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審決分類 |
審判 全部無効 特174条1項 C04B 審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C04B |
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管理番号 | 1200677 |
審判番号 | 無効2008-800054 |
総通号数 | 117 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2009-09-25 |
種別 | 無効の審決 |
審判請求日 | 2008-03-27 |
確定日 | 2009-06-22 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 上記当事者間の特許第3395549号発明「電子部品焼成用治具」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 |
結論 | 訂正を認める。 特許第3395549号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 |
理由 |
I.手続の経緯 特許第3395549号(以下、「本件特許」という)の請求項1に係る発明は、平成8年10月30日に特許出願され、平成15年2月7日にその特許権の設定登録がなされ、その後、日本碍子株式会社により無効審判請求がなされたものである。そして、本件無効審判における経緯は、以下のとおりである。 審判請求書 平成20年3月27日 審判事件答弁書 平成20年6月12日 訂正請求書 平成20年6月12日 口頭審理陳述要領書(請求人) 平成20年12月24日 口頭審理陳述要領書(被請求人) 平成21年1月23日 口頭審理(特許庁第1審判廷) 平成21年1月23日 II.訂正請求について 1.訂正事項 平成20年6月12日付け訂正請求は以下の(1)乃至(4)の訂正事項を内容としている。 (1)請求項1に「コランダム-ムライト質基材の表面」とあるのを、「コランダム-ムライト質基材の、粗面化された表面またはアルミナ溶射層を介した」と訂正する。 (2)請求項1に「10?33重量%」とあるのを、「12.0?33重量%」と訂正する。 (3)明細書【0005】、【0006】及び【0009】において、「コランダム-ムライト質基材の表面」を「コランダム-ムライト質基材の、粗面化された表面またはアルミナ溶射層を介した表面」と、「10?33重量%」を「12.0?33重量%」と、それぞれ訂正する。 (4)明細書【0022】、【0023】及び【0024】の【表1】、【表2】及び【表3】の内容(表)を、それぞれ【0018】、【0019】及び【0020】の【表1】、【表2】及び【表3】に移動し、明細書【0022】、【0023】及び【0024】を削除する。 1.当審の判断 これらの訂正事項を以下検討する。 (1)は、特許請求の範囲の請求項1の「コランダム-ムライト質基材の表面」とあるのを、「コランダム-ムライト質基材の、粗面化された表面またはアルミナ溶射層を介した」と訂正するものである。当該訂正は訂正前の基材の前処理の特定されていない基材の表面の処理を特定するものであり、さらに当該訂正事項は本件明細書【0013】の「本発明において、基材表面にジルコニアのコーティング層を形成する場合に、基材表面をあらかじめ粗面化しておくことが望ましい。あるいは、ジルコニアのコーティング層を形成する前に基材表面にアルミナを溶射し、その上にジルコニアのコーティング層を形成すればコーティング基材との接着性が非常に強固なものとなり」の記載から、本件明細書に記載された事項により特許請求の範囲を限縮するものであるから特許法第134条の2第1項第1号に掲げる事項を目的とするものであり、特許法第134条の2第1項の規定に適合するということができる。 (2)は、特許請求の範囲の請求項1のCaO含有量が「10?33重量%」とあるのを、「12.0?33重量%」と訂正するものである。当該訂正は訂正前のCaO含有量を限定するものである。そして本件明細書【0018】の【表1】の実施例1のジルコニアコーティング層の組成にCaO含有量「12.0」重量%と記載されていることから、当該訂正事項は本件明細書に記載された事項により特許請求の範囲を限縮するものであるから特許法第134条の2第1項第1号に掲げる事項を目的とし、特許法第134条の2第1項の規定に適合するということができる。 (3)は、特許請求の範囲の請求項1に係る発明と発明の詳細な説明が整合することを目的とするもので、明りょうでない記載の釈明に該当するから、当該訂正は、特許法第134条の2第1項第3号に掲げる事項を目的とし、特許法第134条の2第1項の規定に適合するということができる。 (4)は、明細書【0018】、【0019】及び【0020】の【表1】、【表2】及び【表3】の記載と、【0022】、【0023】及び【0024】の【表1】、【表2】及び【表3】の記載を整合させることを目的とするもので、明りょうでない記載の釈明に該当するから、当該訂正は、特許法第134条の2第1項第3号に掲げる事項を目的とし、特許法第134条の2第1項の規定に適合するということができる。 そして、これら(1)乃至(4)の訂正事項は、願書に添付した明細書等の範囲内においてしたものであり、実質上特許請求の範囲を拡張、変更するものではない。 したがって、これら訂正事項は、特許法第134条の2第5項の規定によって準用する特許法第126条第3項及び同第4項の規定に適合するので、当該訂正を認める。 III.本件特許発明 本件特許の請求項1に係る発明は、平成20年6月12日付け訂正請求書により訂正された特許明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものである。(以下、「本件特許発明」という。) 「【請求項1】コランダム-ムライト質基材の、粗面化された表面またはアルミナ溶射層を介した表面に、主にCaZrO_(3)としてCaOを12.0?33重量%含有するジルコニアのコーティング層を形成させたことを特徴とする電子部品焼成用治具。」 IV.請求人の主張 1.審判請求書における主張の概略は、以下のとおりである。また請求人は審判手続において、証拠方法として以下のものを提出している。 甲第1号証:特許掲載公報第3395549号 甲第2号証:特公平4-586号公報 甲第3号証:特公平3-77652号公報 甲第4号証:窯業協会(注記・現「日本セラミックス協会」)編 丸善株式会社発行「セラミックス辞典」(昭和61年1月25 日)第18頁、第200頁 甲第5号証:特開2003-226586号公報 甲第6号証:特開平10-139572号公報 甲第7号証:特開昭61-12017号公報 甲第8号証:本件特許発明の審査過程中に発せられた平成14年7月29日 起案の拒絶理由通知書 甲第9号証:本件特許発明の審査過程中に被請求人が提出した平成14年1 0月2日付意見書 甲第10号証:平成9年異議第73563号事件に係る特許決定公報 甲第11号証:平成12年(行ケ)第120号事件に係る東京高裁判決文 甲第12号証:耐火物技術協会「耐火物」1992(平成4)年発行第44 巻第1号第22頁(図1) 甲第13号証:本件特許発明の審査過程中に被請求人が提出した平成14年 10月2日付手続補正書 甲第14号証:蓮井淳著 新版「溶射工学」 産報出版発行 1996(平成8)年4月1日発行 第121頁?第125頁 甲第15号証:OXIDE CERAMICS (1960(昭和35)年 発行) 第360頁?第363頁 甲第16号証:Journal of the American Cer amic Society (1952(昭和27)年5月 1日発行第35巻第5号 第107頁?第113頁) 甲第17号証:特開平10-158081号公報 甲第18号証:甲第5号証の審査過程に発せられた平成19年8月28日起 案の拒絶理由の通知 甲第19号証:甲第5号証の審査過程中に被請求人が提出した平成19年9 月14日付意見書 甲第20号証:素木洋一著 窯業協会発行「セラミック外論(4)」昭和4 4年10月15日発行 第80頁右欄第25行?第81頁左 欄第10行 甲第21号証:吉木文平著 「鉱物工学」 技報堂発行 昭和35年5月10日発行 第301頁及び第303頁 甲第22号証:耐火物技術協会「耐火物手帳(1981年版)」 昭和56年10月31日発行 第26頁、第87頁及び第1 12頁 甲第23号証:岩波書店「広辞苑」第三版 昭和58年12月6日発行 第735頁 甲第24号証:三省堂「デイリーコンサイス国語・漢字辞典」 1995(平成7)年9月10日発行 第221頁 甲第25号証:蓮井淳著 新版「溶射工学」 産報出版発行 1996(平成8)年4月1日発行第55頁 甲第26号証:特公平4-21330号公報 (無効理由1)(第36条第6項第2号) 本件特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定される要件を満足していない出願に対してなされたものであり、特許法第123条第1項第4号の規定により、無効とされるべきものである。 そして、具体的には以下の点を理由として主張しているものと認める。 a)本件特許請求の範囲中の「ジルコニア」は「未安定化ジルコニア」と「安定化ジルコニア」との判別が困難である。 b)本件特許請求の範囲中の「主にCaZrO_(3)としてCaOを10?33重量%含有するジルコニアのコーティング層」は、「CaZrO_(3)」となったCaOと「CaZrO_(3)」以外の形態で存在するCaOを含むものであるが、本件特許請求の範囲には、CaZrO_(3)以外の形態で存在するCaOの含有量や、「CaZrO_(3)」の含有量が記載されていない。 (無効理由2)(第36条第4項) 本件特許は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項に規定される要件を満足していない出願に対してされたものであり、特許法第123条第1項第4号の規定により、無効とされるべきものである。 そして、具体的には以下の点を理由として主張しているものと認める。 a)本件特許は、審査段階で甲第3号証に係る特許発明を開示した公開公報である甲第7号証を引用した上で本件特許発明を拒絶した(拒絶理由の通知;甲第8号証)。これに対し、被請求人は、意見書(甲第9号証)において、甲第7号証記載の発明につき「Al_(2)O_(3)含有量が85重量%以上のアルミナ・シリカ質基材の表面にCaO含有量が4?31重量%である安定化ジルコニアを溶射した電子部品材料が記載されています。一方、本願発明はコランダム-ムライト質基材の表面に、主にCaZrO_(3)としてCaOを10?33重量%含有するジルコニアのコーティング層を形成させたことを特徴とする電子部品焼成用治具であります。両者はCaOの含有量が重複してはいますが、安定化ジルコニアに対しCaZrO_(3)とジルコニアの鉱物形態が全く異なります。」(甲第9号証第3頁第2行?9行)と主張している。これに対し、本件特許公報には、段落【0006】、【0007】、【0012】等、「CaOがCaZrO_(3)として存在する」旨記載があるが本件特許発明において、CaZrO_(3)が生成するのであれば、それは如何なる条件設定に基づくものであるのかを詳細な説明中に明記しなければならない。