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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B01D
管理番号 1216066
審判番号 不服2007-12233  
総通号数 126 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-06-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-04-26 
確定日 2010-05-06 
事件の表示 特願2000-268303「磁気フィルタ装置」拒絶査定不服審判事件〔平成14年 3月19日出願公開、特開2002- 79011〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯・本願発明
本件出願は、平成12年9月5日の出願であって、平成18年10月11日付けで拒絶理由が通知され(発送日は同年10月17日)、同年12月14日付けで意見書が提出され、平成19年3月19日付けで拒絶査定がなされ(発送日は同年3月27日)、同年4月26日に拒絶査定不服審判の請求がなされたものである。
本件出願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、出願当初の明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】 流体の導入口および排出口を設けた容器内に、強磁性体からなるフィルタ体を設置し、このフィルタ体を磁化させる永久磁石を、容器内の流体移動方向に対してほぼ直交する向きに磁力線が発生するように、容器を挟んで対向に設置してなる磁気フィルタ装置において、
流体のフィルタ通過時間が 0.5秒以上、1.5 秒以内という規制の下で、上記永久磁石を、その設置間隔L (mm) が永久磁石の残留磁束密度B(T)との関連で、次式
B×100 ≦L≦B×250
を満足する条件下で設置したことを特徴とする磁気フィルタ装置。」

2.引用文献
2-1.引用文献1
原査定の拒絶の理由に引用された本件出願の出願日前に頒布された刊行物である特開平7-68109号公報(以下、「引用文献1」という。)には、以下の事項が記載されている。

(ア)「流体の導入口及び排出口を設けた容器と、この容器内にて該導入口と排出口との間に配置する強磁性のフィルタ体と、このフィルタ体を磁化させる磁石とを有する磁気フィルタにおいて、
上記磁石は、少なくとも一対の磁極をフィルタ体を挟んで対向配置し、容器内の流体移動方向に対して直交する方向の磁力線をフィルタ体に作用させてなることを特徴とする磁気フィルタ。」(【請求項1】)
(イ)「 容器が、容器内の流体移動方向に対して直交する断面において方形であり、磁極を、この方形の辺に沿って配置する請求項1又は2記載の磁気フィルタ。」(【請求項3】
(ウ)「磁石が、永久磁石である請求項1、2又は3記載の磁気フィルタ。」(【請求項4】)
(エ)「このような磁気フィルタの粒子捕捉原理を、図3を用いて説明すると、磁性粒子は、流体の移動により力Fd を受けながら、図示した磁力線のような磁界によって、フィルタ体を構成する細線からの吸引力Fm を受けて、細線に向けて移動する。この吸引力Fm は、次式
Fm =χ・V・H・(dH/dx)
ここにFm :吸引力
χ:粒子の磁化率
V:粒子の体積
H:磁場の強さ
dH/dx:磁気勾配(磁場の空間的変化)
で示され、吸引力Fm は、磁気勾配dH/dxに比例することがわかる。この磁気勾配dH/dxは、次式
dH/dx={r^(2) /(r+L)^(3) }・Ms /μ_(0)
ここにr:細線の半径
L:粒子の半径
Ms :細線の磁化
M:粒子の磁化(=χ・H)
μ_(0) :真空の透磁率
で計算できる。」(【0003】)
(オ)「・・・・従来の磁気フィルタにおいては、ろ過室の磁束密度を高めるべく一般に、電磁石が用いられいた。したがって、装置が大がかりとなって設備コストがかかるという問題、また、電力費等の運転コストが嵩む問題を招いていた。かかる設備コスト問題及び運転コスト問題は、永久磁石を用いれば解決できる・・・・。」(【0004】)
(カ)「図1を用いて、この発明の磁気フィルタをより具体的に説明する。図1(a) は、この発明の磁気フィルタの一例を、容器内における流体の移動方向に対して垂直な断面から見た図(横断面図)であり、この磁気フィルタの容器1は、方形断面になる。そして、この方形断面の長辺のそれぞれに磁石2が設けてある。この磁石2は、例えば永久磁石であり、容器に向かう面が磁極になり、容器内のフィルタ体3を挟んで互いに異なる磁極が対向するようになっている。かくしてこの発明の磁気フィルタは、図1(b) の要部の縦断面図にて矢印で示すように、容器内の流体移動方向に対して直交する方向の磁力線を作用させることになり、従来公知の磁気フィルタに比べて、より強力な磁界、換言すればより高い磁束密度をフィルタ体3に形成させることができるのである。
・・・・
さらに、対向配置になる磁極間の間隙を変えることにより、ろ過室内の磁束密度を調整することができ(間隙を小さくすると磁束密度が大となる)、流体中の磁性粒子の大きさ等に応じて、最適寸法に設計することが容易にできる。」(【0009】?【0010】)
(キ)「【実施例】図1に示す磁気フィルタを用いて、冷間圧延機の圧延油から磁性異物を除去する操作を行った。また、比較のために図2に示す従来の磁気フィルタについても試験を行った。これらの仕様を表1に示す。
【表1】


