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審決分類 審判 査定不服 出願日、優先日、請求日 特許、登録しない。 C12M
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 C12M
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12M
管理番号 1191535
審判番号 不服2005-13715  
総通号数 111 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-03-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2005-07-19 
確定日 2009-01-19 
事件の表示 特願2001-169399「酵母液貯留用攪拌槽と、その攪拌槽を用いたビール等の発酵食品類の製造方法、及び酵母液貯留用攪拌槽の攪拌翼」拒絶査定不服審判事件〔平成14年 2月12日出願公開、特開2002- 45169〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯 ・本願発明
本願は,平成9年9月11日に出願された特願平9-246782号に基づき,平成13年6月5日に特許法第44条第1項の規定に基づく新たな特許出願として出願したものであって,平成17年6月9日付で拒絶の査定がなされ,平成17年7月19日に拒絶査定不服の審判が請求されたものである。
そして,本願の請求項1に係る発明は,平成17年4月14日に補正された明細書の記載からみて,その特許請求の範囲の請求項1に記載された次の事項により特定されるとおりのものと認める。(以下「本願発明」という。)
「【請求項1】 ビール等の発酵食品類を発酵させる発酵槽から排出される酵母液の一部を貯留するとともに,貯留された酵母液を前記発酵槽へ返送して再利用するための酵母液貯留用攪拌槽において,攪拌槽本体の中心部に回転軸を垂設し,この回転軸に,翼の高さが翼径の1/2 以上に形成されたパドル翼が具備されてなることを特徴とする酵母液貯留用攪拌槽。」

第2 原査定の拒絶の理由

一方,原査定の拒絶の理由の概要は,以下のとおりである。

1.理由1(特許法第29条第1項第3号)
「請求項1及び2及び【0006】等において「翼の高さが翼径の1/2以上に形成されたパドル翼が具備された」酵母液貯留用撹拌槽が記載されておりこれは単一のパドル翼を有する酵母液貯留用撹拌槽をも包含するものと認められるが,原出願の出願当初の明細書又は図面に記載されているのは翼の高さが翼径の1/2以上である複数のパドル翼を上下多段に配設した酵母液貯留用撹拌槽であり,翼の高さが翼径の1/2以上に形成された単一のパドル翼が具備された酵母液貯留用撹拌槽は記載されていないから,「翼の高さが翼径の1/2以上に形成されたパドル翼が具備された」酵母液貯留用撹拌槽が原出願の出願当初の明細書又は図面に記載されている事項であるとは認められない。
したがって,「分割出願の明細書又は図面が,原出願の出願当初の明細書又は図面に記載した事項の範囲内でないものを含まない」との要件を満たさないため,本分割出願は原出願の時にしたものとみなすことはできない。
・・・
引用文献1には請求項1に係る酵母液貯留用撹拌槽,請求項2に係る発酵食品の製造方法,請求項3に係る撹拌翼,が記載されている。」

2.理由2(許法第29条第2項)
「引用文献2には,回転軸に複数のパドル翼を上下多段に配設し,かつ各パドル翼の高さが翼径の1/2以上であり,低粘度から高粘度までの広範囲において良好な攪拌効率を示し,低剪断(低回転)での均一混合が可能な撹拌装置が記載されている。そうすると,ビールの製造において用いることが周知である酵母液貯留攪拌槽の攪拌手段として,低剪断での均一混合(剪断力による菌体への悪影響を及ぼさない範囲での低速攪拌を行うことは,例えば,特開平5-30962号公報,特開平5-268933号公報,に記載されているように本出願時当該技術分野においては周知の課題及び周知の技術である),攪拌効率の向上を目的に引用文献2に記載された撹拌装置を用いることは当業者が容易になし得ることであると認められる。したがって,本願の請求項1-2に係る発明は,引用文献2に記載された発明及び周知技術から当業者が容易になし得るものである。
そして,本願の請求項1-2に係る発明が,引用文献2及び周知技術から予測される以上の格別の効果を奏するものとも認められない。」

