• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 F02D
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F02D
管理番号 1204190
審判番号 不服2007-13510  
総通号数 119 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-11-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-05-10 
確定日 2009-09-17 
事件の表示 特願2003-101397「圧縮比変更機構の故障を検知して制御を行う内燃機関」拒絶査定不服審判事件〔平成16年11月 4日出願公開、特開2004-308510〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1.手続の経緯
本件出願は、平成15年4月4日に出願されたものであって、平成18年6月26日付けの拒絶理由通知に対して平成18年9月4日に意見書及び手続補正書が提出され、さらに、平成18年10月26日付けの最後の拒絶理由通知に対して平成18年12月28日に意見書及び手続補正書が提出されたが、平成19年3月29日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成19年5月10日に拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに、平成19年6月11日付けの手続補正書(方式)により請求の理由が補充されるとともに同日付けの手続補正書によって明細書の一部を補正する手続補正がなされ、その後、平成21年1月27日付けの書面による審尋に対し平成21年4月3日付けで回答書が提出されたものである。

第2.平成19年6月11日付けの手続補正についての補正却下の決定
〔補正却下の決定の結論〕
平成19年6月11日付けの手続補正を却下する。

〔理 由〕
1.本件補正の内容
(1)平成19年6月11日付けの手続補正書による手続補正(以下、単に「本件補正」という。)は、特許請求の範囲に関して、本件補正により補正される前の(すなわち、平成18年12月28日付けの手続補正書により補正された)特許請求の範囲の下記(a)に示す請求項1ないし6の記載を、下記(b)に示す請求項1ないし5と補正するものである。

(a)本件補正前の請求項
「【請求項1】 燃料および空気の混合気を燃焼室内で圧縮し、該圧縮した混合気を燃焼させることによって動力を出力する内燃機関であって、
前記混合気の圧縮の程度を表す指標たる圧縮比を、最も低い設定の第1の圧縮比および最も高い設定の第2の圧縮比の、少なくとも2段階に変更可能な圧縮比変更機構と、
前記圧縮比変更機構の動作を制御することにより、前記圧縮比を前記内燃機関の運転条件に応じて制御する圧縮比制御手段と、
前記燃焼室内に所定のタイミングで火花を飛ばすことにより、前記圧縮された混合気の燃焼を開始する点火手段と、
前記内燃機関が冷態状態にあることを検知する冷態状態検知手段と、
前記内燃機関が冷態状態にある場合に、前記点火手段を制御して、前記火花を飛ばすタイミングを前記所定のタイミングから遅らせる遅角制御を行う冷態時遅角制御手段と、
前記圧縮比変更機構において、前記圧縮比を、少なくとも前記第2の圧縮比には変更できない故障が発生したことを検知する故障検知手段と、
前記故障の発生が検知された場合に、前記混合気の燃焼の安定性を低下させる制御の一つとしての前記遅角制御の実行を抑制する所定制御抑制手段と
を備える内燃機関。
【請求項2】 燃料および空気の混合気を燃焼室内で圧縮し、該圧縮した混合気を燃焼させることによって動力を出力する内燃機関であって、
前記混合気が燃焼することによって生じた燃焼ガスの一部を前記燃焼室内に還流させるEGR制御を行うEGR制御手段と、
前記混合気の圧縮の程度を表す指標たる圧縮比を、最も低い設定の第1の圧縮比および最も高い設定の第2の圧縮比の、少なくとも2段階に変更可能な圧縮比変更機構と、
前記圧縮比変更機構の動作を制御することにより、前記圧縮比を前記内燃機関の運転条件に応じて制御する圧縮比制御手段と、
前記圧縮比変更機構において、前記圧縮比を、少なくとも前記第2の圧縮比には変更できない故障が発生したことを検知する故障検知手段と、
前記故障の発生が検知された場合に、前記混合気の燃焼の安定性を低下させる制御の一つとしての前記EGR制御の実行を抑制する所定制御抑制手段と
を備える内燃機関。
【請求項3】 請求項1または請求項2記載の内燃機関であって、
前記故障検知手段は、前記圧縮比変更機構が前記第2の圧縮比以外の圧縮比で固着していることを検知する手段である内燃機関。
【請求項4】 請求項1または請求項2記載の内燃機関であって、
更に、前記混合気中の燃料に対する空気の比率を表す空燃比を、空気と燃料とが過不足なく燃焼する比率たる理論空燃比、または空気に対して燃料が不足する比率たる希薄空燃比の少なくともいずれかに、前記運転条件に応じて制御する空燃比制御手段を備え、
前記所定制御抑制手段は、前記故障の発生が検知された場合には、前記所定の制御の実行の抑制に加えて、前記混合気を前記希薄空燃比に設定する制御を抑制する内燃機関。
【請求項5】 請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の内燃機関であって、
前記故障検知手段は、前記圧縮比変更機構が固着していることを検出する手段であり、
所定制御抑制手段は、
前記所定の制御について、固着した圧縮比毎に許容される制御内容を記憶した許容制御内容記憶手段を備えるとともに、
前記所定の制御の実行を、固着した圧縮比で許容されている制御内容に抑制する手段である内燃機関。
【請求項6】 請求項1または請求項2記載の内燃機関であって、
前記燃焼室内に吸入される空気を導入する吸気通路と、
前記吸気通路内に燃料を噴射する第1の燃料噴射弁と、
前記燃焼室内に燃料を噴射する第2の燃料噴射弁と、
前記運転条件に応じて、前記第1の燃料噴射弁および前記第2の燃料噴射弁の少なくとも一方から燃料を噴射する燃料噴射制御手段と
を備え、
前記所定制御抑制手段は、前記故障の発生が検知された場合には、前記第1の燃料噴射弁から燃料を噴射する制御を抑制する手段である内燃機関。」

