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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) F16C
管理番号 1209443
審判番号 不服2008-26852  
総通号数 122 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-02-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-10-20 
確定日 2009-12-28 
事件の表示 特願2004-220827「流体軸受装置」拒絶査定不服審判事件〔平成16年11月11日出願公開、特開2004-316927〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯・本願発明
本願は、平成14年9月26日に出願した特願2002-281599号の一部を平成16年7月28日(優先権主張 平成13年11月13日、平成14年2月13日)に新たな特許出願としたものであって、その請求項1?4に係る発明は特許を受けることができないとして、平成20年9月16日付けで拒絶査定がされたところ、平成20年10月20日に拒絶査定不服審判の請求がなされたものである。
そして、本願の請求項1?4に係る発明は、平成20年6月9日付け、及び平成21年8月27日付けの手続補正により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は次のとおりのものである。平成20年9月2日付けの手続補正は前審において平成20年9月16日付けで決定をもって却下されるとともに、平成20年11月19日付けの手続補正は当審において平成21年6月29日付けで決定をもって却下された。
なお、上記優先権主張の基礎とした出願(特願2001-347725号及び特願2002-35790号)の明細書及び図面には、本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明の特定事項である「シール空間とスラスト軸受部の空間とを、軸受部材の外周面とハウジングの内周面との間に形成された軸方向溝、および軸受部材の端面とシール部材の端面との間に形成した半径方向溝を有する連通溝で連通させ」る構成が開示されていないので、この点についての特許法第29条等の規定の適用については、当該優先権主張の基礎とした出願の時にされたものとみなすことはできない。したがって、本願についての特許法第29条等の規定の適用については、分割の原出願(特願2002-281599号)の現実の出願日である平成14年9月26日を基準日としておこなう。
「【請求項1】
一端側に開口部を有するハウジングと、前記ハウジングに収容される軸部材および軸受部材と、前記軸受部材の内周面と前記軸部材の外周面との間に設けられ、ラジアル軸受隙間に生じる潤滑油の油膜で前記軸部材をラジアル方向に非接触支持するラジアル軸受部と、軸部材をスラスト方向に回転自在に支持するスラスト軸受部とを備えた流体軸受装置において、
軸受部材を焼結金属製とし、前記ハウジングの開口側で軸受部材の端面にシール部材の端面を接触させて、シール部材の内周面と軸部材の外周面との間にシール空間を形成し、シール空間とスラスト軸受部の空間とを、軸受部材の外周面とハウジングの内周面との間に形成された軸方向溝、および軸受部材の端面とシール部材の端面との間に形成した半径方向溝を有する連通溝で連通させ、ハウジングの内部空間が連通溝および焼結金属の気孔も含めて潤滑油で充満され、該シール空間の容積が、前記流体軸受装置の内部空間に充満された潤滑油の容積変化量よりも大きくなるように設定され、ハウジング内部空間に充満させた潤滑油の油面が常にシール空間内にあってシール空間が毛細管力により油漏れを防止するものであり、軸受の運転中に、シール空間とスラスト軸受部の空間との間で、連通溝を介して潤滑油が流動することを特徴とする流体軸受装置。」

2.本願出願前に日本国内において頒布され、当審における平成21年6月29日付けの補正却下の決定、及び平成21年6月29日付けで通知した拒絶理由において引用した刊行物に記載された発明及び記載事項