まず、ろ過室内中心部における磁束密度を計測した結果、表2のとおりであった。表2から、この発明の磁気フィルタのほうが、高密度の磁束が得られていることがわかる。
【表2】


次に、これらの磁気フィルタによる圧延油のろ過を、図6に示す系統によって行った。その結果を表2に併記する。」(【0015】?【0019】)
(ク)「次の実験として、種々の粒径になる鉄粉粒子(平均粒径12μm )を分散させた圧延油(鉄濃度208 ppm )を用意し、この発明の磁気フィルタによりろ過して、鉄粉粒子径毎に除去率を測定した結果を図7に示す。なお除去率ηは、次式により求めた。
η=(Ce -Cd )/Ce
ここにη:除去率
Ce :フィルタ入口濃度
Cd :フィルタ出口濃度
図7から、この発明の磁気フィルタは、粒子径10μm のものでも効果的に除去できることが分かり、このことからも高性能であることがわかる。」(【0020】)
(ケ)「【発明の効果】この発明の磁気フィルタは、少なくとも一対の磁極がフィルタ体を挟んで対向するように磁石を配置して、容器内の流体移動方向に対して直交する方向の磁力線をフィルタ体に作用させることにより、より微細な磁性粒子まで分離することが可能となり、例えば圧延油中の鉄分濃度を低レベルに維持することが可能となった。また、逆洗も確実になされ、安定したろ過が達成された。」(【0024】)
(コ)【図1】


(サ)【図7】


2-2 引用文献2
原査定の拒絶の理由に引用された本件出願の出願日前に頒布された刊行物である特開平11-156119号公報(以下、「引用文献2」という。)には、以下の事項が記載されている。

(シ)「内部に流体流路を有する配管と、前記流体流路内のフィルタ領域に配置され、磁性体材料からなるフィラメントから構成されたフィルタと、前記配管の外部に配置され、前記フィルタ領域を含む流体流路内に磁場を形成する磁石とを備えた磁気分離装置の運転方法において、
前記フィルタ領域におけるフィラメントの体積充填率を5%以上20%以下とし、
前記フィルタ領域の流体の流れ方向に関する長さを5cm以上とし、
前記フィルタ領域における流体の平均流速を0.3m/sec以上0.8m/sec以下とし、
前記フィルタ領域に形成される磁場の強さを0.4T以上2T以下としたことを特徴とする磁気分離装置の運転方法。」(【請求項1】)
(ス)「本実験においては、パラメータとして、配管の流体流路内の流体の流速を0.1m/s?2m/sの範囲で、フィルタ領域Aにおけるフィラメントの体積充填率を5%?20%の範囲で、フィルタ領域の長さを5cm?20cmの範囲で、および超電導磁石が発生する磁場の強さを0.2T?6T(テスラ)の範囲でそれぞれ変化させ、各条件下における磁性粒子の捕獲率を調べている。」(【0021】)
(セ)「図3は、磁場の強さを2T、流体(懸濁液)の平均流速を0.8m/sec、フィルタの目の粗さを14メッシュとし、フィルタ領域Aにおけるフィラメントの体積充填率及びフィルタ領域Aの長さを変化させて、捕獲率の流速依存性を調べたものである。
・・・・
・・・・流速と捕獲率との間には相関関係が認められ、流体の平均流速0.8m/sec以上では捕獲率が90%以下に低下することがわかる。また、流体の平均流速を減じていった場合、捕獲率は平均流速0.3m/secでほぼ100%となる。従って、これ以上平均流速を減じることは、工業的価値(所定量の粒子を捕獲するために必要とされる時間の観点で)を考慮した場合無駄である。従って流体の平均流速は0.3m/sec以上0.8m/sec以下とすることが望ましいということがわかる。」(【0025】?【0026】)