(b)本件補正後の請求項
「【請求項1】 燃料および空気の混合気を燃焼室内で圧縮し、該圧縮した混合気を燃焼させることによって動力を出力する内燃機関であって、
前記内燃機関の運転条件を検出する運転条件検出手段と、
前記混合気の圧縮の程度を表す指標たる圧縮比を、最も低い設定の第1の圧縮比および最も高い設定の第2の圧縮比の、少なくとも2段階に変更可能な圧縮比変更機構と、
前記燃焼室内に所定のタイミングで火花を飛ばすことにより、前記圧縮された混合気の燃焼を開始する点火手段と、
前記内燃機関が冷態状態にあることを検知する冷態状態検知手段と、
前記内燃機関が冷態状態にある場合には、前記圧縮比変更機構の動作を制御して、前記内燃機関の圧縮比を、前記第1の圧縮比よりは高い圧縮比であって、前記検出された内燃機関の運転状態により定まる圧縮比に制御する圧縮比制御手段と、
前記内燃機関が冷態状態にある場合に、前記点火手段を制御して、前記火花を飛ばすタイミングを前記所定のタイミングから遅らせる遅角制御を行う冷態時遅角制御手段と、
前記圧縮比変更機構において、前記圧縮比を、少なくとも前記第2の圧縮比には変更できない故障が発生したことを検知する故障検知手段と、
前記故障の発生が検知された場合に、前記混合気の燃焼の安定性を低下させる制御の一つとしての前記遅角制御の実行を抑制する所定制御抑制手段と
を備える内燃機関。
【請求項2】 請求項1記載の内燃機関であって、
前記故障検知手段は、前記圧縮比変更機構が前記第2の圧縮比以外の圧縮比で固着していることを検知する手段である内燃機関。
【請求項3】 請求項1記載の内燃機関であって、
更に、前記混合気中の燃料に対する空気の比率を表す空燃比を、空気と燃料とが過不足なく燃焼する比率たる理論空燃比、または空気に対して燃料が不足する比率たる希薄空燃比の少なくともいずれかに、前記運転条件に応じて制御する空燃比制御手段を備え、
前記所定制御抑制手段は、前記故障の発生が検知された場合には、前記所定の制御の実行の抑制に加えて、前記混合気を前記希薄空燃比に設定する制御を抑制する内燃機関。
【請求項4】 請求項1または請求項2記載の内燃機関であって、
前記故障検知手段は、前記圧縮比変更機構が固着していることを検出する手段であり、
所定制御抑制手段は、
前記所定の制御について、固着した圧縮比毎に許容される制御内容を記憶した許容制御内容記憶手段を備えるとともに、
前記所定の制御の実行を、固着した圧縮比で許容されている制御内容に抑制する手段である内燃機関。
【請求項5】 請求項1記載の内燃機関であって、
前記燃焼室内に吸入される空気を導入する吸気通路と、
前記吸気通路内に燃料を噴射する第1の燃料噴射弁と、
前記燃焼室内に燃料を噴射する第2の燃料噴射弁と、
前記運転条件に応じて、前記第1の燃料噴射弁および前記第2の燃料噴射弁の少なくとも一方から燃料を噴射する燃料噴射制御手段と
を備え、
前記所定制御抑制手段は、前記故障の発生が検知された場合には、前記第1の燃料噴射弁から燃料を噴射する制御を抑制する手段である内燃機関。」

(2)本件補正は、本件補正後の請求項1については、本件補正前の請求項1における「前記圧縮比変更機構の動作を制御することにより、前記圧縮比を前記内燃機関の運転条件に応じて制御する圧縮比制御手段」の記載を「前記内燃機関が冷態状態にある場合には、前記圧縮比変更機構の動作を制御して、前記内燃機関の圧縮比を、前記第1の圧縮比よりは高い圧縮比であって、前記検出された内燃機関の運転状態により定まる圧縮比に制御する圧縮比制御手段」と補正することで、「内燃機関の運転条件」を「内燃機関が冷態状態」と減縮し、また、「圧縮比変更機構の動作を制御」を「内燃機関の圧縮比を、前記第1の圧縮比よりは高い圧縮比であって、前記検出された内燃機関の運転状態により定まる圧縮比に制御」と減縮するとともに、「前記内燃機関の運転条件を検出する運転条件検出手段」の記載を新たに付加することにより、内燃機関が運転条件検出手段を備える点を減縮する補正がなされている。してみると、本件補正における請求項1に関する補正事項は、本件補正前の請求項1における発明特定事項を限定的に減縮するものである。
そうすると、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号に規定される特許請求の範囲を減縮することを目的とするものと認められる。
なお、平成19年6月11日付けの手続補正書(方式)により補充された請求の理由(以下、単に「審判請求理由」という。)において、請求人は、「[2]小括・・・同時提出の手続補正書により補正した事項は、いずれも本願出願時の明細書および図面の開示の範囲内であり、かつ不明瞭な記載の釈明にあたり、審判請求時の補正の要件(特許法第17条の2第4項)にも合致するものです。」旨を主張する(なお、下線は当審が付した。)。しかしながら、不明りょうな記載の釈明のための特許請求の範囲の補正は、拒絶理由通知で記載不備が指摘されている事項ついてするものに限られているのであるから、進歩性欠如に係る拒絶の理由を解消するための特許請求の範囲の補正である本件補正は、不明りょうな記載の釈明に該当しないものである。

(3)そこで、本件補正により補正される請求項1に記載された事項により特定される発明(以下、単に「本願補正発明」という。)が、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるのかどうかについて、以下に検討する。

2.独立特許要件
(1)引用文献
・実願昭62-193640号(実開平1-97055号)のマイクロフィルム(以下、「引用文献1」という。)
・特開2002-285898号公報(以下、「引用文献2」という。)
・実願昭62-193639号(実開平1-97054号)のマイクロフィルム(以下、「引用文献3」という。)
・実願昭62-191544号(実開平1-95549号)のマイクロフィルム(以下、「引用文献4」という。)

