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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C08L
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C08L
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C08L
管理番号 1188466
審判番号 不服2004-22149  
総通号数 109 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-01-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2004-10-28 
確定日 2008-11-27 
事件の表示 平成11年特許願第 69543号「絶縁組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成11年11月26日出願公開、特開平11-323162〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成11年3月16日(平成14年法律第24号による改正前の特許法第41条第1項の規定による優先権の主張:平成10年3月19日 特願平10-69778号)の出願であって、その手続の経緯の概要は、以下のとおりである。
・平成16年5月17日付けで拒絶理由を通知
・平成16年7月26日に意見書及び手続補正書を提出
・平成16年9月24日付けで拒絶査定
・平成16年10月28日に拒絶査定に対する審判請求
・平成16年11月29日に手続補正書を提出
・平成16年12月17日に手続補正書(方式)を提出
・平成17年4月8日付けで拒絶理由を通知
・平成17年6月13日に意見書、手続補足書及び手続補正書を提出
・平成19年1月25日付けで拒絶理由を通知
・平成19年4月2日に意見書及び手続補正書を提出
・平成19年5月24日付けで補正の却下の決定
(平成19年4月2日付けの手続補正を却下)
・平成19年5月24日付けで拒絶理由を通知
・平成19年7月30日に意見書及び手続補正書を提出
・平成20年8月22日に上申書を提出


第2 この出願の発明
平成19年4月2日付けの手続補正について、平成19年5月24日付けで補正の却下の決定がなされているから、この出願の発明は、平成16年7月26日付け、平成16年11月29日付け、平成17年6月13日付け及び平成19年7月30日付けでした手続補正により補正された明細書(以下、「この出願の明細書」という。)及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、そのうちの請求項1に記載された事項により特定される発明は、以下のとおりのものである(以下、「本願発明」という。)。
「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物であって、前記液晶性樹脂の硬化物はシュリーレン組織状の組織を有し、前記液晶性樹脂の硬化物の互いにほぼ垂直な二方向の熱伝導率がそれぞれ0.4W/mK以上であることを特徴とする電気絶縁用絶縁組成物。」


第3 当審における拒絶理由の概要
当審において、平成19年5月24日付けで、下記の内容を含む拒絶理由を通知した。
ここで、当該拒絶理由を通知した際の特許請求の範囲の請求項1(平成17年6月13日付けでした手続補正により補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1)は、下記「1」のとおりである。
なお、この審決中において平成19年5月24日付け拒絶理由通知を引用した部分にある「明細書」及び「請求項」は、それぞれ「平成16年7月26日付け、平成16年11月29日付け及び平成17年6月13日付けでした手続補正により補正された明細書」及び「平成16年7月26日付け、平成16年11月29日付け及び平成17年6月13日付けでした手続補正により補正された明細書の特許請求の範囲の請求項」を指す。

1 拒絶理由を通知した際の特許請求の範囲の請求項1
「メソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物であって、互いにほぼ垂直な二方向の熱伝導率がそれぞれ0.4W/mK以上であることを特徴とする電気絶縁用絶縁組成物。」(以下、拒絶理由を通知した際の特許請求の範囲の請求項1(平成17年6月13日付けでした手続補正により補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1)を、「旧請求項1」という。)

2 拒絶理由
「●拒絶理由1
この出願の請求項1,2に係る発明は,その出願前日本国内又は外国において頒布された下記刊行物aに記載された発明であるから,特許法第29条第1項第3号に該当し,特許を受けることができない。
●拒絶理由2
この出願の請求項1,2,4,5に係る発明は,その出願前日本国内又は外国において頒布された下記刊行物a?kに記載された発明に基づいて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
●拒絶理由3
この出願は,明細書及び図面の記載が下記の点で,特許法第36条第4項,第6項第1号及び第2号に規定する要件を満たしていない。」

3 刊行物
刊行物a.特開平7-90055号公報
刊行物b.Macromolecular Chemistry and Physics, 197,
page.1841-1851 (1996)
刊行物c.Macromolecules. Vol.26, No.6, page 1244-1247 (1993)
刊行物d.特開平2-275872号公報
刊行物e.特開平5-206331号公報
刊行物f.特開平9-227654号公報
刊行物g.特開平8-12746号公報
刊行物h.特開平9-302070号公報
刊行物i.特開昭63-77924号公報
刊行物j.特開平8-3366号公報
刊行物k.実公平5-26919号公報


第4 当審の判断
1 はじめに
事案にかんがみ、平成19年5月24日付けで通知した拒絶理由について、以下a?dの順で判断を行う。
a:「●拒絶理由3」のうち、特許法第36条第6項第2号(特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たすか否か)についての判断
b:「●拒絶理由1」(特許法第29条第1項第3号;刊行物aに記載された発明であるか否か)についての判断
c:「●拒絶理由3」のうちの特許法第36条第6項第1号(特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすか否か)についての判断
d:「●拒絶理由3」のうちの特許法第36条第4項(発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項に規定する要件を満たすか否か)についての判断

2 特許法第36条第6項第2号について
(1) 平成19年5月24日付けで通知した拒絶理由
当審において、平成19年5月24日付けで通知した拒絶理由のうち、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないとした具体的な理由の1つは、以下のとおりである。
「イ
本願の請求項1に記載されている「・・モノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」について、これが熱硬化して得られたものを指すのか、熱硬化する前のものを指すのかが明確でないなど、その技術的意味が明確でない。この点は、平成17年4月8日付けの拒絶理由通知書の指摘A(4)で既に指摘している。
なお、平成17年6月13日に本件審判請求人から提出された手続補足書中の「岩波理化学辞典第5版 熱硬化性の項」のとおり、「熱硬化性」とは、ある種の高分子(重合体)が加熱によって硬化する性質を表すものであって、当該重合体中で反応が進み橋かけが起こって、網状構造が生じるような性質を意味するものであるところ、本件明細書の発明の詳細な説明中の実施例1等は、「150℃で10時間硬化後、200℃で5時間加熱硬化する」ことで得られたエポキシ樹脂板について熱伝導率等の測定を行うものであって、通常、このような熱処理により製造されたエポキシ樹脂板は、熱硬化性を有さないことが技術的にみて明らかである。そうすると、出願人が平成17年6月13日に本件審判請求人から提出された意見書における(A-4)に係る主張は、技術常識等に基づく通常一般的なものであるとは認め難い。」

(2) この出願の明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載
上記「第2」でもあげたが、以下のとおりのものである。
「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物であって、前記液晶性樹脂の硬化物はシュリーレン組織状の組織を有し、前記液晶性樹脂の硬化物の互いにほぼ垂直な二方向の熱伝導率がそれぞれ0.4W/mK以上であることを特徴とする電気絶縁用絶縁組成物。」(以下、この出願の明細書の特許請求の範囲の請求項1を、「新請求項1」という。)

(3) 検討・判断
新請求項1の記載について検討すると、新請求項1は、「電気絶縁用絶縁組成物」について特許請求すること、さらに、「電気絶縁用」という用途の「絶縁組成物」が、「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」であることについて記載したものということができる。そして、「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物」とは、平成17年6月13日付け意見書によると「硬化して樹脂の板等となる前の混合物」を指し、「重合させた液晶性樹脂」とは、平成17年6月13日付け意見書及びこの出願の明細書の段落【0026】によると「硬化後」に得られるものを指し、これらのことはそのとおりと認められるから、新請求項1の「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」との記載は、「絶縁組成物」が、「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物」(すなわち、硬化して樹脂の板等となる前の混合物)を重合させた「液晶性樹脂」(すなわち、硬化後のもの)を必須成分として含むものであって、さらに、「熱硬化性」を有するものであることを意味するということができる。
ここで、「熱硬化性」は、加熱により(絶縁組成物中で反応が進み橋かけが起こって網状構造が生じ不溶不融の状態に)硬化する性質である(必要であれば、審判請求人が平成17年6月13日に提出した手続補足書(岩波理化学辞典の「熱硬化性」及び「熱硬化性樹脂」参照。)ということができるから、新請求項1の「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」との記載は、「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む」、加熱により(絶縁組成物中で反応が進み橋かけが起こって網状構造が生じ不溶不融の状態に)硬化する性質(すなわち、「熱硬化性」)を有する「絶縁組成物」であることを意味するということができる。

ところで、「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂」は、熱硬化性であるエポキシモノマー(エポキシ樹脂)を含む組成物を「重合」させたもの、すなわち、エポキシモノマー(エポキシ樹脂)が有するエポキシ基を重合(エポキシ環の開環重合)させたものであるから、(平成17年6月13日付け意見書及びこの出願の明細書の段落【0026】において審判請求人がした定義のとおり)実質的にエポキシモノマー(エポキシ樹脂組成物)の硬化物に相当すると一応認められるものの、エポキシモノマー(エポキシ樹脂組成物)の硬化物は、「重合」反応が進み(熱硬化性の官能基である)エポキシ基が消費されて橋かけが起こって網状構造が生じ不溶不融の状態に)硬化したものであるから、このようなエポキシモノマー(エポキシ樹脂組成物)の硬化物に相当する「液晶性樹脂」を含む「絶縁組成物」が「熱硬化性」を有する、すなわち、「絶縁組成物」を加熱すると硬化するものであると解することは通常困難であり、このことは、この出願の明細書の発明の詳細な説明に、エポキシモノマー(エポキシ樹脂)に加えて、熱硬化性を示す化合物をエポキシ樹脂組成物又は絶縁組成物にさらに含ませることなどが何ら記載されていないことからもうかがえる。
一方で、「液晶性樹脂」については、新請求項1において「前記液晶性樹脂の硬化物はシュリーレン組織状の組織を有し、前記液晶性樹脂の硬化物の互いにほぼ垂直な二方向の熱伝導率がそれぞれ0.4W/mK以上である」と記載されていることからみて、さらに硬化し得るものであると解することもできるから、そもそも、「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂」が具体的にどのようなものを意味するのかを当業者であっても理解することができず、その技術的意味が明確でないともいうことができる。
さらに、新請求項1の記載と、この出願の明細書の発明の詳細な説明の実施例1の記載とを対応させると、新請求項1の「エポキシ樹脂組成物」は、実施例1の「エポキシ樹脂組成物」に、新請求項1における「前記液晶性樹脂の硬化物」は、シュリーレン組織状の組織を有することや熱伝導率からみて実施例1における「樹脂板」に、それぞれ対応するということができるものの、新請求項1の「液晶性樹脂」及び「熱硬化性の絶縁組成物」に対応するものについては、実施例1において何ら存在していないから、実施例1と新請求項1とを明確に対応させることができないことは明らかであり、そして、発明の詳細な説明のその余の記載をみても、新請求項1の「液晶性樹脂」及び「熱硬化性の絶縁組成物」が具体的にどのようなものを意味するのかを当業者であっても理解することができず、その技術的意味が明確でない。
そうすると、新請求項1の「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」との記載は、具体的にどのようなものを意味するのかを当業者であっても理解することができず、その技術的意味が明確でない。

