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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C23C
管理番号 1200869
審判番号 不服2006-28360  
総通号数 117 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-09-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2006-12-19 
確定日 2009-07-16 
事件の表示 平成 9年特許願第312817号「被覆硬質工具」拒絶査定不服審判事件〔平成11年 5月18日出願公開,特開平11-131216〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 1.手続の経緯・本願発明
本件出願は,平成9年10月29日の出願であって,平成18年5月18日付けで拒絶理由が通知され(発送日は平成18年5月24日),平成18年8月22日付けで意見書及び手続補正書が提出され,平成18年9月14日付けで拒絶査定がなされ(発送日は平成18年9月20日),平成18年12月19日に拒絶査定不服審判の請求がなされたものである。
本件出願の請求項1?2に係る発明は,平成18年8月22日付け手続補正書によって補正された明細書の記載からみて,その特許請求の範囲の請求項1?2に記載された事項に特定されるとおりであるものと認められるところ,その請求項1に係る発明(以下,「本願発明」という。)は,次のとおりのものである。

「【請求項1】 Ti/Alの原子比率が95/5から25/75のTiとAl及び第三成分からなる窒化物,炭窒化物,炭窒酸化物,窒硼化物,炭窒硼化物の単層もしくは二種以上を多層に被覆した被覆硬質工具において,該TiAl及び第三成分の化合物皮膜のX線回折における(200)面の回折強度をI(200),(111)面の回折強度をI(111)とした場合にI(200)/I(111)の比が2以下であり,第三成分はSi,Zr,Hf,Y,Nb,Nd,Crの1種もしくは2種以上であり,かつ基体と該TiAlと第三成分の化合物皮膜の間に2nmから1000nmの厚さを有するTi,TiAl若しくはTiAlと第三成分よりなる金属合金層を介在させたことを特徴とする被覆硬質工具。」

2.引用文献
2-1.引用文献1
原査定の拒絶の理由に引用された本件出願の出願日前に頒布された刊行物である特開平8-209337号公報(以下,「引用文献1」という。)には,以下の事項が記載されている。
(ア)「M1で示される金属の窒化物,または炭窒化物,窒酸化物,炭窒酸化物,窒硼化物,炭窒硼化物,炭窒酸硼化物のいずれか一種と,M2で示される金属の窒化物,または炭窒化物,窒酸化物,炭窒酸化物,窒硼化物,炭窒硼化物,炭窒酸硼化物のいずれか一種を交互に5層以上被覆した多重被覆硬質合金において,皮膜の総厚さは,2?20μmであり,皮膜の基体側は皮膜の総厚みの2?80%の範囲において,M1またはM2の窒化物,または炭窒酸化物,窒酸化物,炭窒酸化物,窒硼化物,炭窒硼化物,炭窒酸硼化物のいずれか一種の層であり,皮膜の表面側は皮膜の総厚みの20?98%の範囲において,M1の炭窒化物,窒酸化物,炭窒酸化物,窒硼化物,炭窒硼化物,炭窒酸硼化物のいずれか一種,M2の窒化物,または炭窒化物,窒酸化物,炭窒化物,窒硼化物,炭窒硼化物,炭窒酸硼化物のいずれか一種を交互に被覆した多重層である事を特徴とした被覆硬質合金において,基体と皮膜との間に0.01μ?2μの厚みのM1,またはM2の金属層を介在させたことを特徴とする被覆硬質合金。」(【請求項4】)
(イ)「M1の金属,または合金及び/または,M2の金属または合金の1部を0.1?20at%の範囲において,Y,Ca,Dy,Nd,Ce,Srのいずれか1種以上に置き換えたことを特徴とする請求項1?9記載の被覆硬質合金。」(【請求項10】)
(ウ)「基体が高速度鋼,または超硬合金製のエンドミル,またはドリルであることを特徴とする請求項1?12記載の被覆硬質合金。」(【請求項13】)
(エ)「基体が超硬合金製のスローアウェイインサートであることを特徴とする請求項1?12記載の被覆硬質合金。」(【請求項14】)
(オ)「本願発明は,耐摩耗性,耐欠損性に優れる切削工具として用いられる被覆切削工具及び耐摩耗工具として用いられる被覆耐摩工具に関する。」(段落【0001】)
(カ)「従来PVD法による硬質皮膜は,TiNが主流であったが,最近TiCN膜,あるいは(TiAl)Nといった新しい種類の皮膜が開発され注目されてきている。TiCNはビッカース硬さが3000近くあり,TiNのビッカース硬さ2200に比べ・・・硬く耐摩耗性を著しく高める効果を持つ。一方(TiAl)NはTiとAlの比率により異なるが,概略2300?2800のビッカース硬さを有し,TiN比べ耐摩耗性を高める一方耐酸化性が優れるため刃先が高温になる切削条件下などで優れた特性を発揮するものである。」(段落【0002】)
(キ)「・・・(TiAl)N皮膜をアークイオンプレーティング法により,バイアス電圧120V,窒素圧力10^(-1)Paの条件下で成膜するときにYを添加した場合の・・・結果を示す。
・・・(TiAl)N皮膜中にYを固溶体化させることにより,皮膜の耐酸化性が向上することがわかる。また,同様の傾向が・・・Nd・・・の添加の場合に認められた。」(段落【0012】?【0014】)
(ク)「【実施例】・・・スローアウェイインサートをプレスし,焼結後,所定の形状に加工した。この超硬合金基体上にPVD法により,表2に示すような皮膜を形成した。・・・・・皮膜のコーティングされたスローアウェイインサートを大気中で徐々に昇温し,酸化増が認められる温度を測定した。・・・・・また,スクラッチ試験機により各皮膜が基体から剥離する臨界荷重(N)を測定した。・・・・・・上記の結果を表3・・・に示す。
【表3】


