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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H01J
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01J
管理番号 1217772
審判番号 不服2008-7903  
総通号数 127 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-07-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-04-02 
確定日 2010-06-11 
事件の表示 特願2005-504304「冷極電子源と、これを用いたマイクロ波管及びその製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成16年10月14日国際公開、WO2004/088703〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、2004年3月26日(優先権主張2003年3月28日、日本国)を国際出願日とする出願であって、平成20年2月1日付け手続補正を平成20年2月22日付けで補正却下の決定をするとともに同日付(送達日:平成20年3月4日)で拒絶査定がなされ、これに対し平成20年4月2日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに、同年4月25日付けで手続補正がなされたものである。

2.補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成20年4月25日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
(1) 補正の内容
本件補正は、特許請求の範囲の請求項1を、補正前の、
「【請求項1】
ダイヤモンドで構成され、表面に複数の微細な突起状エミッタを有する平板状のカソード電極と、
前記カソード電極表面上の前記エミッタ周囲に積層された絶縁層と、
前記絶縁層上に積層されたゲート電極とを有し、
前記カソード電極のエミッタから外部に放出される電子の量を、前記ゲート電極の印加電圧を制御することにより調整する冷陰極電子源であって、
前記エミッタは、
前記カソード電極表面との固定端側に形成された略円筒形状の非先鋭化部分と、当該非先鋭化部よりも先端側に形成された略円錐形状の先鋭化部分とを有し、
前記先鋭化部分の高さをH、前記先鋭化部分の底面の径をLとしたときに、
R=H/L
であらわされるアスペクト比が4以上であり、
前記絶縁層及び前記ゲート電極は、前記エミッタの前記非先鋭化部分の径より大きい径の電子放出孔を有しており、
前記エミッタは、前記絶縁層及び前記ゲート電極と接しないように前記電子放出孔の内部に配置されていることを特徴とする冷陰極電子源。」
から、補正後の、
「【請求項1】
ダイヤモンドで構成され、表面に複数の微細な突起状エミッタを有する平板状のカソード電極と、
前記カソード電極表面上の前記エミッタ周囲に積層された絶縁層と、
前記絶縁層上に積層されたゲート電極とを有し、
前記カソード電極のエミッタから外部に放出される電子の量を、前記ゲート電極の印加電圧を制御することにより調整する冷陰極電子源であって、
前記エミッタは、
前記カソード電極表面との固定端側に形成された略円筒形状の非先鋭化部分と、当該非先鋭化部よりも先端側に形成された略円錐形状の先鋭化部分とを有し、
前記先鋭化部分の高さをH、前記先鋭化部分の底面の径をLとしたときに、前記非先鋭化部分の径は前記Lに等しく、
R=H/L
であらわされるアスペクト比が4以上であり、
前記絶縁層及び前記ゲート電極は、前記エミッタの最大径より大きい径の電子放出孔を有しており、
前記エミッタは、前記絶縁層及び前記ゲート電極と接しないように前記電子放出孔の内部に配置されていることを特徴とする冷陰極電子源。」
に補正する事項を含むものである。

(2)補正の適否
上記の補正内容は、請求項1に係る発明特定事項である、(ア)「エミッタ」の「非先鋭化部分の径」を先鋭化部分の底面の径「L」に「等しく」するものに限定し(以下、「補正事項1」という。)、また、(イ)「絶縁層」及び「ゲート電極」が有する「電子放出孔」の径を「エミッタの前記非先鋭化部分の径より大きい径」から「エミッタの最大径より大きい径」に限定する補正事項(以下、「補正事項2」という。)である。

上記補正事項1は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号に規定された、特許請求の範囲の減縮を目的とする補正に該当する。
また、上記補正事項2は、同第17条の2第4項第4号に規定された明りょうでない記載の釈明を目的とする補正に該当する。

そこで、本件補正後の請求項1に記載された事項により特定される発明(以下、「本件補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項で準用する特許法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

(3) 刊行物記載の発明
(ア)引用例1
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の優先日前に頒布された刊行物である、Yutaka Ando et al.,「Fabrication of Diamond Emitter Tips by Reactive Ion Etching」,New Diamond and Frontier Carbon Technology,Japan, MYU K.K.,2002年(国立国会図書館受入日平成14年5月28日),Vol.12, No.3,p.137-140(以下、「引用例1」という。)の第137頁8行-15及び第138頁37行-第139頁23行、及びFig5.の説明文には、それぞれ下記の(A)及び(B)の事項が記載されている。
なお、当審は刊行物について国立国会図書館にて所蔵の原本確認を行った。

