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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16C
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 F16C
管理番号 1206941
審判番号 不服2008-30241  
総通号数 121 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-01-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-11-27 
確定日 2009-11-13 
事件の表示 特願2002-208620「転がり軸受」拒絶査定不服審判事件〔平成15年 4月 9日出願公開、特開2003-106338〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成14年7月17日(優先権主張 平成13年7月17日)の出願であって、平成20年10月24日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成20年11月27日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに、平成20年12月22日付けで手続補正がなされたものである。

2.平成20年12月22日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成20年12月22日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。
[理由]
(1)本件補正後の本願発明
本件補正により、特許請求の範囲は、
「【請求項1】 自動車の電装部品、エンジン補機、ガスヒートポンプ用電磁クラッチ及びコンプレッサに使用され、内輪と、外輪と、複数の転動体と、前記転動体を保持する保持器とを備え、グリースを封入した転がり軸受であって、前記内輪、前記外輪及び前記転動体の少なくとも1つに、40℃における動粘度が10?400mm^(2)/sの鉱油及び合成油より選ばれる基油に、アルキルコハク酸、アルキルコハク酸ハーフエステル、アルケニルコハク酸、アルケニルコハク酸ハーフエステルから選ばれるカルボン酸系防錆添加剤、カルボン酸塩系防錆剤及びエステル系防錆剤の少なくとも1種を0.5?20質量%の割合で含有する防錆油を予め塗布し、その後、グリースを封入してなることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】 前記防錆油が、ジアルキルジチオカルバミン酸系化合物を0.1?0.5質量%の割合で含有することを特徴とする請求項1記載の転がり軸受。
【請求項3】 前記防錆油が、ナフテン酸亜鉛と、ジアルキルジチオカルバミン酸亜鉛とを含有することを特徴とする請求項2記載の転がり軸受。
【請求項4】 前記グリースが、増ちょう剤としてウレア化合物を含有することを特徴とする請求項1?3の何れか1項に記載の転がり軸受。」に補正された。
上記補正は、請求項1についてみると、実質的に、本件補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「0.1?20質量%の割合で含有する」という事項を「0.5?20質量%の割合で含有する」という事項に減縮するとともに、同じく「防錆油を塗布してなる」という事項を「防錆油を予め塗布し、その後、グリースを封入してなる」という事項に減縮するものであって、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明1」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。
(2)引用例
(2-1)引用例1
特開平9-217752号公報(以下、「引用例1」という。)には、下記の事項が図面とともに記載されている。
(あ)「【特許請求の範囲】
【請求項1】 基油と、ウレア系増ちょう剤と、平均粒径が2μm以下の無機化合物からなる微粒子とを含有するグリース組成物を封入したことを特徴とする転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明はグリースを封入した密封転がり軸受に関し、特にオルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、中間プーリ、電動ファンモータ、水ポンプ等の自動車電装部品、エンジン補機等の高温・高速回転で使用される密封転がり軸受に関する。
