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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16D
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 F16D
管理番号 1195925
審判番号 不服2008-675  
総通号数 114 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-06-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-01-10 
確定日 2009-04-16 
事件の表示 特願2001-1470「プーリユニット」拒絶査定不服審判事件〔平成14年7月26日出願公開、特開2002-206571〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 I.手続の経緯
本願は、平成13年1月9日の出願であって、平成19年12月6日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成20年1月10日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに、平成20年2月12日付けで手続補正がなされ、その後、当審において平成20年11月4日付けで審尋を通知したところ、審判請求人から平成20年12月26日付けで回答書が提出されたものである。

II.平成20年2月12日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成20年2月12日付けの手続補正を却下する。
[理由]
本件補正により、補正前の特許請求の範囲の請求項1?3は、
「【請求項1】
同心状に配設されるプーリおよび回転軸の間に確保される環状空間の軸方向中間に一方向クラッチが、また、前記環状空間において前記一方向クラッチの両側に転がり軸受がそれぞれ介装されるプーリユニットであって、
前記一方向クラッチは、径方向内外に配設される2つの部材間の環状空間における円周数ヶ所にくさび状空間を設け、このくさび状空間個々にころを周方向転動可能に収納し、これら両部材の回転速度差に応じてころをくさび状空間の狭い側へ食い込ませて前記両部材を同期回転させるロック状態と相対回転させるフリー状態とに切り換えるものであり、
前記くさび状空間に、前記ころをくさび状空間の狭い側へ弾発付勢するばねが配設され、
このばねが、プーリ回転数10000r/minでのフリー状態でころを前記2つの部材にそれぞれ接触させつつくさび状空間へ食い込ませない状態とするばね荷重を有する、ことを特徴とするプーリユニット。
【請求項2】
請求項1のプーリユニットにおいて、
前記くさび状空間が、内径側部材の外周面の円周数ヶ所に設けられる平坦なカム面と、外径側部材の円形の内周面とで形成される、ことを特徴とするプーリユニット。
【請求項3】
請求項1または2のプーリユニットにおいて、
前記ばね荷重が1.8N?4.0Nの範囲に設定される、ことを特徴とするプーリユニット。」から、補正後の特許請求の範囲の請求項1?3の、
「【請求項1】
同心状に配設されるプーリおよび回転軸の間に確保される環状空間の軸方向中間に一方向クラッチが、また、前記環状空間において前記一方向クラッチの両側に転がり軸受がそれぞれ介装されるプーリユニットであって、
前記一方向クラッチは、径方向内外に配設される2つの部材間の環状空間における円周数ヶ所にくさび状空間を設け、このくさび状空間個々にころを周方向転動可能に収納し、これら両部材の回転速度差に応じてころをくさび状空間の狭い側へ食い込ませて前記両部材を同期回転させるロック状態と相対回転させるフリー状態とに切り換えるものであり、
前記各ころを各くさび状空間に対して保持するポケットを設けた保持器を備えるとともに、
前記保持器の各ポケットには、前記くさび状空間において、前記ころをくさび状空間の狭い側へ弾発付勢するばねが配設され、
前記保持器が内輪(「前記」は誤記と認める)に対して回り止めとなる構造を設け、
前記ばねが、プーリ回転数10000r/minでのフリー状態でころに高速回転による遠心力が作用するロック位置近傍でころを前記2つの部材にそれぞれ接触させつつくさび状空間に食い込ませない状態とするばね荷重を有する、ことを特徴とするプーリユニット。
【請求項2】
請求項1のプーリユニットにおいて、
