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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F01L
管理番号 1189874
審判番号 不服2007-25993  
総通号数 110 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-02-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-09-21 
確定日 2008-12-22 
事件の表示 特願2003-206804「エンジン用バルブ」拒絶査定不服審判事件〔平成17年 3月10日出願公開、特開2005- 61219〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯及び本願発明
本件出願は、平成15年8月8日の出願であって、平成19年4月4日付けで通知された拒絶理由に対して、平成19年6月4日付けで意見書及び手続補正書が提出されたが、平成19年8月17日付けで拒絶査定がされ、平成19年9月21日に拒絶査定に対する審判請求がなされたものであって、その請求項1?5に係る発明は、平成19年6月4日付けの手続補正書によって補正された明細書及び出願当初の図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項によって特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、単に「本願発明」という。)は次のとおりである。
「【請求項1】 脂肪酸エステル系無灰摩擦調整剤及び/又は脂肪族アミン系無灰摩擦調整剤を含有する潤滑油の存在下で摺動し、表面にPVD法により成膜されたダイヤモンドライクカーボン薄膜を有し、アルミニウムを主元素とする合金で大部分が構成されるエンジン用バルブであって、
上記ダイヤモンドライクカーボン薄膜に含まれる水素原子の量が0.5原子%以下であることを特徴とするエンジン用バルブ。」

2.引用文献
(1)引用文献1
原査定の拒絶の理由に引用された本願出願前の刊行物である特開2001-192864号公報(以下、「引用文献1」という。)には、例えば、次の事項が記載されている。
ア.「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、炭素を主成分とする硬質被膜と被覆部材に関するものである。特に、耐摩耗性、低摩擦係数、低相手攻撃性(相手材の摩耗量が少ない)、耐食性および表面保護機能向上のため、産業、一般家庭分野において潤滑剤の存在下において利用される硬質被膜と被覆部材に関する。
【0002】
【従来の技術】従来、自動車のエンジン、燃料ポンプ、各種機械などの摺動部に利用される部品に、その摺動性を高めるための表面処理が施されてきた。摺動性は、耐摩耗性、耐焼き付き性、摩擦係数によって決定される。これらの性質を向上するために、部材表面を窒化処理、メッキ処理、溶射処理、物理的蒸着法によって改質または被覆することが試みられてきた。中でも、物理的蒸着法による表面被覆は、優れた摺動性を示すということが知られている(例えば特公平1-52471号公報、特開昭62-120471号公報)。
【0003】特に、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)、i-C、アモルファスカーボンなどと呼ばれている硬質カーボン膜は、部品表面に形成することで、部品の摺動性を向上する材料として知られている。DLCは、炭素が主成分であり、ときには水素を含んでおり、炭素原子がSP^(2)結合やSP^(3)結合を有していながら、全体として非晶質の材料である。そして、その膜特性と表面平滑性から摩擦係数が低く、耐摩耗性が高いことが知られており、広く利用されている。
【0004】内燃機関、各種機械などの摺動部に利用される部品の多くは潤滑油下で利用される。また、近年、環境問題への取り組みから、これらの部品で発生する摩擦損失を低減することが強く望まれており、材質面からみると潤滑油下の摩擦係数の低減、耐摩耗性を向上することが必要である。」(第3頁第3欄第13行ないし同第45行)

イ.「【0017】それに対して、自動車のエンジン、燃料ポンプ、各種機械などの摺動部に利用される部品を対象とした場合、これらの使用領域は、磁気記録媒体に比べ、より高い耐久性が要求される。これらの目的に対しては、特開平5-296248号、同5-186287号公報などが提案されているが、更なる低摩擦係数化、耐摩耗性向上などが求められている。
【0018】従って、本発明の主目的は、耐摩耗性大、耐焼き付き性大、相手攻撃性小という特性を有したまま、潤滑油中の低摩擦係数化、耐摩耗性向上を図ることができる硬質被膜とその被覆部材とを提供することにある。」(第4頁第5欄第13行ないし同第24行)

