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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 B23K
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B23K
管理番号 1187229
審判番号 不服2007-9671  
総通号数 108 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-12-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-04-05 
確定日 2008-11-06 
事件の表示 特願2002- 42141「原子炉内構造物の溶接方法」拒絶査定不服審判事件〔平成15年 8月26日出願公開、特開2003-236666〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本件出願は、平成14年2月19日の特許出願であって、同18年6月8日付けで拒絶の理由が通知され、その指定期間内の同18年8月18日に意見書とともに明細書について手続補正書が提出されたが、同19年2月27日付けで拒絶をすべき旨の査定がされ、同19年4月5日に本件審判の請求がされ、その後、同19年4月27日に明細書について再度手続補正書が提出されたものである。

第2 平成19年4月27日付け手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成19年4月27日付け手続補正を却下する。

[理由]
1 補正の内容の概要
平成19年4月27日付け手続補正(以下「本件補正」という。)は、特許請求の範囲について補正をするとともにそれに関連して発明の詳細な説明の一部について補正をするものであって、特許請求の範囲の請求項1について補正前後の記載を補正箇所に下線を付して示すと以下のとおりである。

(1)補正前の【請求項1】
「液体中に存在する原子炉内構造物の基材表面にシールドガスで局部的に空洞を形成してこの空洞内でアーク溶接する溶接方法であって、
前記シールドガスの存在下で非溶性電極と基材との間にアークを発生させてこのアークの熱を用いて溶加材を溶融しつつ溶接する際、上記溶加材はTiO_(2)、SiO_(2)およびCr_(2)のうちから選ばれる1種以上の金属酸化物を含むフラックス入り溶接ワイヤとし、
前記原子炉内構造物の基材表面からの溶接肉盛りの高さを0.25mm以上とすることを特徴とする原子炉内構造物の溶接方法。」

(2)補正後の【請求項1】
「液体中に存在する原子炉内構造物の基材表面にシールドガスで局部的に空洞を形成してこの空洞内でアーク溶接する溶接方法であって、
電源ケーブル部およびワイヤ供給口部の各シールドガス流出口から前記空洞内にシールドガスを流出させてシールドガス空間を形成し、
前記シールドガスの存在下で非溶性電極と基材との間にアークを発生させてこのアークの熱を用いて溶加材を溶融しつつ溶接する際、上記溶加材はTiO_(2)、SiO_(2)およびCr_(2)O_(3)のうちから選ばれる1種以上の金属酸化物を含むフラックス入り溶接ワイヤとし、
前記原子炉内構造物の基材表面からの溶接肉盛りの高さを0.25mm以上とすることを特徴とする原子炉内構造物の溶接方法。」

2 補正の適否
本件補正のうち特許請求の範囲の請求項1についてする補正は、実質上「電源ケーブル部およびワイヤ供給口部の各シールドガス流出口から前記空洞内にシールドガスを流出させてシールドガス空間を形成し」という事項を付加するものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とすることが明らかであるので、さらに、補正後の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本件補正発明」という。)が特許出願の際に独立して特許を受けることができるものであるか否かについて検討する。

(1)本件補正発明
本件補正発明は、本件補正により補正された明細書及び願書に添付した図面の記載からみて、上記1(2)に示す特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおりの「原子炉内構造物の溶接方法」であると認められる。

(2)引用例
これに対して、本件出願前に日本国内において頒布された刊行物である特開2001-219269号公報(以下「引用例1」という。)及び特開昭50-126539号公報(以下「引用例2」という。)並びに原査定の拒絶の理由に引用された同じく本件出願前に日本国内において頒布された刊行物である特開2001-1184号公報(以下「引用例3」という。)の記載内容はそれぞれ以下のとおりである。

ア 引用例1
(ア)段落【0001】
「【発明の属する技術分野】本発明は、新規な水中加工装置とその加工方法及び水中加工自動装置に関する。好ましくは、原子力装置,船舶,橋梁等の関連機器の設置,修理,加工を行うために切断,研削,溶接,表面処理を行う装置及びその方法に関する。」

