• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12Q
管理番号 1210358
審判番号 不服2005-20657  
総通号数 123 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-03-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2005-10-27 
確定日 2010-01-15 
事件の表示 特願2003-165746「ヒトミトコンドリア遺伝子変異に基づく遺伝子検出法」拒絶査定不服審判事件〔平成17年 1月 6日出願公開、特開2005- 44〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯 ・本願発明
本願は,平成15年6月10日の出願であって,平成17年3月14日付けで特許請求の範囲について補正がなされ,同年9月16日付けで拒絶査定がなされ(同年9月27日発送),同年10月27日に拒絶査定不服審判の請求がなされたものであり,その請求項1に係る発明は,同年3月14日付けで補正された本願明細書の記載からみて,その特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものと認める。(以下「本願発明」という。)
「ヒトミトコンドリアDNAにおいて、アルツハイマー病患者に頻出し、健康長寿者には発生し難い多型である T3644C, A4732G, G11016A, A13183G, G15497A, A15758G, -42C, T16092C, C16232A の塩基の変異に基づいて、その者がアルツハイマー病に関与するSNPsを有するか否かについての判断資料を与えることを特徴とするヒトミトコンドリア遺伝子変異に基づく遺伝子検出法。」

第2 引用刊行物記載の発明
これに対して,原査定の拒絶の理由において引用文献1?11及び13として引用された,本願の出願の日前に頒布された文献(以下それぞれを「引用例1」乃至「引用例13」という。)には,次の事項が記載されている。

1.引用例1:全国大学保健管理研究会プログラム・抄録集,2001年9月,39th,p.57(B-4)
(1)「肥満学生におけるミトコンドリア遺伝子(MtDNA)の単塩基置換(SNPs)」(表題)
(2)「【目的】子供のBMIは母親のBMIに影響を受けると指適されており,MtDNAは母型遺伝するという。そこで,肥満学生おけるMtDNAの単塩基置換(SNPs)を解析し,検討を加えた。【方法】対象は肥満男子学生96名であり,蛍光自動塩基配列決定法によってATP合成酵素遺伝子(ATP6/8)塩基配列を決定し,非肥満学生と比較した。【結果】肥満学生において30カ所にSNPsがみられ,出現頻度は21%であった(非肥満学生は8%)。そのうちアミノ酸置換を伴うSNPsは13カ所であり,なかでも8584G→A(Ala→Thr)transitionは非肥満学生の3%に対して,肥満学生が7%と高い出現率を示した。アミノ酸置換を伴い,1名のみにみられたSNPsは,非肥満学生が2カ所であったのに対して,肥満学生では8カ所に確認された。【結語】MtDNAにコードされているATP合成酵素遺伝子(ATP6/8)のSNPsは肥満学生に多い傾向にあり,肥満の発症・進展との関連性が示唆された。」(本文)

2.引用例2:生化学(第75回日本生化学会大会発表抄録集),2002年8月25日,74[8],p.825(2P-723)
(1)「肥満者におけるミトコンドリアCytochrome bおよびATP6遺伝子多型の解析」(表題)
(2)「【目的】肥満者におけるミトコンドリアDNA(mtDNA)にコードされているCytochrome b(Cytb)およびATPase subunit 6(ATP6)遺伝子の一塩基多型(SNPs)を解析した。【方法】対象は96名の肥満者,健常者および百寿者であり,Cytb およびATP6遺伝子の全塩基配列を蛍光を利用した自動塩基配列決定法によって解析した。【結果】肥満者においてCytb遺伝子に44カ所のSNPsを認め,そのうち非同義置換は16カ所であった。ATP6遺伝子では26カ所にSNPsを認め,そのうち非同義置換は11カ所であった。Cytb遺伝子において同義置換Mt14783T→C,Mt15043G→AおよびMt15301G→Aは互いに連鎖しており,この多型頻度は百寿者(26:70)に比し肥満者(39:57)で有意な低値であった(p=0.03)。また,Mt15524A→G(Asn260Asp)の頻度は,健常者+百寿者(11/192名)より肥満者(6/96名)で有意な低値であった(p=0.05)。Mt14783T→C多型を代表とする3つの塩基置換は,ATP6遺伝子の非同義置換Mt8701A→G(Thr59Ala)と強く連鎖しており,この頻度は百寿者(28:68)に比し肥満者(44:52)で有意に低かった(p=0.01)。肥満者において標準アミノ酸配列からの逸脱度の指標であるGrantham値は,Cytb遺伝子よりATP6遺伝子で高値を示したが(p=0.03),健常者および百寿者においては両遺伝子間でGrantham値に違いを認めなかった。【結語】肥満者においてミトコンドリアCytbおよびATP6遺伝子に多様なSNPsを認めた。その内,Cytb遺伝子の4カ所,ATP6遺伝子の1カ所は肥満と関連する可能性が示唆された。また,健常者のATP6遺伝子はCytb遺伝子より機能的多様性が大きかった。」

