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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G09B
管理番号 1188202
審判番号 不服2005-20396  
総通号数 109 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-01-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2005-10-20 
確定日 2008-11-20 
事件の表示 特願2001-307965「仮想ドライビングシステム」拒絶査定不服審判事件〔平成15年 4月18日出願公開、特開2003-114607〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成13年10月3日の出願であって、平成17年9月13日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、同年10月20日付けで拒絶査定に対する審判請求がなされたものである。

2.本願発明
本願の請求項1乃至4に係る発明は、平成17年7月19日付けの手続補正書で補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1乃至4に記載された事項により特定されるものであり、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、以下のとおりである。

「【請求項1】 被験者が前面のスクリーンに投射される車両の走行映像に従って疑似運転走行を体験する汎用コンピュータを用いたドライビングシミュレータにおいて、
ビデオ記録再生装置に記録した実写走行映像をコンピュータに取込み加工してプロジェクタにより大型スクリーンに投影する実写映像呈示手段と、
前記実写映像呈示手段の映像に同期してダミーヘッドマイクにより立体収録した音声信号をヘッドフォンにより立体音として再生供与し、前記立体音呈示の影響を評価するための高優先度情報および低優先度情報を呈示する音響呈示手段と、
前記音響呈示手段による音響呈示により反応する視線運動を記録する視線運動計測手段と、
被験者が操作する入力手段からの入力を処理して前記各手段を制御し、呈示ソフトに基づくドライビングシミュレーション作業として前方を走行する車両を追従するトラッキング作業と、経路選択としてナビゲーション情報による右左折を行う作業を被験者に課し、前記トラッキング作業中に発せられる障害物危険警告情報を高優先度情報とし、前記経路選択におけるナビゲーション情報を低優先度情報として、被験者からの選択入力を収集する制御手段と、を備えたことを特徴とする仮想ドライビングシステム。」

3.引用刊行物
(1)原査定の拒絶の理由に引用された刊行物である特開2001-236010号公報(以下、「引用文献1」という。)には、以下の記載が図示とともにある。

・記載事項(ア)
「4輪車運転シミュレータは基本的に4輪自動車を模擬運転する教習生である運転者2は、その頭部3に着脱可能に装着されたヘッドマウントディスプレイである表示装置4によって模擬運転を行う道路などの画面を見ながら、実車部5において運転操作を行い、この模擬運転で走行すべき走行経路などは、画像生成装置6で演算して作成され、教官卓7で、運転者2による安全運転の動作を観察することができる。」(段落【0030】の4?13行)

・記載事項(イ)
「表示装置4の表示手段12によって表示される画像は、前方150mの道路およびその周辺の状況であってもよい。こうして運転者2が表示手段12によって前方を見たときにおける表示手段12によって表示される前方視界は、たとえば図6に示されるとおりとなり、前方の景色が、遠近感をつけて運転者2の眼から遠去かるほど小さく描かれる透視図法、たとえば1消点透視図法で表示される。」(段落【0038】の9?末行)

・記載事項(ウ)
「運転者2が実車部5の操作部材18?23などを操作することによって、操作センサ25からの出力が得られ、その運転情報演算回路43から自車39の運転情報に変換され、運転モデル演算回路44において、操舵輪18の操作による走行方向、アクセルペダル21およびブレーキペダル22などの操作による擬似運転による自車39の走行速度、走行距離などが、道路29?37の地図上で演算され、自車39の現在の走行位置もまた、さらに演算して求められる。」(段落【0042】の4?13行)

・記載事項(エ)
「処理回路42は、運転モデル演算回路44で演算されて得られる走行画像メモリ28にストアされた地図上における走行位置を演算して求め、設定経路メモリ63にストアされた内容に基づいて、この予め設定した走行経路に沿って走行すべき指示を表す情報を演算して導出し、表示装置4の音響出力手段13から音響出力を導出させる。これによって運転者2は走行すべき走行経路を、音声で知ることができ、走行方向の指示が与えられることになる。運転者は、この音響出力を聞きながら、操作部材18?23などを操作し、自車39を走行させる。」(段落【0043】の1?11行)

