
【請求項3】抗体がポリクローナルである,請求項2の抗体。
【請求項4】抗体がモノクローナルである,請求項2の抗体。」

上記補正は,本件補正前の特許請求の範囲の請求項1の「配列番号12又は配列番号14に記載されるアミノ酸配列を有する実質的に純粋な増殖分化因子-8(GDF-8)ポリペプチド」について,「筋肉細胞において特異的に発現し,筋肉において増殖因子活性を有する」ものに補正するものであり,平成18年改正前特許法第17条の2第4項第2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで,本件補正後の請求項1?4に係る発明(以下,それぞれ,「補正発明1?4」という。)が,特許出願の際,独立して特許を受けることができるものであって,同法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するものであるかについて以下に検討する。

3.特許法第36条第4項に規定する要件について
(1)本願明細書の記載
補正発明1は,特異的に発現する細胞及びその活性と,特定のアミノ酸配列で特定されたGDF-8ポリペプチド(以下,単に「GDF-8」ともいう。)であるところ,この発明について,発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項に規定する要件を満たすためには,本願明細書及び図面(以下,「本願明細書等」という。)並びに本願出願時の技術常識に基づいて,当業者が当該GDF-8ポリペプチドを使用することができること(実施することができること),例えば,発明の詳細な説明に当該GDF-8ポリペプチドが特定の機能(技術的に意味のある特定の用途を推認できる機能)を有することが記載されていることが必要である。
以下に,本願の発明の詳細な説明に,当業者が当該GDF-8ポリペプチドを使用することができる程度の記載があるかどうかを検討する。本願の発明の詳細な説明には,以下の記載がある。

a. 「【0005】・・・本発明は,細胞増殖及び分化因子,つまりGDF-8,該因子をコードするポリヌクレオチド配列,及び該因子と免疫反応性である抗体を提供する。この因子は,種々の細胞増殖性疾患,特に筋肉,神経,及び脂肪組織に関連する疾患に関係するようである。
【0006】かくして,1つの態様においては,本発明は,GDF-8に関係する筋肉,神経,又は脂肪起源の細胞増殖性疾患を検出する方法を提供する。もう1つの態様においては,本発明は,GDF-8活性を抑制するか又は増進することによって細胞増殖性疾患を治療する方法を提供する。」,
b. 「【0008】・・・本発明は,増殖及び分化因子GDF-8及びGDF-8をコードするポリヌクレオチド配列を提供する。GDF-8は筋肉中で最高レベルで発現され,脂肪組織中ではより低いレベルで発現される。1つの態様においては,本発明は,GDF-8発現に関係する筋肉,神経,又は脂肪起源の細胞増殖性疾患を検出する方法を提供する。他の態様においては,本発明は,GDF-8活性を抑制するか又は増進する物質を用いることによって細胞増殖性疾患を治療する方法を提供する。」,
c. 「【0009】TGF-βスーパーファミリーは,多くの細胞型内で増殖,分化,及び他の機能を制御する多機能性ポリペプチドからなる。これら多くのペプチドは,他のペプチド増殖因子の正と負の両方の調節作用を有する。本発明のGDF-8タンパク質とTGF-βファミリーのメンバーの間の構造的相同性は,GDF-8が増殖及び分化因子のファミリーの新規なメンバーであることを示している。多くの他のメンバーの既知の活性に基づき,GDF-8もそれを診断及び治療剤として有用なものにする生物活性を有するであろうと期待される。」,