ウ.「【0019】
【課題を解決するための手段】本発明の硬質被膜は、上記の目的を達成するためになされたもので、潤滑剤の存在下で使用され、炭素を主成分とする層を具えることを特徴とする。以下、各構成要件を詳しく説明する。
【0020】(潤滑剤)本発明硬質被膜は、大気中でもその効果を発揮することができるが、潤滑剤の存在下において低摩擦係数化の効果が大きい。潤滑剤は、エンジン油、軽油、ガソリン油、ギヤ油、タービン油、スピンドル油、マシン油、モービル油、航空潤滑油およびグリースよりなる群から選択された1種が好ましい。特に、請求項3?5の場合の潤滑剤は、前記の潤滑油に芳香族化合物を含ませたものが好ましい。芳香族化合物とは、ベンゼン核を持つ炭素環式化合物で、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン等の芳香族炭化水素とその誘導体を包括する有機化合物群を言う。この芳香族化合物の含有量は、潤滑油中の全炭素量に対して芳香族環を形成している炭素の割合が5重量%以上となるようにすることが好ましい。この割合が5重量%未満では潤滑性の向上効果が少ない。」(第4頁第5欄第25行ないし同第44行)

エ.「【0022】(硬質被膜の組成と構造)炭素を主成分とする層の典型例としてはDLCが挙げられる。ここに言うDLCには、実質的に炭素のみからなるもの及び実質的に炭素と水素のみからなるものの双方を含む。「実質的に炭素のみからなる」とは、作製上避けることのできない不純物としての他元素を除くいかなる元素も被膜中に含有されていないということである。硬質被膜の場合、特に成膜時の反応雰囲気に存在する水素を含有している例が多い。ただし、本発明における実質的に炭素のみからなる硬質被膜の水素含有率は5at%以下、より好ましくは1at%以下である。
【0023】水素含有率の低い硬質被膜は、水素を含まない雰囲気で成膜することで実現できる。また、水素を含む雰囲気で成膜する場合でも、アセチレンやベンゼン等、メタンに比べて水素含有率の低いガスを用いることが好ましい。」(第4頁第6欄第9行ないし同第24行)

オ.「【0049】(基材)上記の硬質被膜は基材上に形成する。基材は内燃機関の構成部品が好適である。特に、磁気記録媒体など、その負荷領域が軽荷重であるところに利用されるものではなく、高負荷(1kg/mm^(2)以上)の機械部品、摺動部品分野など、より高い耐久性が要求される部品に対しての適用が好適である。
【0050】基材の材質は特に限定されない。セラミックス、鉄系合金、アルミニウム合金および鉄系焼結体よりなる群から選択された少なくとも1種が好適である。セラミックスとしては、窒化ケイ素、アルミナ、ジルコニアなどが挙げられる。鉄系合金としては、高速度鋼、ステンレス鋼、SKD等が挙げられる。アルミニウム合金としてはジュラルミン等が挙げられる。さらに、WC基超硬合金やサーメットなどでも良い。」(第6頁第10欄第50行ないし第7頁第11欄13行)

カ.「【0058】被膜の成膜法は、RFプラズマCVD(RF-CVD)、イオンプレーティング(IP)、真空アーク放電蒸着法(VAD)、スパッタリング法(SP)を用いた。RF-CVD/IPとは、それぞれを複合して用いた方法である。RF-CVDを用いる場合は、炭化水素ガス(CH_(4))、アンモニア又はN_(2)および水素を用いる。金属元素を添加する場合は、塩化物またはアルコキシドなどの気相状態で添加するか、固体原料の蒸発を行う。VAD法では、雰囲気ガスを炭化水素-Ar系として金属またはセラミックスの固体蒸発源を用いるか、Ar系ガス雰囲気または雰囲気ガスなしで炭素および金属またはセラミックス固体蒸発源を用いて成膜した。SP法は、RF-マグネトロンスパッタを用い、Ar雰囲気で、炭素および金属またはセラミックス固体蒸発源をスパッタリングした。各成膜法の具体的条件範囲は表1?4に示す通りである。表1はRF-CVDの条件を、表2はVADの条件を、表3はSPの条件を、表4はIPの条件を示している。」(第7頁第12欄第17行ないし同第33行)

キ.「【0143】
【発明の効果】以上説明したように、本発明によれば、基材表面に炭素を主成分とする被膜を設け、潤滑剤の存在下で用いることで、摩擦係数を低減させ、耐摩耗性を高めることができる。従って、耐摩耗性、摺動特性、耐食性および表面保護機能向上のため、産業、一般家庭分野において潤滑油を介して利用される摺動部材としての利用が期待される。特に、自動車のエンジン、燃料ポンプ、各種機械などの摺動部に利用することが期待される。」(第24頁第45欄第23行ないし同第32行)