・記載事項(オ)
「運転操作メモリ71にはまた、その操作位置に対応して頭部位置センサ14によって検出された頭部の位置および方向、したがって運転者2の視点および/または視線が、時間経過に伴って順次的にストアされる。」(段落【0044】の6?10行)

・記載事項(カ)
「処理回路91は、運転者2の実車部5における擬似運転終了後、走行経路の予め定める走行位置における運転操作メモリ71にストアされている操作部材18?23などおよび/または頭部位置センサ14によって検出される頭部位置、したがって視線を、予め定める評価基準データに基づいて評価する。この評価結果は、プリンタ92によって記録紙に印字出力される。
図21は、評価演算を行う処理回路91の動作を説明するためのフローチャートである。擬似運転中に、またはその終了後、記憶手段27のストア内容によって、特にその運転操作メモリ71のストア内容に基づき、ステップb1からステップb2に移り、走行経路におけるたとえば鉄道車両の線路が横切る踏切のたとえば100m手前に自車39が到達したとき、この図21に示されるフログラム動作が実行されて運転操作の評価演算が行われる。ステップb3では、踏切の手前で自車39が停止したかどうか、すなわち演算して得られる運転情報の速度が零になったかどうかが判断され、さらにまたブレーキペダル22が踏み込まれて制動されたかどうかが判断されて評価される。ステップb4では、自車39の停止後、運転者2が左右を確認したかどうかが、頭部位置センサ14の出力に基づいて確認され、評価される。
ステップb5では、たとえば踏切を自車39が走行中、シフトレバー19およびクラッチペダル23が操作されることなく、すなわちギアチェンジが行われずに走行したかどうかが確認されて評価される。このようにして擬似運転中の安全運転の評価が擬似運転と同時に、または擬似運転終了後、演算して行われる。」(段落【0057】の4行?段落【0059】の末行)

A.運転シミュレータについて
前記記載事項(ア)から、引用文献1に記載の「運転シミュレータ」は、コンピュータを用いたシミュレータであり、擬似運転走行を体験するシミュレータである。
また、前記記載事項(イ)から、引用文献1に記載の「運転シミュレータ」は、走行経路に沿う画像を表示手段12に表示するものであり、その画像に従って擬似運転走行を体験するものである。

B.表示手段12について
前記記載事項(ウ)から、ステアリングやブレーキ等の操作部材の操作が検知されることで、擬似運転による走行位置が演算され、走行画像メモリ28にストアされた画像データから走行位置に対応する画像が読み出されて、その画像が表示手段12に表示されていると解することができる。
したがって、引用文献1に記載の「表示手段12」に表示される画像は、走行画像メモリ28に記録した走行画像といえる。
また、表示手段12を含む表示に係る手段を、まとめて本願発明の記載に倣って「映像呈示手段」ということができる。

C.音響出力手段13について
前記記載事項(エ)には、音響出力手段13によって走行位置に対応した走行指示が運転者に音声で与えられることが記載されている。
そして、走行位置に対応した画像と音声とは、同期がとられているのは明らかである。
したがって、引用文献1に記載の「音響出力手段13」は、映像呈示手段の画像に同期して音声信号を再生するものであって、さらに、走行指示を出力するものである。

D.運転操作メモリ71について
前記記載事項(オ)から、引用文献1に記載の「運転操作メモリ71」に、運転者の視点および/または視線がストアされることが記載されており、引用文献1に記載の「運転操作メモリ71」は、視線運動を記録するものである。
また、運転操作メモリ71を含み、視線運動を演算及び導出する手段を、まとめて本願発明の記載に倣って「視線運動計測手段」ということができる。

E.処理回路42について
前記したように、「表示手段12」に表示される画像は、走行位置に対応した画像であり、「音響出力手段13」から出力される音声は、走行位置に対応した音声である。
また、前記記載事項(カ)から、「運転操作メモリ71」に記録されている視線は、走行位置に対応した視線運動であると解することができる。
したがって、「映像呈示手段」、「音響出力手段13」及び「視線運動計測手段」は、すべて走行位置に対応した処理がされている。
また、走行位置は、運転者が操作する操作部材の操作に基づいて、「処理回路42」で演算処理されている。
よって、引用文献1に記載の「処理回路42」は、運転者が操作する操作部材からの入力を処理して前記映像呈示手段、前記音響出力手段13、前記視線運動計測手段を制御しているものである。