d. 「【0010】特に,このスーパーファミリーのある種のメンバーは,神経系の機能に関係する発現パターンを有するか又は活性を保持する。例えば,インヒビン及びアクチビンは脳内で発現されることが示され(Meunierら,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,85:247,1988;Sawchenkoら,Nature,334:615,1988),そしてアクチビンが神経細胞生存分子として機能できることが示された(Schubertら,Nature,344:868,1990)。もう一つのファミリーメンバー,即ち,GDF-1は,その発現パターンが神経系特異的であり(Lee,S.J.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,88:4250,1991),そしてVgr-1(Lyonsら,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,86:4554,1989;Jonesら,Development,111:531,1991),OP-1(Ozkaynakら,J.Biol.Chem.,267:25220,1992)及びBMP-4(Jonesら,Development,111:531,1991)の如き一部の他のファミリーメンバーも,神経系で発現されることが知られている。骨格筋は運動ニューロンの生存を促進する1又は複数の因子を産生することが知られている(Brown,Trends Neurosci.,7:10,1984)ので,筋肉内でのGDF-8の発現は,GDF-8の1つの活性がニューロンのための栄養因子としてのものであることを示唆している。この点で,GDF-8は,筋萎縮性側索硬化症の如き神経変性疾患の治療に,又は培養下の細胞若しくは組織を移植前に維持することに有用であるかも知れない。」,
e. 「【0011】GDF-8は,筋変性疾患の如き筋肉に関連する疾患過程の治療又は外傷に起因する組織修復にも有用であるかも知れない。これに関して,TGF-βファミリーの他の多くのメンバーも組織修復の重要な媒介物質である。TGF-βはコラーゲンの生成に顕著な作用を有すること及び新生子マウス内でめざましい血管形成反応を起こすことが示されている(Robertsら,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,83:4167,1986)。TGF-βが培養下の筋芽細胞の分化を阻害することも示されている(Massagueら,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,83:8206,1986)。更には,筋芽細胞は遺伝子治療のために筋肉へ遺伝子を送達する運搬体として用いることができるので,GDF-8の特性は,移植前に細胞を維持するのに又は融合過程の効率を高めるのに利用できるかも知れない。
【0012】 脂肪組織内でのGDF-8の発現も,肥満症又は脂肪細胞の異常増殖に関連する疾患の治療におけるGDF-8の用途の可能性を思い起こさせる。これに関して,TGF-βがin vitroで脂肪細胞増殖の強力な阻害物質であることが示されている(IgnotzとMassague,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,82:8530,1985)。」,
f. 「【0032】“細胞増殖性疾患”という用語は,形態学的にも遺伝子型的にもしばしば周辺組織と相違して見える悪性並びに非悪性の細胞集団を表わす。悪性細胞(即ち,癌)は,多段階経過の結果発生する。アンチセンス分子であるGDF-8ポリヌクレオチドは,種々の器官系,特に,例えば,筋肉内の細胞又は脂肪組織の悪性腫瘍を治療のに有用である。本質的に,GDF-8の変化した発現に病因学的に関連するあらゆる疾患は,GDF-8抑制剤での治療に感受性であると考えられる。かかる疾患の1つは,例えば,悪性細胞増殖性疾患である。」,
g. 「【0033】本発明は,抗GDF-8抗体をGDF-8関連疾患を有する疑いがある細胞に接触させ,そして該抗体への結合を検出することを含む,筋肉又は脂肪組織の細胞増殖性疾患を検出する方法を提供する。GDF-8と反応性の抗体は,GDF-8への結合の検出を可能にする化合物で標識される。本発明の目的のためには,GDF-8ポリペプチドに特異的な抗体を用いて,生物学的液体及び組織中のGDF-8のレベルを検出する。検出できる量の抗原を含有するあらゆる検体を用いることができる。本発明の好ましいサンプルは筋肉組織である。疑いのある細胞内のGDF-8のレベルを正常細胞内のレベルと比較して,その被験体がGDF-8関連細胞増殖性疾患を有するかどうか確認することができる。好ましくは,被験体はヒトである。」,