なお、エポキシ樹脂(組成物)分野の技術的特徴や周知慣用技術を考慮すると、新請求項1の「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」との記載は、
a:「熱硬化性」であることからみて、特定のエポキシ樹脂組成物を必須成分として含む、硬化前の絶縁組成物(硬化前のエポキシ樹脂組成物)
b:「熱硬化性」であり、また、「液晶性樹脂」がさらに硬化した「前記液晶性樹脂の硬化物」について記載されていることからみて、特定のエポキシ樹脂組成物を部分的に重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む、絶縁組成物の半硬化物(エポキシ樹脂組成物半硬化物)
c:「重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む」ものであることからみて、特定のエポキシ樹脂組成物を完全に重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む、絶縁組成物の完全硬化物(エポキシ樹脂組成物完全硬化物)
のいずれかを意味するのではないかと推定することが一応可能である。
しかしながら、上記のa(硬化前の絶縁組成物)、b(絶縁組成物の半硬化物)及びc(絶縁組成物の完全硬化物)は、そもそも互いに全く性質や構造が異なる物質であるし、また、上記のa?cのいずれかを意味するのではないかと推定することが一応可能であったとしても、発明の詳細な説明の記載からa?cのうちのいずれであるのかを特定することはできない(新請求項1の記載ぶりからみて、上記bに相当するエポキシ樹脂組成物半硬化物を意味すると解することもできなくはないが、上記のとおり実施例1との対応がとれず、そして、発明の詳細な説明のその余の記載をみても、エポキシ樹脂組成物を半硬化状態としたものについて何ら記載されていないから、上記bであると特定することは困難である。)。

結局、新請求項1の「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」との記載は、これが熱硬化して得られたものを指すのか、熱硬化する前のものを指すのかが明確でないなど、具体的にどのようなものを意味するのかを当業者であっても理解することができず、その技術的意味が明確でない。それにより、特許請求された「電気絶縁用絶縁組成物」についても、これが具体的にどのようなものであるのか明確でない。

(4) 審判請求人の主張
ア 平成19年7月30日付け意見書中(2-5-2)
審判請求人は、「ご指摘のように、原料モノマーの加熱による硬化反応によって製造される熱硬化性樹脂は、上記のような三次元網目構造が形成される結果、熱をかけても溶融、流動しないという熱的に不可逆性を有します。一方、熱可塑性樹脂も原料モノマーの加熱による重合(硬化)反応で製造されますが、三次元網目構造が存在しないため、加熱することにより溶融、流動し、冷却することにより再度固化する可逆性を示します。熱硬化性樹脂とは、熱的な性状の不可逆性を包含する意味を有するものであり、熱硬化した硬化物も熱硬化性樹脂と呼ぶのが通例です。」と主張している。
しかしながら、上記「2,(3)」においても記載したとおり、「熱硬化性」の通常一般的な技術的意味は、「加熱により硬化する性質」であるから、もはやそれ以上加熱しても硬化する性質を全く示さない熱硬化した硬化物を「熱硬化性」などということができないことは明らかであるし、さらに、特許第第2524011号公報(これは、審判請求人に係る本件とは別の特許出願の特許公報である。)の請求項1及び請求項27などにあるように、「熱硬化性樹脂組成物」と「熱硬化性樹脂組成物の硬化物」とを明確に区別して取り扱うことが通常一般的なことであって、「熱硬化した硬化物も熱硬化性樹脂と呼ぶのが通例」などということができないことは明らかであるから、上記審判請求人の主張は、採用し得るものではなく、上記「2,(3)」でした判断を左右するものではない。

イ 平成17年6月13日付け意見書中(A-2)
審判請求人は、「実施例1の記載では、請求項の「絶縁組成物」に対応する樹脂硬化物を「樹脂板」と記載しております。単なる「樹脂」と記載する以上に「板」と記載することで硬化物であることを明らかとすることを意図しております。」と主張している。
ここで、この出願の明細書の発明の詳細な説明の実施例1の記載は、
「4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテル270gと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエート200gを混合したエポキシ樹脂組成物を金型に流し込み、150℃にて10時間硬化後、200℃で5時間加熱硬化することで、厚さ1mmのエポキシ樹脂板を得た。
このエポキシ樹脂板を厚さ0.5mmに切断後研磨し、偏光顕微鏡で観察したところ、シュリーレン組織状の組織が観察され、液晶性樹脂であることが確認できた。
上記のエポキシ樹脂板の厚さ方向及び、面内方向の熱伝導率を測定した。なお、熱伝導率は、レーザーフラッシュ法により求められる厚さ方向,面内方向の熱拡散率と比熱容量、及び試料の密度から算出したものであり、測定は室温で行った。厚さ方向の熱伝導率は0.43W/mK、面内方向の熱伝導率は0.44W/mKと高く、優れた熱伝導性を有していた。」(【0061】)
というものであって、一方、新請求項1の「絶縁組成物」は、「エポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む」ものであって、「前記液晶性樹脂の硬化物はシュリーレン組織状の組織を有し、前記液晶性樹脂の硬化物の互いにほぼ垂直な二方向の熱伝導率がそれぞれ0.4W/mK以上である」ようなものである。
そして、実施例1と新請求項1との対応については、上記「2,(3)」で行ったとおりであって、新請求項1の「エポキシ樹脂組成物」は、実施例1の「エポキシ樹脂組成物」に、新請求項1における「前記液晶性樹脂の硬化物」は、シュリーレン組織状の組織を有することや熱伝導率からみて実施例1における「樹脂板」に、それぞれ対応するということができるものの、新請求項1の「液晶性樹脂」及び「熱硬化性の絶縁組成物」については、実施例1に対応するものが存在しておらず、実施例1と新請求項1とを明確に対応させることができないことが明らかであるから、上記審判請求人の主張は、採用し得るものではなく、上記「2,(3)」でした判断を左右するものではない。

ウ 平成17年6月13日付け意見書中(A-3)
審判請求人は、「・・・。絶縁組成物は固体であることは本願明細書の記載(〔0025〕,〔0090〕等)より明らかですので、「硬化前の組成物を絶縁組成物に含む」とすれば、発明の内容が不明確となると考えます。
「これを必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」とは、絶縁組成物に硬化した液晶性樹脂が含まれる点を意図しております。例えば、半導体パッケージ等の絶縁組成物に液晶性でない樹脂や、通常の範囲でのフィラー、心材等を熱伝導性に影響しない範囲で混合することが考えられます。従って、上記の「硬化された熱硬化性の絶縁組成物」に硬化済みの液晶性樹脂が含まれていることは明らかと思量致します。」と主張している。
しかしながら、具体的に指摘された段落[0025]及び[0090]だけでなく、この出願の明細書の発明の詳細な説明をみても、絶縁組成物が固体であるなどとはどこにも記載されていないし、そのようなことを示唆する記載も見あたらない。また、仮に審判請求人が主張するとおり固体であったとしても、「加熱により硬化する性質」の有無などの技術的関係を示すものではない。
また、新請求項1の絶縁組成物は、「エポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂」を必須成分として含むものであるところ、この「液晶性樹脂」は、さらに硬化することで「前記液晶性樹脂の硬化物」となり、シュリーレン組織状の組織を有し、特定の熱伝導度を示すものとなるのであるから、絶縁組成物に硬化した液晶性樹脂(硬化済みの液晶性樹脂)が含まれるなどという上記審判請求人の主張は、新請求項1の記載に基づかないもので採用し得るものではなく、上記「2,(3)」でした判断を左右するものではない。

エ 平成17年6月13日付け意見書中(A-4)
審判請求人は、「「熱硬化性」とは、樹脂内の架橋構造の有無等により、熱を与えても軟化しないこと、またはさらに硬化することをいい、加熱した場合に軟化する「熱可塑性」と反対の意味を有するものと思量致します(添付岩波理化学辞典参照)。従って、硬化されているか否かに関わらず「熱硬化性」に該当するものと考えます。」と主張している。
しかしながら、上記「2,(3)」及び「2,(4),ア」においても記載したとおり、「熱硬化性」の通常一般的な技術的意味は、「加熱により硬化する性質」であるから、もはやそれ以上加熱しても硬化する性質を全く示さない熱硬化した硬化物を「熱硬化性」などということができないことは明らかであり、さらに、「硬化されているか否かに関わらず「熱硬化性」に該当する」などということができないことが明らかであるから、上記審判請求人の主張は、採用し得るものではなく、上記「2,(3)」でした判断を左右するものではない。

(5) 小括
以上のとおりであるから、新請求項1の記載は、「特許を受けようとする発明が明確であること。」との要件に適合しないものであり、この出願の明細書の特許請求の範囲の記載は、平成11年法律第160号による改正前の特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

3 本願発明について
上記「2」に記載したとおり、新請求項1の「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」との記載は、これが熱硬化して得られたものを指すのか、熱硬化する前のものを指すのかが不明で、具体的にどのようなものを意味するのかを当業者であっても理解することができないことから、その技術的意味が明確でなく、そして、それにより、特許請求された「電気絶縁用絶縁組成物」についても、これが具体的にどのようなものであるのか明確でない。
一方、上記「2」でも記載したとおり、エポキシ樹脂(組成物)分野の技術的特徴や周知慣用技術を考慮すると、新請求項1の「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」との記載は、
a:「熱硬化性」であることからみて、特定のエポキシ樹脂組成物を必須成分として含む、硬化前の絶縁組成物(硬化前のエポキシ樹脂組成物)
b:「熱硬化性」であり、また、「液晶性樹脂」がさらに硬化した「前記液晶性樹脂の硬化物」について記載されていることからみて、特定のエポキシ樹脂組成物を部分的に重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む、絶縁組成物の半硬化物(エポキシ樹脂組成物半硬化物)
c:「重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む」ものであることからみて、特定のエポキシ樹脂組成物を完全に重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む、絶縁組成物の完全硬化物(エポキシ樹脂組成物完全硬化物)
のいずれかを意味するのではないかと推定することが一応可能である。
したがって、本願発明の「電気絶縁用絶縁組成物」を構成する「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」については、上記「硬化前の絶縁組成物」、「絶縁組成物の半硬化物」及び「絶縁組成物の完全硬化物」のいずれかを意味するものと仮定して、以下、さらに検討する。

4 特許法第29条第1項第3号について
(1) 刊行物a(特開平7-90055号公報)の記載事項
<a-1>
「液晶の性質を持たず、そして式
【化1】

[式中、R^(1)、R^(2)、R^(3)及びR^(4)は、お互いに独立に、水素若しくは、その中の炭素原子がエーテル性酸素によって1?3回中断されていてもよい直鎖の若しくは分岐したC_(1)?C_(12)-アルキルを表すか、またはフッ素、塩素、臭素、シアノ・・を表し、そしてXは、単結合・・を表す]の、エポキシド基を含む少なくとも一つの成分Aを、液晶の性質を持たず、そして式
【化2】

