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審決分類 審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01L
審判 全部無効 2項進歩性  H01L
審判 全部無効 産業上利用性  H01L
審判 全部無効 特17条の2、3項新規事項追加の補正  H01L
管理番号 1211788
審判番号 無効2008-800135  
総通号数 124 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-04-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2008-07-28 
確定日 2010-02-12 
事件の表示 上記当事者間の特許第4015329号発明「正イオン出力と負イオン出力とを平衡させる方法、および電気イオン化装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第4015329号の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第4015329号の請求項1及び2に係る発明についての出願は、平成11年9月20日(パリ条約による優先権主張1998年9月18日、米国)に出願され、平成19年9月21日にその発明についての特許の設定登録がされ、その後、平成20年7月28日に株式会社キーエンスより本件無効審判の請求がなされ、平成21年1月9日付けで被請求人より答弁書が提出され、同年2月13日付けで被請求人に無効理由が通知され、同年4月8日付けで被請求人から意見書が提出され、同年6月5日に請求人及び被請求人のそれぞれから、口頭審理陳述要領書のファクシミリが相手方及び特許庁に対して送信され、同年7月8日に請求人及び被請求人のそれぞれから口頭審理陳述要領書が提出されるとともに、同日に口頭審理が行われた。

第2 当事者の主張及び無効理由通知について

1.請求人の主張
審判請求書及び口頭審理陳述要領書の記載を総合すると、請求人は、「特許第4015329号の請求項1及び2に係る特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、その理由として以下の事項を主張している。
(1)本件特許の願書に添付した明細書又は図面(以下「本件特許明細書等」という。)の特許請求の範囲の請求項1及び請求項2の記載は、その意味内容を明確に把握できないから、特許法第36条第6項第2号の規定に違反するものであり、本件特許は特許法第123条第1項第4号に該当し無効とされるべきものである。
(2)本件特許出願における平成17年6月28日付け手続補正及び平成18年4月19日付け手続補正は、本件特許の願書に最初に添付した明細書又は図面に開示された範囲を逸脱した技術的事項を特許請求の範囲に取り入れるもの(新規事項追加)であるから、特許法第17条の2第3項の規定に違反するものであり、本件特許は特許法第123条第1項第1号に該当し無効とされるべきものである。
(3)本件特許の請求項2に係る発明は、オペレータという人を特定要素として含むものであり、産業上の利用可能性を欠き、特許法第29条第1項柱書の「発明」に該当しないから、特許法第123条第1項第2号に該当し無効とされるべきものである。また、仮に、請求項2に係る発明が人を特定要素としないものであれば、本件特許明細書等の発明の詳細な説明の欄には、そのような開示がないから、特許法第36条第6項第1号の規定に違反するものであり、本件特許は特許法第123条第1項第4号に該当し無効とされるべきものである。
(4)本件特許明細書等の特許請求の範囲の請求項1及び請求項2に係る発明は、甲第5号証又は甲第6号証を主引用例とし、甲第5号証ないし甲第11号証にそれぞれ記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、特許法第123条第1項第2号に該当し無効とされるべきものである。
そして、請求人は、証拠方法として、以下の甲第5号証ないし甲11号証を提出している。

甲第5号証:特開平4-308694号公報
甲第6号証:特開平3-266398号公報
甲第7号証:特開平8-78183号公報
甲第8号証:特開昭63-143954号公報
甲第9号証:特開平2-159279号公報
甲第10号証:特開平4-206378号公報
甲第11号証:特開平8-321394号公報


2.被請求人の主張
答弁書、意見書及び口頭審理陳述要領書の記載を総合すると、被請求人は、本件「特許無効審判の請求は、理由がないものとする。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求め、その理由として、以下の事項を主張している。
(1)本件特許第4015329号の特許請求の範囲の請求項1及び請求項2の記載は、いずれも当業者がその意味内容を明確に把握できるものであるから、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしており、本件特許は特許法第123条第1項第4号に該当しない。
(2)本件特許出願における平成17年6月28日付け手続補正及び平成18年4月19日付け手続補正は、本件特許の願書に最初に添付した明細書又は図面に開示された範囲を逸脱した技術的事項を特許請求の範囲に取り入れるものではないから、特許法第17条の2第3項の規定に違反するものではなく、本件特許は特許法第123条第1項第1号に該当しない。
(3)本件特許の請求項2に係る発明は、特許法第29条第1項柱書の「発明」に該当するものであり、特許法第123条第1項第2号に該当せず、また、請求項2に係る発明が人を特定要素としないものであっても、自動的に判定することは周知であるから、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号の規定する要件を満たしており、本件特許は特許法第123条第1項第4号に該当しない。
(4)本件特許の請求項1及び請求項2に係る発明は、甲第5号証又は甲第6号証に記載された発明を主引用例とし、甲第5号証ないし甲第11号証にそれぞれ記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、特許法第29条第2項の規定に違反するものではなく、特許法第123条第1項第2号に該当しない。

3.平成21年2月13日付けで通知した無効理由は、以下のとおりである。
(1)本件特許の請求項1及び2に係る発明は、その優先権主張日前に日本国内において頒布された刊行物1及び2(甲第5号証及び6号証)に記載された発明に基づいて、その優先権主張日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反するものであり、特許法第123条第1項第2号に該当し無効とされるべきものである。
(2)本件特許は、明細書の記載に不備があるため、特許法第36条第6項第1号及び第2号に規定する要件を満たしていないから、特許法第123条第1項第4号に該当し無効とされるべきものである。
(3)本件特許に係る特許出願について、平成17年6月28日付けでなされた手続補正は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていないから、本件特許は、特許法第123条第1項第1号に該当し無効とされるべきものである。


第3 本件特許発明
本件特許の請求項1に係る特許発明(以下「本件発明1」という。)及び請求項2に係る特許発明(以下「本件発明2」という。)は、本件特許明細書等の記載からみて、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1及び請求項2に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】
イオン放射源と、前記イオン放射源に関連付けられている正の高電圧電源と負の高電圧電源とを有する電気イオン化装置において正イオン出力と負イオン出力とを平衡させる方法であって、
ソフトウェア調整可能なメモリ内に、調整可能な平衡基準値を記憶するステップ(a)と、
前記電気イオン化装置の動作中に、前記平衡基準値を、前記イオン放射源に近接した位置にあるイオン平衡センサによって測定される平衡測定値と比較するステップ(b)と、
前記平衡基準値が前記平衡測定値に等しくない場合には、前記正の高電圧電源と前記負の高電圧電源の少なくとも一方を自動的に調整し、前記平衡測定値が前記平衡基準値に等しくなるように前記調整を行なうステップ(c)と、
前記電気イオン化装置の動作時に、電気イオン化装置付近の作業空間内で実際のイオン平衡値を実測イオン平衡値として測定するステップ(d)と、
前記平衡測定値が前記平衡基準値に等しくかつ前記実測イオン平衡値がゼロでない場合に前記平衡基準値を調整し、前記実測イオン平衡値がゼロに達するように前記調整を行うステップ(e)と、
を備え、
前記平衡基準値の調整は、遠隔制御およびワイヤレス制御のうちの1つを用いて実行されることを特徴とする正イオン出力と負イオン出力とを平衡させる方法。」

「【請求項2】
イオン放射源と、前記イオン放射源に関連付けられている正の高電圧電源および負の高電圧電源とを有する電気イオン化装置であって、
(a)調整可能な平衡基準値を記憶するためのソフトウェア調整可能なメモリであって、前記平衡基準値は、平衡測定値が前記平衡基準値に等しく、かつ、前記電気イオン化装置の付近の作業空間内で測定される実測イオン平衡値がゼロではない場合に、前記実測イオン平衡値がゼロに達するように調整手段によって調整される、ソフトウェア調整可能なメモリと、
(b)前記イオン放射源に近接した位置にあるイオン平衡センサによって測定される前記平衡測定値に対して前記平衡基準値を比較するコンパレータと、
(c)前記平衡基準値が前記平衡測定値とは等しくない場合に、前記正の高電圧電源および前記負の高電圧電源の少なくとも一方を調整する自動平衡調整回路であって、その調整が、前記平衡測定値が前記平衡基準値に等しくなるように行われる自動平衡調整回路と、を備え、
前記平衡基準値の調整は、遠隔制御およびワイヤレス制御のうちの1つを用いて実行されることを特徴とする電気イオン化装置。」


第4 請求人が提出した主な証拠方法の記載事項

請求人が提出した証拠方法のうち、主要なものの記載事項は以下のとおりである。

1. 甲第5号証:特開平4-308694号公報
本件特許に係る出願の優先権主張の日前に日本国内において頒布された刊行物である特開平4-308694号公報(以下「刊行物1」という。)
には、図1及び図2とともに以下の記載がある。
「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、電子部品や電子機器等を損傷する原因となる静電気の帯電を防止する帯電防止用イオン発生装置に関する。
【0002】
【従来の技術】従来より、各種の電子部品や電子機器自体、或はそれらを製造する工場や使用する場所等においては、周囲の環境に応じて静電気が発生し易くなったり、静電気が多量に帯電することがあった。そして、この帯電した静電気によって、機器の誤動作が生じたり、場合によっては多くの静電気が瞬間的に流れて電子部品や電子機器が損傷することがあった。
【0003】そのため、近年では、電子部品や電子機器等を扱う工場などでは、帯電した電気を徐々に除去する目的で、工場内にイオンを放出するイオン発生装置(イオナイザー)を配置することが行われている。
【0004】このイオン発生装置は、所定の間隔を隔てて配置された二つの放電電極にそれぞれ高い正電圧、負電圧をかけることで、陽イオンおよび陰イオンを放出させ、各イオンの発生量をコントロールすることで、電子機器の周囲等に帯電した電荷を中和して静電気を除去するものであり、通常は、作業を行なう部屋の天井や壁面等に取り付けられていた。」

「【0011】図1は、本発明の一実施例の帯電防止用イオン発生装置を示す斜視図である。図1に示すように、帯電防止用イオン発生装置1は、直径が m? mの円形箱状の筐体2を備える。筐体2の外面である底表面3には円錐形状のイオン発生器4が設けられる。イオン発生器4には、陽イオンを放射するものと、陰イオンを放射するものとがあり、上記底表面3の周辺にそれぞれが交互に配置される。図1に示す装置では、陽イオンを発生するイオン発生器4aと陰イオンを発生するイオン発生器4bとが静電気を有効に除去するために、 m? mの間隔で配置されている。
【0012】各イオン発生器4の中央には、先端が尖った(例えばタングステン,ニッケル,ステンレス等からなる)放電電極5が突設されている。この電極5に、筐体2に内蔵された後述の電源部から間欠的に正または負の高電圧がかけられることによって、陽イオンまたは陰イオンが間欠的に放出される。つまり、イオン発生器4aの電極5からは、陽イオンが発生され、イオン発生器4bの電極5からは、陰イオンが発生される。
【0013】1対のイオン発生器4の間には、陽イオンおよび陰イオンの濃度を検出するセンサ6が設けられている。筐体2の底表面3の中央には、イオン発生器4から放射されたイオンを拡散するためのファン7が設けられる。
【0014】また、底表面3には、イオン発生装置1の動作を遠隔制御するための信号を受信する受信部8が設けられる。イオン発生装置1は、吊紐9により、工場の天井に取り付けられたフック等に取り付けられ、コンセント10から屋内電源が装置内に供給される。
【0015】図2は、図1に示すイオン発生装置1の電気的構成を示す概略ブロック図である。図2において、上述したように、筐体2内にはイオン発生器4への電源を供給する高電圧電源としての電源部11が設けられる。コンセント10からの低電圧の屋内電源は電源部11に供給され、イオン発生器4に供給すべき正および負の高電圧直流パルスが作られる。電源部11で作られた正の高電圧直流パルスは、イオン発生器4aに供給され、負の高電圧直流パルスは、イオン発生器4bに供給される。
【0016】電源部11は、また、その動作を制御するコントローラ12およびファンモータ13への電源を作り出している。コントローラ12には、センサ6からの正イオンおよび負イオンの濃度に応じた信号が与えられる。コントローラ12はセンサ6からの信号に基づいて、予め設定されているイオン濃度になるように、電源部11から供給される正の高電圧直流パルスおよび負の高電圧直流パルスのレベルを kV? kVの範囲で変更する。
【0017】イオン発生装置1を遠隔操作するための送信部14には、イオン発生装置1の電源をオンオフするためのスイッチ,ファンモータ13を作動・停止するためのスイッチおよび陽イオン,陰イオンの発生量を調節するためのキーが設けられている。上述のスイッチおよびキーの操作に対応した信号は送信部14から受信部8へ送信される。
【0018】コントローラ12は受信部8の受信信号に基づいて、正あるいは負の高電圧パルスのレベルの変更、ファンモータ13のオンオフおよびイオン発生装置1の電源のオンオフを制御する。」

