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審判番号(事件番号) データベース 権利
無効200680258 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 特123条1項8号訂正、訂正請求の適否  B65H
審判 全部無効 2項進歩性  B65H
管理番号 1191069
審判番号 無効2005-80343  
総通号数 111 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-03-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2005-11-29 
確定日 2008-12-11 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第3439569号「圧胴または中間胴」の特許無効審判事件についてされた平成18年 5月 9日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消の判決(平成18年(行ケ)第10273号平成19年 9月10日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1. 手続の経緯
1.本件特許第3439569号(以下、「本件特許」という。)は、特許法第41条に基づく優先権主張を伴う平成7年4月25日(優先日:平成6年4月25日、出願番号:特願平6-86999号)に出願した特願平7-101515号に係り、平成15年6月13日に設定登録(請求項の数4)されたものであり、その後本件特許に対して特許異議の申立てがあり、平成16年8月16日に訂正請求書が提出され、異議の決定において訂正が認められ、特許が維持されたものであり、当該訂正請求書による訂正は確定している。
2.これに対して、平成17年11月29日に篠田商事株式会社(以下「請求人」という。)より無効審判が請求された。
3.平成18年2月17日に被請求人新日本製鐵株式会社より答弁書が提出された。
4.平成18年4月11日に請求人より弁駁書(以下「第1回弁駁書」という。)が提出された。
5.平成18年5月9日に審決(以下「一次審決」という。)がなされた。
6.これに対して、平成18年6月15日に請求人より、知的財産高等裁判所に審決取消訴訟(平成18年(行ケ)第10273号)が提起された。
7.平成18年9月15日に新日本製鐵株式会社から新日鉄マテリアルズ株式会社(以下「被請求人」という。)に特許権が移転登録された。
8.平成19年9月10日に知的財産高等裁判所において、一次審決を取り消す旨の決定がなされた。
9.平成19年9月28日に被請求人より特許法第134条の3第1項に規定の訂正請求申立書が提出された。
10.平成19年10月26日に被請求人より訂正請求書及び上申書が提出された。
11.訂正請求書及び上申書が請求人に送付され、平成19年11月22日に請求人より弁駁書(以下「第2回弁駁書」という。)が提出された。

第2. 訂正の適否について
1.訂正の内容
被請求人の求める平成19年10月26日付けの訂正請求は、本件特許の平成16年8月16日付けの訂正請求書に添付された全文訂正明細書(以下「原明細書」という。)を、訂正請求書に添付した訂正明細書のとおりに訂正することを求めるものであり、その内容は以下のとおりである。

(1-1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1において、「さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した粗面を形成し」とあるのを、
「さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した表面粗度Rmax30?50μmの粗面を形成し」と訂正する。

(1-2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1において、「一方長周期的な凸部には薄く付着するように低表面エネルギー樹脂をコーティングした」とあるのを、
「一方長周期的な凸部には薄く付着するとともに、0.5?20μmの厚さにおいて付着して、前記長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでないように低表面エネルギー樹脂をコーティングした」と訂正する。

(1-3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項1において、「滑らかな凹凸を有するものである」とあるのを、
「滑らかな凹凸を有し、該凹凸の凸部によってのみ被印刷体と接触するものである」と訂正する。

(1-4)訂正事項4
原明細書の段落【0011】において、
「【課題を解決するための手段】
上記諸目的は、印刷装置において、印刷要素に対して被印刷体を圧着し、その後移送する被印刷体圧着・移送系に配置される圧胴または中間胴であって、脱脂、ブラスト処理された金属製ローラ基材上に、気孔率5?20%を有する多孔質のセラミックス溶射層を溶射して非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸と、さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した粗面を形成し、更に前記多孔質セラミックスの凹凸表面層上および孔部内を実質的に全面的に覆うがセラミックス溶射層の長周期的な凹部には厚く、一方長周期的な凸部には薄く付着するように低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜が形成されており、かつその表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度Rmax20?40μmで、滑らかな凹凸を有するものであることを特徴とする圧胴または中間胴により達成される。」とあるのを、
「【課題を解決するための手段】
上記諸目的は、印刷装置において、印刷要素に対して被印刷体を圧着し、その後移送する被印刷体圧着・移送系に配置される圧胴または中間胴であって、脱脂、ブラスト処理された金属製ローラ基材上に、気孔率5?20%を有する多孔質のセラミックス溶射層を溶射して非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸と、さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した表面粗度Rmax30?50μmの粗面を形成し、更に前記多孔質セラミックスの凹凸表面層上および孔部内を実質的に全面的に覆うがセラミックス溶射層の長周期的な凹部には厚く、-方長周期的な凸部には薄く付着するとともに、0.5?20μmの厚さにおいて付着して、前記長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでないように低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜が形成されており、かつその表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度Rmax20?40μmで、滑らかな凹凸を有し、該凹凸の凸部によってのみ被印刷体と接触するものであることを特徴とする圧胴または中間胴により達成される。」と訂正する。

(1-5)訂正事項5
原明細書の段落【0012】において、「この圧胴または中間胴の表面性状は、代表的には、表面粗度Rmaxが20?40μmであることが望ましく、滑らかな凹凸を有するものである。さらに、前記凹凸の凸部が、20μm×20μm平方ないし100μm×100μm平方当りに1ケ程度の割合で均一に分散して存在するものであることが望ましい。」とあるのを、
「この圧胴または中間胴の表面性状は、さらに、前記凹凸の凸部が、20μm×20μm平方ないし100μm×100μm平方当りに1ケ程度の割合で均一に分散して存在するものであることが望ましい。」と訂正する。

2.訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否
(2-1)訂正事項1について
訂正事項1は、原明細書の請求項1において、「粗面」を「表面粗度Rmax30?50μmの粗面」と訂正するものであるが、当該訂正により、粗面の粗度に関する構成が追加されるものであるから、当該訂正は、特許請求の範囲の減縮に該当するものであり、特許請求の範囲を実質的に拡張あるいは変更するものではない。
さらに、当該訂正は、出願当初の本件明細書(以下「当初明細書」という。)の段落【0016】の「セラミックス溶射層12表面は、図示するように非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸(ピッチ波状凹凸)と、さらにより長周期的な凹凸(うねり状凹凸)とが複合して形成した粗面、代表的に好ましくは、Rmax30?50μm程度の粗面であり」という記載に基づくものであるから、当初明細書に記載された事項の範囲内でなされたものであり、新規事項を追加するものではない。

(2-2)訂正事項2について
訂正事項2は、請求項1において、「とともに、0.5?20μmの厚さにおいて付着して、前記長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでない」という記載を追加するものであるが、当該訂正により、低表面エネルギー樹脂のコーティングに関する構成がさらに付加されるものであるから、当該訂正は、特許請求の範囲の減縮に該当するものであり、特許請求の範囲を実質的に拡張あるいは変更するものではない。
さらに、当該訂正のうち、「0.5?20μmの厚さにおいて付着して」を追加する訂正は、当初明細書の段落【0036】の「溶射層の表面を実質的に全面的に覆い、かつセラミックス溶射層のうねり状凹凸を維持したものとなるように、全体を通じて0.5?20μm程度の厚さにおいて付着することが望ましい。」という記載に基づくものであり、また、「長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでない」を追加する訂正は、同じく段落【0018】の「低表面エネルギー性樹脂13は、…セラミックス溶射層12に起因する凹凸が完全に埋没してしまうものではなく、前記うねり状凹凸は概ね維持され、滑らかな凹凸を有する粗面が形成できるものである。」という記載に基づくものであるから、この訂正は、明細書に記載された事項の範囲内でなされたものであり、新規事項を追加するものではない。

(2-3)訂正事項3について
訂正事項3は、請求項1において、「し、該凹凸の凸部によってのみ被印刷体と接触するものである」という記載を追加するものであるが、この訂正により、複合被覆被膜の凹凸に関する構成がさらに付加されるものであるから、この訂正は、特許請求の範囲の減縮に該当するものであり、特許請求の範囲を実質的に拡張あるいは変更するものではない。
さらに、この訂正は、当初明細書の段落【0019】の「本発明に係る圧胴または中間胴が、被印刷体と接触する際には、ローラ表面全体で接触することなく前記したような滑らかな突起においてのみ接触し、」という記載に基づくものであるから、明細書に記載された事項の範囲内でなされたものであり、新規事項を追加するものではない。

(2-4)訂正事項4について
訂正事項4は、請求項1の訂正にともない、本件特許発明の課題解決手段に係る原明細書の段落【0011】の記載が請求項1の記載と不整合になったため、その記載を請求項1の記載に整合させるための訂正であるから、明りょうでない記載の釈明に該当するものであり、かつ、当初明細書に記載された事項の範囲内でなされたものであって、新規事項を追加するものではない。

(2-5)訂正事項5について
この訂正は、本件特許発明の課題解決手段に係る原明細書の段落【0012】の記載において、段落【0011】と重複する箇所の記載を削除する訂正であるから、明りょうでない記載の釈明に該当するものであり、かつ、当初明細書に記載された事項の範囲内でなされたものであって、新規な事項を追加するものではない。

3.まとめ
以上のとおりであるから、上記訂正は、平成6年改正前特許法第134条第2項ただし書きに適合し、特許法第134条の2第5項において準用する平成6年改正前第126条第2項の規定に適合するので、当該訂正を認める。

