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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C22C
管理番号 1206484
審判番号 不服2007-32824  
総通号数 120 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-12-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-12-06 
確定日 2009-11-04 
事件の表示 特願2001-302589「炭素鋼用溶接ワイヤを用いた場合の溶接部の耐食性に優れた貨油タンク用耐食鋼板」拒絶査定不服審判事件〔平成15年 4月 9日出願公開、特開2003-105487〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯

本願は、平成13年9月28日の出願であって、平成19年5月30日付けの拒絶理由通知がなされ、これに対し、明細書について同年8月6日付けの手続補正がなされたが、同年10月29日付けの拒絶査定がなされたものである。
本件審判の請求は、この査定を不服として同年12月6日付けでなされたものであり、明細書について同年12月28日付けの手続補正がなされている。


2.本願発明

本願の請求項1?6に係る発明(以下、「本願発明1?6」という。)は、平成19年12月28日付けで手続補正がなされた明細書中、特許請求の範囲の請求項1?6に記載された次の事項により特定されるとおりのものと認められる。

【請求項1】 プライマー塗装状態で使用する貨油タンク用耐食鋼板において、化学成分として、mass%で、C:0.16%以下、Si:1.5%以下、Mn:2.0%以下、P:0.035%以下、S:0.01%以下、Cu:0.15%?1.4%、Ni:0.1?0.7%、Al:0.07%以下、を含み、残部がFeおよび不可避不純物からなり、下記の式(1)で表されるPcmの値が0.24以下であることを特徴とする、炭素鋼用溶接ワイヤを用いた場合の溶接部の耐食性に優れた貨油タンク用耐食鋼板。
Pcm=C+Si/30+Mn/20+Cr/20+Cu/20+Ni/60+Mo/15+V/10+5B≦0.24 (1)
但し、元素記号はそれぞれの元素のmass%を示す。
【請求項2】 さらにCr:0.48mass%以下、Mo:0.5mass%以下のうちの1種または2種を含むことを特徴する請求項1に記載の、炭素鋼用溶接ワイヤを用いた場合の溶接部の耐食性に優れた貨油タンク用耐食鋼板。
【請求項3】 さらにNb:0.05mass%以下、V:0.10mass%以下、Ti:0.05mass%以下のうちの1種または2種以上を含むことを特徴する請求項1または請求項2に記載の、炭素鋼用溶接ワイヤを用いた場合の溶接部の耐食性に優れた貨油タンク用耐食鋼板。
【請求項4】 さらにB:0.01mass%以下を含むことを特徴する請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の、炭素鋼用溶接ワイヤを用いた場合の溶接部の耐食性に優れた
貨油タンク用耐食鋼板。
【請求項5】 請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の貨油タンク用耐食鋼板の溶接方法であって、炭素鋼用溶接ワイヤを用いて溶接することを特徴とする、炭素鋼用溶接ワイヤを用いた場合の溶接部の耐食性に優れた貨油タンク用耐食鋼板の溶接方法。
【請求項6】 Cuの母材希釈率65%以上の条件で溶接することを特徴とする請求項5に記載の、炭素鋼用溶接ワイヤを用いた場合の溶接部の耐食性に優れた貨油タンク用耐食鋼板の溶接方法。


3.原査定の理由

原審でなされた拒絶査定の理由は、
「本願発明1?6は、その出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。」というものである。

そして、本願発明3(拒絶理由通知において、請求項4を引用した請求項5に係る発明に相当する。)については、刊行物として次の文献が引用されている。
特開平5-132737号公報(以下、「引用例1」という。)
特開昭60-261669号公報(以下、「引用例2」という。)
特開2001-107180号公報(以下、「引用例3」という。)


4.引用例の記載

引用例1?3には、それぞれ次の記載がある。

4-1.引用例1

摘記1-1(段落0001?0004)

【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、硫化水素を含む原油あるいはガスを輸送するラインパイプやタンカー用の鋼板、更に、硫化水素を含む原油あるいはガスを精製する塔、槽等の構造材として好適な湿潤硫化水素環境下で疲労亀裂進展特性に優れる鋼に関する。
【0002】
【従来の技術】上記のような用途に用いられる鋼材においては水素誘起割れ(HIC) あるいは硫化物応力割れ(SSC) が問題となることは既に衆知の事実であり、その防止に関しては数多くの研究がなされ、幾多の対策が提案されている。
【0003】HIC は外部応力のない状態で鋼材に生じる割れであり、SSC は静的な応力下での割れである。HIC やSSC は、湿潤硫化水素環境で鋼が腐食したときに発生する水素が鋼中に侵入することによって生じる水素脆化であり、鋼の脆化現象の1つである。
【0004】一方、繰り返し応力のかかる状態で生じる疲労破壊および腐食疲労破壊も、鋼のもう一つの大きな脆化現象である。