(A)Microfabrication of diamond is one of the most important techniques in fabricating various types of electronic and micro-electromechanical devices. In particular, the negative electron affinity (NEA) with hydrogenated surfaces, as well as other unique properties such as high thermal conductivity, high hardness, and chemical inertness, makes diamond a useful candidate for a cold cathode material. To reduce the threshold electric voltage for field emission of electrons, the fabrication of sharp tips is required, because the actual electron emission from the diamond we prepared does not solely originate in the NEA property. So far, several studies have been reported on the fabrication of diamond emitter structures.」
(当審訳:ダイヤモンドの微細加工は様々な種類のエレクトロニクス及びマイクロエレクトロニクスのデバイスを製造するのに重要な技術の一つである。高い熱伝導性、高い硬度、化学的不活性のような他の独特の性質と共に、特に表面が水素化された場合の負の電子親和力によりダイヤモンドは冷陰極材料の候補として有用である。実際のダイヤモンドからの電界放出は負の電子親和力というダイヤモンドの性質のみによるのではないため、電界放出が発生する電圧の閾値を下げるために、先鋭化された先端部を作ることが必要である。これまでに、ダイヤモンドエミッタ構造の製造について、いくつかの報告がなされている。)

(B)「Figure 2 shows a micorcylindrical array of diamond fabricated using the CF_(4)/O_(2) plasma. The etching conditions, i.e., the CF_(4)/O_(2) ratio, the total gas pressure, and the RF power, were 2%, 2 Pa, and 200 W, respectively. The microcylinders are approximately 5μm high and 1μm thick, and have a density of 4 x 10^(6) /cm^(2).
Figures 3(a) and 3(b) shows typical examples of diamond microcylinders, and Figs.3(c) and 3(d) show sharpened tips, all observed by SEM. Figures 3(a) and 3(c) show as-etched diamond structures, while Figs.3(b) and 3(d) are corresponding structures that have been treated with HF after etching to remove Al masks. It was found that the shapes of the cylinders were markedly modified by the HF treatment. The diamond microcylinders shown in Fig. 3(a) were fabricated under the following conditions: RF power of 200 W, CF_(4)/O_(2) ratio of 2%, and gas pressure of 2 Pa. The sharp tips of single-crystal diamond in Fig. 3(c) were fabricated under the same etching conditions, but the etching time t_(e) and Al mask thickness T_(m) were different, i.e., t_(e)=1h and T_(m)=2μm for 3(a), and t_(e)=1.25h and T_(m)=0.5μm for 3(c). It was found that either a longer etching time or thinner Al masks resulted in the etching of Al masks, which led to a sharpening of the top portions of the diamond cylinders. Schematic diagrams of the microfabrication process for the diamond microcylinders and sharpened tips are shown in Fig.4. Diagrams 4(b), 4(e), 4(d) and 4(f) correspond to Figs.3(a), 3(b), 3(c) and 3(d), respectively. A similar etching mechanism for a silicon oxide mask on diamond is discussed in ref. 2.
Figure 5 shows a SEM micrograph of a sharp tip array of single-crystal diamond. Inset (a) shows a magnified view of one of the emitters. As shown in inset (b), the radius of curvature of the tip was less than 10 nm.
Field emission from the emitter tips fabricated on a B-doped single-crystal diamond was measured using a planar-diode I-V system. The specimen was treated in HF acid after the RIE process. The threshold voltage for field emission at 2.5 x 10^(-6) A/cm^(2) was approximately 9.5 V/μm, and the emission current was 10^(-3) A/cm^(2) at 14V/μm. Field emission could not be measured up to 30 V/μm for the specimen without tips. These results indicate that the formation of sharp emitter tips on diamond significantly increases the emission efficiency of electrons. It is expected that the threshold voltage and the emission current will be further improved if the device structure can be optimized.」
(当審訳:図2は、CF_(4)/O_(2)プラズマを使用して製造されたダイヤモンドのマイクロシリンダーの配列を示す。エッチング条件、つまり、CF_(4)/O_(2)の比率、全体のガス圧力およびRFパワーは、それぞれ2%、2Paおよび200Wであった。マイクロシリンダーはおよそ5μmの高さと1μmの幅をもち、密度は4×10^(6)/cm^(2)である。
図3(a)および3(b)は、ダイヤモンドのマイクロシリンダーの代表例を示し、図3(c)と3(d)は鋭くなった先端を示す(すべてSEMによって観察されたもの)。図3(a)および3(c)はエッチングされたままのダイヤモンドの構造を示し、一方、図3(b)および3(d)はAlマスクを取り除くためにエッチングした後、フッ化水素を用いた処理が行われた、対応する構造である。フッ化水素を用いた処理により、シリンダーの形状が著しく整えられたことが判明した。図3(a)に示されるダイヤモンドのマイクロシリンダーは、次の条件の下で製造された。すなわち、200WのRFパワー、2%のCF_(4)/O_(2)比率、そして2Paのガス圧力である。図3(c)の単結晶ダイヤモンドの先鋭化された先端部は同じエッチング条件の下で製造されたが、エッチング時間t_(e)およびAlマスクの厚さT_(m)が異なっており、図3(a)のものではt_(e)=1hおよびT_(m)=2μmであるのに対して、図3(c)のものではt_(e)=1.25hおよびT_(m)=0.5μmである。より長いエッチング時間あるいはより薄いAlマスクのいずれかが、Alマスクのエッチングをもたらし、ダイヤモンドのシリンダーの頂部を先鋭化することが判明した。図4にダイヤモンドのマイクロシリンダーと先鋭化した先端部の微細加工のプロセスを示す。図4(b)、4(e)、4(d)および4(f)は、それぞれ図3 (a)、3(b)、3(c)および3(d)に対応する。ダイヤモンド上の酸化シリコンマスクを用いた場合における類似のエッチング機構は、参考文献2において議論されている。
図5は、先鋭化された単結晶ダイヤモンドの先端部の配列のSEM顕微鏡写真図を示す。挿入図(a)は、エミッタのうちの1つを拡大して示したものである。挿入図(b)で示されるように、先端の曲率半径は10nm未満である。
ホウ素でドープされた単結晶ダイヤモンドに形成されたエミッタの先端部からの電界放出が、平面ダイオード電流-電圧システムを用いて測定された。試験体はRIEプロセスを行った後にフッ化水素酸中で処理がされた。2.5×10^(-6) A/cm^(2)のとき電界放出するための電圧の閾値は、およそ9.5V/μmであり、また、放出した電流は14V/μmで10^(-3)A/cm^(2)であった。先端部がないエミッタでは、30V/μmまで電界放出が検出できなかった。これらの結果は、ダイヤモンドの上に先鋭化したエミッタの先端部を設けることが、電子放出の効率を著しく増加させることを示す。装置が最適化できれば、電圧の閾値と放出電流がさらに改善されることが期待される。)