」(段落【0021】?【0024】)
(ケ)「本発明の被覆硬質合金は・・・・密着性,耐酸化性がさらに向上され,特に高速連続切削,高速断続切削において長い工具寿命が得られる・・・・・・・・多層化,超多層化に対しても切削に耐え得る十分な密着性を与えることが可能となり・・・・格段に長い工具寿命を達成した。」(段落【0037】)
(コ)「【表2】

」(第8頁第14欄第22行?第9頁)

2-2 引用文献2
原査定の拒絶の理由に引用された本件出願の出願日前に頒布された刊行物である特開平3-281774号公報(以下,「引用文献2」という。)には,以下の事項が記載されている。
(サ)「1.基板表面に金属を蒸着しながら窒素イオンを同時に照射することによつて,前記表面に蒸着金属との窒化物が形成され,該窒化物が表面から内部にわたつて濃度が減少し,かつ,前記窒化物の(200)面および(111)面からのX線回折による特性値の比(I_(200)/I_(111))が1.0以下であることを特徴とする表面硬化法。
2.前記基材がアルミ,アルミ合金,軽合金,工具鋼,超硬,または構造材であることを特徴とする請求項1記載の表面硬化法。」(特許請求の範囲)
(シ)「本発明は・・・・・窒化物の結晶の(200)面および(111)面からのX線回折ピーク値の比率(I_(200)/I_(111))が変えた試料を作製し,硬さを測定した結果,・・・・・I_(200)/I_(111)の比率が1以下の領域にてI_(200)/I_(111)の比率に対して硬さが一意的に決定されるのでI_(200)/I_(111)の比率を制御することによって有効な表面硬化法になることを見いだした」(第2頁右下欄第2?12行)
(ス)「(実施例:2)
・・・・・・TiN膜のI_(200)/I_(111)の比を制御することにより任意の硬さを付与できること,特にI_(200)/I_(111)の比率が1以下の領域でI_(200)/I_(111)の比率に対して硬さが一意的に決定され,ビッカース硬さが100程度のアルミ合金の表面の硬さを500?1000に向上できることがわかった。」(第3頁右上欄第13行?左下欄第14行)
(セ)「蒸着金属としてTiの例を示したが,Cr,B,Al,Si,Zrについても同じことがいえることはいうまでもない。」(第3頁右下欄第6?9行)
(ソ)「本発明によれば,・・・・高い硬度のアルミ合金を作る表面処理法が実現でき,軽合金や超硬その他一般材料にも低い温度で処理できる効果があり,工業上非常に有効である。」(第3頁右下欄第11?15行)

