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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 F16D
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16D
管理番号 1207176
審判番号 不服2008-31299  
総通号数 121 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-01-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-12-11 
確定日 2009-11-12 
事件の表示 特願2006-235757「クラッチの発熱量推定装置」拒絶査定不服審判事件〔平成20年 3月13日出願公開、特開2008- 57670〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成18年8月31日の出願であって、平成20年10月29日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成20年12月11日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに、平成20年12月18日付けで手続補正がなされたものである。

2.平成20年12月18日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成20年12月18日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。
[理由]
(1)本件補正後の本願発明
本件補正により、特許請求の範囲は、
「【請求項1】
二輪車に配設された多板手動タイプの摩擦クラッチの発熱量を推定するためのクラッチの発熱量推定装置であって、
二輪車のエンジンから前記摩擦クラッチまでの間の入力系に配設されて当該入力系の回転数に関するパラメータを得る入力側センサの検出値と、当該摩擦クラッチから車輪までの間の出力系に配設されて当該出力系の回転数に関するパラメータを得る出力側センサの検出値とから当該摩擦クラッチの回転差を算出するとともに、他のセンサによる検出値から軸トルクを算出し、その算出された回転差と軸トルクとの積から摩擦クラッチの発熱量を推定する推定手段と、
該推定手段により推定された摩擦クラッチの発熱量に基づき、当該摩擦クラッチが設定値より高温になったか否かを判定する判定手段と、
前記判定手段により摩擦クラッチが設定値より高温となったと判定されたことを条件として、エンジンの出力トルクを低下させることにより前記摩擦クラッチの軸トルクを低下させるよう制御し得る制御手段と、
を具備したことを特徴とするクラッチの発熱量推定装置。
【請求項2】
前記判定手段は、クラッチ発熱量が一定のとき時間経過に伴って収束する到達温度に基づき、摩擦クラッチの温度を推定し、その推定温度により高温になったか否かを判定することを特徴とする請求項1記載のクラッチの発熱量推定装置。
【請求項3】
前記判定手段により摩擦クラッチが設定値より高温となったと判定されたことを条件として、警告手段により運転者に対して警告し得ることを特徴とする請求項1又は請求項2記載のクラッチの発熱量推定装置。
【請求項4】
前記判定手段により摩擦クラッチが設定値より高温となったと判定されたことを条件として、記憶手段により当該判定を記憶することを特徴とする請求項1?請求項3の何れか1つに記載のクラッチの発熱量推定装置。」に補正された。
上記補正は、請求項1についてみると、本件補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「車両」を「二輪車」に減縮するとともに、同じく「摩擦クラッチ」を「多板手動タイプの摩擦クラッチ」に減縮するものであって、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明1」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。
(2)引用例
(2-1)引用例1
特開平8-230503号公報(以下、「引用例1」という。)には、下記の事項が図面とともに記載されている。
(あ)「【0006】