h. 「【0045】本発明は,正常細胞内での発現に比較して変わったやり方で発現され得るヌクレオチド配列を同定するものであり,従ってこの配列に向けた適切な治療又は診断技術をデザインすることが可能となる。かくして,細胞増殖性疾患がGDF-8の発現と関係している場合には,翻訳レベルでGDF-8発現を妨害する核酸配列を用いることができる。このアプローチは,例えば,アンチセンス核酸及びリボザイムを用いて特定のGDF-8 mRNAの翻訳を遮断するものであって,それはそのmRNAをアンチセンス核酸でマスクするか又はそれをリボザイムで開裂させるかのいずれかによりなされる。かかる疾患には,例えば,神経変性疾患が含まれる。」,
i. 「【0049】本発明は,GDF-8タンパク質により媒介される細胞増殖性疾患又は免疫疾患を治療するための遺伝子治療も提供する。かかる治療は,GDF-8アンチセンスポリヌクレオチドを増殖性疾患を有する細胞内に導入することによりその治療効果をもたらすことになる。アンチセンスGDF-8ポリヌクレオチドの送達は,キメラウィルスの如き組換え発現ベクター又はコロイド分散系を用いて行うことができる。アンチセンス配列の治療的送達に特に好ましいのは,ターゲット(標的設定)されたリポソームを用いることである。」,
j. 「【0058】筋肉及び脂肪組織内でのGDF-8の発現のために,本発明のポリペプチド,ポリヌクレオチド及び抗体を用いるこれら組織に関連する種々の用途がある。かかる用途には,神経組織の如きこれら及び他の組織に関係する細胞増殖性疾患の治療が含まれる。加えて,GDF-8は,種々の遺伝子治療法に有用であり得る。
【0059】 実施例6のデータは,ヒトGDF-8遺伝子が染色体2にあることを示している。GDF-8の染色体位置を種々のヒトの疾患のマップ位置と比較することにより,GDF-8遺伝子内の突然変異がヒトの疾患の病因に関連しているかどうかを確認することが可能な筈である。例えば,若年筋萎縮性側索硬化症の常染色体性劣性型は,染色体2にあることが示された(Hentatiら,Neurology,42[Suppl.3]:201,1992)。GDF-8のより正確なマッピング及びこれら患者からのDNAの分析で,GDF-8が実際にこの疾患において害された遺伝子であることを示すことができる。さらに,GDF-8は染色体2を他の染色体から区別するのに有用である。」,
k. 「【0060】・・・(実施例1)新規なTGF-βファミリーメンバーの同定及び単離 TGF-βスーパーファミリーの新規なメンバーを同定するために,既知のファミリーメンバー間の2つ保存領域に対応する縮重オリゴヌクレオチドを設計した。・・・
【0064】下記のプライマーを用いてヒトGDF-8を単離した。
ACM13:5'-CGCGGATCCAGAAGTCAAGGTGACAGACACAC-3' (配列番号:3);
及び
ACM14:5'-CGCGGATCCTCCTCATGAGCACCCACAGCGGTC-3'(配列番号:4)
これらプライマーを用いるPCRは1μgのヒトゲノミックDNAを用いて94℃で1分間,58℃で2分間,そして72℃で2分間の30サイクルを行った。このPCR産物をBamHIで消化し,ゲル精製し,そしてBluescriptベクター(Stratagene,San Francisco,CA)内にサブクローン化した。」,
l. 「【0065】(実施例2)GDF-8の発現パターン及び配列 GDF-8の発現パターンを調べるために,種々の成体組織から調製したRNAサンプルをノーザン分析によりスクリーニングした。・・・図1に示すように,このGDF-8プローブを用いて,筋肉中で最高レベルで発現されそして脂肪組織中ではかなり低いレベルでしか発現されない単一のmRNA種を検出した。・・・
【0067】推定タンパク質分解性プロセシング部位のあとに続くGDF-8のC-末端領域は,TGF-βスーパーファミリーの既知メンバーに対して有意な相同性を示す(図3)。・・・