3.対比・判断
(3a)引用文献1の記載事項について検討する。
引用文献1には、(ア)に、「流体の導入口及び排出口を設けた容器と、この容器内にて該導入口と排出口との間に配置する強磁性のフィルタ体と、このフィルタ体を磁化させる磁石とを有する磁気フィルタにおいて、上記磁石は、少なくとも一対の磁極をフィルタ体を挟んで対向配置し、容器内の流体移動方向に対して直交する方向の磁力線をフィルタ体に作用させてなる・・・・磁気フィルタ。」と記載され、この磁気フィルタについて、(イ)に、「 容器が、容器内の流体移動方向に対して直交する断面において方形であり、磁極を、この方形の辺に沿って配置する」ことが記載され、(ウ)に、「磁石が、永久磁石である」ことが記載されている。

そうすると、引用文献1の(ア)?(ウ)の記載事項を、本願発明の記載ぶりに則して表現すると、引用文献1には、
「流体の導入口及び排出口を設けた容器内に、強磁性のフィルタ体を配置し、このフィルタ体を磁化させる永久磁石を、容器内の流体移動方向に対して直交する方向の磁力線をフィルタ体に作用させるように、少なくとも一対の磁極をフィルタ体を挟んで対向配置し、磁極を容器内の流体移動方向に対して直交する断面において方形である容器の方形の辺に沿って配置してなる磁気フィルタ。」の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

(3b)本願発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「強磁性のフィルタ体を配置」は、本願発明の「強磁性体からなるフィルタ体を設置」に相当する。
また、引用発明の「永久磁石」は、「容器内の流体移動方向に対して直交する方向の磁力線をフィルタ体に作用させる」ものであるから、この永久磁石により「容器内の流体移動方向に対してほぼ直交する向きに磁力線が発生する」ことは明らかである。そして、引用発明の永久磁石は、「少なくとも一対の磁極をフィルタ体を挟んで対向配置し、磁極を容器内の流体移動方向に対して直交する断面において方形である容器の方形の辺に沿って配置してなる」ものであるから、フィルタ体を磁化させる永久磁石は、「容器を挟んで対向に設置してなる」ものといえる。
さらに、引用発明の「磁気フィルタ」は、「容器」と、「強磁性のフィルタ体」と、「永久磁石」を配置した「装置」とみることができるから、本願発明の「磁気フィルタ装置」に相当する。

以上の検討を踏まえると、本願発明と引用発明とは
「流体の導入口および排出口を設けた容器内に、強磁性体からなるフィルタ体を設置し、このフィルタ体を磁化させる永久磁石を、容器内の流体移動方向に対してほぼ直交する向きに磁力線が発生するように、容器を挟んで対向に設置してなる磁気フィルタ装置。」
である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点:本願発明は、「流体のフィルタ通過時間が 0.5秒以上、1.5秒以内という規制の下で、上記永久磁石を、その設置間隔L (mm) が永久磁石の残留磁束密度B(T)との関連で、次式
B×100 ≦L≦B×250
を満足する条件下で設置した」ものであるのに対し、引用発明は、かかる事項が特定されていない点。