3.引用例3:生化学(第75回日本生化学会大会発表抄録集),2002年8月25日,74[8],p.674(3S53-7)
(1)「長寿・糖尿病・パーキンソン病に関連するミトコンドリアDNA多型の探索」(表題)
(2)「ミトコンドリアDNA(mtDNA)の塩基配列は個体群における多様性が高い。我々は日本人の標準mtDNA多型データベースを構築している。百寿者にパーキンソン病・糖尿病が稀であることに注目し,百寿者・パーキンソン病患者・一般の糖尿病患者・血管障害を伴った糖尿病患者・若年肥満者・若年非肥満者,計6群,各96名のmtDNAの全塩基配列を解析している。」(1?5行)
(3)「今回の分析で新たに見いだされた遺伝子多型の頻度は1%?数%であり,糖尿病および長寿に関与する遺伝的要因であることを証明するには,さらに多くの個体集団における遺伝疫学的解析が必要である。」(19?21行)

4.引用例4:遺伝,1998年2月,52[2],p.32-37
(1)「ミトコンドリア遺伝子(mtDNA)の多様な変異が,神経変性疾患,循環器疾患,内分泌疾患などの病因として報告されている。また,体細胞のmtDNAに対する酸化的損傷と,それに起因するmtDNA変異の蓄積が,加齢における重要な因子として注目されている。mtDNAは,母親のみから伝えられ,その進化速度が核遺伝子の進化速度の5?10倍高いため,個体間における遺伝的多様性が高い。したがって,それぞれの個体のもつmtDNA多型が,活性酸素種に対する抵抗性,疾患に対する感受性,あるいは個体の寿命などに影響を与えている可能性が考えられる。この仮説を検証するために,百寿者のmtDNAの塩基配列を解析した。その結果,長寿に関連するmtDNA多型を見いだした。パーキンソン病やアルツハイマー病のような成人発症性の疾患に罹患しにくいmtDNA多型を有することが,長寿となる遺伝的因子の一つであると結論された。」(32頁左欄1?18行)
(2)「13.生活習慣病における遺伝的素因 肥満・高血圧・糖尿病・動脈硬化症などは従来成人病と呼ばれていた。しかし,…生活習慣病と呼ぶようになった。…この中で,これらの生活習慣病が,どの程度遺伝的要因によって支配されているのか,どの程度生活習慣の改善によって克服できるのかを科学的に評価していかなくてはいけない。」(37頁左欄17?32行)

5.引用例5:実験医学,1998年,16[18],p.31-37
(1)「ミトコンドリア遺伝子(mtDNA)の多様な変異が,神経変性疾患,循環器疾患,内分泌疾患などの病因として報告されている。また,体細胞のmtDNAに対する酸化的損傷と,それに起因するmtDNA変異の蓄積が,加齢における重要な因子として注目されている。mtDNAは,母親のみから伝えられ,その進化速度が各遺伝子の進化速度の5?10倍高いため,個体間における遺伝的多様性が高い。従って,それぞれの個体のもつmtDNA多型が,活性酸素種に対する抵抗性,疾患に対する感受性,あるいは個体の寿命などに影響を与えている可能性が考えられる。この仮説を検証するために百寿者のmtDNAの塩基配列を解析した。その結果,長寿に関連するmtDNA多型を見いだした。パーキンソン病やアルツハイマー病のような成人発症性の疾患に罹患しにくいmtDNA多型を有することが,長寿となる遺伝的因子の一つであると決論された。」(31頁上欄)
(2)「肥満・高血圧・糖尿病・動脈硬化症などは従来成人病と呼ばれていた。しかし,…生活習慣病と呼ぶようになった。…この中で,これらの生活習慣病が,どの程度遺伝的要因によって支配されているのか,どの程度生活習慣の改善によって克服できるのかを科学的に評価していかなくてはいけない。」(36頁右欄下から4行?37頁左欄11行)