(2)引用文献の記載内容
ア.引用文献1の記載内容
原査定の拒絶理由に引用された上記引用文献1には、図面とともに次の事項が記載されている。なお、下線は当審が付した。

(a)「リーンバーン制御中に低圧縮比状態が一時的に続いている状態となる。この結果、熱効率の大幅な低下を招くと共に、運転性が頗る悪化するという不具合が生じる。」(明細書第4ページ第10?13行)

(b)「実施例
第2図は、この考案に係る制御装置の機械的構成を示す構成説明図である。
図中1は各気筒の吸気ポートに燃料を噴射する燃料噴射弁2を備えた4気筒ガソリン機関であり、この内燃機関1は、圧縮比可変機構を有するピストン3を備えている。・・・例えば機関低負荷域では・・・高圧縮比状態が創成される。・・・高負荷域では・・・低圧縮比状態が応答性よく創成されるようになっている。」(明細書第5ページ第19行?第7ページ第11行)

(c)「第2図の21はマイクロコンピュータからなるコントロールユニットであって、このコントロールユニット21は、上記圧縮比可変機構の圧縮比領域の検出や、リーンバーン制御を含む燃料供給量制御並びにリーンバーン遅延制御等を行っており、この種々な制御を行うために、各種センサからの信号を入力している。すなわち、22はディストリビュータ23に内蔵されて内燃機関1のクランク軸回転数Nを検出するクランク角センサ、24は吸気通路25のスロットル弁26上流側に配置されて吸気空気量Qを検出するためのエアフローメータ、27は内燃機関1の冷却水温を検出する水温センサ、28は変速機29の出力軸の回転数つまり車速VSPを検出する車速センサ、30は変速機29のニュートラル位置の有無を検出するためのニュートラルスイッチ、31は排気通路32に設けられて排気中の残存酸素濃度から内燃機関1の空燃比を検出するO_(2)センサであって、このO_(2)センサ31は、空燃比を連続的に検出し得る形式のものが用いられている。また、ノッキングセンサ33や基本燃料噴射量T_(P)等から機関の負荷を検出している。」(明細書第7ページ第12行?第8ページ第13行)

(d)「上記コントロールユニット21は、前述の圧縮比可変機構により創成される高圧縮比領域あるいは低圧縮比領域を、機関運転状態に応じて検出する例えば第4図に示すようなデータマップが記憶されている。すなわち、内燃機関1の負荷と回転数との相対関係で予め設定された既知の値から、しきい値線x以上は低圧縮比領域(低圧縮比に制御されるべき領域、つまり概ね高負荷時)であると判断する一方、しきい値線x以下は高圧縮比領域(高圧縮比に制御されるべき領域、つまり概ね低負荷時)であると判断するようになっている。」(明細書第8ページ第14行?第9ページ第5行)

(e)「上記コントロールユニット21は、第5図に示すフローチャートによりリーンバーン制御を行っている。まず、ステップ1でO_(2)センサ31を用いた空燃比のフィードバック制御領域であるか否かを判定する。これは図示せぬプログラムに従って種々の条件に基づき判定されるもので例えば内燃機関の暖機が完了していないとき・・・などは、ステップ1からステップ11に進み、O_(2)センサ31に基づくフィードバック制御を停止し、オープンループ制御とする。つまり、フィードバック補正係数αを「1」に固定し、理論空燃比(λ=1)近傍を目標空燃比としたオープンループ制御を行う。
一方、ステップ1で空燃比フィードバック制御領域であると判定された場合には、ステップ2,3で車速信号VSPおよび機関回転数信号Nを読み込み、かつステップ4でこの車速VSPと回転数Nとから変速機29のギヤ位置GPを判定する。そして、更にステップ5,6で冷却水温TW及びスロットル弁26開度TVOを読み込む。・・・ステップ7で水温TWが所定温度以上であれば、ステップ8へ進み、各ギヤ位置GP毎に予め設定されているリーンデータマップをギヤ位置GPに応じて選択する。尚、このリーンデータマップは、スロットル弁26開度TVOと車速VSPとの関数としてリーンバーン制御領域が定められている。次に、ステップ9で、このリーンデータマップと実際のスロットル弁26開度TVO、車速VSPとを比較し、リーンバーン領域内にあるか否かを比較し、リーンバーン領域内にあるか否かを判定する。・・・リーンバーン領域内である場合には、ステップ10に進み、フィードバック制御を停止するとともに目標空燃比を所定のリーン側空燃比に設定したオープンループ制御を行う。つまり希薄混合気を用いたリーンバーン制御を行う。」(明細書第9ページ第6行?第11ページ第11行)

(f)「以下、このリーンバーン制御手段を備えたコントロールユニット21の本実施例における制御全体を第6図のフローチャートに基づいて説明する。
まず、ステップ21で、上記圧縮比データマップと現在の機関運転状態とを比較して、高圧縮比領域にあるか否かを判別し、高圧縮比領域ではない場合は、ステップ22に進み、ここではリーンバーンフラグを「0」にし、更にステップ23で機関回転同期あるいは回転同期によってカウントされるカウントを0にする。そして、ステップ24に進み、ここで上記リーンバーン制御を禁止する。したがって、内燃機関1は、上述の如く通常の理論空燃比を目標とした空燃比フィードバック制御が行われる。
一方、ステップ1(当審注:「ステップ21」の誤記と認める。)で高圧縮比領域であると判別された場合には、ステップ25で第5図に示したリーンバーン制御ルーテンでリーンバーン領域か否かを判別し、リーンバーン領域でない場合はステップ22に進むが、リーンバーン領域であると判別した場合は、ステップ26に進み、ここではリーンバーンフラグが「1」つまりフラグが立っているか否か「0」かを判別し、リーンバーンフラグが「1」であればステップ27に進む。このステップ27では、リーンバーン制御を許可する処理を行い、したがって、内燃機関1は、リーンバーン制御による希薄燃焼を行い燃費の低減等を図っている。
他方、ステップ26でリーンバーンフラグが「0」であると判別した場合は、・・・これによって低圧縮比状態から高圧縮比へ完全に切り替わるまでの時間的な遅れから生じる低圧縮比状態下でのリーンバーン制御が確実に防止されるのである。」(明細書第11ページ第12行?第13ページ第12行)

