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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C07C
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 C07C
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 C07C
審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない。 C07C
管理番号 1209663
審判番号 不服2006-28934  
総通号数 122 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-02-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2006-12-28 
確定日 2010-01-07 
事件の表示 平成 8年特許願第204977号「RS-,R-又はS-1-ベンジルアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールの製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成10年 2月17日出願公開、特開平10- 45689〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
この出願は、平成8年8月2日の出願であって、平成18年9月8日付けで拒絶理由が通知され、同年11月10日付けで意見書及び手続補正書が提出されたが、同年11月30日付けで拒絶査定がされ、これに対し、同年12月28日に拒絶査定に対する審判請求がされるとともに、平成19年1月26日付けで手続補正書が提出され、同年3月16日付けで審判請求書の手続補正書が提出され、平成20年12月26日付けで審尋が通知されたところ、平成21年3月6日に回答書が提出されたものである。

第2 平成19年1月26日付けの手続補正の却下の決定

〔補正の却下の決定の結論〕
平成19年1月26日付けの手続補正を却下する。

〔理由〕
1 本件補正
平成19年1月26日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)は、特許請求の範囲について、補正前に、
「【請求項1】 RS-,R-又はS-1-ベンジリデンアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールを(イ)水又は低級アルコールからなる単一もしくは混合溶媒中でNaBH_(4) により還元するか、又は(ロ)アルコール、酢酸エステル、環状エーテル、脂肪族または芳香族炭化水素中Ni,Pd,Pt等の貴金属触媒の存在下に水素によって還元することを特徴とするRS-,R-又はS-1-ベンジルアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールの製造方法
【請求項2】 RS-,R-又はS-1-ベンジリデンアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールは、RS-,R-又はS-1,2-エポキシ-3-フェノキシプロパン(フェニルグリシジルエーテル)、ベンズアルデヒド各1モル当量とアンモニア2モル当量ないしはその小過剰量をメタノール中、室温で反応させて製造することを特徴とする請求項1に記載のRS-,R-又はS-1-ベンジルアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールの製造方法。
【請求項3】 RS-1-ベンジルアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールを水、低級アルコール、酢酸エステル、低級ケトンからなる媒体の単一又は混合溶媒中、0?0.5モル当量の無機酸の存在下、1?0.5モル当量の光学活性2-ヒドロキシカルボン酸と反応させて,R-またはS-1-ベンジルアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールと2-ヒドロキシカルボン酸との塩を難溶性ジアステレオマー塩として析出分離させることを特徴とするR-又はS-1-ベンジルアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールの製造方法。
【請求項4】 RS-,R-又はS-1,2-エポキシ-3-フェノキシプロパン(フェニルグリシジルエーテル)、ペンズアルデヒド各1モル当量とアンモニア2モル当量ないしはその小過剰量をメタノール中、室温で反応させることを特徴とするRS-,R-又はS-1-ベンジリデンアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールの製造方法。
【請求項5】
下記一般式で表される1-置換アミノ-3-フェノキシ-2-プロパノール(I),
【化1】