【0069】図4は,TGF-βスーパーファミリーの異なるメンバー間のアミノ酸相同性を示す。数字は,第1保存システインからC-末端まで計算したそれぞれの対の間のアミノ酸同一性のパーセントを表わす。ボックスは,特定のサブグループ内で高度に関連するメンバー間の相同性を表わす。この領域では,GDF-8がVgr-1に最も相同性である(45%配列同一性)。」,
m. 「【0070】(実施例3)マウス及びヒトGDF-8をコードするcDNAクローンの単離 マウス及びヒトGDF-8をコードする完全長cDNAクローンを単離するために,cDNAライブラリーをλZAPIIベクター(Stratagene)中に骨格筋から調製したRNAを用いて調製した。・・・【0071】マウス筋肉cDNAライブラリーからスクリーニングした・・・。この予想プレプロGDF-8タンパク質は長さが376アミノ酸である。この配列は,N-末端において分泌のためのシグナルペプチドを示唆する疎水性アミノ酸のコア(図6a)を,アスパラギン72に1つの潜在的N-グリコシル化部位を,アミノ酸264?267に推定RXXRタンパク質分解性開裂部位を,そしてTGF-βスーパーファミリーの既知メンバーに対して有意な相同性を示すC-末端領域を含有する。推定RXXR部位における前駆体タンパク質の開裂は,約12,400の予想分子量を有する109アミノ酸の長さの成熟C-末端GDF-8断片を生じるであろう。
【0072】 ヒト筋肉cDNAライブラリーからスクリーニングした・・・。この予想プレプロGDF-8タンパク質は長さが375アミノ酸である。この配列は,N-末端に分泌のためのシグナルペプチドを示唆する疎水性アミノ酸のコア(図6a)を,アスパラギン71に1つの潜在的N-グリコシル化部位を,そしてアミノ酸263?266に推定RXXRタンパク質分解性開裂部位を含有する。図7は,予想マウス(上方)及びヒト(下方)GDF-8アミノ酸配列の比較を示す。数字は,N-末端からのアミノ酸の位置を示す。これら2つの配列間の同一性を垂直線により表わす。マウス及びヒトのGDF-8は,予想プロ領域内で約94%同一性であり,予想RXXR開裂部位の後ろで100%同一性である。」,
n. 「【0077】(実施例5)GDF-8の発現パターン GDF-8の発現パターンを調べるために,種々のマウス組織源から調製した5μgの2度ポリA選択RNAをノーザン分析に付した。図10aに示すように(そして実施例2に示したように),GDF-8プローブは,検分した多くの成体組織間で殆ど骨格筋にだけ存在する単一のmRNA種を検出した。同ブロットをもっと長く露出すると,かなり低いが検出可能なレベルのGDF-8 mRNAが,脂肪,脳,胸腺,心臓,及び肺に見られた。このことから,これら結果は,骨格筋中でのGDF-8発現の高度な特異性を確認するものである。GDF-8 mRNAは,マウス胚内においても検査した両妊娠期間(交尾後12.5日及び18.5日)で検出されたが,胎盤では種々の発生段階において検出されなかった(図10b)。」,
o. 「【0078】(実施例6)GDF-8の染色体での位置確認 GDF-8の染色体位置をマッピングするために,ヒト/げっ歯類体細胞ハイブリッド(Drwingaら,Genomics,16:311-413,1993;DuboisとNaylor,Genomics,16:315-319,1993)からのサンプルをポリメラーゼ連鎖反応とこれに続くサザーンブロッティングにより分析した。・・・【0079】・・・これらデータは,ヒトGDF-8遺伝子が染色体2に位置することを示している。」

(2)当審の判断
上記記載k.?o.によれば,補正発明1であるGDF-8ポリペプチドについて,該ポリペプチドをコードする遺伝子(以下,「GDF-8遺伝子」という。)が,既知のTGF-βスーパーファミリー間の保存領域に対応する縮重オリゴヌクレオチドプライマーを用いてクローニングされたものであり,C末端領域の推定アミノ酸配列がTGF-βスーパーファミリーの既知メンバーに対して有意な相同性を示す(最も相同性の高いもので45%)ものであること,GDF-8遺伝子のmRNAの発現は筋肉組織で最も高く見られ,脂肪,脳等の組織でかなり低いが検出可能なレベルで見られること,並びに,GDF-8遺伝子は染色体2に位置することが,実施例の裏付けをもって具体的に記載されている(実施例1?3,5及び6)。