(1)刊行物1:特開2002-139041号公報(公開日:平成14年5月17日)
(2)刊行物2:特開2000-352414号公報
(3)刊行物3:特開平8-61375号公報
(4)刊行物4:特開2000-230554号公報

(刊行物1)
刊行物1には、「動圧型軸受ユニット」に関して、図面(特に、図6を参照)とともに、下記の技術的事項が記載されている。
(a)「本発明は、高回転精度、高速安定性、高耐久性、低騒音性等に優れた特性を有する動圧型軸受ユニットに関し、特に情報機器用スピンドルモータのスピンドル支持用に好適な軸受ユニットに関する。ここでいう『情報機器用スピンドルモータ』には、例えば、CD-R/RW、DVD-ROM/RAMなどの光ディスク、MOなどの光磁気ディスク、HDDなどの磁気ディスクを駆動するスピンドルモータ、あるいはレーザビームプリンタ(LBP)や複写機のポリゴンスキャナモータなどが含まれる。」(第2頁第1欄第39?48行、段落【0001】参照)
(b)「図1は、情報機器の一種であるレーザビームプリンタ(LBP)に装備されるポリゴンスキャナモータの断面図である。このモータは、垂直姿勢の軸1を回転自在に支持する軸受部材2を有する軸受ユニットUと、軸1の上端に取付けられたポリゴンミラーPと、軸方向のギャップを介して対向させたステータm_(S)およびロータm_(R)を主体とするモータ部Mとで構成される。軸受部材2はベース4に取付けたハウジング3の内周に固定される。6はロータハブ、7はポリゴンミラーPをロータハブ6に押付けるための予圧バネである。ステータm_(S)に通電すると、ロータハブ6に取付けられたロータm_(R)との間の励磁力でロータm_(R)が回転し、この回転に伴って軸1およびポリゴンミラーPが回転する。レーザ光源から所定の光学系を経てポリゴンミラーPに入射したレーザ光は、ポリゴンミラーPにより反射されて図示しない感光ドラム面を走査する。
軸受ユニットUを他の情報機器用スピンドルモータ、例えばディスク装置のスピンドルモータに用いる場合は、ディスク(光ディスク、磁気ディスク、あるいは光磁気ディスク等)が軸1に支持される。
図2に示すように、軸受ユニットUは、軸1と、軸1を支持する軸受部材2と、軸受部材2を内周に固定したハウジング3とを主要構成要素とする。
ハウジング3は一端を開口すると共に、他端を閉じた有底円筒型をなし、一端側の開口部を上にしてベース4(図1参照)に固定されている[以下の説明では、ハウジングの開口側(図面上方)を『開口側』
と称し、その軸方向反対側(図面下方)を反開口側と称する]。ハウジング3の他端側には底部3aが設けられる。この底部3aは図示のようにハウジング3の筒状部分と一体形成する他、別部材で製作してから筒状部分の他端開口部に固定してもよい。
ハウジング3内部の反開口側には、軸1をスラスト方向で支持するスラスト軸受部11が設けられる。スラスト軸受部11は、例えば底部3aに装着したスラストワッシャ12に球面状の軸端を接触させて構成することができるが、その構造は任意である。スラスト軸受部11よりもハウジング開口側には、内径側に張出した係止部3bが形成される。この係止部3bは、軸受部材2のハウジング反開口側の端面2bと軸方向で係合してその位置決めを行なう。
軸受部材2は、焼結金属に潤滑油あるいは潤滑グリースを含浸させて細孔内に油を保有させた含油焼結金属で円筒状に形成される。焼結金属としては、例えば銅系あるいは鉄系、またはその双方を主成分とするものが使用でき、望ましくは銅を20?95%使用して成形される。軸受部材2の内周には、軸1の外周面と微小な軸受隙間Cを介して対向する軸受面14が軸方向に離隔して二箇所に形成される。双方の軸受面14には、軸方向に対して傾斜した複数の動圧溝15(へリングボーン型)が円周方向に配列形成される。動圧溝15は軸方向に対して傾斜して形成されていれば足り、この条件を満たす限りへリングボーン型以外の他の形状、例えばスパイラル型でもよい。動圧溝15の溝深さは2?10μm程度が適当で、例えば3μmに設定される。」(第3頁第4欄第25行?第4頁第5欄第29行、段落【0017】?【0022】参照)