3.対比・判断
まず,引用文献1の記載事項について検討する。
(あ)上記(ア)には「M1で示される金属の窒化物,または炭窒化物,窒酸化物,炭窒酸化物,窒硼化物,炭窒硼化物,炭窒酸硼化物のいずれか一種と,M2で示される金属の窒化物,または炭窒化物,窒酸化物,炭窒酸化物,窒硼化物,炭窒硼化物,炭窒酸硼化物のいずれか一種を交互に5層以上被覆した多重被覆硬質合金において,・・・・M1の炭窒化物,窒酸化物,炭窒酸化物,窒硼化物,炭窒硼化物,炭窒酸硼化物のいずれか一種,M2の窒化物,または炭窒化物,窒酸化物,炭窒化物,窒硼化物,炭窒硼化物,炭窒酸硼化物のいずれか一種を交互に被覆した多重層である事を特徴とした被覆硬質合金において・・・・。」と記載されているが,多重被覆を形成するM1の化合物に関して,本審決において下線を付した部分の記載をみると,冒頭の記載には,「窒化物」の記載があるが,後の部分には「窒化物」の記載がなく,両者の記載に齟齬が生じている。また,上記(ク)の【表3】をみると,前記被覆硬質合金を具体化した「本発明例13?27」の多重層膜には,「TiN/AlN」等の「窒化物」と「窒化物」との多重層膜が本発明例として記載されている。そうすると,下線を付した後の部分の「M1の炭窒化物,窒酸化物,炭窒酸化物,窒硼化物,炭窒硼化物,炭窒酸硼化物のいずれか一種」は,「M1の窒化物,または炭窒化物,窒酸化物,炭窒酸化物,窒硼化物,炭窒硼化物,炭窒酸硼化物のいずれか一種」の誤記と認められる。
よって,上記(ア)には,「M1で示される金属の窒化物と,M2で示される金属の窒化物を交互に5層以上被覆した多重被覆硬質合金において,皮膜の総厚さは,2?20μmであり,皮膜の基体側は皮膜の総厚みの2?80%の範囲において,M1またはM2の窒化物の層であり,皮膜の表面側は皮膜の総厚みの20?98%の範囲において,M1の窒化物,M2の窒化物を交互に被覆した多重層である被覆硬質合金において,基体と皮膜との間に0.01μ?2μの厚みのM1,またはM2の金属層を介在させた被覆硬質合金。」が記載されているといえる。
(い)上記(イ)には,上記(ア)の「被覆硬質合金」において,「M1の金属,または合金及び,M2の金属または合金の1部を0.1?20at%の範囲において,Y,Ndのいずれか1種以上に置き換えた」ことをさらに特定したものが記載されており,上記(ウ),上記(エ)には,上記(イ)の「被覆硬質合金」において,それぞれ「基体が高速度鋼または超硬合金製のエンドミル,またはドリル」あるいは「基体が超硬合金製のスローアウェイインサート」であることをさらに特定したものが記載されているといえる。そして,「高速度鋼」及び「超硬合金」が「硬質合金」であり,「エンドミル」,「ドリル」,及び「スローアウェイインサート」が,上記(オ),上記(ケ)でいう「工具」の具体例であることは明らかであるから,上記(ウ),(エ)でいう「基体」に被覆をした「被覆硬質合金」は,「硬質合金」からなる「工具」に被覆をした「被覆硬質工具」といえる。
(う)上記(ク),(コ)には,実施例として,超硬合金基体上に表2及び表3に「本発明例22」,「本発明例23」と示される皮膜,即ち,金属成分M1を「Ti_(0.8)Al_(0.7)」あるいは「Ti_(0.3)Al_(0.7)」,金属成分M2を「Ti_(0.5)Al_(0.5)」あるいは「Ti_(0.5)Al_(0.6)」とした「TiAlN/TiAlN」で示される多重層膜を形成したことが記載されているといえる。(なお,表2では,M1,M2におけるTiとAlの比率が,印刷が不鮮明なために,それぞれ,2通りに読み取れるため,このように認定した。)そして,この「多重層膜」は,上記(あ)で検討した「M1で示される金属の窒化物とM2で示される金属の窒化物を交互に被覆した多重被覆硬質合金」において,皮膜の表面側を形成する「M1の窒化物,M2の窒化物,を交互に被覆した多重層」の具体例に他ならない。一方,上記(あ)で検討した「被覆硬質合金」は,上記(い)で検討したように,「M1の金属または合金及び,M2の金属または合金の1部を0.1?20at%の範囲において,Y,Ndのいずれか1種以上に置き換えた」場合を含むものである。また,上記(キ)には,M1またはM2が「TiAl」である(TiAl)N皮膜について,「Yを固溶体化させることにより,皮膜の耐酸化性が向上することがわかる。また,同様の傾向がNdの添加の場合に認められた。」ことが記載されている。これらのことを総合的にみると,上記(あ)で検討した「被覆硬質合金」は,「M1で示される金属」,「M2で示される金属」として,それぞれ「Ti_(0.8)Al_(0.7)あるいはTi_(0.3)Al_(0.7)の1部を0.1?20at%の範囲においてY,Ndのいずれか1種以上に置き換えた金属」,「Ti_(0.5)Al_(0.5)あるいはTi_(0.5)Al_(0.6)の1部を0.1?20at%の範囲においてY,Ndのいずれか1種以上に置き換えた金属」を用いる場合を含むものといえる。