6.引用例6:日本鑑識科学技術学会誌,2002年,7,p.78
(1)「ミトコンドリアSNPsのハプロタイプにおける集団間差異」(表題)
(2)「【目的】昨年の本集会において,ミトコンドリアDNAの一塩基多型(SNPs)部位13ヶ所(…)の同時検査法を報告した。今回,この方法を用いて日本人,台湾人,タイ人,ドイツ人集団のハプロタイプ分析を行い,出現頻度の違いから集団間の識別が可能かどうか検討を行った。」(1?5行)
(3)「一方,コード領域のSNPsは集団間で大きく異なり,各集団に特徴的なハプロタイプを形成することから,集団識別には特に有効と考えられた。」(下から7?6行)

7.引用例7:糖尿病,2002年4月,45[supplement 2],p.S-54 左欄
(1)「糖尿病に関連するミトコンドリアDNA多型の探索」(表題)
(2)「ミトコンドリアDNA(mtDNA)の塩基配列は多様性が高い。非翻訳領域のMt16198T→C多型が2型糖尿病に関連すると報告されているが,翻訳領域の多型に関しては十分な探索が行われていない。我々は日本人の標準mtDNA多型データベースの構築を開始した。百寿者にパーキンソン病・糖尿病が稀であることに注目し,百寿者・パーキンソン病患者・一般の糖尿病患者・血管障害を伴った糖尿病患者・若年肥満者・若年非肥満者,計6群,各96名のmtDNAの全塩基配列を解析している。」(下から16?7行)

8.引用例8:特開平11-221077号公報
(1)「なかでもミトコンドリア遺伝子の異常は、ミトコンドリアによる酸化的リン酸化がグルコース反応性インスリン分泌に重要な役割を果たしていることから、糖尿病の発症に極めて密接な関係があるものとして注目されている。」(【0009】)
(2)「【課題を解決するための手段】 本発明者らは、ヒトミトコンドリア遺伝子異常と糖尿病との関連を解明すべく、糖尿病患者のミトコンドリア遺伝子の塩基配列を健常人のそれと比較検討していたところ、糖尿病患者のミトコンドリア遺伝子に、有意な頻度でもって新規異常が存在することを見出し、本発明を開発するに至った。」(【0012】)

9.引用例9:特許第3251219号公報
(1)「一方、mtDNAの突然変異が特定の疾患と結びつくことが、分子生物学的研究の成果から明らかにされつつある(…)。」(【0003】)
(2)「ところで、近年の日本人の美食化及び過食化傾向に伴い、加齢するにつれて、ガン・心臓病・高血圧・糖尿病・脳疾患等のいわゆる成人病が増加している。
【発明が解決しようとする課題】 このような成人病とヒトmtDNAとの因果関係については、明確にされたものはない。もし、ヒトmtDNAの塩基置換に基づいて、成人病に罹患しやすい人を予め診断することができれば、その人が食生活や運動量等の生活態度を改善することによって、成人病の罹患率を減少させることが可能となる。
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、その目的は成人病に罹患する確率の高いグループをヒトmtDNAを用いた遺伝子診断により決定する方法を提供するところにある。」(【0004】?【0006】)

10.引用例10:国際公開第00/063441号パンフレット
(1)「発明の背景 多くの変性疾患は、ミトコンドリアの機能における変化によって引き起こされるか、または関連するものと思われる。これらの疾患としては、アルツハイマー病、糖尿病、パーキンソン病、ハンティングトン病、失調症、レーバー遺伝性視神経障害、精神分裂病ならびに筋変性障害(例えば、「ミトコンドリア脳障害、乳酸アシドーシスおよび発作」(MELAS)、ならびに「ミオクローヌスてんかん赤筋線維症候群(myoclonic epilepsy ragged red fiber syndrome)」(MERRF))が挙げられる。細胞内の変更された代謝または呼吸を含む他の疾患はまた、変更されたミトコンドリア機能と関連する疾患として見なされ得る。」(1頁7?15行)

