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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G01N
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 G01N
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 G01N
審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない。 G01N
管理番号 1195156
審判番号 不服2007-5598  
総通号数 113 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-05-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-02-22 
確定日 2009-04-02 
事件の表示 平成11年特許願第 72979号「材料劣化度の評価方法及びその装置」拒絶査定不服審判事件〔平成12年 9月29日出願公開、特開2000-266699〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は,平成11年3月18日の出願であって,平成19年1月15日付けで拒絶査定がされ,これに対し,同年2月22日に拒絶査定不服審判の請求がされるとともに,同年3月23日付けで手続補正がされたものである。

2.平成19年3月23日付けの手続補正についての補正の却下の決定

[補正却下の決定の結論]
平成19年3月23日付けの手続補正を却下する。

[理由]
2-1.補正の内容
平成19年3月23日付けの手続補正(以下,「本件補正」という。)は,補正の内容として,特許請求の範囲の請求項1について,補正前(平成18年9月7日付け手続補正書)の
「【請求項1】 2種類以上の元素で構成された材料に陽電子源から陽電子を放射して劣化度を評価する材料劣化度の評価方法において、前記陽電子源から放射された陽電子により前記材料の母相元素から添加元素の原子集合体に陽電子が集積する時、元素またはサイズによって運動量分布が異なることを利用したドップラー広がりの原理を用いて、前記陽電子が電子と対消滅する時に発生するγ線を2個の半導体検出器で同時に測定することにより、前記添加元素の集合体の種類を決定することを特徴とする材料劣化度の評価方法。」を,
「【請求項1】 2種類以上の元素で構成された材料に陽電子源から陽電子を放射して劣化度を評価する材料劣化度の評価方法において、前記陽電子源から放射された陽電子により前記材料の母相元素から添加元素の原子集合体に陽電子が集積する時、元素またはサイズによって運動量分布が異なることを利用したドップラー広がりの原理を用いて、前記陽電子が電子と対消滅する時に発生するγ線を前記材料に対して対角線の位置に配置された2個の半導体検出器で同時に測定することにより、前記添加元素の集合体の種類を決定することを特徴とする材料劣化度の評価方法。」(下線部は、補正箇所を示す。以下,補正後の請求項1に記載された発明を「本願補正発明」という。)と補正することを含むものである。

上記補正は,補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「2個の半導体検出器」について,「前記材料に対して対角線の位置に配置された」との限定を付すものであるから,平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するものである。

そこで,本願補正発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について検討する。

2-2.記載要件について
まず,本願補正発明の記載についてみると,「前記材料に対して対角線の位置に配置された2個の半導体検出器」との記載により2個の半導体検出器の配置される位置を特定しようとしている。しかし,「対角線」とは,「多角形の隣り合っていない二つの頂点を結びつける直線。」[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]という意味であり,「対角線」が明確であるためには,対角線をなす元となる「多角形」が明確である必要があるところ,本願補正発明の記載からはどのような多角形となるのか明確であるとは言えない。また,「対角線の位置」とあるが,対角線とは上記のような「直線」を意味するものであることからすると,「対角線の位置」となるような「直線の位置」とは,どのような位置であるのか明確でない。さらに「前記材料に対して対角線の位置」とあるが,「前記材料に対して」何が対角線となるのか,あるいは,「材料」の形状においての対角線なのか,どのような対角線であるのか明確でない。
上記本願補正発明の記載に関して,発明の詳細な説明には,「第1の半導体検出器3と第2の半導体検出器4は対角線の位置に固定設置し、消滅γ線であるγ1とγ2の同時計数を行う。」(【0048】)と記載されると共に,図面第1図には「測定用サンプル(被評価材料)2」の左横方向に「第1の半導体検出器3」が,右横方向よりθだけ斜め上方向に「第2の半導体検出器4」が,それぞれ配置されている図が記載されている。しかし,これらの記載を参照しても,上で示した「対角線」や「対角線の位置」,「前記材料に対して対角線の位置」が明確となるものではない。
さらに,請求人は平成19年3月23日付け手続補正書により補正された審判請求書の請求の理由や,平成20年11月27日付け回答書において,本願補正発明の「前記材料に対して対角線の位置に配置された2個の半導体検出器」について主張しているが,これらの主張は,各引用文献には「2個の半導体検出器を被評価材料に対して対角線に配置する」ことが記載されていないことを述べるまでであり,当該主張を参照しても本願補正発明における「前記材料に対して対角線の位置に配置された2個の半導体検出器」との記載が明確となるものではない。
してみると,本願補正発明は明確でない。

