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審判番号(事件番号) データベース 権利
無効2008800186 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  A21D
審判 全部無効 4項(134条6項)独立特許用件  A21D
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A21D
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  A21D
審判 全部無効 ただし書き3号明りょうでない記載の釈明  A21D
管理番号 1205425
審判番号 無効2008-800185  
総通号数 120 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-12-25 
種別 無効の審決 
審判請求日 2008-09-25 
確定日 2009-09-16 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第3094078号発明「冷凍生地製パン法とこの製法で得られるパン類」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 特許第3094078号の請求項1?3に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯

1.本件特許第3094078号の請求項1?4に係る発明についての出願は,平成11年6月15日に出願され,平成12年8月4日にその発明について特許権の設定登録がされたものである。

2.請求人は,平成20年9月25日付審判請求書,平成21年2月4日付弁駁書及び平成21年3月11日付弁駁書を提出し,本件の請求項1?4に係る発明の特許は,以下の理由により無効とされるべきものであると主張している。

無効理由1:
本件発明は,甲第1?3号証に記載された発明に基づいて,又は甲第1?3号証及び甲第4?7号証に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであるから,本件特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。

無効理由2:
本件特許は,特許法第36条第4項又は第6項第1号若しくは第2号に規定する要件を満たしていない出願に対してなされたものである。

そして請求人は,証拠方法として以下の甲第1?10号証を提出している。

甲第1号証:Y. Inoue and W. Bushuk, Cereal Chemistry. 69(4), 423-428 (1992)
甲第2号証:長尾精一著「世界の小麦の生産と品質 -下巻- 各国の小麦」,第113- 114頁,輸入食糧協議会事務局,平成10年10月28日発行)
甲第3号証:(社)日本製パン技術研究所 「冷凍パン生地の物性と製パン性に関する研究」製パン技術資料No.464(平成10年(1998年)7月(社)日本製パン技術研究所発行)
甲第4号証:特開平8-80155号公報(出願人:松谷化学工業)
甲第5号証:Can. J. Plant Sci.,60,737-739 (1980)
甲第6号証:Quality of Western Canadian wheat,1997
甲第7号証:特開平8-266213号公報(出願人:協和発酵)
甲第8号証:船附雅子,北海道農業研究センター研究報告N0.183,「小麦粉の生地物性を強める低分子量グルテニンタンパク質の同定とその育種的利用に関する研究」,2005年11月
甲第9号証:食品総合研究所 平成10年度 研究成果情報 3)研究及び技術開発に有効な情報 「29.スワンソン式ピン型ミキサーを使用した製パン性の簡易評価法の開発」 北海道農業試験場畑作研究センター麦育種研究室 研究担当者:高田兼則,入来規雄,桑原達雄
甲第10号証:「日本食品科学工学会」第45回大会講演集,社団法人日本食品化学工学会,1998年7月31日発行,202頁の「3Gall」

3.これに対して,被請求人は,平成20年12月15日付で訂正請求書を提出して本件明細書の訂正を求めると共に,同日付答弁書及びその平成21年2月21日付補正書,平成21年4月17日付答弁書並びに平成21年6月16日付上申書を提出し,本件審判の請求は成り立たない旨主張している。

そして被請求人は,証拠方法として以下の乙第1?54号証を提出している。

乙第1号証:農林省農林経済局統計調査部:第38次農林省統計表(昭和38年) p. 128-. 129
乙第2号証:
http://www.maff.go.jp/soshiki/seisan/seisan_bunkakai/06shiryou.pdf#search=’生産量 国産小麦 統計’
乙第3号証:農林省農林経済局統計調査部:第38次農林省統計表(昭和38年) p. 681
乙第4号証:
http://www.toukei.maff.go.jp/dijest/mugisoba/mugisoba03-03/mugisoba03-03.html
乙第5号証:
http://www.zenkokubeibaku.or.jp/mugi/jyukyuu/jyukyuu2.pdf#search=’麦の用途別需要量’
乙第6号証:
http://www.beibaku.net/wheat/20_komugi/h20_mugi_03.pdf"
乙第7号証:http://www.j-margarine.com/datalist/pdf/2_pan.pdf
乙第8号証:http://www.j-margarine.com/datalist/pdf/2_reitou.pdf
乙第9号証:
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/jki/j_zyukyu_kakaku/pdf/kakaku.pdf#search= ’小麦 国際価格 シカゴ グラフ’
乙第10号証:
http://www.beibaku.net/wheat/20_komugi/h20_mugi_09.pdf#search= ’小麦をめぐる情勢’
乙第11号証:農研機構北海道農業研究センターで測定した各種小麦粉について各種ピンミキサーを用いて測定したミキシングピークタイムのデータ
乙第12号証:American Association of Cereal Chemists (AACC):Approved Methods of the AACC, Method 54-40A, The Association, St.Paul, MN (1991)
乙第13号証:農研機構北海道農業研究センターで測定した各種小麦粉について代表的ピンミキサーを用いて測定したミキシング時のモーター電流値の生データとピーク時間のグラフ
乙第14号証:Takata et al:Food Sci. Technol. Res., 9, 67-72 (2003).
乙第15号証:乙第27号証のTable3のデータのピーククイム(PT(min))と破断力(BF(N))の相関関係を示したグラフ
乙第16号証:農研機構北海道農業研究センターで検証のため追加実験された冷凍生地製パンテストの結果
乙第17号証:http://www.paudo.com/flour/maker/index.html
乙第18号証:http://www.panaderia.co.jp/materials/flour/flour7/index.html
乙第19号証:特許公報(特第3410210号)
乙第20号証:特許公報(特第3481396号)
乙第21号証:特許公報(特第3932577号)
乙第22号証:American Association of Cereal Chemists (AACC) :Approved Methods of the AACC, Method 10-10B, The Association, St.Paul, MN (1991).
乙第23号証:Swanson et a1.:Cereal Chem, 3, 65 (1927).
乙第24号証:Mariatti et a1.:Int. J. Food Sci. Tech., 41, 151-157 (2006).
乙第25号証:Bugusu et a1. Cereal Chem., 78, 31-35 (2001).
乙第26号証:高田ら:農業低温科学研究情報, 6, 29-30 (1999)
乙第27号証:ピン型ミキサーに関する説明書(P社)
乙第28号証:AACC Method 10-09 Page l of 6
乙第29号証:Swanson, C. 0. and Working E. B. 1926. Cereal Chemistry 3(2):65-83
乙第30号証:パーカーコーポレーション社『マイクロミキサー』の資料
乙第31号証:パーカーコーポレーション社『100-200グラムミキサー』の資料
乙第32号証:パーカーコーポレーション社ホームページ
乙第33号証:Seguchi, S., Hayashi, M., Kanenaga, K., Ishihara, C. and Noguchi, S. 1998. Cereal Chemistry 75(1) :37
乙第34号証:Ohm, J. B., Chung, O. K. and Deyoe, C. W. 1998. Cereal Chemistry 75(1) :156-157
乙第35号証:Lu, X. and Seibu, P. A. 1998. Cereal Chemistry 75(2):200-201
乙第36号証:Vemulapalli, V., Miller, K. A. and Hoseney, R. C. 1998. Cereal Chemistry 75(4) :439-442
乙第37号証:Hayman, D' Anne, Hoseney, R. C., and Faubion, J.M. 1998. Cereal Chemistry 75(5) :581
乙第38号証:Kadharmestan, C, Baik, B.-K., and Czuchajowska, Z. 1998. Cereal Chemistry 75(5):762-763
乙第39号証:Bejosano, F. P. and Corke, H. 1998. Cereal Chemistry 75(2):171
乙第40号証:Delwiche, S. R., Graybosch, R. A., and Peterson. C. J. 1998. Cereal Chemistry 75(4) :412-413
乙第41号証:公開特許公報(特開平7-284366)
乙第42号証:公開特許公報(特開平10-4862)
乙第43号証:公開特許公報(特開平10-102084)
乙第44号証:一般的に小売店で販売している日清製粉株式会社製の最もポピュラーな市販強力小麦粉のカメリヤ(商品名)の袋の表裏の写真
乙第45号証:American Association of Cereal Chemists (AACC) Approved Methods of the AACC Method 54-21, The Association, St.Paul, MN (1991)
乙第46号証:日清製粉の「K青鶏」の出ているホームページ
http://www.panaderia.co.jp/php/flour/flour/_list.php?status=move&cp=10
乙第47号証:追加実験Iの結果(第1表)
乙第48号証:追加実験IIの結果(第2表)
乙第49号証:Kilborn et al., Cereal Chem., 50, 70-75 (1973)
乙第50号証:Kilborn et al., Cereal Chem., 49, 48-51 (1972)
乙第51号証:乙第49号証のFig5及びFig6のデータをグラフ化したもの(図1)
乙第52号証:乙第50号証のTable IIのデータをグラフ化したもの(図2)
乙第53号証:Journal of Cereal Science 26 (1997) 177-178
乙第54号証:Cereal Chemistry, Vol.64, No.4 (1987) 269-270