[式中、R^(5)、R^(6)、R^(7)、R^(8)、R^(9)及びR^(10)は、お互いに独立にかつR^(1)?R^(4)と独立に、R^(1)?R^(4)の範囲の意味を有し、
Z^(1)及びZ^(2)は、お互いに独立に、・・NH_(2)・・を表し、
Y^(1)及びY^(2)は、お互いに独立に、・・-CO-O-、-O-CO-・・を表し、そしてnは、0または1の値を有する]の、エポキシド基と官能的に反応する少なくとも一つの成分Bとを、不透明な変化から検出できる液晶の性質を有しそして転移での超格子構造としての多相網目の発展によって液晶の性質を固体Dに転移させる中間体Cが製造されるようなやり方で60?180℃の温度範囲で反応させることによって製造することができる、超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目。」(【請求項1】)
<a-2>
「特に好ましくは、式
【化8】

の少なくとも一つの化合物を成分Aとして反応させる。」(【0020】?【0022】)
<a-3>
「特に好ましくは、
【化10】

を含有して成る群からの少なくとも一つの化合物を成分Bとして反応させる。」(【0033】?【0035】)
<a-4>
「驚くべきことに、エポキシド樹脂製造の過程において最初に製造される中間体Cは、それらが非液晶の成分A及びBから生成されるにも拘らず、液晶の相を発展させる。これらは一般にネマチック構造である。中間体Cの述べられた液晶の構造は、結果として、超格子構造の発展、即ち硬化したエポキシド樹脂固体D中の多相網目の発展をもたらす。」(【0040】)
<a-5>
本発明による超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目の製造においては、それ故、このような液晶の構造が中間体C中に発生することを確保することが必要である。述べられた構造の発生は、非液晶の成分A及びBの混合物または上で述べたそれらのブレンドにおける不透明な変化によって検出できる。中間体C中の液晶の構造の発展を示す不透明な変化は、60?180℃、好ましくは60?160℃、特に好ましくは60?140℃の温度範囲において達成される。このような不透明な変化に関するもっとも好都合な範囲は、もちろん、成分A及びBまたはそれらのブレンドから成る反応混合物の所望の組成物に依存しそして簡単な予備の実験によって決定及び最適化することができる。述べられた不透明な変化(乳状の曇り)は固体への転移に際してそのままに留まる。固体への転移の後では、多相の性質はもはや熱処理によって変えることはできず、それ故中間体Cの液晶の状態に関する範囲より顕著に上の温度範囲における熱処理によってさえ、この曇りはそのままに留まる。しかしながら、成分A及びB(またはそれらのブレンド)から成る液体反応混合物の硬化が、上で述べた温度範囲の外側に出てそして中間体Cが液晶の性質を持たない温度範囲中で開始される場合には、澄んだ(clear)透明な単一相の成形品が固体Dとして得られ、この固体は、本発明による超格子構造のポリマー状網目ではない。
中間体Cの液晶の状態の発展に続く硬化は、60?250℃、好ましくは60?180℃の範囲で実施することができる。
この硬化プロセスは、任意の所望の時点で、特に中間体Cの液晶の状態の発展の後で、60℃未満の温度への冷却によって中断しそして後の時点で続けることができる。便宜上、この反応の中断の時点は、冷却によって得られる混合物が固体状態にあるけれども、それが、上で述べた範囲の最後の硬化の温度に後で加熱されると圧力下で再び液体または変形可能になるように選ばれる。中断された硬化を含むこのプロセスの使用は、積層品、繊維強化プリプレグ、成形材料及び、例えば流動床コーティングプロセスによるコーティング材料が応用の分野として考えられる場合には、特に有利である。このプロセスは、中断される硬化によって得られる予備生成物の製造及びそれらの最後の応用が異なる場所で実施されそして最後の造形または形状変化を実施するのがユーザーだけである場合には、常に有利である。」(【0041】?【0043】)
<a-6>
「本発明による超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目を製造するためには、充填剤例えば石英粉末、チョーク、酸化アルミニウム、無機顔料例えば二酸化チタン及び酸化鉄、有機顔料例えばフタロシアニン顔料、柔軟化剤例えばポリグリコール、ポリエーテルグリコール、末端のヒドロキシル及び/またはカルボキシル基を有するポリエステル、ポリスルフィド、可溶性染料、補強材料例えばガラス繊維若しくは織物、または可塑剤を、エポキシド樹脂の化学から知られているような量でさらにまた添加することができる。複数のこれらの添加剤もまた使用してよい。」(【0045】)
<a-7>
「超格子構造を持たないものと比較して、本発明による超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目は、同じ熱的性質を伴いながら増大した強さ及び粘り強さ(toughness)の性質のために注目される。これはまだ上で述べられていないけれども、それらは、硬化した注型樹脂として、例えば絶縁体、変圧器、コンデンサー及び印刷回路のための製造及び絶縁材料として、そしてまた攻撃的な液体のための、スポーツ用品のための、例えばボート製造のための、そして多くのその他の分野のためのチューブ及び容器のための積層品としてもまた使用することができる。
【実施例】
実施例1 4,4’-ジグリシジルビフェニル(4)
・・・713g(理論終了の76%)の144?149℃の融点を有する4,4’-ジグリシジルビフェニル(4)が得られた。」(【0046】?【0047】)
<a-8>
「実施例6
5.96gのビスエポキシド(4)及び2.28gのジアミン(7)の混合物を145℃で15分間加熱した。透明な溶融物が生成され、これを金属の板の上に注いだ。冷却された非常に粘性の不透明な混合物のサンプルを、交差した偏光子を有する偏光顕微鏡の下で加熱した。約80℃で溶融物は、低い粘性の液体になった。それは、113℃より高い温度で消失する液晶の組織(textures)を示した。サンプルの外観はこのプロセスの間に不透明から透明に変化した。サンプルを一定の80℃で40分間観察した場合には、すべての時間の間、液晶の組織が見られた。次にこのサンプル(固体)を硬化させたが、160℃まで加熱してさえももはや変化しなかった。
その温度を140℃で40分間一定に維持したサンプルは、何ら液晶の組織を現さずそして次いで硬化された。それは冷却によってさえ変化しなかった。
実施例7
5.96gのビスエポキシド(4)及び2.28gのジアミン(7)の混合物を145℃で15分間加熱しそして脱ガスし、そして透明な溶融物を金型中にキャストしそして次に最後に80℃で4時間及び160℃で16時間熱処理した。不透明な固体が得られた。」(【0057】?【0059】)

(2) 刊行物b(Macromolecular Chemistry and Physics, 197,
page.1841-1851 (1996))の記載事項
<b-1>
「"Liquid crystalline" thermosets from 4,4'-bis(2,3-epoxypropoxy)
biphenyl and aromatic diamines」(1841ページ 1?2行)
<b-2>
「Pure 4,4'-bis(2,3-epoxypropoxy)biphenyl(1) has been synthesized
and its mesophase behaviour has been investigated. ・・・ 1 has
been cured with ・・・ 4-aminophenyl 4-aminobenzoate(5) to
investigate the possibility of formation of anisotropic networks. ・・・」(1841ページ SUMMARY)
<b-3>
Networks from 4,4'-bis(2,3-expoxypropoxy)biphenyl (1)
and 4-aminophenyl 4-aminobenzoate (5)
The DSC traces for the curing of 1/5 are shown in Fig.5,
the enthalpies in Tab.3, 1/5 has only a single maximum in the
temperature range between 140 and 170℃. System 1/5 cures to an
isotropic thermoset at temperatures above 160℃. Curing at 150℃
begins in ,an isotropic phase which however transforms into a
nematic phase after a short time. The nematic texture of 1/5
is shown in Fig.6.
A characteristic feature of 1/5 is the absence of crystallization
of oligomers from the reaction mixture. Even at 140℃ a
homogeneous melt is obtained and no crystallites are formed as
curing proceeds. If a mixture is kept in the hot stage of a
microscope at 150℃ for 1 min and then cooled with 10℃/min a
nematic phase is observed at 118℃. The clearing point increases
to 125℃ for a sample which has been cured for 4 min at 150℃.
Samples which have been kept at 150℃ for a longer period become
biphasic, with regions clearing at higher temperature and some with
(Fig.5 及び Tab.3 略)

Fig.6. Micrograph
displaying the nematic
texture of 1/5 (2:1
mol/mol) at 145℃;
magnification 330 ×

a clearing point around 125℃. Isothermal curing at 150℃ results
in a predominantly isotropic network containing some spots with
nematic textures, while at 145℃ a network is observed with nematic
textures all over. A sample of 1/5 cured at 145℃ for 40 min
retains its nematic organization even if it is heated to 300℃.」(1847ページ1行?1848ページFig.6下4行)

(3) 刊行物aに記載された発明
刊行物aには、【化1】で表される特定のエポキシド基を含む少なくとも一つの成分Aと、【化2】で表される特定のエポキシド基と官能的に反応する少なくとも一つの成分Bとの混合物について記載され、当該混合物を「不透明な変化から検出できる液晶の性質を有しそして転移での超格子構造としての多相網目の発展によって液晶の性質を固体Dに転移させる中間体Cが製造されるようなやり方で60?180℃の温度範囲で反応させることによって製造することができる、超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目」にすることが記載されている。
さらに、
a 【化1】のエポキシド基を含む少なくとも一つの成分Aとして、特に好ましくは、【化8】の少なくとも一つの化合物があげられ、具体的には、ビスエポキシド(4)(【化8】のうちの(4)の化合物(これは、4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルである。)を用いること(摘示<a-2>及び<a-8>)
b 【化2】のエポキシド基と官能的に反応する少なくとも一つの成分Bとして、特に好ましくは、【化10】の少なくとも一つの化合物があげられ、具体的には、ジアミン(7)(【化10】のうちの(7)の化合物(これは、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートである。)を用いること(摘示<a-3>及び<a-8>)
c 「超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目」は、60?180℃の温度範囲でネマチック構造を示す液晶の構造を発生させて発展させた後に、さらに60?250℃(好ましくは60?180℃)の範囲に加熱硬化してエポキシ樹脂固体とすることにより得られること(摘示<a-4>及び<a-5>)
d 「超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目」は、硬化した注型樹脂として、例えば絶縁体、変圧器、コンデンサー及び印刷回路のための製造及び絶縁材料として使用されること(<a-7>)
e ビスエポキシド(4)と、ジアミン(7)の混合物を、所定の条件で加熱・熱処理し、不透明な固体を得ること(摘示<a-8>)
についても記載されている。
そうすると、刊行物aには、
「4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルである成分Aと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートである成分Bの混合物であって、不透明な変化から検出できる液晶の性質を有しそして転移での超格子構造としての多相網目の発展によって液晶の性質を固体Dに転移させる中間体Cが製造されるようなやり方で60?180℃の温度範囲で反応させることによって製造することができる、超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目からなる絶縁材料を得るための、混合物。」
に係る発明(以下、「引用発明a1」という。)
「4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルである成分Aと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートである成分Bの混合物から得られる、不透明な変化から検出できる液晶の性質を有しそして転移での超格子構造としての多相網目の発展によって液晶の性質を固体Dに転移させる中間体Cであって、該中間体Cは、超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目からなる絶縁材料を得るための、中間体C。」
に係る発明(以下、「引用発明a2」という。)、及び
「4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルである成分Aと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートである成分Bの混合物を、不透明な変化から検出できる液晶の性質を有しそして転移での超格子構造としての多相網目の発展によって液晶の性質を固体Dに転移させる中間体Cが製造されるようなやり方で60?180℃の温度範囲で反応させることによって製造することができる、超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目からなる絶縁材料。」
に係る発明(以下、「引用発明a3」という。)が記載されているということができる。