摘記1-2(段落0030)

【0030】本発明鋼の一つは、上記の成分の外、残部がFeと不可避の不純物からなるものである。不純物のうち、PとSは、それぞれ 0.025%以下、0.020 %以下に抑えるのが望ましい。(段落0033)

摘記1-3(段落0034?0054)

【0034】
【実施例】以下に、本発明を実施例によって説明する。
【0035】表1に、従来鋼、本発明鋼および比較鋼の化学組成ならびに湿潤硫化水素環境における疲労試験結果(ΔK= 20ksi√inにおける亀裂進展速度(da/dN)、ならびに大気中の亀裂進展速度との比) を示す。
【0036】供試鋼は、真空溶解した厚さ150 mmの鋼片を熱間鍛造し、これを1150℃に加熱し、仕上温度 830℃で熱間圧延して厚さ15mmの板とし、放冷して製造した。試験片は、この板から亀裂進展方向が圧延方向と直交するように採取した。

・・・(中略)・・・

【0054】
【表1(2)】


4-2.引用例2

摘記2-1(第1頁左欄第17行?右欄第1行)

巨大屋外タンクの側板材などのように、その材料の加工工場への搬入から現場での組み立て完成まで半年以上も長期間を必要とする鋼板材料については、その間、腐食から保護するために予め鋼板メーカーから出荷される前に防錆被膜として各種のプライマーが塗布されるのが通例である。

4-3.引用例3

摘記3-1(段落0001?0005)

【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は耐蝕性に優れ大入熱溶接に適した荷油タンク用鋼に関する。
【0002】
【従来の技術】国際海事機構での規則により新規に建造されるタンカーは海難事故時の油漏れによる海洋汚染を防止する観点より二重船殻(ダブルハル)構造を採用するように義務づけられている。ダブルハル区画はバラストタンクとして使用され荷油タンクを保護する構造となっている。・・・(中略)・・・一方、油を満載する荷油タンクに使用される鋼材については、大きな腐食の問題は報告されていなかったが、最近のタンカー、特にVLCCと呼ばれる大型タンカーで荷油タンク内面に著しい腐食が発見される例があり、新たな腐食課題としてクローズアップしている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】本発明はこのような問題に鑑みなされたもので、荷油タンク及び荷油タンク該当部分のデッキプレートの腐食防止に有効な鋼材を提供するものである。
【0004】
【課題を解決するための手段】上記課題を解決するために、発明者らは、荷油タンクに使用される鋼材に作用する腐食環境を詳細に調査した結果、原油からの揮発成分による爆発防止のために荷油タンク内に導入されている原動機排ガスが荷油タンク腐食の原因物質であることを突き止めた。即ち、原動機排ガスには酸素、窒素の他に、相当量のCO_(2),SO_(X) 等の腐食性ガスが含まれており、これらに関連した酸露点腐食等を考慮する必要がある事を明らかにした。
【0005】このような観点から、荷油タンクで有効な耐蝕鋼の成分を鋭意検討し、上記腐食雰囲気で十分な耐食性を示すのみならず、特に、100KJ/cmを超える大入熱溶接の適用を受ける際の機械的性質、溶接性等とのバランスに優れた荷油タンク用耐蝕鋼を発明したものである。

摘記3-2(段落0009?0022)

【0009】
【発明の実施の形態】以下、本発明に係る鋼の成分組成について説明する。
【0010】(成分組成)
C:0.12%以下とする。Cは強度を確保するための必須元素であるが、0.12%を超えると溶接性、耐蝕性が劣化する。従って、C量は0.12%以下とする。なお、C添加による効果を適切に得るためには0.03%以上とするのがよい。

・・・(中略)・・・

【0013】P:0.035%以下とする。Pは本発明の特徴的な元素であって適量のCuとの共存下において耐食性を著しく向上させる効果がある。しかし、0.035%を超える添加は100KJ/cmを超える大入熱溶接においては、溶接時に高温割れが顕著に発生するのでP量は0.035%以下とする。なお、Pによる効果をより適切に得るためには、0.01%以上とするのがよい。
【0014】S:0.005%以下とする。Sは熱間加工特性の低下や材質の劣化を引き起こすので、0.005%以下とする。

