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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) F16C
管理番号 1196694
審判番号 不服2007-31114  
総通号数 114 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-06-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-11-16 
確定日 2009-04-27 
事件の表示 特願2000-252442「動圧型多孔質含油軸受ユニット」拒絶査定不服審判事件〔平成14年 2月28日出願公開、特開2002- 61659〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯の概要
本願は、平成12年8月23日の出願であって、平成19年10月12日(起案日)付けで拒絶査定され、これに対し、平成19年11月16日に拒絶査定不服審判の請求がなされ、その後、当審において平成20年12月18日(起案日)付けで拒絶理由(以下、「当審拒絶理由」という。)を通知したところ、平成21年2月17日付けで明細書を補正する手続補正がなされたものである。

2.本願発明
本願の請求項1ないし8に係る発明は、 平成18年7月18日付け及び平成21年2月17日付け手続補正により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし8に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は次のとおりのものである。なお、平成19年3月30日付けでなされた手続補正は、原審において平成19年10月12日(起案日)付けで、また平成19年12月17日付けでなされた手続補正は、当審において平成20年12月18日(起案日)付けで決定により却下されている。

「【請求項1】
軸部の底端部にフランジ部を有する回転軸体と、一端に開口部を有する有底筒状をなし且つその底面と上記フランジ部の底端面との間にスラスト軸受すきまが介在されるハウジング部と、上記軸部の外径面との間にラジアル軸受すきまを介在させ且つ上記フランジ部の底端面と反対側の端面との間にスラスト軸受すきまを介在させて上記ハウジング部に内装される軸受部材と、上記ハウジング部の開口部側に配置され且つ上記軸部が挿通される挿通部を有するシール部材とを備え、上記軸受部材を、潤滑油または潤滑グリースが含浸されてなる焼結金属の多孔質体で構成すると共に、上記スラスト軸受すきま及び上記ラジアル軸受すきまに動圧が発生するように構成した動圧型多孔質含油軸受ユニットにおいて、
ハウジング部の内部の空間を油で満たすと共に、シール部材の内径面と軸部の外径面との間の隙間に至った油の漏れを毛細管現象によって防止し、シール部材の端面と軸受部材の端面とを接触させ、シール部材のうちシール部材の上面にのみ、および軸部のうち軸部の表面におけるシール部材の挿通部に対向する外径面領域の上部にのみ、含フッ素重合体の被膜を形成したことを特徴とする動圧型多孔質含油軸受ユニット。」

3.引用刊行物とその記載事項
(刊行物1)
当審拒絶理由で引用された、本願出願前に頒布された刊行物である特開2000-220633号公報(以下、「刊行物1」という。)には、「動圧型軸受装置およびその製造方法」に関して、下記の事項が図面とともに記載されている。

(ア)「【0014】図1は、本発明にかかる動圧型軸受装置1を有する情報機器用スピンドルモータの一例で、HDD(ハードディスクドライブ)スピンドルモータの断面図である。このスピンドルモータは、軸部材2を回転自在に支持する軸受装置1と、軸部材2に取付けられ、図示しない磁気ディスクを一又は複数枚保持するディスクハブ3と、半径方向のギャップを介して対向させたステータ4およびロータ5とを有する。ステータ4は軸受装置1のハウジング6外周部に取付けられ、ロータ5はディスクハブ3の内周面に取付けられている。ステータ4に通電すると、ステータ4とロータ5との間の励磁力でロータ5が回転し、ディスクハブ3および軸部材2が回転する。
【0015】軸受装置1は、軸部材2と、有底円筒状のハウジング6と、ハウジング6の内周面に固定された厚肉円筒状の軸受本体7と、軸受本体7の一端側(ハウジング6の開口側をいう)を密封するシール部材8と、ハウジング6の他端開口部を封口する底部6aに設けられた隙間設定手段9とを主な構成要素とする。軸部材2は、回転軸2aと回転軸2aの下端部に圧入等で固定したスラスト円盤2bとで構成され、回転軸2aを軸受本体7の内径部に、スラスト円盤2bを軸受本体7とハウジング6の底部6aとの間の空間に収容した垂直姿勢で配置される。
【0016】軸受本体7は、例えば軟質金属あるいは合金(例えば銅、真鍮等)で形成される。軸受本体7の内周面には、動圧溝を有するラジアル軸受面7aが形成され、これより軸部材2の回転時には、ラジアル軸受面7aと回転軸2aの外周面との間のラジアル軸受隙間Cr に動圧作用が発生し、回転軸2aが非接触状態で回転自在に支持される。軸受本体7は軟質金属等だけでなく、例えば焼結金属によって成形することもでき、その場合の動圧溝は圧縮成形、すなわち、コアロッドの外周面に動圧溝形状に対応した凹凸形状の溝型を形成し、コアロッドの外周に焼結金属を供給して焼結金属を圧迫し、焼結金属の内周部に溝型形状に対応した動圧溝を転写することによって、低コストにかつ高精度に成形することができる。この場合、焼結金属の脱型は、圧迫力を解除することによる焼結金属のスプリングバックを利用して簡単に行える。
【0017】軸部材2をスラスト支持するスラスト軸受部11は、動圧溝を有するスラスト軸受面2b_(1)、2b_(2)をスラスト円盤2bの両端面に設けて構成される。この構成から、スラスト円盤2bの回転時には、上スラスト軸受面2b_(1)と軸受本体7の下端面との間のスラスト軸受隙間Cs_(1)、および下スラスト軸受面2b_(2)とハウジング6の底面6a_(1)との間のスラスト軸受隙間Cs_(2)にそれぞれ動圧が発生するので、スラスト円盤2bは軸受本体7の下端面およびハウジング6の底面6a_(1)に対してそれぞれ非接触状態で支持され、これにより軸部材2が軸方向両側からスラスト支持される。
【0018】上記ラジアル軸受面7aおよびスラスト軸受面2b_(1)、2b_(2)の動圧溝形状は任意に選択することができ、公知のへリングボーン型、スパイラル型、ステップ型、多円弧型等の何れかを選択し、あるいはこれらを適宜組合わせて使用することができる。」