このような出願に対しては甲第11号証のような判決が下っている。 (無効理由3)(第36条第6項第1号) 本件特許の、特許請求の範囲請求項1には、発明の詳細な説明に記載されていない発明が特定されている。すなわち、本件特許は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定される要件を満足していない出願に対してなされたものであるから、特許法第123条第1項第4号の規定により無効とすべきものである。 そして、具体的には、以下の点を理由として主張しているものと認める。 a)請求項1に係る発明は「主にCaZrO_(3)としてCaOを10?33重量%含有するジルコニアのコーティング層」を有することを発明特定事項として含むものであるが、本件発明の詳細な説明には,「CaZrO_(3)が生成している」ことを当業者が確認し得るような同定試験結果が全く開示されていない。 b)本件特許発明には、CaOの含有量が10?33重量%である旨の発明特定事項が含まれるが、本件特許明細書の表1と表2には、CaOが5.3重量%と12.0重量%との間の実験データ、及びCaOが26.5重量%以上の実験データについての開示は全くない。 (無効理由4)本件特許は、明細書又は図面についての、平成14年10月2日付け手続補正が、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。従って、本件特許は、特許法第123条第1項第1号の規定に該当し、無効とすべきものである。 そして、具体的には、以下の点を理由として主張しているものと認める。 すなわち「基材表面のコーティング層の形成には主にCaZrO_(3)としてCaOを10?33重量%含有するジルコニアを使用する。」点が、願書に最初に添付した明細書又は図面には記載されているとすることはできない。 (無効理由5) 請求項1は甲第2号証に記載された発明と同一であるか、又は該甲第2号証記載の発明に基づいて当業者が容易に想到し得る発明であるから、本件特許は、特許法第29条第1項第3号、又は同条第2項に違反してなされたものであり、特許法第123条第1項第2号により、本件特許を無効とすべきものである。 請求項1は甲第3号証に記載された発明と同一であるか、又は該甲第3号証記載の発明に基づいて当業者が容易に想到し得る発明であるから、本件特許は、特許法第29条第1項第3号、又は同条第2項に違反してなされたものであり、特許法第123条第1項第2号により、本件特許を無効とすべきものである。 2.口頭審理陳述要領書における主張の概略は以下のとおりである。 (無効理由1について) 被請求人は、本件特許発明における「ジルコニア」は、安定化ジルコニア及び未安定化ジルコニアの双方が含まれる上位概念であり、未安定化ジルコニアに事幅狭く限定して解釈されるべきでなく、請求人提出の甲第4号証(セラミックス辞典)の記載からもその趣旨が窺える旨主張する。しかしながら、「未安定化ジルコニア」と「安定化ジルコニア」とは別物質であって当業者であれば、「安定化ジルコニア」と「未安定化ジルコニア」とを明確に区別した上で呼称することが通例である。そして被請求人も甲第1号証において「ジルコニア」と「未安定化ジルコニア」とを明確に区別して用いている。 (無効理由2について) 甲第3号証記載の発明は、粉末を用いて溶射を行うことでコランダム-ムライト質基材上にコーティング層を形成する、という点で本件特許発明と共通し、しかも、コーティング層の材質はCaOを含むジルコニアである上、CaOの割合も大部分重複する。要するに、本件特許発明に係る電子部品焼成用治具は、甲第3号証記載の発明に係る電子部品焼成用治具の製造条件に含まれる条件下で製造されているのである。 そうであるにも関わらず、甲第1号証には、「CaZrO_(3)が含まれるジルコニア」を含むコーティング層を形成することが記載されるのみであり、CaZrO_(3)が形成される条件については記載も示唆も全くなされていない。 (無効理由3について) 甲9号証での被請求人の主張を踏まえれば、甲第3号証には、甲第1号証の発明の詳細な説明の記載と同じく溶射によってCaO含有量が4?31重量%である安定化ジルコニアを溶射することによって、CaO安定化ジルコニアのコーティング層を形成することが開示されていることになる。そしてその範囲には、甲第1号証に開示されたCaOの含有量は12.0重量%、20.0重量%及び26.5重量%の実施例が全て含まれている。 しかしながら、甲第1号証には、甲第3号証の開示に反して何故にコーティング層中にCaZrO_(3)が含まれるようになるのか、記載がない。加えて、甲第1号証に掲載された表1(実施例1?5)と表2(比較例1?5)を参照しても、CaOが5.3重量%と12.0重量%との間の実験データ、及びCaOが26.5重量%以上の実験データについての開示は全くない。 さらに付言すれば、被請求人が参照した甲第12号証の図2及び図5によれば、CaOが12重量%である状態は、CaZrO_(3)が形成される下限である。この場合、CaOはともかくとして、CaZrO_(3)自体の含有量は極微量であると推察される。 (無効理由4について) 被請求人は、さらに、「本件明細書【0009】の、上記引用部分の後に続く「CaO含有量が12重量%未満の場合はコーティング層中にCaZrO_(3)鉱物以外のCaO安定化ZrO_(2)の割合が高くなるため副成分としてCaOを含有する電子部品との反応が抑えられない。また、CaO量が33重量%を超えると、遊離のCaOが存在するようになり大気中の水分と反応し、いわゆる消化現象を起こし、コーティング層の組織が劣化するため好ましくない。」との文書からも、コーティング層の組成について説明していることは明らかである。」(答弁書第7頁第26行?同第8頁第4行)とも主張する。 しかしながら、素材・化学等の技術分野に係る特許出願においては、原材料の組成と、該原材料を用いて製造された最終製品との組成とを同一にした上で特許請求することは広汎に行われており、このこと自体、御庁において顕著に知られた事実である。従って、甲第1号証の段落[0009]の後段における記載がコーティング層の組成を説明するものと善解したにせよ、前段の記載までもがコーティング層についての説明であると解釈することはできない。 (無効理由5について) 被請求人は、「甲第2号証の第3頁左欄第7行?第13行において、CaOの含有量が10重量%以上である場合には電子部品との反応性が問題となる旨が記載されていることに鑑み、甲第2号証記載の発明では、CaOの含有量を10重量%以下とすべきものである。このように、甲第2号証を参照すれば、CaOの含有量を10重量%以上とすることについては阻害要因があるから、甲第2号証の特許請求の範囲第1項の記載に関わらず、訂正後のCaOの範囲である12.0?33重量%を選択することは、当業者によって容易ではない」旨主張する。 しかしながら、被請求人は本件特許発明を特定するにあたり、当初自ら「CaOを10.0?33重量%」とした。発明が技術的思想であることに鑑みれば、「CaOを10.0重量%」から「12.0%」に変えたとしても発明そのものの本質に変わりはなく、単に甲第2号証に示される従来技術を回避したに過ぎないことを予め指摘しておく。 その点をさしおくとしても、甲第2号証の第3頁左(第5)欄第7行?第13行に記載されているのは、該第3頁左(第5)欄第7行に明記されている通り、「最表層に溶射される安定化ジルコニアのCaO含有量」であり、コーティング層におけるそれ以外の部分のCaO含有量までをも拘束するものではない、すなわち、甲第2号証の第2頁第4欄第41行?第3頁第5欄第6行には、「基材と直接接触する部分の安定化ジルコニア中の安定化剤CaOの含有量は、6?15重量%の範囲とする」旨の記載がある。しかも、甲第2号証の特許請求の範囲第1項では、最表層に溶射される安定化ジルコニアのCaO含有量につき何らの限定もなされていない。そうである以上、「CaZrO_(3)を含み、且つCaOがCaOの含有量が10重量%?15重量%である安定化ジルコニアのコーティング層」を形成することについて阻害要因があるとは決していえない。 また、甲第3号証に記載された発明におけるCaOの量も、被請求人が答弁書で自認する通り、本件特許発明におけるCaOの量と重複している。さらに、甲第3号証記載の発明においても、溶射を行うことでコーティング層を形成している。一方、甲第1号証には、当業者が本件特許発明の実施を試みる際に最も重要な「CaZrO_(3)を含むコーティング層を得るための原材料及び製造条件」に関しての具体的な記載は一切なく、甲第3号証に記載された操作と同一の操作を行うことが記載されるのみである。そうである以上、本件特許発明において、真実、CaZrO_(3)を含むコーティング層が形成されているとはいえないから、甲第3号証に記載された操作と同一操作を行って得られる本件特許発明におけるコーティング層は、甲第3号証記載の発明と同様に、CaO安定化ジルコニアの層であるとも推察される。この前提に立脚すると、甲第3号証に記載された操作を行えば、本件特許発明が自動的に実施されることになるといわざるを得ない。 この点に関連し、被請求人は、甲第9号証の第3頁「(4)理由1について」において、上記の通り「引用例1(甲第3号証)には・・・CaO含有量が4?31重量%である安定化ジルコニアを溶射した電子部品焼成用治具が記載されています。一方、本願発明は・・・主にCaZrO_(3)としてCaOを10?33重量%含有するジルコニアのコーティング層を形成させたことを特徴とする・・・。両者はCaOの含有量が重複はしてはいますが、安定化ジルコニアに対しCaZrO_(3)とジルコニアの鉱物形態が全く異なっております。」と主張するとともに、同じく第3頁「(5)理由2について」において、「引用例1(甲第3号証)は、そのジルコニアは安定化ジルコニアであって、CaOはジルコニアの安定化剤として存在する・・・本願発明(本件特許発明)の特徴である、CaOがCaZrO_(3)として存在する点については、引用例1にはなんら記載されておらず、その示唆すら認められません。」と主張している。すなわち、被請求人は、本件特許発明におけるコーティング層の材質は、甲第3号証記載の発明におけるコーティング層と相違する、との立場を採る。 しかしながら、被請求人が答弁書において参照した甲第12号証の図2及び図5によれば、CaOが12重量%を超えるとCaZrO_(3)が形成されることになる。上記の通り、甲第3号証記載の発明ではCaOが4?31重量%含まれているのであるから、該甲第3号証記載の発明においても、12重量%を超えたCaOはCaZrO_(3)として解釈する他ない。このことから、被請求人が、甲9号証における被請求人の上記主張にも関わらず、答弁書において「甲第3号証には、CaZrO_(3)として存在するCaOを含むジルコニアのコーティング層を具備する電子部品焼成用治具が開示されている」ことを自認していることが明らかである。従って、本件特許発明は、甲第3号証記載の発明を言い換えたものでしかない。 そうである以上、訂正後の本件特許発明に係る発明特定事項中、「コランダム-ムライト質基材の表面に、主にCaZrO_(3)としてCaOを12.0?33重量%含有するジルコニアのコーティング層を形成させた」という点は、甲第2号証に記載された事項であり、また、甲第3号証に記載された事項でもある。 次に、被請求人は、CaO量の下限値の訂正を図るとともに、「粗面化された表面又はアルミナ溶射層を介した表面にコーティング層を形成する」旨の発明特定事項を付加している。