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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C08L
管理番号 1207015
審判番号 不服2007-22380  
総通号数 121 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-01-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-08-13 
確定日 2009-11-12 
事件の表示 特願2002- 37026「ポリブチレンテレフタレート樹脂組成物及び成形品」拒絶査定不服審判事件〔平成15年 8月27日出願公開、特開2003-238781〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続きの経緯

本願は、平成14年2月14日の特許出願であって、平成18年12月20日付けで拒絶理由が通知され、平成19年2月26日に意見書とともに手続補正書が提出され、同年3月23日付けで再度拒絶理由が通知され、同年5月24日に再度意見書とともに手続補正書が提出されたが、同年7月11日付けで拒絶査定がなされ、同年8月13日に拒絶査定不服審判が請求され、同年10月24日に審判請求書の手続補正書(方式)が提出されたものである。



第2 本願発明の認定及び本願明細書の記載事項

1.本願発明の認定

本願の特許請求の範囲の請求項1?6に係る発明は、平成19年5月24日に提出された手続補正書によって補正された明細書及び図面(以下、「本願明細書」という。)の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?6に記載された次のとおりのものである。

「【請求項1】
全ジカルボン酸成分中50モル%以上のテレフタル酸を含有するジカルボン酸成分と全ジオール成分中50モル%以上の1,4-ブタンジオールを含有するジオール成分を原料として、連続的に重縮合して得られるポリブチレンテレフタレートであって、末端カルボキシル基量が25eq/t以下であり、降温結晶化温度(示差走査熱量計で昇温速度20℃/minで室温から300℃まで昇温したのち、降温速度20℃/minで80℃まで降温したときの発熱ピークの温度)が175℃以上であり、残存テトラヒドロフラン量が300ppm(重量比)以下であるポリブチレンテレフタレート及びフェノール系酸化防止剤を含有することを特徴とするポリブチレンテレフタレート樹脂組成物。
【請求項2】
更にイオウ系酸化防止剤及びリン系酸化防止剤からなる群より選ばれる一種以上の酸化防止剤を含有する請求項1記載のポリブチレンテレフタレート樹脂組成物。
【請求項3】
フェノール系酸化防止剤が、ヒンダードフェノール系酸化防止剤である請求項1又は請求項2記載のポリブチレンテレフタレート樹脂組成物。
【請求項4】
イオウ系酸化防止剤が、チオエーテル系酸化防止剤である請求項2記載のポリブチレンテレフタレート樹脂組成物。
【請求項5】
フェノール/テトラクロロエタン(重量比1/1)の混合溶媒を用いて30℃で測定したポリブチレンテレフタレートの固有粘度が、0.5?1.5dL/gである請求項1ないし請求項4のいずれかに記載のポリブチレンテレフタレート樹脂組成物。
【請求項6】
請求項1ないし請求項5のいずれかに記載のポリブチレンテレフタレート樹脂組成物を成形してなることを特徴とする成形品。」

2.本願明細書の記載事項

本願明細書には、以下の記載がある。

(1)「【発明の属する技術分野】本発明は、ポリブチレンテレフタレート樹脂組成物及び成形品に関する。さらに詳しくは、本発明は、成形サイクルが短く生産性に優れ、加水分解に対する安定性が高く、酸化熱安定性に優れており、自動車部品及び電気・電子部品に好適に使用することができるポリブチレンテレフタレート樹脂組成物及び成形品に関する。」(段落【0001】)

(2)「【従来の技術】熱可塑性ポリエステルの中で代表的なエンジニアリングプラスチックであるポリブチレンテレフタレートは、成形加工の容易さ、機械的物性、耐熱性、その他の物理的、化学的特性に優れていることから、自動車部品、電気・電子部品、精密機器部品などの分野で広く使用されている。ポリブチレンテレフタレート樹脂組成物は、結晶化速度が速く、射出成形に好適であるが、さらに結晶化速度を向上し、成形サイクルを短縮して生産性を高めることが望まれている。ポリブチレンテレフタレートは、低吸湿性であるために、常温では水の影響を本質的に受けない。しかし、高温では水や水蒸気によってエステル基が加水分解されてヒドロキシル基とカルボキシル基が生成し、カルボキシル基が自己触媒となってさらに加水分解を促進するので、湿熱環境下における使用は制限される。このために、加水分解に対する安定性が高く、湿熱環境においても使用可能なポリブチレンテレフタレート樹脂組成物が望まれている。また、ポリブチレンテレフタレート樹脂組成物は、リレー部品のような電気・電子部品に使用される場合、樹脂から発生する有機ガスが、金属接点の腐食や金属接点への炭化物の付着の原因となり、導通不良を引き起こすおそれがある。このために、接触不良の原因となる有機ガスの発生を抑制する試みがなされている。くわえて、ポリブチレンテレフタレートは、空気中、高温下において徐々に着色したり、機械物性の低下、すなわち強度や靱性の低下が起こる。これ対して、酸化防止剤を添加して、高温下での着色や機械物性の低下の抑制が試みられているが、さらなる酸化熱安定性が望まれている。」(段落【0002】)

(3)「【発明が解決しようとする課題】本発明は、成形サイクルが短く生産性に優れ、加水分解に対する安定性が高く、電気的接点の腐食がなく、また、高温下において着色や機械物性の低下が抑制された、自動車部品、電気・電子部品などの広い用途に好適に使用することができるポリブチレンテレフタレート樹脂組成物及び成形品を提供することを目的としてなされたものである。」(段落【0003】)

(4)「【課題を解決するための手段】本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、末端カルボキシル基量が30eq/t以下であり、降温結晶化温度が175℃以上であり、残存テトラヒドロフラン量が300ppm(重量比)以下であるポリブチレンテレフタレート及び特定の酸化防止剤を含有する樹脂組成物は、成形サイクルが短く、加水分解に対する安定性に優れ、金属に腐食を発生させにくく、高温下で変色、機械物性の低下を起こしにくく、かつ、このようなポリブチレンテレフタレートは、テレフタル酸と1,4-ブタンジオールを連続的に重合することにより製造し得ることを見いだし、この知見に基づいて本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、
(1)全ジカルボン酸成分中50モル%以上のテレフタル酸を含有するジカルボン酸成分と全ジオール成分中50モル%以上の1,4-ブタンジオールを含有するジオール成分を原料として、連続的に重縮合して得られるポリブチレンテレフタレートであって、末端カルボキシル基量が25eq/t以下であり、降温結晶化温度(示差走査熱量計で昇温速度20℃/minで室温から300℃まで昇温したのち、降温速度20℃/minで80℃まで降温したときの発熱ピークの温度)が175℃以上であり、残存テトラヒドロフラン量が300ppm(重量比)以下であるポリブチレンテレフタレート及びフェノール系酸化防止剤を含有することを特徴とするポリブチレンテレフタレート樹脂組成物、
(2)更にイオウ系酸化防止剤及びリン系酸化防止剤からなる群より選ばれる一種以上の酸化防止剤を含有する第1項記載のポリブチレンテレフタレート樹脂組成物、
(3)フェノール系酸化防止剤が、ヒンダードフェノール系酸化防止剤である第1項又は第2項記載のポリブチレンテレフタレート樹脂組成物、
(4)イオウ系酸化防止剤が、チオエーテル系酸化防止剤である第2項記載のポリブチレンテレフタレート樹脂組成物、
(5)フェノール/テトラクロロエタン(重量比1/1)の混合溶媒を用いて30℃で測定したポリブチレンテレフタレートの固有粘度が、0.5?1.5dL/gである第1項ないし第4項のいずれかに記載のポリブチレンテレフタレート樹脂組成物、及び、
(6)第1項ないし第5項のいずれかに記載のポリブチレンテレフタレート樹脂組成物を成形してなることを特徴とする成形品、
を提供するものである。」(段落【0004】)

