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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B60T
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 B60T
管理番号 1201429
審判番号 不服2008-25415  
総通号数 117 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-09-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-10-02 
確定日 2009-07-30 
事件の表示 特願2003- 8820「制動システム」拒絶査定不服審判事件〔平成16年 8月 5日出願公開、特開2004-217131〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成15年1月16日の出願であって、平成20年8月26日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成20年10月2日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに、平成20年11月4日付けで手続補正がなされたものである。

2.平成20年11月4日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成20年11月4日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。
[理由]
(1)本件補正後の本願発明
本件補正により、特許請求の範囲は、
「【請求項1】
マスタシリンダとホイルシリンダが連通可能であり、ブレーキ液の液圧によって前記ホイルシリンダを駆動することで車輪に制動力を与える制動装置と、前記液圧を制御する液圧制御手段とを備える制動システムにおいて、
前記液圧制御手段は、
第1の制御モードにおいては、前記車輪の実スリップ率が目標スリップ率となるように前記液圧を制御しており、実スリップ率が基準値を超えた場合には、前記車輪の回転がロックしないように、前記液圧が低下する方向に目標スリップ率を設定し、
前記第1の制御モードにおいて、前記車輪の横力を開放する条件が満たされた場合には、目標スリップ率を、前記第1の制御モードにおいて決定される目標スリップ率よりも増加させる方向に変更して目標スリップ率を、スリップ率10?20%のμピーク領域から外れた領域内に設定し、前記ホイルシリンダ内の液圧を前記マスタシリンダ内の液圧よりも増加させることを特徴とする制動システム。
【請求項2】
前記車輪の横力を開放する条件が満たされた場合とは、車両がオーバーステア状態の場合であることを特徴とする請求項1に記載の制動システム。
【請求項3】
前記オーバーステア状態とは、車体速度とハンドルの操舵角から推定される目標ヨーレートよりも実際のヨーレートが大きい場合であることを特徴とする請求項2に記載の制動システム。」に補正された。
上記補正は、請求項1についてみると、本件補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「目標スリップ率」について「目標スリップ率を、スリップ率10?20%のμピーク領域から外れた領域内に設定し、」という事項を付加して減縮するものであって、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明1」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。
(2)引用例
(2-1)引用例1
特開平10-129441号公報(以下、「引用例1」という。)には、下記の事項が図面とともに記載されている。
(あ)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、車両の旋回時等において、ブレーキペダルの操作に起因した制動状態にあるか否かに拘らず各車輪に対して制動力を付与することにより、過度のオーバーステア及び過度のアンダーステアを抑制制御する制動操舵制御機能と、制動時に車輪がロックしないように車輪に対する制動力を制御してスリップを防止するアンチスキッド制御機能を有する車両の運動制御装置に関する。」