被請求人の「この訂正は、本件特許公報(注・甲第1号証)の段落【0013】における「本発明において、基材表面にジルコニアのコーティング層を形成する場合に、基材とコーティング層の接着性を強固にするために、ブラスト処理等によって基材表面をあらかじめ粗面化しておくことが望ましい。」との記載を根拠とするものである」との説明に鑑み、訂正後の本件特許発明中、表面が粗面化されている場合には、基材とコーティング層との接合力が向上するという作用効果が得られると推察される。 ここで、甲第1号証の発明の詳細な説明によれば、コーティング層は主に溶射によって形成される。従って、上記の作用効果は、「溶射層と基材との接合力が向上する」とも換言できる。 しかしながら、溶射層を基材に堅牢に密着させるべく前記基材の表面を粗面化することは、甲第25号証の第55頁パラグラフ「3.1 前処理」や、被請求人自身の出願である甲第26号証の第2欄第11行?第16行に記載される通り、周知慣用の技術であるにすぎない。すなわち、上記の訂正は、溶射層を形成する前に基材を粗面化するという周知慣用技術を付加するにすぎず、その周知慣用技術を採用したことで得られる作用効果も、当業者に広汎に知られている事実でしかない。 なお、本件特許発明においては、基材がアルミナ・シリカ質からなるとともにコーティング層がジルコニアからなると特定されているが、甲第26号証の第2欄第11行?16行には、この点も明記されている。すなわち、アルミナ・シリカ質基材の表面にジルコニアのコーティング層を形成するときに基材表面を予め粗面化しておくこと、これにより基材とコーティング層の接合力が大きくなることは公知である。 被請求人は、また、甲第1号証の前記段落【0013】における「あるいは、ジルコニアのコーティング層を形成する前に基材表面にアルミナを溶射し、その上にジルコニアのコーティング層を形成すればコーティング層と基材との接着性が非常に強固なものとなり、使用中の剥離等が起こりにくいため治具の耐用を大幅に向上させることができる。」との記載を根拠として、アルミナ・シリカ質基材とジルコニアコーティング層との間にアルミナ溶射層を介装することを発明特定事項として付加しようとしている。 この点に関し、前記甲第26号証には、その特許請求の範囲や第3欄第8行?16行をはじめとし、その全体にわたって、アルミナ・シリカ質基材とジルコニアコーティング層との間にアルミナ溶射層を介装することが明記されている。また、甲第26号証の第4欄第23行?第40行には、アルミナ溶射層を介装することによって得られる作用効果に関連して、ジルコニアコーティング層が剥離し難くなる旨の記載がある。この記載に従えば、結局、甲第26号証記載の発明は、本件特許発明と同一の作用効果を奏すると認められる。すなわち、アルミナ・シリカ質基材とジルコニアコーティング層との間にアルミナ溶射層を介装すること、これにより基材からジルコニアコーティング層が剥離しがたくなることはいずれも公知である。 V.被請求人の主張 1.被請求人の答弁書における主張の概略は以下のとおりである。また被請求人は審判手続において、証拠方法として以下のものを提出している。 乙第1号証:日本碍子株式会社のホームページ中の記事(第4頁) (http://www.ngk.co.jp/news/2008/0611.html:2008年6月11日) 乙第2号証:特開2004-75399号公報 乙第3号証:日本研磨剤工業株式会社「FUSED ZIRCONIA」カ タログ(抜粋:10頁) 乙第4号証:日本研磨剤工業株式会社「ABRAX」カタログ(第19頁) 乙第5号証:日本研磨剤工業株式会社「プラズマセラミックパウダー」技術 資料(第17、18頁) (無効理由1「(a)」について) 甲第4号証(セラミックス辞典)において、「ジルコニア」と「安定化ジルコニア」別項目で記載されているからと言って、直ちに「ジルコニア」と「安定化ジルコニア」が別個の物質であるといえるわけではない。同証「ジルコニア」の項に、「正方晶系から単斜晶系への相変態には約5%の体積膨張を伴い製品が壊れるため、通常、工業用材料としてはCaO、MgOなどを添加した安定化ジルコニア、あるいは部分安定化ジルコニアとして用いる。」と記載されているように、甲第4号証では、「ジルコニア」は「安定化ジルコニア」の上位概念であるとの立場で記載されている。 確かに、「安定化ジルコニア」と「未安定化ジルコニア」とは、結晶形態の異なる別物質であるといえるが、「ジルコニア」はそれらを含む上位概念であるというのが、上記甲第4号証の記載も含めた当業者の通常の認識である。 また、本件発明のコーティング層は、本件請求項1に記載されているように「主にCaZrO_(3)としてCaOを10?33重量%含有するジルコニアのコーティング層」であるから、ここでいう「ジルコニア」は、CaZrO_(3)としてCaOを含んでいてもよいものであり、敢えて「未安定化ジルコニア」に狭く限定して解釈されるべきではない。 さらに、本件明細書【0009】に「CaO含有量が10重量%未満の場合はコーティング層中にCaZrO_(3)鉱物以外のCaO安定化ZrO_(2)の割合が高くなるため副成分としてCaOを含有する電子部品との反応が抑えられない。」と記載されているように、本件特許発明の「ジルコニアのコーティング層」は、CaZrO_(3)やCaO安定化ジルコニアを含有する場合があり得るとの立場である。 このように、当業者の通常の認識からも、また本件明細書の記載からも、本件特許明細書において、「ジルコニア」を「安定化剤が含まれず、温度に応じて相転移を起こすもの」と敢えて狭く解釈すべき理由がなく、請求人の主張は妥当ではない。 (無効理由1「(b)」について) CaZrO_(3)及びCaOの含有量の解釈については、請求人が審判請求書第12頁第16?18行に記載しているのと同様の趣旨であり、「CaZrO_(3)が存在するとともにCaOとしての合計が12.0?33重量%含まれている」ということである。 甲第12号証の図2の状態図に従えば、CaOが20モル%(約10重量%に相当)以上含まれる場合には、CaZrO_(3)を含有するようになることがわかる。本件発明のコーティング層はCaOを12.0重量%以上含有するので、一定量以上のCaZrO_(3)を含有するものであり、その含有量が明確に規定されている。 (無効理由2について) 甲第12号証の図2あるいは図5に従えば、コーティング層中にCaOが20モル%(約10重量%に相当)以上含まれる場合には、CaZrO_(3)を含有することがわかる。被請求人は、特許請求の範囲の訂正を行いCaOの含有量の下限値を12.0重量%としたので、コーティング層中には当然に一定量以上のCaZrO_(3)が形成されているはずであり、実施不可能ということはない。 (無効理由3について) 本件明細書【0007】には、「これは治具の使用面となるジルコニアのコーティング層中にCaZrO_(3)としてCaO成分がすでに安定に存在しているためである。」と記載されている。また、本件実施例ではCaOの含有量が12.0重量%、20.0重量%及び26.5重量%の例が記載されていて、前項で説明したCaO-ZrO_(2)系の状態図をも考慮すれば、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであったことは明らかである。 (無効理由4について) 請求人は審判請求書(4-4)項において、本件明細書【0009】の「基材表面のコーティング層の形成には主にCaZrO_(3)としてCaOを10(訂正後は12.0)?33重量%含有するジルコニアを使用する。」の記載について、CaZrO_(3)を含有するジルコニアを原材料として使用する。」との意味であると解釈されるとした上で、コーティング層を得るための原材料を変更する補正を行ったと主張する。 しかしながら、本件明細書【0009】の「基材表面のコーティング層の形成には主にCaZrO_(3)としてCaOを12.0?33重量%含有する。」の記載は、原材料を説明したものではなく、コーティング層の組成を説明したものである。すなわち、「基材表面のコーティング層」としては「主にCaZrO_(3)としてCaOを12.0?33重量%含有するジルコニア」を使用する、との意味である。 本件明細書【0009】の、上記引用部分の後に続く「CaO含有量が12.0重量%未満の場合はコーティング層中にCaZrO_(3)鉱物以外のCaO安定化ZrO_(2)の割合が高くなるため副成分としてCaOを含有する電子部品との反応が抑えられない。また、CaO量が33重量%を超えると、遊離のCaOが存在するようになり大気中の水分と反応し、いわゆる消化現象を起こし、コーティング層の組織が劣化するため好ましくない。」との文章からも、コーティング層の組成について説明していることは明らかである。 したがって、本件明細書【0009】の上記引用部分における補正は、原材料を変更する補正を行ったものではない。 (無効理由5について) (a)本件発明と甲第2号証記載の発明との対比 請求人の指摘する甲第2号証の実施例3には、CaO含有量5重量%の安定化ジルコニアと、CaO含有量31重量%のジルコン酸カルシウムを、混合物の見掛けのCaO含有量が10重量%から5重量%まで連続的に変化するようにして耐火基材に溶射したものが記載されている。 しかしながら、本件発明における「主にCaZrO_(3)としてCaOを12?33重量%含有するジルコニアのコーティング層」が記載されているわけではない、また、本件発明は、コランダム-ムライト質基材の、粗面化された表面またはアルミナ溶射層を介した表面に、上記ジルコニア層を形成するものであるが、このことについても甲第2号証には記載されていない。 したがって、甲第2号証には、本件発明は記載されていない。 甲第2号証の請求項1には、CaOの含有量が4?15重量%である安定化ジルコニアを溶射することが記載されている。しかしながら、甲第2号証の請求項2?4をみれば明らかなように、基材側のCaOの含有量を6?15重量%として、表面側のCaOの含有量を4?15重量%とする構成が好適な実施態様である。 そのような構成を採用する理由は、甲第2号証第2頁左欄第34?39行に「そのためCaOの拡散消失を予期して多量のCaOを含むジルコニアを用いると、電子部品、例えばチタン酸バリウムを主体とするコンデンサーを焼成する際にチタン酸バリウムの反応が促進され、それがコンデンサーの特性に悪影響を及ぼす恐れがある。」と記載され、同証第3頁左欄第7?13行に「最表層に溶射される安定化ジルコニアのCaO含有量は4?10重量%である。・・・また10重量%以上では電子部品との反応が問題となる。」と記載されているとおりである。すなわち、焼成される電子部品の特性に悪影響を与えないために、ジルコニア層の表面側のCaO含有量を10重量%以下とすべきことが甲第2号証に記載されている。 そうであれば、甲第2号証の請求項1に記載されたCaO含有量の4?15重量%という範囲から、敢えて10重量%以上の範囲を選択することについては、それを採用することについての阻害要因があるといわざるを得ない。したがって、甲第2号証の請求項1に記載されたCaO含有量の4?15重量%と本件請求項1に記載されたCaO含有量の12.0?33重量%とが一部重複するといっても、本件特定の範囲を選択することは、当業者にとって決して容易ではない。 (b)本件発明と甲第3号証記載の発明との対比 甲第3号証に記載された発明においては「CaO含有量が4?31重量%である安定化ジルコニア」を溶射することが記載されている。