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この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
不服200624530 審決 特許
不服200818112 審決 特許
不服20069599 審決 特許
無効2007800230 審決 特許
無効200680058 審決 特許

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審決分類 審判 一部無効 1項3号刊行物記載  C07H
管理番号 1181649
審判番号 無効2007-800042  
総通号数 105 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-09-26 
種別 無効の審決 
審判請求日 2007-03-01 
確定日 2008-07-14 
事件の表示 上記当事者間の特許第1903527号発明「結晶性アジスロマイシン2水和物及びその製法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯

本件特許第1903527号の請求項1?3に係る発明についての出願は、昭和63年7月6日に被請求人ファイザー・インコーポレーテッドより特許出願され、平成7年2月8日にその発明について特許権の設定登録がされた。
これに対して、平成19年3月1日に請求人シオノケミカル株式会社より請求項1に係る発明に対して本件特許無効審判が請求され、被請求人は平成19年7月3日付けで答弁書を提出した。

2.本件発明

本件特許の請求項1に係る発明は、本件明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものと認められる。

「結晶性アジスロマイシン2水和物」

3.請求人の主張

請求人は、「特許第1903527号の請求項1に記載の発明はこれを無効とする。審判費用は被請求人の負担とする」との審決を求め、下記甲第1?7号証を提出し、本件特許の請求項1に記載の発明は、本件出願前に頒布された甲第2号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許されたものであるから、同法第123条第1項第2号により、無効とされるべきであると主張している。

証拠方法
甲第1号証:特公平6-31300号公報(本件公告特許公報)
甲第2号証:X SASTANAK KEMICARA HRVATSKE(第10回クロアチア
化学者会議)、1987年2月16日?18日、第29頁
甲第3号証:J.Chem.Research(S)、1988年、
第152?153頁
甲第4号証:特表2005-529082号公報
甲第5号証:国際公開第02/09640号パンフレット
甲第6号証:欧州特許第0984020号明細書
甲第7号証:「実験報告書」と題する文書 (シオノケミカル株式会社
研究部今井英治作成)

4.被請求人の主張

被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする」との審決を求め、下記乙第1?8号証を提出し、上記請求人の本件特許が無効であるとの主張には理由がないと主張している。

証拠方法
乙第1号証:特開昭57-158798号公報
乙第2号証:特開昭59-31794号公報
乙第3号証:第15改正日本薬局方解説書、2006年、廣川書店、
C-59?C-64
乙第4号証:無効2006-80058号審決
乙第5号証:化学大辞典3(縮刷版)、1963年、共立出版株式会社、
781頁
乙第6号証:化学辞典、1994年、株式会社東京化学同人、1411頁
乙第7号証:J.Chem.Research(M)、1988年、
1239?1261頁
乙第8号証:特許庁公報 4(1992)-361[6419]
審決取消訴訟判決集(27)、300?307頁

5.当審の判断

5-1 甲第2号証の記載内容

請求人が提出した甲第2号証はクロアチア語で記載された文書であるため、特許法施行規則第61条にしたがい、その文書の翻訳文(日本ビジネス翻訳株式会社 小川道生により作成)が添付されている。当該翻訳文の記載内容は以下のとおりである。

「A-2
11-メチルアザ-10-デオキソ-10-ジヒドロエリスロマイシンA(DCH_(3))の構造研究

B.カナメル、A.ナグルおよびD.ムルヴォシュ
ザグレブ大学、理学部、化学科および分析化学科

我々のエリスロマイシンA誘導体の構造研究を継続中である。新たな15員環シリーズのエリスロマイシンAのいわゆるDCH_(3)のサンプル(事業体「PLIVA」の研究所で調製)を室温条件下でエーテルから再結晶した。角柱形で高硬度の半透明の結晶が得られている。
フィルム法によって単位格子のパラメータを求め、また化合物の密度を浮揚法により測定した。
結晶学的データ:C_(38)H_(72)O_(12)N_(2)、Mr=748g/mol、斜方形、空間群P2_(I)2_(I)2、a=17,860(4)Å、b=16,889(3)Å、c=14,752Å、D。=1,174g/cm^(3)、Dx=1,177g/cm^(3)、Z=4。
反射光線強度および単位格子パラメータを、CuKα線を用いた自動回折計Philips PW1100で測定した。直接法(Multanプログラム)を用いた構造解析は現在進行中である。得られたデータを現在のデータと比較する予定である。」

