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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 F02D
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F02D
管理番号 1207993
審判番号 不服2008-763  
総通号数 121 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-01-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-01-10 
確定日 2009-12-04 
事件の表示 特願2002-277827「内燃機関の燃料制御装置」拒絶査定不服審判事件〔平成16年 4月15日出願公開、特開2004-116320〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1.手続の経緯
本件出願は、平成14年9月24日に出願されたものであって、平成19年8月30日付けで拒絶理由が通知され、平成19年11月2日付けで意見書及び手続補正書が提出されたが、平成19年12月4日付けで拒絶査定がなされ、平成20年1月10日付けで同拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに平成20年1月21日付けで手続補正書が提出されて明細書の補正がなされたものであって、その後、平成21年6月8日付けで当審において書面による審尋がなされ、平成21年8月5日に前記審尋に対する回答書が提出されたものである。

第2.平成20年1月21日付けの手続補正についての補正却下の決定

〔補正却下の決定の結論〕
平成20年1月21日付けの手続補正を却下する。

〔理 由〕
1.本件補正の内容及び目的
平成20年1月21日付けの手続補正(以下、単に「本件補正」という。)は、特許請求の範囲に関して、本件補正により補正される前の(すなわち、平成19年11月2日付けの手続補正書により補正された)下記の(2)に示す請求項1ないし7を下記の(1)に示す請求項1ないし7と補正するものである。

(1)本件補正後の特許請求の範囲
「【請求項1】 排気中のイオウ成分を吸着、吸収又はその両方にて選択的に保持し、触媒温度が高温で排気空燃比が燃料リッチとなったときに、吸蔵したイオウ成分を排出する排気浄化触媒と、
前記排気浄化触媒の温度を直接又は間接的に検知する触媒温度検知手段と、
始動時に排気空燃比を燃料リッチとし、始動後に排気空燃比をリーン側に向かって制御する燃料制御手段と、
前記燃料制御手段による燃料リッチのピーク値を変更せずに、始動時の前記排気浄化触媒の温度に基づいて、前記排気空燃比が前記ピーク値からリーン側に制御されるときの速度を補正するリーン化補正手段と、
を備えたことを特徴とする内燃機関の燃料制御装置。
【請求項2】 前記リーン化補正手段は、前記排気浄化触媒へのイオウ成分の付着量が多いほどリーン化の速度を大きくすることを特徴とする請求項1記載の内燃機関の燃料制御装置。
【請求項3】 前記リーン化補正手段は、前記排気浄化触媒の温度が高いほどリーン化の速度を大きくすることを特徴とする請求項1記載の内燃機関の燃料制御装置。
【請求項4】 前記排気浄化触媒の上流側又は下流側に配置され、前記排気空燃比を検出するセンサと、
内燃機関に燃料と空気の混合気を供給する混合気供給手段とを備え、
前記燃料制御手段は、前記センサの検出値に応じて前記混合気供給手段から内燃機関へ供給する混合気の空燃比を制御することを特徴とする請求項1?3のいずれかに記載の内燃機関の燃料制御装置。
【請求項5】 内燃機関の始動後、前記センサの出力が所定の活性判定電圧に達した際に、前記センサがその機能を発揮する活性状態になったと判定する活性判定手段を備え、
前記燃料制御手段は、前記センサが活性状態になったと判定された時点から排気空燃比をリーン側に向かって制御し、
前記リーン化補正手段は、前記排気浄化触媒へのイオウ成分の付着量が多いほど前記活性判定電圧を小さくすることを特徴とする請求項4記載の内燃機関の燃料制御装置。
【請求項6】 内燃機関の始動後、前記センサの出力が所定の活性判定電圧に達した際に、前記センサがその機能を発揮する活性状態になったと判定する活性判定手段を備え、
前記燃料制御手段は、前記センサが活性状態になったと判定された時点から排気空燃比をリーン側に向かって制御し、
前記リーン化補正手段は、前記排気浄化触媒の温度が高いほど前記活性判定電圧を小さくすることを特徴とする請求項4記載の内燃機関の燃料制御装置。
【請求項7】 内燃機関の始動後、前記排気浄化触媒の温度が所定値以下となった場合には、前記排気空燃比をストイキに制御することを特徴とする請求項1?6のいずれかに記載の内燃機関の燃料制御装置。」