(5)「【発明の実施の形態】本発明のポリブチレンテレフタレート樹脂組成物の第一の態様は、末端カルボキシル基量が30eq/t以下であり、示差走査熱量計で降温速度20℃/minにて測定した降温結晶化温度が175℃以上であるポリブチレンテレフタレート及びフェノール系酸化防止剤を含有する。本発明の第一の態様においては、ポリブチレンテレフタレート中の残存テトラヒドロフラン量が300ppm(重量比)以下であることが好ましい。本発明のポリブチレンテレフタレート樹脂組成物の第二の態様は、示差走査熱量計で降温速度20℃/minにて測定した降温結晶化温度が175℃以上であり、ポリブチレンテレフタレート中の残存テトラヒドロフラン量が300ppm(重量比)以下であるポリブチレンテレフタレート及びフェノール系酸化防止剤を含有する。本発明の成形品は、これらのポリブチレンテレフタレート樹脂組成物を成形してなるポリブチレンテレフタレート樹脂成形品である。本発明において、ポリブチレンテレフタレートの末端カルボキシル基量は、30eq/t以下であり、より好ましくは25eq/t以下である。ポリブチレンテレフタレートの末端カルボキシル基量は、ポリブチレンテレフタレートを有機溶媒に溶解し、水酸化アルカリ溶液を用いて滴定することにより求めることができる。より具体的には、樹脂ペレットをベンジルアルコールに溶解し、水酸化ナトリウム溶液にて酸-アルカリ滴定により定量する。ポリブチレンテレフタレートの末端カルボキシル基量を30eq/t以下とすることにより、ポリブチレンテレフタレート樹脂組成物の耐加水分解性を高めることができる。ポリブチレンテレフタレート中のカルボキシル基は、ポリブチレンテレフタレートの加水分解に対して自己触媒として作用するので、30eq/tを超える末端カルボキシル基が存在すると早期に加水分解が始まり、生成したカルボキシル基が自己触媒となって、連鎖的に加水分解が進行し、ポリブチレンテレフタレートの重合度が急速に低下するが、末端カルボキシル基量を30eq/t以下とすることにより、高温、高湿の条件においても、早期の加水分解を抑制することができる。」(段落【0005】)

(6)「本発明において、ポリブチレンテレフタレートの降温結晶化温度は175℃以上である。ポリブチレンテレフタレートの降温結晶化温度は、示差走査熱量計を用いて、ポリマーが溶融した状態から降温速度20℃/minで冷却したときに現れる結晶化による発熱ピークの温度である。降温結晶化温度は、結晶化速度と対応し、降温結晶化温度が高いほど結晶化速度が速い。降温結晶化温度が175℃以上であると、射出成形に際して冷却時間を短縮し、生産性を高めることができる。降温結晶化温度が175℃未満であると、射出成形に際して結晶化に時間がかかり、射出成形後の冷却時間を長くせざるを得なくなり、成形サイクルが伸びて生産性が低下するおそれがある。成形サイクルは、一定の成形条件下で射出成形を行い、成形片の離型の容易さ及び突き出しピン跡の有無により評価することができる。結晶化速度が遅くなるに従い、突き出しピンの跡が発生し、さらに遅くなると離型が不可能となる。本発明において、ポリブチレンテレフタレート中の残存テトラヒドロフラン量は、300ppm(重量比)以下であり、より好ましくは200ppm(重量比)以下である。ポリブチレンテレフタレート中の残存テトラヒドロフラン量は、樹脂ペレットを水に浸漬して120℃で6時間処理し、水中に溶出したテトラヒドロフラン量をガスクロマトグラフィーで定量することにより、求めることができる。ポリブチレンテレフタレート中の残存テトラヒドロフラン量を300ppm(重量比)以下とすることにより、樹脂組成物の成形品を高温で使用してもテトラヒドロフランなどのガスの発生が少なく、電気的接点の腐食のおそれが少なく、リレー部品などの電気・電子部品に好適に使用することができる。ポリブチレンテレフタレート中の残存テトラヒドロフラン量が300ppm(重量比)を超えると、成形品を高温で使用した際のテトラヒドロフランなどのガスの発生が多くなり、金属の腐食を引き起こすおそれがある。」(段落【0006】)

(7)「本発明に用いるポリブチレンテレフタレートは、テレフタル酸を主成分とするジカルボン酸成分と1,4-ブタンジオールを主成分とするジオール成分を、連続的に重合して得られる樹脂であることが好ましい。本発明に用いるポリブチレンテレフタレートを製造する連続重合法に特に制限はないが、直列連続槽型反応器を用いて連続的に重合することが好ましい。例えば、ジカルボン酸成分とジオール成分を、1基又は複数基のエステル化反応槽内で、エステル化反応触媒の存在下に、好ましくは150?280℃、より好ましくは180?265℃の温度、好ましくは6.67?133kPa、より好ましくは9.33?101kPaの圧力で、攪拌下に2?5時間でエステル化反応させ、得られたエステル化反応生成物であるオリゴマーを重縮合反応槽に移送し、1基又は複数基の重縮合反応槽内で、重縮合反応触媒の存在下に、好ましくは210?280℃、より好ましくは220?265℃の温度、好ましくは26.7kPa以下、より好ましくは20.0kPa以下の減圧下で、攪拌下に2?5時間で重縮合反応させることができる。重縮合反応により得られたポリブチレンテレフタレートは、重縮合反応槽の底部からポリマー抜き出しダイに移送してストランド状に抜き出し、水冷しながら又は水冷したのちに、ペレタイザーで切断してペレット状などの粒状体とすることが好ましい。本発明に用いるエステル化反応槽の型式に特に制限はなく、例えば、縦型攪拌完全混合槽、縦型熱対流式混合槽、塔型連続反応槽などを挙げることができる。エステル化反応槽は、1基とすることができ、あるいは、同種又は異種の複数基の槽を直列させた複数槽とすることもできる。本発明に用いる重縮合反応槽の型式に特に制限はなく、例えば、縦型攪拌重合槽、横型攪拌重合槽、薄膜蒸発式重合槽などを挙げることができる。重縮合反応槽は、1基とすることができ、あるいは、同種又は異種の複数基の槽を直列させた複数槽とすることもできる。」(段落【0013】)

(8)「図1は、本発明に用いるポリブチレンテレフタレートを製造する装置の一態様の工程系統図である。テレフタル酸、1,4-ブタンジオール及びエステル化反応触媒が、スラリー調製槽1に供給され、撹拌、混合されて、スラリーが調製される。調製されたスラリーは、連続的に第一エステル化反応槽2に移送され、エステル化反応によりオリゴマーとなる。なお、本図では、簡略化のために、ポンプ、精留塔、冷却バスなどの付帯設備は図示しない。オリゴマーは、第一エステル化反応槽から連続的に第二エステル化反応槽3に移送され、1,4-ブタンジオールが留去されて、より分子量の大きいオリゴマーとなる。第二エステル化反応槽のオリゴマーは、連続的に第一重縮合反応槽4に移送され、重縮合反応が進められてプレポリマーとなる。第一重縮合反応槽のプレポリマーは、連続的に第二重縮合反応槽5に移送され、さらに重縮合反応が進められて、所定の重合度を有するポリブチレンテレフタレートとなる。ポリブチレンテレフタレートは、第二重縮合反応槽の底部からダイに移送されてストランド状に抜き出され、ペレタイザー6で切断されてペレットとなる。」(段落【0014】)