前記くさび状空間が、内径側部材の外周面の円周数ヶ所に設けられる平坦なカム面と、外径側部材の円形の内周面とで形成される、ことを特徴とするプーリユニット。
【請求項3】
請求項1または2のプーリユニットにおいて、
回転数10000r/minで使用され、ころ質量0.001kg、ころPCD32mm、くさび角6度、動摩擦係数0.1、前記ばね荷重が1.8N?4.0Nの範囲に設定される、ことを特徴とするプーリユニット。」と補正された。なお、下線は対比の便のため当審において付したものである。
上記補正は、補正前の特許請求の範囲の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項であるばね及びその配設の構成に関し、「前記各ころを各くさび状空間に対して保持するポケットを設けた保持器を備えるとともに、前記保持器の各ポケットには」、及び「前記保持器が内輪に対して回り止めとなる構造を設け」とその構成を限定するとともに、同じく特許請求の範囲の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項であるばね荷重に関し、「ころに高速回転による遠心力が作用するロック位置近傍でころを」とその構成を限定するものである。
これに関して、本願の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下、「当初明細書等」という。)には、「保持器32は、ロータ軸2に対して周方向ならびに軸方向に位置決めされた状態で外装されるもので、その円周数カ所には、径方向内外に貫通形成されるポケット32aが設けられている。このポケット32aに対してころ31が収納されている。コイルバネ33は、保持器32のポケット32a間に存在する各柱部32bの内壁面に一体形成される突起32cに対して装着されていて、ころ31をロータ軸2のカム面21とプーリ1の内周面とで形成するくさび状空間の狭い側(ロック側)へ押圧するものである。」(段落【0024】参照)、「一方向クラッチ3の保持器32における内周面は、ロータ軸2の外周面において軸方向中間領域X1の外形形状と合致する形状つまり八角形に形成されており、この保持器32にころ31それぞれを保持させた状態でロータ軸2の軸方向中間領域X1に外嵌されることにより、周方向に回り止めされている。」(段落【0031】参照)、及び「高速回転域での使用に伴い一方向クラッチ3のころ31に対して強い回転遠心力が作用する状況でも、フリー状態のときにころ31をロック位置近傍、特にロック開始位置にとどめることができる。」(段落【0042】参照)と記載されている。
したがって、特許請求の範囲の請求項1に係る補正は、当初明細書等に記載された事項の範囲内において、補正前の特許請求の範囲の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項であるばね及びその配設の構成、並びにばね荷重に関して、その構成を限定したものである。
また、上記補正は、補正前の特許請求の範囲の請求項3に記載した発明を特定するために必要な事項であるころ及びくさび状空間に関し、「回転数10000r/minで使用され、ころ質量0.001kg、ころPCD32mm、くさび角6度、動摩擦係数0.1」とその構成を限定するものである。
これに関して、本願の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下、「当初明細書等」という。)には、「ころ31の質量mを0.001kg、ころ31のPCDをφ32mm、くさび角を6度とし、回転数を10000r/min、動摩擦係数μを0.1、プーリ1の法線荷重N_(1)つまりころ31の遠心力Wを17.54N以上とする条件では、上記計算式により、ばね荷重Vの下限値が1.8N以上となる。」(段落【0041】参照)と記載されている。
したがって、特許請求の範囲の請求項3に係る補正は、当初明細書等に記載された事項の範囲内において、補正前の特許請求の範囲の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項であるころ及びくさび状空間に関して、その構成を限定したものである。
結局、この補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号に規定された特許請求の範囲の減縮を目的とする補正に該当し、特許法第17条の2第3項に規定された新規事項追加禁止に該当するものではない。
そこで、本件補正後の前記請求項1に記載された発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