2-3.進歩性について
次に,仮に,本願補正発明が明確であるとして,以下に検討する。

2-4.引用例
2-4-1.引用例1
原査定の拒絶の理由に引用した,本願出願日前に頒布された刊行物である,森和照,上殿明良,谷川庄一郎,中居克彦,“対向型陽電子消滅γ線ドップラー拡がり測定装置の製作”,RADIOISOTOPES,社団法人日本アイソトープ協会,第47巻,第8号,p.623-627(以下「引用例1」という。)には,図面とともに,次の事項が記載されている(下線は,当審にて付加した)。

(ア)「1.緒言
陽電子消滅法は,物質中の電子状態や格子欠陥に対して感度が高く,試料温度や電気的特性など実験上制約となる条件が少ないことから,物性研究へ応用が成されてきた^(1),2))。従来,消滅γ線ドップラー拡がり測定ではS/N(signal to noise)比の低さから,陽電子との消滅確率の低い内殻電子について議論することが困難であった。陽電子は電子と対消滅し,主に2本の消滅γ線をほぼ180度方向に放出する。本報では,放出された2本のγ線の同時性(コインシデンス)をとることでS/N比を向上させる装置^(3))を作製したので報告する。
陽電子と電子が静止した状態で対消滅したとき511keVのγ線が放出される。しかし消滅時の陽電子および電子の運動量がゼロでない場合,放出されるγ線は消滅時の電子と陽電子の運動量を反映しエネルギー分布を示す。このエネルギーの拡がりをドップラー拡がりと呼ぶ。物質中に照射された陽電子は熱化^(1))によりエネルギーを失い,対消滅時の運動量は電子の運動量と比べて小さくなるため,消滅γ線のドップラー拡がりは消滅した電子の運動量分布を反映する。陽電子は正の電荷を持つことから,完全結晶では核からのクーロン反発力により格子間位置で消滅する。原子空孔などの格子欠陥が存在する場合,陽電子は格子欠陥に捕獲され消滅する可能性がある。この場合,内殻電子との消滅割合が減少することから,ドップラー拡がりは尖鋭な分布となる。」(第623頁左下欄第1行目から右下欄第5行目。)

(イ)「2.対向型陽電子消滅γ線ドップラー拡がり測定装置
本実験では陽電子線源として^(22)Naを用いた。^(22)Naから放出される陽電子のエネルギー分布は白色で,最大エネルギーは約0.54MeVである。したがって,陽電子を物質中に入射した場合,その最大侵入深さは10-100μmとなりバルクの情報が得られることになる。Fig.1に装置のブロックダイヤグラムを示す。従来のドップラー拡がり測定ではGe検出器(SSD, ORTEC CFG-SH-GLI)から得られた出力をアンプ(ORTEC Shaping Amp., 572)で増幅した後,アナログデジタル変換器(ORTEC ADC, 800)でデジタル信号に変換しパーソナルコンピュータ(NEC PC98)に取り入れていた。しかし半導体検出器のS/N比が悪いことから,P/B(peak to background)比が10^(2)程度と小さく,カウントの少ない内殻電子に対応するドップラー拡がりを観測することが困難であった。このため,SSDとNaIシンチレータをたがいに向かい合わせて消滅γ線の測定を行い,両者の信号のコインシデンスをとることでS/N比を向上させ,P/B比を約10^(4)とすることができた。回路の概要を説明する。NaIシンチレータからの出力をディレイラインアンプ(ORTEC DLA, 460)で増幅する。タイミングシングルチャネルアナライザ(ORTEC TIMING SCA, 551)は511keVのγ線を検出した場合にタイミングパルスを出力する。またSSDとのコインシデンスをとるため,572のバイポーラ出力を利用し同様の処理を行いタイミングパルスを得る。最後に,ファーストコインシデンス(ORTEC FAST COIN., 414A)を用いてNaIおよびSSDのタイミングパルスのコインシデンスをとり,出力をADC800のゲートへ入力する。414AでのRESOLVING TIMEは110μsとした。」(第623頁右下欄第6行目から第624頁右欄第6行目。)