第3. 本件発明
本件特許の請求項1乃至4に係る発明は、平成19年10月26日付けの訂正請求書に添付された全文訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載された次のとおりのものと認められる。
「【請求項1】印刷装置において、印刷要素に対して被印刷体を圧着し、その後移送する被印刷体圧着・移送系に配置される圧胴または中間胴であって、脱脂、ブラスト処理された金属製ローラ基材上に、気孔率5?20%を有する多孔質のセラミックス溶射層を溶射して非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸と、さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した表面粗度Rmax30?50μmの粗面を形成し、更に前記多孔質セラミックスの凹凸表面層上および孔部内を実質的に全面的に覆うがセラミックス溶射層の長周期的な凹部には厚く、一方長周期的な凸部には薄く付着するとともに、0.5?20μmの厚さにおいて付着して、前記長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでないように低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜が形成されており、かつその表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度Rmax20?40μmで、滑らかな凹凸を有し、該凹凸の凸部によってのみ被印刷体と接触するものであることを特徴とする圧胴または中間胴。
【請求項2】前記凹凸の凸部が、20μm×20μm平方ないし100μm×100μm平方当りにlケ程度の割合で存在するものである請求項1に記載の圧胴または中間胴。
【請求項3】前記金属製ローラ基材と、前記複合被覆皮膜との間には、金属溶射層が形成されているものである請求項1または2に記載の圧胴または中間胴。
【請求項4】前記低表面エネルギー性樹脂が、シリコーン系樹脂である請求項1?3のいずれか一つに記載の圧胴または中間胴。」

第4. 請求人及び被請求人の主張の概略
1.請求人の主張
請求人の主張は、甲第1ないし8号証を提出して、本件特許の請求項1ないし4に係る発明は甲第各号証に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものである。

〈証拠方法〉
甲第1号証:実公平5-12203号公報
甲第2号証:溶射技術ハンドブック(第468?481頁)
甲第3号証:実公平4-18857号公報
甲第4号証:特開平3-120048号公報
甲第5号証:米国特許第US2,555,319号公報
甲第6号証:英国特許公開第GB2022016号公報
甲第7号証:特開平5-195185号公報
甲第8号証:特開平1-139297号公報
なお、甲第9号証は特許権移転登録前の特許権者である新日本製鐵株式会社が提出した平成15年4月11日付の手続補正書(方式)であり、甲第10号証は同じく特許権移転登録前の特許権者である新日本製鐵株式会社が提出した平成16年8月16日付の意見書である。

2.被請求人の主張
これに対して、被請求人の主張は、以下の通りである。
本件特許の請求項1ないし4に係る発明は、甲第1ないし8号証記載の発明から当業者が容易に発明できたものではない。

第5. 当審の判断
1.甲各号証の記載事項
[甲第1号証の記載事項]
記載事項a:「印刷された紙、プラスチックフィルム等の基材をガイドするのに使用されるガイドローラーにおいて、金属ローラ1の表面2にセラミック3を溶射して同表面2を凹凸の粗面に加工し、同表面2の凹部5にテフロン4が充填されるように同表面2にテフロン4をコーティングしてなるガイドローラー。」(実用新案登録の請求の範囲)
上記記載及び第1ないし4図の図示内容から甲第1号証には次の発明が記載されているものと認められる。
「印刷機において用いられるガイドローラーであって、金属ローラ1基材上に、セラミック溶射層を溶射して凹凸の粗面を形成し、更にセラミック3の凹凸表面層2上にテフロン4をコーティングした複合被覆皮膜が形成されたガイドローラー。」

[甲第2号証の記載事項]
記載事項b:「一般的に、溶射皮膜は溶射材料と溶射方法及び溶射条件によって異なるが、約数%から20%の範囲の気孔を有する。」(第473頁第5?7行)

[甲第3号証の記載事項]
記載事項c:「印刷中に印刷紙の印刷された面が接する受け渡し胴あるいは圧胴の周面に対して、高耐食・高耐摩耗性材料を溶射して凹凸溶射面を形成すると共に、該溶射面に研磨加工及びショットブラスト加工を施した微細でなめらかな凹凸面を形成してなることを特徴とする印刷機における裏写り防止装置」(実用新案登録の請求の範囲)
記載事項d:「第4図ないし第7図は胴表面の粗さを夫々示したものであって、第4図は凹凸溶射面3を鋼球ブラスト加工を施した場合、第5図は凹凸溶射面3を鋼球ブラスト加工した後、更にガラスビーズブラスト加工を施した場合であり、何れも研磨加工しないものであるため外形寸法にばらつきがある。第6図は凹凸溶射面3を研磨加工した後、鋼球ブラスト加工を施した場合、第7図は凹凸溶射面3を研磨加工した後、鋼球ブラスト加工を施し、更にガラスビーズブラスト加工を施した場合である。
従って、第5図に示した胴表面の粗さはRmax=30?60μ、Ra=6?12μである。又、第7図に示した胴表面の粗さはRmax=15?25μ、Ra=1.5?2.5μであり、研磨加工しない場合に比べて研磨加工した場合では胴表面の粗さは非常に小さくなると共に、精度的には同芯度、円筒度が0.02以下である。・・・
従って、表面粗さの観点から、第5図に示した表面粗さであれば多色機の受け渡し胴に適用できるが、反転両面印刷機の第2圧胴としては第7図に表した表面粗さが適当である。」(第2頁右欄第19行?第3頁左欄第5行、第4図?第7図)

[甲第4号証の記載事項]
記載事項e:「組織的な表面加工によって並びに被覆材料のわずかな表面張力によってインキ付着が阻止されるような、圧胴用の胴張りを提供することにある。」(第2頁右下欄第6?9行)
記載事項f:「更に半球状突起3のこの配置形式によって突出した支持面の早期の摩耗が阻止される。枚葉紙を案内するシートは第2図から明らかなように、2つの層、即ち、ニッケル、クロム又はプラスチックから成る支持層5とシリコーン層6とから形成されている。・・・」(第3頁右下欄第18行?第4頁左上欄第10行、Fig.2)

[甲第5号証の記載事項]
記載事項g:直径0.001?0.005inchの球体を接着層に50?75%埋設させて凹凸を形成したインキ汚れ防止構造に関すること及び凹凸構造を維持するようにして表面全体にインキ反撥性フィルムを積層すること(第9欄第1?7行、第14欄第11?16行、同欄第37?40行、Fig.6)

[甲第6号証の記載事項]
記載事項h:テフロンなどの反撥性物質(substance 7)で密閉された凹部(pores6)を備える外皮層 (Shel1 3) には凸部 (support points 5)が形成されており、その外皮層(耐摩耗性外層)の表面の粗さが20?100μであること(明細書第1頁左欄第38?48行)
記載事項i:外皮層(shell3)がテフロンなど(substance 7)によって完全にシールドされること(明細書第1頁右欄第105?111行)

[甲第7号証の記載事項]
記載事項j:「ロール芯金の表面に溶射皮膜を形成する被覆ロールの製造において、ロール芯金の表面に金属100%の溶射皮膜を形成し、この皮膜の表面に金属を減少させ、セラミックスを増加させた溶射皮膜を順次形成することを特徴とする被覆ロールの製造方法。」(特許請求の範囲)

[甲第8号証の記載事項]
記載事項k:「印刷機のローラ表面に、フッ素系樹脂・シリコーン樹脂の塗膜およびフッ化黒鉛の分散メッキ層等の低表面エネルギー物質よりなるインキ反撥性層を設けたことを特徴とする印刷機ローラ表面のインキ汚れ防止方法。」(特許請求の範囲)

2.対比
本件特許の請求項1に係る発明(以下「本件特許発明1」という。)と甲第1号証に記載された発明とを対比すると、
甲第1号証記載の発明の「印刷機」、「金属ローラー」及び「テフロン」は、それぞれ本件特許発明1の「印刷装置」、「金属製ローラ」及び「低表面エネルギー樹脂」に相当する。
また、本件特許発明1は、各種印刷装置における圧胴または中間胴(渡胴をも含む)に関するものであり、甲第1号証記載の発明は印刷機で印刷された紙、プラスチツクフイルム等を巻取る場合に、それらをガイドするのに使用されるガイドローラーに関するものであるが、本件特許発明1の圧胴または中間胴と甲第1号証記載の発明のガイドローラーは、その形状が胴である限りにおいて一致している。
したがって、両者は、「印刷装置において用いられる胴であって、金属製ローラ基材上に、セラミックス溶射層を溶射して凹凸の粗面を形成し、更にセラミックスの凹凸表面層上に低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜が形成された胴。」である点で一致し、
以下の各点で相違している。

〔相違点1〕
本件特許発明1では、印刷要素に対して被印刷体を圧着し、その後移送する被印刷体圧着・移送系に配置される圧胴または中間胴であるのに対し、甲第1号証記載の発明では、印刷装置で用いられるガイドローラーである点。

〔相違点2〕
本件特許発明1では、金属製ローラ基材は脱脂、ブラスト処理されているのに対し、甲第1号証記載の発明では、この点について特に記載はない点。

〔相違点3〕
本件特許発明1では、金属製ローラ基材上に気孔率5?20%を有する多孔質のセラミックス溶射層を溶射して非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸と、さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した表面粗度Rmax30?50μmの粗面を形成しているのに対し、甲第1号証記載の発明では、金属ローラー1の表面2にセラミツク3を溶射するが、セラミックス溶射層の詳細について特に記載はない点。

〔相違点4〕
本件特許発明1では、多孔質セラミックスの凹凸表面層上および孔部内を実質的に全面的に覆うがセラミックス溶射層の長周期的な凹部には厚く、一方長周期的な凸部には薄く付着するとともに、0.5?20μmの厚さにおいて付着して、長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでないように低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜が形成されており、かつその表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度Rmax20?40μmで、滑らかな凹凸を有し、該凹凸の凸部によってのみ被印刷体と接触するのに対し、甲第1号証記載の発明では、テフロン4がセラミツク3を溶射された表面2の凹部5に食込むようにコーテイングされているが、該テフロン4は金属ローラー1の中心から均等な厚さになるようにコーテイングされている点。