1.原査定の拒絶の理由に引用された本願の出願前に日本国内において頒布された刊行物及び記載事項
(1)刊行物1:特開平10-285873号公報
(2)刊行物2:特開平10-281261号公報

(刊行物1)
刊行物1には、「オルタネータプーリ」に関して、図面とともに、下記の技術的事項が記載されている。
(a)「本発明は、一方向クラッチを備えるオルタネータプーリに関する。このオルタネータプーリは、例えば自動車などのエンジンのクランクシャフトからベルトを介して駆動され、オルタネータを発電させるものである。」(第2頁第1欄第24?28行、段落【0001】参照)
(b)「図例のオルタネータプーリAは、自動車エンジンのクランクシャフトからベルトBを介して回転駆動される駆動環体1と、駆動環体1の内周に配設される従動環体2と、駆動環体1と従動環体2との間に介装される一方向クラッチ3と、両環体1,2の間で一方向クラッチ3の軸方向両側に配設される2つの転がり軸受4,4とを備えている。
駆動環体1の外周には、いわゆるVベルトと呼ばれるベルトBが巻き掛けられる波状の溝が形成されている。
従動環体2は、図示省略のオルタネータのロータが固定されるスリーブ状のものからなる。
一方向クラッチ3は、外周面の円周数箇所に平坦なキー状のカム面10aが設けられた内輪10と、カム面10aに対応して径方向内外に貫通形成されるポケット12aを有する保持器12と、保持器12の各ポケット12aに1つずつ収納される複数のころ13と、保持器12において各ポケット12aとつながる凹部12bに1つずつ収納されてころ13をロック側(カム面10aと駆動環体1内周面との間のくさび状空間の狭い側)へ押圧する弾性部材としてのコイルバネ14と、コイルバネ14の一端に係合されてころ13の周面に当接するばね受け部材15とを備えている。コイルバネ14は、その弾発付勢力をころ13に対してその自転動作を補助する形態でバランスよくかつ効率よく付与させるために、内輪10側つまり内径側に片寄った位置に配置されているとともに、ころ13の軸方向中央位置に当接されている。
転がり軸受4は、軸方向外方の片側にシール部材が装着された深溝型玉軸受からなり、2つの転がり軸受4,4によって一方向クラッチ3を密封するようになっている。
以上説明したプーリAは、一方向クラッチ3によりベルトBが回転変動するときでもオルタネータの発電効率を可及的に高めるようになっている。つまり。通常、ベルトBの駆動源となるエンジンのクランクシャフトの回転数は、走行状況に応じて不規則に変動するが、ベルトBの回転数が上昇するときは、一方向クラッチ3がロック状態となり、従動環体2を駆動環体1と同期回転させ、一方、ベルトBの回転数が低下するとき、一方向クラッチ3がフリー状態となり、従動環体2が駆動環体1の減速と無関係に自身の回転慣性力により回転を継続する現象となる。このようにして、オルタネータのロータの回転を高域に維持して、発電効率を高めるようにしている。
要するに、ベルトBおよび駆動環体1の回転速度が従動環体2よりも相対的に速いときは、一方向クラッチ3のころ13がくさび状空間の狭い側へ転動させられてロック状態となるので、駆動環体1と従動環体2とが一体化して同期回転する。しかし、ベルトBおよび駆動環体1の回転速度が従動環体2よりも相対的に遅いときは、一方向クラッチ3のころ13がくさび状空間の広い側へ転動させられてフリー状態となるので、駆動環体1から従動環体2へ回転動力の伝達が遮断されることになって従動環体2が回転慣性力のみで回転を継続するようになる。
ここで、本発明では、一方向クラッチ3において、ころ13をロック側へ押圧するためのトルク値を、4〔N・m〕以下、好ましくは0.001?4〔N・m〕の範囲に設定している。このトルク値は、駆動環体1の軸心Oからコイルバネ14までの半径rとコイルバネ14の1つあたりのばね力pとを乗じて求められる。これにより、上述した一方向クラッチ3において、ころ13がロック位置からフリー位置へ速やかに転動しうるようになるから、ベルトBの回転数が低下し始めてから早い時期にフリー状態への切替が行えるようになり、オルタネータのロータの回転を高域に維持できるようになる。この他、本実施形態では、一方向クラッチ3のカム面10aを外輪11側でなく内輪10側に設けているから、高速回転域でも遠心力によってころ13がロック位置から不必要に外れるのを防止できるようになっている。