ここで、刊行物1の図1及び図2には、1つのイオン発生装置において、イオン発生器4a及びイオン発生器4bと一体にセンサ6を設けたものが示されている。
また、「正あるいは負の高電圧パルスのレベルの変更」によって、「陽イオン,陰イオンの発生量を調節する」ことは明らかである。
また、「センサ6からの正イオンおよび負イオンの濃度に応じた信号が与えられる。コントローラ12はセンサ6からの信号に基づいて、予め設定されているイオン濃度になるように、電源部11から供給される正の高電圧直流パルスおよび負の高電圧直流パルスのレベルを kV? kVの範囲で変更する」ことが、イオン発生装置1の動作中に行われることは自明であり、また、「高電圧直流パルスのレベル」が「kV」を単位とする電圧として表されることも明らかである。

したがって、刊行物1には、以下の発明(以下「刊行物発明1」という。)が記載されている。
「陽イオンが発生されるイオン発生器4a、及び陰イオンが発生されるイオン発生器4b、並びにこれらイオン発生器4a,4bにそれぞれ正及び負の高電圧直流パルスを供給する電源部11、
1対の前記イオン発生器4a,4bの間に、イオン発生器4a及びイオン発生器4bと一体に設けられ、陽イオン及び陰イオンの濃度を検出するセンサ6、
イオン発生装置1を遠隔操作するためのものであって、イオン発生装置1の電源をオンオフするためのスイッチ、及び、陽イオン及び陰イオンの発生量を調節するためのキーを有する送信部14、
前記送信部14からの信号を受信するための受信部8、及びコントローラ12を備える、帯電防止用のイオン発生装置1を動作させる方法であって、
イオン発生装置1の動作中に、前記センサ6によって陽イオン及び陰イオンの濃度を検出し、
前記コントローラ12によって、前記センサ6からの陽イオン及び陰イオンの濃度に応じた信号に基づいて、あらかじめ設定されているイオン濃度になるように、前記電源部11から供給される正の高電圧直流パルス及び負の高電圧直流パルスの電圧を変更するとともに、前記受信部8の受信信号に基づいて、イオン発生装置1の電源のオンオフ、及び、正あるいは負の高電圧パルスの電圧を変更させることを通じて、陽イオン及び陰イオンの発生量の調節を行う、イオン発生装置1を動作させる方法。」

また、刊行物1の記載事項について、物の発明としての構成に着目すると、刊行物1には、以下の発明(以下「刊行物発明2」という。)も記載されている。
「陽イオンが発生されるイオン発生器4a、及び陰イオンが発生されるイオン発生器4b、並びにこれらイオン発生器4a,4bにそれぞれ正及び負の高電圧直流パルスを供給する電源部11、
1対の前記イオン発生器4a,4bの間に、イオン発生器4a及びイオン発生器4bと一体に設けられ、陽イオン及び陰イオンの濃度を検出するセンサ6、
イオン発生装置1を遠隔操作するためのものであって、イオン発生装置1の電源をオンオフするためのスイッチ、及び、陽イオン及び陰イオンの発生量を調節するためのキーを有する送信部14、
前記送信部14からの信号を受信するための受信部8、及びコントローラ12を備える、帯電防止用のイオン発生装置1であって、
前記センサ6によって陽イオン及び陰イオンの濃度を検出し、
前記コントローラ12によって、前記センサ6からの陽イオン及び陰イオンの濃度に応じた信号に基づいて、あらかじめ設定されているイオン濃度になるように、前記電源部11から供給される正の高電圧直流パルス及び負の高電圧直流パルスの電圧を変更するとともに、前記受信部8の受信信号に基づいて、イオン発生装置1の電源のオンオフ、及び、正あるいは負の高電圧パルスの電圧を変更させることを通じて、陽イオン及び陰イオンの発生量の調節を行う、イオン発生装置1。」

2. 甲第6号証:特開平3-266398号公報
本件特許に係る出願の優先権主張の日前に日本国内において頒布された刊行物である特開平3-266398号公報(以下「刊行物2」という。)には、第1図ないし第13図とともに以下の記載がある。

(1)「【産業上の利用分野】
本発明は、プラス電極とマイナス電極にそれぞれプラスとマイナスの高電圧を印加してプラス・マイナスのイオンを発生させる除電器において、プラス・マイナスのイオンを等量に発生させるためのイオンバランス制御装置に関する。」(第1頁右下欄第9行ないし第14行)

(2)「【作 用】
プラス電極とマイナス電極との間に配置された電流検出電極は、プラス電極とマイナス電極との間に流れるイオン電流を直接検出する。そのイオン電流は、プラスイオンが多いとプラスに、マイナスイオンが多いとマイナスに推移し、しかもプラス・マイナスのイオン量の差に応じたものとなる。そこで、この検出されたイオン電流をイオン電流測定回路で測定すると、その極性及びイオン量の差を検知でき、その測定値に応じて、プラス電極とマイナス電極のうちの少なくとも一方の電極に印加する電圧またはパルス幅を調整回路で自動調整すれば、自動的にプラス・マイナスのイオンバランスが図れる。」(第2頁右上欄第17行ないし同頁左下欄第10行)

(3)「【実 施 例】
以下、本発明の一実施例を図面に基づき詳細に説明する。
第1図において除電器自体は、いずれも針状のプラス電極1とマイナス電極2とを所定の間隔で対向配置し、プラス・マイナスそれぞれの高圧発生回路3,4で発生したプラス高電圧とマイナス高電圧を各整流回路5,6で整流してプラス電極1とマイナス電極2とにそれぞれ印加し、プラスイオンとマイナスイオンを発生させて帯電物体を除電する公知の構造である。かかる除電器において、本発明によるイオンバランス制御装置8は、プラス電極1とマイナス電極2との中間に針状の電流検出電極9を配置し、該電流検出電極9でイオン電流を検出してマイクロコンピュータによりデジタル的に測定し、その測定値に応じてプラスマイナスの高圧発生回路3,4を自動制御するもので、第2図に本イオンバランス制御装置8を具体的に示す。
第2図において、電流検出電極9で検出されたイオン電流は2段の増幅回路10,11で増幅され、増幅回路11の出力側のa点に両極性のイオンの多少に応じて第3図に示すような特性の電圧が生ずる。すなわち、プラス・マイナス両電極1,2間のプラスイオンとマイナスイオンとが同じ時は実線、プラスイオンが多い時は一点鎖線、マイナスイオンが多い時は点線となる。
増幅回路11の出力は、次のアナログ・デジタル変換のためにレベルシフト回路12により第4図に示すようにレベルシフトされた後、サンプルホールド回路13を介しA-D変換回路14によって数値データに変換される。
A-D変換されたc点の数値データは、プラスイオンが多い時の最大値で例えばFFH(16進)、プラスイオンとマイナスイオンが同じ時で80H、マイナスイオンが多い時の最小値で00Hとなるように定められる。A-D変換された数値データはI/Oポート15の入力端子D_(1)からマイクロコンピュータへ取り込まれ、そのCPU16の制御に従いRAM17に後述のように記憶され、電流検出電極9で検出されたイオン電流の極性及び数値がCPU16により最終的に測定される。そして、その測定値から上記プラス・マイナスの高圧発生回路3,4の制御量が演算され、その数値データがI/Oポート15の出力端子D_(2)から出力される。なお、符号18はROMである。
出力端子D_(2)から出力された制御量(数値データ)はD-A変換回路19によってアナログの電圧に変換され、増幅回路20によって増幅された後、レベルシフト回路21によってレベルシフトされる。いま、D-A変換前のd点の数値データを、プラスイオンが多い時の最大値に対する制御量でFFH、プラスイオンとマイナスイオンが同じ時の制御量で80H、マイナスイオンが多い時の最小値に対する制御量で00Hとすると、増幅回路20で増幅されたe点の3つの場合の電圧はそれぞれ例えば10V、5V、0Vとなり、レベルシフトされたf点の電圧はそれぞれ11V、16V、21Vとなる。
上記プラス・マイナスの高圧発生回路3,4は、それぞれに対応する電圧レギュレータ22,23で調整されてそれぞれの電極1,2に印加する電圧値を決定されるが、本例においては、マイナス電極2の印加電圧は一定とし、プラス電極1のみ印加電圧を可変としてイオンバランスを図ろうとするもので、そのためレベルシフト回路21の出力はプラス側の電圧レギュレータ22に入力されるが、マイナス側の電圧レギュレータ23には入力されない。プラス側の電圧レギュレータ22の出力は、レベルシフト回路21からの電圧に従い例えば15Vがら24Vの範囲で変化するが、マイナス側の電圧レギュレータ23は一定(例えば18V)である。」(第2頁左下欄第11行ないし第3頁左下欄第2行)

(4)「ところで、本イオンバランス制御装置では、プラス・マイナスの電極1,2に第5図に示すようにそれぞれプラス・マイナスの直流高電圧を印加する直流除電モードと、第6図に示すようにプラス電極1にプラスのパルス電圧、マイナス電極2にマイナスのパルス電圧をプラス・マイナス交互に印加するパルス除電モードとを、直流・パルス除電切換スイッチ24により切り換えることができ、パルス除電モードの場合には、両電圧レギュレータ22,23とも0Vと上記の電圧値とを交互に繰り返すようになっている。スイッチ24のオン・オフ信号はI/Oポート15の入力端子D_(3)を通じてCPU16へ入力される。
上記のような構成において、プラスまたはマイナスの電極1,2に例えばゴミ等が付着すると、プラスのイオン電流の変化量とマイナスのイオン電流の変化量とが違うため、プラス・マイナスのイオンがアンバランスとなり、前述したような特性の電圧がa点に生じ、数値データに変換されてマイクロコンピュータに取り込まれる。その数値データが例えばバランス点の80Hより多い85Hであれば、プラスのイオンが多いと判断してD-A変換回路19へは80Hより大きい数値データが出力される。これによりf点の電圧は低い方へ変化し、電圧レギュレータ22の出力電圧は低下する。これが低下するとそれに応じてプラス高圧発生回路3の電圧も低下する。このときマイナス高圧発生回路4の電圧は一定であるため、イオンバランスがとれることになる。」(第3頁左下欄第3行ないし同頁右下欄第11行)

(5)「電流検出電極9で検出されたイオン電流を一定周期で測定するため、第7図(E)のパルス除電制御信号(k点の信号)は一定の周期(例えば1時間間隔または数分間隔で出力される。これがHIGHになると、同図(C)及び(D)のパルスが電圧レギュレータ22,23に入力され、プラスマイナスの電極1,2へのプラス・マイナスの高電圧印加が交互にオン・オフされパルス除電が行われる。
この場合、CPU16は同図(B)のパルスの反転を確認してHIGHのときにA-D変換回路14からの数値データ(イオン電流)を取り込んでRAM17に記憶する。また、同図(C)のパルスも取り込み、それがHIGHであるかLOWであるかによりA-D変換回路14からの数値データ(イオン電流)が、プラス高電圧印加時のものであるかマイナス高電圧印加時のものであるかを判断する。そして、CPU16はその数値データをバランス点の80Hと比較し、その差に応じた制御量を上記のようにD-A変換回路19へ出力し、イオンバランス制御を行う。
プラス・マイナスの電極1,2の汚れ等によりイオン電流が減少するに従い、A-D変換回路14からの数値データはバランス点の80Hから次第に離れるため、初期より何パーセント減少したかの経時的変化を判断できる。例えば、第8図に示すようにプラス・マイナスのイオン電流のバランス点を80H、初期のプラスイオン電流の最大値をFFH、初期のマイナスイオン電流の最大値を00Hとし、プラスイオン電流がC0H、マイナスイオン電流が40Hとなったとき(最大値より50パーセント減少)をクリーニング警報点、プラスイオン電流がA0H、マイナスイオン電流が60Hになったとき(最大値より70パーセント減少)を強制停止点とすると、クリーニング警報点以下に減少したときI/Oポート15の出力端子D_(9)からクリーニング警報信号を出力してランプ32を点滅させ、さらに強制停止点以下に減少したとき出力端子D_(4)から停止信号、出力端子D_(9)から性能低下警報信号を出力してプラス・マイナスの電極1,2の高電圧印加を停止すると同時にブザー31を鳴動させることができる。」(第4頁左下欄第3行ないし第5頁左上欄第4行)