(9)「本発明に用いるエステル化反応触媒に特に制限はなく、例えば、チタン化合物、錫化合物、マグネシウム化合物、カルシウム化合物などを挙げることができる。これらの中で、チタン化合物を特に好適に用いることができる。エステル化触媒として用いるチタン化合物としては、例えば、テトラメチルチタネート、テトライソプロピルチタネート、テトラブチルチタネートなどのチタンアルコラート、テトラフェニルチタネートなどのチタンフェノラートなどを挙げることができる。チタン化合物触媒の使用量は、例えば、テトラブチルチタネートの場合、ポリブチレンテレフタレートの理論収量に対して、チタン原子として30?300ppm(重量比)を用いることが好ましく、50?200ppm(重量比)を用いることがより好ましい。本発明に用いる重縮合反応触媒としては、新たな触媒の添加を行うことなく、エステル化反応時に添加したエステル化反応触媒を引き続いて重縮合反応触媒として用いることができ、あるいは、重縮合反応時に、エステル化反応時に添加したエステル化反応触媒と同じ又は異なる触媒をさらに添加することもできる。例えば、テトラブチルチタネートをさらに添加する場合、その使用量は、ポリブチレンテレフタレートの理論収量に対して、チタン原子として、300ppm(重量比)以下であることが好ましく、150ppm(重量比)以下であることがより好ましい。エステル化反応触媒と異なる重縮合反応触媒としては、例えば、三酸化二アンチモンなどのアンチモン化合物、二酸化ゲルマニウム、四酸化ゲルマニウムなどのゲルマニウム化合物などを挙げることができる。」(段落【0015】)

(10)「ポリブチレンテレフタレートの製造方法には、テレフタル酸ジメチルなどと、1,4-ブタンジオールとのエステル交換反応を経る方法と、テレフタル酸と1,4-ブタンジオールとの直接エステル化反応を経る方法がある。本発明においては、テレフタル酸と1,4-ブタンジオールを出発原料とする直接エステル化反応を用いることにより、原料コストを節減することができる。また、テレフタル酸と1,4-ブタンジオールを出発原料とする直接エステル化反応によれば、エステル交換反応を経る方法に比べて、降温結晶化温度が高いポリブチレンテレフタレートを容易に得ることができる。ポリブチレンテレフタレートの製造方法には、回分式反応と連続式反応がある。回分式反応は、エステル交換反応又はエステル化反応と重縮合反応を回分式で行う方法であり、連続式反応は、エステル化反応と重縮合反応を連続的に行う方法である。本発明においては、テレフタル酸と1,4-ブタンジオールを連続的に重合することにより、反応終了後の反応槽からの抜き出しの時間的経過に伴う分子量低下、末端カルボキシル基量の増加、残存テトラヒドロフラン量の増加が生ずることがなく、高品質のポリブチレンテレフタレートを容易に得ることができる。」(段落【0016】)

(11)「【実施例】以下に、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によりなんら限定されるものではない。なお、実施例及び比較例において、ポリブチレンテレフタレート及びポリブチレンテレフタレート樹脂組成物の評価は下記の方法により行った。
(1)末端カルボキシル基量
ポリブチレンテレフタレート0.1gをベンジルアルコール3mLに溶解し、水酸化ナトリウムの0.1モル/Lベンジルアルコール溶液を用いて滴定する。
(2)降温結晶化温度
示差走査熱量計[パーキンエルマー社、型式1B]を用い、ポリブチレンテレフタレートを昇温速度20℃/minで室温から300℃まで昇温したのち、降温速度20℃/minで80℃まで降温し、発熱ピークの温度を降温結晶化温度とする。
(3)残存テトラヒドロフラン量
ポリブチレンテレフタレートのペレット5gを水10gに浸漬し、加圧下に120℃で6時間処理し、水中に溶出したテトラヒドロフランをガスクロマトグラフィーにより定量する。」(段落【0023】)

(12)「実施例1
テレフタル酸1.0モルに対して1,4-ブタンジオール1.8モルの割合で両原料をスラリー調製槽に供給し、攪拌装置で混合して調製したスラリー2,976重量部(テレフタル酸9.06モル部、1,4-ブタンジオール16.31モル部)を、連続的にギヤポンプにより、温度230℃、圧力101kPaに調整した第一エステル化反応槽に移送するとともに、テトラブチルチタネート3.14重量部を供給し、滞留時間2時間で、攪拌下にエステル化反応させてオリゴマーを得た。第一エステル化反応槽から、オリゴマーを、温度240℃、圧力101kPaに調整した第二エステル化反応槽に移送し、滞留時間1時間で、撹拌下にエステル化反応をさらに進めた。第二エステル化反応槽から、オリゴマーを、温度250℃、圧力6.67kPaに調整した第一重縮合反応槽に移送し、滞留時間2時間で、攪拌下に重縮合反応させ、プレポリマーを得た。第一重縮合反応槽から、プレポリマーを、温度250℃、圧力133Paに調整した第二重縮合反応槽に移送し、滞留時間4時間で、攪拌下に重縮合反応をさらに進めて、ポリマーを得た。このポリマーを第二重縮合槽から抜き出してダイに移送し、ストランド状に引き出して、ペレタイザーで切断することにより、ペレット状のポリブチレンテレフタレートを得た。得られたポリブチレンテレフタレートの末端カルボキシル基量は25eq/tであり、降温結晶化温度は176℃であり、残存テトラヒドロフラン量は200ppm(重量比)であり、固有粘度は0.95dL/gであった。
・・・・・・
参考例1
第二重縮合反応槽における滞留時間を5時間とした以外は、実施例1と同様にして、ポリブチレンテレフタレートのペレットを製造し、評価を行った。」(段落【0024】)

(13)「比較例1
テレフタル酸ジメチル1.0モルに対して、1,4-ブタンジオール1.8モルの割合で、合計2,976重量部をエステル交換反応槽に供給し、テトラブチルチタネート3.14重量部を添加し、温度210℃、圧力101kPaで、3時間エステル交換反応させて、オリゴマーを得た。引き続いて、このオリゴマーを、重縮合反応槽に移送し、攪拌下に、温度250℃、圧力133Paで、4時間重縮合反応を進めてポリマーを得た。次いで、窒素圧をかけてストランド状に抜き出し、ペレタイザーで切断することにより、ペレット状のポリブチレンテレフタレートを得た。得られたポリブチレンテレフタレートの末端カルボキシル基量は50eq/tであり、降温結晶化温度は168℃であり、残存テトラヒドロフラン量は790ppm(重量比)であり、固有粘度は0.96dL/gであった。
・・・・・・
比較例2
重縮合反応槽での重縮合反応時間を5時間にした以外は、比較例1と同様にして、ポリブチレンテレフタレートのペレットを製造した。得られたポリブチレンテレフタレートの末端カルボキシル基量は55eq/tであり、降温結晶化温度は167℃であり、残存テトラヒドロフラン量は750ppm(重量比)であり、固有粘度は1.04dL/gであった。
・・・・・・
実施例1、3、5及び参考例1、2のポリブチレンテレフタレートの物性と樹脂組成物の配合組成を第1表に、樹脂組成物の評価結果を第2表に、比較例1?7のポリブチレンテレフタレートの物性と樹脂組成物の配合組成を第3表に、樹脂組成物の評価結果を第4表に示す。」(段落【0025】)

(14)「【表1】

」(段落【0026】第1表)

(15)「【表3】

」(段落【0028】第3表)

(16)「

」(図1)



第3 原査定の理由

原査定の理由とされた平成19年3月23日付け拒絶理由通知書に記載した理由1は以下のとおりである。

「(理由1)
この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。

請求項1には、末端カルボキシル基量が25eq/t以下であり、降温結晶化温度が175℃以上であり、残存テトラヒドロフラン量が300ppm以下であるポリブチレンテレフタレートが記載されているが、該ポリブチレンテレフタレートとして明細書中にその製造方法が具体的に記載されているのは実施例における末端カルボキシル基量が25eq/t、降温結晶化温度が176℃、残存テトラヒドロフラン量が200ppmであるもののみであり、それ以外の各物性値を有するポリブチレンテレフタレートを如何なる方法により製造し得るかについては全く具体的記載がない(各物性値と製造条件等との相関関係に関する記載がない)。また、本願明細書中には連続重合により製造することによって上記物性値を有するポリブチレンテレフタレートが得られるとしているものの、例えば先の拒絶理由通知書において引用文献3として提示した特開昭52-051495号公報に記載されたポリブチレンテレフタレートが、連続重合法により製造されているにも関わらず本願発明の範囲外の物性値を有するものとなっている点をみれば、任意の末端カルボキシル基量、降温結晶化温度及び残存テトラヒドロフラン量を有するポリブチレンテレフタレートを製造することは当業者であっても過度の試行錯誤を要するものと認められる。
よって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1及びこれを引用する請求項2?請求項6に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていない。」