【発明が解決しようとする課題】本発明の課題は、トルク伝達系の制御装置および制御方法において、トルク伝達系の磨耗および/または熱負荷の大きくなった作動状態が検出され、および/または算出されて、保護措置が導入されるように構成することにある。そしてその際に、車両殊にドライブトレーンのダイナミック特性が形成され、ないしは以下のようにして制御されるように構成することにある。すなわち、いかなる状況であっても車両が依然として走行可能であるように制御し、および/または、トルク伝達系の磨耗および/または熱負荷の大きい動作状態の期間が限界値を超えているかまたは、目下の状態が保持されたままであると限界値を超えることになり、したがってたとえばクラッチの損傷が生じるおそれのあることが、ドライブトレーンのダイナミック特性の制御によりドライバに対しシグナリングされるように構成することにある。
【0007】
【課題を解決するための手段および利点】本発明によればこの課題は、車両における駆動機構たとえばエンジンと変速比可変機構たとえば変速段との間の力の流れの中にクラッチのようなトルク伝達系が配置されており、前記トルク伝達系から伝達可能なトルクの設定を制御する調整部材と、センサおよび必要に応じて、動作状態判定ユニット、トルク算出ユニットおよびスリップ検出ユニットのようなその他の電子ユニットと信号をやりとりし前記調整部材を制御する制御ユニットたとえば計算ユニットが設けられている、トルク伝達系の制御装置において、前記制御ユニットは、トルク算出ユニットと、スリップ検出ユニットと、作動状態判定ユニットのデータに基づき、クラッチの摩擦面への摩擦エネルギー損失を時間の関数として求め、該制御ユニットは少なくともクラッチの温度を時間の関数として求めて、少なくとも温度を少なくとも限界値と比較し、温度が限界値を超えていれば、前記制御ユニットはクラッチの熱負荷が大きいことをシグナリングし、および/または保護措置を導入することを特徴とする構成により解決される。」
(い)「【0061】本発明のさらに別の技術思想によれば、センサおよび必要に応じて別の電子ユニットと信号をやりとりする制御ユニットが設けられており、該制御ユニットは、少なくとも1つの調整量がまえもって与えられることによりトルク伝達系の調整部材を伝達可能なトルクの所定の目標値へ設定調整するように構成されている、クラッチのようなトルク伝達系の制御方法において、前記制御ユニットにより、トルク算出ユニットおよびスリップ検出ユニットならびに作動状態判定ユニットおよび変速段位置検出ユニットのデータに基づき、クラッチの摩擦面に対するエネルギー損失が求められ、少なくともクラッチの温度が時間の関数として算出され、限界値を越えたときには、または高い変速段における発進時には、クラッチの熱負荷の大きいことがシグナリングされ、および/または保護装置が導入されることを特徴としている。
【0062】さらに有利には、請求項1?56のいずれか1項記載の装置により実施するために用いられる。
【0063】本発明の別の課題は、たとえばトルク伝達系へのエネルギー損失が大きくなった場合のように極端な状況でも、そのような状況におけるリスクを除外するかまたは少なくとも低減させるために、安全性の面で車両を動かしたり走行させたり加速させたりできるようにすることである。従来技術によればこの種の状況では、たとえばクラッチがエネルギー損失が大きくなったことに基づき開放されてしまっていると、車両はその走行性に関して制限されてしまう。
【0064】コンピュータ制御される作動機構を備えクラッチの制御された操作が行われるトルク伝達系であると、たとえば第2変速段よりも高い変速段で発進を行うことができるような高い快適性が得られる。しかしこのような発進はクラッチにとってクリティカルな作動状態である。たとえば第4変速段における発進によって時折、第1変速段における発進時よりも大きいスリップが引き起こされ、つまりは摩擦力によって第1変速段における発進時よりも大きい磨耗および大きいエネルギー損失が引き起こされる。
【0065】トルク伝達装置の制御された操作によって、磨耗に関する結果を意識することなく、またはそれを意識する必要なく、過度に高い変速段での発進が可能になるので、本発明は、クリティカルな作動状態が検出されて表示されるようにするというさらに別の課題に基づくものである。あるいは装置がクリティカルな作動状態にある期間が長くなったことをシグナリングし、トルク伝達装置を長持ちさせるには作動状態の変更が必要であることをドライバに気づかせるようにすることである。しかし、生じ得るクリティカルな走行状況において装置の走行性が保証されるようにすべきである。