(1-1)上記2.(1)のア.?キ.の記載及び図面を参酌すると、引用文献1には以下の点が記載されていることが分かる。
自動車のエンジン、燃料ポンプ等の摺動部に利用されるアルミニウム合金等を基材とする部品であって、潤滑油の存在下において、摩擦係数を低減させ、耐摩耗性を向上させ、そして、摺動性を向上させるために、部品の摺動面に硬質被膜を設ける。
硬質被膜は、イオンプレーティング(IP)、真空アーク放電蒸着法(VAD)、あるいは、スパッタリング法(SP)等により成膜されるダイヤモンドライクカーボン(DLC)被膜であって、実質的に炭素のみからなるものであり、その水素含有率は5at%以下、より好ましくは1at%以下である。

(1-2)引用文献1記載の発明
上記2.(1)及び(1-1)の記載事項からみて、引用文献1には、次の発明が記載されているといえる。(以下、単に「引用文献1記載の発明」という。)
「潤滑油の存在下で摺動し、表面にイオンプレーティング、真空アーク放電蒸着法、スパッタリング法等により成膜されたダイヤモンドライクカーボン(DLC)被膜を有し、アルミニウム合金を基材とするエンジン等の摺動部に利用される部品であって、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)被膜は、実質的に炭素のみからなるものであり、その水素含有率は5at%以下、より好ましくは1at%以下であるエンジン等の摺動部に利用される部品。」

(2)引用文献2
原査定の拒絶の理由に引用された本願出願前の刊行物である特開2001-172766号公報(以下、「引用文献2」という。)には、例えば、次の事項が記載されている。
ア.「【0007】
【課題を解決するための手段】本発明では、ダイヤモンド、あるいはダイヤモンド微結晶を含む被膜を被覆した部材の摩擦係数を低減するべく、次のものを提案する。
【0008】被膜が被覆された摺動部材において、ビッカース硬度8000より大きいダイヤモンド被膜、またはダイヤモンド微結晶を30体積%以上含有する下層被膜を形成しさらに、この下層被膜上にヌープ硬度が20以上2000以下である炭素膜または金属膜または化合物膜からなる上層被膜が積層されていることを特徴とする被覆摺動部材である。」(第2頁第2欄第46行ないし第3頁第3欄第6行)

イ.「【0019】これらの被覆摺動部材の母材としては、各種鋼材、WC基の超硬合金、あるいは窒化硅素、炭化硅素、酸化アルミ、酸化ジルコニウムなどをベースにした各種セラミックス、アルミニウム合金、マグネシウム合金等が最適である。」(第4頁第5欄第7行ないし同第11行)

ウ.「【0022】使用環境としては、潤滑下、無潤滑下いずれの環境下でも効果がある。しかし、摩擦係数の差が現れにくい液体潤滑下でその効果は顕著となる。液体潤滑下でも、自動車エンジンオイルや機械油をはじめとする油潤滑下で使用すると摩擦損失の低減に極めて効果が大きい。」(第4頁第5欄第22行ないし同第27行)

エ.「【0023】具体的な適用対象としては、高速摺動、高面圧摺動の部品に適する。紡績・繊維関係では、家庭用・工業用ミシンの釜や、糸道、各種軸受などの高速摺動部品に適する。OA機器では、レーザープリンタなどのOA機器の高速軸受などが挙げられる。家電では、冷蔵庫やエアコンのコンプレッサ部品などの高面圧部品に適する。自動車などの輸送機器においては、エンジン部品が挙げられ、ピストンやクランクシャフトなどの主運動系、カムとロッカーアーム・シム・リフター、バルブとバルブシートなどの動弁系部品、プランジャーなどの燃料噴射ポンプ周辺部品などが挙げられる。また、本構造の被膜は、摺動部品以外の分野、例えば、工具や金型等にも適用しても、耐摩耗性等の点で十分に効果を発揮する。」(第4頁第5欄第28行ないし同第41行)