(ただし、(α)R^(1) は水素を表わし、R^(2) はベンジル基を表わすか、又は(β)R^(1) とR^(2 )とでベンジリデン基を表わす。(α)、β)とも、R-体若しくはS-体を含む。)」
であったものを、次のように補正するものである。
「【請求項1】 RS-,R-又はS-1,2-エポキシ-3-フェノキシプロパン(フェニルグリシジルエーテル)、ベンズアルデヒド各1モル当量とアンモニア2モル当量ないしはその小過剰量をメタノール中、室温で反応させて製造されたRS-,R-又はS-1-ベンジリデンアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールを(イ)水又は低級アルコールからなる単一もしくは混合溶媒中でNaBH_(4)により還元するか、(ロ)鎖状又は環状エーテル媒体中でLiAlH_(4)により還元するか、又は(ハ)アルコール、酢酸エステル、環状エーテル、脂肪族または芳香族炭化水素中Ni,Pd,Ptの貴金属触媒の存在下に水素によって還元することを特徴とするRS-,R-又はS-1-ベンジルアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールの製造方法
【請求項2】 RS-1-ベンジルアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールを水、低級アルコール、酢酸エステル、低級ケトンからなる媒体の単一又は混合溶媒中、0?0.5モル当量の無機酸の存在下、1?0.5モル当量の光学活性2-ヒドロキシカルボン酸と反応させて,R-またはS-1-ベンジルアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールと2-ヒドロキシカルボン酸との塩を難溶性ジアステレオマー塩として析出分離させることを特徴とするR-又はS-1-ベンジルアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールの製造方法。
【請求項3】 RS-,R-又はS-1,2-エポキシ-3-フェノキシプロパン(フェニルグリシジルエーテル)、ペンズアルデヒド各1モル当量とアンモニア2モル当量ないしはその小過剰量をメタノール中、室温で反応させることを特徴とするRS-,R-又はS-1-ベンジリデンアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールの製造方法。
【請求項4】 請求項1または2の方法にて製造された下記一般式で表される1-置換アミノ-3-フェノキシ-2-プロパノール(I),
【化1】

(ただし、(α)R^(1)は水素を表わし、R^(2)はベンジル基を表わすか、又は(β)R^(1)とR^(2)とでベンジリデン基を表わす。(α)、(β)とも、R-体若しくはS-体を含む。)」

2 補正の適否
上記特許請求の範囲についての補正は、
・補正(i) 補正前の請求項1について、
(i-1)「RS-,R-又はS-1-ベンジリデンアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノール」(以下、「ベンジリデン体(XV)」という。)の前に、「RS-,R-又はS-1,2-エポキシ-3-フェノキシプロパン(フェニルグリシジルエーテル)、ベンズアルデヒド各1モル当量とアンモニア2モル当量ないしはその小過剰量をメタノール中、室温で反応させて製造された」を追加し、
(i-2)還元手段として、「(ロ)鎖状又は環状エーテル媒体中でLiAlH_(4)により還元するか」を追加する補正、及び
・補正(ii) 補正前の請求項5について、
「下記一般式で表される1-置換アミノ-3-フェノキシ-2-プロパノール(I)」(以下、「化合物(I)」という。)の前に「請求項1または2の方法にて製造された」を追加する補正(なお、請求項2の削除に伴い、補正前の請求項5は、補正後の請求項4に対応する。)、
を含むものである。

上記補正は、願書に最初に添付された明細書の記載からみて新規事項を追加するものではないから、特許法第17条の2第3項の規定に適合するものである。
そこで、上記補正が、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下、「平成18年改正前特許法」という。)第17条の2第4項各号のいずれかを目的とするものであるかについて検討する。

(1)補正(i)について
ア (i-1)について
ベンジリデン体(XV)の前に追加された「RS-,R-又はS-1,2-エポキシ-3-フェノキシプロパン(フェニルグリシジルエーテル)、ベンズアルデヒド各1モル当量とアンモニア2モル当量ないしはその小過剰量をメタノール中、室温で反応させて製造された」は、ベンジリデン体(XV)を製造方法によって特定しようとするものであるが、ベンジリデン体(XV)は、特定の構造式で表される物質であって、製造方法が異なっても、物質自体が異なることはないから、該製造方法による特定により、ベンジリデン体(XV)が減縮されているとはいえない。

イ (i-2)について
請求項1において、「(ロ)鎖状又は環状エーテル媒体中でLiAlH_(4)により還元するか」を追加する補正は、新たな還元手段を追加するものであるから、請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものといえないことは明らかである。

ウ 補正(i)のまとめ
以上のとおり、補正前の請求項1についてされた補正(i)は、平成18年改正前特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものではない。
また、上記補正が、請求項の削除、誤記の訂正、明りようでない記載の釈明のいずれを目的とするものでないことも明らかである。