第2 訂正請求についての判断

1.訂正事項
平成20年12月15日付訂正請求の内容は,本件明細書及び図面を訂正請求書に添付した訂正明細書のとおりに訂正しようとするものであり,具体的な訂正事項は以下の通りである。

(1)訂正事項1:請求項1に「通常の強力粉の1.2倍以上,好ましくは1.5倍以上のミキシング時間を示す超強力粉含有粉」とあるのを「通常強力粉の1.2倍以上のミキシング時間を示す超強力粉を10%以上70%以下含有する,超強力粉と強力粉を混合した粉」と訂正する。

(2)訂正事項2:請求項1に「通常の一般イースト」とあるのを「通常一般イースト」と訂正する。

(3)訂正事項3:請求項2に「含有割合が10%以上である」とあるのを「含有割合が10%以上50%以下である」と訂正する。

(4)訂正事項4:請求項3に「含有割合が30%以上である」とあるのを「含有割合が30%以上50%以下である」と訂正する。

(5)訂正事項5:請求項4を削除する訂正をする。

(6)訂正事項6:明細書の段落0006に「本願の第1の発明」とあるのを「本発明」と訂正する。

(7)訂正事項7:明細書の段落0006に通常の強力粉の1.2倍以上,好ましくは1.5倍以上の」とあるのを「通常強力粉の1.2倍以上の」と訂正する。

(8)訂正事項8:明細書の段落0006に「通常の一般イースト」とあるのを「通常一般イースト」と訂正する。

(9)訂正事項9:明細書の段落0006に「本願の第2の発明」とあるのを「本発明」と訂正する。

(10)訂正事項10:明細書の段落0006に「パン類にある。」とあるのを「パン類を提供するものである。」と訂正する。

(11)訂正事項11:明細書の段落0007に「通常の強力粉」とあるのを「通常強力粉」と訂正する。

(12)訂正事項12:明細書の段落0007に「1.2倍以上,更に好ましくは1.5倍以上」とあるのを「1.2倍以上」と訂正する。

(13)訂正事項13:明細書の段落0007に「を示す小麦粉のことである。」とあるのを「を示す小麦粉のことである。本発明でいう通常強力粉とは,日清製粉(株)製の市販通常強力小麦粉(商品名 カメリヤ)のことである。」と訂正する。

(14)訂正事項14:明細書の段落0008に「本発明の超強力粉含有粉」とあるのを「本発明でいう超強力粉含有粉」と訂正する。

(15)訂正事項15:明細書の段落0008に「穀物粉,例えば,小麦粉,大麦粉,ライ麦粉,そば粉,トウモロコシ粉等の,一種又は二種以上の粉に」とあるのを「強力小麦粉と」と訂正する。

(16)訂正事項16:明細書の段落0009に「本発明の冷凍耐性イースト」とあるのを「本発明でいう冷凍耐性イースト」と訂正する。

(17)訂正事項17:明細書の段落0009に「通常の一般イーストに比べ高いものすべてが包含される。」とあるのを「通常一般イーストに比べ高いもののことである。本発明でいう通常一般イーストとは,冷凍耐性イーストでないもののことである。」と訂正する。

(18)訂正事項18:明細書の段落0028に「通常の一般イースト」とあるのを「通常一般イースト」と訂正する。

2.訂正事項についての判断

(1)上記の訂正事項のうち,訂正事項1,2,6?18については,明りようでない記載の釈明,訂正事項3?5については,特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。また,この訂正は,願書に添付した明細書に記載された事項の範囲内でするものであるし,それにより実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものとはいえない。

(2)請求人の主張について
請求人は,上記の訂正事項のうち,訂正事項1及び11,訂正事項2,8及び18,並びに訂正事項13及び訂正事項17について,それが不適法なものであると主張するので,これらの訂正事項に関し請求人が主張する点についてさらに検討する。

ア 訂正事項1及び11について
(ア)請求人は,この訂正事項について,以下のように主張する。
・請求項1及び対応明細書の「通常の強力粉」から「通常強力粉」への訂正は,意味が変わらず,明りようでない記載の釈明に該当しない。
・「強力粉」,「通常の強力粉」,実施例の「市販強力粉」が同じものなのか異なるものなのかが不明瞭であり,釈明に該当しない。
・「超強力粉含有粉」という表現がなくなったが,請求項2,3では依然として使われており,関係が明瞭でなくなっているから,釈明に該当しない。
(イ)しかし,「通常の強力粉」の「通常強力粉」への訂正は,文字数が減ることにより簡潔となっていると認められ,明りようでない記載の釈明ではないとまではいえない。
(ウ)また,「強力粉」,「通常の強力粉」及び「市販強力粉」という三者の関係は,「強力粉」に分類されるもののうち一般的な性質を有するものが「通常の強力粉」であり,販売されているものが「市販強力粉」であると理解でき,特にそれらの関係が不明確とはいえない。
(エ)さらに,「超強力粉含有粉」という表現が,訂正後請求項2及び3では残っているが,これは,訂正後請求項1の「超強力粉を10%以上70%以下含有する,超強力粉と強力粉を混合した粉」を意味することは明らかであって,特にこの訂正が特許請求の範囲の記載を不明確にするものであるとまではいえない。
(オ)したがって,この訂正は明りようでない記載の釈明を目的とするものと認められる。

イ 訂正事項2,8及び18について
請求人は,「通常の一般イースト」の「通常一般イースト」への訂正についても,上記ア(ア)と同様の主張をしているが,この訂正も上記(1)と同様の理由により,明りようでない記載の釈明に相当するものと認められる。

ウ 訂正事項13
(ア)請求人は,この訂正事項について,以下のように主張する。
・明細書の段落【0007】の「日清製粉カメリヤ」に関する追加文は,「通常強力粉」の定義を変更するものであり,新規事項である。
・乙第17号証記載の「カメリヤ」のたんぱく含量からは「カメリヤ」は中力粉であるから,この訂正は矛盾しており,不明確にするものである。
(イ)しかし,「日清製粉カメリヤ」に関する記載が追加された文の前には,「通常の強力粉(商品名,日清製粉カメリヤ)」と,括弧書き内の「カメリヤ」が通常の強力粉として記載されており,それが例示であるのか,定義であるのかは別として,「カメリヤ」を通常強力粉の基準とすることができることは記載されていたと認められるから,この訂正が新規事項を導入するものであると言うことはできない。
(ウ)また,たんぱく含量については,強力粉か中力粉かについての明確な規格が存在するとはいえず,その強度は,形成されるグルテンの量のみならずその質にも左右されるものである(五十嵐脩ら編「丸善食品総合辞典」丸善株式会社,平成10年3月25日発行,「小麦粉」の項を参照。)。甲第1号証にも,蛋白含量の同じB-Dの小麦粉がその強さにおいて,超強力から強力の範囲で相違していることが記載されている(424頁右欄下から18?10行)。したがって,たんぱく含量のみから「カメリヤ」が中力粉であるという請求人の主張は採用できない。
(エ)また,乙第17号証には,「日清製粉 カメリヤ」について,分類として「強力粉」とあり,パンに適しているとの用途の記載からみれば,これは強力粉に相当するものと認められる。
(オ)したがって,この訂正に特に矛盾はなく,これにより明細書の記載が不明瞭になるものでもない。

エ 訂正事項17
(ア)請求人は,この訂正事項について,この訂正は,「通常一般イースト」から,「冷凍耐性イースト」を除く記載の追加であり,新規事項であると主張している(なお,「通常の一般イースト」の「通常一般イースト」への訂正について,訂正事項2,8及び18についてと同様の主張をしているが,この主張については,前記イで述べた通りである。)。
(イ)しかし,この訂正は,「通常の一般イースト」の範囲を明確にしたものにすぎず,「冷凍耐性イースト」は「通常一般イースト」に比べ冷凍解凍後の発酵力が高いものを意味するのであるから,「冷凍耐性イースト」が「通常一般イースト」を含まないこと,すなわち「通常一般イースト」は,「冷凍耐性イースト」ではないことは自明である。そして,技術常識を参酌すれば,冷凍耐性ではないが特殊な性質を有するイーストが「通常一般イースト」に該当しないことは明らかであり,この訂正により「通常一般イースト」という技術的事項が変更されるものではない。
(ウ)したがって,この訂正が新規事項を導入するものであるとはいえない。

3.小括
以上の通りであるから,本件訂正は,特許法第134条の2第1項ただし書き,及び,同条第5項において準用する同法第126条第3項及び第4項の規定に適合するものであり,適法な訂正と認める。

第3 本件発明
以上の通りであるから,本件発明は,平成20年12月15日付訂正請求書に添付された訂正明細書の,特許請求の範囲の請求項1?3に記載された以下の通りのものと認められる(以下,「本件発明1」?「本件発明3」という。)。
「【請求項1】 ピン型のミキサーで通常強力粉の1.2倍以上のミキシング時間を示す超強力粉を10%以上70%以下含有する,超強力粉と強力粉を混合した粉と,冷凍なしの生地の発酵力に対する冷凍解凍後の発酵力の割合が通常一般イーストに比べ高い冷凍耐性イーストを用いることを特徴とする冷凍生地製パン法。
【請求項2】 超強力粉含有粉中の超強力粉の含有割合が10%以上50%以下であることを特徴とする請求項1記載の冷凍生地製パン法。
【請求項3】 超強力粉含有粉中の超強力粉の含有割合が30%以上50%以下であることを特徴とする請求項1記載の冷凍生地製パン法。」