3.相違点についての検討及び判断
相違点3及び4について検討する。
(1)訂正前請求項1に係る発明について
平成19年10月26日付けの訂正請求前の特許請求の範囲の請求項1は、平成16年8月16日付けの訂正請求書に添付された全文訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりである。
「【請求項1】印刷装置において、印刷要素に対して被印刷体を圧着し、その後移送する被印刷体圧着・移送系に配置される圧胴または中間胴であって、脱脂、ブラスト処理された金属製ローラ基材上に、気孔率5?20%を有する多孔質のセラミックス溶射層を溶射して非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸と、さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した粗面を形成し、更に前記多孔質セラミックスの凹凸表面層上および孔部内を実質的に全面的に覆うがセラミックス溶射層の長周期的な凹部には厚く、一方長周期的な凸部には薄く付着するように低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜が形成されており、かつその表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度Rmax20?40μmで、滑らかな凹凸を有するものであることを特徴とする圧胴または中間胴。」(以下請求項1に係る発明を「訂正前請求項1に係る発明」という。)
ここで、表面性状について、訂正前請求項1の記載では、セラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度Rmax20?40μmで、滑らかな凹凸を有するものである、にとどまっている。
確かに、セラミックス溶射層の上にコーティングされる低表面エネルギー樹脂は、溶射されて直ちに完全に固化する場合には、セラミックス溶射層の凹凸にほぼ沿った凹凸表面を呈する態様となるが、溶射され固化するまでに流動性が維持されている時間(その長短は,温度等の条件にも依存する。)がある場合には、低表面エネルギー樹脂は、溶射後、セラミックス溶射層の凹部へ流れ落ちる結果、セラミックス溶射層の長周期的な凹部には厚く、凸部には薄く残って固化し、セラミックス溶射層の凹凸表面よりも高低差が小さい凹凸表面を形成し、滑らかな凹凸を形成することになると解される。
したがって、低表面エネルギー樹脂は、その量が少ない場合には、(1)セラミックス溶射層の凹部を埋め尽くす(充填する)ことなく、セラミックス溶射層全体を薄く覆い、本件明細書の【図2】のようになり、目的とする点接触効果を奏する態様になると解されるが、その量が多い場合には、(2)セラミックス溶射層の凹部へ流れ落ちる量が多く、セラミックス溶射層のうねり状凹凸に対応した滑らかな凹凸を維持しつつも、セラミックス溶射層の凹部を埋め尽くす(充填し)態様になる場合もあり、また、セラミックス溶射層の凹部を埋め尽くす(充填する)に十分な量の低表面エネルギー樹脂がコーティングされる場合には、(3)低表面エネルギー樹脂の表面が、平滑になるなど、セラミックス溶射層のうねり状凹凸に対応した凹凸表面を維持しなくなる場合もあり得ると解される。

したがって、訂正前請求項1に係る発明は、上記(1)の態様のみならず、上記(2)の態様をも含むものであるから、訂正前請求項1に係る発明は、その低表面エネルギー樹脂が、たとえ「その表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度Rmax20?40μmで,滑らかな凹凸を有するもの」として形成されるとしても、前記(2)の態様のように、圧胴または中間胴として、目的とする点接触効果を奏するとは限らない態様をも包含する発明である。訂正前請求項1の記載によれば,訂正前請求項1に係る発明において,低表面エネルギー樹脂の厚さが特定されているとはいえない。

(2)訂正事項1ないし3について
これに対し、被請求人は、今般の訂正により、上記(1-1)訂正事項1によって、特許請求の範囲の請求項1において、「さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した粗面を形成し」とあるのを、「さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した表面粗度Rmax30?50μmの粗面を形成し」と訂正した。
また、上記(1-2)訂正事項2によって、特許請求の範囲の請求項1において、「一方長周期的な凸部には薄く付着するように低表面エネルギー樹脂をコーティングした」とあるのを、「一方長周期的な凸部には薄く付着するとともに、0.5?20μmの厚さにおいて付着して、前記長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでないように低表面エネルギー樹脂をコーティングした」と訂正した。
さらに、上記(1-3)訂正事項3によって、特許請求の範囲の請求項1において、「滑らかな凹凸を有するものである」とあるのを、「滑らかな凹凸を有し、該凹凸の凸部によってのみ被印刷体と接触するものである」と訂正した。

(3)相違点4に係る、圧胴または中間胴の最終的な表面性状について
本件特許発明1においては、訂正事項1により、相違点3に係る構成として、(ア)「金属製ローラ基材上にセラミックス溶射層を溶射して形成した表面粗度Rmax30?50μmの粗面」が、また、訂正事項2により、相違点4に係る構成として、(イ)「長周期的な凸部には薄く付着するとともに、0.5?20μmの厚さにおいて付着して、該長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでないように低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜」が特定され、セラミックス溶射層に低表面エネルギー樹脂をコーティングして得られる最終的な表面性状として、(ウ)「セラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度Rmax20?40μmで滑らかな凹凸」が特定されているということができる。
すなわち、本件特許発明1は、上記(ア)のセラミックス溶射層が溶射された表面粗度Rmax30?50μmの粗面に対して、上記(イ)の0.5?20μmの厚さの低表面エネルギー樹脂をコーティングし、最終的に、上記(ウ)の表面粗度Rmax20?40μmの表面性状を形成するものである。
したがって、上記(ウ)の最終的な表面粗度Rmax20?40μmの表面性状は、上記(ア)のセラミックス溶射層の表面粗度Rmax30?50μmの粗面に対して、上記(イ)の0.5?20μmという特定の厚さに限定された低表面エネルギー樹脂をコーティングすることによって達成されるものである。
言い換えれば、最終的な表面粗度Rmax20?40μmの形成のためには、表面粗度Rmax30?50μmの粗面の形成と、低表面エネルギー樹脂のコーティングを特定の0.5?20μmの厚さに設定することが必須の構成要件であり、これらの2つの数値範囲に特定された事項を組み合わせることによって最終的な表面性状は形成されることになる。
したがって、最終的な表面粗度Rmax20?40μmの表面性状の形成には、上記(ア)、(イ)の数値範囲の限定が不可欠な要素といえるとともに、上記(ア)?(ウ)の数値範囲による特定事項は相互に関連している一体不可分のものであって、当該特定事項が、それぞれ独立して本件特許発明1を構成しているものではない。

(4)相違点4に係る、圧胴または中間胴の表面と被印刷体との接触の態様について
上記訂正事項1の表面粗度Rmax30?50μmの粗面の形成と、上記訂正事項3の凹凸の凸部によってのみ被印刷体と接触する事項について検討する。
表面粗度Rmax30?50μmの粗面の形成については、そのセラミックス溶射層の形成自体が公知の方法によるもの、すなわち、公知技術の域を出ないものとしても、表面粗度Rmax30?50μmの粗面を形成するセラミック溶射層の表面形状から、滑らかな凹凸の凸部が、ある程度、均一に分散して点在されることが、本件明細書の第1,3図の図示内容の滑らかな凹凸の凸部の分布態様からも容易に理解されることである。
さらに、甲第3号証に記載事項の印刷中に印刷紙の印刷された面が接する受け渡し胴あるいは圧胴の周面に対して、高耐食・高耐摩耗性材料を溶射して凹凸溶射面を形成する表面性状について検討するに、当該高耐食・高耐摩耗性材料とは、セラミックに相当する材料、あるいは類似する材料であることは当業者にとって明らかである。
そして、甲第3号証の第4図ないし第7図は高耐食・高耐摩耗性材料を溶射した胴表面の粗さを、それぞれ示したものであって、当該第4図ないし第7図の図示内容からは、凹凸溶射面3の表面性状について、凹凸の凸部が、ある程度、均一に分散して点在していることが看取できる。
したがって、金属製ローラ基材上にセラミックス溶射層を溶射して非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸と、さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した表面粗度Rmax30?50μmの粗面を形成すれば、当該長周期的な凹凸の凸部はセラミックス溶射層の表面の、ある特定箇所に偏在して形成されるのではなく、セラミックス溶射層の表面全体を通して、均一に分散して点在されることが技術的に明らかである。
そうすると、凹凸の凸部が、均一に分散して点在していることが、客観的証拠である甲第3号証の記載事項を参酌しても明白な事項であることから、結果的に、表面粗度Rmax30?50μmの粗面を形成すれば、ローラ表面と被印刷体との平面的な接触という事象は除外されることにもなり、結局のところ、均一に分散して点在される凸部の構成によりローラ表面と被印刷体との点接触効果が本件特許発明1に担保されることになる。

また、訂正事項2の低表面エネルギー樹脂のコーティング厚さの数値を0.5?20μmの範囲に限定することは、すなわち、低表面エネルギー樹脂のコーティングの厚さを特定の数値範囲に規定するものであって、薄くすることの厚さの範囲を0.5?20μmとするものである。したがって、それ以外のコーティング厚さの範囲は除外されることになる。
さらに、低表面エネルギー樹脂のコーティングによって、長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでないという特定事項が訂正事項2により訂正後の特許請求の範囲の請求項1の記載に付加されている。
そこで、低表面エネルギー樹脂のコーティングの厚さの数値範囲の限定と、長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでないという特定事項との関連について検討すると、低表面エネルギー樹脂のコーティング厚さを0.5?20μmの範囲とすることが、長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでないという特定事項にとって必要とされる条件であり、結果として、低表面エネルギー樹脂のコーティングの厚さの数値を0.5?20μmの範囲に規定することにより、長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでないという事項を特定している。
そうすると、当該訂正事項2の趣旨は、凹凸が完全に埋没しないという事項を明確にするために、低表面エネルギー樹脂のコーティング厚さを具体的に限定したものと解することができ、結果として、上記低表面エネルギー樹脂のコーティングの厚さの数値範囲の限定と、長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでないという特定事項により本件特許発明1に格別顕著な事項が明確とされている。