(2)補正(ii)について
化合物(I)が、「請求項1または2の方法にて製造された」ものであるとする補正は、化合物(I)を製造方法によって特定しようとするものであるが、化合物(I)は、特定の構造式で表される物質であって、製造方法が異なっても、物質自体が異なることはないから、該製造方法による特定により、化合物(I)が減縮されているとはいえない。
よって、補正前の請求項5についてされた補正(ii)は、平成18年改正前特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものではない。
また、上記補正が、請求項の削除、誤記の訂正、明りようでない記載の釈明のいずれを目的とするものでないことも明らかである。

3 補正の却下の決定のむすび
したがって、上記2(1)及び2(2)で述べたとおり、上記補正(i)及び(ii)は、平成18年改正前特許法第17条の2第4項に違反するので、その余の点について検討するまでもなく、本件補正は、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
1 本願発明
平成19年1月26日付けの手続補正は、上記のとおり却下されたので、この出願の請求項1?5に係る発明は、平成18年11月10日付けの手続補正により補正された明細書(以下、「本願明細書」という。)の記載からみて、特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定される、次のとおりのものであると認められる。

「【請求項1】RS-,R-又はS-1-ベンジリデンアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールを(イ)水又は低級アルコールからなる単一もしくは混合溶媒中でNaBH_(4) により還元するか、又は(ロ)アルコール、酢酸エステル、環状エーテル、脂肪族または芳香族炭化水素中Ni,Pd,Pt等の貴金属触媒の存在下に水素によって還元することを特徴とするRS-,R-又はS-1-ベンジルアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールの製造方法
【請求項2】 RS-,R-又はS-1-ベンジリデンアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールは、RS-,R-又はS-1,2-エポキシ-3-フェノキシプロパン(フェニルグリシジルエーテル)、ベンズアルデヒド各1モル当量とアンモニア2モル当量ないしはその小過剰量をメタノール中、室温で反応させて製造することを特徴とする請求項1に記載のRS-,R-又はS-1-ベンジルアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールの製造方法。
【請求項3】 RS-1-ベンジルアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールを水、低級アルコール、酢酸エステル、低級ケトンからなる媒体の単一又は混合溶媒中、0?0.5モル当量の無機酸の存在下、1?0.5モル当量の光学活性2-ヒドロキシカルボン酸と反応させて,R-またはS-1-ベンジルアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールと2-ヒドロキシカルボン酸との塩を難溶性ジアステレオマー塩として析出分離させることを特徴とするR-又はS-1-ベンジルアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールの製造方法。
【請求項4】 RS-,R-又はS-1,2-エポキシ-3-フェノキシプロパン(フェニルグリシジルエーテル)、ペンズアルデヒド各1モル当量とアンモニア2モル当量ないしはその小過剰量をメタノール中、室温で反応させることを特徴とするRS-,R-又はS-1-ベンジリデンアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールの製造方法。
【請求項5】
下記一般式で表される1-置換アミノ-3-フェノキシ-2-プロパノール(I),
【化1】

(ただし、(α)R^(1) は水素を表わし、R^(2) はベンジル基を表わすか、又は(β)R^(1) とR^(2 )とでベンジリデン基を表わす。(α)、β)とも、R-体若しくはS-体を含む。)」
(以下、請求項1?5に係る発明を、それぞれ「本願発明1」?「本願発明5」という。)

2 原査定の拒絶の理由
平成18年12月5日付け拒絶査定の備考欄の記載からみて、原査定は、以下の拒絶の理由を含むものである。

(1)この出願の請求項5に係る発明(本願発明5)は、その出願前に日本国内又は外国において頒布された下記刊行物1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない(以下、「拒絶の理由1」という。)。
(2)この出願の請求項1に係る発明(本願発明1)は、その出願前に日本国内又は外国において頒布された下記刊行物1に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない(以下、「拒絶の理由2」という。)。
(3)この出願は、特許請求の範囲の「低級」という記載の包含する範囲が不明確であるから、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない(以下、「拒絶の理由3」という。)。


