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この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
不服200617636 審決 特許
訂正2008390058 審決 特許
無効200680228 審決 特許

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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 A61K
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1183418
審判番号 不服2005-8174  
総通号数 106 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-10-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2005-05-02 
確定日 2008-08-20 
事件の表示 特願2001-177546「皮膜形成化粧品組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成14年 1月23日出願公開、特開2002- 20216〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成13年6月12日(パリ条約による優先権主張2000年6月15日、フランス国)の出願であって、平成16年5月26日付けで拒絶理由が通知され、同年8月31日に手続補正がなされるとともに意見書が提出され、平成17年1月26日付けで拒絶査定がなされたところ、同年5月2日に拒絶査定不服審判が請求され、同年8月3日に審判請求書の手続補正(方式)がなされたものである。

2.原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由の概要は、以下のとおりである。

(2-1)理由2(特許法第36条第4項)
「理由2 この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。

請求項1の「皮膜形成ポリマーと、25℃乃至80℃の温度範囲から選ばれる転移温度Ttで状態の変化を受ける熱転移剤とを含む組成物であって、前記熱転移剤は、前記転移温度Tt未満の温度に保持された水に不溶性であり、かつケラチン物質の温度で、熱水(40℃)に対する耐性(Rc)が15分以下であり、冷水(20℃)に対する耐性(Rf)がRf-Rc≧8分である皮膜を組成物が形成できるために十分な量で前記皮膜形成ポリマーと前記熱転移剤が存在する」なる記載・・・・・・・・について、これらは、機能・特性等による物の特定に該当するものと認められ、ここで、これらの具体物は、本願明細書発明の詳細な説明に示されるものもあるが、具体的に示されたもの以外のものは、どのような原料を用いてどのように製造したときに当該機能・特性を有するものとなるのかが、本願出願時の技術常識や本願明細書の記載を参酌しても当業者に理解できるものと認められない。・・・・。
したがって、当該機能・特性を有するものを得るためには、種々のものを得た後、これらの機能・特性を測定し、当該機能・特性を有するか否かを確認するという当業者に期待しうる程度を越える試行錯誤を求めるものと認められる。
よって、これらの請求項に記載の発明は、本願明細書発明の詳細な説明の記載および技術常識に基づいて当業者が容易に実施することのできないものを包含するものである。
以上より、この出願の発明の詳細な説明は、当業者がこれらの請求項に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていない。」

そして、拒絶理由通知に応答し請求項1が補正された後の原査定の備考のなお書きとして、以下のことが説示されている。
「なお、請求項1に記載される「ヒドロキシル数が5以上のポリマーから選択される熱転移剤」(以下A剤とする)の全てが、請求項1に記載の「25℃乃至80℃の温度範囲から選ばれる転移温度Ttで状態の変化を受け、前記転移温度Tt未満の温度に保持された水に不溶性」なる性質(以下性質Bとする)を有するものとは解されず、A剤のなかで、如何なるものが、性質Bを有するのかが、本願出願時の技術常識や本願明細書の記載を参酌しても当業者に理解できるものと認められない。
したがって、A剤のなかで、性質Bを有するものを得るためには、種々の熱転移剤について、これらが性質Bを有するか否かを確認するという当業者に期待しうる程度を越える試行錯誤を求めるものと認められる。この点においても、この出願の発明の詳細な説明は、当業者がこれらの請求項に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていない。」

(2-2)理由3(特許法第36条第6項第2号)
「理由3 この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