(2)本件補正前の特許請求の範囲
「【請求項1】 排気中のイオウ成分を吸着、吸収又はその両方にて選択的に保持し、触媒温度が高温で排気空燃比が燃料リッチとなったときに、吸蔵したイオウ成分を排出する排気浄化触媒と、
前記排気浄化触媒の温度を直接又は間接的に検知する触媒温度検知手段と、
始動時に排気空燃比を燃料リッチとし、始動後に排気空燃比をリーン側に向かって制御する燃料制御手段と、
始動時の前記排気浄化触媒の温度に基づいて、前記排気空燃比がリーン側に制御されるときの速度を補正するリーン化補正手段と、
を備えたことを特徴とする内燃機関の燃料制御装置。
【請求項2】 前記リーン化補正手段は、前記排気浄化触媒へのイオウ成分の付着量が多いほどリーン化の速度を大きくすることを特徴とする請求項1記載の内燃機関の燃料制御装置。
【請求項3】 前記リーン化補正手段は、前記排気浄化触媒の温度が高いほどリーン化の速度を大きくすることを特徴とする請求項1記載の内燃機関の燃料制御装置。
【請求項4】 前記排気浄化触媒の上流側又は下流側に配置され、前記排気空燃比を検出するセンサと、
内燃機関に燃料と空気の混合気を供給する混合気供給手段とを備え、
前記燃料制御手段は、前記センサの検出値に応じて前記混合気供給手段から内燃機関へ供給する混合気の空燃比を制御することを特徴とする請求項1?3のいずれかに記載の内燃機関の燃料制御装置。
【請求項5】 内燃機関の始動後、前記センサの出力が所定の活性判定電圧に達した際に、前記センサがその機能を発揮する活性状態になったと判定する活性判定手段を備え、
前記燃料制御手段は、前記センサが活性状態になったと判定された時点から排気空燃比をリーン側に向かって制御し、
前記リーン化補正手段は、前記排気浄化触媒へのイオウ成分の付着量が多いほど前記活性判定電圧を小さくすることを特徴とする請求項4記載の内燃機関の燃料制御装置。
【請求項6】 内燃機関の始動後、前記センサの出力が所定の活性判定電圧に達した際に、前記センサがその機能を発揮する活性状態になったと判定する活性判定手段を備え、
前記燃料制御手段は、前記センサが活性状態になったと判定された時点から排気空燃比をリーン側に向かって制御し、
前記リーン化補正手段は、前記排気浄化触媒の温度が高いほど前記活性判定電圧を小さくすることを特徴とする請求項4記載の内燃機関の燃料制御装置。
【請求項7】 内燃機関の始動後、前記排気浄化触媒の温度が所定値以下となった場合には、前記排気空燃比をストイキに制御することを特徴とする請求項1?6のいずれかに記載の内燃機関の燃料制御装置。」

本件補正は、本件補正前の請求項1における「リーン化補正手段」について、本件補正後の請求項1における「前記燃料制御手段による燃料リッチのピーク値を変更せずに、」及び「前記ピーク値から」なる発明特定事項を追加するものであり、かかる補正は、特許請求の範囲を限定的に減縮するものである。
よって、本件補正は、平成18年法律第55条改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号に規定される特許請求の範囲を減縮することを目的とするものと認められる。

2.独立特許要件について
次に、本件補正により補正された請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明」という。)が、特許出願の際に独立して特許を受けることができるものであるかどうかについて検討する。

(1) 引用文献
1)特開昭59-103941号公報(以下、「引用文献1」という。)
2)WO98/51919号(以下、「引用文献2」という。)

(2)当審の判断
1)引用文献1の記載事項
原査定の拒絶の理由において引用された、本願の出願前に頒布された刊行物である上記引用文献1には、次の事項が記載されている。なお、下線は当審が付した。

ア.「一般に、内燃機関より排出される排気ガス中の代表的な有害成分には、窒素酸化物NOx及び可燃性炭素化合物である一酸化炭素CO、炭化水素HC等があり、これらの成分は、いずれも法的規制の対象となつている。従つて従来から、例えば、前記有害成分を同時に除去できる三元触媒、或いは、炭化水素化合物のみを除去できる酸化触媒を用いて、前記有害成分を除去するようにした排気ガス浄化装置が実用化されている。
しかしながら、三元触媒、酸化触媒のいずれを用いた場合でも、特にイオウ分を多く含む燃料を使用した場合には、特定の雰囲気条件下、例えば、エンジンが搭載された自動車の後退時や前進と停止が繰り返される渋滞時に、燃料中のイオウSが関与して、触媒により硫化水素 H_(2)Sが生成され、悪臭や刺激臭が発生することがあるという間題点を有していた。」(公報第1ページ右下欄第13行ないし第2ページ左上欄第9行)