【0002】
【従来の技術】自動車や各種動力装置の回転運動箇所、例えばオルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、中間プーリ、電動ファンモータ、水ポンプ等の自動車電装部品やエンジン補機等には、一般にグリースを封入した密封転がり軸受が使用される。図1は密封転がり軸受の一種である接触ゴムシール付密封深溝玉軸受を示す要部断面図であるが、図示されるように、外周面に内輪軌道1を有する内輪2と、内周面に外輪軌道3を有する外輪4とを同心に配置し、内輪軌道1と外輪軌道3との間に保持器7を介して複数個の転動体(玉)5を転動自在に設けることで構成される。また、外輪4の両端部内周面には、それぞれ円輪状のシール6の外周縁を係止し、両シール6によってグリース(図示省略)を封じ込めるとともに、外部からの塵芥の進入や、軸受内部で発生したダストが外部に漏洩するのを防止している。」
(い)「【0008】
【発明の実施の形態】以下、本発明の転がり軸受に関してより詳細に説明する。本発明の転がり軸受に封入されるグリースは、下記の如く構成される。
〔基油〕特に限定されず、通常、潤滑油の基油として使用されている油は全て使用することができる。好ましくは、低温流動性不足による起動トルクの増大や、高温で油膜が形成され難いために起こる焼付きを避けるために、40℃における動粘度が、好ましくは10?400mm^(2) /s、特に好ましくは20?250mm^(2) /s、さらに好ましくは40?150mm^(2) /sである基油が望ましい。この動粘度は、通常ガラス式毛管式粘度計により測定した際の値を基準とすることができる。また、軸受潤滑寿命の延長を計るためには、エステル油、特にポリオールエステル油を基油の10wt%以上含有させることが望ましい。
【0009】具体例としては、鉱油系、合成油系または天然油系の潤滑基油などが挙げられる。…」
(う)「【0013】
〔グリース組成〕
密封転がり軸受に使用されることを考慮すれば、グリースの混和ちょう度としてNLGIでNo3からNo1に調整されることが望ましく、ウレア系増ちょう剤量はグリース全量に対して概ね10?35wt%が配合される。これに対して無機化合物微粒子は、グリース全量に対して0.5?10wt%が望ましい。無機化合物微粒子の濃度がこれより少ないと補強効果が十分得られないし、これより多いと粒子数が多すぎて、軸受音響特性や、摩耗が増大して軸受潤滑寿命へ悪影響を及ぼすことが懸念される。さらに、焼付き寿命の延長をより確かにするとともに前記の悪影響を考慮すると、1?8wt%が望ましい。
【0014】〔その他の添加剤〕前記グリースは、無機化合物微粒子と増ちょう剤とを基油に混合して形成されるが、必要に応じて以下の添加剤を単独または複数組み合わせて含有させても良い。その配合量は、全体としてグリース全量の20wt%以下である。
酸化防止剤 :アミン系、フェノール系、イオウ系、ジチオリン酸亜鉛等。
防錆剤 :有石油スルホネート、ジノニルナフタレンスルホネート、ソルビタンエステル等。
油性剤 :脂肪酸、植物油等。
金属不活性剤 :ベンゾトリアゾール、亜硝酸ソーダ等。
極圧添加剤 :塩素系、イオウ系、リン系、ジチオリン酸亜鉛、有機モリブデン等。
粘土指数向上剤:ポリメタクリレート、ポリイソブチレン、ポリスチレン等。」
以上の記載事項及び図面からみて、引用例1には、次の発明(以下、「引用例1発明」という。)が記載されているものと認められる。
「自動車の電装部品、エンジン補機等に使用され、内輪2と、外輪4と、複数の転動体5と、前記転動体5を保持する保持器7とを備え、グリースを封入した転がり軸受であって、40℃における動粘度が10?400mm^(2)/sの鉱油及び合成油より選ばれる基油と、ウレア系増ちょう剤と、平均粒径が2μm以下の無機化合物からなる微粒子と、防錆剤を含むその他の添加剤とを含有するグリース組成物を封入した転がり軸受。」
(2-2)引用例2
特開2000-120709号公報(以下、「引用例2」という。)には、下記の事項が図面とともに記載されている。
