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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C07C
管理番号 1210405
審判番号 不服2007-3689  
総通号数 123 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-03-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-02-07 
確定日 2010-01-14 
事件の表示 特願2000-154116「ビスフェノールの製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成13年12月 4日出願公開、特開2001-335522〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
この出願は、平成12年5月25日の出願であって、平成18年9月5日付けで拒絶理由が通知され、同年11月9日付けで意見書及び手続補正書が提出されたが、同年12月8日付けで拒絶査定がされたところ、平成19年2月7日に拒絶査定に対する審判請求がされ、同年4月27日付けで審判請求書の手続補正書が提出されたものである。

第2 本願発明
この出願の請求項1?4に係る発明は、平成18年11月9日付けの手続補正により補正された明細書(以下、「本願明細書」という。)の記載からみて、特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりである。

「アルキル基の炭素数が1?4のω-メルカプトアルキルピリジンまたはこれとケトンとの縮合物により部分変性したスルホン酸型陽イオン交換樹脂触媒の存在下、フェノール類とケトンを反応させてビスフェノールを製造する方法において、触媒として水に懸濁させたスルホン酸型陽イオン交換樹脂と、このイオン交換樹脂のスルホン酸基の17?30モル%を変性する量に相当する量のω-メルカプトアルキルピリジンまたはこれとケトンとの縮合物を水で希釈したものとを一緒にし、撹拌下に変性反応させて得たスルホン酸型陽イオン交換樹脂を使用することを特徴とするビスフェノールの製造方法。」

第3 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由の概要は、本願発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物A?Dに記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、という理由を含むものであるところ、刊行物B及び刊行物Dは、下記のとおりである。


刊行物B 特開平11-246458号公報(以下、「刊行物1」という。)
刊行物D 特開平10-251179号公報(以下、「刊行物2」という。)

第4 各刊行物に記載された事項
1 刊行物1に記載された事項
この出願の出願前に頒布された刊行物である刊行物1には、以下の事項が記載されている。

(1a)「フェノール化合物とケトンとを反応させてビスフェノールを製造する方法において、触媒として、アルキル基の炭素数が1?4であるω-メルカプトアルキル基を有するω-メルカプトアルキルピリジン及びアルキル基の炭素数が3?4であるω-メルカプトアルキル基を有し、かつ1個又は2個のメチル基又はt-ブチル基で置換されていてもよいω-メルカプトアルキルアミンからなる群から選ばれたω-メルカプトアルキル基を有するアミン又はこれとケトンとの縮合物で部分的に中和された酸性陽イオン交換樹脂を用い、かつケトンを少くとも2つの反応段階で供給することを特徴とする方法。」(【請求項1】)
(1b)「酸性陽イオン交換樹脂が、官能基としてスルホン酸基を有するものであることを特徴とする請求項1又は2記載の方法。」(【請求項3】)
(1c)「酸性陽イオン交換樹脂の官能基の2?40モル%がω-メルカプトアルキル基を有するアミン又はこれとケトンとの縮合物で中和されていることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の方法。」(【請求項4】)
(1d)「酸性陽イオン交換樹脂をこれらのアミンで部分的に中和するには、水、アルコール、ケトン、エーテル、フェノールなどの適当な溶媒にこれらのアミンを溶解し、予じめ同じ溶媒中に分散させた遊離型の酸性陽イオン交換樹脂と混合して、撹拌すればよい。陽イオン交換樹脂に対するアミンの使用量は、陽イオン交換樹脂の官能基に対しアミノ基として2?40モル%、好ましくは3?20モル%である。使用量が2モル%未満ではメルカプト基による触媒効果の発現が不十分であり、また40モル%を越えると遊離の官能基の減少により触媒活性が低下するので、いずれも好ましくない。なお、このようにして部分的に中和して調製した触媒は、反応に用いるフェノール化合物で洗浄して溶媒を置換してから、ビスフェノールの製造に供するのが好ましい。」(段落【0007】)
(1e)「【実施例】
以下に実施例により本発明をさらに具体的に説明する。なお、アセトン転化率及びビスフェノールA選択率は次式により算出した。
【数1】
アセトン転化率(%)=
{(供給アセトン量-未反応アセトン量)/供給アセトン量}×100