請求項1の「皮膜形成ポリマーと、25℃乃至80℃の温度範囲から選ばれる転移温度Ttで状態の変化を受ける熱転移剤とを含む組成物であって、前記熱転移剤は、前記転移温度Tt未満の温度に保持された水に不溶性であり、かつケラチン物質の温度で、熱水(40℃)に対する耐性(Rc)が15分以下であり、冷水(20℃)に対する耐性(Rf)がRf-Rc≧8分である皮膜を組成物が形成できるために十分な量で前記皮膜形成ポリマーと前記熱転移剤が存在する」なる記載、・・・・について、これらは、機能・特性等による物の特定に該当するものと認められるが、当業者が、出願時の技術常識を考慮して、当該請求項に記載された当該物を特定するための事項から、当該機能・特性等を有する具体的なものを想定することができるものとは認められない。
そして、当該機能・特性等による物の特定以外には、明細書に記載された発明を適切に特定することができないものとも、当該機能・特性等による物と出願時の技術水準との関係が理解できるものとも認められないので、これらの請求項に係る発明の範囲は不明確である。」

そして、拒絶理由通知に応答し請求項1が補正された後の原査定の備考のなお書きとして、以下のことが説示されている。
「なお、請求項1,28に記載される「ヒドロキシル数が5以上のポリマーから選択される熱転移剤」(以下A剤とする)の全てが、請求項1に記載の「25℃乃至80℃の温度範囲から選ばれる転移温度Ttで状態の変化を受け、前記転移温度Tt未満の温度に保持された水に不溶性」なる性質(以下性質Bとする)を有するものとは解されず、A剤のなかで、如何なるものが、性質Bを有するのかが、本願出願時の技術常識や本願明細書の記載を参酌しても当業者に理解できるものと認められず、当該請求項に記載された当該剤を特定するための事項から、具体的なものを想定することができるものとは認められない。このような記載は発明を不明確とする点に留意されたい。
また、請求項1,28に記載される「ケラチン物質の温度で、熱水(40℃)に対する耐性(Rc)が15分以下であり、冷水(20℃)に対する耐性(Rf)がRf-Rc≧8分である皮膜を組成物が形成できるために十分な量」なる量が如何なる量であるのか不明であり、このような記載は発明を不明確とする点にも留意されたい。」

3.本願明細書の記載
平成16年8月31日付け手続補正で補正された本願明細書には、次の技術事項が記載されている。(なお、該補正は、特許請求の範囲を対象とするもので、発明の詳細な説明を対象とするものではない。)

(i)「【請求項1】生理的に許容される媒体中に、皮膜形成ポリマーと、ヒドロキシル数が5以上のポリマーから選択される熱転移剤とを含む組成物であって、前記熱転移剤は、25℃乃至80℃の温度範囲から選ばれる転移温度Ttで状態の変化を受け、前記転移温度Tt未満の温度に保持された水に不溶性であり、かつケラチン物質の温度で、熱水(40℃)に対する耐性(Rc)が15分以下であり、冷水(20℃)に対する耐性(Rf)がRf-Rc≧8分である皮膜を組成物が形成できるために十分な量で前記皮膜形成ポリマーと前記熱転移剤が存在するものである組成物。」(特許請求の範囲、請求項1)

(ii)「【0001】【発明の属する技術分野】
本発明は、皮膜形成ポリマーと熱転移剤を含み、冷水に対して良好な耐性を有し、かつ熱水で除去することが可能な皮膜を形成する化粧組成物に関する。本発明はまた、特にヒトの、皮膚、睫毛、眉毛、髪及び爪などのケラチン物質のためのメイクアップまたは化粧ケア組成物に関する。」(段落【0001】)

(iii)「【0013】本発明の組成物は、ケラチン物質の温度で、40℃に保持された熱水に対する耐性(Rc)が15分以下、好ましくは12分以下、より好ましくは10分以下である皮膜を形成することができる。こうして皮膜は、石鹸などの洗剤を用いずに、熱水で容易に除去される。
【0014】本発明の組成物で得られる皮膜は、20℃に保持された冷水に対する耐性(Rf)がRf-Rc≧8分、 好ましくはRf-Rc≧10分である。特に皮膜は、冷水に対する耐性が8乃至120分、好ましくは23乃至120分の範囲とすることができる。このような皮膜は冷水に対して良好な耐性を示す。」(段落【0013】?【0014】)