イ.「本発明は、前記従来の問題点を解消するべくなされたもので、エンジン運転状態に拘らず、触媒での硫化水素の生成を防止することができ、従つて、悪臭や刺激臭を発生することがない内燃機関の空燃比制御方法を提供することを目的とする。
本発明は、エンジン運転状態に応じて空燃比を制御することにより、所定空燃比の排気ガスが触媒に流入するようにした内燃機関の空燃比制御方法において、第1図にその要旨を示す如く、触媒での硫化水素生成条件が成立した時は、空燃比を理論空燃比よりリーン側に制御し、硫化水素生成条件を強制的に解除するようにして、前記目的を達成したものである。
又、前記硫化水素生成条件を、空燃比が理論空燃比よりリツチ側であり、排気ガス温度が高温であり、排気ガス流量が少ないこととすることにより、硫化水素の生成を適確に判定できるようにしたものである。
更に、前記硫化水素生成条件の成立を、エンジン負荷及びエンジン回転速度が共に高い設定領域内の運転状態が設定時間以上継続されているか、又は、前記設定領域内の運転状態が前記設定時間以上継続された後、前記設定領域外の運転状態となつてから設定時間未満しか経過しておらず、且つ、エンジンが搭載された車両の走行速度が設定速度以下であることから検知するようにして、排気カス温度を検知することなく、硫化水素生成条件の成立を検知できるようにしたものである。」(公報第2ページ右上欄第9行ないし左下欄第16行)

ウ.「以下、本発明の原理を説明する。
まず、硫化水素 H_(2)Sの生成機構について検討すると、燃料中に含有されるイオウSと吸気される大気中の酸素O_(2)により、燃焼室内で、次式で示すような酸化反応が行われて、二酸化イオウSO_(2)が発生する。
・・・(式略)・・・
次いで、燃焼室で生成された二酸化イオウSO_(2)が、触媒の酸化反応により更に酸化されて、次式で示す如く、三酸化イオウSO_(3)が生成する。
・・・(式略)・・・
この(2)式の反応を更に詳細に示すと、次式に示す如くとなる。これは、酸化雰囲気下での触媒の吸着反応である。
・・・(式略)・・・
ここで、eは原子、O_(2)^(-2)は、活性化した酸素分子、SO_(2)^(-2)は、化学吸着し活性化した二酸化イオウ分子、O^(-2)は、活性化した酸素原子である。
更に、還元雰囲気下で、触媒により前記三酸化イオウ SO_(3)が脱離して、次式に示す如く、排気ガス中の水素H_(2)と結びつき、硫化水素H_(2)Sが生成される。
・・・(式略)・・・
結局、酸化雰囲気下で触媒により三酸化イオウSO_(3)が生成(吸着)され、生成された三酸化イオウ SO_(3)は、還元雰囲気下で脱離し、水素と反応して硫化水素H_(2)Sを生成する。
前記のような雰囲気条件下において、どのような条件が硫化水素H_(2)Sの生成に関与するかについて、発明者等が実験したところ、下記のような実験結果が得られた。
(1) 空燃比A/Fとの関係では、第2図に実線で示す如く、触媒に流入する排気ガスの空燃比が理論空燃比(ストイキ)よりリツチ側である場合に硫化水素H_(2)Sが発生する。一方、排気ガスの空燃比が理論空燃比よりリーン側である場合には、第2図に破線で示す如く、三酸化イオウSO_(3)が発生する。
(2)排気ガス温度との関係では、第3図に示す如く、触媒に流入する排気ガス温度又は触媒床内温度が500℃以上である場合に硫化水素H_(2)Sが発生し、温度上昇と共に発生量は増える。
(3)・・・(略)・・・
前記のような硫化水素生成条件は、例えば、高速走行直後の後退時、低速(10Km/H以下)走行時及びアイドル運転時に成立する。
本発明は、前記のような実験結果によって得られた知見に基づいてなされたものであり、硫化水素H_(2)Sの生成条件が成立した時は、空燃比を理論空燃比よりリーン側に制御することにより排気空燃比を制御して、触媒内における硫化水素の生成を阻止するようにしたものである。」(公報第2ページ左下欄第17行ないし第3ページ右上欄第18行)