(い)「【0006】然し乍ら、車両の各車輪で実行し得る制御モードは一つであるので、例えば一つの車輪で制動操舵制御が行なわれているときにアンチスキッド制御モードが設定されると、アンチスキッド制御モードでは制動力の増大は出来ないので、減圧作動による操舵制御のみとなるが、減圧しすぎると制動力が低下するという背反事項がある。これは、制動操舵制御が車輪に対して制動力を付与する制御であるのに対し、アンチスキッド制御が、ロック傾向の車輪に対する制動力を低減する制御であることから生ずる。このような場合には、アンチスキッド制御モードを優先して処理する必要があるが、操舵制御機能を停止させることは望ましくない。
【0007】図16は路面の摩擦係数μ及びコーナリングフォースCFとスリップ率Sとの関係を示すμ-S特性図である。また、図17は一つの車輪に対するアンチスキッド制御状況を示すもので、図16のμ-S曲線に付したa乃至dの点に対応する時点にa乃至dを付している。図17において、Vso**は推定車体速度、Vw** は車輪速度、Wc** はホイールシリンダ液圧を表す。また、図16及び図17において、c点は摩擦係数のピーク値(μピーク)で、アンチキッド制御開始時を表し、d点は急減圧作動の終了時点、a点は保持(又は、減圧作動)から増圧作動に転じた時点、b点は増圧補償処理を終了すべき時点を夫々表す。そして、図17に示すように、c点からa点までが減圧補償処理が行なわれる領域で、a点からb点までが増圧補償処理が行なわれる領域である。
【0008】図16から明らかなように、a点からd点に至る過程でコーナリングフォースCFが急激に減少するので、これを利用して操舵制御を行なうことができる。このとき、コーナリングフォースCFを迅速に減少させるためにはc点乃至d点に迅速に到達させればよいが、アンチスキッド制御を損なわないよう、減圧作動後のa点からb点への移行(増圧補償処理)を迅速に行なうことが肝要である。
【0009】而して、制御対象の車輪に対し制動操舵制御とアンチスキッド制御が同時に行なわれるとき、即ち、制御対象の車輪がアンチスキッド制御中に制動操舵制御が行なわれるとき、もしくは制動操舵制御中にアンチスキッド制御が行なわれるときには、コーナリングフォースを迅速に減少させることによって、アンチスキッド制御を損なうことなく操舵制御を行なうことができる。
【0010】一方、制動操舵制御に基づいて設定される目標スリップ率は、アンチスキッド制御の側からみれば過大となる場合があるので、制御対象の車輪に対しアンチスキッド制御が行なわれるときには、目標スリップ率に一定の制限を加える必要がある。
【0011】そこで、本発明は、車両の運動制御装置において、制御対象の車輪に対し制動操舵制御とアンチスキッド制御が同時に行なわれるときには、迅速にコーナリングフォースが減少するように制御し、両制御を円滑に行ない得る構成とすることを課題とする。
【0012】また、本発明は、車両の運動制御装置において、制御対象の車輪に対しアンチスキッド制御を実行中は、制動操舵制御に基づいて設定される目標スリップ率に制限を加え、適切にアンチスキッド制御を行ない得る構成とすることを課題とする。」
(う)「【0035】そして、ステップ109に進み制動操舵制御処理が行なわれ、後述するように制動操舵制御に供する目標スリップ率が設定され、後述のステップ117の液圧サーボ制御により、車両の運転状態に応じてブレーキ液圧制御装置PCが制御され各車輪に対する制動力が制御される。この制動操舵制御は、後述する全ての制御モードにおける制御に対し重畳される。この後ステップ110に進み、アンチスキッド制御開始条件を充足しているか否かが判定される。開始条件を充足し制動操舵時にアンチスキッド制御開始と判定されると、ステップ111にて制動操舵制御及びアンチスキッド制御の両制御を行なうための制御モードに設定される。
【0036】…
【0037】尚、アンチスキッド制御モードにおいては、前述のように、車両制動時に車輪がロックしないように、各車輪に付与する制動力が制御される。また、…」
(え)「【0047】図6及び図7は図4のステップ117で行なわれる液圧サーボ制御の処理内容を示すもので、各車輪についてホイールシリンダ液圧のスリップ率サーボ制御が行なわれる。先ず、前述のステップ205,207又は208にて設定された目標スリップ率St** がステップ301にて読み出され、これらがそのまま各車輪の目標スリップ率St** として読み出される。次に、ステップ302に進みアンチスキッド制御中か否かが判定され、そうであればステップ303にて、目標スリップ率St** に対し、図13に示すように所定の制限が課せられる。