(4) 対比・判断
ア はじめに
本願発明の「電気絶縁用絶縁組成物」を構成する「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」について、これが具体的にどのようなものであるのか明確でないが、当該「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」については、「硬化前の絶縁組成物」、「絶縁組成物の半硬化物」及び「絶縁組成物の完全硬化物」のいずれかを意味するものと仮定することができることは、上記「3」で記載したとおりであるから、以下、それぞれの場合について、本願発明と引用発明a1?a3とを対比・検討する。
イ 本願発明の「電気絶縁用絶縁組成物」を構成する「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」が「硬化前の絶縁組成物」を意味する場合
(ア) 対比
本願発明と引用発明a1とを対比する。
引用発明a1の「4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルである成分A」は、4,4′-ビフェノール基がカルボキシル基のないメソゲン基であることが明らかであって、そして、刊行物aの記載、技術常識及びこの出願の明細書の記載からみて、本願発明における「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマー」に相当する。なお、この出願の明細書の発明の詳細な説明における実施例1では、「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマー」として、4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルが用いられている。
引用発明a1の「4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルである成分Aと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートである成分Bの混合物」は、刊行物aの記載、技術常識及びこの出願の明細書の記載からみて、本願発明における「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物」に相当する。なお、この出願の明細書の発明の詳細な説明における実施例1の硬化前のエポキシ樹脂組成物は、4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートを混合したエポキシ樹脂組成物であるところ、引用発明a1の実施例6及び実施例7には、4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルである成分Aと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートである成分Bの混合物であるエポキシ樹脂組成物が記載されている。
引用発明a1の「混合物」は、絶縁材料を得るために用いられる混合物であり、そして、刊行物aの記載、技術常識及びこの出願の明細書の記載からみて、本願発明における「絶縁組成物」に相当する。
そうすると、本願発明と引用発明a1とは、本願発明の記載ぶりに倣うと、
「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物。」
である点で一致し、以下のa?cの点で相違する。
a 熱硬化性の絶縁組成物について、本願発明は、「エポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む」ものであるのに対し、引用発明a1は、液晶性樹脂を必須成分として含むと明確に規定されていない点(以下、「相違点a1」という。)
b 液晶性樹脂の硬化物について、本願発明は、「前記液晶性樹脂の硬化物はシュリーレン組織状の組織を有し、前記液晶性樹脂の硬化物の互いにほぼ垂直な二方向の熱伝導率がそれぞれ0.4W/mK以上である」のに対し、引用発明a1は、液晶性樹脂の硬化物がシュリーレン組織状の組織を有するか明らかでなく、液晶性樹脂の硬化物の互いにほぼ垂直な二方向の熱伝導率について明らかでない点(以下、「相違点a2」という。)
c 絶縁組成物について、本願発明は、「電気絶縁用絶縁組成物」であるのに対し、引用発明a1は、「電気絶縁用」と明確に規定されていない点(以下、「相違点a3」という。)
(イ) 相違点a1についての検討・判断
本願発明の「電気絶縁用絶縁組成物」を構成する「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」については、上記「2」に記載したとおり具体的にどのようなものであるのか明確でないところであるが、ここでは「硬化前の絶縁組成物」を意味するということができ、そうすると、「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」は、硬化前のものであるから、実質的に「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物」のことを意味すると認められる。そして、引用発明a1の「4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルである成分Aと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートである成分Bの混合物」が、本願発明における「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物」に相当することは、上記「4,(4),イ,(ア)」のとおりである。
したがって、相違点a1は実質的に相違点ということができないものである。
(ウ) 相違点a2についての検討・判断
本願発明の「前記液晶性樹脂の硬化物はシュリーレン組織状の組織を有し、前記液晶性樹脂の硬化物の互いにほぼ垂直な二方向の熱伝導率がそれぞれ0.4W/mK以上である」との特性は、いずれも熱硬化性の絶縁組成物を硬化した後に発現する特性と認められる。
一方、上記「4,(4),イ,(イ)」において記載したとおり、この出願の明細書の発明の詳細な説明における実施例1は、4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルと4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートを混合したエポキシ樹脂組成物を具体的に用いるというものであって、結局のところ、本願発明Aの「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物」と、引用発明a1の「4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルである成分Aと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートである成分Bの混合物」とは、エポキシ樹脂組成物(混合物)として差異がないのであるから、熱硬化性の絶縁組成物としてみた場合、本願発明Aと引用発明a1とで差異がないというべきものである。
そうすると、熱硬化性の絶縁組成物を硬化した後に発現すると認められる特性による特定がなされていたとしても、これはあくまでも硬化した後に発現するものであって、硬化する前の熱硬化性の絶縁組成物(4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートの混合物)の異同に係る判断に対して影響を与えるものではない。
したがって、相違点a2は実質的に相違点ということができないものである。

念のためにさらに検討すると、引用発明a1は、4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルである成分Aと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートである成分Bの混合物を、60?180℃の温度範囲で加熱して「不透明な変化から検出できる液晶の性質を有」する中間体Cとする、すなわち、中間体C中に液晶の構造を発生させて不透明なものとし、その後さらに固体へ転移させても液晶の構造がそのままにとどまり不透明なままであるというもので、重合の途中で液晶の構造を発生させて当該液晶の構造を最終硬化物も有するようにするものということができ、そして、当該液晶の構造はネマチック構造(摘示<a-4>)であるとされるところ、これは、この出願の明細書の発明の詳細な説明中の実施例1で用いられているものと同じエポキシモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を、同実施例1と同様の温度条件で加熱硬化(重合)して、液晶性樹脂を必須成分として含む中間体C又は超格子構造を有するポリマー状エポキシドを形成するものに相当するということができるものである。
したがって、引用発明a1においても、液晶性樹脂の硬化物に相当するものは、シュリーレン組織状の組織が生成し、所定の熱伝導率を備えていると解するのが自然であるから、相違点a2は実質的に相違点ということができないものである。

なお、ネマチック構造(ネマチック液晶の構造)については、繊維状(シュリーレン)の組織が特徴的に観察されることが周知(必要であれば、日本化学会編,液晶の化学(季刊 化学総説 No.22) 2刷,口絵写真1及び31ページ(下から22?20行)(1997年))であり、さらに、刊行物bには、引用発明a1と同じ混合物である4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートの混合物を、刊行物aの実施例6及び実施例7と同様の条件で硬化することで、シュリーレン構造(組織)と同様の構造(組織)を有するものとなったこと(摘示<b-3>Fig.6)が記載されていることから、引用発明a1において中間体Cが有するネマチック構造は、シュリーレン組織状の組織であると解するのが自然であり、当該中間体Cを硬化して得られる「超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目」についても、シュリーレン組織状の組織を有するものということができる。また、この出願の明細書の発明の詳細な説明の段落【0056】によれば、高分子絶縁体において、結晶に次いで高い秩序性を有する液晶状態とすることで、大きな熱伝導性を有するものとなる旨が記載されているところ、引用発明a1は、4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルと4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートを混合したエポキシ樹脂組成物を硬化し、得られる超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目がシュリーレン組織状の組織と解されるネマチック液晶構造を有するものであるというのであるから、超格子構造を有するポリマー状エポキシドも結晶に次いで高い秩序性を有しているということができ、そして、高い秩序性を有することから「前記液晶性樹脂の硬化物の互いにほぼ垂直な二方向の熱伝導率がそれぞれ0.4W/mK以上である」という特性を備えたものであると解するのが自然であるから、この点からみても、相違点a2は実質的に相違点ということができないものである。
(エ) 相違点a3についての検討・判断
引用発明a1の混合物は、それから製造される超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目が「硬化した注型樹脂として、例えば絶縁体、変圧器、コンデンサー及び印刷回路のための製造及び絶縁材料として、・・・使用することができる」(摘示<a-6>)というものであって、絶縁材料が電気絶縁用に用いられることは周知慣用の技術であるし、また、変圧器、コンデンサー及び印刷回路のための製造に用いられる材料が電気絶縁用を目的とするものであることは明らかである。
したがって、相違点a3は実質的に相違点ということができないものである。
(オ) 小括
以上のとおりであるから、本願発明の「電気絶縁用絶縁組成物」を構成する「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」が「硬化前の絶縁組成物」を意味する場合、本願発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物aに記載された発明であるから、平成11年法律第41号による改正前の特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。

