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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 G01V
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 G01V
管理番号 1217361
審判番号 不服2008-11941  
総通号数 127 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-07-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-05-09 
確定日 2010-05-26 
事件の表示 特願2005-513422「地震予知方法およびそのシステム」拒絶査定不服審判事件〔平成17年 3月10日国際公開,WO2005/022198〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本件は,平成16年8月18日(優先権主張 平成15年8月27日)を国際出願日とする出願であって,平成19年10月17日付けで拒絶理由が出され,これに対して,同年12月21日付けで意見書と共に手続補正書が提出され,平成20年4月2日付けで拒絶査定がなされ,同年5月9日に拒絶査定不服審判の請求がなされ,同年6月6日付けで手続補正書が提出されたものである。

第2 平成20年6月6日付け手続補正についての却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成20年6月6日付けの手続補正(以下,「本件補正」という。)を却下する。
[理由]
1.本件補正の内容
本件補正は,特許請求の範囲及び発明の詳細な説明を補正するものであって,特許請求の範囲は,次のように補正された。(下線は補正箇所を示す。)
「【請求項1】
観測された磁界から観測地点での磁界ノイズ成分を除去し,前記磁界ノイズ成分が除去された観測地点での磁界方位と真の北の方位とのずれ量を求め,前記磁界ノイズ成分が除去された観測磁界ベクトルと真の北に補正された地磁気ベクトルとのベクトル差により前記地電流誘導磁界ベクトルおよび地電流を推定し,
推定された地電流の分布を分析し,地電流が集中する領域を探して震源域を推定し,
地電流誘導磁界強度の変動を示す曲線関数の遷移ポイントを設定し,岩盤の弾性限界点近傍での地電流誘導磁界強度に基づき地震発生迄の時間を推定し, 地電流誘導磁界強度が到達する最大値により震度を推定し,
前記磁界ノイズ成分は,一定の観測地点で一定期間観測した磁界変化であり,その変動パターンの特徴を分析して磁界ノイズ成分を抽出することにより,除去することを特徴とする地震予知方法。
【請求項2】 前記推定された地電流誘導磁界ベクトルを地図上にプロットし,地磁気に対して異常が認められる地図上のポイントを繋ぎ合わせると共にアンペールの右ねじの法則により前記地電流を推定することを特徴とする請求項1記載の地震予知方法。
【請求項3】
前記推定された地電流を観測地域の地図上にプロットし,前記推定された地電流が集中する領域を前記震源域として推定することを特徴とする請求項1記載の地震予知方法。
【請求項4】
請求項1記載の地震予知方法を使用する地震予知システムであって,
磁力線の方位および強さを示す磁界データを出力する磁力線センサとGPS衛星の電波を受信して位置を示す位置データを出力するGPS位置検出器と前記データを送信するデータ送信器とを搭載した車両や船舶の移動体または携帯電話機と,前記移動体または前記携帯電話機が観測地域内を移動して送信する各地点の前記データを収集して地震予知する地震予知センタとを備えていることを特徴とする地震予知システム。
【請求項5】
前記地震予知センタは,通信網およびアンテナを介して前記移動体または前記携帯電話機から送信されたデータを受信するデータ受信部と,該データ受信部により受信されたデータや地図データを保持蓄積するデータ記憶部と,該データ記憶部に保持蓄積されたデータおよび地図データに基づき地電流誘導磁界を推定する地電流誘導磁界推定部と,推定された前記地電流誘導磁界に基づき地電流を推定する地電流推定部と,前記地電流誘導磁界強度の時間的推移を集計して変動パターンを生成する地電流誘導磁界強度変動パターン生成部と,推定された前記地電流および前記地電流誘導磁界強度の変動パターンを分析して震源域,震度および地震発生時期を推定する地震予知部とを有していることを特徴とする請求項4記載の地震予知システム。
【請求項6】
前記移動体がカーナビゲーションシステムを備えている場合は前記GPS位置検出器に代えて前記カーナビゲーションシステムの位置データを使用することを特徴とする請求項4記載の地震予知システム。
【請求項7】
前記磁力線センサおよび通信機器を観測地域内の予め選定した既存の固定構造物に取付け,前記通信機器は前記磁力線センサの出力する磁界データおよび設置位置を示す情報を既存の通信網を介して前記地震予知センタへ送信することを特徴とする請求項4記載の地震予知システム。
【請求項8】
前記磁力線センサおよびGPS位置検出器を携帯電話機に組込み,自らの通信機能を利用して観測データを前記地震予知センタへ送信することを特徴とする請求項4記載の地震予知システム。
【請求項9】
加速度センサを具備し,該加速度センサが地震動を検知したときに,前記磁界データを送信することを特徴とする請求項7記載の地震予知システム。
【請求項10】
加速度センサを具備し,一定時間以上停止状態であることを前記加速度センサにより検出したときに,前記磁界データを送信することを特徴とする請求項4記載の地震予知システム。
【請求項11】
複数の地点の前記推定された地電流誘導磁界ベクトルからアンペールの右ねじの法則により前記地電流を推定することを特徴とする請求項1記載の地震予知方法。
【請求項12】
ループを形成する複数の地点の前記推定された地電流誘導磁界ベクトルからアンペールの右ねじの法則により前記地電流を推定することを特徴とする請求項11記載の地震予知方法。」
そして,発明の詳細な説明は,かかる特許請求の範囲の補正に伴い,表現を合わせるべく補正されたものである。

