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審判番号(事件番号) データベース 権利
不服20056282 審決 特許
不服200627219 審決 特許

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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
審判 査定不服 特36 条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
管理番号 1180375
審判番号 不服2003-18494  
総通号数 104 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-08-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2003-09-22 
確定日 2008-07-03 
事件の表示 平成 6年特許願第509473号「神経幹細胞を用いるミエリン再形成」拒絶査定不服審判事件〔平成 6年 4月28日国際公開、WO94/09119、平成 8年 3月12日国内公表、特表平 8-502172〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯、本願発明
本願は、平成5年10月15日(パリ条約による優先権主張 1992年10月16日、米国)に国際出願されたものであって、その請求項1?26に係る発明は、平成15年10月22日付で補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?26に記載された以下のとおりのものと認められる(以下、「本願発明1」?「本願発明26」という。)。

「1.ニューロンを再ミエリン化する方法であって、
(a)ニューロン、アストログリア細胞及び希突起膠細胞へ分化することができる後代を生成することができる神経幹細胞を得る工程、
(b)該得られた神経幹細胞を、増殖誘発性増殖因子を含む培養基中で増殖して前駆体細胞を生成する工程、
(c)該前駆体細胞を収集する工程、及び、
(d)該収集した前駆体細胞を脱髄軸索と結合させて、ミエリンを再形成する工程であって、該脱髄軸索が、(i)ヒトを除く哺乳類又は(ii)インビトロに存在している工程、
を含むことを特徴とする方法。
2.該増殖誘発性増殖因子が表皮増殖因子である、請求項1に記載の方法。
3.該脱髄軸索がレシピエントのものである、請求項1に記載の方法。
4.工程(b)の神経前駆体細胞が神経球内にある、請求項1に記載の方法。
5.ドナーがレシピエントである請求項3に記載の方法。
6.ニューロンを再ミエリン化する方法であって、
(a)ニューロン、アストログリア細胞及び希突起膠細胞へ分化することができる後代を生成することができる神経幹細胞を得る工程、
(b)該得られた神経幹細胞を、増殖誘発性増殖因子を含む第1培養基中で増殖して前駆体細胞を生成する工程、
(c)該神経前駆体細胞を、実質的に該増殖誘発性増殖因子を含まない第2培養基中で分化して希突起膠細胞を生成する工程、及び、
(d)該生成した希突起膠細胞の少なくとも1つを脱髄軸索と結合させてミエリンを再形成する工程であって、該脱髄軸索が、(i)ヒトを除く哺乳類又は(ii)インビトロに存在している工程、
を含むことを特徴とする方法。
7.該第2培養基が血清を含む、請求項6に記載の方法。
8.該増殖誘発性増殖因子が表皮増殖因子である、請求項6に記載の方法。
9.該生成した希突起膠細胞と該脱髄軸索との結合が、I型アストログリア細胞の存在下に生じる、請求項6に記載の方法。
10.該生成した希突起膠細胞と該脱髄軸索との結合が、血小板由来増殖因子の存在下に生じる請求項6に記載の方法。
11.更に、下記工程:
(e)I型アストログリア細胞を該脱髄軸索と結合した該希突起膠細胞に加える工程、
を含む、請求項6に記載の方法。
12.更に、工程(d)後に、下記工程:
(e)血小板由来増殖因子を該脱髄軸索と結合した該希突起膠細胞に加える工程、
を含む、請求項6に記載の方法。
13.工程(b)の前駆体細胞が神経球内にある、請求項6に記載の方法。
14.該脱髄軸索がレシピエントのものである、請求項6に記載の方法。
15.ドナーがレシピエントである請求項14に記載の方法。
16.神経前駆細胞を含むミエリン再形成用の医薬組成物であって、該前駆細胞は下記の工程:
(a)ニューロン、アストログリア細胞及び希突起膠細胞へ分化することができる後代を生成することができる神経幹細胞を得る工程、
(b)該得られた神経幹細胞を、増殖誘発性増殖因子を含む培養基中で増殖して前駆体細胞を生成する工程、及び、
(c)該神経前駆体細胞を収集する工程、
により生産され、該収集した前駆体細胞は脱髄軸索に最も近い位置に移植してミエリンを再形成することができることを特徴とする医薬組成物。
17.該増殖因子が表皮増殖因子である、請求項16に記載の医薬組成物。
18.希突起膠細胞を含むミエリン再形成用の医薬組成物であって、該希突起膠細胞は下記の工程:
(a)ニューロン、アストログリア細胞及び希突起膠細胞へ分化することができる後代を生成することができる神経幹細胞を得る工程、
(b)該得られた神経幹細胞を、増殖誘発性増殖因子を含む培養基中で増殖して前駆体細胞を生成する工程、及び、
(c)該神経前駆体細胞を、実質的に該増殖誘発性増殖因子を含まない第2培養基中で分化して希突起膠細胞を生成する工程、
により生産され、該希突起膠細胞は移植してミエリンを再形成することができることを特徴とする医薬組成物。
19.該第2培養基が血清を含む、請求項18に記載の医薬組成物。
20.該増殖因子が表皮増殖因子である、請求項18に記載の医薬組成物。
21.グリア細胞をインビトロで生産する方法であって、
(a)ニューロン、アストログリア細胞及び希突起膠細胞へ分化することができる後代を生成することができる神経幹細胞を得る工程、
(b)該神経幹細胞を増殖誘発性増殖因子を含む第1培養基中で増殖して前駆体細胞を生成する工程、及び、
(c)該神経前駆体細胞を、実質的に該増殖誘発性増殖因子を含まない第2培養基中で分化してグリア細胞を得る工程
を含むことを特徴とする方法。
22.該第2培養基が血清を含む、請求項21に記載の方法。
23.該グリア細胞が希突起膠細胞である、請求項21に記載の方法。
24.該グリア細胞がアストログリア細胞である、請求項21に記載の方法。
25.該増殖因子が表皮増殖因子である、請求項21に記載の方法。
26.工程(b)の前駆体細胞が神経球内にある、請求項21に記載の方法。」