第4 当審の判断

原査定の理由1は明細書の記載不備に関するものである。
ここで、特許法第36条第4項は、「前項第三号の発明の詳細な説明は、経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない。」と定めている。
これは、特許庁編「特許・実用新案 審査基準」第I部 第1章 3.2実施可能要件にも記載されているとおり、その発明の属する技術分野において研究開発(文献解析、実験、分析、製造等を含む)のための通常の技術的手段を用い、通常の創作能力を発揮できる者(以下、「当業者」という。)が、明細書及び図面に記載した事項と出願時の技術常識とに基づき、その発明を実施することができる程度に、発明の詳細な説明を記載しなければならない旨を意味するものと解される。
そこで、この点について以下に検討する。
本願発明1に係るポリブチレンテレフタレート樹脂組成物を構成する成分の1つであるポリブチレンテレフタレート(以下、「PBT」ということがある。)として、「末端カルボキシル基量が25eq/t以下」であって、「降温結晶化温度(示差走査熱量計で昇温速度20℃/minで室温から300℃まで昇温したのち、降温速度20℃/minで80℃まで降温したときの発熱ピークの温度)(以下、単に「降温結晶化温度」ということもある。)が175℃以上」であり、且つ、「残存テトラヒドロフラン量が300ppm(重量比)以下」であるとの要件(以下、「要件X」という。)を満足するポリブチレンテレフタレートを得ることに関し、本願明細書をみるに、上記第2 2.のとおりのことが記載されている。
以上の本願明細書の記載をふまえ、要件Xを満足するポリブチレンテレフタレートを得ることが、当業者に過度の試行錯誤を強いるものであるか否かについて判断する。

1.要件Xの定義等
前提として、末端カルボキシル基量の定義については、請求項1において特に規定されておらず、その具体的な測定評価としては、本願明細書の段落【0023】において、「ポリブチレンテレフタレート0.1gをベンジルアルコール3mLに溶解し、水酸化ナトリウムの0.1モル/Lベンジルアルコール溶液を用いて滴定する。」と記載されている(摘示(11))。
また、降温結晶化温度の定義については、請求項1において規定されており、さらにその具体的な測定評価としては、本願明細書の段落【0023】において、「示差走査熱量計[パーキンエルマー社、型式1B]を用い、昇温速度20℃/分で室温から300℃まで昇温したのち、降温速度20℃/minで80℃まで降温し、発熱ピークの温度を降温結晶化温度とする。」と記載されている(摘示(11))。
さらに、残存テトラヒドロフラン量の定義については、請求項1において特に規定されておらず、その具体的な測定評価としては、本願明細書の段落【0006】において、「ポリブチレンテレフタレート中の残存テトラヒドロフラン量は、樹脂ペレットを水に浸漬して120℃で6時間処理し、水中に溶出したテトラヒドロフラン量をガスクロマトグラフィーで定量することにより、求めることができる。」と記載されており(摘示(6))、本願明細書の段落【0023】において、「ポリブチレンテレフタレートのペレット5gを水10gに浸漬し、加圧下に120℃で6時間処理し、水中に溶出したテトラヒドロフランをガスクロマトグラフィーにより定量する。」と記載されている(摘示(11))。
そして、請求項1において、末端カルボキシル基量を25eq/t以下に限定した意味については、本願明細書の段落【0005】において、「ポリブチレンテレフタレートの末端カルボキシル基量を30eq/t以下とすることにより、ポリブチレンテレフタレート樹脂組成物の耐加水分解性を高めることができる。ポリブチレンテレフタレート中のカルボキシル基は、ポリブチレンテレフタレートの加水分解に対して自己触媒として作用するので、30eq/tを超える末端カルボキシル基が存在すると早期に加水分解が始まり、生成したカルボキシル基が自己触媒となって、連鎖的に加水分解が進行し、ポリブチレンテレフタレートの重合度が急速に低下するが、末端カルボキシル基量を30eq/t以下とすることにより、高温、高湿の条件においても、早期の加水分解を抑制することができる。」と記載されている(摘示(5))。
また、請求項1において、降温結晶化温度の値を175℃以上に限定した意味については、本願明細書の段落【0006】において、「降温結晶化温度は、結晶化速度と対応し、降温結晶化温度が高いほど結晶化速度が速い。降温結晶化温度が175℃以上であると、射出成形に際して冷却時間を短縮し、生産性を高めることができる。降温結晶化温度が175℃未満であると、射出成形に際して結晶化に時間がかかり、射出成形後の冷却時間を長くせざるを得なくなり、成形サイクルが伸びて生産性が低下するおそれがある。成形サイクルは、一定の成形条件下で射出成形を行い、成形片の離型の容易さ及び突き出しピン跡の有無により評価することができる。結晶化速度が遅くなるに従い、突き出しピンの跡が発生し、さらに遅くなると離型が不可能となる。」と記載されている(摘示(6))。
さらに、請求項1において、残存テトラヒドロフラン量を300ppm(重量比)以下に限定した意味については、本願明細書の段落【0006】において、「ポリブチレンテレフタレート中の残存テトラヒドロフラン量を300ppm(重量比)以下とすることにより、樹脂組成物の成型品を高温で使用してもテトラヒドロフランなどのガスの発生が少なく、電気的接点の腐食のおそれが少なく、リレー部品などの電気・電子部品に好適に使用することができる。ポリブチレンテレフタレート中の残存テトラヒドロフラン量が300ppm(重量比)を超えると、成形品を高温で使用した際のテトラヒドロフランなどのガスの発生が多くなり、金属の腐食を引き起こすおそれがある。」と記載されている(摘示(6))。