(6)「次のステップ62でタイマをセット(例えば30分)した後、ステップ63で第12図の測定サブルーチンをコールする。
これがコールされると第12図において、先ずステップ80で入力端子D_(6)の入力はHIGHか、つまりサンプルホールド区間であるかどうか判断し、サンプルホールド区間であればステップ81で入力端子D_(1)の入力、つまりA-D変換回路14からの数値データを取り込み、第2メモリに記憶する。次に、ステップ82で入力端子D_(7)の入力はLOWか、つまりプラス高電圧印加時であるかどうか判断し、プラス高電圧印加時であればステップ83で再びサンプルホールド区間であるかどうか判断し、サンプルホールド区間であればステップ84でA-D変換回路14からの数値データを再び取り込み、これを別に第3メモリに記憶する。この後、ステップ85で入力端子D_(7)の入力はHIGHか、つまりマイナス高電圧印加時であるかどうか判断し、マイナス高電圧印加時であればステップ86に進み、プラス・マイナス両極についてバランス点からの偏差、つまり第2メモリの内容からバランス点である80Hを差し引く計算、及び80Hから第3メモリの内容を差し引く計算をする。いま、(第2メモリの内容)-80H=A、80H-(第3メモリの内容)=Bとする。
次のステップ87_(1)でA=Bかどうか判断し、A=Bであればリターンし、そうでなければステップ87_(2)でA>BであるかA<Bであるか判断し、A>Bのときはステップ88で第1メモリの内容をカウントダウンしてリターンし、A<Bのときはステップ89で第1メモリの内容をカウントアツプしてリターンする。
このようにして測定サブルーチンを経て第10図のステップ63からステップ64に進み、第1メモリの内容、つまり制御量を出力端子D_(2)からD-A変換回路19へ出力して上記のように電圧レギュレータ22を制御する。次に、ステップ65でA=Bかどうか判断し、A=Bであれば、つまりバランス点との偏差がプラス・マイナス同じであれば、第13図の検査サブルーチンをコールしてステップ62に戻り、タイマの設定時間周期でステップ63からステップ66までを繰り返す。」(第5頁右上欄第6行ないし同頁右下欄第8行)

また、第12図(特にステップ86ないし87_(2))と上記(6)の記載とを併せて見ると、「A-D変換回路14からの数値データ(イオン電流)」は、正負について、常に「80H」との差を取り、比較されることが示されている。

以上の各記載から、刊行物2には、帯電防止に用いられるイオン発生装置において、正負両イオンを等量発生させること、すなわち正負両イオン発生量をバランスさせるために、「プラス電極1とマイナス電極2との中間に設けられた針状の電流検出電極9で検出電流からプラス・マイナス各イオンの量を測定し、該測定値を、プラス・マイナス両電極1,2間のプラスイオンとマイナスイオンとが同じ時(バランス点)の値である80Hと比較し、その差に応じた制御量をD-A変換回路19へ出力し、電極に印加する電圧を変化させることによりイオンバランス制御を行う」ことが記載されている。
また、特に上記(2)及び(4)の記載から、刊行物2には、プラス電極とマイナス電極との間に配置された電流検出電極によって、プラスイオンが多いとプラスに、マイナスイオンが多いとマイナスに推移し、しかもプラス・マイナスのイオン量の差に応じたイオン電流を測定し、この検出されたイオン電流をイオン電流測定回路で測定すると、その極性及びイオン量の差を測定値として得ることができ、その測定値に応じて、プラス電極とマイナス電極のうちの少なくとも一方の電極に印加する電圧又はパルス幅を調整回路で自動調整することが記載されている。ここで、前記測定値は、正負のイオンのバランス、すなわち平衡の程度を表すものであるから、「平衡測定値」ということができ、刊行物2には「電流検出電極」及び「イオン電流測定回路」からなる「イオン平衡センサ」が記載されていると言える。

3. 甲第7号証:特開平8-78183号公報
本件特許に係る出願の優先権主張の日前に日本国内において頒布された刊行物である特開平8-78183号公報(以下「刊行物3」という。)には、第5図とともに以下の記載がある。
(1)「【0002】
【従来の技術】帯電体の除電を行う除電装置は、例えば正側放電電極に正側高電圧生成回路から正側トランスを介して正の高電圧を付与すると共に、正側放電電極と並設された負側放電電極に負側高電圧生成回路から負側トランスを介して負の高電圧を付与し、これにより各放電電極を放電させて正負のイオンを大気中に生成し、その正負の生成イオンにより帯電体を除電する。かかる除電装置にあっては、各高電圧生成回路やトランスは、金属等の導体材料あるいはプラスチック等の絶縁材料から成る筐体に収納され、その筐体から各放電電極が外方に突出される。また、筐体の内部に収納した高電圧生成回路やトランス等の回路は、通常、筐体外部の適所に設けた外部接地部に接地され、特に、筐体が導電材料から成る場合には、該筐体を介して外部接地部に接地される。
【0003】この種の除電装置を用いて帯電体の除電を確実に行うためには、各放電電極の放電による正負のイオン生成量のバランス(所謂、イオンバランス)をとる必要があるが、正負のイオン生成量は、各放電電極に付与する高電圧を一定としても、一般に、各放電電極の汚れの程度や、大気状態等の環境条件、あるいは筐体が導電材料であるか絶縁材料であるか等によって変化する。このため、何等かの手法により正負のイオン生成量を時々刻々把握し、それに応じて各高電圧生成回路により各放電電極に付与する高電圧を制御してイオンバランスを制御する必要がある。」

(2)「【0169】本実施例の除電装置においては、まず、正側設定器23を操作することで、正側有効除電電流I_(1+)の設定値を示す設定電圧V_(1S+) が比較器51に設定され、また、負側設定器24の可変抵抗68の抵抗値を調整することで、負側有効除電電流I_(1-)の設定値が正側有効除電電流I_(1+)に対して可変抵抗68の抵抗値により定まる比率でもって比較器45に設定される。このとき、可変抵抗68の抵抗値の調整に際しては、正側有効除電電流I_(1+)の設定値を設定した状態で、本実施例の除電装置を実際に稼働させる共に、正負のイオンの生成量を両放電電極1,2の前方で図示しない帯電プレートモニタを用いて確認し、正負のイオンの生成量のバランスがとれるように可変抵抗68の抵抗値の調整する。
・・・
【0176】また、上記のようにピークホールド器60により得られた電圧信号V_(1+)(有効除電電流I_(1+)の検出値)が減算器62に与えられると共に、有効電流差分検出手段17の差動増幅器38から得られた電圧信号Va(電流Ia)がフィルタ63を介して減算器62に与えられ、この時、該減算器62は、前記(22)式に従って減算演算を行うことで、負側有効除電電流I_(1-)の検出値を示す電圧信号V_(2-)を出力し、これにより有効除電電流I_(1-)が検出される。そして、該電圧信号V_(2-)は可変抵抗68を介して比較器45に与えられる。」(審決注:【0176】段落における「電圧信号V_(2-)」は、「電圧信号V_(1-)」の誤記と認められる。)
「【0177】このとき、比較器45には、ピークホールド器60から電圧信号V_(1+)(有効除電電流I_(1+)の検出値)も付与されており、このため、負側指示値生成手段46は、有効除電電流I_(1-)の検出値を示す電圧信号V_(1-)のレベルが、正側有効除電電流I_(1+)の検出値を示す電圧信号V_(1+)に可変抵抗68の抵抗値により定まる所定の比率でもって合致するように負側高電圧指示値信号V_(C1-) を生成する。そして、該信号V_(C1-) が加算器50を介して負側高電圧生成回路4に付与される。これにより、放電電極2に付与される高電圧V_(-) は、負側有効除電電流I_(1-)が正側有効除電電流I_(1+)に対して所定の比率でもって合致するように、換言すれば、負側有効除電電流I_(1-)により生成される除電に寄与する負のイオンの生成量が有効除電電流I_(1+)により生成される除電に寄与する正のイオンの生成量とバランスするように、高電圧V_(-) が制御される。尚、一般に、負側有効除電電流I_(1-)と正側有効除電電流I_(1+)とが同じであっても、正のイオンは負のイオンに較べて除電に寄与する効果が小さく、このため、負側有効除電電流I_(1-)を正側有効除電電流I_(1+)よりも小さく設定することで正負のイオンがバランスする。」

上記(1)の記載から、刊行物3には、帯電防止用のイオン発生装置において、正負両イオン発生量をバランスさせることが記載されている。
また、上記(2)の記載から、刊行物3には、イオンバランスを図る装置である除電装置において、放射源に係る、「負側有効除電電流I_(1-)により生成される除電に寄与する負のイオンの生成量が有効除電電流I_(1+)により生成される除電に寄与する正のイオンの生成量とバランスするように、高電圧V_(-)」を制御するとともに、放射源前方の帯電プレートで測定した値に基づいて、正負のイオンのバランスがとれるように、すなわち、正負のイオンの「平衡」がとれるように、放射源について可変抵抗68を通じて調整を行うものが記載されている。ここで、前記「負側有効除電電流I_(1-)により生成される除電に寄与する負のイオンの生成量が有効除電電流I_(1+)により生成される除電に寄与する正のイオンの生成量とバランスするように、高電圧V_(-)」を制御する部分が、フィードバック制御のための制御ループを構成することは明らかである。

4. 甲第9号証:特開平2-159279号公報
本件特許に係る出願の優先権主張の日前に日本国内において頒布された刊行物である特開平2-159279号公報(以下「刊行物4」という。)には、以下の記載がある。
「静電蓄積を抑制するための空気イオン化装置は正および負イオンの両方を発生するよう通常構成されている。物品上の電荷蓄積はいずれの極性のイオンでも可能である。これには各極性のイオンの出力を正確に調整する必要がある。
正および負イオンの所望の発生量は特定のクリーン室の静電荷蓄積傾向によって等しくするか、または他の比率とすることができる。いずれの場合においても、電極の劣化その他の理由によってもたらされる正および負イオン出力の比率の変化は悪い影響を及ぼし得る。イオン化装置は、静電荷を抑制するよりもむしろ物品に静電荷を帯電させる傾向がある。このような理由から、正および負イオンの組合せ出力割合の変化は悪い影響をも有する。
特定の電極における空気イオン発生割合は電極に印加される高電圧の大きさを調整することによって制御することができ、電極に印加される電圧を高くすれば、イオン出力が増大し、電圧が低くなればイオン出力が低減する。このように電圧を制御して所望のイオン発生量を維持するにはイオン出力を監視してイオン発生量を検出することが必要である。
このような目的の従来の監視系統はイオン化電極から離して静電荷を抑制しようとする物品の区域に通常設置されたイオン検出装置を用いる。イオンセンサーはその近くの空気中のイオンの量の変化を示す信号を出力する。この信号を計器に入力してイオン量を読取って電極電圧を手動調整することができ、あるいは、電圧を自動調整するための高電圧発生器のサーボコントローラにフィードバックすることができる。」(第4頁左下欄第19行ないし第5頁左上欄第10行)

5. 甲第10号証:特開平4-206378号公報
本件特許に係る出願の優先権主張の日前に日本国内において頒布された刊行物である特開平4-206378号公報(以下「刊行物5」という。)には、第4図とともに以下の記載がある。
「また、第4図に示すように、帯電体Xの電位を検出する電位センサ20と、該電位センサ20に接続された後述の比較制御器21と、該比較制御器21の信号によって前記第1可変抵抗14と第2可変抵抗16とを個別に駆動するサーボモータ22,23とによって構成される制御手段24を設けてもよい。
前記電位センサ20は、第4図に示すように、帯電体Xの近傍に設置されており、帯電体の電位を検出する。この検出値の信号はリード線25を介して前記比較制御器21に送られる。該比較制御器21は、設定値と、前記電位センサ20の検出した検出値との比較を行う。このとき、設定値と検出値とに差が生じた場合には、比較制御器21は夫々のサーボモータ22,23を駆動し、該サーボモータ22,23によって第1可変抵抗14及び第2可変抵抗16の抵抗値を変化させる。このようにして、イオンバランスを設定値に一致させて帯電体Xの帯電状態に応じた除電が行われる。」(第5頁左上欄第9行ないし同頁右上欄第6行)


