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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 H01J
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01J
管理番号 1187823
審判番号 不服2007-11227  
総通号数 109 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-01-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-04-19 
確定日 2008-11-13 
事件の表示 特願2003-131026「荷電粒子線装置」拒絶査定不服審判事件〔平成16年11月25日出願公開、特開2004-335320〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1.手続の経緯
本願は、平成15年5月9日に出願された特願2003-131026号であって、平成18年10月2日付けで拒絶理由通知がされ、同年11月27日付けで手続補正がされ、これに対して、平成19年3月14日付けで拒絶査定がされ、これに対して、同年4月19日に拒絶査定不服審判の請求がなされ、同年5月21日付けで手続補正がされたものである。

第2.補正却下の決定

[結論]

平成19年5月21日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1.本件補正
本件補正は、明細書について補正を行うもので、そのうち特許請求の範囲についてする補正は、その請求項1乃至7について、補正前(平成18年11月27日付け手続補正によって補正。以下同じ。)に

「【請求項1】
電子銃と、該電子銃から放出された一次荷電粒子線を細く絞って試料上に照射する2段以上からなる集束レンズと、前記一次荷電粒子線を試料上で二次元的に操作する偏向器と、前記一次荷電粒子線の照射によって試料から発生する信号を検出する信号検出器と、および該検出信号器の信号を像として表示させる像表示手段とを備えた荷電粒子線装置において、
前記電子銃の陰極と一次荷電粒子線の引出電極との間に印加される引出電圧、および該陰極と一次荷電粒子線を加速させる加速電極との間に印加される加速電圧を制御する電圧制御装置と、前記集束レンズの励磁を制御する集束レンズ励磁制御装置と、前記集束レンズ内の前記一次荷電粒子線のクロスオーバ位置の制御目標値に対する計測された像の移動量を検出する手段と、前記加速電圧と、前記引出電圧との比で定まり、仮想の荷電粒子放出点である仮想陰極位置を設定する手段とを備え、前記集束レンズ励磁制御装置は、該仮想陰極位置によって前記集束レンズのクロスオーバー位置を制御し、かつ前記移動量を検出する手段によって検出された前記移動量から前記集束レンズの励磁を制御すること
を特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項2】
請求項1記載の荷電粒子線装置において、前記集束レンズのクロスオーバの制御目標位置をブランキング偏向支点となし、クロスオーバ位置の検出手段としてブランキング用の偏向電極に印加するブランキング電圧の制御とそのときの像の動きを検出する手段を備えていることを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項3】
請求項2記載の荷電粒子線装置において、前記集束レンズ励磁制御装置は、前記像表示手段上の像の移動量が最小になるように集束レンズを制御することを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項4】
請求項3記載の荷電粒子線装置において、集束レンズの励磁を少なくとも2点以上変化させて、前記像表示手段上の像の移動量を計測し、移動量が最小になる励磁条件を算出する手段を有することを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項5】
請求項4記載の荷電粒子線装置において、励磁条件を表示させる手段を有することを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項6】
請求項4または5記載の荷電粒子線装置において、像移動量を算出する過程の像移動画像を前記像表示手段上に表示させる手段を有することを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項7】
請求項1記載の荷電粒子線装置において、引出電極と加速電極の間に制御電極を設け、前記陰極から前記引出電極によって引き出された一次荷電粒子線の広がりを制御するよう該制御電極へ電圧を印加する手段を備えていることを特徴とする荷電粒子線装置。」