本件補正は,補正前の請求項1記載の「観測地域内で観測された磁界の観測磁界ベクトル」とあるのを「観測された磁界から観測地点での磁界ノイズ成分を除去し,前記磁界ノイズ成分が除去された観測地点での磁界方位と真の北の方位とのずれ量を求め,前記磁界ノイズ成分が除去された観測磁界ベクトル」と補正し,さらに「前記磁界ノイズ成分は,一定の観測地点で一定期間観測した磁界変化であり,その変動パターンの特徴を分析して磁界ノイズ成分を抽出することにより,除去する」点を付加したものである。かかる補正事項は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。
また,補正前の請求項2及び補正前の請求項12を削除したものであり,請求項の削除を目的とするものと認められる。
そして,請求項の番号の繰り上げ,引用請求項の関係の整理,発明の詳細な説明の記載の補正は,上記特許請求の範囲の減縮及び請求項の削除に伴う補正と認められる。
よって,本件補正は,平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第1号の請求項の削除及び特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

3.独立特許要件について
そこで,本件補正後の上記請求項1に記載された発明(以下,「補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について,検討する。

(1)特許法第36条第4項第1号違反について
[本願明細書記載の事項]
本願の発明の詳細な説明には,次のように地震の原理及び地電流と地電流誘導磁界の関係が記載されている。
「【0046】
図2は,地震発生前における震源域近辺の地電流モデルを示す図である。
【0047】
ここでは,プレートAとプレートBとが互いぶつかり合う方向に移動して圧迫し合っている。プレートAとプレートBとの境界面の中の局所的に圧力の増大している箇所Cを震源域とする。
【0048】
この震源域Cでは,強大な圧迫力が集中し極めて高圧の状態であり,その圧力はプレートの動きによって次第に高くなっていく。この状態のとき,震源域Cではピエゾ効果による電圧が発生し,岩盤内の電荷が震源域Cに流れ込むことが想定される。
【0049】
岩盤内の電荷の流れ(地電流)は,岩盤中の導電性の良い箇所を辿って各方面から川の様に流れ込むことが想定される。通常,震源域の大部分は地中にあるため,多くの電荷は地中を流れ,地表を流れるケースは少ないものと想定される。
【0050】
震源域Cの岩盤が崩壊する直前では加速度的に地電流が増大し,岩盤崩壊と同時に圧力開放に伴いピエゾ電圧は消失して地電流も瞬時に消失するものと想定される。
【0051】
このように,地震の前兆現象として地電流が発生し変化するので,地電流の向きおよび強さをそれぞれ観測することにより,地震を予知することができる。
【0052】
ところで,地電流は地表を流れないので直接検出することは難しいが,地電流に起因して地上に誘導磁界(地電流誘導磁界)が発生するので,地上の磁界の方位および強さを検出することにより地電流誘導磁界の方位および強さを推定できる。
【0053】
地電流誘導磁界の観測方法として最も簡単な方法は,磁針の示す方位の観測である。磁針が地電流誘導磁界の影響を受けることにより,通常の地磁気による方位とは異なる方位を示すので,地磁気および地電流誘導磁界以外の磁界が存在しない環境であれば,最もコストがかからず簡単に観測できる。
【0054】
第2の方法は,磁力線センサを使用することにより,磁針よりも高精度の観測が可能である。
【0055】
第3の方法は,磁力線センサとGPS位置検出器とを組み合わせることにより,更に高精度化を図ることができる。
【0056】
また,磁針とGPS位置検出とを組み合わせることにより,地震予知に有効なデータが得られる。すなわち,磁針が示す北は真の北とは一致せず,しかも毎年少しずつズレていることはよく知られている。よって,GPS衛星によって真の北を求め,磁針が示す北との差異を常時観測することにより地震予知に有効なデータが得られる。
【0057】
ところで,地電流誘導磁界の観測データの精度を高めるためには,地電流以外の原因で発生する磁界ノイズ成分を観測データから除去しなければならない。