【0048】即ち、制動操舵制御上の要請から車体横すべり角βに基づいて設定される目標スリップ率St** が20%を超える場合には、アンチスキッド制御中であれば、20%以下とされる。而して、ステップ304に進み、この目標スリップ率St** にアンチスキッド制御用のスリップ率補正量ΔSs** が加算されて、目標スリップ率St** が更新される。アンチスキッド制御中でなければ、ステップ305に進み前後制動力配分制御中か否かが判定される。ステップ305で前後制動力配分制御中と判定されると、ステップ306にて目標スリップ率St** にスリップ率補正量ΔSb** が加算されて更新され、そうでなければステップ307に進む。」
(お)「【0053】この後、ステップ320に進み、各車輪毎に、上記パラメータX**,Y**に基づき、図11に示す制御マップに従って液圧制御モードが設定される。図11においては予め急減圧領域、パルス減圧領域、保持領域、パルス増圧領域及び急増圧領域の各領域が設定されており、ステップ320にてパラメータX**及びY**の値に応じて、何れの領域に該当するかが判定される。尚、非制御状態では、液圧制御モードは設定されない(ソレノイドオフ)。更に、ステップ320にて今回判定された領域が、前回判定された領域に対し、増圧から減圧もしくは減圧から増圧に切換わる場合には、ステップ321において増減圧補償処理が行われるが、これについては後述する。そして、ステップ322にて上記液圧制御モードに応じて、ブレーキ液圧制御装置PCを構成する各電磁弁のソレノイドが駆動され、各車輪の制動力が制御される。
【0054】図8は上記ステップ321で実行される増減圧補償処理のうちの増圧補償処理の内容を示すもので、先ずステップ401において、制動操舵制御及びアンチスキッド制御の両制御を行なうための制御モード(図4のステップ111で設定)に設定されているか否かが判定される。「制動操舵制御+アンチスキッド制御」の制御モードに設定されていると判定されると、ステップ402に進み、急増圧モードか否かが判定され、急増圧モードでなければ更にステップ403に進み、パルス増圧モードか否かが判定される。而して、急増圧モードであれば、ステップ404にて急増圧時間が修正され、パルス増圧モードであれば、ステップ405にて増圧勾配が修正される。
【0055】上記ステップ404において実行される急増圧時間の修正は、「制動操舵制御+アンチスキッド制御」の制御モード時の急増圧時間を、アンチスキッド制御のみの制御モード時の急増圧時間より長く設定することによって行なわれる。例えば、前回までの総減圧時間に応じて設定されるホイールシリンダ液圧回復時の目標液圧係数がKt倍とされる(例えば、Kt=1.2)。具体的には、今回の急増圧時間がアンチスキッド制御のみの制御モード時のKt倍とされる。
【0056】一方、上記ステップ405において実行されるパルス増圧モード時の増圧勾配の修正は、図14及び図15に基づき、「制動操舵制御+アンチスキッド制御」の制御モード時のデューティ比を、アンチスキッド制御のみの制御モード時のデューティ比より大に設定することによって行なわれる。具体的には、パルス増圧の実行回数に応じて増圧時間(電磁弁のオン時間)が図14に示すように設定される。また、マスタシリンダ液圧とホイールシリンダ液圧の液圧差に応じて、パルス増圧信号の周期が図15に示すように設定される。
【0057】この後、ステップ406に進み、アンチスキッド制御のみの制御モードにおける増減圧補償処理、マスタシリンダ液圧及びホイールシリンダ液圧の変動に伴う増減圧補償処理等、種々の増減圧補償処理が行なわれる。尚、これらについては本願発明に直接関係しないので説明を省略する。
【0058】而して、上記ステップ404,405の処理によって急速に目標スリップ率St** が増大し、迅速に(μピークを超えて)図16のc点乃至d点に至り、コーナリングフォースCFを急減させることができ、これによりアンチスキッド制御中でも操舵制御が可能となる。しかも、ステップ303においてスリップ率補正量ΔSs**の上限値が設定されているので、過剰な制御が防止される。」
以上の記載事項及び図面からみて、引用例1には、次の発明(以下、「引用例1発明」という。)が記載されているものと認められる。
「マスタシリンダMCとホイルシリンダWfr、Wfl、Wrr、Wrlが連通可能であり、ブレーキ液の液圧によって前記ホイルシリンダを駆動することで車輪に制動力を与え、前記液圧を制御するブレーキ液圧制御装置を備える車両の運動制御装置において、