2.「発明の実施の形態」の記載について
まず、降温結晶化温度を制御する方法については、本願明細書の「発明の実施の形態」において特に記載されておらず、段落【0016】において、「また、テレフタル酸と1,4-ブタンジオールを出発原料とする直接エステル化反応によれば、エステル交換反応を経る方法に比べて、降温結晶化温度が高いポリブチレンテレフタレートを容易に得ることができる。」(摘示(10))と記載されているのみである。
また、末端カルボキシル基量及び残存テトラヒドロフラン量を制御する方法については、本願明細書の「発明の実施の形態」において特に記載されておらず、段落【0016】において、「本発明においては、テレフタル酸と1,4-ブタンジオールを連続的に重合することにより、反応終了後の反応槽からの抜き出しの時間的経過に伴う分子量低下、末端カルボキシル基量の増加、残存テトラヒドロフラン量の増加が生ずることがなく、高品質のポリブチレンテレフタレートを容易に得ることができる。」(摘示(10))と記載されているのみである。
そして、要件Xを満足するポリブチレンテレフタレートとして、段落【0004】において、「このようなポリブチレンテレフタレートは、テレフタル酸と1,4-ブタンジオールを連続的に重縮合することにより製造し得ることを見出し」(摘示(4))と記載されているのみである。
そうすると、「末端カルボキシル基量」、「降温結晶化温度」及び「残存テトラヒドロフラン量」について、要件Xの数値範囲に制御するための有意な記載がされているものということができない。
ところで、ポリブチレンテレフタレートには、テレフタル酸以外のジカルボン酸や1,4-ブタンジオール以外のジオールなどの共重合成分の種類やその共重合量並びにそれらの組み合わせ、分子量を含めて数多くの種類があり、それらを製造する際の該共重合成分の種類やその共重合量並びにそれらの組み合わせ、さらに、エステル交換反応工程あるいはエステル化反応工程の温度、圧力や時間、反応段数、使用する触媒の種類や使用量などの反応条件、重縮合反応工程の温度、圧力や時間、反応段数、使用する触媒の種類や使用量などの反応条件、連続式か回分式かという違い、あるいは製造後の後処理・後変性などの各種要素が相違することによって、得られるポリブチレンテレフタレートが有する「末端カルボキシル基量」、「降温結晶化温度」及び「残存テトラヒドロフラン量」は、何れも大きく影響を受けるものと認められ、しかも、それらの製造原料や製造条件の違いによって、得られるポリブチレンテレフタレートの「末端カルボキシル基量」、「降温結晶化温度」及び「残存テトラヒドロフラン量」の各値が相互に複合的に関連して影響を受けることになると認められる。
そうすると、本願明細書の「発明の実施の形態」における記載をもってしては、要件Xを満足してなるポリブチレンテレフタレートにおいて、具体的にどの様にすれば、要件Xを満足するポリブチレンテレフタレートが得られるのかが明らかであるということはできない。
仮に、要件Xを満足するための要素が、本願明細書の段落【0004】及び【0016】の記載から、「テレフタル酸と1,4-ブタンジオールを出発原料とする直接エステル化反応」により、「テレフタル酸と1,4-ブタンジオールを連続的に重合する」方法を採用したものであるとしても、「テレフタル酸と1,4-ブタンジオールを出発原料とする直接エステル化反応」により「連続的に重合」してなるポリブチレンテレフタレートとしては、テレフタル酸以外のジカルボン酸や1,4-ブタンジオール以外のジオールなどの共重合成分の種類やその共重合量並びにそれらの組み合わせ、エステル化反応工程の温度、圧力や時間、反応段数、使用する触媒の種類や使用量などの反応条件、重縮合反応工程の温度、圧力や時間、反応段数、使用する触媒の種類や使用量などの反応条件、あるいは製造後の後処理・後変性などの各種要素が相違することによって、得られるポリブチレンテレフタレートが有する「末端カルボキシル基量」、「降温結晶化温度」及び「残存テトラヒドロフラン量」は、何れも大きく影響を受けるものと認められ、しかも、それらの製造原料や製造条件の違いによって、得られるポリブチレンテレフタレートの「末端カルボキシル基量」、「降温結晶化温度」及び「残存テトラヒドロフラン量」の各値が相互に複合的に関連して影響を受けることになると認められる。
してみると、単に「テレフタル酸と1,4-ブタンジオールを出発原料とする直接エステル化反応」により「連続的に重合」しさえすれば、必然的に、要件Xを満足するポリブチレンテレフタレートが得られるものとすることはできないから、斯かる記載をもってしては、「テレフタル酸と1,4-ブタンジオールを出発原料とする直接エステル化反応」により「連続的に重合」する際に、具体的にどの様にすれば、要件Xを満足するポリブチレンテレフタレートが得られるのかが明らかであるということはできない。
以上のことから、本願明細書の「発明の実施の形態」の記載を参照するだけでは、要件Xを制御する要素が、具体的にどのようなものであるのか、例えばポリブチレンテレフタレートを製造する際のどのような条件であるのか不明であるから、それらを具体的にどのような原料あるいは製造条件をもって、あるいはそれらを組み合わせて用いて製造した場合に、得られるポリブチレンテレフタレートの「末端カルボキシル基量」、「降温結晶化温度」及び「残存テトラヒドロフラン量」の各値を、要件Xに規定する所定の数値範囲内に制御することができるのか、不明であるといわざるを得ない。

