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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1214007
審判番号 不服2008-17253  
総通号数 125 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-05-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-07-04 
確定日 2010-03-25 
事件の表示 平成 7年特許願第516372号「フィブリン溶解増強剤の局所送達」拒絶査定不服審判事件〔平成 7年 6月15日国際公開、WO95/15747、平成 9年 9月22日国内公表、特表平 9-509401〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、1994年12月9日(パリ条約による優先権主張1993年12月10日,米国)を国際出願日とする出願であって、平成20年3月28日付けで拒絶査定がなされ、これに対し平成20年7月4日に拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに、同年7月22日付けで手続補正がなされたものである。

2.平成20年7月22日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成20年7月22日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
(1)補正後の本願発明
本件補正により、特許請求の範囲の請求項1は、
「組織癒着を妨害するための組成物であって、局所適用される生体適合性の生分解性ポリマーマトリックスにおけるフィブリン溶解増強剤の有効量を含有し、ここで該マトリックスが組織上の生体適合性の生分解性またはマクロマーをゲル化または凝固させることによって形成され、及び、ここで該マトリックスが該組織に適合し得、そして癒着を妨害するに効果的な期間に亘って制御された方法で該薬剤を放出し得、該フィブリン溶解増強剤がウロキナーゼである、組成物。」

と補正された。

上記補正は、補正前の請求項1に記載されたフィブリン増強剤を「ウロキナーゼ、ストレプトキナーゼ、ヒルジン、アンクロド、抗プラスミンインヒビター、およびフィブリン沈着ブロッカーからなる群より選択される」ものを「ウロキナーゼ」に限定するものであって、平成6年法律第116号改正附則第6条によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第3項2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、補正後の請求項1に記載した発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について、以下に検討する。

(2)引用例の主な記載事項
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の優先日前に頒布されたことが明らかな国際公開第93/17669号(以下、「引用例A」という。)には、以下の事項が記載されている。(なお、この文献に対応する日本語文献として、対応する日本出願の特表平7-507056号公報を翻訳文とした。)

A-1.「1.生分解性、重合性、および少なくとも実質的に水溶性のマクロマーであって、
少なくとも1つの水溶性部分、少なくとも1つの分解性部分、ならびに少なくとも2つのフリーラジカル重合性部分を含有し、該重合性部分が少なくとも1つの分解性部分によって相互に分離される、マクロマー。」(59頁、請求項1;対応日本公報2頁左上欄、請求項1)

A-2.「24.ポリマー性の生体適合性材料を組織上に形成する方法であって:
該組織に、フリーラジカル開始剤の存在下で、生分解性、重合性、および少なくとも実質的に水溶性のマクロマーの溶液を塗布する工程であって、該マクロマーが少なくとも1つの水溶性部分、少なくとも1つの分解性部分、ならびに少なくとも2つのフリーラジカル重合性部分を含有し、該重合性部分が少なくとも1つの分解性部分によって相互に分離される;および
該マクロマーを重合する工程;
を、包含する方法。(62頁、請求項24;対応日本公報3頁左上欄、請求項24)

A-3.「25.前記組織が、該組織の他の組織への付着を防止するためにコートされる、請求項24に記載の方法。」(62頁、請求項25;対応日本公報3頁左上欄、請求項25)

A-4.「27.タンパク質、炭水化物、核酸、有機分子、無機の生物学的に活性な分子、細胞、組織および組織凝集体からなる群から選択される、生物学的に活性な分子を、前記マクロマー溶液と共に提供する工程をさらに包含する、請求項24に記載の方法。」(62頁、請求項27;対応日本公報3頁左上欄、請求項27)

A-5.「 発明の分野
本発明は、組織接着剤として、および制御された薬物送達において用いるための光重合性生分解性親水ゲルに関する。」(1頁5行?7行;対応日本公報3頁左下欄4行?6行)