エ.「以下図面を参照して、本発明に係る内燃機関の空燃比制御方法が採用された、自動車用エンジンの吸入空気量感知式電子制御燃料噴射装置の実施例を詳細に説明する。
本実施例は、第5図に示す如く、・・・(略)・・・吸入空気の流量を検出するためのエアフローメータ14と、スロツトルボデイ18に配設され、運転席に配設されたアクセルペダル20と連動して回動するようにされた、吸入空気の流量を制御するためのスロツトルバルブ22と、該スロツトルバルブ22がアイドル開度にあるか、否かを検出するためのアイドルスイツチを含むスロツトルセンサ24と、・・・(略)・・・排気マニホルド37の下流側に配設された、排気ガス中の残存酸素濃度から排気空燃比のリツチーリーン状態を検出するための酸素濃度センサ(以下O_(2)センサと称する)38と、例えば三元触媒が充填された触媒コンバータ39と、エンジン10のクランク角の回転と連動して回転するデストリビユータ軸40aを有するデストリビユータ40と、前記デストリビユータ軸40aの回転に応じて所定クランク角毎にクランク角信号を出力するクランク角センサ42と、エンジン10のシリンダブロツク10bに配設された、エンジン冷却水温を検知するための水温センサ44と、・・・(略)・・・前記エアフローメータ14出力から求められる吸入空気量と前記クランク角センサ42出力のクランク角信号から求められるエンジン回転速度に応じて基本噴射時間を求め、これを前記スロツトルセンサ24によつて検知されるスロツトルバルブ開度、前記水温センサ44によつて検知されるエンジン冷却水温等に応じて補正し、更に、前記O_(2)センサ38によつて検知される排気空燃比に応じてフイードバツク補正することによつて燃料噴射時間を決定して、前記インジエクタ34に開弁時間信号を出力すると共に、エンジン負荷及びエンジン回転速度が共に高い設定領域内の運転状態が設定時間以上継続されているか、又は、前記設定領域内の運転状態が前記設定時間以上継続された後、前記設定領域外の運転状態となつてから設定時間未満しか経過しておらず、且つ、エンジン10が搭載された自動車の走行速度が設定速度以下であることから検知される、前記触媒コンバータ39での硫化水素生成条件が成立した時は、空燃比を理論空燃比よりリーン側にフイードバツク補正する電子制御ユニツト(以下ECUと称する)50とから構成されている。」(公報第3ページ右上欄第19行ないし第4ページ左上欄第13行)

オ.「本実施例においては、硫化水素生成条件の成立を、エンジン負荷及びエンジン回転速度が共に高い設定領域内の運転状態が設定時間以上継続されているか、又は、前記設定領域内の運転状態が前記設定時間以上継続された後、前記設定領域外の運転状態となつてから設定時間未満しか経過しておらず、且つ、エンジンが搭載された自動車の走行速度が設定速度以下であることから検知するようにしているので、排気ガス温度や触媒床温度を直接測定することなく、容易に硫化水素生成条件の成立を検知することが可能である。なお硫化水素生成条件の成立を検知する方法はこれに限定されず、例えば、触媒床温度を検知する温度センサを用いて、硫化水素生成条件の成立を検知することも可能である。
前記実施例は、本発明を、吸入空気量感知式の電子制御燃料噴射装置と三元触媒を備えた自動車用エンジンに適用したものであるが、本発明の適用範囲はこれに限定されず、吸気管圧力検知式の電子制御燃料噴射装置を備えた自動車用エンジン、或いは、他の空燃比制御装置を備えた一般の内燃機関にも同様に適用できることは明らかである。又、本発明が、酸化触媒を備えた内燃機関にも、同様に適用できることは明らかである。」(公報第5ページ右下欄第4行ないし第6ページ左上欄第7行)

カ.上記ウ.及びエ.の記載事項並びに第3図及び第5図によれば、引用文献1の触媒コンバータ39は、排気ガス中のイオウ成分を吸着、保持し、触媒温度が高温(500℃以上)で排気ガスの空燃比が理論空燃比(ストイキ)よりリツチ側である場合に、吸着したイオウ成分を脱離するものであることが分かる。なお、上記オ.の記載事項から、触媒コンバータ39は、三元触媒に限定されず、種々の形式のものを採用できることが分かる。

キ.上記エ.及びオ.の記載事項から、引用文献1におけるエンジン10の電子制御ユニツト50は、触媒床温度を直接又は間接的に検知する手段を有していることが分かる。

ク.上記イ.、エ.及びキ.の記載事項から、引用文献1におけるエンジン10の電子制御ユニツト50は、空燃比を理論空燃比よりリーン側に補正する手段を備え、また、排気ガスの空燃比が理論空燃比よりリツチ側であり、触媒温度が高温であるときに、空燃比を理論空燃比よりリーン側に補正する手段を備えることが分かる。