しかしながら甲第3号証の実施例には、CaO含有量が5.1重量%と10重量%の例しか記載されておらず、本件請求項1で特定される「CaOを12.0?33重量%含有するジルコニアのコーティング層」が記載されているわけではない。さらに、本件発明は、コランダム-ムライト質基材の、粗面化された表面またはアルミナ溶射層を介した表面に、上記ジルコニア層を形成するものであるが、そのことについても甲第3号証には記載されていない。したがって、本件発明は、甲第2号証に記載された発明ではない。 甲第3号証第2頁左欄第13?22行に、「しかし、安定化ジルコニアを溶射したのみではやはり剥離は防止することができない。その原因は基材と溶射層の熱膨張率が一致していないためである、本発明者らは熱膨張について種ヶ検討を加えた結果、基材のアルミナ・シリカ質材料中のAl_(2)O_(3)含有量と安定化ジルコニア中の安定化剤含有量を調整することにより、基材と溶射層の熱膨張曲線をほぼ等しくすることが可能であることを見出してこの発明を完成したものである。」と記載されているように、甲第3号証記載の発明は、基材と安定化ジルコニア層の熱膨張曲線をほぼ等しくして、溶射層の剥離を防止しようとするものである。すなわち、安定化ジルコニア中の安定化剤(CaO)の含有量は、熱膨張率を調整するために調整されるものである。 これに対し、本件発明においては、本件明細書【0021】【発明の効果】に「実施例に示すとおり、本発明の電子部品焼成用治具を用いると、被焼成部品との反応が極めて少なく良好な電気特性を有する電子部品が得られる。また、亀裂や剥離が起こりにくいため、長期間の安定使用が可能である。特に反応性に富む成分を含むセラミックコンデンサの焼成用治具として好適と言える。」と記載されているとおり、被焼成部品との反応が極めて少なく良好な電気特性を有する電子部品を得ることを目的とする。そして、CaO含有量を12.0重量%以上とするのは、本件明細書【0009】に「CaO含有量が12.0重量%未満の場合はコーティング層中にCaZrO_(3)鉱物以外のCaO安定化ZrO_(2)の割合が高くなるため副成分としてCaOを含有する電子部品との反応が抑えられない。」と記載されているとおりの理由からである。 確かに、甲第3号証の請求項1に記載されたCaO含有量の4?31重量%と本件請求項1に記載されたCaO含有量の12.0?33重量%は一部が重複する。しかしながら、甲第3号証の実施例には、CaO含有量が5.1重量%と10重量%の安定化ジルコニアしか記載されておらず、CaZrO_(3)については、明細書のどこにも全く記載されていない。さらに、上述のようにCaOを含有させる目的が相互に全く異なるので、安定化ジルコニアを用いた実施例しか記載されていない先行技術に基づいて、CaZrO_(3)を含む本件発明のコーティング層に想到すべき動機付けが認められない。 しかも、甲第12号証の図2あるいは図5の状態図から明らかなように、CaO含有量が12.0重量%以上の場合、一定量以上のCaZrO_(3)を含むことになるのであり、CaO含有量が5.1重量%あるいは10重量%の安定化ジルコニアを用いた例とは結晶状態が異なり数値範囲に臨界的な意義があるといえる。 さらに、本件発明は、コランダムームライト質基材の、「粗面化された表面またはアルミナ溶射層を介した表面」に、ジルコニアのコーティング層を形成するものである。本件明細書【0013】に、「本発明において、基材表面にジルコニアのコーティング層を形成する場合に、基材とコーティング層の接着性を強固にするために、ブラスト処理等によって基材表面をあらかじめ粗面化しておくことが望ましい。あるいは、ジルコニアのコーティング層を形成する前に基材表面にアルミナを溶射し、その上にジルコニアのコーティング層を形成すればコーティング層と基材との接着性が非常に強固なものとなり、使用中の剥離等が起こりにくいため治具の耐用を大幅に向上させることができる。」と記載されているように、これは、コーティング層と基材との接着性を向上させるための手段である。これに対し、甲第3号証では、基材と溶射層の熱膨張曲線をほぼ等しくすることによって、コーティング層の剥離を防止しており、既に別の剥離手段が高じられているのであるから、あえてそれに加えて追加の剥離防止手段を採用すべきことについての動機づけが認められない。 2.口頭審理陳述要領書における主張の概略は以下のとおりである。 (2-1)無効理由1について 「未安定化ジルコニア」と「安定化ジルコニア」が別物資であって特性が相違するといい、その点は被請求人も争うものではない。しかしながら、「ジルコニア」は相互に特性の異なる「未安定化ジルコニア」と「安定化ジルコニア」の双方を含む上位概念である、というのが、被請求人の主張するところであり、当業者の常識的な捉え方である。 甲第21号証第301頁パラグラフ「7.2.2ZrO_(2)の安定化」では、大きな容積変化を伴う相転移を起こす物質を「ジルコニア」ではなく「純ジルコニア」と称している。すなわち、甲第21号証においては、「安定化されたZrO_(2)」は「純ジルコニア」と区別されているのであって「ジルコニア」と区別されているのではない。甲第21号証の立場からみても、「ジルコニア」は、「純ジルコニア」と「安定化されたZrO_(2)」を含む上位概念であると考えるのが妥当である。 また請求人は、請求人陳述要領書第4頁中段において、「未安定化ジルコニアには酸素イオン導電性がない、一方、安定化ジルコニアは酸素イオン電送を示す。・・・被請求人が主張する通り、「ジルコニア」が「安定化ジルコニア」を含む上位概念であると仮定すれば、酸素イオン導電体が必要とされる場面においても文言「ジルコニア」を使用してもよいことになるが、その場合、酸素イオン導電性を示さない未安定化ジルコニアまでもが含まれることになり、未安定化ジルコニアが酸素イオン導電体として実用可能であるとの誤解を招くことになる」と主張している。 すなわち、請求人自身も、「ジルコニア」が、「安定化ジルコニア」、「部分安定化ジルコニア」、「未安定化ジルコニア」及び「ジルコン酸カルシウム」を含む上位概念であるという立場に立っているのである。 以上のように、当業者において「ジルコニア」は、「未安定化ジルコニア」、「安定化ジルコニア」などを含む上位概念として捉えられるべきものであることは明白である。 (2-2)無効理由2について 甲第12号証の図2あるいは図5に従えば、コーティング層中にCaOが20モル%(約10重量%に相当)以上含まれる場合には、CaZrO_(3)を含有することがわかる。被請求人は、特許請求の範囲の訂正を行いCaOの含有量の下限値を12.0重量%としたので、コーティング層中には当然に一定量以上のCaZrO_(3)が形成されているはずであり、実施不可能ということはない。 そもそも、「主にCaZrO_(3)としてのCaOを12.0?33重量%含有するジルコニア」からなる層をプラズマ溶射によって形成することが、出願時の当業者にとって困難であるはずがなく、例えば、未安定化ジルコニア又は安定化ジルコニアの粉体に、CaZrO_(3)の粉体を混合してプラズマ溶射すればよいものである。 (2-3)無効理由3について 本件明細書【0007】には「これは治具の使用面となるジルコニアのコーティング層中にCaZrO_(3)としてCaO成分がすでに安定に存在しているためである。」と記載されている。また、本件実施例ではCaOの含有量が12.0重量%、20.0重量%及び26.5重量%の例が記載されていて、前項で説明したCaO-ZrO_(2)系の状態図をも考慮すれば、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであったことは明らかである。 なお、請求人は、請求人陳述要領書第12頁第3段落において、本件明細書にCaOが26.5重量%以上になったときの実験データの開示がないことから、本件発明において「消化現象を起こす」ようになる臨界点が33重量%であると把握することができない、と主張する。しかしながら、甲第12号証の図2あるいは図5に従えば、31重量%を超えれば酸化カルシウム(CaO)相が生ぜざるを得ないことは明らかである。酸化カルシウム相が水分の存在により消化する(Ca(OH)_(2)になる)ことは、無機化学の常識であるから、消化現象を起こす臨界点は当業者にとって明らかであり、実験データによる説明を要するようなものではない。ここで上限値を33重量%としたのは、性能上の許容範囲を少しだけ考慮したためである。 また、請求人は、「甲第12号証の図2及び図5によれば、CaOが12重量%である状態は、CaZrO_(3)が形成される下限である。この場合、CaOはともかくとして、CaZrO_(3)自体の含有量は極微量であると推察される。」と主張する。しかしながら、甲第12号証の図2あるいは図5においては、CaOが20モル%(約10重量%に相当)以上含まれる場合に、CaZrO_(3)を含有するようになるのであるから、12重量%は、請求人のいう「下限よりは」2重量%多い値であり、少なくとも一定量以上のCaZrO_(3)が形成されなければならない値である。 この点について、CaOを本件発明の下限値である、12.0重量%含有する実施例1の場合を例にとって説明する。請求人が指摘するように、当該実施例1には原料についての明示的な記載がないけれども、本件出願日に通常市販されていたジルコニア粉体の銘柄を考慮すれば、どのような原料を用いていたかは、当業者であれば推定可能である。市販されていたジルコニウム粉体の銘柄は、カタログ及び技術資料(乙第3?5号証)から把握することができる。ここで、乙第3号証は、その中に「1993.4」と記載されているように、平成5年に発行された刊行物であり、本件出願日よりも前に発行された刊行物である。また、乙第5号証は、その中に記載された東京の市内局番が3ケタであることから、4ケタに変更された1991年(平成3年)1月1日よりも前に発行された蓋然性の高い刊行物である。そして、乙第4号証には、乙第5号証に記載されているものと同じ銘柄が記載されているので、本件出願日前に市販されていた商品の内容を示す技術資料であると考えられる。 乙第3号証(日本研磨剤工業株式会社「FUSED ZIRCONIA」カタログ)によれば、電融ジルコニア製品には、「電融未安定化ジルコニア」、「電融カルシア安定化ジルコニア」及び「電融ジルコン酸カルシウム」が含まれている。「電融未安定化ジルコニアNDZ」のCaO含有量は0.08重量%である。「電融カルシア安定化ジルコニア」のCaO含有量は2.94重量%(NSZ-L)、3.85重量%(NSZ)、5.25重量%(NSZ-C)であり、このうちの前二者が部分安定化ジルコニアであり、後者が安定化ジルコニアである。 また、「電融ジルコン酸カルシウム(NSZ)」のCaO含有量は26.4重量%である。 乙第4号証(日本研磨剤工業株式会社「ABRAX」カタログ)にはセラミック溶射材料「PC-POWDER」として、部分安定化ジルコニア「PC-PSZ:CaO含有量重量3.9%」、安定化ジルコニア「PC-Z:CaO含有量5.4重量%」、ジルコン酸カルシウム「PC-CZ:CaO含有量29.2重量%」が記載されている。そして、乙第5号証(日本研磨剤工業株式会社「プラズマセラミックパウダー」技術資料)では、溶射前の粉体と溶射後の皮膜において、その組成と鉱物組成がほとんど変わらないことが示されている。 