11.引用例11:Electrophoresis,2001年10月,22,p.3533-3538
(1)「ミトコンドリアDNA変異型を迅速に検出する多重増幅産物多型分析」(表題)
(2)「ミトコンドリアDNA(mtDNA)において,翻訳領域と非翻訳領域の両方で多くの突然変異が研究されている。…日本人,韓国人,中国人,及びドイツ人からなる20の集団からの2471名のmtDNAの変異型を検出し,18のハプロタイプに分類した。…しかしながら,ハプロタイプA1,A2,B2,B3及びC2は,ほぼモンゴロイドに限定されていたのに対して,ハプロタイプB5とC5は,ほとんど排他的にドイツ人に出現した。」(3533頁要約1?9行)
12.引用例13:糖尿病,2002年4月,45[supplement 2],p.S-260(III-G404-1)
(1)「糖尿病患者におけるミトコンドリアcytochrome b遺伝子のSNPsの解析-百寿者との比較-」(表題)
(2)「【目的】2型糖尿病(DM)患者におけるミトコンドリアcytochrome b(Cytb)遺伝子の一塩基多型(SNPs)を解析した。【方法】対象はDM患者96名および百寿者(CN)であり,Cytb 遺伝子の塩基配列を蛍光法によl解析した。」(本文1?4行)
(3)「【結語】DM群ではCytb 遺伝子に多数のSNPsを保有しており,標準アミノ酸配列からの逸脱度もCN群よりむ高かった。」(本文13?15行)

第3 本願発明の進歩性について

1.本願の出願時の周知技術
上記の引用例1?11及び13の記載事項からも明らかなように,本願の出願時点において,長寿(百寿)やアルツハイマー病を含む各種の疾患等とミトコンドリア遺伝子(DNA)の変異との関係を調べるために,疾患等のグループに属する個体のミトコンドリアDNAの全塩基配列を決定しそれらを対照グループのものと比較すること,その比較により疾患等に関係する,すなわち,例えば特定の疾患の患者で頻出するようなミトコンドリアDNAの変異を決定すること,およびそのような変異が検出されれば各種の疾患等の診断,予知を行い得ること,すなわち,特定の疾患に関与するSNPsを有するか否かの判断資料となること,は周知であったと認められる。

2.対比
本願明細書には,「なお、第2の発明において,好ましくは,…A4732G ,…G11016A ,…A13183G ,…G15497A ,…A15758G ,…T16092C ,…C16232A …のうちの少なくとも一つ、または二つ以上の塩基の変異に基づくことができる。本発明者らの解析によれば、百寿者に比べてアルツハイマー病患者に多く確認された314ヶ所の変異の有無を確認することにより、その者が血管病変を伴うアルツハイマー病患者となる可能性が高いか否かについての判断資料を与えることができる。」(【0012】),, , , , , , , ,及び「また、第2の発明において、好ましくは、-42C,…T3644C ,…のうちの少なくとも一つ、または二つ以上の塩基の変異に基づくことができる。本発明者らの解析によれば、百寿者群には認められず、アルツハイマー病患者にのみ確認された216ヶ所の変異の有無を確認することにより、その者がアルツハイマー病患者となる可能性が高いか否かについての判断資料を与えることができる。」(【0013】)と記載されていることからも明らかなように,本願発明は,請求項1に記載された9種類の変異のうちの一つのみの変異に基づいて,その者がアルツハイマー病に関与するSNPsを有するか否かについての判断資料を与える方法を包含するものである。
このような理解の上で,本願発明を上記の周知技術と比較すると,両者は,
「ヒトミトコンドリアDNAにおいて、特定の疾患の患者に頻出し対照のグループには認め難い多型の塩基の変異に基づいて、その者が特定の疾患に関与するSNPsを有するか否かについての判断資料を与えることを特徴とするヒトミトコンドリア遺伝子変異に基づく遺伝子検出法。」である点で一致し,
(1)その多型が,本願発明では「アルツハイマー病患者に頻出し,健康長寿者には発生し難い」ものであるのに対し,周知技術は,アルツハイマー病患者と健康長寿者とを比較するものではない点,
(2)塩基の変異が,本願発明では,「T3644C, A4732G, G11016A, A13183G, G15497A, A15758G, -42C, T16092C, C16232A 」というものであるのに対し,周知技術は,該変異について具体的に示すものではない点,
で相違する。