第4 無効理由1について

1.請求人の主張
請求人は,本件発明は,甲第1?3号証に記載された発明に基づいて,又は,甲第1?3号証及び甲第4?7号証に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであると主張する。
そこで,まず,本件発明1の進歩性について検討する。

2.被請求人の主張
請求人の主張に対して,被請求人は,以下のように主張している。

(1)甲第1?3号証には,本件発明の構成要件である,超強力粉含有粉と冷凍耐性イーストを用いる冷凍生地製パン法については記載がない。
(2)甲第1及び3号証は,わずか4種の小麦でも,使用する小麦粉,混合粉,イーストの種類などによって,それらの冷凍生地製パン性は大きく異なることを示唆するものであり,甲第1?7号証には何も記載されていない特定割合の超強力粉を含む強力粉と冷凍耐性イーストを組み合わせたものの冷凍生地製パン性は予測困難である。
(3)本件発明には,冷凍生地製法において,(i)パンの風味,品質に問題がある,(ii)適用できるパンの種類に制限がある,(iii)コスト高になったりする,という問題を一挙に解決することを可能としたという予測し得ない格別な効果を奏する。

3.判断

(1)甲第3号証の記載
本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第3号証には,以下の事項が記載されている。

ア 「第2章および第3章において,主に氷結晶によるグルテンマトリックスの損傷によって冷凍生地の物性が軟弱化し,そのため製パン性が低下することが明らかになった。一般的には,生地の凍結を急速に行い生地中に形成される氷結晶を細かく均一な形態に揃えればこの軟弱化現象を軽減できると考えられるが,冷凍生地の場合,このような急速凍結を行うと生地中の酵母の死滅が増加することが知られている。したがって,冷凍生地の製パン性を改善するためには,生地中のグルテンマトリックスを強化あるいは氷結晶から保護する何らかの対策が必要である。」(51頁4?11行)

イ 「以上のことから,原料小麦粉の性状,特に蛋白質の含有と質が冷凍生地の製パン性に多大な影響を及ぼすと考えられ,この分野の研究が進むことによって冷凍生地耐性の高い小麦品種の育種が進展するものと期待されている。この分野の研究は比較的少ないが,次のような報告がある。Lorenzらは,冬小麦と春小麦の冷凍耐性には差異がないと報告している。Marstonらは,ミディアムからストロングなパテント粉が冷凍生地には適していると述べている。Neyreneufらは蛋白質含量が通常よりも高い小麦粉を使用することによって,フランスパン冷凍生地の凍結貯蔵耐性が改善できると報告している。Woltらは,原料小麦粉の際によって冷凍生地の凍結貯蔵耐性が異なることを認め,それが蛋白質の質の差に基因していると推定している。
そこで,本章では原料小麦粉の性状,特に蛋白質の質が冷凍生地の製パン性にどのような影響を及ぼすかを解明する目的で,蛋白質の含有量あるいは含有される蛋白質の質が異なる4種類の小麦粉から冷凍生地を調製し,凍結貯蔵期間の長短および解凍一再凍結による各生地の物性および製パン性の変化を比較検討した。さらに,最も優れた冷凍生地適性を有していた小麦粉の蛋白質の質について化学的な検討を行った。」(52頁4?19行)"

ウ 「2.1 小麦粉試料
性状の異なる4種類の小麦粉(A,B,C,D)を試料とした。試料Aは第1章および第2章の研究で使用した小麦粉試料であり,製パン原料小麦銘柄として世界的に高い評価を受けている1CWの蛋白質含量13.5%と14.5%の試料を1:1にブレンドしたものをストレート粉に製粉した試料である。試料Bは第3章の研究で使用した小麦粉試料であり,1CWの蛋白質含量14.5%のものをストレート粉に製粉した試料である。試料Cはカナダの小麦銘柄Canada Prarie springをCIGIのパイロツトミルでストレート粉に製粉した試料である。試料Dは蛋白質の質が強力過ぎるので製パンには不適切であるとされているカナダの小麦銘柄GlenleaをCIGIのパイロツトミルでストレート粉に製粉した試料である。」(52頁下から5行?53頁6行)」"

エ 「2.2 冷凍生地の調製 第2章の2.2.1)および3)の方法で各小麦粉試料から製パン試験および生地物性の測定用の非凍結生地および冷凍生地を調製した。この時,加水量はファリノグラム試験で求められた吸水量(%)から5%減少した量とした。冷凍生地を凍結貯蔵フリーザーに最長70日貯蔵した。また,冷凍生地の一部は7日間の凍結貯蔵期間内に第2章の2.1.1)に示した方法で解凍再凍結を行なった。」(53頁下から9?3行)

オ 「これらより,試料AとBは,蛋白質含量が0.5%異なるが,ファリノグラフおよびエクステンソグラフによる生物(審決注:「生地」の誤記と認められる。)物性の測定結果は類似しており,含有される蛋白質の質が類似していることが分かった。一般に,生地物性の測定結果に基づくと,これらの小麦粉の蛋白質の質は強力と表現される。他方,試料B,C,及びDはほとんど同量の蛋白質含有量であるが,生地物性の測定結果が大きく異なり,試料Dの蛋白質の質が極めて強力(超強力)であり,次いで小麦粉C,Bの順に蛋白質が強力であることが分かった。……特に,小麦粉Dの原料小麦品種であるGlenleaは,蛋白質の質が強力すぎるために製パンには不適切であるとされている。」(55頁3?14行)

カ 「凍結貯蔵1日によって試料A,B,およびCによる生地のパン体積値が顕著に減少しだのに対して(それぞれ7.8,6.7,および6.7%の減少),蛋白質の質が極めて強力な試料Dによる生地の体積減少度は僅かであった(2.3%)。また,凍結貯蔵6週間まで,試料Dによる生地のパン体積の減少度は他の生地と比較して明らかに小さいことが分かった。さらに,凍結貯蔵の長期化による最終発酵時間の増加度が最も低かった。」(57頁下から8?3行)

キ 「これより,解凍一再凍結による製パン性の低下度は,凍結貯蔵の長期化の場合と同様に,試料Dによる生地が最も低いことが分かった。
以上の結果より,小麦粉の蛋白質の質が冷凍生地の凍結貯蔵耐性に大きく関与することが明らかとなった。この結果はWoltらの報告と一致している。さらに,本研究では,蛋白質の質が通常の製パンには強力過ぎるとされている小麦粉を使用することによって,凍結貯蔵による冷凍生地の製パン性の低下を軽減出来ることが明らかになった。これに対して,若干の蛋白質含量の差異(0.5%)が冷凍生地の凍結貯蔵耐性に及ぼす影響は比較的少ないことが明らかになった。」(58頁下から10?1行)"

ク 「また,凍結貯蔵の長期化によって,各冷凍生地の引っ張りに対する最大抵抗値は徐々に低下するが,低下の速度が小麦粉の蛋白質の質によって異なることが分かった。蛋白質の質が最も強力である試料Dの生地の低下速度が最も遅く,供試試料のなかでは質が弱い試料AおよびBの生地の低下速度が最も速かった。」(60頁3?7行)

ケ 「この結果より,試料A,B,およびCの生地では,凍結貯蔵による生地物性の軟弱化か製パン性の低下の重大な原因になっているのに対して,蛋白質の質が極めて強力な試料Dの生地物性の軟弱化は,製パン性に顕著な影響を及ぼしていないことが明らかになった。」(第60頁下から4?1行)

コ 「しかし,凍結貯蔵の長期化の場合と同様に,物性値の変化が製パン性値(表4-3)に及ぼす影響度は,試料Dの生地が最も低いことが分かった。」(第62頁下から3?1行)

サ 「これらの結果より,試料A,B,およびCの冷凍生地は,たとえ酵母の活性が非凍結時と同じ水準に維持されていても生地物性の軟弱化によって製パン性が顕著に低下するのに対して,試料Dの生地は酵母の活性が非凍結時と同じ水準に維持されているかぎり,たとえ生地物性の軟弱化か起きても高い製パン性を維持していることが明らかになった。このことから,蛋白質の質が極めて強力な小麦粉を使用することによって,冷凍生地のグルテンマトリックスは強度が極めて高くなり,氷結晶による損傷を受けた後でも依然として高いガス保持力を維持できることが分かった。但し,試料Dの生地に関しても,酵母の発酵力が低下すると製パン性の低下は免れないことが。Fig.4-4の破線で示した部分から明らかである。」(第64頁末行?第65頁9行)