第3 理由1について

1.分割要件(特許法第44条第1項)の判断

(1)原出願(特願平9-246782号)の出願当初の明細書または図面の記載
原出願の出願当初の明細書または図面(以下,「当初明細書等」という。)には,以下の事項が記載されている。

ア 「【特許請求の範囲】
【請求項1】 ビール等の発酵食品類を発酵させる発酵槽へ供給するための酵母液を貯留する酵母液貯留用攪拌槽において,低せん断型の攪拌翼が具備されてなることを特徴とする酵母液貯留用攪拌槽。
【請求項2】 前記低せん断型の攪拌翼が,攪拌槽本体(1) の中心部に回転軸(2) を垂設し,この回転軸(2) に複数のパドル翼(3a),(3b),…を上下多段に配設して構成されたものである請求項1記載の酵母液貯留用攪拌槽。
【請求項3】 各パドル翼(3a),(3b) の高さが翼径の1/2 以上に形成されている請求項2記載の酵母液貯留用攪拌槽。
【請求項4】 複数のパドル翼(3a),(3b) の交差角が30度?90度の範囲内である請求項2又は3記載の酵母液貯留用攪拌装置。
【請求項5】 酵母液貯留用攪拌槽で酵母液を攪拌する工程を有するビール等の発酵食品類の製造方法において,前記酵母液貯留用攪拌槽に,低せん断型の攪拌翼を具備し,該攪拌翼を低速で回転させて酵母液を攪拌することを特徴とするビール等の発酵食品類の製造方法。
【請求項6】 前記低せん断型の攪拌翼が,攪拌槽本体(1) の中心部に回転軸(2) を垂設し,この回転軸(2) に複数のパドル翼(3a),(3b),…を上下多段に配設して構成されたものである請求項5記載のビール等の発酵食品類の製造方法。
【請求項7】 各パドル翼(3a),(3b) の高さが翼径の1/2 以上である請求項6記載のビール等の発酵食品類の製造方法。
【請求項8】 複数のパドル翼(3a),(3b) の平面から見た交差角が30度?90度の範囲内である請求項6又は7記載のビール等の発酵食品類の製造方法。」

イ 「【0002】
【従来の技術】
従来、ビールの製造プロセスにおいて、発酵槽に供給する酵母液の貯留用混合攪拌槽内に具備される攪拌翼は、主として傾斜パドル翼等の比較的せん断力の大きい翼が使用されていた。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
しかし、このような翼を用いて酵母液を攪拌する場合、低速攪拌では全体を均一に混合することができないという問題点がある。
【0004】
一方、この混合不良を解消し、酵母濃度の均一性を増すために、高速の強い攪拌をすると、酵母を傷つけ、破壊し、その生物活性を低下させるという問題点がある。
【0005】
本発明は、このような相反する問題点を解決するためになされたもので、極力低速で、従って低せん断力で、槽内全体を混合攪拌することにより、従来に比べて著しく低速の回転数で全体を均一に混合することができ、且つ酵母の生物活性度も低下させないことを課題とするものである。」

ウ 「【0006】
【課題を解決するための手段】
本発明は,このような課題を解決するために,酵母液貯留用攪拌槽と,その攪拌槽を用いたビール等の発酵食品類の製造方法としてなされたもので,酵母攪拌槽としての特徴は,ビール等の発酵食品類を発酵させる発酵槽へ供給するための酵母液を貯留する酵母液貯留用攪拌槽において,低せん断型の攪拌翼を具備したことにある。
【0007】
また,ビール等の発酵食品類の製造方法としての特徴は,酵母液貯留用攪拌槽で酵母液を攪拌する工程を有するビール等の発酵食品類の製造方法において,前記酵母液貯留用攪拌槽に,低せん断型の攪拌翼を具備し,該攪拌翼を低速で回転させて酵母液を攪拌することにある。
【0008】
低せん断型の攪拌翼としては,たとえば攪拌槽本体1の中心部に回転軸2を垂設し,この回転軸2に複数のパドル翼3a,3b,…を上下多段に配設して構成したようなものを使用することが可能である。
【0009】
この場合,各パドル翼3a,3b,…の高さは翼径の1/2 以上とすることが好ましい。
【0010】
また、複数のパドル翼3a,3b の交差角は、30度?90度の範囲内であることが好ましい。」