とあったものを、

「【請求項1】
電子銃と、該電子銃から放出された一次荷電粒子線を細く絞って試料上に照射する2段以上からなる集束レンズと、前記一次荷電粒子線を試料上で二次元的に操作する偏向器と、前記一次荷電粒子線の照射によって試料から発生する信号を検出する信号検出器と、および該検出信号器の信号を像として表示させる像表示手段とを備えた荷電粒子線装置において、
前記電子銃の陰極と一次荷電粒子線の引出電極との間に印加される引出電圧、および該陰極と一次荷電粒子線を加速させる加速電極との間に印加される加速電圧を制御する電圧制御装置と、前記集束レンズの励磁を制御する集束レンズ励磁制御装置と、前記集束レンズ内の前記一次荷電粒子線のクロスオーバ位置の制御目標値と前記集束レンズの励磁電流を変化させて計測された像の移動量を検出する手段と、前記加速電圧と前記引出電圧との比で設定し、かつ集束レンズの励磁電流を複数変えたときのフォーカス状態から定められた集束レンズの励磁電流を用いて仮想陰極位置を算出する仮想陰極算出手段とを備え、前記集束レンズ励磁制御装置は、前記算出された仮想陰極位置によって前記集束レンズのクロスオーバ位置を制御し、かつ前記移動量を検出する手段で検出された前記移動量によって前記集束レンズの励磁電流を制御すること
を特徴とする荷電粒子装置。
【請求項2】
請求項1記載の荷電粒子線装置において、前記集束レンズのクロスオーバの制御目標位置をブランキング偏向支点となし、クロスオーバ位置の検出手段としてブランキング用の偏向電極に印加するブランキング電圧の制御とそのときの像の動きを検出する手段を備えていることを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項3】
請求項2記載の荷電粒子線装置において、前記集束レンズ励磁制御装置は、前記像表示手段上の像の移動量が最小になるように集束レンズを制御することを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項4】
請求項3記載の荷電粒子線装置において、集束レンズの励磁電流を少なくとも2点以上変化させて、前記像表示手段上の像の移動量を計測し、移動量が最小になる励磁条件を算出する手段を有することを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項5】
請求項4記載の荷電粒子線装置において、励磁条件を表示させる手段を有することを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項6】
請求項4または5記載の荷電粒子線装置において、像移動量を算出する過程の像移動画像を前記像表示手段上に表示させる手段を有することを特徴とする荷電粒子線装置。
【請求項7】
請求項1記載の荷電粒子線装置において、引出電極と加速電極の間に制御電極を設け、前記陰極から前記引出電極によって引き出された一次荷電粒子線の広がりを制御するよう該制御電極へ電圧を印加する手段を備えていることを特徴とする荷電粒子線装置。」

と補正するものであるところ、その内容は、補正前の請求項1における「前記集束レンズ内の前記一次荷電粒子線のクロスオーバ位置の制御目標値に対する計測された像の移動量を検出する手段」を、「前記集束レンズ内の前記一次荷電粒子線のクロスオーバ位置の制御目標値と前記集束レンズの励磁電流を変化させて計測された像の移動量を検出する手段」と補正し、補正前の請求項1における「前記加速電圧と、前記引出電圧との比で定まり、仮想の荷電粒子放出点である仮想陰極位置を設定する手段とを備え、前記集束レンズ励磁制御装置は、該仮想陰極位置によって前記集束レンズのクロスオーバー位置を制御し、」を、「前記加速電圧と前記引出電圧との比で設定し、かつ集束レンズの励磁電流を複数変えたときのフォーカス状態から定められた集束レンズの励磁電流を用いて仮想陰極位置を算出する仮想陰極算出手段とを備え、前記集束レンズ励磁制御装置は、前記算出された仮想陰極位置によって前記集束レンズのクロスオーバ位置を制御し、」と補正し、補正前の請求項4における「集束レンズの励磁を少なくとも2点以上変化させて、」を、「集束レンズの励磁電流を少なくとも2点以上変化させて、」と補正するものである。

2.補正の適否
2-1.新規事項の有無
上記補正事項の内、補正前の請求項1における「前記集束レンズ内の前記一次荷電粒子線のクロスオーバ位置の制御目標値に対する計測された像の移動量を検出する手段」を、「前記集束レンズ内の前記一次荷電粒子線のクロスオーバ位置の制御目標値と前記集束レンズの励磁電流を変化させて計測された像の移動量を検出する手段」とする補正について検討する。
願書に最初に添付した明細書又は図面(以下、「当初明細書等」という。)には、段落番号【0015】ないし段落番号【0019】に、集束レンズの励磁電流を変化させて計測された像の移動量を検出することの記載はあるが、集束レンズ内の前記一次荷電粒子線のクロスオーバ位置の制御目標値を変化させて計測された像の移動量を検出することについての記載はなく、また、当初明細書の他の箇所の記載を参酌しても、「制御目標値」と「集束レンズの励磁電流」を「変化させて」「計測された像の移動量」を「検出する手段」は当初明細書等から自明な事項ではない。
したがって、本件補正は、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものでなく、特許法第17条の2第3項の規定に違反するものであるから、同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