A-6.「放出制御キャリアとしての親水ゲル 生体分解可能な親水ゲルは、例えば、ホルモン、酵素、抗生物質、抗腫瘍剤、および細胞懸濁液などの生物学的に活性な物質のためのキャリアであり得る。輸送された種の機能的特性の一時的保存、および局所組織または全身循環内へのその種の制御放出が、可能である。」(1頁15行?22行;対応日本公報3頁左下欄下から8行?下から3行)

A-7.「手術後の癒着の防止 腹膜腔および腹膜壁の器官を含む、手術後の付着の形成は、腹部手術の、頻繁に起こる望ましくない結果である。手術および乾燥によって引き起こされる組織への手術上の外傷は、骨盤腔に集まろうとする漿液血液性(タンパク様)の浸出物の放出を起こす(Holz,G.,1984)。浸出物が、この期間内に吸収または溶解されない場合、この浸出物は、繊維芽細胞と共に内部成長し、そしてその後のコラーゲンの沈着が付着形成に通じる。
付着形成を取り除くための多数の方法が試みられ、大抵の場合では、不十分な成功を収めているに過ぎない。方法には、腹腔腔の洗浄、薬理学的作用剤の投与、および組織を機械的に分離するためのバリアの適用が含まれる。
・・・
Poloxamer 407の溶液は、付着の治療のために用いられ、一定の成功を収めている。Poloxamerは、エチレンオキシドとプロピレンオキシドとのコポリマーであり、そして水に可溶である。:その溶液は、室温で液体である。Steinleitner et al.(1991)「再建手術のためのげっ歯類モデルにおける手術後の付着の形成および再形成の防止のための腹腔内のバリア材料としてのPoloxamer 407」、Obstetrics and Gynecology, 77(1):48およびLeachら、(1990)「Poloxamer 407を用いたラット子宮角モデルにおける手術後付着の低減」、Am.J.Obstet. Gynecol.,l62(5):1317、は腹膜の付着モデルにおいてPoloxamer溶液を試験し、そして統計学的に有意な減少を付着部内に認めた;しかし、それらは、おそらく損傷部位上の限定された付着および保持のために、付着を取り除くことができなかった。」(1頁15行?22行;対応日本公報3頁右下欄下から8行?4頁右上欄2行)

A-8.「生物学的起源を有する分解性材料は、周知であり、例えば、架橋ゼラチンがある。ヒアルロン酸は、生体医学的適用に対して分解性膨潤ポリマーとして、架橋され、そして用いられた。」(5頁下から9行?下から5行;対応日本公報5頁左上欄3行?6行)

A-9.「実施例10:酵素放出アッセイ
水溶性のマクロマーを用いたゲル化は、非毒性環境下で行い得る。このことは、これらの材料をインサイチュでのゲル化を必要とする内的手術用途に適合させる。前駆体は水溶性なので、ゲルは、水溶性薬物、特に別の方法では変性して活性を失う酵素のような巨大分子の薬物送達ベヒクルとして用いられ得る。ポリマーからのリソソームおよびtPAの放出を用いて、生体高分子の放出を制御するために生分解性親水ゲルを用い得ることを示した。
・・・
組換えt-PAの放出 3つのマクロマーをこれらの研究に用いた:1KL,4KG,および18.5KG。1KLマクロマーは室温で液体であり、そのまま用いた。第2のマクロマー、4KG,はPBS中75%w/v溶液として用いた。第3の組成物は、1KLと18.5KGの50%w/v溶液とが等しい割合の混合物である。開始剤としての2,2-ジメトキシ-2-フェニルアセトフェノン0.9ml/mlと共に、マクロマー溶液1gあたり3.37mg組織プラスミノーゲンアクチベータ・・・をマクロマー溶液に加えた。タンパク質をマクロマーで溶解し、そしてマクロマー混合液0.2gをLWUVに1分間さらしてディスク状のゲルを作製した。このようなディスク2個をPBSで洗浄・・・した。・・・。・・・、そして放出された活性t-PAの量を、発色基質アッセイ・・・を用いて検定した。・・・。全ての活性t-PAは、少なくとも2カ月間まで放出されうる。
適切な処方を選択することで、放出速度を種々の適用に応じて調整し得る。また、放出および機械的特性上の適切な特質を共働的に達成するように、処方を異なる分子量と組み合わせ得る。
手術後の付着を防ぐために、ゲルのバリア効果に加えて、バリア効果をすり抜ける初期薄膜状付着を溶解させる繊維素溶解剤と共にゲルを導入し得る。このことは、付着防止において生分解性ゲルの有効性をさらに増進する。」
(39頁3行?40頁2行;対応日本公報15頁右下欄、最下行?16頁右上欄2行)

