• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C07C
管理番号 1206461
審判番号 不服2007-13863  
総通号数 120 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-12-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-05-14 
確定日 2009-11-04 
事件の表示 平成7年特許願第35763号「色安定性ビスフェノール類」拒絶査定不服審判事件〔平成7年11月28日出願公開、特開平7-309796〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成7年2月24日(パリ条約による優先権主張 1994年3月2日、米国(US))の出願であって、 以降の手続の経緯は以下のとおりのものである。

平成17年4月6日付け 拒絶理由通知書
平成17年10月12日 意見書・手続補正書
平成18年5月10日付け 拒絶理由通知書
平成18年11月15日 意見書
平成19年2月5日付け 拒絶査定
平成19年5月14日 審判請求書
平成19年8月1日 手続補正書(審判請求書)
平成20年4月15日付け 拒絶理由通知書
平成20年7月22日 意見書・手続補正書

第2 本願発明について
本願の請求項に係る発明は、平成20年7月22日付けでした手続補正により補正された明細書(以下、「本願明細書」という。)の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?5に記載された下記のものである(以下、順に、「本願発明1」?「本願発明5」といい、併せて「本願発明」という。)。
【請求項1】「結晶化ビスフェノール-A組成物の色安定化法であって、蒸留後結晶化直前の溶融ビスフェノール-Aに色安定化有効量のα-ヒドロキシポリカルボン酸を鉄イオン封鎖剤として混入することを特徴とする方法。」
【請求項2】「α-ヒドロキシポリカルボン酸が式:
【化1】


(式中、nは1ないし3の整数でありそしてRはヒドロキシル基及びカルボキシル基から選んだ基である)をもつものである請求項1記載の方法。」
【請求項3】「Rがカルボキシル基である請求項2記載の方法。」
【請求項4】「ポリカルボン酸がクエン酸である請求項3記載の方法。」
【請求項5】「色安定化有効量がビスフェノール-Aの0.001ないし300ppmの範囲内である請求項1記載の方法。」

第3 当審の拒絶の理由
平成20年4月15日付け拒絶理由通知書の当審の拒絶の理由は、以下の理由を含むものである。
刊行物:
1.特開昭55-164639号公報
2.特公昭43-24896号公報
3.特開平2-231444号公報
4.特公昭40-19333号公報
本願請求項1ないし本願請求項6に係る発明は、上記刊行物1ないし4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第4 当審の拒絶理由(特許法第29条第2項)についての判断
1 刊行物の記載事項
ア 刊行物1の記載事項
(1-1)「二価フェノール類に1種または2種以上のオキシカルボン酸類を0.00001?0.1重量%添加することを特徴とする二価フェノール類の着色防止法。」(特許請求の範囲)
(1-2)「二価フェノール類は、一般に保存中酸化等の作用により、経時着色することは周知であり、また鉄片等の接触はより着色を促進させることも知られている。」(第1頁左下欄第12行?第15行)
(1-3)「本発明者らは、二価フェノール類の着色防止について鋭意検討した結果、二価フェノール類にオキシカルボン酸類を少量添加することにより、二価フェノール類の液状及び固体状での保存に於いて、また二価フェノール類が液状及び固体状で鉄片等に接触した状況に於いても著しく着色を防止する効果のあることを発見した。」(第1頁左下欄第18行?右下欄第4行)
(1-4)「ここで云う二価フェノール類とは、一般式


(式中、Rはアルキル基または水素原子を示す。)
で表わされるもの及びこれらの混合物を示す。」(第1頁右下欄第9行?下から第7行)
(1-5)「一方、オキシカルボン酸類としては、例えば酒石酸、リンゴ酸、乳酸、タルトロン酸及びこれらのエステル類(例えば、メチルエステル、エチルエステル、ブチルエステル等)が選ばれるが、特に酒石酸、リンゴ酸、酒石酸エステルが好ましい。」(第1頁右下欄下から第1行?第2頁左上欄第5行)
(1-6)「ハイドロパーオキサイド法レゾルシン8gをガラスフラスコに入れ、更に鉄片(0.15g表面積2cm^(2))を入れた場合と入れない場合について、酒石酸を0.001重量%を添加し、減圧下140℃で熔融させ48時間保持した。酒石酸を添加しない系についても同様に行なった。この熔融レゾルシンをフレーク化し、総合視覚測定装置(日本電色製)で、Y.I値(Yellow Index)を測定し、着色の評価とした。結果を表-1に示した。酒石酸添加系はいずれもY.I値は低く着色防止効果が明らかである。」(実施例1及び表-1)