【0058】
地電流以外の原因で発生する主な磁界ノイズとしては,次のようなものがある。
(1)電車の線路に近い観測地点における架線を流れる直流に起因して発生する磁界。この磁界の変化は,電車が近づくにつれて強くなり,離れるに離れるにつれて弱くなる短期的な微変動であるという特徴がある。
(2)太陽活動に伴うデリンジャー現象による地磁気擾乱。短期間に発生消滅する特徴がある。
(3)地下の金属鉱脈により発生する磁界。常に一定レベルであるという特徴がある。
【0059】
このような地電流以外の原因で発生する磁界ノイズ成分を除去するには,一定の観測地点で一定期間磁界を観測し,その変動パターンの特徴を分析して磁界ノイズ成分を抽出することにより,ソフトウエアにより除去できる。
【0060】
図3は地震予知センタ4の地震予知動作を示す図である。
【0061】
まず,地電流誘導磁界推定部43は,観測された磁界データから観測地点での磁界ノイズ成分を除去した後(ステップ101),図4に示したように,磁界ノイズ成分を除去した観測地点での磁界方位と真の北の方位とのずれ量を求め(ステップ102),磁界ノイズ成分を除去した観測磁界N1と真の北に補正された地磁気ベクトルNとのベクトル差により地電流誘導磁界N2を推定する(ステップ103)。そして,図5に示すように地図上にプロットする(ステップ104)。
【0062】
次に地電流推定部44は,図5に示したように,地磁気に対して異常が認められる地図上のポイントを繋ぎ合わせると共に,右ねじの法則により地電流を推定する(ステップ105)。
【0063】
地電流誘導磁界強度変動パターン生成部45は,特定の観測地点における地電流誘導磁界強度の過去のデータを集めて経時変動を示す地電流誘導磁界強度変動パターンを生成する(ステップ106)。
【0064】
地震予知部46は,地電流誘導磁界強度変動パターンおよび地電流推定部44により推定された地電流の分布を分析し,地電流が集中する等の不自然な領域を探して震源域を推定する。また,生成された地電流誘導磁界強度変動パターンを過去の地電流誘導磁界強度変動パターンと比較照合することにより地震発生時期および震度を推定する(ステップ107)。
【0065】
例えば図6に示すように,地電流誘導磁界および地電流が観測地域の地図上にプロットされた場合,震源域は観測地域内の地電流が集中する箇所と推定され,観測領域の浅層直下でマグニチュード大の地震が推定できる。
【0066】
また,図7に示すように,地電流誘導磁界および地電流が観測地域の地図上にプロットされた場合,震源域は観測地域外の近傍の浅層と推定できる。
【0067】
また,図8に示すように,地電流誘導磁界および地電流が観測地域の地図上にプロットされた場合,震源域は観測領域外の遠方の浅層,または近傍の複数の浅層箇所と推定できる。
【0068】
図9は地電流誘導磁界強度の変動パターンの一例を示す図である。ここで,電流誘導磁界強度は相対値である。
【0069】
一般に震源域の岩盤が崩壊する直前の弾性限界点近傍では,ピエゾ電圧の急速な上昇に伴い地電流は急上昇する。そして,塑性変形直前のピエゾ電圧飽和に伴う地電流の停滞が観測された後,岩盤崩壊と同時に圧力開放に伴いピエゾ電圧は消失して地電流も瞬時に消失する。
【0070】
また,地電流の時間的推移は,岩盤塑性とプレート同士の相対ベクトル速度によって一義的に特定され,観測地点から震源域までの距離に無関係であり,地電流誘導磁界は地電流に起因して発生するので,定点観測による地電流誘導磁界強度の時間的推移を観測すれば地電流の時間的推移を推定できる。
【0071】
この場合,特定の同一プレート境界面に発生する震源域周辺の過去の地電流誘導磁界強度変動パターンを蓄積しておけば,震源域の塑性変形(地震発生)直前迄の地電流誘導磁界強度変動パターンを抽出することが可能である。従って,観測中の推定震源域のプレートを特定できれば,過去の地電流誘導磁界強度変動パターンと比較照合することにより,
岩盤塑性変形(地震発生)迄の推定時期および震度を推定できる。
【0072】
また,地電流誘導磁界強度の変動を示す曲線関数の遷移ポイントを設定し,岩盤の弾性限界点近傍での地電流誘導磁界強度に基づき岩盤塑性変形(地震発生)迄の時間を推定できる。また,地電流誘導磁界強度が到達する最大値を推定し,この最大値に応じて等価的に震度を推定できる。」