なお、補正後の請求項1における当該箇所は、「制御目標値」と「像の移動量」を「検出する手段」とも読み取れるが、当初明細書等には、制御目標値を検出する手段についての記載もなく、また、当初明細書の他の箇所の記載を参酌しても、「制御目標値」と「像の移動量」を「検出する手段」も当初明細書等から自明な事項ではない。

2-2.補正の目的要件
仮に、上記補正が当初明細書等に記載した事項の範囲内においてなされたものであるとしても、補正前の請求項1における「前記集束レンズ内の前記一次荷電粒子線のクロスオーバ位置の制御目標値に対する計測された像の移動量を検出する手段」を、「前記集束レンズ内の前記一次荷電粒子線のクロスオーバ位置の制御目標値と前記集束レンズの励磁電流を変化させて計測された像の移動量を検出する手段」とする補正は、「制御目標値」と「集束レンズの励磁電流」を「変化させて」「計測された像の移動量」を「検出する手段」を意味するのか、「制御目標値」と「像の移動量を検出する手段」を意味するのか不明確であって、明りょうでない記載の釈明を目的とする補正に該当しない。さらに前記補正は請求項の削除、特許請求の範囲の限定的減縮、誤記の訂正のいずれを目的とするものでもない。
また、補正前の請求項1における「前記加速電圧と、前記引出電圧との比で定まり、仮想の荷電粒子放出点である仮想陰極位置を設定する手段とを備え、前記集束レンズ励磁制御装置は、該仮想陰極位置によって前記集束レンズのクロスオーバー位置を制御し、」を、「前記加速電圧と前記引出電圧との比で設定し、かつ集束レンズの励磁電流を複数変えたときのフォーカス状態から定められた集束レンズの励磁電流を用いて仮想陰極位置を算出する仮想陰極算出手段とを備え、前記集束レンズ励磁制御装置は、前記算出された仮想陰極位置によって前記集束レンズのクロスオーバ位置を制御し、」とする補正のうち、「仮想陰極位置を算出する仮想陰極算出手段」は、補正前の請求項1の「仮想陰極位置を設定する手段」を、概念的により下位の事項としたものではないから、限定的減縮を目的とする補正に該当しない。さらに前記補正は請求項の削除、誤記の訂正、明りょうでない記載の釈明のいずれを目的とするものでもない。
したがって、本件補正は、特許法第17条の2第4項の各号に掲げるいずれの事項を目的とするものにも該当せず、特許法第17条の2第4項の規定に違反するものであるから、同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

2-3.独立特許要件
仮に、上記補正が当初明細書等に記載した事項の範囲内においてなされたものであって、かつ、特許法第17条の2第4項第2号に掲げる事項を目的とするものにも該当するものであるとしても、以下に述べるように、特許法第36条第6項第1号の規定により、独立して特許を受けることができないものである。

請求項1における「前記集束レンズ内の前記一次荷電粒子線のクロスオーバ位置の制御目標値と前記集束レンズの励磁電流を変化させて計測された像の移動量を検出する手段」について、発明の詳細な説明には、段落番号【0015】ないし段落番号【0019】に、集束レンズ5の励磁を複数点変化させて、偏向電極19に電圧Vbを印加したときの画面上の目標物21の像移動量drを計測し、移動量の変化分から最小になる励磁条件を算出すること、および、集束レンズ5の励磁を固定位置にフォーカスさせる方法から仮想陰極位置Sから算出した値に設定し、更に、集束レンズ5の励磁を複数点変化させて像の移動分から最小になる励磁条件を算出することが記載されているが、「クロスオーバ位置の制御目標値」を「変化させて」「計測された像の移動量」を「検出する」ことは記載されていない。また、「制御目標値」を「検出する」ことも記載されていない。さらに、明細書の他の箇所においても、「クロスオーバ位置の制御目標値」を「変化させて」「計測された像の移動量」を「検出する」こと、若しくは、「制御目標値」を「検出する」ことは記載されていない。

したがって、発明の詳細な説明中には、請求項1に係る発明と対応する事項が記載も示唆もされておらず、請求項1に係る発明は発明の詳細な説明に記載したものではない。

よって、請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではないから特許法第36条第6項第1号の規定により、独立して特許を受けることができないものである。

3.本件補正についての結び

以上のとおり、本件補正は、特許法第17条の2第3項及び第4項の規定に適合しておらず、また、仮に適合しているとしても、請求項1に係る発明は特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、平成18年改正前特許法第17条の2第5項の規定により準用する同法第126条第5項の規定に違反する。