イ 刊行物2の記載事項
刊行物2には、以下の事項が記載されている。
(2-1)「フエノールと、(I)芳香族オルソヒドロキシカルボン酸および炭素原子数2-10、カルボキシル基2-3を含有する飽和脂肪族ポリカルボン酸よりなる混合物(これらの酸の組み合わせは安定化量で存在させる)、(II)上記(I)に示した酸から選択した有機酸およびりんの多塩基酸または3価りん含有化合物の混合物(これらの酸の組み合わせは安定化量で存在させる)、(III)無機3価砒素化合物(安定化割合で存在させる)の群より選択した一つの化合物または化合物群との混合物よりなり、このうちの3価りん含有化合物は一般式


〔式中Zはヒドロキシルであることができ、ZおよびZ’は水素であることができ、Z、Z’及びZ”は炭素原子数1-12のアルキル基、フエニル基、フエノキシ基、置換フエニル基(この置換基は炭素原子数1-8のアルキル、塩素および臭素より選択される)、および置換フエノキシ基(この置換基は炭素原子数1-8のアルキル、塩素および臭素より選択される)よりなる群より選択した基を示す〕を有し、芳香族オルソヒドロキシカルボン酸は一般式


(式中Xは水素、炭素原子数1-5のアルキル基およびカルボキシル基よりなる群より選択した基を示す)を有するものとしたことを特徴とする安定化フエノール組成物。」(特許請求の範囲)
(2-2)「フエノールはたとえ注意深く精製したとしても空気または光線に曝露すると変色する傾向を有することは良く知られている。また使用される貯蔵タンクまたは製造工程から主として生ずるある種の汚染物は着色を急速に発現せしめる促進剤として作用することも知られている。」(第1頁左欄下から第6行?第1行)
(2-3)「例えば良く知られている安定剤としてのりん酸(米国特許第2752398号)は、鉄または鋼、さびおよび(または)他の金属酸化物のごとき金属面と接触するか、それに曝されると促進されるフエノールの着色を防止する。」(第1頁右欄第28行?第33行)
(2-4)「本発明によれば、フエノールに(好ましくはフエノールを蒸留した直後に)、o-ヒドロキシカルボン酸、脂肪族ポリカルボン酸およびりん含有酸のエステルを含む安定剤混合物の安定化量を加えると、フエノールの変色防止において、極端な貯蔵条件、例えば苛性、スケールおよびさびで汚れた鋼製容器中および溶融状態に保たれた条件下にも、あるいは苛性、スケール、さびで汚れたガラス製容器中で毎日日光にさらされた溶融状態に保たれた条件下にも高度に有効である。」(第3頁右欄第31行?第40行)
(2-5)「安定剤として使用される飽和脂肪族ポリカルボン酸は炭素原子2-10を含有し、それらが2-3個のカルボキシル基を有している以外は置換されていないものである。しかし1個またはそれ以上のヒドロキシル置換基を有していてもよい。これらの化合物の例には酒石酸、くえん酸、りんご酸、マロン酸、こはく酸、スベリン酸、…(略)…ピメリン酸、セバチン酸、蓚酸、グリセリン酸、タルトロン酸および同等物がある。」(第4頁右欄下から第24行?下から第15行)
(2-6)「本発明方法によつて安定化されるフエノールには、一価フエノール、例えばフエノール(C_(6)H_(5)OH)、その低級アルキル同族体例えば異性体クレゾールおよびキシレノール、モノーおよびジブチルフエノール、異性体アミル、フエノールおよび異性体オクチルフエノール、ハロゲン原子1-5個含有するハロフエノール例えばクロロフエノール、ブロモフエノール、ジクロロフエノールおよびジブロモフエノール、ノニルフエノール等、および溶融環フエノール例えばナフトール、メチレンおよびアルキリデン結合ビスフエノール例えば2,2’-2,4’-、および4,4’-ジヒドロキシジフエニルメタン、または2,2-〔4,4’-ジヒドロキシジフエニル〕プロパン、および1,2-〔4,4’-ジヒドロキシフエニル〕エチレン、および多価フエノール例えばレゾルシノール、ピロガロールおよびハイドロキノン等がある。」(第4頁右欄下から第12?第5頁左欄第5行)