エ 「【0012】
実施形態1
図1は、一実施形態としての酵母攪拌槽を模式的に示す概略正面図である。
【0013】
図1において、1は槽本体で、全体が竪形円筒状に形成されている。
【0014】
2は、前記槽本体1のほぼ中心部に垂設された回転軸で、この回転軸2には、上下2段にパドル翼3a,3b が取付けられている。
【0015】
そして、それぞれ上下のパドル翼3a,3b の高さは、翼径の1/2 以上の大きさとされている。
【0016】
さらに、上下のパドル翼3a,3b は、図2に示すように45度の交差角度をなして配設されている。」

オ 「【0020】
上記実施形態1のような低せん断型の酵母攪拌槽を用いることによって,酵母を失活させない程度の低速の回転数,従って低せん断力で攪拌し,しかも全体を均一に攪拌混合することができる。
【0021】
すなわち,上下にバドル翼3a,3b が配置されているため,それぞれのバドル翼3a,3b から吐出流が生じることなり,上下の吐出流が相互に干渉することがないために,酵母液の流れをスムーズに繋ぐことができる。
【0022】
特に,上下のパドル翼3a,3b の高さは,それぞれ翼径の1/2 以上の大きさとされているため,スムーズな酵母液の流れが阻害されることもない。
【0023】
また,上下のパドル翼3a,3b が,平面から見て45度の交差角度をなして配設されているので,この位相のずれがスムーズな酵母液の上下の流動を生じさせることとなる。
【0024】
よって,このような作用により,酵母攪拌槽4内での均一な攪拌混合効果が得られるのである。」

カ 「【0073】
【発明の効果】
叙上のように、本発明は、酵母液貯留用攪拌槽の攪拌翼として、低せん断型の攪拌翼を用いたため、低速で攪拌しても、槽内の全体を略均一に混合することができ、その混合攪拌効果が、従来の傾斜パドル翼等を具備した酵母攪拌槽に比べて著しく良好となる効果がある。
【0074】
また、低速で良好な攪拌効果が得られるため、酵母を傷つけ、破壊し、その生物活性を低下させるおそれもないという効果がある。」

(2)本願発明が原出願に包含されていた発明であるか否かの判断

ア 原出願の当初明細書等の記載を総合すると,原出願の当初明細書等には,「ビールの製造プロセスにおいて、発酵槽に供給する酵母液の貯留用混合攪拌槽」に関して,
発明が解決すべき課題として,「極力低速で、従って低せん断力で、槽内全体を混合攪拌することにより、従来に比べて著しく低速の回転数で全体を均一に混合することができ、且つ酵母の生物活性度も低下させないこと」が記載され(【0005】),
その課題を解決する手段として,「低せん断型の攪拌翼を具備」することが記載され(【0006】),
「低せん断型の攪拌翼」として,
(a)たとえば攪拌槽本体1の中心部に回転軸2を垂設し,この回転軸2に複数のパドル翼を上下多段に配設して構成したようなものを使用することが可能であること(【0008】),
(b)この場合,各パドル翼の高さは翼径の1/2 以上とすることが好ましいこと(【0009】),
(c)複数のパドル翼3a,3b の交差角は、30度?90度の範囲内であることが好ましいこと(【0010】),
が記載されている(以下,上記(a)?(c)に対応する撹拌翼の構成を「構成(a)」等という。)と認められる。

イ また,原出願の当初明細書等には,撹拌翼の作用に関して,
構成(a)により,上下のバドル翼から吐出流が生じることなり,上下の吐出流が相互に干渉することがないために,酵母液の流れをスムーズに繋ぐことができること(【0021】),
構成(b)により,スムーズな酵母液の流れが阻害されることがないこと(【0022】),
構成(c)により,スムーズな酵母液の上下の流動を生じさせること(【0023】),
が記載され,
この構成(a)?(c)をすべて有する,「実施形態1」という低せん断型の酵母攪拌槽を用いた結果として,
混合攪拌効果が良好となり,酵母を傷つけ、破壊し、その生物活性を低下させるおそれもないという効果が奏されることが記載されている(【0073】,【0074】)。