第2 原査定の拒絶の理由
一方、原査定の拒絶の理由(平成14年7月31日付拒絶理由通知書)は、以下の理由1)及び2)のとおりである。

理由1)この出願の請求項1?26に係る発明は、その出願前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
理由2)この出願は、明細書及び図面の記載が、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。

引用例1:Science, Vol.255, p.1707-1710, 1992
引用例2:The Journal of Cell Biology, Vol.109, No.5, p.2405-2416, 1989

そして、この拒絶の理由について、平成15年6月13日付拒絶査定において、さらに、次のとおり指摘している。

理由1)について
「・請求項1?5,16?17について
先の引用例1には、神経幹細胞を表皮増殖因子(EGF)を含む培養基で培養して、ニューロン又はアストログリア細胞に分化し得る未分化(前駆体)細胞を生成することが記載されている。
また、先の引用例2には、希突起膠細胞又はアストログリア細胞に分化し得る未分化(始原)細胞を脱髄軸索と結合させてミエリンを再形成することが記載されており、引用例2に記載の未分化細胞として引用例1に記載の細胞を用いることは当業者であれば容易になし得るものである。
よって、本願請求項1?5,16?17は、先の引用例1及び2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。」

理由2)について
「・請求項1?20について
請求項1?20に係る発明はニューロンを再ミエリン化する方法に関するものであるが、発明の詳細な説明の記載では、調製した前駆体細胞又は希突起膠細胞を脱髄軸索と結合させて実際にミエリンを再形成できたことが実験データ等の客観的事実として確認できない以上、請求項1?20に係る発明が、発明の詳細な説明に当業者が容易に実施できる程度に記載されているとは認められず、明細書及び図面の記載が特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。

・請求項6?15,18?26について
請求項6に係る発明には「神経前駆体細胞を実質的に増殖誘発性増殖因子を含まない第2の培養基中で分化して希突起膠細胞を生成する工程」が記載されているが、発明の詳細な説明の記載では、調製した神経前駆体細胞を実質的に増殖誘発性増殖因子を含まない第2の培養基中で培養して希突起膠細胞を生成できたことが実験データ等の客観的事実として確認できない以上、請求項6に係る発明が、発明の詳細な説明に当業者が容易に実施できる程度に記載されているとは認められない。
請求項7?15,18?26に係る発明についても同様である。」

第3 当審の判断
1.便宜上、まず前記拒絶理由の2)から検討する。
(1)本願発明1?20について
ア.本願発明1?20は、上記「第1」に記載されるとおり、神経幹細胞から生成させた前駆体細胞、あるいは、該神経前駆体細胞を分化させて生成させた希突起膠細胞を用いて、ニューロンを再ミエリン化する方法、及び、これらの細胞を含むミエリン再形成用の医薬組成物に係る発明である。
これについて、本願明細書の発明の詳細な説明には、以下のような記載がある。
「実施例1
移植用前駆体細胞の増殖
15日(E15)目のスプラグダウレイラット胎児を断頭し、無菌操作を用いて脳と線条体を取り出した。火炎仕上げのパスツールピペットで用いてダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)及びF-12栄養混合液(Gibco)の1:1混合液からなる無血清培地の中に組織を機械的に解離した。細胞を800r.p.m.で5分間遠心し、上清を吸引し、細胞を計数のためにDMEM/F-12培地に再浮遊させた。
細胞を、グルコース(0.6%)、グルタミン(2μM)、重炭酸ナトリウム(3mM)及びHEPES(4-[2-ヒドロキシエチル]-1-ピペラジンエタンスルホン酸)培地(5mM)(グルタミン[Gibco]以外はすべてSigma製)を含む無血清培地に浮遊させた。インスリン(25μg/ml)、トランスフェリン(100μg/ml)、プロゲステロン(20nM)、プトレシン(60μM)及び塩化セレン(30nM)を含む特定ホルモンミックス及び塩混合液(Sigma)を血清の代わりに用いた。更に、培地は16-20ng/ml EGF(マウスの下顎から精製されたもの、Collaborative Research)又はTGFα(ヒト組換え体、Gibco)を含有していた。細胞をT25培養フラスコに播種し、37℃、湿度100%、空気95%/CO25%に入れた。細胞は3-4日以内に増殖し、基質がないため、フラスコの底から取り出し、神経球として知られる未分化前駆体細胞のクラスターを形成する浮遊液中で増殖を続けた。
試験管内で(DIV)6-8日後、神経球を取り出し、400r.p.m.で2-5分間遠心し、沈降物を火炎仕上げのガラスパスツールピペットを用いて個々の細胞の中に機械的に解離した。幹細胞の増殖及び新しい神経球の形成を再び始める増殖培地に細胞を再塗布した。この手順を毎週繰り返し、各継代で生存細胞の数の対数増加を生じた。この手順を前駆体細胞の所望数が得られるまで続けた。