以上(あ)?(う)の検討を踏まえて,引用文献1の(ア)?(オ),(キ)?(コ)の記載事項を,本願発明の記載ぶりに則して表現すると,引用文献1には,
「Ti_(0.8)Al_(0.7)あるいはTi_(0.3)Al_(0.7)の1部を0.1?20at%の範囲においてY,Ndのいずれか1種以上に置き換えたM1で示される金属の窒化物と,Ti_(0.5)Al_(0.5)あるいはTi_(0.5)Al_(0.6)の1部を0.1?20at%の範囲においてY,Ndのいずれか1種以上に置き換えたM2で示される金属の窒化物を交互に5層以上被覆した多重被覆硬質工具において,皮膜の総厚さは,2?20μmであり,皮膜の基体側は皮膜の総厚みの2?80%の範囲において,M1またはM2の窒化物の層であり,皮膜の表面側は皮膜の総厚みの20?98%の範囲において,M1の窒化物,M2の窒化物を交互に被覆した多重層である被覆硬質工具において,基体と皮膜との間に0.01μ?2μの厚みのM1,またはM2の金属層を介在させた被覆硬質工具。」の発明(以下,「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

次に,本願発明と引用発明とを対比する。
(え)引用発明の「M1で示される金属」及び「M2で示される金属」は,それぞれ,「Ti_(0.8)Al_(0.7)あるいはTi_(0.3)Al_(0.7)の1部を0.1?20at%の範囲においてY,Ndのいずれか1種以上に置き換えた金属」及び「Ti_(0.5)Al_(0.5)あるいはTi_(0.5)Al_(0.6)の1部を0.1?20at%の範囲においてY,Ndのいずれか1種以上に置き換えた金属」である。そして,M1,M2のTi/Alの原子比率は次のように計算できる。
(i)Ti/Alの原子比率を変えずに,1部を置き換える場合
(i-a)M1のTi/Alの原子比率=「0.8/0.7」≒「53/47」あるいは「0.3/0.7」=30/70
(i-b)M2のTi/Alの原子比率=「0.5/0.5」=「50/50」あるいは「0.5/0.6」≒「45.5/54.5」
(ii)Ti/Alの原子比率を変えて,1部を置き換える場合
この場合はTiまたはAlの何れか一方を,最大で20at%,即ち,0.2の割合で置き換えることができるから,M1,M2のTi/Alの原子比率はそれぞれ,以下の範囲にあるといえる。
(ii-a)M1がTi_(0.8)Al_(0.7)である場合
[M1のTi/Alの原子比率]=0.8/{0.7-(0.8+0.7)×0.2}?{0.8-(0.8+0.7)×0.2}/0.7=0.8/0.4?0.5/0.7={0.8/(0.8+0.4)}/{0.4/(0.8+0.4)}?{0.5/(0.5+0.7)}/{0.7/(0.5+0.7)}≒67/33?42/58
(ii-b)M1がTi_(0.3)Al_(0.7) である場合
[M1のTi/Alの原子比率]=0.3/(0.7-0.2)?(0.3-0.2)/0.7=0.3/0.5?0.1/0.7={0.3/(0.3+0.5)}/{0.5/(0.3+0.5)}?{0.1/(0.1+0.7)}/{0.7/(0.1+0.7)}≒37.5/62.5?12.5/87.5