【0066】このことは、前または後ろに配置された変速比可変機構の力の流れ中にある次のようなトルク伝達装置において保証することができる。すなわちこのトルク伝達装置には、この装置により伝達可能なトルクを制御または調整する装置と、センサおよび/または別の電子ユニットと信号をやりとりする中央計算ユニットまたは制御ユニットが設けられている。この場合、中央計算ユニットまたは制御ユニットによりトルク伝達装置が次のように制御される。すなわち、少なくともトルク伝達装置の領域におけるエネルギー損失または少なくともトルク伝達装置の領域における温度が求められるか算出され、またはクリティカルな車両状態の検出に基づき少なくともトルク伝達装置の領域における過度に大きいエネルギー損失または少なくともトルク伝達装置の領域における過度に高い温度または磨耗の高められた状態が検出されるかまたは事前に求められ、または事前に算出されるようにして制御される。この場合、温度またはエネルギーがその限界値を超えると、あるいはクリティカルな車両状態の持続時間がその限界値を超えると、過度に大きい負荷または過度に大きい磨耗または過度に大きい熱負荷への注意が喚起されるよう、あるいは過度に大きい熱負荷を防止し、またはこのように大きい熱負荷を回避できるように、車両のダイナミック特性が制御される。
【0067】車両のダイナミック特性は次のようにして制御される。すなわちこの場合、たとえば斜面でブレーキ操作なく半クラッチにより車両が停止しているときに、車両のドライブトレーン中の1つの構成部材または車両のドライブトレーン全体が振動運動を行うかまたは生じるようにして車両が振動するか揺動するようクラッチが制御される。その結果、車両のこのようなダイナミック特性に基づき、たとえばクラッチの寿命に悪影響を及ぼすおそれのある状態に入るかまたはそれが引き起こされてしまっていることが、ドライバに対しシグナリングされる。さらにダイナミック特性ということで理解できるのは、車両の衝撃または振動が生じるよう車両が不快な領域で制御されることであり、または車両が停止状態にある場合には車両のクリーピングが生じ、その結果、この場合も不利な状態が引き起こされたことがシグナリングされる。」
(う)「【0103】
【発明の実施の形態】図1には駆動機関、例えばエンジン又は内燃機関2を備えた車両1が示されている。さらにこの車両のドライブトレーンにはトルク伝達系3、変速機4が示されている。この実施例ではトルク伝達系3はエンジンと変速機の間に配設されている。この場合エンジンの駆動トルクはトルク伝達系を介して変速機に伝達され、さらにこの変速機の出力側から出力軸にそして後置されたアクスル6に伝達される。
【0104】トルク伝達系3は、例えば摩擦クラッチ、磁石粉クラッチ又はコンバータクラッチ等のクラッチで構成されている。この場合のクラッチは磨耗を補償調整する自己調整式のクラッチであってもよい。
【0105】変速機4は手動変速(例えば有段変速機など)として示されている。しかしながら相応に自動変速機又は自動切換変速機が使用されてもよい。この自動変速機は入力側に配設されるトルク伝達系、例えばクラッチ、摩擦クラッチなどを備えていてもよい。さらにトルク伝達系は、始動クラッチ及び/又はロックアップクラッチを備えたトルクコンバータ及び/又はターンクラッチ及び/又は所期の制御と伝達が可能なトルクを備えた安全クラッチとして構成してもよい。
【0106】トルク伝達系3は駆動入力側7と駆動出力側8を有している。この場合トルクは駆動入力側7から駆動出力側8へ伝達される。
【0107】駆動入力側7と駆動出力側8との間で回転数の差、すなわちスリップが生じた場合には、発生トルク又は伝達可能なトルクとスリップ回転数に依存して摩擦熱に変換されたエネルギーの形のエネルギー損失がトルク伝達系において引き起こされる。このような場合には回転による動力学的エネルギーが摩擦エネルギーに変換され、その結果温度上昇が摩擦面の少なくとも一方の領域に生じる。これは摩擦面の温度上昇と、大抵の場合過熱を引き起こし、さらに場合によっては摩擦面ないしトルク伝達系の破壊を引き起こす恐れがある。
【0108】摩擦面の領域に発生する摩擦熱は、トルク伝達系の部分を介して伝導される。フライホイールに固定された、摩擦ディスク(これはフライホイールとプレッシャープレートの間に配設されている)を有する摩擦クラッチの場合には、発生した熱が2つの熱伝導経路に分けられる。一方の経路では熱が摩擦面からフライホイールへ伝わり、他方の経路ではクラッチのプレッシャープレートへ伝わる。対流による熱の伝導はスリップによる熱の発生の瞬間はわずかなものとみなされる。なぜなら摩擦面の間にはほとんど空気流が到達しないからである。
【0109】プレッシャープレートに対して伝わる熱量成分は総熱量の一部として表すことができる。この場合残りの熱量は一次近似においてフライホイールを介して流出する。プレッシャープレートを介して伝わる熱量成分は、発生した熱量の50%の値となる。有利には25%?75%の範囲の値も生じ得る。
【0110】発生した摩擦エネルギーの検出ないし発生する摩擦エネルギーの計算は、例えばトルク伝達系の駆動入力7側と駆動出力側8との間の回転数差の絶対値の積分により、伝達されるクラッチトルクとの乗算で時間関数として行われる。」