上記ア.ないしク.及び各図の記載によれば、引用文献1には、次の発明が記載されていると認められる。

「排気ガス中のイオウ成分を吸着、保持し、触媒温度が高温(500℃以上)で排気ガスの空燃比が理論空燃比(ストイキ)よりリツチ側である場合に、吸着したイオウ成分を脱離する触媒コンバータ39と、
触媒床温度を直接又は間接的に検知する手段と、
空燃比を理論空燃比よりリーン側に補正する手段を備え、排気ガスの空燃比が理論空燃比よりリツチ側であり、触媒温度が高温であるときに、空燃比を理論空燃比よりリーン側に補正する手段と、
を備えたエンジン10の電子制御ユニツト50。」(以下、「引用発明1」という。)

2)引用文献2の記載事項
原査定の拒絶の理由において引用された、本願の出願前に頒布された刊行物である上記引用文献2には、次の事項が記載されている。なお、下線は当審が付した。

ア.「技術分野
本発明は、内燃機関の排気浄化装置に関する。
背景技術

内燃機関の排気通路に、流入排気の空燃比がリーンのときに排気中のNO_(X)(窒素酸化物)を吸収し、流入排気中の酸素濃度が低下したときに吸収したNO_(X)を放出するNO_(X)吸収剤を配置し、機関をリーン空燃比で運転中に上記NO_(X)吸収剤に排気中のNO_(X)を吸収させる内燃機関の排気浄化装置が本願出願人により既に提案されている(国際公開公報第WO93-25806号参照)。同公報の排気浄化装置はNO_(X)吸収剤に吸収されたNO_(X)量を推定する推定手段を備えており、NO_(X)吸収剤のNO_(X)吸収量を運転中常時監視している。そして、この吸収NO_(X)量が予め定めた量に到達したときにNO_(X)吸収剤に流入する排気の酸素濃度を低下させてNO_(X)吸収剤から吸収したNO_(X)を放出させるとともに、放出されたNO_(X)を排気中の未燃HC、CO等の還元成分により還元浄化している(なお、本明細書では上記NO_(X)吸収剤からの吸収したNO_(X)の放出と還元浄化とを行うための操作を「NO_(X)吸収剤の再生操作」と呼ぶ)。上記公報の排気浄化装置では、NO_(X)吸収剤のNO_(X)吸収量が所定値に到達する毎に再生操作を行うことにより、NO_(X)吸収剤のNO_(X)吸収量が過度に増大してNO_(X)吸収剤が吸収したNO_(X)により飽和してしまうことが防止される。
・・・(中略)・・・
通常、機関冷間始動時等には機関温度に応じて機関への燃料供給量を増量する暖機増量や始動時増量が行われ、機関始動後所定期間は機関は通常よりリッチな空燃比(例えば空燃比で12から14程度)で運転される。また、この燃料増量は機関温度の上昇とともに低減され、機関の暖機が完了すると増量は停止される。すなわち、機関は始動直後はリッチな空燃比で運転され、暖機が進むとともに空燃比は理論空燃比に近づく。そして、暖機が完了すると運転条件に応じて機関のリーン空燃比運転が開始されるようになる。このため、NO_(X)吸収剤は機関始動時の燃料増量のためにリッチ空燃比の排気に曝されることになる。」(明細書第1ページ第5行ないし第2ページ第18行)