A-10.「実施例12:光重合性分解性ポリマーを用いた手術後付着の防止
短いポリグリコリド反復単位(平均グリコリジル残基数:各端で10)で両端が鎖延長され、次いでアクリレート基で終結されたポリエチレングリコール(M.W. 18,500)の、粘ちょうな無菌の23%溶液(・・・)を調整した。架橋反応に必要な開始剤、2,2-ジメトキシ-2-フェニルアセトフェノンを、マクロマー溶液に加えて、開始剤濃度を900ppmにした。長波長のUVランプ(Black Ray)に30秒曝すことで効果的に重合が開始する。
・・・
ペントバルビタール(50mg/kg、腹腔内)により雌のラットを麻酔し、そして中央線開腹手術を行った。子宮角を曝し、・・・。損傷後、マクロマー溶液0.5mlを各角に対して塗り、各々前側および後側の表面に対して15秒間、長波長の紫外線・・・を露光することによってゲル化した。子宮を該腹腔内のもとの場所に置き、そして筋膜層および皮膚層を閉じた。
分子量8,000ダルトンのPEG鎖から成るマクロマーは、その両側に5個のラクチジル基の平均重合度の乳酸オリゴマーを有して伸長し、そしてさらに、アクリロイルクロライドとの反応により両末端をアクリレート化した。1つのバッチ、すなわちバッチAでは、アクリレート化度は、NMRにより測定して約75%であり、そしてもう別のバッチ、すなわちバッチBでは、アクリレート化度は、約95%以上であった。」(40頁下から13行?46頁下から10行;対応日本公報16頁右上欄下から4行?18頁左上欄下から4行)

A-11.「 表11
ポリマーを用いる付着の減少
マクロマー濃度 付着の程度 付着の等級 動物の数
% (S.D.) (0-2) -
ポリマーA
15% 24.6(3.1) 1.1(0.1) 7
20% 33.6(9.8) 1.2(0.3) 7
25% 37.5(11.1) 1.2(0.1) 7
30% 54.2(12.0) 1.6(0.4) 6
20%+t-PA 18.3(6.4) 1.1(0.1) 6
コントロール 72.6(18.7) 1.5(0.2) 7
(生理食塩水)」(48頁;対応日本公報18頁左下欄)

同じく原査定の拒絶の理由に引用された、本願の優先日前に頒布されたことが明らかな特表平4-502753号公報には、以下の事項が記載されている。

B-1.「1.フィブリンまたは癒着形成が存在し得る部位に、約3日から2週間その部位に連続して放出される治療学的有効量の難溶性酵素を含有している組成物を局所投与することを特徴とする、フィブリン沈着または癒着形成または癒着再形成を予防するための動物の処置方法。」(特許請求の範囲、請求項1)

B-2.「2.酵素が組織プラスミノーゲンアクチベーターである請求項1に記載の方法。」(特許請求の範囲、請求項2)

B-3.「3.組成物が不活性な粘性強化ビヒクルを含有している請求項1に記載の方法。」(特許請求の範囲、請求項3)

B-4.「9.ビヒクルが生体分解性ポリマーである請求項3に記載の方法。」(特許請求の範囲、請求項9)

B-5.「発明の分野 本発明は、手術、感染、炎症または外傷に起因する、とりわけ腹膜腔または骨盤腔における癒着の形成または再形成を予防するための方法および組成物に関する。」(2頁左下欄、4行?8行)