(C)Fig 5. (right) Emitter tip array of single-crystal diamond fabricated by RIE. Inset (a) shows a magnified view, and inset (b) shows a top portion of the tip.
(当審訳:Fig5.(右)RIEで製造された単結晶ダイヤモンドからなるエミッタ先端部の配列。挿入図(a)は拡大したもの、挿入図(b)は先端部の頂部を示す。)

引用例1の上記記載及び図面から、下記の(a)?(d)の事項を読み取ることができる。

(a)上記記載(A)において、ダイヤモンドが冷陰極材料として用いられること、及び、電子の電界放出を行うために備えるダイヤモンドの具体的な様態として「先鋭化された先端部を作る」ことが記載されており、引用例1の「エミッタ」は「電界放出」が発生する「冷陰極」であることが読み取れる。
また、所定の厚さと面積を有するダイヤモンドにエミッタとして電界放出を起こさせるための部位を形成するにあたり、例えば特開2000-348601号公報に示されているように、ダイヤモンド自体をカソード電極と称し電圧を印加する場合や、特開2002-75171号公報のごとくダイヤモンドとは別体の電極を設けてダイヤモンドに電圧を印加する場合があるが、いずれの場合においてもエミッタを形成したダイヤモンドにおけるエミッタ以外の部分(以下、「ダイヤモンドの基部」という。)に負の電圧を印加し、当該ダイヤモンドの基部が陰極として機能するものである。

これらのことからみて、引用例1には、エミッタを形成したダイヤモンドの基部に電圧を印加する旨直接的には記載されていないものの、引用例1にはダイヤモンドのエミッタ部分に異なる方法により電圧を印加することにつき記載がないことからみても、当該ダイヤモンドの基部が陰極となると解するのが自然である。

