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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H05B
管理番号 1196287
審判番号 不服2007-7277  
総通号数 114 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-06-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-03-09 
確定日 2009-04-24 
事件の表示 特願2001-364851「有機EL素子」拒絶査定不服審判事件〔平成15年 6月13日出願公開、特開2003-168571〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成13年(2001年)11月29日の出願(特願2001-364851号)であって、平成19年1月31日付けで拒絶査定がなされ、これに対して、平成19年3月9日付けで拒絶査定不服審判の請求がなされたものである。
その後、平成20年2月15日付けで当審において拒絶理由の通知をし、これに対して同年4月21日付けで意見書が提出され、同日付けで手続補正がなされ、同年8月19日付けで当審において最後の拒絶理由の通知をし、これに対して同年10月20日付けで意見書が提出され、同日付けで手続補正がなされたものである。
なお、平成20年10月20日付け手続補正における特許請求の範囲の補正は、請求項の削除を目的とするものであり、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第1号に掲げる事項を目的とするものであるから、適法な補正である。

第2 本願発明
本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、平成20年10月20日付手続補正により補正された明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「透明基板と、透明基板上に形成されるポリマー系有機EL用透明導電膜とを有する有機EL素子において、透明基板上に形成されるポリマー系有機EL用透明導電膜が、表面層としての酸化錫膜と、ITO膜と、銀又は銀を主成分とする合金で構成される金属膜と、ITO膜との積層構造、或いは表面層としての酸化錫膜と、銀又は銀を主成分とする合金で構成される金属膜と、ITO膜との積層構造を有し、表面平坦性、比抵抗、加工性、耐薬品性及び耐熱性に優れた特性をもつように酸化錫膜の厚さを5?50nmに設定したことを特徴とする有機EL素子。」

第3 引用例
1 引用例1
当審で通知した拒絶の理由に引用され、本願の出願前に頒布された刊行物である特開平3-54873号公報(以下、「引用例1」という)には、次の事項が記載されている。(後述の「2 引用発明の認定」において直接引用した記載に下線を付した。)

「〔技術分野〕
本発明は、電荷注入を行う電界発光素子(エレクトロルミネッセンス(EL)素子)に関する。 」 (第1ページ左下欄第15?17行)