ウ 以上のような原出願の当初明細書等の記載によれば,そこに記載された酵母液貯留用攪拌槽は,その攪拌翼が構成(a)?(c)をすべて有することにより,技術的課題が解決されるものであり,構成(a)や(c)を有しない,構成(b)のみで技術的課題が解決されるものでないことは明らかである。
特に構成(a)の存在を前提として,初めて構成(b)が技術的意義を有することは,原出願の当初明細書等の特許請求の範囲において,構成(b)を特定する請求項3または7は,構成(a)を特定した請求項2または6を引用して記載されており,構成(a)を備えず構成(b)のみを備えた請求項は存在しないこと,及び,原出願の当初明細書において,構成(a)に関する記載(【0008】)に続けて「この場合,各パドル翼3a,3b,…の高さは翼径の1/2 以上とすることが好ましい。」(【0009】)と構成(b)が構成(a)を前提として記載されていることからも裏付けられる。
技術常識上も,一段のパドル翼の高さを翼径との関係において規定しただけでは,攪拌槽内の上下の流動に対して何ら影響はないから,低速回転で全体を均一に混合できるとは考えられない。

エ すなわち,原出願の当初明細書等の記載からは,パドル翼の構成として,構成(a)?(c)を組み合わせたことに技術的意義がある攪拌槽の発明が認識できるのみであり,構成(a)および(c),特に構成(a)を欠き構成(b)のみを有する,すなわち単一のパドル翼を有する攪拌槽をも包含する本願発明を分割出願することは,原出願の明細書等に記載された技術的事項を超えた,新たな技術的事項について特許出願するものであるといわざるを得ず,本願発明は原出願に包含される発明であるということはできない。

オ 請求人の主張について

(ア)請求人は,原出願の当初明細書等の一部を取り上げて,「単一のパドル翼を有する酵母液貯留用攪拌槽」も記載されていると主張している。しかし,前述のように,原出願の当初明細書等を全体としてみたときに,発明の課題を解決するための構成として,構成(b)のみを有するもの,すなわち,上下多段の複数のパドル翼という構成(a)を有さない攪拌槽が記載されていない以上,それにより本願発明が開示されていたということはできない。
なお,念のためさらに請求人の主張について検討すると以下のとおりである。

(イ)請求人は,平成17年8月23日付の意見書において,原出願の当初明細書等について,
「その他の実施形態」に該当する明細書の【0028】には、酵母攪拌槽4の構造が、実施形態1のような複数のパドル翼を上下多段に配設したものに限定されないことが記載されており、さらに【0029】には、公報を挙げて「・・・に開示された攪拌翼を用いることも可能である。」ことが記載され,で例示された公報番号のうち、実開平7-34928 号公報に開示された攪拌翼は、複数のパドル翼ではなく、単一のパドル翼が具備されたものであるから,「単一のパドル翼を有する酵母液貯留用攪拌槽」は、出願当初の明細書の【0028】や【0029】に開示されていた旨主張し(請求人は,段落【0026】及び【0027】と記載しているが,これは【0028】及び【0029】の誤りと解される。),
審判請求書においても同様の主張をしている。

請求人が指摘する【0028】及び【0029】の記載は,以下のとおりである。
「【0028】
さらに、酵母攪拌槽4の構造も、上記実施形態のように、回転軸2に上下多段のバドル翼3a,3b,…を配設したような構造のものに限らず、たとえば特開平7-786 号公報に開示された攪拌翼のように、多数の穴部を形成したようなもの、或いは特開昭60-39548 号公報や特開平8-281089号公報に開示された攪拌翼のように、格子状に形成したようなものを使用することも可能である。
【0029】
その他、特開平7-108153号公報、特開平7-124456号公報、特開平8-24609 号公報、特開平8-71398 号公報、実開平7-34928 号公報に開示された攪拌翼を用いることも可能である。」