第5 当審の判断

1. 本件発明1の特許法第29条第2項についての判断

(1)無効理由として通知した特許法第29条第2項についての判断
ア.本件発明1と刊行物発明1との対比
本件発明1と刊行物発明1とを対比する。
刊行物発明1における「イオン発生装置1」は、本件発明1における「電気イオン化装置」に相当する。
刊行物発明1における「陽イオン」及び「陰イオン」は、それぞれ本件発明1における「正イオン」及び「負イオン」に相当する。
刊行物発明1における「陽イオンが発生されるイオン発生器4a、及び陰イオンが発生されるイオン発生器4b」は、本件発明1における「イオン放射源」に相当する。
刊行物発明1における「陽イオン及び陰イオンの発生量」は、本件発明1における「正イオン」及び「負イオン」の「出力」に相当する。
刊行物発明1における「イオン発生器4a,4bにそれぞれ正及び負の高電圧直流パルスを供給する電源部11」は、本件発明1における「前記イオン放射源に関連付けられている正の高電圧電源と負の高電圧電源」に相当する。
刊行物発明1における「陽イオン及び陰イオンの濃度を検出するセンサ6」は、「一対の前記イオン発生器4a,4bの間に、イオン発生器4a及びイオン発生器4bと一体に設けられ」ており、「一対の前記イオン発生器4a,4b」に近接していると認められるから、本件発明1における「前記イオン放射源に近接した位置にあるイオン平衡センサ」とは、「前記イオン放射源に近接した位置にあるイオンセンサ」である点で共通する。
本件発明1における「平衡測定値」と、刊行物発明1における「センサ6」によって検出された「陽イオン及び陰イオンの濃度」とは、「測定値」である点で共通する。
刊行物発明1における「コントローラ12によって、前記センサ6からの陽イオン及び陰イオンの濃度に応じた信号に基づいて、あらかじめ設定されているイオン濃度になるように、前記電源部11から供給される正の高電圧直流パルス及び負の高電圧直流パルスの電圧を変更する」ことは、「イオン発生装置1」の動作中に自動的に行われることは明らかであるから、本件発明1における「前記電気イオン化装置の動作中に、前記平衡基準値を、前記イオン放射源に近接した位置にあるイオン平衡センサによって測定される平衡測定値と比較するステップ(b)と、 前記平衡基準値が前記平衡測定値に等しくない場合には、前記正の高電圧電源と前記負の高電圧電源の少なくとも一方を自動的に調整し、前記平衡測定値が前記平衡基準値に等しくなるように前記調整を行なうステップ(c)」とは、「前記電気イオン化装置の動作中に、基準値と、前記イオン放射源に近接した位置にあるイオンセンサによって測定される測定値に基づいて、前記正の高電圧電源と前記負の高電圧電源の少なくとも一方を自動的に調整し、前記測定値が前記基準値に等しくなるように前記調整を行なう」点で共通する。
すなわち、刊行物発明1における「あらかじめ設定されているイオン濃度」と、本件発明1における「平衡基準値」とは、共に「基準値」である点で共通する。
また、本件発明1における「平衡させる」ことも、刊行物発明1における「変更する」及び「調節」することも、いずれも調整することの一種であることは明らかである。

したがって、刊行物発明1と本件発明1とは、
「イオン放射源と、前記イオン放射源に関連付けられている正の高電圧電源と負の高電圧電源とを有する電気イオン化装置において正イオン出力と負イオン出力とを調整する方法であって、
前記電気イオン化装置の動作中に、基準値と、前記イオン放射源に近接した位置にあるイオンセンサによって測定される測定値に基づいて、前記正の高電圧電源と前記負の高電圧電源の少なくとも一方を自動的に調整し、前記測定値が前記基準値に等しくなるように前記調整を行うステップ、
を備えることを特徴とする正イオン出力と負イオン出力とを調整する方法。」
の点で一致し、以下の各点で相違する。

・相違点1
「基準値」に関して、本件発明1は、「ソフトウェア調整可能なメモリ内に、調整可能な」「基準値を記憶するステップ(a)」を備えているのに対し、刊行物発明1は、「基準値」の保持がどのようになされているか明らかでなく、また、「基準値」が「あらかじめ設定されている」ものであり、「調整可能」なものであるか否かも明らかでない点。
・相違点2
本件発明1は、「基準値」が「平衡基準値」である、「正イオン出力と負イオン出力とを平衡させる方法」であるのに対して、刊行物発明1は、「基準値」が「あらかじめ設定されているイオン濃度」である、「陽イオン及び陰イオンの発生量の調節を行う」方法である点。
・相違点3
「イオン放射源に近接した位置にあるイオンセンサ」について、本件発明1においては、「平衡測定値」を測定する「イオン平衡センサ」であるのに対して、刊行物発明1においては、「陽イオン及び陰イオンの濃度を検出するセンサ」である点。
・相違点4
「前記正の高電圧電源と前記負の高電圧電源の少なくとも一方を自動的に調整」する場合について、本件発明1においては、「前記平衡基準値を」「平衡測定値と比較するステップ(b)」を経て、「前記平衡基準値が前記平衡測定値に等しくない場合」であるとするのに対し、刊行物発明1においては、「あらかじめ設定されている」「基準値」と「イオン濃度」の「測定値」に基づくものの、どのような場合であるのかが明らかではない点。
・相違点5
本件発明1は、「前記電気イオン化装置の動作時に、電気イオン化装置付近の作業空間内で実際のイオン平衡値を実測イオン平衡値として測定するステップ(d)と、
前記平衡測定値が前記平衡基準値に等しくかつ前記実測イオン平衡値がゼロでない場合に前記平衡基準値を調整し、前記実測イオン平衡値がゼロに達するように前記調整を行うステップ(e)」とを備えるのに対し、刊行物発明1は、そのような構成を備えていない点。
・相違点6
本件発明1は、「遠隔制御及びワイヤレス制御のうちの1つ」を用いて、「平衡基準値の調整」を実行しているのに対し、刊行物発明1は、遠隔操作するための構成である送信部14、受信部8、及びコントローラ12を用いて、「イオン発生装置1の電源のオンオフ、及び、正あるいは負の高電圧パルスの電圧を変更させることを通じて、陽イオン及び負イオンの発生量の調節を行う」ものの、「基準値の調整」を実行することは明らかでない点。

イ.相違点についての判断

・相違点2?4について
一般に帯電防止用のイオン発生装置において、正負両イオン発生量をバランスさせることは、前記刊行物2(特に【産業上の利用分野】の欄を参照)のほか、前記刊行物3にも示されているように周知技術である。
それゆえ、刊行物発明1においても、正負両イオン発生量をバランスさせるべく、「基準値」である「あらかじめ設定されているイオン濃度」として、「正負両イオン発生量をバランス」した状態、すなわち「平衡基準値」を設定し、「正イオン出力と負イオン出力を平衡させる方法」とすることは当業者が適宜になし得たことである。
また、その具体的方法として、イオンセンサによって正イオン及び負イオンそれぞれの濃度を測定し、これに基づいて平衡状態となるようにするか、あるいは、刊行物2に記載されているように、イオン平衡センサによって正イオンと負イオンのバランスの程度を測定し「平衡測定値」を得て、これに基づいて平衡状態となるようにするかは、当業者が適宜に選択し得たことである。
そして、測定値と設定値を比較し、差があれば調節を行いながら最終的に設定値に到達させるようにすることは、一般にフィードバック制御技術として周知であり、また、センサによって測定されたイオン濃度と、あらかじめ設定されている基準値とを比較し、差があれば正あるいは負の電源を調節して所定のイオン濃度とすることが、刊行物2にも示されている。
よって、刊行物発明1において、「センサ6からの陽イオン及び陰イオンの濃度に応じた信号」に「イオン平衡センサ」からの「平衡測定値」を採用するとともに、「あらかじめ設定されているイオン濃度」に「平衡基準値」を採用して、「平衡基準値」と「平衡測定値」とを比較し、「差があれば」「電源部11から供給される正の高電圧直流パルス及び負の高電圧直流パルスの電圧を変更」することを通じて、「平衡測定値」が「平衡基準値」に等しくなるようにすることは、当業者が適宜になし得たことである。
したがって、相違点2?4については、当業者が適宜になし得たことである。

・相違点5について
刊行物発明1に係る、帯電防止用のイオン発生装置は、帯電を防止しようとする対象物の電荷を中和するものであるから、該対象物がおかれた環境において正負両イオンのバランスがとれた状態とする必要があることは、前記刊行物3(特に【0003】段落「大気状態等の環境条件」)にも記載されているように、周知の事項である。また、正負両イオン発生器近傍ではなく、帯電を防止しようとする対象物がおかれた環境における正負両イオンのバランスを測定し、この測定結果に基づいて、前記イオン発生装置が発生する正負両イオンの量を制御することは、前記刊行物4及び5にも示されているように周知技術である。

ところで、フィードバック制御の分野において、目的とする制御対象の実測値を得てフィードバックする主たる制御ループ(外側制御ループ)内に、操作対象の状態を検知してフィードバックする従たる制御ループ(内側制御ループ)を組み入れ、前記実測値と主たる制御ループにおける目標値の差を基にして従たる制御ループにおける目標値を設定する、いわゆる「カスケード制御」を行うことにより、より細かくかつ安定した制御とすることは、いずれも本件特許に係る出願の優先権主張の日前に日本国内において頒布された、以下の刊行物6及び7にも示されているように周知技術である。
・刊行物6:特開平7-104805号公報には、図6ないし9とともに以下の記載がある。
「【0002】
【従来の技術】半導体製造装置の電気加熱炉等の温度制御を行う制御装置としては、DDC(Direct Digital Control)の1種であるカスケード制御によるものがあった。従来の電気加熱炉の温度制御を行う制御装置及びその制御方法について図6を用いて説明する。図6は、従来の半導体製造装置の制御装置の概略構成ブロック図である。
【0003】従来の電気加熱炉の制御装置としては、1次制御を行うPID(比例+積分+微分)制御系の1次演算部(PID)1と、2次制御を行うPID制御系の2次演算部(PID)2と、ヒータ3と、炉内4とを、図6に示すように直列に接続し、炉内4の温度の実測値を1次演算部1にフィードバックし、ヒータ3の温度を2次演算部2にフィードバックするように接続したカスケード制御系があった。
【0004】ここで、1次演算部1には目標値と炉内4からフィードバックされた1次系制御量との差(偏差)が入力され、1次演算部1からは1次系操作量(=2次系目標値)が出力され、2次演算部2には2次系目標値とヒータ3からフィードバックされた2次系制御量との差(偏差)が入力され、2次演算部2からは2次系操作量が電力としてヒータ3に出力され、ヒータ3では2次系制御量として温度が制御されて炉内4の温度を調整している。
【0005】1次制御系は、予め設定された目標値と実測した炉内4の温度を比較して、ヒータ3の温度を上下させることにより炉内4の温度を調整するものであり、2次制御系は、1次制御系の操作量を目標値として、ヒータ3への供給電力を制御することにより、ヒータ3の温度を調整するものである。このように、カスケード制御では、1次制御系の操作量を2次制御系の目標値に反映させることにより、細かい制御を可能にし、炉内4の温度を目標値に安定化させるようになっていた。」
・刊行物7:実願昭62-97697号(実開昭64-3927号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を記録したマイクロフィルムには、第3図とともに、以下の記載がある。
「第3図は従来技術の一例を示すカスケード制御装置の一例を示す構成図であり、反応缶の内温を一定に制御するための制御系である。
・・・
7は主調節計であり、測定値PV_(1)と内温の目標温度の設定値SV_(1)を入力してその偏差に制御演算を施した操作出力MV_(1)を従調節計8のカスケード設定値SV_(2)として発信する。
8は従調節計であり、外温の測定値PV_(2)とカスケード設定値SV_(2)を入力してその偏差に制御演算を施した操作出力MV_(2)を温水供給管路4に挿入された流量制御弁9又は冷却水供給管路5に挿入された流量制御弁10に供給して、ジャケット3内の外温をカスケード設定値SV_(2)に調節する。」(明細書第2頁第8行ないし第3頁第8行)

刊行物発明1に係るイオン発生装置においても、イオンバランスを保つために、より細かくかつ安定した制御が求められることは自明な課題であり、また、前記カスケード制御技術は、特定の分野や製品のみにおいて利用されるものではなく、フィードバック制御がなされる製品において普遍的に利用されるものである。それゆえ、刊行物発明1に係るイオン発生装置においても、前記カスケード制御技術を採用し得ることは、当業者に明らかである。その際、主たる制御ループ(すなわち、被請求人が答弁書において論じている「外側制御ループ」)においては、最終的な目標である、帯電を防止しようとする対象物がおかれた環境における正負両イオンのバランスを検出、すなわち「電気イオン化装置付近の作業空間内で実際のイオン平衡値を実測イオン平衡値として測定」し、「実測イオン平衡値がゼロでない場合に」これを基に従たる制御ループの目標値を設定するとともに、従たる制御ループ(すなわち、被請求人が答弁書において論じている「内側制御ループ」)においては、操作対象であるイオン放射器近傍における正負両イオンのバランスを検出し、これが前記目標値となるように制御を行うことにより、全体として「前記実測イオン平衡値がゼロに達するように前記調整を行う」ことは、当業者が適宜になし得たことである。
この制御にあっては、「前記実測イオン平衡値がゼロでない場合に前記平衡基準値を調整」するのであるから、「前記平衡測定値が前記平衡基準値に等し」い場合においても、「前記実測イオン平衡値がゼロで」なければ「前記平衡基準値を調整」することは当然である。したがって、この制御が、「前記平衡測定値が前記平衡基準値に等しくかつ前記実測イオン平衡値がゼロでない場合に前記平衡基準値を調整し、前記実測イオン平衡値がゼロに達するように前記調整を行うステップ」を「備える」ことは明らかである。
そして、上記のように制御を行うことにより、カスケード制御の採用に伴い当業者が通常予測し得る効果を超える、格別な作用・効果が得られるものとも認められない。