(ウ)「3.対向型陽電子消滅γ線ドップラー拡がり測定の結果
...
またFz-Siについてもドップラー拡がり測定を行いCz-Siとの差を求めた。Cz-Siでは低運動量領域(<1keV)でカウントが増大していることがわかる。Fz-SiとCz-Siについて寿命測定を行った結果,空孔型欠陥の濃度は陽電子の検出限界以下であった。したがって,低運動量領域で現れたドップラー拡がりの差は空孔型欠陥以外の原因であると考えられる。Si中に酸素が存在する場合,酸素は格子間位置に存在する。Siから格子間位置の酸素へ電荷移動が生じているため^(4)),陽電子の波動関数は酸素近傍で摂動を受け,Γ点における価電子との消滅確率が増大している可能性がある^(5))。したがって酸素含有量の多いCz-Siのドップラー拡がりは,酸素をほとんど含まないFz-Siのドップラー拡がりと比べて尖鋭な分布になったものと推測される。」(第625頁右欄第2行目から第626頁右欄第4行目。)

(エ)「4.結語
本報では対向型陽電子消滅γ線ドップラー拡がり測定装置の作製とその応用例について紹介した。従来ドップラー拡がり測定では価電子や伝導電子についての議論が中心であったが,対向型陽電子消滅γ線ドップラー拡がり測定装置を用いてP/B比を増大させるとにより,内殻電子についての議論が可能になった。本装置は金属,半導体の欠陥種の同定や構造相転移,アモルファス構造の研究などにも大きな力を発揮するものと期待される。」(第626頁右欄第5行目から第627頁左欄第2行目。)

以上の記載を総合すると,引用例1には,「陽電子線源から放出される陽電子を物質中に入射させる陽電子消滅法を用いた物性研究方法において,
陽電子と電子が対消滅したときに放出されるγ線が示す,消滅時の電子と陽電子の運動量を反映し,格子欠陥が存在することにより異なるエネルギー分布となるドップラー拡がりに基づいて,
SSDとNaIシンチレータをたがいに向かい合わせて消滅γ線の測定を行い,両者の信号のコインシデンスをとりドップラー拡がりの測定を行うことで,金属,半導体の欠陥種の同定を行う方法。」(以下,「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。

2-4-2.引用例2
原査定の拒絶の理由に引用した,本願出願日前に頒布された刊行物である,特許第2589398号公報(以下「引用例2」という。)には,図面とともに,次の事項が記載されている(下線は,当審にて付加した)。

(オ)「以上に述べた消滅γ線(28)のエネルギースペクトル幅の広がりから欠陥濃度を求める方法の他に第2の検査方法として陽電子(27)の寿命を測定することにより欠陥の種類及び濃度を測定してもよい。
その原理を第2図に示す。陽電子源(31)においてβ^(+)崩壊が起こると陽電子(27)と同時に崩壊γ線(30)が放出される。これが半導体検出器(29)によつて検出された時刻を基準として一方の陽電子(27)が格子欠陥に捕獲され、後に放出される消滅γ線(28)が半導体検出器(29)によつて検出されるまでの時間を陽電子(27)の寿命と定義すると、欠陥の種類によつて陽電子(27)が捕獲状態にある時間が異なることより、陽電子(27)の寿命分布によつて欠陥の種類が特定できるものである。」(第6欄第9行目から第22行目。)

2-4-3.周知例1
本願出願日前に頒布された刊行物である,特開平3-176660号公報(以下「周知例1」という。)には,図面とともに,次の事項が記載されている(下線は,当審にて付加した)。