引用文献1に記載の運転シミュレータは、運転者が走行位置に対応した操作を行っているかを評価するものであるから、走行位置に対応した操作部材の操作を運転者に課しているといえる。
また、走行位置は、運転者が操作する操作部材の操作に基づいて、「処理回路42」で演算処理されている。
よって、引用文献1に記載の「処理回路42」は、操作部材の操作を運転者に課しているものといえる。

引用文献1記載の発明は、走行位置に対応した走行指示が運転者に音声で与えられるものであり、走行指示が運転者に与えられている状況下で、操作部材がどのように操作されたかを記録しておき、評価するものである。
また、走行位置は、運転者が操作する操作部材の操作に基づいて、「処理回路42」で演算処理されている。
よって、引用文献1に記載の「処理回路42」は、音声による走行指示が運転者に与えられている状況下で、操作部材の操作を記録しているものといえる。

以上A?Eのとおりであるから、前記記載事項及び図面を含む引用文献1全体の記載から、引用文献1には、以下の発明(以下、「引用文献1記載の発明」という。)が開示されていると認める。
「運転者が、表示手段12に表示される擬似運転の走行経路に沿う画像に従って擬似運転走行を体験するコンピュータを用いた運転シミュレータにおいて、
走行画像メモリ28に記録した走行画像を表示手段12に表示する映像呈示手段と、
映像呈示手段の画像に同期して音声信号を再生し、走行指示を出力する音響出力手段13と、
視線運動を記録する視線運動計測手段と、
運転者が操作する操作部材からの入力を処理して前記映像呈示手段、前記音響出力手段13、前記視線運動計測手段を制御し、ステアリングや方向指示器等の操作部材の操作を運転者に課し、音声による走行指示が運転者に与えられている状況下で、ステアリングや方向指示器等の操作部材の操作を運転操作メモリ71に記憶する処理回路42と、を備えた運転シミュレータ。」

(2)原査定の拒絶の理由に引用された刊行物である特開平9-81024号公報(以下、「引用文献2」という。)には、以下の記載が図示とともにある。

記載事項(キ)
「表示部40は、図5と同様に、運転者頭部の3次元位置を検出する頭部位置センサや立体表示用の表示パネル、立体音響再生のためのスピーカなどを内蔵したヘッドマウントディスプレイで構成される。」(段落【0033】)

したがって、前記記載及び図面を含む引用文献2全体の記載から、引用文献2には、以下の事項が開示されていると認められる。
「シミュレータに使用するスピーカを立体音響再生とする点。」

4.本願発明と引用文献1記載の発明との対比
a.引用文献1記載の発明の「運転者」は、運転シミュレータにおける自動車の運転に係る操作を行う者である。一方、本願発明の「被験者」は、ドライビングシミュレータにおいてトラッキング作業や右左折の選択作業という運転に係る操作を行う者である。
したがって、いずれもが「シミュレータにおける運転に係る操作を行う者」(以下、「操作者」という。)である点で共通している。

b.引用文献1記載の発明の「運転シミュレータ」は、本願発明の「ドライビングシミュレータ」にも相当するし、「仮想ドライビングシステム」にも相当する。

c.本願発明の「前面のスクリーンに投射される車両の走行映像」と、引用文献1記載の発明の「表示手段12に表示される擬似運転の走行経路に沿う画像」は、どちらも「表示部材に表示される走行映像」という点で共通する。

d.本願発明の「ビデオ記録再生装置に記録した実写走行映像をコンピュータに取込み加工してプロジェクタにより大型スクリーンに投影する実写映像呈示手段」と、引用文献1記載の発明の「走行画像メモリ28に記録した走行画像を表示手段12に表示する映像呈示手段」は、どちらも「記録部に記録した映像を表示部材に表示する映像呈示手段」という点で共通する。