そうであれば、本件特許明細書において、実施例3-5で用いられているCaO含有量26.5重量%の粉体は市販のジルコン酸カルシウム粉体であり、比較例1で用いられているCaO含有量0重量%の粉体は市販の未安定化ジルコニア粉体であり、比較例2及び3で用いられているCaO含有量5.3重量%の粉体は市販の安定化ジルコニア粉体であると考えるのが普通である。そして、実施例1及び2は、直接そのCaO含有量を満足する粉体が市販されていないので、ジルコン酸カルシウム粉体と安定化又は未安定化ジルコニア粉体とを混合して溶射したと考えるのが妥当である。ここで、CaO含有量26.5重量%のジルコン酸カルシウム粉体は、CaZrO_(3)(CaO含有量31重量%)79重量%と、最大量(10重量%)のCaOが雇用した安定化ジルコニア21重量%とからなると想定される。 CaO含有量26.5重量%のジルコン酸カルシウム粉体とCaO含有量5.3重量%の安定化ジルコニア粉体を混合してCaO含有量12.0重量%の粉体を得るのであれば、ジルコン酸カルシウム粉体31.5重量%と安定化ジルコニア粉体68.5重量%を用いることになる。この場合、ジルコン酸カルシウムに由来するCaOと安定化ジルコニアに由来するCaOとの比は、64/34である。すなわち、実施例1に従えば、本件特許請求の範囲の下限値の重量比でCaOを含有するセラミック皮膜であっても、そのCaOの6割以上がジルコン酸カルシウムに由来するものである。また、もし未安定化ジルコニア粉体を原料として用いているのであればCaOのほぼ全量がジルコン酸カルシウムに由来するものである。また、もし未安定化ジルコニア粉体を原料として用いているのであればCaOのほぼ全量がジルコン酸カルシウムに由来するものとなる。 したがって、CaO含有量が下限値の12.0重量%であっても、請求人の言うような「CaZrO_(3)自体の含有量は極微量」では決してなく、実施例1にも示されるように、本件発明の効果を十分に奏し得るのである。 (2-4)無効理由4について 本件明細書【0009】の「基材表面のコーティング層の形成には主にCaZrO_(3)としてCaOを10(訂正後は12.0)?33重量%含有するジルコニアを使用する。」の記載は、原材料を説明したものでなく、コーティング層の組成を説明したものである。すなわち、「基材表面のコーティング層」としては「主にCaZrO_(3)としてCaOを12.0?33重量%含有するジルコニア」を使用する、との意味である。 本件明細書【0009】の、上記引用部分の後に続く「CaO含有量が12.0重量%未満の場合はコーティング層中にCaZrO_(3)鉱物以外のCaO安定化ZrO_(2)の割合が高くなるため副成分としてCaOを含有する電子部品との反応が抑えられない。また、CaO量が33重量%を超えると、遊離のCaOが存在するようになり大気中の水分と反応し、いわゆる消化現象を起こし、コーティング層の組織が劣化するため好ましくない。」との文章からも、コーティング層の組成について説明していることは明らかである。 請求人は、「形成」の語句の解釈について縷々主張するが、語句の解釈は明細書の全体の趣旨に基づいてなされるべきであることは言うまでもなく、単に辞書等に記載されている意味を、不必要に厳格に適用しようとすることは適切ではない。 なお請求人は請求人陳述要領書第14頁下段において、「この補正は、コーティング層をつくり上げるときに」使用するものを「CaOを含有するジルコニア」から「CaZrO_(3)を含有するジルコニア」に変更するものに他ならない」と主張する。しかしながら、ここでいうCaOは「CaO成分」という広い意味で言っているのであるということは、明細書全体の趣旨から明らかであって、それを、当初明細書に記載されていた事項にしたがって具体的なものに限定したものである。 (2-5)無効理由5について (a)本件発明と甲第2号証記載の発明との対比 甲第2号証の請求項1には、CaOの含有量が4?15重量%である安定化ジルコニアを溶射することが記載されている。しかしながら、甲第2号証の請求項2?4をみれば明らかなように、基材側のCaOの含有量を6?15重量%として、表面側のCaOの含有量を4?10重量%とする構成が好適な実施態様である。 そのような構成を採用する理由は、甲第2号証第2頁左欄第34?39行に「そのためCaOの拡散消失を予期して多量のCaOを含むジルコニアを用いると、電子部品、例えばチタン酸バリウムを主体とするコンデンサーを焼成する際にチタン酸バリウムとの反応が促進され、それがコンデンサーの特性に悪影響を及ぼす恐れがある。」と記載され、同証第3頁左欄第7?13行に「最表層に溶射される安定化ジルコニアのCaOの含有量は4?10重量%である。・・(中略)・・また10重量%以上では電子部品との反応が問題となる。」と記載されているとおりである。すなわち、焼成される電子部品の特性に悪影響を与えないために、ジルコニア層の表面側のCaO含有量を10重量%以下とすべきことが甲第2号証に記載されている。 そうであれば、甲第2号証の請求項1に記載されたCaO含有量の4?15重量%という範囲から敢えて10重量%以上の範囲を選択することについては、それを採用することについての阻害要因があるといわざるを得ない。したがって、甲第2号証の請求項1に記載されたCaO含有量の4?15重量%と本件請求項1に記載されたCaO含有量の12.0?33重量%とが一部重複するといっても、本件特定の範囲を選択することは、当業者にとって決して容易ではない。 これに対し、請求人は請求人陳述要領書第16頁中段において、甲第2号証中の「基材と直接接触する部分の安定化ジルコニア中の安定化剤CaOの含有量は、6?15重量%の範囲とする」との記載に基づいて、上記阻害要因はないと主張する。しかしながら、本件発明の目的は電子部品との反応の抑制であるから、ジルコニア溶射層内部の組成は、本件発明に想到するための基礎として何ら寄与するものではない。なお、本件請求項1の「コランダム-ムライト質基材の表面に・・・(中略)・・・ジルコニアのコーティング層を形成」させるとは、電子部品と接触する表面に所定のコーティング層を形成させるという意味である。このことは本件明細書中の「基材の電子部品と接触する表面に完全安定化量以上のCaOを含有するジルコニアのコーティング層を形成させる(【0005】)」及び「要するに被焼成物である電子部品と接触する部位が主にCaZrO_(3)としてCaOを10?33重量%含有するジルコニアのコーティング層で形成されていれば、本発明の効果が得られるものである。【0006】」という記載からも明らかである。 また、請求人は。請求人陳述要領書第16頁上段において、「「CaOを10.00重量%」から「12.0%」に変えたとしても発明そのものの本質には変わりはなく、単に、甲第2号証に示される従来技術を回避したに過ぎないことを予め指摘しておく。」と主張するが、本件発明の本質は「CaZrO_(3)としてのCaOを一定量含有するジルコニア層」であって、その点には何らの変更もない。ただ、その点をより明確にするために、より好適なものに限定しただけである。 (b)本件発明と甲第3号証記載の発明との対比 確かに請求人のいうとおり、甲第3号証に記載された発明においては「CaO含有量が4?31重量%である安定化ジルコニア」を溶射することが記載されている。 しかしながら、甲第3号証の実施例には、CaO含有量が5.1重量%と10重量%の例しか記載されておらず、本件請求項1で特定される「CaOを12.0?33重量%含有するジルコニアのコーティング層」が直接記載されているわけではない。また、甲第3号証には、CaZrO_(3)について何ら記載されていない。したがって、本件発明は。甲第3号証に記載された発明ではない。 甲第3号証第2頁左欄第13?22行に、「しかし、安定化ジルコニアを溶射したのみではやはり剥離は防止することができない。その原因は基材と溶射層の熱膨張率が一致していないためである。本発明者らは熱膨張について種々検討を加えた結果、基材のアルミナ・シリカ質材料中のAl_(2)O_(3)含有量と安定化ジルコニア中の安定化剤含有量を調整することにより、基材と溶射層の熱膨張曲線をほぼ等しくすることが可能であることを見出してこの発明を完成したものである。」と記載されているように、甲第3号証記載の発明は、基材と安定化ジルコニア層の熱膨張曲線をほぼ等しくして、溶射層の剥離を防止しようとするものである。すなわち、安定化ジルコニア中の安定化剤(CaO)の含有量は、熱膨張率を調整するために調整されるものである。 これに対し、本件発明においては、本件明細書【0021】【発明の効果】に「実施例に示すとおり、本発明の電子部品焼成用治具を用いると、被焼成部品との反応が極めて少なく良好な電気特性を有する電子部品が得られる。また、亀裂や剥離が起こりにくいため、長期間の安定使用が可能である、等に反応性に富む成分を含むセラミックコンデンサの焼成用治具として好適と言える。」と記載されているとおり、被焼成部品との反応が極めて少なく良好な電気特性を有する電子部品を得ることを目的とする。そして、CaO含有量を12.0重量%以上とするのは、本件明細書【0009】に「CaO含有量が12.0重量%未満の場合はコーティング層中にCaZrO_(3)鉱物以外のCaO安定化ZrO_(2)の割合が高くなるため副成分としてCaOを含有する電子部品との反応が抑えられない。」と記載されているとおりの理由からである。 確かに、甲第3号証の請求項1に記載されたCaO含有量の4?31重量%と本件請求項1に記載されたCaO含有量の12.0?33重量%とは一部が重複する。これに対して、請求人は、請求人陳述要領書第17頁上段において、「甲第3号証に記載された操作を行えば、本件発明が自動的に実施されることになると言わざるを得ない。」と主張する。 しかしながら、甲第3号証の実施例には、CaO含有量が5.1重量%と10重量%の安定化ジルコニアの例しか記載されておらず、CaZrO_(3)については、明細書のどこにも全く記載されていない。さらに、上述のようにCaOを含有させる目的が相互に全く異なるので、安定化ジルコニアを用いた実施例しか記載されていない先行技術に基づいて、CaZrO_(3)を含む本件特許発明のコーティング層に想到すべき動機付けが認められない。したがって、甲第3号証に記載された発明に基づいて、CaO含有量を12.0重量%以上とすることに想到するのは、当業者といえども容易ではない。すなわち、コーティング層に一定量以上のCaZrO_(3)を含有させることによって被焼成部品との反応が極めて少なくなるという効果が得られることは、実験してみて初めてわかったことであり、甲第3号証の記載に基づいてそのことに想到するのは、当業者といえども困難なのである。 しかも、甲第12号証の図2あるいは図5の状態図から明らかなように、CaO含有量が12.0重量%以上の場合、一定量以上のCaZrO_(3)を含むことにあるのであり、CaO含有量が5.1重量%あるいは10重量%の安定化ジルコニアを用いた例とは結晶状態がことなり、数値範囲に臨界的な意義があるといえる。 さらに、本件発明は、コランダム-ムライト質基材の、「粗面化された表面またはアルミナ溶射層を介した表面」に、ジルコニアのコーティング層を形成するものである。本件明細書【0013】に、「本発明において、基材表面にジルコニアのコーティング層を形成する場合に、基材とコーティング層の接着性を強固にするために、ブラスト処理等によって基材表面をあらかじめ粗面化しておくことが望ましい。