ここで,酵母攪拌槽の構造が実施形態のようなものに限らないという記載は,発明の課題を解決するために必要な構成を有することが前提であることは当然であり,前述のように課題解決のために必要な構成(a)を欠く,すなわち単一のパドル翼を具備したものでもよいという意味ではないことは明らかである。
また,例示された公報は,「多数の穴部を形成したようなもの」,「格子状に形成したようなもの」という記載からみて,翼自体の構成に関する例示であって,翼の段数に関する例示ではないと解するのが自然である。しかも,請求人が特に単一のパドル翼が具備されたものとして指摘する実開平7-34928 号公報に記載されている撹拌翼は,主翼体,補助翼体及び下部翼体からなるものであり,下部にのみ設けられている翼を有するものであるから,単一のパドル翼が具備されたものということはできない。

(ウ)また,請求人は,審判請求書において,
明細書の【0025】には「上記実施形態では、パドル翼を上下2段に配置したが、3段以上に配置することも可能である。」ことが記載され,この記載は,配置されるパドル翼の段数を問わない趣旨であり、多段に限定して解釈し、単一のパドル翼が開示されていないと判断すべきではない旨,
主張する。

しかし,該記載は,あくまでもパドル翼を多段に配置するという前提の中で,2段ではなく3段以上でもよいという趣旨の記載であると解するのが自然であり,多段でないものが含まれるということを意味するものではないことは明らかである。

(エ)以上のことから,請求人の主張は採用することができない。

(3)小括
したがって,本願は原出願に包含される発明について分割されたものではないから,特許法第44条第1項に規定する分割出願の要件を満たしておらず,本願の出願日の遡及は認められないから,本願の出願日は,その現実の出願日である平成13年6月5日であると認められる。

2.新規性(特許法第29条第1項第3号)の判断

ア 上記の通り本願の出願日は平成13年6月5日であり,原査定の拒絶の理由に引用文献1として引用された,本願の出願前に頒布された刊行物である特開平11-75815号公報(以下「引用例1」という。)には,次の事項が記載されている。

(ア) 「【特許請求の範囲】
【請求項1】 ビール等の発酵食品類を発酵させる発酵槽へ供給するための酵母液を貯留する酵母液貯留用攪拌槽において、低せん断型の攪拌翼が具備されてなることを特徴とする酵母液貯留用攪拌槽。
【請求項2】 前記低せん断型の攪拌翼が、攪拌槽本体(1) の中心部に回転軸(2) を垂設し、この回転軸(2) に複数のパドル翼(3a),(3b),…を上下多段に配設して構成されたものである請求項1記載の酵母液貯留用攪拌槽。
【請求項3】 各パドル翼(3a),(3b) の高さが翼径の1/2 以上に形成されている請求項2記載の酵母液貯留用攪拌槽。」

(イ) 「【0018】
すなわち、ビールの製造工程は、麦芽の糖化工程や酵母によるアルコール化工程等からなるが、その酵母によるアルコール化工程において、主醗酵槽5から排出される酵母の一部が上記酵母攪拌槽4で貯留され、再利用するための種酵母として前記主醗酵槽5へ返送される。」

イ 以上の記載から,引用例1には,本願発明である「ビール等の発酵食品類を発酵させる発酵槽から排出される酵母液の一部を貯留するとともに,貯留された酵母液を前記発酵槽へ返送して再利用するための酵母液貯留用攪拌槽において,攪拌槽本体の中心部に回転軸を垂設し,この回転軸に,翼の高さが翼径の1/2 以上に形成されたパドル翼が具備されてなることを特徴とする酵母液貯留用攪拌槽。」の発明が記載されているものと認められる。したがって,本願発明は引用例1に記載された発明である。

第4 理由2について

1.引用例2
原査定の拒絶の理由に引用文献2として引用された,本願の出願日前に頒布された刊行物である特開平5-49890号公報(以下「引用例2」という。)には,次の事項(a)?(g)が記載されている。