(b)Fig5.のSEM顕微鏡写真を掲載した図面のエミッタは、上記記載(B)のものと同じプロセスで製造されたものと文理上解されるが、上記記載(C) の「単結晶ダイヤモンドからなるエミッタ先端部の配列」という記載も同様である。
また、当該記載、上記記載(B)の「ダイヤモンドのマイクロシリンダーと先鋭化した先端部」という記載、上記記載(B)の「ダイヤモンドのシリンダーの頂部を先鋭化する」という記載及びFig4.の記載からみて、頂部が先鋭化されたマイクロシリンダーからなるエミッタが複数、ダイヤモンドの基部の表面に設けられていると解される。

(c)Fig3.(d)のSEM顕微鏡写真を掲載した図面には、ダイヤモンド単結晶ダイヤモンドのマイクロシリンダーの頂部を先鋭化し先端部を形成したエミッタが記載されている。
当該エミッタは、先鋭化のためのエッチングの影響を受けていない略円柱形状の「マイクロシリンダー部分」と、これに連なるエッチングによりマイクロシリンダー部分より径が小さくなった「先鋭化した先端部」とからなっている。

一方、上記記載(B)において、ホウ素でドープされた単結晶ダイヤモンドを用い、「200WのRFパワー」、「2%のCF_(4)/O_(2)比率」、「2Paのガス圧力」、Alマスクの厚さ「T_(m)=0.5μm」という条件でエッチングを施し、Fig3.(c)のエミッタが形成されていることが開示されている。

これに対して、本願の発明の詳細な説明には実施例1に関して、ホウ素をドープしたダイヤモンドに対して、「高周波電力200W」、「CF_(4)とO_(2)ガスとの流量比1:100」、「ガス圧力2Pa」、Alマスクの膜厚が「0.5μm」という条件でエッチングを施すことが記載されており(段落【0076】-【0078】)、この条件は引用例1の上記記載(B)に示された条件とほぼ同じ条件であり、その結果得られるエミッタは先鋭化部分が「略円錐形状」をなし、かつ、先鋭化部分の底面の径と非先鋭化部分の径が等しいものとなっている。

してみると、上記記載(B)におけるダイヤモンドをエッチングしエミッタを形成するための条件は、本願の発明の詳細な説明における記載のものとほぼ同じであるから、該条件でエッチングを施した引用例1記載のエミッタは本願の実施例1に示されたエミッタと同様に、エミッタの「先鋭化した先端部」が「略円錐形状」をなし、かつ、「先鋭化した先端部」の「マイクロシリンダー部分に連続的に連なる部分」の幅と「マイクロシリンダー部分」の頂部の幅とは、連続的に連なっているが故に一致し、互いに等しいものとなると解するのが自然であるが、このことは引用例1のFig3.(c)及び(d)のSEM顕微鏡写真からみても明らかである。

さらに、Fig3.(d)のSEM顕微鏡写真を掲載した図面からみて、前記マイクロシリンダー部分は、エミッタにおける前記ダイヤモンドの基部側に形成されていること、先鋭化した先端部分がマイクロシリンダー部分の頂部側に形成されていることは明らかである。

(d) Fig3.(d)のSEM顕微鏡写真を掲載した図面からみて、先鋭化した先端部がマイクロシリンダー部分に固定される部位の幅と、先鋭化した先端部の底面(=マイクロシリンダー部分の頂部)から当該先端部の頂部までの長さの比が、おおよそ0.4:1.7である。

以上の記載及び上記(a)?(d)を勘案すると、引用例1には、
「表面に複数の頂部が先鋭化されたマイクロシリンダーからなるエミッタが設けられている陰極となるダイヤモンドの基部を有し、
前記エミッタは、
該エミッタにおけるダイヤモンドの基部側に形成されたマイクロシリンダー部分と、当該マイクロシリンダー部分の頂部側に形成された略円錐形状の先鋭化した先端部とを有し、
前記先鋭化した先端部がマイクロシリンダー部分に連続的に連なる部分の幅とマイクロシリンダー部分の頂部の幅とが等しく、
先鋭化した先端部がマイクロシリンダーに連なる部分から当該先端部の頂部までの長さと、前記先鋭化した先端部がマイクロシリンダー部分に連なる部位の幅との比が、おおよそ1.7:0.4である先端部から電界放出するエミッタからなる冷陰極。」(以下、「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。

(イ)引用例2
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の優先日前に頒布された刊行物である、特開平6-342633号公報(以下、「引用例2」という。)には、図面とともに下記の記載がある。