あるいは、ジルコニアのコーティング層を形成する前に基材表面にアルミナを溶射し、その上にジルコニアのコーティング層を形成すればコーティング層と基材との接着性が非常に強固なものとなり、使用中の剥離等が起こりにくいため治具の耐用を大幅に向上させることができる。」と記載されているように、これは、コーティング層と基材との接着性を向上させるための手段である。これに対し、甲第3号証では、基材と溶射層の熱膨張曲線をほぼ等しくすることによって、コーティング層の剥離を防止しており、既に別の剥離防止手段が講じられているのであるから、敢えてそれに加えて追加の剥離防止手段を採用すべきことに動機づけが認められない。したがって、請求人の提出した甲第25、26号証を組み合わせて採用すべき必然性が認められないのである。 したがって、本件発明は、甲第3号証に記載された発明ではなく、それに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。 VIII.当審の判断 1.「無効理由4」(特許法第17条の2第3項違背関連)について 本件に係る平成14年10月2日付け手続補正は、本件当初明細書である甲第6号証の【0009】の「基材表面のコーティング層の形成にはCaOを10?33重量%含有するジルコニアを使用する。」の記載を 「基材表面のコーティング層の形成には主にCaZrO_(3)としてCaOを10?33重量%含有するジルコニアを使用する。」 とする補正を有するものである。 そして補正後の前記記載はコーティング層に用いる材料を「主にCaZrO_(3)」とする事項を含み、前記補正により、表面のコーティング層の形成に用いる原料は、主にCaZrO_(3)であり、且つCaOを10?33重量%含有するジルコニアを使用すること、すなわち原料としては、CaZrO_(3)の含有割合が多く、さらにCaOの割合は10?33重量%のものを用いることになると解される。 また平成18年(行ケ)第10563号判決(平成20年5月30日言渡)では、「「明細書又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり、補正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる、」との一般的な判断基準が説示されている。そこで前記補正が当初明細書又は図面の技術的範囲内であり、新たな技術的事項を導入しないものであるか以下に検討する。 本件当初明細書である甲第6号証にはコーティング層に用いる原料に関して(i’)-(v’)の記載があると認められる。 (i’)「電子部品の主成分としては一般にチタン酸バリウムやチタン酸ストロンチウム等が使用されるが、本発明による電子部品焼成用治具はこのような主成分と反応しないことはもちろん、副成分として含まれるCaOに対しても反応を生じないものである。これは治具の使用面となるジルコニアのコーティング層中にCaZrO_(3)としてCaO成分がすでに安定に存在しているためである。また、コーティング層中のCaO成分は、電子部品に含まれるその他の微量成分がコーティング層中に浸入した場合には浸入成分と作用して、電子部品の共材的に働き電子部品の特性に影響を与えない効果も有する。従って、本発明による電子部品焼成用治具は副成分としてCaOを含有する電子部品焼成時に優れた反応防止特性を有するが、該電子部品の焼成用として限定されるものではなく、コーティング層中のCaO成分が悪影響を及ぼさない電子部品であればその焼成にも使用可能である。」(【0007】) (ii’)「基材表面のコーティング層の形成にはCaOを10?33重量%含有するジルコニアを使用する。CaO含有量が10重量%未満の場合はコーティング層中にCaZrO_(3)鉱物以外のCaO安定化ZrO_(2)の割合が高くなるため副成分としてCaOを含有する電子部品との反応が抑えられない。また、CaO量が33重量%を越えると、遊離のCaOが存在するようになり大気中の水分と反応し、いわゆる消化現象を起こし、コーティング層の組織が劣化するため好ましくない。」(【0009】) (iii’)「ジルコニアのコーティング層は溶射層や焼結層を形成する方法が一般的である。溶射層を形成する場合は通常のセラミック溶射法が使用できる。焼結層を形成する場合は例えばジルコニア粉末を水等の適当な溶媒と混合しペースト状としたものを基材表面に塗布、あるいはジルコニア粉末を水等の搬送材を用いて基材表面に吹き付けし、乾燥後1200?1400℃で焼成して焼結コーティング層を得る。このほか、基材表面にジルコニア粉末を敷き詰める方法も可能である。」(【0010】) (iv’)「以下この発明を実施例によって詳細に説明する。 表1に示すコランダム-ムライト質基材を150×150×10mmに切り出し、その表面に同表に示す仕様によりコーティング層を形成させた。比較のため表2、表3に示す仕様の治具も同時に作成した。溶射には水プラズマ装置を用いた。焼結によるコーティング層の形成は、材料粉末をペースト状とし基材に塗布し、乾燥後1400℃で焼成し治具を得た。ジルコニアのコーティング層の厚さは溶射層、焼結層のいずれも200μmとした。また、アルミナの溶射層を形成する場合はすべて厚さ100μmとした。」(【0015】) (v’)「表1 」(【0022】) そこで前記当初明細書の記載事項(i’)-(v’)の事項から「基材表面のコーティング層の形成には主にCaZrO_(3)としてCaOを10?33重量%含有するジルコニアを使用する。」事項が導けるか検討する。 ・記載事項(i’)について 前記記載事項(i’)には「これは治具の使用面となるジルコニアのコーティング層中にCaZrO_(3)としてCaO成分がすでに安定に存在しているためである。」との記載はあるものの、記載事項(i’)には「主にCaZrO_(3) として」原料を使用することについて直接の記載はない。 次に記載事項(i’)について検討すると、前記「これは治具の使用面となるジルコニアのコーティング層中にCaZrO_(3)としてCaO成分がすでに安定に存在しているためである。」との記載はCaZrO_(3) の機能を述べたに過ぎず、その存在量及び使用する原料については記載がなく、「主にCaZrO_(3)としてCaOを10?33重量%含有するジルコニアを使用する。」ことが導き出せるものともいえない。 ・記載事項(ii’)について 前記記載事項(ii’)には「基材表面のコーティング層の形成にはCaOを12.0?33重量%含有するジルコニアを使用する。」の記載はあるものの、記載事項(ii’)には「主にCaZrO_(3) として」原料を使用することについて直接の記載はない。 次に当該記載について検討すると、当該記載は原料として、Ca安定化ジルコニア、CaO、CaZrO_(3) 等を用いる内容を含み、且つCaO成分として12.0?33重量%含むものを原料として使用するものと解される。 一方、前記補正事項の「主にCaZrO_(3)として」は、前述の通り、多くの割合のCaZrO_(3)を含有するものと解されるところ、記載事項(ii’)はCaO成分として12.0?33重量%の規定しかなく、記載事項(ii’)はCa安定化ジルコニア、未安定化ジルコニア、CaZrO_(3) 、CaO等からなる原料を組み合わせてCaO成分として12.0?33重量%の原料とすることを開示するものであり、「主にCaZrO_(3)として」、すなわち原料としてCaZrO_(3) を割合として多く含むものを使用することが記載事項(ii’)から導き出せる技術的事項であるともいえない。 ・記載事項(iii’)について 前記記載事項(iii’)には「焼結層を形成する場合は例えばジルコニア粉末を水等の適当な溶媒と混合しペースト状としたものを基材表面に塗布、あるいはジルコニア粉末を水等の搬送材を用いて基材表面に吹き付けし、乾燥後1200?1400℃で焼成して焼結コーティング層を得る。」の記載がある。当該記載は原料として「ジルコニア粉末」を用いることは記載されているものの、原料として「主にCaZrO_(3)」を用いるという直接的な記載はない。また当該記載から原料として「主にCaZrO_(3)」を用いることは導き出せる技術的事項であるともいえない。 ・記載事項(iv’)及び(v’)について 前記記載事項(iv’)には「材料粉末」の記載はあるものの、「主にCaZrO_(3)」である材料を使用する記載はない。また記載事項(v’)の「表1」にはコーティング層は組成(重量%)として、ZrO_(2)、CaO、Y_(2)O_(3)の割合が記載されるのみであり、該記載から「主にCaZrO_(3)」を使用してコーティング層を形成することは記載されていない。また記載事項(iv’)と記載事項(v’)とをみても、「主にCaZrO_(3)」とした材料を使用することが記載事項(iv’)と記載事項(v’)から導き出せる技術的事項であるとも言えない。 また当初明細書の記載事項を総合しても原料として「主にCaZrO_(3)」を用いるという技術的事項は導き出せるものともいえない。 したがって、前記補正事項は出願当初明細書に記載されたものでもなく、出願当初明細書の記載から自明なものともいえない。 そして当該補正事項に関して被請求人は口頭陳述要領書第6頁第26行-第8頁第1行で「この点について、CaOを本件特許発明の下限値である、12.0重量%含有する実施例1の場合を例にとって説明する。請求人が指摘するように、当該実施例1には原料についての明示的な記載がないけれども、本件出願日に通常市販されていたジルコニア粉体の銘柄を考慮すれば、どのような原料を用いていたかは、当業者であれば推定可能である。・・・本件明細書において、実施例3-5で用いられているCaO含有量26.5重量%の粉体は市販のジルコン酸カルシウム粉体であり、比較例1で用いられているCaO含有量0重量%の粉体は市販の未安定化ジルコニア粉体であり、比較例2及び3で用いられているCaO含有量5.3重量%の粉体は市販の安定化ジルコニア粉体であると考えるのが普通である。そして、実施例1及び2は、直接そのCaO含有量を満足する粉体が市販されていないので、ジルコン酸カルシウム粉体と安定化又は未安定化ジルコニア粉体とを混合して溶射したと考えるのが妥当である。・・・CaO含有量26.5重量%のジルコン酸カルシウム粉体とCaO含有量5.3重量%の安定化ジルコニア粉体を混合してCaO含有量12.0重量%の粉体を得るのであれば、ジルコン酸カルシウム粉体31.5重量%と安定化ジルコニア粉体68.5重量%を用いることになる。この場合、ジルコン酸カルシウムに由来するCaOと安定化ジルコニアに由来するCaOとの比は、64/34である。すなわち、実施例1に従えば、本件特許請求の範囲の下限値の重量比でCaOを含有するセラミック皮膜であっても、そのCaOの6割以上がジルコン酸カルシウムに由来するものである。また、もし未安定化ジルコニア粉体を原料として用いているのであればCaOのほぼ全量がジルコン酸カルシウムに由来するものである。また、もし未安定化ジルコニア粉体を原料として用いているのであればCaOのほぼ全量がジルコン酸カルシウムに由来するものとなる。」と主張し、当該主張は、ジルコン酸カルシウムを原料とするとほぼジルコン酸カルシウムからなるコーティング層が形成されることは技術常識であり、通常市販されているジルコニア粉体の銘柄を考慮すれば本件実施例の記載より原料は明らかであり、その原料からみて本件明細書実施例のコーティング層はCaOの6割以上がジルコン酸カルシウムに由来するものであることを主張するものと解される。 そこで当該主張について検討する。 