(か)「【請求項1】 内輪と外輪との間に複数の転動体を転動自在に保持してなる転がり軸受において、軸受内径を構成する表面及び軸受外径を構成する表面に、40℃における粘度が7?120mm/sの鉱油系、合成炭化水素系またはフッ素系の潤滑油に防錆剤を配合してなる防錆油を、1cm2 当たり0.08?1.6mg付着させたことを特徴とする転がり軸受。」
(き)「【0011】防錆剤は特に制限されるものではなく、例えば有機スルホン酸のアンモニウム塩、バリウム、亜鉛、カルシウム、マグネシウム等アルカリ金属、アルカリ土類金属の有機スルホン酸塩、有機カルボン酸塩、フェネート、ホスホネート、アルキルもしくはアルケニルこはく酸エステル等のアルキル、アルケニルこはく酸誘導体、ソルビタンモノオレエート等の多価アルコールの部分エステル、オレオイルザルコシン等のヒドロキシ脂肪酸類、1-メルカプトステアリン酸等のメルカプト脂肪酸類あるいはその金属塩、ステアリン酸等の高級脂肪酸類、イソステアリルアルコール等の高級アルコール類、高級アルコールと高級脂肪酸とのエステル、2,5-ジメルカプト-1,3,4-チアジアゾール、2-メルカプトチアジアゾール等のチアゾール類、2-(デシルジチオ)-ベンゾイミダゾール、ベンズイミダゾール等のイミダゾール系化合物、あるいは、2,5-ビス(ドデシルジチオ)ベンズイミダゾール等のジスルフィド系化合物、あるいは、トリスノニルフェニルフォスファイト等のリン酸エステル類、ジラウリルチオプロピオネート等のチオカルボン酸エステル系化合物、亜硝酸塩等を使用することができる。また、ベンゾトリアゾールやトリルトリアゾール等のトリアゾール系化合物からなる金属不活性化剤も使用することができる。また、防錆油における防錆剤の濃度は、5重量%程度が好ましい。」
(2-3)引用例3
特開平10-88167号公報(以下、「引用例3」という。)には、下記の事項が記載されている。
(さ)「【特許請求の範囲】
【請求項1】 銅、モリブデン、亜鉛、遷移金属または半金属を金属種とする有機金属化合物の少なくとも1種を含有する潤滑剤組成物において、アルカリ金属またはアルカリ土類金属または亜鉛を金属種とする有機スルホン酸金属塩もしくは脂肪酸金属塩の少なくとも1種と、トリアゾール系化合物とを必須成分として含有することを特徴とする潤滑剤組成物。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は各種産業機械や車両等の回転部材や摺動部材に適用される潤滑剤組成物に関し、特に高荷重が加わる箇所や滑り率の高い箇所のように耐荷重性や極圧性が要求される箇所、あるいは摩耗し易い箇所に好適であり、かつ防錆性及び銅腐食性に優れた潤滑剤組成物に関する。」
(し)「【0010】本発明の潤滑剤組成物の第2の必須成分は、アルカリ金属またはアルカリ土類金属または亜鉛を金属種とする有機スルホン酸金属塩もしくは脂肪酸金属塩である。前記有機スルホン酸金属塩としては、アルカリ金属またはアルカリ土類金属または亜鉛の石油スルホン酸塩、ジノニルナフタレンスルホン酸塩等のアルキル化されたナフタレンスルホン酸塩等の化合物、あるいはこれらの誘導体を好適に使用できる。また、前記脂肪酸金属塩としては、アルカリ金属またはアルカリ土類金属または亜鉛とのラノリン脂肪酸塩、ステアリン酸塩、ドデカン酸塩、テトラデカン酸塩、ヘキサデカン酸塩、ステアリン二酸塩、ドデカン二酸塩、テトラデカン二酸塩、オレイン酸塩、安息香酸塩、トルイル酸塩、ナフテン酸塩及びその他の高級脂肪酸塩、アルキル化されたナフテン酸塩または安息香酸塩等の化合物、あるいはこれらの誘導体を好適に使用できる。」
(す)「【0013】本発明の潤滑剤組成物は、エンジンオイルやギヤーオイル等の各種機械部品の潤滑油や各種軸受に封入されるグリースに好適である。以下、グリースとした時の実施形態を説明する。…」
(せ)「【0015】また、グリースには、従来より公知の各種添加剤を配合することができる。…

【0018】
〔防錆剤・金属不活性化剤〕本発明の潤滑剤組成物は防錆性を有するが、必要に応じて従来より公知の防錆剤、金属不活性化剤を併用することができる。グリースとした時の防錆剤として、例えば以下の化合物を使用することができる。即ち、アルカリ金属、アルカリ土類金属、亜鉛以外を金属種とする有機スルホン酸塩、有機スルホン酸のアンモニウム塩、有機カルボン酸塩、フェネート、ホスホネート、アルキルもしくはアルケニルこはく酸エステル等のアルキル、アルケニルこはく酸誘導体、ソルビタンモノオレエート等の多価アルコールの部分エステル、オレオイルザルコシン等のヒドロキシ脂肪酸類、1-メルカプトステアリン酸等のメルカプト脂肪酸類あるいはその金属塩、ステアリン酸等の高級脂肪酸類、イソステアリルアルコール等の高級アルコール類、高級アルコールと高級脂肪酸とのエステル、2,5-ジメルカプト-1,3,4-チアジアゾール、2-メルカプトチアジアゾール等のチアゾール類、2-(デシルジチオ)-ベンゾイミダゾール、ベンズイミダゾール等のイミダゾール系化合物、あるいは、2,5-ビス(ドデシルジチオ)ベンズイミダゾール等のジスルフィド系化合物、あるいは、トリスノニルフェニルフォスファイト等のリン酸エステル類、ジラウリルチオプロピオネート等のチオカルボン酸エステル系化合物等を使用することができる。また、亜硝酸塩等も使用することができる。」
