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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09D
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C09D
管理番号 1209325
審判番号 不服2007-10009  
総通号数 122 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-02-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-04-09 
確定日 2009-12-17 
事件の表示 平成 8年特許願第505432号「改善された初期硬度と粘着抵抗性を有する塗膜を与える水性被覆剤組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成 8年 2月 8日国際公開、WO96/03468、平成10年 3月24日国内公表、特表平10-503227〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、1995年7月14日(パリ条約による優先権主張外国庁受理1994年7月25日 イギリス(GB))を国際出願日とする出願であって、平成17年2月4日に手続補正書が提出され、同年2月16日付けで拒絶理由が通知され、同年8月31日に意見書及び手続補正書が提出され、平成18年3月7日付けで拒絶理由が通知され、同年9月14日に意見書及び手続補正書が提出されたところ、同年12月19日付けで拒絶査定がされ、これに対し、平成19年4月9日に審判請求がされるとともに、同年5月8日に手続補正書が提出され、同年5月15日に審判請求書の手続補正書が提出され、平成20年3月3日付けで審尋がされ、同年7月3日に回答書が提出され、同年10月31日付けで、平成19年5月8日付けの手続補正が却下されるとともに拒絶理由が通知され、平成21年5月1日に意見書及び手続補正書が提出されたものである。

第2 本願発明
本願の請求項1?10に係る発明は、平成17年2月4日付け、同年8月31日付け、平成18年9月14日付け及び平成21年5月1日付け手続補正書により補正された明細書(以下、「本願明細書」という。)の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?10に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。

【請求項1】
ポリヒドロキシアルカノエート共重合体ポリエステル粒子と皮膜形成性重合体を含有する水性被膜形成性被覆剤組成物であって、上記皮膜形成性重合体はアクリル系皮膜形成性重合体からなり、上記ポリエステル粒子の少なくとも60重量%は102%Dmin以下の密度(Dminはポリエステルによって得られ得る最小密度である)を有しており、そして、被膜形成性被覆剤組成物は周囲温度で耐水性被膜を形成するものである水性被膜形成性被覆剤組成物。
【請求項2】
ポリヒドロキシアルカノエートポリエステルは、60モル%?100モル%未満の3-ヒドロキシブチレートと0モル%を越え、40モル%までの3-ヒドロキシバレレートの重合体又は共重合体からなる、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
被膜形成性重合体は石油又は植物油原料から得られる単量体から得られ、そして、被膜形成性重合体とポリヒドロキシアルカノエート共重合体ポリエステルの合計重量の95重量%までの量で存在させる、請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
「アクリル系皮膜形成性重合体は、高い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる単量体と、低い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる単量体とからなる共重合体であり、高い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる単量体は、アクリル酸、メタクリル酸、クロトン酸、イタコン酸、無水マレイン酸、メタクリル酸メチル、酢酸ビニル及びスチレンからなる群から選ばれたものであり、低い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる単量体は、アクリル酸エチル、アクリル酸2-エチルヘキシル、アクリル酸メチル、アクリル酸ブチル及びビニルベルサテートからなる群から選ばれたものである、請求項1に記載の組成物。
【請求項5】
顔料を更に含有する、請求項1に記載の組成物。
【請求項6】
ポリヒドロキシアルカノエート共重合体ポリエステル粒子と皮膜形成性重合体とを含有する水性被膜形成性被覆剤組成物であって、上記皮膜形成性重合体はアクリル系皮膜形成性重合体からなるものであり、上記ポリエステル粒子の少なくとも60重量%は102%Dmin以下の密度(Dminはポリエステルによって得られ得る最小密度である)を有しており、そして、被膜形成性被覆剤組成物は周囲温度で耐水性被膜を形成するものである水性被膜形成性被覆剤組成物を施すことからなる、構造物の被覆方法。
【請求項7】
ポリヒドロキシアルカノエートポリエステルは、60モル%?100モル%未満の3-ヒドロキシブチレートと0モル%を越え、40モル%までの3-ヒドロキシバレレートの重合体又は共重合体からなる、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
「アクリル系皮膜形成性重合体は、高い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる単量体と、低い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる単量体とからなる共重合体であり、高い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる単量体は、アクリル酸、メタクリル酸、クロトン酸、イタコン酸、無水マレイン酸、メタクリル酸メチル、酢酸ビニル及びスチレンからなる群から選ばれたものであり、低い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる単量体は、アクリル酸エチル、アクリル酸2-エチルヘキシル、アクリル酸メチル、アクリル酸ブチル及びビニルベルサテートからなる群から選ばれたものである、請求項6に記載の方法。
【請求項9】
被膜形成性被覆剤組成物は、石油又は植物油原料から得られる単量体からなる被膜形成性重合体であって、被膜形成性重合体とヒドロキシアルカノエートポリエステルの合計重量の95重量%までの量で存在させる被膜形成性重合体を更に含有しており、そして、被覆剤組成物をペイント又はワニスとして塗布することからなる、請求項6に記載の方法。
【請求項10】
被覆剤組成物を、建造物又は車両、その取付部品又は室内装備品又は金属又はプラスチック容器の表面に塗布する、請求項9に記載の方法。