なお、刊行物3(甲第7号証)には、イオンバランスを図る装置である除電装置において、放射源に係る、「負側有効除電電流I_(1-)により生成される除電に寄与する負のイオンの生成量が有効除電電流I_(1+)により生成される除電に寄与する正のイオンの生成量とバランスするように、高電圧V_(-)」を制御する制御ループ(すなわち内側制御ループ)とともに、放射源前方の帯電プレートで測定した値に基づいて、正負のイオンのバランスがとれるように、すなわち、正負のイオンの「平衡」がとれるように、放射源について可変抵抗68を通じて調整を行うものが示されているところ、可変抵抗68を通じて調整を行うことについて、同刊行物の【0003】段落に記載された「大気状態等の環境条件」を考慮すると、初期の可変抵抗68の設定によって永続的に正負のイオンの「平衡」が保持できるとは限らないから、放射源について可変抵抗68を通じて調整を定期的に行うことは、当業者が適宜になし得たことである。これを換言すれば、放射源について可変抵抗68を通じて調整を行う制御ループ(すなわち外側制御ループ)が存在すると言うことができ、また、前記可変抵抗68は、正負のイオンの「平衡」がとれるように設定されることに着目すれば、この外側制御ループにおいて設定されるのは「平衡基準値」であると言うことができる。
この点から見ても、イオン発生装置に対して、内側及び外側の各制御ループを有する、周知のカスケード技術を適用することに、格別な困難性は見いだせない。

被請求人は、平成21年4月8日付け意見書において、主たる制御ループは人が介在してなされるとしているが、仮にそうであるとしても、前記主たる制御ループに対応する動作を装置自身が行うことに代えて、人が行うこととし、人が「電気イオン化装置付近の作業空間内で実際のイオン平衡値を実測イオン平衡値として測定」し、「前記実測イオン平衡値がゼロでない場合に前記平衡基準値を調整」することも、当業者が適宜になし得たことである。

・相違点1について
上記「・相違点5について」において検討したとおり、カスケード制御の採用に伴い、刊行物発明1は、「実測イオン平衡値がゼロでない場合に」これを基に従たる制御ループの目標値を設定し、従たる制御ループにおいては、操作対象であるイオン放射器近傍における正負両イオンのバランスを検出し、これが前記目標値となるように制御を行うことになる。この際、目標値である「基準値」は、「実測イオン平衡値」に応じて変動する値であるから、これを調整可能なものとすることは、当然になされる事項である。
そして、刊行物2にも示されているように、イオン発生装置の動作制御を、マイクロコンピュータを用い、数値データの比較演算を通じて行うことは周知技術であり、該周知技術において、制御における目標値(例えば、刊行物2においては「バランス点の80H」)をメモリに記憶させることは常とう手段であるところ、前述のカスケード制御を行うに当たり目標値を調整可能なものとすることに対応して、「ソフトウェア調整可能なメモリ内に、調整可能な平衡基準値を記憶する」ことは、当業者が適宜になし得たことである。

・相違点6について
刊行物発明1においては、送信部に設けられたスイッチ及びキーの操作を通じて、イオン発生装置1の電源をオンオフ、及び、陽イオン・陰イオンの発生量の調節を含めた、イオン発生装置1の各動作を遠隔操作している。ここで、コントローラ12は「センサ6からの信号に基づいて、あらかじめ設定されているイオン濃度になるように、電源部11から供給される正の高電圧直流パルス及び負の高電圧直流パルスの電圧を」変更するから、陽イオン・陰イオンの発生量を、前記キーの操作を通じて入力された値とする際に、それに併せて「あらかじめ設定されているイオン濃度」、すなわち「平衡基準値」の調整を行うものとすることは、当然のことである。なぜならば、コントローラ12は、「あらかじめ設定されているイオン濃度になるように、電源部11から供給される正の高電圧直流パルス及び負の高電圧直流パルスの電圧を」変更する動作を行うものであるから、陽イオン・陰イオンの発生量を前記キーの操作によって変更しても、「あらかじめ設定されているイオン濃度」が変更されなければ、前記コントローラの動作により、結局「あらかじめ設定されているイオン濃度」に戻ってしまうことになるからである。
また、仮にそうでないとしても、刊行物発明1において、前記キーの操作を通じて「あらかじめ設定されているイオン濃度」、すなわち「平衡基準値」の調整を行うものとすることは、当業者が適宜になし得たことである。

ウ.まとめ
したがって、本件発明1は、刊行物1及び2に記載された発明、並びに、従来周知の技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。


(2)請求人が主張する無効理由の特許法第29条第2項についての判断

ア.本件発明1と刊行物発明1との対比
前記第5 1.(1)ア.「本件発明1と刊行物発明1との対比」で検討したとおり、本件発明1と刊行物発明1とは、前記の点で一致し、前記相違点1?6の点で相違する。

イ.相違点についての判断

・相違点2?4について
前記第5 1.(1)イ.「相違点についての判断」における「・相違点2?4について」に記したとおりである。
なお、ここで、「平衡基準値」と「平衡測定値」を比較し、「差があれば」「電源部11から供給される正の高電圧直流パルス及び負の高電圧直流パルスの電圧を変更」することを通じて、「平衡測定値」が「平衡基準値」に等しくなるようにすることは、被請求人が答弁書において論じている「内側制御ループ」に相当する。

・相違点5及び6について(その1)
刊行物発明1に係る、帯電防止用のイオン発生装置は、帯電を防止しようとする対象物の電荷を中和するものであるから、該対象物がおかれた環境における正負両イオンのバランスがとれた状態とする必要があることは、前記刊行物3(特に【0003】段落「大気状態等の環境条件」)にも記載されているように、周知の事項である。また、正負両イオン発生器近傍ではなく、帯電を防止しようとする対象物がおかれた環境における正負両イオンのバランスを測定し、この測定結果に基づいて、前記イオン発生装置が発生する正負両イオンの量を制御することは、前記刊行物4及び5にも示されているように周知技術である。ここで、刊行物4に記載されているように、「イオン量を読取って電極電圧を手動調整」することは、前記周知技術を具体化するに当たり、ごく普通に採用される構成であり、そのような構成を「監視系統」として用いること、すなわち装置の動作の監視に用いることも自明なことである。
一方、刊行物発明1においては、「イオン発生装置1を遠隔操作するためのものであって、イオン発生装置1の電源をオンオフするためのスイッチ、及び、陽イオン及び陰イオンの発生量を調節するためのキーを有する送信部14」のキーの操作により「送信部14からの信号を受信するための受信部8」「の受信信号に基づいて、イオン発生装置1の電源のオンオフ、及び、正あるいは負の高電圧パルスの電圧を変更させることを通じて、陽イオン及び負イオンの発生量の調節を行う」ものである。そして、前述のとおり、刊行物発明1においても、帯電を防止しようとする対象物がおかれた環境における正負両イオンのバランスがとれた状態とする必要があることは明らかであるから、前記周知技術を適用して、イオン発生装置の動作時に、帯電を防止しようとする対象物がおかれた環境における正負両イオンのバランスを測定し、この測定結果に基づいて、正負両イオンのバランスがとれた状態となるように、すなわち、「電気イオン化装置付近の作業空間内で実際のイオン平衡値を実測イオン平衡値として測定」し、「実測イオン平衡値がゼロでない場合に」は実測イオン平衡値がゼロとなるように、「陽イオン及び陰イオンの発生量を調節するためのキーを有する送信部14」のキーの操作により正あるいは負の高電圧パルスの電圧を変更させることを通じて、陽イオン及び負イオンの発生量の調節を行うことは、当業者が適宜になし得たことである。
ここで、前記第5 1.(1)イ.「相違点についての判断」における「・相違点6について」において記したように、刊行物発明1においては、コントローラ12は「センサ6からの信号に基づいて、あらかじめ設定されているイオン濃度になるように、電源部11から供給される正の高電圧直流パルス及び負の高電圧直流パルスの電圧を」変更するから、陽イオン・陰イオンの発生量を、前記キーの操作を通じて入力された値とする際に、それに併せて「あらかじめ設定されているイオン濃度」、すなわち「平衡基準値」を調整するようにすることは、当然のことである。また、仮にそうでないとしても、刊行物発明1において、前記キーの操作を通じて「あらかじめ設定されているイオン濃度」、すなわち「平衡基準値」を調整するようにすることは、当業者が適宜になし得たことである。
そうすると、刊行物発明1に前記周知技術を適用したものは、結局「前記実測イオン平衡値がゼロでない場合に」「陽イオン・陰イオンの発生量」及び「前記平衡基準値を調整」するものとなるから、「前記平衡測定値が前記平衡基準値に等し」い場合においても、「前記実測イオン平衡値がゼロで」なければ「陽イオン・陰イオンの発生量」及び「前記平衡基準値を調整」することは当然である。それゆえ、「前記平衡測定値が前記平衡基準値に等しくかつ前記実測イオン平衡値がゼロでない場合に前記平衡基準値を調整し、前記実測イオン平衡値がゼロに達するように前記調整を行うステップ」(すなわち、被請求人が答弁書において論じている「外側制御ループ」に相当)を「備える」ものであることは明らかである。したがって、相違点5については、当業者が適宜になし得たことである。
また、上述のとおり、「平衡基準値」の調整は、結局、「陽イオン及び陰イオンの発生量を調節するためのキーを有する送信部14」のキーの操作を通じてなされることになるところ、「送信部14」のキーの操作は、「イオン発生装置1を遠隔操作するためのもの」を用いることであり、遠隔制御を用いることと言えるから、相違点6についても、当業者が適宜になし得たことである。

ところで、相違点5及び6については、上述の理由とは別の、以下の理由により当業者が適宜になし得たことであると言うこともできる。

・相違点5及び6について(その2)
上記「・相違点5及び6について(その1)」において記したように、刊行物発明1に係る、帯電防止用のイオン発生装置は、帯電を防止しようとする対象物の電荷を中和するものであるから、該対象物がおかれた環境における正負両イオンのバランスがとれた状態とする必要があることは、明らかである。また、正負両イオン発生器近傍ではなく、帯電を防止しようとする対象物がおかれた環境における正負両イオンのバランスを測定し、この測定結果に基づいて、前記イオン発生装置が発生する正負両イオンの量を制御することは、周知技術である。ここで、刊行物4に記載されているように、「この信号を計器に入力してイオン量を読取って電極電圧を手動調整する」、「あるいは、電圧を自動調整するための高電圧発生器のサーボコントローラにフィードバックする」ことは、前記周知技術を具体化するにあたり、ごく普通に採用される構成であり、そのような構成を「監視系統」として用いること、すなわち装置の動作の監視に用いることも自明なことである。
また、前記第5 1.(1)イ.「相違点についての判断」における「・相違点5について」に、なお書きとして記したとおり、刊行物3(甲第7号証)には、さらに、イオンバランスを図る装置である除電装置において、放射源に係る、「負側有効除電電流I_(1-)により生成される除電に寄与する負のイオンの生成量が有効除電電流I_(1+)により生成される除電に寄与する正のイオンの生成量とバランスするように、高電圧V_(-)」を制御する制御ループ(すなわち内側制御ループ)とともに、放射源前方の帯電プレートで測定した値に基づいて、正負のイオンのバランスがとれるように、すなわち、正負のイオンの「平衡」がとれるように、放射源について可変抵抗68を通じて調整を行うものが示されているところ、可変抵抗68を通じて調整を行うことについて、同刊行物の【0003】段落に記載された「大気状態等の環境条件」を考慮すると、初期の可変抵抗68の設定によって永続的に正負のイオンの「平衡」が保持できるとは限らないから、放射源について可変抵抗68を通じて調整を定期的に行うことは、当業者が適宜になし得たことである。これを換言すれば、放射源について可変抵抗68を通じて調整を行う制御ループ(すなわち外側制御ループ)が存在すると言うことができ、また、前記可変抵抗68は、正負のイオンの「平衡」がとれるように設定されることに着目すれば、この外側制御ループにおいて設定されるのは「平衡基準値」であると言うことができる。
そして、前述のとおり、刊行物発明1においても、帯電を防止しようとする対象物がおかれた環境における正負両イオンのバランスがとれた状態とする必要があることは明らかであるから、前記刊行物3に記載された技術を適用して、イオン発生装置の動作時に、帯電を防止しようとする対象物がおかれた環境における正負両イオンのバランスを測定し、この測定結果に基づいて、正負両イオンのバランスがとれた状態となるように、すなわち、「電気イオン化装置付近の作業空間内で実際のイオン平衡値を実測イオン平衡値として測定」し、「実測イオン平衡値がゼロでない場合に」は実測イオン平衡値がゼロとなるように、「あらかじめ設定されているイオン濃度」を「平衡基準値」として調整するようにすることは、当業者が適宜になし得たことである。したがって、相違点5については、当業者が適宜になし得たことである。
また、一般に、機器の制御を、遠隔制御又はワイヤレス制御により行うことは、周知技術であるから、上記したように、「あらかじめ設定されているイオン濃度」を「平衡基準値」として調整するに当たり、遠隔制御又はワイヤレス制御を用いることは、当業者が適宜になし得たことである。したがって、相違点6についても、当業者が適宜になし得たことである。