(2-4)引用例4
特開平6-128584号公報(以下、「引用例4」という。)には、下記の事項が記載されている。
(た)「【0001】
【産業上の利用分野】この発明は、農業機械や自動車部品など、耐水性を要する各種軸受に充填される軸受用潤滑組成物に関する。」
(ち)「【0010】また、この発明に用いる防錆剤は、無機系または有機系の周知のものを特に限定することなく使用することができ、たとえば、無機系の防錆剤として、クロム酸塩、ケイ酸塩、亜硝酸塩、リン酸塩、モリブデン酸塩、タングステン酸塩などが挙げられ、また有機系の防錆剤としてスルホン酸塩、カルボン酸、カルボン酸塩、エステル、アミン、リン酸などが挙げられる。」
(2-5)引用例A
特開2000-205281号公報(以下、「引用例A」という。)には、下記の事項が図面とともに記載されている。
「【0004】
【発明が解決しょうとする課題】ところで、製造された転がり軸受は、機器に組み込まれるまでの在庫期間中はほとんど回転されないために、封入したグリースが軸受の軌道面(内輪軌道1、外輪軌道3)や転動面(転動体5の表面)の隅々まで十分に付着していることは少ない。転がり軸受は内輪2及び外輪4、一般的には転動体5も含めて金属製であるから、グリースが付着している部分は空気との接触が遮断されて錆が発生することはないが、グリースが付着していない部分では錆が発生する。そこで、通常はグリースを封入する前に、防錆剤を含有する潤滑油(以下、防錆潤滑油と呼ぶ)を軸受の軌道面や転動面に塗布することが行われる。この防錆潤滑油は、鉱油や炭化水素系潤滑油に防錆剤を配合したものが一般的である。」
(3)対比
本願補正発明1と引用例1発明とを比較すると、後者の「自動車の電装部品、エンジン補機等に使用され」は前者の「自動車の電装部品、エンジン補機、ガスヒートポンプ用電磁クラッチ及びコンプレッサに使用され」に相当する。
したがって、本願補正発明1の用語に倣って整理すると、両者は、
「自動車の電装部品、エンジン補機、ガスヒートポンプ用電磁クラッチ及びコンプレッサに使用され、内輪と、外輪と、複数の転動体と、前記転動体を保持する保持器とを備え、グリースを封入した転がり軸受。」である点で一致し、以下の点で相違している。
[相違点]
本願補正発明1は、「前記内輪、前記外輪及び前記転動体の少なくとも1つに、40℃における動粘度が10?400mm^(2)/sの鉱油及び合成油より選ばれる基油に、アルキルコハク酸、アルキルコハク酸ハーフエステル、アルケニルコハク酸、アルケニルコハク酸ハーフエステルから選ばれるカルボン酸系防錆添加剤、カルボン酸塩系防錆剤及びエステル系防錆剤の少なくとも1種を0.5?20質量%の割合で含有する防錆油を予め塗布し、その後、グリースを封入してなる」のに対して、引用例1発明は、「防錆剤」を含有する「グリース組成物を封入した」点。
なお、引用例1発明の「グリース組成物」は「40℃における動粘度が10?400mm^(2)/sの鉱油及び合成油より選ばれる基油」と、「ウレア系増ちょう剤」と、「平均粒径が2μm以下の無機化合物からなる微粒子」と、「その他の添加剤」とを含有するが、本願補正発明1の「グリース」はこれらの組成物を含有するかどうかについて無限定ないし任意的であるから、引用例1発明の「グリース組成物」がこれらの組成物を含有することをもって本願補正発明1と相違するということにはならない。
(4)判断
[相違点]について
まず、「前記内輪、前記外輪及び前記転動体の少なくとも1つ」に「防錆油」を「塗布」することは、上記に摘記したとおり、引用例2に示されている。また、「防錆油を予め塗布し、その後、グリースを封入してなる」という事項は審判請求時の補正により減縮された事項であるが、それは、上記に摘記したとおり、引用例Aに示されている。引用例1発明は防錆剤をグリースに添加したものであるが、引用例1発明にこれらの事項を採用して、「前記内輪、前記外輪及び前記転動体の少なくとも1つ」に防錆剤を含有する油を予め塗布し、その後、グリースを封入するように構成することは当業者が容易に想到し得たものと認められる。