(カ)「(発明が解決しようとする課題)
たとえば発電プラントなどに使用される部材のように、その破損またはそれによる冷却材の漏洩がプラント停止等の大きな経済的損害につながる恐れのあるものについては、その徴候すなわち亀裂の発生または寸法変化等のマクロな部材の劣化を上記の点検・検査または連続監視で検出する以前に、部材の劣化を原子・分子レベルのミクロな変化の段階で捕え、それらが亀裂等のマクロな部材の劣化に進展するか否かを診断し、部材の交換や連続使用を行うか否か等の判断を行うことは、経済性および安全性の観点から重要である。
しかしながら、現在実施されている点検・検査では、上述の原子・分子レベルでの部材の劣化の検出は不可能であり、従って劣化進展の診断等の実施も不可能な課題があった。
本発明は上記課題を解決するためになされたもので、部材に対して詳細な検査を始める時期を判断し、たとえば発電所の効率的な保全を行うとともにマクロな劣化への拡大の可能性を詳細に診断することによって劣化に対する対応を早期に確実に行い発電所をより安全に経済的に運営することができる部材の診断方法を提供することにある。
〔発明の構成〕
(課題を解決するための手段)
本発明は応力下で使用される被診断部材と同一の材質であらかじめ原子空孔、格子欠陥などのミクロな初期から拡大したまでの欠陥の大きさおよび密度と、これらの欠陥の拡大進度との関係を示す寿命診断表を作成しておき、つぎに前記被診断部材に内在する原子空孔、格子欠陥などのミクロな初期欠陥の大きさおよび密度ならびにそれらの変化を測定して、これらの測定データと前記寿命評価表とを比較診断して前記被診断部材のマクロな欠陥への成長を予測することを特徴とする。
(作用)
陽電子消滅寿命測定法を使用してたとえば構造材料などの被診断部材の表面近傍のミクロな構造および組成の変化たとえば部材中の原子空孔の大きさや数を定量的に検出する。この検出された空孔の大きさまたは数からマクロな亀裂への進展や寸法変化の生じる可能性を予測する。そして、脆性破壊またはクリープ破断にいたる可能性を診断する。この診断結果にもとづきその部材の劣化への対策を早期に講じ、たとえば原子力発電所の安全で経済的な運転を確保する。」(第1頁右下欄第11行目から第2頁右上欄第16行目。)

2-5.対比
本願補正発明と引用発明とを対比する。
引用発明における「陽電子線源から放出される陽電子を物質中に入射させる陽電子消滅法を用いた物性研究方法」について,「物質」に関して,摘記事項(ウ)に「Si中に酸素が存在する場合」とあるように,該物質が「2種類以上の元素で構成された材料」を含むことは明らかである。また,「物性研究方法」に関して,摘記事項(ア)に「原子空孔などの格子欠陥が存在する場合」や,摘記事項(ウ)に「Si中に酸素が存在する場合,酸素は格子間位置に存在する。Siから格子間位置の酸素へ電荷移動が生じているため^(4)),陽電子の波動関数は酸素近傍で摂動を受け」と記載されていることからすると,格子欠陥を見て物性を測定しているものではあるが,劣化度を評価していることまでは明らかでない。そうすると,引用発明の「陽電子線源から放出される陽電子を物質中に入射させる陽電子消滅法を用いた物性研究方法」は,本願補正発明の「2種類以上の元素で構成された材料に陽電子源から陽電子を放射して劣化度を評価する材料劣化度の評価方法」と,「2種類以上の元素で構成された材料に陽電子源から陽電子を放射して物性を測定する方法」である点で共通する。
次に,引用発明の「陽電子と電子が対消滅したときに放出されるγ線が示す,消滅時の電子と陽電子の運動量を反映し,格子欠陥が存在することにより異なるエネルギー分布となるドップラー拡がりに基づいて」に関して,引用発明では,ドップラー拡がりが,格子欠陥が存在することにより異なるエネルギー分布となるものとしており,本願補正発明のように「前記材料の母相元素から添加元素の原子集合体に陽電子が集積する時、元素またはサイズによって運動量分布が異なること」については明らかでないが,引用発明及び本願補正発明のいずれも陽電子が入射される物質の物性によって,電子及び陽電子の対消滅時の運動量が分布を持つことでドップラー広がりがあることでは共通している。してみると,引用発明の「陽電子と電子が対消滅したときに放出されるγ線が示す,消滅時の電子と陽電子の運動量を反映し,格子欠陥が存在することにより異なるエネルギー分布となるドップラー拡がりに基づいて」は,本願補正発明の「前記陽電子源から放射された陽電子により前記材料の母相元素から添加元素の原子集合体に陽電子が集積する時、元素またはサイズによって運動量分布が異なることを利用したドップラー広がりの原理を用いて」と,「前記陽電子源から放射された陽電子により前記材料の物性によって運動量分布が異なることを利用したドップラー広がりの原理を用いて」との点で共通する。
そして,引用発明の「SSDとNaIシンチレータをたがいに向かい合わせて消滅γ線の測定を行い,両者の信号のコインシデンスをとりドップラー拡がりの測定を行うこと」について,本願補正発明の「2個の半導体検出器」が「前記材料に対して対角線の位置に配置された」ことは,前述したように明確でないものの,少なくとも2個の半導体検出器が材料を挟んで向かい合って配置されていることを含むものであるとすると,引用発明の「SSDとNaIシンチレータをたがいに向かい合わせて消滅γ線の測定を行い,両者の信号のコインシデンスをとりドップラー拡がりの測定を行うこと」は,本願補正発明の「前記陽電子が電子と対消滅する時に発生するγ線を前記材料に対して対角線の位置に配置された2個の半導体検出器で同時に測定すること」と,「前記陽電子が電子と対消滅する時に発生するγ線を前記材料に対して向かい合って配置された2個の検出器で同時に測定すること」で共通する。
さらに,引用発明の「金属,半導体の欠陥種の同定を行う」ことは,摘記事項(ウ)に「低運動量領域で現れたドップラー拡がりの差は空孔型欠陥以外の原因であると考えられる。Si中に酸素が存在する場合,酸素は格子間位置に存在する。Siから格子間位置の酸素へ電荷移動が生じているため^(4)),陽電子の波動関数は酸素近傍で摂動を受け,Γ点における価電子との消滅確率が増大している可能性がある^(5))。したがって酸素含有量の多いCz-Siのドップラー拡がりは,酸素をほとんど含まないFz-Siのドップラー拡がりと比べて尖鋭な分布になったものと推測される」と記載されていることからすると,単に欠陥種の同定を行うのみならず,「2種類以上の元素で構成された材料」の元素の種類の同定も行っているものであるから,引用発明の「金属,半導体の欠陥種の同定を行う」ことは,本願補正発明の「前記添加元素の集合体の種類を決定すること」と,「材料の元素の種類を決定すること」で共通する。