ビスフェノールA(BPA)選択率(%)=
{生成BPA量/生成水を除く全生成物量}×100
反応液中の未反応アセトンはガスクロマトグラフィーで定量し、ビスフェノールA及び副生物等は高速液体クロマトグラフィーで定量した。
実施例1
300mLガラス製四つ口丸底フラスコに、ダイヤイオンSK104を4-(2-メルカプトエチル)ピリジンで16モル%中和した触媒を水膨潤状態で30g採取し、70℃のフェノールを用いて、洗浄液の含水率が0.1重量%以下になるまで洗浄した。300mLの四つ口丸底フラスコに50℃のフェノール180gを採取し、これにこの洗浄済の触媒を懸濁させ、アセトン2.14gを加えて反応を開始した。反応開始後、30分、60分及び90分の時点でそれぞれアセトン2.14gを追加供給した。また反応開始後60分の時点で60℃に昇温し、90分の時点で更に70℃に昇温し、以後はこの温度で反応を続行した。反応開始後240分の時点で反応液を採取して分析した。結果を表-1に示す。」(段落【0011】?【0014】)
(1f)表-1には、実施例1の結果として、アセトン転化率が99.4%であり、BPA選択率が95.6%であり、2,4-異性体/BPA×100(重量比)が2.89であり、トリスフェノール/BPA×100(重量比)が0.53であることが記載されている(段落【0020】)。

2 刊行物2に記載された事項
この出願の出願前に頒布された刊行物である刊行物2には、以下の事項が記載されている。

(2a)「触媒の存在下でアセトンとフェノールからなる反応原料を反応させてビスフェノールAを製造する方法において、該反応原料中に0.05?0.5wt%の水を存在させるとともに、該触媒として、含イオウアミン化合物で強酸性イオン交換基の25?45%が変性された強酸性イオン交換樹脂を用いることを特徴とするビスフェノールAの製造方法。」(【請求項1】)
(2b)「アセトンと過剰のフェノールとを反応させてビスフェノールAを製造するに際し、その触媒として、部分的に含イオウアミン化合物で変性された強酸性イオン交換樹脂を用いることは広く行われている。このような触媒を用いてアセトンとフェノールを反応させる場合、使用するアセトン中にアルコールが混入すると、このアルコールが、触媒プロモータとして作用する含イオウアミン化合物と反応し、そのプロモータとしての作用を低下させ、触媒活性を劣化させる。また、触媒は、アセトンとフェノールとの反応に際して副生する重質成分によっても被毒を受け、その活性を低下させる。このような触媒活性の低下は、触媒の再生又は新触媒との交換を生じさせ、プロセスの経済性を著しく低下させる原因となる。」(段落【0002】)
(2c)「前記触媒プロモータとして用いられる含イオウアミン化合物も従来良く知られた化合物で、例えば、・・・メルカプトアルキルピリジン;・・・メルカプトアルキルアミン(又はアミノアルキルメルカプタン);・・・チアゾリジン;・・・アミノチオフェノール等が挙げられる。」(段落【0006】)
(2d)「強酸性イオン交換樹脂の変性は、その未変性樹脂を水中又は有機溶媒中で含イオウアミン化合物と反応させることによって行うことができる。有機溶媒としては、フェノールやアセトンを用いることができるが、好ましくは水中で行う。反応温度としては、常温又は加温が採用され、反応時間は、特に長時間を必要とせず数分で充分である。均一に反応させるため、反応混合物を撹拌するのが好ましい。本発明においては、未変性樹脂中に含まれる強酸性イオン交換基の25?45%、好ましくは25?35%が変性基に変換されるように行うのがよい。従来の含イオウアミン化合物で部分的に変性された強酸性イオン交換樹脂触媒において、その変性率は3?25%、好ましくは5?15%であり、その変性率が前記範囲より高くなると、その触媒活性が低下するようになる。従って、変性率が25%を超えるような変性樹脂を触媒として用いることは殆どない。しかしながら、本発明者らの研究によれば、変性率が25%を超えるような高変性率の触媒は、これを水の共存下で用いるときには、その触媒寿命が大幅に延長されることが知見された。」(段落【0007】)
(2e)「実施例1
内径120mm、高さ:1.5mの円筒状容器からなり、その頂部と底部に多孔板(孔板:約0.1mm)を配設し、その多孔板間の空間部に触媒を充填したものを反応器として用いた。この場合の触媒としては、スルホン酸型陽イオン交換樹脂(平均粒径:0.5mm、商品名「アンバーライトIR-118-H」のスルホン酸基の30%を2-メルカプトエチルアミンと反応させたものを用いた。この反応器の頂部から、メタノールを1wt%含むアセトン4.5wt%とフェノール95.5wt%からなる反応混合液を導入し、反応器底部から、ビスフェノールAを含む反応生成物を抜出した。この場合、反応温度は70℃とし、触媒と混合液の接触時間は100分とした。この場合、反応混合液中に水を0.5wt%の濃度になるように添加した。前記のようにして長時間連続して反応を行った結果、表1に示す運転結果が得られ、アセトン転化率は、2000時間目でも78%という高いアセトン転化率が得られた。」(段落【0012】)