(iv)「【0019】熱転移温度Ttを超えると、前記熱転移剤は、状態の変化の後、皮膜をより水に感受性とする。メイクアップの皮膜は、熱水に接触すると脆くなり、例えば指又は布または脱脂綿でそれをこすることにより、皮膜は容易に破れてその支持体から離れる。
【0020】「水溶性」という用語は、1重量%を超えて溶解性の化合物を意味する。
【0021】状態の変化は、原子の配列の変化、または原子のイオン化の変化、または原子の凝集力の変化でも良い。
【0022】本発明の第1の実施態様によれば、状態の変化は固体状態から液体状態への移行(融解による)としてもよい。熱転移剤は、25乃至80℃、好ましくは25乃至60℃、より好ましくは30乃至60℃の融点を有する、化合物、特に結晶性又は半結晶性の化合物でも良い。この融点は、示差走査熱量測定機(D.S.C.)を用いて測定することができる。
【0023】用いることができる結晶性化合物は、ポリエチレンワックス、特に分子量が400以下のポリエチレンワックスであり、例えば、Petrolite社により"Performalene 400"の名で市販されている製品である。
【0024】本発明の第2の態様によれば、状態の変化は、熱水の供給による結合状態から解離状態への移行とすることができる。特に状態の変化は、水和によりもたらされることができ、転移剤の解離を起こす。
【0025】有利には、熱転移剤は、ヒドロキシル数が5以上(特に5乃至300の範囲)、好ましくは25以上(特に25乃至200の範囲)である化合物、特にポリマーとすることができる。熱転移剤は、乳化剤を用いずに水中に容易に分散されることができる。
【0026】ヒドロキシル数が5以上であるポリマーは、好ましくは重量平均分子量が10,000以下であり、特に500乃至5000の範囲である。
【0027】「化合物のヒドロキシル数」という表現は、1gのアセチル化化合物の加水分解の後に放出される酢酸を中和するのに必要な水酸カルシウム(KOH)のmgで表された量を意味する。
【0028】特に、熱転移剤はポリカプロラクトンとすることができる。ポリカプロラクトンは、ε-カプロラクトンホモポリマーから選ばれることができる。ホモ重合はジオール、特に2乃至10の原子を含むジオールで、例えばジエチレングリコール、1,4-ブタンジオール、またはネオペンチルグリコールで開始することができる。
【0029】Solvay社により、Capa(登録商標) 240、223、222、217、215、212、210及び205の名で、 Union Carbide社により、PCL-300及びPCL-700の名で市販されているポリカプロラクトンを用いることができる。」(段落【0019】?【0029】)

(v)「【0030】熱転移剤は、組成物の全重量に対して、0.1乃至30重量%、好ましくは0.5乃至25重量%、より好ましくは1乃至20重量%、さらに好ましくは3乃至15重量%の量で存在することができる。」(段落【0030】)

(vi)「【0126】 【実施例】
[皮膜の耐水性を測定する試験]
10cm×10cmの大きさのガラスプレート上に、組成物の層を9cm×9cmの大きさ、300μm厚(乾燥前)に広げて、24時間、30℃、50%の相対湿度に放置して乾燥させた。乾燥の後、IKA labortechnik社によりRCT basicの名で市販されているマグネチックホットプレートスターラー上に置いた、直径19cm、容量2lで、1lの水の入った結晶化容器中に、プレートを置いた。
【0127】ついで、滑らかなPTFE円筒形マグネチックバー(長さ6cm;直径1cm)を皮膜上に置いた。攪拌速度を位置5にセットした。水の温度を、サーモメーターを用いて20乃至40℃に制御した。時間t0=0のとき、攪拌を開始した。皮膜がプレートから分離するか剥がれた後の、又はマグネチック攪拌バーの大きさの穴が観察されたとき、すなわち穴が6cmの径のときの時間t(分で表される)を測定した。2時間後皮膜が元のままであるときは試験を停止した。皮膜の耐水性を、測定された時間tとした。
【0128】[実施例1]
以下の特性を有する8種類のポリカプロラクトン(PCLと記載する)を試験した:
【0129】【表1】