(g)「上記実施例におけるコントロールユニット21は、機関回転数Nと基本燃料噴射量T_(P)により予め設定された点火時期マップに基づいて最適な点火時期信号をパワートランジスタを介して点火プラグ34に出力しており、上記リーンバーン制御中及び高圧縮比状態では所定角度量の遅角制御を行っている。」(明細書第13ページ第15行?第14ページ第1行)

(h)「更に、圧縮比可変機構の故障などにより、低圧縮比状態に固定してしまった場合には、上記リーンバーン制御を禁止する制御を行っている。」(明細書第14ページ第2?4行)

(i)上記(c)、(d)及び(e)の記載事項から、引用文献1の内燃機関1は、内燃機関1の機関運転状態を検出する手段を備えていることが分かる。

(j)上記(b)の記載事項から、引用文献1の内燃機関1は、圧縮比を高圧縮比状態及び低圧縮比状態とする圧縮比可変機構を備えていることが分かる。

(k)上記(g)の記載事項から、引用文献1の内燃機関1は、点火時期信号を点火プラグ34に出力する、コントロールユニット21やパワートランジスタ等の点火手段を有していることが分かる。

(l)上記(e)の記載事項から、引用文献1の内燃機関1は、種々の条件に基づき内燃機関1の暖機が完了していないときを判定する手段を備えること、及び、内燃機関1の暖機が完了していないときO_(2)センサ31に基づくフィードバック制御を停止し、理論空燃比(λ=1)近傍を目標空燃比としたオープンループ制御を行うことが分かる。

(m)上記(f)の記載事項及び第6図から、引用文献1の内燃機関1は、高圧縮比領域ではない場合は、リーンバーン制御を禁止し、高圧縮比領域でかつリーンバーン領域である場合にリーンバーン制御による希薄燃焼を行うことが分かり、さらに、上記(h)の記載事項を併せてみると、引用文献1の内燃機関1は、圧縮比可変機構の故障などにより、低圧縮比状態に固定してしまった場合には、上記リーンバーン制御を禁止することが分かる。また、上記(a)の記載事項にもあるように、低圧縮比状態でのリーンバーンは、運転性を悪化させるものであることは、当業者にとって周知の技術的知見であるから、当業者であれば、引用文献1の内燃機関1において、低圧縮比状態に固定してしまった場合に、リーンバーン制御を禁止するのは、運転性を悪化させることを回避するためのものであることが理解できる。

上記(a)ないし(m)及び図面の記載を総合すると、引用文献1には、次の発明が記載されていると認められる。

「各気筒の吸気ポートに燃料を噴射する燃料噴射弁2を備えた内燃機関1であって、
前記内燃機関1の機関運転状態を検出する手段と、
圧縮比を高圧縮比状態及び低圧縮比状態とする圧縮比可変機構と、
点火時期信号を点火プラグ34に出力する点火手段と、
前記内燃機関1の暖機が完了していないときを判定する手段と、
前記内燃機関1の暖機が完了していないときO_(2)センサ31に基づくフィードバック制御を停止し、理論空燃比(λ=1)近傍を目標空燃比としたオープンループ制御を行う手段と、
高圧縮比領域ではない場合は、リーンバーン制御を禁止し、高圧縮比領域でかつリーンバーン領域である場合にリーンバーン制御による希薄燃焼を行うとともに、圧縮比可変機構の故障などにより、低圧縮比状態に固定してしまった場合には、運転性を悪化させるリーンバーン制御を禁止する手段と
を備える内燃機関1。」(以下、「引用発明1」という。)

なお、請求人は、審判請求理由において、「(A)引用文献1の理解について・・・引用文献1では、圧縮比可変の内燃機関やリーンバーン制御について説明していますが(明細書第2頁)、この記載をみると、リーンバーン制御は、元々もリーンバーン制御領域にある場合に行なわれるものとされており、高圧縮比状態の場合にのみ行なわれるものとはされていません(明細書第2頁第17行-第3頁第4行)。さらに、両制御を組み合わせる場合、『リーンバーン制御を上述の所定運転条件下だけでなく高圧縮比状態にある場合にも行なえる』(明細書第3頁10-11行)と明確に記載されています。・・・要するに、低圧縮比であってもリーンバーン制御領域であれば、リーンバーン制御は行なわれている・・・ところで、引用文献1には、『更に、圧縮比可変機構の故障などにより、低圧縮比状態に固定してしまった場合には、上記リーンバーン制御を禁止する制御を行なっている』と記載されています(明細書第14ページ第2-4行)。拒絶査定では、この記載から、おそらく、圧縮比可変機構の故障の検出時にリーンバーン制御を抑制(禁止)するという構成を特定したのではないか、と考えられます。しかしながら、係る認定は、リーンバーン制御が、低圧縮比状態でも行なわれるものであるとの記載と明らかに矛盾しています。」旨を主張する(なお、下線は当審が付した。)。しかしながら、請求人が、引用文献1では、低圧縮比であってもリーンバーン制御領域であれば、リーンバーン制御は行なわれていると主張する根拠になっている明細書第3ページ10?11行の記載は、引用文献1における従来技術の説明の箇所であって、課題を解決するものとして記載されている発明(実施例等)である上記引用発明1とは直接の関係がないから、かかる記載の存在によって、上記引用発明1の認定に何らの影響を与えるものではない。むしろ、上記(f)の記載事項にあるとおり、引用文献1では、高圧縮比でない場合にはリーンバーンを禁止するものであるから、請求人の上記主張には理由がない。