(イ)段落【0038】?【0039】
「【発明の実施の形態】(実施例1)図1は本発明の水中加工装置の斜視図である。
本実施例における水中加工装置101は、水中環境下にある被溶接部材である被加工部材102の溶接開先103を溶接する水中TIG溶接加工装置である。TIG溶接電源108は水中環境外に設置され、溶接アーク111を発生させる溶接トーチ104の部分だけが水中に設置される。ここで、溶接トーチ104及び溶接部110は水と接触しないように隔壁105で覆われ、隔壁105内部にアルゴンガスのシールドガス112を高速,高圧で導入することにより、局部的に水が排除された水排除空間113(溶接部110はガスシールドされた空間)が形成されている。隔壁105は、被加工部材102の溶接開先103に対向した部分が開口しており、溶接開先103の幅方向を全て覆うような形状に設定されて被加工部材102の平坦部を覆っており、隔壁105が被加工部材102と接触する裾部には固体壁106が設けられている。また、隔壁105の左右両側には水ノズル107が設けられており、溶接開先103に向かって水を高速,高圧で噴出することにより水カーテンによる水壁109を形成し、溶接開先103の水排除を行っている。」

(ウ)段落【0041】?【0044】
「図2(a)は図1の詳細な水中加工装置の断面図及び図2(b)は被加工部材202方向から見た、水中加工装置201の被加工部材202と接触する部位の図である。
図2(a)に示す実施の形態に係る水中加工装置201は、水中環境下にある被溶接部材である被加工部材202の溶接開先203を溶接する水中TIG溶接加工装置である。
溶接トーチ204は、水と接触しないようにアルミニウム基合金からなる隔壁205内の水排除空間242に設置され、溶接トーチ固定部材236に接触固定されている。隔壁205は、被加工部材202の溶接開先203に対向した部分が開口しており、隔壁205が被加工部材202と接触する裾部には固体壁206が設けられている。溶接トーチ固定部材236は隔壁205と摺動可能なように設置されている。また溶接トーチ固定部材236には溶接トーチ用バネ225が設けられている。溶接トーチ204は、溶接トーチ固定部材236に連通して溶接トーチ移動機構部(図示せず)に接続されており、溶接トーチ204が隔壁205と独立に、被加工部材202の溶接開先203に対向する方向に接近する動作と離れる動作の上下運動が可能であり、また併せて、溶接トーチ用バネ225の反発力により、被加工部材202の溶接開先203から離れる動作の移動動作が可能となっている。
被加工部材202の溶接開先203に対向する溶接トーチ204の先端には電極212が設けられており、また、フィラーワイヤ213が、ワイヤリール(図示せず)からワイヤガイド243の内部を通じて溶接トーチ204の内部を溶接トーチ204と同軸的に供給され、ワイヤガイド243の先端に設置されたワイヤチップ214の内部を通じ、電極212に近接して設置されている。図示のように、電極212に対して、溶接開先203の肉盛溶接方向である溶接線方向側から、フィラーワイヤ213が供給されている。」

(エ)段落【0046】
「溶接トーチ204内部にはシールドガス導入口219が設けられ、シールドガス供給部(図示せず)から溶接トーチ204内部を通じてアルゴンガスのシールドガス235が電極212方向に供給され、電極212から発生する溶接アーク210、及び溶接部209を外環境から保護するように、電極212の外周からシールドガス211として噴出される。また、溶接トーチ204内部には冷却水220,電源線221が導入されており、冷却水供給部(図示せず),溶接電源(図示せず)に連通されている。」

(オ)段落【0057】
「水中環境下に投入された水中加工装置201は、水中加工装置201の隔壁205に設けられた固体壁206が被加工部材202の溶接開先203幅方向を覆うように接近する。この際、シールドガス211、及び水壁208,234により、溶接開先203内部の水が、隔壁205が投影されて成る被加工部材202上の部分よりも外部に排出され始め、また、被加工部材202平坦部の水も、シールドガス211により隔壁205が投影されて成る被加工部材202上の部分よりも外部に排出され始め、水排除空間242が形成され始める。この際、固体壁206が被加工部材202の平坦部に密着接触する前に、被加工部材202上に水排除空間242が完全に形成されることが好ましい。」