被請求人は、甲第2号証の上記翻訳文の正確性を不知としながら、その正確性についての意見をなんら述べていない。
しかし、甲第2号証の記載は上記のとおり、化合物名や化学処理操作、結晶の物性値(組成式、分子量、X線回折結果、密度)等の化学分野特有の技術用語によるものが殆どであって、原文との対照が可能であり、翻訳文は原文をほぼ正確に表したものと認めることができる。
したがって、以下、上記翻訳文を原文の記載内容として検討する。

5-2 本件発明が甲第2号証に記載された発明であるか

一般に、ある発明を特許法第29条第1項第3号に掲げる刊行物に記載された発明というためには、その発明が記載された刊行物において、当業者が、当該刊行物の記載及び本件優先日当時の技術常識に基づいて、その発明に係る物を製造することができる程度の記載がされていることが必要であり、特に新規な化学物質の発明の場合には、刊行物中に化学物質が十分特定され、その化学物質の製造方法が当業者が理解できる程度に開示されていることが必要である。

そこで甲第2号証についてみるに、当該文献中の11-メチルアザ-10-デオキソ-10-ジヒドロエリスロマイシンAの結晶(以下、「結晶A」という。)については、「角柱形」、「高硬度」、「半透明」を呈することや、組成式、分子量、結晶学的データによって化学物質としての特定がされているが、かかる結晶が、2水和物であるとの明記はなく、当業者といえども上記物性データから直ちに2水和物であると理解することはできない。
しかしながら、格子定数は結晶性物質の固有の値であるところ、結晶Aの格子定数である「a=17,860(4)Å、b=16,889(3)Å、c=14,752Å」が、本件優先日後の文献である甲第3号証、甲第4号証に記載のアジスロマイシン2水和物の結晶の格子定数と一致することからすると、組成式、分子量は無水物に相当するとはいえ、甲第2号証において結晶Aとして得られた物質は実質的には本件発明のアジスロマイシン2水和物であったと推定できる。
したがって、結晶Aがアジスロマイシン2水和物であると認識されていなくとも、甲第2号証に記載の製法に従い結晶Aが製造できるのであれば、甲第2号証には実質的に本件発明が記載されていることとなる。

そこで検討するに、甲第2号証には、結晶Aの製造方法として、「DCH_(3)のサンプル(事業体「PLIVA」の研究所で調製)を室温条件下でエーテルから再結晶した。」ことが記載されているにすぎず、原料である「DCH_(3)のサンプル(事業体「PLIVA」の研究所で調製)」の製造方法や入手方法については何等記載がない。
また、「DCH_(3)のサンプル(事業体「PLIVA」の研究所で調製)」が、「11-メチルアザ-10-デオキソ-10-ジヒドロエリスロマイシンA」の結晶であってそれをエーテルで再結晶させて結晶Aを製造することが甲第2号証の記載から理解できるとしても、本件特許出願の優先権主張日(以下、「本件優先日」という。)当時、「DCH_(3)のサンプル(事業体「PLIVA」の研究所で調製)」と同等なアジスロマイシンの結晶の製造方法や入手方法を技術常識として当業者が知悉していたとするに足る理由はない。
そうすると、甲第2号証には、結晶Aの製造方法が当業者が理解できる程度に開示されているとはいえないから、同号証に結晶Aの発明が記載されているとはいえず、したがって、結晶Aと実質的に同一である「結晶性アジスロマイシン2水和物」の発明が甲第2号証に記載されていたとすることはできない。