3.実施例の記載について
そこで、さらに、本願明細書の実施例の記載を手がかりとして、要件Xを満足するポリブチレンテレフタレートを得ることが、当業者に過度の試行錯誤を強いるものであるか否かについて検討する。
実施例1においては、「テレフタル酸1.0モルに対して1,4-ブタンジオール1.8モルの割合で両原料をスラリー調製槽に供給し、攪拌装置で混合して調製したスラリー2,976重量部(テレフタル酸9.06モル部、1,4-ブタンジオール16.31モル部)を、連続的にギヤポンプにより、温度230℃、圧力101kPaに調整した第一エステル化反応槽に移送するとともに、テトラブチルチタネート3.14重量部を供給し、滞留時間2時間で、攪拌下にエステル化反応させてオリゴマーを得た。第一エステル化反応槽から、オリゴマーを、温度240℃、圧力101kPaに調整した第二エステル化反応槽に移送し、滞留時間1時間で、撹拌下にエステル化反応をさらに進めた。第二エステル化反応槽から、オリゴマーを、温度250℃、圧力6.67kPaに調整した第一重縮合反応槽に移送し、滞留時間2時間で、攪拌下に重縮合反応させ、プレポリマーを得た。第一重縮合反応槽から、プレポリマーを、温度250℃、圧力133Paに調整した第二重縮合反応槽に移送し、滞留時間4時間で、攪拌下に重縮合反応をさらに進めて、ポリマーを得た。このポリマーを第二重縮合槽から抜き出してダイに移送し、ストランド状に引き出して、ペレタイザーで切断することにより、ペレット状のポリブチレンテレフタレートを得た。」と記載されており(摘示(12))、「得られたポリブチレンテレフタレートの末端カルボキシル基量は25eq/tであり、降温結晶化温度は176℃であり、残存テトラヒドロフラン量は200ppm(重量比)であり、固有粘度は0.95dL/gであった」ことが記載されている(摘示(12))とおりであって、製造されたポリブチレンテレフタレートは、要件Xを満足するものである。
一方、参考例1においては、「第二重縮合反応槽における滞留時間を5時間とした以外は、実施例1と同様にして、ポリブチレンテレフタレートのペレットを製造し」と記載されており(摘示(12))、第1表(摘示(14))の記載から、得られたポリブチレンテレフタレート樹脂は、「末端カルボキシル基量は28eq/tであり、降温結晶化温度は175℃であり、残存テトラヒドロフラン量は180ppm(重量比)」であり、要件Xを満足しないものである。
また、比較例1においては、「テレフタル酸ジメチル1.0モルに対して、1,4-ブタンジオール1.8モルの割合で、合計2,976重量部をエステル交換反応槽に供給し、テトラブチルチタネート3.14重量部を添加し、温度210℃、圧力101kPaで、3時間エステル交換反応させて、オリゴマーを得た。引き続いて、このオリゴマーを、重縮合反応槽に移送し、攪拌下に、温度250℃、圧力133Paで、4時間重縮合反応を進めてポリマーを得た。次いで、窒素圧をかけてストランド状に抜き出し、ペレタイザーで切断することにより、ペレット状のポリブチレンテレフタレートを得た。」と記載されており(摘示(13))、得られたポリブチレンテレフタレート樹脂は、「得られたポリブチレンテレフタレートの末端カルボキシル基量は50eq/tであり、降温結晶化温度は168℃であり、残存テトラヒドロフラン量は790ppm(重量比)であり、固有粘度は0.96dL/gであった」ことが記載されている(摘示(13))とおりであって、要件Xを満足しないものである。
また、比較例2においては、「重縮合反応槽での重縮合反応時間を5時間にした以外は、比較例1と同様にして、ポリブチレンテレフタレートのペレットを製造した。」と記載されており(摘示(13))、「得られたポリブチレンテレフタレートの末端カルボキシル基量は55eq/tであり、降温結晶化温度は167℃であり、残存テトラヒドロフラン量は750ppm(重量比)であり、固有粘度は1.04dL/gであった」ことが記載されている(摘示(13))とおりであって、要件Xを満足しないものである。
ここで、要件Xを満足するポリブチレンテレフタレートとして、実施例において記載されているのは、実施例1において得られたポリブチレンテレフタレートのただ1つのみであって、また要件Xを満足しないポリブチレンテレフタレートとしては、参考例1において得られたポリブチレンテレフタレート、比較例1において得られたポリブチレンテレフタレート及び比較例2において得られたポリブチレンテレフタレートの3つのみである。
しかるに、この要件Xを満足するポリブチレンテレフタレートと要件Xを満足しないポリブチレンテレフタレートとを比較すると、比較例1及び比較例2との比較においては、連続式反応により製造したか回分式反応により製造したかという点で相違するものであるが、上記のとおり、連続式反応により製造したポリブチレンテレフタレートであれば、必ず要件Xを満足するものであるということはできないから、両者を単純に比較しただけでは、実施例1において要件Xを満足している理由や比較例1及び比較例2において要件Xを満足していない理由が、ポリブチレンテレフタレートを製造するに際してのどのような製造条件等の要素によるものであるのかという点については明らかとはいえない。
次に、参考例との比較においては、実施例1において得られたポリブチレンテレフタレートと参考例1において得られたポリブチレンテレフタレートとは、同一の装置を用いて、同一の原料の種類及び量を用いて、同一の触媒の種類及び量を用いて、連続的に重合を行ったものであって、第一エステル化反応槽、第二エステル化反応槽及び第一重縮合反応槽の各反応温度、各反応時間、各滞留時間などの全ての反応条件を同じとして製造されたものであって、第二重縮合反応槽の滞留時間のみ相違する条件によって製造されたものである。
そこで、これら2例の数値から、実施例1に記載されたとおりのポリブチレンテレフタレートの製造条件の下で、第二重縮合反応槽の滞留時間と末端カルボキシル基量、降温結晶化温度、残存テトラヒドロフラン量及び固有粘度の変化の動向を分析すると、第二重縮合反応槽の滞留時間が、4時間から5時間に増大することに伴って、当然ながら固有粘度が0.95dl/gから1.05dl/gに増大するとともに、(1)末端カルボキシル基量が25eq/tから28eq/tに増大すること、(2)降温結晶化温度が176℃から175℃に、及び、残存テトラヒドロフラン量が200ppm(重量比)から180ppm(重量比)に、ともに低下すること、が認められる。
以上に照らせば、実施例1に記載されたとおりのポリブチレンテレフタレートの製造条件の下であれば、第二重縮合反応槽の滞留時間を1つの具体的な要素として、それを4時間から5時間の間で変化させることで、末端カルボキシル基量、降温結晶化温度及び残存テトラヒドロフラン量を変化させることができることについては理解できるものの、実施例1(第二重縮合反応槽の滞留時間が4時間)においては、末端カルボキシル基量が要件Xで規定する上限値の25eq/tであることから、この製造条件下で第二重縮合反応槽の滞留時間を4時間から5時間の間で変化させた場合であっても、要件Xを満足するポリブチレンテレフタレートが得られるのは、実施例1(第二重縮合反応槽の滞留時間が4時間)の1点のみであるし、そもそも、第二重縮合反応槽の滞留時間という要素自体、特定の連続重合反応の場合に限られるものであることから、この結果をもってして、ポリブチレンテレフタレートの製造原料や製造条件が相違する場合をも含めて、その具体的な製造原料や製造条件の変化に応じて、製造されるポリブチレンテレフタレートの末端カルボキシル基量、降温結晶化温度及び残存テトラヒドロフラン量の各値を予測することは困難であるといわざるを得ない。
結局、ポリブチレンテレフタレートの末端カルボキシル基量、降温結晶化温度及び残存テトラヒドロフラン量の各値を制御して、要件Xを満足させるためには、具体的にどの様な要素をどの様に設定すれば良いのかという点について、実施例並びに参考例及び比較例からだけでは、依然として不明であるといわざるを得ない。
なお、本願明細書の実施例1と全く同じ製造方法及び条件により製造することに依れば、「末端カルボキシル基量は25eq/tであり、降温結晶化温度は176℃であり、残存テトラヒドロフラン量は200ppm(重量比)」を有し、要件Xを満足するポリブチレンテレフタレートを得ることについては、当業者が容易に実施することが可能であるといえるとしても、上記のとおり、ポリブチレンテレフタレートの原料やそれらの組み合わせ、製造方法やその条件などによって、得られるポリブチレンテレフタレートの「末端カルボキシル基量」、「降温結晶化温度」及び「残存テトラヒドロフラン量」は、何れも大きく影響を受けるものと認められ、しかも、それらの製造原料や製造条件の違いによって、得られるポリブチレンテレフタレートの「末端カルボキシル基量」、「降温結晶化温度」及び「残存テトラヒドロフラン量」の各値が相互に複合的に関連して影響を受けることになると認められる以上、このようなただ1点の実施をもって、要件Xによって表される「末端カルボキシル基量」、「降温結晶化温度」及び「残存テトラヒドロフラン量」の各数値範囲全体の実施が可能であるとは、到底評価することができない。
してみると、本願明細書の実施例並びに参考例及び比較例を手がかりとしても、要件Xを満たすか否かを知るためには、候補ポリブチレンテレフタレートを作成し、製造されたポリブチレンテレフタレートにつき、本願明細書の段落【0023】に記載されたとおり、候補ポリブチレンテレフタレート樹脂に対し、逐一、水酸化ナトリウム溶液を用いた滴定により末端カルボキシル基量を測定し、示差走査熱量計を用い、示差走査熱量計で昇温速度20℃/minで室温から300℃まで昇温したのち、降温速度20℃/minで80℃まで降温したときの発熱ピークの温度である降温結晶化温度を測定し、ポリブチレンテレフタレートのペレットを水に浸漬し、加圧下に120℃で6時間処理し、水中に溶出したテトラヒドロフランをガスクロマトグラフィーにより定量することにより残存テトラヒドロフラン量を測定し、その結果得られたデータに基いて判断する外はないのであって、斯かる候補ポリブチレンテレフタレートとして、テレフタル酸以外のジカルボン酸や1,4-ブタンジオール以外のジオールなどの共重合成分の種類やその共重合量並びにそれらの組み合わせ、さらに、エステル交換反応工程あるいはエステル化反応工程の温度、圧力や時間、反応段数、使用する触媒の種類や使用量などの反応条件、重縮合反応工程の温度、圧力や時間、反応段数、使用する触媒の種類や使用量などの反応条件、連続式か回分式かという違い、あるいは製造後の後処理・後変性などの各種要素を種々変更しかつそれらを組み合わせて製造してなる各種候補ポリブチレンテレフタレートについて、上記した試験を逐一繰り返し、その結果において要件Xを満たしているか否かを確認する操作を、候補ポリブチレンテレフタレートを種々変更しつつ繰り返さなければならないから、このような試験操作は当業者に過度の試行錯誤を要求するものといわざるを得ない。
そうすると、要件Xを満足するポリブチレンテレフタレートを得ることが当業者に過度の試行錯誤を強いるものであることから、要件Xを満足するポリブチレンテレフタレートを組成物の1成分として含有してなるポリブチレンテレフタレート樹脂組成物を得ることもまた当業者に過度の試行錯誤を強いるものであることは明らかである。

4.まとめ
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、本願出願時の技術常識を参酌しても、当業者が請求項1に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものということはできない。
また、請求項2?6に係る発明は、直接的あるいは間接的に請求項1を引用してなるものであるから、これらについても本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が請求項2?6に係る発明を容易に実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものということもできない。
してみれば、本願明細書の発明の詳細な説明の記載からでは、請求項1並びに同請求項を直接的又は間接的に引用する請求項2?6に係るポリブチレンテレフタレートをどのようにして製造し得るのかが明らかではなく、同発明の詳細な説明は、本願請求項1?6について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないから、本願は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。