ウ 本願発明の「電気絶縁用絶縁組成物」を構成する「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」が、「絶縁組成物の半硬化物」を意味する場合
(ア) 対比
本願発明と引用発明a2とを対比する。
引用発明a2の「4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルである成分A」及び「4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルである成分Aと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートである成分Bの混合物」が、本願発明の「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマー」及び「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物」にそれぞれ相当すること、この出願の明細書の発明の詳細な説明における実施例1では、「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマー」として、4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルが用いられ、エポキシ樹脂組成物が4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートを混合したものであるところ、引用発明a1の実施例6及び実施例7には、4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルである成分Aと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートである成分Bの混合物であるエポキシ樹脂組成物が記載されていることは、上記「4,(4),イ,(ア)」に記載したのと同様である。
引用発明a2の「中間体C」は、絶縁材料を得るために用いられるものであり、また、「不透明な変化から検出できる液晶の性質」を有するものであるから液晶性樹脂ということができるものであり、さらに、加熱することで硬化して超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目となるもので、熱硬化性を有するということができ、一方で、本願発明の「液晶性樹脂を含む熱硬化性の絶縁組成物」については、上記「2」に記載したとおり具体的にどのようなものであるのか明確でないところであるが、ここでは「絶縁組成物の半硬化物」を意味するということができ、そして、「絶縁組成物の半硬化物」は、「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物」を半硬化させたものであって、さらに硬化し得るものであるから、結局、引用発明a2の「中間体C」は、本願発明の「液晶性樹脂を含む熱硬化性の絶縁組成物」に相当する。
そうすると、本願発明と引用発明a2とは、本願発明の記載ぶりに倣うと、
「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」
である点で一致し、以下のa?bの点で相違する。
a 液晶性樹脂の硬化物について、本願発明は、「前記液晶性樹脂の硬化物はシュリーレン組織状の組織を有し、前記液晶性樹脂の硬化物の互いにほぼ垂直な二方向の熱伝導率がそれぞれ0.4W/mK以上である」のに対し、引用発明a2は、液晶性樹脂の硬化物がシュリーレン組織状の組織を有するか明らかでなく、液晶性樹脂の硬化物の互いにほぼ垂直な二方向の熱伝導率について明らかでない点(以下、「相違点a4」という。)
b 絶縁組成物について、本願発明は、「電気絶縁用絶縁組成物」であるのに対し、引用発明a2は、「電気絶縁用」と明確に規定されていない点(以下、「相違点a5」という。)
(イ) 相違点a4についての検討・判断
上記「4,(4),イ,(イ)」において記載したのと同様に、引用発明a2は、4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルである成分Aと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートである成分Bの混合物を、60?180℃の温度範囲で加熱して「不透明な変化から検出できる液晶の性質を有」する中間体Cとする、すなわち、中間体C中に液晶の構造を発生させて不透明なものとし、その後さらに固体へ転移させても液晶の構造がそのままにとどまり不透明なままであるというもので、重合の途中で液晶の構造を発生させて当該液晶の構造を最終硬化物も有するようにするものということができ、そして、当該液晶の構造はネマチック構造(摘示<a-4>)であるとされるところ、これは、この出願の明細書の発明の詳細な説明中の実施例1で用いられているものと同じエポキシモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を、同実施例1と同様の温度条件で加熱硬化(重合)して、液晶性樹脂を必須成分として含む中間体C又は超格子構造を有するポリマー状エポキシドを形成するものに相当するということができるものである。
したがって、引用発明a2においても、液晶性樹脂の硬化物に相当するものは、シュリーレン組織状の組織が生成し、所定の熱伝導率を備えていると解するのが自然であるから、相違点a2は実質的に相違点ということができないものである。
また、上記「4,(4),イ,(イ)」において記載したとおり、ネマチック構造(ネマチック液晶の構造)については、繊維状(シュリーレン)の組織が特徴的に観察されることが周知であること、さらに、刊行物bには、引用発明a2と同じ混合物である4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートの混合物を、刊行物aの実施例6及び実施例7と同様の条件で硬化することで、シュリーレン構造(組織)と同様の構造(組織)を有するものとなったこと(摘示<b-3>Fig.6)が記載されていることから、引用発明a2において中間体Cが有するネマチック構造は、シュリーレン組織状の組織であると解するのが自然であり、当該中間体Cを硬化して得られる「超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目」についても、シュリーレン組織状の組織を有するものということができる。
また、この出願の明細書の発明の詳細な説明の段落【0056】によれば、高分子絶縁体において、結晶に次いで高い秩序性を有する液晶状態とすることで、大きな熱伝導性を有するものとなる旨が記載されているところ、引用発明a2は、4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルと4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートを混合したエポキシ樹脂組成物を硬化し、得られる超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目がシュリーレン組織状の組織と解されるネマチック液晶構造を有するものであるというのであるから、超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目は結晶に次いで高い秩序性を有しているということができ、そして、高い秩序性を有することから「前記液晶性樹脂の硬化物の互いにほぼ垂直な二方向の熱伝導率がそれぞれ0.4W/mK以上である」という特性を備えたものであると解するのが自然である。
したがって、相違点a4は実質的に相違点ということができないものである。
(ウ) 相違点a5についての検討・判断
相違点a5は、実質的に相違点a3と同様のものということができ、そして、相違点a3については、上記「4,(4),イ,(エ)」で検討したとおりであるから、それと同様の理由で、相違点a5は実質的に相違点ということができないものである。
(エ) 小括
以上のとおりであるから、本願発明の「電気絶縁用絶縁組成物」を構成する「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」が「絶縁組成物の半硬化物」を意味する場合、本願発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物aに記載された発明であるから、平成11年法律第41号による改正前の特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。

エ 本願発明の「電気絶縁用絶縁組成物」を構成する「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」が、「絶縁組成物の完全硬化物」を意味する場合
(ア) 対比
本願発明と引用発明a3とを対比する。
引用発明a3の「4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルである成分A」及び「4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルである成分Aと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートである成分Bの混合物」が、本願発明の「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマー」及び「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物」にそれぞれ相当すること、この出願の明細書の発明の詳細な説明における実施例1では、「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマー」として、4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルが用いられ、エポキシ樹脂組成物が4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートを混合したものであるところ、引用発明a1の実施例6及び実施例7には、4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルである成分Aと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートである成分Bの混合物であるエポキシ樹脂組成物が記載されていることは、上記「4,(4),イ,(ア)」に記載したのと同様である。
引用発明a3の「超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目」は、刊行物aの記載、技術常識及びこの出願の明細書の記載からみて、本願発明における「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた絶縁組成物」に相当する。
そうすると、本願発明と引用発明a3とは、本願発明の記載ぶりに倣うと、
「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた絶縁組成物」
である点で一致し、以下のa?cの点で相違する。
a 熱硬化性の絶縁組成物について、本願発明は、「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」であるのに対し、引用発明a3は、「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた絶縁組成物」である点(以下、「相違点a6」という。)
b 液晶性樹脂の硬化物について、本願発明は、「前記液晶性樹脂の硬化物はシュリーレン組織状の組織を有し、前記液晶性樹脂の硬化物の互いにほぼ垂直な二方向の熱伝導率がそれぞれ0.4W/mK以上である」のに対し、引用発明a3は、液晶性樹脂の硬化物がシュリーレン組織状の組織を有するか明らかでなく、液晶性樹脂の硬化物の互いにほぼ垂直な二方向の熱伝導率について明らかでない点(以下、「相違点a7」という。)
c 絶縁組成物について、本願発明は、「電気絶縁用絶縁組成物」であるのに対し、引用発明a3は、「電気絶縁用」と明確に規定されていない点(以下、「相違点a8」という。)
(イ) 相違点a6についての検討・判断
本願発明の「電気絶縁用絶縁組成物」を構成する「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」については、上記「2」に記載したとおり具体的にどのようなものであるのか明確でないところであるが、ここでは「絶縁組成物の完全硬化物」を意味するということができ、そして、「絶縁組成物の完全硬化物」が、刊行物aの記載、技術常識及びこの出願の明細書の記載からみて、引用発明a3の「超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目」に相当することは、上記「4,(4),エ,(ア)」のとおりである。
したがって、相違点a6は実質的に相違点ということができないものである。
(ウ) 相違点a7についての検討・判断
相違点a7は、実質的に相違点a4と同様のものということができ、そして、相違点a4については、上記「4,(4),ウ,(イ)」で検討したとおりであるから、それと同様の理由で、相違点a7は実質的に相違点ということができないものである。

(エ) 相違点a8についての検討・判断
相違点a8は、実質的に相違点a3と同様のものということができ、そして、相違点a3については、上記「4,(4),イ,(エ)」で検討したとおりであるから、それと同様の理由で、相違点a8は実質的に相違点ということができないものである。

(オ) 小括
以上のとおりであるから、本願発明の「電気絶縁用絶縁組成物」を構成する「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」が、「絶縁組成物の完全硬化物」を意味する場合、本願発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物aに記載された発明であるから、平成11年法律第41号による改正前の特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。

オ 特許法第29条第1項第3号についてのまとめ
本願発明は、上記「イ」?「エ」いずれの場合においても、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物aに記載された発明であるから、平成11年法律第41号による改正前の特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。

カ 審判請求人の主張
審判請求人は、平成19年7月30日付け意見書中(2-3)において、刊行物aは、結晶化して析出して白濁しただけであって、刊行物aには、シュリーレン組織状の組織を有する絶縁組成物は開示されておらず、さらに、「液晶性樹脂の硬化物の互いにほぼ垂直な二方向の熱伝導率がそれぞれ0.4W/mK以上である」という要件を満たすことはない旨主張している。
しかしながら、刊行物a(特に、摘示<a-4>及び<a-5>)には、液晶の構造を中間体Cに発生させること、当該液晶の構造がネマチック構造であること、当該液晶の構造は混合物が不透明となる変化によって確認し得ること、中間体C中の液晶の構造の発展を示す不透明な変化が60?180℃の温度範囲において達成されること、中間体Cの液晶の構造が固体への転移(超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目への転移)に際してそのままとどまること、が記載されており、これらの記載に特段の技術的矛盾などを見いだせないことからみて、刊行物aに記載されている中間体C及び超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目は、ネマチック構造の液晶の構造を有するものであると解するのが自然である。
また、上記「4,(4),イ,(イ)」において記載したとおり、ネマチック構造(ネマチック液晶の構造)については、繊維状(シュリーレン)の組織が特徴的に観察されることが周知であること、さらに、刊行物bには、引用発明a2と同じ混合物である4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートの混合物を、刊行物aの実施例6及び実施例7と同様の条件で硬化することで、シュリーレン構造(組織)と同様の構造(組織)を有するものとなったこと(摘示<b-3>Fig.6)が記載されていることから、引用発明a2において中間体Cが有するネマチック構造は、シュリーレン組織状の組織であると解するのが自然であり、当該中間体Cを硬化して得られる「超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目」についても、シュリーレン組織状の組織を有するものということができる。
また、この出願の明細書の発明の詳細な説明の段落【0056】によれば、高分子絶縁体において、結晶に次いで高い秩序性を有する液晶状態とすることで、大きな熱伝導性を有するものとなる旨が記載されているところ、引用発明a2は、4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテルと4,4′-ジアミノフェニルベンゾエートを混合したエポキシ樹脂組成物を硬化し、得られる超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目がシュリーレン組織状の組織と解されるネマチック液晶構造を有するものであるというのであるから、超格子構造を有するポリマー状エポキシド網目は結晶に次いで高い秩序性を有しているということができ、そして、高い秩序性を有することから「前記液晶性樹脂の硬化物の互いにほぼ垂直な二方向の熱伝導率がそれぞれ0.4W/mK以上である」という特性を備えたものであると解するのが自然であることは、上記「4,(4),イ,(ウ)」に記載したとおりである。
したがって、上記審判請求人の主張は、採用し得るものではなく、上記「4,(4),オ」でした判断を左右するものではない。