3.判断

(1)相違点(1)について
引用例3,7には,疾患に関連するミトコンドリアDNAの多型を探索するために,百寿者及び神経変性疾患であるアルツハイマー病患者を含む計6群,各96名のミトコンドリアDNA の全塩基配列を解析していること,及び,日本人の標準ミトコンドリアDNA多型データベースを構築していることが記載されている。
また,引用例4及び5には,ミトコンドリアDNAの変異が神経変性疾患(パーキンソン病やアルツハイマー病も含まれる。)の病因として報告されていることが記載されていると共に,百寿者のmtDNAの塩基配列を解析した結果,長寿に関連するmtDNA多型を見いだしたこと,及びパーキンソン病やアルツハイマー病のような成人発症性の疾患に罹患しにくいミトコンドリアDNAの多型が存在することが,長寿となる遺伝的因子の一つであると結論されたことが記載されている。また,引用例10にも,パーキンソン病やアルツハイマー病のような変性疾患がミトコンドリアの機能における変化により引き起こされるか,または関連していることが記載されている。
とすれば,ミトコンドリアDNA多型の変異とアルツハイマー病との関連については周知であると認められ,当業者は,引用例3及び7において,すでにミトコンドリアDNA の全塩基配列を解析しており,日本人の標準ミトコンドリアDNA多型データベースを構築していることが記載されている6群のグループのうちの百寿者とさらにアルツハイマー病患者につき同様のデータを取得し,そのデータに基づいて,アルツハイマー病に関与するSNPs,すなわち,アルツハイマー病患者には頻出し,健康長寿者には発生し難い多型を見いだそうとすることは当業者であれば容易に想到しうることである。

(2)相違点(2)について
本願発明で特定されている多型である「T3644C, A4732G, G11016A, A13183G, G15497A, A15758G, -42C, T16092C, C16232A 」という変異については,上記(1)で言及したように,当業者は,引用例1?11及び13の記載及び周知技術によれば,健康長寿者及びアルツハイマー病患者のデータに基づいて,アルツハイマー病に関与するSNPs,すなわち,アルツハイマー病患者には頻出し,健康長寿者には発生し難い多型をみいだそうとすることに容易に想到しうるのであり,そのような容易に想到しうる解析の結果として得られた変異を特定したものに過ぎない。したがって,このような変異を特定することは当業者が容易に行うことができることである。