本件当初明細書の記載事項(v’)の実施例の第1表からはコーティング層は組成(重量%)、ZrO_(2)、CaO、Y_(2)O_(3)が記載されたものであり、本件当初明細書の記載をみても本件実施例で使用された原料について記載されていない。また本件特許発明はCaO成分が、33重量%まで含有が可能なものである。そして、CaOを最大で含む原料としては、「CaO」を「29.2重量%」である乙第4号証記載の「PC-CZ」であるから、本件発明のコーティング層は、「CaO」を原料として含むことができるものであり、原料としては安定化ジルコニア、ジルコン酸カルシウム、酸化カルシウム等を用いることができるものであるといえる。 以上から本件明細書の実施例1-5は、ジルコン酸カルシウム粉体、又はジルコン酸カルシウム粉体と安定化又は未安定化ジルコニア粉体とを混合した原料を用いるものともいえないことから、被請求人の前記口頭陳述要領書の前記主張は採用できず、「主にCaZrO_(3)としてCaOを10?33重量%含有するジルコニアを使用する。」ことが当初明細書から導き出せるものともいえない。 また被請求人は口頭陳述要領書「(2-4)」「無効理由4について」で「ここでいうCaOは「CaO成分」という広い意味で言っているのであるということは、明細書全体の趣旨から明らかであって、それを、当初明細書に記載されていた事項にしたがって具体的なものに限定しただけである。」と主張するが、前述のとおり、原料として「主にCaZrO_(3) 」のものを使用することは当初明細書に記載されておらず、当初明細書に記載された事項から自明ともいえない。そして本件特許発明は「主にCaZrO_(3)としてCaOを12.0?33重量%含有するジルコニアのコーティング層」の発明特定事項を有し、「本発明による電子部品焼成用治具はこのような主成分と反応しないことはもちろん、副成分として含まれるCaOに対しても反応を生じないものである。これは治具の使用面となるジルコニアのコーティング層中にCaZrO_(3)としてCaO成分がすでに安定に存在しているためである。」(前記記載事項「(i’)」)という作用・効果を表すものである。そして前述の口頭陳述要領書の主張より、ジルコン酸カルシウムを原料とするとほぼジルコン酸カルシウムからなるコーティング層が形成されるものであるから、原料として「主にCaZrO_(3)としてCaOを12.0?33重量%含有するジルコニアを使用する」とした補正は、コーティング層の「CaZrO_(3) 」の含有量を規定するものであることから本件特許発明の効果に関わるものであり、「原料を具体的に限定しただけである」との被請求人の該主張は採用できない。 以上によれば、平成14年10月2日に提出の手続補正書は、出願当初の明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものと認められず、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。 2.「無効理由1」(特許法第36条第6項第2号違背関連)について 平成20年6月12日付けで訂正された本件明細書には、次の技術事項が記載されている。 (i)「【請求項1】コランダム-ムライト質基材の、粗面化された表面またはアルミナ溶射層を介した表面に、主にCaZrO_(3)としてCaOを12.0?33重量%含有するジルコニアのコーティング層を形成させたことを特徴とする電子部品焼成用治具。」(特許請求の範囲、請求項1) (ii)「電子部品の主成分としては一般にチタン酸バリウムやチタン酸ストロンチウム等が使用されるが、本発明による電子部品焼成用治具はこのような主成分と反応しないことはもちろん、副成分として含まれるCaOに対しても反応を生じないものである。これは治具の使用面となるジルコニアのコーティング層中にCaZrO_(3)としてCaO成分がすでに安定に存在しているためである。また、コーティング層中のCaO成分は、電子部品に含まれるその他の微量成分がコーティング層中に浸入した場合には浸入成分と作用して、電子部品の共材的に働き電子部品の特性に影響を与えない効果も有する。従って、本発明による電子部品焼成用治具は副成分としてCaOを含有する電子部品焼成時に優れた反応防止特性を有するが、該電子部品の焼成用として限定されるものではなく、コーティング層中のCaO成分が悪影響を及ぼさない電子部品であればその焼成にも使用可能である。」(【0007】) (iii)「基材表面のコーティング層の形成には主にCaZrO_(3)としてCaOを12.0?33重量%含有するジルコニアを使用する。CaO含有量が12.0重量%未満の場合はコーティング層中にCaZrO_(3)鉱物以外のCaO安定化ZrO_(2)の割合が高くなるため副成分としてCaOを含有する電子部品との反応が抑えられない。また、CaO量が33重量%を越えると、遊離のCaOが存在するようになり大気中の水分と反応し、いわゆる消化現象を起こし、コーティング層の組織が劣化するため好ましくない。」(【0009】) (iv)「表1 」(【0018】) (v)「ジルコニアのコーティング層は溶射層や焼結層を形成する方法が一般的である。溶射層を形成する場合は通常のセラミック溶射法が使用できる。焼結層を形成する場合は例えばジルコニア粉末を水等の適当な溶媒と混合しペースト状としたものを基材表面に塗布、あるいはジルコニア粉末を水等の搬送材を用いて基材表面に吹き付けし、乾燥後1200?1400℃で焼成して焼結コーティング層を得る。このほか、基材表面にジルコニア粉末を敷き詰める方法も可能である。」(【0010】) 本件特許発明は前記記載事項(i)より「主にCaZrO_(3)としてCaOを12.0?33重量%含有するジルコニアのコーティング層」の発明特定事項を有するものである。そして当該発明特定事項の「主にCaZrO_(3)として」の記載はジルコニアのコーティング層において、カルシウム成分が主としてCaZrO_(3)として存在していること、すなわちカルシウム成分としてCaZrO_(3)の割合が多いことを意味するものと解される。そしてジルコニアのコーティング層中の組成については前記記載事項(iii)の「CaZrO_(3)鉱物以外のCaO安定化ZrO_(2)の割合が高くなるため副成分としてCaOを含有する電子部品との反応が抑えられない。」の記載からジルコニアのコーティング層中に特定量以上のCaZrO_(3)が存在することにより、副成分としてCaOを含有する電子部品との反応を抑えることができるものである。一方、本件明細書の記載事項(iv)、(v)の実施例及び表1の記載をみてもコーティング層は組成(重量%)として、ZrO_(2)、CaO、Y_(2)O_(3)が記載されるのみであり、本件明細書の記載をみてもジルコニアのコーティング層中の「CaZrO_(3)」含有量は不明である。そして記載事項(ii)には「これは治具の使用面となるジルコニアのコーティング層中にCaZrO_(3)としてCaO成分がすでに安定に存在しているためである。」とあるものの、CaZrO_(3)の機能を述べたに過ぎず、その存在量については記載がなく、「主に」とすることの示唆もない。またジルコニアのコーティング層中のある特定量以上の「CaZrO_(3)」を含有させることにより副成分としてCaOを含有する電子部品との反応を抑えることができることは出願時技術常識であるとはいえないことから、「主にCaZrO_(3)として」の意味は曖昧であり発明特定事項として不明確である。 一方、「ジルコニアのコーティング層」中の「CaZrO_(3)」の存在量について被請求人は口頭陳述要領書第6頁第26行-第8頁第1行で「この点について、CaOを本件特許発明の下限値である、12.0重量%含有する実施例1の場合を例にとって説明する。請求人が指摘するように、当該実施例1には原料についての明示的な記載がないけれども、本件出願日に通常市販されていたジルコニア粉体の銘柄を考慮すれば、どのような原料を用いていたかは、当業者であれば推定可能である。・・・本件明細書において、実施例3-5で用いられているCaO含有量26.5重量%の粉体は市販のジルコン酸カルシウム粉体であり、比較例1で用いられているCaO含有量0重量%の粉体は市販の未安定化ジルコニア粉体であり、比較例2及び3で用いられているCaO含有量5.3重量%の粉体は市販の安定化ジルコニア粉体であると考えるのが普通である。そして、実施例1及び2は、直接そのCaO含有量を満足する粉体が市販されていないので、ジルコン酸カルシウム粉体と安定化又は未安定化ジルコニア粉体とを混合して溶射したと考えるのが妥当である。・・・CaO含有量26.5重量%のジルコン酸カルシウム粉体とCaO含有量5.3重量%の安定化ジルコニア粉体を混合してCaO含有量12.0重量%の粉体を得るのであれば、ジルコン酸カルシウム粉体31.5重量%と安定化ジルコニア粉体68.5重量%を用いることになる。この場合、ジルコン酸カルシウムに由来するCaOと安定化ジルコニアに由来するCaOとの比は、64/34である。すなわち、実施例1に従えば、本件特許請求の範囲の下限値の重量比でCaOを含有するセラミック皮膜であっても、そのCaOの6割以上がジルコン酸カルシウムに由来するものである。また、もし未安定化ジルコニア粉体を原料として用いているのであればCaOのほぼ全量がジルコン酸カルシウムに由来するものである。また、もし未安定化ジルコニア粉体を原料として用いているのであればCaOのほぼ全量がジルコン酸カルシウムに由来するものとなる。」と主張し、当該主張は、本件実施例の記載から原料は明らかであり、その原料からみて本件明細書実施例のコーティング層はCaOの6割以上がジルコン酸カルシウムに由来するものであることを主張するものと解される。 そこで当該主張について検討する。 本件明細書の記載事項(iv)の実施例の第1表からはコーティング層は組成(重量%)、ZrO_(2)、CaO、Y_(2)O_(3)が記載されたものであり、本件明細書の記載をみてもジルコニアのコーティング層中の「CaZrO_(3)」含有量は不明であり、さらに本件実施例で使用された原料について記載されていない。また本件特許発明はCaO成分が、33重量%まで含有が可能なものである。そしてCaOを最大で含む原料としては、「CaO」を「29.2重量%」である乙第4号証記載の「PC-CZ」であるから、本願発明のコーティング層は、「CaO」を原料として含むことができるものであり、原料としては安定化ジルコニア、ジルコン酸カルシウム、酸化カルシウム等を用いることができるものであるといえる。 以上から本件明細書の実施例1-5は、ジルコン酸カルシウム粉体、又はジルコン酸カルシウム粉体と安定化又は未安定化ジルコニア粉体とを混合した原料を用いるものともいえないことから、被請求人の前記口頭陳述要領書の前記主張は採用できず、依然としてコーティング層中の「CaZrO_(3)」の含有量については不明である。 してみると、本件明細書の記載及び従来の技術を考慮しても、「主にCaZrO_(3)として、CaOを12.0?33重量%含有するジルコニアのコーティング層」の発明特定事項は、「CaZrO_(3)」の含有量の点で不明確であり、本件特許発明は明確とはいえない。 IX.むすび 以上のとおり、本件特許は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してなされたもの及び同法第36条第6項第2号に規定に違反してなされたものであるから、その他の無効理由を判断するまでもなく、同法第123条第1項第1号及び第4号に該当し、無効とすべきものである。 そして、審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定により準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