e.本願発明には、「前記経路選択におけるナビゲーション情報を低優先度情報として」と記載されていることから、本願発明の「低優先度情報」とは、ナビゲーションによる走行指示を指していると解することができる。そして、「低優先度情報」は、運転中の危険警告情報という高優先度情報と比較すると優先度が低い情報である。
一方、引用文献1に記載されている「走行指示」は、演算されて得られた疑似運転中の走行位置において、操作者に与えられる走行方向の指示である。そして、このような走行指示は、操作者にとって危険イベントと比較すると優先度の低い情報といえる。
したがって、引用文献1記載の発明の「走行指示」は、本願発明の「低優先度情報」に相当する。

f.本願発明の「前記実写映像呈示手段の映像に同期してダミーヘッドマイクにより立体収録した音声信号をヘッドフォンにより立体音として再生供与し、前記立体音呈示の影響を評価するための高優先度情報および低優先度情報を呈示する音響呈示手段」と、引用文献1記載の発明の「映像呈示手段の画像に同期して音声信号を再生し、走行指示を出力する音響出力手段13」は、「映像呈示手段の映像に同期して音声信号を再生供与し、低優先度情報を提示する音響呈示手段」という点で共通する。

g.本願発明における「各手段」とは、その前に記載されている「実写映像呈示手段」と「音響呈示手段」と「視線運動計測手段」のことを指していると認められるから、引用文献1記載の発明の「前記映像呈示手段、前記音響出力手段13、前記視線運動計測手段」は、本願発明の「各手段」に相当する。

h.本願発明の「入力手段」は、ドライビングシミュレータでの疑似運転中に操作者が操作する手段である。
一方、引用文献1記載の発明の「操作手段」は、運転シミュレータでの疑似運転中に操作者が操作する手段である。
したがって、引用文献1記載の発明の「操作手段」は、本願発明の「入力手段」に相当する。

i.本願発明における「前方を走行する車両を追従するトラッキング作業と、経路選択としてナビゲーション情報による右左折を行う作業」と、引用文献1記載の発明における「ステアリングや方向指示器等の操作部材の操作」とは、「車を走行させる基本作業」である点で共通する。

j.本願の発明の詳細な説明の段落【0017】には、「低優先度情報はルートガイダンスなどのナビゲーション情報と設定した。」、「ナビゲーションモニタ13の表示や音声情報などによる低優先度情報」と記載されており、本願発明の「前記経路選択におけるナビゲーション情報」とは、ナビゲーションから発せられる走行指示を指していると解することができる。
一方、引用文献1記載の発明の「音声による走行指示」は、走行位置に対応した走行経路に沿った走行指示であるから、本願発明の「前記経路選択におけるナビゲーション情報」と相違するものではない。

k.本願発明の「前記トラッキング作業中に発せられる障害物危険警告情報を高優先度情報とし、前記経路選択におけるナビゲーション情報を低優先度情報として、被験者からの選択入力を収集する」と、引用文献1記載の発明の「音声による走行指示が運転者に与えられている状況下で、ステアリングや方向指示器等の操作部材の操作を運転操作メモリ71に記憶する」について、以下「k-1」と「k-2」で詳しく検討する。

k-1.本願発明の記載について
本願発明の「選択入力」がどのような入力であるのか、「収集」がどのようなことを意味しているか不明であるとともに、「選択入力を収集」と「高優先度情報や低優先度情報」との間にどのような関係があるのか不明であるので、当該記載については、発明の詳細な説明の記載を参照して解釈することとする。

・「選択入力を収集する」について
まず、「選択入力」について検討するに、平成17年7月19日付け手続補正後の発明の詳細な説明には、「選択入力」が具体的に何を示すかについて明記されておらず不明であるが、出願時の明細書における発明の詳細な説明には、「選択入力」について具体的に何を示すかが記載されているので、当該記載を参照する。
出願時の明細書の段落【0006】には、「被験者からの前記ポインティングデバイスおよびキーボード等の入力手段による選択入力を収集する」と記載されていることから、「選択入力」とは、操作者がポインティングデバイスおよびキーボード等の入力手段によって入力することを指していると解することができる。
また、出願時の明細書の段落【0006】には、「前方を走行する車両をポインティングデバイスで追従するトラッキング作業と、経路選択としてナビゲーション情報による左右折をキーボードで行う作業」と記載されていることから、ポインティングデバイスの入力は、前方を走行する車両を追従するトラッキング作業であり、キーボードの入力は、経路選択としての右左折を行う作業であることが把握できる。
したがって、「選択入力」には、「操作者がポインティングデバイスの入力である前方を走行する車両を追従するトラッキング作業およびキーボードの入力である経路選択としての右左折を行う作業」が含まれるといえる。