第3 当審で通知した拒絶の理由
平成20年10月31日付けで当審で通知した拒絶理由は、補正前の明細書について、
「この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。
請求項5?7及び11?13に係る発明は、明細書の発明の詳細な説明に記載したものではないから、これらの請求項についての特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。 」という理由を含むものであって、具体的には、次に示す理由1、理由2を含むものである。

理由1:特許法第36条第4項
本願明細書の発明の詳細な説明には、「少なくとも60重量%が102%Dmin以下」であるポリエステル粒子、すなわち、「ポリエステル粒子の少なくとも60重量%は102%Dmin以下の密度を有して」いるものを得るための方法が記載されていない。そして、当該ポリエステル粒子の製造方法が本願出願時において技術常識であったともいえないから、明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明を実施するにあたり、当業者に過度の試行錯誤を強いるものである。
してみると、この出願の明細書の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1?15に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていない。

理由2:特許法第36条第6項第1号
明細書の発明の詳細な説明には、「高い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる単量体」及び「低い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる単量体」が、それぞれ、列挙されているだけで、具体的な共重合体の記載がないので、請求項5?7及び11?13に係る発明について、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。

第4 当審の判断
1 理由1:特許法第36条第4項について
(1)請求項1に係る発明
請求項1に係る発明は、上記「第2」に示したとおりの次のものである。
【請求項1】
ポリヒドロキシアルカノエート共重合体ポリエステル粒子と皮膜形成性重合体を含有する水性被膜形成性被覆剤組成物であって、上記皮膜形成性重合体はアクリル系皮膜形成性重合体からなり、上記ポリエステル粒子の少なくとも60重量%は102%Dmin以下の密度(Dminはポリエステルによって得られ得る最小密度である)を有しており、そして、被膜形成性被覆剤組成物は周囲温度で耐水性被膜を形成するものである水性被膜形成性被覆剤組成物。

請求項1には、「上記ポリエステル粒子の少なくとも60重量%は102%Dmin以下の密度(Dminはポリエステルによって得られ得る最小密度である)を有しており」なる記載がされている。
そこで、発明を特定する事項としている、上記の要件を満たすポリエステル粒子を得るための方法が、発明の詳細な説明に明確かつ十分に記載されているかについて検討する。

(2)発明の詳細な説明の記載
発明の詳細な説明には、上記のポリエステル粒子の密度について、次の記載がされている。
a「ポリエステル粒子の全てが完全に結晶質である場合には、ポリエステルの密度はポリエステルの“結晶密度”(“crystalline density”)、Dmaxと呼ばれるその最大値に到達する。これに対して、ポリエステル粒子の全てが完全に非結晶質である場合には、ポリエステルの密度はポリエステルの“非結晶密度”(“non-crystalline density”)、Dminと呼ばれるその最小値に到達する。ポリエステル粒子が部分的にだけ結晶質である場合には、この粒子は非結晶密度と結晶密度との間の中間密度を有しており、その密度がDmax以下に低下する量はポリエステル中に存在する結晶構造の量の指標になるであろう。」(本願明細書段落【0004】)
b「c)水中に分散させたポリエステル(共ポリエステルを含む)の粒子;このポリエステルは反復ヒドロキシアルカノエート単位を含有しており、また、上記ポリエステル粒子の少なくとも60重量%はDminの102%以下(好ましくはDminの101%以下)の密度を有する(このことは、実際にはポリエステル粒子の大部分が高度に非結晶質であり、極めて小割合の結晶性が許容され得ることを意味する)」(同段落【0010】)
c「ヒドロキシバレレート部分が20モル%の場合、共重合体についてのDmax(結晶密度)は1.231g/cm^(3)であり、Dmin(非結晶密度)は1.176g/cm^(3)である。本発明で使用されるポリエステル粒子の少なくとも60重量%がDmin + 0.3(Dmax- Dmin)以下の密度を有すべきであり、このことは、20モル%のヒドロキシバレレート部分を含有する上記共重合体の場合、高度に非結晶質のポリエステルの密度は1.195g/cm^(3)以下であろうということを意味する。」(同段落【0014】)
d「実施例1及び2
約80モル%の3-ヒドロキシブチレートと20モル%の3-ヒドロキシバレレートからなるヒドロキシアルカノエート共重合体の水性分散体であって、9.1 %の固形分含有量を有する水性分散体の試料を固形分含有量が35%になるまで回転蒸発器上で濃縮しついで慣用のアクリル系被膜形成性共重合体の水性分散体と90:10の重量比で混合した。ポリエステル粒子の67%は1.18g/cm^(3)以下の密度を有していた。」(同段落【0019】)