(3c)上記相違点について検討する。
まず、本願発明の相違点に係る事項の技術的意義について本件明細書の記載をみておくと、本件明細書には、本願発明の目的として、
「フェライト磁石やネオジム磁石のような汎用性のある永久磁石を用いた場合に、最高のフィルタ性能を引き出すことによって、低コストの下で装置のコンパクト化を可能ならしめた磁気フィルタ装置を提案すること」(【0007】)が記載されている。
また、相違点に係る事項に関して、「残留磁束密度Bの大きさが 0.2Tから 0.6T程度の、通常使用されるフェライト磁石あるいはネオジム磁石を用い・・・永久磁石の磁石間距離Lは、磁気フィルタ装置において期待される性能を得る上で非常に重要な値であることに着目し、この磁石間距離Lを35mmから 200mmまで変化させて鉄粉除去率ηを測定し・・・・永久磁石の残留磁束密度B(T)と磁石間距離L(mm)が鉄粉除去率ηに及ぼす影響について調べた結果・・・・永久磁石の残留磁束密度B(T)と磁石間距離L(mm)が、次式 L≦250 ×B の関係を満足する場合に、高いフィルタ性能が安定して得られることが判明し・・・・・LがB×100 よりも小さくなると、鉄粉除去率ηは安定して高い値を維持できるものの、・・・・設備が複雑となり、保守も煩雑になることの他、設備費の著しい増大を招くことが判明した」(【0014】?【0016】)こと、及び「フィルタ通過時間tと鉄粉除去率ηとの関係について調べた結果・・・・フィルタ性能および設備費を考慮した効率的なフィルタ通過時間tは、0.5 秒から1.5 秒の間であることが判明した」(【0021】?【0023】)ことが記載され、これらの記載における鉄粉除去率について、「鉄粉除去率ηが60%以上であれば、フィルタ性能は良好といえ」(【0013】)、「鉄粉除去率ηは60%以上とすることが、設備効率の面からも得策であ」り(【0019】)、「本発明に従う磁気フィルタ装置を用いて処理した場合には、鉄粉除去比率ηはいずれも60%以上であり、良好な結果を得ることができ」(【0026】)たことが記載されている。
そして、本願発明の効果として、「汎用性の永久磁石を用いて流体の清浄化処理を行う場合に、最高のフィルタ性能を発揮されることができ、その結果、低コストで装置のコンパクト化が達成される。また、従来、洗浄後の連続焼鈍過程において、炉内のロール表面に鋼板表面の残留鉄粉が付着して、ロールマークという凹凸欠陥がしばしば発生し、これにより 0.2?0.5 %程度の製品歩留りの低下を余儀なくされていたが、本発明の磁気フィルタ装置を洗浄処理に使用することにより、鉄粉を強力かつ安定して除去することが可能となり、その結果、この欠陥を根絶することに成功した。」(【0027】)と記載されている。
以上の本件明細書の記載によると、本願発明は、永久磁石を用いた場合に、相違点に係る事項によって、鉄粉除去率が60%以上の高いフィルタ性能とし、かつ、設備費の増大を防止することができたことにより、本件明細書記載の目的を達成し、所定の効果を奏するものといえる。

次に、引用文献1には、引用発明の永久磁石の「設置間隔」及び「残留磁束密度」に関して、(カ)に、「図1を用いて、この発明の磁気フィルタをより具体的に説明する。図1(a) は、この発明の磁気フィルタの一例を、容器内における流体の移動方向に対して垂直な断面から見た図(横断面図)であり、この磁気フィルタの容器1は、方形断面になる。そして、この方形断面の長辺のそれぞれに磁石2が設けてある。」と記載され、(キ)の表1に、「冷間圧延機の圧延油から磁性異物を除去する操作」における「図1に示す磁気フィルタ」の「仕様」として、容器となる「ろ過室」は、箱型で、「長さl」、「距離S」、「幅W」が、それぞれ、「300mm」、「30mm」、「600mm」であること、及び、「磁石」は、「フェライト磁石」で、「残留磁束密度」が「400mT」、すなわち、「0.4T」であることが示されている。そして、これらの記載事項と、(コ)の「図1(a)」及び「図1(b)」におけるW、lの表記を併せてみると、(キ)でいう「距離S」が、本願発明における永久磁石の「設置間隔L」に相当するといえる。
そうすると、引用文献1には、「残留磁束密度B」が「0.4T」の永久磁石を、「設置間隔L」が「30mm」として設置したものが、具体例として記載されているといえる。
また、引用文献1には、(カ)に、「対向配置になる磁極間の間隙を変えることにより、ろ過室内の磁束密度を調整することができ(間隙を小さくすると磁束密度が大となる)、流体中の磁性粒子の大きさ等に応じて、最適寸法に設計することが容易にできる」と記載されており、この「対向配置になる磁極間の間隙」は、本願発明における永久磁石の「設置間隔L」に相当するものであるから、引用文献1には、処理流体の磁性粒子の大きさ等の処理条件に応じて設置間隔Lを適宜調整することも記載されている。
そこで、この設置間隔Lの値の調整と、磁気フィルタの作用について、さらに、みていくことにする。
引用文献1の(カ)において、上記のとおり、ろ過室内の磁束密度を調整するに当たり、「間隙(設置間隔L)を小さくすると磁束密度が大となる」ことは、(エ)に示される式Fm =χ・V・H・(dH/dx)において、磁気フィルタにおける粒子を捕捉する吸引力Fmが大きくなることを指すから、設置間隔Lを調整することは、流体中の磁性粒子への吸引力Fmを調整し、その結果、磁性粒子の捕獲率を調整することであるといえる。
また、永久磁石の残留磁束密度Bが磁石の種類によって異なることは周知であり(要すれば、本件明細書【0014】参照)、永久磁石の残留磁束密度Bが大きくなれば、(エ)に示される上記式における磁場の強さHが大きくなることは、当業者が技術常識から当然に予測し得ることであるから、上記のように設置間隔Lを小さくすることだけでなく、残留磁束密度Bを大きくすることによっても、磁性粒子への吸引力Fmを大きくし得ることは、当業者にとって自明である。
そうすると、引用発明において、設置間隔Lの値を調整して吸引力Fmを調整し、磁性粒子の捕獲率を調整するに当たり、永久磁石の残留磁束密度Bの値と関連づけ、吸引力Fmへの両者の作用を鑑みて、L/Bの値を調整することは、引用文献1の(エ)の関係式及び技術常識から当業者が適宜なし得ることである。
さらに、引用文献1の(キ)の表1に、フィルタの仕様として、「長さl」、「距離S」、「幅W」と共に、「ろ過流量(l/min)」が示されているように、磁気フィルタは、単位時間当たり所定量の処理流体が、所定の断面積及び長さのフィルタを通過する際に、処理流体中の磁性粒子に吸引力Fmが作用するものであるから、処理流体がフィルタを通過する時間の間隔で吸引力Fmが磁性粒子に作用して捕獲がなされることは当業者に自明である。そして、引用文献1には、(オ)に、磁気フィルタの設計において、設備コスト問題及び運転コスト問題に着眼していることが示されていること、また、引用文献2には、(シ)?(セ)に、引用発明と「フィルタ領域を含む流体流路内に磁場を形成する磁石とを備えた磁気分離装置」である点で共通する磁気分離装置の運転において、捕獲率と工業的価値(所定量の粒子を捕獲するために必要とされる時間の観点で)から、所定のフィルタ領域の長さのフィルタにおいて、流速を最適な範囲に定めることが示されていることと併せて考えると、磁気フィルタにおいて、吸引力Fmを作用させる最適な通過時間を、処理条件に応じて、捕獲率と設備コストや運転コスト等の工業的価値から定めることも当業者が普通に行うことといえる。