・・・(中略)・・・

【0016】Cu:0.4%以下とする。CuはPとの共存によって耐蝕性が著しく向上するが、Cu量が0.4%を超えると溶接時に高温割れが顕著に発生するのでCu量は0.4%以下とする。なお、Cuによる効果をより適切に得るためには、0.05%以上とするのがよい。
【0017】Cr:0.2?4%とする。Crは炭酸ガス腐食に有効な元素であることが知られているが、排気ガス腐食雰囲気下でも一定の耐蝕効果が得られる元素である。0.2%未満ではその効果が顕著でなく、4%を超えると溶接時に低温割れ防止のために予熱、後熱が必要となり、溶接作業性が低下する。従って、Cr量は0.2?4%とする。また、上記観点からして、より好ましくは、0.2?0.6%である。
【0018】Ni:0.4%以下とする。Niは高価な元素であるが、耐蝕性向上に有効な元素であり、又Cuによる溶接割れを抑制する効果をもつ。Ni添加量が0.4%を超えると上記効果が飽和し且つ、高価な元素であるので経済性も損なわれるため、Ni量は0.4%以下とする。なお、Niによる効果をより適切に得るためには、0.03%以上とするのがよい。
【0019】Nb:0.05%以下、V:0.12%以下、Ti:0.1%以下とする。Nb、V、Tiのいずれの元素も鋼中炭素と結合して炭化物を形成し、溶接特性に及ぼす炭素の影響を低下させることができるので、一定量の添加が有効であり、これらの1種又は2種以上を添加する。しかし、Nbは0.05%を、Vは0.12%を、Tiは0.1%を超えると、炭化物を多量に析出し、溶接時に割れを生じ易くなるので、Nbは0.05%以下(但し、無添加の場合を含む)、Vは0.12%以下(但し、無添加の場合を含む)、Tiは0.1%以下(但し、無添加の場合を含む)とする。また、上記観点からして、Nbは0.04%以下、Vは0.08%以下、Tiは0.02%以下がより好ましい。なお、各元素の添加による効果を適切に得るためには、Nbは0.01%以上、Vは0.01%以上、Tiは0.01%以上とするのがよい。

・・・(中略)・・・

【0022】Pcm:0.22以下とする。上記したように各元素の添加範囲を制限しても成分元素の組み合わせにより下記式(1)に示すPcm(溶接割れ感受性組成)値が0.22を超えると溶接時に著しく低温割れを生じ易くなるので、Pcm値は0.22以下とする。
Pcm=[%C]+[%Si]/30+[%Mn]/20+[%Cu]/20+[%Ni]/60+[%Cr]/20+[%Mo]/15+[%V]/10+5[%B]≦0.22 ……(1)

摘記3-3(段落0024?0032)

【0024】
【実施例】以下に本発明の具体的実施例について説明する。
【0025】表1に示す成分組成を有する供試鋼を150Kgw真空誘導溶解炉で溶解し、真空鋳造により25Kgwインゴットとした後、1200℃に加熱し、熱間で板圧延を行い25mm厚に仕上げた。当該板厚の板材より溶接高温割れ性評価用試験材を採取した。耐蝕性評価用試験材は上記25mm板材を1180℃に再加熱後、熱間圧延にて6mm厚材に仕上げることにより採取した。主たる評価試験は以下の方法によった。
【0026】(溶接高温割れ性評価試験)溶接高温割れ性評価試験は25mm厚の板材に15mm深さのV溝を切り、サブマージアーク溶接にて溶接ビードを置いて冷却後に、溶着金属部の割れの有無を確認することにより行った。実溶接施工の入熱100JK/cm(溶接方法:FCB溶接)と類似の高温割れ感受性評価を与えられる溶接条件として、溶材は市販の強度50キロ級ワイヤを用いて、電圧40V、電流650A、溶接速度40cm/分にて溶接を行い、割れの有無はX線透過法によって検出した。また、スラグの発生等による溶接ビードの乱れやスラグの多量発生によるガウジング処理作業の発生の有無等により溶接作業性の良、不良についても評価した。
【0027】(溶接時の低温割れ感受性評価試験)JIS Z3158に規定される斜めY形溶接割れ試験を行い、鋼板冷却後の割れの有無により溶接時の低温割れ感受性を評価した。
【0028】(耐蝕性評価試験)耐蝕性評価試験は6mm厚の板材より6mm X 25mm X 45mmサイズの腐食試験片を採取し、荷油タンク内の腐食環境条件をシミュレーションした雰囲気と温度サイクル中に暴露後、腐食減量を測定し腐食速度を算出した。具体的には10%CO_(2) ,8%O_(2) ,0.02%SO_(X) ,残部N_(2) からなる混合ガスを過飽和水蒸気圧の下に充満させた雰囲気中に暴露された試験片にヒータと冷却装置によって30℃/60℃の繰り返し温度サイクルを付与して、結露水による腐食をシミュレーションできるようにした。
【0029】次に、表1に本発明鋼の、表2に比較鋼の成分組成及び特性評価結果を示す。
【0030】
【表1】