【0130】
各PCLを以下の組成物で試験した。
-水性分散液としてのポリウレタン、Goodrich社によりAvalure UR 425の名で市販されているもの、活性剤含有量が49重量% 24.5gA.M.
-ポリカプロラクトン 10g
-ヒドロキシエチルセルロース 2g
-黒酸化鉄 5g
-プロピレングリコール 5g
-防腐剤 適量
-水 100gとする量
各組成物について、冷水(20℃)、及び熱水(40℃)に対する耐性を、上記プロトコールに従って測定した。以下の結果を得た。
【0131】【表2】

【0132】
各組成物について、皮膜は、室温の水(冷水)存在下よりも、40℃の水(熱水)の存在下では、耐性がずっと低かった。このように皮膜は、熱水で容易に除去でき、冷水にはより耐性であった。
【0133】
[実施例9]
以下の組成のマスカラを調製した。
-水性分散液としてのポリウレタン、Goodrich社によりAvalure UR 425の名で市販されているもの、活性剤含有量が49重量% 14gA.M.
-ポリカプロラクトン(Solvay社からのCAPA 223) 10g
-エチルアルコール 5g
-ヒドロキシエチルセルロース 1.9g
-プロピレングリコール 5g
-顔料 5g
-防腐剤 適量
-水 100gとする量
【0134】
このマスカラは、睫毛に容易に適用され、冷水に対して良好な耐性を示した。熱水(40℃)で容易に除去される。
この組成物は、冷水(20℃)に対して55分の耐性(上述の試験によって測定した耐性)を有し、熱水(40℃)に対して3.5分の耐性を有する皮膜を形成した。
【0135】
[実施例10、11及び比較例12]
以下の組成を有する、本発明の2種類のマスカラ(実施例10及び11)と本発明の一部を構成しないマスカラ(比較例12)を調製した。
-イソドデカン中のポリマー分散物 60g
-ポリカプロラクトン xg
-ポリエチレンワックス(融点=83.9℃)(Petrolite社からのPerformalen
e 500) yg
-黒酸化鉄 10g
-油混合物* 10g
*油混合物は、1.43gのオクチルドデカノール、3.33gのパルリーム(parleam)油、1.91gのポリビニルピロリドンエイコセン(IFP社からのGanex V220)及び3.33gのフェニルトリメチコン(Dow Corning 556液)
【0136】【表3】

【0137】用いられたポリマーのイソドデカン中分散液は:メチルアクリレートとアクリル酸の、95/5比での、非架橋コポリマーの、イソドデカン中の分散液を、文献EP-A-749747の実施例7に記載された方法に従って調製した。
【0138】Kraton G1701(Shell)の名で市販されている、ポリスチレン/コポリ(エチレン-プロピレン)ジブロックコポリマーでの、ポリ(メチルアクリレート/アクリル酸)の表面安定化粒子の、固体含有量が24.2重量%、平均粒子サイズが180nm、Tgが20℃の、イソドデカン中分散液をこうして得た。このポリマーは室温で皮膜を形成できた。
【0139】各組成物について、置かれた皮膜の冷水(20℃)及び熱水(40℃)に対する耐性を実施例1乃至8に記載されたプロトコールにより、皮膜が崩壊を始めた時間(分及び秒で表される)を測定することにより、測定した。
以下の結果を得た。
【0140】【表4】

【0141】本発明の実施例10と11については、ポリカプロラクトンは、皮膜の熱水に対する耐性を実質的に減少したが、比較例12で用いられたポリエチレンワックスは熱水に対する皮膜の耐性をあまり減少させなかった。本発明の実施例10及び11の組成物は、本発明の一部を構成しない比較例12よりも容易に除去された。」(段落【0126】?【0141】)