イ.「本実施形態の機関では、機関始動時から機関暖機が完了するまでは、前述の補正係数Ktを用いた燃料噴射制御は行わず、以下の式により燃料噴射TAUを決定する。
TAU=TP×FWL×FASE
ここでTPは前述の基本燃料噴射時間、FWLは暖機増量係数、FASEは始動後増量係数である。
暖機増量係数FWLは、機関温度が低いときに燃料の霧化の悪化による燃焼不安定が生じることを防止するために燃料を増量する係数であり、FWL≧1.0の値をとる。FWLは、機関温度(冷却水温度)に応じて定まる値とされ、機関温度が高くなるにつれて小さな値に設定され、機関暖機完了後(例えば冷却水温度が80℃に到達後)には1.0に設定される。
始動後増量係数FASEは、機関始動時に吸気ポート壁面を燃料で濡らすための燃料増量値であり、FASE≧1.0の値をとる。すなわち、機関始動時には各気筒の吸気ポートが乾いているため、噴射された燃料のうち壁面に付着する燃料の割合が大きくなり実際に気筒燃焼室に到達する燃料量が少なくなる。始動後増量係数FASEはこの壁面に付着する分の燃料量を予め増量して、必要な量の燃料を気筒に到達させるための係数であり、壁面が十分に濡れた後(壁面に運転条件に応じた量の燃料が付着した後)は1.0に設定される。FASEは、機関始動時の冷却水温度温度に応じた値(初期値)に設定され、その後1.0に到達するまで燃料噴射一定回数毎に低減される。
図9は、機関冷間始動後の燃料噴射量TAUの時間変化を説明する図である。図9に示すように、機関冷間始動直後は上記FWLとFASEとが1.0より大きな値に設定されるため、燃料噴射量TAUはTPより大きな値になり、機関空燃比はリッチ(例えば空燃比で1.2程度)になる。しかし、始動後時間の経過とともに始動後増量係数FASEが減少し、更に冷却水温度上昇とともに暖機増量係数FWLが減少するため、燃料噴射量は徐々に減少し、暖機完了とともに基本燃料噴射量TPに収束する。これに伴って、機関空燃比は1.2程度のリッチ空燃比から理論空燃比まで上昇する。
上述のように、機関始動時には機関空燃比はリッチ空燃比から理論空燃比に徐々に変化する。このため、NO_(X)吸収剤18を通過する排気空燃比もリッチ空燃比から理論空燃比に徐々に変化することになる。」(明細書第14ページ第27行ないし第16ページ第8行)

ウ.上記ア.及びイ.の記載事項及び図9から、引用文献2における内燃機関の排気浄化装置は、冷間始動時等には機関温度に応じてリッチな空燃比で運転され、始動後時間の経過とともに燃料噴射量は徐々に減少し、理論空燃比に近づき、暖機が完了すると運転条件に応じて機関のリーン空燃比運転が開始される燃料噴射制御手段を備えることが分かり、さらに、当該燃料噴射制御手段によるリッチな空燃比は、ピーク値を有すること、さらに、その構成上、ピーク値から理論空燃比又はリーン側に制御されるときの速度は、機関温度等の機関運転条件に応じて変わるものであることが分かる。

上記ア.ないしウ.の記載事項及び各図の記載によれば、引用文献2には、次の発明が記載されていると認められる。

「NO_(X)吸収剤と、
機関冷間始動時等には機関温度に応じてリッチな空燃比で運転され、始動後時間の経過とともに燃料噴射量は徐々に減少し、理論空燃比に近づき、暖機が完了すると運転条件に応じて機関のリーン空燃比運転が開始される燃料噴射制御手段と、
燃料噴射制御手段によるリッチな空燃比はピーク値を有し、ピーク値から理論空燃比又はリーン側に制御されるときの速度は、機関運転条件に応じて変わる構成を備えた内燃機関の排気浄化装置。」(以下、「引用発明2」という。)

3)対比・判断
本願補正発明と引用発明1とを対比すると、引用発明1における「排気ガス中のイオウ成分を吸着、保持し、触媒温度が高温(500℃以上)で排気ガスの空燃比が理論空燃比(ストイキ)よりリツチ側である場合に、吸着したイオウ成分を脱離する触媒コンバータ39」は、その機能又は構成からみて、本願補正発明における「排気中のイオウ成分を吸着、吸収又はその両方にて選択的に保持し、触媒温度が高温で排気空燃比が燃料リッチとなったときに、イオウ成分を排出する排気浄化触媒」に相当する。以下、同様に、引用発明1における「触媒床温度を直接又は間接的に検知する手段」は、本願補正発明における「排気浄化触媒の温度を直接又は間接的に検知する触媒温度検知手段」に、「エンジン10の電子制御ユニツト50」は「内燃機関の燃料制御装置」に、それぞれ相当する。
また、引用発明1における「空燃比を理論空燃比よりリーン側に補正する手段を備え、排気ガスの空燃比が理論空燃比よりリツチ側であり、触媒温度が高温であるときに、空燃比を理論空燃比よりリーン側に補正する手段」は、「排気空燃比をリーン側に向かって制御する燃料制御手段と、排気浄化触媒の温度に基づいて、排気空燃比がリッチ側からリーン側に制御される手段」という限りにおいて、本願補正発明における「始動時に排気空燃比を燃料リッチとし、始動後に排気空燃比をリーン側に向かって制御する燃料制御手段と、前記燃料制御手段による燃料リッチのピーク値を変更せずに、始動時の前記排気浄化触媒の温度に基づいて、前記排気空燃比が前記ピーク値からリーン側に制御されるときの速度を補正するリーン化補正手段」に相当する。