(イ)「【0022】その後、ハウジング6内を潤滑油で満たし、軸受本体7の上面側をシール部材8でシールすれば図1に示す軸受装置1が得られる。移動部材10や孔6a_(2)の形状、材質等は、軸部材2の押し込みにより移動部材10が移動できる限り任意に選択することができ、上述の金属製ボール10や円筒状の孔6a_(2)には限定されない。」

図1から、シール部材8がハウジング6の開口部側に配置され且つ回転軸2aが挿通する挿通部を有している点、及びシール部材8の端面と軸受本体7の端面とが接触している点が看取できる。

以上の記載事項及び図面の記載からみて、刊行物1には次の発明(以下、「刊行物1記載の発明」という。)が記載されていると認められる。

[刊行物1記載の発明]
「回転軸2aの下端部にスラスト円盤2bを有する軸部材2と、一端に開口部を有する有底筒状をなし且つその底面6a_(1)と上記スラスト円盤2bの下スラスト軸受面2b_(2)との間にスラスト軸受隙間Cs_(2)が介在されるハウジング6と、上記回転軸2aの外周面との間にラジアル軸受隙間Crを介在させ且つ上記スラスト円盤2bの上スラスト軸受面2b_(1)との間にスラスト軸受隙間Cs_(1)を介在させて上記ハウジング6に固定される軸受本体7と、上記ハウジング6の開口部側に配置され且つ上記回転軸2aが挿通される挿通部を有するシール部材8とを備え、上記軸受本体7を焼結金属で構成すると共に、上記スラスト軸受隙間Cs_(1)、Cs_(2)及びラジアル軸受隙間Crに動圧が発生するように構成した動圧型軸受装置において、ハウジング6内を潤滑油で満たし、シール部材8の端面と軸受本体7の端面とを接触させた動圧型軸受装置。」

(刊行物2)
当審拒絶理由で引用された、本願出願前に頒布された刊行物である特開平11-336748号公報(以下、「刊行物2」という。)には、「流体軸受装置」に関して、下記の事項が図面とともに記載されている。