(え)「【0120】トルク検出ユニットは使用可能なデータから実際のエンジントルクを求める。測定パラメータとしては例えばエンジン回転数や負荷レバー(燃料供給調整部材)の位置、燃料噴射時間、スロットル弁位置等が挙げられる。これらのパラメータのうちの少なくとも1つから特性領域段又は特性曲線段を用いて実際のエンジントルクが検出される。同様にエンジントルクはエンジン電子制御部からのデータバスを介しても得ることができる。」
以上の記載事項及び図面からみて、引用例1には、次の発明(以下、「引用例1発明」という。)が記載されているものと認められる。
「エンジン2を備えた車両のドライブトレーンに設けられるクラッチのようなトルク伝達系3の制御装置であって、
トルク伝達系3において発生する摩擦エネルギーが、トルク伝達系3の駆動入力側7と駆動出力側8との間の回転数差の絶対値の積分により、伝達されるクラッチトルクとの乗算で時間関数として計算され、
時間の関数として算出されるトルク伝達系3の温度が限界値を超えていれば、トルク伝達系3の熱負荷が大きいことをシグナリングし、および/または保護措置を導入するようにしたトルク伝達系3の制御装置。」
(2-2)引用例2
特開2005-337416号公報(以下、「引用例2」という。)には、下記の事項が図面とともに記載されている。
(か)「【0005】
ところで、従来、発進機構として乾式単板式の発進クラッチを使用する自動変速機においては、渋滞や登坂路等で長期間クリープ状態が維持されると、異常発熱し、異臭が発生したり、クラッチディスクが摩耗する問題があった。
【0006】
この問題を解消するために、発進クラッチの発進クラッチ温度を検出し、この検出された発進クラッチ温度が設定値以上になったときに、発進クラッチを解放してこの発進クラッチを保護するものが知られているが、発進クラッチを解放すると、登坂路で車両が後退してしまうという問題があった。」
(き)「【0033】
この制御手段96は、発進クラッチ温度が設定値(異常発熱判定温度)よりも高く且つ車両が停止状態(車速が略零(0))であるときには、発進クラッチ6を解放するとともに油圧クラッチ70を係合するものである。
【0034】
このため、制御手段96には、図5に示す如く、エンジン回転センサ112と入力回転センサ114とに連絡してエンジン回転速度と入力回転速度とから回転差(差回転)を算出する回転差算出部96Aと、発進クラッチストロークセンサ116に連絡して発進クラッチストロークに基づいて発進クラッチトルク容量を算出する発進クラッチトルク算出部96Bと、この回転差算出部96A及び発進クラッチトルク算出部96Bに連絡して回転差と発進クラッチトルク容量とを計算して発進クラッチ温度を推定する発進クラッチ温度推定部96Cと、この発進クラッチ温度推定部96Cと発進クラッチアクチュエータ92及び油圧クラッチアクチュエータ94とに連絡して発進クラッチ6の異常発熱を判定する発進クラッチ異常発熱判定部96Dとが設けられている。
【0035】
この図5において、発進クラッチ温度推定部96Cは、発進クラッチ温度を、エンジン回転速度と入力回転速度との回転差と、発進クラッチトルク容量とから算出する。即ち、エンジン回転速度と入力回転速度とから発進クラッチ6の回転差を算出するとともに、発進クラッチストロークから発進クラッチトルク容量を算出し、その回転差と発進クラッチトルク容量とを乗算して所定の時定数で積算することにより、発進クラッチ温度を算出する。この発進クラッチ温度が、予め設定した設定値(異常発熱判定温度)以上になったときに、発進クラッチ6が異常発熱状態であると判断する。この異常発熱状態であると判断されたときには、発進クラッチアクチュエータ92により発進クラッチ6を解放するとともに、油圧クラッチアクチュエータ94により機械的な歯車の噛み合いをするように油圧クラッチ70の係合による二重噛み合いを発生させて、車両の後退を防止する。」
(く)「【0040】
そして、発進クラッチ6の発熱量を、差回転(回転差)×発進クラッチトルク容量として算出し(ステップ208)、この発熱量が零(0)か否かを判断する(ステップ210)。」
以上の記載事項及び図面からみて、引用例2には、「エンジン回転速度と入力回転速度とから発進クラッチ6の回転差を算出するとともに、発進クラッチストロークから発進クラッチトルク容量を算出し、その回転差と発進クラッチトルク容量とを乗算して所定の時定数で積算することにより、発進クラッチ温度を算出する」(特に段落【0035】)という限りで引用例1発明と略同様の事項が記載されているとともに、「この検出された発進クラッチ温度が設定値以上になったときに、発進クラッチを解放してこの発進クラッチを保護する」(特に段落【0006】)という事項が示されている。
(3)対比