(カ)段落【0066】
「電極212から溶接アーク210を発生させて溶接を開始し、フィラーワイヤ213を所望の速度で電極212方向に送給しながら、被加工部材202の溶接開先203の開先長さ方向の溶接線方向(図示の矢印方向)に沿って、電極212を備えた溶接トーチ204を移動させて開先肉盛溶接を実施する。この際、溶接トーチ204は溶接トーチ固定部材236に連通して隔壁205と同時に移動され、溶接が行われる。隔壁205と同時に溶接線方向に移動する溶接トーチ204の移動速度、すなわち溶接速度は、所望の溶接肉盛226の量により決められる。また、溶接肉盛226の量はフィラーワイヤ213を送給する速度によっても決められる。」

これらの事項を技術常識を勘案しながら本件補正発明に照らして整理すると、引用例1には、次の発明が記載されていると認められる。
「水中環境下にある原子力装置関連機器の被溶接部材表面にシールドガスで局部的に空洞を形成してこの空洞内でアーク溶接する水中TIG溶接加工装置による溶接方法であって、
電源線に沿って設けられているシールドガス導入口から前記空洞内にシールドガスを流出させてシールドガス空間を形成し、
前記シールドガスの存在下で電極と被溶接部材との間にアークを発生させてこのアークの熱を用いてフィラーワイヤを溶融しつつ肉盛溶接する原子力装置関連機器の溶接方法。」

イ 引用例2
(ア)第1頁右下欄第2?4行
「本発明は、洋上または水中の基地から水中溶接用トーチへ送られる溶接用心線の供給経路を乾燥状態に保つための排水装置に関する。」

(イ)第2頁左下欄第14行?同頁右下欄第13行
「以下、本発明の水中溶接用心線供給経路排水装置について図面に示された実施例により説明すると、第1図はその概略を示す側面図であって、洋上基地としての作業船1に設けられた気密室2内には、溶接用心線供給リール3が収容されている。
そしてこの気密室2と水中溶接用トーチ17とは可撓性のコンジット9で連結され、トーチ17の基端にはコンジット9への外水進入を遮断するための電磁式遮断弁16が設けられている。
また遮断弁16に近接してコンジット9には溶接用心線通過検知器15が設けられている。
さらに作業船1上にはシールドガスボンベ5が搭載されており、このボンベ5から電磁式ガス供給弁7を介して気密室2に通じる送気管20が設けられていて、ボンベ5から気密室2へ送られたガスは、コンジット9を通り遮断弁16を介してトーチ17の下端ノズル17aへ導かれるようになっている。」

(ウ)第2頁右下欄第18行?第3頁左上欄第3行
「なお第1図中、符号4はプッシュ側心線送給機構、6は減圧弁、10は溶接用心線、11はプル側心線送給機構、12は心線矯正補助ローラ、13はプルローラ加圧アーム電磁スイッチ、14は送給用駆動ローラ、18はシールドガス供給系、19は被溶接材を示す。」

(エ)第3頁右上欄第12行?同頁左下欄第7行
「心線10がコンジット9を通ってプル側心線供給機構11を通過し、その先の心線通過検知器15を通過すると、検知信号が制御盤8に与えられ、それに連動してプルローラ加圧アーム用電磁スイッチ13が閉じられ、プッシュ、プル送給機構共に同期して働き、スムーズな心線の送給が行なわれる。このようにしてトーチ17に送られた心線が先端のチップより出て被溶接材19側に接触すると、心線と被溶接材との間の溶接電圧により、アーク21が発生し、溶接が行なわれることは従来の陸上の溶接と何らかわりない。このときガスシールドアークを行なうためのシールドガスは、流量が多いため細いコンジット9内を通る排水用ガスだけでは十分に供給できないので、別系統のシールドガス供給系18により作業船1からトーチ17に供給する。」

これらの事項を整理すると、引用例2には、次の事項が記載されていると認められる。
「 水中溶接用心線供給経路排水装置において、溶接用心線供給口部のシールドガス供給系からシールドガスを流出させること。」