4.当審の判断
本願特許請求の範囲の請求項1には、上記「3.」の摘示(i)に記載された事項により特定されるとおりの発明(以下、同項記載の発明を「本願発明」という。)が記載されている。

(4-1)理由2(特許法第36条第4項)について
一方、発明の詳細な説明には、上記「3.」の摘示(ii)の記載によれば、本願発明は、従来公知技術の問題点を解決して、冷水に対して良好な耐性を有し、かつ熱水で除去することが可能な皮膜を形成する組成物を提供する旨、また、上記摘示(iv)の記載によれば、「ヒドロキシル数が5以上のポリマーから選択される熱転移剤」で「前記熱転移剤は、25℃乃至80℃の温度範囲から選ばれる転移温度Ttで状態の変化を受け、前記転移温度Tt未満の温度に保持された水に不溶性であり」ものは、特に「ポリカプロラクトン」とすることができる旨が記載され、上記摘示(vi)の記載によれば、実施例1ないし11において使用される熱転移剤としては「ポリカプロラクトン」が使用されている。
しかし、「前記熱転移剤は、25℃乃至80℃の温度範囲から選ばれる転移温度Ttで状態の変化を受け、前記転移温度Tt未満の温度に保持された水に不溶性であ」る「ヒドロキシル数が5以上のポリマーから選択される熱転移剤」としては、実施例に用いられている「ポリカプロラクトン」以外に、どのようなポリマーが該当するのかが具体的に説明すらされていない。

また、本願明細書の表1には、実施例1から実施例8に用いるポリカプロラクトンは、OH数(ヒドロキシル数)が28から135に順に増加(分子量が4000から830に低減;実施例2と3,4と5,6と7は、それぞれ同じOH数、同じ分子量)し、融点が68℃から38(または39)℃に低下する傾向を示す順に並べられているのに対し、同量のポリカプロラクトンを配合して耐性を評価した表2では、20℃の場合の耐性の結果、及び40℃の場合の耐性の結果(及びその20℃と40℃の場合の耐性の差)が実施例番号順にみてもバラバラで耐性時間の傾向が把握できない。即ち、実施例のあるポリカプロラクトンでさえ、そのヒドロキシル数や分子量の違いによる耐水性の作用効果を奏する程度(耐性時間)が予想できないものと認められる。
なお、例えば転移温度Ttが40℃?80℃の熱転移剤は、40℃の熱水では熱転移は起こらず水に不溶(Tt以下の温度で水に不溶)であるから、分散粒子の如き皮膜形成ポリマーに添加して40℃熱水による耐性が低減するか不明であるところ、仮に添加することで熱転移がより低い温度で生起する場合があることによって乃至は別の何らかの理由によって、熱水耐性が低下する場合があるとしても、それがどの程度のものか推測が容易であるとまでは解しえず、所期の特性を有し所期の作用効果を奏するポリマーを選択するのに過度の試行錯誤が要求されると言う他ないことにも留意すべきである。

そのような状況に鑑みると、本願明細書には、「熱転移剤は、組成物の全重量に対して、0.1乃至30重量%、・・・・・さらに好ましくは3乃至15重量%の量で存在することができる。」(摘示(v)参照)と説明されているけれども、ポリカプロラクトン以外の「ヒドロキシル数が5以上のポリマーから選択される熱転移剤」で「前記熱転移剤は、25℃乃至80℃の温度範囲から選ばれる転移温度Ttで状態の変化を受け、前記転移温度Tt未満の温度に保持された水に不溶性であ」るポリマーが、「ケラチン物質の温度で、熱水(40℃)に対する耐性(Rc)が15分以下であり、冷水(20℃)に対する耐性(Rf)がRf-Rc≧8分である皮膜を組成物が形成できるために十分な量」を選択できる、換言すると、「ケラチン物質の温度で、熱水(40℃)に対する耐性(Rc)が15分以下であり、冷水(20℃)に対する耐性(Rf)がRf-Rc≧8分である皮膜を組成物が形成できる」のかを明らかにする裏付けは何ら示されていないといえる。