(c)「上記動圧型軸受ユニットUの組立に際し、通常、軸1はハウジング3に軸受部材2を装着した状態で軸受部材2の内径部に挿入される。軸1の挿入前には、潤滑性向上のために予めハウジング3内に注油する場合があるが、軸受部材2と軸1との間の軸受隙間Cは数μm程度しかないため、軸端と注油した油の上面との間に閉じ込められた空気の逃げ場がなくなり、軸1の挿入が難しくなる。
この対策として本発明の軸受ユニットUには、図1および図2に示すように、ハウジング3の反開口側で軸1、軸受部材2、およびハウジング3によって囲まれた密閉空間18を外気に開放する通気路19が形成される。通気路19は、軸受部材2の両端面2a、2bに開口する第一通路19aと、第一通路19aと密閉空間18とを連通する第二通路19bとで構成される。第一通路19aは、軸受部材2の外周面とハウジング3の内周面との間に、第二通路19bは、軸受部材2のハウジング反開口側の端面2bとこれに対向するハウジング3(係止部3b)との間にそれぞれ形成される。本実施形態では、図3(a)(b)に示すように、第一通路19aを軸受部材2の外周面に設けた二つの軸方向溝で形成し、第二通路19bを軸受部材2のハウジング反開口側端面2bに設けた二つの半径方向溝で形成した場合を例示している。なお、これらは例示に過ぎず、例えば第一通路19aをハウジング3の内周面に、第二通路19bを係止部3bの端面に形成することもできる。図3(b)に示すように、第一通路19aと第二通路19bの位相は90°ずれているが、その場合でも両通気路19a、19bは軸受部材端面2bの外径側チャンファ部2cを介して互いに連通状態にある。」(第4頁第6欄第4?33行、段落【0025】及び【0026】参照)
(d)「図1および図2に示すように、ハウジング3の一端開口部は、リング状のシール部材21でシールされる。(中略)シール部材21は、その内周面と軸1の外周面との間に微小なシール隙間を介在させた非接触シールで、シール隙間での毛細管現象によりハウジング3内部からの油漏れが防止される。」(第4頁第6欄第34?42行、段落【0027】参照)
(e)「図1および図2に示すように、軸受部材2の開口側端面2aの外径側から反開口側にかけての領域、つまりハウジング3内周と軸受部材2外周間のハウジング開口側端部には、環状の油溜まり部23が設けられる。この油溜まり部23は、ハウジング3の内周あるいは軸受部材2の外周のうち、何れか一方または双方を部分的に除去することにより形成され、本実施形態ではハウジング3の内周を切除して形成した油溜まり部23を例示している。油溜まり部23のハウジング開口側は保油隙間22に開口しており、また油溜まり部23の内径側には第一通路19aが開口している。
軸受の運転中は、軸受部材2から滲み出した油が通気路19を通じてハウジング開口側に押し上げられ、油溜まり部23に溜まる。この際、従来品に比べて油面が油溜まり部23の容積分だけハウジング反開口側に後退するため、油面とシール部材21の端面との間の距離を拡大させることができる。従って、予め油溜まり部23の容積を軸受運転中の油の容積増大量(軸受停止中から軸受運転後、安定状態に至るまでの軸受部材2外に存在する油量の差)よりも大きく設定しておけば、軸受運転中の油面を軸受部材2の端面2aよりもハウジング反開口側に位置させることができる。」(第5頁第7欄第1?22行、段落【0028】及び【0029】参照)
(f)「図6は、本発明の他の実施形態を示すもので、シール部材21と軸受部材端面2aとを密着させて保油隙間22を省略したものを示している。この場合もハウジング3の内周面と軸受部材2の外周面間のハウジング開口側端部に通気路19と連通する油溜まり部23を設けることにより、油漏れ防止を図ることができる。これ以外の構成は、図1および図2に示す実施形態と同一であるので、対応する部材・部分に同一参照番号を付し、重複説明を省略する。」(第5頁第8欄第28?36行、段落【0034】参照)
(g)図6の記載から、ハウジング3の開口側で軸受部材2の端面2aにシール部材21の端面を接触させて、シール部材21の内周下面、軸1の外周面及び軸受部材2の内周上面との間にシール空間を形成し、シール空間とスラスト軸受部11の空間とを、軸受部材2の外周面とハウジング3の内周面との間に形成された軸方向溝、および軸受部材2の端面2aとシール部材21の端面との間に形成した半径方向溝を有する通気路19で連通させている構成が看取できる。