実施例2
ミエリン欠損ラットのミエリン再形成
生後5日のミエリン欠損ラットの同腹仔を、低体温麻酔を生じるように氷を用いて麻酔した。ミエリン欠損はX連鎖性体質であるので、同腹仔の雄の1/2だけが罹患した。従って、雄だけをこれらの研究に用いた。麻酔されてから、小吻部から尾部までを腰部拡大レベルで切開した。筋肉及び結合組織を取り出して脊椎ラミナを露出した。微細ラット歯鉗子を用いて、腰部拡大の1ラミナを取り出し、脊髄を露出するために硬膜を小さく切断した。
ガラスピペットを保持する定位固定装置を用いて1μlの上記細胞浮遊液(約50,000細胞/μl)を分注した。浮遊液を脊髄の脊柱の単一部位に(多く注入されるが)徐々に注入した。対照として、ラットの何匹かは滅菌食塩水を擬注入された。両実験グループを区別するために、足指あるいは耳を刈り込んでラットに印をつけた。細胞浮遊液を注入した後、縫合又はステンレス鋼製切瘡挟子を用いて閉じ、外科用加熱パッド上で温めることにより蘇生し、次いで母親に戻した。
ラットを、注入後3週間生存させ、次いでネンブタール(150mg/kg)で深く麻酔し、左心室を通して潅流した。次いで、ラットから組織を取り出し、PBS中4%パラホルムアルデヒド95%エタノール/5%酢酸で各々1-3日間固定し、次いでエポキシ封埋処理した。1ミクロンのプラスチック切片をウルトラミクロトームで切断し、顕微鏡のガラススライド上に熱熔封し、アルカリ性トルイジンブルー(ミエリン用組織染色)で染色するかあるいは主要ミエリンタンパク質を免疫細胞化学処理した。ミエリン欠損ラットの脊髄はほとんど完全にミエリンを失っているので、注入部位に又は近傍に形成されたミエリンは移植細胞から誘導された。注入方法がシュワン細胞(末梢神経系のミエリン形成細胞)を脊髄に入るようにすることは可能であった。これらの細胞は、中枢神経系内でミエリンを形成することができるが、光学顕微鏡あるいはCNSミエリン要素の免疫細胞化学を用いて希突起膠細胞と容易に区別することができた。上記のように、ミエリン欠損ラット脊髄の中には通常極めて少量のCNSミエリンがあった。このミエリンは、主要CNSミエリンタンパク質、プロテオリピド(PLP)の遺伝子内の突然変異に基づいて正常なドナーミエリンと区別することができた。ミエリン欠損ラットミエリンは、PLPに免疫反応性でないが、ドナーミエリンは免疫反応性であった。
ミエリン化軸索は注入部位だけでなく隣接の脊椎部分にも見られ、注入前駆体細胞が注入部位から離れて移動するとともにミエリンを形成するために希突起膠細胞に分化することを示している。」

イ.ここで、本願発明1?20のような、再生医療という生物を対象とした技術は、生物が複雑な系であるため、機械や電気の技術ほど因果関係が確実とはいえず、予想された結果についても、実験を行って確認してみなければ、それが実際に起こるか否か明確ではないという性質を有するものであることは明らかである。
そして、このような再生医療技術の性格を前提とすれば、発明の詳細な説明に、神経幹細胞から生成させた前駆体細胞、あるいは、該神経前駆体細胞を分化させて生成させた希突起膠細胞を用いて、ニューロンを再ミエリン化するための具体的方法と、その実験結果について、当業者が追試し得る程度に記載されている必要があるといえる。
しかしながら、まず、本願発明1?5、及び、16?17、即ち、神経幹細胞から生成させた前駆体細胞を用いて、ニューロンを再ミエリン化する発明についてみると、実施例1に示されるとおり、神経幹細胞を得、該得られた神経幹細胞を、増殖誘発性増殖因子を含む培養基中で増殖させて、「神経球として知られる未分化前駆体細胞のクラスター」、即ち、前駆体細胞を生成させる方法については、具体的な記載がなされており、先行技術も考慮すれば、実施例1に記載された方法により前駆体細胞が得られるであろうことは予測できることであるといえる。
しかしながら、当該前駆体細胞を用いてニューロンを再ミエリン化する方法については、実施例2に、ミエリン欠損ラットに対して、「ガラスピペットを保持する定位固定装置を用いて1μlの上記細胞浮遊液(約50,000細胞/μl)を分注した。浮遊液を脊髄の脊柱の単一部位に(多く注入されるが)徐々に注入した。」と記載されるにとどまり、当該記載中の「上記浮遊液」が、実施例1に記載された前駆体細胞のうちどの段階のものを意味するのか(神経球の状態のものか、あるいはこれを解離したものなのか、継代数はどの程度か)、浮遊液の組成(培地をそのまま含有するのか)、また、どのような条件下で、ミエリン欠損ラットに適用するのか、について当業者が追試し得る程度に具体的に記載されているとは認められない。
そして、その実験結果についても、実施例2には、「これらの細胞は、中枢神経系内でミエリンを形成することができるが、光学顕微鏡あるいはCNSミエリン要素の免疫細胞化学を用いて希突起膠細胞と容易に区別することができた。・・・ミエリン欠損ラットミエリンは、PLPに免疫反応性でないが、ドナーミエリンは免疫反応性であった。・・・ミエリン化軸索は注入部位だけでなく隣接の脊椎部分にも見られ、注入前駆体細胞が注入部位から離れて移動するとともにミエリンを形成するために希突起膠細胞に分化することを示している。」との文言で記載がされているのみであって、具体的な実験結果が示されておらず、実際にミエリンを再形成できたことが客観的事実として確認できない。
まして、本願発明6?15、及び、18?20、即ち、神経幹細胞を増殖誘発性増殖因子を含む培養基中で増殖させて生成させた前駆体細胞を、分化させて生成させた希突起膠細胞を用いて、ニューロンを再ミエリン化する発明については、まず、前駆体細胞を希突起膠細胞に分化させる方法について、明細書中に「ポリオルニチン処理ガラス又はプラスチック上で神経球をマイトジェンの存在しない1%ウシ胎児血清を含む培地に約3-4日間置くことにより、神経球の前駆体細胞からアストログリア細胞及び希突起膠細胞を分化させることができる。」という一般的な記載がされるのみであって、実際に分化させた実施例は示されていない。さらに、再ミエリン化については、そのような希突起膠細胞を、どの程度の分化の段階で、どのような組成で、どのような条件下でミエリン欠損ラットに適用するのかが不明であり、当業者が追試し得る程度に具体的に記載されているとは認められない。また、その実験結果も何ら示されておらず、実際にミエリンを再形成できたことが客観的事実として確認できない。
したがって、本願発明1?20について、当業者が容易に実施できる程度に、発明の詳細な説明に、その目的、構成、効果が、十分な裏付けをもって記載されているとは認められず、本願は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。