第5 請求人の主張の検討

1.平成19年5月24日に提出された意見書について

(1)請求人は、PBTの製造における個々の条件と本願の請求項1で規定する物性値との関係は、本願出願前より数多く報告され、本願出願前に当業者にとっては良く知られている事項であると主張し、(c-1)末端カルボキシル基含量については、特開平10-95843号公報を挙げて、「ポリエステルの熱分解を促進させることなく、速い反応速度で反応させることで、反応槽における反応物の滞留時間をできるだけ短縮させてポリエステルを製造すること」により、実際、実施例1では末端カルボキシル基含量「6eq/T」のPBTを得ており、(c-2)降温結晶化温度については、「結晶核」の量に依存するものであり、チタン触媒の失活による異物(チタンの失活量)に起因するものであり、有機チタン化合物の添加量に関係した物性であることが理解され、(c-3)残存テトラヒドロフラン(THF)量については、特開平10-330469号公報を挙げて、「酸成分とグリコール成分の比は、テトラヒドロフランの副生などの副反応を抑制するために、グリコール成分の酸成分に対するモル比(P)が1.1?1.6である必要がある。」と記載されているから、本願の請求項1で規定する範囲内の物性値を有する幾つかの種類のPBTについては、若干の試行錯誤を要するにしても、本願の実施例および比較例に記載のPBTをも参考にし、当業者ならば製造し得ない筈はないものと主張している。
しかしながら、ポリブチレンテレフタレートを製造するに際し、「末端カルボキシル基含量」、「降温結晶化温度」及び「残存テトラヒドロフラン量」について、本願明細書の記載をもってしては、上記したとおり、それらの各物性値を制御するために、具体的にどのような要素をどのようにすれば良いのか不明であるし、しかも、それらの相互に複合的に関連して影響を受ける3つの物性を同時に制御して、その結果として要件Xに規定する各数値範囲の値を満足させるためには、具体的にどのようにして実施すれば良いのか、依然として不明であるといわざるを得ない。
そして、「末端カルボキシル基含量」、「降温結晶化温度」及び「残存テトラヒドロフラン量」を制御するものに関して、請求人が主張する各要素は、本願明細書に一切記載されていない事項であって、本願明細書の記載に基かない主張であるし、しかも、請求人の挙げる証拠は、各々ただ1件の公開特許公報にすぎないから、斯かる証拠をもってしては、それらの事項が、本願出願時における技術常識であるとすることもできない。
たとえ、それら3つの物性を制御する各要素が、請求人の主張のとおりであったとしても、本願明細書の実施例1及び参考例1以外の場合にも、特に、「降温結晶化温度」については、チタン化合物の添加量の調節のみによって、当該降温結晶化温度が、実際に「175℃以上」であるものまでを製造することができるとする何らの証拠や根拠も見あたらない。
さらに、それら3つの物性の各々の値が、請求人の主張する各要素を変更することにより変化するものであることが事実であったとしても、それら3つの物性の各々の数値変化に影響を与える要素としては、請求人が主張する各要素だけに限られるものと認めることはできず、上記した製造原料や製造条件などという他の様々な要素を変更した場合にも、それら3つの物性が各々変化するものと認められるのであるから、上記した製造原料や製造条件などという他の様々な要素を変更したとしても、その変更に拘わらず、請求人が主張する各要素を変更するだけで、それら3つの物性を制御することができるとは、到底いうことはできない。
加えて、それら3つの物性の各々の値が、請求人の主張する各要素を変更することにより変化するものであることが事実であったとしても、請求人の主張する各要素のうち何れか1つを変更することによって、請求人が制御できるとする1つの物性だけでなく、それ以外の物性も影響を受けることとなり、その結果、当該1つの物性の値の変化のみに留まらず、他の物性値も併せて様々に変化することとなるものと認められるから、それら3つの物性を制御して、結果において要件Xを満足させるようにすることは、依然として当業者に過度の試行錯誤を要求するものといわざるを得ない。

(2)また、請求人は、本願明細書の実施例1?3の記載に基づいて追試すれば、過度の試行錯誤を用いないで、上記領域の3項目の物性の組成物を再現できることは明白であり、そして、この実施例の条件を、前記技術的知識に基づき、少し調整する程度のことは、過度の試行錯誤を行わないでも十分に当業者が達成可能な実施態様であり、末端カルボキシル基量は、上限値の25eq/tが実施例で示されており、降温結晶化温度に関しても、175℃の下限値に対して、176℃の事例が示されていることは、特許法第36条第4項の要件を充足していることは明らかであって、これらの物性値を少し変化させるには、実施例に詳細に開示されている製造条件を前記技術的知識に基づいて変更すれば決して過度の試行錯誤を伴わないで実施可能な物性値であるから、本願実施例1?3の開示によって、本願発明1を十分に追試できるとも主張している。
しかしながら、本願明細書の実施例1と全く同じ製造方法及び条件により製造することに依って、要件Xを満足するポリブチレンテレフタレートを得ることについて、当業者が容易に実施することが可能であるといえるとしても、そのことをもってして、要件Xによって表される「末端カルボキシル基量」、「降温結晶化温度」及び「残存テトラヒドロフラン量」の各数値範囲全体の実施が可能であるといえないことは、上記のとおりであるし、請求人のいう「例えば製造条件の一部を変更したときに、当該限界値から外れたときは、その条件を反対側に変更すれば、常識的には、当該限界値の内側に変化させることができるはず」とする根拠も不明であるし、当該実施例の条件として具体的に何の条件をどの様に調整すれば結果において当該3項目の物性値がどの様に変化するのかについても依然として不明であるといわざるを得ない。

2.平成19年10月24日に提出された審判請求書の手続補正書(方式)について

(1)請求人は、実施可能性に関する基本的論議として、本願明細書の実施例を正確に追試すれば、必ず、本願発明1の物性値を有するポリブチレンテレフタレートの製造は実施でき、試行錯誤は全く不要であり、さらに、実施例1と参考例1との対比によって、製造条件の滞留時間を延長することによって、降温結晶化温度が176℃から175℃まで低下することが示唆されていることから、滞留時間を2時間(「4時間」の誤記と認める。)から1時間に短縮すれば、降温結晶化温度が上昇し、要件Xを満足するポリブチレンテレフタレートが得られるものと認定することができるから、本願明細書の記載は、本願発明を当業者が実施するために、明確かつ十分な記載があると主張している。
しかしながら、本願明細書の実施例1と全く同じ製造方法及び条件により製造することに依って、要件Xを満足するポリブチレンテレフタレートを得ることについて、当業者が容易に実施することが可能であるといえるとしても、そのことをもってして、要件Xによって表される「末端カルボキシル基量」、「降温結晶化温度」及び「残存テトラヒドロフラン量」の各数値範囲全体の実施が可能であるといえないことは、上記のとおりである。
さらに、本願明細書の実施例1と参考例1との対比によって、第二重縮合反応槽での滞留時間を4時間から5時間に延長することによって、降温結晶化温度が176℃から175℃まで低下していることが事実であったとしても、そのことをもって、逆に滞留時間を4時間から1時間に短縮すれば、必ず、降温結晶化温度も逆に上昇するということはできないし、たとえ降温結晶化温度が上昇するとしても、本願明細書の段落【0006】において、「固有粘度が0.5dL/g未満であると、樹脂組成物の成形品の機械的強度が不十分となるおそれがある。」と記載されているとおり、得られるポリブチレンテレフタレートの固有粘度を考慮すれば、第二重縮合反応槽での滞留時間をむやみに短縮することができないことは明らかである。
また、仮に、「末端カルボキシル基量が20?25eq/t」及び「残存テトラヒドロフラン量が180?200ppm(重量比)」を製造原料の種類と仕込み比率によって制御することができることが事実であったとしても、そもそも降温結晶化温度を175℃以上にするための具体的な製造条件などの要素が上記のとおり不明である以上、要件Xによって表される「末端カルボキシル基量」、「降温結晶化温度」及び「残存テトラヒドロフラン量」の各数値範囲全体の実施が可能であるとは、到底いうことができない。

(2)さらに、請求人は、「審査手続きにおいては、実施例で示されたベストモードの3項目の物性値の数値を特許請求の範囲の範囲内で、ベストモードから外れた数値に増減する『制御可能性』を特許法第36条第4項の実施可能性の要件としており、しかも、たとえその数値の制御が可能であっても、『過度の試行錯誤を伴わないこと』をさらに要件としているが、このような二つの要件を特許法第36条第4項の要件とする条文上の根拠はどこにもない」と主張している。
しかしながら、特許法第36条第4項においては、「前項第三号の発明の詳細な説明は、経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない。」と定めており、「制御可能性」及び「過度の試行錯誤を伴わないこと」との要件は明記されていないものの、上記のとおり、特許庁編「特許・実用新案 審査基準」第I部 第1章 3.2実施可能要件においても、「(1)その発明の属する技術分野において研究開発(文献解析、実験、分析、製造等を含む)のための通常の技術的手段を用い、通常の創作能力を発揮できる者(当業者)が、明細書及び図面に記載した事項と出願時の技術常識とに基づき、その発明を実施することができる程度に、発明の詳細な説明を記載しなければならない旨を意味する(「実施可能要件」という)。
(2)したがって、明細書及び図面に記載された発明の実施についての教示と出願時の技術常識とに基づいて、当業者が発明を実施しようとした場合に、どのように実施するかが理解できないとき(例えば、どのように実施するかを発見するために、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要があるとき)には、当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されていないこととなる。」と記載されており、またその様に運用がなされているところであるから、斯かる請求人の主張は採用することができない。