シ 「また,試料B,C,およびDは蛋白質含有量が殆ど同じであるが,これら試料から形成される生地の物性は大きく異なり,特に,試料Dによる生地が極めて高い強度を示した。即ち,これら3種類の試料は蛋白質の質が異なり,特に,試料Dの蛋白質は極めて強力な生地を形成する質を有していた。
各試料から調製した冷凍生地の凍結貯蔵の長期化および解凍-再凍結による製パン性および生地物性の変化を比較検討した結果,含有される蛋白質の質が極めて強力な試料Dによる冷凍生地が,グルテンマトリクスの強度が極めて高いために氷結晶による損傷を受けた後でも依然として高い製パン性を示すガス保持力を有しているため,ガス発生力の顕著な低下が起こらない限り凍結貯蔵による製パン性の低下が少ないことが分かった。また,若干の蛋白質量の差異が冷凍生地の製パン性に及ぼす影響は僅かなものであった。この結果より,極めて強度の高い生地を形成する蛋白質の質を有する小麦粉が,冷凍生地の原料として適していることが明らかとなった。」(第69頁6?19行)

(2)引用発明
甲第3号証に記載された「小麦粉D」は,蛋白質の質が強力過ぎるので製パンには不適切であるとされているカナダの小麦銘柄Glenleaを製粉したものであり,その性質は超強力であることが記載され,本件明細書において,超強力粉の性質を示す代表的小麦品種,系統の一つとして「Glenlea」が挙げられている(【0007】)ことからみて,甲第3号証に記載の「小麦粉D」は,本件発明1の「超強力粉」に相当するものであると認められる。また,「酵母」は「イースト」に相当する。
とすると,甲第3号証には,超強力粉と,イーストを用いる冷凍生地製パン法の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。

(3)対比
本件発明1と引用発明とを比較すると,両者は,「超強力粉と,イーストを用いる冷凍生地製パン法」である点で一致し,以下の点で相違している。

相違点1:用いる超強力粉について,本件発明1では,ピン型のミキサーで通常強力粉の1.2倍以上のミキシング時間を示すものであると特定されているのに対し,引用発明では,そのようなミキシング時間による特定はされていない点

相違点2:用いる超強力粉が,本件発明1では,超強力粉を10%以上70%以下含有するよう強力粉と混合されるのに対し,引用発明では超強力粉単独である点

相違点3:用いるイーストが,本件発明1では,冷凍なしの生地の発酵力に対する冷凍解凍後の発酵力の割合が通常一般イーストに比べ高い冷凍耐性イーストであるのに対し,引用発明では特にそのような特定がされていない点

(4)相違点についての判断

ア 相違点1について
甲第3号証に,その製粉により試料Dを得たことが記載されているGlenleaという小麦品種は,本件明細書において,本発明でいう超強力粉の性質を示す小麦品種の例として挙げられている。したがって,本件発明1における超強力粉のミキシング時間での特定は,単に従来の超強力粉をミキシング時間で特定したものにすぎず,このような特定により甲第3号証に記載された超強力粉と実質的な相違があるとはいえない。

イ 相違点2について
(ア)本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第2号証には,「カナダ・ウエスタン・エクストラ・レッド・スプリング小麦」(113頁15行)の項に,
(ア-1)「輸出量が増えている『カナダ・ウエスタン・エクストラ・レッド・スプリング(Canadian western extra strong red spring)小麦』は,硬質赤色春小麦品種の中で特に生地(グルテン)の力が強い品種で構成されている。…Glenleaが主要品種だが,…」(113頁16?19行),及び
(ア-2)「グルテンの力が強いことからパン生地にしたときに冷凍耐性があると言われており,北米での需要が伸びている。また,力の弱い粉に配合して補強剤として使う用途もある。」(113頁最下行から114頁2行)
という記載がある。
(イ)ここで,「カナダ・ウエスタン・エクストラ・レッド・スプリング小麦」の主要品種は,本件明細書中で,本件発明に用いる超強力粉の例として挙げられている小麦品種であるGlenlea(本件明細書【0007】)であるから,甲第2号証には,超強力粉をより弱い小麦粉と混合して,その強いグルテンの性質を付加することが記載されている。
(ウ)また,本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第4号証には,
(ウ-1)「【請求項1】 冷凍パン生地の製造に際し,原料穀粉100重量部に対し,下記に示す特定の加工澱粉を1?7重量部,及び原料穀粉1kgに対し澱粉分解酵素を300?1000単位の割合で,添加して生地を製造する方法であって,上記加工澱粉が加熱溶解度が8重量%以下であって,冷水膨潤度(Sc)と加熱膨潤度(Sh)の比が1.2≧Sc/Sh≧0.8の関係にあり,且つ冷水膨潤度が4?15であることを特徴とする冷凍パン生地の製造法。
……
【請求項3】 原料穀粉が超強力小麦粉を10?40重量%含有する小麦粉である請求項1又は2に記載の冷凍パン生地の製造法。」(特許請求の範囲),
(ウ-2)「しかし,冷凍パン生地を用いると,(1)(合議体注:原文においては丸付き数字。以下この文において同じ。)ホイロ時間が著しく長くなる,(2)パン体積の低下,(3)パン内相の気泡膜が厚くなり,食感が悪くなる,(4)パン外相の肌荒れ,(5)パン形状の歪化などの問題を生じる。」(【0003】),
(ウ-3)「 これらの原因としては,凍結によって酵母に障害を生じ,更に障害酵母から漏洩してくる還元性物質による影響,また凍結によるグルテンの変化や氷結晶によるグルテン膜の破壊などによって,生地の構造が破壊されるためと考えられている(田中康夫,中江利昭:冷凍生地の理論と実際,17頁その他,1982年,食研センター発行)。」(【0004】),及び
(ウ-4)「小麦粉は一般にパンの製造に使用されている蛋白質含量が約11?13重量%の強力小麦粉を用いることができ,パンの種類によっては準強力小麦粉,中力小麦粉,薄力小麦粉を強力小麦粉に代えて,又はその一部として混用することもできる。尚好ましいのは強力小麦粉単独又はこれと上記その他の小麦粉との混用である。更に原料穀粉を蛋白質含量が14重量%以上の超強力小麦粉を10?40重量%含有する小麦粉にすると,生地の冷凍耐性が更に向上して好ましい。」(【0015】)
という記載がある。
(エ)すなわち,甲第4号証には,加工澱粉や澱粉分解酵素を添加したパン生地に関してではあるが,凍結によるグルテンの変化やグルテン膜の破壊による生地の構造の破壊という問題を解決するために,強力小麦粉に超強力小麦粉を10?40%混合することが好ましいことが記載されている。
(オ)また,本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第5号証には,
(オ-1)「カナダ等級システムにおける有用クラスの小麦品種であるグレンレアは,混合した小麦粉からのパンの製造における(グルテンが)弱い小麦(weak wheats)に(グルテンの強さを)付加する能力(ability to “carry”)において,CWレッドスプリングの品種よりも優れている。収穫の多さと製粉性に加えて,この特徴は,(グルテンが)弱い小麦(weak wheats)しか生育しない小麦に当該能力を付加する(ability to “carry”)ために輸入する市場において極めて有用なものである。」(第737頁上欄の要約の項),
(オ-2)「グレンレアとマルキス(Marquis)タイプの品種と大きな相違は,グルテンの強靭さである。カナダでの実験では,グレンレアは『超強力』な変種であるとされた。」(第737頁右15?19行),及び
(オ-3)「超強カグレンレアタイプの小麦の非常に興味有る特性は,『混合』製パン試験(”blend” baking test)において弱い小麦に能力を付加することである。50/50の混合試験において,グレンレアは,100%グレンレアを用いた通常の試験よりもずっと良い結果を与える。さらに,混合性能においてグレンレアとCWレッドスプリング品種のひとつと比較したときに,通常グレンレアはずっと良い結果を与える。」(第737頁右欄下から8行目?738頁左欄2行),
(オ-4)「これらの結果は,混合小麦粉において,カナダのHRS小麦粉は,より弱い小麦粉に実質的な容積(proportion)を付与する能力を有しており,同じ製パン性を得るためにはニーパワよりもグレンレアの方が少量ですむことを示唆している。例えば,12.5%のHRS小麦粉においては,23%のグレンレアが,50%のニーパワにほぼ匹敵している(図1参照)。ニーパワと同じ付与能力を得るためには,通常はより多い蛋白含量が必要とされる。」(第738頁左欄下から12?3行)
と記載されている。
(カ)すなわち,甲第5号証には,超強力品種であるグレンレア(grenrea)が,他の小麦粉に混合して,そのグルテンの強さを付与するために使われること,及び100%グレンレアよりも,50/50の割合で混合したものの方が良い結果を与えることが記載されている。
(キ)このように甲第3号証に,グルテンマトリックスの強度が極めて高く,そのために冷凍生地耐性に適した小麦粉として記載されているグレンレアについては,そのグルテンの強さを他の小麦粉に付与するために混合されることが,甲第2及び5号証に記載されている。特に,甲第5号証には,グレンレアのみを使用するよりも他の小麦粉と混合したものの方が良い結果を与えることが記載されている。
また,甲第4号証には,グルテンの変化やグルテン膜の破壊に基因するとされる冷凍パン生地の問題について,超強力小麦粉を10?40重量%含有する小麦粉にすると,生地の冷凍耐性が向上することが記載されている。
これらの記載をみた当業者であれば,一般的なパン生地の製造に用いられる強力粉に,甲第3号証に記載された,冷凍生地耐性に優れたグレンレア等の超強力粉を配合すれば,その冷凍生地耐性が向上するであろうことは容易に想到しうることである。
そして,得られるパンの風味,品質等の観点から,超強力粉の配合割合を適宜決定することは,当業者の通常の創作能力の発揮にすぎず,この点は,当業者が容易に想到しうることである。
ウ 相違点3について
(ア)本件特許の出願前に頒布された刊行物である甲第7号証には,
(ア-1)「【請求項1】 小麦粉,ホスホリパーゼCまたはリゾホスホリパーゼ,酵母および水を混捏することを特徴とするパン生地の製造法。
【請求項2】 パン生地が成型冷蔵パン生地または成型冷凍パン生地である請求項1記載の製造法。」(特許請求の範囲)及び
(ア-2)「本発明で用いる酵母としては,パン酵母として知られているものであれば,文献記載のもの,市販品等いずれも用いられるが,好ましくは冷蔵耐性または/および冷凍耐性を有する酵母が用いられる。具体的には,例えば,サッカロミセス・セルビジェ(Saccharomyces cerevisiae)FERM P-11937,P-11938(特開平4-234939号公報),NCIM40328,40329,40330,40331,40332(特開平5-76348号公報),FERE P-12916(特開平5-284896号公報),ダイヤイーストREIZO,FRZ〔協和醗酵工業(株)〕,オリエンタル LTイースト,FDイースト,FD-1イースト〔オリエンタル酵母工業(株)〕,ニッテンRSイースト〔日本甜菜製糖(株)〕,カネカグリーンイースト,グリーンイーストWS〔鐘淵化学工業(株)〕,三共イーストY,M〔三共(株)〕,45イースト(黒),45イーストーレッド,45F Cイースト,45S Aイースト〔旭フーズ(株)〕等が用いられる。」(【0011】)
という記載がある。
(イ)すなわち,甲第7号証には,冷凍パン生地を製造するに際して,冷凍耐性を有する酵母を使用することが記載されている。
また,冷凍耐性を有する酵母として例示されている「FRZ〔協和醗酵工業(株)〕」及び「FDイースト…〔オリエンタル酵母工業(株)〕」は,本件明細書においても,用いる冷凍耐性イーストとして例示されており(【0009】),本件発明1で用いる「冷凍なしの生地の発酵力に対する冷凍解凍後の発酵力の割合が通常一般イーストに比べ高い冷凍耐性イースト」に相当するものと認められる。
(ウ)さらに,甲第3号証には,酵母の活性が非凍結時と同じ水準に保たれていることが,製パン性維持に重要であることが記載されており(前記記載事項オ),この記載をみた当業者であれば,そのような活性を有する冷凍耐性イーストを用いることに動機づけられるというべきである。
(エ)したがって,当業者であれば,冷凍生地製パンにおいて,甲第7号証に記載された冷凍耐性イーストを用いることは容易に想到しうることである。