イ.引用文献2の記載内容
原査定の拒絶理由に引用された上記引用文献2には、図面とともに次の事項が記載されている。なお、下線は当審が付した。

(a)「【請求項1】 機関圧縮比を可変制御する圧縮比制御手段と、点火時期を制御する点火時期制御手段と、機関回転数および負荷を検出する手段と、機関の暖機状態を検出する手段と、排気系に設けられた排気浄化触媒と、を備えた火花点火式内燃機関において、検出された機関回転数および負荷と暖機状態とに対応して、上記機関圧縮比を制御するとともに、機関冷機時には、点火時期をMBT点から大幅に遅角させ、かつ同一の回転数および負荷の暖機時に比較して圧縮比を高く設定するようにしたことを特徴とする内燃機関の制御装置。」(特許請求の範囲の【請求項1】)

(b)「【0005】・・・基本はやはり触媒の転換作用が開始する温度に如何に早く到達するかであり、これを目的とした暖機中の点火時期の遅角制御(燃焼開始時期が遅れることによって排気温度が上昇する)による触媒温度上昇は、燃費性能等に悪影響があるにも拘わらず、広く行われている。しかし、点火時期の遅角を大幅にすると、燃焼が不安定となる問題があり、甚だしい場合には失火に至り、未燃のHCが大量に放出されるなどの恐れがある。従って、大幅な遅角のためには、燃焼の改良が不可欠となる。・・・」(段落【0005】)

(c)「【0006】本発明は、機関圧縮比を可変制御する圧縮比制御手段や吸気弁のリフト・作動角の可変制御手段、リフト中心角の可変制御手段といった高度な可変制御機構を備えた内燃機関において、冷機時における燃焼制御技術をさらに改良し、排気浄化性能を大幅に向上させることを目的とする。」(段落【0006】)

(d)「【0007】
【課題を解決するための手段】本発明の特徴は、内燃機関の圧縮比(公称圧縮比εつまり幾何学的な圧縮比ε)の可変制御により、さらには、吸気弁の開時期(IVO)や閉時期(IVC)の可変制御を組み合せることにより、冷機時の始動からその後の加速、定常運転など、触媒の暖機に至るまでのあらゆる運転条件において、排気温度の大幅な上昇と運転性の両立を可能にできるような連続的な燃焼改良制御を可能とし、これと点火時期の大幅な遅角制御とを組み合せて、最適に制御することにより、燃費の悪化や失火等による排気の悪化を抑制しつつ触媒の早期昇温を可能とした点にある。」(段落【0007】)

(e)「【0008】請求項1に係る発明は、機関圧縮比を可変制御する圧縮比制御手段と、点火時期を制御する点火時期制御手段と、機関回転数および負荷を検出する手段と、機関の暖機状態を検出する手段と、排気系に設けられた排気浄化触媒と、を備えた火花点火式内燃機関において、検出された機関回転数および負荷と暖機状態とに対応して、上記機関圧縮比を制御するとともに、機関冷機時には、点火時期をMBT点(最大トルクのための最小進角位置)から大幅に遅角させ、かつ同一の回転数および負荷の暖機時に比較して圧縮比を高く設定するようにしたことを特徴としている。なお、上記MBT点は、最良効率を与える点火時期に相当する。」(段落【0008】)

(f)「【0009】圧縮比(公称圧縮比ε)を高めることにより、上死点付近の温度が上昇するため、点火時期を大幅にリタード(遅角)しても良好な燃焼が確保できる。従って、点火時期の大幅なリタードによる排気温度上昇が図れる。ここで、圧縮比を高めると膨張比は増大するが、リタード限界が大きくなるので、排気温度は上昇する。なお、圧縮比を高めて、点火時期をリタードしない場合には、燃焼が良くなり、膨張比も増大するので、効率が良くなって、排温は低下する。」(段落【0009】)

(g)「【0027】
【発明の効果】この発明に係る内燃機関の制御装置によれば、圧縮比の可変制御と点火時期の遅角制御とを組み合わせることにより、冷機時に、排気温度の大幅な上昇と運転性との両立が可能となり、排気系に設けられた排気浄化触媒の早期活性化ひいては排気浄化性能の向上を達成できる。また同時に、燃費の悪化を最小限とし、かつ失火等による排気の悪化を基本的に回避することができる。」(段落【0027】)

(h)「【0031】図1は、この発明に係る内燃機関の制御装置の一実施例を示している。この内燃機関は、吸気弁開閉時期を可変制御するための可変動弁機構101と、内燃機関の公称圧縮比εを可変制御する圧縮比可変機構102と、点火時期を制御する点火進角制御装置103と、排気系に設けられた排気浄化触媒104と、を備えている。」(段落【0031】)

(i)「【0072】図13は、上述した冷機時および暖機時の制御の流れを示すフローチャートである。まず、冷却水温および触媒温度がそれぞれ所定温度以上であるか否かに基づき、冷機状態であるか暖機状態であるかを判別する(ステップ1)。冷機状態であれば、ステップ2以降へ進む。ステップ2では、冷機時における圧縮比ε、点火時期IT、吸気弁開時期(IVO)、吸気弁閉時期(IVC)の各制御マップを選択する。そして、ステップ3でそのときの実際の機関運転条件(回転数、スロットル開度)を検出し、これに対応するように、各マップに基づいて制御を行う。すなわち、圧縮比εが目標圧縮比εとなるように可変圧縮比機構102を制御し(ステップ4,5)、吸気弁開時期(IVO)および吸気弁閉時期(IVC)がそれぞれ目標値となるようにリフト・作動角可変機構1および位相可変機構2を制御し(ステップ6,7)、さらに、点火時期ITが目標値となるように点火進角制御装置103を制御する(ステップ8,9)。
【0073】暖機状態であれば、ステップ1からステップ12以降へ進み、暖機時の制御マップに基づいて同様の制御が行われる。ステップ12?19は、それぞれ上述したステップ2?9に対応しているので、その詳細な説明は省略する。」(段落【0072】及び【0073】)

