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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 F16J
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16J
管理番号 1217781
審判番号 不服2009-10901  
総通号数 127 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-07-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-06-10 
確定日 2010-06-11 
事件の表示 特願2006-158503「ピストンシール部材及び該ピストンシール部材を用いたディスクブレーキ」拒絶査定不服審判事件〔平成19年 3月 8日出願公開、特開2007- 57092〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成18年6月7日(優先権主張平成17年7月28日)の出願であって、平成21年3月25日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成21年6月10日に審判請求がなされるとともに、平成21年6月10日付けで手続補正がなされたものである。

2.平成21年6月10日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成21年6月10日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。
[理由]
(1)本件補正後の本願発明
本件補正により、特許請求の範囲は、
「【請求項1】
車両用のディスクブレーキのキャリパボディに設けられたシリンダ孔と、該シリンダ孔内を摺動するピストンと、を液密にかつ摺動可能に保持するピストンシール部材であって、
熱可塑性エラストマーと、該熱可塑性エラストマーに分散されたカーボンナノファイバーと、を含むエラストマー組成物で形成され、
前記エラストマー組成物は、30℃の動的弾性率に対する120℃の動的弾性率の割合である動的弾性率の保持率が10%以上である、ピストンシール部材。
【請求項2】
請求項1において、
前記エラストマー組成物は、前記熱可塑性エラストマー100重量部に対して、前記カーボンナノファイバーを5?80重量部含み、
前記カーボンナノファイバーは、平均直径が0.7?15nmかつ平均長さが0.5?100μmである、ピストンシール部材。
【請求項3】
請求項1または2において、
前記エラストマー組成物は、30℃及び120℃における動的弾性率がいずれも8MPa以上である、ピストンシール部材。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかにおいて、
前記熱可塑性エラストマーは、分子量が5000ないし500万である、ピストンシール部材。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかにおいて、
前記熱可塑性エラストマーは、オレフィン系熱可塑性エラストマーである、ピストンシール部材。
【請求項6】
請求項1ないし4のいずれかにおいて、
前記熱可塑性エラストマーは、スチレン系熱可塑性エラストマーである、ピストンシール部材。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれかに記載のピストンシール部材と、
シリンダ孔を有するシリンダと、
前記シリンダ孔に挿入されるピストンと、を含み、
前記ピストンシール部材は、前記シリンダ孔の内周壁に形成された環状溝に嵌め込まれ、
前記シリンダ孔に挿入された前記ピストンを液密的に移動可能な状態で密接させるとともに、液圧にて前進した該ピストンをロールバックさせる、ディスクブレーキ。」と補正された。
本件補正は、本件補正前の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「シリンダ孔」という事項を「車両用のディスクブレーキのキャリパボディに設けられたシリンダ孔」という事項に限定するものであって、これは、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号の「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。そこで、本件補正後の請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。
(2)引用例
(2-1)引用例1
特開2005-97525号公報(以下、「引用例1」という。)には、下記の事項が図面とともに記載されている。
(あ)「【0004】
本発明にかかる炭素繊維複合材料は、エラストマーと、該エラストマーに分散されたカーボンナノファイバーとを含み、
前記エラストマーは、前記カーボンナノファイバーに対して親和性を有する不飽和結合または基を有する。
【0005】