ウ 刊行物3の記載事項
刊行物3には、以下の事項が記載されている。
(3-1)「エポキシ樹脂及びポリエステルの製造において重要であるビスフェノールも熱及び酸素に敏感であることが公知であり、熱及び/又は酸素に曝露した際ビスフェノールは分解生成物を形成し、その後この分解生成物を含むビスフェノールより製造されたポリマーに悪影響を与える。従って、ビスフェノールAは熱により分解し分解生成物、例えばフェノール及びp-イソプロピリデンフェノールを形成することは公知である。さらにビスフェノールAを加熱すると他の分解生成物、例えば非揮発性化合物を形成する。このビスフェノールAからの分解生成物は、たとえ低濃度でもビスフェノールAから製造したポリエステルの分子量を低下させる。ビスフェノール中に形成された分解生成物のあるものは、ビスフェノールを用いる精製及び製造工程が両方とも加熱を含むので、ビスフェノールの精製の間ビスフェノール自身に及びエポキシ樹脂及び/又はポリエステルに望ましくない色を形成する。」(第1頁右下欄第9行?第2頁左上欄第7行)
(3-2)「ビスフェノール中の金属イオンの存在も、たぶん分解を促進することによりビスフェノールの色に悪影響を与えると考えられている。」(第2頁右上欄第3行?第5行)

エ 刊行物4の記載事項
刊行物4には、以下の事項が記載されている。
(4-1)「本発明はビス(ヒドロキシフエニル)アルカン類、特に2,2-ビス(4-ヒドロキシフエニル)アルカン類の製造および安定化に関する。
2-2ビス(4-ヒドロキシフエニル)アルカン類(より普通、また以下においてはビスフエノールAと称する)は、エポキシ樹脂、ポリカーボネート類、油溶性フエノール系樹脂の製造における中間体として、また油類、グリース類およびビニル化合物用の酸化防止剤として広く使用されている。」(第1頁左欄第18行?第26行)
(4-2)「加熱操作を包含するかかる方法は、相当の時間がかかるプラント規模の操作においては特に、ビスフエノールAの特徴ある着色を生じる。」(第1頁左欄第34行?第37行)
(4-3)「フエノールおよび水を含有するビス(ヒドロキシフエニル)アルカンの混合物にこのビス(ヒドロキシフエニル)アルカンの重量に対して約0.0001%ないし約0.005%(重量)のしゆう酸、くえん酸、酒石酸及びこれらの酸のアルカリ金属塩およびアンモニウム塩からなる群から選ばれた化合物を混合し、次いでフェノールおよび水を上記混合物から蒸留することによりなる、改善された色特性を有するビス(ヒドロキシフエニル)アルカン類を収得する方法。」(特許請求の範囲)

2 刊行物に記載された発明
刊行物1には、「二価フェノール類に1種または2種以上のオキシカルボン酸類を0.00001?0.1重量%添加することを特徴とする二価フェノール類の着色防止法。」が記載されており(摘記(1-1))、「オキシカルボン酸類」には「酒石酸」が包含される(摘記(1-5))。また、刊行物1には、該酒石酸を該フェノール類に添加し熔融させることも記載され(摘記(1-6))、フェノール類に酒石酸を添加して熔融しても、熔融したフェノールに酒石酸を添加しても同じことであり、また「熔融」と「溶融」は同義であるから、刊行物1には次の発明が記載されている。
「二価フェノール類の着色防止法であって、溶融二価フェノール類に0.00001?0.1重量%の酒石酸を混入することを特徴とする方法。」(以下、「引用発明」という。)