ちなみに、ベルトBの回転変動量に対するオルタネータの回転変動量を調べているので、説明する。図4は、ベルトの回転変動量に対するオルタネータの回転変動量を示す図表である。
図4(a)では、一方向クラッチ3を内蔵していない場合に関するデータを示しており、エンジンの回転変動がそのままオルタネータのロータに伝達されるようになっている。
図4(b)では、トルク値を4.5〔N・m〕に設定している場合に関するデータを示しており、エンジンつまり駆動環体1の回転数を18000rpmの状態から9000rpm付近にまで下げたとき、従動環体2つまりオルタネータのロータの回転数は9500rpmになり、発電効率がわずかに高められることが判る。
図4(c)では、トルク値を4〔N・m〕に設定している場合に関するデータを示しており、エンジンつまり駆動環体1の回転数を18000rpmの状態から9000rpm付近にまで下げたとき、従動環体2つまりオルタネータのロータの回転数は12000rpmになり、発電効率が大きく高められることが判る。
なお、図4(b),(c)の測定は、台上試験機において、サイズがφ56のプーリを使用し、加速1s、減速15sにて行った。
このように、一方向クラッチ3のトルク値が4〔N・m〕を超えると、ベルトBの回転数が低下するときに、ころ13がロック位置からフリー位置へと転動しにくくなるので、動力伝達を遮断する切替動作が遅れることになり、一方向クラッチ3を内蔵していないものとほぼ同等と、あまり効果が見られない。一方、最小トルク値として最適にはトルク値が0.001〔N・m〕であり、これ以上トルク値が0に近づくと、ころ13がフリー側からロック側へと転動するときの補助的な押圧付勢力が不足することになり、一方向クラッチ3本来の機能が損なわれることになる。これらの知見に基づいて、トルク値の適正範囲を上述したように特定しているのである。
なお、本発明は上記実施例のみに限定されるものではなく、種々な応用や変形が考えられる。
(1)上記実施形態では、一方向クラッチ3の弾性部材としてコイルバネ14を例に挙げているが、それについても種々な板ばねや弾性片などで代用することができる。
(2)上記実施形態では、一方向クラッチ3のカム面10aを内輪部材側に形成した例を挙げているが、外輪部材側に設けたものにも本発明を適用できる。」(第3頁第3欄第5行?第4頁第5欄第23行、段落【0012】?【0028】参照)
(c)図1及び2の記載からみて、保持器12が内輪10に対して回り止めとなる構造を具備していることが看取できる。
したがって、刊行物1には、下記の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
【引用発明】
同心状に配設される駆動環体1および従動環体2の間に確保される環状空間の軸方向中間に一方向クラッチ3が、また、前記環状空間において前記一方向クラッチ3の両側に転がり軸受4,4がそれぞれ介装されるオルタネータプーリAであって、
前記一方向クラッチ3は、径方向内外に配設される駆動環体1及び従動環体2間の環状空間における円周数ヶ所にくさび状空間を設け、このくさび状空間個々にころ13を周方向転動可能に収納し、これら駆動環体1及び従動環体2の回転速度差に応じてころ13をくさび状空間の狭い側へ食い込ませて前記駆動環体1及び従動環体2を同期回転させるロック状態と相対回転させるフリー状態とに切り換えるものであり、
前記各ころ13を各くさび状空間に対して保持するポケット12aを設けた保持器12を備えるとともに、
前記保持器12の各ポケット12aには、前記くさび状空間において、前記ころ13をくさび状空間の狭い側へ弾発付勢するコイルバネ14が配設され、
前記保持器12が内輪10に対して回り止めとなる構造を設け、
前記コイルバネ14が、駆動環体1回転数を18000rpmから9000rpm付近にまで下げたとき、従動環体2回転数が12000rpmとなるばね荷重を有するオルタネータプーリA。