(h)図1、2及び4の記載から、シール部材21の内周面と軸1の外周面との間にシール空間が形成されている構成が看取できる。
したがって、刊行物1には、下記の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているものと認める。
【引用発明】
一端側に開口部を有するハウジング3と、前記ハウジング3に収容される軸1および軸受部材2と、前記軸受部材2の内周面と前記軸1の外周面との間に設けられ、軸受隙間Cに生じる潤滑油の油膜で前記軸1をラジアル方向に非接触支持する軸受面14と、軸1をスラスト方向に回転自在に支持するスラスト軸受部11とを備えた動圧型軸受ユニットUにおいて、
軸受部材2を焼結金属製とし、前記ハウジング3の開口側で軸受部材2の端面2aにシール部材21の端面を接触させて、シール部材21の内周下面、軸1の外周面及び軸受部材2の内周上面との間にシール空間を形成し、シール空間とスラスト軸受部11の空間とを、軸受部材2の外周面とハウジング3の内周面との間に形成された軸方向溝、および軸受部材2の端面2aとシール部材21の端面との間に形成した半径方向溝を有する通気路19で連通させ、ハウジング3の内部空間が通気路19および焼結金属の気孔も含めて潤滑油で充満されている動圧型軸受ユニットU。

(刊行物2)
刊行物2には、「動圧型軸受ユニット」に関して、図面(特に、図1を参照)とともに、下記の技術的事項が記載されている。
(i)「本発明は、高回転精度、高速安定性、高耐久性などの優れた特徴を有する動圧型軸受ユニットに関する。この軸受ユニットは、磁気ディスク装置(HDD、FDDなど)、光ディスク装置(CD-ROM、DVD-ROM/RAMなど)、光磁気ディスク装置(MD、MO等)などの情報記憶装置や、情報処理装置(レーザビームプリンタ等)のスピンドルモータを初めとして、高回転精度が要求される機器の支持装置として好適なものである。」(第2頁第1欄第22?30行、段落【0001】参照)
(j)「軸受本体3のハウジング開口側の端面3cには、弾性体15が接触配置される。弾性体15は、適当な弾性を有する弾性材料(金属、繊維組織、ゴム、樹脂材料など)でリング状、例えば孔空き円板状に形成され、ハウジング2の内周面に嵌合配置される。弾性体15の内周面は、軸部材1(図1参照)の外周面に接触または近接(図示例では近接)しており、これより弾性体15は軸受本体3のハウジング開口側を密封するシール部材として機能する。」(第4頁第5欄第18?26行、段落【0024】参照)
(k)図1の記載から、弾性体15(シール部材)の内周面と軸部材1の外周面との間にシール空間が形成されている構成が看取できる。

3.対比・判断
本願発明と引用発明とを対比すると、それぞれの有する機能からみて、引用発明の「ハウジング3」は本願発明の「ハウジング」に相当し、以下同様にして、「軸1」は「軸部材」に、「軸受部材2」は「軸受部材」に、「軸受隙間C」は「ラジアル軸受隙間」に、「軸受面14」は「ラジアル軸受部」に、「スラスト軸受部11」は「スラスト軸受部」に、「動圧型軸受ユニットU」は「流体軸受装置」に、「端面2a」は「端面」に、「シール部材21」は「シール部材」に、「通気路19」は「連通溝」に、それぞれ相当する。また、引用発明の「シール空間」は、具体的な形状はさておき、ひとまず、本願発明の「シール空間」に相当するので、両者は下記の一致点並びに相違点1及び2を有する。
<一致点>
一端側に開口部を有するハウジングと、前記ハウジングに収容される軸部材および軸受部材と、前記軸受部材の内周面と前記軸部材の外周面との間に設けられ、ラジアル軸受隙間に生じる潤滑油の油膜で前記軸部材をラジアル方向に非接触支持するラジアル軸受部と、軸部材をスラスト方向に回転自在に支持するスラスト軸受部とを備えた流体軸受装置において、
軸受部材を焼結金属製とし、前記ハウジングの開口側で軸受部材の端面にシール部材の端面を接触させて、シール空間を形成し、シール空間とスラスト軸受部の空間とを、軸受部材の外周面とハウジングの内周面との間に形成された軸方向溝、および軸受部材の端面とシール部材の端面との間に形成した半径方向溝を有する連通溝で連通させ、ハウジングの内部空間が連通溝および焼結金属の気孔も含めて潤滑油で充満されている流体軸受装置。
(相違点1)