「〔発明の開示〕
すなわち、本発明は、2つの電極層を備え、これら2つの電極層間に、拡張共役型キノン系化合物からなる有機化合物薄膜層を有する発光層を設けた発光素子であり、好ましくは金属錯体と拡張共役型キノン系化合物の混合層からなる有機化合物薄膜層を有する発光層を設けた発光素子であり、さらに好ましくは、この発光層と電荷注入層を積層し、2つの電極層の間に、発光層と注入層を挟んで存在せしめた構造の発光素子である。
以下、図面を参照しつつ、本発明を詳細に説明する。
第1図はその一つの実施の形態を示すものである。2つの電極層2,4を備えており、これら2つの電極2,4層間に、有機化合物薄膜層3を挟んだ発光層を設けた発光素子である。この有機化合物薄膜層は拡張共役型キノン系化合物からなるものであってもよいし、また金属錯体と拡張共役型キノン系化合物の混合層(もしくは積層したもの)からなるものであってもよい。また、第2図は本発明の別の実施例であり、電極12,14の間に有機化合物薄膜層13,電荷注入層15が積層されている。なお、第2図において、電荷注入層に接する電極を第一電極、有機化合物薄膜層に接する電極を第二電極と称することにする。
本発明における有機化合物薄膜層は、拡張共役型キノン系化合物からなるものであり、さらに好ましい実施形態として、金属錯体と拡張共役型キノン系化合物とからなる有機化合物薄膜であり、これらは、混合あるいは積層して用いられる。好ましくは金属錯体の中に拡張共役型キノン系化合物が混合された状態の薄膜である。
拡張共役型キノン系化合物としてはパラベンゾキノン、ジフェノキノン、スチルベンキノン、一般的な構造式1、および構造式2で示される化合物やこれらの誘導体が有効であり、これらの一般的な特徴としては、共役しているπ電子系を有し、容易に励起されやすい有機化合物である。構造式1において、Xは酸素(O),硫黄(S),セレン(Se)等の原子を表し、具体的にはジヒドロフランジイリデンビスベンゾキノン、ジヒドロチォフェンジイリデンビスベンゾキノン、ジヒドロセレノフェンジイリデンビスベンゾキノン等の誘導体である。構造式2はジヒドロチエノチオフェンジイリデンビスベンゾキノンおよびその誘導体である。これらの構造式において、Rは水素、メチル基、エチル基、プロピル基、ターシャリブチル基、メトキシ基、エトキシ基、ハロゲン原子、フェニル基、フエノキシ基、ヒドロキシ(OH)基、メルカプト(SH)基、アミノ基等を表すものである。nは1,2.3および4である。
本発明における金属錯体は、金属と有機物の配位子とから形戒される錯化合物である。具体的に例示すると、錯体を形成する金属としては、Al,Ga,Ir,Zn,Cd,Mg,Pb,Ta,Tb,Eu等であり、特に限定されるものではない。また、有機物の配位子としては、ボルフィリン、クロロフィル、8-ヒドロキシキノリン(オキシン(Ox))、5.7-ジブロムオキシン、5.7-ジョードオキシン、チオオキシン、セレノオキシン、メチルオキシン、フタ口シアニン、サリチルアルデヒドオキシム、1-ニトロソ-2-ナフトール、クフエロン、ジチゾン、アセチルアセトンなどが用いられる。
また、本発明においては、高い発光量子効率を持ち、外部摂動を受けやすいπ電子系を有し、容易に励起されやすい有機化合物を金属錯体と混合して用いることを妨げるものではない。当該有機化合物としては、例えば縮合多環芳香族炭化水素、P一ターフェニル、2,5-ジフエニルオキサゾール、14-bis-(2-メチルスチリル)一ベンゼン、キサンチン、クマリン、アクリジン、シアニン色素、ペンゾフェノン、フタロシアニン、芳香族アミン、芳香族ポリアミン、キノン構造を有し、励起状態で錯体を形或する化合物、ポリアセチレン、ポリシランなどを用いる。
有機化合物薄膜は非晶質、微結晶、微結晶を含む非晶譬、多結晶、単結晶薄膜の形態で用いられる。なお、薄膜の厚みは特に限定するものではないが、通常50?5000Å程度が採用される.勿論、この外の範囲も使用することは可能である。
当該の有機化合物薄膜は、真空蒸着法などの各種の物理的または化学的な薄膜形戒法などで形威されるほか、昇華法や、塗布法なども有効に用いられる。」(第2ページ左上欄第20行?第3ページ右上欄第13行)

「〔実施例1〕
ガラス基板上にITO膜を膜厚800Å、さらにその上にSnO_(2)膜を膜厚200Å形成し、透明導電膜(TC0)を形成し、第一の電極層とした。抵抗加熱真空蒸着法を用いて、アルミニウムトリスオキシナ-ト(Al(Ox)_(3)) 薄膜、ビスジヒドロチォフェンジイリデンビスジターシャリブチルベンゾキノン(構造式1において、X=S,R=t-ブチル基、n=2)薄膜、アルミニウムトリスオキシナート(Al(Ox)_(3))薄膜の順序でそれぞれ、膜厚100Å、200Å、100Åで堆積して、発光層を形成した。さらに、この層の上に、電子ビーム蒸着法によりMg薄膜を堆積し、第二電極層として、第1図に示すところの本発明の発光素子を得た。なおMg金属の蒸着膜の面積は3mm角である.
この発光素子に、直流電圧を印加したところ、10V以上で室内蛍光灯下で確認できる明るい発光が観測された。発光輝度は高く、長時間、安定な発光状態が維持された。」(第4ページ右上欄第14行?同ページ左下欄第12行)

「〔実施例3]
実施例1において、第一電極の上に、チオフェンを電界重合してポリチオフエンとした積層構造の電極を用いた。また、第一電極上に発光層として、ジヒドロチォフェンジイリデンビスジターシャリブチルベンゾキノン(構造弐lにおいて、X=S,R=t-ブチル基、n=1)薄膜、アルミニウムトリスオキシナート(Al(Ox)_(3))薄膜の順序でそれぞれ、膜厚200Å、100Åで堆積した.これ以外は実施例1と同様に製作して、本発明の発光素子を得た.
順方向の電圧印加12Vにおいて、室内の蛍光灯の下で、明かるい発光が観測された。発光輝度は実施例lと同程度であり、時間経過に対する輝度の低下は少なかった。」(第4ページ右下欄第6?20行)