次に、このようにしたとき、その防錆油の基油、及び含有される防錆剤としてどのようなものを採用するか、また、防錆剤の含有割合をどの程度にするかは、用途、使用環境、所要性能等に応じて適宜設計する事項にすぎない。実際、本願明細書等をみても、「アルキルコハク酸、アルキルコハク酸ハーフエステル、アルケニルコハク酸、アルケニルコハク酸ハーフエステル」がそれ以外の「カルボン酸系防錆添加剤、カルボン酸塩系防錆剤及びエステル系防錆剤」と比べて格別顕著な効果を奏するとは認められない。ここで、上記に摘記したとおり、(a)引用例2、3には、防錆剤として「アルキルもしくはアルケニルこはく酸エステル等のアルキル、アルケニルこはく酸誘導体」を使用することが記載されており、引用例4には、有機系の防錆剤として「カルボン酸、カルボン酸塩、エステル」を使用することが記載されている。(b)「0.5?20質量%」という数値の上下限値については本願の図2?4に一応の根拠が示されているが、本願の表1?4をみると、その上下限値に、封入グリース及び防錆油の添加物の組成・含有量等によらない格別顕著な技術的意義があるとは認められないし、一応の意義があるとしても、引用例2には「防錆油における防錆剤の濃度は、5重量%程度が好ましい。」と記載されている。(c)引用例1発明は、グリースについてであるが、その基油は40℃における動粘度が10?400mm^(2) /sであるものが好ましいこと、及びその具体例としては鉱油系、合成油系が挙げられることが示されている。(d)「スルホネート防錆剤」が「水素脆化」による「特異性はく離」を発生させる要因となることは、例えば、特許第2878749号公報(特に第2頁左欄第41行?右欄第3行、第2頁右欄第45?49行)に示されているように、当業者に明らかである。以上の点は軸受に使用される油に関する点で共通するから、防錆油の基油、防錆剤、その含有割合を設計するにあたって、これらの事項を採用ないし参酌することは当業者であれば容易に想到し得たものと認められる。このようにしたものは、実質的にみて、相違点に係る本願補正発明1の上記事項を具備するということができる。
そして、防錆性能及び剥離防止効果に優れたという本願補正発明1の作用効果は、引用例1?4、及び引用例Aに記載された発明に基づいて当業者が予測し得た程度のものである。なお、上記に摘記したとおり、引用例2には防錆剤として「有機スルホン酸のアンモニウム塩、バリウム、亜鉛、カルシウム、マグネシウム等アルカリ金属、アルカリ土類金属の有機スルホン酸塩」が例示されており、引用例3には「本発明の潤滑剤組成物の第2の必須成分は、アルカリ金属またはアルカリ土類金属または亜鉛を金属種とする有機スルホン酸金属塩もしくは脂肪酸金属塩である。」と記載されており、すなわち「有機スルホン酸金属塩」が選択的に例示されており、引用例4には有機系の防錆剤として「スルホン酸塩」が例示されている。しかし、「スルホネート防錆剤」が「水素脆化」による「特異性はく離」を発生させる要因となることが当業者に明らかであることは上記のとおりであって、防錆剤として引用例2?4に例示された上記のものを採用すべきでないことは当業者に明らかである。

なお、請求人は回答書において、「ジアルキルジチオカルバミン酸系化合物は剥離防止作用があり、このジアルキルジチオカルバミン酸系化合物と請求項1に記載している特定の防錆剤とをそれぞれ特定量併用することにより、段落〔0049〕に記載されているように白色組成黄剥離と耐磨耗性とを同時に改善するという顕著な効果が得られます。他の引用文献も、このような組み合わせを示していません。」と主張して、請求項1と請求項2とを組み合わせた補正の用意がある旨、述べているが、グリースの添加剤としてジアルキルジチオカルバミン酸系化合物を用いることが特開平11-72120号公報(特に段落【0011】、【0012】)、特開平08-294246号公報(特に段落【0009】)に示されていることは平成20年7月23日付け拒絶理由で指摘したとおりであり、上記のような補正(案)によって拒絶理由が解消するものでも、原査定が取り消されることになるものでもない。

したがって、本願補正発明1は、引用例1?4、及び引用例Aに記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