(3)検討
記載aから、ポリエステル粒子が完全に結晶質である場合には、その密度はDmaxであり、完全に非結晶質である場合には、その密度はDminであって、部分的にだけ結晶質である場合には、その密度はDmaxとDminの中間になり、密度が結晶構造の量の指標になることがわかる。記載bから、ポリエステル粒子の少なくとも60重量%はDminの102%以下の密度を有するということは、ポリエステル粒子の大部分が高度に非結晶質であり、極めて小割合の結晶性が許容され得ることを意味することがわかる。記載cから、ヒドロキシバレレート部分が20モル%の場合の共重合体について、DmaxもDminも既知であることがわかる。また、20モル%のヒドロキシバレレート部分を含有する上記共重合体の場合、ポリエステルの密度は1.195g/cm^(3)以下であろう、とされている。記載dから、約80モル%の3-ヒドロキシブチレートと20モル%の3-ヒドロキシバレレートからなるヒドロキシアルカノエート共重合体から得られるポリエステル粒子の67%は1.18g/cm^(3)以下の密度を有していたことがわかる。
しかし、本願明細書の上記記載a?dを検討しても、どのようにしたら、「ポリエステル粒子の少なくとも60重量%は102%Dmin以下の密度を有して」いるものが得られるのかについては、記載されておらず、示唆もされていないので、「ポリエステル粒子の少なくとも60重量%は102%Dmin以下の密度を有して」いるものを得るための方法がわかるとはいえない。
そこで、請求人の主張する技術常識についてさらに検討する。

(4)請求人の主張
請求人は、「ポリエステル粒子の少なくとも60重量%は102%Dmin以下の密度を有して」いるものについて、意見書等で、以下の文献A?Cを示して、次のように主張している。
文献A:米国特許4,910,145号明細書
文献B:WO94/07940号
文献C:米国特許第4,358,491号明細書

平成21年5月1日付け意見書において、「ポリエステル粒子は変動し得る非晶質性を有し得るものである。」([1](5))と説明したうえで、「文献Aには、特定の密度を有する中程度に非結晶質のポリエステル粒子の部分を調製する方法が開示されており、非晶質粒子(即ち、粒子の100%までが102% Dmin以下の密度を有する粒子)を得る方法は、文献Bに開示されているから、これらの刊行物の記載に従って、ポリエステル粒子を製造することが可能である。」旨、また、「文献A、文献Bに開示される方法によっては、周囲温度で耐水性皮膜を形成する水性被覆剤組成物を得ることは本来的には不可能である;かかる目的を達成するためには、ポリエステル粒子の少なくとも60重量%が102% Dmin以下の密度を有するポリヒドロキシアルカノエート共重合体ポリエステル粒子を含有する水性皮膜形成性組成物を選択するという本願発明の教示を必要とする。」旨([2](2))、主張する。
平成19年5月15日付け審判請求書の手続補正書において、「文献Bには、少なくとも部分的に表面活性剤又はリン脂質で被覆された粒子を形成させることにより得られる、非晶質状態又は不完全に結晶質の状態で安定化された結晶性重合体を含有する重合体組成物が開示されているが、ポリエステル粒子の少なくとも60%が102% Dmin以下の密度を有する水性被覆剤組成物であって、周囲温度で耐水性皮膜を形成することのできる水性被覆剤組成物は開示も示唆もされていない。」旨([3](5))、主張する。
平成18年9月14日付け意見書においては、「特定の密度を有する粒子は文献Bから明らかなごとく本願出願前に公知である。文献Bには非晶質粒子(即ち、粒子の100%までが102%Dmin有する粒子)を得る方法が開示されている。粒子の少なくとも60重量%が102% Dmin以下の密度を有するものを選択して使用するという本願発明の教示がなければ、文献Bに開示されている方法では周囲温度で耐水性皮膜を形成する水性被覆剤組成物を得ることは不可能である。」旨(5.[3])、主張する。
平成17年8月31日付け意見書において、「文献Cには、密度勾配法を使用して測定して測定したポリエステル共重合体の密度が開示されている。当業者は、ポリエステル粒子の少なくとも60%が102%Dmin以下の密度を有する重合体組成物を製造するために、密度勾配法を使用して、特定の重合体組成物についてDmax及びDminを測定することが可能である。
上記のことを明らかにするために、今般、重合体粒子の密度は密度勾配法を使用して測定し得ること及びこの測定法の概略を明細書中に記載したので、これによって、拒絶理由3及び4は解消したものと思料する。」旨(5.[2](2)、(3))、主張する。