3 本願発明と刊行物発明との対比・判断
(1)本願発明1
ここで、本願発明1と引用発明を対比すると、本願発明1における「色安定化法」とは、本願明細書の段落【0005】に「着色体の生成及びその結果として生起する変色に対して安定化され得る」と記載されるように、着色を防止することであるから、両者は、「フェノール類の色安定化法であって、溶融フェノール類に色安定化有効量のα-ヒドロキシポリカルボン酸を混入することを特徴とする方法。」である点で一致するが、以下の(i)?(iii)の点で相違する。
(i)フェノール類が、本願発明1においては「結晶化ビスフェノール-A組成物」であるのに対して、引用発明においては「二価フェノール類」である点。
(ii)本願発明1においては、蒸留後結晶化直前にα-ヒドロキシポリカルボン酸を混入するのに対して、引用発明においては、混入時期を特定していない点。
(iii)本願発明1においては、α-ヒドロキシポリカルボン酸が「鉄イオン封鎖剤」として混入する旨が明示されているのに対して、引用発明には明示がされていない点。

上記相違点(i)?(iii)について検討する。
ア 相違点(i)について
本願発明1の「ビスフェノール-A」及び引用発明の「二価フェノール類」は、摘記(2-6)に記載されているように、共にフェノール類に属する化合物であり、ビスフェノールA及び二価フェノールを包含するフェノール類に属する化合物において、鉄等により促進される着色を防止するという課題は、本願優先権主張日前公知であるから(例えば、摘記(1-2)、(2-1)、(2-2)、(2-3)、 (3-1)及び(3-2)参照)、鉄等により促進される着色を防止することを目的として、引用発明における「二価フェノール」を「ビスフェノール-A」に換えることは、当業者が容易になし得たものといえる。また、刊行物2には、2,2-〔4,4’-ジヒドロキシジフエニル〕プロパンで示されているビスフェノールAが組成物である旨の記載はされていないが、本願明細書の段落【0005】に「ビスフェノール組成物、特にビスフェノール-A」と記載されているように、(2-6)に記載されたビスフェノールが組成物であることは明らかである。
また、摘記(1-3)に記載されているように、引用発明が固体状の保存においても著しく着色防止することをかんがみると、フェノール類を固体状の一種である結晶化状態にして色安定化することも、当業者であれば容易に想到するものである。
よって、引用発明における「二価フェノール類」を「結晶化ビスフェノール-A組成物」に換えることは、当業者であれば容易になし得たものといえる。

イ 相違点(ii)について
引用発明は、摘記(1-3)及び(1-6)に記載されているように、二価フェノールが液状(熔融状態)で鉄片等に接触した状態においても、著しく着色を防止する効果を奏するものであることから、熔融状態の二価フェノール類において、オキシカルボン酸を添加することにより着色を防止するものである。一方、摘記(2-4)には、フェノールに安定剤を加えることにより、フェノールの変色を防止する方法が、さびで汚れた鋼製容器中および溶融状態に保たれた条件下にも高度に有効である旨記載されており、さらに、蒸留した直後の溶融状態のフェノールに安定化剤を添加することが好ましい旨記載されていることから、さび等による着色を防止するために、蒸留した直後の溶融状態のフェノールに安定化剤を添加することは、当業者であれば容易に想到することである。
よって、引用発明において、蒸留した直後の熔融状態の二価フェノール類に安定剤であるオキシカルボン酸を添加することは、当業者が容易になし得たものといえる。

ウ 相違点(iii)について
刊行物1には、オキシカルボン酸類が、鉄イオン封鎖剤である旨の記載はないが、クエン酸や酒石酸等のオキシカルボン酸類が鉄イオンとキレートを形成することは、周知であり(必要であれば、特開平1-212779号公報(第2頁右下欄第9行?第18行)及び特開昭63-69706号公報(第2頁右下欄第7行?第3頁左上欄第17行)参照)、引用発明において、オキシカルボン酸類を添加することで鉄片の接触により促進される着色を防止していることから、オキシカルボン酸類が鉄イオン封鎖剤として機能していることは明らかである。
よって、引用発明において、「オキシカルボン酸類」を鉄イオン封鎖剤として添加することは、当業者が容易になし得たものといえる。