(a)「【0003】
【従来の技術】図5は、従来の真空封止電界放出陰極装置の構成説明図である。この図において、31は半導体基板、32は針状電界放出陰極、33は絶縁体、34はゲート電極である。
【0004】従来の真空封止電界放出陰極装置は、例えば、マイクロ波真空管に用いられる場合、この図に示されているように、多数の針状電子放出陰極32を有する半導体基板31の上に、この針状電子放出陰極32を取り囲む開口を有する絶縁体33を配置し、この絶縁体33の上に、針状電子放出陰極32の先端に近接する開口を有するゲート電極34を配置して構成し、このゲート電極34と半導体基板31の間に、ゲート電極34が正になるように電圧を印加して、針状電子放出陰極32の先端に生じる高電界によって電子を放出させるようになっている。」

(b)「【0009】図7は、従来の真空封止電界放出陰極装置の封止構造説明図であり、(A)はゲート電極引出し方向の断面を示し、(B)はゲート電極引出し方向と直交する方向の断面を示している。この図において、51はシリコン基板、52は針状電子放出陰極、53は絶縁層、54はゲート電極、55は透明容器、56は蛍光体である。
【0010】この従来の電界放出陰極を用いたフラットパネル表示装置においては、針状電子放出陰極52を有するシリコン基板51の上に、絶縁層53を形成し、その上に、針状電子放出陰極52の先端を取り囲む開口を有するストライプ状のゲート電極54を形成し、シリコン基板51の針状電子放出陰極52のマトリクスまたはアレイの周囲の表面上に、蛍光体56を有する透明容器55を低融点ガラス等を用いて接着して真空封止している。」

上記記載(a)における「ゲート電極34」は、当該電極が「正になるように電圧を印加して、針状電子放出陰極32の先端に生じる高電界によって電子を放出させる」ものであるが、ゲート電極が電子を放出させるための働きを有するのに留まらず、電界放出による冷陰極のゲートに印加する電圧を制御して、電子放出陰極から放出される電子の量を調整することは当業者にとって明らかな技術的事項である。
一方、上記記載(b)における「ゲート電極54」も、同様の機能を有することは明らかである。

また、上記記載(b)において絶縁層53およびゲート電極54に設ける開口に係り、「絶縁層53を形成し、その上に、針状電子放出陰極52の先端を取り囲む開口を有するストライプ状のゲート電極54を形成」するとあるが、図7の記載からみて絶縁層53についても上記記載(a)の絶縁体33の場合と同様に、針状電子放出陰極52を取り囲む開口を有するものと解される。

さらに、絶縁層53及びゲート電極54に設けた開口は針状電子放出陰極52を「取り囲」むように形成されているものであり、図7の記載からみて針状電子放出陰極52のいずれの箇所においても、絶縁体53及び前記ゲート電極54の開口の口径が前記針状電子放出陰極52の最大径より大きいものと認められ、かつ、針状電子放出陰極52は前記絶縁層53及び前記ゲート電極54のいずれとも接しないように、絶縁体53及び前記ゲート電極54の開口の内部に配置されているものと認められる。

以上を勘案すると、引用例2には、
「針状電子放出陰極52を有する基板51と、
前記基板51の上に形成され、針状電子放出陰極52を取り囲む開口を有する絶縁層53と、
前記絶縁層53の上に配置されたゲート電極54とを有し、
針状電子放出陰極52から外部に放出される電子の量を、前記ゲート電極54の印加電圧を制御することにより調整する真空封止電界放出陰極装置であって、
前記絶縁体53及び前記ゲート電極54は、前記針状電子放出陰極52の最大径より大きい口径の開口を有しており、
前記針状電子放出陰極52は、前記絶縁層53及び前記ゲート電極54と接しないように前記開口の内部に配置されていることを特徴とする真空封止電界放出陰極装置。」(以下、「引用発明2」という。)が記載されていると認められる。

(4)対比
そこで、本願補正発明と引用発明1とを対比すると、
引用発明1の「表面に複数の頂部が先鋭化されたマイクロシリンダーからなるエミッタ」、「陰極となるダイヤモンドの基部」、「マイクロシリンダー部分」、「略円錐形状の先鋭化した先端部」、「先鋭化した先端部がマイクロシリンダーに連続的に連なる部分から当該先端部の頂部までの長さ」、「前記先鋭化した先端部がマイクロシリンダー部分に連続的に連なる部位の幅」、「前記先鋭化した先端部がマイクロシリンダー部分に連続的に連なる部分の幅とマイクロシリンダー部分の頂部の幅とが等しく」、「比が、おおよそ1.7:0.4である」、「先端部から電界放出するエミッタからなる冷陰極」は、
それぞれ本願補正発明の「表面に複数の微細な突起状エミッタ」、「平板状のカソード電極」、「略円筒形状の非先鋭化部分」、「略円錐形状の先鋭化部分」、「前記先鋭化部分の高さ」、「前記先鋭化部分の底面の径」、「前記非先鋭化部分の径は前記Lに等しく」、「R=H/Lであらわされるアスペクト比が4以上であり」、「冷陰極電子源」に相当している。