これらの主張を併せ考慮すると、本願発明のようなポリエステル粒子はそもそも「変動し得る非晶質性を有し得るものである」ところ、「特定の密度を有する中程度に非結晶質のポリエステル粒子の部分」や「非晶質粒子」は、文献Aや文献Bに得る方法が開示されているから、これらの方法で製造することが可能であるが、これらの方法によっては、周囲温度で耐水性皮膜を形成する水性被覆剤組成物を得ることは本来的には不可能であり、かかる目的を達成するためには、ポリエステル粒子の少なくとも60重量%が102% Dmin以下の密度を有するポリヒドロキシアルカノエート共重合体ポリエステル粒子を含有する水性皮膜形成性組成物を選択するという本願発明の教示を必要とする、と主張していると認められる。
すなわち、文献Aや文献Bの方法で製造すると、製造されたポリエステル粒子は特定の密度範囲外のものをも含むから、これから本願発明で特定している密度の範囲のものを選択すればよい、と主張している。

ところで、請求人はこれらのA?Cの文献について、得る方法や密度が開示されている、と述べてはいるものの、具体的に何が記載されているかについては説明していないので、ここで、文献A?Cについて検討する。
文献Aは、3-ヒドロキシブチレートポリマー含有微生物細胞から、該ポリマー以外の細胞物質を除去する方法について記載されるものであって、該ポリマーの密度や密度を調整する方法や特定の密度のものを選び出すことについては、記載されていない。
文献Bは、界面活性剤またはリン脂質で被覆された小粒子の形の結晶性ポリマーを含むポリマー組成物について記載されるものであり、その実施例1に、「非晶質PHB粒子の製造」について、「スクロース密度カラムを用いて、粒子の相対密度を推定した。非晶PHBの理論密度は1.176である。結晶性PHB対照出発物質の密度は1.25であった。製造された粒子は密度1.15?1.18であった。主として粒子は非晶質であると考えられた。」と記載されている。具体的に製造された粒子は、非晶PHBの理論密度よりも低いものをも包含するが、本願明細書の記載aによれば、製造された粒子の密度は結晶質のものの密度と非晶質のものの密度との中間となるのであるから、文献Bに示された内容は本願明細書に示された内容と異なるものとせざるを得ず、そうすると、文献Bを本願発明の従来技術とすることはできないうえに、やはり、特定の密度のものを選択する方法については記載されていない。
文献Cは、スリガラス調表面を有する中空容器の製造方法について記載されるものであり、パリソンについて平均密度は記載されているものの、ポリエステル粒子の少なくとも60重量%が102% Dmin以下の密度を有するものを製造する方法も、製造されたものの中からこれらの粒子を選択する方法も記載されていない。

なお、平成17年8月31日付け意見書においては、上記したように、「今般、重合体粒子の密度は密度勾配法を使用して測定し得ること及びこの測定法の概略を明細書中に記載したので、これによって、拒絶理由3及び4は解消したものと思料する。」旨も、主張しているが、本願の外国語書面の翻訳文には、重合体粒子の密度を測定する方法について記載も示唆もされておらず、また、測定方法が記載されているも同然と考えるべき合理的理由もないので、このような補正は認められないものである。

そうすると、請求人の示した文献A?Cを考慮しても、「ポリエステル粒子の少なくとも60重量%が102% Dmin以下の密度を有して」いるものを得るための方法も、また製造した粒子の中から、本願発明に規定する要件に適合する粒子を選択して得るための方法も本願明細書には記載されておらず、当業者の技術常識をもってしても、当該粒子を得ることが、本願明細書に記載されているに等しいとすることはできない。