(a)「【請求項1】 竪型円筒状の攪拌槽内中心部に回転軸を垂設し,この回転軸に複数のパドル翼を上下多段に装着すると共に,最下段のパドル翼を攪拌槽の底面に近接させて配置し,かつ,上段に位置する各パドル翼を上下で隣接する下段のパドル翼に対して90度未満の交差角度で回転方向に先行させて配置したことを特徴とする攪拌装置。」(特許請求の範囲)
(b)「【産業上の利用分野】 本発明は攪拌装置に関し,特に,乱流域から層流域に至る攪拌操作条件下における液の混合,溶解,晶析,反応,スラリー懸濁などの攪拌処理を効率良く行うための攪拌装置に関する。
【従来の技術】 周知のように,攪拌装置には,その目的に応じ種々の形態の攪拌翼が用いられており,例えば,低粘度用翼としてのタービン型翼などや,高粘度用翼としてのダブルヘリカル翼などがあるが,比較的単純な翼構成で,低粘度液から高粘度液の攪拌混合,すなわち乱流域から層流域に至る広範囲の攪拌操作条件下における攪拌混合を達成するものとして,2葉翼形のパドル翼を上下2段または3段以上に組み合わせて設けた多段攪拌翼構成が多く採用されている。」(【0001】?【0002】)
(c)「【発明が解決しようとする課題】 一方,近年においては,攪拌装置の性能に対する要求は高度化・多様化しており,より広範囲な攪拌条件に対応できる攪拌装置が求められている。 特に,バッチプロセスでは,次のように多様かつ高度な攪拌混合条件を満たす攪拌装置が望まれている。
(1)均一混合;広い粘度範囲での良好な混合と,液量と粘度の変化に対応して良好な均一混合が果たせる。
(2)伝熱性能;低動力攪拌時において良好な伝熱能力が得られる。
(3)固液攪拌;比較的沈降速度の大きな粒子の分散や,高濃度スラリーの均一混合および低剪断(低回転)での均一混合などの広範囲の固液攪拌が果たせる。
(4)液液分散;シャープな液滴径分布が得られ,かつ低剪断と,攪拌で粘度が増加する液中への軽液分散とを両立させた液液分散が果たせる。
(5)翼形状の単純性;各翼形状がシンプルでグラスライニング製の反応機類にも適用可能である。」(【0004】)
(d)「本発明は,上記従来技術の問題点の解決を目的とするもので,上下多段のパドル翼を混合上最適な位置関係に配置した攪拌翼構成として,各パドル翼間で適切な圧力勾配に起因する流れの繋がりを形成し,この流れが攪拌槽内全体に及ぶ1つの大きな循環流を形成して乱流域から遷移流および層流域に至る攪拌操作条件下における液の攪拌効率を高め得る攪拌装置の提供を目的とするものである。」(【0009】)
(e)「【課題を解決するための手段】 上記目的を達成するために,本発明に係る攪拌装置は以下の構成としている。 すなわち,請求項1記載の攪拌装置は,竪型円筒状の攪拌槽内中心部に回転軸を垂設し,この回転軸に複数のパドル翼を上下多段に装着すると共に,最下段のパドル翼を攪拌槽の底面に近接させて配設し,かつ,上段に位置する各パドル翼を上下で隣接する下段のパドル翼に対して90度未満の交差角度で回転方向に先行させて配置したことを特徴とする。」(【0010】)
(f)「〔図5〕において,(11)は攪拌槽であって,この攪拌槽(11)は,外周に熱交換用のジャケット(11a) を装着した竪型円筒容器に形成されている。また,この攪拌槽(11)の内周面上には,その軸方向に沿う上下方向に4枚の邪魔板(16)が円周方向に等ピッチに装着されている。
(12)は回転軸であって,この回転軸(12)は,攪拌槽(11)の中心部に垂設され,攪拌槽(11)の上方中央部に装着された駆動装置(15)により (b)図中の矢印Aで示す方向に回転駆動される。
(13)は下段翼,(14)は上段翼であって,これら上・下段翼(14),(13) は,翼径dおよび翼高hを同寸としたパドル形翼で,所定間隔を隔てて上下2段に回転軸(12)に装着されている。…」(【0049】?【0051】)
(g)「上記構成のもとで,攪拌槽(11)の内径Dを 200mmとし,上・下段翼(14),(13) の翼径dを 120mm(0.6D) ,翼高hを70mm(0.6D) ,翼間距離Lを20mm(0.1D)とする一方で,上・下段翼(14),(13) の交差角度αを45度,60度および75度に設定した3種の攪拌装置を準備した。また,比較のために,上・下段翼の交差角度αを90度,翼間距離Lを60mm(0.3D) とし点以外は本実施例のものと同一構成とした従来型の攪拌装置も準備した。
そして,これら4種の攪拌装置を用い,翼回転数を125rpmとする同1条件で,粘度μ= 5Pa・s ,密度ρ= 1400kg/m3の液を混合・攪拌して,それぞれによる液の完全混合時間を比較調査した。
その結果,液の完全混合時間は,交差角度を90度とした比較例のものでは 150秒要したのに対して,本実施例のものでは,交差角度を45度とした例で 104秒,60度とした例で 102秒,75度とした例で 114秒であり,従来型の比較例のものと比べて,液の混合・攪拌効率を約25%?30%と大幅に高めることができ,本発明装置の優れた混合効果を確認することができた。」(【0053】?【0055】)