2 引用発明の認定
上記記載から、引用例1には、 EL素子に関し、
「2つの電極層を備え、これら2つの電極層間に、拡張共役型キノン系化合物からなる有機化合物薄膜層を有する発光層を設けた発光素子であり、
ガラス基板上にITO膜を膜厚800Å、さらにその上にSnO_(2)膜を膜厚200Å形成し、透明導電膜(TC0)を形成し、第一の電極層とし、この層の上に発光層を形成し、さらに、この層の上に、Mg薄膜を堆積し、第二電極層としたEL素子。」の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているといえる。

3 引用例2
また、当審で通知した拒絶の理由に引用され、本願の出願前に頒布された刊行物である特開平10-69984号公報(以下、「引用例2」という)には、次の事項が記載されている。(後述の「第5 当審の判断」の引用発明3の認定において直接引用した記載に下線を付した。)

「【0014】
本発明を添付図面でもって説明する。(図3)は本発明の有機エレクトロルミネッセンス素子の一例を示す断面図である。図中の10は陰極(E)、20は陽極(B)、30は有機化合物からなる発光層(D)、80は透明な基体(A)、21は実質的にインジウムとスズとの酸化物からなる薄膜層(c)、22は金属薄膜層(b)、23は実質的にインジウムとスズとの酸化物からなる薄膜層(a)である。そして、陽極(B)は実質的にインジウムとスズとの酸化物からなる薄膜層(a)、金属薄膜層(b)、実質的にインジウムとスズとの酸化物からなる薄膜層(c)がa/b/cなる積層体から成っている。また、(図4)に示したように、陽極(B)20と有機化合物からなる発光層(D)30との間に、有機化合物からなる正孔輸送層(C)40をいれてもよい。さらに、正孔を効率よく陽極(B)から正孔輸送層(C)へ注入するために陽極(B)と正孔輸送層(C)との間に正孔注入層をいれてもよい。(図4)に示した有機エレクトロルミネッセンス素子では、発光層(D)が電子輸送の役割を果たしているが、電子輸送層を設け、正孔輸送層または電子輸送層に発光材をドープしたり、正孔輸送層と電子輸送層との間に発光層を設けたりしても良い。更に、陰極から発光層または電子輸送層への電子の注入効率を上げるために陰極と発光層または電子輸送層との間に電子注入層を入れても良い。」

「【0018】本発明者らは、比抵抗の低い金属薄膜層をITO薄膜で挟み込んだ積層体が、有機エレクトロルミネッセンス素子の陽極に必要な条件を満たすこと、さらにこのことが高分子成形体を支持体として用いる場合に特に有効であることを見いだしたのである。
【0019】すなわち、陽極を、ITO、金属薄膜層、ITOを順次積層した構成にすることにより、低い成膜温度でも十分に電気抵抗値の低い陽極が得られ、なおかつ有機化合物からなる発光層(D)や有機化合物からなる正孔輸送層(C)などの有機層に接するのは、従来から用いられているITOであるため正孔の注入には影響しない。金属薄膜層をITO薄膜で挟み込むのは、金属薄膜層の安定性向上と、金属薄膜層による可視光の反射を抑制するためである。
【0020】本発明において金属薄膜層に用いることのできる材料としては、比抵抗が低く薄膜としたときの安定性が優れているものが好ましい。具体的な材料としては銀、金、銅、ニッケル、パラジウム、白金、コバルト、ロジウム、イリジウム、鉄、マンガン、クロム、モリブテン、タングステン、バナジウム、ニオブ、タンタル、チタン、ジルコニウム、スカンジウム、イットリウム、アルミニウム、ガリウム、インジウム、スズ、亜鉛等もしくは、それらの合金が挙げられる。中でも、銀、銀と金の合金、銀と銅の合金または銀とパラジウムの合金を用いると著しくシート抵抗が低く、高透過率で、さらには耐久性のある陽極を備えた有機エレクトロルミネッセンス素子が得られるので好ましく用いられる。合金の銀以外の成分の重量濃度としては、1?30%程度が好ましい。」

4 引用例3
また、当審で通知した拒絶の理由に引用され、本願の出願前に頒布された刊行物である特開平2-189523号公報(以下、「引用例3」という)には、次の事項が記載されている。(後述の「第5 当審の判断」の引用発明3の認定において直接引用した記載に下線を付した。)