(ウ)「【0004】炭化水素系潤滑剤の場合、潤滑剤自身の表面張力が高く、故障の原因となる潤滑剤のにじみ出しや回転中の飛散を防止する為の工夫は通常必要としない。また炭化水素系潤滑剤の場合、撥油剤、油移行防止剤等の名称で潤滑剤のにじみ出しや回転中の飛散を防止する市販品があり、必要に応じ用いることができる。これらはフッ素系皮膜を用いるものでフッ素樹脂の持つ、撥水、撥油効果を利用したものである。しかし同じフッ素系化合物のパーフルオロポリエーテル等の潤滑剤には全く撥油効果はない。
【0005】
【課題を解決するための手段】上記問題点を解決するために本発明の流体軸受装置は軸と軸受穴を有するスリーブとからなり、前記軸受穴の内周面または、軸の外周面のいずれか一方に動圧発生溝を有し、前記軸とスリーブならびに動圧発生溝に充満される潤滑剤がフッ素系潤滑剤からなる流体軸受装置において、前記スリーブの端部、外周部、前記回転軸のうち前記スリーブの軸受穴に挿入されていない部分のいずれかに、またはそれら全部にシリコーン系皮膜をコーティングしたものである。
【0006】また、軸端面とスリーブ端面とからなり、前記スリーブ端面または、軸端面のいずれか一方に動圧発生溝を有し、前記軸端面とスリーブ端面の間ならびに動圧発生溝に充満される潤滑剤がフッ素系潤滑剤からなる流体軸受装置において、軸端面とスリーブ端部の潤滑剤が保持されている部分以外にシリコーン系皮膜をコーティングしたものである。
【0007】本発明の上記した構成により、パーフルオロポリエーテル、PTFE等フッ素系化合物が一般にシリコーン系化合物と相溶性が無いと言う特性を利用したもので、潤滑剤の粘度、表面張力が低下し、流出しやすい高温下において放置によるにじみ出しや回転中の飛散によりフッ素系潤滑剤がスリーブ外へ流出し、油膜切れ等による軸受の故障や、軸受周辺を汚染することがなくなる。」

(エ)「【0014】
【発明の効果】以上のように本発明はスリーブの端部、スリーブ外周部、回転軸のうちスリーブの軸受穴に挿入されていない部分のいずれかに、またはそれら全部にシリコーン系皮膜をコーティングする事により、放置中の潤滑剤のにじみ出しや、回転中の飛散が発生し、油膜切れ等による軸受の故障や、軸受周辺を汚染する心配がない。また、フッ素系潤滑剤を用いることにより、使用温度範囲の拡大や、100℃以上という高温での長寿命の流体軸受装置を得ることができる。」

4.対比・判断
本願発明と刊行物1記載の発明を対比すると、その機能からみて、刊行物1記載の発明の「回転軸2a」は本願発明の「軸部」に相当し、以下同様に、「下端部」は「底端部」に、「スラスト円盤2b」は「フランジ部」に、「軸部材2」は「回転軸体」に、「底面6a_(1)」は「底面」に、「下スラスト軸受面2b_(2)」は「フランジ部の底端面」に、「スラスト軸受隙間Cs_(2)」は「スラスト軸受すきま」に、「ハウジング6」は「ハウジング部」に、「回転軸2aの外周面」は「軸部の外径面」に、「ラジアル軸受隙間Cr」は「ラジアル軸受すきま」に、「スラスト円盤2bの上スラスト軸受面2b_(1)」は「フランジ部の底端面と反対側の端面」に、「スラスト軸受隙間Cs_(1)」は「スラスト軸受すきま」に、「ハウジング6に固定される軸受本体7」は「ハウジング部に内装される軸受部材」に、「シール部材8」は「シール部材」に、「ハウジング6内」は「ハウジング部の内部の空間」に、「潤滑油」は「油」にそれぞれ相当する。
また、刊行物1記載の発明の「動圧型軸受装置」は、動圧軸受である限りにおいて、本願発明の「軸受ユニット」に相当する。
したがって、本願発明の用語を使用して記載すると、両者は、
「軸部の底端部にフランジ部を有する回転軸体と、一端に開口部を有する有底筒状をなし且つその底面と上記フランジ部の底端面との間にスラスト軸受すきまが介在されるハウジング部と、上記軸部の外径面との間にラジアル軸受すきまを介在させ且つ上記フランジ部の底端面と反対側の端面との間にスラスト軸受すきまを介在させて上記ハウジング部に内装される軸受部材と、上記ハウジング部の開口部側に配置され且つ上記軸部が挿通される挿通部を有するシール部材とを備え、上記スラスト軸受すきま及び上記ラジアル軸受すきまに動圧が発生するように構成した軸受ユニットにおいて、ハウジング部の内部の空間を油で満たすと共に、シール部材の端面と軸受部材の端面とを接触させた軸受ユニット。」である点で一致し、以下の点で相違している。

[相違点1]
本願発明は、軸受部材が「潤滑油または潤滑グリースが含浸されてなる焼結金属の多孔質体で構成」されているのに対し、刊行物1記載の発明は軸受本体7が「焼結金属で構成」されてはいるものの潤滑油または潤滑グリースが含浸されてなる多孔質体であるかは不明である点。

[相違点2]
本願発明は、「シール部材の内径面と軸部の外径面との間の隙間に至った油の漏れを毛細管現象によって防止」しているのに対し、刊行物1記載の発明はシール部材8が設けられてはいるものの、ハウジング6内の潤滑油の漏れを具体的にどのように防止しているのか不明である点。