B-6.「癒着を予防するために、多数のフィブリン溶解剤が試験された。フィブリン溶解系は通常、プラスミノーゲンからプラスミンへの変換に関与している血液中の系を意味すると理解される。天然のプラスミノーゲン活性化因子はプラスミノーゲンと相互作用してこの前駆体をプラスミンに変換し、次いで、交差結合しているフィブリンを溶解する。ストレプトキナーゼおよびウロキナーゼのような外来の活性化因子も、プラスミノーゲンからプラスミンへの変換を活性化する。血栓崩壊剤は、プラスミン、およびストレプトキナーゼ、ストレプトドルナ-ゼおよびウロキナーゼのようなプラスミノーゲン活性化因子を包含する。これらの血栓崩壊およびフィブリン溶解剤及びその他の薬物は、フィブリン沈着を防ぎ、癒着を除去するために使用された。」(4頁、左下欄11行?右下欄6行)

B-7.「イヌ、ウサギおよびラットにおける種々のフィブリン溶解酵素の静脈内および腹腔内投与、および癒着を誘導する種々の方法を使用する一連の試験では、有意な予防的または治療的効果は観察されなかった。(ジュウェット等(Jewett.T.C.,et al., Surgery 57:280[1965]))。ラットに、ストレプトキナーゼの高純度製剤を、1回、または一回注射の3日連続で複数回、投与すると、癒着の形成を阻害しなかった。」(4頁右下欄下から4行?5頁左上欄3行)

B-8.「フィブリン溶解または血栓溶解に有効な難溶性酵素は、フィブリン沈着または癒着形成の可能性のある部位に、酵素がこの部位に少なくとも約3日間連続的に与えられるように局所投与される時、とりわけ手術、感染、外傷または炎症後の癒着の治療に有用である。」(5頁右下欄下から4行?最下行)

B-9.「本明細書で使用する”難溶性酵素”なる語句は、フィブリン沈着または癒着形成する可能性を有する部位に局所的に1回投与することによって、フィブリン沈着または癒着形成を予防し得る、生物体液中で所望の速度で溶解する分子形態の酵素である。」(6頁左下欄3行?6行)

B-10.「本発明で使用される酵素には、プラスミン、ストレプトキナーゼ、ウロキナーゼ、組織プラスミノーゲン活性化因子およびストレプトドルナ-ゼのような血栓溶解性またはフィブリン溶解性酵素が包含される。」(6頁右下欄1行?4行)

B-11.「生物学的に浸食可能なポリマーには、半固形に製剤化し得る低分子量ポリマーが包含される。このような製剤化される半固形ポリマーには、ポリ(エステル類)、ポリアミド類、ポリ(アミノ酸類)、ポリアセタール類、ポリアンハイドライド類、ポリ(オルソエステル)類、およびヒアルロン酸として知られているβ-D-グルクロン酸および2-アセトアミド-2-デオキシ-β-D-グルクロン酸および2-アセトアミド-2-デオキシ-β-D-グルコースを変更してなる天然の炭水化物の様な多糖類が包含される。多糖類は、不活性粘性強化ビヒクルとしての用途に好適である。ヒアルロン酸が最も好ましい。」(7頁右下欄下から4行?8頁5行)

B-12.「製剤例4:
ポロキサマ-407 0.05-0.3gm
組織プラスミノーゲン活性化因子-
難溶性粒子 0.00006gm
精製水 QS 1.00gm」(11頁右上欄)