してみると、本願明細書に接する当業者は、具体的裏付けを欠いているために本願出願時の技術常識を参酌しても、冷水に対して良好な耐性を有し、かつ熱水で除去することが可能な皮膜を形成する組成物を形成できるとの課題を解決するために、ポリカプロラクトン以外のポリマーで、(イ)「ヒドロキシル数が5以上のポリマーから選択される熱転移剤」を含むもので、「前記熱転移剤は、25℃乃至80℃の温度範囲から選ばれる転移温度Ttで状態の変化を受け、前記転移温度Tt未満の温度に保持された水に不溶性であ」って、(ロ)十分な量を選択することにより、「ケラチン物質の温度で、熱水(40℃)に対する耐性(Rc)が15分以下であり、冷水(20℃)に対する耐性(Rf)がRf-Rc≧8分である皮膜を組成物が形成できる」ポリマーを、理解し、格別の試行錯誤を要せずに選び出し得ることができないというべきである。

ところで、平成16年8月31日付け意見書((4)の第2段落参照)において、審判請求人は、
「「熱転移剤」については、この度の補正により、「ヒドロキシル数が5以上のポリマーから選択される熱転移剤」と限定いたしました。したがって当業者にとって、具体的な化合物が理解できると思料します。
これら「皮膜形成ポリマー」及び「熱転移剤」が具体的に理解できる以上、「ケラチン物質の温度で、熱水(40℃)に対する耐性(Rc)が15分以下であり、冷水(20℃)に対する耐性(Rf)がRf-Rc≧8分である皮膜を組成物が形成できるために十分な量で前記皮膜形成ポリマーと前記熱転移剤が存在するものである組成物」についても、具体的に理解できると思料します。」
と主張している。
しかし、前記検討の如く、「ヒドロキシル数が5以上のポリマーから選択される熱転移剤」と限定した程度では、ポリカプロラクトン以外の具体的な化合物が理解できるとまでは言えないし、熱水と冷水に対する耐性が特定されているものが得られることが、具体的に理解できるとまでは言えない。

また、審判請求理由(平成17年8月3日付け補正書の【本願発明が特許されるべき理由】の1.(イ)(1)参照)において、審判請求人は、
「次に、「25℃乃至80℃の温度範囲から選ばれる転移温度Ttで状態の変化を受け、前記転移温度Tt未満の温度に保持された水に不溶性」である「ヒドロキシル数が5以上のポリマーから選択される熱転移剤」について以下に説明いたします。
本願明細書の[0021]に記載されているように、「状態の変化」とは、原子の配列の変化、または原子のイオン化の変化、または原子の凝集力の変化を指します。具体的には、本願明細書の[0022]及び[0024]に記載されているように、「固体状態から液体状態への移行」及び「結合状態から解離状態への移行」であり、これらは、いずれも、ポリマーを定義する際に一般的に用いられる特徴であります。したがって、「25℃乃至80℃の温度範囲から選ばれる転移温度Ttで状態の変化を受ける」という、特定の条件で状態の変化を受けるポリマーを得ることは、当分野の当業者ならば格別の試行錯誤を必要としないと思料します。同様に、水に対する溶解性も、ポリマーを規定するための一般的なパラメーターであることから、「転移温度Tt未満の温度に保持された水に不溶性」であるポリマーを得ることは、当分野の当業者ならば格別の試行錯誤を必要としないと思料します。 これらを考慮すると、当分野の当業者ならば、「25℃乃至80℃の温度範囲から選ばれる転移温度Ttで状態の変化を受け、前記転移温度Tt未満の温度に保持された水に不溶性」である「ヒドロキシル数が5以上のポリマーから選択される熱転移剤」の具体物を想定でき、これを得るために格別の試行錯誤を必要としないと思料します。
最後に、「ケラチン物質の温度で熱水(40℃)に対する耐性(Rc)が15分以下であり、冷水(20℃)に対する耐性(Rf)がRf-Rc≧8分である皮膜を組成物が形成できるために十分な量で前記皮膜形成ポリマーと前記熱転移剤が存在する」について以下に説明いたします。
皮膜を耐水性で規定することは一般的に行われていることであり、当分野の当業者ならば、耐水性で規定される皮膜の具体物を想定できると思料します。また、その測定方法についても、本願明細書の[0126]及び[0127]に記載されているように、簡便な方法で測定することが可能です。したがって、前記の「皮膜形成ポリマー」と前記の「転移剤」を組み合わせて得られた組成物によって形成される皮膜が、請求項1記載の条件を満たす皮膜か否かを求めることは、当分野の当業者ならば格別の試行錯誤を必要としないと思料します。」
と主張している。
しかし、前記検討の如く、この出願の発明の詳細な説明は、本願出願時の技術常識を参酌しても格別の試行錯誤を要しない程度に、また当業者が本願発明を実施することができる程度に、明確かつ十分に記載されているとは言えない。