また、訂正事項3の凹凸の凸部によってのみ被印刷体と接触させることは、上述したとおり、訂正事項1の表面粗度Rmax30?50μmの粗面の形成させることにより現出される事象であるが、訂正事項2の長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでないとする特定事項と同様に、訂正事項2の低表面エネルギー樹脂のコーティング厚さを0.5?20μmの数値範囲に特定されることによって、長周期的な凹凸が完全に埋没されず、凹凸が完全に埋没されないことは、すなわち、凸部が維持されることであり、凹凸の凸部によってのみ被印刷体と接触させる特定事項を担保することになる。

(5)本件特許発明1の相違点3及び相違点4に係る構成の作用効果について
以上のとおりであるから、上記訂正事項1ないし3により、長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでないという特定事項、及び凹凸の凸部によってのみ被印刷体と接触するという特定事項が訂正後の特許請求の範囲の請求項1の記載において明確になったのであるから、低表面エネルギー樹脂の量が多い場合には、セラミックス溶射層の凹部へ流れ落ちる量が多く、セラミックス溶射層のうねり状凹凸に対応した滑らかな凹凸を維持しつつも、セラミックス溶射層の凹部を埋め尽くす(充填し)ことになる上記態様(2)、及びセラミックス溶射層の凹部を埋め尽くす(充填する)に十分な量の低表面エネルギー樹脂がコーティングされる場合に低表面エネルギー樹脂の表面が、平滑になるなど、セラミックス溶射層のうねり状凹凸に対応した凹凸表面を維持しなくなる上記態様(3)は訂正後の本件特許発明1から排除されることになる。
また、上記訂正事項1ないし3から本件特許発明1には、被印刷体と接触する際にローラ表面全体で接触することなく滑らかな突起においてのみ接触する点接触による効果も明らかになっている。
さらに、今般の訂正により、長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでない、及び凹凸の凸部によってのみ被印刷体と接触させる特定事項を明確に具備することにより、本件特許発明1に特有の本件明細書の段落【0019】に記載の以下の予測し得ない顕著な作用を奏することが明確にされたことにもなる。
「圧胴または中間胴が、被印刷体と接触する際には、ローラ表面全体で接触することなく滑らかな突起においてのみ接触し、かつその表面には低表面エネルギー性樹脂が存在するために、被印刷体からのインキの移行は起りにくく、かつ移行したインキも、表面が低表面エネルギー性樹脂によるものであることと滑らかな凹凸のプロフィールを有することが相俟って、乾燥した布材等で軽く触れるだけで容易に除去できるものである。」
同じく、本件特許発明1に特有の本件明細書の段落【0050】に記載の以下の予測し得ない顕著な効果を奏することが明確にされたことにもなる。
「圧胴または中間胴は、その表面性状が微細で比較的滑らかな凹凸を有するものであり、耐磨耗性に優れたセラミックス溶射層と表面エネルギーの低いシリコーン系樹脂等の低表面エネルギー性樹脂層とからなる複合皮膜で基材表面を被覆しており、かつその表面性状が表面粗度Rmax20?40μmで滑らかな凹凸を有しているものであるため、表面にインキが付着し難いものである。このため各種の印刷機における被印刷体圧着・移送系に配される各種のローラ、例えば、オフセット印刷機における圧胴または中間胴として好適に使用できるものであり、連続して多量ないし長持間の印刷操作を行なう場合に、洗浄操作を施す必要もなく、汚れのない良好な印刷品質の印刷物を提供できるものとなり、かつその耐久性も優れたものである。さらに、表面に付着したインキも乾式にて容易に除去できるものであることから、従来、非常に危険でかつ重労働であったローラの洗浄操作も極めて容易なものとなり、また非常に簡単な構成の清浄装置を装置内に組込むことで、自動的に清浄化することも可能であり、清掃に費す時間と労力、またイニシャルコストの削減の上でも非常に高い効果を与えるものである。」

(6)甲第1号証について
(6-1)最終的な表面性状に凹凸を形成することの阻害要因
甲第1号証記載の発明のテフロン4をコーテイングした表面性状について、検討する。
甲第1号証記載の発明には、テフロン4をコーテイングした表面2の性状について次の記載が認められる。
(イ)「 同図の4はテフロンである。このテフロン4は前記表面2の凹部5に食込むようにコーテイングされている。しかもこのテフロン4は金属ローラー1の中心から均等な厚さになるようにコーテイングされている。この場合、凹部5に食込んだテフロン4の表面がセラミツク3の凸部6の表面と同一面となるようにコーテイングしたり、テフロン4を厚めにコーテイングした後に、その表面をダイヤモンド砥石等で研磨して、第2図に示す様に凹部5に食込んでいるテフロン4の表面とセラミツク3の突部6の表面とが同一面となるようにしてもよい。」(公報第2頁第3欄第29行?同第41行)

当該(イ)記載中の「テフロン4は金属ローラー1の中心から均等な厚さになるようにコーテイングされている。」とは、テフロン4の表面と金属ローラー1の中心との距離が等しくされていることにほかならない。
同じく、「凹部5に食込んだテフロン4の表面がセラミツク3の凸部6の表面と同一面となるようにコーテイングしたり、・・・テフロン4の表面とセラミツク3の突部6の表面とが同一面となるようにしてもよい」とは、テフロン4が均一な表面性状を形成することにほかならない。
これらの記載から、甲第1号証記載の発明においては、セラミツク3にコーテイングするテフロン4の表面性状は最終的に平滑にされることが明らかである。
付言すると、甲第1号証記載の発明の表面性状は、上記(3-1)で挙げた態様(1)?(3)のうち、態様(3)である、「セラミックス溶射層の凹部を埋め尽くす(充填する)に十分な量の低表面エネルギー樹脂がコーティングされる場合に、低表面エネルギー樹脂の表面が、平滑になるなど、セラミックス溶射層のうねり状凹凸に対応した凹凸表面を維持しなくなる場合」に該当する。
したがって、甲第1号証記載の発明は、表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして、滑らかな凹凸を有するものとすることを意図するものでない。すなわち、凹凸を維持することを意識的に除外している発明である。
そうすると、甲第1号証記載の発明においては、仮に、凹凸を概ね維持するようにして、滑らかな凹凸を有する公知技術が当該技術分野に存在したとしても、テフロンコーテイングした表面性状を平滑にさせることをすでに、明確に規定している甲第1号証記載の発明に、敢えて凹凸を維持させるものを想起することには、上記の事情により格別の阻害要因が存在していることが明らかであり、適用を妨げる事由となることは明らかである。
したがって、当業者といえども甲第1号証記載の発明において凹凸を概ね維持するようにして、滑らかな凹凸を形成させることは、容易に想到し得るものではない。

(6-2)テフロンコーテイングの技術的意義
甲第1号証記載の発明に開示されているテフロン4をコーテイングした表面性状の課題、作用・効果等について、さらに検討する。
甲第1号証記載の発明には、テフロン4をコーテイングして表面2について次の記載が認められる。
(ロ)「本考案のガイドローラーは、金属ローラー1の表面2に溶射されたセラミツク3の凹部5にテフロン4が充填されるように、同表面2にテフロン4をコーテイングしてあるので、同セラミツク3へのテフロン4の食付きが良い。
また、同ガイドローラーは使用時にテフロン4が基材と接触するので基材がテフロン4から剥離し易くなり、また、基材に印刷されているインクがテフロン4に付着しにくくなる。」(公報第2頁第3欄第4行?同第12行)

(ハ)「本考案のガイドローラーは金属ローラー1の凹凸の粗面にした表面2にテフロン4をコーテイングして、テフロン4を同表面2の凹部5に食込ませてあるので次のような効果がある。
セラミツク3へのテフロン4の食付きが良く、テフロン4が剥れにくく、耐久性が良い。
テフロン4にインクが付着しにくいので、ガイドローラーの表面が汚れにくくなる。このため同表面を従来の様に頻繁に掃除する必要がなく、従つて印刷機の運転を停止することも少なくなり、印刷の生産性が向上する。
テフロン4が表面に露出しているので基材Aの剥離性が良く、基材Aがガイドローラーに付着しにくくなる。このため基材Aを高速走行させて印刷することができ、印刷の生産性が向上する。
テフロン4はセラミツク3の凸部6が表面に露出するまでは摩耗するが、凸部6が表面に露出するとその凸部6も基材と接触するので、それ以降は凹部5に充填されているテフロン4は同凸部6が摩耗しない限り殆ど摩耗しない。このためテフロン4の耐久性が向上し、しかも基材Aにはセラミツク3の凸部6だけでなく、同凸部6と同一面のテフロン4の表面(凹部5内のテフロン4の表面)も接触するので、テフロン4の表面と基材Aの接触部で基材Aの剥離性が良くなり、基材Aの送りがスムースになり、凸部6の表面と基材Aとの接触によりテフロン4の摩耗が防止され、耐久性が向上する基材Aが破れにくくなる。(公報第2頁第4欄第2行?同第31行)