【0031】
【表2】

【0032】表1に示す本発明の鋼は、成分組成がすべて本発明の範囲にあるので、耐蝕性と耐溶接割れ性を兼ね備え且つ、溶接時の作業性も良好であり荷油タンク用鋼として塗装無しで、十分使用可能である。一方、表2に示す比較例の鋼では、Mn及びPcm値が高いNo.28、P及びPcm値が高いNo.41と42では高温割れ及び低温割れが発生しており、一方、Cが高いNo.26、Pが高いNo.29、Cuが高いNo.32,Bが高いNo.37では高温割れが発生し、いずれも溶接性に問題が生じた。Siが高いNo.27、Alが高いNo.31、Nbが高いNo.35、Vが高いNo.36、Tiが高いNo.38、Moが高いNo.39では溶接作業性が顕著に低下した。Pcm値が上限をはずれたNo.34、No.40、では低温割れが発生した。Alが低いNo.30、Crが低いNo.33では溶接性は問題無かったが耐蝕性が著しく低下した。以上述べたように比較例の鋼では耐溶接割れ性、溶接作業性、耐蝕性のいずれかが十分でなく本発明の鋼が優れていることがわかる。


5.引用発明

引用例1には、硫化水素を含む原油を輸送するタンカー用鋼板に適した湿潤硫化水素環境下で疲労亀裂進展特性に優れる鋼について(摘記1-1参照)、表1(2)に「鋼No.17」を用いた実施例鋼板(摘記1-3参照)として、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「原油タンカー用の湿潤硫化水素環境下で疲労亀裂進展特性に優れる鋼板であって、化学組成として、wt%で、C:0.08%、Si:0.28%、Mn:1.02%、sol.Al:0.022%、Cu:0.32%を含み、残部は不可避不純物とFeからなる鋼板。」


6.当審の判断

本願発明3のうち、本願発明2を引用する場合について、引用発明と対比する。

引用発明の「wt%」は、本願発明3の「mass%」に相当し、引用発明において、本願発明3で特定した式(1)のPcm値を計算すると約0.156となる。また、引用例1には、湿潤硫化水素環境中の疲労や割れが腐食を起因として生じること(摘記1-1参照)が記載されているから、引用発明の「原油タンカー用の湿潤硫化水素環境下で疲労亀裂進展特性に優れる鋼板」は、本願発明3の「貨油タンク用耐食鋼板」に相当する。さらに、引用例1には、引用発明の不可避不純物中にP、Sが含まれること(摘記1-2参照)も記載されている。
してみると、本願発明3は、
「貨油タンク用耐食鋼板において、化学成分として、mass%で、C:0.16%以下、Si:1.5%以下、Mn:2.0%以下、Cu:0.15%?1.4%、Al:0.07%以下、を含み、残部がFeおよび不可避不純物からなり、下記の式(1)で表されるPcmの値が0.24以下である、鋼板。
Pcm=C+Si/30+Mn/20+Cr/20+Cu/20+Ni/60+Mo/15+V/10+5B≦0.24 (1)
但し、元素記号はそれぞれの元素のmass%を示す。」
(審決注:「残部」とは、相違点とした化学成分を除く残部の意)
の点では引用発明と一致し、次の点で相違する。

相違点1:本願発明3が「プライマー塗装状態で使用する」のに対し、引用発明の使用時の塗装状態が不明な点。

相違点2:本願発明3が「P:0.035%以下、S:0.01%以下」を含むのに対し、引用発明の不可避不純物中のP,S含有量が不明な点。

相違点3:本願発明3が「Ni:0.1?0.7%を含み、さらにCr:0.48mass%以下、Mo:0.5mass%以下のうちの1種または2種、さらにNb:0.05mass%以下、V:0.10mass%以下、Ti:0.05mass%以下のうちの1種または2種以上を含む」のに対し、引用発明がこれらの化学成分を含まない点。