オ.「【0024】ダイヤモンド被膜の下層被膜は、マイクロ波プラズマCVD法、ECRプラズマCVD法、フィラメントCVD法、燃焼炎法などの気相合成法で得られるものが好ましい。また、ダイヤモンド微結晶を30体積%以上含有する下層被膜も、マイクロ波プラズマCVD法、ECRプラズマCVD法、フィラメントCVD法、燃焼炎法などの気相合成法で得られるものが好ましく、この場合、ダイヤモンド以外の部分は、非晶質の炭素やグラファイトなどの相で形成される。
【0025】また、後者のダイヤモンド微結晶を30体積%以上含有する被膜は、高圧合成法などによるダイヤモンド微粒を30体積%以上含有させた複合材料でもよく、複合化に用いるマトリクス材料としては、樹脂や金属、セラミックス等が適用できる。基材上に直接にダイヤモンドの合成が困難な場合は、別に合成したダイヤを目的の基材上にろう付けなどの手法で張り付けてもよい。
【0026】上層被膜が金属膜または化合物膜の場合は、スパッタリング法、各種プラズマCVD法、イオンプレーティング法、カソードアークイオンプレーティング法、真空蒸着法、レーザーアブレーション法、イオンビームスパッタ法等の公知の方法で成膜することができる。
【0027】また上層被膜が炭素膜の場合、結晶質ダイヤモンド薄膜の合成に適用されているマイクロ波プラズマCVD法、ECRプラズマCVD法、フィラメントCVD法、燃焼炎法等のほかに、高周波や直流電圧、パルス直流電圧、ホロカソード、ホットカソードを適用したアークなどの各種プラズマ源を用いたプラズマCVD法、炭素または炭化水素イオンを用いるイオンビーム蒸着法、固体炭素源からスパッタリングやアーク放電、レーザー照射にて炭素を気化し基体上に成膜する手法等が適用できる。なお、密着性の観点からは、下層被膜と上層被膜の炭素膜、金属膜または化合物膜とを連続的に処理することが望ましい。」(第4頁第5欄第42行ないし同第6欄第26行)

(2-1)引用文献2記載の技術的事項
上記2.(2)のア.?オ.の記載及び図面を参酌すると、引用文献2には、次のような技術的事項(以下、「引用文献2記載の技術的事項」という。)が記載されている。
「潤滑油の存在下で摺動するアルミニウム合金を母材とするエンジン用バルブ等の摺動部材であって、その表面に硬質炭素被膜を形成し、摺動性を高め、耐摩耗性等を向上させるようにしたエンジン用バルブ等の摺動部材。」

(3)引用文献3
原査定の拒絶理由において指摘した周知の技術事項を示すものとして原査定の備考欄において例示された特開2003-27081号公報(平成15年1月29日出願公開、以下、「引用文献3」という。)には、例えば、次の事項が記載されている。
ア.「【0003】一方、石油危機を契機に実施され始めた自動車の低燃費化(省燃費化)は、資源保護及び環境保護の観点から今後も依然として重要課題の一つである。自動車の燃費向上は車体重量の軽量化、燃焼の改善及びエンジンの低摩擦化により行われてきた。エンジンの低摩擦化には、例えば、動弁系構造の改良、ピストンリングの本数の低減、摺動部材の表面粗さの低減、及び低燃費エンジン油の使用等が有効である。これらのなかで低燃費エンジン油の使用は費用対効果に優れていることから、市場においても一般的になってきており、そのようなエンジン油には摩擦低減に有効な添加剤として摩擦低減剤あるいは摩擦調整剤(FM)が添加されている。」(第2頁第1欄第42行ないし同第2欄第3行)

イ.「【0005】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、長期間に渡って清浄性に優れ、かつ低燃費性にも優れた内燃機関用潤滑油組成物を開発するべく検討を重ねた結果、特定の添加剤を特定の割合で添加し、組み合わせることにより、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】本発明は、(A)100℃における動粘度が2?8mm^(2)/sで全芳香族含有量が15質量%以下の鉱油及び/又は合成油からなる基油に、組成物全量基準で、(B)重量平均分子量が6500以上のポリブテニルコハク酸イミド及び/又はその誘導体を2?15質量%、(C)フェノール系及び/又はアミン系無灰酸化防止剤を0.2?5質量%、(D)重量平均分子量が400000以上の粘度指数向上剤を0.2?15質量%、及び(E)摩擦低減剤を0.05?3質量%含有してなる内燃機関用潤滑油組成物にある。また、本発明は、前記組成物に(F)アルカリ土類金属スルホネート、アルカリ土類金属フェネート及びアルカリ土類金属サリシレートからなる群より選ばれる少なくとも1種のアルカリ土類金属系清浄剤がさらに含有されてなる内燃機関用潤滑油組成物にある。」(第2頁第2欄第21行ないし同第42行)