(2)本願発明2?5
請求項2ないし5に係る発明は、請求項1に係る発明の「α-ヒドロキシポリカルボン酸」及び「色安定化有効量」を特定したものである。
しかし、前記《相違点(ウ)について》で検討したように、クエン酸や酒石酸が鉄イオンとキレートを形成することが知られており、また、摘記(1-5)、(2-5)、(4-3)に記載されているように、クエン酸及び酒石酸がフェノールの着色防止剤あるいは安定化剤として用いられていることを鑑みると、α-ヒドロキシポリカルボン酸として、クエン酸及び酒石酸のような式(I)で表される化合物を選択することは、当業者であれば容易になし得ることである。さらに、摘記(1-1)、(1-3)に記載されているように、色安定化有効量が、フェノールに対してオキシカルボン酸類を0.00001?0.1重量%程度の少量であることも、本願優先権主張日前公知であるから、対象となるフェノールに応じて、色安定化有効量を適宜設定することは、当業者であれば容易に行うことである。

(3)本願発明の効果
本願明細書の段落【0013】?【0014】を参酌すると、本願発明の実施例である実施例3において、クエン酸処理されたビスフェノールは、6時間後も安定化効果を示しているが、色安定化剤を添加していない対照例である実施例1においては、5時間後には顕著な増加を示していると認められる。
これに対して、刊行物1の表-1を参酌すると、鉄片の存在下において、48時間後の着色防止効果を確認したところ、酒石酸を添加した場合には無添加の場合に比して明らかな着色防止効果が示されていると認められる。さらに、刊行物2には、蒸留した直後に安定剤を加えることにより溶融状態で保持する際の着色防止に非常に有効であることが記載されている(2頁左欄4行?10行)。
してみると、本願発明と刊行物1に記載された発明とは、実験条件が異なるため、直接的に効果の比較はできないものの、本願発明においては6時間後に安定であることを確認しているのに対して、刊行物1に記載された発明においては48時間後でも着色防止効果が認められ、さらに、刊行物2に記載されているように、蒸留した直後に加えることにより溶融状態で保持する際の着色防止に非常に有効であることを考慮すれば、本願発明が予測できない格別顕著な効果を奏しているとは認められない。
なお、後述するように、請求人は、引用発明のレゾルシノールと本願発明のビスフェノールAでは酸化の機構及び酸化され易さが異なるため、効果の比較はできない旨主張しているが、ビスフェノールAのほうが酸化され易いことを考慮したとしても、上述したように、本願発明が予測できない格別な効果を奏しているとは認められない。

(4)請求人の主張について
請求人は、平成20年7月22日付け意見書において、上記相違点について、次のような主張をしているので、各主張について検討する。

ア 「フェノール類」の相違について
請求人の主張は以下のとおりである。
「刊行物1に記載の発明のフェノール類であるレゾルシノールなどの化合物は、不安定なフェニルラジカルを生じるのみであるのに対し、ビスフェノール-Aは、2つのフェノールの間にベンジル炭素が存在し、安定なラジカルを生じるのみならず、分子が分解します。酸化され易さの点でも、ビスフェノール-Aの方がはるかに酸化されやすいものであることは当業者に明らかであります。
したがって、刊行物1の「ジヒドロキシベンゼン誘導体」と本願発明の「ビスフェノール-A」とは、酸化の機構が大きく異なり、酸化され易さも異なり、同じフェノール類であっても酸化による着色に関して類似の化合物と言うことはできません。
…(略)…
刊行物1に記載された鉄片との接触により促進される着色の抑制という課題と、本願発明のように反応系内で生じた微分散された鉄によって促進される着色の抑制という課題とは、当業者にとって大きく異なるものです。
したがって、フェノール類において鉄などにより促進される着色を防止するという課題が刊行物1?刊行物3から公知であっても、当業者は、刊行物1に記載された発明における、「ジヒドロキシベンゼン誘導体」の酸化を抑制する酒石酸の効果から、「ビスフェノール-A」の酸化を抑制する酒石酸の効果を予測することも、課題が共通であると認識して記載に着目することも困難であると思料いたします。
これらの理由により、刊行物1に記載された発明において、「ジヒドロキシベンゼン誘導体」を「結晶化ビスフェノール-A」に換えることは、当業者が容易になし得たこととはいえないと思料いたします。」