(3)また、請求人は、本願発明のポリブチレンテレフタレートの3項目の物性値の「制御可能性」について、当業者が、「末端カルボキシル基量」及び「残存テトラヒドロフラン量」に関しては、本願実施例記載の製造方法の製造条件及び仕込み原料の選択、分子量の変更によって、これらの物性値を簡単に制御できることは自明であり、残る「降温結晶化温度」は高分子の物性値としては特殊な部類の物性値に属するものの、この物性値に関しても、他の二つの物性と同様に、直接、本願明細書によって制御できることが示されていると主張している。
しかしながら、「末端カルボキシル基量」及び「残存テトラヒドロフラン量」の制御可能性については、上記のとおり、請求人が主張する各要素は、本願明細書に一切記載されていない事項であって、本願明細書の記載に基かない主張であるし、それらの事項が、本願出願時における技術常識であるとすることもできない。
たとえ、それら2つの物性を制御する各要素が、請求人の主張のとおりであったとしても、本願明細書の実施例1及び参考例1以外の場合にも、特に、「降温結晶化温度」については、第二重縮合反応槽での滞留時間の調節のみによって、当該降温結晶化温度が、実際に「175℃以上」であるものまでを製造することができるとする何らの証拠や根拠も見あたらない。
したがって、斯かる主張をもってして、要件Xによって表される「末端カルボキシル基量」、「降温結晶化温度」及び「残存テトラヒドロフラン量」の各数値範囲全体の実施が可能であるといえないことは、上記のとおりである。

(4)請求人は、公知文献(特開平10-330469号公報)の降温結晶化温度における制御の知識を、実施例1及び実施例3の降温結晶化温度が175℃以上のポリブチレンテレフタレートに適用すると、175℃以上の温度範囲で降温結晶化温度を10℃程度の温度間隔で制御できるものであって、本願発明1における3つの物性値も広範な範囲に該当しないから、本願発明1の3つの物性値の範囲は、本願明細書の実施例の記載及び公知文献記載の常識的知識に基き当業者が制御できる数値範囲であると主張している。
しかしながら、当該公知文献をもってして、本願出願時における技術常識であるということができないことは上記したとおりであって、そもそも、当該公知文献は、降温結晶化温度が175℃以上のものではない。
仮に、本願明細書の実施例1または実施例3において当該公知文献の降温結晶化温度における制御の知識を適用したとしても、本願発明1における「降温結晶化温度175℃以上」を満足することができるとする何らの証拠や根拠も見あたらないし、たとえ、そのことが可能であることが事実であるとしても、そもそも、上記のとおり、それら3つの物性の各々の数値変化に影響を与える要素としては、請求人が主張する各要素だけに限られるものと認めることはできず、上記した製造原料や製造条件などという他の様々な要素を変更した場合にも、それら3つの物性が各々変化するものと認められるのであるから、請求人が主張する要素を変更するだけで、それら3つの物性を制御することができるとは、到底いうことはできないし、請求人の主張する各要素のうち何れか1つを変更することによって、請求人が制御できるとする1つの物性だけでなく、それ以外の物性も影響を受けることとなり、その結果、当該1つの物性の値の変化のみに留まらず、他の物性値も併せて様々に変化することとなるものと認められる。
したがって、本願発明1の3つの物性値の範囲が、たとえ広範な範囲に該当しないものであったとしても、それら3つの物性を制御して、結果において要件Xを満足させるようにすることは、依然として当業者に過度の試行錯誤を要求するものといわざるを得ない。

(5)請求人は、過度の試行錯誤とは、何回の試行錯誤であるのかを特定しない限り要件の成立の有無を判定できないとし、化学の研究開発には、理論的に結果を完全に推測することはできないことが多く、必然的に試行錯誤を伴うものであり、現実の産業界の試行錯誤の研究開発の現状を考慮すると、実施不可能な程度の試行錯誤の回数は、少なくとも100回以上であると考えるのが常識的であると主張している。
しかしながら、過度の試行錯誤において試行錯誤の回数が問題となるのではないし、その回数を個別の案件に依らずに一律に決定できるものでもないことは明らかである。
そして、過度の試行錯誤でいうところの「試行錯誤」とは、特許法第36条第4項でいうところの「当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない」ことを満たすための要件である「過度の試行錯誤を伴わないこと」に由来し、当該「試行錯誤」は、当業者がその実施をすることができる程度のものであれば足り、その程度を超えるものを過度の試行錯誤といっているのであるから、当該「試行錯誤」と化学の研究開発における試行錯誤とは、そもそも土俵を異にするものであるといわざるを得ず、過度の試行錯誤の回数を化学の研究開発の試行錯誤の回数をもって論じる請求人の主張は、その前提において誤りであるといわざるを得ない。

(6)また、請求人は、既に、過度の試行錯誤を伴わないで、物性値の制御可能なポリブチレンテレフタレートの実施可能性は明白に成立していると主張しているが、たとえ、本願明細書の実施例に接した当業者が、実施例と同様の製造方法及び製造条件により、さらに、第二重縮合反応槽での滞留時間の調節により、過度の試行錯誤を伴わないで、3つの物性値の制御可能なポリブチレンテレフタレートを実施することが可能であったとしても、そのことをもってして、要件Xによって表される「末端カルボキシル基量」、「降温結晶化温度」及び「残存テトラヒドロフラン量」の各数値範囲全体の実施が可能であるといえないことは、上記のとおりである。
さらに、請求人は、当該実施例の記載を見た高分子化学の知識を有する当業者が当該実施例1及び3の製造方法の滞留時間以外の条件を多少変更して製造実験を行えば、100回以下の実験で、当該物性値の種々に相違するポリブチレンテレフタレートを得ることができ、その製造方法と物性値を対比すれば、物性値の数値を増減する滞留時間以外の条件による物性値の制御手法を発見できることは明らかであるとも主張しているが、滞留時間以外の条件として、具体的にどの条件であるのか、さらに、その条件をどの様にすれば良いのかについては、一切不明であるし、しかも、それを発見できるとする根拠も不明といわざるを得ない。
そして、上記のとおり、滞留時間以外の条件としては、多種多様のものが存在すると認められる以上、それら3つの物性を制御して、結果において要件Xを満足させるようにするためには、これらの各要素や条件を変更して、さらには、それらの要素や条件の中から2つ以上のものの組み合わせを選択して、それらの値を逐一変更したものについて、試行錯誤を繰り返さざるを得ず、依然として当業者に過度の試行錯誤を要求するものといわざるを得ない。

(7)請求人は、後願の特許第3911251号公報を引用し、この公報には、種々の物性値を有するポリブチレンテレフタレートの製造方法が詳細に開示されていると主張しているが、そもそも、この公報は請求人も認めるとおり、本願出願時公知の文献ではないし、しかも本願よりも後願のものであることから、この公報の存在をもってして、斯かる関係が公知文献に十分に記載されて当業者にとっては良く知られている事項であるとは到底いうことはできず、斯かる主張は前提において誤りである。



第6 むすび

以上のとおり、本願は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないから、特許を受けることができないものである。
よって結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-09-02 
結審通知日 2009-09-07 
審決日 2009-09-28 
出願番号 特願2002-37026(P2002-37026)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (C08L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 藤本 保  
特許庁審判長 一色 由美子
特許庁審判官 亀ヶ谷 明久
小野寺 務
発明の名称 ポリブチレンテレフタレート樹脂組成物及び成形品  
代理人 内山 充  

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