ウ.審判請求人は、審判請求書において、本願明細書の実施例1(神経幹細胞からの前駆体細胞の調製)及び実施例2(調製した前駆体細胞を用いた脱髄軸索の再ミエリン化)は、実際に行われた実験に基づくものであって、実施例2には神経幹細胞を用いてラット脱髄軸索のミエリン再形成に成功したことが記載されているから、神経幹細胞を用いたニューロンの再ミエリン化は、本願明細書の実施例1及び2の記載より確認できることを主張する。
しかしながら、調製した前駆体細胞を用いて脱髄軸索を再ミエリン化する方法については、上述のとおり、実施例2には、当業者が追試し得る程度に具体的に記載されているとは認められないし、その結果についても、具体的な実験結果が示されておらず、実際に脱髄軸索のミエリンを再形成できたことが客観的事実として確認できない。

エ.なお、実施例1及び2は、平成15年10月22日付の手続補正書において、現在形から過去形に時制を変更する補正がなされたものである。
一般に、出願に係る発明が、実施可能であるか否かは、出願当初の明細書又は図面、及び出願時の技術常識から判断すべきものである。
したがって、このような補正により、実際には確認されていなかった実験結果が確認されたことになり、それによって実施可能でなかった発明が実施可能になるものではないことは明らかである。
そして、仮に、時制を変更することにより、本願発明が実施可能になるとするならば、平成15年10月22日付の補正は発明の要旨を変更するものであるとして却下すべきものである。

オ.特に、本願の出願日後である1993年12月に頒布された刊行物である「seminars in THE NEUROSCIENCES, Vol.5, 1993, p.443-451」には、グリア細胞移植による中枢神経系のミエリン再形成に関し、希突起膠細胞の細胞系列のうちどの細胞が中枢神経系の軸索をミエリン化するのか、即ち、グリア前駆細胞と分化したグリア細胞のいずれが移植後ミエリン形成に寄与するのかが当初不明であったことから、成熟した希突起膠細胞、未成熟な希突起膠細胞、プロ-希突起膠芽細胞、O-2A前駆体細胞についてミエリン形成能を試験、確認してはじめて、プロ希突起膠芽細胞については、1992年1月に、また、O-2A前駆体細胞については、1993年4月に、中枢神経系を移植により再ミエリン化し得ることが明らかにされたこと、またO-2A前駆体細胞であってもO-2Aadult前駆体細胞については未だ試験されていないこと、が記載されていることからみて(特に、第444頁右下欄下7行?第446頁左欄第10行、及び、Figure2.参照のこと)、希突起膠細胞の細胞系列が中枢神経系のニューロンを再ミエリン化することについてでさえ、本願出願日当時に、実験を行って確認してみなければ、それが実際に起こるか否かが明確ではなかったといえる。
まして、希突起膠細胞の他に、ニューロンやアストログリア細胞といった細胞系列にも分化し得る神経幹細胞について、これを増殖誘発性増殖因子を含む培養基中で増殖させて生成させた前駆体細胞が、脱髄軸索と結合してミエリンを再形成するか否かは、実際に試験、確認しないかぎり不明であるといえる。

また、本願の出願後3年経過後に発行された、学術論文である「Experimental Neurology, Vol.147, p.84-95, 1997」において、表皮増殖因子に対して応答性の神経幹細胞が、インビボでミエリン欠損ラットにおいて中枢神経系の軸索のミエリンを再形成することが初めて示され(特に、第85頁左欄第17?22行参照)、このことは、神経幹細胞は、表皮増殖因子を含まない培地で分化した場合ほとんどがアストロサイトになるというインビトロの結果と対照的なものであったこと(特に、アブストラクト、及び第89頁右欄4?9行参照)が記載されていることからも、神経幹細胞を増殖誘発性増殖因子を含む培養基中で増殖させて生成させた前駆体細胞が、脱髄軸索と結合してミエリンを再形成するか否かは、本願出願日当時、実際に試験、確認しないかぎり不明であったといえる。

カ.さらに、本願の発明者である、Brent A. ReynoldsとSamuer Weissらによる学術論文である「The Journal of Neuroscience, Vol.12, No.1, p.4565-4574, November 1992」においても、その「Materials and Methods」の項に、「14日目のマウス胎児の線条体を取り出し、火炎仕上げのパスツールピペットで用いてダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)及びF-12栄養混合液(Gibco)の1:1混合液からなる無血清培地の中に組織を機械的に解離し、細胞を、ポリ-L-オルニチン被覆ガラスカバースリップに播種した。培地は、グルコース(0.6%)、グルタミン(2mM)、重炭酸ナトリウム(3mM)及びHEPES緩衝液(5mM)(グルタミン[Gibco]以外はすべてSigma製)を含む無血清培地であって、インスリン(25μg/ml)、トランスフェリン(100μg/ml)、プロゲステロン(20nM)、プトレシン(60μM)及び塩化セレン(30nM)を含む特定ホルモンミックス及び塩混合液(Sigma)が血清の代わりに用いられ、更に、20ng/ml 以上の表皮増殖因子(EGF)(マウスの下顎から精製されたもの、Collaborative Research)又はTGFα(ヒト組換え体、Gibco)を含有していた。」と記載されるように、由来がマウスである点、表皮増殖因子の濃度が20ng/ml 以上である点、及び、カバースリップ上の培養である点を除き、本願とほぼ同じ方法で、神経幹細胞から生成させた前駆体細胞について、当該前駆体細胞が、ニューロン及びアストロサイトへ分化することについては確認されたことが記載されているものの(特に、第4567頁参照)、希突起膠細胞へ分化することについては確認されていない。
そして、同じく本願の発明者らによる学術文献である「DEVELOPMENAL BIOLOBY, Vol.175, p.1-13, 1996」に、「胎児線条体の培養において、我々は、既に、表皮増殖因子が、単一の前駆体細胞の増殖を誘導し、これらが、ニューロンとグリア細胞を生成することができる未分化細胞の細胞塊の生成することを報告した。我々は、インビトロにおいて、これらの胎児前駆体細胞が、幹細胞として代表的な基準を満たすことを報告する。このEGF応答性の細胞は、哺乳類の中枢神経系の主要な3つのフェノタイプである、ニューロン、アストロサイト、及び希突起膠細胞を生成することができる。・・・それゆえ、われわれの研究は、同定された成長因子(表皮増殖因子)に応答して増殖し、中枢神経系の3つの主要な細胞タイプを生成する、哺乳類の中枢神経系幹細胞を、クローンとしてのまた集団としてのインビトロにおける解析を通して、初めて示すものである。」と示されるように、1996年になって初めて、表皮増殖因子に応答性の神経幹細胞が、希突起膠細胞に分化することが、実験結果をもって示されている。