[相違点3]
本願発明は、「シール部材のうちシール部材の上面にのみ、および軸部のうち軸部の表面におけるシール部材の挿通部に対向する外径面領域の上部にのみ、含フッ素重合体の被膜を形成」しているのに対し、刊行物1記載の発明はそのような被膜を形成していない点。

上記相違点について検討する。
(相違点1について)
動圧軸受装置において、軸受部材を潤滑油または潤滑グリースが含浸されてなる焼結金属の多孔質体で構成することは、従来周知の事項であることから(例えば、特開平11-311253号公報の段落の【0024】、【0025】等参照)、刊行物1記載の発明の軸受本体7においても、潤滑油または潤滑グリースが含浸されてなる焼結金属の多孔質体で構成し、上記相違点1に係る本願発明の発明特定事項とすることは、軸受の使用条件等の必要に応じて当業者が適宜採用し得る事項にすぎない。

(相違点2について)
刊行物1記載の発明は、ハウジング6内の潤滑油の漏れを具体的にどのように防止しているのか不明ではあるものの、図1のシール部材8の形状、及び動圧型軸受装置におけるシール部材が、毛細管現象により潤滑油の漏れを防止することが周知の事項である(例えば、特開平11-311253号公報の段落の【0039】等参照)ことを考慮すると、刊行物1記載の発明のシール部材8もシール部材8の内径面と回転軸部2aの外径面との間の隙間に至った油の漏れを毛細管現象によって防止していると認められる。
よって、上記相違点2は、実質的な相違点とはいえないものである。

(相違点3について)
刊行物2には、潤滑剤のにじみ出しや回転中の飛散を防止するために、潤滑剤と相溶性のないシリコーン系皮膜を軸受部材であるスリーブの上面、および回転軸のうちスリーブの軸受穴に挿入されていない部分に設けた流体軸受装置の発明が記載されている(上記摘記事項(ウ)、(エ)参照)。
そして、刊行物1記載の発明の動圧型軸受装置においても、ハウジング6内が潤滑油で満たされている点、及び軸受本体7の上部にシール部材8が設けられている点から、潤滑剤のにじみ出しや回転中の飛散を防止することは当然考慮されるべき技術的課題であるといえる。
そうすると、刊行物1記載の発明において、潤滑剤のにじみ出しや回転中の飛散を防止するために、刊行物2記載の軸受部材であるスリーブの上面、および回転軸のうち軸受部材であるスリーブの軸受穴に挿入されていない部分に潤滑剤と相溶性のないシリコーン系皮膜を設ける技術を適用し、刊行物1記載の発明のシール部材8のうちシール部材8の上面、および回転軸2aのうち回転軸2aの表面におけるシール部材8の挿通部に対向する外径面領域の上部に皮膜が形成されるような構成とすることは、刊行物1及び2記載の発明がともに動圧軸受に関する技術であることから、当業者が容易に想到し得るものである。さらに、皮膜を具体的にどの部分に設けるかは、皮膜の機能が刊行物2から明らかである以上、潤滑油の漏れの状況等を考慮して当業者が適宜決定できる事項であり、特にシール部材8の上面にのみ、および回転軸2aの表面におけるシール部材8の挿通部に対向する外径面領域の上部のみとすることに格別の困難性があるとは認められない。
さらに、刊行物2には、使用される潤滑剤に応じて皮膜の材質が適宜選択されることが示唆されており、その一例として撥油効果を有するフッ素系皮膜を用いることも記載されている(上記摘記事項(ウ))。
してみると、皮膜の材質は、使用される潤滑油に応じて適宜選択し得る設計的事項であるといえ、皮膜を含フッ素重合体と限定することは、含フッ素重合体自体が撥油効果を有するものとして周知である以上(例えば、特開2000-103816号公報の段落【0004】等参照)、格別創意を要することではない。
よって、刊行物1記載の発明に刊行物2記載の発明及び上記周知の事項を適用し、上記相違点3に係る本願発明の発明特定事項とすることは、当業者であれば容易に想到し得るものである。

また、本願発明が奏する作用効果は、いずれも刊行物1、2に記載された発明及び上記周知の事項から当業者であれば予測することができる程度のものであって、格別のものとはいえない。