したがって、本願補正発明と引用発明1とは、
「ダイヤモンドで構成され、表面に複数の微細な突起状エミッタを有する平板状のカソード電極を有し、
前記エミッタは、
前記カソード電極表面との固定端側に形成された略円筒形状の非先鋭化部分と、当該非先鋭化部よりも先端側に形成された略円錐形状の先鋭化部分とを有し、
前記先鋭化部分の高さをH、前記先鋭化部分の底面の径をLとしたときに、前記非先鋭化部分の径は前記Lに等しく、
R=H/L
であらわされるアスペクト比が4以上である冷陰極電子源。」である点において一致し、本願補正発明は下記の技術事項を備えるのに対して、引用発明1では当該技術事項を備えることが明らかでない点において相違する。

(相違点)カソード電極表面上のエミッタ周囲に積層された絶縁層と、前記絶縁層上に積層されたゲート電極とを有し、前記カソード電極のエミッタから外部に放出される電子の量を、前記ゲート電極の印加電圧を制御することにより調整する冷陰極電子源であって、
前記絶縁層及び前記ゲート電極は、エミッタの最大径より大きい径の電子放出孔を有しており、前記エミッタは、前記絶縁層及び前記ゲート電極と接しないように前記電子放出孔の内部に配置されている点。

(5)判断
引用発明2の「針状電子放出陰極52」、「基板51」、「前記基板51の上に形成され、針状電子放出陰極52を取り囲む開口を有する絶縁層53」、「前記絶縁層53の上に配置されたゲート電極54」、「前記絶縁体53及び前記ゲート電極54は、前記針状電子放出陰極52の最大径より大きい口径の開口を有しており」、「前記針状電子放出陰極52は、前記絶縁層53及び前記ゲート電極54と接しないように前記開口の内部に配置されている」は、
それぞれ本願補正発明の「微細な突起状エミッタ」、「平板状のカソード電極」、「前記カソード電極表面上の前記エミッタ周囲に積層された絶縁層」、「前記絶縁層上に積層されたゲート電極」、「前記絶縁層及び前記ゲート電極は、前記エミッタの最大径より大きい径の電子放出孔を有しており」、「前記エミッタは、前記絶縁層及び前記ゲート電極と接しないように前記電子放出孔の内部に配置されている」に相当している。
また、引用発明2の「真空封止電界放出陰極装置」は、「針状電子放出陰極52」から電子を放出させる電子源であり、かつ、一般に電界放出を利用した電子源は「冷陰極」に分類されるものであるから、本願補正発明の「冷陰極電子源」に相当する。

したがって引用発明2は、本願補正発明と引用発明1との相違点として挙げた構成を備えるものである。

ところで、冷陰極からの放出電子は実用上何らかの方法によりその放出量を制御する必要があり、その制御のためにエミッタ周囲に絶縁層を介してゲート電極を設け、当該ゲート電極に印加する電圧を変化させることは、通常行われていることである(例えば、引用例2及び2.(3)(ア)の項目(a)にも示した文献である特開2000-348601号公報等参照)。

そうしてみると、引用例1には、絶縁層及びゲート電極に係る記載がないとはいえ、引用発明1の電界放出エミッタからなる冷陰極による電子放出を行うに際して、ダイヤモンドの基部の上のエミッタ周囲に絶縁層及びゲート電極を積層し電子の放出量を制御することは当業者が当然想起することといえ、このことは引用発明1の電界放出エミッタからなる冷陰極を引用発明2の絶縁層53及びゲート電極54を備えたものとする動機付けとなり、したがって、引用発明1の電界放出エミッタからなる冷陰極に対して、引用発明2の絶縁層53及びゲート電極54を適用し本願補正発明の構成を得ることは、当業者が容易に想到しえることといえる。