なお、被請求人が答弁書において、「B_(ACTUAL)がゼロでない場合、B_(REF1)の増減調整を行ってB_(ACTUAL)をゼロにすることは、フィードバック制御によって行うことができることは周知であ」ると主張するように、仮に、該外側制御ループが装置自身によりなされるものであるとしても、例えば前記刊行物4に、「この信号を計器に入力してイオン量を読取って電極電圧を手動調整する」、「あるいは、電圧を自動調整するための高電圧発生器のサーボコントローラにフィードバックする」、とあるように、人が行うことも、装置自身が行うことも、いずれも普通になされることであるから、人が「電気イオン化装置付近の作業空間内で実際のイオン平衡値を実測イオン平衡値として測定」し、「前記実測イオン平衡値がゼロでない場合に前記平衡基準値を調整」することに代えて、これらを装置自身が行うようにすることは、当業者が適宜になし得たことである。

上記「相違点5及び6について(その1)」及び「相違点5及び6について(その2)」で検討したとおり、いずれにしても、相違点5及び6は、当業者が適宜になし得たことである。

・相違点1について
上記第5 1.(2)イ.「相違点についての判断」の「・相違点5及び6について(その1)」及び「・相違点5及び6について(その2)」において検討したとおり、刊行物発明1において、「あらかじめ設定されているイオン濃度」として「実測イオン平衡値」に基づいて調整された「平衡基準値」を採用するに当たり、該「平衡基準値」を調整可能とすることは、当然になされる事項である。
そして、前記刊行物2にも示されているように、イオン発生装置の動作制御を、マイクロコンピュータを用い、数値データの比較演算を通じて行うことは周知技術であり、ここで、制御における目標値(例えば、刊行物2においては「バランス点の80H」)をメモリに記憶させることは常とう手段であるところ、上述のごとく制御及び調整を行うに当たり、「あらかじめ設定されているイオン濃度」、すなわち「平衡基準値」を調整可能なものとすることに対応して、「ソフトウェア調整可能なメモリ内に、調整可能な平衡基準値を記憶する」ことは、当業者が適宜になし得たことである。

ウ.まとめ
したがって、本件発明1は、刊行物1?5に記載された発明、並びに、従来周知の技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。


2. 本件発明2の特許法第29条第2項についての判断

(1)無効理由として通知した特許法第29条第2項についての判断

ア.本件発明2と刊行物発明2との対比
本件発明2と刊行物発明2とを対比する。
刊行物発明2における「イオン発生装置1」は、本件発明2における「電気イオン化装置」に相当する。
刊行物発明2における「陽イオン」及び「陰イオン」は、それぞれ本件発明2における「正イオン」及び「負イオン」に相当する。
刊行物発明2における「陽イオンが発生されるイオン発生器4a、及び陰イオンが発生されるイオン発生器4b」は、本件発明2における「イオン放射源」に相当する。
刊行物発明2における「イオン発生器4a,4bにそれぞれ正及び負の高電圧直流パルスを供給する電源部11」は、本件発明2における「前記イオン放射源に関連付けられている正の高電圧電源と負の高電圧電源」に相当する。
本件発明2における「前記イオン放射源に近接した位置にあるイオン平衡センサ」と、刊行物発明2における「一対の前記イオン発生器4a,4bの間に、イオン発生器4a及びイオン発生器4bと一体に設けられ、陽イオン及び陰イオンの濃度を検出するセンサ6」とは、「前記イオン放射源に近接した位置にあるイオンセンサ」である点で共通する。
本件発明2における「平衡測定値」と、刊行物発明2における「センサ6」によって検出された「陽イオン及び陰イオンの濃度」とは、「測定値」である点で共通する。
刊行物発明2における「コントローラ12」は、自動的に「前記センサ6からの陽イオン及び陰イオンの濃度に応じた信号に基づいて、あらかじめ設定されているイオン濃度になるように、前記電源部11から供給される正の高電圧直流パルス及び負の高電圧直流パルスの電圧を変更する」ものであることは明らかであるから、本件発明2における「(c)前記平衡基準値が前記平衡測定値とは等しくない場合に、前記正の高電圧電源及び前記負の高電圧電源の少なくとも一方を調整する自動平衡調整回路であって、その調整が、前記平衡測定値が前記平衡基準値に等しくなるように行われる自動平衡調整回路」とは、「前記測定値及び基準値に基づいて、前記正の高電圧電源及び前記負の高電圧電源の少なくとも一方を調整する自動調整部であって、その調整が、前記測定値が前記基準値に等しくなるように行われる自動調整部」である点で共通する。
すなわち、刊行物発明2における「あらかじめ設定されているイオン濃度」と、本件発明2における「平衡基準値」は、共に「基準値」である点で共通する。

したがって、刊行物発明2と本件発明2とは、
「イオン放射源と、前記イオン放射源に関連付けられている正の高電圧電源及び負の高電圧電源とを有する電気イオン化装置であって、
前記イオン放射源に近接した位置にあるイオンセンサによって測定される前記測定値及び基準値に基づいて、前記正の高電圧電源及び前記負の高電圧電源の少なくとも一方を調整する自動調整部であって、その調整が、前記測定値が前記基準値に等しくなるように行われる自動調整部を備えることを特徴とする電気イオン化装置。」
の点で一致し、以下の各点で相違する。

・相違点1
本件発明2は、「(a)調整可能な平衡基準値を記憶するためのソフトウェア調整可能なメモリ」を備えているのに対して、刊行物発明2は、「基準値」の保持がどのようになされているのか明らかでなく、また「基準値」が「あらかじめ設定されている」ものであり、「調整可能」なものであるか否かも明らかでない点。
・相違点2
本件発明2においては、「基準値」が「平衡基準値」であって、「前記平衡測定値が前記平衡基準値に等しくなるように」調整が「行われる自動平衡調整回路」を備えるのに対して、刊行物発明2においては、「基準値」が「あらかじめ設定されているイオン濃度」であって、「陽イオン及び陰イオンの発生量の調節」が「あらかじめ設定されているイオン濃度になるように」なされるものである点。
・相違点3
「イオン放射源に近接した位置にあるイオンセンサ」について、本件発明2においては、「平衡測定値」を測定する「イオン平衡センサ」であるのに対して、刊行物発明2においては、「陽イオン及び陰イオンの濃度を検出」する「センサ」である点。
・相違点4
本件発明2は、「前記イオン放射源に近接した位置にあるイオン平衡センサによって測定される前記平衡測定値に対して前記平衡基準値を比較するコンパレータ」を備えるとともに、「自動平衡調整回路」が「前記正の高電圧電源および前記負の高電圧電源の少なくとも一方を調整する」のは「前記平衡基準値が前記平衡測定値とは等しくない場合」であるとする構成を備えているのに対し、刊行物発明2は、そのような構成を備えていることが明らかではない点。
・相違点5
本件発明2は、「前記平衡基準値は、平衡測定値が前記平衡基準値に等しく、かつ、前記電気イオン化装置の付近の作業空間内で測定される実測イオン平衡値がゼロではない場合に、前記実測イオン平衡値がゼロに達するように調整手段によって調整される」ものであるのに対し、刊行物発明2は、そのような構成を備えていない点。
・相違点6
本件発明2は、「平衡基準値の調整は、遠隔制御及びワイヤレス制御のうちの1つを用いて実行される」ものであるのに対し、刊行物発明2は、遠隔操作するための構成である送信部14、受信部8、及びコントローラ12を用いて、「イオン発生装置1の電源のオンオフ、及び、正あるいは負の高電圧パルスの電圧を変更させることを通じて、陽イオン及び負イオンの発生量の調節を行う」ものの、「基準値を調整」するものであることが明らかではない点。

イ.相違点についての判断

・相違点2?4について
前記第5 1.(1)イ.「相違点についての判断」の「・相違点2?4について」において記載した理由と同じ理由により、刊行物発明2においても、「センサ6からの陽イオン及び陰イオンの濃度に応じた信号」に「イオン平衡センサ」からの「平衡測定値」を採用するとともに、「あらかじめ設定されているイオン濃度」に「平衡基準値」を採用して、「前記平衡測定値に対して前記平衡基準値を比較」し、「前記平衡基準値が前記平衡測定値とは等しくない場合に、」「正の高電圧電源および」「負の高電圧電源の少なくとも一方を調整する自動平衡調整」をするものであって、「その調整が、前記平衡測定値が前記平衡基準値に等しくなるように行われる」ものを備えるようにすることは、当業者が適宜になし得たことである。ここで、値を比較する手段を「コンパレータ」と呼称することは普通になされることである。また、「イオン発生装置」の動作を電気回路を用いて行うことは当然の事項であるから、上記自動平衡調整を行うものを「自動平衡調整回路」とすることは、当業者に明らかである。
したがって、相違点2?4については、当業者が適宜になし得たことである。

・相違点5について
前記第5 1.(1)イ.「相違点についての判断」の「・相違点5について」において記載した理由と同じ理由により、刊行物発明2に係るイオン発生装置においても、イオンバランスを保つために、より細かくかつ安定した制御が求められることは自明な課題であり、前記周知のカスケード制御技術を採用し得ることは、当業者に明らかである。その際、主たる制御ループにおいては、最終的な目標である、帯電を防止しようとする対象物がおかれた環境における正負両イオンのバランス、すなわち「電気イオン化装置の付近の作業空間内で測定される実測イオン平衡値がゼロではない場合に」、これを基に従たる制御ループの目標値を設定するとともに、従たる制御ループにおいては、操作対象であるイオン放射器近傍における正負両イオンのバランスを検出し、これが前記目標値となるように制御を行うものとすることにより、全体として「前記実測イオン平衡値がゼロに達するように調整手段によって調整される」ものとすることは、当業者が適宜になし得たことである。
この制御にあっては、「実測イオン平衡値がゼロではない場合に」「前記平衡基準値」を「調整」するのであるから、「平衡測定値が前記平衡基準値に等し」い場合においても、「実測イオン平衡値がゼロで」なければ「平衡基準値」を「調整」することは当然である。したがって、この制御においては、「平衡測定値が前記平衡基準値に等しく、かつ、」前記「実測イオン平衡値がゼロではない場合に、前記実測イオン平衡値がゼロに達するように調整手段によって調整される」ものとなることは明らかである。
そして、上記のように構成することにより、カスケード制御の採用に伴い当業者が通常予測し得る効果を超える、格別な作用・効果が得られるものとも認められない。

被請求人は、平成21年4月8日付け意見書において、主たる制御ループは人が介在してなされるとしているが、仮にそうであるとしても、前記主たる制御ループに対応する動作を装置自身が行うことに代えて、人が行うこととし、人によって「平衡基準値」が、「電気イオン化装置の付近の作業空間内で測定される実測イオン平衡値がゼロではない場合に、前記実測イオン平衡値がゼロに達するように調整手段によって調整される」ものとすることも、当業者が適宜になし得たことである。

・相違点1について
上記「・相違点5について」において検討したとおり、カスケード制御の採用に伴い、刊行物発明2は、「実測イオン平衡値がゼロではない場合に」これを基に従たる制御ループの目標値を設定し、従たる制御ループにおいては、操作対象であるイオン放射器近傍における正負両イオンのバランスを検出し、これが前記目標値となるように制御を行うものとなる。この際、目標値である「基準値」は、「実測イオン平衡値」に応じて変動する値であるから、これを調整可能なものとすることは当然になされる事項である。
そして、前記第5 1.(1)イ.「相違点についての判断」の「・相違点1について」において記載した理由と同じ理由により、「調整可能な平衡基準値を記憶するためのソフトウェア調整可能なメモリ」を備えるものとすることは、当業者が適宜になし得たことである。