(5)本件発明1の効果について
ア 被請求人は,平成21年4月11日付答弁書において,本件発明の有利な効果を示すために,「実験を実施中であり結果を提出する用意がある」とし,その後,平成21年6月16日上申書において,対応する実験結果が記載された乙第47号証を提出した。

イ 乙第47号証について
(ア)実験条件の明確性
乙第47号証に示された実験は,使用した強力粉については,「市販強力粉」としか特定されておらず,実際に何を使用したのかが不明である。また,冷凍耐性イーストとしては「A社製冷凍耐性生イースト」とあるだけであり,これも具体的に何を使用したのかが不明である。これらについては,本件明細書に記載された実施例をみても不明である。
結局のところ,この実験結果については,追試によってその実験結果を確認することができず,その結果の客観性,及び正確性を第三者が検証することが困難であるといわざるを得ない。このような追試できない実験結果を以て,本件発明1に顕著な効果があるということはできない。
(イ)超強力粉の種類
超強力粉としては,「サンプルの調製の都合」として,本件明細書の実施例で用いている「Wildcat」とは異なり,本件明細書において例示されていない「北海261号」の小麦粉を使用している。同じ超強力粉であっても,その性質は様々であるから,本件明細書で実際に使用されている超強力粉とは異なる超強力粉を用いた実験データによって,本件明細書の記載から顕著な効果の存在が推認できるとはいえない。
(ウ)評価の基準等
梨肌の状態,内相,食感風味については,本件明細書の実施例と同様に行ったとあるから,3人のパネラーによって行われたものと認められるが,どのような基準で◎?×という評価をしたのか,バネラー間の評価のばらつきはどの程度あったのか(つまり,統計的に有意な差が示されているか)等が明らかではない。例えば,「◎」と「○」が顕著な差といいうるものであるのかはこの結果からは不明であり,この結果をもって本件発明1に顕著な効果があるともいい難い(平成17年(行ケ)第10015号判決の「第5 当裁判所の判断」の「4 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について」の(2)の最終段落を参照。)。
(エ)市販強力粉100%で冷凍耐性イーストを用いた場合のデータ
本件明細書に記載されたノータイム生地製パン(食パン)法による表1の「比較例2」(【0015】)は,市販強力粉100%を用いたものであって超強力粉は用いておらず,冷凍耐性イーストを用いている点で,乙第47号証の比較例1と全く同じ組成の生地及び製パン法であると認められるところ,その容積比は,無冷凍,冷凍3週間及び冷凍5週間の場合,それぞれ5.82,5.40及び4.87である。しかし,乙第47号証によれば,その比較例1の容積率は,無冷凍,冷凍3週間及び冷凍5週間の場合,それぞれ6.11,5.81及び5.72であり全く相違している。ほぼ同一の結果を示すべき本件明細書記載の数値と乙第47号証による数値が,これほど相違しているということは,他の例についての実験結果を含めた,被請求人が提出した実験結果全体の信頼性を大きく損なうものである。
(オ)また,仮に例えば,「◎」と「○」が顕著な差であり,実権結果が信頼できるとした場合であっても,そのデータをみると,超強力粉の配合率が0%(比較例1)及び100%(比較例4)の結果と比較して,比容積においては,その双方を上回るデータは得られていない。
また,梨肌及び食味・風味においては,本件発明1の数値範囲の全体にわたって,比較例1及び比較例4の結果を上回るデータは得られていない。内相については,本件明細書に記載のない冷凍5週間の場合には,比較例1及び比較例4の結果を上回る結果が得られているが,冷凍3週間の場合にはそうではない。

ウ 以上を総合的に判断すると,本件発明1の奏する効果が,従来技術からは予測できない顕著なものであるということはできない。

(6)小括
以上の通りであるから,乙第47号証を参酌しても,本件発明1は,甲第3号証及び第2,4,5及び7号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

4.本件発明2について
(1)判断
本件発明2は,本件発明1の超強力粉含有粉中の超強力粉の含有割合である「10%以上70%以下」を,さらに「10%以上50%以下」に限定したものである。
したがって,本件発明2と引用発明との一致点及び相違点は,本件発明1と引用発明との対比において示したものと,相違点2の数値範囲が異なるのみで,その他の点は同様である。
そして,用いる超強力粉が,本件発明2では,超強力粉を10%以上50%以下含有するよう強力粉と混合されるのに対し,引用発明では超強力粉単独である点(相違点2’)については,上記と同様の理由により,当業者が容易に想到し得たことである。
また,本件発明2の奏する効果についても,上記と同様に従来技術からは予測できない顕著なものであるということはできない。

(2)小括
以上の通りであるから,本件発明2は,甲第3号証及び第2,4,5及び7号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

5.本件発明3について
(1)判断
本件発明3は,本件発明1の超強力粉含有粉中の超強力粉の含有割合である「10%以上70%以下」を,さらに「30%以上50%以下」に限定したものである。
したがって,本件発明2と引用発明との一致点及び相違点は,本件発明1と引用発明との対比において示したものと,相違点2の数値範囲が異なるのみで,その他の点は同様である。
そして,用いる超強力粉が,本件発明3では,超強力粉を30%以上50%以下含有するよう強力粉と混合されるのに対し,引用発明では超強力粉単独である点(相違点2’’)については,上記と同様の理由により,当業者が容易に想到し得たことである。
また,本件発明3の奏する効果については,内相について,比較例1及び4以上の結果がデータ上は得られている点を除けば,上記と同様である。しかし,この違いによって,本件発明3が,従来技術からは予測できない顕著なものであるということはできない。

(2)小括
以上の通りであるから,本件発明3は,甲第3号証及び第2,4,5及び7号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