第5 当審の判断
1 刊行物1に記載された発明
刊行物1には、「フェノール化合物とケトンとを反応させてビスフェノールを製造する方法において、触媒として、アルキル基の炭素数が1?4であるω-メルカプトアルキル基を有するω-メルカプトアルキルピリジン及び・・・からなる群から選ばれたω-メルカプトアルキル基を有するアミン又はこれとケトンとの縮合物で部分的に中和された酸性陽イオン交換樹脂を用い、かつケトンを少くとも2つの反応段階で供給することを特徴とする方法」(摘示(1a))が記載されており、上記「ω-メルカプトアルキル基を有するアミン又はこれとケトンとの縮合物」として、「アルキル基の炭素数が1?4である・・・ω-メルカプトアルキルピリジン・・・又はこれとケトンとの縮合物」を包含するものである。
さらに、刊行物1には、上記「部分的に中和」について、「酸性陽イオン交換樹脂の官能基の2?40モル%が・・・中和されている」(摘示(1c))と記載されており、上記「酸性陽イオン交換樹脂」について、「官能基としてスルホン酸基を有するものである」(摘示(1b))と記載されている。
したがって、本願発明の記載ぶりに合わせると、刊行物1には、
「触媒として、アルキル基の炭素数が1?4であるω-メルカプトアルキルピリジン又はこれとケトンとの縮合物で部分的に中和された官能基としてスルホン酸基を有する酸性陽イオン交換樹脂を用い、フェノール化合物とケトンとを反応させてビスフェノールを製造する方法において、触媒として、官能基としてスルホン酸基を有する酸性陽イオン交換樹脂のスルホン酸基の2?40モル%がω-メルカプトアルキルピリジン又はこれとケトンとの縮合物で中和された酸性陽イオン交換樹脂を使用し、かつケトンを少くとも2つの反応段階で供給することを特徴とするビスフェノールの製造方法」
の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

2 本願発明と引用発明との対比
本願発明と引用発明を対比すると、引用発明の「官能基としてスルホン酸基を有する酸性陽イオン交換樹脂」は、本願発明の「スルホン酸型陽イオン交換樹脂」に相当し、引用発明の「触媒として、・・・を用い」は、本願発明の「触媒の存在下」に相当する。
また、引用発明の「中和された」とは、酸性陽イオン交換樹脂の官能基であるスルホン酸基がω-メルカプトアルキルピリジン又はこれとケトンとの縮合物と結合し、変化することを意味するから、本願発明の「変性した」に相当し、そして、引用発明の「フェノール化合物」は、本願発明の「フェノール類」に相当する。
そして、引用発明は、「触媒として、官能基としてスルホン酸基を有する酸性陽イオン交換樹脂のスルホン酸基の2?40モル%がω-メルカプトアルキルピリジン又はこれとケトンとの縮合物で中和された酸性陽イオン交換樹脂を使用」し、他方、本願発明は「触媒として・・・スルホン酸型陽イオン交換樹脂と、このイオン交換樹脂のスルホン酸基の17?30モル%を変性する量に相当する量のω-メルカプトアルキルピリジンまたはこれとケトンとの縮合物を・・・変性反応させて得たスルホン酸型陽イオン交換樹脂を使用」するもので、共に「触媒として、スルホン酸型イオン交換樹脂のスルホン酸基の一部が、ω-メルカプトアルキルピリジンまたはこれとケトンとの縮合物で変性されたスルホン酸型陽イオン交換樹脂を使用」するものであるといえる。
よって、本願発明と引用発明とは、
「アルキル基の炭素数が1?4のω-メルカプトアルキルピリジンまたはこれとケトンとの縮合物により部分変性したスルホン酸型陽イオン交換樹脂触媒の存在下、フェノール類とケトンを反応させてビスフェノールを製造する方法において、触媒として、スルホン酸型イオン交換樹脂のスルホン酸基の一部がω-メルカプトアルキルピリジンまたはこれとケトンとの縮合物で変性されたスルホン酸型陽イオン交換樹脂を使用することを特徴とするビスフェノールの製造方法。」
である点で一致するが、以下のA?Cの点で相違するといえる。