発明の名称 |
(54)【発明の名称】 電子部品焼成用治具 (57)【特許請求の範囲】 【請求項1】コランダム-ムライト質基材の、粗面化された表面またはアルミナ溶射層を介した表面に、主にCaZrO_(3)としてCaOを12.0?33重量%含有するジルコニアのコーティング層を形成させたことを特徴とする電子部品焼成用治具。 【発明の詳細な説明】 【0001】 【発明の属する技術分野】 本発明はセラミックコンデンサ、圧電素子、サーミスタなどの電子部品、特に副原料成分としてCaOを含有する電子部品を焼成する際に用いる匣鉢、棚板、セッターなどの治具に関するものである。 【0002】 【従来の技術】 電子部品焼成用の治具は使用条件に応じた耐熱性と機械的強度を備えていなければならないが、そのほかに重要な課題として焼成するセラミック電子部品と反応しないことが要求される。すなわち電子部品が焼成用治具と接触部分において反応すると変色や融着を起こしたり、組成変動によって特性が低下するなどの不都合を生じるため、いかなる反応も好ましくない。 【0003】 通常はこれら治具の基材には耐熱衝撃性に富むアルミナ・シリカ系の高アルミナ材料が使用される。そして被焼成部品と基材成分との反応を防止する目的で、高温での化学的安定性に優れるジルコニア製のセッターを載置したり、ジルコニア粉末の焼結層や溶射層を形成させる方法が実施されている。この際に使用されるジルコニアはCaO、Y_(2)O_(3)、MgO、CeO_(2)などの安定化剤を含む安定化ジルコニアである。 【0004】 【発明が解決しようとする課題】 しかし、電子部品の中には副原料成分としてCaO成分を含有するものがあり、このような電子部品を前述のような治具で焼成した場合、電子部品と治具表面のジルコニア層が反応し、電子部品の電気特性が損なわれたり、治具のコーティング層が早期に剥離するなどの問題があった。 【0005】 本発明者等は、副原料成分としてCaOを含有する電子部品の焼成用治具について鋭意検討した結果、基材の電子部品と接触する表面に完全安定化量以上のCaOを含有するジルコニアのコーティング層を形成させることにより、該電子部品焼成時に反応を著しく抑制することに成功し本発明を完成させたものである。即ち、本発明はコランダム-ムライト質基材の、粗面化された表面またはアルミナ溶射層を介した表面に主にCaZrO_(3)としてCaOを12.0?33重量%含有するジルコニアのコーティング層を形成させることを特徴とする電子部品焼成用治具である。特に、このジルコニアのコーティング層が溶射によって形成されたものが優れた耐用を発揮するものである。 【0006】 主にCaZrO_(3)としてCaOを12.0?33重量%含有するジルコニアのコーティング層の形成は、溶射による方法や焼結層を形成する方法が一般的である。また、基材表面に主にCaZrO_(3)としてCaOを12.0?33重量%含有するジルコニア粉末を敷く方法も可能である。要するに被焼成物である電子部品と接触する部位が主にCaZrO_(3)としてCaOを12.0?33重量%含有するジルコニアのコーティング層で形成されていれば、本発明の効果が得られるものである。 【0007】 電子部品の主成分としては一般にチタン酸バリウムやチタン酸ストロンチウム等が使用されるが、本発明による電子部品焼成用治具はこのような主成分と反応しないことはもちろん、副成分として含まれるCaOに対しても反応を生じないものである。これは治具の使用面となるジルコニアのコーティング層中にCaZrO_(3)としてCaO成分がすでに安定に存在しているためである。また、コーティング層中のCaO成分は、電子部品に含まれるその他の微量成分がコーティング層中に浸入した場合には浸入成分と作用して、電子部品の共材的に働き電子部品の特性に影響を与えない効果も有する。従って、本発明による電子部品焼成用治具は副成分としてCaOを含有する電子部品焼成時に優れた反応防止特性を有するが、該電子部品の焼成用として限定されるものではなく、コーティング層中のCaO成分が悪影響を及ぼさない電子部品であればその焼成にも使用可能である。 【0008】 【発明の実施の形態】 治具の基材となるコランダム-ムライト質材料は熱衝撃に強く、通常の耐火れんがや匣鉢等に使用されるものであり、Al_(2)O_(3)および3Al_(2)O_(3)・2SiO_(2)を主成分とするもので、不可避的不純物は通常の耐火物の範囲で許される。このコランダム-ムライト質基材はAl_(2)O_(3)含有量が72重量%以上のものを使用する。Al_(2)O_(3)含有量が72重量%未満の場合は、必然的にSiO_(2)量が増え、基材中に遊離のSiO_(2)成分が存在するようになり、ジルコニアのコーティング層中に移動拡散することにより、電子部品の特性に悪影響を及ぼすため好ましくない。特に、SiO_(2)との反応性が強い電子部品を焼成する場合には、SiO_(2)成分の少ない高Al_(2)O_(3)成分の基材を用いるのが望ましい。 【0009】 基材表面のコーティング層の形成には主にCaZrO_(3)としてCaOを12.0?33重量%含有するジルコニアを使用する。CaO含有量が12.0重量%未満の場合はコーティング層中にCaZrO_(3)鉱物以外のCaO安定化ZrO_(2)の割合が高くなるため副成分としてCaOを含有する電子部品との反応が抑えられない。また、CaO量が33重量%を超えると、遊離のCaOが存在するようになり大気中の水分と反応し、いわゆる消化現象を起こし、コーティング層の組織が劣化するため好ましくない。 【0010】 ジルコニアのコーティング層は溶射層や焼結層を形成する方法が一般的である。溶射層を形成する場合は通常のセラミック溶射法が使用できる。焼結層を形成する場合は例えばジルコニア粉末を水等の適当な溶媒と混合しペースト状としたものを基材表面に塗布、あるいはジルコニア粉末を水等の搬送材を用いて基材表面に吹き付けし、乾燥後1200?1400℃で焼成して焼結コーティング層を得る。このほか、基材表面にジルコニア粉末を敷き詰める方法も可能である。 【0011】 本発明者らの検討ではジルコニアのコーティング層は基材との接着性、コーティング層の物性等から溶射により形成されたものが最も優れた性能を示した。溶射によるコーティング層と比較すると、焼結によるコーティング層は焼結時の収縮率が大きいため基材との接着性に劣り、コーティング層の緻密さも低い。また、基材表面にジルコニア粉末を敷く方法は作業工程上の煩雑さを伴う。このような点で溶射による方法が最も好ましい。溶射には通常のセラミック溶射が適用できるが、溶射材となるジルコニアの融点から考えてプラズマ溶射が、特に作業効率の点から水プラズマ溶射が好適である。 【0012】 ジルコニアのコーティング層の厚みは0.01mm以上、好ましくは0.05mm以上が望ましい。コーティング層の厚みが0.01mm未満の場合は、基材中のSiO_(2)成分が拡散しやすくなるため、コーティング層によるSiO_(2)と電子部品との反応抑制効果が不十分となる。ジルコニアのコーティング層は必要に応じて二層以上の多層構造とすることもできる。例えば基材表面に安定化ジルコニアのコーティング層を形成し、さらにその上に主にCaZrO_(3)としてCaOを10?33重量%含有するジルコニアのコーティング層を形成しても良い。 【0013】 本発明において、基材表面にジルコニアのコーティング層を形成する場合に、基材とコーティング層の接着性を強固にするために、ブラスト処理等によって基材表面をあらかじめ粗面化しておくことが望ましい。あるいは、ジルコニアのコーティング層を形成する前に基材表面にアルミナを溶射し、その上にジルコニアのコーティング層を形成すればコーティング層と基材との接着性が非常に強固なものとなり、使用中の剥離等が起こりにくいため治具の耐用を大幅に向上させることができる。この場合は、基材表面にブラスト処理を行わず、焼き上がったまま、または加工したままの基材を用いてもコーティング層の剥離などは起こりにくいが、基材との接着を特に強固にする必要がある場合には、アルミナの溶射に先立ちブラスト処理により基材表面を粗面化しても良い。 【0014】 本発明におけるコーティング層は治具の被焼成部品が載置される接触面はもちろんのこと、この接触面の裏側の面あるいは匣鉢形状での側壁内面部へも適用できる。部品載置面以外へのコーティング層形成も接触面と同様に部品の反応を抑制する上で得られる効果が大きい。 【0015】 【実施例】 以下この発明を実施例によって詳細に説明する。表1に示すコランダム-ムライト質基材を150×150×10mmに切り出し、その表面に同表に示す仕様によりコーティング層を形成させた。比較のため表2、表3に示す仕様の治具も同時に作成した。溶射には水プラズマ装置を用いた。焼結によるコーティング層の形成は、材料粉末をペースト状とし基材に塗布し、乾燥後1400℃で焼成し治具を得た。ジルコニアのコーティング層の厚さは溶射層、焼結層のいずれも200μmとした。また、アルミナの溶射層を形成する場合はすべて厚さ100μmとした。 【0016】 これらの治具をセラミックコンデンサの焼成に繰り返し使用し、コンデンサとコーティング層の反応、コーティング層の亀裂、剥離の発生状況を観察した。コンデンサの成分はチタン酸バリウム92重量%、ジルコン酸カルシウム5重量%、その他の低融成分3重量%のものである。焼成温度は1350℃、焼成時間は4時間とした。治具使用後の外観観察結果も表1、2、3に合わせて示す。 【0017】 実施例に示した治具を用いて焼成した電子部品は、治具との反応が少なく変色もない所望の電気特性を有するものが得られた。また治具の使用回数も大幅な向上が得られた。それに対し、比較例に示した治具を用いて焼成した電子部品は、変色がみられ電気特性の低下が認められた。また治具の使用可能回数も少ないものであった。 【0018】 【表1】 【0019】 【表2】 【0020】 【表3】 【0021】 【発明の効果】 実施例に示すとおり、本発明の電子部品焼成用治具を用いると、被焼成部品との反応が極めて少なく良好な電気特性を有する電子部品が得られる。また、亀裂や剥離が起こりにくいため、長期間の安定使用が可能である。特に反応性に富む成分を含むセラミックコンデンサの焼成用治具として好適と言える。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
審理終結日 | 2009-04-07 |
結審通知日 | 2009-04-09 |
審決日 | 2009-05-12 |
出願番号 | 特願平8-305588 |
審決分類 |
P
1
113・
537-
ZA
(C04B)
P 1 113・ 55- ZA (C04B) |
最終処分 | 成立 |
前審関与審査官 | 板谷 一弘、米田 健志 |
特許庁審判長 |
松本 貢 |
特許庁審判官 |
木村 孔一 大工原 大二 |
登録日 | 2003-02-07 |
登録番号 | 特許第3395549号(P3395549) |
発明の名称 | 電子部品焼成用治具 |
代理人 | 宮寺 利幸 |
代理人 | 中務 茂樹 |
代理人 | 中務 茂樹 |
代理人 | 鹿島 直樹 |
代理人 | 千葉 剛宏 |
代理人 | 大内 秀治 |
代理人 | 小川 博生 |
代理人 | 小川 博生 |
代理人 | 田久保 泰夫 |