(刊行物2)
刊行物2には、「プーリ」に関して、図面(特に、図1?3を参照)とともに、下記の技術的事項が記載されている。
(d)「本発明は、一方向クラッチを備えるプーリに関する。このプーリは、例えば自動車などのエンジンのクランクシャフトの外端に装着されるものが挙げられる。」(第2頁第1欄第25?28行、段落【0001】参照)
(e)「一般的に、クランクシャフトは、燃焼室の爆発むらによって進み遅れがあり、特にアイドリング回転域(例えば800rpm前後)において回転数が変動しやすいことが知られている。
これに対して、例えば実願昭58-48968号(実開昭59-155346号)のマイクロフィルムに示されるように、クランクシャフトに取り付けられる補機駆動用プーリに一方向クラッチを設け、クランクシャフトの回転変動に伴い一方向クラッチがフリー状態とロック状態とに切り替わって、クランクシャフトからプーリへの回転変動の伝達を減衰するようにしたものが考えられている。この一方向クラッチは、ころを用いる一般的な構成である。
ところで、上記従来例では、一方向クラッチのばねによる荷重を低く設定していると、クランクシャフトが回転変動している状況において、ころがフリー位置からロック位置へと転動するとき、前記回転変動の影響でころがスムーズに転動せずにばたつくことがあり、それによっていわゆるたたき音という異音が発生することがある。」(第2頁第1欄第30?50行、段落【0002】?【0004】参照)
(f)「本発明では、一方向クラッチ3において、ころ13をロック側へ押圧するためのころ1つあたりにかかるトルク値を、0.3?12〔N・m〕の範囲に設定している。このトルク値は、駆動環体1の軸心Oからコイルバネ14までの半径rとコイルバネ14の1つあたりのばね力pとを乗じて求められる。これにより、上述した一方向クラッチ3の動作において、特にころ13がフリー位置からロック位置へ転動するときに、ばたつかずに円滑に転動するようになる。この他、本実施形態では、一方向クラッチ3のカム面10aを外輪11側でなく内輪10側に設けているから、高速回転域でも遠心力によってころ13がロック位置から外れるのを防止できるようになり、前述のばたつき抑制と併せてころ13の動作安定化を達成するようになっている。」(第3頁第4欄第6?19行、段落【0018】参照)