したがって、本件補正は、特許法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3.本願発明について
本件補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、「第2[理由]1.」に示す本件補正前の請求項1に記載された事項により特定されるものである。

I.特許法第36条第6項第1号について

本願発明における「クロスオーバ位置の制御目標値に対する計測された像の移動量を検出する手段」という記載について、発明の詳細な説明には、段落番号【0015】ないし段落番号【0019】に、集束レンズ5の励磁を複数点変化させて、偏向電極19に電圧Vbを印加したときの画面上の目標物21の像移動量drを計測し、移動量の変化分から最小になる励磁条件を算出すること、および、集束レンズ5の励磁を固定位置にフォーカスさせる方法から仮想陰極位置Sから算出した値に設定し、更に、集束レンズ5の励磁を複数点変化させて像の移動分から最小になる励磁条件を算出することが記載されているが、「クロスオーバ位置の制御目標値」に対する「像の移動量」を検出することについては記載も示唆もない。

したがって、請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

よって、本願の明細書は、特許法第36条第6項第1号の規定を満たしていない。

II.特許法第29条第2項について
1.引用例
1-1.原査定の拒絶の理由で引用された、本願の出願前に頒布された刊行物である特開2001-357811号公報(以下、「引用例1」という。)には、以下の事項が図面とともに記載されている。

(ア)「【請求項1】 荷電粒子ビームを発生する荷電粒子銃と、前記荷電粒子ビームを試料上に細く絞って照射するための対物レンズと、前記荷電粒子ビームを試料上で2次元的に走査する走査器とを含む走査形荷電粒子顕微鏡において、
前記荷電粒子銃と前記走査器との間に前記荷電粒子ビームのクロスオーバーを設け、該クロスオーバーを支点として前記荷電粒子ビームを偏向する偏向器を備えることを特徴とする走査形荷電粒子顕微鏡。
・・・・・
【請求項3】 請求項1又は2記載の走査形荷電粒子顕微鏡において、異なった偏向角の荷電粒子ビームを用いて得た複数枚の顕微鏡像をそれぞれ別個に記憶する画像メモリと、それらの顕微鏡像の間での模様のズレ量を計算する演算器とを備えたことを特徴とする走査形荷電粒子顕微鏡。
【請求項4】 請求項3記載の走査形荷電粒子顕微鏡において、前記複数枚の像の模様のズレ量から顕微鏡像の焦点合わせに必要な焦点距離補正量を計算し、前記対物レンズの焦点距離を前記焦点距離補正量で補正された値に設定する制御器を有することを特徴とする走査形荷電粒子顕微鏡。」

(イ)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、細く絞った荷電粒子ビームを試料に照射し、それを走査して試料の顕微鏡像をCRT等の表示装置上に得る走査形荷電粒子顕微鏡に関するものであり、特に、その顕微鏡の焦点合せ作業と非点収差補正作業の簡易化方法に関する。」