これらのことからみても、本願の出願日当時に、神経幹細胞を、表皮増殖因子存在下で増殖させ生成させた前駆体細胞が、中枢神経系の軸索のミエリン再形成を行うことについて確認されていたとも、このことが技術常識だったとも、直ちには認められない。

キ.また、審判請求人は、審判請求書において、神経幹細胞から希突起膠細胞への分化が可能であるか否かについて、資料3として提出された「米国特許5851832号明細書(1998年)」に加え、資料4として、「Reynolds 及び Weiss, "Chapter 19: EGF-Responsive Stem Cells in the Mammalian Central Nervous System", pp.247-255, Cuello, A.C. (編), "Neuronal Cell Death and Repair", Elsevier Science Publishers (1993)」、及び、資料5として「Reynolds, "Isolation and Characterization of a Mammalian Central Nervous System Stem Cell", pp.1-138, UMI Dissertation Services (1994)」を提出し、「資料3のExample 9(カラム38?40)には、ヒトから採取した神経幹細胞を増殖誘発性増殖因子である表皮増殖因子を含む培養基(第1培養基)を含む組織培養フラスコ中で増殖させ(カラム39、1?4行)、生成した神経球(神経前駆体細胞)を表皮増殖因子を含まない培養基(第二培養基)を含むポリ-L-オルニチン被覆ガラスカバースリップ上で分化させたところ(カラム39、49?53行)、希突起膠細胞の細胞表面抗原マーカーであるMBPに対する抗体で免疫染色される希突起膠細胞が生成した(カラム40、5?6行)ことが記載されています。
資料4には、採取した神経幹細胞を表皮増殖因子を含む培養基(第1培養基)中で増殖させて神経球(神経前駆体細胞)を生成し、得られた神経前駆体細胞を表皮増殖因子を含まない培養基(第二培養基)中で分化させたところ希突起膠細胞が生成した(249頁、左欄、末行?251頁、左欄、下から5行及び図3)ことが記載されています。
資料5にも、採取した神経幹細胞を表皮増殖因子を含む培養基(第1培養基)中で増殖させて神経球(神経前駆体細胞)を生成し、得られた神経前駆体細胞を表皮増殖因子を含まない培養基(第二培養基)中で分化させたところ希突起膠細胞が生成したことが記載されています(79頁)。」と述べ、神経幹細胞から生成させた神経前駆体細胞を、実質的に増殖誘発性増殖因子を含まない第2の培養基中で分化して希突起膠細胞を生成できたことは、本発明の工程を再現して希突起膠細胞が生成したことを示す資料3?5から客観的事実として確認できるので、本願発明6?11及び18?26は、発明の詳細な説明に当業者が容易に実施できる程度に記載されている旨主張する。
しかしながら、これらは、いずれも本願の出願日後に頒布された文献であり、出願後に明らかとなった事実をもって、本願出願当初の明細書の記載を補うことはできない。
したがって、審判請求人の上記主張は採用できない。

ク.さらに、審判請求人は、実験データについて、平成19年11月13日付上申書において、「再ミエリン化試験は、その状態を文章でもって定量的に表現することが困難な希突起膠細胞や脱髄軸索を用いて行われるものですので、実験結果(すなわち、脱髄軸索の再ミエリン化)を数値データで表すことは極めて困難です。したがって、実験の成否は『再ミエリン化が起こった』等の定性的な記載によらざるを得ません。」と主張する。
確かに、脱髄軸索の再ミエリン化を数値データで表すことは困難であるが、原査定及び平成10年3月26日付の当審からの審尋において求めた実験データとは、必ずしも数値データを意味するものではなく、実際にミエリンを再形成できたことを客観的事実として確認できるデータを意味するものであり、例えば、上述の「seminars in THE NEUROSCIENCES, Vol.5, 1993, p.443-451」示されるような、再ミエリン化したことを示す電子顕微鏡写真等が挙げられる。そして、このような、再ミエリン化したことを客観的に実験データとして示す手段が他に存在するにもかかわらず、『再ミエリン化が起こった』といった定性的な一行の記載をもって、本願発明について、十分な開示があるとすることはできない。

(2)本願発明16?20について
医薬発明は、一般に物の構造や名称からその物をどのように作り、又はどのように使用するかを理解することが比較的困難な技術分野に属する発明であることから、当業者がその発明を実施することができるように発明の詳細な説明を記載するためには、通常一つ以上の代表的な実施例が必要である。そして、医薬用途を裏付ける実施例として、通常、薬理試験結果の記載が求められる。
これを本願についてみると、上記(1)においても述べたとおり、神経幹細胞から生成させた前駆体細胞、あるいは、これをさらに分化させて生成させた希突起膠細胞を用いて、脱髄軸索を再ミエリン化した試験及びその試験結果が不明瞭であり、医薬用途を裏付ける実施例が示されているとはいえない。
したがって、本願は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。