上記(ロ)、(ハ)の記載内容から、甲第1号証記載の発明は、テフロン4にインクが付着しにくいので、ガイドローラーの表面が汚れにくくなる。このため同表面を従来の様に頻繁に掃除する必要がなく、従つて印刷機の運転を停止することも少なくなり、印刷の生産性が向上する、という点では、本件特許発明1の課題・作用効果と軌を一にしている点もうかがえる。
しかしながら、甲第1号証記載の発明においてセラミックを使用する課題とは、上記記載のように金属ローラー1の表面2にセラミック3を溶射して凹凸の粗面を形成することではあるが、その本質的課題は、表面2にテフロン4の食付きを良くさせるために、セラミック3の凹凸を利用しているのである。
それに対し、本件特許発明1のセラミックを使用する本質的課題とは、最終的な表面性状が凹凸を概ね維持するようにして、被被印刷体との点接触を図ることである。
したがって、甲第1号証記載の発明のセラミックの溶射と本件特許発明1のセラミックの溶射とは、そもそも、セラミックを採用した課題が全く異なるものである。
そうすると、たとえ、セラミックの溶射という構成のみで、本件特許発明1と甲第1号証に記載の発明が偶然に一致しており、且つ該セラミックの溶射そのものが公知技術の域を出るものでないとしても、異別の課題を有する甲第1号証記載の発明から、最終的に点接触効果の特定事項に到ることには、格別の困難性を必要とするものであり、当業者といえども容易になし得るものでない。

(7)甲第4ないし8号証の検討
請求人は甲第4ないし6号証を提出して、甲第4号証及び甲第5号証において、凹凸表面層を実質的に全体的に低表面エネルギー性樹脂でコーティングし、かつその表面形状は凹凸を概ね維持するようにして滑らかな凹凸を有するといったインキ汚れ防止構造が開示され、しかも甲第6号証(明細書第1頁左欄第38? 48行目)には、テフロンなどの反撥性物質(substance 7)で密閉された凹部(pores6)を備える外皮層 (Shel1 3) には凸部 (support points 5)が形成されており、その外皮層(耐摩耗性外層)の表面の粗さが20?100μであることが記載されている旨、主張している。
しかし、甲第4号証に記載されているのは、半球状突起を有する面にシリコン層を設けたものであり、甲第5号証に記載されているのは、直径0.001?0.005inchの球体を接着層に50?75%埋設させて凹凸を形成した面にインキ反撥性フィルムを積層したものであり、甲第6号証に記載されているのは、外皮層の凹部はテフロンなどの反撥性物質で密閉されていること、その外皮層(耐摩耗性外層)の表面の粗さが20?100μであること及び外皮層がテフロンなどによって完全にシールドされることであり、これら各号証に記載されているのは印刷装置に用いられるロールの凹凸のある表面にテフロンなどを被覆するというものであって、本件特許発明のように特定の凹凸表面層を有するセラミックス溶射層に低表面エネルギー樹脂の被覆を行うことを開示するものではない。
そして、本件特許発明1は、
セラミックス溶射層の長周期的な凹部には厚く、一方長周期的な凸部には薄く付着するとともに、0.5?20μmの厚さにおいて付着して、前記長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでないように低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜が形成されており、かつその表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度Rmax20?40μmで、滑らかな凹凸を有し、該凹凸の凸部によってのみ被印刷体と接触するものであって、低表面エネルギー樹脂のコーティング皮膜が特定性状をしているのは、セラミックス溶射層の特定の凹凸表面層を反映したものといえるから、セラミックス溶射層の表面性状とコーティング皮膜の表面性状の関係について特段の考慮をしているものとは認められない甲第4ないし6号証から当業者が容易になし得たものということはできない。
また、甲第7及び8号証を検討しても、相違点4について、当業者が容易になし得たものとすることはできない。

(8)相違点についての検討及び判断についてのむすび
以上を総合すると、相違点3及び4に係る構成について、訂正事項1ないし3により本件特許発明1の格別の事項および作用効果が明確にされるとともに、甲第1号証に記載の発明との差異も明確にされている。さらに、甲第1号証を総合的に勘案しても、最終的に相違点3及び4に係る本件特許発明1の構成に想到するには、甲第1号証に記載の発明に格別の阻害要因が存在しているものと判断せざるを得ないものであり、且つ甲第4ないし8号証をもってしても当該相違点3及び4に係る本件特許発明1の構成を充足することはできない。

4.第2回弁駁書について
(1)訂正事項2について
請求人は第2回弁駁書において、訂正事項2に関して、概略、次のとおり主張している。
「数値限定(凸部の厚さ0.5?20μm)が発明的意義を有するか否かが問題となるが、「薄く」することの厚さの範囲を「0.5?20μm」とすることも当業者の設計事項にすぎないものであり、格別な技術的意義があるとは認められないものである。」
しかしながら、上記3.相違点についての検討及び判断 で説示したとおり、当該数値限定(凸部の厚さ0.5?20μm)は、長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでないという特定事項及び凹凸の凸部によってのみ被印刷体と接触させる事項にとって必要とされる条件であり、結果として、低表面エネルギー樹脂のコーティングの厚さの数値を0.5?20μmの範囲に規定することにより、長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでないという事項及び凹凸の凸部によってのみ被印刷体と接触させる事項を特定している。
したがって、訂正事項2の数値限定を当業者の設計事項とすることはできない。

(2)訂正事項3について
同じく請求人は訂正事項3に関して、概略、次のとおり主張している。
「『点接触効果』を奏すること、すなわち凸部によってのみ被印刷体と接触するように構成することも格別困難なことではなく、当業者が容易に想到し得るものであり、甲第1、6号証に開示された事項から当業者が容易に想到し得る程度のことであり、進歩性を欠如する。」
しかしながら、上述したように、甲第6号証に記載されているのは、外皮層の凹部はテフロンなどの反撥性物質で密閉されていること、その外皮層(耐摩耗性外層)の表面の粗さが20?100μであること及び外皮層がテフロンなどによって完全にシールドされることであり、甲第6号証に記載されているのは印刷装置に用いられるロールの凹凸のある表面にテフロンなどを被覆するというものであって、本件特許発明のように特定の凹凸表面層を有するセラミックス溶射層に低表面エネルギー樹脂の被覆を行うことを開示するものではない。
よって、請求人の上記主張は採用できない。

5.まとめ
したがって、本件特許発明1は相違点1及び2について検討するまでもなく、当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。