また、引用発明1のエミッタに絶縁層及びゲート電極を設けるにあたり、引用発明2の構成を適用することを妨げる、特段の事情も認められない。

そして、本願補正発明の作用効果も、引用発明1及び2から当業者が予測できる範囲のものである。

したがって、本願補正発明は、引用発明1及び2に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

なお、審判請求人は、平成20年4月25日付け審判請求書の補正において、本願補正発明のエミッタは、引用例1(同手続補正における「引用文献2」に対応)に記載された「ろうそく型のエミッタ」とは異なる旨主張しているが、上記2.(3)(ア)の項目(c)に示したとおり、引用例1に記載されているエミッタは、その「先鋭化した先端部」の「マイクロシリンダー部分に連続的に連なる部分」の幅と「マイクロシリンダー部分」の幅とが、連続的に連なっているが故に一致し、互いに等しいものであるから、本願補正発明における「先鋭化した先端部の底面の径がマイクロシリンダー部分の径に略等しい」ものであるから、当該主張は当を得ていないといえる。

さらに、平成20年5月26日付けの前置報告書における引用例1の記載に係り、「本願の製造方法で得られるエミッタの非先鋭化部分の径が先鋭化部分の底面の径Lに等しいのであれば、同様の製造方法で製造される引用文献1,2のエミッタでも同様に等しいものと認められる。」とあるが、上記の引用例1におけるダイヤモンドエミッタの製造方法に係る記載においても、ダイヤモンドに対してCF_(4)とO_(2)ガスを用いてRIEを施すに際し、本願明細書中に開示されるものと類似の条件下で行っていることは、上記2.(3)(ア)の項目(c)に示したとおりであり、そのことからも当該内容が裏付けられる。

(6)むすび
以上のとおり、本件補正は、法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項で準用される同法第126条第5項の規定に違反するものであるから、同法第159条第1項で読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

3.本願発明
平成20年4月25日付けの手続補正は上記のとおり却下され、また、平成20年2月1日付けの手続補正は審査手続において却下されているので、本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、平成19年11月5日付け手続補正によって補正された特許請求の範囲、明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。

「ダイヤモンドで構成され、表面に複数の微細な突起状エミッタを有する平板状のカソード電極と、
前記カソード電極表面上の前記エミッタ周囲に積層された絶縁層と、
前記絶縁層上に積層されたゲート電極とを有し、
前記カソード電極のエミッタから外部に放出される電子の量を、前記ゲート電極の印加電圧を制御することにより調整する冷陰極電子源であって、
前記エミッタは、
前記カソード電極表面との固定端側に形成された略円筒形状の非先鋭化部分と、当該非先鋭化部よりも先端側に形成された略円錐形状の先鋭化部分とを有し、
前記先鋭化部分の高さをH、前記先鋭化部分の底面の径をLとしたときに、
R=H/L
であらわされるアスペクト比が4以上であり、
前記絶縁層及び前記ゲート電極は、前記エミッタの前記非先鋭化部分の径より大きい径の電子放出孔を有しており、
前記エミッタは、前記絶縁層及び前記ゲート電極と接しないように前記電子放出孔の内部に配置されていることを特徴とする冷陰極電子源。」

4.引用例
原査定の拒絶の理由に引用された引用例、及びその記載事項は前記「2.(3)」に記載されたとおりである。

5.対比
そこで、本願発明と引用発明1とを対比すると、
引用発明1の「ダイヤモンド」、「表面に複数の頂部が先鋭化されたマイクロシリンダーからなるエミッタ」、「陰極となるダイヤモンドの基部」、「マイクロシリンダー部分」、「略円錐形状の先鋭化した先端部」、「先鋭化した先端部がマイクロシリンダーに連続的に連なる部分から当該先端部の頂部までの長さ」、「前記先鋭化した先端部がマイクロシリンダー部分に連続的に連なる部位の幅」、「前記先鋭化した先端部がマイクロシリンダー部分に連続的に連なる部分の幅とマイクロシリンダー部分の頂部の幅とが等しく」、「比が、おおよそ1.7:0.4である」、「先端部から電界放出するエミッタからなる冷陰極」は、
それぞれ本願発明の「ダイヤモンドで構成され」、「表面に複数の微細な突起状エミッタ」、「平板状のカソード電極」、「略円筒形状の非先鋭化部分」、「略円錐形状の先鋭化部分」、「前記先鋭化部分の高さ」、「前記先鋭化部分の底面の径」、「前記非先鋭化部分の径は前記Lに等しく」、「R=H/Lであらわされるアスペクト比が4以上であり」、「冷陰極電子源」に相当している。