(ii-c)M2がTi_(0.5)Al_(0.5) である場合
[M2のTi/Alの原子比率]=0.5/(0.5-0.2)?(0.5-0.2)/0.5=0.5/0.3?0.3/0.5={0.5/(0.5+0.3)}/{0.3/(0.5+0.3)}?{0.3/(0.5+0.3)}/{0.5/(0.5+0.3)}≒62.5/37.5?37.5/62.5
(ii-d)M2がTi_(0.5)Al_(0.6) である場合
[M2のTi/Alの原子比率]=0.5/{0.6-(0.5+0.6)×0.2}?{0.5-(0.5+0.6)×0.2}/0.6=0.5/0.38?0.28/0.6={0.5/(0.5+0.38)}/{0.38/(0.5+0.38)}?{0.28/(0.28+0.6)}/{0.6/(0.28+0.6)}≒57/43?32/68
したがって,引用発明のM1,M2のTi/Alの原子比率は,何れも,本願発明の「95/5から25/75」の範囲と重複するものといえる。そして,引用発明の「Y,Nd」は本願発明の「第三成分」として特定されるものに含まれるから,「第三成分」に相当するとみることができる。そうすると,引用発明の「M1で示される金属の窒化物」と,「M2で示される金属の窒化物」は,何れも,本願発明の「Ti/Alの原子比率が95/5から25/75のTiとAl及び第三成分からなる窒化物」といえる。
(お)引用発明の「M1で示される金属の窒化物とM2で示される金属の窒化物を交互に5層以上被覆した多重被覆硬質工具」において,総厚さが2?20μmである「皮膜」は,皮膜の総厚みの2?80%の範囲である基体側の「M1またはM2の窒化物の層」と,皮膜の総厚みの20?98%の範囲である表面側の「M1の窒化物,M2の窒化物を交互に被覆した多重層」とからなるものといえる。よって,前記「多重被覆硬質工具」は,「M1で示される金属の窒化物」と「M2で示される金属の窒化物」という2種の窒化物を多層に被覆した皮膜を備える「被覆硬質工具」とみることができる。
(か)引用発明における「基体と皮膜との間に0.01μ?2μの厚みのM1,またはM2の金属層を介在させた」ことについて,「皮膜」は上記(え),(お)の検討から「TiAl及び第三成分の窒化物皮膜」とみることができる。そして,「窒化物」が「化合物」に含まれることは明らかである。また,引用発明の「M1,またはM2の金属層」は,「『Ti_(0.8)Al_(0.7)あるいはTi_(0.3)Al_(0.7)の1部を0.1?20at%の範囲においてY,Ndのいずれか1種以上に置き換えた金属』または『Ti_(0.5)Al_(0.5)あるいはTi_(0.5)Al_(0.6)の1部を0.1?20at%の範囲においてY,Ndのいずれか1種以上に置き換えた金属』の層」であるから,「TiAlと第三成分よりなる金属合金層」に他ならず,この層の厚みの「0.01μ?2μ」,即ち「10nm?2000nm」は,本願発明の「2nm?1000nm」と重複する範囲のものである。