次に、「収集」について検討するに、発明の詳細な説明を参照しても、「収集」のための何らかの特別な構造や機能を有することが記載されているものではないが、段落【0004】には、「現実に事故等の危険な状況を生じさせることなくデータの収集が行え、複数のドライバーに対して統制された走行条件を準備できる」と記載されているし、段落【0021】には、「本実験では、このように仮説に基づいたプロトタイプモデルを設定し、このプロトタイプモデルに対する条件設定として、A、B、C群の呈示方法を、20?63歳の被験者に個人毎、あるいはグループ毎に別々に適用し、多数の評価データを得ることで、衝突防止システムを含む安全運転支援システムの評価などが可能になる。」と記載されているので、本願発明のドライビングシミュレータは、複数のドライバーに対して適用され、多数の評価データが得られることが把握できる。
したがって、「収集」には、複数の操作者に対して行ったシミュレータのデータを記録することが含まれるといえる。

以上のことから、「選択入力を収集する」とは、「複数の操作者から、ポインティングデバイスによる入力であるトラッキング作業や、キーボードによる入力である右左折を行う作業のデータを記録すること」を意味していると解釈することとする。

・「選択入力を収集」と「高優先度情報や低優先度情報」との間の関係について
上記のとおり、選択入力である「トラッキング作業」や「右左折を行う作業」は、ナビゲーションによる経路案内に基づいて行われる作業であるから、特に、高優先度情報が発せられた場合のみに行われる作業に限らず、低優先度情報の下で行われる通常の作業である。
してみれば、「収集」される選択入力のデータは、特に、高優先度情報が発せられた場合の反応に限ったデータではなく、低優先度情報や高優先度情報が操作者に与えられる状況下で、通常の作業であるステアリングや方向指示器等の操作部材がどのように操作されたかというデータであると解することができる。

k-2.本願発明の記載と引用文献1記載の発明の記載との対比
「選択入力を収集する」との記載は、上記「k-1」で検討したように解釈することができるので、本願発明における「前記トラッキング作業中に発せられる障害物危険警告情報を高優先度情報とし、前記経路選択におけるナビゲーション情報を低優先度情報として、被験者からの選択入力を収集する」は、「複数の操作者から、経路選択におけるナビゲーション情報という低優先度情報と障害物危険警告情報という高優先度情報が被験者に与えられる状況下で、ポインティングデバイスによる入力であるトラッキング作業や、キーボードによる入力である右左折を行う作業のデータを記録する」と解釈することができる。

そこで、以上のように解釈した本願発明の上記構成(「複数の操作者から、経路選択におけるナビゲーション情報という低優先度情報と障害物危険警告情報という高優先度情報が被験者に与えられる状況下で、ポインティングデバイスによる入力であるトラッキング作業や、キーボードによる入力である右左折を行う作業のデータを記録する」)と、引用文献1記載の発明の「音声による走行指示が運転者に与えられている状況下で、ステアリングや方向指示器等の操作部材の操作を運転操作メモリ71に記憶する」との構成を対比する。
引用文献1記載の発明の「音声による走行指示」は、本願発明の「経路選択におけるナビゲーション情報」に相当し、引用文献1記載の発明の「運転者」と、本願発明の「被験者」とは、どちらも「操作者」である点で共通し、また、引用文献1記載の発明の「ステアリングや方向指示器等の操作部材の操作」と、本願発明の「ポインティングデバイスによる入力であるトラッキング作業や、キーボードによる入力である右左折を行う作業」とは、どちらも「車の走行のための基本作業」である点で共通する。さらに、引用文献1記載の発明において、運転操作メモリ71に記憶されるのは、操作に係るデータであることは明らかである。
してみれば、両者は、「経路選択におけるナビゲーション情報という低優先度情報が操作者に与えられる状況下で、車の走行のための基本作業のデータを記録する」点で共通している。