そして,発明の詳細な説明には,具体的に補正発明を実施したデータは記載されていない。

1)各技術文献記載の事項
平成22年3月10日付けで請求人からファクシミリで提出された「新・地震学セミナーからの学び」(URL:http://www.ailab7.com/tidennryuu.html)なる電子通信回線をとおして公開されている技術文献(以下,「技術文献1」という。),
「活断層における地震予知技術開発のための地電流等観測報告書」,気象庁 地磁気観測所,2002年 3月,URL<http://www.kakioka-jma.go.jp/publ/awj_report/awj_report.html> 第1章 観察の概要[PDFファイル3.5MB](以下,「技術文献2」という。)及び
名古屋大学太陽地球環境研究所,東京大学地震研究所,りくべつ宇宙地球科学館及び豊川市ジオスペース館製作,「地磁気 50のなぜ」,名古屋大学太陽地球環境研究所,東京大学地震研究所及び東京大学地震研究所発行,2006年2月発行,第52?53頁,URL<http://www.stelab.nagoya-u.ac.jp/ste-www1/naze/chijiki/chijiki.pdf> なる電子通信回線をとおして公開されている文書(以下,「技術文献3」という。)
には,下記の事項が記載されている。(下線は,当審にて付記したものである。)
ア.技術文献1に記載の事項
(技術文献1-1)「50大地震に伴う地電流の発生原理
大地震の前にかなり大きな地電流変化があることは事実なようで,ギリシャで採用れているVAN法の根拠にもなっています。日本でも,関東大震災の数時間前に仙台で地電流の変化が観測されたという次のような記事が「地震学百年」に載っています。
「関東地震の後,地震の前兆としての地電流が学会の大きな話題となった時代がある。事の起こりは,東北帝国大学の白鳥勝蔵が仙台市内で地電流の観測をしていたところ,たまたま大正十二年の関東地震の数時間前から大きな地電流変化が現れたのである。このことが報告された結果,地震と地電流の関係が大きくクローズアップされた。」 (参考:セミナー[783])
しかしこの知見は後述するように,なぜかその後の地震研究には生かされてこなかったようです。
ANS観測網ではコンパスの異常を観測する方法を中心にしていますが,なぜコンパスに異常が発生するかというと,大地震の前には上述したように局所的に地電流が流れ,その電流の周囲に磁界が形成されるために,方位磁石に狂いが生じるはずであるというのがその根拠です。」