2.対比・判断
本願補正発明と引用発明とを対比すると、それぞれの有する機能からみて、引用発明の「駆動環体1」は本願補正発明の「プーリ」に相当し、以下同様に、「従動環体2」は「回転軸」に、「一方向クラッチ3」は「一方向クラッチ」に、「転がり軸受4,4」は「転がり軸受」に、「オルタネータプーリA」は「プーリユニット」に、「駆動環体1及び従動環体2」は「2つの部材」及び「両部材」に、「ころ13」は「ころ」に、「ポケット12a」は「ポケット」に、「保持器12」は「保持器」に、「コイルバネ14」は「ばね」に、「内輪10」は「内輪」に、それぞれ相当するので、両者は、下記の一致点、及び相違点を有する。
<一致点>
同心状に配設されるプーリおよび回転軸の間に確保される環状空間の軸方向中間に一方向クラッチが、また、前記環状空間において前記一方向クラッチの両側に転がり軸受がそれぞれ介装されるプーリユニットであって、
前記一方向クラッチは、径方向内外に配設される2つの部材間の環状空間における円周数ヶ所にくさび状空間を設け、このくさび状空間個々にころを周方向転動可能に収納し、これら両部材の回転速度差に応じてころをくさび状空間の狭い側へ食い込ませて前記両部材を同期回転させるロック状態と相対回転させるフリー状態とに切り換えるものであり、
前記各ころを各くさび状空間に対して保持するポケットを設けた保持器を備えるとともに、
前記保持器の各ポケットには、前記くさび状空間において、前記ころをくさび状空間の狭い側へ弾発付勢するばねが配設され、
前記保持器が内輪(「前記」は誤記と認める。)に対して回り止めとなる構造を設けたプーリユニット。
(相違点)
本願補正発明は、「前記ばねが、プーリ回転数10000r/minでのフリー状態でころに高速回転による遠心力が作用するロック位置近傍でころを前記2つの部材にそれぞれ接触させつつくさび状空間に食い込ませない状態とするばね荷重を有する」であるのに対し、引用発明は、コイルバネ14が、駆動環体1回転数を18000rpmから9000rpm付近にまで下げたとき、従動環体2回転数が12000rpmとなるばね荷重を有する点。
そこで、上記相違点について検討する。
(相違点について)
引用発明及び刊行物2に記載された技術事項は、ともに一方向クラッチを備えるプーリに関する技術分野に属するものであって、刊行物2には、「一方向クラッチのばねによる荷重を低く設定していると、クランクシャフトが回転変動している状況において、ころがフリー位置からロック位置へと転動するとき、前記回転変動の影響でころがスムーズに転動せずにばたつくことがあり、それによっていわゆるたたき音という異音が発生することがある。」(上記摘記事項(e)参照)、及び「本発明では、一方向クラッチ3において、ころ13をロック側へ押圧するためのころ1つあたりにかかるトルク値を、0.3?12〔N・m〕の範囲に設定している。(中略)これにより、上述した一方向クラッチ3の動作において、特にころ13がフリー位置からロック位置へ転動するときに、ばたつかずに円滑に転動するようになる。この他、本実施形態では、一方向クラッチ3のカム面10aを外輪11側でなく内輪10側に設けているから、高速回転域でも遠心力によってころ13がロック位置から外れるのを防止できるようになり、前述のばたつき抑制と併せてころ13の動作安定化を達成するようになっている。」(上記摘記事項(f)参照)と記載されている。
これらの記載から、刊行物2には、一方向クラッチにおいて、ころに作用するばね荷重を高く設定することにより、ころがフリー位置からロック位置へ転動するときに、ころをスムーズに転動させてばたつきを抑制するとともに、内輪カム面式の一方向クラッチであることと相まって、ころに遠心力が作用する高速回転域でもころの動作安定化を達成することが記載又は示唆されている。
一方、一方向クラッチの機能として、ばねが、フリー状態でころを径方向内外に配設される2つの部材にそれぞれ接触させつつも食い込ませない状態とするばね荷重を有することは当然のことであり、ばね荷重を具体的にどのような数値にするかは、一方向クラッチの各構成要素の形状や、使用される条件を考慮して、当業者が適宜選択し得る設計的事項であるし、ばねが、フリー状態でころに回転による遠心力が作用するロック位置近傍でころを径方向内外に配設される2つの部材にそれぞれ接触させつつくさび状空間に食い込ませない状態とすることも、従来周知の技術的事項(例えば、特公昭64-8212号公報には、「ばね60は、ローラ・クラッチ10が第2図のロックアップ・モードにあるときにばね46と同様の要領で対応するローラ44bを片寄せている。しかしながら、第3図のオーバーランニング・モードでは、可動ブロック50は、第3図の隣接のローラ44aが離脱したと同じ方向でローラ44bをリング面16から離脱させかねない同じ遠心力の下で案内軌道従動子56が案内軌道スロット58内で移動するにつれてローラ44bに向って波形方向外方および円周方向に摺動する。その結果、ばね60がさらにブロック50の移動で圧縮され、それ相当に速度の増大と共にばね60の力を高め、ローラ44bをカム斜面20およびリング面16と連続的に係合させ続け、急速ロックアップのための適正な位置に保持する。こうして、ローラ・クラッチ10は通常の臨界速度よりも高い速度で作動することができ、従来可能であった作動速度よりも高い速度を可能とする。」(第4頁第7欄第26行?第8欄第1行、Fig.2及び3、なお、大文字を小文字で表記した個所がある。)と記載されている。)である。
してみれば、引用発明の一方向クラッチのコイルバネの構成に、刊行物2に記載された発明、及び従来周知の技術的事項を適用することにより、上記相違点に係る本願補正発明の構成とすることは、当業者が技術的に格別の困難性を有することなく容易に想到し得たものである。