(3)本願発明22?26について
上記(1)においても検討したように、本願の発明の詳細な説明には、グリア細胞をインビトロで生産する方法について、「ポリオルニチン処理ガラス又はプラスチック上で神経球をマイトジェンの存在しない1%ウシ胎児血清を含む培地に約3-4日間置くことにより、神経球の前駆体細胞からアストログリア細胞及び希突起膠細胞を分化させることができる。」という一般的な記載がされるのみであって、具体的に分化させた実施例は示されていない。
そして、一般的な手法として成功の可能性がある方法が存在するとしても、現実の成功例が知られていない以上、当業者は、必ずしも成功するとはいえない手法についてそれが実際に成功するか否かについて確認をしなければならないこととなり、上記一般的な記載がされている条件以外の種々の分化のための条件について設定することは、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を要するものである。
したがって、本願の発明の詳細な説明には、本願発明22?26について、当業者が容易に実施できる程度に、その目的、構成、効果が記載されていない。
したがって、本願は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。

2.次に前記拒絶理由の1)について検討する。
(1)本願優先日前に頒布された刊行物記載の発明
本願の優先日前である1992年3月27日に頒布され、原査定の拒絶理由で引用された「Science, Vol.255, p.1707-1710, 1992」(以下、「引用例1」という。)は、本願明細書の第5頁第17?20行に、神経幹細胞(NSC)及び使用可能性について記載されている文献として引用されているものであるが、それには、以下の事項が記載されている。
(1-1)「哺乳類の中枢神経系における神経発生は、生後まもなく終了すると信じられている。マウスの線条体において、生後2,3日後には新しいニューロンは生成されない。この研究において、成熟したマウスの脳の線条体から単離された細胞が、表皮増殖因子によってインビトロにおける増殖が誘導された。増殖細胞は、最初はネスチン、即ち、神経外胚葉幹細胞において観察される中間径フィラメントを発現し、続いて、形態学的及び抗原性特性からみて、ニューロン及びアストロサイトに発展する。・・・それゆえ、成熟マウスの線条体は分裂し、ニューロン及びアストロサイトに分化する能力を有する。」(アブストラクト)
(1-2)「3-18月齢の成熟マウスの線条体が、酵素的に解離され、20ng/mlの表皮増殖因子を含有する無血清培地にプレートした。・・・細胞分裂は、さらに2?3DIV続けられ(Fig.1,B及びC)、その後、増殖中の細胞クラスターが分離し、細胞塊を形成した(6?8DIV)(FIG.1D)。細胞分裂及び増殖は、表皮増殖因子非存在下では観察されず、bFGF(20ng/ml)、PDGF(20ng/ml)、あるいはNGF(100ng/ml)によっても模倣されなかった。」(第1707頁中欄下5行?右欄第下15行)
(1-3)「6-8DIVの細胞塊中の細胞が、二次培養において増殖を続けることができるか否かを決定するために、細胞塊が機械的に解離され、96ウェルプレートに単一の細胞として再播種された。表皮増殖因子存在下では、他に単一の細胞は増殖し、新しい細胞塊を形成した(Fig.1,G?J)。そして、その大多数がネスチンに免疫反応性であった。・・・我々は、次に、適切な基質が与えられれば、表皮増殖因子により誘導された細胞塊から生成した細胞が、形態学的及び抗原特性として、中枢神経系の主要な細胞タイプを発現するか否かを試験した。1つの6?8DIVの細胞塊が、マイクロピペットで、ポリ-L-オルニチンで被覆されたガラスカバースリップ(12ウェルのプレート)上に播種され、表皮増殖因子を引き続き含有する無血清培地中で培養した。」(第1708頁右欄第7?41行)
(1-4)「我々の結果は、表皮増殖因子は、成熟マウス脳の線条体から単離された少ない数の細胞の増殖を誘導し、これらの細胞は、神経外胚葉幹細胞の抗原性を示す細胞のクラスタを形成することを示した。適切な条件下ではこれらの細胞は、成熟マウスのインビボにおいて特徴的なフェノタイプを有するアストロサイトとニューロンに分化誘導することができる。我々は、最近、表皮増殖因子に応答性の、多能性幹細胞であって、この研究で詳述された増殖及び分化のパターンと見分けのつかないパターンを有する細胞を、胎児線条体から単離した(10)。これらを併せ考えると、これらの知見は、胎児幹細胞が、成熟脳に、大多数は、非増殖性の状態で生き残っていることを示唆するものである。」(第1709頁左欄下2行?中欄第16行)
(1-5)「表皮増殖因子に応答性の幹細胞をインビトロにおいて懸濁液中で増殖させ、その後代の大多数において再び増殖させる能力は、それらの基本的な特性の研究や、同種のあるいは異種のCNSの移植のための実験モデルでの使用のための、成体からの未分化のCNS細胞の潤沢なソースを提供する。これらの細胞のインサイチュでの増殖や分化を誘導しあるいは阻害する要素を同定することは、最終的には、傷害や病気で失われた細胞を補うために無傷の成体の哺乳類のCNSをマニピュレートすることを許容するものである。」(第1709頁中欄下6行?右欄第8行)