(j)上記(a)及び(i)の記載事項から、引用文献2の火花点火式内燃機関は、機関冷機時には、可変圧縮比機構102を制御して、同一の回転数および負荷の暖機時に比較して圧縮比を高く設定する手段を備えること、同時に、機関冷機時には、点火進角制御装置103を制御して、点火時期をMBT点から大幅に遅角させる手段を備えることが分かる。ここで、上記(f)の記載事項から、点火時期を大幅に遅角する制御は圧縮比を高く設定することを前提として実施されるものであることが分かり、また、上記(g)の記載事項から、その効果として、冷機時に、排気温度の大幅な上昇と運転性との両立が可能となり、排気系に設けられた排気浄化触媒の早期活性化(排気系の早期暖機)ひいては排気浄化性能の向上を達成できることが分かる。

上記の各記載事項(a)?(j)及び図面の記載を総合すると、引用文献2には、次の発明が記載されているものと認められる。

「火花点火式内燃機関であって、
火花点火式内燃機関の機関回転数及び負荷等の機関運転条件を検出する機関運転条件検出手段と、
公称圧縮比εを可変制御する可変圧縮比機構102と、
点火時期を制御する点火進角制御装置103と、
冷却水温等が所定温度以上であるか否かに基づき、冷機状態であるか暖機状態であるかを判別する手段と、
機関冷機時には、可変圧縮比機構102を制御して、同一の回転数および負荷の暖機時に比較して圧縮比を高く設定する手段と、
機関冷機時には、点火進角制御装置103を制御して、点火時期をMBT点から大幅に遅角させる手段と、
を備える火花点火式内燃機関。」(以下、「引用発明2」という。)

(3)対比・判断
ア.本願補正発明と引用発明1との対比
本願補正発明と引用発明1とを対比するに、引用発明1における「各気筒の吸気ポートに燃料を噴射する燃料噴射弁2を備えた内燃機関1」は、技術常識からみて燃料及び空気の混合気を燃焼室内で圧縮し、該圧縮した混合気を燃焼させることによって動力を出力するものであることは明らかであり、本願補正発明における「燃料および空気の混合気を燃焼室内で圧縮し、該圧縮した混合気を燃焼させることによって動力を出力する内燃機関」に相当する。また、引用発明1における「内燃機関1の機関運転状態を検出する手段」は、その機能又は構成からみて、本願補正発明における「内燃機関の運転条件を検出する運転条件検出手段」に相当し、同様に、引用発明1における「圧縮比を高圧縮比状態及び低圧縮比状態とする圧縮比可変機構」は本願補正発明における「混合気の圧縮の程度を表す指標たる圧縮比を、最も低い設定の第1の圧縮比および最も高い設定の第2の圧縮比の、少なくとも2段階に変更可能な圧縮比変更機構」に、「点火時期信号を点火プラグ34に出力する点火手段」は「燃焼室内に所定のタイミングで火花を飛ばすことにより、圧縮された混合気の燃焼を開始する点火手段」に、「内燃機関1の暖機が完了していないときを判定する手段」は「内燃機関が冷態状態にあることを検知する冷態状態検知手段」に、「内燃機関1の暖機が完了していないとき」は「内燃機関が冷態状態にある場合」に、それぞれ相当する。
また、引用発明1における「O_(2)センサ31に基づくフィードバック制御を停止し、理論空燃比(λ=1)近傍を目標空燃比としたオープンループ制御を行う手段」は、「内燃機関が冷態状態にある場合における制御を行う手段」という限りにおいて、本願補正発明における「「内燃機関が冷態状態にある場合には、圧縮比変更機構の動作を制御して、内燃機関の圧縮比を、第1の圧縮比よりは高い圧縮比であって、検出された内燃機関の運転状態により定まる圧縮比に制御する圧縮比制御手段」及び「点火手段を制御して、火花を飛ばすタイミングを所定のタイミングから遅らせる遅角制御を行う冷態時遅角制御手段」」に相当する。
また、引用発明1における「低圧縮比状態に固定してしまった場合には、運転性を悪化させるリーンバーン制御を禁止する手段」は、技術常識からみて、低圧縮比状態に固定してしまうと、少なくとも最も高い設定の圧縮比には変更できないことは明らかであり、また、リーンバーン制御が運転性を悪化させるのは混合気の燃焼の安定性の低下に要因があることも明らかであるから、「圧縮比変更機構において、圧縮比が、少なくとも第2の圧縮比には変更できない故障が発生した場合に、混合気の燃焼の安定性を低下させる制御の実行を抑制する所定制御抑制手段」という限りにおいて、本願補正発明における「圧縮比変更機構において、圧縮比を、少なくとも前記第2の圧縮比には変更できない故障が発生したことを検知する故障検知手段と、故障の発生が検知された場合に、混合気の燃焼の安定性を低下させる制御の一つとしての遅角制御の実行を抑制する所定制御抑制手段」に相当する。

そうすると、本願補正発明と引用発明1は、「燃料および空気の混合気を燃焼室内で圧縮し、該圧縮した混合気を燃焼させることによって動力を出力する内燃機関であって、前記内燃機関の運転条件を検出する運転条件検出手段と、前記混合気の圧縮の程度を表す指標たる圧縮比を、最も低い設定の第1の圧縮比および最も高い設定の第2の圧縮比の、少なくとも2段階に変更可能な圧縮比変更機構と、前記燃焼室内に所定のタイミングで火花を飛ばすことにより、前記圧縮された混合気の燃焼を開始する点火手段と、前記内燃機関が冷態状態にあることを検知する冷態状態検知手段と、
前記内燃機関が冷態状態にある場合には、内燃機関が冷態状態にある場合における制御を行う手段と、前記圧縮比変更機構において、前記圧縮比を、少なくとも前記第2の圧縮比には変更できない故障が発生した場合に、混合気の燃焼の安定性を低下させる制御の実行を抑制する所定制御抑制手段を備える内燃機関。」である点で一致し、次の(a)及び(b)の点で相違する。