イ.技術文献2記載の事項
(技術文献2-1)「1.2 VAN法について
以下両者の報告を元に,VAN法を巡る現状を要約する。・・・(中略)・・・複数の地点での地電流観測を行い,地震前兆現象として出現する特有のシグナル(Seismo-Elecric Signal-SES)を捉えて地震予知を行うというものである(Varotsos and Alexopoulos,1984a,b)
観察されるSESは,
1)継続時間数分から数時間の現象
・・・(中略)
5)磁場変動を伴わない。
といった性質を有しており,何地点かのSESの観測により地震の震源地やマグニチュードを地震発生前に推定し事前に地震を予知することができるとされている。」(第1章 観察の概要[PDFファイル3.5MB] 第2頁右欄第25行?末行)

ウ.技術文献3記載の事項
(技術文献3-1)「地震火山と地磁気 37 地震の時に磁場が変化するって本当?
・・・(中略)・・・
38 地磁気の観測で地震を予知できる?
地磁気の観測に限らず,実用的な意味での地震予知を行う方法はまだありません。地震が発生する直前には,震源の断層面にかなりの力がゆっくりと変化すると予想されているので,日本の予知計画では,それに伴うわずかな地盤の変動を検出することが有効とされています。力が地震直前に変化すれば,圧磁力効果*で磁場が変化することも考えられます。しかし,地震発生前の力の変化に比べ,小さく非常にゆっくりしているので,このためか,地震前に磁場の変化が観測されたという報告はほとんどありません。
圧磁力効果以外にも,地震の前に磁場を変化させるメカニズムはいくつか考えられており,さかんに研究が行われています。このような磁場の性質が明らかになれば,これを観測によってとらえる努力をすることにより,原理的には予知が可能であるといえます。しかし,原理的に予知が可能であるとしても,科学的な検証を経て実用化に至るまでには,さらに相当の時間が必要であると思われます。」(第52頁第1行?第53頁本文末行)

2)検討及び判断
補正発明は「観測された磁界から観測地点での磁界ノイズ成分を除去し,前記磁界ノイズ成分が除去された観測地点での磁界方位と真の北の方位とのずれ量を求め,前記磁界ノイズ成分が除去された観測磁界ベクトルと真の北に補正された地磁気ベクトルとのベクトル差により前記地電流誘導磁界ベクトルおよび地電流を推定し」なる特定事項を含む発明である。この特定事項によれば,地震に関連して,磁界が観測され,地電流誘導磁界ベクトルが推定されることが必要とされる。
発明の詳細な説明においては,因果関係が不明な技術事項については,実験的にその因果関係を明らかにするか,又は,理論的にそのメカニズムを明らかにすることが求められるところ,補正発明の原理について,発明の詳細な説明に上記【0048】?【0053】の事項が記載されている。しかしながら,この原理は,想定や仮説を述べただけであり,しかも,発明の詳細な説明及び図面には,何ら補正発明を実施した実測データは記載されていない。

[技術文献1提出の経緯]
そこで,念のため,当審において,平成22年2月9日に請求人に対して,実測データの提出を求めたところ,同年2月17日付けファクシミリで「具体的な実測例はありません」との回答があった。
そこで,請求人に,発明の詳細な説明の裏付けとなるような文献の提出を当審において求めたところ,同年3月10日付けファクシミリで,請求人は,技術文献1を提出した。