本願の優先日前である1989年に頒布され、原査定の拒絶の理由に引用された刊行物である「The Journal of Cell Biology, Vol.109, No.5, p.2405-2416, 1989」(以下、「引用例2」という。)には、以下の事項が記載されている。
(2-1)「マウス肝炎ウイルスのA59株をC57BL6/Nマウスの頭蓋内に注射することにより、脊髄のグリア細胞においてウイルスが大量複製し、ウイルスの消失に伴って、脱ミエリン化障害が引き起こされ、次いで、再ミエリン化する。いかにして種々のタイプのグリア細胞が、この疾患のプロセスによって影響されるかを研究するために、我々は、三色の免疫蛍光標識と、脊髄の1umの凍結切片におけるトリチウム化したチミジンオートラジオグラフィーを組み合わせた。我々は3つの異なるグリア細胞特異的な抗体である(a)希突起膠細胞によって発現される、2’3’サイクリックヌクレオチド3’ホスホヒドロラーゼ(CNP)に対するもの、(b)アストロサイトによって発現されるグリア糸状酸性蛋白質(GFAP)に対するもの、(c)希突起膠細胞とタイプ2-アストロサイトを生成し、成体の中枢神経系においてO4抗体と反応する前駆体細胞であって、非感染マウスの脊髄においては存在するもののまれである、O-2A前駆体細胞に対する、O4抗体、を用いた。・・・再ミエリン化が進行するに伴い、CNP免疫染色は、正常値近傍に戻り、脱髄段階の間に予め注入されたトリチウム化チミジンは、CNP陽性の希突起膠細胞にあらわれた。脱髄疾患の初期に、O4陽性のO-2A前駆体細胞は増殖したが、CNP陽性希突起膠細胞は増殖しなかった。この事象のタイミングは、O-2A前駆体細胞が、再ミエリン化プロセスに役立つ可能性の高い、新しい希突起膠細胞とタイプ2-アストロサイトを生成することを示唆するものである。」(アブストラクト)
(2-2)「O4抗体は、希突起膠細胞、タイプ2-アストロサイト、及び、7日齢ラット視神経から得られたO-2A前駆体細胞培養物の大多数と同様に、周産期のラット及びマウス胎児から得られた、タイプ2-アストロサイト及び希突起膠細胞の前駆体培養物を免疫染色する。胎児視神経あるいは脳から得られた単一のO-2A前駆体細胞に由来するクローンは、しばしば多極性の、増殖し分化することのできる、O4陽性GC陰性細胞を含有する。同様な、O4陽性細胞は、成体ラット視神経から単離されている。これらの細胞は、ゆっくりと増殖し、インビトロにおいて希突起膠細胞及びタイプ2-アストロサイトを生成する。これらはO-2A成体前駆体細胞と名付けられた。類似する表現型(O4陽性 GFAP陰性 GC陰性)を有する細胞が、成体マウスの脊髄から単離された。希突起膠細胞の前駆体細胞がインビボにおいて、GD3ガングリオシドに対する抗体を用いることによって発達中の白質に同定されたが、これまでO4陽性の希突起膠細胞の前駆体細胞は、インビボにおいて成体CNS中で可視化されていなかった。1-μmの凍結切片と3重の免疫蛍光によって、我々はO-2A成体前駆体細胞の抗原表現型を有する細胞を、正常及びウイルス感染マウスにおいて発見した。これらの細胞は、ウイルスの感染中においては数が増加し、これらはトリチウム化されたチミジンを取り込み、活発に分裂した。決定的ではないが、手持ちのエビデンスは、O4陽性 GFAP陰性 CNP陰性の細胞であって、インサイチュにおいて初めて観察されたものが、ウイルス感染からの回復期間中のこれらの成体動物において形成される希突起膠細胞を生成することを示唆するものである。同様に、モルモット及び多発性硬化症における慢性的な脱髄後に、希突起膠細胞の増殖と再ミエリン化が誘導される。」(第2413頁右欄第22行?第2414頁右欄第2行)

(2)本願発明1について 対比
本願発明1に記載の前駆体細胞は、発明の詳細な説明の記載、特に、明細書第10頁第27行?第11頁第22行の記載によれば、ラット胎児の脳と線条体から取り出した細胞を、EGF、即ち、表皮増殖因子存在下で増殖させ、神経球として知られる未分化前駆体細胞のクラスターを形成させたものである。
引用例1には、上記摘記事項(1-1)?(1-3)に示されるように、成熟したマウスの脳の線条体から単離された細胞が、表皮増殖因子によって増殖が誘導されて細胞塊を形成し、当該細胞塊中の細胞は、ネスチン、即ち、神経外胚葉幹細胞において観察される中間径フィラメントを発現することが記載されている。
さらに引用例1には、上記摘記事項(1-3)に示されるように、細胞塊を、マイクロピペットで、ポリ-L-オルニチンで被覆されたガラスカバースリップ(12ウェルのプレート)上に播種することが記載されており、上記摘記事項(1-4)には、上記細胞塊中の細胞が、アストロサイトとニューロンに分化誘導することができること、神経外胚葉幹細胞の抗原性を有すること、及び、胎児線条体にも、成熟したマウスの脳の線条体から単離された細胞と同様の、表皮増殖因子に応答性の多能性幹細胞が存在することが記載されている。
そこで、本願発明1と、引用例1に記載の事項とを対比する。
引用例1に記載の「成熟したマウスの脳の線条体から単離された細胞」は、当該細胞を表皮増殖因子下で増殖させることにより得られた細胞塊中の細胞が、ネスチン、即ち、神経外胚葉幹細胞において観察される中間径フィラメントを発現するものであって、かつ、当該細胞は、神経外胚葉幹細胞の抗原性を示し、また、胎児線条体由来の多能性幹細胞と見分けのつかないものであることが記載されていることからみて、本願発明1における「神経幹細胞」に相当し、また、引用例1に記載の「細胞塊」は、上記細胞を、表皮増殖因子存在下で増殖させることにより得られたものであるから、本願発明1における「前駆体細胞」に相当するといえる。
さらに、引用例1の「細胞塊をマイクロピペットで、・・・播種する」工程は、本願発明1における「前駆体細胞を収集する工程」に相当する。
そして、引用例1に記載のアストロサイトが、本願発明1におけるアストログリア細胞に相当することは技術常識から明らかであるから、両者は「(a)ニューロン、アストログリア細胞へ分化することができる後代を生成することができる神経幹細胞を得る工程、(b)該得られた神経幹細胞を、増殖誘発性増殖因子を含む培養基中で増殖して前駆体細胞を生成する工程、(c)該前駆体細胞を収集する工程」に係るものである点で一致し、以下の点で相違する。
相違点:本願発明1の神経幹細胞は、希突起膠細胞にも分化することができ、本願発明1においては、上記収集した前駆体細胞を脱髄軸索と結合させて、ミエリンを再形成する工程であって、該脱髄軸索が、(i)ヒトを除く哺乳類又は(ii)インビトロに存在している工程、をさらに設けているニューロンを再ミエリン化する方法であるのに対し、引用例1に記載のものにおいては、神経幹細胞が希突起膠細胞に分化することについては確認されておらず、ニューロンを再ミエリン化することについても記載されていない点で相違する。