・相違点6について
前記第5 1.(1)イ.「相違点についての判断」の「・相違点6について」において記載した理由と同じ理由により、刊行物発明2において、陽イオン・陰イオンの発生量を、送信部に設けられたスイッチ及びキーの操作を通じて入力された値とする際に、それに併せて「あらかじめ設定されているイオン濃度」、すなわち「平衡基準値」の調整を行うものとすることは、当然のことである。また、仮にそうでないとしても、刊行物発明2において、前記キーの操作を通じて「あらかじめ設定されているイオン濃度」、すなわち「平衡基準値」の調整を行うものとすることは、当業者が適宜になし得たことである。

ウ.まとめ
したがって、本件発明2は、刊行物1及び2に記載された発明、並びに従来周知の技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。

(2)請求人が主張する無効理由の特許法第29条第2項についての判断

ア.本件発明2と刊行物発明2との対比
前記第5 2.(1)ア.「本件発明2と刊行物発明2との対比」で検討したとおり、本件発明2と刊行物発明2とは、前記の点で一致し、前記相違点1?6の点で相違する。

イ.相違点についての判断

・相違点2?4について
前記第5 2.(1)イ.「相違点についての判断」における「・相違点2?4について」に記したとおりである。

・相違点5及び6について(その1)
前記第5 1.(2)イ.「相違点についての判断」の「・相違点5及び6について(その1)」において記載した理由と同じ理由により、刊行物発明2に周知技術を適用して、イオン発生装置の動作時に、帯電を防止しようとする対象物がおかれた環境における正負両イオンのバランスを測定し、この測定結果に基づいて、正負両イオンのバランスがとれた状態となるように、すなわち、「電気イオン化装置の付近の作業空間内で測定される実測イオン平衡値がゼロではない場合に」は実測イオン平衡値がゼロとなるように、「陽イオン及び陰イオンの発生量を調節するためのキーを有する送信部14」のキーの操作により、正あるいは負の高電圧パルスの電圧を変更させることを通じて、陽イオン及び負イオンの発生量の調節を行うものとすることは、当業者が適宜になし得たことである。
ここで、前記第5 2.(1)イ.「相違点についての判断」の「・相違点6について」において記載した理由と同じ理由により、刊行物発明2において、陽イオン・陰イオンの発生量を、送信部に設けられたスイッチ及びキーの操作を通じて入力された値とする際に、それに併せて「あらかじめ設定されているイオン濃度」、すなわち「平衡基準値」の調整を行うものとすることは、当然のことである。また、仮にそうでないとしても、刊行物発明2において、前記キーの操作を通じて「あらかじめ設定されているイオン濃度」、すなわち「平衡基準値」の調整を行うものとすることは、当業者が適宜になし得たことである。
そして、刊行物発明2に前記周知技術を適用したものは、「実測イオン平衡値がゼロではない場合に」「前記平衡基準値」を「調整」するものであるから、「平衡測定値が前記平衡基準値に等し」い場合においても、「実測イオン平衡値がゼロで」なければ「前記平衡基準値」を「調整」するものであることは当然である。したがって、「平衡測定値が前記平衡基準値に等しく、かつ、」前記「実測イオン平衡値がゼロではない場合に、前記実測イオン平衡値がゼロに達するように調整手段によって調整される」ものとなることは明らかである。したがって、相違点5については、当業者が適宜になし得たことである。
また、上述のとおり、「平衡基準値」の調整は、結局、「陽イオン及び陰イオンの発生量を調節するためのキーを有する送信部14」のキーの操作を通じて実行するものになるところ、「送信部14」のキーの操作は、「イオン発生装置1を遠隔操作するためのもの」を用いることであり、遠隔制御を用いて実行するものと言えるから、相違点6についても、当業者が適宜になし得たことである。

ところで、相違点5及び6については、上述の理由とは別の、以下の理由により当業者が適宜になし得たことであると言うこともできる。

・相違点5及び6について(その2)
前記第5 1.(2)イ.「相違点についての判断」の「・相違点5及び6について(その2)」において記載した理由と同じ理由により、刊行物発明2に前記刊行物3に記載された技術を適用して、イオン発生装置の動作時に、帯電を防止しようとする対象物がおかれた環境における正負両イオンのバランスを測定し、この測定結果に基づいて、正負両イオンのバランスがとれた状態となるように、すなわち、「電気イオン化装置付近の作業空間内で測定される実測イオン平衡値がゼロではない場合に、前記実測イオン平衡値がゼロに達するように」、「あらかじめ設定されているイオン濃度」を「平衡基準値」として調整するようにすることは、当業者が適宜になし得たことである。したがって、相違点5については、当業者が適宜になし得たことである。
また、一般に、機器の制御を、遠隔制御又はワイヤレス制御により行うことは、周知技術であるから、「あらかじめ設定されているイオン濃度」を「平衡基準値」として調整するに当たり、遠隔制御又はワイヤレス制御を用いることは、当業者が適宜になし得たことである。したがって、相違点6についても、当業者が適宜になし得たことである。

なお、被請求人が答弁書において、「B_(ACTUAL)がゼロでない場合、B_(REF1)の増減調整を行ってB_(ACTUAL)をゼロにすることは、フィードバック制御によって行うことができることは周知であ」ると主張するように、仮に、該外側制御ループが装置自身によりなされるものであるとしても、人によって「平衡基準値」が、「電気イオン化装置の付近の作業空間内で測定される実測イオン平衡値がゼロではない場合に、前記実測イオン平衡値がゼロに達するように調整手段によって調整される」ものとすることに代えて、これらを装置自身が行うようにすることは、当業者が適宜になし得たことである。

上記「相違点5及び6について(その1)」及び「相違点5及び6について(その2)」で検討したとおり、いずれにしても、相違点5及び6は、当業者が適宜になし得た事項である。

・相違点1について
上記第5 2.(2)イ.「相違点についての判断」の「・相違点5及び6について(その1)」及び「・相違点5及び6について(その2)」において検討したとおり、刊行物発明2において、「あらかじめ設定されているイオン濃度」として「実測イオン平衡値」に基づいて調整された「平衡基準値」を採用するに当たり、該「平衡基準値」を調整可能なものとすることは、当然の事項である。
また、前記第5 1.(2)イ.「相違点についての判断」の「・相違点1について」において記載した理由と同じ理由により、「調整可能な平衡基準値を記憶するためのソフトウェア調整可能なメモリ」を備えるものとすることは、当業者が適宜になし得たことである。

ウ.まとめ
したがって、本件発明2は、刊行物1?5に記載された発明、並びに従来周知の技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものである。


3.特許法第17条の2第3項について
本件特許に係る特許出願について、平成17年6月28日付けでなされた手続補正が特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしているか否かについて検討する。

(1)補正前の請求項1の記載
本件特許に係る特許出願について、平成17年6月28日付けの手続補正により補正される前の特許請求の範囲の請求項1には、以下の記載がなされていた。
「【請求項1】 正イオン放射源と負イオン放射源と、前記正イオン放射源と前記負イオン放射源とに別々に関連付けられている正の高電圧電源と負の高電圧電源とを有する電気イオン化装置において正イオン出力と負イオン出力とを平衡させる方法であって、
ソフトウェアで調整可能なメモリ内に平衡基準値を記憶するステップ(a)と、
前記電気イオン化装置の動作中に、前記平衡基準値を、前記イオン放射源に近接した位置にあるイオン平衡センサによって測定される平衡測定値と比較するステップ(b)と、
前記平衡基準値が前記平衡測定値に等しくない場合には、前記正の高電圧電源と前記負の高電圧電源の少なくとも一方を自動的に調整し、前記平衡測定値が前記平衡基準値に等しくなるように前記調整を行なうステップ(c)と、
前記電気イオン化装置の動作時に、電気イオン化装置付近の作業空間内で実際のイオン平衡を実測イオン平衡として測定するステップ(d)と、
前記平衡測定値が前記平衡基準値に等しくかつ前記実測イオン平衡がゼロでない場合に前記平衡基準値を調整し、前記実測イオン平衡がゼロに等しくなるように前記調整を行うステップ(e)と、
を備えることを特徴とする正イオン出力と負イオン出力とを平衡させる方法。」

(2)補正後の請求項1の記載
次に、平成17年6月28日付けでなされた手続補正により、本件特許に係る特許出願の特許請求の範囲の請求項1は以下のとおりに補正された。
「【請求項1】 イオン放射源と、前記イオン放射源に関連付けられている正の高電圧電源と負の高電圧電源とを有する電気イオン化装置において正イオン出力と負イオン出力とを平衡させる方法であって、
ソフトウェア調整可能なメモリ内に、調整可能な平衡基準値を記憶するステップ(a)と、
前記電気イオン化装置の動作中に、前記平衡基準値を、前記イオン放射源に近接した位置にあるイオン平衡センサによって測定される平衡測定値と比較するステップ(b)と、
前記平衡基準値が前記平衡測定値に等しくない場合には、前記正の高電圧電源と前記負の高電圧電源の少なくとも一方を自動的に調整し、前記平衡測定値が前記平衡基準値に等しくなるように前記調整を行なうステップ(c)と、
前記電気イオン化装置の動作時に、電気イオン化装置付近の作業空間内で実際のイオン平衡を実測イオン平衡として測定するステップ(d)と、
前記平衡測定値が前記平衡基準値に等しくかつ前記実測イオン平衡がゼロでない場合に前記平衡基準値を調整し、前記実測イオン平衡がゼロに達するように前記調整を行うステップ(e)と、
を備えることを特徴とする正イオン出力と負イオン出力とを平衡させる方法。」

(3)補正事項の整理
この補正による、請求項1に係る補正事項を整理すると、以下のとおりとなる。
・補正事項1-1
補正前の、「正イオン放射源と負イオン放射源」を、補正後の「イオン放射源」とする(補正事項1-1-1)とともに、補正前の「前記正イオン放射源と前記負イオン放射源とに別々に関連付けられている正の高電圧電源と負の高電圧電源」を、補正後の「前記イオン放射源に関連付けられている正の高電圧電源と負の高電圧電源」とする(補正事項1-1-2)こと。
・補正事項1-2
補正前の「ソフトウェアで調整可能なメモリ内に平衡基準値を記憶するステップ(a)」を、補正後の「ソフトウェア調整可能なメモリ内に、調整可能な平衡基準値を記憶するステップ」とすること。
・補正事項1-3
補正前の「前記平衡測定値が前記平衡基準値に等しくかつ前記実測イオン平衡がゼロでない場合に前記平衡基準値を調整し、前記実測イオン平衡がゼロに等しくなるように前記調整を行うステップ(e)」を、補正後の「前記平衡測定値が前記平衡基準値に等しくかつ前記実測イオン平衡がゼロでない場合に前記平衡基準値を調整し、前記実測イオン平衡がゼロに達するように前記調整を行うステップ(e)」とすること。

(4)補正事項についての検討
そこで、前記補正事項1-1について検討すると、補正前にあっては、「正イオン放射源と負イオン放射源」とあり、「正イオン放射源」と「負イオン放射源」が明確に別個のものとして記載され、これら正負各イオン放射源に「別々に関連付けられている正の高電圧電源と負の高電圧電源」を有していたものが、補正後には、単に「イオン放射源」と記載され、例えば、一つのイオン放射源を、正イオン放射源として用いるとともに、負イオン放射源としても用いるもの、すなわち、一つのイオン放射源に、正の高電圧電源と負の高電圧電源の双方が共に関連付けられたものも含まれる記載となった。しかしながら、そのようなものは、本件特許に係る特許出願の願書に最初に添付した明細書又は図面には記載されておらず、自明なものとも認められない。
仮に、上述の「一つのイオン放射源を、正イオン放射源として用いるとともに、負イオン放射源としても用いるもの、すなわち、一つのイオン放射源に、正の高電圧電源と負の高電圧電源の双方が共に関連付けられたもの」が周知のものであるとしても、本件特許に係る特許出願の願書に最初に添付した明細書又は図面においては、例えば、【0034】段落及び図6に「センサアンテナ66は、正放射源モジュール62と負放射源モジュール64との間に、この間の各モジュールから等距離の位置に配置されている。」と記載されているように、正放射源モジュール62、すなわち「正イオン放射源」と負放射源モジュール64、すなわち「負イオン放射源」が明確に別個のものとして記載されていることから、「正イオン放射源」及び「負イオン放射源」を別個のものとしない構成は読み取ることができない。
それゆえ、補正事項1-1は、願書に最初に添付した明細書又は図面のすべてを総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであるから、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものではなく、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。

(5)むすび
上記のとおり、補正事項1-1以外の補正事項、及び、他の請求項についての補正について検討するまでもなく、本件特許に係る特許出願について、平成17年6月28日付けでなされた手続補正は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。
また、上記と同様の理由により、平成18年4月19日付けでなされた手続補正、及び平成19年7月18日付けでなされた手続補正は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。
したがって、本件特許は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対して特許されたものである。