刊行物1
Izvestiya Vysshikh Uchebnykh Zavedenii, Khimiya I Khimicheskaya Technologiya, (1975), 18(11), p.1717-9

3 当審の判断1-拒絶理由1について
(1)刊行物1に記載された事項
この出願の出願前に頒布された刊行物である刊行物1には、以下の事項が記載されている(日本語訳は当審による。)。

(1a)「アゾメチンは、リチウムアルミニウムヒドリドによって水素化される。1-フェノキシ-3-メチレンアミノプロパノール-2(I)の水素化は、無水エーテル中で行われるが、1-フェノキシ-3-エチリデンアミノプロパノール-2(II)、1-フェノキシ-3-ブチリデンアミノプロパノール-2(III)、1-フェノキシ-3-ベンジリデンアミノプロパノール-2(IV)の水素化は、エーテル-ベンゼン中で行われる。
その結果、アミノアルコール(V-VIII)が生成される。・・・
[H]
C_(6)H_(5)O-CH_(2)-CH(OH)-CH_(2)-N=CH-R →
→C_(6)H_(5)O-CH_(2)-CH(OH)-CH_(2)-NH-CH_(2)-R
R=H(V),CH_(3)(VI),C_(3)H_(7)(VII),C_(6)H_(5)(VIII)」(1717頁本文5?13行)

(1b)「水素化(II-IV)。 エーテル中のリチウムアルミニウムヒドリド0.45モルに対して、定常的に撹拌する条件のもとで、30mlの無水ベンゼンに入れられた0.15モルのアゾメチンを添加した。生成物は、ブタノールによって抽出された。アルコール抽出物は集められ、溶媒が除去された。化合物VI-VIIIが得られた。」(1718頁下から3行?1719頁1行)

(2)刊行物1に記載された発明
刊行物1には、
式「C_(6)H_(5)O-CH_(2)-CH(OH)-CH_(2)-NH-CH_(2)-R」で表される化合物、及びその原料である
式「C_(6)H_(5)O-CH_(2)-CH(OH)-CH_(2)-N=CH-R」で表される化合物が記載されており(摘示(1a))、
その一例として、「R=・・・C_(6)H_(5)(VIII)」である、
式「C_(6)H_(5)O-CH_(2)-CH(OH)-CH_(2)-NH-CH_(2)-C_(6)H_(5)」で表される化合物及び
式「C_(6)H_(5)O-CH_(2)-CH(OH)-CH_(2)-N=CH-C_(6)H_(5)」で表される化合物が記載されているといえる。
よって、刊行物1には、
「下記式で表される化合物
C_(6)H_(5)O-CH_(2)-CH(OH)-CH_(2)-NH-CH_(2)-C_(6)H_(5)(「化合物(VIII)」という。)、又は
C_(6)H_(5)O-CH_(2)-CH(OH)-CH_(2)-N=CH-C_(6)H_(5)(「化合物(IV)」という。)」
の発明(以下、「引用発明1a」という。)が記載されていると認められる。

(3)対比
本願発明5と引用発明1aとを対比する。
引用発明1aの化合物(VIII)は、その構造式中、「N」に、「H」と「-CH_(2)-C_(6)H_(5)」、すなわち、水素とベンジル基が結合しているから、本願発明5の式(I)において、「(α)R^(1) は水素を表わし、R^(2) はベンジル基を表わす」化合物に相当する。
また、引用発明1aにおける化合物(IV)は、その構造式中、「N」に、「=CH-C_(6)H_(5)」、すなわち、ベンジリデン基が結合しているから、本願発明5の式(I)において、「(β)R^(1) とR^(2 )とでベンジリデン基を表わす」化合物に相当する。
よって、両者は、
「下記一般式で表される1-置換アミノ-3-フェノキシ-2-プロパノール(I),
【化1】