ウ 引用例3
(ア)段落【0001】
「【発明の属する技術分野】本発明は、フラックスが内部に充填されたTIG溶接用のフラックス入りワイヤに関する。」

(イ)段落【0013】?【0014】
「図1は、本発明のフラックス入りワイヤの4つの実施形態について、長手方向に直交する方向の断面をそれぞれ示している。
これらワイヤは、細長く厚さの薄い外皮材1で、フラックス2の外周を被覆するようにして形成されている。外皮材1は、元々細長い板状の部材である。この板状の外皮材1をその幅方向の両側端を、その長手方向の全域に亘って突き合わせるようにして円状に曲成させ、その内部にフラックス2を包み込んで、ワイヤ完成品の前段階の準完成品が形成される。その後、準完成品内部に形成された空間を圧縮して全長に亘って均一な線径になるように前記準完成品をその長手方向に引き抜き加工して、本発明にかかるフラックス入りワイヤが形成される。この際、図1(c)又は図1(d)のように、外皮材1の両側端同士を絡めるようにしてワイヤを形成すると充填されたフラックス2の漏れ出しを効果的に防止できる。」

(ウ)段落【0017】?【0018】
「一般に、溶接深さは、母材の表面張力、粘性、溶湯温度その他の各因子により決定される。本願発明の発明者は種々の実験を行い、TIG溶接をする際、使用されるフラックスに含有される酸化クロムCr_(2)O_(3)と二酸化けい素SiO_(2)との混合比率が、溶融池の表面張力に影響を及ぼすことを究明した。
フラックスに酸化クロムCr_(2)O_(3)を20?80重量%、二酸化けい素SiO_(2)を20?80重量%の比率で含有させたものを使用してステンレス鋼にTIG溶接すると、溶融池の表面張力が、600dyne/cm以下となり、この範囲以外の範囲の場合に比し、大幅に表面張力を低下させることができる。これは、図2に示すように、このフラックスが溶融池の溶融4を電極5の中心CLに向けて対流させるとともに母材3の深さ方向に延びるように対流させる為である。なお、酸化クロムCr_(2)O_(3)と二酸化けい素SiO_(2)との混合比率は、好ましくは、酸化クロムCr_(2)O_(3)を40?80重量%、二酸化けい素SiO_(2)を20?60重量%とすると更によい。」

(エ)段落【0030】
「【発明の効果】以上説明したように、本発明によれば、フラックスが溶接ワイヤに充填されているので、溶接開始直後に、ワイヤを送ることにより、ワイヤが溶けて溶融池表面を溶融フラックスが覆うため、フラックスを開先に別途、塗布する必要がなくなる。また、深い溶け込みを得ることができるので、何層にも亘って溶接する必要もなくなり、溶接作業の作業時間を大幅に短縮することができる。」

これらの事項を整理すると、引用例3には、次の事項が記載されていると認められる。
「TIG溶接において、深い溶け込みを得るために酸化クロムCr_(2)O_(3)と二酸化けい素SiO_(2)とを含有するフラックス入り溶接ワイヤを使用すること。」

(3)対比
本件補正発明と引用例1記載の発明とを対比すると以下のとおりである。
引用例1記載の発明の「水中環境下にある原子力装置関連機器の被溶接部材」は本件補正発明の「液体中に存在する原子炉内構造物の基材」に相当し、以下同様に、「電源線」は「電源ケーブル」に、「電源線に沿って設けられているシールドガス導入口」は「電源ケーブル部のシールドガス流出口」に、それぞれ相当する。
また、引用例1記載の発明は、TIG溶接加工装置による溶接方法であることからその電極はタングステン電極であり非溶性電極である。
さらに、引用例1記載の発明の「フィラーワイヤ」は、溶加材であるという限りで、本件補正発明の「溶接ワイヤ」と共通している。
したがって、両者の一致点及び相違点は次のとおりと認められる。
[一致点]
「液体中に存在する原子炉内構造物の基材表面にシールドガスで局部的に空洞を形成してこの空洞内でアーク溶接する溶接方法であって、
電源ケーブル部のシールドガス流出口から前記空洞内にシールドガスを流出させてシールドガス空間を形成し、
前記シールドガスの存在下で非溶性電極と基材との間にアークを発生させてこのアークの熱を用いて溶加材を溶融しつつ溶接する原子炉内構造物の溶接方法。」である点。
[相違点1]
本件補正発明では、電源ケーブル部だけでなくワイヤ供給口部のシールドガス流出口からもシールドガスを流出させているのに対して、引用例1記載の発明では、そのようになっていない点。
[相違点2]
溶加材が、本件補正発明では、TiO_(2)、SiO_(2)およびCr_(2)O_(3)のうちから選ばれる1種以上の金属酸化物を含むフラックス入り溶接ワイヤであるのに対して、引用例1記載の発明では、どのようなものであるのか明らかでない点。
[相違点3]
本件補正発明では、原子炉内構造物の基材表面からの溶接肉盛りの高さを0.25mm以上としているのに対して、引用例1記載の発明では、肉盛溶接しているものの溶接肉盛りの具体的な高さが明らかでない点。