以上の検討を踏まえると,本願発明と引用発明とは,
「Ti/Alの原子比率が95/5から25/75のTiとAl及び第三成分からなる窒化物の二種以上を多層に被覆した被覆硬質工具において,第三成分はY,Ndの1種以上であり,かつ基体と該TiAlと第三成分の化合物皮膜の間に2nmから1000nmの厚さを有するTiAlと第三成分よりなる金属合金層を介在させた被覆硬質工具。」
である点で一致し,以下の点で相違する。

相違点:TiAl及び第三成分の化合物皮膜につき,本願発明は,「X線回折における(200)面の回折強度をI(200),(111)面の回折強度をI(111)とした場合にI(200)/I(111)の比が2以下」であるのに対し,引用発明は,X線回折についての記載がない点。

上記相違点について検討する。
引用文献2には,上記(サ)の記載をみると,「基板表面に蒸着金属との窒化物が形成され,前記窒化物の(200)面および(111)面からのX線回折による特性値の比(I_(200)/I_(111))が1.0以下である表面硬化法」において,基材として「工具鋼」または「超硬」材を用いることが記載されているといえる。また,上記(ス)に,上記(サ)でいう「蒸着金属との窒化物」の具体例が「TiN膜」であることが,上記(セ)に,蒸着金属としてTiの他にAlも使用できることが示されている。さらに,上記(シ),(ス),(ソ)に,上記(サ)でいう「比(I_(200)/I_(111))」が1以下の領域にて「I_(200)/I_(111)の比率」に対して「硬さ」が一意的に決定されると共に,高い硬度の表面処理ができることが示されているといえる。
よって,引用文献2には,Ti又はAlの金属の窒化物膜を形成した工具鋼または超硬材において,該窒化物膜の(200)面および(111)面からのX線回折による特性値の比(I_(200)/I_(111))を1.0以下とすると,この比から硬さが一意的に決定されると共に,高い硬度にできることが教示されている。
一方,引用発明の「被覆硬質工具」は,上記(い)の検討から,「鋼」または「超硬合金」を基体とするものであって,この基体を被覆した皮膜は,(え),(お)の検討から,「TiとAlと第三成分の窒化物の皮膜」といえる。
そうすると,引用発明は,引用文献2記載の技術と,「工具鋼」または「超硬材」に「Ti又はAlの金属の窒化物膜」を形成する点で共通するものといえる。
よって,引用発明において,より硬度の高い膜を得るために,引用文献2の教示に従って,X線回折における(200)面の回折強度をI(200),(111)面の回折強度をI(111)とした場合にI(200)/I(111)の比を1.0以下にすることは当業者であれば困難なくなし得ることである。
そして,本願発明の効果についても,引用文献1,2から当業者であれば当然に予測される程度のものである。
よって,本願発明は,引用文献1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