本願補正発明1と引用例1発明とを比較すると、後者の「トルク伝達系3」は前者の「摩擦クラッチ」に相当し、同様に、「トルク伝達系3において発生する摩擦エネルギー」は「摩擦クラッチの発熱量」に、「クラッチトルク」は「軸トルク」に、それぞれ相当する。
また、「回転数差」及び「クラッチトルク」を求めるには通常、各「回転数」及び「クラッチトルク」を検出するセンサを要するから、後者の「トルク伝達系3の駆動入力側7と駆動出力側8との間の回転数差の絶対値の積分により、伝達されるクラッチトルクとの乗算で時間関数として計算される」は、実質的にみて、前者の「エンジンから前記摩擦クラッチまでの間の入力系に配設されて当該入力系の回転数に関するパラメータを得る入力側センサの検出値と、当該摩擦クラッチから車輪までの間の出力系に配設されて当該出力系の回転数に関するパラメータを得る出力側センサの検出値とから当該摩擦クラッチの回転差を算出するとともに、他のセンサによる検出値から軸トルクを算出し、その算出された回転差と軸トルクとの積から摩擦クラッチの発熱量を推定する」に相当し、したがって、後者の「トルク伝達系3の制御装置」はそのような「推定」をする「手段」を具備する「クラッチの発熱量推定装置」を有しているということができる。
さらに、後者の「車両」と前者の「二輪車」は「車両」である限りにおいて一致する。
したがって、本願補正発明1の用語に倣って整理すると、両者は、
「車両に配設された摩擦クラッチの発熱量を推定するためのクラッチの発熱量推定装置であって、
車両のエンジンから前記摩擦クラッチまでの間の入力系に配設されて当該入力系の回転数に関するパラメータを得る入力側センサの検出値と、当該摩擦クラッチから車輪までの間の出力系に配設されて当該出力系の回転数に関するパラメータを得る出力側センサの検出値とから当該摩擦クラッチの回転差を算出するとともに、他のセンサによる検出値から軸トルクを算出し、その算出された回転差と軸トルクとの積から摩擦クラッチの発熱量を推定する推定手段を具備したクラッチの発熱量推定装置。」である点で一致し、以下の点で相違している。
[相違点1]
本願補正発明1は、
「該推定手段により推定された摩擦クラッチの発熱量に基づき、当該摩擦クラッチが設定値より高温になったか否かを判定する判定手段と、前記判定手段により摩擦クラッチが設定値より高温となったと判定されたことを条件として、エンジンの出力トルクを低下させることにより前記摩擦クラッチの軸トルクを低下させるよう制御し得る制御手段と、を具備」するのに対し、
引用例1発明は、
「時間の関数として算出されるトルク伝達系3の温度が限界値を超えていれば、トルク伝達系3の熱負荷が大きいことをシグナリングし、および/または保護措置を導入」している点。
[相違点2]
本願補正発明1の「車両」は「二輪車」であって、「クラッチ」は「二輪車に配設された多板手動タイプの摩擦クラッチ」であるのに対し、引用例1発明は「車両」の「トルク伝達系3」である点。
(4)判断
[相違点1]について
引用例1発明は「時間の関数として算出されるトルク伝達系3の温度が限界値を超えていれば、トルク伝達系3の熱負荷が大きいことをシグナリングし、および/または保護措置を導入」するものであるが、引用例1の上記に摘記した段落【0066】、【0067】には、その例として、「車両のドライブトレーン中の1つの構成部材または車両のドライブトレーン全体が振動運動を行うかまたは生じるようにして車両が振動するか揺動するようクラッチが制御される」ようにすることが記載されているとともに、同じく段落【0063】には「クラッチがエネルギー損失が大きくなったことに基づき開放」されるという従来技術が記載されている。引用例2(特に段落【0006】)にも略同様の従来技術が示されていることは上記のとおりである。このように、一般に、クラッチが過熱した場合にそれを表示・警告するほか、さらにそれを回避・低減するように車両各要素を制御ないし操作することは周知であるとともに、そのようにすることが望ましいことは当業者に明らかである。その場合、過熱を回避・低減するために具体的にどのような手段を採用するかは、過熱の程度や対策の必要性・程度等に応じて適宜設計する事項にすぎない。引用例1発明においてもこのような事情は格別異なるものではなく、「トルク伝達系3の熱負荷が大きい」ときにそれを回避・低減するように車両各要素を制御ないし操作することは当業者が容易に想到し得たものと認められ、また、そのために具体的にどのような手段を採用するかは適宜の設計的事項にすぎない。