本願補正発明の効果についてみても、引用発明、刊行物2に記載された発明、及び従来周知の技術的事項の奏するそれぞれの効果の総和以上の格別顕著な作用効果を奏するものとは認められない。

なお、審判請求人は、平成20年12月26日付けの回答書において、「本願発明の実施形態に示す内輪カム面方式のものでは、外輪が円筒面であるため、外輪カム面のようにカム面を成す傾斜面に沿ってころが移動することが生じにくいと認識されていて、通常の用途ではころに作用する遠心力の影響は小さいものであって、遠心力の影響力を考慮しないでころをロック状態寸前の準備位置に保持するためにばね力を調整するという技術思想は一般的に認識されておらず、本願出願時までにはなかったものです。
ところで、本願発明は、高速回転でロック状態とフリー状態を頻繁に切り替えるオルタネータ用のプーリ用の内輪カム面とする一方向クラッチに特有の課題である、内輪カム面式のものであっても、ころに対して遠心力の影響が大きいということを初めて見出して、内輪カム式の一方向クラッチについて高速回転時においてもロック状態とフリー状態との切り替えを噛み合い時の微小すべりを抑制したものとすることの工夫を図ったものです。
すなわち、本願発明はその解決しようとする課題自体従来なかったものであり、外輪カム面方式のものしか示されていない引用文献3(前置報告書において従来周知の技術的事項であるとして例示した特公昭64-8212号公報)に記載のものからは容易に想到できるものではありません。」(【回答の内容】「(3)意見」の項参照)と縷々主張している。
しかしながら、上記(相違点について)において記載したように、引用発明の一方向クラッチのコイルバネの構成に、刊行物2に記載された発明、及び従来周知の技術的事項を適用することは当業者が容易に想到し得たものであるところ、審判請求人が主張する本願補正発明の奏する上記の効果は、従前知られていた構成が奏する効果を併せたものにすぎず、本願補正発明の構成を備えることによって、本願補正発明が、従前知られていた効果を併せたものとは異なる、相乗的で予想外の効果を奏するものとは認められないので、審判請求人の上記主張は採用することができない。
なお、審判請求人が回答書において述べているように、仮に、本願発明を内輪カム面式の一方向クラッチであると限定したとしても、刊行物1及び2には、内輪カム面式の一方向クラッチが記載されているし、引用文献3(特公昭64-8212号公報)には、「カム斜面および案内軌道スロットが互いに反対の方向に傾斜しているならば、所望に応じて、同じ設計を内側カム・ローラ・クラッチに採用することもできる。」(第4頁第8欄第15?18行)と記載されていることから、上記した理由と実質的に同様の理由により、審判請求人の上記主張は採用することができない。

以上のとおり、本願補正発明は、刊行物1及び2に記載された発明、並びに従来周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

3.むすび
したがって、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

III.本願発明について
平成20年2月12日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?3に係る発明は、平成19年1月15日付け手続補正により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は以下のとおりのものである。
「【請求項1】
同心状に配設されるプーリおよび回転軸の間に確保される環状空間の軸方向中間に一方向クラッチが、また、前記環状空間において前記一方向クラッチの両側に転がり軸受がそれぞれ介装されるプーリユニットであって、
前記一方向クラッチは、径方向内外に配設される2つの部材間の環状空間における円周数ヶ所にくさび状空間を設け、このくさび状空間個々にころを周方向転動可能に収納し、これら両部材の回転速度差に応じてころをくさび状空間の狭い側へ食い込ませて前記両部材を同期回転させるロック状態と相対回転させるフリー状態とに切り換えるものであり、
前記くさび状空間に、前記ころをくさび状空間の狭い側へ弾発付勢するばねが配設され、
このばねが、プーリ回転数10000r/minでのフリー状態でころを前記2つの部材にそれぞれ接触させつつくさび状空間へ食い込ませない状態とするばね荷重を有する、ことを特徴とするプーリユニット。」

1.引用例
原査定の拒絶の理由に引用された本願の出願前に日本国内において頒布された刊行物及び記載事項は、上記「II.1.」に記載したとおりである。

2.対比・判断
本願発明は、上記「II.」で検討した本願補正発明のばね及びその配設の構成に関する限定事項である「前記各ころを各くさび状空間に対して保持するポケットを設けた保持器を備えるとともに、前記保持器の各ポケットには」、及び「前記保持器が内輪に対して回り止めとなる構造を設け」の限定を省くとともに、本願補正発明のばね荷重の構成に関する限定事項である「ころに高速回転による遠心力が作用するロック位置近傍でころを」の限定を省くものである。
そうすると、本願発明の構成要件を全て含み、さらに構成を限定したものに相当する本願補正発明が、上記「II.2.」に記載したとおり、刊行物1及び2に記載された発明、並びに従来周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様の理由により、刊行物1及び2に記載された発明、並びに従来周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

3.むすび
結局、本件出願の請求項1に係る発明(本願発明)は、その出願前日本国内において頒布された刊行物1及び2に記載された発明、並びに従来周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
そして、本願の請求項1に係る発明が特許を受けることができないものである以上、本願の請求項2及び3に係る発明について検討をするまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-02-16 
結審通知日 2009-02-17 
審決日 2009-03-05 
出願番号 特願2001-1470(P2001-1470)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (F16D)
P 1 8・ 121- Z (F16D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 増岡 亘  
特許庁審判長 溝渕 良一
特許庁審判官 常盤 務
岩谷 一臣
発明の名称 プーリユニット  
代理人 岡田 和秀  

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