したがって、本願発明と引用発明1とは、
「ダイヤモンドで構成され、表面に複数の微細な突起状エミッタを有する平板状のカソード電極を有し、
前記エミッタは、
前記カソード電極表面との固定端側に形成された略円筒形状の非先鋭化部分と、当該非先鋭化部よりも先端側に形成された略円錐形状の先鋭化部分とを有し、
前記先鋭化部分の高さをH、前記先鋭化部分の底面の径をLとしたときに、
R=H/L
であらわされるアスペクト比が4以上である冷陰極電子源。」である点において一致し、本願発明は下記の技術事項を備えるのに対して、引用発明1では当該技術事項を備えることが明らかでない点において相違する。

(相違点)カソード電極表面上のエミッタ周囲に積層された絶縁層と、前記絶縁層上に積層されたゲート電極とを有し、前記カソード電極のエミッタから外部に放出される電子の量を、前記ゲート電極の印加電圧を制御することにより調整する冷陰極電子源であって、
前記絶縁層及び前記ゲート電極は、前記エミッタの前記非先鋭化部分の径より大きい径の電子放出孔を有しており、前記エミッタは、前記絶縁層及び前記ゲート電極と接しないように前記電子放出孔の内部に配置されている点。

6.判断
引用発明2の「針状電子放出陰極52」、「基板51」、「前記基板51の上に形成され、針状電子放出陰極52を取り囲む開口を有する絶縁層53」、「前記絶縁層53の上に配置されたゲート電極54」、「前記針状電子放出陰極52は、前記絶縁層53及び前記ゲート電極54と接しないように前記開口の内部に配置されている」は、
それぞれ本願発明の「微細な突起状エミッタ」、「平板状のカソード電極」、「前記カソード電極表面上の前記エミッタ周囲に積層された絶縁層」、「前記絶縁層上に積層されたゲート電極」、「前記エミッタは、前記絶縁層及び前記ゲート電極と接しないように前記電子放出孔の内部に配置されている」に相当している。
さらに、引用発明2の「真空封止電界放出陰極装置」は、「針状電子放出陰極52」から電子を放出させる電子源であり、かつ、一般に電界放出を利用した電子源は「冷陰極」に分類されるものであるから、本願発明の「冷陰極電子源」に相当する。

したがって引用発明2は、本願発明と引用発明1との相違点として挙げた構成を備えるものである。

ところで、冷陰極からの放出電子は実用上何らかの方法により制御する手段を設ける必要があること、また、通常絶縁層を介してゲート電極を設け、当該ゲート電極に印加する電圧を変化させることにより実現することは、当業者にとって明らかなことである(例えば、引用例2及び2.(3)(ア)の項目(a)にも示した文献である、特開2000-348601号公報等参照)。

そうしてみると、引用例1には、絶縁層及びゲート電極に係る記載がないとはいえ、引用発明1の電界放出エミッタからなる冷陰極による電子放出を行うに際して、絶縁層及びゲート電極を設けてなすことは当業者が当然想起することといえ、このことは引用発明1の電界放出エミッタからなる冷陰極を引用発明2の絶縁層53及びゲート電極54を備えたものとする動機付けとなり、これを妨げる特段の事情も認められない。

したがって、引用発明1の電界放出エミッタからなる冷陰極に対して、引用発明2の絶縁層53及びゲート電極54を適用することは当業者が容易に想到しえるものといえる。

さらに、引用発明2において「前記絶縁体53及び前記ゲート電極54は、前記針状電子放出陰極52の最大径より大きい口径の開口を有して」いるので、必然的に針状電子放出陰極52のいずれの箇所よりも大きい口径の開口を有することとなるが、前記針状電子放出陰極52が、前記絶縁層53及び前記ゲート電極54と接しないように前記開口の内部に配置する以上、引用発明1の構成に引用発明2の構成を組み合わせるにあたっても、エミッタの特定部分の径よりも大きい口径の開口を設けることは、当業者が当然なすことと解され、引用発明1の「マイクロシリンダー部分」の径より大きい径の開口を前記絶縁層53及び前記ゲート電極54に設けるようになすことは、容易に想到し得ることといえる。

そして、本願発明の作用効果も、引用発明1及び2から当業者が予測できる範囲のものである。

7.むすび
以上のとおり、本願発明は、引用例1及び2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-03-02 
結審通知日 2010-03-23 
審決日 2010-04-06 
出願番号 特願2005-504304(P2005-504304)
審決分類 P 1 8・ 575- Z (H01J)
P 1 8・ 121- Z (H01J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 波多江 進  
特許庁審判長 江塚 政弘
特許庁審判官 下中 義之
古屋野 浩志
発明の名称 冷極電子源と、これを用いたマイクロ波管及びその製造方法  
代理人 二島 英明  
代理人 中野 稔  
代理人 山口 幹雄  

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