[技術文献1を含めた検討及び判断]
しかしながら,技術文献1には,「なぜコンパスに異常が発生するかというと,大地震の前には上述したように局所的に地電流が流れ,その電流の周囲に磁界が形成されるために,方位磁石に狂いが生じるはずであるというのがその根拠です。」(摘記事項(技術文献1-1))と記載されているように,地電流が発生した後に,方位磁石に狂いが生じることを確かめたわけではなく,「方位磁石に狂いが生じるはずである」という推測を述べているにすぎず,発明の詳細な説明の【0052】記載の「ところで,地電流は地表を流れないので直接検出することは難しいが,地電流に起因して地上に誘導磁界(地電流誘導磁界)が発生するので,地上の磁界の方位および強さを検出することにより地電流誘導磁界の方位および強さを推定できる。」ということを直接裏付けるものではない。
また,技術文献1には,「大地震の前にかなり大きな地電流変化があることは事実なようで,ギリシャで採用れているVAN法の根拠にもなっています。」(摘記事項(技術文献1-1))との記載もあり,地震前に地電流の発生が示されれている。しかし,技術文献2に,VAN法においては,磁場変動を伴わない旨が記載されている(摘記事項(技術文献2-1))ように,地電流は発生しても磁場変動を伴わないものである。そうすると,技術文献2記載の事項は,発明の詳細な説明の【0052】に記載されている事項の裏付けとはなり得ない。
そればかりか,技術文献2に記載の事項は,地電流が発生しても,誘導磁界が発生しない,又は,誘導磁界が発生したとしても実質的に誘導磁界を測定できる手段が存在しないことを示唆するもので,上記発明の詳細な説明の【0052】の記載事項と矛盾する事象が記載されている。かように,地震発生及び予知には,未解明な事項が多く,発明の詳細な説明の【0052】に記載の事項に基づく補正発明の原理が裏付けられたとはいえず,発明の詳細な説明に記載された補正発明の原理は,単なる仮説又は想定にすぎない。

さらに,請求人は,審判請求書において「本願発明の観測の主対象信号は,極めて緩慢な地磁気ベクトル値変動であり,その信号は,地震発生の10年以上前から出現し,数日から数十年に渡る周期性の無い長期変動信号であり,VAN法の測定対象信号とは全く異なります。」(平成20年6月6日付け手続補正書第5頁第10?12行)と主張するが,発明の詳細な説明には,測定期間について全く記載されていない。そのような長期の測定期間を前提とするのであれば,その測定期間が記載されてない発明の詳細な説明の記載に基づいて,発明を実施することは困難といわざるをえない。

仮に,補正発明が請求人の主張するような長期の測定期間を前提とし,上記発明の詳細な説明に記載の補正発明の原理が正しく,原理的に予知が可能であるとしても,技術文献3には,「しかし,地震発生前の力の変化に比べ,小さく非常にゆっくりしているので,このためか,地震前に磁場の変化が観測されたという報告はほとんどありません。」(摘記事項(技術文献3-1))と記載されており,本願の国際出願日より後になっても,長期的な磁場変化を観測した報告がほとんどないことが示されている。小さく非常にゆっくりした磁場(当審注:「磁界」ともいう。)の変化は,ノイズに埋まっており,慎重にノイズを除去しないと,目的とする磁界変化を観察することはできない。しかしながら,発明の詳細な説明には,ノイズの種類とその除去手段が簡略に列記されているだけであり,補正発明の特定事項である「観察された磁界から観察地点での磁界ノイズ成分を除去し,前記磁界ノイズ成分が除去された観測地点での磁界方位と真の北の方位とのずれ量を求め,前記磁界ノイズ成分が除去された観測磁界ベクトル」を求めることは,当業者といえども困難である。
よって,具体的なノイズ除去手段の開示を欠く発明の詳細な説明の記載事項に基づき,補正発明を実施することはできない。