(3)本願発明の効果について
ア 請求人は,審判請求書の【請求の理由】において,「これらの多型セットの有無を確認することにより、その者が、アルツハイマー病になりやすいか否か、或いはアルツハイマー病となり難いか否か等の判断資料を提供できるという画期的なものである。…しかし、本願発明を考察すれば、上記多型セットが、アルツハイマー病患者について、或いは健康長寿者について、非常に高頻度に見出されることからすると、これらの多型が認められた場合には、その者がアルツハイマー病となるか否か,或いはアルツハイマー病となり難いか否かについて、高度の蓋然性を持つ判断材料とできるものである。このような効果は、引用例1-13及び本願出願前の技術常識に基づいて、当業者が容易になし得たものとは認められないことから、格別顕著な効果を奏するものであると考える。」と,本願発明が顕著な効果を奏するものであることを主張している。そこで,以下この点について検討する。
イ 前述のように本願発明は請求項1に記載された9種類の変異のうちの一の変異のみを、アルツハイマー病に関与するSNPsを有するか否かについての判断資料とする方法も包含しているものと認められる。したがって,本願発明の効果が顕著であるというためには,これらの変異のいずれをアルツハイマー病に関与するSNPsを有するか否かについての判断資料とした場合であっても,従来技術からは予期できない顕著な効果が奏される必要がある。
ウ そして,本願発明の効果が顕著であるというための前提として,まず,請求項1に記載された変異とアルツハイマー病との間に有意な関係がある必要がある。そもそもそのような関係がないのであれば,本願発明には何ら技術的意義が存在しないことになるからである。
エ そこで,9種類の変異であるT3644C(表3), A4732G(表4), G11016A(表7), A13183G(表9), G15497A, A15758G(表11), -42C(表15), T16092C(表16), C16232A(表17)のP値を計算すると,それぞれ0.123,0.105,0.061,0.061,0.184,0.123,0.123,0.106,0.106である。一般的に,統計的に有意な差があるといえるのは,P値が5%以下,又は1%以下の場合でありこれら9種の変異はいずれもこの基準を明らかに満たしていない。
オ また,これらの変異とアルツハイマー病との間に関連がある確率はそれぞれ1-0.123,1-0.105,1-0.061,1-0.061,1-0.184,1-0.123,1-0.123,1-0.106及び1-0.106であるから,これらのいずれかの変異がアルツハイマー病と関連しない確率は1-0.877×0.895×0.939×0.939×0.816×0.877×0.877×0.894×0.894=0.665であって,6割7分の確率で,顕著な効果どころか全く効果がない発明を含んでいることになる。
カ さらに,本願明細書の記載によれば,健康長寿者群に比べてアルツハイマー病患者に多く確認された変異は314ヶ所であり(【0012】),これらの変異とアルツハイマー病との間に全く関係がない場合であっても,データとして有意な差異を示す変異は確率的に必ず存在するものと認められる。すなわち,本願発明で特定された変異がアルツハイマー病と関係しているかどうかは,本願明細書に記載された単なるデータの解析からは不明である。
本願の出願後に頒布された文献も含むが,
(ア)鎌谷直之「ポストゲノム時代の遺伝統計学」羊土社,2002.3.10,228?230頁には多重検定の問題について記載され,特にその228頁3?12行には,「しかし,複数の遺伝子座や複数のSNPなどを検定する場合には,多重検定の問題が生じる。多重検定の問題とは,検定を繰り返すことで,偽陽性(第1種の過誤)が起こる確率が高まるこをいう。例えば,有意水準0.025で片側検定を40回行えば(各2個の対立遺伝子をもつ20個の遺伝子座を検定すれば),そのうち1回ぐらいは偽陽性が起こってしまう。このような事態を防ぐためには,有意水準aを0.05よりも厳しく設定する必要がある。独立なx回の両側検定を行う研究であれば(各2個の対立遺伝子を持つx個の遺伝子座を検定すれば),a=0.05/2xを有意水準として採用し,偽陽性が起こる確率を0.05以内におさえるのが一般的である。」と,
(イ)実験医学Vol.24 No.10(増刊)2006 p.185左欄10行~右欄8行には,「また有意水準p<0.05では20個調べたら1個はエラーであるので、関連があるといってもエラーを検出しているだけのことが多い。・・・かりに全遺伝子30,000個調べても5%エラーにおさえるために、有意水準をp<10-6(5%/30,000)くらいとするのが近年の傾向である(Bonferroniの補正)。このためには通常の多因子遺伝性疾患遺伝子の相対危険度は1.5?2くらいと考えられるため、患者対照各500?2,000人のサンプル数が必要である。」と,
(ウ)実験医学 Vol.23 No.4(増刊)2005 p.61右欄下から1行~p.62左欄12行には,「SNPごとに疾患との関連性を検定するというように、検定を何回も繰り返す場合、有意水準を厳しく設定しないと偽陽性が出現する確率が高まることが問題とされている。・・・従って、仮にゲノム全域で20万SNPを検索すると、1万個もの偽陽性SNPが生じうる。この場合、一般に、有意水準を0.05/2000,000=2.5×10-7に設定することにより、偽陽性SNPが出現する確率を0.05以内に抑える手法がとられる。」と,
記載されていることからも明らかなように,個別の変異と疾患との関係が有意(例えばp<0.05)であるとしても,多数の変異についてのその疾患との関係が有意であるとはいえず,この場合には有意水準をさらに小さい数値に補正する必要があることは技術常識である。
例えば,本願明細書に記載されているような314ヶ所の変異(【0012】)については,5%すなわち約16ヶ所の変異については,疾患との間に全く関係がない場合でもP<0.05という結果が得られるのであり,有意水準はより厳しく,例えば0.05/314=1.6×10-4に設定しなければならない。
キ すなわち,本願の請求項1に記載された変異は,いずれも単にアルツハイマー病に関連する変異の候補であるに過ぎず,真にアルツハイマー病に関与するSNPsであるか否かを決定するためには大規模症例・対照比較研究および長期縦断疫学研究が必要であるというべきである。
ク したがって本願発明が,従来技術からは予測できない顕著な効果を奏するものであるということはできない。

4.小括
したがって,本願発明は,引用例1?11及び13に記載された事項及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明することができたものである。

第4 むすび
以上の通り,本願発明は,引用例に記載された事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
よって,結論のとおり審決する。

第5 付言
なお,原審では拒絶理由として指適されていないが,本願の請求項1に記載された変異のような,アルツハイマー病患者と健康長寿者との間で有意な差のない変異は,アルツハイマー病に関与するSNPsを有するか否かについての判断資料とはなり得ないものであるから,本願発明の方法は,そもそも特許法第36条第6項第1号のサポート要件又は特許法第36条第4項実施可能要件を満たさないものである点を付言する。
 
審理終結日 2009-10-05 
結審通知日 2009-10-27 
審決日 2009-11-09 
出願番号 特願2003-165746(P2003-165746)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C12Q)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 小暮 道明  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 平田 和男
上條 肇
発明の名称 ヒトミトコンドリア遺伝子変異に基づく遺伝子検出法  
代理人 小林 洋平  
代理人 小林 洋平  
代理人 小林 洋平  
代理人 小林 洋平  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