そうすると,本願補正発明と引用発明とは,
「2種類以上の元素で構成された材料に陽電子源から陽電子を放射して物性を測定する方法において、前記陽電子源から放射された陽電子により前記材料の物性によって運動量分布が異なることを利用したドップラー広がりの原理を用いて、前記陽電子が電子と対消滅する時に発生するγ線を前記材料に対して向かい合って配置された2個の検出器で同時に測定することにより、前記材料の元素の種類を決定する方法。」
である点で一致しており,次の点で相違する。

相違点1:
本願補正発明は「劣化度を評価する材料劣化度の評価方法」であるのに対し,引用発明は「物性研究方法」である点。

相違点2:
ドップラー広がりの原理について,本願補正発明は「母相元素から添加元素の原子集合体に陽電子が集積する時、元素またはサイズによって運動量分布が異なる」ことによるものとしているのに対し,引用発明では「消滅時の電子と陽電子の運動量を反映し,格子欠陥が存在することにより異なるエネルギー分布となる」としている点。

相違点3:
本願補正発明では2個の検出器が「半導体検出器」であり,「対角線の位置に」配置されているのに対し,引用発明では2個の検出器はSSDとNaIシンチレータであり,たがいに向かい合わせて配置されている点。

相違点4:
材料の元素の種類を決定することに関し,本願補正発明では「添加元素の集合体」の種類を決定しているのに対し,引用発明では「金属,半導体の欠陥種の同定」を行っている点。

2-6.判断
上記各相違点について判断する。
相違点1について。
上記対比においても示したように,引用発明の「物性研究方法」は,対象となる物質の格子欠陥を見ているものである。
ここで,周知例1には,マクロな部材の劣化を検出する以前に,部材の劣化を原子・分子レベルのミクロな変化の段階で捕えること,マクロな欠陥へと成長しうるミクロな欠陥としては原子空孔や格子欠陥などがあること,被診断部材の表面近傍のミクロな構造及び組成の変化を捉えるために陽電子消滅寿命測定法を使用することが示される(摘記事項(カ)参照)ように,格子欠陥により結晶の強度が低下し,部材の劣化につながることは,当業者における一般的な知識である。
すると,引用発明が「物性研究方法」であっても,格子欠陥に着目することで,対象物質の劣化を評価しうるものとなることは,当業者における通常の知識に基づいて理解し得たものであり,引用発明の物性研究方法を,そのような劣化の評価に応用することは,上記周知の事項を鑑み,当業者において特段困難なものであるとは認められない。
してみると,引用発明を,劣化度を評価する材料劣化度の評価方法に応用することは,当業者において適宜に為し得たものである。