本発明の炭素繊維複合材料においては、エラストマーの不飽和結合または基が、カーボンナノファイバーの活性な部分、特にカーボンナノファイバーの末端のラジカルと結合することにより、カーボンナノファイバーの凝集力を弱め、その分散性を高めることができる。その結果、本発明の炭素繊維複合材料は、基材であるエラストマーにカーボンナノファイバーが均一に分散されたものとなる。
【0006】
本発明におけるエラストマーは、ゴム系エラストマーあるいは熱可塑性エラストマーのいずれであってもよい。また、ゴム系エラストマーの場合、エラストマーは架橋体あるいは未架橋体のいずれであってもよい。原料エラストマーとしては、ゴム系エラストマーの場合、未架橋体が用いられる。」
(い)「【0024】
エラストマーとしては、……;オレフィン系(TPO)、ポリ塩化ビニル系(TPVC)、ポリエステル系(TPEE)、ポリウレタン系(TPU)、ポリアミド系(TPEA)、スチレン系(SBS)、などの熱可塑性エラストマー;およびこれらの混合物を用いることができる。…」
(う)「【0026】
カーボンナノファイバーは、平均直径が0.5ないし500nmであることが好ましく、平均直径が0.5ないし100nmであることがさらに好ましい。また、カーボンナノファイバーは、平均長さが0.01?1000μmであることが好ましい。」
【0027】
カーボンナノファイバーの配合量は、特に限定されず、用途に応じて設定できる。本実施の形態の炭素繊維複合材料は、架橋体エラストマー、未架橋体エラストマーあるいは熱可塑性ポリマーをそのままエラストマー系材料として用いることができ、…」
(え)「【0064】
このようにして、実施例1?5および比較例3の架橋サンプルを得た。なお、実施例6では原料エラストマーとしてSBS(スチレン-ブタジエン-スチレン熱可塑性エラストマー)を用いており、架橋を行っていない。比較例1では、液状の高分子物質を用いており、架橋を行っていない。また、比較例2では、熱可塑性樹脂を用いており、やはり架橋を行っていない。」
以上の記載事項及び図面からみて、引用例1には、次の発明(以下、「引用例1発明」という。)が記載されていると認められる。
「熱可塑性エラストマーと、該熱可塑性エラストマーに分散されたカーボンナノファイバーと、を含む炭素繊維複合材料。」
(2-2)引用例2
特開2004-232786号公報(以下、「引用例2」という。)には、下記の事項が図面とともに記載されている。
(か)「【請求項1】
車両用ディスクブレーキのキャリパボディに用いられるピストンシールであって、
炭素繊維およびフラーレンの少なくとも一方を含有するゴムからなる、ピストンシール。
【請求項2】 請求項1において、
前記炭素繊維および前記フラーレンを合わせて0.01?50重量%含む、ピストンシール。
【請求項3】 請求項1または2において、
前記炭素繊維は、平均直径が0.7?500nmであって、平均長さが0.01?1000μmであるカーボンナノファイバーからなる、ピストンシール。」
(き)「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、ディスクブレーキ用ピストンシール、ならびに前記ピストンシールを含むディスクブレーキに関する。」
(く)「【0007】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の目的は、ディスクブレーキのキャリパが高温になっても、弾性を維持することでピストンの作動性および追従性を維持し、かつ靭性に優れたディスクブレーキ用ピストンシールを提供することにある。」
(け)「【0027】
ディスクブレーキ20は、ピストン5およびシリンダ6を含むキャリパボディ1に設けられている。キャリパボディ1は、作用部1bおよび反作用部1cを含む。この作用部1bおよび反作用部1cは、ブリッジ部1aを介して一体的に形成されている。
【0028】
車輪(図示せず)と一体回転するディスクロータ2の両側の摩擦面に臨ませて、一対の摩擦パッド4b,4cが配置されている。プラケット3には、摩擦パッド4b,4cをディスクロータ2に押圧するキャリパボディ1がスライドピン(図示せず)を介して進退可能に連結している。このキャリパボディ1は、一方の摩擦パッド4bの背面に配置する作用部1bと、他方の摩擦パッド4cの背面に配置する反作用部1cと、ディスクロータ2の外周を跨いで作用部1bおよび反作用部1cを連結するブリッジ部1aとで構成される。
【0029】
このディスクブレーキ20は、車体(図示せず)に固定されたブラケット3に摺動可能な状態で支持されている。また、図2に示すように、ピストン5およびシリンダ6は作用部1bに形成されている。
【0030】
摩擦パッド4bは、シリンダ6の孔5aに挿入されたピストン5によって押されて移動し、ディスクロータ2の一側面に接する。摩擦パッド4cは、反作用部1cによって押されて移動し、ディスクロータ2の他方の側面に接する。上記の動作により、制動が行なわれる。
【0031】
シリンダ孔6aの内周壁には、環状のピストンシール溝7が設けられている。このピストンシール溝7にピストンシール8が嵌め込まれている。ピストンシール8の材質については後述する。
【0032】