第5 無効理由2について

1.請求人の主張
請求人は,「ピン型ミキサー」がどのようなミキサーであるのか,どう使用するのか,及び「ミキシング時間」の測定条件,測定方法,評価方法について,本件明細書には一切記載がないから,本件明細書は当業者が本件発明を容易に実施できる程度に(「当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に」の意味と解される。)記載されておらず(実施可能要件),本件の特許請求の範囲の記載は発明の詳細な説明に記載されたものではなく(サポート要件),また,本件の請求項の記載が明確でない(明確性要件)と主張する。
そこで,まず,本件発明1を特定する事項である「 ピン型のミキサーで通常強力粉の1.2倍以上のミキシング時間を示す超強力粉」が,明確であるか否かについて検討する。
2.被請求人の主張
請求人の主張に対して,被請求人は,以下のように主張している。
(1)「ピン型ミキサー」は,出願時に,当業者の間で製パン実験に用いるものとして広く知られている(乙23)。また,「ピン型ミキサー」は,米国公定法で用いるミキサーであり(乙22,12),同じ装置,同じ条件で比較すれば,ミキシング時間はほぼ同一となる。したがって,所定の「ピン型ミキサー」で,測定した小麦粉サンプルのミキシング時間を基準として,強力粉の1.2倍以上のミキシングピーク時間を有する超強力粉を特定することは可能である。
(2)小麦粉生地のミキシング時間は,ピン型ミキサーの種類,回転数,クリアランス等の条件により変化するが,小麦粉間の相対比は,条件が変わってもほとんど変化しないことがこれまでの穀物科学の知見から明らかになっている。また,そのことは,実験により検証された(乙11)。したがって,相対時間で評価すれば,どのようなピンミキサーを用いても超強力小麦粉を明確に判別することが出来る。

3.判断

(1)「ピン型ミキサー」の明確性

ア 被請求人の主張
被請求人は,以下のことから,例え明細書中に記載がなくとも「ピン型ミキサー」がどのような装置であるかは当業者の間では技術常識であると主張する。
(ア)製粉・製パン分野でのAACC(American Association of Cereal Chemists)が編集し,公定法となっている「Approved Methods of the AACC」では,「最適化ストレート生地製パン法」や「ミキソグラフ法」などでピン型ミキサーが採用されている(乙第22,12号証)。
(イ)「Approved Methods of the AACC」で採用されているミキサーは,現在,National Mfg. Co., Lincolon,NE(以下「N社」という。)が製造販売しており,国内で流通しているピン型ミキサーは,N社製のものに限られており仕様の変更もない(乙第27号証)から,したがって,現在,国内の関係者が採用しているピン型ミキサーの大多数は,N社製のピン型ミキサーである,
(ウ)「ピン型ミキサー」という用語は,学術論文において特定の装置を意味するものとして慣用されている(乙53,54)。

イ 「ピン型ミキサー」について
ピン型ミキサーについては,小麦粉生地の混合に用いられることが,例えば,本件特許の出願前に頒布された乙第22,23号証にも記載されており,それがどのような装置であるのかについても周知であったものと認められる。したがって,「ピン型ミキサー」の細部の構成がどのようなものであるかは別として,それがどのようなタイプのミキサーであるのかという点については,当業者は明確に理解できるものと認められる。

ウ 「特定の装置」について
しかし,被請求人が,「ピン型ミキサー」が特定の装置,具体的にはN社の製品を意味するものであると主張しているのだとすれば,その点については以下の理由により採用できない。
(ア)AACCは米国の団体であり,そこで定める公定法が世界的に採用されているということはできない。また,特許明細書の場合には,発明の効果を明らかにするためには,従来技術と対比して同じ測定条件での効果を確認すれば足りるのであって,発明を明確に特定するためには該公定法によらなければ不可能であるという事情もないのであるから,特に公定法を用いる必要はない。
したがって,AACCの定める公定法において,N社製のピン型ミキサーを用いるという記載があるからといって,我が国における特許明細書においては,記載がなくともN社製のピン型ミキサーが用いられているということはできない。
(イ)乙53,54号証には,生地のミキシングにN社製のピンミキサーを用いたことが記載されているが,だからといって,それ以外のピンミキサーが用いられないことを示すものではない。
(ウ)また,例えば,Cereal Chemistry, 51(4), 1974, p.500-508,Cereal Chemistry, 51(5), 1974, p.592-595及びFood Australia, 47(2), Feb 1995, p.66-70に,小麦粉生地のミキシングに用いる実験室用ピンミキサーとして,Grain Research Loboratory製のGRL-200等が記載されており,その他,同様のピン型ミキサーとしてはHobart Manufacturing 製のA-120なども知られている(J. Nutr. 110, 1980, p.2272-2283)ように,学術文献において用いられている「ピン型ミキサー」は,N社製のものに限られるわけではない。
(エ)とすれば,本件明細書に記載された「ピン型ミキサー」がN社製のものを意味するということはできない。

(2)ピン型ミキサーの種類,ミキシング条件とミキシング時間の小麦粉間の相対比

ア 以上のように「ピン型ミキサー」にもいろいろな種類があり(N社製の製品に限っても,乙第22号証には,1ポンド用,100g用,10g用の3種類があること,ピンを追加することもあることが記載されている。),また,回転数や生地の水分量などの測定条件も幅があるものと認められる。
とすれば,「ピン型ミキサー」の種類や測定条件についての具体的記載のない本件明細書の記載から,「ピン型のミキサーで強力粉の1.2倍以上のミキシングピーク時間を有する超強力粉」が明確であるというためには,ミキシングピーク時間が「ピン型ミキサー」の種類や測定条件によって変化せず一定であることが必要である。

イ 被請求人の主張
被請求人は,この点について,以下のことから本件発明1の「ミキシングピークタイム」は明確であると主張する。
(ア)その後の実験結果(乙第11号証)によれば,異なるミキシング時間を有する小麦粉を,異なるミキサー及び回転数でミキシングした結果,対象の小麦粉(カメリヤ)に対する相対的ピーク時間はほぼ同一であり,これは出願後のデータではあるものの科学的事実である。
(イ)国内で流通しているピン型ミキサーは,N社製のものに限られている。仕様の変更もない(乙第27号証)。とすれば実験日時に関わらず,同様の条件で測定すれば,同様の「実験事実」が得られると推量される。
(ウ)ピン型ミキサーによる測定条件,測定方法については,明細書中に記載がなくとも,AACCの公定法(乙第22,12号証)に即した条件で測定が行われるべきことは,当業者にとって技術常識であり,この公定法に従って製パン・測定を行った事例が数多く散見される(乙第33?40号証)。
(エ)乙第49,50号証の結果をグラフ化した乙第51,52号証によれば,異なる回転数(2値)のミキシング時間には高い相関がある。

ウ 乙第11号証及び乙第13号証について
(ア)乙第22,12号証に記載されたAACCの公定法によれば,35gミキサーの場合の回転速度としては,ミキソグラムで88±2回転,ストレート生地製パン法で100-125回転が推奨されているが,乙第11号証及び乙第13号証には,その範囲のデータは記載がない。
(イ)また,乙第11号証に記載されたピーク時間のデータ,特に35g用ピンミキサー(150rpm)のデータは,乙第13号証のグラフに基づくものと認められるが,特に,「VictoriaINTA」,「北海261号」,「北海259号」,「北海260号」については,記載されたグラフのピークは曖昧であって,なぜこの数値をピーク時間と判断したのかが不明である。また,「ホクシン」,「ゴールデンヨット」,「北海261号」,「北海259号」,「北海260号」については,その数値が乙第13号証のグラフに記載されたものと乙第11号証の表に記載された数値とが,若干ではあるが異なっている。
(ウ)さらに,各超強力粉の市販強力粉(カメリヤ)に対する各条件におけるピーク時間の相対比をみると,例えば,「Wild Cat」,「VictoriaINTA」,「北海261号」,「北海259号」,「北海260号」において,その最大値と最小値との差が,0.09,0.11,0.18,0.17,0.15である。
また,同様に,被請求人が実験結果として提出した乙第48号証によれば,例えば,「スーパーカメリヤ」,「K青鶏」,「N龍舟」,「クードシャンス」においては,その相対比の最大値と最小値との差は,0.18,0.16,0.19,0.14である。
本件発明1が,市販強力粉に対して1.2倍以上,すなわち0.2倍多いミキシング時間を示す小麦粉を本件発明1の発明特定事項としているときに,ミキシング条件によってこの程度の差が存在するということは,発明を特定する上で無視することが出来ない程度の差であると認められる。

エ AACCの公定法について
AACCの公定法については,上記(1)ウ(ア)で述べた通りの理由により,その測定の仕方に関する具体的記載が全くない本件明細書における試験が,同公定法によって試験されていることは明らかであるとはいえない。

オ 乙第49?52号証について
被請求人は,乙第49?52号証を提出して,異なる回転数でのデータの相関係数rが高いことを以て,ミキシング時間の相対比に大きな変化はないと主張している。
しかし,例えば,乙第50号証の表2の試料3と4とを比較すると,そのミキシング時間の相対比は,140回転では1.17であるのに対し,110回転では1.38でありかなり相違している。また,乙第51号証をみても130回転でのミキシング時間が6分のところでは,回帰直線からかなり離れたデータが存在していることが見て取れる。
例え,全データの相関係数が高くとも,部分的にピーク時間の相対比がある程度程度異なるデータがあれば,ミキシングピーク時間が「ピン型ミキサー」の種類や測定条件によって変化せず一定であるとはいえない。