相違点2について。
引用発明では,ドップラー拡がりが,格子欠陥が存在することにより異なるエネルギー分布となるものとしており,特に摘記事項(ウ)には「Si中に酸素が存在する場合,酸素は格子間位置に存在する。Siから格子間位置の酸素へ電荷移動が生じているため^(4)),陽電子の波動関数は酸素近傍で摂動を受け,Γ点における価電子との消滅確率が増大している可能性がある」と記載されると共に,摘記事項(エ)には「対向型陽電子消滅γ線ドップラー拡がり測定装置を用いてP/B比を増大させるとにより,内殻電子についての議論が可能になった」と記載されている。これらの記載から,引用発明においてドップラー拡がりを異ならせるものとする格子欠陥とは,摘記事項(ウ)に示されるようなSi中に存在する単一の酸素原子によるもののみならず,陽電子に対してその電子との消滅確率を異ならせるような対象物質の(母相の)格子構造の変化を与えるものであればどのようなものでも良いことは,当業者であれば容易に理解し得たものであり,そのようなものとしては母相に添加された元素の単一原子ではなく,原子の集合体であってもよいこと,また,そのような元素の種類や大きさに応じて母相の格子構造も変化しうることは,当業者における通常の知識の範囲内のものである。
してみると,引用発明が「母相元素から添加元素の原子集合体に陽電子が集積する時、元素またはサイズによって運動量分布が異なることを利用したドップラー広がりの原理」を用いたものであるとすることは,当業者において特段の困難なく為し得たものである。

相違点3について。
まず,本願補正発明の2個の検出器が「対角線の位置に」配置されていることについて,本願図面第1図には,「第2の半導体検出器4」が,右横方向よりθだけ斜め上方向に配置されていることが記載されているが,この角度θだけずらせることは,本願発明の詳細な説明の【0046】段落から【0053】段落を特に参照すると,核相関法の測定を行うために行っていることであり,ドップラー広がりの原理を用いる際にはこのような配置をとる必然性はない。また,ドップラー広がりの原理を用いて測定を行うためには,対消滅によって放出されるγ線のエネルギー分布が測定できれば十分であり,そのために同時計数を行うために2個の検出器を用いるのであれば,測定対象を挟んで向かい合って検出器を配置することは,対消滅によって放出されるγ線を測定するために必然のことである。してみると,本願補正発明において,2個の検出器が「対角線の位置に」配置されている点については,ドップラー広がりの原理を用いて同時計数を行うものである限り,引用発明と相違するものではない。
次に,本願補正発明の「陽電子が電子と対消滅する時に発生するγ線を」「2個の半導体検出器で同時に測定すること」に関して,発明の詳細な説明を参照すると,次のような記載がある。
「【0053】この方法に基づく装置は、5m以上の長さの設置空間と数100MBq以上の強い陽電子源を必要とする。これに対し、どちらか一方のγ線を高エネルギー分解能の半導体検出器により検出し、そのドップラー広がりを求めることにより、z方向の運動量成分スペクトルを求める方法がある。この方法は、分解能では角相関法に劣るが、最も簡便な測定法の一つである。
【0054】つぎに図1および図2により本発明の第2の実施の形態を説明する。図2は、ドップラー広がり測定で、原子空孔濃度が異なるサンプルのエネルギースペクトルを示している。測定方法は図1における第2の半導体検出器4を除いたものである。すなわち同時測定を行いながら、第1の半導体検出器3のみのエネルギースペクトルを保存することで、図2のようなスペクトルを得ることができる。」
これらの記載からすると,本願発明の詳細な説明に開示されたドップラー広がり測定は,対消滅で発生したγ線の一方を検出すること,2個の検出器のうちの1個のみのエネルギースペクトルを保存することで,測定できるとされるものである。また「2個の半導体検出器で同時に測定すること」とは,2個の検出器のうちのエネルギースペクトルの測定に用いないもう1個の検出器が,同時測定のために用いられることも,本願発明の詳細な説明から読み取れる。しかし,少なくとも,2個の検出器の両方の出力をエネルギースペクトルの測定に用いることは,本願発明の詳細な説明には開示されていない。
ここで,摘記事項(イ)を参照すると,引用発明のSSDはエネルギースペクトルを測定する半導体検出器であり,NaIシンチレータは,同時計数のために,コインシデンスをとるためのタイミングパルスを与える検出器であることは明らかである。
そうすると,上記相違点3については,タイミングパルスを与える検出器が,本願補正発明では「半導体検出器」であるのに対し,引用発明では「NaIシンチレータ」である点のみで相違していると言える。
この点について,引用例2には,陽電子の寿命を測定するために,陽電子と同時に放出された崩壊γ線を半導体検出器で検出し,その時刻を基準とし,後に放出される消滅γ線が別の半導体検出器で検出されるまでの時間を陽電子の寿命として測定することが記載されている(摘記事項(オ)参照)。このように,タイミングパルスを与える検出器に半導体検出器を用いることは,引用例2に記載されている。
してみると,引用発明において,「NaIシンチレータ」に代えて「半導体検出器」を用いて,エネルギースペクトルを測定するSSDと,タイミングパルスを与える「半導体検出器」の両者の信号のコインシデンスをとりドップラー拡がりの測定を行うようにすることは,引用例2に示された技術的事項を鑑み,当業者であれば容易に為し得たものである。