液圧室9は、ピストン5の底部とシリンダ6との間に設けられている。この液圧室9には、供給口10よりブレーキ液が供給される。ピストンシール8は、このブレーキ液をシールする機能と、液圧が低下したときに、前進していたピストン5をロールバックさせる機能を有する。供給口10は、液圧経路28を介して、液圧源であるマスタシリンダ(図示せず)の出力ポート(図示せず)に接続されている。
【0033】
図1に示すように、ピストンシール溝7は、ディスクロータ2に面している部分に面取コーナ7aを有し、液圧室9に面している部分に面取コーナ7bを有している。
【0034】
ピストンシール8は、炭素繊維およびフラーレンの少なくとも一方を含有するゴムからなる。ピストンシール8が炭素繊維およびフラーレンの少なくとも一方を含有するゴムからなることにより、ピストンシール8の放熱性を高めることができる。これにより、ピストンシール8の熱膨張を抑制することができるとともに、ディスクブレーキ20のキャリパボディ1が高温になっても、ピストンシール8の弾性率を所定の範囲内に維持することができる。これにより、ピストン5の作動性および追従性を維持することができる。また、ピストンシール8の弾性率を所定の範囲内に維持することができるため、ピストンシール8の靭性を維持させることができる。
(こ)「【0039】
また、ゴムに混入させる炭素繊維は、平均直径が0.7?500nmであって、平均長さが0.01?1000μmのカーボンナノファイバーを用いることが好ましい。また、カーボンナノファイバーの配合量は、成形時の流動性、得られる成形品の比重および強度、弾性の観点から、ピストンシール8の主成分であるゴム中に0.01?50重量%の範囲で含まれていることが好ましい。このようなカーボンナノファイバーとしては、例えば、いわゆるカーボンナノチューブなどが例示できる。カーボンナノチューブは、炭素六角網面のグラフェンシートが円筒状に閉じた単層構造あるいはこれらの円筒構造が入れ子状に配置された多層構造を有する。」
以上の記載事項及び図面からみて、引用例2には、次の発明(以下、「引用例2発明」という。)が記載されていると認められる。
「車両用のディスクブレーキのキャリパボディ1に設けられたシリンダ孔6aと、該シリンダ孔6a内を摺動するピストン5と、を液密にかつ摺動可能に保持するピストンシール8であって、
ゴムと、該ゴムに分散されたカーボンナノファイバーとからなるピストンシール。」
(3)対比
本願補正発明と引用例1発明とを対比すると、後者の「炭素繊維複合材料」は前者の「エラストマー組成物」に相当する。したがって、本願補正発明の用語に倣って整理すると、両者は、
「熱可塑性エラストマーと、該熱可塑性エラストマーに分散されたカーボンナノファイバーと、を含むエラストマー組成物。」である点で一致し、以下の点で相違している。
[相違点1]
本願補正発明は、「エラストマー組成物」で形成されるものが「車両用のディスクブレーキのキャリパボディに設けられたシリンダ孔と、該シリンダ孔内を摺動するピストンと、を液密にかつ摺動可能に保持するピストンシール部材」であるのに対して、引用例1発明は、「炭素繊維複合材料」について、そのような事項を具備していない点。
[相違点2]
本願補正発明は、「エラストマー組成物」が、「30℃の動的弾性率に対する120℃の動的弾性率の割合である動的弾性率の保持率が10%以上である」のに対して、引用例1発明は、「炭素繊維複合材料」がそのようなものであるかどうか、不明である点。
(4)判断
(4-1)相違点1について
引用例1発明の「炭素繊維複合材料」をどのような機械部品の材料として使用するかは、その材料特性と用途等に応じた所要性能を勘案して適宜設計する事項である。
ここで、引用例2発明は、熱可塑性エラストマーではないものの、「ゴムと、該ゴムに分散されたカーボンナノファイバーとからなるピストンシール」という事項を備えている。また、「熱可塑性エラストマー」が各種の自動車部品やシール手段等の材料として使用されていることは、例えば、特開2004-2651号公報(特に段落【0001】【0089】)、特開平10-176108号公報(特に段落【0037】)、実願平6-15894号(実開平7-43672号)のCD-ROM(特に【0007】)に示されているように周知である。
以上を考え合わせると、引用例1発明の「炭素繊維複合材料」を自動車部品ないしシール手段の1つである「車両用のディスクブレーキのキャリパボディに設けられたシリンダ孔と、該シリンダ孔内を摺動するピストンと、を液密にかつ摺動可能に保持するピストンシール部材」の材料として使用することは、上記の適宜の設計として当業者が容易に想到し得たものと認められる。

この点について、請求人は審判請求の理由、及び平成21年12月24日付け回答書において、概略、「さらに、補正後の本願請求項1にかかる発明と引用文献1とは、(D)「熱可塑性エラストマーを車両用のディスクブレーキのピストンシール部材に用いることが開示されていない点」で相違しています。なお、引用文献2についても、引用文献1と同様に、前記相違点(D)で相違しています。」と主張し、平成21年1月16日付け意見書では「引用文献1及び引用文献2は、本願発明のような熱可塑性エラストマーをピストンシール部材に採用することについては開示も示唆もありません。ピストンシール部材は、合成ゴムを架橋(加硫)したものを用いることが当業者の技術常識です。そのため、耐熱性に劣る熱可塑性エラストマーを用いてピストンシール部材を得ることは、当業者であっても容易に想到し得ません。」と主張している。