以上の点からみて、引用発明の磁気フィルタ装置において、磁性粒子がフィルタを通過する最適なフィルタ通過時間を定め、かかるフィルタ通過時間において、設置間隔Lの値を残留磁束密度Bの値と関連づけてL/Bの最適な範囲を、磁性粒子の捕獲率と設備コストや運転コスト等の工業的価値の観点から実験的に定めることは、引用文献1、2の記載事項から当業者が容易になし得ることである。そして、このように捕獲率と設備コストや運転コスト等の工業的価値の観点からフィルタ条件を最適化することは、本願発明における相違点に係る事項の技術的意義、すなわち、上記のとおり、永久磁石を用いた磁気フィルタにおいて、鉄粉除去率が高いフィルタ性能とし、かつ、設備費の増大を防止することにあることと共通するものであるから、引用発明において、かかる観点で最適値を定めることにより、相違点に係る「流体のフィルタ通過時間が 0.5秒以上、1.5 秒以内という規制の下で、上記永久磁石を、その設置間隔L (mm) が永久磁石の残留磁束密度B(T)との関連で、次式 B×100 ≦L≦B×250を満足する」という条件を満たすことは、当業者が当然になし得ることといえる。

また、引用文献1の(ケ)に記載される「より微細な磁性粒子まで分離することが可能となり、例えば圧延油中の鉄分濃度を低レベルに維持する」という効果は、永久磁石により鉄粉除去するためのフィルタ性能を向上するという点で、本願発明の効果(【0027】)と共通するものであり、引用文献1、2には、上記のとおり、フィルタ特性について、捕獲率と設備コストや運転コスト等の工業的価値の観点から最適化することが示唆されていることからみて、本願発明の効果は、引用文献1、2の記載から当業者が予測し得る範囲のものである。また、本願発明のフィルタ性能に関する鉄粉除去率として、本件明細書には、60%以上の値が示されているが、(i)鉄粉除去率は、本願発明の相違点に係る事項において特定される「フィルタ通過時間」、「設置間隔」、「残留磁束密度」だけにより定まるものではなく、処理流体の特性(例えば、磁性粒子の濃度、磁性粒子の粒径)、流体の流速、強磁性フィルタの材質や形状等に依存することは明らかであるから、鉄粉除去率の値は処理条件によって変動し得るものといえること、(ii)引用文献1には、(ク)、(サ)に、除去率は粒子径に依存し、粒子径が15μ以上程度の場合は、60%以上の除去率であることが示されていること、(iii)引用文献1、2には、上記のとおり、捕獲率と設備コストや運転コスト等の工業的価値の観点で設計することが示されていること、からみて、本願発明が鉄粉除去率に関して格別な効果を奏するということはできない。