カ 本願の出願時における技術常識
仮に,被請求人の主張するように,ミキシングピーク時間の相対比が一定であることが科学的事実であるとした場合であっても,発明が明確であるか否かは,明細書の記載に基づき出願時の技術常識を参酌して判断すべきものであるから,そのような科学的事実が,それが本件特許の出願時において技術常識である必要がある。つまり,本件発明1が明細書の記載から明確に把握できるというためには,ピン型ミキサーの種類やミキシング条件にかかわらず,ミキシング時間の小麦粉間の相対比がほとんど変化しないということが本件特許の出願時において技術常識であり,それらを特定するまでもなく,「ピン型のミキサーで強力粉の1.2倍以上のミキシングピーク時間を有する超強力粉」というものを明確に理解できる必要がある。
しかし,被請求人の提出した証拠をみても,この点が技術常識であることを示すものはない。

キ 以上のことから,本件発明の発明特定事項である「ピン型のミキサーで強力粉の1.2倍以上のミキシングピーク時間を有する超強力粉」という記載は不明確であり,本件発明1自体が不明確である。
また,同様の理由により,本件発明1が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に発明の詳細な説明に記載されているものとはいえず,また,本件発明1が発明の詳細な説明に記載したものであるということもできない。

ク その他
(ア)請求人は,
・「通常強力粉」がどのような特性のものであるかは本件明細書中に一切記載されていない,
・「1.2倍以上,好ましくは1.5倍以上」については,1.2倍以上であれば足りるのか,1.5以上でなければならないのかについて,必ずしも明確な記載とはいえない,
とも主張しているので,この点についても判断すると以下の通りである。
(イ)「通常強力粉」については,「強力粉」という語は,食品分野において慣用されている用語であって,特に特性を記載しなければ不明確な用語であるとは認められないし,「通常」とは,「普通であること。なみ。通例。」[株式会社岩波書店 広辞苑第六版]」という意味であって,特殊なものは含まれないという程度の特定であると認められるから,「通常強力粉」というものがどのようなものであるのかを理解することが困難であるとまではいえない。(なお,「通常強力粉」について,本件訂正明細書には,「本件発明1でいう通常強力粉とは,日清製粉(株)製の市販通常強力小麦粉(商品名 カメリア)のことである。」(【0007】)という定義が記載されている。)
(ウ)また,「好ましくは」という記載については,平成20年12月15日付訂正により,「好ましくは1.5倍以上」という記載が削除されたから,請求人の主張には理由がない。
(エ)したがって,これらの点によっては,本件発明が明確でないということはできない。実施可能要件及びサポート要件についても同様である。

ケ 本件発明2及び3について
本件発明2及び3は,本件発明1をさらに限定したものであり,「ピン型のミキサーで強力粉の1.2倍以上のミキシングピーク時間を有する超強力粉」という発明特定事項を同様に含むものであるから,同様の理由により明確であるとはいえず,また,実施可能要件及びサポート要件も満たしていない。

コ 小括
以上のように,本件特許の請求項1?3に係る発明の特許は,特許法第36条第6項第1号並びに第2号,及び同条第4項(平成14年改正前のもの)に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,特許法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきものである。

第6 むすび

以上のように,本件特許の請求項1?3に係る発明の特許は,特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであるから同法第123条第2号に該当し,また,同請求項に関して同法第36条第4項並びに第5項第1号及び第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから同法第123条第4号に該当し,無効とすべきものである。
審判に対する費用については,特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により,被請求人が負担すべきものとする。
よって,結論の通り審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
冷凍生地製パン法とこの製法で得られるパン類
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】ピン型のミキサーで通常強力粉の1.2倍以上のミキシング時間を示す超強力粉を10%以上70%以下含有する、超強力粉と強力粉を混合した粉と、冷凍なしの生地の発酵力に対する冷凍解凍後の発酵力の割合が通常一般イーストに比べ高い冷凍耐性イーストを用いることを特徴とする冷凍生地製パン法。
【請求項2】超強力粉含有粉中の超強力粉の含有割合が10%以上50%以下であることを特徴とする請求項1記載の冷凍生地製パン法。
【請求項3】超強力粉含有粉中の超強力粉の含有割合が30%以上50%以下であることを特徴とする請求項1記載の冷凍生地製パン法。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、超強力粉含有粉と冷凍耐性イーストを用いる冷凍生地製パン法とこの製法で得られるパン類に関し、更に詳しくは、超強力粉を適当量混合してタンパク質の強度を強化した穀物粉と冷凍耐性イーストとを組み合わせて用いる冷凍生地製パン法と本法によって製造される品質良好なパン類に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
近年、消費者のグルメ嗜好から、焼き立てのパンを求める声が高まっている。冷凍生地製法は、こうした要望に応えて開発されたもので、工場で集中的に生産したパン生地を冷凍して配送し、販売先で解凍、焼成することにより焼き立てのパンを販売できるものである。また、この製法は、パンの製造工程の途中で生地の冷凍により製造を中断できるため、製パンの時間的制約が低減され製造面からの合理化も達成できる。
【0003】
しかしながら、上記の製法には、生地の長期冷凍中に酵母の障害や生地の冷凍劣化によりパンの品質が低下するという問題がある。これらの問題の対応策として、これまでに、▲1▼パン生地への水の配合量の減量、イーストフードの増量(神田芳文:食品と料学,1982秋季増刊,27(1982))、▲2▼冷凍速度の制御(特開昭59-11134号公報)▲3▼各種糖質,乳化剤等の改良剤の添加(特開平4-141041号公報,特開平5-66097公報,特開平5-292870号公報,特開平10-117671号公報等)▲4▼冷凍耐性イーストの開発(特開昭58-158179号公報,特開昭58-201978号公報,特開昭60-221079号公報,特開昭61-254186号公報,特開昭63-254978号公報,特開昭63-294778号公報,特開平2-238876号公報等)に開示されている。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
ところが、上記の各解決策では、▲1▼パンの風味、品質等に問題が生じる。▲2▼適用できるパンの種類に制限がある。▲3▼コスト高になったりする、等の新たな問題が生じるなどの欠点があり、冷凍生地の冷凍中の劣化の問題は十分に解決されていないのが現状である。
【0005】
本発明者らは、上記の問題について鋭意研究を行った結果、生地冷凍耐性のある超強力粉含有粉と冷凍耐性イーストを用いる冷凍生地製パン法により、コスト高にならず上記の問題を一挙に解決できることを見出し、本発明を完成した。
【0006】
【課題を解決するための手段】
本発明は、ピン型のミキサーで通常強力粉の1.2倍以上のミキシング時間を示す超強力粉含有粉と、冷凍なしの生地の発酵力に対する冷凍解凍後の発酵力の割合が通常一般イーストに比べ高い冷凍耐性イーストを用いる冷凍期間中の生地劣化の非常に少ない冷凍生地製パン法を提供するものである。また、本発明は、この冷凍生地製パン法によって製造された品質良好なパン類を提供するものである。
【0007】
【発明の実施の形態】
本発明でいう超強力粉とは、ピン型のミキサーで通常強力粉(商品名、日清製粉カメリヤ)の1.2倍以上のミキシング時間(ミキシング時のモーターの電流値のピークまでの時間)を示す小麦粉のことである。本発明でいう通常強力粉とは、日清製粉(株)製の市販通常強力小麦粉(商品名 カメリヤ)のことである。このような小麦粉の性質を示す代表的小麦品種、系統としては、Glenlea、Wildcat、Bluesky、VictoriaINTA、カンザス州立大学系統KS831957、北海道農業試験場育成系統PC-338、ホクレン農業協同組合連合会育成系統HW-2号等が挙げられるが、どのような品種、系統からの小麦粉でも上記のような性質を示すものであれば、本発明の超強力粉に包含される。
【0008】
本発明でいう超強力粉含有粉とは、一般に冷凍生地パンの原料となる強力小麦粉と10%以上、更に好ましくは、30%以上の超強力粉を混合した粉のことである。但し、本発明の効果を十分に発揮させるためには、上記の超強力粉含有粉のミキシング時間が一般的に冷凍生地製パンに使用される強力粉よりも長いことが重要である。そのため、超強力粉を混合する粉の種類、性質により超強力粉の最適混合割合は適当に決定すればよい。
【0009】
本発明でいう冷凍耐性イーストとは、冷凍なしの生地の発酵力に対する冷凍解凍後の発酵力の割合が通常一般イーストに比べ高いもののことである。本発明でいう通常一般イーストとは、冷凍耐性イーストでないもののことである。このような、冷凍耐性イーストとしては、オリエンタル酵母工業株式会社のFDイースト、鐘渕化学工業株式会社G、GAイースト、協和発酵株式会社のFRZイースト、旭フーズ株式会社のYFイースト、日本甜菜製糖株式会社のFRイースト、食品総合研究所開発のFRI-413イースト、FRI-501イースト等を挙げることができる。また、一般に冷凍耐性が高いことが知られているTorulaspora属のイースト、具体例としては、Torulaspora delbruecki、Torulaspora globosa、Torulaspora pretoriensisも本発明の冷凍耐性イーストに包含される。
【0010】
本発明の冷凍パン生地の製造方法は、ノータイム法、ストレート法、リミックスストレート法、中種法等の冷凍生地製パン法のいずれでもよい。また、冷凍工程としては、大玉生地冷蔵、分割生地玉冷凍、成型生地冷凍、ホイロ後生地冷凍等いずれの工程で冷凍する方法も包含される。冷凍方式についても、液体窒素トンネルフリージング、エアブラストフリージング、あるいは冷凍庫内静置による冷凍など、いずれの方法も適用可能であるが、急速冷凍が好ましい。本発明の方法により、冷凍貯蔵された冷凍パン生地は、所望の時に解凍して、必要に応じて寝かし、発酵、ホイロ工程を経て焼成等を行って製品化することができる。
【0011】
本発明でいうパン類とは、イーストの発酵と生地の冷凍工程を伴って製造されるパン類すべてが包含され、小麦粉にその他の穀物粉、油脂、糖類、粉乳、膨張剤、食塩、調味料、香料、乳化剤、イースト、イーストフード、酸化剤、還元剤、各種酵素類等の原料の全部または一部と水、その他の物を加えて混合発酵後、蒸す、焼く、揚げる、煮る等の加熱調理をすることによってできる食品のことである。例えば、フランスパン、食パンのようなリーンな生地のパン、テーブルロール、バターロール等のロール類、マフィン、ラスク等の特殊パン、クロワッサン、デニッシュ、あんパン、ジャムパン、クリームパン等の菓子パン、肉まん、あんまん等の蒸しパン、発酵ドーナツ等の油揚げパン、更にはピザクラスト等を挙げることができる。
【0012】
本発明の超強力粉含有粉と冷凍耐性イーストを組み合わせた技術の効果は、混合粉が小麦粉のみの場合に特にその効果を発揮し、超強力粉以外の小麦粉がより強い強力粉の方がより好適な結果となる。冷凍生地製パン法の条件としては、生地冷凍前の発酵時間が長く、冷凍による劣化の一般的に大きい製法の場合に本発明の効果はより顕著に発揮される。
【0013】
本発明の冷凍生地製法によって、従来法以上の冷凍生地からのパンが長期の冷凍期間にわたって得られる理由については、詳細は不明であるが、本発明においては、冷凍耐性イーストに加え、小麦粉生地そのものにも冷凍耐性があると考えられる。上記の粉を使用することによって、冷凍によりイーストがある程度障害を受けてガス発生量が低下しても、生地そのもののガス保持力が大きいため、品質良好なパンが製造できると考えられる。
【0014】
〔実施例〕
次に表1?3に示す実施例(比較例含む)に基づいて、本発明を更に詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0015】
【表1】