前記ブレーキ液圧制御装置は、
制動操舵制御及びアンチスキッド制御の両制御を行なうための制御モードにおける増圧から減圧もしくは減圧から増圧に切換わる場合の増減圧補償処理において、パルス増圧モード時の増圧勾配の修正がアンチスキッド制御のみの制御モード時のデューティ比より大に設定することによって行なわれ、目標スリップ率St** が増大して迅速に(μピークを超えて)所定のスリップ率に至り、コーナリングフォースCFを急減させることができ、これによりアンチスキッド制御中でも操舵制御が可能となるようにした車両の運動制御装置。」
(3)対比
本願補正発明1と引用例1発明とを比較すると、後者の「ブレーキ液圧制御装置」は前者の「液圧制御手段」に相当し、以下同様に、「アンチスキッド制御のみの制御モード」は「第1の制御モード」に、「制動操舵制御及びアンチスキッド制御の両制御を行なうための制御モード」は「前記第1の制御モードにおいて、前記車輪の横力を開放する条件が満たされた場合」に、「車両の運動制御装置」は「制動システム」にそれぞれ相当する。また、引用例1発明が「制動力を与え」る「制動装置」を具備すると捉え得ることは明らかであり、同じく「アンチスキッド制御のみの制御モード」が実質的に「前記車輪の実スリップ率が目標スリップ率となるように前記液圧を制御しており、実スリップ率が基準値を超えた場合には、前記車輪の回転がロックしないように、前記液圧が低下する方向に目標スリップ率を設定」することは明らかである。
したがって、本願補正発明1の用語に倣って整理すると、両者は、
「マスタシリンダとホイルシリンダが連通可能であり、ブレーキ液の液圧によって前記ホイルシリンダを駆動することで車輪に制動力を与える制動装置と、前記液圧を制御する液圧制御手段とを備える制動システムにおいて、
前記液圧制御手段は、
第1の制御モードにおいては、前記車輪の実スリップ率が目標スリップ率となるように前記液圧を制御しており、実スリップ率が基準値を超えた場合には、前記車輪の回転がロックしないように、前記液圧が低下する方向に目標スリップ率を設定する制動システム。」である点で一致し、以下の点で相違している。
[相違点1]
本願補正発明1は「前記第1の制御モードにおいて、前記車輪の横力を開放する条件が満たされた場合には、目標スリップ率を、前記第1の制御モードにおいて決定される目標スリップ率よりも増加させる方向に変更して目標スリップ率を、スリップ率10?20%のμピーク領域から外れた領域内に設定し、前記ホイルシリンダ内の液圧を前記マスタシリンダ内の液圧よりも増加させる」のに対して、引用例1発明は「制動操舵制御及びアンチスキッド制御の両制御を行なうための制御モードにおける増圧から減圧もしくは減圧から増圧に切換わる場合の増減圧補償処理において、パルス増圧モード時の増圧勾配の修正がアンチスキッド制御のみの制御モード時のデューティ比より大に設定することによって行なわれ、目標スリップ率St** が増大して迅速に(μピークを超えて)所定のスリップ率に至り、コーナリングフォースCFを急減させることができ、これによりアンチスキッド制御中でも操舵制御が可能となるようにした」点。
(4)判断
[相違点1]について
上記に摘記した引用例1の段落【0047】、【0048】、【0058】等の記載をみると、引用例1発明における「パルス増圧モード時の増圧勾配の修正がアンチスキッド制御のみの制御モード時のデューティ比より大に設定することによって行なわれ、目標スリップ率St** が増大して迅速に(μピークを超えて)所定のスリップ率に至り」という事項は実質的にみて、本願補正発明1の「目標スリップ率を、前記第1の制御モードにおいて決定される目標スリップ率よりも増加させる方向に変更して目標スリップ率」を「μピーク領域から外れた領域内に設定し」という事項に相当することは明らかである。引用例1発明の「μピーク」の領域は適宜の設計的事項にすぎない。
次に、ABS制御を行うとともにBA制御時に「ホイルシリンダ内の液圧をマスタシリンダ内の液圧よりも増加させる」ものは、特開平11-11285号公報(特に段落【0025】?【0028】)、特開平11-334556号公報(特に段落【0029】、【0030】、なお、段落【0025】、段落【0027】)に示されているように周知であり、また、制動力によるオーバステア抑制制御において「ホイルシリンダ液圧をマスタシリンダ液圧より高める」ものは、特開平09-309420号公報(特に段落【0043】)、特開平09-290731号公報(特に段落【0036】、【0037】)に示されているように周知であると認められる。引用例1発明における例えばABS制御の増圧モードにおいて迅速に増圧すべき場合に、このような「ホイルシリンダ内の液圧をマスタシリンダ内の液圧よりも増加させる」等の周知の事項を採用することは当業者であれば容易に想到し得たものと認められる。