4.特許法第36条第6項第2号について
本件特許明細書の特許請求の範囲請求項1及び2の記載が特許法第36条第6項第2号に適合するか否かについて検討する。

(1) 「ソフトウェア調整可能なメモリ」について
請求人は、請求項1及び2に記載された「ソフトウェア調整可能なメモリ」との用語について、「メモリ」がハードウェア構成中のデータ格納領域を意味する用語であることから、「メモリ」を「ソフトウェア」で「調整可能」に構成することは技術的に意味をなさないと主張している。また、請求人は、本件特許明細書等の記載から見て、「調整」されるのは「値」であり、「メモリ」が「ソフトウェア調整」されるものではないとも主張する。
しかしながら、メモリに記憶された値をソフトウェアにより調整することは技術常識である一方、メモリというハードウェアそのものをソフトウェアにより調整することは、当業者にとって考慮の対象とはなり得ない事項と認められるから、「ソフトウェア調整可能なメモリ」との用語に接した当業者は、メモリに記憶された値をソフトウェアによって調整することが可能なメモリを意味することを普通に解しうるものと認められる。
したがって、「ソフトウェア調整可能なメモリ」との用語の意義が不明確であるとは言えない。

(2) 「イオン放射源に近接した位置にあるイオン平衡センサ」について
請求人は、「イオン放射源に近接した位置にあるイオン平衡センサ」について、どの程度の配置をもって、「イオン放射源に近接」することを意味するのか、その基準が不明確である旨を主張する。
しかしながら、本件特許明細書等には、【0034】段落に「センサアンテナ66は、正放射源モジュール62と負放射源モジュール64との間に、この間の各モジュールから等距離の位置に配置されている。放射源モジュール24において非平衡がある場合には、センサアンテナ66上に電荷が蓄積するだろう。」との記載があり、この記載から見て、イオン平衡センサに相当する「センサアンテナ66」が「正放射源モジュール62と負放射源モジュール64との間に」あって、しかも「放射源モジュール24において非平衡」があるときに「センサアンテナ66上に電荷が蓄積」される位置に配されるものであり、そのような配置を有するものをもって、「イオン放射源に近接した位置にあるイオン平衡センサ」を意味することは、当業者に明らかである。
したがって、「イオン放射源に近接した位置にあるイオン平衡センサ」との記載の意義が不明確であるとは言えない。

(3) まとめ
以上のとおりであるから、請求人が主張する、本件特許明細書の特許請求の範囲請求項1及び2の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を欠くとの理由は当たらない。


5.特許法第29条第1項柱書及び特許法第36条第6項第1号について
本件特許の請求項2に係る発明が、特許法第29条第1項柱書の「発明」に該当しないものであるか否かについて、さらに、本件特許の請求項2の記載が、特許法第36条第6項第1号の規定に違反するものであるか否かについて検討する。

(1)本件特許の請求項2に係る発明が、特許法第29条第1項柱書の「発明」に該当しないものであるか否かについて
請求人は、本件特許の請求項2に係る発明の特定事項である、「(a)調整可能な平衡基準値を記憶するためのソフトウェア調整可能なメモリであって、前記平衡基準値は、平衡測定値が前記平衡基準値に等しく、かつ、前記電気イオン化装置の付近の作業空間内で測定される実測イオン平衡値がゼロではない場合に、前記実測イオン平衡値がゼロに達するように調整手段によって調整される、ソフトウェア調整可能なメモリ」における、「前記電気イオン化装置の付近の作業空間内で測定される実測イオン平衡値がゼロではない場合」であることを判断する主体が、本件特許の請求項2に係る発明に係る装置自体であるのか、あるいはオペレータという人であるのか明記はないが、本件特許明細書等には、「前記実測イオン平衡値がゼロに達するように調整手段によって調整」することに相当する「B_(REF1)」の「増減調整」が人によりなされる旨が記載されており、「前記電気イオン化装置の付近の作業空間内で測定される実測イオン平衡値がゼロではない場合」に相当する「B_(ACTUAL)がゼロである」ことの判定も人によりなされるものということができるから、請求項2に係る発明は「人」による判断を必須の特定事項とするものであり、装置という物の発明において「人」を特定要素とするものであるから、産業上利用可能な発明に該当しないと主張する。
この主張について検討すると、確かに、本件特許の請求項2に係る発明は、その動作において、「前記電気イオン化装置の付近の作業空間内で測定される実測イオン平衡値がゼロではない場合」であるか否かが人によって判断されるものも含まれると認められ、本件特許の請求項2に係る発明は、その動作において「人による判断」が必要とされるが、装置と常時一体化した「人」を必要とするものではないことは明らかである。また、本件特許の請求項2に係る発明が、「人による判断」そのものを主眼とする発明でないことも明らかである。そうすると、「・・・ゼロではない場合に、前記実測イオン平衡値がゼロに達するように調整手段によって調整される・・・」なる記載を含む請求項2は、人によって判断・調整できるように構成された装置を単に記載したものと言うことができる。一方、利用するに当たって、人による判断・操作が要求される装置は、例えば自動車を始め、枚挙にいとまがなく、しかも、それらが産業上利用可能な発明となり得ることには何ら疑いがない。本件特許の請求項2に係る発明についても、そのような、人による判断・操作を前提とした装置であると言うことができるから、請求人の前記主張は当たらない。

(2)本件特許の請求項2の記載が、特許法第36条第6項第1号の規定に違反するものであるか否かについて

特許法第36条第6項第1号の規定に違反するものであるか否かについて検討を進めるに当たり、まず請求項2の記載を検討すると、請求項2には、人を特定要素とするか否かにつき格段の記載はないから、文言上、人を特定要素としないものも含まれると解される。
そこで、以下においては、請求項2に係る発明のうち、人を特定要素としないものについて検討を進める。

本件特許の請求項2には、
「(a)調整可能な平衡基準値を記憶するためのソフトウェア調整可能なメモリであって、前記平衡基準値は、平衡測定値が前記平衡基準値に等しく、かつ、前記電気イオン化装置の付近の作業空間内で測定される実測イオン平衡値がゼロではない場合に、前記実測イオン平衡値がゼロに達するように調整手段によって調整される、ソフトウェア調整可能なメモリ」
とともに、
「前記平衡基準値の調整は、遠隔制御およびワイヤレス制御のうちの1つを用いて実行されることを特徴とする電気イオン化装置。」
との記載がなされている。
前記請求項2の記載には、「前記平衡基準値の調整」が、具体的にどのようになされるかが明記されていないので、文言上、「前記平衡基準値の調整」が、人手が介在することなく、装置自身により「遠隔制御およびワイヤレス制御のうちの1つを用いて」実行されることも含まれる。
ここで、本件特許明細書等には、前記請求項2の記載のうち、特に「前記平衡基準値の調整」が遠隔制御及びワイヤレス制御のうちの1つを用いて実行されることに関して、以下の記載がある。
「【0025】
(2)平衡調整とイオン出力調整とが遠隔制御によって行われてもよい。したがって、較正時および設定時にはユーザが「立ち入り禁止」区域の外側に立っている間に、および、荷電プレート監視装置を読み取るのに十分に近い距離に立っている間に、個々の放射源モジュール24を調整することができる。」
「【0045】
図13および14は、システムコントローラのマイクロプロセッサ110に関連付けられているソフトウェアの簡明なフローチャートである。
図9は、放射源モジュール24_(1)の平衡制御回路138の概略的なブロック線図である。(演算増幅器とA/D変換器とを含む)イオン平衡センサ140が、放射源モジュール24_(1)の放射源に比較的近くで測定される平衡測定値B_(MEAS)を出力する。マイクロコントローラ44内に記憶されている平衡基準値142であるB_(REF1)が、比較器144においてB_(MEAS)と比較される。これらの値が互いに等しい場合には、正または負の高電圧電源146の調整は行われない。これらの値が互いに等しくない場合には、これらの値が等しくなるまで電源146に対して適切な調整が行われる。このプロセスは、放射源モジュール24_(1)の動作中に連続的にかつ自動的に生じる。較正または初期セットアップの際に、放射源モジュール24_(1)の付近の作業空間内で実際平衡測定値B_(ACTUAL)を得るために、荷電プレート監視装置から平衡測定値が求められる。比較器の出力が、B_(REF1)がB_(MEAS)と等しいことを示し、かつ、B_(ACTUAL)がゼロである場合には、放射源モジュール24_(1)が平衡しており、さらに別の処置は行われない。しかし、比較器の出力が、B_(REF1)がB_(MEAS)と等しいことを示しており、かつ、B_(ACTUAL)がゼロでない場合には、放射源モジュール24_(1)が非平衡である。したがって、遠隔制御送信機30またはシステムコントローラ28を使用して、B_(ACTUAL)がゼロに戻されるまでB_(REF1)が増減調整される。例えば、製造許容差と経時的なシステム劣化とのために、各々の放射源モジュール24が、異ったB_(REF)値を有する可能性があるだろう。」

これらの記載のうち、【0025】段落については、『ユーザが』「立ち入り禁止」区域の外側に立っている間に、及び、『荷電プレート監視装置を読み取るのに十分に近い距離に立っている間』に、個々の放射源モジュール24を調整する、との記載から、ユーザ(つまり人)が荷電プレート監視装置を読み取りつつ、調整を行うことを含むとは解しうるものの、装置自身により自動的に調整がなされることは読み取れない。
また、【0045】段落については、「比較器の出力が、B_(REF1)がB_(MEAS)と等しいことを示しており、かつ、B_(ACTUAL)がゼロでない場合には、放射源モジュール24_(1)が非平衡である」場合に、「放射源モジュール24_(1)が非平衡である」情報がどのようにして伝達され、「遠隔制御送信機30またはシステムコントローラ28」をして「B_(ACTUAL)がゼロに戻されるまでB_(REF1)が増減調整」させるかについて、具体的な記載がなされていない。すなわち、前述の【0025】段落の場合と同様に、人が介在して「B_(ACTUAL)がゼロに戻されるまでB_(REF1)が増減調整」されるとは解しうるものの、装置自身により自動的に調整がなされることは読み取れない。
また、前記【0025】段落及び【0045】段落を含む本件特許明細書等の全記載を見ても、「前記平衡基準値の調整」が、人手が介在することなく、装置自身により「遠隔制御およびワイヤレス制御のうちの1つを用いて」実行されることが、自明な事項であるとも認められない。

したがって、「前記平衡基準値の調整」が、人手が介在することなく、装置自身により「遠隔制御およびワイヤレス制御のうちの1つを用いて」実行されること、すなわち、人を特定要素としないものは、本件特許明細書等には記載されておらず、また、本件特許明細書等の記載から自明な事項であるとも認められないから、この点について、本件特許の請求項2に係る発明は、本件特許明細書等の発明の詳細な説明に記載したものではない。

(3)まとめ
よって、本件特許の請求項2に係る発明は、特許法第29条第1項柱書の「発明」に該当しないものであるということはできないが、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対して特許されたものである。


第6 むすび
したがって、本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び請求項2に係る発明は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであるから、特許法第123条第1項第2号に該当する。また、本件特許に係る特許出願について、平成17年6月28日付け、平成18年4月19日付け、及び平成19年7月18日付けでそれぞれなされた手続補正は、いずれも特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていないから、本件特許は、特許法第123条第1項第1号に該当する。また、本件特許の請求項2に係る発明は、本件特許明細書等の発明の詳細な説明に記載したものではないから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、特許法第123条第1項第4号に該当する。
以上のとおりであるから、本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び請求項2に係る発明についての特許は無効とすべきものである。

審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。

よって、結論のとおり、審決する。
 
審理終結日 2009-08-19 
結審通知日 2009-08-27 
審決日 2009-10-01 
出願番号 特願平11-265131
審決分類 P 1 113・ 561- Z (H01L)
P 1 113・ 537- Z (H01L)
P 1 113・ 14- Z (H01L)
P 1 113・ 121- Z (H01L)
最終処分 成立  
前審関与審査官 北島 健次大嶋 洋一  
特許庁審判長 橋本 武
特許庁審判官 安田 雅彦
近藤 幸浩
登録日 2007-09-21 
登録番号 特許第4015329号(P4015329)
発明の名称 正イオン出力と負イオン出力とを平衡させる方法、および電気イオン化装置  
代理人 岩坪 哲  
代理人 下道 晶久  
代理人 鶴田 準一  
代理人 島田 哲郎  
代理人 田上 洋平  
代理人 笹本 摂  
代理人 永井 紀昭  
代理人 水谷 好男  
代理人 青木 篤  

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