5 特許法第36条第6項第1号について
(1) 平成19年5月24日付けで通知した拒絶理由
当審において、平成19年5月24日付けで通知した拒絶理由のうち、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないとした具体的な理由は、以下のとおりである。
「ア
本願の請求項1に記載されている事項により特定される発明は、「互いにほぼ垂直な二方向の熱伝導率」が特定の値以上であるとの特定がなされたものであるが、このような熱伝導特性を有するものを一般的に得るために、具体的にどのような組成のエポキシ樹脂組成物を用い、具体的にどのような硬化条件等を採用すればよいのかが何ら明確ではなく、明細書において十分に明確にされておらず、また、それが当業者にとって自明なものでもない。
しかも、発明の詳細な説明中に、特定の熱伝導特性を達成するための手段として開示されているのは、その実施例1?3に示される限定的な例であって、発明の詳細な説明中に、所期の目的・効果を得るための一般的な解決手段を教示する記載は何ら見いだせないし、出願時の技術常識等に照らしても、請求項1?5に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化し得るものとも認められない。(なお、上記のとおり、刊行物a?gにも「メソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物である(電気絶縁用)絶縁組成物。」が記載されている。)
したがって、・・・また、請求項1及びそれを引用する請求項2?5に記載された発明は、発明の詳細な説明に記載されていない発明をも含むものであり・・・。」

(2) 新請求項1の記載
上記「第2」及び「第4,2,(2)」でもあげたが、以下のとおりのものである。
「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物であって、前記液晶性樹脂の硬化物はシュリーレン組織状の組織を有し、前記液晶性樹脂の硬化物の互いにほぼ垂直な二方向の熱伝導率がそれぞれ0.4W/mK以上であることを特徴とする電気絶縁用絶縁組成物。」

(3) この出願の明細書の発明の詳細な説明に記載された事項
この出願の明細書の発明の詳細な説明において、本願発明に直接関係する記載又は本願発明を説明する記載と認められるものは、以下のとおりである。
<明-1>
「【発明の属する技術分野】本発明は、電気絶縁性でかつ優れた熱伝導性を有する絶縁組成物に関する。」(【0001】)
<明-2>
「【発明が解決しようとする課題】本発明は、電気絶縁性でかつ優れた熱伝導性を有する絶縁組成物を提供することを目的とする。」(【0012】)
<明-3>
「【課題を解決するための手段】本発明者らは、絶縁組成物の熱伝導率が一般的に低い原因が、絶縁組成物中に存在する欠陥であることを解明した。そして、絶縁組成物がメソゲン基を有するモノマーを含む樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含むことで、絶縁組成物中の欠陥が減少し、0.4W/mK以上の熱伝導率を有する絶縁組成物になることを見出した。そして、この絶縁組成物は、互いにほぼ垂直な二方向以上の方向において、0.4W/mK以上の熱伝導率を有する絶縁組成物になることを見出した。」(【0013】)
<明-4>
「絶縁組成物の製造は、メソゲン基を有するモノマーを含む樹脂組成物が重合開始時に部分的にメソゲン基を中心に秩序を持って配列した状態になる条件下で樹脂組成物を加熱することが好ましい。
本発明における液晶性樹脂とは、メソゲン基を有するモノマーを含む樹脂組成物が少なくとも重合反応の途中で部分的にメソゲン基を中心に秩序を持って配列した状態になる条件で、メソゲン基を有するモノマーを含む樹脂組成物を重合したもので、部分的にメソゲン基を中心に秩序を持って配列したまま固化したものを指す。液晶性樹脂であることは、偏光顕微鏡あるいはX線回折によって確認することができる。」(【0025】?【0026】)
<明-5>
「本発明の絶縁組成物は、メソゲン基を有するモノマーを含む樹脂組成物が重合開始前に部分的にメソゲン基を中心に秩序を持って配列した状態にならなくても良いが、少なくとも重合反応の途中で部分的にメソゲン基を中心に秩序を持って配列した状態になる条件で重合することが必要である。メソゲン基を有するモノマーを含む樹脂組成物が少なくとも重合開始時に部分的にメソゲン基を中心に秩序を持って配列した状態になる条件下で加熱により製造する方法が好ましい。
このような本発明の絶縁組成物は、メソゲン基を有するモノマーを含む樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む絶縁組成物とすることで、互いにほぼ垂直な二方向において優れた熱伝導性を示すようになり、電気機器の導体から発生する熱の放散性を向上させることができる。そして、電気機器は、本発明による絶縁組成物を用いることで、熱の放散性が向上し小型化が可能となる。」(【0033】?【0034】)
<明-6>
「また、(化3)に示したメソゲン基を有するモノマーをある一方向に配向させた後に架橋反応させた材料が水に弱く長期の信頼性に劣っている原因は、メソゲン基中に含まれるカルボキシ基が加水分解するためであることを解明し、カルボキシ基のないメソゲン基を分子内に有したモノマーを用いることで長期の信頼性が確保できることを見出した。」(【0035】)
<明-7>
「また、本発明の一つは、前述の(化1)に示されるメソゲン基を有するモノマーを含む樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む絶縁組成物であって、熱伝導率が0.4W/mK以上であることを特徴とする。
この絶縁組成物は、電気を通すための導体と絶縁材料とを有する電気機器の絶縁材料の全部あるいは一部に使用されるものである。この電気機器に使用される導体は電気が通るため発熱し、本発明に使用される絶縁組成物は、こうした発熱する物品に使用されるものである。したがって、熱によって容易に変形することのない、熱によって重合する熱硬化性の樹脂組成物である必要がある。」(【0036】?【0037】)
<明-8>
「本発明における高熱伝導性達成の理論は、以下のようなものである。
物質の熱伝導には、電子伝導とフォノン伝導があるが、絶縁体の熱伝導は主としてフォノンによるものであり、その熱伝導率は、材料中の欠陥でのフォノンの静的散乱や、分子振動や格子振動の非調和性によるフォノン同士の衝突による動的散乱(umklapp process)により低下する。通常の絶縁組成物(高分子)は、材料中の欠陥が多く分子や格子振動の非調和性も大きいため、一般的に熱伝導率が小さい。
従来技術として、絶縁組成物(高分子)の熱伝導率を増大する方法としては、電子伝導による寄与を用いるため、導電性高分子を用いる方法がある。しかし、当然のことがら、絶縁性が低下し、絶縁材料としては用いられない。
また、他の方法としては、高分子の主鎖方向の熱伝導性が大きいことを利用する方法がある。高分子の主鎖方向は、強い共役結合で結び付けられているため、主鎖方向の振動(フォノン)の非調和性が小さく、また、フォノンの静的散乱を引き起こす欠陥等も分子間方向(主鎖と直角方向)に比べてはるかに小さい。即ち、主鎖方向は、分子間方向に比べ、フォノンの動的及び静的散乱は、両者とも小さく、従って、熱伝導率は大きい。この方法は、主鎖を所望の方向に配向させ、配向方向に増大した熱伝導率を利用するものである。主鎖を配向させる方法としては、延伸する方法,電場による方法,ラビングによる方法等があげられる。ところが、従来の方法に於いては、配向方向の熱伝導率は増大するが、これと直角の方向の熱伝導率はむしろ減少する。絶縁材料として利用するとき、熱伝導率を増大させたい方向としては、高分子絶縁体フィルムの膜厚方向である場合が圧倒的であり、従来技術である、高分子主鎖の配向により高分子絶縁体フィルムの膜厚方向の熱伝導率を増大することは極めて難しい。
本発明では、物質の秩序性が増大すれば、分子鎖間方向の熱伝導率も増大させることができることに着目した。即ち、秩序性の増大により、振動の非調和性は減少し、また、フォノンの静的散乱の原因となる欠陥を減少させることができる。物質の秩序性を最も増大させる方法としては、完全結晶を利用することであるが(ダイヤモンドの熱伝導率が非常に大きいのは、この一例)、しかしながら、高分子絶縁体の完全結晶を絶縁材料として適用することは実際上不可能である。そこで、本発明においては、結晶についで高い秩序性を有する液晶状態に着目した。具体的には、本発明のメソゲン基を有するモノマーを含む樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む絶縁組成物は、分子鎖方向のみならず、分子鎖間方向においても欠陥が少なく、かつ、振動の非調和性も小さく、従って、従来の有機高分子絶縁材料に比べて、特定の配向方向に囚われることなく、大きな熱伝導性を有する。
また、本発明における液晶を発現する官能基であるメソゲン基としては、合成の容易さから、下記(化4)に示したものが最も好ましく、加水分解による劣化が起きにくいという観点から前述の(化1)に示したものが好ましい。ただし、液晶を発現する官能基である点を考えると、前述の(化3)に示したものでも本発明は達成可能である。
【化4】(化学式略)
なお、液晶とは、固体と液体との中間のある温度の範囲内で秩序を持って配列するという性質のものである。」(【0052】?【0059】)
<明-9>
「【発明の実施の形態】以下、本発明の実施例を示し、本発明について具体的に説明する。
(実施例1)4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテル270gと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエート200gを混合したエポキシ樹脂組成物を金型に流し込み、150℃にて10時間硬化後、200℃で5時間加熱硬化することで、厚さ1mmのエポキシ樹脂板を得た。
このエポキシ樹脂板を厚さ0.5mmに切断後研磨し、偏光顕微鏡で観察したところ、シュリーレン組織状の組織が観察され、液晶性樹脂であることが確認できた。
上記のエポキシ樹脂板の厚さ方向及び、面内方向の熱伝導率を測定した。なお、熱伝導率は、レーザーフラッシュ法により求められる厚さ方向,面内方向の熱拡散率と比熱容量、及び試料の密度から算出したものであり、測定は室温で行った。厚さ方向の熱伝導率は0.43W/mK、面内方向の熱伝導率は0.44W/mKと高く、優れた熱伝導性を有していた。
なお、熱伝導率は、以下の式で算出できる。
(熱伝導率)=(熱拡散率)×(体積比熱)×(密度)
熱拡散率は、レーザーフラッシュ法により、面内方向,厚さ方向のいずれも測定でき、(体積比熱)×(密度)もレーザーフラッシュ法により測定できる。レーザーフラッシュ法とは、試料表面にレーザーパルスを照射し、裏面の温度履歴より熱定数を測定する方法である。試料裏面の最高温度上昇幅より(体積比熱)×(密度)が求められ、試料裏面での温度が最高温度上昇幅の1/2上昇する時間より熱拡散率が求められる。検出点は、厚さ方向は、レーザー照射範囲内の裏面、面内方向はレーザー照射範囲外の裏面である。試料形状は、例えば、厚さ方向は10φ×1mm、面内方向は3cm角×1mmである。
また、加水分解性の評価として、上記エポキシ樹脂板、および上記エポキシ樹脂板を飽和水蒸気中121℃で1日処理した後、引っ張り試験を行い、引っ張り強度の低下率を算出した。引っ張り試験は室温にて行い、引っ張り強度は3つのサンプルの平均値とした。上記樹脂の場合、引っ張り強度の低下率は10%と小さく、長期の信頼性に優れていた。
ここで、本実施例におけるメソゲン基を有するモノマーの重合反応中の変化について説明する。図1に示すように、本発明におけるメソゲン基を有するモノマー2は、分子内にメソゲン基1を有するが、重合開始前には重合温度である150℃でメソゲン基を中心に秩序を持って配列した状態となっていない(a)。しかし、重合反応の途中に部分的にメソゲン基1を中心に秩序を持って配列した状態になり(b)、その後重合反応が進み固化する(c)。つまり、少なくとも重合反応の途中で部分的にメソゲン基を中心に秩序を持って配列した状態になれば良い。」(【0060】?【0067】)
<明-10>
「(実施例2)4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテル270gと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエート200gを混合したエポキシ樹脂組成物を金型に流し込み、厚さ方向に1kVの電圧をかけながら、150℃にて10時間硬化後、200℃で5時間加熱硬化することで、厚さ1mmのエポキシ樹脂板を得た。実施例1と同様に偏光顕微鏡観察により、このエポキシ樹脂板は液晶性樹脂であることが確認できた。【0069】実施例1と同様の手法で、上記のエポキシ樹脂板の厚さ方向及び、面内方向の熱伝導率を測定した。面内方向の熱伝導率は0.43W/mKと、電圧をかけないで作製した実施例1とほぼ同じ値で高かった。さらに、厚さ方向の熱伝導率は2.2W/mKとさらに高かった。いずれの方向も優れた熱伝導性を有していた。
また、実施例1と同様の方法で上記エポキシ樹脂を飽和水蒸気中121℃で1日処理することによる、引っ張り強度の低下率は13%と小さく、長期の信頼性に優れていた。」(【0068】?【0070】)
<明-11>
「(実施例3)4,4′-ビス(3,4-エポキシブテン-1-イロキシ)フェニルベンゾエート370gと、4,4′-ジアミノジフェニルメタン200gを混合したエポキシ樹脂組成物を金型に流し込み、150℃にて10時間硬化後、200℃で5時間加熱硬化することで、厚さ1mmのエポキシ樹脂板を得た。実施例1と同様に偏光顕微鏡観察により、このエポキシ樹脂板は液晶性樹脂であることが確認できた。【0072】実施例1と同様の手法で、上記のエポキシ樹脂板の厚さ方向及び、面内方向の熱伝導率を測定した。厚さ方向の熱伝導率は0.44W/mK、面内方向の熱伝導率は0.46W/mKと高く、優れた熱伝導性を有していた。
また、実施例1と同様の方法で上記エポキシ樹脂を飽和水蒸気中121℃で1日処理することによる、引っ張り強度の低下率は45%であった。」(【0071】?【0073】)
<明-12>
「(比較例1)ビスフェノールA-ジグリシジルエーテルを用いて、実施例1に示した方法で、エポキシ樹脂板を作製した。
このエポキシ樹脂板を厚さ0.5mmに切断後研磨し、偏光顕微鏡で観察したところ、液晶性樹脂に由来する組織が観察されなかった。
実施例1と同様の手法で、上記のエポキシ樹脂板の厚さ方向及び、面内方向の熱伝導率を測定した。厚さ方向の熱伝導率は0.18W/mK、面内方向の熱伝導率は0.20W/mKと、熱伝導性が低かった。
また、実施例1と同様の方法で上記エポキシ樹脂を飽和水蒸気中121℃で1日処理することによる、引っ張り強度の低下率は11%であった。」(【0074】?【0077】)
<明-13>
「(実施例6)図2に本発明の絶縁組成物を使用した発電機コイルの一例を示す。この発電機コイルは、導体10の対地絶縁層11として、絶縁組成物を使用する。本発明の絶縁組成物をこの対地絶縁層11に使用することにより、導体から発生する熱を効率的に放熱することができ、容量アップを図ることができる。」(【0090】)
<明-14>
「(実施例7)図3に、本発明の絶縁組成物を使用した半導体パッケージの一例を示す。この半導体パッケージは、サーマルビア45が貫通しているプリント基板43上にダイパット44が形成されている。そして、プリント基板43上には半田バンプ電極41が形成されている。さらに、プリント基板43上であってダイパット44が形成されている面上に、配線パターン42が形成され、ダイパット44上に形成されているベアチップ31とAuワイヤ34にて接続している。こうして形成された配線パターン42,ベアチップ31,Auワイヤ34,ダイパット44を封止する封止材32が形成され、半導体パッケージが形成されている。こうした半導体パッケージのサーマルビア45に本発明の絶縁組成物を用いることによって軽量となり、また、ベアチップから発熱する熱を有効に逃がすことができる。なお、本発明の絶縁組成物を封止材に用いることも有効である。」(【0091】)
<明-15>
「【発明の効果】本発明によれば、電気絶縁性でかつ互いに垂直な二方向以上の方向において優れた熱伝導性を有する絶縁組成物を得ることができる。
また、本発明によれば、電気絶縁性でかつ優れた熱伝導性を有し、長期にわたる信頼性を有する絶縁組成物を得ることができる。
また、本発明によれば、電気絶縁性でかつ優れた熱伝導性を示す絶縁組成物を得ることができる。」(【0092】?【0094】)