3)むすび
補正発明について,本件補正により補正しようとする明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえず,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから,補正発明は特許出願の際独立して特許を受けることができない。
以上のとおり,本件補正は,平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するものであるので,同法159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
1.本願明細書及び図面について
本件補正は,上記のとおり却下されたので,本件出願の各請求項に係る発明は,平成19年12月21日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1乃至14に記載された事項により特定されるものであると認める。そして,本願の発明の詳細な説明及び図面は,願書に最初に添付した明細書の発明の詳細な説明及び図面及び平成19年12月21日付け手続補正書により補正された明細書により特定されるものと認める。
そして,その請求項1及び請求項2は,次のとおりである。(なお,下線は当審にて付記したものである。)
「【請求項1】
観測地域内で観測した磁界の観測磁界ベクトルと地磁気ベクトルとのベクトル差により地電流誘導磁界ベクトルおよび地電流を推定し,推定された地電流の分布を分析し,地電流が集中する領域を探して震源域を推定し,
地電流誘導磁界強度の変動を示す曲線関数の遷移ポイントを設定し,岩盤の弾性限界点近傍での地電流誘導磁界強度に基づき地震発生迄の時間を推定し,地電流誘導磁界強度が到達する最大値により震度を推定することを特徴とする地震予知方法。
【請求項2】
観測された磁界から観測地点での磁界ノイズ成分を除去し,前記磁界ノイズ成分が除去された観測地点での磁界方位と真の北の方位とのずれ量を求め,前記磁界ノイズ成分が除去された観測磁界ベクトルと真の北に補正された地磁気ベクトルとのベクトル差により前記地電流誘導磁界ベクトルを推定することを特徴とする請求項1記載の地震予知方法。」

2.原査定の拒絶理由
平成18年10月3日付けで通知された拒絶理由のうち,拒絶査定の理由となった拒絶理由は次のとおりである。
「 この出願は,発明の詳細な説明の記載が下記の点で,特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。

本願請求項2には,「観測された磁界から観測地点での磁界ノイズ成分を除去し」と記載されており,発明の詳細な説明の【0045】-【0051】にこれらの方法について記載されている。しかし,地電流誘導磁界はどの程度の大きさの磁界が想定され,どのような磁力線センサを用いるのか不明である。また,実際の実施例は何も記載されていない。さらに,ノイズ除去に関しても,具体的な方法や実施例が開示されていない。
引用文献1に開示されるとおり,地電流測定により有意な信号を得るためにはノイズ除去が最大の問題であることが知られているところ,本願の発明の詳細な説明には,このノイズの問題をいかに解決したかについて具体的な記載が無く,このようなノイズ除去手段が周知であるともいえないから,当業者といえども本願発明を実施することができない。
同様の理由は請求項1,3-15にも存在する。
引 用 文 献 等 一 覧
1.長尾年恭,地震予知研究の新展開,近未来社,2001年 2月 9日,第100頁」

3.当審の判断
「観測された磁界から観測地点での磁界ノイズ成分を除去し,前記磁界ノイズ成分が除去された観測地点での磁界方位と真の北の方位とのずれ量を求め,前記磁界ノイズ成分が除去された観測磁界ベクトルと真の北に補正された地磁気ベクトルとのベクトル差により前記地電流誘導磁界ベクトルおよび地電流を推定し」なる補正発明の特定事項は,本願請求項2に係る発明の特定事項にもなっている。
かかる特定事項を含む補正発明は,「第2 平成20年6月6日付け手続補正についての却下の決定 2.独立特許要件について (1)特許法第36条第4項第1号違反について」で述べたとおり,発明の詳細な説明に基づいて実施することができず,発明の詳細な説明の記載は,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
したがって,補正発明と同じ特定事項を含む本願請求項2に係る発明についても同様の理由で,発明の詳細な説明の記載は,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

4.むすび
以上のとおり,本願は,その明細書の発明の詳細な説明の記載が,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから,特許を受けることができない。
したがって,本願は,拒絶すべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-03-24 
結審通知日 2010-03-31 
審決日 2010-04-13 
出願番号 特願2005-513422(P2005-513422)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (G01V)
P 1 8・ 536- Z (G01V)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 田中 洋介田中 秀直  
特許庁審判長 郡山 順
特許庁審判官 後藤 時男
居島 一仁
発明の名称 地震予知方法およびそのシステム  
代理人 緒方 雅昭  
代理人 宮崎 昭夫  
代理人 石橋 政幸  

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