引用例2に記載された撹拌翼の「上・下段翼(14),(13) の翼径dを 120mm(0.6D) ,翼高hを70mm(0.6D)」(上記記載事項(g))とした点は,本願発明の「翼の高さが翼径の1/2 以上に形成された」 に相当するから,上記の記載事項から見て,引用例2には,「攪拌槽において,攪拌槽本体の中心部に回転軸を垂設し,この回転軸に,翼の高さが翼径の1/2 以上に形成されたパドル翼が具備されてなることを特徴とする攪拌槽」の発明(以下,「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。

2.対比
本願発明を引用発明と対比すると,両者は,
「攪拌槽において,攪拌槽本体の中心部に回転軸を垂設し,この回転軸に,翼の高さが翼径の1/2 以上に形成されたパドル翼が具備されてなる攪拌槽」の点で一致するが,以下の点で相違する。

[相違点]
本願発明の攪拌槽は,ビール等の発酵食品類を発酵させる発酵槽から排出される酵母液の一部を貯留するとともに,貯留された酵母液を前記発酵槽へ返送して再利用するための酵母液貯留用のものであるのに対し,引用発明の攪拌槽は,そのような用途の特定がされていない点

3.相違点の判断
上記相違点について検討する。

ア 請求人も認める通り,ビール等の発酵食品類を発酵させる発酵槽から排出される酵母液の一部を貯留するとともに,貯留された酵母液を前記発酵槽へ返送して再利用するための酵母液貯留槽は周知である。

イ そして,本願の出願前に頒布された刊行物であるJ Am Soc Brew Chem, Vol.43, No.2, 1985, p.114-118(以下「周知例1」という。)には,「酵母の取扱いの研究. I.貯蔵投入酵母の攪拌」と題して,以下のような記載がある。

(ア)「貯蔵された生産酵母に対する攪拌の影響が,酵母の取扱いの改良のために研究された。1℃で5日間,常時攪拌状態で貯蔵された酵母は生存率で25%,グリコーゲンで85%減少した。酵母細胞は粒状で,スラリーの細胞数は,攪拌によって起こる機械的損傷により15%減少した。ビールまたは水中で攪拌せずに(静置)貯蔵した酵母は,生存率で8%,グリコーゲン含量で12%減少した。1日2時間の攪拌(時間はスラリーの均一性を維持するのに十分なものであった)をして貯蔵した酵母は,静置した酵母と大きな相違を示さなかった。貯蔵酵母を高度にエキス濃度の高い麦芽液(15.1゜P)に投入した時,静置したものも最小限の攪拌をしたものも,希釈率,一次希釈,懸濁酵母,pH,アルコール生産,最終のジアセチル濃度,ジメチル硫化物濃度の点で類似の結果をもたらした。」(要約1?13行)

(イ)「現在,最も一般的な再投入前の酵母の貯蔵形態は,ビールまたは水中に攪拌しない状態におくことである。この処理においては,貯蔵温度が低温に保たれるなら,貯蔵された酵母の生存率の損失が最小限となる。生産酵母の貯蔵を常時攪拌しつつ行うことも,もう一つの一般的な酵母の取扱い技術である。酵母は常時攪拌され,スラリーの均一性が,濃度と温度の両面で維持される。スラリーが均一であることは,酵母が重量ではなく容量で麦芽液に投入される場合に重要となる。」(114頁左欄本文第2段落)