請求項2ないし4に係る発明は、いずれも請求項1に係る発明の構成をその構成の一部とするものであるから、上記と同様の理由により、 当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては本件特許1乃至4を無効にすることはできない。
他に本件発明1乃至4を無効とすべき理由は発見できない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
圧胴または中間胴
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】印刷装置において、印刷要素に対して被印刷体を圧着し、その後移送する被印刷体圧着・移送系に配置される圧胴または中間胴であって、脱脂、ブラスト処理された金属製ローラ基材上に、気孔率5?20%を有する多孔質のセラミックス溶射層を溶射して非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸と、さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した表面粗度R_(max)30?50μmの粗面を形成し、更に前記多孔質セラミックスの凹凸表面層上および孔部内を実質的に全面的に覆うがセラミックス溶射層の長周期的な凹部には厚く、一方長周期的な凸部には薄く付着するとともに、0.5?20μmの厚さにおいて付着して、前記長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでないように低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜が形成されており、かつその表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度R_(max)20?40μmで、滑らかな凹凸を有し、該凹凸の凸部によってのみ被印刷体と接触するものであることを特徴とする圧胴または中間胴。
【請求項2】前記凹凸の凸部が、20μm×20μm平方ないし100μm×100μm平方当りに1ケ程度の割合で存在するものである請求項1に記載の圧胴または中間胴。
【請求項3】前記金属製ローラ基材と、前記複合被覆皮膜との間には、金属溶射層が形成されているものである請求項1または2に記載の圧胴または中間胴。
【請求項4】前記低表面エネルギー性樹脂が、シリコーン系樹脂である請求項1?3のいずれか一つに記載の圧胴または中間胴。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は、各種印刷装置における圧胴または中間胴(渡胴をも含む)の改良に関するものであり、特にオフセット印刷機における圧胴、中間胴などといったローラの改良に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
印刷技術は、文字、その他の図形情報を、紙その他の被印刷体面上に、同質画像を形成したハードコピー(印刷物)として大量に複製する技術である。このような印刷技術において、印刷版に色材(インキ)を付着させ、被印刷体面に圧着転移して印刷物を作成するのに用いられる印刷装置としては、周知のように、印刷版の形式および印刷版からの被印刷体面へのインキの転移形式(直接印刷あるいは間接印刷方式)の相違によって、オフセット印刷機、凸版印刷機、フレキソ印刷機、グラビア印刷機、スクリーン印刷機等の各種のものがある。
【0003】
これらの印刷装置においては、印刷版を直接に被印刷体に圧着させるか、あるいは印刷版に付着したインクをいったん転移したゴムブランケット等の中間媒体を被印刷体に圧着させるかの相違はあれ、このような印刷要素(印刷版または中間媒体)上のインキを被印刷体に転移するという大きな概念においては同じであり、被印刷体をこれらの印刷要素に圧着し、その後移送する被印刷体の圧着・移送系の構成としては、共通するところも多い。
【0004】
図4は、オフセット印刷機における印刷機構の概略的な構成を示す図面である。オフセット印刷機においては、インキは版胴1からゴム胴(ゴムブランケット)2に転写された後、ゴム胴2と圧胴3の間に送入された被印刷体4面上へと圧着転移し、インキ像(印刷物)5を形成する。
【0005】
従来、オフセット印刷機の圧胴としては、金属シリンダー表面を通常、クロムメッキにより表面仕上げしたものが使用されているが、このような構成の圧胴を備えた印刷機で、両面印刷を行なった場合、第一面印刷後の被印刷体4が次工程において図5に示すように上記と同様の構成のゴム胴2と圧胴3の間に送入される(すなわち、インキ像5が形成された被印刷体の第一面が圧胴3側に接する)と、第一面に印刷されたインキ像5が、圧胴3面上に転写インキ像6として転写され、続いて送られてくる被印刷体4の同面にこの転写インキ像6が再度転写される結果、印刷面が汚染される(以下、「裏汚れ」と称する。)という問題が生じていた。両面印刷を繰返せば、この傾向は更にひどくなり、印刷ムラを発生させることとなった。
【0006】
また、片面印刷の場合においても、図6(a)、(b)に示すように、使用する被印刷体4の大きさは、幅広のものから幅狭のものまであり、図6(a)に示すように幅狭の被印刷体4に印刷する場合には、被印刷体4の存在しない幅部においてはゴム胴2と圧胴3が直接接触する(強い印圧がかけられているため被印刷体4の厚さ相当分はゴム胴2がへこむ。)こととなり、版胴1上のわずかな汚れインキがゴム胴2を介して圧胴3へと転写され、圧胴汚れとなる。次に圧胴が汚れたまま幅広の被印刷体4が通過すると、この圧胴の汚れが被印刷体4へと付着して印刷物汚れが生じるという問題があった。
【0007】
従って、上記したような両面印刷を繰返す場合、あるいは幅狭の印刷から幅広の印刷へと変更する場合においては、必ず圧胴3の洗浄を行なわなければならず、しかもこの圧胴3の洗浄は、圧胴3の表面に付着したインキが、容易に除去困難であるため、印刷機を停止し、非常に不安定な姿勢で狭小な部位へと手を延ばし、有機溶剤を含ませたウェス等を用い、圧胴3を逐次手動にて回転させながら拭き取るという極めて危険かつ困難な手作業を強いられるものであった。
【0008】
このような問題を解決するために、特開昭62-94392号公報においては、金属シリンダー表面を特定のシリコーン系樹脂により被覆してなる圧胴が提唱されている。
【0009】
しかしながら、このように金属シリンダー表面に、単にシリコーン系樹脂を被覆した場合、得られるシリコーン系樹脂皮膜の硬度が低いため、傷、磨耗による性能低下が著しく、オフセット印刷機の圧胴のように取替えの困難な部品として使用することは実用的でないことが判明した。加えて、金属シリンダー表面に直接このようなシリコーン系樹脂皮膜を形成した場合、その表面性状は極端に滑らかで平坦なものとなるが、このような表面形状を有するものであると、被印刷体4と完全に密着接触することとなるため、シリコーン系樹脂が表面エネルギーの低い非粘着性の表面物性を示すにもかかわらず、被印刷体4からのインキの移行がかなり多いことが判明した。
【0010】
従って本発明は、各種印刷装置において使用される改良された圧胴または中間胴を提供することを目的とするものである。本発明は、またインキの付着汚染が少なくかつ洗浄の容易な耐久性の高い圧胴または中間胴を提供することを目的とするものである。本発明はさらに、両面印刷時の裏汚れ、片面印刷時の被印刷物幅変更に起因する印刷物汚れといった問題の発生の少ないオフセット印刷機用圧胴および中間胴を提供することを目的とするものである。
【0011】
【課題を解決するための手段】
上記諸目的は、印刷装置において、印刷要素に対して被印刷体を圧着し、その後移送する被印刷体圧着・移送系に配置される圧胴または中間胴であって、脱脂、ブラスト処理された金属製ローラ基材上に、気孔率5?20%を有する多孔質のセラミックス溶射層を溶射して非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸と、さらにより長周期的な凹凸とが複合して形成した表面粗度Rmax30?50μmの粗面を形成し、更に前記多孔質セラミックスの凹凸表面層上および孔部内を実質的に全面的に覆うがセラミックス溶射層の長周期的な凹部には厚く、一方長周期的な凸部には薄く付着するとともに、0.5?20μmの厚さにおいて付着して、前記長周期的な凹凸が完全に埋没してしまうものでないように低表面エネルギー樹脂をコーティングした複合被覆皮膜が形成されており、かつその表面性状がセラミックス溶射の長周期的な凹凸を概ね維持するようにして表面粗度Rmax20?40μmで、滑らかな凹凸を有し、該凹凸の凸部によってのみ被印刷体と接触するものであることを特徴とする圧胴または中間胴により達成される。
【0012】
この圧胴または中間胴の表面性状は、さらに、前記凹凸の凸部が、20μm×20μm平方ないし100μm×100μm平方当りに1ケ程度の割合で均一に分散して存在するものであることが望ましい。
【0013】
また前記金属製ローラ基材と、前記複合被覆皮膜との間には、前記複合被覆皮膜のより強固な接合のために、金属溶射層が形成されているものであることが好ましい。
【0014】
さらに前記低表面エネルギー性樹脂は、シリコーン系樹脂であることが望ましい。
【0015】
【作用】
このように本発明に係る圧胴または中間胴は、脱脂、ブラスト処理された金属製ローラ基材表面上に、多孔質のセラミックス溶射層と前記セラミックス溶射層の表面上および孔部内に形成された低表面エネルギー性樹脂層とからなる複合被覆皮膜を形成してなるものである。図1は、このような本発明に係る圧胴または中間胴の一実施態様における断面構造を模式的に示す図、図2は、本発明に係る圧胴または中間胴の断面構造をさらに拡大して模式的に示す図、また図3は、本発明に係る圧胴または中間胴の製造過程における断面構造を模式的に示す図である。なお、これらの図において縦横の縮尺比は誇張して描かれている。
【0016】