(3)対比
上記の、「t-PA」、「組織プラスミノーゲンアクチベータ(ー)」及び「組織プラスミノーゲン活性化因子」の三者、並びに「ウロキナーゼ」、「u-PA」及び「ウロキナーゼプラスミノーゲンアクチベータ」の三者は、それぞれ同義のものと認められる。
引用例Aには、「術後癒着を予防するために局所適用される組成物であって、その中のマトリックスが生分解性、重合性、及び少なくとも実質的に水溶性のマクロマーで光重合によりゲル化させることにより形成されたものであり、該マトリックス中にt-PAを繊維素溶解剤として含有し、該t-PAを癒着を妨害するに効果的な期間に亘って制御された方法で該薬剤を溶出し得る組成物」(以下、「引用発明」という。)が記載されている(上記A-1、A-2、A-3、A-7、A-9及びA-10)。
ここで、「繊維素溶解剤」は本願明細書にいう「フィブリン溶解増強剤」と同義で用いられているものと認められる。
そうすると、本願補正発明と引用発明とは、「組織癒着を妨害するための組成物であって、局所適用される生体適合性の生分解性ポリマーマトリックスにおけるフィブリン溶解増強剤の有効量を含有し、ここで該マトリックスが組織上の生体適合性の生分解性マクロマーをゲル化または凝固させることによって形成され、及び、ここで該マトリックスが該組織に適合し得、そして癒着を妨害するに効果的な期間に亘って制御された方法で該薬剤を放出し得る組成物」である点で一致し、一方、前者においてはフィブリン溶解増強剤がウロキナーゼであるのに対して、後者においては、フィブリン溶解増強剤としてt-PAのみを具体的に記載する点で相違する。

(4)当審の判断
そこで、この相違点について以下に検討する。
引用例Aには、従来知られている手術後の癒着防止法として、腹腔内の洗浄、薬理学的作用剤の投与、及び組織を機械的に分離するためのバリアの適用が知られていたこと、及びバリア材料の一つとしてエチレンオキシドとプロピレンオキシドとのコポリマーであるPoloxamer 407が知られていたことが記載(上記A-7)されている。
さらに引用例Aには、従来から知られていたバリア材料を改良するものとして、バリア機能を改善しさらに薬剤放出制御キャリアとしても機能する材料である「生分解性、重合性、および少なくとも実質的に水溶性のマクロマーであって、少なくとも1つの水溶性部分、少なくとも1つの分解性部分、ならびに少なくとも2つのフリーラジカル重合性部分を含有し、該重合性部分が少なくとも1つの分解性部分によって相互に分離される、マクロマー」を光重合させて形成されたものが記載(上記A-1、A-5、A-10等)されており、このマトリックスは本願補正発明におけるマトリックスと同一のものである。
しかも、引用例Aには、このバリア効果を有するマトリックスに、さらに繊維素溶解剤を導入することで、付着防止において生分解性ゲルの有効性をさらに増進することが記載(上記A-9)され、そのことは繊維素溶解剤の一つであるt-PAについてラットを用いた実験により裏付けられてもいる(上記A-11)。
ところで、引用例Bには、術後に癒着を予防するにはフィブリン溶解または血栓溶解に有効な難溶性酵素を癒着形成の可能性のある部位に少なくとも約3日間連続的に与えられるように局所投与すると、外傷または炎症後の癒着の治療に有用であることが記載(上記B-8)され、その酵素のビヒクルとして生体分解性ポリマーを用い得ることが記載(上記B-4)されている。
上記難溶性酵素として、引用例Bには組織ブラスミノーゲン活性化因子のみが製剤例及び実施例に記載されているが、この酵素に限定する記載はなく、同様に有効なものとしてプラスミン、ストレプトキナーゼ、ウロキナーゼ、組織プラスミノーゲン活性化因子及びストレプトドルナーゼのような血栓溶解性またはフィブリン溶解性酵素が挙げられており(上記B-10)、この記載に接した当業者であれば、引用例Aにおけるt-PAに代えて、引用例Bに記載の上記酵素のなかから、組織プラスミノーゲン活性化因子と同様にプラスミノーゲン活性化因子であるウロキナーゼ(ウロキナーゼプラスミノーゲン活性化因子)を、組織プラスミノーゲン活性化因子に代えて選択することに格別の困難性はないものである。
この点に関連して、請求人は、平成21年3月13日付けで提出した回答書などにおいて、ウロキナーゼ(「u-PA」ともいう。)には、マトリックスを使用せずに単独で使用した場合、癒着防止作用を示さないのであるから、引用例Aに具体的に記載されたt-PAに代えてu-PAを用いることは到底想到し得ない旨の主張をしているが、その根拠となる本願明細書の表2の結果はラットを用いてu-PAを腹腔内日周注射して得られたものであり、この結果のみからu-PAに癒着防止効果がないとまで結論することはできない。例えば、実験動物としてイヌなど他の動物を用いるなど、実験条件をいろいろと変更した場合にも癒着防止効果がないとはいえない。(このような事情については、請求人も平成21年3月13日付けで提出した回答書の7頁2?4行において「引用文献2(審決注:上記引用例Bと同じ)は、異なる動物に対する異なるフィブリン溶解酵素投与の効果についての研究が、癒着の防止に関して、異なる効果を示していることを認めています。」と記載し、動物の種類によって、癒着防止効果が異なることを認めている。)したがって、請求人のこの点についての請求人の主張は妥当でない。
そして、その奏する効果についても、請求人は、ウロキナーゼは、腹腔内投与した場合、実施例2で示されたように動物モデルにおける癒着形成の防止において有効ではなかったものが、本願補正発明の,ウロキナーゼを制御放出する組成物を局所的に用いると癒着形成の防止において効果的であったのであり、したがって顕著な効果を奏するものである、と主張(上記回答書の10頁)しているが、上述(上記2.(4))のとおり、ウロキナーゼが、腹腔内投与され場合に、動物モデルにおける癒着形成の防止において有効ではない、ということを実施例2から確定的に結論づけることはできないものであり、またそのようなことが本願優先日前に技術常識であったとまでは認められないものであるから、請求人の効果についての主張はその前提において妥当でない。
また、ウロキナーゼすなわちu-PAを上記マトリックス(ゲル)と併用した場合とt-PAを上記マトリックス(ゲル)と併用した場合の癒着形成防止効果の度合いを比較するべく、本願明細書の発明の詳細な説明中の表1(本願明細書19頁)の結果をみると、t-PAとゲルとを併用した場合に比べてu-PAとゲルとを併用した場合のほうがかえって癒着予防の度合いが低いことが示されている。
これらのことからみても、本願補正発明の奏する効果が引用例Aから予想される程度を越えて格別顕著なものとは認められない。
したがって、本願補正発明は、引用例A及びBに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