(ウ)「【0013】
【発明の実施の形態】以下、図面を参照して本発明の実施形態を説明する。理解を容易にするため、以下の図において同じ機能部分には同一の番号を付して説明する。図1は、本発明をSEMに応用した本発明の実施形態を示す図である。電子銃1より発射された電子ビーム2はコンデンサーレンズ3、偏向器4、走査器5を通って対物レンズ6に入る。電子ビーム2は、対物レンズ6の集束作用により細く絞られて試料7を照射する。顕微鏡像を得るために、電子ビームは走査器5により試料7上を2次元走査され、同時に、試料7から発生した2次電子が2次電子検出器8により全体制御器9に取り込まれる。全体制御器9は、この信号をCRT10の輝度変調信号に使ってCRT10のディスプレイ上に顕微鏡像を描く。
【0014】以上の構成において、本発明の特徴とする構成は、(1)電子ビーム2を偏向するために偏向器4を設け、かつ、(2)偏向器4の偏向支点に電子ビーム2がクロスオーバー11を持つようにコンデンサーレンズ3の焦点距離が調節されていることである。また、電子ビーム2を試料7上に細く絞る原理は、クロスオーバー11の像を対物レンズ6により試料7上に縮小投影して小さなスポットを得ることであることは言うまでもない。
【0015】顕微鏡像の観察中に電子ビーム2を点線で示したビームのように白抜き矢印方向に偏向すると、以下の現象が発生する。もし、図1に示されたように、クロスオーバー11の像22が、試料7上にピントの合った状態で投影されていなければ、即ち、クロスオーバー11の像22が対物レンズ6と試料7の間に作られている場合には、図のように、試料上でのビーム走査の中心点がA点(ビーム偏向前の中心点)からB点に移動する。その結果、CRT10上に描かれる顕微鏡像は、図のように、実線の形のものから破線の形のものに変化する。即ち、模様が移動する。もし、クロスオーバー11の像が正確に試料7上に在る場合には、ビームを偏向しても走査中心位置は変らない。このことは図1より容易に分かる。
【0016】対物レンズ6のレンズ収差を考慮してこの考察を進めると、ビームを偏向器4で角度θだけ偏向した時の像の移動量dを計算することができる。即ち、球面収差係数がCsの対物レンズにΔfの焦点ハズレ(クロスオーバー11が試料7上に結像されている状態からの対物レンズ6の焦点距離の差分)がある時の像の移動量dは、次の〔数1〕のように数式で表すことができる。ここで、M1は電子ビームに対する対物レンズ6の結像倍率、M2は試料像の拡大倍率(顕微鏡の倍率)である。
【0017】
【数1】
d=M_(2)・(Δf+Cs・(θ/M_(1))^(2))・(θ/M_(1))
【0018】この〔数1〕を使えば、本発明を利用して顕微鏡像の焦点合わせを行うに必要な対物レンズの調節条件が分かる。即ち、電子ビームを偏向してもCRT10上の顕微鏡像が動かなくなるように、即ち、dが零となるように対物レンズ6の焦点距離を調節したとすると、その時、対物レンズ6の焦点ハズレ量は-Cs・(θ/M_(1))^(2)になっている。本発明ではこの原理を利用して、顕微鏡像の移動を認識することによる焦点合わせを行う。
【0019】ここでは、顕微鏡像形成のビーム走査を1/30秒周期で行い、かつ、ビーム偏向はビーム走査に同期して行った。即ち、顕微鏡像1枚作成毎にビーム偏向を設定・解除した。奇数枚目の顕微鏡像はビーム偏向無しの状態で得られたものがCRT上に表示され、偶数枚目の像は偏向されたビームで作られる。目の残像効果により、ビーム偏向前後の像の動きは、動きとしては認識されず、図1に図示したような2重像模様の絵の様に見えた。ビーム偏向の周期を長くすると、2重像ではなく像の揺れのように見える。
【0020】オペレータは2重像模様が1重像模様になるように対物レンズ6の焦点距離を調節する。1重像模様になった時点で全体制御器9に設けられたフォーカスボタン12を押し下げる。全体制御器9には前もって、電子ビームに対する対物レンズ6の結像倍率M1とビーム偏向角度θと球面収差係数Csの値が登録されている。全体制御器9はそれらの値を使って、その時の対物レンズ6の焦点ハズレ量Δfを計算し、さらに、焦点ハズレ量を-0.25Csα^(2)に設定するための焦点距離変化量、-Cs・(θ/M_(1))^(2)+0.25Csα^(2)を計算して、焦点距離をそれだけ変えるように対物レンズ電源13に指令する。ここで、αは試料から見た電子ビームの半開角でビーム偏向角度θとは違ったものであることに注意する必要がある。αはアパーチャ14の孔径と電子ビーム光学系のレンズ倍率とで決めており、これも既知の量である。」

(エ)「【0028】先に示した図1の実施形態では、偏向器4の偏向動作を時間に対して周期的に行い、かつ、SEM像を時々刻々CRTに表示したが、本実施形態では偏向動作はただ1度だけ行い、その偏向前後のSIM像をそれぞれ画像メモリA18と画像メモリB19とに貯えるようにしている。演算器20は画像メモリA18と画像メモリB19に貯えたSIM像の画像データの相互相関を計算し、両画像の間の模様の移動量dを、移動方向の符号を含めて算出する。移動量dの理論式はすでに〔数1〕に示した。
【0029】演算器20は両画像の間の模様の移動量dと前記〔数1〕とから対物レンズ6の現在の焦点はずれ量Δfを計算する。さらに、図1の実施形態での説明と同じ原理を使って、イオンビームの最小錯乱円を試料7上に設けるのに必要な対物レンズ6の焦点距離補正量を計算する。全体制御器9はこの補正量だけ焦点距離を変えるよう対物レンズ電源13に指令する。即ち、図1の実施形態では、何枚もの顕微鏡像を観察しながら顕微鏡の焦点合わせを実行したが、また、従来のSIMではさらに多い枚数の顕微鏡像の観察により焦点合わせを実行していたが、この実施形態では2枚の像を取り込むだけで焦点合わせを行うことができる。そこで本発明によれば、従来に比べて極めて少ない量のイオンビーム照射で焦点合わせができるようになり、イオンビーム照射が招くところの試料損傷が著しく軽減された。」