(5)むすび
本願補正発明1について以上のとおりであるから、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定違反するものであり、本件補正における他の補正事項を検討するまでもなく、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

3.本願発明
平成20年12月22日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?4に係る発明(以下、「本願発明1」?「本願発明4」という。)は、平成20年3月26日付け手続補正により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。
「【請求項1】 自動車の電装部品、エンジン補機、ガスヒートポンプ用電磁クラッチ及びコンプレッサに使用され、内輪と、外輪と、複数の転動体と、前記転動体を保持する保持器とを備え、グリースを封入した転がり軸受であって、前記内輪、前記外輪及び前記転動体の少なくとも1つに、40℃における動粘度が10?400mm^(2)/sの鉱油及び合成油より選ばれる基油に、アルキルコハク酸、アルキルコハク酸ハーフエステル、アルケニルコハク酸、アルケニルコハク酸ハーフエステルから選ばれるカルボン酸系防錆添加剤、カルボン酸塩系防錆添加剤及びエステル系防錆剤の少なくとも一種を0.1?20質量%の割合で含有する防錆油を塗布してなることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】 前記グリースが、酸化物被膜の生成成分を含有することを特徴とする請求項1記載の転がり軸受。
【請求項3】 前記防錆油が、有機金属塩の1種または2種以上を0.1?20質量%の割合で含有することを特徴とする請求項1または2記載の転がり軸受。
【請求項4】 前記有機金属塩がジアルキルジチオカルバミン酸系化合物であることを特徴とする請求項3記載の転がり軸受。」

3-1.本願発明1について
(1)本願発明1
本願発明1は上記のとおりである。
(2)引用例
引用例1?4、引用例A、及びその記載事項は上記2.に記載したとおりである。
(3)対比・判断
本願発明1は実質的に、上記2.で検討した本願補正発明1の「0.5?20質量%の割合で含有する」という事項を「0.1?20質量%の割合で含有する」という事項に拡張するとともに、同じく「防錆油を予め塗布し、その後、グリースを封入してなる」という事項を「防錆油を塗布してなる」という事項に拡張するものに相当する。
そうすると、本願発明1の構成要件をすべて含み、さらに他の構成要件を付加したものに相当する本願補正発明1が、上記2.に記載したとおり、引用例1?4、及び引用例Aに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、上記2.では、上記の2つの拡張された事項のうち後者の拡張前の事項に関して引用例Aの記載事項を援用したことに留意すると、本願発明1も、同様の理由により、引用例1?4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(4)むすび
以上のとおり、本願発明1は引用例1?4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に基づいて特許を受けることができない。
そして、本願発明1が特許を受けることができないものである以上、本願発明2?4について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-09-03 
結審通知日 2009-09-08 
審決日 2009-09-28 
出願番号 特願2002-208620(P2002-208620)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (F16C)
P 1 8・ 121- Z (F16C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 鳥居 稔山崎 勝司  
特許庁審判長 山岸 利治
特許庁審判官 川上 益喜
藤村 聖子
発明の名称 転がり軸受  
代理人 本多 弘徳  
代理人 小栗 昌平  
代理人 市川 利光  

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