よって、本願発明は、引用文献1、2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3d)なお、請求人は、平成19年7月12日付けで補正した審判請求書において、以下のA?Cのとおり主張する。

A.「引用文献1では、流体のフィルタ通過時間が、本願発明で規定したフィルタ通過時間:0.5秒以上、1.5秒以内という条件を外れており、本願発明の前提条件を満たさない。また、本発明の重要な構成要件である、永久磁石の設置間隔Lと永久磁石の残留磁束密度Bの関係についても、引用文献1に記載の条件と、本願発明とでは相違する。効果について比較すると、本願発明は、引用文献1において達成できなかった流体中の鉄分除去率「60%以上」を達成し、これにより設備費を大幅に削減できる利点があり、両者は効果の面でも顕著な差異がある。」(第1頁下から第3行?第2頁第4行)
B.「磁石の残留磁束密度は磁化された磁石そのものの有する磁束密度である。つまり磁石に固有の物性である。一方、各引用文献で問題にしている磁場の強さは、フィルタ内の空間における磁場の強さである。
・・・・
磁石の残留磁束密度は発明の構成上極めて重要なもの、特に磁石の設置間隔を定める上で、決定的な要因となるものであるところ、引用文献1?3のいずれにも、この磁石の残留磁束密度をパラメータとして、上記の設置間隔を設計するという技術思想について、何らの開示もまた示唆するところもない。」(第3頁第5?22行)
C.「本発明者らは、〔図7〕の実験を実施し、その結果に基づいて、流体の磁気フィルタ通過時間を規制したのである。〔〔図7〕の実験結果は、流体の磁気フィルタ通過時間が0.5秒未満では十分な鉄粉除去効果が得られず、1.5秒を超えても鉄粉除去効果の著しい向上は認められないというものであるが、この結果は単純な比例関係ではなく、実験によってはじめて得られる知見であり、如何に当業者といえども容易になし得るものとは考えられない。」(第5頁第29?34行)

これらの主張について順に検討する。

・Aについて
引用文献1において、(キ)の表1に示された仕様のフィルタは、確かに、本願発明の「フィルタ通過時間」及び「永久磁石の設置間隔Lと永久磁石の残留磁束密度Bの関係」についての事項を満たすものではなく、除去率として表2に43%のものが示されているが、(3c)で検討したとおり、本願発明に係るこれらの事項は、引用文献1、2の記載に基づいて当業者が容易になし得ることであり、本願発明の効果についても、鉄粉除去率の値は処理条件によって変動し得るものであることから格別なものとはいえない。
・Bについて
(3c)で検討したとおり、吸引力Fmに寄与するフィルタ内の磁場の強さが、残留磁束密度に依存することは、当業者であれば当然に予測し得ることであり、磁性粒子に働く吸引力の観点から、設置間隔Lと残留磁束密度Bとを関連づけることは、引用文献1の記載及び技術常識から当業者が適宜なし得ることである。
・Cについて
(3c)で検討したとおり、フィルタ通過時間は、引用文献1、2及び技術常識からみて当業者が普通に用いる制御パラメータであり、実験によって、公知の制御パラメータの最適な範囲を定めることは、当業者の通常の創意工夫にすぎない。

したがって、請求人の上記主張は採用できない。

4.むすび
以上のとおり、本願発明は、引用文献1、2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、本件出願は拒絶すべきものである。
よって結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-02-05 
結審通知日 2010-02-09 
審決日 2010-03-19 
出願番号 特願2000-268303(P2000-268303)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (B01D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 田口 昌浩  
特許庁審判長 大黒 浩之
特許庁審判官 安齋 美佐子
斉藤 信人
発明の名称 磁気フィルタ装置  
代理人 杉村 興作  
代理人 澤田 達也  
代理人 来間 清志  
代理人 杉村 憲司  

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