A 変性されたスルホン酸型陽イオン交換樹脂が、本願発明においては、「水に懸濁させたスルホン酸型陽イオン交換樹脂と、・・・ω-メルカプトアルキルピリジンまたはこれとケトンとの縮合物(以下、「ω-メルカプトアルキルピリジン等」という。)を水で希釈したものとを一緒にし、撹拌下に変性反応させて得た」ものであるのに対し、引用発明においては、変性反応が特定されないものである点
B スルホン酸基の一部の変性について、本願発明は、「17?30モル%を変性する量に相当する量」とするのに対し、引用発明は、「2?40モル%」とする点
C 引用発明においては、「ケトンを少くとも2つの反応段階で供給する」のに対し、本願発明においては、そのような特定がない点
(以下、これらの相違点をそれぞれ「相違点A」、「相違点B」及び「相違点C」という。)

3 相違点についての検討
(1)相違点Aについて
刊行物1には、酸性陽イオン交換樹脂を部分的に中和する方法について、「水、アルコール、ケトン、エーテル、フェノールなどの適当な溶媒にこれらのアミンを溶解し、予じめ同じ溶媒中に分散させた遊離型の酸性陽イオン交換樹脂と混合して、撹拌すればよい」(摘示(1d))と記載されており、部分的に中和する方法に用いる溶媒として、「水」を包含するものである。
さらに、刊行物1の実施例1においては、「ダイヤイオンSK104(審決注;「酸性陽イオン交換樹脂」の商品名である。)を4-(2-メルカプトエチル)ピリジンで16モル%中和した触媒を水膨潤状態で30g採取し」(摘示(1e))と記載されており、具体的な中和方法について記載されていないものの、「水膨潤状態で・・・採取」するとの記載から、上記摘示(1d)の方法で、かつ、溶媒として水を用いて製造されたとみるのが自然であるから、相違点Aは実質的な相違点であるとはいえない。
また、たとえ、上記実施例1の記載からでは、上記摘示(1d)の方法で、かつ、溶媒として水を用いて製造されたとまではいえず、相違点Aが実質的な相違点であるとしても、「水膨潤状態で・・・採取」されるものを得るために、水を溶媒として用いることは当業者が容易に想到し得ることである。しかも、刊行物2には、強酸性イオン交換樹脂のメルカプトアルキルピリジン等による変性において、「水中又は有機溶媒中で・・・行うことができ」るとする中で、「好ましくは水中で行う」(摘示(2c)及び(2d))と記載されているから、上記摘示(1d)の方法において、「水、アルコール、・・などの溶媒」から水を選択することが当業者にとって格別困難であったともいえない。
よって、刊行物1に、具体的な製造例の記載がなくとも、引用発明の部分的に中和された酸性陽イオン交換樹脂を、ω-メルカプトアルキルピリジン等を水に溶解し、予め同じく水に分散させた酸性陽イオン交換樹脂とを混合して、撹拌することにより中和、すなわち、変性させることにより得ることは、当業者が容易に想到し得ることである。
したがって、相違点Aは実質的な相違点であるとはいえない、又は、実質的な相違点であったとしても、引用発明において、部分的に中和された酸性陽イオン交換樹脂を、「水に懸濁させたスルホン酸型陽イオン交換樹脂と、ω-メルカプトアルキルピリジン等を水で希釈したものとを一緒にし、撹拌下に変性反応させて得た」ものとすることは、当業者が容易に想到し得ることである。