「〔実施例〕
本発明の実施例を第1図に基づいて説明する。構造の大略は第2図の従来例とほぼ同じで画素電極10が従来例と異なるものである。
第1図における下側の基板は次のような工程で作製される。ガラス基板1上に酸化インジウムスズ2を堆積する。膜厚の設定は、光透過率と電気抵抗のトレード・オフとなるが、通常は100?1000Åである。スズとインジウムのモル比(Sn/In)は0-1/2である。スズの比がこれ以上大きくなると、光透過率と電導度が低下する。スズを含まない酸化インジウムでもよいが、スズの比が小さいほど化学的安定度は低下する。
次いで酸化インジウムスズ2の上に酸化スズを主成分とする層3を堆積する。酸化スズ3の第1の役割は、その上の窒化シリコン4を堆積するときのダメージに対する下地の酸化インジウムスズ2の保護である。この観点からは、膜厚は10Å以上であればよい。第2の役割は加熱工程や電気光学装置の駆動等により起こる、酸化インジウムスズ2中のインジウム原子の窒化シリコン4中への拡散の阻止である。この効果も膜厚10Å以上で効果がある。一方、酸化スズ3が厚過ぎると光透過率が低下し、また、画素電極にバターニングするためのエツチングが困難になる。以上の諸事情を考慮すると、酸化スズ3の膜厚は500Å以下であることが望ましい。
本実施例においては、酸化インジウムスズ2の膜厚を300Åとし、酸化スズ3の膜厚を50Åとした。」(第2ページ左下欄第15行?第3ページ左上欄第4行)

第4 対比
1 対比
本願発明と引用発明とを対比する。

引用発明の「ガラス基板」は、本願発明の「透明基板」に相当する。

引用発明の「2つの電極層を備え、これら2つの電極層間に、拡張共役型キノン系化合物からなる有機化合物薄膜層を有する発光層を設けた発光素子」と、本願発明の「ポリマー系有機EL用透明導電膜とを有する有機EL素子」とは、「有機EL用透明導電膜とを有する有機EL素子」である点で一致する。

引用発明の「ガラス基板上にITO膜を膜厚800Å、さらにその上にSnO_(2)膜を膜厚200Å形成し、透明導電膜(TC0)を形成し、第一の電極層」とした点と、本願発明の「透明基板上に形成されるポリマー系有機EL用透明導電膜が、表面層としての酸化錫膜と、ITO膜と、銀又は銀を主成分とする合金で構成される金属膜と、ITO膜との積層構造、或いは表面層としての酸化錫膜と、銀又は銀を主成分とする合金で構成される金属膜と、ITO膜との積層構造を有」する点とは、「透明基板上に形成される透明導電膜が、表面層としての酸化錫膜と、ITO膜を含む積層構造を有」する点で一致する。

引用発明の「SnO_(2)膜を膜厚200Å形成」した点について、200Åは20nmに相当し、本願発明の酸化錫膜の厚さである「5?50nm」に含まれる厚さであるから、引用発明の「SnO_(2)膜を膜厚200Å形成」した点と、本願発明の「表面平坦性、比抵抗、加工性、耐薬品性及び耐熱性に優れた特性をもつように酸化錫膜の厚さを5?50nmに設定」した点とは、「酸化錫膜の厚さを所定の厚さに設定」した点で一致する。

引用発明の「2つの電極層間に、拡張共役型キノン系化合物からなる有機化合物薄膜層を有する発光層を設けた発光素子」である「EL素子」は、本願発明の「有機EL素子」に相当する。

2 一致点
したがって、本願発明と引用発明は、
「透明基板と、透明基板上に形成される有機EL用透明導電膜とを有する有機EL素子において、透明基板上に形成される有機EL用透明導電膜が、表面層としての酸化錫膜と、ITO膜を含む積層構造を有し、酸化錫膜の厚さを所定の厚さに設定した有機EL素子。」の発明である点で一致し、次の点で相違している。

3 相違点
(1)相違点1;
有機EL用透明導電膜が、本願発明においては「ポリマー系」有機EL用透明導電膜であるのに対し、引用発明においてはその点が明確でない点。、