そして,このようにクローニングされた新規遺伝子のコードするGDF-8は,「細胞増殖及び分化因子」であり,「種々の細胞増殖性疾患,特に筋肉,神経,及び脂肪組織に関連する疾患に関連」し,「GDF-8に関係する筋肉,神経,又は脂肪起源の増殖関連性疾患を検出する方法」及び「細胞増殖性疾患を治療する方法」に利用できることが記載されている(上記a.及びb.)。
しかしながら,当該GDF-8が,このような作用や用途を有することについては,GDF-8遺伝子がTGF-βスーパーファミリーの新規メンバーであること,当該遺伝子のmRNAの発現が筋肉組織等で見られることから推定したものに過ぎず,実施例等によって何ら実証されていない。
そして,以下に述べるように,本願出願時の技術常識を参酌しても,本願明細書等の記載からは,当該GDF-8が,上記推定された「細胞増殖及び分化因子」としての作用を有するかどうかは明らかではなく,また,たとえそのような作用を有するとしても,当業者が当該GDF-8を「細胞増殖及び分化因子」として使用しようとした場合,どのように使用するかが理解できないのであるから,補正発明1について,当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されているとはいえない。
すなわち,既知のTGF-βスーパーファミリーメンバーは,増殖・分化を含む多様な機能を有していることが知られており(上記c.の「TGF-βスーパーファミリーは,多くの細胞型内で増殖,分化,及び他の機能を制御する多機能性ポリペプチドからなる。」を参照。下線は,合議体による。),GDF-8遺伝子が,既知のTGF-βスーパーファミリーメンバーと構造的に類似しているからといって,GDF-8が,必ずしも「増殖及び分化」因子であるとはいえない(例えば,増殖又は分化でなくとも,細胞を構成するタンパク質の生成や,細胞の維持に作用することも考えられる(上記e.を参照。)。)。
また,GDF-8遺伝子の発現部位からだけでは,GDF-8がいかなる細胞に対して,どのように関与しているのか分からず,当業者が当該GDF-8を「細胞増殖及び分化因子」として使用しようとした場合,どのように使用するかが理解できない。すなわち,筋肉細胞で生成されたGDF-8は,筋肉細胞から分泌されたとしても(上記m.を参照。),必ずしも筋肉細胞自身に対して作用するとはいえず,上記d.で「筋肉内でのGDF-8の発現は,GDF-8の1つの活性がニューロンのための栄養因子としてのものである」と記載されているように,ほかの細胞,例えば,ニューロンのような神経細胞の増殖分化に作用することも考えられる。さらに,たとえ,GDF-8が増殖分化因子であったとしても,細胞の増殖を抑制(負に制御)するのか,促進(正に制御)するのかも明らかでない。むしろ,本願明細書等には,本願出願後に明らかになった知見(GDF-8は細胞増殖を抑制(負に制御)する機能を有すること(例えば,本願の原出願(特願2004-001012号)の原出願に当たる特願平06-521293号の審査段階において,審判請求人が提示した参考資料A?Eを参照。参考資料A;Nature, 1997, Vol. 387, p. 83-90,参考資料B;Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 1997, Vol. 94, p. 12457-61,参考資料C;Nature Genetics, 1997, Vol. 17, p. 71-4,GENOME RESEARCH, 1997, Vol. 7, p. 910-5,参考資料E;国際公開第99/42573号パンフレット))とは,逆の方向性を示す記載(上記f.を参照。),すなわち,細胞増殖性疾患に対して,細胞増殖を正に制御するGDF-8の活性を抑制することが積極的に記載されている。