よって、本願発明と引用文献1記載の発明とは、以下の点で一致する。
<一致点>
「操作者が表示部材に表示される走行映像に従って疑似運転走行を体験するコンピュータを用いたドライビングシミュレータにおいて、
記録部に記録した映像を表示部材に表示する映像呈示手段と、
映像呈示手段の映像に同期して音声信号を再生供与し、低優先度情報を提示する音響呈示手段と、
視線運動を記録する視線運動計測手段と、
操作者が操作する入力手段からの入力を処理して前記各手段を制御し、車を走行させる基本作業を操作者に課し、経路選択におけるナビゲーション情報という低優先度情報が操作者に与えられる状況下で、車の走行のための基本作業のデータを記録する制御手段と、を備えた仮想ドライビングシステム。」

また、本願発明と引用文献1記載の発明とは、以下の点で相違する。
<相違点1>
ドライビングシミュレータに用いられるコンピュータについて、本願発明では、汎用コンピュータであることを特定しているのに対し、引用文献1記載の発明では、そのような特定を有しない点。

<相違点2>
映像呈示手段について、本願発明では、「ビデオ記録再生装置に記録した実写走行映像をコンピュータに取込み加工してプロジェクタにより大型スクリーンに投影する実写映像呈示手段」であると特定されているのに対し、引用文献1記載の発明では、そのような特定を有しない点。

<相違点3>
本願発明では、操作者を「被験者」と特定し、制御手段が操作者からの選択入力を「収集する」との特定がされているのに対して、引用文献1記載の発明では、そのような特定を有しない点。

<相違点4>
本願発明では、音響呈示手段によって再生される音が、「ダミーヘッドマイクにより立体収録した音声信号をヘッドフォンにより立体音として」再生されるものであり、音響呈示手段によって被験者に呈示される情報が、「前記立体音呈示の影響を評価するための高優先度情報および低優先度情報」であることが特定されているのに対して、引用文献1記載の発明では、そのような特定を有しない点。
また、「高優先度情報」について「前記トラッキング作業中に発せられる障害物危険警告情報を高優先度情報とし」との特定を有するのに対して、引用文献1記載の発明では、そのような特定を有しない点。

<相違点5>
視線運動計測手段によって記録される視線運動について、本願発明では、「前記音響呈示手段による音響呈示により反応する視線運動」と特定されているのに対して、引用文献1記載の発明では、そのような特定がされていない点。

<相違点6>
操作者に課される車の走行のための基本作業について、本願発明では、「呈示ソフトに基づくドライビングシミュレーション作業として前方を走行する車両を追従するトラッキング作業と、経路選択としてナビゲーション情報による右左折を行う作業」と特定されているのに対して、引用文献1記載の発明では、「経路選択としてナビゲーション情報による右左折を行う作業」はあるものの、「前方を走行する車両を追従するトラッキング作業」については記載されておらず、上記特定を有しない点。

5.判断
<相違点1について>
引用文献1記載の発明において、コンピュータが汎用のものであるか否かは不明であるが、引用文献1記載の発明で使用されるコンピュータは、特定の情報処理を行うために用いられるものであるから、そのような特定の情報処理が可能である汎用のコンピュータで同様の処理を行うようにすることに何ら困難性はない。
したがって、前記相違点1に係る本願発明の構成は、引用文献1記載の事項に基づいて当業者が容易に想到できたものである。

<相違点2について>
映像を表示する手段として、プロジェクタによって大型スクリーンへ投影すること、表示手段に表示される映像として、実写映像を加工して用いることは、いずれも周知の事項である(例えば、特開平8-248868号公報等を参照されたい。)。
したがって、引用文献1記載の発明における表示手段に関して、引用文献1のヘッドマウントディスプレイの表示手段に代えて、前記周知のプロジェクタによって大型スクリーンへ投影する表示手段とすること、また、事前に撮影された実写映像をビデオ記録再生装置によって再生し、シミュレーション用に加工を施すことは、当業者が容易に想到できたものである。