前記シール空間に関して、本願発明は、「シール部材の内周面と軸部材の外周面との間にシール空間を形成し」ているのに対し、引用発明は、シール部材21の内周下面、軸1の外周面及び軸受部材2の内周上面との間にシール空間を形成しており、本願発明のように構成されていない点。
(相違点2)
本願発明は、「該シール空間の容積が、前記流体軸受装置の内部空間に充満された潤滑油の容積変化量よりも大きくなるように設定され、ハウジング内部空間に充満させた潤滑油の油面が常にシール空間内にあってシール空間が毛細管力により油漏れを防止するものであり、軸受の運転中に、シール空間とスラスト軸受部の空間との間で、連通溝を介して潤滑油が流動する」のに対し、引用発明は、そのような構成を具備しているかどうか明らかでない点。
そこで、上記相違点1及び2について検討する。
(相違点1について)
刊行物1には、上記摘記事項(h)に記載したように、図1、2及び4の記載から、シール部材21の内周面と軸1の外周面との間にシール空間が形成されている構成が看取できる。
また、流体軸受装置に関する刊行物2には、上記摘記事項(j)及び(k)に記載したように、図1の記載から、弾性体15(シール部材)の内周面と軸部材1の外周面との間にシール空間が形成されている構成が看取できる。
してみれば、引用発明のシール部材21の内周下面、軸1(本願発明の「軸部材」に相当)の外周面及び軸受部材2(本願発明の「軸受部材」に相当)の内周上面との間に形成されたシール空間を、刊行物1の摘記事項(h)、刊行物2の摘記事項(j)及び(k)に記載されたようにシール部材の内周面と軸部材の外周面との間にシール空間を形成することにより、上記相違点1に係る本願発明の構成とすることは、技術的に格別の困難性を有することなく当業者が適宜なし得る設計変更の範囲内の事項にすぎない。
(相違点2について)
流体軸受装置において、流体軸受装置の内部空気が気圧の変化等の周囲環境の変化によって膨張することによる容積変化がシール空間の容積を上回ることが、流体軸受装置からの潤滑油流出の原因の1つであることは、従来周知の技術的事項(例えば、刊行物3には、「この潤滑油流出の原因としては、使用環境や当該装置の輸送(例えば航空機輸送)時の気圧の変化で軸受内部と外部で気圧差が発生し、この気圧差により内部空気の体積が変化することが上げられる。また、同様に温度差による内部空気の体積変化、軸受隙間の体積変化、潤滑油の膨張、振動・衝撃等の原因が上げられる。また、濡れによる潤滑油のしみ出しも原因の一つである。」[第2頁第1欄第23?30行、段落【0003】参照]と記載され、刊行物4には、「従来の流体軸受機構を搭載した従来のモータを通常環境(大気圧)下で組み立てた後、例えば航空機により空輸する際に低圧環境下となる貨物室に入れて輸送した場合、組立時に回転軸支承部内に密封された空気が周囲環境の変化によって膨張して、上記軸受隙間部内のオイルを回転軸支承部の開放端部を経て外部に押し出してしまうことがあった。」[第4頁第5欄第9?15行、段落【0007】参照]と記載されている。)にすぎない。
また、刊行物1には、「図1および図2に示すように、ハウジング3の一端開口部は、リング状のシール部材21でシールされる。(中略)シール部材21は、その内周面と軸1の外周面との間に微小なシール隙間を介在させた非接触シールで、シール隙間での毛細管現象によりハウジング3内部からの油漏れが防止される。」(上記摘記事項(d)参照)と記載されている。
さらに、流体軸受装置において、ハウジング内部空間に充満させた潤滑油の油面が常にシール空間内にあってシール空間が毛細管力により油漏れを防止することは、従来周知の技術手段(例えば、特開2000-346060号公報の段落【0020】及び図3、5、及び7には、「円柱部材2の上側の外周面と環状押さえ部材5の内周面との間には断面が大気に開いた環状の微小なテーパー溝Sが形成されているが、これは毛細管現象と表面張力の作用を利用した潤滑油Fのキャピラリーシ-ルである。」と記載されている。また、特開2001-241443号公報及び段落【0010】及び図1には、「微小隙間Sはフランジ付シャフト1の円柱部2の上部の外周面とスラスト板5のテーパー付内周面との間に形成されたテーパー付環状微小隙間であって、毛細管現象と表面張力を利用して軸受装置内に充填されている潤滑油が外部に漏出しないようにシールするキャピラリーシールとして機能するものである。」と記載されている。)にすぎない。