そうであるから,当業者が補正発明1に係るGDF-8を使用することを試みた場合,例えば,当該GDF-8が細胞の増殖や分化を実際に制御することができるのか,制御する対象となる細胞は筋肉細胞であるかどうか,さらには,その細胞の制御の仕方は正であるのか負であるのかといったことを検証していかなければならず,このような作業は,当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を必要とするものである。そして,このような作業を経てはじめて,補正発明1をどのように実施するかが理解できるのであるから,本願明細書等には,補正発明1が有する特定の機能(技術的に意味のある特定の用途を推認できる機能)が記載されているとはいえず,本願の発明の詳細な説明には,当業者が補正発明1を実施することができる程度の記載があるとはいえない。
したがって,この出願の発明の詳細な説明には,当業者が容易に実施できる程度に,補正発明1の目的,構成及び効果が記載されているとはいえない。

(3)審判請求人の主張
これにつき,審判請求人は,本件審判請求に際して提出された平成19年6月12日付けの審判請求書の手続補正書において,拒絶査定の備考欄において説示した理由(「(A)」及び「(B)」)に対して反論し,本願が特許されるべきであると主張する(第2?4頁の「(3)本願が特許されるべき理由」を参照。)。

ア.「(A)について」
審判請求人は,以下のとおり主張する。
「本願発明のGDF-8は筋肉細胞の増殖に関する因子であり,さらに,その増殖を抑制するという(負に制御する)機能を有するものであることは,本願明細書に明確に記載されております。本願明細書には,GDF-8発現に関連する細胞増殖性疾患が,アンチセンス核酸及びリボザイムのような,翻訳レベルでGDF-8発現を妨害する核酸配列を用いて治療できることが記載されています(本願明細書第9頁,【0045】の段(合議体注;上記h.を参照。))。また,本願明細書には,GDF-8発現に関連する細胞増殖性疾患には,例えば,神経変性疾患が含まれること(本願明細書第9頁,【0045】の段,下から1?2行(合議体注;上記h.を参照。)),筋萎縮性側索硬化症のような神経変性疾患,筋変性疾患の如き筋肉に関連する疾患が含まれることも記載されています(本願明細書第3頁,【0010】?【0011】の段(合議体注;上記d.?e.を参照。))。また,本願出願時の特許請求の範囲には,『GDF-8の発現と関連する細胞増殖性疾患を治療する方法であって,該細胞をGDF-8活性を抑制する薬剤と接触することを含む方法』(請求項23),『薬剤が抗GDF-8抗体である,請求項23の方法』(請求項24),『薬剤がGDF-8アンチセンス配列である,請求項23の方法』(請求項25)がクレームされています。従って,本願明細書のかかる記載を見た当業者であれば,本願発明は,筋萎縮性側索硬化症のような筋変性疾患(筋肉細胞の増殖が抑制されている疾患)に対して,GDF-8の発現または活性を抑制するように向けた治療をすることを明確に意図していることがわかります。換言すれば,本願明細書のかかる記載は,GDF-8の高発現が,筋肉細胞の増殖の抑制をもたらしていることを明確に示すものであるといえます。『筋肉細胞の増殖を抑制するという(負に制御する)』というGDF-8の機能を明確に把握・認識していない限り,アンチセンス核酸及びリボザイムのようなGDF-8発現を妨害する核酸配列を用いてGDF-8の発現または活性を抑制することが上記治療に有効であるという記載を当初明細書にすることはないと思料致します。このような記載は,GDF-8の筋肉細胞の増殖を抑制する(負に制御する)という機能に関する知見に基づくものであります。」(第2頁第24行?下から第5行。下線は,合議体による。)

しかしながら,上記(2)で述べたとおり,本願出願時の技術常識を参酌しても,GDF-8遺伝子が既知のファミリーメンバーと構造的に類似していることや,その発現部位からだけでは,GDF-8が,筋肉細胞に増殖・分化を制御する因子としての作用を有するとはいえないし,また,たとえGDF-8が,増殖分化因子であったとしても,どの細胞を制御するのか,また,その制御が増殖を抑制(負に制御)するのか,促進(正に制御)するのかも明らかでないのであるから,発明の詳細な説明に補正発明1のGDF-8が特定の機能(技術的に意味のある特定の用途を推認できる機能)を有することが記載されているとはいえず,本願明細書等の記載及び本願出願時の技術常識に基づいて,補正発明1をどのように実施するかが理解できない。