(ただし、(α)R^(1) は水素を表わし、R^(2) はベンジル基を表わすか、又は(β)R^(1) とR^(2 )とでベンジリデン基を表わす。)」
である点で一致するが、以下の点で一応相違するといえる。

A 一般式で表される1-置換アミノ-3-フェノキシ-2-プロパノール(I)が、本願発明においては、「(α)、β)とも、R-体若しくはS-体を含む」のに対し、引用発明1aにおいては、そのような特定がない点
(以下、「一応の相違点A」という。)

(4)判断
以下、一応の相違点Aについて検討する。
引用発明1aの化合物(VIII)及び化合物(IV)は、共にその構造中におけるヒドロキシ基(OH)が置換した炭素が不斉炭素となっており、不斉炭素を一個有する化合物である。
このような不斉炭素を一個有する化合物は、右旋性の光学活性(直線偏光の偏光面を右又は左へ回転させる性質を旋光性といい、旋光性を有することを光学活性という。)を示すものと左旋性の光学活性を示すものの、一対の光学異性体が存在すること、不斉合成又は光学分割といった一方の光学異性体を得るための操作を行った場合には、生成物がそのうちの一方の光学異性体、すなわち、R-体又はS-体として得られるが、そのような操作を行わない通常の化学合成で製造した場合、生成物がR-体及びS-体の両者を含む一対の光学異性体から成るラセミ体として得られることは、当業者の技術常識である(例えば、化学大辞典編集委員会編、「化学大辞典3 縮刷版」、1989年、共立出版株式会社発行、492?493頁「光学異性体」及び「光学活性」の項、及び、湯川泰秀他3名訳、「ヘンドリックソン・クラム・ハモンド 有機化学(第3版)[II]」、昭和55年、廣川書店発行、196?204頁参照。)。
そうすると、引用発明1aの化合物(VIII)及び化合物(IV)は、刊行物1に、上記の一方の光学異性体を得るための操作を行うといった記載がないから、ラセミ体、すなわち、R-体及びS-体の両者を含むものとして刊行物1に記載されているに等しいといえ、そうすると、同時に、同ラセミ体を形成しているR-体又はS-体も刊行物1に開示されているに等しいといえる。
したがって、引用発明1aの化合物(VIII)及び化合物(IV)は、R-体若しくはS-体を含むものであるといえるから、一応の相違点Aは、実質的な相違点であるとはいえない。

(5)請求人の主張について
請求人は、平成18年11月10日付けの意見書において、「刊行物1及び2に記載される化合物を基に、未だ分離されていない当該化合物の光学異性体を実質的に含むという理由では、本願発明の新規性は決して否定することはできませんし、また、初めてその分離に成功した新規光学活性体については、光学活性体の分離に携わる全ての技術者にとっては画期的なことであり、十分に特許性を有するものと思料致します。
ちなみに、光学活性体が既知であっても権利化されている例が多数見られることも事実です(特許第2823679号(アミノ酸誘導体による2-メチルピペラジンの光学分割)、特許第3032547号(酒石酸による2-メチルピペラジンの光学分割)など)。」と主張する。
しかしながら、上記(4)でも述べたとおり、この出願の出願前から、通常の化学合成では、生成物がR-体及びS-体の両者を含む一対の光学異性体から成るラセミ体として得られること、該ラセミ体について種々の光学分割の方法が行われていたことは当業者の技術常識であって、引用発明1aの化合物(VIII)及び化合物(IV)に、R-体及びS-体が含まれることは当業者に明らかであったといえるから、たとえ、上記化合物(VIII)及び化合物(IV)について、R-体又はS-体のいずれか一方を効率的に分離する新たな方法を見い出すことができたとしても、それにより、「R-体若しくはS-体を含む」化合物の発明についても新規性を有する、ということはできない。
また、請求人が提示した他の権利化されている例は、いずれも、光学分割の「方法」の発明であり、「物」の発明ではないから、本願発明5についての判断は上記の例に左右されない。
よって、請求人の上記主張は採用することができない。