上記記載を総合勘案すると、引用例1には、次の発明(以下「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。

「電子ビーム2を発射する電子銃1と、前記電子ビーム2を試料上に細く絞って照射するための対物レンズ6と、前記電子ビーム2を試料7上で2次元的に走査する走査器5と、試料7から発生した2次電子を取り込む2次電子検出器8と、前記2次電子検出器8の信号をCRT10の輝度変調信号に使ってCRT10のディスプレイ上に顕微鏡像を描く全体制御器9を含む走査形荷電粒子顕微鏡において、
前記電子銃1と前記走査器5との間に前記電子ビーム2がクロスオーバー11を持つようにコンデンサーレンズ3の焦点距離が調節され、該クロスオーバーを支点として前記電子ビーム2を偏向する偏向器4を備え、さらに、全体制御器9が、異なった偏向角の電子ビーム2を用いて得た複数枚の顕微鏡像の間での模様のズレ量を計算する演算器20を有し、前記複数枚の像の模様のズレ量から顕微鏡像の焦点合わせに必要な焦点距離補正量を計算し、前記対物レンズ6の焦点距離を前記焦点距離補正量で補正された値に設定する走査形荷電粒子顕微鏡。」

1-2.原査定の拒絶の理由で引用された、本願の出願前に頒布された刊行物である特開平2-257556号公報(以下、「引用例2」という。)には、以下の事項が図面とともに記載されている。

(ア)「2.特許請求の範囲
(1)少なくとも陰極、該陰極から電子線を引出すための引出し電極、および該電子線を加速するための加速電極によって構成された電界放射型電子銃と、
前記引出し電極に印加する引出し電圧、および加速電極に印加する加速電圧のうち、少なくとも引出し電圧を制御する手段と、
少なくとも前記電界放射型電子銃から放射された電子線を集束する集束レンズ、および前記集束レンズで一旦集束された電子線を試料上で焦点合わせする対物レンズによって構成された電子レンズ群と、
前記レンズ群よりも電界放射型電子銃側に設置された絞り板とを具備したことを特徴とする電子顕微鏡。」(公報第1頁左欄第4?19行)

(イ)「(産業上の利用分野)
本発明は、特に電界放射型電子銃を備えた電子顕微鏡に係り、さらに具体的にいえば、電子線の衝突による絞り板の汚染を防止すると共に、常に高分解能を得ることが可能な電子顕微鏡に関する。」(公報第2頁右上欄第10?14行)

(ウ)「第1図は本発明の一実施例である電界放射型走査電子顕微鏡の主要部の構造を示した断面図である。
同図において、電子線の発生源である電界放射型電子銃は、陰極1、陰極1からエミッションを引出すための第1の陽極(引出し電極)2、および電子線を加速するための第2の陽極(加速電極)3によって構成されている。
陰極1と引出し電極2との間には引出し用電源11によって引出し電圧V1が印加され、これによって陰極1からは電界放射による電子線10が放射される。
陰極1と加速電極3との間には加速用電源12によって加速電圧V0が印加され、これによって前記電子線10が加速される。該電子線10のビーム径は絞り板4によって制限される。
ビーム径を制限された電子線10は集束レンズ5によって集束され、さらに対物レンズ8で焦点合わせされ、試料9の表面で集束電子ビームとなる。なお、集束レンズ5と対物レンズ8との間にはX方向偏向器6、Y方向偏向器7が設置され、該偏向器によって前記集束電子ビームは試料9の表面で走査される。」(公報第3頁右上欄第7行?左下欄第9行)