また,以下に述べるように,審判請求人の指摘する本願明細書の記載は,GDF-8が筋肉細胞の増殖を抑制(負に制御)する機能を有することを意味しない。
すなわち,上記f.(【0032】)において,「細胞増殖性疾患」は「形態学的にも遺伝子型的にもしばしば周辺組織と相違して見える悪性並びに非悪性の細胞集団」を意味し,その例として「悪性細胞(癌)増殖性疾患」が挙げられていることを考えれば,上記h.の記載(【0045】)は,細胞増殖性疾患である悪性細胞(癌)の増殖を,GDF-8阻害剤(アンチセンス核酸やリボザイム)で抑制しようとすることを述べており,細胞増殖を正に制御しているGDF-8の機能を阻害しようとすることを意味しているといえるから,これらの記載からは,GDF-8が細胞増殖を負に制御するとはいえない。
また,上記d.?e.の記載(【0010】?【0011】)は,筋肉細胞で産生された因子が,ニューロンのための栄養因子,すなわち,増殖を促進する因子として作用することを述べたものであり,GDF-8が,筋肉細胞自身に対して作用する増殖因子であるとも,それが,負の制御を行う増殖因子であることも意味しない。
審判請求人は,上記主張において,本願明細書には,「GDF-8発現に関連する細胞増殖性疾患には,例えば,神経変性疾患が含まれること」,「筋萎縮性側索硬化症のような神経変性疾患,筋変性疾患の如き筋肉に関連する疾患が含まれること」が記載されていると述べ,本願明細書において,「本願発明は,筋萎縮性側索硬化症のような筋変性疾患(筋肉細胞の増殖が抑制されている疾患)に対して,GDF-8の発現または活性を抑制するように向けた治療をすることを明確に意図している」と述べている。
しかしながら,上述した「細胞増殖性疾患」の意味するところからすれば(上記f.),上記h.には,GDF-8の発現又は活性を抑制するように向けた治療をする「細胞増殖性疾患」,すなわち,癌のような悪性細胞が増殖する疾患の例には「神経変性疾患」が含まれることが記載されているだけであり,「細胞増殖性疾患」に,「筋萎縮性側索硬化症のような筋変性疾患及び神経筋疾患が含まれる」ことは示されていない。また,上記d.には,「筋萎縮性側索硬化症の如き神経変性疾患」には,GDF-8がニューロンの栄養因子として有用であるかもしれないことが記載されており,これは,GDF-8を神経細胞であるニューロンの増殖を促進するように作用させることを示しており,上記d.の記載は,「筋肉細胞の増殖が抑制されている疾患」をGDF-8の発現又は活性を抑制することにより治療をすることは意味していない。さらに,「筋変性疾患」については,上記e.において述べられているが,この記載においては,当該疾患が細胞増殖性疾患に含まれるかどうかが明らかでないし,当該疾患に関するGDF-8の作用について,TGF-βのコラーゲン生成や筋芽細胞の維持等の作用を例示して説明していることから,GDF-8が筋肉細胞増殖を負に制御する因子であるとは解せない。
そもそも,本願明細書全体をみれば,上記b.に,GDF-8は,種々の細胞増殖性疾患,特に筋肉,神経,及び脂肪組織に関連する疾患に関係し,GDF-8活性を抑制するか又は増進することによって細胞増殖性疾患を治療することができることが記載されているように,細胞増殖性疾患を治療することについて,GDF-8活性の抑制又は増進のどちらを行うかについて明確でないところ,上記f.の記載にように,むしろ,細胞増殖性疾患に対して,細胞増殖を正に制御するGDF-8の活性を抑制することが積極的に記載されているのであるから,審判請求人の主張するように,本願明細書に,GDF-8の高発現が筋肉細胞の増殖の抑制をもたらしていることや,GDF-8が筋肉細胞の増殖を抑制(負に制御)する機能を有することが明確に記載されているとはいえない。
よって,審判請求人の主張は,受け入れられない。

イ.「(B)について」
また,審判請求人は,本願明細書の実施例1,2及び5についての記載を説明し,以下のとおり主張する。