(6)拒絶の理由1についてのまとめ
したがって、本願発明5は、その出願前に日本国内又は外国において頒布された下記刊行物1に記載された発明(引用発明1a)であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。

4 当審の判断2-拒絶理由2について
(1)刊行物1に記載された事項
刊行物1に記載された事項は、上記3(1)に示したとおりである。

(2)刊行物1に記載された発明
刊行物1には、「アゾメチンは、リチウムアルミニウムヒドリドによって水素化される」(摘示(1a))と記載されており、その一例として、「1-フェノキシ-3-ベンジリデンアミノプロパノール-2(IV)の水素化は、エーテル-ベンゼン中で行われる」(摘示(1a))ことが記載されている。
そして、摘示(1a)の反応式によれば、Rが「C_(6)H_(5)(VIII)」である場合、「C_(6)H_(5)O-CH_(2)-CH(OH)-CH_(2)-N=CH-C_(6)H_(5)」から、「C_(6)H_(5)O-CH_(2)-CH(OH)-CH_(2)-NH-CH_(2)-C_(6)H_(5)」が得られること、具体的な反応手順として、摘示(1b)に、「水素化(・・・IV)」と題し、「エーテル中のリチウムアルミニウムヒドリド」に対し、「無水ベンゼンに入れられた・・・アゾメチンを添加」し、「化合物・・・VIIIが得られた」ことが記載されている。
よって、刊行物1には、
「式C_(6)H_(5)O-CH_(2)-CH(OH)-CH_(2)-N=CH-C_(6)H_(5)で表される化合物(前記「化合物(IV)」に同じ。)を、
エーテル-ベンゼン中で、リチウムアルミニウムヒドリドによって水素化し、
式C_(6)H_(5)O-CH_(2)-CH(OH)-CH_(2)-NH-CH_(2)-C_(6)H_(5)で表される化合物(前記「化合物(VIII)」に同じ。)を製造する方法」
の発明(以下、「引用発明1b」という。)が記載されていると認められる。

(3)対比
本願発明1と引用発明1bとを対比する。
引用発明1bの化合物(IV)は、その構造式からみて、本願発明1の「1-ベンジリデンアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノール」に相当し、化合物(VIII)は、その構造式からみて、本願発明1の「1-ベンジルアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノール」に相当し、また、引用発明1bにおける「水素化」は、化合物(IV)の「-N=CH-」部分を、水素化により、化合物(VIII)の「-NH-CH_(2)-」部分に変換することであり、「還元」であるともいえる。
よって、両者は、
「1-ベンジリデンアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールを還元することを特徴とする1-ベンジルアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールの製造方法」
である点で一致し、以下の点で相違する。

B 製造方法の原料及び生成物が、本願発明1においては、共に「RS-,R-又はS-」であるのに対し、引用発明1においては、そのような特定がない点
C 還元を、本願発明1においては、「(イ)水又は低級アルコールからなる単一もしくは混合溶媒中でNaBH_(4) によ」って行うか、又は「(ロ)アルコール、酢酸エステル、環状エーテル、脂肪族または芳香族炭化水素中Ni,Pd,Pt等の貴金属触媒の存在下に水素によ」って行うのに対し、引用発明1においては、「エーテル-ベンゼン中で、リチウムアルミニウムヒドリドによ」って行う点
(以下、それぞれ「相違点B」及び「相違点C」という。)

(4)判断
ア 相違点Bについて
本願発明1における「R-又はS-」とは、上記3(4)で述べたように、化合物が「R-体又はS-体」のいずれかの光学異性体であることを意味し、また、「RS-」とは、化合物が「R-体及びS-体を含むラセミ体」であることを意味し、本願発明1の「RS-,R-又はS-」とは、化合物が上記のいずれかであることを意味するから、本願発明1は、RS-体の1-ベンジリデンアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールからの、RS-体の1-ベンジルアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールの製造方法を包含する。
一方、上記3(4)で述べたとおり、引用発明1bにおける化合物(IV)及び化合物(VIII)は、ラセミ体、すなわち、RS-体として記載されているに等しいといえるから、引用発明1bは、RS-体の化合物(IV)から、RS-体の化合物(VIII)を製造する方法であるといえる。
よって、相違点Bは実質的な相違点であるとはいえない。