ウ.「【0043】本発明における(E)成分である摩擦低減剤としては、例えば、炭素数6?30の直鎖状若しくは分枝状、好ましくは直鎖状炭化水素基を有する、アミン化合物、脂肪酸エステル、脂肪酸アミド、脂肪酸金属塩等、あるいは有機モリブデン化合物、及びこれらの任意混合物が挙げられる。上記炭素数6?30の直鎖状若しくは分枝状炭化水素基としては、‥‥‥‥‥ 等が例示できる。
【0044】アミン化合物としては、上記炭素数6?30の炭化水素基を有する脂肪族モノアミン、脂肪族ポリアミン、又はこれら脂肪族アミンのアルキレンオキシド付加物等が例示できる。脂肪酸エステルとしては、上記炭素数6?30の炭化水素基を有する脂肪酸と、脂肪族1価アルコール又は脂肪族多価アルコールとのエステル等が例示できる。脂肪酸アミドとしては、上記炭素数6?30の炭化水素基を有する脂肪酸と、脂肪族モノアミン又は脂肪族ポリアミンとのアミド等が例示できる。脂肪酸金属塩としては、例えば、上記炭素数6?30の炭化水素基を有する脂肪酸の、アルカリ土類金属塩(マグネシウム塩、カルシウム塩等)や亜鉛塩等が挙げられる。これらのうちでは、脂肪酸エステルが好ましく、好ましい具体例としては、グリセリンモノオレートやソルビタンモノオレート等が挙げられる。」(第7頁第11欄第32行ないし同第12欄第22行)

エ.「清浄性における長寿命化を重視すると、上述の脂肪酸エステル等の無灰系摩擦低減剤を使用することが特に好ましい。」(第8頁13欄第26行ないし同第28行)

(3-1)引用文献3に記載の技術的事項
上記2.(3)のア.?エ.の記載及び図面を参酌すると、引用文献3には、次のような技術的事項(以下、「引用文献3記載の技術的事項」という。)が記載されている。
「内燃機関用潤滑油には摩擦低減に有効な添加剤として摩擦低減剤(摩擦調整剤)が添加されており、摩擦低減剤(摩擦調整剤)としての、炭素数6?30の炭化水素基を有する脂肪酸エステル系、脂肪酸アミド系、アミン化合物系等の無灰系摩擦低減剤を0.05?3質量%含有する内燃機関用潤滑油。」

(4)引用文献4
原査定の拒絶理由において指摘した周知の技術事項を示すものとして原査定の備考欄において例示された特開2003-73685号公報(平成15年3月12日出願公開、以下、「引用文献4」という。)には、例えば、次の事項が記載されている。
ア.「【0004】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、排気ガス浄化触媒のリンなどによる被毒が殆どなく、またDPFへの灰分堆積量も減少させることができ、かつ優れた摩耗防止性及び高温清浄性を有する内燃機関用潤滑油組成物を提供することである。
【0005】
【課題を解決するための手段】本発明者は、ZnDTPや上記のような金属系清浄剤の使用量を低減しても、あるいは全く使用しなくても優れた摩耗防止性及び高温清浄性が得られる潤滑油を求めて研究を重ねた結果、特定のコハク酸イミド及び無灰系摩擦調整剤を特定量配合することで目的の内燃機関用潤滑油組成物が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。即ち、本発明は、潤滑油基油に、(A)ホウ素含有量Bと窒素含有量Nとの質量比(B/N)が0.15以上のホウ素含有コハク酸イミドを組成物全量基準でホウ素含有量として100質量ppm以上、及び(B)無灰系摩擦調整剤を0.1?2質量%含有してなる内燃機関用潤滑油組成物にある。
【0006】本発明の内燃機関用潤滑油組成物は、前記(A)成分、(B)成分に加え、さらに(C)分散型及び/または非分散型粘度指数向上剤が組成物全量基準で0.1?10質量%含有してなる。本発明の内燃機関用潤滑油組成物は、前記(B)成分が炭素数6?30の直鎖状若しくは分枝状炭化水素基を有する脂肪酸エステルであることが好ましい。本発明の内燃機関用潤滑油組成物は、前記(B)成分が炭素数6?30の直鎖状若しくは分枝状炭化水素基を有する脂肪酸アミドであることが好ましい。」(第2頁第2欄第2行ないし同第31行)