(3)判断
上記相違点について検討する。
引用例1には、上記摘記事項(1-5)に示されるように、表皮増殖因子に応答性の幹細胞をインビトロにおいて懸濁液中で増殖させ、その後代の大多数において再び増殖させることによって、未分化のCNS細胞の潤沢なソースが提供され、これらの細胞のインサイチュでの増殖や分化を誘導しあるいは阻害する要素を同定することによって、最終的には、傷害や病気で失われた細胞を補うことができる可能性について示唆されている。
一方、引用例2には、上記摘記事項(2-1)及び(2-2)に示されるように、希突起膠細胞及びアストログリア細胞に分化することのできるO-2A前駆体細胞が、ニューロンを再ミエリン化することに寄与することが記載されている。
そして、一般に、幹細胞が分化する場合には、より分化の範囲の限定された前駆体細胞を経て分化するものであり、アストログリア細胞と希突起膠細胞は、どちらもグリア細胞であって、引用例2にも、アストログリア細胞と希突起膠細胞に分化する前駆体細胞が記載されているから、引用例1に記載のニューロン及びアストログリア細胞を産み出す神経幹細胞が、ニューロン、アストログリア細胞のみならず、さらに、アストログリア細胞と同様にグリア細胞である希突起膠細胞にも分化できることを期待して、引用例2に記載のO-2A前駆体細胞に代えて、引用例1に記載の前駆体細胞をニューロンの再ミエリン化の用途に適用することは、当業者が容易に想到し得たことである。
なお、表皮増殖因子に応答性の神経幹細胞の、希突起膠細胞への分化能についても、本願明細書に先行技術として挙げられている、本願の発明者らにより発表された「Restrorative Neurology and Neuroscience, 34.P3, Vol.4, No.3, July 1992」に示されるように、本願優先日前に公知であり、神経幹細胞を表皮増殖因子を含む培養基中で増殖するという、同様の手法により得られた引用例1に記載の前駆体細胞も、希突起膠細胞にも分化し得ることが裏付けられるといえる。
そして、その効果についても、本願明細書においても、神経幹細胞から生成された前駆体細胞を用いてニューロンを再ミエリン化することができたと客観的に認めるに足る実験結果も示されておらず、当業者の予測を超えるものとは認められない。

(4)審判請求人の主張について
審判請求人は、1.引用例1の未分化細胞が脱髄軸索の再ミエリン化効果を有することについては記載も示唆も全くないこと、2.引用例2は、再ミエリン化過程に役立つ可能性が高い希突起膠細胞及び2型アストログリア細胞をO-2A細胞が生じさせることを示唆しているが、引用例1の未分化細胞と引用例2のO-2A細胞との関係については記載も示唆もないこと、及び3.このような開示にとどまる引用例から、脱髄軸索の再ミエリン化のために引用例2のO-2A細胞を引用例1の未分化細胞で置き換えることを当業者は合理的に予測することはできないこと、まとめると、引用例2のO-2A細胞の置き換え候補として引用例1の未分化細胞を選択する動機付けが存在しないことを主張する。
しかしながら、引用例2には、審判請求人も認めるように、O-2A細胞を再ミエリン化へ使用しようとする動機付けは存在しており、その一方で、引用例1には、上記摘記事項(1-5)に示されるように、表皮増殖因子に応答性の幹細胞のインサイチュでの増殖や分化を誘導しあるいは阻害する要素を同定し、最終的には、傷害や病気で失われた細胞を補うために適用しようとする動機付けが存在し、また、多発性硬化症等の疾病において失われた軸索を補おうということは、本願優先日前周知の課題であった。
してみれば、引用例1に記載の神経幹細胞がニューロンを再ミエリン化することの明示がなくとも、アストログリア細胞というグリア細胞の系列に分化し得ることの示された引用例1に記載の神経幹細胞が、アストログリア細胞と同様にグリア細胞である希突起膠細胞にも分化し得ることを期待して、引用例2に記載の発明において、O-2A前駆体細胞に代えて、引用例1に記載の神経幹細胞を用いる動機付けは存在するといえる。
したがって、審判請求人の上記主張は採用できない。

(5)小括
したがって、本願発明1は、引用例1及び2の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。

第4 むすび
上記したように、本願発明1?26について、当業者が容易に実施できる程度に、その発明の目的、構成、効果が本願明細書の発明の詳細な説明に記載されておらず、本願は特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。
また、本願発明1については、引用例1及び2の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-01-18 
結審通知日 2008-01-29 
審決日 2008-02-14 
出願番号 特願平6-509473
審決分類 P 1 8・ 531- WZ (C12N)
P 1 8・ 121- WZ (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 本間 夏子三原 健治加藤 浩  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 種村 慈樹
松波 由美子
発明の名称 神経幹細胞を用いるミエリン再形成  
代理人 宍戸 嘉一  
復代理人 浅井 賢治  
復代理人 星野 貴光  
代理人 小川 信夫  
代理人 中村 稔  
代理人 大塚 文昭  
代理人 今城 俊夫  
代理人 村社 厚夫  

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