本発明の圧胴または中間胴を得るには、まず図3に示すように脱脂・ブラスト処理して粗面とした金属製ローラ基材10表面上に、セラミックス溶射層12を形成する。なお、この図に示す例においては、金属製ローラ基材10表面上に金属溶射層11が形成され、その上にさらにセラミック溶射層12が形成されている。このようにして形成されたセラミックス溶射層12表面は、図示するように非常にシャープな突起を形成する短周期的な凹凸(ピッチ波状凹凸)と、さらにより長周期的な凹凸(うねり状凹凸)とが複合して形成した粗面、代表的に好ましくは、R_(max)30?50μm程度の粗面であり、かつセラミックス溶射層12は多孔質、好ましくは0.1μm?数十μmの微細な気孔を気孔率5?20%で有するものである。
【0017】
ここで、このセラミックス溶射層12の上部から、例えばシリコーン系樹脂等の低表面エネルギー性樹脂を含浸コーティングして乾燥固化させると、図1および2に示すように、セラミックス溶射層の表面上および孔部内に低表面エネルギー性樹脂層13が形成される。低表面エネルギー性樹脂13は、前記したようにセラミックス溶射層12がピッチ波状凹凸を有することおよび多孔質であることから、これらの部位に入り込むことによるアンカー効果によってセラミックス溶射層12との密着性がよく複合皮膜化し、セラミックス溶射層12と低表面エネルギー性樹脂層13とで複合被覆皮膜14を構成する。
【0018】
さらに低表面エネルギー性樹脂13は、セラミックス溶射層12の表面を実質的に全面的に覆うが、そのうねり波状凹部には厚く、一方うねり波状凸部には薄く付着する。このため、セラミックス溶射層12のみを形成した状態と比較すると滑らかな表面性状となるが、セラミックス溶射層12に起因する凹凸が完全に埋没してしまうものではなく、前記うねり状凹凸は概ね維持され、滑らかな凹凸を有する粗面が形成できるものである。なお、最終的な表面粗度R_(max)は代表的には20?40μm程度とすることが望ましい。また最終的な滑らかな凹凸における凸部(前記うねりの凸部)は、例えば20μm×20μm平方?100μm×100μm平方、特に30μm×30μm平方?60μm×60μm平方当りに1ケ程度の割合で均一に分散して存在することが望ましい。なお、ここで言う凸部は、被測定物表面を長さ20mm×幅20mmにわたり2次元的に走査して測定し、この測定領域内における最高凸部の高さの70%以上の高さを有する凸部を指すものである。
【0019】
このため、本発明に係る圧胴または中間胴が、被印刷体と接触する際には、ローラ表面全体で接触することなく前記したような滑らかな突起においてのみ接触し、かつその表面には低表面エネルギー性樹脂が存在するために、被印刷体からのインキの移行は起りにくく、かつ移行したインキも、表面が低表面エネルギー性樹脂によるものであることと滑らかな凹凸のブロフィールを有することが相俟って、乾燥した布材等で軽く触れるだけで容易に除去できるものである。
【0020】
また、前記したように低表面エネルギー性樹脂層13はセラミックス溶射層12と複合化されて表面に付与されているために、極めて長期間使用されたとしても全体的に磨耗剥離してしまうといったことは生じず、前記うねり状凹凸の凸部という極めて小さな部位で磨耗が生じるのみである。このため長期間にわたってロール表面の低表面エネルギーが維持され、特性の劣化が生じにくいものである。なお、このうねり状凹凸は、より微細なピッチの凹凸との比較のために「うねり」と表現したが、目視的には全くわからない程度のものであり、従ってその凸部の表面の樹脂層13が磨耗してセラミックス溶射層12が露出し、この部位でインキの付着、逆転移が生じたとしても、印刷品質上全く問題とならないものである。
【0021】
以下、本発明を実施態様に基づきより詳細に説明する。本発明の圧胴または中間胴における金属製ローラ基材としては、鋳鉄、ステンレス鋼、アルミニウム合金等のパイプ、シリンダーからのロールなどからなるものがその用途に応じて適宜選択される。例えば、ローラがオフセット印刷機の圧胴である場合には、FCD(ダクタイル鋳鉄)等のシリンダーが好ましいものであるが、もちろんこれらに何ら限定されるものではない。
【0022】
このような金属製ローラ基材は、まず切削または研磨加工して所定の径精度を有するものとされる必要がある。すなわち、本発明に係る圧胴または中間胴は、最終仕上としてこのような切削研磨が行なえないためである。
【0023】
そして、その上部に形成されるセラミックス溶射層との密着性を向上させるために、周知の手法により金属製ローラ基材表面に脱脂・ブラスト処理を行ない表面を粗す。
【0024】
次に、必要に応じてこの金属製ローラ基材に、Al、Ni、Cr等の金属あるいは金属合金、好ましくはNi-Cr等の溶射層を、プラズマ溶射、アーク溶射、ガス溶射等の手法により形成する。この金属溶射層は、金属製ローラ基材表面とセラミックス溶射層との密着性をより高めるためのものであり、特に圧胴などのような使用時に高い負荷が加わるローラにあっては、このような金属溶射層を形成することは非常に望ましいが、ガイドロ-ラのように負荷の比較的かからないローラにあっては、経済性等を考慮して省略することが可能である。なお、この金属溶射層の厚さとしては平均膜厚30?70μm程度であればよい。30μm未満であると金属溶射層を形成したことによる密着性向上効果が得られない虞れがあり、一方70μmを越えてもそれ以上の効果は望めず経済的に不利であるからである。
【0025】
次いで、この金属製ローラ基材表面または金属溶射層表面上に、例えばプラズマジェット溶射法等の公知のセラミックス溶射法を用いることにより、セラミックス溶射層を形成する。セラミックス材料としては、Al_(2)O_(3)、TiO_(2)、Al_(2)O_(3)-TiO_(2)、Cr_(2)O_(3)、ZrO_(2)、WC、WC-Co、Cr_(3)C_(2)、TiC等あるいはこれらの混合物、さらには導電性をもたすためにセラミックスと金属を同時溶射した複合皮膜、サーメット類等が例示されるが、これらに限定されるものではない。セラミックス材料の選択は、金属製ローラ基材または溶射金属との密着強度、耐磨耗性、ならびに得られるセラミックス溶射層が数μm?数十μmの微細な気孔(連続気孔)を気孔率5?20%で有しかつその表面粗度がR_(max)30?50μm程度となること等の点に、経済性を考慮して行なえば良い。一般的には、ホワイトアルミナ(W-Al_(2)O_(3))およびグレーアルミナ(G-Al_(2)O_(3))(Al_(2)O_(3)-TiO_(2))、クロミア(Cr_(2)O_(3))などが望ましい。
【0026】
なお、セラミックス溶射層が数μm?数十μmの微細な気孔(連続気孔)を気孔率5?20%で有することが望まれるのは、セラミックス溶射層に後述する低表面エネルギー性樹脂層を安定して複合形成可能とするためであり、気孔率が5%未満では表面活性樹脂がセラミックス溶射層内部に十分に入り込めず剥離性が高まる虞れがあり、一方、気孔率が20%を越えるものであると、複合皮膜の骨格構造となるセラミックス溶射層の強度が低下する虞れがあるためである。また、その表面粗度がR_(max)30?50μm程度を有することが望まれるのは、セラミックス溶射層表面上に後述するような低表面エネルギー性樹脂を堆積した際に、該低表面エネルギー性樹脂が安定に付着しかつ最終的に必要かつ十分な大きさの滑らかな凹凸が形成され易い範囲であるからである。
【0027】
さらに、このセラミックス溶射層の厚さとしては、平均膜厚30?200μm、より好ましくは40?80μm程度であることが望まれる。すなわち、平均膜厚が30μm未満では、均一でかつ密着性、強度および耐磨耗性等の特性が十分な溶射層を得ることができない虞れがあり、一方、平均膜厚が200μmを越えるものであるとコスト面で不利となるからである。更に、ロールが圧胴の場合におけるように高い径精度を必要とされる態様においては、膜厚は150μm以下であることが望ましい。すなわち、圧胴の場合、最終的な仕上げ径をD±0.02mm以下、円筒度0.020mm以下に抑える必要があるためである。
【0028】
また、セラミックス溶射層の表面粗度は、前記したように一般にR_(max)30?50μm程度であることが望まれるが、最終製品として必要とされる最適な表面粗度は、ローラの種類によって異なる。
【0029】
このようにしてセラミックス溶射層が形成されたら、その上部から低表面エネルギー性樹脂を例えば、スプレー、ディッピング、ハケ塗り、ローラ塗布等の方法で含浸、コーティングし、所定の温度で乾操固化させ、セラミックス溶射層の表面上および孔部内に低表面エネルギー性樹脂層を形成する。低表面エネルギー性樹脂としては、使用されるインキに対する濡れ性が低くかつインキ組成中等に使用される薬剤に対し安定な皮膜、望ましくは高硬度皮膜を形成できるものであれば特に限定されるものではないが、通常、シリコーン系樹脂およびフッ素原子含有樹脂が望ましく、さらにその硬度、施工性、化学的安定性等の面からシリコーン系樹脂が望ましい。
【0030】
シリコーン系樹脂としては、施工後に、高分子化、三次元化してSi-O-Si結合と有機基、望ましくはメチル基および/またはフェニル基、より望ましくはメチル基を主体とする骨格構造を有し、安定な硬化皮膜を形成できるものであればよい。側鎖としてのメチル基が多くなるほど、インキに対する濡れ性は低いものとなるが、その硬度の向上面からはフェニル基、あるいはビニル基などの官能基に起因する架橋構造の含有割合を高めることが望まれる。
【0031】
なお施工時の形態は特に限定されるものではなく、例えば、オリゴマー、モノマー等の液状のもの、あるいは樹脂状のものを適当な溶媒に溶解した溶液状のものなど、例えば、シリコーンワニス、シリコーンゴム等に分類され市販される公知の各種の組成のものを適宜選択して使用することができるが、例えば、ワニス系シリコーン離型剤として市販されている組成物、ないしこれに類似する組成物が、施工性および得られる皮膜特性の面から好ましいものが多い。シリコーン離型剤としては、例えば、一般式(I)で示されるような構造を有するシリコーンポリマーないしコポリマーを主成分とするものが市販品として入手できる。
【0032】
【化1】