5-3 甲第7号証について

請求人は、甲第7号証を提出し、「当業者が甲第2号証に記載の方法を追試した結果得られるアジスロマイシンの結晶は、本件特許発明と同一のアジスロマイシンの二水和物結晶であることが甲第7号証から、確認された。」(審判請求書の5頁下から5行?下から3行)、「本件特許発明のアジスロマイシンの二水和物結晶は、当業者が甲第2号証を追試すれば当然に得られるものである」(審判請求書の7頁9行?10行)とし、審査基準や平成2年(行ケ)第236号判決(乙第8号証)の判示事項を引用して、「甲第2号証は、アジスロマイシンの上記2水和物の結晶に関する発明を、『記載されているに等しい事項』として含み、この結果、本件発明は、『刊行物に記載された発明』となることは明かである。」(審判請求書の7頁10行?13行)と主張している。
そこで、以下検討する。

5-3-1 甲第7号証が示す実験内容

甲第7号証の実験における、「原料-01」、「再結晶溶媒」、「再結晶方法及び結果」は次のとおりのものである。

(1)原料-01(アジスロマイシン無水物)
「文献1(審決注:甲第5号証で提示された国際公開第02/09640号パンフレット)に記載の方法を参考にして、非晶質の無水アジスロマイシンを得た。得られた無水物のXRDパターンは、文献1(Fig.5)又は文献2(審決注:甲第6号証で提示された欧州特許第0984020号明細書)(Fig.1)に掲載されているアジスロマイシン無水物と同様に明瞭なXRDパターンを示さなかった(図1)。また、そのIRスペクトルも文献1(Fig.1)に掲載されているアジスロマイシン無水物のものと一致した(図2)。本実験で調製した非晶質の無水アジスロマイシンの水分含量は0.6806%であり、吸湿性の粉末あった。この原料-01は25℃、湿度45%に1.5時間放置するとその水分含量は1.4441%まで上昇した。」(甲第7号証の1枚目、「3.原料及び再結晶溶媒」の「(1)原料-01(アジスロマイシン無水物)」の項)

(2)再結晶溶媒
「溶媒のエーテルは、関東化学(株)の特級エーテル(水分含量0.0315%)を使用した。」(甲第7号証の1枚目、「3.原料及び再結晶溶媒」の「(2)再結晶溶媒」の項)

(3)再結晶方法及び結果
「原料-01(1.63g)を加熱によりエーテル25ml(又は50ml)に完全に溶解させた後、その溶液を50mL(又は100mL)三角フラスコに移し、口をアルミホイルで巻き、針によって穴を3箇所開け、室温にて静置した。
上記再結晶における溶媒に対する原料の濃度は各々、6.5%(25ml)、3.3%(50ml)であった。」(甲第7号証の1枚目、「4.実験」の項)

「上記方法にて静置した原料-01の再結晶溶液のうち、濃度6.5%の溶液から2日で析出結晶が認められた。」(甲第7号証の1枚目、「5.実験結果」の項)

5-3-2 甲第7号証が甲第2号証に記載の方法の追試といえるか

甲第7号証では、再結晶に供する原料-01は、非晶質の無水アジスロマイシンであって、甲第5号証に記載の方法を参考して得たものであるとされている。
しかし、甲第2号証によれば「DCH_(3)のサンプル(事業体「PLIVA」の研究所で調製)」が組成式:C_(38)H_(72)O_(12)N_(2)、分子量:748g/molを持つアジスロマイシンであることが理解できるに過ぎず、その製造方法や入手方法は明らかでないから、本件優先権日以降に頒布された刊行物である甲第5号証に記載の方法を参考にして得られた原料-01が、甲第2号証に記載の「DCH_(3)のサンプル(事業体「PLIVA」の研究所で調製)」と同等のものであると解すべき理由はない。
よって、原料-01は、甲第2号証に記載の方法の追試における適切な原料とはいえないので、甲第7号証が甲第2号証に記載の方法を忠実に再現した追試ということはできない。