確かに、熱可塑性エラストマーを車両用のディスクブレーキのピストンシール部材に用いることが上記の「引用文献1」及び「引用文献2」に明記されていないことは、その限りではそのとおりであるが、引用例2発明や周知事項を考え合わせると、引用例1発明の「炭素繊維複合材料」を「車両用のディスクブレーキのキャリパボディに設けられたシリンダ孔と、該シリンダ孔内を摺動するピストンと、を液密にかつ摺動可能に保持するピストンシール部材」の材料として使用することは当業者が容易に想到し得たものであることは上記のとおりである。
また、周知例として例示した上記の特開2004-2651号公報には、例えば「【0001】【発明の属する技術分野】本発明は、一般に、高い最終使用温度、特に高温の油中での高い最終使用温度、及び油中での膨潤に対する良好な抵抗を有するポリアミド又はポリエステルのような高融点熱可塑性ポリマー(エンジニアリング樹脂)に基づく組成物に関する。」と、同じく上記の特開平10-176108号公報には、例えば「【0037】本発明の多成分系熱可塑性エラストマー組成物は、良好な高温抵抗、例えば、150℃で70時間において、約55又は50以下、望ましくは約45以下、そして好ましくは約40、35、又は30以下の値のような低い油膨潤を含む、様々な望ましい特性を有している。本発明の熱可塑性エラストマー組成物は高い融点を有するのが望ましく、特に少なくとも1種の高融点熱可塑性ポリマーのみを含む組成物又はさらに少量のポリオレフィン、例えば、全ての熱可塑性ポリマーの総重量に基づいて約20重量%以下、好ましくは約10重量%以下のポリオレフィンを含むそのような組成物が望ましい。そのような融点は150℃以上であり、望ましくは175℃以上であり、好ましくは200℃以上である。これらの特性は本発明の熱可塑性エラストマー組成物を、シール、チューブ、ホース、ガスケット、ダイアフラムなどのような自動車用の多くの高温での用途、特に、熱と油にしばしば遭遇するボンネット下の用途に対して適するものとする。」と、それぞれ記載されており、熱可塑性エラストマーが耐熱性に劣るという主張は必ずしも当業者の技術常識と整合しておらず、請求人の上記主張に首肯することはできない。

(4-2)相違点2について
引用例1発明の「炭素繊維複合材料」を「車両用のディスクブレーキのキャリパボディに設けられたシリンダ孔と、該シリンダ孔内を摺動するピストンと、を液密にかつ摺動可能に保持するピストンシール部材」の材料として使用することは当業者が容易に想到し得たものであることは、上記のとおりである。
「動的弾性率」は弾性材料の基本的特性の1つであり、「ピストンシール部材」の材料として用いた場合に、その特性が温度変化に伴って大きく変化しないことが好適であることは明らかである。そのような特性は、そのような観点のほか、用途や所要性能等に応じて適宜設計する事項にすぎない。
本願発明1は、「動的弾性率」の対温度特性について数値限定をしているが、その意義について本願明細書及び図面をみると、「【0051】 (エラストマー組成物の特性) 本実施の形態にかかるエラストマー組成物は、10Hz、30℃及び120℃における動的弾性率がいずれも8MPa以上である。また、このピストンシール部材は、30℃から120℃への温度上昇に伴う動的弾性率の保持率が10%以上である。ピストンシール部材としては、高温においても高い動的弾性率を安定して維持することが好ましく、特に、本実施の形態にかかるディスクブレーキのキャリパボディにおけるピストンシールとして用いた場合、望ましいロールバック量を有するためには動的弾性率が8MPa以上であることが好ましい。また、本実施の形態にかかるディスクブレーキのキャリパボディにおけるピストンシールとして用いた場合、30℃から120℃への温度上昇に伴う動的弾性率の保持率が10%以上であると、高温においても望ましいロールバック量を有する。」と記載されているにすぎず、「30℃の動的弾性率に対する120℃の動的弾性率の割合である動的弾性率の保持率」というパラメータを採用したこと、及びそのパラメータの下限値を「10%」としたことに格別顕著な技術的意義があると認めることはできない。
したがって、「30℃の動的弾性率に対する120℃の動的弾性率の割合である動的弾性率の保持率が10%以上である」とした点は、引用例1発明の「炭素繊維複合材料」を「ピストンシール部材」に用いるにあたって、上記の適宜の設計として当業者が容易に想到し得たものと認められる。
なお、一般に、「動的弾性率の保持率」を「10%以上」することは、例えば、特開2004-316773号公報(特に段落【0037】)に示されている。

そして、本願補正発明の作用効果は、引用例1、2に記載された発明、及び周知事項に基づいて当業者が予測し得る程度のものである。
よって、本願補正発明は、引用例1、2に記載された発明、及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
(5)むすび