相違点4について。
上記相違点2について示したように,引用発明において,母相に添加された元素の原子の集合体によってもドップラー拡がりの原理によって測定しうることは当業者において特段の困難なく為し得たものであり,引用発明が「金属,半導体の欠陥種の同定」をするものであることから,上記のような母相に添加された添加元素の集合体の種類を決定することも,当業者において特段の困難なく為し得たものである。

そして,本願補正発明の作用効果は,引用発明,引用例2に示された技術的事項及び周知の技術から,当業者であれば予測できる範囲のものである。

以上の通り,本願補正発明は,引用発明,引用例2に示された技術的事項及び周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

2-7.補正却下についてのむすび
以上,2-2.にて示したように,本件補正後の特許請求の範囲の記載は特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たすものではなく,また2-3.乃至2-6.にて示したように,本願補正発明が明確であったとしても,本願補正発明は,引用発明,引用例2に示された技術的事項及び周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条2項の規定により特許を受けることができない。
したがって,本件補正は,平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するものであり,同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3.本願発明について
3-1.本願発明
平成19年3月23日付けの手続補正は上記の通り却下されたので,本願の請求項1乃至9に係る発明は,平成18年9月7日付けの手続補正書によって補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1乃至9に記載された事項によって特定されるとおりのものであって,その請求項1に係る発明は,上記2-1.に記載したとおりのものと認める(以下「本願発明」という)。

3-2.引用例
原査定の拒絶の理由に引用された引用例及びその記載事項は,上記2-4.に記載したとおりである。

3-3.対比・判断
本願発明は,上記2-3.乃至2-6.で検討した本願補正発明において,「2個の半導体検出器」について,「前記材料に対して対角線の位置に配置された」との限定を省いたものである。
そうすると,本願発明の構成要件をすべて含み,さらに他の構成要件を付加したものに相当する本願補正発明が,上記2-6.に述べたとおり,引用発明,引用例2に示された技術的事項及び周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明も同様の理由により,引用発明,引用例2に示された技術的事項及び周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。

3-4.むすび
以上のとおり,本願発明は,引用発明,引用例2に示された技術的事項及び周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条2項の規定により特許を受けることができない。

したがって、その余の請求項に係る発明について審理するまでもなく、本件出願は拒絶されるべきものである。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-02-02 
結審通知日 2009-02-03 
審決日 2009-02-16 
出願番号 特願平11-72979
審決分類 P 1 8・ 572- Z (G01N)
P 1 8・ 121- Z (G01N)
P 1 8・ 537- Z (G01N)
P 1 8・ 575- Z (G01N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 遠藤 孝徳  
特許庁審判長 岡田 孝博
特許庁審判官 田邉 英治
信田 昌男
発明の名称 材料劣化度の評価方法及びその装置  
代理人 鹿股 俊雄  
代理人 猪股 祥晃  

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