イ 相違点Cについて
構造中にアゾメチン構造(-CH=N-)を有するSchiff塩基中の「-CH=N-」を還元して、第二アミン「-CH_(2)-NH-」を生成する際の還元法として、水素化アルミニウムリチウム(リチウムアルミニウムヒドリド又はLiAlH_(4))による還元、水素化ホウ素ナトリウム(NaBH_(4))による還元、白金、パラジウム、ニッケルなどを用いる水素による接触還元は、ともに周知の還元法であり(例えば、日本化学会編、「実験化学講座20 有機化合物の合成II」、昭和31年、丸善株式会社発行、441?442頁、及び、湯川泰秀他3名訳、「ヘンドリックソン・クラム・ハモンド 有機化学(第3版)[II]」、昭和55年、廣川書店発行、805頁参照)、また、上記水素化ホウ素ナトリウム(NaBH_(4))による還元を行う際、水、メチルアルコール、エチルアルコールなどを溶媒として用いること、上記水素による接触還元を行う際、エタノール、メタノール、ジオキサン、エーテル、ベンゼン、シクロヘキサン、酢酸エチルなどを溶媒として用いることも、当業者に周知であるといえる(例えば、日本化学会編、「実験化学講座17 有機化合物の反応I(下)」、昭和31年、丸善株式会社発行、68?69頁及び348?351頁)。
してみると、引用発明1bの「エーテル-ベンゼン中で、リチウムアルミニウムヒドリドによ」る水素化に換えて、-CH=N-の還元において、同様に周知の還元法である水素化ホウ素ナトリウム(NaBH_(4))による還元や、白金、パラジウム、ニッケルなどを用いる水素による接触還元を行い、その際、それぞれの還元法において周知の溶媒を用いることは、当業者にとって格別の創意を要することなく、想到し得ることである。
よって、引用発明1bにおいて、還元を、「エーテル-ベンゼン中で、リチウムアルミニウムヒドリドによ」って行うことに換えて、「(イ)水又は低級アルコールからなる単一もしくは混合溶媒中でNaBH_(4) によ」って行うか、又は「(ロ)アルコール、酢酸エステル、環状エーテル、脂肪族または芳香族炭化水素中Ni,Pd,Pt等の貴金属触媒の存在下に水素によ」って行うことは、当業者が容易に想到し得ることである。

(5)本願発明1の効果について
ア 本願発明1は、本願明細書の段落【0005】及び段落【0022】?【0025】の記載からみて、使用容易な光学分割剤を、安価な原料を用い、短い工程と緩和な反応により、3-フェノキシ-2-ベンジルアミノ-1-プロパノール(VII)の副生を抑制し、化合物(VIII)を高収率で得ることができるという効果を奏するものであると認められる。
イ しかしながら、引用発明1bによる方法においても、上記副生を抑制でき、高収率で化合物(VIII)を得られるといえるから、本願発明1の上記効果は、当業者の予測を超えるものではない。
また、本願明細書の段落【0043】?【0050】に記載された実施例8?10(NaBH_(4)による還元)、参考例11?13(LiAlH_(4)による還元)、実施例14?15(貴金属触媒存在下に水素による還元)を参酌しても、本願発明1の(イ)又は(ロ)による還元が、引用発明1bのリチウムアルミニウムヒドリドによる水素化に比して、当業者の予測を超える格別顕著な効果を奏するものとも認められない。

(6)拒絶の理由2についてのまとめ
したがって、本願発明1は、その出願前に日本国内又は外国で頒布された刊行物1に記載された発明(引用発明1b)及び周知技術に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