(2)相違点2;
表面層としての酸化錫膜と、ITO膜を含む積層構造を有する透明導電膜が、本願発明においては「表面層としての酸化錫膜と、ITO膜と、銀又は銀を主成分とする合金で構成される金属膜と、ITO膜との積層構造、或いは表面層としての酸化錫膜と、銀又は銀を主成分とする合金で構成される金属膜と、ITO膜との積層構造」からなるのに対し、引用発明においてはその点の限定がない点。

(3)相違点3;
酸化錫膜の厚さを所定の厚さに設定した点に関して、本願発明においては、「表面平坦性、比抵抗、加工性、耐薬品性及び耐熱性に優れた特性をもつように酸化錫膜の厚さを5?50nmに設定した」のに対し、引用発明においては「SnO_(2)膜を膜厚200Å形成」したものである点。

第5 当審の判断
1 上記の相違点について検討する。

(1)相違点1について
有機EL素子において、ポリマー系有機ELも、低分子有機ELなどのポリマー系でない有機ELも周知であり、両者は技術的に非常に類似した特性を有してしていて、相互に密接した技術的関連があるから、ポリマー系でない有機ELにおける技術をポリマー系有機ELに採用することは当業者が容易に想到し得る事項である。
したがって、例え、引用発明の有機EL用透明導電膜がポリマー系有機EL用透明導電膜ではないとしても、引用発明の有機EL用透明導電膜を「ポリマー系」有機EL用とすることは当業者が容易になし得ることである。

(2)相違点2について
引用例2には、「ITO、金属薄膜層、ITOを順次積層した構成にすることにより、低い成膜温度でも十分に電気抵抗値の低い陽極が得られ」ること、及び「金属薄膜層に用いることのできる材料としては、・・・中でも、銀、銀と金の合金、銀と銅の合金または銀とパラジウムの合金を用いると著しくシート抵抗が低く、高透過率で、さらには耐久性のある陽極を備えた有機エレクトロルミネッセンス素子が得られるので好ましく用いられる」ことが記載されている。したがって、引用例2には、電気抵抗値の低い陽極を得るために、「ITO、銀又は銀を主成分とする合金で構成される金属膜、ITOを順次積層した構成」にすることが記載されているといえる。
そして、ITO薄膜は、透明の導電膜であることによりEL素子に用いられるが、その一方で金属薄膜に比して抵抗が高いという不利な面を有することは周知の事項であるから、ITO薄膜において抵抗値を低くすることは、当業者において自明の課題である。
引用発明のITO膜においても、上記の自明の課題解決を目的として、引用例2に記載された「ITO、銀又は銀を主成分とする合金で構成される金属膜、、ITOを順次積層した構成」を採用し、「表面層としての酸化錫膜と、ITO膜を含む積層構造を有する透明導電膜」を「表面層としての酸化錫膜と、ITO膜と、銀又は銀を主成分とする合金で構成される金属膜と、ITO膜との積層構造」として、上記相違点2に係る本願発明の発明特定事項を得ることは、当業者が容易に想到し得たことである。

(3)相違点3について
引用発明の「SnO_(2)膜を膜厚200Å形成」した点について、200Åは20nmに相当し、本願発明の酸化錫膜の厚さである「5?50nm」に含まれる厚さであるから、厚さの数値自体については相違点ということはできない。
また、相違点2に係る「表面平坦性、比抵抗、加工性、耐薬品性及び耐熱性に優れた特性をもつように」なる事項は、目的や理由付けを表現したものであり、発明の対象とするものの構造自体を特定する事項ではないから、上記の事項の特定によって発明の進歩性を生じるものではない。
なお、引用例3には、酸化インジウムスズ(ITO)の上に酸化スズを主成分とする層を堆積するものにおいて、ITO層の保護やITO層中のインジウム原子の外部への拡散の阻止のため、酸化スズを主成分とする膜の膜厚を10Å(1nm)以上とすること、及び、光透過率やエッチングのしやすさを勘案して500Å(50nm)以下とすることが記載されており(引用例3の記載事項の下線部参照)、酸化スズを主成分とする層の作用効果を奏するために下限値や加工性等を勘案した上限値を設定することが記載されているといえるから、引用発明においても、引用例3に記載の上記事項を参酌して、酸化スズ層の厚さ関して、「表面平坦性、比抵抗、加工性、耐薬品性及び耐熱性に優れた特性をもつように」という各種の条件を総合的に勘案して上限値及び下限値を設定することに格別の困難性は認められない。そして、上記記載から、引用例3の酸化スズを主成分とする層の厚さは、1?50nmとなり、本願発明の5?50nmの厚さを含む範囲にあること、また、本願発明の上限値及び下限値に臨界的意義が認められないことを勘案すれば、上記相違点3に係る本願発明の発明特定事項は、引用例3に記載された技術的事項に基づいて当業者が容易に想到し得た事項であるといえる。