なお,平成19年3月9日付けで補正した審判請求書における,「引用文献2は,「基体硬質合金と該TiAl及び第三成分の化合物皮膜の間に2nmから1000 nmの厚さを有するTi,TiAl若しくはTiAlと第三成分よりなる金属合金層を介在させた」という要件(d)を開示も示唆もしていません。・・・・・その上,引用文献1は,・・・・本発明と同様にアークイオンプレーティング法を用いていますが,引用文献2は,・・・・イオン注入法を用いています。・・・・・・・このように引用文献2は本発明と異なる表面硬化法を開示しており,引用文献1と組合せるのは不適切です。・・・・・更に本発明ではHV3000以上であるので,HV1150程度のものは参考にもなりません。I(200)/I(111)の比が2以下であるという本発明の要件(b)は,・・・・・充分に技術的意義のあります。・・・・・引用文献1及び2のいずれも本発明の特徴である要件(b)と要件(d)の組合せを開示も示唆もしておらず,かつ要件(b)と要件(d)の組合せにより,単独の場合より著しく優れた効果が得られるので,本発明は引用文献1及び2を組合せても容易に想到し得るものではありません。」(第3頁第29行?第4頁第12行)との請求人の主張について検討する。
引用発明は,上記(か)で検討したように,上記要件(d)を備えるものといえる。そして,上記相違点の項で検討したように,引用発明において,引用文献2の教示に従って,要件(b)を採用することは当業者が困難なくなし得ることである。
ここで,引用文献1において,皮膜の作製方法についての記載をみると,上記(キ)に,アークイオンプレーティング法が記載されている。しかし,この方法は,上記(ク)でいう「PVD法」の一例であって,引用発明をアークイオンプレーティング法により得られるものに限定するものとはいえない。一方,引用例2に記載されるイオン注入法が,PVD法に含まれることは技術常識から自明である。
そうすると,引用文献2に,PVD法に含まれる「イオン注入法」により要件(b)にすることが記載されていることにより,引用発明において,引用文献2記載の要件(b)についての技術思想を採用することを妨げる事由になるとはいえない。
さらに,引用文献1には,上記(カ)に「(TiAl)Nといった新しい種類の皮膜が開発され注目されてきている。・・・・TiNのビッカース硬さ2200に比べ・・・・(TiAl)Nは・・・・概略2300?2800のビッカース硬さを有し,TiN比べ耐摩耗性を高める一方耐酸化性が優れるため刃先が高温になる切削条件下などで優れた特性を発揮するものである。」と記載されている。そして,引用発明の「TiAl及び第三成分の窒化物皮膜」は,(TiAl)Nに第三成分を添加した皮膜とみることができるから,引用発明の皮膜は,そもそも,(TiAl)N膜と同様に,TiN膜よりも硬度が高く,2300?2800程度のビッカース硬さを有し,刃先が高温になる切削条件下などで優れた特性を備えるものといえる。
そして,引用文献2には,相違点の項で検討したように,Tiの窒化物膜,Alの窒化物膜の何れもが,I(200)/I(111)の比を1.0以下とすることにより表面硬度を上昇させることが開示されているから,引用発明の「TiAl及び第三成分の窒化物皮膜」においても,上記比を1.0以下とすれば,表面硬度を上昇させることは当業者には当然に予測されることである。
そうであれば,引用文献2には,TiNの硬度上昇が,本願発明のHV3000に比べて低いHvで1150程度であることが示されているとしても,引用発明と引用文献2を結びつけることの阻害要因にはなり得ない。また,請求人が主張する効果は,引用文献1,2の記載から予測し得るものであり,格別のものとはいえない。
したがって,請求人の上記主張は採用できない。

4.むすび
以上のとおり,本願発明は,引用文献1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって,その余の請求項について論及するまでもなく,本願は拒絶すべきものである。
よって結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-02-05 
結審通知日 2009-02-18 
審決日 2009-03-04 
出願番号 特願平9-312817
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C23C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 牟田 博一  
特許庁審判長 板橋 一隆
特許庁審判官 安齋 美佐子
木村 孔一
発明の名称 被覆硬質工具  
代理人 高石 橘馬  
代理人 高石 橘馬  

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