そして、本願補正発明1の作用効果は、引用例1に記載された発明に基づいて当業者が予測し得た程度のものである。

なお、審判請求人は審判請求の理由において、「しかしながら、引用文献1では、目標スリップ率を増加させますが、これをμピーク領域内に制限しております。すなわち、引用文献1では、要件(C)を具備しておりません。詳細には、同公報の段落(0048)に記載のように、「目標スリップ率St**が20%を超える場合には、アンチスキッド制御中であれば、20%以下とされる。」とされております。なお、引用文献1には、本願発明との対比において、誤解を生む箇所がありますので、予め指摘させて頂きます。すなわち、段落(0058)においては、「而して、上記ステップ404,405の処理によって急速に目標スリップ率St**が増大し、迅速に(μピークを超えて)図16 のc点乃至d点に至り、コーナリングフォースCFを急減させることができ、これによりアンチスキッド制御中でも操舵制御が可能となる。しかも、ステップ303においてスリップ率補正量ΔSs**の上限値が設定されているので、過剰な制御が防止される。」と記載されております。これは、目標スリップ率を、μピーク領域(10?20%)の範囲から逸脱させるという意味ではございません。すなわち、引用文献1では、目標スリップ率は、μのピーク値は超えますが、依然として、20%以下に収まるように制御しております。この記載が誤解を招く理由は、同記載の「スリップ率補正量ΔSs**の上限値が設定されている」が不明瞭な誤記であるためであり、この誤記は、同公報の対応する「特許公報」(特許第3812017号公報)では、「目標スリップ率St**の上限値が設定されている」修正されております。」と主張している。
確かに、「特許公報」(特許第3812017号公報)では「目標スリップ率St**の上限値が設定されている」と修正されていることはそのとおりであるが、該「特許公報」の段落【0058】には正確には「しかも、ステップ303において目標スリップ率St**の上限値が設定されているので、過剰な制御が防止される。」と記載されている。そして引用例1には上記に摘記したとおり、
「【0047】図6及び図7は図4のステップ117で行なわれる液圧サーボ制御の処理内容を示すもので、各車輪についてホイールシリンダ液圧のスリップ率サーボ制御が行なわれる。先ず、前述のステップ205,207又は208にて設定された目標スリップ率St** がステップ301にて読み出され、これらがそのまま各車輪の目標スリップ率St** として読み出される。次に、ステップ302に進みアンチスキッド制御中か否かが判定され、そうであればステップ303にて、目標スリップ率St** に対し、図13に示すように所定の制限が課せられる。
【0048】即ち、制動操舵制御上の要請から車体横すべり角βに基づいて設定される目標スリップ率St** が20%を超える場合には、アンチスキッド制御中であれば、20%以下とされる。而して、ステップ304に進み、この目標スリップ率St** にアンチスキッド制御用のスリップ率補正量ΔSs** が加算されて、目標スリップ率St** が更新される。…」と記載されているのであって、
「【0058】而して、上記ステップ404,405の処理によって急速に目標スリップ率St** が増大し、迅速に(μピークを超えて)図16のc点乃至d点に至り、コーナリングフォースCFを急減させることができ、これによりアンチスキッド制御中でも操舵制御が可能となる。…」との記載を参酌すると、ステップ303で制限が課されているとしても、それに続くステップ304でアンチスキッド制御用のスリップ率補正量ΔSs** が加算されて更新され、結局、μピーク領域から逸脱することもあり得るのは明らかであって、「この記載が誤解を招く理由は、同記載の「スリップ率補正量ΔSs**の上限値が設定されている」が不明瞭な誤記であるためであり、この誤記は、同公報の対応する「特許公報」(特許第3812017号公報)では、「目標スリップ率St**の上限値が設定されている」修正されております。」ことを理由にした「引用文献1では、目標スリップ率は、μのピーク値は超えますが、依然として、20%以下に収まるように制御しております。」との主張に首肯することはできない。