しかしながら、請求人が主張するように、本願発明の「ビスフェノールA」と引用発明の「レゾルシノール」との間に、酸化の機構及び酸化のされやすさの違いがあるとしても、刊行物2に記載されているように、ビスフェノールA及びレゾルシノールを含むフェノール類が、着色防止という共通の課題を有し(摘記(2-6))、その課題解決のために同じ安定剤を添加していることを鑑みれば、引用発明において、レゾルシノールに換えて、ビスフェノールAを適用してみることは、当業者であれば当然に行うことである。
さらに、請求人は、刊行物1に記載された鉄片との接触により促進される着色の抑制という課題と、本願発明のように反応系内で生じた微分散された鉄によって促進される着色の抑制という課題とは、当業者にとって大きく異なるものである旨主張している。しかし、本願発明と引用発明は、接触する鉄の形態が異なるとしても、共に鉄によって促進された酸化により引き起こされるフェノール類の着色防止を課題とするものであるから、課題が異なるとはいえない。
なお、効果の予測性については、上記「(3)本願発明の効果」で述べたとおりである。

イ 「α-ヒドロキシポリカルボン酸の混入時期」について
請求人の主張は以下のとおりである。
「刊行物1には、フェノール類の安定剤による安定化と製造との関係についての言及が全く無く、フェノール類の製造において安定剤を混入する時期を何ら示唆するものではありません。
一方、刊行物2には、フェノール類(二価フェノールも含まれる)の安定剤による安定化が記載されており、蒸留した直後の溶融状態のフェノールに安定化剤を添加することが好ましい旨が記載されています(刊行物2の第3頁右欄第31行?第40行)。
しかし、刊行物2の「フェノール類」についてみると、刊行物2の明細書には、ビスフェノール-Aは多様なフェノール類の1つとして列挙されているのみであり、かつ、実施例には、フェノール、o-クレゾール、およびo-クロロフェノールが用いられているのみであるため、刊行物2には、ビスフェノール-Aの安定剤による安定化が実際に明らかにされていると言うことができないと思料いたします。
さらに、刊行物2に記載の発明は、安定剤混合物としてo-ヒドロキシカルボン酸を含む組合せを用いる発明であり、請求の理由を記載した平成19年8月1日提出の手続き補正書において記載したように(第2頁19行?34行)、実施例においては、くえん酸等の飽和脂肪族ポリカルボン酸を単独で使用した場合の安定化効果が認められているとは言えません。
すなわち、刊行物2に記載の発明には、ビスフェノール-Aに安定化剤であるα-ヒドロキシポリカルボン酸を単独で添加することが開示されていないため、当業者が、刊行物1に記載の発明において、刊行物2の記載に基づいて、「α-ヒドロキシポリカルボン酸を蒸留後結晶化直前に添加する」ことを容易になし得たと認めることはできないと思料いたします。」

請求人は、刊行物2の「フェノール類」として、ビスフェノールAは例示されているものの、具体的な安定化の効果が確認されていないので、ビスフェノールAの安定剤による安定化が実際に明らかにされていると言うことができない旨主張している。しかしながら、刊行物2には、「フエノール類」として、実施例に用いられているフエノール、クレゾール、クロロフエノールとともに2,2-〔4,4’-ジヒドロキシジフエニル〕プロパン、すなわち、ビスフェノールAが記載されていることからみて、ビスフエノールAが、フエノール、クレゾール及びクロロフエノールと同様の安定性を有すると解するのが自然である。
また、請求人は、刊行物2に記載の発明は、安定剤混合物としてo-ヒドロキシカルボン酸を含む組合せを用いる発明であり、実施例においては、くえん酸等の飽和脂肪族ポリカルボン酸を単独で使用した場合の安定化効果が認められているとは言えない旨主張している。しかしながら、刊行物2の表I?XIを参酌すると、程度の差はあるものの、すべての場合において、くえん酸を単独で使用した場合に、安定剤を添加しない対象例に比して着色安定効果を示していることから、請求人の主張は妥当ではない。

