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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) F16H
管理番号 1204608
審判番号 不服2008-17745  
総通号数 119 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-11-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-07-10 
確定日 2009-10-01 
事件の表示 平成 9年特許願第356978号「電気自動車の潤滑機構」拒絶査定不服審判事件〔平成11年 7月13日出願公開、特開平11-190417〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成9年12月25日の出願であって、平成20年6月5日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成20年7月10日に審判請求がなされ、その後、当審において平成21年5月1日付けで拒絶理由が通知されたものである。

2.本願発明
本願の請求項1?8に係る発明(以下、「本願発明1」?「本願発明8」という。)は、平成20年2月21日付け手続補正、及び平成20年8月6日付け手続補正により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】 電気モータと、
該電気モータを駆動可能な状態にする電気モータ始動装置と、
前記電気モータの回転を減速するとともに駆動輪に伝達する変速段を持たない減速機と、
該減速機へ向けて潤滑用のオイルのみを吐出するオイルポンプと、
該オイルポンプの駆動を制御する制御装置と、
を備える電気自動車において、
前記制御装置は、前記電気モータ始動装置の始動から所定時間以内は所定量のオイルを吐出するようにオイルポンプを駆動することを特徴とする、電気自動車の潤滑機構。
【請求項2】 前記オイルポンプは、前記電気モータとは別体に設けられた第2の電気モータにより駆動され、該第2の電気モータの駆動は前記制御装置により制御されることを特徴とする、請求項1の電気自動車の潤滑機構。
【請求項3】 前記制御装置は、前記電気モータ始動装置の始動から所定時間以内、且つ電気自動車のシフトレバーがニュートラルレンジ或いはパーキングレンジのときは、所定量のオイルを吐出するようにオイルポンプを駆動することを特徴とする、請求項1あるいは請求項2の電気自動車の潤滑機構。
【請求項4】 前記制御装置は、前記電気モータ始動装置の始動から所定時間経過後、且つ電気自動車のシフトレバーがニュートラルレンジ或いはパーキングレンジのときにはオイルポンプの駆動を停止することを特徴とする、請求項3の電気自動車の潤滑機構。
【請求項5】 前記制御装置は、電気モータの始動から所定時間経過後は電気モータの回転数に応じてオイルポンプを駆動することを特徴とする、請求項1乃至請求項4の電気自動車の潤滑機構。
【請求項6】 前記制御装置は、電気モータの始動から所定時間経過後はアクセルペダルの踏込み速度に応じてオイルポンプの駆動力を変化させることを特徴とする、請求項1乃至請求項5の電気自動車の潤滑機構。
【請求項7】 前記制御装置は、電気モータの始動から所定時間経過後は減速機内及び電気モータ内の温度に応じてオイルポンプの駆動を変化させることを特徴とする、請求項1乃至請求項6の電気自動車の潤滑機構。
【請求項8】 前記制御装置は、減速機内の温度が低くなるにつれて吐出するオイルの量を増大させるようにオイルポンプを駆動することを特徴とする、請求項7の電気自動車の潤滑機構。」

3.本願発明1についての検討
(1)本願発明1
本願発明1は、上記2.のとおりである。
(2)引用例
特開平6-98417号公報(以下、「引用例1」という。)には、次の事項が図面とともに記載されている。
(あ)「【0030】また、前記環状油室96,97には、別に配設した後述する電動式オイルポンプからも冷却用の油が供給されるようになっている。図1は本発明の実施例を示す電動車両の冷却・潤滑回路図である。図において、24,25は第1、第2モータ、91は機械式オイルポンプ、101は前記第1モータ24側に配設された潤滑すべき部材、102は前記第2モータ25側に配設された潤滑すべき部材、103は油溜(だ)めである。前記部材101,102には、前記機械式オイルポンプ91が吐出した油が供給される。そして、前記機械式オイルポンプ91及び前記部材101,102によって潤滑回路104が形成される。