イ.「【0017】本発明の内燃機関用潤滑油組成物における(B)成分の摩擦調整剤の例としては、炭素数6?30、好ましくは、炭素数8?24、特に好ましくは炭素数10?20の直鎖状又は分枝状炭化水素基を有する脂肪酸エステル、脂肪酸アミド、アミン化合物及びこれらの任意混合物を挙げることができる。炭素数6?30の直鎖状若しくは分枝状炭化水素基としては、‥‥‥‥‥等が例示できる。
【0018】上記脂肪酸エステルとしては、上記炭素数6?30の炭化水素基を有する脂肪酸と脂肪族1価アルコール又は脂肪族多価アルコールとのエステル等が例示でき、具体的には、グリセリンモノオレートやソルビタンモノオレート等が好ましい例として挙げられる。上記脂肪酸アミドとしては、上記炭素数6?30の炭化水素基を有する脂肪酸と脂肪族モノアミン又は脂肪族ポリアミンとのアミド等が例示でき、具体的にはオレイルアミド等が好ましい例として挙げられる。上記アミン化合物としては、上記炭素数6?30の炭化水素基を有する脂肪族モノアミン、脂肪族ポリアミン、又はこれらの脂肪族アミンのアルキレンオキシド付加物等が例示できる。
【0019】本発明における(B)成分の含有量の下限値は、組成物全量基準で、0.1質量%であり、好ましくは0.2質量%以上、さらに好ましくは0.3質量以上であり、一方その上限値は、2.0質量%であり、好ましくは1.5質量%以下、特に好ましくは1.2質量%以下である。(B)成分の含有量が0.1質量%未満である場合は、十分な摩耗防止効果が得られず、また、その含有量が2.0質量%を超える場合は貯蔵安定性が著しく悪化し、沈殿物が発生することから、それぞれ望ましくない。」(第4頁第5欄第16行ないし同第6欄第13行)

(4-1)引用文献4に記載の技術的事項
上記2.(4)のア.?イ.の記載及び図面を参酌すると、引用文献4には、次のような技術的事項(以下、「引用文献4記載の技術的事項」という。」が記載されている。
「炭素数6?30の炭化水素基を有する脂肪酸エステル系、脂肪酸アミド系、アミン化合物系等の無灰系摩擦調整剤を0.1?2質量%含有する内燃機関用潤滑油。」

3.当審の判断
(1)本願発明と引用文献1記載の発明との対比
本願発明と引用文献1記載の発明とを対比するに、引用文献1記載の発明において、硬質皮膜の成膜法として列挙されたイオンプレーティング、真空アーク放電蒸着法及びスパッタリング法等は、PVD法の一形態であり、引用文献1に記載の発明における「ダイヤモンドライクカーボン(DLC)被膜」は、イオンプレーティング、真空アーク放電蒸着法、スパッタリング法等のPVD法により成膜されているところであり、本願発明における「ダイヤモンドライクカーボン薄膜」に相当し、同様に、引用文献1記載の発明における「アルミニウム合金」は、本願発明の「アルミニウムを主元素とする合金」に相当する。また、引用文献1に記載の発明における「エンジン等の摺動部に利用される部品」は、「エンジン用部品」である限りにおいて、本願発明における「エンジン用バルブ」に相当する。
したがって、本願発明と引用文献1に記載の発明とは、「潤滑油の存在下で摺動し、表面にPVD法により成膜されたダイヤモンドライクカーボン薄膜を有し、アルミニウムを主元素とする合金で大部分が構成されるエンジン用部品。」の点で一致し、以下の点で相違する。

〈相違点〉
1)潤滑油が、本願発明においては、脂肪酸エステル系無灰摩擦調整剤及び/又は脂肪族アミン系無灰摩擦調整剤を含有するものであるのに対し、引用文献1記載の発明では、無灰摩擦調整剤については不明である点。(以下、「相違点1」という。)
2)本願発明においては、ダイヤモンドライクカーボン薄膜に含まれる水素原子の量が0.5原子%以下であるのに対して、引用文献1記載の発明においては、ダイヤモンドライクカーボン薄膜は、実質的に炭素のみからなるものであり、その水素含有率は5at%以下、より好ましくは1at%以下である点。(以下、「相違点2」という。)
3)エンジン用部品が、本願発明においては、エンジン用バルブであるのに対し、引用文献1記載の発明においては、そのような特定はなされていない点。(以下、「相違点3」という。)