〈相違点〉
(a)本願補正発明においては、「圧縮比変更機構において、圧縮比を、少なくとも第2の圧縮比には変更できない故障が発生したことを検知する故障検知手段」を備えているのに対し、引用発明1では、圧縮比変更機構において、圧縮比を、少なくとも第2の圧縮比には変更できない故障が発生した(低圧縮比状態に固定してしまった)場合を把握していることは認められるが、かかる故障を検知する手段を備えることについて明記されていない点(以下、単に「相違点1」という。)。

(b)本願補正発明においては、「内燃機関が冷態状態にある場合には、圧縮比変更機構の動作を制御して、内燃機関の圧縮比を、第1の圧縮比よりは高い圧縮比であって、検出された内燃機関の運転状態により定まる圧縮比に制御する圧縮比制御手段」及び「内燃機関が冷態状態にある場合に、点火手段を制御して、火花を飛ばすタイミングを所定のタイミングから遅らせる遅角制御を行う冷態時遅角制御手段」を備えるとともに、「圧縮比を、少なくとも第2の圧縮比には変更できない」「故障の発生が検知された場合に、混合気の燃焼の安定性を低下させる制御の一つとしての遅角制御の実行を抑制する所定制御抑制手段」を備えているのに対し、引用発明1では、「内燃機関が冷態状態にある場合に」「O_(2)センサ31に基づくフィードバック制御を停止し、理論空燃比(λ=1)近傍を目標空燃比としたオープンループ制御を行う手段」を備えている点(以下、単に「相違点2」という。)。

イ.相違点についての検討
(a)相違点1について
上記(2)ア.のとおり、引用発明1では、圧縮比変更機構において、圧縮比を、少なくとも第2の圧縮比には変更できない故障が発生した(低圧縮比状態に固定してしまった)場合を把握していることは認められる。そして、圧縮比を、少なくとも第2の圧縮比には変更できない故障が発生した(低圧縮比状態に固定してしまった)場合を把握するための手段として、故障が発生したことを検知する故障検知手段を備えることは、例えば、原査定の拒絶理由に引用された上記引用文献3(「圧縮比異常検出手段」を参照。)又は引用文献4(「異常判定手段」を参照。)に示されるように周知の技術的事項(以下、「周知技術」という。)であり、当業者であれば、引用発明1において、圧縮比を、少なくとも第2の圧縮比には変更できない故障が発生した(低圧縮比状態に固定してしまった)場合を把握するための手段として、上記周知技術を採用して上記相違点1に係る本願補正発明のように構成することに何らの困難性もない。