<相違点3について>
「収集」の意味については、前記「k-1.本願発明の記載について」で検討したように、複数の操作者に対して行ったシミュレータのデータを記録することが含まれるものと解釈して、以下に検討する。
プロトタイプを設計し条件を変えた実験データを収集することで製品開発を行うことは、一般に行われている周知の事項であるし、シミュレータを用いて様々なデータを収集しようとすることも周知である(例えば、特開平9-319291号公報には、シミュレータを使用する複数の使用者の操作反応を検知、記録してメモリに収集することが記載されている。また、特開平9-230780号公報には、異なるシミュレータを使用するものではあるが、複数のデータを収集することが記載されている。)。
してみれば、引用文献1記載の発明のシミュレータを、実験データ収集の目的で使用するようにすることは当業者が容易に想到することである。
また、引用文献1記載の発明のシミュレータを用いて様々なデータを収集しようとした場合には、引用文献1記載の発明の操作者である「運転者」を、「被験者」と称することに何ら困難性はない。

そして、相違点4?6は、シミュレータを用いたデータ収集に関する記載に基づいた相違点であって、それらの相違点について、以下の「<相違点4について>?<相違点6について>」で検討する。

<相違点4について>
(1)音響呈示手段によって再生される音について
ダミーヘッドマイクを利用して立体音響を録音することで、録音された音声をヘッドフォンなどで再生すると、録音時と同様の立体感が得られることは、周知の技術である(例えば、特開平7-38989号公報、特開平8-102999号公報、特開平10-145821号公報等を参照されたい。)。
また、シミュレータにおいて、できるだけ実際の装置での感じ方を再現しようとすることは通常行われていることであって、例えば、引用文献2には、シミュレータに使用するスピーカを立体音響再生とすることが記載されている。
そこで、引用文献1記載の発明においても、被験者が実際に運転していると感じるように、音に関しても立体的な音声にしようとすることは当業者が容易に想到することであって、そのために上記周知の技術であるダミーヘッドマイクによって録音した音声を、被験者がヘッドフォンを用いて聞くようにすることに何ら困難性はない。

(2)音響呈示手段によって呈示される情報について
まず、音響呈示手段によって呈示される情報に、障害物危険警告情報という高優先度情報が含まれる点について検討する。
引用文献1には、危険イベントが発生したときに、被験者に対して音声で警告することについて明記されているものではないが、危険状況であることを検知した後、音声で警告を行うようにすることは周知の技術である(例えば、特開平6-324147号公報、特開平9-142209号公報等を参照されたい。)。
してみれば、引用文献1記載の発明のシミュレーションを、危険イベントに対して音声による警告を行うことのできるシステムのシミュレーションとすることは、当業者が容易に想到することである。

次に、音響呈示手段によって呈示される情報が、立体音呈示の影響を評価するための情報である点について検討する。
本願発明は、「仮想ドライビングシステム」という物の発明であって、「仮想ドライビングシステム」が備える「音響呈示手段」(例えば、ヘッドフォン)を特定する記載として、「立体音呈示の影響を評価するための」と記載することで、ヘッドフォンが想定される音響呈示手段という部材の何を特定しているのか不明である。本願発明の「音響呈示手段」は、単に立体音を被験者に呈示するものに過ぎず、立体音呈示の影響を評価するのは、本願発明の「仮想ドライビングシステム」とは異なる別のシステムであるのだから、「立体音呈示の影響を評価するための」と記載することで「音響呈示手段」を明確に表現しているとはいえない。
してみれば、本願発明の音響呈示手段は、単に立体音を呈示する手段であるのだから、「立体音呈示の影響を評価するための情報」である点は実質的な相違点とはいえない。
仮に、評価のためのデータ収集を目的にシミュレータ装置を使用することを特定することで、本願発明の仮想ドライビングシステムが明確であるとした場合には、本願発明の記載からは、少なくとも、立体音が呈示される操作者が行った何かしらのデータが、評価されるデータとなること(ただし、本願発明の仮想ドライビングシステムは評価されるデータを記録するだけであり、評価を行うものではない。)は理解できるので、さらに検討する。
操作者に立体音が呈示される点については、前記「(1)音響呈示手段によって再生される音について」で検討したように、当業者が容易に想到することであるし、引用文献1記載の発明のシミュレータを、実験データ収集の目的で使用するようにすることは、前記「<相違点3について>」で検討したように、当業者にとって困難性はない。
したがって、本願発明の仮想ドライビングシステムが明確であるとしても、立体音が呈示される操作者が行った操作データが、評価されるデータとなるようにすることも当業者が容易に想到するである。
また、引用文献1記載の発明のシミュレータを、実験データ収集の目的で使用する場合を想定すると、引用文献1には、危険イベントが発生したときの運転者の操作部材の運転状況を把握し、安全運転のための教育効果を高めることができる旨記載されていることから、危険イベント発生時の運転者の反応を実験データとして収集しようとすることも、当業者であれば容易に想到することである。
なお、本願発明では、音響呈示テストの立体音呈示の仕方やどのような影響を評価するかについては何ら特定されていないことから、本願発明は、立体音を呈示できる音響呈示手段によって高優先度情報と低優先度情報を提示して、何かしらの影響を評価するためにシミュレータが使用されるものと解することができるのみであって、それ以上のこと(例えば、具体的に高優先度情報と低優先度情報を具体的にどのような立体音として呈示しているか等)が特定されているとは認められない。