ウ 「α-ヒドロキシポリカルボン酸を鉄イオン封鎖剤として添加」する点について
請求人の主張は以下のとおりである。
「刊行物1の実施例1(表-1)に記載された結果には、レゾルシノールの酸化が鉄の存在により加速されること、およびレゾルシノールの酸化の程度が鉄の存在の有無に関わらず酒石酸の添加により同程抑えられることが、個々に示されているに過ぎないと思料いたします。酒石酸を添加しても、鉄片を入れた場合の方が鉄片を入れない場合より明らかに着色が高いからです。このため、刊行物1の実施例1からは、酒石酸が特に鉄の触媒作用を抑制していることは伺われないと考えます。したがって、オキシカルボン酸類が鉄イオンとキレートを形成することが周知であっても、刊行物1の開示において、オキシカルボン酸類が鉄イオン封鎖剤として機能していることは明らかではありません。
したがって、刊行物1に記載された発明において、「オキシカルボン酸類」を鉄イオン封鎖剤として添加することは、当業者が容易になし得たものとはいえないと思料いたします。」

しかしながら、鉄が着色を促進することを鑑みれば、刊行物1の実施例1において、鉄片を入れた場合の方が鉄片を入れない場合より着色が高いのは当然である。そして、刊行物1の実施例1は、鉄片の存在下において、酒石酸を添加した場合に、添加しない場合に比して、着色防止効果があることを示しているといえ、一方、本願明細書の実施例においても、鉄の存在下において、クエン酸を添加した場合に、添加しない場合に比して、色安定化効果、すなわち、着色防止効果があることが示されているのみであり、酒石酸等のヒドロキシポリカルボン酸が鉄イオン封鎖剤として機能していることを裏付ける記載は何らされていない。よって、請求人の主張は採用できない。

エ 「本願発明の効果」について
請求人の主張は以下のとおりである。
「…(略)…上述ましたように、「ジヒドロキシベンゼン誘導体」と、「ビスフェノール-A」とは、本来、酸化の機構が異なり、酸化のされ易さも異なるため、単に実施例の結果を比較して安定化効果が顕著かどうか判断することはできないと思料いたします。
さらに、「ジヒドロキシベンゼン誘導体」と、「ビスフェノール-A」とは、製造および精製条件が全く異なり、含まれる極微量の不純物も異なり、さらに試験における測定方法も異なっていることからも、両者の結果を並列に比較することはできないと考えます。
一方、本願発明は、刊行物3に記載された発明に対して予測できない有利な効果を奏します。具体的には、刊行物3には、実施例および比較例において、ビスフェノール-Aの反応混合物に、乳酸、リンゴ酸、グリセリン酸(例1?3)、くえん酸、または酒石酸(比較例A、B)を安定剤として試験した結果が記載されていますが、本願発明で用いる「α-ヒドロキシポリカルボン酸」に該当する、くえん酸または酒石酸(比較例A、B)では、無添加の対照例と比較してあまり良くない結果が得られています。刊行物3の方法では安定剤がビスフェノール-Aの反応液に混入されているのに対し、本願方法ではビスフェノール-Aを蒸留して得た後にくえん酸を混入している点が異なりますので、刊行物3に記載された方法と比べて、本願発明が、蒸留後結晶化直前の溶融ビスフェノール-Aにくえん酸を混入することによって格別顕著な効果を奏していることが認められると考えます。」

しかしながら、上記「(3)本願発明の効果」の項で示したように、本願発明が予測できない格別な効果を奏しているとは認められない。
そして、請求人は、本願発明が、刊行物3に記載された発明に対して予測できない有利な効果を奏する旨主張しているが、当審は、上述のように、本願発明が刊行物1に記載された発明及び刊行物2に記載された事項から予測できない効果ではないと判断したのであるから、刊行物3に対する効果の主張は、当を得ないものである。

オ まとめ
以上のとおり、請求人の主張によっても、当審の判断に変わりはない。

4 小括
よって、本願発明1?5は、本願出願優先日前に頒布された刊行物1に記載された発明及び刊行物2?4に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第5 むすび
以上のとおり、本願発明1?5は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-06-04 
結審通知日 2009-06-09 
審決日 2009-06-22 
出願番号 特願平7-35763
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (C07C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 松本 直子  
特許庁審判長 西川 和子
特許庁審判官 橋本 栄和
坂崎 恵美子
発明の名称 色安定性ビスフェノール類  
代理人 実広 信哉  
代理人 志賀 正武  
代理人 村山 靖彦  
代理人 渡邊 隆  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