(b)相違点2について
本願補正発明と上記引用発明2を対比するに、引用発明2における「火花点火式内燃機関」は、その機能又は構成からみて、本願補正発明の燃料及び空気の混合気を燃焼室内で圧縮し、該圧縮した混合気を燃焼させることによって動力を出力するものであることは明らかであり、本願補正発明における「内燃機関」に相当する。また、同様に、引用発明2における「機関回転数及び負荷等の機関運転条件」及び「機関運転条件検出手段」は本願補正発明における「運転条件」及び「運転条件検出手段」に相当し、引用発明2における「公称圧縮比εを可変制御する可変圧縮比機構102」は本願補正発明における「機関圧縮比を最も低い設定の第1の圧縮比および最も高い設定の第2の圧縮比の、少なくとも2段階に変更可能な圧縮比変更機構」に、「点火時期を制御する点火進角制御装置103」は「燃焼室内に所定のタイミングで火花を飛ばすことにより、圧縮された混合気の燃焼を開始する点火手段」に、「冷却水温等が所定温度以上であるか否かに基づき、冷機状態であるか暖機状態であるかを判別する手段」は「冷態状態検知手段」に、「機関冷機時には、可変圧縮比機構102を制御して、同一の回転数および負荷の暖機時に比較して圧縮比を高く設定する手段」は「内燃機関が冷態状態にある場合には、圧縮比変更機構の動作を制御して、内燃機関の圧縮比を、第1の圧縮比よりは高い圧縮比であって、検出された内燃機関の運転状態により定まる圧縮比に制御する圧縮比制御手段」に、「機関冷機時には、点火進角制御装置103を制御して、点火時期をMBT点から大幅に遅角させる手段」は「内燃機関が冷態状態にある場合に、点火手段を制御して、火花を飛ばすタイミングを所定のタイミングから遅らせる遅角制御を行う冷態時遅角制御手段」に、それぞれ相当する。
なお、引用発明2における「機関冷機時には、可変圧縮比機構102を制御して、同一の回転数および負荷の暖機時に比較して圧縮比を高く設定する手段」及び「機関冷機時には、点火進角制御装置103を制御して、点火時期をMBT点から大幅に遅角させる手段」は、「内燃機関が冷態状態にある場合には、内燃機関が冷態状態にある場合における制御を行う手段」ともいえるものである。
そうすると、引用発明2は、本願補正発明の発明特定事項に合わせて書くと、「燃料および空気の混合気を燃焼室内で圧縮し、該圧縮した混合気を燃焼させることによって動力を出力する内燃機関であって、前記内燃機関の運転条件を検出する運転条件検出手段と、前記混合気の圧縮の程度を表す指標たる圧縮比を、最も低い設定の第1の圧縮比および最も高い設定の第2の圧縮比の、少なくとも2段階に変更可能な圧縮比変更機構と、前記燃焼室内に所定のタイミングで火花を飛ばすことにより、前記圧縮された混合気の燃焼を開始する点火手段と、前記内燃機関が冷態状態にあることを検知する冷態状態検知手段と、前記内燃機関が冷態状態にある場合には、前記圧縮比変更機構の動作を制御して、前記内燃機関の圧縮比を、前記第1の圧縮比よりは高い圧縮比であって、前記検出された内燃機関の運転状態により定まる圧縮比に制御する圧縮比制御手段と、前記内燃機関が冷態状態にある場合に、前記点火手段を制御して、前記火花を飛ばすタイミングを前記所定のタイミングから遅らせる遅角制御を行う冷態時遅角制御手段と、(内燃機関が冷態状態にある場合には、内燃機関が冷態状態にある場合における制御を行う手段)を備える内燃機関。」であるといえる。
そして、引用発明1と引用発明2をみると、両者は、「燃料および空気の混合気を燃焼室内で圧縮し、該圧縮した混合気を燃焼させることによって動力を出力する内燃機関であって、前記内燃機関の運転条件を検出する運転条件検出手段と、前記混合気の圧縮の程度を表す指標たる圧縮比を、最も低い設定の第1の圧縮比および最も高い設定の第2の圧縮比の、少なくとも2段階に変更可能な圧縮比変更機構」を備えるという前提技術が共通しているとともに、さらに、「内燃機関が冷態状態にあることを検知する冷態状態検知手段」を備え、かつ、「内燃機関が冷態状態にある場合には、内燃機関が冷態状態にある場合における制御を行う手段」を備えるという点でも共通している。
ここで、引用発明1における内燃機関が冷態状態にある場合における制御である、「O_(2)センサ31に基づくフィードバック制御を停止し、理論空燃比(λ=1)近傍を目標空燃比としたオープンループ制御を行う手段」に関しては、当業者であれば、技術常識から、O_(2)センサ等の排気系が冷態状態では、フィードバック制御を精緻に行うことができないことに対処するものであることを把握でき、さらに、このような制御ではHC等排気エミッションの浄化が不十分であることを理解できるものである。そして、内燃機関の冷態状態におけるHC等排気エミッションの排出量を減量することが規制により厳に求められて、その対応が重要な技術的課題となっている背景を踏まえれば、当業者は、引用発明1において、内燃機関の冷態状態(上記オープンループ制御を実行する時間)を可及的に短くする必要があるという課題が内在していることを認識することができる。
そうすると、上記のとおり技術分野等が共通し、かつ、引用発明1に内在する前記課題を解決し得るもの(排気系の早期暖機を達成するもの)である引用発明2に接した当業者であれば、引用発明1において、内燃機関が冷態状態にある場合における制御として引用発明2における「内燃機関が冷態状態にある場合には、前記圧縮比変更機構の動作を制御して、前記内燃機関の圧縮比を、前記第1の圧縮比よりは高い圧縮比であって、前記検出された内燃機関の運転状態により定まる圧縮比に制御する圧縮比制御手段と、前記内燃機関が冷態状態にある場合に、前記点火手段を制御して、前記火花を飛ばすタイミングを前記所定のタイミングから遅らせる遅角制御を行う冷態時遅角制御手段」を採用することは、容易に推考し得ることである。
さらに、引用発明2における上記「冷態時遅角制御」は、燃焼の安定を低下させ、燃費性能に悪影響を与える制御の一つであることは、上記(2)イ.(b)又は(f)にも記載されるように、当業者にとって自明な技術的事項であり、上記(2)イ.(j)として整理したとおり、かかる「冷態時遅角制御」は、圧縮比を高圧縮比に変更できることを前提として実施されるものであることは明らかである。してみると、引用発明1において、引用発明2の冷態時遅角制御手段を採用するに際して、圧縮比を高圧縮比側に変更できないような故障が検知された場合には、冷態状態における触媒暖機のための遅角制御の実行の前提を欠くものであるから、その実行を抑制することは、当業者は格別の創作力を要せずになし得る程度のことにすぎない。
よって、当業者であれば、引用発明1及び引用発明2に基づいて、相違点2に係る本願補正発明のような構成とすることは、容易に想到し得るものである。

(c)本件補正発明の効果について
本願補正発明は、全体構成でみても、引用発明1、引用発明2及び周知技術から予測できる作用効果以上の顕著な作用効果を奏するものとも認められない。

(4)むすび
以上のとおり、本願補正発明は、引用発明1、引用発明2及び周知技術に基づいて、当業者が容易に想到し発明することができたものである。よって、本件補正発明は、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

3.むすび
以上のとおり、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項の規定により読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。
よって、結論のとおり決定する。

第3.本願発明について
1.手続の経緯及び本願発明
平成19年6月11日付けの手続補正は前述したとおり却下されたので、本件出願の請求項1ないし6に係る発明は、平成18年9月4日付け及び平成18年12月28日付けの手続補正書により補正された明細書及び出願当初の図面の記載からみて、特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された事項により特定されるものであり、請求項1に係る発明(以下、単に「本願発明」という。)は、前記第2.の〔理 由〕1.(1)の(a)に記載したとおりのものである。

2.引用文献の記載内容
原査定の拒絶理由に引用された引用文献1(実願昭62-193640号(実開平1-97055号)のマイクロフィルム)、及び、引用文献2(特開2002-285898号公報)の記載事項は、前記第2.の〔理 由〕2.(2)のア.及びイ.にそれぞれ記載したとおりである。

3.対比・判断
本願発明は、前記第2.の〔理 由〕1.(1)ないし(3)で検討したように、実質的に、本願補正発明における発明特定事項の一部の構成を省いたものに相当する。
そうすると、本願発明の発明特定事項を全て含む本願補正発明が、前記第2.の〔理 由〕2.(1)ないし(4)に記載したとおり、引用発明1、引用発明2及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様の理由により、引用発明1、引用発明2及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

4.むすび
以上のとおり、本願発明は、引用発明1、引用発明2及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-07-16 
結審通知日 2009-07-21 
審決日 2009-08-06 
出願番号 特願2003-101397(P2003-101397)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (F02D)
P 1 8・ 121- Z (F02D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 鹿角 剛二  
特許庁審判長 小谷 一郎
特許庁審判官 森藤 淳志
柳田 利夫
発明の名称 圧縮比変更機構の故障を検知して制御を行う内燃機関  
代理人 特許業務法人明成国際特許事務所  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