以上のことを総合して判断すると、上記(相違点1について)の判断の前提下において、引用発明のシール空間において、上記従来周知の技術的事項に鑑みれば、減圧環境を含む様々な環境下においても潤滑油が外部に漏れ出すことがないように、シール空間の容積を動圧型軸受ユニットU(本願発明の「流体軸受装置」に相当)の内部空間に充満された潤滑油の容積変化量よりも大きくなるように設定するとともに、ハウジング内部空間に充満させた潤滑油の油面が常にシール空間内にあってシール空間が毛細管力により油漏れを防止するように、軸受の運転中に、シール空間とスラスト軸受部の空間との間で、連通溝を介して潤滑油が流動するように構成して、上記相違点2に係る本願発明の構成とすることは、技術的に格別の困難性を有することなく当業者が容易に想到できるものであって、これを妨げる格別の事情は見出せない。
また、本願発明の奏する効果についてみても、引用発明、及び従来周知の技術手段の奏するそれぞれの効果の総和以上の格別顕著な効果を奏するものとは認められない。
したがって、本願発明は、刊行物1に記載された発明、及び従来周知の技術手段に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

なお、審判請求人は、当審の拒絶理由に対する平成21年8月27日付けの意見書において「本願発明では、仮にラジアル軸受隙間を満たす潤滑油に下向きの流れが生じても、潤滑油はラジアル軸受隙間→スラスト軸受部の空間→連通溝の軸方向溝→半径方向溝→シール空間を経てラジアル軸受隙間に戻るような(あるいは上記と逆向きに回るような)循環流を形成することができます。従いまして、潤滑油中での高圧部や低圧部の発生を回避することができ、これに起因した上記不具合の発生を未然に防止することができます。
このように本願発明は、ハウジング内部の空間を潤滑油で充満すると共に、毛細管シールを採用し、これと連通溝とを組み合わせることで、ハウジング内部に潤滑油の循環流を形成し、気泡の発生や振動の発生を防止するという特有の効果を奏するものです。かかる効果は、従来の通気路(引用文献1および2ご参照)が奏する、軸受装置組立時の単なる空気抜きとしての機能とは異質な、際立って優れた効果であると考えます。」(「3.本願発明の特徴」の項参照)と本願発明の奏する作用効果について主張している。
しかしながら、上記(相違点1について)及び(相違点2について)において述べたように、引用発明に、従来周知の技術手段を適用することは当業者が容易に想到し得たものであるところ、審判請求人が主張する本願発明の奏する上記の作用効果は、従前知られていた構成が奏する作用効果を併せたものにすぎず、本願発明の構成を備えることによって、本願発明が、従前知られていた作用効果を併せたものとは異なる、相乗的で予想外の作用効果を奏するものとは認められないので、審判請求人の上記主張は採用することができない。

4.むすび
結局、本願の請求項1に係る発明(本願発明)は、その出願前日本国内において頒布された刊行物1に記載された発明、及び従来周知の技術手段に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、本願の請求項2?4に係る発明について検討をするまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-10-05 
結審通知日 2009-10-06 
審決日 2009-11-17 
出願番号 特願2004-220827(P2004-220827)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (F16C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 谿花 正由輝  
特許庁審判長 川本 真裕
特許庁審判官 常盤 務
岩谷 一臣
発明の名称 流体軸受装置  
代理人 熊野 剛  
代理人 田中 秀佳  
代理人 城村 邦彦  

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