ここで、引用例1発明では「トルク伝達系3において発生する摩擦エネルギーが、トルク伝達系3の駆動入力側7と駆動出力側8との間の回転数差の絶対値の積分により、伝達されるクラッチトルクとの乗算で時間関数として計算され」るのであるから、エンジンの出力を抑制すれば、通常、「トルク伝達系3において発生する摩擦エネルギー」を小さくすることができることは当業者に明らかである(なお、例えば、特開2005-147237号公報の段落【0090】には、自動変速機についてであるが、エンジンの出力トルクを抑制することによって自動変速機のクラッチやブレーキが大きく発熱することを防ぐことができることが示されている。)。引用例1発明の「トルク伝達系3の熱負荷が大きいことをシグナリングし、および/または保護措置を導入」するにあたって、このような当業者に明らかな手段を採用することは、上記の適宜の設計として当業者が容易に想到し得たものと認められる。このようにしたものは実質的にみて、相違点1に係る本願補正発明1の事項を具備しているということができる。
[相違点2]について
一般に、「二輪車に配設された多板手動タイプの摩擦クラッチ」においても発熱という現象が生じ得ることは、例えば、特開平7-310755号公報(特に段落【0001】?【0004】)、実願昭63-39648号(実開平1-143428号)のマイクロフィルム(特に明細書第1頁第16行?第2頁第20行の「この考案は、オートバイなどの…発熱などの関係から材料が限定されている。」)に示されているように周知ないし当業者に明らかであり、引用例1発明、及び上記「相違点1」で検討した事項をこのような「二輪車に配設された多板手動タイプの摩擦クラッチ」に適用することは、当業者が容易に想到し得たものと認められる。
そして、本願補正発明1の作用効果は、引用例1、2に記載された発明に基づいて当業者が予測し得た程度のものである。

なお、請求人は審判請求の理由、及び回答書において概ね、「引用文献1には、判定手段により摩擦クラッチが設定値より高温となったと判定されたことを条件として、エンジンの出力トルクを低下させることにより摩擦クラッチの軸トルクを低下させるよう制御し得る制御手段を具備した点については一切開示されておらず、その点において構成上の相違点を有するものである。また、引用文献1のものは、本願発明の如く「二輪車に配設された多板手動タイプの摩擦クラッチの発熱量を推定するためのクラッチの発熱量推定装置」ではなく、適用される車両のタイプが相違する。従って、引用文献1のものは、少なくとも本願発明の上記(3)(4)の効果を奏することは決してない。引用文献2には、引用文献1と同様、判定手段により摩擦クラッチが設定値より高温となったと判定されたことを条件として、エンジンの出力トルクを低下させることにより摩擦クラッチの軸トルクを低下させるよう制御し得る制御手段を具備した点が開示されておらず、且つ、本願発明の如く「二輪車に配設された多板手動タイプの摩擦クラッチの発熱量を推定するためのクラッチの発熱量推定装置」ではない。従って、引用文献2のものは、少なくとも本願発明の上記(3)(4)の効果を奏することは決してない。」、「拒絶査定において、「エンジンの出力トルクを低下すればクラッチの発熱を防止できることは周知である」とし、その例として特開2005-147237号公報を挙げている。しかしながら、同公報には、自動変速機の制御を行わせるものが開示されており、本願発明の如く「二輪車に配設された多板手動タイプの摩擦クラッチの発熱量を推定するためのクラッチの発熱量推定装置」ではない。従って、引用文献のもの及び周知技術は、「二輪車に配設された多板手動タイプの摩擦クラッチの発熱量を推定するためのクラッチの発熱量推定装置」ではなく、少なくとも本願発明の上記(4)の効果を奏することは決してない。」、「前置報告書において、特開2002-67741号公報を周知技術として挙げ、「多板式のクラッチを有する自動二輪車においても、クラッチの発熱に対応することは周知の技術的課題にすぎない」としている。しかしながら、かかる周知技術は、多板式のクラッチではあるものの、手動タイプではなく自動マニュアル変速装置(AMT)である。従って、本願発明の如く、「手動」故の技術的課題(同じ操作を行っても運転者毎に熱負荷の差が生じ易くなっている)を開示するものではなく、本願発明の上記(4)の効果を奏するものでは決してない。」と主張している。
しかし、(a)引用例1発明において、「トルク伝達系3の熱負荷が大きい」ときにそれを回避・低減するために具体的にどのような手段を採用するかは、適宜の設計的事項にすぎないこと、(b)引用例1発明においても、エンジンの出力を抑制すれば、通常、「トルク伝達系3において発生する摩擦エネルギー」が小さくなることは当業者に明らかであること、(c)「二輪車に配設された多板手動タイプの摩擦クラッチ」においても発熱という現象が生じ得ることは周知ないし当業者に明らかであり、引用例1発明等をこのような「二輪車に配設された多板手動タイプの摩擦クラッチ」に適用することは、当業者が容易に想到し得たものと認められること、は上述のとおりである。