したがって、発明の詳細な説明は、「皮膜形成ポリマーと、ヒドロキシル数が5以上のポリマーから選択される熱転移剤とを含む組成物であって、前記熱転移剤は、25℃乃至80℃の温度範囲から選ばれる転移温度Ttで状態の変化を受け、前記転移温度Tt未満の温度に保持された水に不溶性であり、かつケラチン物質の温度で、熱水(40℃)に対する耐性(Rc)が15分以下であり、冷水(20℃)に対する耐性(Rf)がRf-Rc≧8分である皮膜を組成物が形成できるために十分な量で前記皮膜形成ポリマーと前記熱転移剤が存在する」点に関し、当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が、本願発明をすべてにわたって実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとは言えないから、特許法第36条第4項で定めるところによる記載がされているものであるとはいえない。

(4-2)理由3(特許法第36条第6項第2号)について
「ヒドロキシル数が5以上のポリマーから選択される熱転移剤」の全てが、「25℃乃至80℃の温度範囲から選ばれる転移温度Ttで状態の変化を受け、前記転移温度Tt未満の温度に保持された水に不溶性」なる性質を有するものとは解されず、前者が実施例に用いられたポリカプロラクトンである場合はともかく、前者のうちポリカプロラクトン以外のポリマーの如何なるものが後者の性質を有するのか明らかではない。
更に、前記(4-1)で検討したように、「ヒドロキシル数が5以上のポリマーから選択される熱転移剤」で、且つ「25℃乃至80℃の温度範囲から選ばれる転移温度Ttで状態の変化を受け、前記転移温度Tt未満の温度に保持された水に不溶性」なる性質を有するものを、ポリカプロラクトン以外のポリマーで選択できたところで、「ケラチン物質の温度で、熱水(40℃)に対する耐性(Rc)が15分以下であり、冷水(20℃)に対する耐性(Rf)がRf-Rc≧8分である皮膜を組成物が形成できるために十分な量」なる量が存在し、その量を特定し得るものか明らかではない。
換言すれば、「ケラチン物質の温度で、熱水(40℃)に対する耐性(Rc)が15分以下であり、冷水(20℃)に対する耐性(Rf)がRf-Rc≧8分である皮膜を組成物が形成できる」ための、ポリカプロラクトン以外のポリマーの選択とその使用量を、本願出願時の技術常識や本願明細書の記載を参酌しても当業者に理解できるものとは認められない。