【0031】また、105は電動式オイルポンプであり、前記第1、第2モータ24,25とは別に冷却用モータとして設けられた図示しない第3モータによって作動させられる。106は冷却用の油を冷却するためのクーラ、108は前記環状油室96,97(図3)に連通して形成されたギャラリであり、該ギャラリ108に集められた油は、前記環状油室96,97を介して駆動装置ケース10内に噴射される。そして、前記電動式オイルポンプ105、クーラ106、ギャラリ108及び第1、第2モータ24,25によって冷却回路109が形成される。
【0032】そして、前記潤滑回路104と冷却回路109間を油路110が接続しており、該油路110に油の流量を制御する手段、例えばオリフィス111が設けられる。前記機械式オイルポンプ91は前述したように、ディファレンシャルケース51に連動して作動するようになっているので、電動車両の高速走行時などディファレンシャルケース51の回転数が高くなると、それだけ油の吐出流量が多くなる。その結果、潤滑回路104には十分な量の油が供給されることになる。
【0033】そこで、余分な油を前記油路110及びオリフィス111を介して冷却回路109に供給することができ、その間電動式オイルポンプ105を停止させることができる。したがって、第3モータを駆動するための消費電力が小さくなる。なお、オリフィス111の径を変えることによって油の流量を制御することができる。
【0034】一方、電動車両の低速走行時においては、ディファレンシャルケース51の回転数が低くなり、それだけ油の吐出流量が少なくなる。また、停止状態ではディファレンシャルケース51が回転していないので油切れとなり、電動車両の発進が油切れ状態で行われてしまう。さらに、後進時においては機械式オイルポンプ91の回転体93が逆方向に回転するため、油は吐出されない。
【0035】この時、冷却回路109の油が前記油路110及びオリフィス111を介して潤滑回路104に供給されるため、低速走行時及び後進時における潤滑不足による部材101,102の発熱を防止することができる。また、油切れ状態で電動車両が発進することがなくなる。次に、本発明の第2の実施例について説明する。
【0036】この場合、油切れ状態で電動車両を発進させることがなく、後進時及び低速走行時に十分な量の潤滑用の油を供給することができる。図4は電動式オイルポンプにおける初期潤滑マップを示す図、図5は電動式オイルポンプにおける対車速潤滑マップを示す図、図6は車速及び消費電力の吐出流量に対する関係図である。
【0037】本実施例において、電動車両は電動式オイルポンプ105(図1)の作動を制御する図示しない制御装置を有していて、該制御装置はCPU、RAM、ROM等から成る。そして、ROM内に初期潤滑マップ及び対車速潤滑マップが設けられている。前記制御装置は、電動車両を始動した時にあらかじめ設定された時間だけ電動式オイルポンプ105を作動させ、油路110及びオリフィス111を介して駆動装置ケース10内の各部材101,102に潤滑用の油を供給する。この場合、電動式オイルポンプ105の吐出流量は、図4に示すように常時一定とする。
【0038】また、電動車両の低速走行時にも、電動式オイルポンプ105を作動させ、油路110及びオリフィス111を介して駆動装置ケース10内の各部材101,102に潤滑用の油を供給する。この場合、車速vに対応する吐出流量Q_(2) になるように電動式オイルポンプ105が作動させられ、図5に示すように車速vが0〔km/h〕に近い点で多くの、車速vが高くなるほど少ない吐出流量の潤滑用の油が吐出される。一方、機械式オイルポンプ91は、車速vに比例する吐出流量の油を吐出し、車速vが0〔km/h〕に近い点で少なく、車速vが高くなるほど多い吐出流量の潤滑用の油が吐出される。
【0039】この間、図6に示すように、前記電動式オイルポンプ105から吐出流量Q_(2)の油が、機械式オイルポンプ91から吐出流量Q_(1) の油が吐出される。さらに、後進時にも、電動式オイルポンプ105を作動させ、油路110及びオリフィス111を介して駆動装置ケース10内の各部材101、102に潤滑用の油を供給する。この場合、吐出流量は車速vに関係なく一定である。」