(4) 検討・判断
本願発明は、この出願の明細書の記載、とりわけ、上記の摘示<明-1>、<明-2>及び<明-15>の記載からみて、電気絶縁性でかつ優れた熱伝導性を示す絶縁組成物、とりわけ、「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物であって、前記液晶性樹脂の硬化物はシュリーレン組織状の組織を有し、前記液晶性樹脂の硬化物の互いにほぼ垂直な二方向の熱伝導率がそれぞれ0.4W/mK以上であることを特徴とする電気絶縁用絶縁組成物」(新請求項1)を得るという目的・課題でなされたものであって、「通常の絶縁組成物(高分子)は、材料中の欠陥が多く分子や格子振動の非調和性も大きいため、一般的に熱伝導率が小さい。」(摘示<明-8>)、「絶縁組成物(高分子)の熱伝導率を増大する方法としては、電子伝導による寄与を用いるため、導電性高分子を用いる方法がある。しかし、当然のことがら、絶縁性が低下し、絶縁材料としては用いられない。」(摘示<明-8>)及び「高分子主鎖の配向により高分子絶縁体フィルムの膜厚方向の熱伝導率を増大することは極めて難しい。」(摘示<明-8>)というような従来技術・技術的背景のもと、「物質の秩序性が増大すれば、分子鎖間方向の熱伝導率も増大させることができることに着目し」(摘示<明-8>)、「高分子絶縁体の完全結晶を絶縁材料として適用することは実際上不可能である。」(摘示<明-8>)という状況下、「本発明においては、結晶についで高い秩序性を有する液晶状態に着目した。具体的には、本発明のメソゲン基を有するモノマーを含む樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む絶縁組成物は、分子鎖方向のみならず、分子鎖間方向においても欠陥が少なく、かつ、振動の非調和性も小さく、従って、従来の有機高分子絶縁材料に比べて、特定の配向方向に囚われることなく、大きな熱伝導性を有する。」(摘示<明-8>)という知見に基づき、「絶縁組成物の熱伝導率が一般的に低い原因が、絶縁組成物中に存在する欠陥であることを解明した。そして、絶縁組成物がメソゲン基を有するモノマーを含む樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含むことで、絶縁組成物中の欠陥が減少し、0.4W/mK以上の熱伝導率を有する絶縁組成物になることを見出した。そして、この絶縁組成物は、互いにほぼ垂直な二方向以上の方向において、0.4W/mK以上の熱伝導率を有する絶縁組成物になることを見出した。」(摘示<明-3>)ことにより、課題を解決しようとするものである
ところで、この出願の特許請求の範囲(新請求項1)の記載が、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」との要件に適合するか否か(特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすか否か)については、
「特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。」(知財高裁平成18年(行ケ)第10509号判決。)