【0016】
【表2】

【0017】
【表3】

【0018】
▲1▼.表1に示す食パン配合で種々の量の超強力粉を混合した小麦粉について、ノータイム冷凍生地製パン法により製パンを行い、冷凍経時で生地を解凍して山型食パンを製造し、パン品質の評価を行った。なお、本発明のすべての実施例、比較例において、配合は、小麦粉100に対する重量部で示した。パン評価は、比容積を測定後、3人のパネラーにより梨肌、内相、食盛、風味について行った。
【0019】
以下に製パン工程を示す。
・ミキシング:全原料をミキサーに入れ、ミキシングピーク時間後10秒程度後までミキシングする
・分割、丸目:生地量100gずつ手分割、丸目
・ベンチ:30℃、20分
・成型:モルダー、シーターにて成型
・冷凍:-40℃で1時間急速冷凍後ポリエチレン袋に入れ-20℃で保存
・解凍:30℃、湿度70%で1時間解凍
・ホイロ:38℃、湿度85%で型上1cmまでホイロ発酵
・焼成:200℃、25分
なお、冷凍なしの区は、冷凍、解凍工程なしで成形後続いてホイロ発酵を行い焼成して製パンを行った。
【0020】
表1の結果から、生地冷凍なしのパンでは、すべての区で大きな品質の差はないが超強力粉含有粉麦粉を使用した区ではパンの食感に引きがあり若干フランスパンに近い物性を示した。これに対し、生地冷凍、2週、4週のパンでは、全般に比較例に比べ実施例では製パン評価結果が良好であり、生地冷凍2週間の実施例のパンでは実施例1以外冷凍なしのパンに近い品質を示した。また、生地冷凍4週のパンは比較例のパンがかなり大きく品質が低下するのに対し、超強力粉30%以上混合した小麦粉を使用している実施例2?4では、若干品質は低下したが、長期冷凍した生地からのパンとは思えない良好なパンであった。
【0021】
▲2▼.実施例5?7、比較例4?6表2に示す食パン配合で種々の種類の超強力粉を混合した小麦粉について、発酵60分のストレート法冷凍生地製パン法により製パンを行い、冷凍経時で解凍して山型食パンを製造し、表1と同様の評価を行った。なお、製パン工程は発酵60分取った後分割、丸目を行うこと以外実施例1?4、比較例1?3と同様に行った。
【0022】
表2の結果から、表1と同様に冷凍なしの生地からパンでは実施例と比較例で大きな差はないが、冷凍生地からのパンでは前発酵60分取った製法であるため全般にパンの品質は、実施例1?4、比較例1?3に比べ低下したが、比較例に比べ実施例の方がパン品質がかなり良好であり特に、冷凍4週の生地からのパンでは、その差が非常に大であった。
【0023】
以上の結果から、イーストの冷凍障害の起こりやすい前発酵を長く取るストレート法冷凍生地製法においても、本発明の効果は大であり、生地長期冷凍においても品質良好なパンが得られることがわかる。
【0024】
▲3▼.実施例8?10、比較例7?9表3に示すバターロール配合で種々の種類の超強力粉を混合した小麦粉について、ノータイム冷凍生地製パン法により、製パンを行い冷凍経時で生地を解凍してバターロールを製造し、表1と同様にパン品質の評価を行った。
【0025】
以下に製パン工程を示す。
・ミキシング:全原料をミキサーに入れ、ミキシングピーク時間後10秒程度後までミキシングする
・分割、丸目:生地量40gずつ手分割、丸目
・ベンチ:30℃、20分
・成型:手でロール型に成型
・冷凍:-40℃で1時間急速冷凍後ポリエチレン袋に入れ-20℃で保存
・解凍:30℃、湿度70%で1時間解凍
・ホイロ:38℃、湿度85%で30分ホイロ発酵
・焼成:200℃、13分
なお、冷凍なしの区は、冷凍、解凍工程なしで成型後ホイロ発酵を行い焼成して製パンを行った。
【0026】
表3の結果から、生地冷凍なしのパンでは、すべての区で大きな品質の差はなく、超強力粉含有小麦粉を使用したパンの食感が若干硬い程度であった。これに対し、冷凍生地からのパンでは、全般に比較例に比べ実施例では、パンの品質が良好で、生地冷凍2週の実施例のパンでは、生地冷凍なしのパンに近い品質を示し、生地冷凍4週の実施例のパンでは、長期冷凍にもかかわらず冷凍障害の特徴である梨肌の発生もかなり少なく良好なパンが得られた。
【0027】
以上の結果から、バターロールのようなリッチな配合の冷凍生地製法のパンにおいても本発明の効果が十分に発揮されることがわかる。超強力粉の性質が冷凍なしの生地からのパンにおいては、若干食感に影響を与えるが、冷凍生地製パンの場合、冷凍工程なしのパンが提供されることはないことから、生地長期冷凍においても良好なパンのできる本発明の効果は大きなものであると考えられる。
【0028】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明のピン型のミキサーで通常強力粉の1.2倍以上、好ましくは1.5倍以上のミキシング時間を示す超強力粉含有粉と、冷凍なしの生地の発酵力に対する冷凍解凍後の発酵力の割合が通常一般イーストに比べ高い冷凍耐性イーストを用いる冷凍生地製パン法により、生地冷凍経時で従来法に比べ品質良好なパン類を製造することが可能になる。冷凍生地製パン法は、フレシュなパンの提供と製パンの合理化、省力化の両面から、近年特に大きな伸びを示しているが、長期冷凍によるパン品質の低下が大きな問題となっていた。本発明は、この問題をほぼ解決するための技術を提供するものである。本発明により、高品質の焼き立てパンの安定的供給が可能になり、また、パン類の流通の合理化も達成され、パン類の需要拡大に多大の寄与が期待される。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2009-07-21 
結審通知日 2009-07-24 
審決日 2009-08-05 
出願番号 特願平11-168083
審決分類 P 1 113・ 537- ZA (A21D)
P 1 113・ 536- ZA (A21D)
P 1 113・ 853- ZA (A21D)
P 1 113・ 856- ZA (A21D)
P 1 113・ 121- ZA (A21D)
最終処分 成立  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 平田 和男
鈴木 恵理子
登録日 2000-08-04 
登録番号 特許第3094078号(P3094078)
発明の名称 冷凍生地製パン法とこの製法で得られるパン類  
代理人 須藤 政彦  
代理人 佐伯 憲生  
代理人 須藤 政彦  
代理人 佐伯 裕子  
代理人 牛山 直子  

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