ところで、審判請求理由(平成17年8月3日付け補正書の【本願発明が特許されるべき理由】の2.参照)において、審判請求人は、
(ロ)「しかしながら、前記で説明しましたように、「25℃乃至80℃の温度範囲から選ばれる転移温度Ttで状態の変化を受けること」及び「前記転移温度Tt未満の温度に保持された水に不溶性であること」は、ポリマーの一般的な特徴であります。したがって、「ヒドロキシル数が5以上のポリマーから選択される熱転移剤」の中で、どれが「25℃乃至80℃の温度範囲から選ばれる転移温度Ttで状態の変化を受け、前記転移温度Tt未満の温度に保持された水に不溶性」であるかは、当分野の当業者ならば、当然に理解でき、具体的な熱転移剤を想定することができると思料します。」
(ハ)「審査官殿は、請求項1及び28記載の「ケラチン物質の温度で熱水(40℃)に対する耐性(Rc)が15分以下であり、冷水(20℃)に対する耐性(Rf)がRf-Rc≧8分である皮膜を組成物が形成できるために十分な量」なる量が如何なる量であるのか不明であると指摘されました。
ここで言う「十分な量」とは、これらの請求項記載の皮膜形成ポリマーと熱転移剤の組成物中の存在量が、これらの請求項に記載の耐水性の条件を満たす皮膜を得るのに「十分な量」であることを意味します。
皮膜を耐水性で規定することは一般的に行われていることなので、当分野の当業者であるならば、これらの請求項記載の「皮膜形成ポリマー」及び「熱転移剤」が、どの程度の量存在するならば、これらの請求項に記載の耐水性の条件を満たすかは自明であると思料します。
したがって、「ケラチン物質の温度で熱水(40℃)に対する耐性(Rc)が15分以下であり、冷水(20℃)に対する耐性(Rf)がRf-Rc≧8分である皮膜を組成物が形成できるために十分な量」なる記載により、請求項1及び28に係る発明は不明確にならないと思料します。」
と主張している。
しかし、(ロ)の主張については、本願明細書には、ポリカプロラクトンのみが具体的に説明され、他のポリマーのどのようなものが、「ヒドロキシル数が5以上」且つ「25℃乃至80℃の温度範囲から選ばれる転移温度Ttで状態の変化を受け、前記転移温度Tt未満の温度に保持された水に不溶性」のものになり得るのかの手かがりすら説明が無く、本出願の技術常識を参酌しても、当業者は、ポリカプロラクトン以外の具体的な熱転移剤を想定することはできないというべきである。
(ハ)の主張については、熱転移剤の特性と耐水性、耐熱水性の特性との関連が不明であり、本願明細書段落【0030】に熱転移剤の組成物に対する使用割合が数値で記載されてはいても、冷水耐性と熱水耐性が特定の範囲のものがどのような制御できるのかが不明であることに鑑みると、当業者は「十分な量」を想定することができない。

したがって、上記「皮膜形成ポリマーと、ヒドロキシル数が5以上のポリマーから選択される熱転移剤とを含む組成物であって、前記熱転移剤は、25℃乃至80℃の温度範囲から選ばれる転移温度Ttで状態の変化を受け、前記転移温度Tt未満の温度に保持された水に不溶性であり、かつケラチン物質の温度で、熱水(40℃)に対する耐性(Rc)が15分以下であり、冷水(20℃)に対する耐性(Rf)がRf-Rc≧8分である皮膜を組成物が形成できるために十分な量で前記皮膜形成ポリマーと前記熱転移剤が存在する」点に関し、出願当時の技術常識を勘案しても、本願発明は明確であるとはいえないから、特許法第36条第6項第2号で定めるところによる記載がされているものであるとはいえない。

5.むすび
以上のとおり、本件出願は、明細書の記載が平成14年改正前特許法第36条第4項及び第6項第2号に規定する要件を満たしていないから、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-03-24 
結審通知日 2008-03-25 
審決日 2008-04-07 
出願番号 特願2001-177546(P2001-177546)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (A61K)
P 1 8・ 537- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 岩下 直人  
特許庁審判長 川上 美秀
特許庁審判官 井上 典之
谷口 博
発明の名称 皮膜形成化粧品組成物  
代理人 志賀 正武  
代理人 渡邊 隆  
代理人 実広 信哉  
代理人 村山 靖彦  

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