(2)相違点Bについて
引用発明における「2?40モル%」とは、スルホン酸基が中和された量を意味し、本願発明と同様に、スルホン酸基の「2?40モル%を変性するのに相当する量」であるといえる。
そこで、引用発明の「2?40モル%」から、これに包含され、より狭い数値範囲である「17?30モル%」が容易に想到できるかについて検討する。
刊行物1には、「使用量が2モル%未満ではメルカプト基による触媒効果の発現が不十分であり、また40モル%を越えると遊離の官能基の減少により触媒活性が低下するので、いずれも好ましくない」(摘示(1d))と記載されており、触媒効果の発現と、遊離の官能基の減少による触媒活性の低下の観点から、「2?40モル%」という範囲が設定されていることが記載されている。そして、具体的には、実施例1において、「4-(2-メルカプトエチル)ピリジンで16モル%中和した触媒」(摘示(1e))を用いることが記載されている。
一方、刊行物2には、「触媒の存在下でアセトンとフェノールからなる反応原料を反応させてビスフェノールAを製造する方法において」(摘示(2a))、「メルカプトアルキルピリジン」(摘示(2c))等の「部分的に含イオウアミン化合物で変性された強酸性イオン交換樹脂・・・触媒を用いてアセトンとフェノールを反応させる場合、使用するアセトン中にアルコールが混入すると、このアルコールが、触媒プロモータとして作用する含イオウアミン化合物と反応し、そのプロモータとしての作用を低下させ、触媒活性を劣化させる。また、触媒は、アセトンとフェノールとの反応に際して副生する重質成分によっても被毒を受け、その活性を低下させる。このような触媒活性の低下は、触媒の再生又は新触媒との交換を生じさせ、プロセスの経済性を著しく低下させる原因となる」(摘示(2b))ことが記載されており、実施例1においては、2000時間という長時間運転後の「アセトン転化率」(摘示(2e))について評価がされていることから、摘示(2b)でいうところの「触媒活性の低下」は、アルコールの混入や、副生する重質成分による被毒を原因とする、長時間運転後の触媒活性の低下について指摘するものであるということができる。
そして、刊行物2には、「変性率が25%を超えるような高変性率の触媒」(摘示(2d))、例えば、変性率が「30%」(摘示(2e))である触媒を用い、これを「水の共存下で」用いることが記載されている(摘示(2d))から、長時間運転後の触媒活性の低下という課題を解決するためには、少なくとも変性率をより高いものとすることが指向されているといえる。
そうすると、ω-メルカプトアルキルピリジン等で変性された酸性陽イオン交換樹脂触媒を用いたビスフェノールの製造方法において、刊行物1に記載された触媒効果の発現と、遊離の官能基の減少による触媒活性の低下の観点に加え、刊行物2に記載されている長時間運転後の触媒活性の低下の観点も考慮して、触媒の変性率を選択すること、特に、長時間運転後の触媒活性の低下を抑制するために、引用発明における「2?40モル%」の範囲内で、より高い変性率のものを用い、例えば、刊行物1の実施例で用いられている「16モル%」より高く、刊行物2の実施例で用いられている「30%」程度までの範囲の変性率を有するものを用いることは、当業者が容易に想到し得ることである。
したがって、引用発明において、スルホン酸基の一部の変性を、「17?30モル%を変性する量に相当する量」とすることは、当業者が容易に想到し得ることである。

(3)相違点Cについて
本願発明は、ケトンの供給方法について特定されていないが、引用発明の「ケトンを少くとも2つの反応段階で供給する」態様を排除するものでないことは明らかである。
よって、相違点Cは実質的な相違点であるとはいえない。