(5)まとめ
以上のとおりであるから、本願明細書の発明の詳細な説明には、「ポリエステル粒子の少なくとも60重量%が102% Dmin以下の密度を有して」いるものを得るための方法が記載されておらず、このような粒子を得るための方法が本願の出願日において技術常識であったともすることもできないから、明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明を実施するにあたり、当業者に過度の試行錯誤を強いるものである。
また、該ポリエステル粒子は請求項6にも記載され、他の請求項はいずれも請求項1又は請求項6を引用している。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1?10に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されておらず、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。

2 理由2:特許法第36条第6項第1号について
(1)請求項4に係る発明
請求項4に係る発明は、上記「第2」に示したとおりの次のものである。

【請求項4】
アクリル系皮膜形成性重合体は、高い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる単量体と、低い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる単量体とからなる共重合体であり、高い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる単量体は、アクリル酸、メタクリル酸、クロトン酸、イタコン酸、無水マレイン酸、メタクリル酸メチル、酢酸ビニル及びスチレンからなる群から選ばれたものであり、低い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる単量体は、アクリル酸エチル、アクリル酸2-エチルヘキシル、アクリル酸メチル、アクリル酸ブチル及びビニルベルサテートからなる群から選ばれたものである、請求項1に記載の組成物。

そこで、請求項4に係る発明が発明の詳細な説明に記載したものであるかについて検討する。

(2)発明の詳細な説明の記載
発明の詳細な説明には、「高い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる単量体と、低い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる単量体とからなる共重合体」について次の記載がされている。
e「好ましくは、分散物中で使用することを意図する重合体は、周囲温度で良好な被膜形成を行わせるためには、40℃以下の最低被膜形成温度を有すべきである。最低被膜形成温度はASTM試験法2354-91に従って測定し得る。通常、粒状被膜形成性重合体は複数の単量体の共重合体であり、この単量体から形成される単独重合体の一方は高い最低被膜形成温度を有しており、他方は低い被膜形成温度を有している。従って、共単量体の割合は、最低被膜形成温度が40℃以下でありそして好ましくは0℃以上である共重合体を与えるように選択される。高い最低被膜形成温度を有する単独重合体を与える典型的な単量体としてはアクリル酸、メタクリル酸、クロトン酸又はイタコン酸又はフマル酸又はマレイン酸無水物のごときカルボン酸、又は、メタクリル酸メチル、酢酸ビニル及びスチレンのごとき非酸性単量体が挙げられる。低い最低被膜形成温度を有する単独重合体を与える典型的な単量体としてはアクリル酸エチル、アクリル酸 2-エチルヘキ シル、アクリル酸メチル、アクリル酸ブチル及びShell Chemical社から“ビニル ベルサテート”(“Vinyl Versatate”)の商品名で入手される物質 (これは約10個の炭素原子を含有する分岐鎖酸の混合物のビニルエステルであると考えられる)が挙げられる。有用な水溶性被膜形成性重合体としては例えば、1988年、Champon and Hall社(ロンドン)発行のP A Turnerの著書“Introduction to Paint Chemistry”、第3判、第165-170頁に記載されるごとき、いわゆるアルキド樹脂の変性物(この変性物においては変性により樹脂中に水可溶性化部分が導入されている)が挙げられる。」(本願明細書段落【0016】)
また、本願発明の課題として、次の記載がある。
f「本発明の目的は、表面に適用した場合、乾燥時に自動酸化に依存する必要なしに改善された初期硬度と粘着抵抗性を有する被膜を与える水性被覆剤組成物を提供することを目的とする。」(同段落【0009】)
課題を解決する手段として、次の記載がある。
g「従って、本発明は、
a)水;
b)ペイントの場合には、顔料;
c)水中に分散させたポリエステル(共ポリエステルを含む)の粒子;このポリエステルは反復ヒドロキシアルカノエート単位を含有しており、また、上記ポリエステル粒子の少なくとも60重量%はDminの102%以下(・・・)の密度を有する(・・・)及び
d)好ましくは、慣用の被膜形成性重合体;その量は慣用の被膜形成性重合体とポリエステルの合計重量の95重量%まで(・・・)の量である;からなる水性被覆剤組成物(・・・)を提供する。」(同段落【0010】。なお、記載fは前記記載bを包含するものである。)