(エ)「第3図は、引出電圧V1と加速電圧V0の比V0/V1と、陰極1から仮想電子源位置までの距離Sとの関係を示した図である。このように、電界放射型電子銃においては、V0/V1によって仮想的な電子源位置が移動してしまう。」(公報第3頁右下欄第13?17行)

(オ)「以下に、前記(2)式?(7)式に基づいて焦点合わせを行う方法を、第6図のフローチャートおよび第7図のブロック図によって説明する。
第7図において第1図と同一の符号は同一または同等部分を表しているが、第1図に示した偏向器6.7の動作は本発明には直接関係しないので省略しである。
ステップS1では、観察試料、観察内容に応じた加速電圧V0を加速用電源12によって設定すると共に、引出し電圧V1を引出し用電源11で制御することによってエミッション電流を制御し、観察試料、観察内容に応じた最適プローブ電流を設定する。
ステップS2では、陰極1から仮想電子源位置までの距離Sが、前記第3図に関して説明した距離SとV0/V1との関係が記憶された第1の記憶手段30から後述する第3の演算手段に出力される。
ステップS3では、第1の演算手段31において、前記ステップS1で設定した加速電圧V0が前記(6)式に代入され、あるいは(7)式に基づいて最適ビーム開き角αiが設定されると共に、その値が表示手段37に表示される。
この時の収差係数Cc、Csは、第2の演算手段32が対物レンズ電流を対物レンズ制御回路33から読取り、該対物レンズ電流に基づいて対物レンズの主面から試料9までの距離Liを算出すると共に、該距離Liに対応する収差係数Cc、Csを、両者の関係が予め記憶された第2の記憶手段34から読出すことによって求められる。
ステップS4では、第3の演算手段35において、前記(3)式にステップS2で求めた距離S、およびステップS3で求めたビーム開き角αiが代入され、対物レンズ主面での電子線の広がりが一定となる集束レンズの焦点距離Lcが算出される。
ステップS5では、集束レンズの焦点距離Lcが前記ステップS4で算出した値となるように、集束レンズ制御回路36によって集束レンズ電流が制御される。
ステップS6では、集束レンズの焦点距離をLcにすることによって生じた試料上での焦点ずれが、対物レンズ制御回路33を制御することによって調整される。
このような焦点合わせ方法によれば、ビーム開き角αiを当初の設定値からずらすことなくプローブ電流を制御できるようになる。」(公報第5頁右上欄第9行?右下欄第12行)

2.対比
本願発明と引用発明とを対比する。
引用発明1の「電子ビーム2」、「電子銃1」、「試料7」、「走査器5」、「2次電子検出器8」および「走査形荷電粒子顕微鏡」は、それぞれ、本願発明の「一次荷電粒子線」、「電子銃」、「試料」、「一次荷電粒子線を試料上で二次元的に操作する偏向器」、「一次荷電粒子線の照射によって試料から発生する信号を検出する信号検出器」および「荷電粒子線装置」に相当する。
引用発明1の「CRT10」は、2次電子検出器8の信号がディスプレイ上に輝度変調信号に使って顕微鏡像として描かれるものであるから、本願発明の「像表示手段」に相当する。
引用発明1の「対物レンズ6」は、電子ビーム2を試料上に細く絞って照射するものであるから、引用発明1の「対物レンズ6」と、本願発明の「一次荷電粒子線を細く絞って試料上に照射する2段以上からなる集束レンズ」とは、「一次荷電粒子線を細く絞って試料上に照射する」「集束レンズ」という点で一致する。
引用発明1の「複数枚の顕微鏡像の間での模様のズレ量を計算する演算器20」は、本願発明の「像の移動量を検出する手段」に相当する。
引用発明1の「全体制御器9」は、複数枚の像の模様のズレ量から顕微鏡像の焦点合わせに必要な焦点距離補正量を計算し、対物レンズ6の焦点距離を前記焦点距離補正量で補正された値に設定するものであるから、引用発明1の「全体制御器9」と、本願発明の「集束レンズ励磁制御装置」とは、移動量を検出する手段によって検出された前記移動量から前記集束レンズの励磁を制御するという点で一致する。