5.意見書における審判請求人の主張について
審判請求人は、平成21年2月17日付け意見書(以下、単に「意見書」という。)において、
「このようにシールだけでなくバッファの機能を追及したことで、油とそれが接触する部材とのなじみ性によっては、油がシール板や軸を伝って漏れてくる懸念が生じます。従いまして、本願発明では、毛細管シール部と隣接するシール部材6の上面と軸部の表面におけるシール部材の挿通部に対向する外径面領域の上部に、含フッ素重合体の被膜17を形成しています。これにより、仮に被膜17上に油が漏れ出ようとしても、被膜にはじかれた油がシールすきまに押し戻され、軸受空間へ油を引き戻そうとする毛細管力との相乗作用によってシールすきまに保持されますので、バッファの機能を損なうことなくシールとして油漏れをほぼ完全に防止することができます。
油漏れを防止するだけであれば、その効果を高めるべく、シール部材の内径面に被膜を形成することも考えられますが、これではシールすきま中の油もはじかれるため、毛細管力が低下してシール空間内に油を保持することができず、バッファ機能を果たすことができません。また、シールすきま内へ油が入りにくくなるので貯油量が減り、オイルバッファ機能が害されます。油面変動を吸収するためには、シールすきまを大きくする必要がありますが、毛細管力が弱まりますのでシールとしての機能が著しく低下します。以上の事情に鑑み、本願発明は、オイルバッファ機能とシール機能が害されないシール部材の上面、および軸部の外径面のシールすき間に隣接した上部に限って被膜を形成し、シール機能とオイルバッファ機能の両方に直接影響を与えるシール部材の内径面、およびシールすき間に面する軸部の外径面には被膜を形成しないようにしたことを特徴とするものです。」(【意見の内容】の2.本願発明の特徴の項を参照)、
「シール部材の上面に皮膜を形成する、という発想だけであれば、あるいは上記認定も妥当なかもしれません。しかしながら、本願発明は、上記「本願発明の特徴」欄で述べたように、単にシール部材の上面に被膜を形成するだけに留まらず、毛細管現象を利用する発想からシール部材の上面に「のみ」被膜を形成すること、すなわちシール部材の内径面には被膜を形成しないこと、を特徴とするものです。
刊行物2は、本願発明の軸受部材4に相当するスリーブ2の端部に被膜を形成することを開示しているにすぎず、シール部材のどこに被膜を形成するのか、については一切言及してません。また、刊行物2は、スリーブの軸受穴に挿入されていない部分に被膜を形成するものと認められます。この点、一般に毛細管シールにおけるシールすきまの幅は、ラジアル軸受隙間の幅よりも一桁程度大きくするのが通例であり、従いまして、シール部材の内径寸法も軸受部材(スリーブ)の内径寸法よりも相当大きなものとなります。また、シール部材とスリーブとでは、その機能も全く異なります。このように大きさや機能が異なる部品である以上、「スリーブの軸受穴に挿入されていない部分に皮膜を形成する」との表現から、直ちに「シール部材の内径面には被膜を形成しない」との発想が導き出されるとは到底思えません。
従いまして、刊行物2の記載内容だけでは、シール部材の内径面に被膜を形成しない、との技術思想を得ることはできません。そうであれば、刊行物1に撥油性の被膜に関する記載が一切ない以上、刊行物1に記載の発明と刊行物2に記載の発明とを如何に組み合わせても、「シール部材の上面にのみ被膜を形成する」との本願発明の技術思想に想到できるとは思えません。」(【意見の内容】の3.[3-3]拒絶理由通知書の認定事項についてを参照)と主張している。

しかしながら、毛細管シールはもともと毛細管シール部に油を保持させてシールするものであるから、バッファ機能とシール機能の両機能を有していることは、当業者に自明の事項である。そして、刊行物1記載の発明のシール部材8においても、具体的なシール作用に関しては不明であるものの、図1のシール部材8の形状と上記周知の事項を考慮することにより、実質的に毛細管シールと同じ機能を有していると認められることは、上記4.対比・判断の(相違点2について)で検討したとおりである。
してみると、刊行物1記載の発明に刊行物2記載の皮膜を設ける発明を適用する際、シール部材8のバッファ機能とシール機能のバランスを考慮しつつ、皮膜を設ける位置を決定することは、当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内の事項であり、シール部材の内径面には皮膜を設けず、上面のみに設けることは当業者であれば容易に想到し得るものである。
よって、請求人の上記主張は採用できない。

6.むすび
したがって、本願の請求項1に係る発明(本願発明)は、刊行物1、2に記載された発明及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
そして、本願の請求項1に係る発明が特許を受けることができないものである以上、本願の請求項2ないし8に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-02-27 
結審通知日 2009-03-02 
審決日 2009-03-13 
出願番号 特願2000-252442(P2000-252442)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (F16C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 瀬川 裕  
特許庁審判長 川上 益喜
特許庁審判官 溝渕 良一
藤村 聖子
発明の名称 動圧型多孔質含油軸受ユニット  
代理人 田中 秀佳  
代理人 城村 邦彦  
代理人 熊野 剛  
代理人 白石 吉之  

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