(3)検討
上記した発明の詳細な説明の記載をみると、請求項4に記載された「高い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる単量体」と「低い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる単量体」について、それぞれの単量体は、記載eに列挙されているものの、それぞれの単量体を組み合わせて共重合体とする際に、どの単量体とどの単量体を具体的に組み合わせたか、量割合はどのくらいが適当か、どのような重合方法を適用したらよいか、触媒は何を用いるか、溶媒は何か、重合温度はどの程度がよいのか等の具体的な製造条件については、何ら説明されていない。また、ここに挙げられているもの以外の単量体を用いた場合と比して、「水性被膜形成性被覆剤組成物」の発明において、どのように異なるものであるのかについても記載されていない。
しかも、記載dに示した実施例においては、「慣用のアクリル系被膜形成性共重合体」と記載されるのみで、これが、具体的にどのようなものであるのかわからず、ましてや、これが、「高い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる特定の単量体と、低い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる特定の単量体とからなる共重合体」であるとは到底いえない。
そうしてみると、「アクリル酸、メタクリル酸、クロトン酸、イタコン酸、無水マレイン酸、メタクリル酸メチル、酢酸ビニル及びスチレンからなる群から選ばれた、高い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる単量体」と、「アクリル酸エチル、アクリル酸2-エチルヘキシル、アクリル酸メチル、アクリル酸ブチル及びビニルベルサテートからなる群から選ばれた、低い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる単量体」とからなる共重合体である皮膜形成性重合体を含有する水性被膜形成性被覆剤組成物、の発明が、発明の詳細な説明に何ら実体を持って記載されているとはいえない。

また、発明の課題との関係でみると、本願発明の課題は、記載fに示されるように「改善された初期硬度と粘着抵抗性を有する被膜を与える」ことといえるところ、記載gによれば、本願発明の課題を解決する手段として、「d)好ましくは、慣用の被膜形成性重合体」を用いるとあるが、これが、「高い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる特定の単量体と、低い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる特定の単量体とからなる共重合体」を意味しているという根拠はなく、発明の詳細な説明に具体的に記載された実施例の記載から、当業者が、「改善された初期硬度と粘着抵抗性を有する被膜を与える」ものとして、「高い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる特定の単量体と、低い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる特定の単量体とからなる共重合体」が必須であると認識するともいえない。

したがって、発明の詳細な説明には、「高い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる単量体」及び「低い被膜形成温度を有するホモポリマーを形成することのできる単量体」が、それぞれ、列挙されているだけで、具体的な共重合体の記載がなく、このような共重合体が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲のものとはいえず、さらに、出願時の技術常識に照らしても、このような共重合体が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲のものとはいえないので、請求項4に係る発明について、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。

(4)請求人の主張
請求人は平成21年5月1日付け意見書において、「(2)かかる拒絶理由の趣旨に鑑み、今般提出した手続補正書(全文補正明細書)により、平成19年5月8日付け差出の手続補正書の特許請求の範囲第3項、第5項及び第6項を削除し、これらの請求項に記載の要件を第4項に記載した。同様に、上記手続補正書の特許請求の範囲第10項及び第11項を削除し、これらの請求項に記載の要件を第8項に記載した。
(3)本願明細書の実施例1及び2にはヒドロキシアルカノエート共重合体の水性分散体に慣用のアクリル系皮膜形成性重合体を混合した旨、記載されている。一方、本願の出願時の明細書第7頁には、かかる皮膜形成性重合体を形成し得る単量体が具体的に記載されている。」([4](2)、(3))と主張しているが、「(2)」の点については、補正後の請求項4について拒絶の理由が解消していないことは上記したし、また「(3)」の点については、明細書に単量体名が列挙されているだけでは拒絶の理由が解消しないことも、上記した。
したがって、請求人の主張は検討済みである。

(5)まとめ
以上のとおりであるところ、請求項8にも請求項4と同様の記載がされているから、請求項4及び請求項8に係る発明について、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものとはいえず、特許法第36条第6項第1号に適合しない。

第5 むすび
以上のとおりであって、本願は、特許法第36条第4項及び第6項に規定する要件を満たしていないから、その余のことを検討するまでもなく、拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-07-17 
結審通知日 2009-07-22 
審決日 2009-08-04 
出願番号 特願平8-505432
審決分類 P 1 8・ 536- WZ (C09D)
P 1 8・ 537- WZ (C09D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 小川 由美吉住 和之  
特許庁審判長 西川 和子
特許庁審判官 橋本 栄和
原 健司
発明の名称 改善された初期硬度と粘着抵抗性を有する塗膜を与える水性被覆剤組成物  
代理人 浜野 孝雄  
代理人 平井 輝一  

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