してみると、両者は、
「排気中のイオウ成分を吸着、吸収又はその両方にて選択的に保持し、触媒温度が高温で排気空燃比が燃料リッチとなったときに、吸蔵したイオウ成分を排出する排気浄化触媒と、
前記排気浄化触媒の温度を直接又は間接的に検知する触媒温度検知手段と、
排気空燃比をリーン側に向かって制御する燃料制御手段と、排気浄化触媒の温度に基づいて、排気空燃比がリッチ側からリーン側に制御される手段と、
を備えた内燃機関の燃料制御装置。」の点で一致し、以下のア.及びイ.の点で相違する。

・相違点
ア.本願補正発明では、「始動時に排気空燃比を燃料リッチとし、始動後に排気空燃比をリーン側に向かって制御する燃料制御手段」を備えるのに対して、引用発明1では、始動時の制御手段については明らかではない点(以下、「相違点1」という。)。

イ.本願補正発明では、「燃料制御手段による燃料リッチのピーク値を変更せずに、始動時の排気浄化触媒の温度に基づいて、排気空燃比がピーク値からリーン側に制御されるときの速度を補正するリーン化補正手段」を備えるのに対して、引用発明1では、「排気ガスの空燃比が理論空燃比よりリツチ側であり、排気ガス温度が高温であるときに、空燃比を理論空燃比よりリーン側に補正する手段」を備えるものではあるものの、かかる手段の始動時への適用及びリーン側に補正されるときの速度については明らかではない点(以下、「相違点2」という。)。

そこで、上記相違点1及び2について検討する。
・相違点1について
まず、本願補正発明と引用発明2とを対比すると、引用発明2における「NO_(X)吸収剤」は、その機能又は構成からみて、本願補正発明における「排気浄化触媒」に相当する。以下同様に、「機関冷間始動時等には機関温度に応じてリッチな空燃比で運転され、始動後時間の経過とともに燃料噴射量は徐々に減少し、理論空燃比に近づき、暖機が完了すると運転条件に応じて機関のリーン空燃比運転が開始される燃料噴射制御手段」は、「始動時に排気空燃比を燃料リッチとし、始動後に排気空燃比をリーン側に向かって制御する燃料制御手段」に、「内燃機関の排気浄化装置」は「内燃機関の燃料制御装置」に、それぞれ相当する。
また、引用発明2における「燃料噴射制御手段によるリッチな空燃比はピーク値を有し、ピーク値から理論空燃比又はリーン側に制御されるときの速度は、機関運転条件に応じて変わる構成」は、その機能又は構成からみて、「始動時の機関運転条件に基づいて、排気空燃比がピーク値からリーン側に制御されるときの速度を補正する補正手段」という限りにおいて、本願補正発明における「燃料制御手段による燃料リッチのピーク値を変更せずに、始動時の前記排気浄化触媒の温度に基づいて、前記排気空燃比が前記ピーク値からリーン側に制御されるときの速度を補正するリーン化補正手段」に相当する。
してみると、引用発明2を本願補正発明に合わせて書くと、「排気浄化触媒と、始動時に排気空燃比を燃料リッチとし、始動後に排気空燃比をリーン側に向かって制御する燃料制御手段と、始動時の機関運転条件に基づいて、排気空燃比がピーク値からリーン側に制御されるときの速度を補正する補正手段を備える内燃機関の燃料制御装置。」となる。なお、内燃機関の燃料制御装置において、上記引用発明2のような始動時増量制御は、例えば、特開平4-58032号公報(第5図等を参照。)にも示されるように、周知の技術的事項といい得るものであり、また、内燃機関においてごく当然に採用する制御でもある。
そうすると、引用発明1において、周知の技術的事項といい得る引用発明2を採用し、上記相違点1に係る本願補正発明のようにすることは、当業者にとって何らの困難性も無くなし得ることにすぎない。