上記の記載事項及び図面からみて、引用例1には次の発明(以下、「引用例1発明」という。)が記載されているものと認められる。
「第1、第2モータ24、25と、
駆動装置ケース10内に設けられ、第1、第2モータ24、25の回転を減速するとともに駆動輪に伝達するプラネタリギヤユニット72、73と、
第3のモータによって駆動され、駆動装置ケース10内の各部材101、102内に潤滑用の油を供給する電動式オイルポンプ105と、
電動式オイルポンプ105の駆動を制御する制御装置と、
を備える電動車両において、
制御装置は、電動車両を始動したときにあらかじめ設定された時間だけ電動式オイルポンプ105を作動させる電動車両の潤滑機構。」
(3)対比
本願発明1と引用例1発明とを比較すると、後者の「第1、第2モータ24、25」は前者の「電気モータ」に、同様に、「第1、第2モータ24、25の回転を減速するとともに駆動輪に伝達するプラネタリギヤユニット72、73」は「前記電気モータの回転を減速するとともに駆動輪に伝達する変速段を持たない減速機」に、「電動式オイルポンプ105」は「オイルポンプ」に、「電動車両を始動したときにあらかじめ設定された時間だけ電動式オイルポンプ105を作動させる」は「前記電気モータ始動装置の始動から所定時間以内は所定量のオイルを吐出するようにオイルポンプを駆動する」にそれぞれ相当する。また、後者の「駆動装置ケース10内の各部材101、102内に潤滑用の油を供給する電動式オイルポンプ105」と前者の「該減速機へ向けて潤滑用のオイルのみを吐出するオイルポンプ」とは「該減速機へ向けて潤滑用のオイルを吐出するオイルポンプ」である限りにおいて一致する。
したがって、本願発明1の用語に倣って整理すると、両者は、
「電気モータと、
前記電気モータの回転を減速するとともに駆動輪に伝達する変速段を持たない減速機と、
該減速機へ向けて潤滑用のオイルを吐出するオイルポンプと、
該オイルポンプの駆動を制御する制御装置と、
を備える電気自動車において、
前記制御装置は、前記電気モータ始動装置の始動から所定時間以内は所定量のオイルを吐出するようにオイルポンプを駆動する電気自動車の潤滑機構。」である点で一致し、次の点で相違する。
[相違点1]
本願発明1は「該電気モータを駆動可能な状態にする電気モータ始動装置」を具備するのに対し、引用例1発明はそれを具備するかどうかが明確でない点。
[相違点2]
本願発明1は「オイルポンプ」が「該減速機へ向けて潤滑用のオイルのみを吐出するオイルポンプ」であるのに対し、引用例1発明は「電動式オイルポンプ105」が「駆動装置ケース10内の各部材101、102内に潤滑用の油を供給する電動式オイルポンプ105」であって、潤滑用の油のみを供給するかどうかは明確でない点。
(4)判断
[相違点1]について
引用例1発明が、その「第1、第2モータ24、25」を駆動可能な状態にするための手段、例えばイグニッションキー等を具備していることは明らかである。
[相違点2]について
上記に摘記したとおり、引用例1の段落【0035】?【0037】等には「本発明の第2の実施例」として「前記制御装置は、電動車両を始動した時にあらかじめ設定された時間だけ電動式オイルポンプ105を作動させ、油路110及びオリフィス111を介して駆動装置ケース10内の各部材101,102に潤滑用の油を供給する。」と記載されており、この場合には、実質的に、電動式オイルポンプ105から駆動装置ケース10内の各部材101,102に潤滑用の油を供給しているということができる。
ただ、引用例1の図1では、電動式オイルポンプ105は冷却回路109を形成するように配置されており、冷却回路109と潤滑回路104との間は油路110で接続されている。したがって、電動式オイルポンプ105は、常時、潤滑用の油のみを供給しているということはできないが、潤滑と冷却を兼用する1つのオイルポンプを設けるか、潤滑と冷却の専用のオイルポンプをそれぞれ設けるかは、用途や所要の潤滑・冷却特性等に応じて適宜設計する事項にすぎない。引用例1発明において、例えば、電動式オイルポンプ105を潤滑専用とするか、あるいは、上記のような潤滑用の油のみを供給するオイルポンプを別に設けることは、上記の適宜の設計例として当業者が容易に想到し得たものと認められる。