(4)本願発明の効果について
ア 本願発明は、本願明細書の段落【0016】に記載されるように、「変性反応に供する双方の原料を水で希釈して変性反応に供し、スルホン酸基の17?30モル%を変性した陽イオン交換樹脂は長時間に亘り、活性低下を惹起することなくビスフェノールを製造することが出来る」という効果を奏するものである。
イ しかしながら、「双方の原料を水で希釈して変性反応に供」することにより、「長時間に亘り、活性低下を惹起することなくビスフェノールを製造することが出来る」という効果について、本願明細書の記載を参酌すると、段落【0007】に、「陽イオン交換樹脂をこれらのω-メルカプトアルキルピリジンで部分的に変性するには、水にω-メルカプトアルキルピリジン等を溶解し、予じめ水に分散させた遊離型のスルホン酸型陽イオン交換樹脂と混合して、撹拌処理することにより容易に行うことができる。」と記載されており、実施例における「<触媒の調製>」(段落【0010】)において、「4-(2-メルカプトエチル)ピリジン2.46gを酢酸3.18gに添加することによりイオン交換水40gに溶かし、この水溶液を、予め、窒素置換した500mlガラス製四口丸底フラスコ中に遊離型のスルホン酸型陽イオン交換樹脂”ダイヤイオンSK104H”(商品名、三菱化学(株)社製、酸交換容量:1.7meq/wet-g)80gと脱イオン交換水160gを仕込んで混合撹拌しているところに、30分かけて滴下し、更に室温で1時間撹拌した。
反応後、樹脂を分離し、イオン交換水で十分に洗浄した後、変性樹脂中のメルカプト基及びスルホン酸量を滴定し、変性率13モル%の遊離型のスルホン酸型陽イオン交換樹脂を得たことを確認した。」と記載されているが、水で希釈して変性反応に供したことにより、どのような効果を奏するのかについての記載はないから、「双方の原料を水で希釈して変性反応に供」することにより、「長時間に亘り、活性低下を惹起することなくビスフェノールを製造することが出来る」という効果を奏したとは認められない。
この点に関し、審判請求人は、平成18年11月9日付けの意見書「1.」において、「本願発明は、変性反応に供する双方の原料を水で稀釈してその濃度を低くすることにより、両者が混合された時点で変性反応が急激に進行しないようにし、且つ撹拌下に変性反応を行わせることにより、個々の樹脂粒子及び樹脂粒子の各部分をω-メルカプトアルキルピリジンと均一に反応させるようにしたものであります。従って本願発明によれば、触媒全体としての変性率と、触媒を構成する個々の樹脂粒子の変性率とが等しく、全体としてほぼ均一な触媒で反応を行わせることができます。」と主張するが、該主張に関する事項は、本願明細書に記載されておらず、本願明細書の記載から当業者が推論できるものでもないから、上記意見書による効果の主張は、採用することができない。
ウ 次に、本願発明の「スルホン酸基の17?30モル%を変性した」ことにより、「陽イオン交換樹脂は長時間に亘り、活性低下を惹起することなくビスフェノールを製造することが出来る」という効果については、上記3(2)で述べたとおり、刊行物2には、長時間運転後の触媒活性の低下という課題が記載されており、該課題を解決するためには、少なくとも変性率をより高いものとすることが指向されているといえるから、上記効果が当業者の予測を超える格別顕著なものであるとはいえない。
この点に関し、審判請求人は、平成19年4月27日付けの審判請求書の補正書「3.」において、「刊行物D(審決注;「刊行物2」に同じ。)の課題には、「アルコールが共存しても、触媒の活性低下を生じにくい」と[0003]に記載されています。
即ち、刊行物A?Dと本発明とは課題が異なっており、刊行物A?Dをどのように組み合わせても、本発明の効果を予測することは当業者といえども困難であると言わざるを得ません。」と主張するが、上記3(2)で述べたように、刊行物2には、アルコールの混入を原因とすることに加え、副生する重質成分による被毒を原因とする、長時間運転後の触媒活性の低下についても指摘されており、当業者が触媒の変性率の選択にあたり考慮する課題として知られていたといえるから、該主張は採用することができない。
エ また、本願明細書の実施例の表-1(段落【0015】)を参酌すると、「イオン交換樹脂の変性率」が、「13%」、「5%」、「10%」、「34%」を比較例1?4とし、「17%」、「22%」を実施例1、2としているが、比較例1(「13%」)、比較例4(「34%」)と、実施例1(「17%」)、実施例2(「22%」)とは、40時間と500時間でのアセトン転化率の絶対値において多少の差は見られるものの、「触媒の活性低下率」はいずれも「98%」と差異がなく、「17?30モル%」において、「長時間に亘り、活性低下を惹起することなく」という効果が格別優れているとはいえない。しかも、表-1の結果からみて、引用発明の実施例1で用いられる触媒の変性率「16モル%」に比べて、本願発明の「17?30モル%」において、格別顕著な効果を奏するともいえない。
オ 以上のとおりであるから、上記アで示した本願発明の効果は、格別顕著なものであるとはいえない。

4 まとめ
したがって、本願発明は、その出願前に頒布された刊行物1及び刊行物2に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第6 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものであるから、その余の点を検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-11-10 
結審通知日 2009-11-17 
審決日 2009-12-01 
出願番号 特願2000-154116(P2000-154116)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C07C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 井上 千弥子  
特許庁審判長 西川 和子
特許庁審判官 唐木 以知良
松本 直子
発明の名称 ビスフェノールの製造方法  

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