(4)相違点についての検討
ア 相違点1について
上記(2)イで認定したように、引用例2には「水中溶接用心線供給経路排水装置において、溶接用心線供給口部のシールドガス供給系からシールドガスを流出させること。」が記載されており、この事項を引用例1記載の発明に適用して本件補正発明のように構成することに格別の困難性はない。

イ 相違点2について
上記(2)ウで認定したように、引用例3には「TIG溶接において、深い溶け込みを得るために酸化クロムCr_(2)O_(3)と二酸化けい素SiO_(2)とを含有するフラックス入り溶接ワイヤを使用すること。」が記載されており、この事項を引用例1記載の発明に適用して、溶加材としてSiO_(2)およびCr_(2)O_(3)のうちから選ばれる1種以上の金属酸化物を含むフラックス入り溶接ワイヤを採用することに格別の困難性はない。

ウ 相違点3について
溶接肉盛りの高さをどの程度とするかは、被溶接物に必要とされる強度や溶接後の表面形状をどのようにするか等に応じて適宜設定することのできる単なる設計的事項にすぎず、本件補正発明において溶接肉盛りの高さを0.25mm以上とすることは当業者が容易になし得たことである。

エ 本件補正発明の効果について
本件補正発明によってもたらされる効果も、引用例1記載の発明、引用例2及び引用例3記載の事項から当業者であれば予測できる範囲内のものであって格別顕著なものとはいえない。

したがって、本件補正発明は、引用例1記載の発明、引用例2及び引用例3記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

3 むすび
以上のとおり、本件補正は、平成18年法律第55号による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する特許法第126条第5項の規定に違反するものであるから上記改正前の特許法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
1 本願発明
本件補正は、上記のとおり却下されたので、本件出願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、平成18年8月18日付け手続補正書により補正された明細書及び願書に添付した図面の記載からみて、一部明らかな誤記を除いて上記第2の1(1)に示す特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおりの「原子炉内構造物の溶接方法」であると認められる。
なお、上記請求項1には金属酸化物の一つとして「Cr_(2)」が挙げられているが、これは上記明細書の例えば段落【0077】等の記載からみて「Cr_(2)O_(3)」の誤記であることが明らかである。

2 引用例
これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された本件出願前に日本国内において頒布された刊行物である特開平8-1326号公報(以下「引用例A」という。)の記載内容は以下のとおりであり、また、同じく原査定の拒絶の理由に引用された本件出願前に日本国内において頒布された刊行物である特開2001-1184号公報(前記引用例3)の記載内容は上記第2の2(2)ウで示したとおりである。

(1)引用例Aの記載事項
ア 段落【0001】
「【産業上の利用分野】本発明は、水中で加工を行う装置に係り、特に原子力装置,船舶,橋梁などの関連機器の設置,修理,加工のために切断,研削,溶接,表面処理を行う水中加工装置に関する。」

イ 段落【0036】?【0038】
「(実施例3)図3は本発明の水中溶接加工装置を原子力プラント圧力容器内のシュラウド82へ適用した例を示す。原子力プラントにおける炉内構造物は多量の放射線が発せられている。このため、作業者の安全を考慮して補修溶接は遠隔自動制御で行う必要がある。従って、水中溶接装置は、大気中(圧力容器の外あるいは水の影響の無い箇所)に設置された溶接電源85より電力を供給し、制御装置86により任意の溶接条件を与え、ケーブル87を通じ水中に設置された水シールドノズル88内の溶接トーチ89からアークを発して溶接を行う。
図4に本実施例で使用した水シールドノズル88の詳細構造を示す。
図4に示すように、水を排除するための水シールドノズル88の内部にはシールド内から水を排除するための水シールド用ノズル1とTIG溶接用のタングステン電極2が配置され、該水シールド用ノズル1と一体になっている。なお、該水シールド用ノズル1からはシールド内の水を排出するため、高速気流のガス3が噴出される。該高速気流のガス3は加工部分を外気から保護するためのシールドの効果も有している。」