よって、本願発明と引用発明1とは、
「電子銃と、該電子銃から放出された一次荷電粒子線を細く絞って試料上に照射する集束レンズと、前記一次荷電粒子線を試料上で二次元的に操作する偏向器と、前記一次荷電粒子線の照射によって試料から発生する信号を検出する信号検出器と、および該検出信号器の信号を像として表示させる像表示手段とを備えた荷電粒子線装置において、
前記集束レンズの励磁を制御する集束レンズ励磁制御装置と、像の移動量を検出する手段と、を備え、前記集束レンズ励磁制御装置は、前記移動量を検出する手段によって検出された前記移動量から前記集束レンズの励磁を制御する荷電粒子線装置。」の点で一致し、次の点で相違する。

(相違点1)
本願発明の「集束レンズ」が2段以上からなるのに対し、引用発明の「対物レンズ6」はこのことが明らかでない点。

(相違点2)
本願発明の「荷電粒子線装置」が「電子銃の陰極と一次荷電粒子線の引出電極との間に印加される引出電圧、および該陰極と一次荷電粒子線を加速させる加速電極との間に印加される加速電圧を制御する電圧制御装置」を備えるのに対し、引用発明の「走査形荷電粒子顕微鏡」はこのことが明らかでない点。

(相違点3)
本願発明の「荷電粒子線装置」が「加速電圧と、前記引出電圧との比で定まり、仮想の荷電粒子放出点である仮想陰極位置を設定する手段とを備え、前記集束レンズ励磁制御装置は、該仮想陰極位置によって前記集束レンズのクロスオーバー位置を制御」するのに対し、引用発明の「走査形荷電粒子顕微鏡」はこのことが明らかでない点。

(相違点4)
本願発明の「荷電粒子線装置」が「集束レンズ内の前記一次荷電粒子線のクロスオーバ位置の制御目標値に対する計測された像の移動量を検出する」ものであるのに対して、引用発明の「走査形荷電粒子顕微鏡」はこのことが明らかでない点。

3.判断
(相違点1について)
走査形荷電粒子顕微鏡において、2段以上からなる集束レンズを有する走査形荷電粒子顕微鏡は周知であるから、引用発明においても、集束レンズを2段以上からなる集束レンズとすることは当業者が容易に想到しうることである。

(相違点2について)
荷電粒子線装置において、電子銃の陰極と一次荷電粒子線の引出電極との間に印加される引出電圧、および該陰極と一次荷電粒子線を加速させる加速電極との間に印加される加速電圧を制御する電圧制御装置を備えた荷電粒子線装置は、例えば引用例2に記載されるように周知であるから、引用発明においても、電子銃の陰極と一次荷電粒子線の引出電極との間に印加される引出電圧、および該陰極と一次荷電粒子線を加速させる加速電極との間に印加される加速電圧を制御する電圧制御装置を設けることは当業者が容易に想到しうることである。

(相違点3について)
荷電粒子線装置において、加速電圧と引出電圧との比で仮想陰極位置を設定することは、例えば引用例2に記載されるように周知の技術であり、さらに、集束レンズ電流を制御して仮想陰極位置によるクロスオーバ位置を制御するようにすることも周知であって、当業者であれば適宜なし得ることである(上記摘記事項2-2.(オ)参照)。

(相違点4について)
前記「第3.特許法第36条第6項第1号について」に記載したように、本願明細書の発明の詳細な説明においては、「クロスオーバ位置の制御目標値」に対する「像の移動量」を検出することについては記載も示唆もなく、具体的に如何なる目標値に対する移動量を検出し、如何なる作用効果を奏するのか不明であるが、制御を行うに際し、何らかの目標値に対する応答値を測定し、その応答に基づいて制御を行うことは一般的な事項であるので、「像の移動量」を検出する際に、所定の目標値に対する移動量を検出することは格別の作用効果を伴わない願望的要件に過ぎない。

そして、本願発明の作用効果は引用発明1及び上記周知技術から当業者が予期できたものである。

したがって、本願発明は、引用発明1に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

4.特許法第29条第2項についての結び

したがって、本願発明は、上記引用例1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定に違反する。

第4 結び
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定に違反しており、さらに、本件出願は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないので、請求項1に係る発明以外の請求項に係る発明について論及するまでもなく、本願は拒絶されるべきである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-09-18 
結審通知日 2008-09-24 
審決日 2008-09-26 
出願番号 特願2003-131026(P2003-131026)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (H01J)
P 1 8・ 537- Z (H01J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 遠藤 直恵  
特許庁審判長 村田 尚英
特許庁審判官 佐藤 昭喜
安田 明央
発明の名称 荷電粒子線装置  
代理人 高田 幸彦  

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