したがって、本願補正発明1は、引用例1、2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
(5)むすび
本願補正発明1について以上のとおりであるから、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定違反するものであり、本件補正における他の補正事項を検討するまでもなく、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

3.本願発明
平成20年12月18日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?4に係る発明(以下、「本願発明1」?「本願発明4」という。)は、平成20年8月27日付け手続補正により補正された明細書、特許請求の範囲及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
車両に配設された摩擦クラッチの発熱量を推定するためのクラッチの発熱量推定装置であって、
車両のエンジンから前記摩擦クラッチまでの間の入力系に配設されて当該入力系の回転数に関するパラメータを得る入力側センサの検出値と、当該摩擦クラッチから車輪までの間の出力系に配設されて当該出力系の回転数に関するパラメータを得る出力側センサの検出値とから当該摩擦クラッチの回転差を算出するとともに、他のセンサによる検出値から軸トルクを算出し、その算出された回転差と軸トルクとの積から摩擦クラッチの発熱量を推定する推定手段と、
該推定手段により推定された摩擦クラッチの発熱量に基づき、当該摩擦クラッチが設定値より高温になったか否かを判定する判定手段と、
前記判定手段により摩擦クラッチが設定値より高温となったと判定されたことを条件として、エンジンの出力トルクを低下させることにより前記摩擦クラッチの軸トルクを低下させるよう制御し得る制御手段と、
を具備したことを特徴とするクラッチの発熱量推定装置。
【請求項2】
前記判定手段は、クラッチ発熱量が一定のとき時間経過に伴って収束する到達温度に基づき、摩擦クラッチの温度を推定し、その推定温度により高温になったか否かを判定することを特徴とする請求項1記載のクラッチの発熱量推定装置。
【請求項3】
前記判定手段により摩擦クラッチが設定値より高温となったと判定されたことを条件として、警告手段により運転者に対して警告し得ることを特徴とする請求項1又は請求項2記載のクラッチの発熱量推定装置。
【請求項4】
前記判定手段により摩擦クラッチが設定値より高温となったと判定されたことを条件として、記憶手段により当該判定を記憶することを特徴とする請求項1?請求項3の何れか1つに記載のクラッチの発熱量推定装置。」

3-1.本願発明1について
(1)本願発明1
上記のとおりである。
(2)引用例
引用例1、2、及びその記載事項は上記2.に記載したとおりである。
(3)対比・判断
本願発明1は実質的に、上記2.で検討した本願補正発明1の「二輪車」を「車両」に拡張するとともに、同じく「多板手動タイプの摩擦クラッチ」を「摩擦クラッチ」に拡張するものに相当する。
そうすると、本願発明1の構成要件をすべて含み、さらに他の構成要件を付加したものに相当する本願補正発明1が、上記2.に記載したとおり、引用例1、2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明1も、同様の理由により、引用例1、2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(4)むすび
以上のとおり、本願発明1は引用例1、2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に基づいて特許を受けることができない。
そして、本願発明1が特許を受けることができないものである以上、本願発明2?4について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-09-15 
結審通知日 2009-09-17 
審決日 2009-09-30 
出願番号 特願2006-235757(P2006-235757)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (F16D)
P 1 8・ 121- Z (F16D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 中野 宏和  
特許庁審判長 山岸 利治
特許庁審判官 川上 益喜
藤村 聖子
発明の名称 クラッチの発熱量推定装置  
代理人 越川 隆夫  

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