(2)相違点についての検討
(ア)相違点1について:
引用文献3及び4記載の技術的事項によれば、内燃機関用の潤滑油には摩擦低減に有効な添加剤として摩擦調整剤(摩擦低減剤)が添加されているところであり、内燃機関用潤滑油に添加される摩擦調整剤(摩擦低減剤)として、脂肪酸エステル系や脂肪族アミン系の無灰摩擦調整剤を用いることが引用文献3及び4には開示されている。してみれば、引用文献1記載の発明における潤滑油を、引用文献3及び4に記載された脂肪酸エステル系無灰摩擦調整剤及び/又は脂肪族アミン系無灰摩擦調整剤を含有する潤滑油とし、相違点1に係る本願発明のように特定することは、当業者が技術的に格別の困難性を要することなく容易に想到し得たものである。

(イ)相違点2について:
引用文献1記載の発明においては、エンジン等の摺動部に利用される部品の摺動面に成膜されるダイヤモンドライクカーボン薄膜は、実質的に炭素のみからなるものであり、引用文献1には、その水素含有率を1at%以下とすることがより好ましい旨の記載がなされ、さらに、水素含有率の低いダイヤモンドライクカーボン薄膜は、水素を含まない雰囲気で成膜することで実現できる趣旨の記載もなされている。ところで、本願発明においては、ダイヤモンドライクカーボン薄膜に含まれる水素原子の量を0.5原子%以下としており(なお、本願発明における水素原子の含有量としての「原子%」は、引用文献1に記載されている水素含有率としての「at%」と同趣旨であることは明白である。)、本願発明と引用文献1記載の発明においては、水素原子の含有量(水素含有率)の上限値(0.5原子%と1原子%)が相違しているけれども、両者は、ともに、水素原子の含有量(水素含有率)を少なくすることが好ましいとする点では軌を一にするところである。また、ダイヤモンドライクカーボン薄膜における水素原子の含有量(水素含有率)の上限値をどの程度の数値に限定するかについて、実験的にその数値を最適化することは当業者の通常の創作能力の発揮にすぎないものであり、水素原子の含有量(水素含有率)の上限値を0.5原子%とすることは、その数値に格別な臨界的意義や技術的困難性は認められず、当業者が適宜設定しうる程度のものと認められる。よって、相違点2に係る本願発明のように特定することは、技術的に創意工夫を要することなく当業者が適宜なしうる程度のものと認められる。

(ウ)相違点3について:
引用文献2記載の技術的事項によれば、潤滑油の存在下で摺動するアルミニウム合金を母材とするエンジン部品等の摺動部材において、その表面に硬質炭素被膜を形成して、摺動性を高め、耐摩耗性等を向上させるようにした技術手段が引用文献2に記載され、そして、そのエンジン部品等の摺動部材の一つとしてエンジン用バルブが例示されているところであり、引用文献1記載の発明におけるエンジン等の摺動部に利用される構成部材をエンジン用バルブと特定し、そのエンジン用バルブに引用文献2記載の技術的事項を適用することは、当業者が格別困難なく容易に想到しうる程度のものと認められる。よって、相違点3に係る本願発明のように特定することは、当業者が技術的に格別な創意工夫を要することなく容易に想到しうる程度のものである。

(エ)以上のように、本願発明は、引用文献1記載の発明や引用文献2ないし4記載の技術的事項に基づいて、当業者が格別な困難性を伴うことなく容易に想到し発明をすることができたものと認められ、しかも、本願発明は、全体構成でみても、引用文献1記載の発明や引用文献2ないし4記載の技術的事項から予測できる作用効果以上の顕著な作用効果を奏するものとも認められない。

4.むすび
以上のとおり、本願発明は、引用文献1記載の発明及び引用文献2ないし4記載の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-10-27 
結審通知日 2008-10-28 
審決日 2008-11-10 
出願番号 特願2003-206804(P2003-206804)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (F01L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 八板 直人  
特許庁審判長 小谷 一郎
特許庁審判官 森藤 淳志
金澤 俊郎
発明の名称 エンジン用バルブ  
代理人 的場 基憲  

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