<相違点5について>
本願発明では、「前記音響呈示手段による音響呈示により反応する視線運動」と特定されているが、発明の詳細な説明には、音響呈示手段による音響呈示により反応する視線運動であるのか、音響呈示手段による音響呈示に関係ない視線運動であるのかを判別することが記載されているものではない。発明の詳細な説明の記載を参照しても、視線運動を記録しておき、後の評価を行うときに音響との関係に基づいた評価を行うことが記載されているに過ぎない。
つまり、「視線運動計測手段」は、単に被験者の視線を記録しているに過ぎないのであって、引用文献1記載の発明の「視線運動把握手段」と実質的には相違するとはいえない。
仮に、「前記音響呈示手段による音響呈示により反応する視線運動を記録する視線運動計測手段」との記載が明確であって、引用文献1記載の発明との差異があるとした場合についても検討する。
前記「<相違点3について>」で検討したように、シミュレータを用いて様々なデータを収集しようとすることは周知であり、引用文献1記載の発明のシミュレータを、実験データ収集の目的で使用することに困難性はない。
そして、引用文献1には、危険イベントが発生したときの運転者の操作部材の運転状況を把握し、安全運転のための教育効果を高めることができる旨記載されていることから、「危険イベント発生時の運転者の反応」を実験データとして収集しようとすることは、当業者であれば容易に想到することである。
また、危険状況が発生した場合に安全な運転をするために、運転者には危険状況であることの早期検知、操作部材の迅速な操作が要求されることは技術常識である。
したがって、引用文献1記載の発明のシミュレータを実験データ収集の目的で使用する場合に、「危険イベント発生時の運転者の反応」として、視線運動を収集しようとすることは当業者であれば容易に想到することである。

<相違点6について>
引用文献1記載の発明は、操作者に車の走行のための作業として、ステアリング作業が課せられるものである。
そして、経路上での車の移動操作を単なるステアリング操作とするか、追跡操作(トラッキング操作)とするかは、どのようなシミュレーションを行うかによって適宜なし得る設計事項に過ぎない。

そして、本願発明の作用効果も、引用文献1乃至2の記載事項、周知の事項、技術常識から当業者が予測できる程度のものである。

したがって、本願発明は、本願出願前に頒布された引用文献1乃至2の記載事項、周知の事項、技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

6.むすび
以上のとおり、本願発明は、その出願前に頒布された引用文献1乃至2の記載事項、周知の事項、技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明を検討するまでもなく、本願は、拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-09-17 
結審通知日 2008-09-24 
審決日 2008-10-07 
出願番号 特願2001-307965(P2001-307965)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (G09B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 安久 司郎  
特許庁審判長 長島 和子
特許庁審判官 菅藤 政明
江成 克己
発明の名称 仮想ドライビングシステム  
代理人 特許業務法人共生国際特許事務所  

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