2 本願発明の奏する作用効果について
そして、本願発明によってもたらされる効果は、引用発明及び上記引用例2,3に記載された発明から、当業者が予測し得る程度のものである。

この点、上記相違点2に係る発明事項によってもたらされる作用効果に関して、当審において通知した平成20年8月19日付けの拒絶理由における
「請求項1の「金属膜」、請求項2の「銀又は銀を主成分とする合金」に関し、発明の詳細な説明中で、それらの作用・効果について一切記載されていないので、それらの技術的意義が不明確である。」
という拒絶理由に対し、請求人は、平成20年10月20日付けで提出した意見書において
「銀又は銀を主成分とする合金で構成される金属層は、本願明細書の段落【0002】、【0010】、【0011】に記載のように、透明導電膜の低抵抗及び平坦性を確保するためであります。」
と主張する。
しかしながら、本願明細書の段落【0002】、【0010】においては、金属層が奏する作用効果については全く記載されていない。【0011】には、「室温成膜した積層型透明導電膜(ITO膜/金属膜/ITO膜又は金属膜/ITO膜)や非加熱下で形成したITO膜上にSnO2膜を表面層として成膜することにより、表面平坦性、比抵抗、加工性を落とさず、耐薬品性、耐熱性に優れたポリマー系のEL用の透明導電膜を提供することが可能となる。」と記載されているが、上記記載から、金属膜層に関係しない「非加熱下で形成したITO膜上にSnO2膜を表面層として成膜」したものにおいても、「表面平坦性、比抵抗、加工性を落とさず、耐薬品性、耐熱性に優れた」ものが生ずることを勘案すると、請求人の主張する「透明導電膜の低抵抗及び平坦性を確保する」という作用効果は、金属膜層がもたらした作用効果であるということはできないから、上記請求人の主張は採用することができない。

また、上記相違点1及び3に係る発明特定事項に関して、
「本願発明では、酸化錫膜の厚さを5?50nmに設定したことにより、ポリマー系有機EL用透明導電膜における特有の問題点即ち酸に対する耐性及び耐熱性に関する問題点を解決することができます。」
と主張する。
しかしながら、引用例3の「次いで酸化インジウムスズ2の上に酸化スズを主成分とする層3を堆積する。酸化スズ3の第1の役割は、その上の窒化シリコン4を堆積するときのダメージに対する下地の酸化インジウムスズ2の保護である。この観点からは、膜厚は10Å以上であればよい。第2の役割は加熱工程や電気光学装置の駆動等により起こる、酸化インジウムスズ2中のインジウム原子の窒化シリコン4中への拡散の阻止である。この効果も膜厚10Å以上で効果がある。」の記載から、10Å以上の膜厚を有する酸化スズを主成分とする膜の形成によって、その下層の酸化インジウムスズ(ITO)膜の保護機能と、該ITO膜のインジウム原子の外部への拡散防止の機能、すなわち、酸に対する耐性と耐熱性とが備わることが、引用例3に記載されているといえる。
したがって、ITO膜の上に200Åの酸化スズ膜を堆積して形成した引用発明の透明導電膜が酸に対する耐性と耐熱性を有することは、引用例3を参酌して予測し得る事項であるから、ポリマー系有機EL用透明導電膜における「酸に対する耐性及び耐熱性」という請求人主張の作用効果は、引用発明の透明導電膜が元来より有していた作用効果に過ぎず、当業者の予測を超える格別のものということはできない。

3 まとめ
以上より、本願発明は、引用発明及び上記引用例2,3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第6 むすび
以上より、本願発明は、引用例1ないし3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-02-23 
結審通知日 2009-02-25 
審決日 2009-03-12 
出願番号 特願2001-364851(P2001-364851)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (H05B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 東松 修太郎  
特許庁審判長 末政 清滋
特許庁審判官 森林 克郎
安田 明央
発明の名称 有機EL素子  
代理人 浜野 孝雄  
代理人 森田 哲二  
代理人 平井 輝一  

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