「本願明細書には,GDF-8が既知のTGF-βファミリーメンバー間の2つの保存領域に対応する縮重オリゴヌクレオチドを用いてクローニングされたものであって,C末端領域の推定アミノ酸配列がTGF-βファミリーメンバーの既知のメンバーに対して有意な相同性を示すこと,及び,筋肉細胞での発現が最も高いことが具体的にかつ明確に記載されています。このように,TGF-βファミリーの配列に基づいた縮重オリゴヌクレオチドプライマーで単離したこと(実施例1)とその特異的発現部位が筋肉であること(実施例2)の記載,ならびに出願当時知られていたTGF-βファミリーの他のメンバーに関し,それが特異的に発現している組織においてその増殖分化を制御するという情報(本願出願時における技術常識)を考慮すれば,GDF-8が筋肉細胞の増殖因子活性を有することは,明確であり,また十分に予測できると確信致します。」(第3頁下から第4行?第4頁第7行)

しかしながら,上記(2)で述べたように,GDF-8遺伝子がTGF-βスーパーファミリーの新規メンバーであること,当該遺伝子のmRNAの発現が筋肉組織等で見られることからは,本願出願時の技術常識を参酌しても,GDF-8が,推定された「細胞増殖及び分化因子」としての作用を有するかどうかは明らかではなく,また,たとえそのような作用を有するとしても,当業者が当該GDF-8を「細胞増殖及び分化因子」として使用しようとした場合,どのように使用するかが理解できないのであるから,補正発明1について,当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されているとはいえない。
よって,審判請求人の主張は,受け入れられない。

4.むすび
したがって,本件補正は,平成18年改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するものであるから,同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本件補正前の発明について
1.本件補正前の発明について
本件補正は,上記第2のとおり却下されたので,本件出願の請求項に係る発明は,本件出願時の特許請求の範囲に記載されたとおりのものと認められるところ,その請求項1に係る発明(以下,「本願発明1」という。)は,次のとおりのものである。

「【請求項1】配列番号12又は配列番号14に記載されるアミノ酸配列を有する実質的に純粋な増殖分化因子-8(GDF-8)ポリペプチド。」

2.判断
本願明細書等には,本願発明1である「配列番号12又は配列番号14に記載されるアミノ酸配列を有する実質的に純粋な増殖分化因子-8(GDF-8)ポリペプチド)」について,当該ポリペプチドが有する特定の機能(技術的に意味のある特定の用途を推認できる機能)が記載されているとはいえないことは,拒絶査定で指摘し,また,上記第2の3.でも詳述したとおりである。したがって,拒絶査定で指摘したとおり,この出願の発明の詳細な説明には,当業者が容易に実施できる程度に,本願発明1の目的,構成及び効果が記載されているとはいえない。

3.むすび
以上のとおり,この出願は,請求項1について,発明の詳細な説明の記載が,特許法第36条第4項の規定する要件を満たしていないものであるから,その余の本願の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本件出願は拒絶すべきものである。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2007-09-21 
結審通知日 2007-09-25 
審決日 2007-10-19 
出願番号 特願2005-326630(P2005-326630)
審決分類 P 1 8・ 531- Z (C07K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 飯室 里美横田 倫子  
特許庁審判長 種村 慈樹
特許庁審判官 阪野 誠司
光本 美奈子
発明の名称 増殖分化因子-8  
代理人 石井 貞次  
代理人 平木 祐輔  

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