ここで、上記「2」に記載したとおり、新請求項1の「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物」との記載は、その技術的意味が明確でなく、そして、それにより、特許請求された「電気絶縁用絶縁組成物」が具体的にどのようなものであるのか明確でないが、その点はさておき、「液晶性樹脂の硬化物」について、「互いにほぼ垂直な二方向の熱伝導率がそれぞれ0.4W/mK以上である」ものとして、発明の詳細な説明において具体的に記載されているのは、実施例1に係る「4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテル270gと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエート200gを混合したエポキシ樹脂組成物を金型に流し込み、150℃にて10時間硬化後、200℃で5時間加熱硬化することで」(摘示<明-9>)得られたもの、実施例2に係る「4,4′-ビフェノールジグリシジルエーテル270gと、4,4′-ジアミノフェニルベンゾエート200gを混合したエポキシ樹脂組成物を金型に流し込み、厚さ方向に1kVの電圧をかけながら、150℃にて10時間硬化後、200℃で5時間加熱硬化することで」(摘示<明-10>)得られたもの、及び実施例3に係る「4,4′-ビス(3,4-エポキシブテン-1-イロキシ)フェニルベンゾエート370gと、4,4′-ジアミノジフェニルメタン200gを混合したエポキシ樹脂組成物を金型に流し込み、150℃にて10時間硬化後、200℃で5時間加熱硬化することで」(摘示<明-11>)のみである。
そして、発明の詳細な説明には、メソゲン基のうち好ましいとされる構造が段落【0018】、同【0029】、同【0031】及び同【0058】に記載されているだけで、「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマー」として具体的にどのようなエポキシ化合物を用いるのか、エポキシ化合物以外にどのような化合物をどの程度の量用いてエポキシ樹脂組成物を構成すればよいのかなどの液晶性樹脂を構成するためのエポキシ樹脂組成物の詳細について何も記載されていない。 通常、「メソゲン基」は、「メソゲン化合物から液晶形成に本質的でない原子(団)を除いた残りの部分。」(岩柳茂夫著,化学 One Point 液晶,初版第11刷,共立出版,32ページ(1996年))のことを指し、ここで、メソゲン化合物は「適当な状況(たとえば温度)における液晶(中間)相となるような物質を一般にメソゲンという。」(岩柳茂夫著,化学 One Point 液晶,初版第11刷,共立出版,23ページ(1996年))であるから、メソゲン基と規定したところで具体的な構造は何ら特定されるものではない。
さらに、エポキシ樹脂組成物を重合して液晶性樹脂とする際にどのような重合条件(温度、時間、その他の条件)であるのかについても、発明の詳細な説明における具体的な記載は、上記実施例1?実施例3に係る記載のみであって、それ以外に具体的な重合条件に係る記載を見いだすことはできない。この点、「本発明における液晶性樹脂とは、メソゲン基を有するモノマーを含む樹脂組成物が少なくとも重合反応の途中で部分的にメソゲン基を中心に秩序を持って配列した状態になる条件で、メソゲン基を有するモノマーを含む樹脂組成物を重合したもので、部分的にメソゲン基を中心に秩序を持って配列したまま固化したものを指す。」(摘示<明-4>)ものであるとされ、そのために、「絶縁組成物の製造は、メソゲン基を有するモノマーを含む樹脂組成物が重合開始時に部分的にメソゲン基を中心に秩序を持って配列した状態になる条件下で樹脂組成物を加熱することが好ましい。」(摘示<明-4>)及び「本発明の絶縁組成物は、メソゲン基を有するモノマーを含む樹脂組成物が重合開始前に部分的にメソゲン基を中心に秩序を持って配列した状態にならなくても良いが、少なくとも重合反応の途中で部分的にメソゲン基を中心に秩序を持って配列した状態になる条件で重合することが必要である。メソゲン基を有するモノマーを含む樹脂組成物が少なくとも重合開始時に部分的にメソゲン基を中心に秩序を持って配列した状態になる条件下で加熱により製造する方法が好ましい。」(摘示<明-5>)と、定性的にエポキシ樹脂組成物の重合条件が一応記載されているものの、そもそも、「メソゲン基を有するモノマーを含む樹脂組成物が少なくとも重合反応の途中で部分的にメソゲン基を中心に秩序を持って配列した状態になる条件」及び「メソゲン基を有するモノマーを含む樹脂組成物が重合開始時に部分的にメソゲン基を中心に秩序を持って配列した状態になる条件下で樹脂組成物を加熱する」が具体的にどのような条件又は加熱を指すのかは、発明の詳細な説明には何ら記載されていない。
また、「結晶についで高い秩序性を有する液晶状態・・・具体的には、・・・分子鎖方向のみならず、分子鎖間方向においても欠陥が少なく、かつ、振動の非調和性も小さく、従って、従来の有機高分子絶縁材料に比べて、特定の配向方向に囚われることなく、大きな熱伝導性を有する。」(摘示<明-8>)を発現するために、どのような条件でエポキシ樹脂組成物、液晶性樹脂及び絶縁組成物をそれぞれ調整すればよいのかについても、具体的に記載されていると認められるのは実施例1?実施例3の記載のみであって、発明の詳細な説明のその余の記載からは、このような特性を発現させるための具体的な条件などを知ることはできない。
したがって、新請求項1について上記「3」に記載したa?cのいずれに解したとしても、出願時の技術常識に照らして、新請求項1に係る「カルボキシル基のないメソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物であって、前記液晶性樹脂の硬化物はシュリーレン組織状の組織を有し、前記液晶性樹脂の硬化物の互いにほぼ垂直な二方向の熱伝導率がそれぞれ0.4W/mK以上であることを特徴とする電気絶縁用絶縁組成物。」にまで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張又は一般化し得ることはできない。そして、発明の詳細な説明の記載をもって、本願発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものでなく、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものということはできない。

(5) 審判請求人の主張
審判請求人は、平成17年6月13日付け意見書中「(理由C),(3)」において「引用文献3(当審注:特開平9-067426号公報)には、ビフェニル型エポキシ樹脂を部分的に含む液状樹脂組成物について記載されております。引用文献3の樹脂組成物は低粘度の酸環エポキサイド型エポキシ樹脂性及び鎖状ポリマーを必須成分としておりますが、低粘度の環エポキサイド及び鎖状ポリマーが含まれると、ビフェニルが含まれても希釈されるために高次構造が崩れ、高熱伝導性は発現しません。また、液晶性を発現させる点や、それに基づく熱伝導率の記載はありません。従って、上記記載に基づき本発明に容易に想到しうるものではないと思量致します。」と、また、同「(理由C),(4)」において「引用文献4(当審注:特開平5-063114号公報)には、ビフェニル骨格を有するエポキシ樹脂とフェノール硬化剤からなる封止材用樹脂組成物について記載されております。本願発明者らの検討によれば、フェノール硬化剤では液晶性は発現しません。発明者らの検討では、硬化剤の反応点の位置特性が液晶性の発現を阻害する可能性があると推定しております。また、引用文献4には、液晶性を発現させる点や、それに基づく熱伝導率の記載はありません。」と主張するが、当該主張は、新請求項1に記載される条件を満たしていても、直ちに所期の熱伝導率を得ることができない旨を審判請求人自らが主張するものというべきであるから、この点からみても、新請求項1に係る範囲にまで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張又は一般化し得ることはできず、そして、発明の詳細な説明の記載をもって、本願発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものでなく、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものということはできない。
同様に、平成19年7月30日付け意見書中「(2-5)」(さらには、平成20年8月22日付け上申書中の意見書(案)中「(3)」)における刊行物e(特開平5-206331号公報)、刊行物f(特開平9-227654号公報)及び刊行物g(特開平8-12746号公報)に係る主張も、新請求項1に記載される条件を満たしていても、直ちに所期の熱伝導率を得ることができない旨を審判請求人自らが主張するものというべきものである。
さらに、検討するに、「本願発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物aに記載された発明である」ことは、上記「4」に記載したとおりであるが、仮に、そういうことができないとすると、同じエポキシ化合物と同じエポキシ硬化剤(ジアミン)を成分とするエポキシ樹脂組成物を用いた場合であっても、所期の発明の課題を解決できない場合が存在することを審判請求人が自認するものといわざるを得ず、この点からみても、新請求項1に係る範囲にまで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張又は一般化し得ることはできず、そして、発明の詳細な説明の記載をもって、本願発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものでなく、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものということはできない。
したがって、上記審判請求人の主張は、採用し得るものではなく、上記「5,(4)」でした判断を左右するものではない。

(6) 小括
以上のとおり、発明の詳細な説明の記載をもって、本願発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものでなく、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものでないというべきものであるから、新請求項1の記載は、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」との要件に適合せず、そして、この出願の明細書の特許請求の範囲の記載は、平成11年法律第160号による改正前の特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

6 特許法第36条第4項について
(1) 平成19年5月24日付けで通知した拒絶理由
当審において、平成19年5月24日付けで通知した拒絶理由のうち、発明の詳細な説明が特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないとした具体的な理由は、以下のとおりである。
「ア
本願の請求項1に記載されている事項により特定される発明は、「互いにほぼ垂直な二方向の熱伝導率」が特定の値以上であるとの特定がなされたものであるが、このような熱伝導特性を有するものを一般的に得るために、具体的にどのような組成のエポキシ樹脂組成物を用い、具体的にどのような硬化条件等を採用すればよいのかが何ら明確ではなく、明細書において十分に明確にされておらず、また、それが当業者にとって自明なものでもない。
しかも、発明の詳細な説明中に、特定の熱伝導特性を達成するための手段として開示されているのは、その実施例1?3に示される限定的な例であって、発明の詳細な説明中に、所期の目的・効果を得るための一般的な解決手段を教示する記載は何ら見いだせないし、出願時の技術常識等に照らしても、請求項1?5に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化し得るものとも認められない。(なお、上記のとおり、刊行物a?gにも「メソゲン基とエポキシ基とを有するモノマーを含むエポキシ樹脂組成物を重合させた液晶性樹脂を必須成分として含む熱硬化性の絶縁組成物である(電気絶縁用)絶縁組成物。」が記載されている。)
したがって、発明の詳細な説明の記載は、請求項1及びそれを引用する請求項2?5に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものとは認められず・・・。」

(2) 新請求項1の記載及びこの出願の明細書の発明の詳細な説明に記載された事項
新請求項1の記載は、上記「5,(2)」に記載したとおりであり、また、この出願の明細書の発明の詳細な説明において、本願発明に直接関係する記載又は本願発明を説明する記載と認められるものは、上記「5,(3)」に記載したとおりである。

(3) 検討・判断
上記「5,(4)」に記載したとおり、発明の詳細な説明は、当業者が本願発明の「電気絶縁用絶縁組成物」について発明の課題である「液晶性樹脂の硬化物の互いにほぼ垂直な二方向の熱伝導率がそれぞれ0.4W/mK以上である」を解決できると認識できる記載を欠くものである。
したがって、発明の詳細な説明は、「前項第3号の発明の詳細な説明は、経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない。」との要件に適合するものでないから、平成11年法律第160号による改正前の特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。

(4) 審判請求人の主張
上記「5,(5)」に記載した理由と同様の理由で、審判請求人の主張は、採用し得るものではなく、上記「6,(3)」でした判断を左右するものではない。


第5 平成20年8月22日に提出した上申書における審判請求人の主張
審判請求人は、平成19年7月30日付けで提出した「意見書及び補正書に不備があ」るから、「意見書及び補正書の再提出の機会」を付与するよう主張している。
しかしながら、平成19年7月30日に提出した意見書及び手続補正書において、新たに意見書及び手続補正書を提出しなければならないような重大な不備がどのようなものであるのかを、審判請求人は何ら明らかにしていないし、また、当審において検討しても、新たに意見書及び手続補正書を提出しなければならないような重大な不備が平成19年7月30日に提出した意見書及び手続補正書に存在していると認めることができない。
したがって、「意見書及び補正書の再提出の機会」を付与する必要性を見いだすことができないから、平成20年8月22日に提出した上申書における審判請求人の主張は、採用することができない(なお、同上申書に添付された手続補正書(案)の【請求項1】(「エポキシ樹脂硬化物」に係る発明)について一応検討したが、刊行物aには、145℃で加熱溶融させた後に80℃で熱処理しさらに160℃で熱処理することで(液晶の構造の発展を示す)不透明な固体を得たこと(摘示<a-5>及び<a-8>(実施例7))についても記載されていること、エポキシ樹脂組成物のモノマー成分が何ら特定されていないことなどからみて、上記「第4」の「4?6」に記載した理由と同様の理由で、結局、先の拒絶理由が解消していない。さらに、摘示<b-1>?<b-3>の記載からみて、刊行物bに記載された発明(「Networks from 4,4'-bis(2,3-expoxypropoxy)biphenyl (1) and
4-aminophenyl 4-aminobenzoate (5)」であって、「Fig.6」のような構造を有するエポキシ樹脂硬化物)と同一のものと認められる)。


第6 むすび
以上のとおり、この出願は、その余の点について検討するまでもなく、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-09-18 
結審通知日 2008-09-24 
審決日 2008-10-14 
出願番号 特願平11-69543
審決分類 P 1 8・ 113- WZ (C08L)
P 1 8・ 536- WZ (C08L)
P 1 8・ 537- WZ (C08L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 杉原 進  
特許庁審判長 西川 和子
特許庁審判官 橋本 栄和
安藤 達也
発明の名称 絶縁組成物  
代理人 井上 学  

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