(5)むすび
以上のとおり、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3.本願発明について
平成20年7月22日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明は、平成18年4月20日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものと認める。(以下、「本願発明」という。)

「組織癒着を妨害するための組成物であって、局所適用される生体適合性の生分解性ポリマーマトリックスにおけるフィブリン溶解増強剤の有効量を含有し、ここで該マトリックスが組織上の生体適合性の生分解性またはマクロマーをゲル化または凝固させることによって形成され、および、ここで該マトリックスが該組織に適合し得、そして癒着を妨害するに効果的な期間に亘って制御された方法で該薬剤を放出し得、該フィブリン溶解増強剤がウロキナーゼ、ストレプトキナーゼ、ヒルジン、アンクロド、抗プラスミンインヒビター、およびフィブリン沈着ブロッカーからなる群より選択される、組成物。」

(1)引用例
原査定の拒絶の理由に引用された引用例A及びB、及びその主な記載事項は、前記「2.(2)」に記載したとおりである。

(2)対比・判断
本願発明は、発明の構成に必須の要件であるフィブリン溶解増強剤が、「ウロキナーゼ、ストレプトキナーゼ、ヒルジン、アンクロド、抗プラスミンインヒビター、およびフィブリン沈着ブロッカーからなる群より選択される」ものであるのに対し、前記2で検討した本願補正発明は、「ウロキナーゼ」であるから、本願発明は本願補正発明を包含するものである。
そうすると、本願発明に包含される本願補正発明が、前記「2.(4)」に記載したとおり、引用例A及びBに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様の理由により、引用例A及びBに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)むすび
以上のとおり、本願発明は、引用例A及びBに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-10-29 
結審通知日 2009-10-30 
審決日 2009-11-12 
出願番号 特願平7-516372
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 伊藤 清子大宅 郁治  
特許庁審判長 内田 淳子
特許庁審判官 上條 のぶよ
星野 紹英
発明の名称 フィブリン溶解増強剤の局所送達  
代理人 山本 秀策  
代理人 山本 秀策  

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