以上のとおり、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3.本願発明
平成21年6月10日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?7に係る発明(以下、「本願発明1」?「本願発明7」という。))は、平成21年1月16日付け手続補正により補正された明細書、特許請求の範囲、及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?7に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
シリンダ孔と、該シリンダ孔内を摺動するピストンと、を液密にかつ摺動可能に保持するピストンシール部材であって、
熱可塑性エラストマーと、該熱可塑性エラストマーに分散されたカーボンナノファイバーと、を含むエラストマー組成物で形成され、
前記エラストマー組成物は、30℃の動的弾性率に対する120℃の動的弾性率の割合である動的弾性率の保持率が10%以上である、ピストンシール部材。
【請求項2】
請求項1において、
前記エラストマー組成物は、前記熱可塑性エラストマー100重量部に対して、前記カーボンナノファイバーを5?80重量部含み、
前記カーボンナノファイバーは、平均直径が0.7?15nmかつ平均長さが0.5?100μmである、ピストンシール部材。
【請求項3】
請求項1または2において、
前記エラストマー組成物は、30℃及び120℃における動的弾性率がいずれも8MPa以上である、ピストンシール部材。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかにおいて、
前記熱可塑性エラストマーは、分子量が5000ないし500万である、ピストンシール部材。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかにおいて、
前記熱可塑性エラストマーは、オレフィン系熱可塑性エラストマーである、ピストンシール部材。
【請求項6】
請求項1ないし4のいずれかにおいて、
前記熱可塑性エラストマーは、スチレン系熱可塑性エラストマーである、ピストンシール部材。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれかに記載のピストンシール部材と、
シリンダ孔を有するシリンダと、
前記シリンダ孔に挿入されるピストンと、を含み、
前記ピストンシール部材は、前記シリンダ孔の内周壁に形成された環状溝に嵌め込まれ、
前記シリンダ孔に挿入された前記ピストンを液密的に移動可能な状態で密接させるとともに、液圧にて前進した該ピストンをロールバックさせる、ディスクブレーキ。」

3-1.本願発明1について
(1)本願発明1
上記のとおりである。
(2)引用例
引用例1、2、及びその記載事項は上記「2.平成21年6月10日付けの手続補正についての補正却下の決定」に記載したとおりである。
(3)対比・判断
本願発明1は、実質的に、上記「2.平成21年6月10日付けの手続補正についての補正却下の決定」で検討した本願補正発明の「車両用のディスクブレーキのキャリパボディに設けられた」という事項を削除して拡張したものに相当する。
そうすると、本願発明1の特定事項をすべて含み、さらに減縮したものに相当する本願補正発明が、上記「2.平成21年6月10日付けの手続補正についての補正却下の決定」に記載したとおり、引用例1、2に記載された発明、及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明1も、同様の理由により、引用例1、2に記載された発明、及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(4)むすび
したがって、本願発明1は、引用例1、2に記載された発明、及び周知事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4.結論
以上のとおり、本願発明1が特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである以上、本願発明2?7について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-03-29 
結審通知日 2010-03-30 
審決日 2010-04-28 
出願番号 特願2006-158503(P2006-158503)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (F16J)
P 1 8・ 575- Z (F16J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 山本 健晴長屋 陽二郎  
特許庁審判長 山岸 利治
特許庁審判官 藤村 聖子
常盤 務
発明の名称 ピストンシール部材及び該ピストンシール部材を用いたディスクブレーキ  
代理人 大渕 美千栄  
代理人 布施 行夫  

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