ウ 段落【0048】
「【発明の効果】本発明によれば、高圧水中下においても加工において、加工に適した雰囲気を安定に維持できる。従って、加工の姿勢や加工形状が変化した場合でも信頼性の高い加工が可能となる。このため、本加工装置を原子力装置の炉内機器や船舶の溶接や切断,熱処理などに適用した場合でも信頼性の高い加工部が得られる。」

(2)引用例A記載の発明
上記の事項を技術常識を考慮しながら本願発明に照らして整理すると、引用例Aには、次の発明が記載されていると認められる。
「水中にある原子力装置の炉内機器表面にシールドガスで局部的に空洞を形成してこの空洞内でアーク溶接する溶接方法であって、
電源ケーブル部のシールドガス導入口から前記空洞内にシールドガスを流出させてシールドガス空間を形成し、
前記シールドガスの存在下でタングステン電極と被溶接部である上記炉内機器との間にアークを発生させて溶接する原子力装置の炉内機器の溶接方法。」

3 対比
本願発明と引用例A記載の発明とを対比すると以下のとおりである。
引用例A記載の発明の「水中にある原子力装置の炉内機器」は、本願発明の「液体中に存在する原子炉内構造物の基材」に相当する。
また、引用例A記載の発明の「タングステン電極」は、非溶性であり本願発明の「非溶性電極」に相当する。
したがって、両者の一致点及び相違点は次のとおりと認められる。
[一致点]
「液体中に存在する原子炉内構造物の基材表面にシールドガスで局部的に空洞を形成してこの空洞内でアーク溶接する溶接方法であって、
前記シールドガスの存在下で非溶性電極と基材との間にアークを発生させてこのアークの熱を用いて溶接する原子炉内構造物の溶接方法。」である点。
[相違点4]
本願発明では、アークの熱を用いて溶加材を溶融しつつ溶接するものであって、上記溶加材はTiO_(2)、SiO_(2)およびCr_(2)O_(3)のうちから選ばれる1種以上の金属酸化物を含むフラックス入り溶接ワイヤとしているのに対して、引用例1記載の発明では、溶加材を溶融するものではない点。
[相違点5]
本願発明では、原子炉内構造物の基材表面からの溶接肉盛りの高さを0.25mm以上としているのに対して、引用例A記載の発明では、そのようにしているのかどうか明らかでない点。

4 相違点についての検討
(1)相違点4について
上記第2の2(2)ウで認定したように引用例3には「TIG溶接において、深い溶け込みを得るために酸化クロムCr_(2)O_(3)と二酸化けい素SiO_(2)とを含有するフラックス入り溶接ワイヤを使用すること。」が記載されており、この事項を引用例A記載の発明に適用して、SiO_(2)およびCr_(2)O_(3)のうちから選ばれる1種以上の金属酸化物を含むフラックス入り溶接ワイヤを溶加材としてアークの熱を用いて溶融しつつ溶接するように構成することに格別の困難性はない。

(2)相違点5について
アーク溶接に限らず、溶接一般において、肉盛溶接することは、特に例示するまでもなく従来周知であり、また、溶接肉盛りの高さをどの程度とするかは、被溶接物に必要とされる強度や溶接後の表面形状をどのようにするか等に応じて適宜設定することのできる単なる設計的事項にすぎず、本願発明において溶接肉盛りの高さを0.25mm以上とすることは当業者が容易になし得たことである。

そして、本願発明によってもたらされる効果も、引用例A記載の発明、引用例3記載の事項及び従来周知の事項から当業者であれば予測できる範囲内のものであって格別顕著なものとはいえない。

したがって、本願発明は、引用例A記載の発明、引用例3記載の事項及び従来周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

5 むすび
以上のとおりであり、本願発明は、引用例A記載の発明、引用例3記載の事項及び従来周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、本件出願は拒絶されるべきであるから、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-08-27 
結審通知日 2008-09-02 
審決日 2008-09-22 
出願番号 特願2002-42141(P2002-42141)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (B23K)
P 1 8・ 575- Z (B23K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 福島 和幸  
特許庁審判長 前田 幸雄
特許庁審判官 豊原 邦雄
槻木澤 昌司
発明の名称 原子炉内構造物の溶接方法  
代理人 関口 俊三  
代理人 波多野 久  

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