相違点4:本願発明3が「炭素鋼用溶接ワイヤを用いた場合の溶接部の耐食性に優れた」ものであるのに対し、引用発明の溶接方法や溶接部の耐食性が不明な点。

そこで、相違点について検討する。

相違点1について:引用例2には、鋼板の工場搬入から組立てまでに長期間を要する場合には、通常、防錆プライマーを塗布しておくこと(摘記2-1参照)が記載されている。
してみると、原油タンカーの組立てに長期間を要するのは周知であるから、引用発明の鋼板をプライマー塗装状態で使用すること、すなわち、相違点1を解消することは、当業者にとって慣用手段の適用にすぎない。

相違点2について:引用例3には、VLCCと呼ばれる大型タンカーの荷油タンク用鋼板について(摘記3-1参照)、大入熱溶接時に高温割れが発生するのでP量を0.035%以下とし、熱間加工特性の低下や材質の劣化を引き起こすのでS量を0.005%以下とすること(摘記3-2参照)が記載されている。
してみると、原油タンカー用鋼板である引用発明において、不可避不純物中のP含有量を0.035%以下、S含有量を0.01%以下に制限すること、すなわち、相違点2を解消することは、その成分をVLCCの荷油タンク用に適したものとするため、当業者が容易になし得た不純物限定である。

相違点3について:引用例3には、VLCCと呼ばれる大型タンカーの荷油タンク内の排ガス腐食に対する耐食性と、大入熱溶接時の溶接性のバランスに優れた鋼板を得る(摘記3-1参照)ために、強度確保のためのC、耐食性向上のためのCuと共に、排ガス腐食に対する耐食性のためのCr、耐食性とCuによる溶接割れ抑制のためのNi、溶接性に及ぼすCの影響を低下させるためのNbを、各元素の添加範囲に加えPcm値0.22以下となるように添加すること(摘記3-2参照)に加え、実施例として表1の「No.11」に、C:0.08%、Cu:0.31%と共に、Cr:0.41%、Ni:0.11%、Nb:0.02%を含み、Pcm値0.179の鋼板(摘記3-3参照)が記載されている。
してみると、原油タンカー用鋼板であり、C:0.08%、Cu:0.32%を含み、Pcm値0.156の引用発明において、Cr:0.48%以下、Ni:0.1?0.7%、Nb:0.05%以下を含有させること、すなわち、相違点3を解消することは、その成分をVLCCの荷油タンク用に適したものとするために、当業者が容易になし得た成分添加である。

相違点4について:本願明細書には、「炭素鋼用溶接ワイヤを用いた場合の溶接部の耐食性」について、実施例で、市販の引張強度50キロ級の炭素鋼用溶接ワイヤを用いた入熱139kJ/cmの溶接部に、プライマーを塗布せずに貨油タンク内模擬腐食試験を行い評価したこと(段落0057?0062参照)が記載されている。
これに対し、引用例3には、上記「相違点2,3について」で検討した不純物限定や成分添加をしてなる鋼板について、実施例で、荷油タンク内模擬腐食試験と共に、市販の強度50キロ級ワイヤを用いた入熱100kJ/cm(審決注:原文中の「JK/cm」は誤記)相当の溶接試験を行い、荷油タンク用として塗装無しで使用可能であること(摘記3-3参照)が記載されており、大入熱溶接では母材希釈率が高くなり、溶接部が母材同様の性質をもつことは当業者にとって予測の範囲内のことであるから、この記載は、当該鋼板が、炭素鋼用溶接ワイヤを用いた溶接部においても塗装無しで、荷油タンク内における耐食性をもつことを意味したものと認められる。
してみると、引用発明の鋼板において、「炭素鋼用溶接ワイヤを用いた場合の溶接部の耐食性に優れた」ものとすること、すなわち、相違点4を解消することは、相違点2,3を解消することに伴い、当業者が容易に想到し得た作用効果である。

さらに、引用発明において、相違点1?4を共に解消することにも格別の困難性はない。
また、本願発明3において、相違点1?4による予期し得ない効果を見いだすこともできない。例えば、本願明細書の実施例の記載によれば、本願発明3の耐食性は、本願発明2と同程度のものと認められるが、引用例3の表2「No.30」(摘記3-3参照)には、本願発明2と同一の鋼板が、耐食性に劣る比較例として記載されている。


7.むすび

以上のとおり、本願発明3は、引用例1?3に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の発明について検討するまでもなく、本願は、原査定の理由により拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-08-17 
結審通知日 2009-08-25 
審決日 2009-09-10 
出願番号 特願2001-302589(P2001-302589)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C22C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 木村 孔一  
特許庁審判長 山田 靖
特許庁審判官 大橋 賢一
青木 千歌子
発明の名称 炭素鋼用溶接ワイヤを用いた場合の溶接部の耐食性に優れた貨油タンク用耐食鋼板  
代理人 落合 憲一郎  

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