なお、意見書において、「上記(a)について、本願発明の課題は、出願時の明細書の段落【0004】にあるように「潤滑を最適に行うこと」であり、明細書中には潤滑に関する記述しかなく、『潤滑用のオイルのみを吐出する』とする記述は、冷却用油も吐出しないことを意味することについて新規事項の追加の疑いは全くないものと思料します。上記(b)について、電気自動車において電気使用量は特に重要な事項であり、冷却と潤滑の両方を行えばそれだけ電気使用量は多くなります。更に、電気自動車において、モータの軸受に用いられるグリス等の粘性を考慮した場合、モータの温度が低いエンジン始動時にモータを冷却するとグリスの粘性を上げてしまい、モータの負荷が増大して逆に好ましくない状況が生じる場合があります。このように電気自動車においては、冷却と潤滑を両方するのかそれぞれ行うかでは大きな違いがあり、設計事項の範囲をゆうに超えているものと思料します。上記(c)について、審判長殿が指摘される引用文献1の段落【0037】には、「本実施例において、電動車両は電動式オイルポンプ105(図1)の作動を制御する図示しない制御装置を有していて、該制御装置はCPU、RAM、ROM等から成る。そして、ROM内に初期潤滑マップ及び対車速潤滑マップが設けられている。前記制御装置は、電動車両を始動した時にあらかじめ設定された時間だけ電動式オイルポンプ105を作動させ、油路110及びオリフィス111を介して駆動装置ケース10内の各部材101,102に潤滑用の油を供給する。この場合、電動式オイルポンプ105の吐出流量は、図4に示すように常時一定とする。」とあるだけであり、引用文献1の明細書中には、上述しましたように「モータを冷却すると同時に部材を潤滑するオイルポンプ105」の開示しかありません。すなわち、引用文献1のポンプ105において冷却用油を吐出せずに潤滑用油のみを吐出させることは引用文献1からは到底考えられないものと思料します。従って、審判長殿の「引用例1(特に段落【0037】)においてもそのような始動時には「潤滑オイルのみを吐出する」ということができる」との主張は到底承服できるものではありません。更に、引用文献1に示されるように、当業者と雖も、モータ始動時にオイルポンプ105により冷却と潤滑を同時に行うことについての問題意識や課題の開示や示唆もなく、逆に、本願発明が進歩性を有していることを証明しているものと思料します。」と主張する。しかし、
(A)電気自動車においてオイルポンプからのオイルを潤滑用かつ冷却用とすることは、例えば、特開平6-90506号公報(特に段落【0007】)、特開平7-156673号公報(特に段落【0022】、【0023】)、特開平8-98464号公報(特に図1)に示されているように周知であり、むしろその方が普通ともいえるから、単に「明細書中には潤滑に関する記述しかな」いことをもって、その潤滑用油が冷却用油でないというのは、必ずしも当業者の技術常識と整合するものではない。また、オイルにより潤滑する場合、通常、オイルと潤滑部位との間で熱交換が行われるから、「潤滑用のオイルのみ」という事項と冷却作用との関係が必ずしもは明確ではない。
(B)引用例1発明において「潤滑用のオイルのみを吐出するオイルポンプ」を設けることは当業者が容易に想到し得たものと認められること、は上述のとおりである。

そして、本願発明1の作用効果は、引用例1に記載された発明から当業者が予測できる程度のものである。

(5)むすび
以上のとおり、本願発明1は、引用例1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
そして、本願発明1が特許を受けることができないものである以上、本願発明2?8について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-07-28 
結審通知日 2009-08-04 
審決日 2009-08-18 
出願番号 特願平9-356978
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (F16H)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 高吉 統久  
特許庁審判長 山岸 利治
特許庁審判官 岩谷 一臣
川上 益喜
発明の名称 電気自動車の潤滑機構  

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