5 当審の判断3-拒絶の理由3について
(1)はじめに
特許法第36条第6項は、「第三項第四号の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し、その第2号において、「特許を受けようとする発明が明確であること。」と規定している。
そこで、(1)特許請求の範囲がその記載において、特許を受けようとする発明が明確であるか、(2)発明の詳細な説明の記載や技術常識を参酌すれば、特許を受けようとする発明が明確であるといえるか、について検討する。

(2)検討
ア 特許請求の範囲の記載について
特許請求の範囲の請求項1には、「低級アルコール」という記載、請求項3には、「低級アルコール」及び「低級ケトン」という記載があるところ、これらの記載における「低級」とは、アルコールやケトン中のアルキル基が、比較的炭素数が少ないアルキル基であることを意味する語であると認められるが、いくつまでの炭素数を指すか、炭素数の範囲が明確であるとはいえない。
よって、請求項1及び請求項3に記載した発明特定事項である「低級アルコール」又は「低級ケトン」に含まれるものと含まれないものとの境界が明確ではないから、特許請求の範囲がその記載において、請求項1及び請求項3の特許を受けようとする発明が明確であるとはいえない。

イ 発明の詳細な説明の記載や技術常識の参酌
発明の詳細な説明には、請求項1の「低級アルコール」について、「溶媒はNaBH_(4 )の場合、低級アルコール、好ましくは2-プロパノールが」(段落【0024】)と記載され、「2-プロパノール」を用いる実施例(段落【0043】?【0045】)が記載されており、また、請求項3の「低級アルコール」について、「メタノール」を用いる実施例(段落【0028】及び段落【0052】)が、請求項3の「低級ケトン」について、「アセトン」を用いる実施例(段落【0058】)がそれぞれ記載されているものの、それ以外に、「低級」についての記載はない。
よって、発明の詳細な説明の記載を参酌しても、「低級」の炭素数の範囲が明確であるとはいえず、「低級アルコール」及び「低級ケトン」に含まれるものと含まれないものとの境界が明確であるとはいえない。
次に、出願時の技術常識についてみると、例えば、玉虫文一他7名編、「岩波理化学辞典 第3版増補版」、1985年、株式会社岩波書店発行、第862頁には、
「低級アルコール」として、「炭素数が1ないし5の鎖式アルコールをいう.・・・炭素数1および2を低級アルコールとし,3ないし5を中級アルコールとする分け方もある.」
と記載されている。
そうすると、上記辞典の中においてさえ、「低級アルコール」の定義が複数存在するのであるから、技術常識を参酌しても、「低級」の炭素数の範囲が明確であるとはいえず、「低級アルコール」及び「低級ケトン」に含まれるものと含まれないものとの境界が明確であるとはいえない。
よって、発明の詳細な説明の記載や技術常識を参酌しても、請求項1及び請求項3の特許を受けようとする発明が明確であるといえない。

(3)拒絶理由3についてのまとめ
したがって、この出願の特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるとはいえないから、特許法第36条第6項第2号に適合するものであるとはいえない。

第4 むすび
以上のとおり、本願発明5は、その出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物1に記載された発明(引用発明1a)であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができず、本願発明1は、その出願前に頒布された刊行物1に記載された発明(引用発明1b)及び周知技術に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができず、また、この出願の特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるとはいえないから、特許法第36条第6項第2号に適合するものであるとはいえない。
したがって、その余の点を検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-11-05 
結審通知日 2009-11-10 
審決日 2009-11-24 
出願番号 特願平8-204977
審決分類 P 1 8・ 537- Z (C07C)
P 1 8・ 113- Z (C07C)
P 1 8・ 121- Z (C07C)
P 1 8・ 572- Z (C07C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 冨永 保  
特許庁審判長 西川 和子
特許庁審判官 松本 直子
唐木 以知良
発明の名称 RS-,R-又はS-1-ベンジルアミノ-3-フェノキシ-2-プロパノールの製造方法  
代理人 平石 利子  

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