したがって、本願補正発明1は、引用例1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
(5)むすび
本願補正発明1について以上のとおりであるから、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定違反するものであり、本件補正における他の補正事項を検討するまでもなく、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

3.本願発明
平成20年11月4日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?3に係る発明(以下、「本願発明1」?「本願発明3」という。)は、平成20年4月3日付け手続補正により補正された明細書、及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
マスタシリンダとホイルシリンダが連通可能であり、ブレーキ液の液圧によって前記ホイルシリンダを駆動することで車輪に制動力を与える制動装置と、前記液圧を制御する液圧制御手段とを備える制動システムにおいて、
前記液圧制御手段は、
第1の制御モードにおいては、前記車輪の実スリップ率が目標スリップ率となるように前記液圧を制御しており、実スリップ率が基準値を超えた場合には、前記車輪の回転がロックしないように、前記液圧が低下する方向に目標スリップ率を設定し、
前記第1の制御モードにおいて、前記車輪の横力を開放する条件が満たされた場合には、目標スリップ率を、前記第1の制御モードにおいて決定される目標スリップ率よりも増加させる方向に変更し、前記ホイルシリンダ内の液圧を前記マスタシリンダ内の液圧よりも増加させることを特徴とする制動システム。
【請求項2】
前記車輪の横力を開放する条件が満たされた場合とは、車両がオーバーステア状態の場合であることを特徴とする請求項1に記載の制動システム。
【請求項3】
前記オーバーステア状態とは、車体速度とハンドルの操舵角から推定される目標ヨーレートよりも実際のヨーレートが大きい場合であることを特徴とする請求項2に記載の制動システム。」

3-1.本願発明1について
(1)本願発明1
上記のとおりである。
(2)引用例
引用例1、及びその記載事項は上記2.に記載したとおりである。
(3)対比・判断
本願発明1と引用例1発明とを比較すると、本願発明1は実質的に、上記2.で検討した本願補正発明1の「目標スリップ率を、スリップ率10?20%のμピーク領域から外れた領域内に設定し、」という事項を削除したものに相当する。
そうすると、本願発明1の構成要件をすべて含み、さらに他の構成要件を付加したものに相当する本願補正発明1が、上記2.に記載したとおり、引用例1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明1も、同様の理由により、引用例1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(4)むすび
以上のとおり、本願発明1は引用例1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に基づいて特許を受けることができない。
そして、本願発明1が特許を受けることができないものである以上、本願発明2、3について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-05-29 
結審通知日 2009-06-02 
審決日 2009-06-15 
出願番号 特願2003-8820(P2003-8820)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (B60T)
P 1 8・ 121- Z (B60T)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 山本 健晴  
特許庁審判長 山岸 利治
特許庁審判官 藤村 聖子
村本 佳史
発明の名称 制動システム  
代理人 黒木 義樹  
代理人 黒木 義樹  
代理人 長谷川 芳樹  
代理人 鈴木 光  
代理人 鈴木 光  
代理人 長谷川 芳樹  

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