ウ また,同じく本願の出願前に頒布された刊行物であるChem Process (Itasca), Vol.47, No.4, 1984. p.88-89(以下,「周知例2」という。)には,「衛生的な酵母タンクと混合機はヒューストン醸造所拡張のための重大な要件を満たす」と題して以下のような記載がある。

(ア)「当初の醗酵が完了したときに,酵母及びビールの少量が酵母貯蔵タンクに移送され,他の醗酵装置で麦芽液に接種するために必要となるまで保存される。・・・酵母は,50?70%の固形分を含み,醗酵装置の底から保存タンクまでポンプで送られる。酵母は容量で計量され醗酵装置に送られるので,固形分の比率及び粘度が一定であることが,正確な量が添加されるために求められる。常時攪拌することにより,酵母の温度がジャケット付きタンクにおいて36度Fに保たれ,均一で温度がコントロールされた混合物の提供を可能とし,該混合物を容量で正確に測ることができる。」(88頁左欄18行?中欄3行)

(イ)「上部にフランジが設けられた,タイプ304ステンレス鋼を用いた登録された混合機は,120インチの長さのシャフトと単一の16インチの3枚羽根の等ピッチの海洋タイプのプロペラを安定装置と共に有している。」(88頁右欄12行?末行)

(ウ)「混合機により,均一なスラリーと温度伝導率のために必要な適切な攪拌ができ,1976年に据え付けられて以来,実質上メンテナンス不要の状態にある。」(89頁16?20行)

エ これらの周知例1及び2の記載からも明らかなように,以下の事項は本願の出願前に周知であったと認められる。

・ビール等の発酵食品類を発酵させる発酵槽から排出される酵母液の一部を貯留するとともに,貯留された酵母液を前記発酵槽へ返送して再利用するための酵母液貯留槽であって,攪拌装置を備えたもの
・酵母液は均一に攪拌することが求められること
・酵母液貯留用攪拌槽で貯留される酵母液は,固形分を含むスラリー状のものであり,粘度の高いものであること
・貯留の際に攪拌をしすぎると機械的な損傷により酵母の生存数が減少すること

オ このように,酵母液貯留用攪拌槽において酵母液を攪拌する場合,酵母液が固形分を含むスラリー状のものであり粘度の高いものであって,機械的な損傷を受けやすいものであることが周知なのであるから,引用例2に記載された,比較的沈降速度の大きな粒子の分散や,高濃度スラリーの均一混合および低剪断(低回転)での均一混合などの広範囲の固液攪拌が果たせる攪拌装置が,酵母液貯留用攪拌槽に適したものであることは当業者であれば容易に理解しうることであり,該攪拌装置を酵母液貯留用攪拌槽に用いることは,当業者が容易に想到しうることである。
そして,略均一に混合でき,酵母を傷つけ,破壊し,その生物活性を低下させる恐れがないという本願発明の効果も,引用例2に記載された攪拌装置を酵母液貯留用攪拌槽に適用することにより,容易に予測しうる程度の効果に過ぎない。(そもそも上記の構成(b)のみでは,本願発明が明細書記載の効果を奏するものであるということ自体いえない。)

したがって,本願発明は,引用例2に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

第5 むすび
したがって,本願の請求項1に係る発明は,引用例1に記載された発明であるから,特許法第29条第1項第3号に該当し,特許法第29条の規定により特許を受けることができず,また,引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2008-11-25 
結審通知日 2008-11-28 
審決日 2008-12-09 
出願番号 特願2001-169399(P2001-169399)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C12M)
P 1 8・ 03- Z (C12M)
P 1 8・ 113- Z (C12M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 伏見 邦彦  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 上條 肇
平田 和男
発明の名称 酵母液貯留用攪拌槽と、その攪拌槽を用いたビール等の発酵食品類の製造方法、及び酵母液貯留用攪拌槽の攪拌翼  
代理人 藤本 昇  
代理人 藤本 昇  

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