また、甲第7号証の実験では、再結晶の過程で水の添加が行われていないにもかかわらずアジスロマイシンの無水物からアジスロマイシンの2水和物が得られたとされているが、以下に示すとおり、再結晶処理では無水物から純粋な無水物、粗2水和物から純粋な2水和物が得られるという乙第7号証の記載及び水を添加する結晶化操作によってアジスロマイシンの2水和物が得られるという甲第4号証の記載に照らすと、通常のエーテルによる再結晶操作からでは、無水物から2水和物は得られないものと考えられる。
すなわち、甲第2号証で行われている「再結晶」操作は、乙第5号証に示されるように「結晶性物質を適当な溶媒を使って精製する一方法」であり、その性質上、原料結晶と再結晶後の結晶で異なる物が得られることは通常予定されないものである。
アジスロマイシンもその例外ではなく、たとえば甲第2号証と著者が共通する乙第7号証では、ジエチルエーテルからの再結晶操作で、アジスロマイシン無水物からは純粋な無水物の白色結晶(1252頁18行?25行)、粗2水和物からは純粋な2水和物(1252頁下から10行?1253頁1行)が得られている。また、甲第4号証では「非吸湿性9-デオキソ-9a-アザ-9a-メチル-9a-ホモエリスロマイシンA二水和物は、早くも1980年代半ばには、9-デオキソ-9a-アザ-9a-メチル-9a-ホモエリスロマイシンAの酸性溶液をアセトン-水混合物中で中和することによって得られた。この二水和物の結晶構造(単結晶)はエーテルから再結晶化する際に検討され・・・格子定数・・・については、1987年のクロアチア化学者会議で公表された(1987年2月19?20日、クロアチア化学者会議、要旨集、29頁)。」(段落【0009】)と記載され、アセトン-水混合物中での中和により得られた2水和物の結晶がエーテルによる再結晶に供されている。
さらに、甲第4号証には、「米国特許第6,268,489号において、9-デオキソ-9a-アザ-9a-メチル-9a-ホモエリスロマイシンA二水和物が示された。この特許には、水を添加しながらテトラヒドロフラン及びヘキサンから結晶化することによって該二水和物を調製することが開示されている。・・・他の技法については、米国特許第5,869,629号や欧州特許第0941999号、欧州特許第1103558号、クロアチア特許第921491号、国際公開WO01/49697号、国際公開WO01/87912号等の特許文献に記載されている。これらに記載された様々な方法は、水を添加して水混和性溶媒から再結晶化することによって該二水和物を析出することを伴う。」(段落【0010】?【0011】)と記載され、アジスロマイシンの2水和物が水を添加する結晶化操作によって得られることが報告されている。
そうすると、甲第7号証の実験により、アジスロマイシンの無水物からアジスロマイシンの2水和物が得られたにしても、それは水含有量の多い原料の使用或いは高湿度環境下での再結晶操作など、甲第2号証には記載されていない特殊な条件下で再結晶が行われた結果として偶発的に2水和物が生じたと解さざるを得ず、そのような再結晶操作はもはや甲第2号証で予定する通常のエーテルによる再結晶操作ということはできない。

5-3-3 小括

甲第7号証は、甲第2号証に記載された方法を正確に追試したものとみることはできないから、「アジスロマイシン2水和物」が、甲第2号証に記載された事項から当業者に導き出せたものということはできない。

6.むすび

以上のとおりであるから、請求人の上記主張及び証拠によっては、本件発明の特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法169条2項の規定で準用する民事訴訟法61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2007-09-10 
結審通知日 2007-09-13 
審決日 2007-10-01 
出願番号 特願昭63-168637
審決分類 P 1 123・ 113- Y (C07H)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 横尾 俊一  
特許庁審判長 森田 ひとみ
特許庁審判官 谷口 博
福井 悟
登録日 1995-02-08 
登録番号 特許第1903527号(P1903527)
発明の名称 結晶性アジスロマイシン2水和物及びその製法  
代理人 江尻 ひろ子  
代理人 寺地 拓己  
代理人 小野 新次郎  
代理人 牧野 利秋  
代理人 望月 孜郎  
代理人 井手 浩  
代理人 那須 健人  

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