・相違点2について
周知の技術的事項といい得る引用発明2における「ピーク値」は、内燃機関を確実に始動させるために重要であることは当業者にとって明らかであり、内燃機関において確実に始動させる(エンストをさせない)というのは、他の如何なる燃料制御手段に比べても重要(内燃機関はまずは始動しなければ、所定の機能を発揮しないもの)であることは、当業者にとって当然の知見である。
してみると、引用発明1において、周知の技術的事項といい得る引用発明2を採用するに当たり、「燃料制御手段による燃料リッチのピーク値を変更」しないように構成し、もって始動を確実なものとすることは、当業者が適宜採用する事項である。
他方、引用発明1における「排気空燃比をリーン側に向かって制御する燃料制御手段と、排気浄化触媒の温度に基づいて、排気空燃比がリッチ側からリーン側に制御される手段(空燃比を理論空燃比よりリーン側に補正する手段を備え、排気ガスの空燃比が理論空燃比よりリツチ側であり、触媒温度が高温であるときに、空燃比を理論空燃比よりリーン側に補正する手段)」は、始動時増量のピーク値に比べれば重要性は高くはないかもしれないが、硫化水素 H_(2)Sの排出も厳に規制されているのであって、硫化水素 H_(2)Sの発生条件が成立しているのであれば、これに速やかに対処する必要があることも当業者にとってまた明らかである。
してみると、引用発明1において、周知の技術的事項といい得る引用発明2を採用するに当たり、始動後に、触媒温度が高温なために硫化水素 H_(2)Sの発生条件が成立しているのであれば、速やかに、排気空燃比をリッチ側からリーン側に制御することは、当業者であれば、格別の困難性無く想到し得ることである。そして、その際に、周知の技術的事項といい得る引用発明2においても、機関運転条件に基づいて、排気空燃比がピーク値からリーン側に制御されるときの速度を補正するものであるから、硫化水素 H_(2)S排出抑制の緊急度、例えば、硫化水素 H_(2)Sの発生量と強く相関する排気浄化触媒の温度に基づいて、「始動時の排気浄化触媒の温度に基づいて、排気空燃比がピーク値からリーン側に制御されるときの速度を補正する」ようになすこともは、当業者にとって格別の創作力を要することなく想到できることである。
よって、引用発明1において、周知の技術的事項といい得る引用発明2を採用し、上記相違点2に係る本願補正発明のようにすることは、当業者にとって格別の創作力を要することなく想到できたことである。

・本願補正発明の効果について
また、本願補正発明を全体として検討しても、引用発明1及び周知の技術的事項といい得る引用発明2から予測される以上の格別の効果を奏するとも認められない。

(3)まとめ
したがって、本願補正発明は、引用発明1及び周知の技術的事項といい得る引用発明2に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

3.むすび
以上のとおり、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前特許法第17条の2第5項第2号において準用する同法第126条第5項の規定に違反するものであるのであるから、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、結論のとおり決定する。

第3.本願発明について
1. 本願発明
上記のとおり、平成20年1月21日付けの手続補正は却下されたため、本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、平成19年11月2日付けの手続補正により補正された明細書及び出願当初の図面の記載からみて、その明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるものと認められるところ、上記第2.〔理 由〕1.(2)に記載したとおりである。

2.引用文献
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の出願前に頒布された刊行物である、上記引用文献1及び引用文献2の記載事項は、上記第2.〔理 由〕2.(2)1)及び2)に記載したとおりである。

3.当審の判断
本願発明は、前記第2.〔理 由〕1.において判断したことからみて、本願補正発明における「前記燃料制御手段による燃料リッチのピーク値を変更せずに、」及び「前記ピーク値から」なる発明特定事項を有しないものに実質的に相当する。
そうすると、本願発明を特定する事項を全て含み、さらに本願発明を減縮したものに相当する本願補正発明が、上記第2.〔理 由〕2.に記載したとおり、引用発明1及び周知の技術的事項といい得る引用発明2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様の理由により、引用発明1及び周知の技術的事項といい得る引用発明2に基づいて当業者が容易に発明することができたものである。

4.むすび
以上のとおり、本願発明は、引用発明1及び周知の技術的事項といい得る引用発明2に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-10-01 
結審通知日 2009-10-06 
審決日 2009-10-19 
出願番号 特願2002-277827(P2002-277827)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (F02D)
P 1 8・ 575- Z (F02D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 寺川 ゆりか所村 陽一  
特許庁審判長 早野 公惠
特許庁審判官 森藤 淳志
中川 隆司
発明の名称 内燃機関の燃料制御装置  
代理人 大西 秀和  
代理人 高橋 英樹  
代理人 高橋 英樹  
代理人 高田 守  
代理人 大西 秀和  
代理人 高田 守  

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