【0033】
(但し、式中、Rはそれぞれ独立に水酸基、アルキル、アリール、アルケニル、ハロゲン置換アルキル、ハロゲン置換アリール、ハロゲン置換アルケニル、好ましくはメチル基を表し、nは1?30000である。)しかしながら、もちろん使用されるシリコーン系樹脂組成物としては、このようなシリコーン離型剤に何ら限定されるものではない。
【0034】
また、このようなシリコーン系樹脂組成物中には、必要に応じて、皮膜硬度を高めるためのシリカ微粒子等の充填剤を配合することも可能であるが、セラミックス溶射層の空孔部および凹部に十分侵入し得る程度の粒径のものである必要がある。
【0035】
また、フッ素原子含有樹脂としては、ポリクロロトリフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリフッ化ビニル等といった熱可塑性フッ素原子含有樹脂を用い、適当な溶剤に懸濁ないし膨潤させて塗布し、溶融温度以上に加熱して成膜するといったディスパージョン加工法を用いることも可能であるが、セラミックス溶射層の表面上および孔部内により確実に皮膜を形成するためには、分子鎖内に少量の水酸基、カルボン酸基等の官能基を有し、液状にて塗布可能でかつ常温または加熱して架橋硬化する熱硬化性フッ素原子含有樹脂の方が望ましく、例えば、フルオロエチレンとアクリル酸、メタアクリル酸との共重合体などが例示される。
【0036】
形成される低表面エネルギー性樹脂層のセラミックス溶射層表面上における厚さは、前記したようにセラミックス溶射層のうねり波状凹部には厚く、一方うねり波状凸部には薄く付着するため、平均膜厚として規定することは困難である。しかしながら、溶射層の表面を実質的に全面的に覆い、かつセラミックス溶射層のうねり状凹凸を維持したものとなるように、全体を通じて0.5?20μm程度の厚さにおいて付着することが望ましい。
【0037】
このようにして得られる本発明の圧胴または中間胴は、最終的な表面性状が滑らかな凹凸を有するものとなり、代表的にはその表面粗度R_(max)が、20?40μm程度であることが望ましく、また最終的な表面における滑らかな凹凸の凸部は、例えば20μm×20μm平方?100μm×100μm平方当りに1ケ程度、より好ましくは30μm×30μm平方?60μm×60μm平方当りに1ケ程度の割合で均一に分散して存在するものことが望ましい。そしてその全表面は、複合被覆皮膜として前記セラミック溶射層に保持された緻密な低表面エネルギー性樹脂層よって形成されており、使用されるインキに対する濡れ性の低いものである。
【0038】
このため本発明のローラは、各種の印刷機における被印刷体圧着・移送系に配される各種のローラとして好適に使用でき、具体的には例えば、オフセット印刷機における圧胴、または中間胴として好適に使用できるものである。
【0039】
【実施例】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。
【0040】
参考例1
ダクタイル鋳鉄製の金属シリンダーの表面を最終仕上げ径-0.200mmに研磨加工し、径精度(円筒度0.01)を出した後、脱脂、ブラスト処理して表面を粗した。なおこの際の表面粗度R_(max)は約35μmであった。
【0041】
その後、粉末粒径10?55μmのNi-Cr合金を用い、プラズマ溶射にて前記シリンダー表面に膜厚約30μmのNi-Cr溶射層を形成し、続いて粉末粒径10?44μmのG-Al_(2)O_(3)を用い、同様にブラズマ溶射して膜厚約70μmのセラミックス溶射層を形成した。このセラミック溶射層の表面粗度R_(max)は約40μmであり、図2に図示するように非常にシャープな突起を有しながらうねる粗面であった。またセラミックス溶射層は0.1?数十μmの大きさの空孔を有しており、空孔率は約16%であった。このようにして得られた圧胴を以下のような印刷試験に供した。
【0042】
実施例1
上記参考例1と同様の手順を行なった後、セラミックス溶射層の上から、シリコーン系樹脂離型剤(信越化学工業(株)製 KS776L)100部、トルエン300部および硬化触媒(信越化学工業(株)製 CAT-PL8)1部を混合攪拌した溶液を、スプレー方式で含浸塗布した後、150℃の乾燥炉で1時間乾操固化させてセラミックス溶射層の表面にシリコーン系樹脂皮膜を形成した。このシリコーン系樹脂皮膜は、セラミックス溶射層の連通空孔部を完全に閉塞し、かつ溶射層の表面において、うねり波状凹凸の凹部には厚くかつ凸部には薄く付着しその全面を完全に覆っているものであり、その膜厚は各部位によって相違するが2?20μmの範囲にあった。そしてこのシリコーン系樹脂皮膜形成後における表面粗度R_(max)は約30μmであり、図1に図示するように滑らかな凹凸を有する粗面であった。このようにして得られた圧胴を参考例1と同様に以下のような印刷試験に、更に以下のような耐傷性試験に供した。
【0043】
印刷試験1
上記参考例1および実施例1において作成した圧胴を、オフセット印刷機((株)小森コーポレーション製、菊全両面機)に取付け、紅インキ(東洋インキ(株)製、ハイプラス)を使用して、コート紙3万枚に対し、両面印刷を行なった。なお比較対照のために、通常のクロムメッキ後研磨した圧胴を使用して同様の印刷試験を併せて行なった。その結果、参考例1の圧胴を使用した場合には、圧胴の表面が砂目状の凹凸形状となっている分、通常のクロムメッキの圧胴と比較すると、圧胴表面のインキ汚れは少ないが、紙通し枚数が増えるとどんどん汚れがひどくなり、約3000枚を越えるころには、この圧胴のインキ汚れに起因する印刷物の裏汚れが顕著となり、実用上採用出来ないことが判明した。またセラミックス溶射層の表面の鋭利な突起部で、印刷物のベタ部のインキを取り去ることによって、数μmの微細な素抜け(白抜け)が無数に出来、目視によっても明らかに印刷の鮮明性が劣るものとなっていた。
【0044】
一方、実施例1の圧胴の場合、3万枚の印刷を行なった後でも、圧胴表面の微細な凸部に極わずかなインキが付着しているのみであり、しかもこのインキ付着量はさらに紙通し枚数を増やしてもほとんど変化なくインキ付着が成長しないものであった。さらに、印刷物のベタ部に当接する部位においても圧胴表面の突起部にインキがほとんど転写されておらず、素抜けも非常に少なくかつ小さいものであり、印刷物の印刷品質上ほとんど障害にならず、良好な印刷物を得ることができた。
【0045】
また、印刷試験終了後、圧胴表面に付着したインキの除去を試みたところ、実施例1のものにおいては、乾いた布で軽く拭き取るのみでわずかに付着したインキを完全に除去できたが、比較対照のクロムメッキの圧胴の場合、このような処理で取除くことは困難で、白灯油を用いて洗浄しないと除去することができず、さらに参考例1の圧胴の場合、このような有機溶剤を用いても表面の微細な凹部に入り込んだインキが完全には除去できず、かつ溶剤に溶解し流動性の生じたインキが気孔内へと浸み込んでいくために洗浄困難であった。
【0046】
耐傷性試験
実施例1で得られた圧胴の表面硬度を、鉛筆硬度試験により調べたところ4Hであり、しかも、鉄製の工具(ドライバ)を強く押しつけてこすっても、圧胴上には一旦は金属色の傷状の跡が付くが、その上を指先で拭くとこの跡はきれいに消失した。すなわち、実施例1の圧胴表面に傷が付いたのではなく、工具が削れてその滓が圧胴上に付着しただけのものであった。これは、前記工具とは、圧胴表面微細な突起部のみが工具と接触するだけであり、この突起部は耐磨耗性の高いセラミックス溶射層の上に極薄くシリコーン系樹脂皮膜が付着しているのみであって実質的に前記溶射層の硬度の影響が強く生じるためであると考えられる。なお、この突起部においてはシリコーン系樹脂皮膜が直接的には、工具と接触するものの、非常に微細な点として接触しているのみであり面として接触していないため、これらの非常に微細な突起部のみにおいてシリコーン系樹脂皮膜が磨耗除去されるのみであり、シリコーン系樹脂皮膜が面として剥ぎ取られることはない。
【0047】
一方、比較対照のために、実施例1で使用したシリコーン系樹脂、あるいは特開昭62-94392号で開示されるいくつかのシリコーン系樹脂を、ブラスト処理前の滑らかな表面性状の鋳鉄シリンダー表面に直接コーティングして得られた試験体の表面硬度を、鉛筆硬度試験により調べたところB?2Hであり、工具等の硬いもので軽く擦るのみで簡単に傷が付いた。
【0048】
実施例2
低表面エネルギー性樹脂被膜を、シリコーン系樹脂離型剤(信越化学工業(株)製 KNS316)100部、トルエン100部および硬化触媒(信越化学工業(株)製 CAT-PL56)3部を混合攪拌した溶液を用いて形成する以外は実施例1と同様にして圧胴を作製し、前記と同様に印刷試験、耐傷性試験を行なったところ実施例1と同様に優れた結果が得られた。
【0049】
実施例3?6
低表面エネルギー性樹脂被膜を、シリコーン系樹脂としてKR2046(実施例3)、X-40-2141(実施例4)、X-41-9710H(実施例5)、またはX-40-201(実施例6)(いずれも信越化学工業(株)製)を用いて形成する以外は、実施例1と同様にして圧胴を作製し、前記と同様に印刷試験を行なった。印刷試験終了後の圧胴面上の汚れの度合に若干の相違が見られたものの、いずれのものにおいても、実施例1と同様に良好な印刷品質が保たれ、かつ印刷終了後の圧胴の汚れも乾式にて完全に除去できるものであった。
【0050】
【発明の効果】
以上述べたように、本発明の圧胴または中間胴は、その表面性状が微細で比較的滑らかな凹凸を有するものであり、耐磨耗性に優れたセラミックス溶射層と表面エネルギーの低いシリコーン系樹脂等の低表面エネルギー性樹脂層とからなる複合皮膜で基材表面を被覆しており、かつその表面性状が表面粗度R_(max)20?40μmで滑らかな凹凸を有しているものであるため、表面にインキが付着し難いものである。このため各種の印刷機における被印刷体圧着・移送系に配される各種のローラ、例えば、オフセット印刷機における圧胴または中間胴として好適に使用できるものであり、連続して多量ないし長持間の印刷操作を行なう場合に、洗浄操作を施す必要もなく、汚れのない良好な印刷品質の印刷物を提供できるものとなり、かつその耐久性も優れたものである。さらに、表面に付着したインキも乾式にて容易に除去できるものであることから、従来、非常に危険でかつ重労働であったローラの洗浄操作も極めて容易なものとなり、また非常に簡単な構成の清浄装置を装置内に組込むことで、自動的に清浄化することも可能であり、清掃に費す時間と労力、またイニシャルコストの削減の上でも非常に高い効果を与えるものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】
本発明に係る圧胴または中間胴の一実施態様における断面構造を模式的に示す図、
【図2】
本発明に係る圧胴または中間胴の断面構造をさらに拡大して模式的に示す図、
【図3】
本発明に係る圧胴または中間胴の製造過程における断面構造を模式的に示す図、
【図4】
オフセット印刷機における印刷機構の概略的な構成を示す図、
【図5】
オフセット印刷における両面印刷時の圧胴のインキ汚れを説明する模式図、
【図6】
オフセット印刷機における圧胴およびゴム胴と被印刷体の関係を示す図であり、(a)は幅狭の被印刷体に印刷している状態、(b)は幅広の被印刷体に印刷している状態をそれぞれ示す図、
【符号の説明】
1…版胴
2…ゴム胴
3…圧胴
4…被印刷体
5…インキ像
6…転写インキ像
10…金属製ローラ基材
11…金属溶射層
12…セラミックス溶射層
13…低表面エネルギー性樹脂層
14…複合被覆皮膜
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2008-01-29 
結審通知日 2006-04-25 
審決日 2008-02-20 
出願番号 特願平7-101515
審決分類 P 1 113・ 831- YA (B65H)
P 1 113・ 121- YA (B65H)
最終処分 不成立  
特許庁審判長 石原 正博
特許庁審判官 田中 玲子
関口 勇
登録日 2003-06-13 
登録番号 特許第3439569号(P3439569)
発明の名称 圧胴または中間胴  
代理人 中村 朝幸  
代理人 青木 篤  
代理人 八田 幹雄  
代理人 宇谷 勝幸  
代理人 八田 幹雄  
代理人 長谷川 俊弘  
代理人 永坂 友康  
代理人 増田 竹夫  
代理人 都祭 正則  
代理人 都祭 正則  
代理人 長谷川 俊弘  
代理人 古賀 哲次  
代理人 中村 朝幸  
代理人 石田 敬  
代理人 藤田 健  
代理人 奈良 泰男  
代理人 亀松 宏  
代理人 青木 篤  
代理人 奈良 泰男  
代理人 古賀 哲次  
代理人 藤田 健  
代理人 永坂 友康  
代理人 亀松 宏  
代理人 宇谷 勝幸  
代理人 石田 敬  

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